フォーチュン・パンプキン
「チョコレイト・ブラウニイ」「マカロン・フィズ」に続く物語の三作目です。単体で読めるように書きましたが、他の二作もぜひどうぞ(*^^*)
昼間の暑さが嘘のように、夜になると涼しい風が吹き始めました。少し開けた窓から、金木犀の香りが忍び込んできます。
帽子をかぶったあんずが、姿見をのぞき込んでチェックしていると、鏡に映った自分の後ろに三つの顔が現れました。
「あんず、何してるの?」
「変な格好!」
「その帽子で、学校に行くつもりなのか?」
あんずは振り返って笑いました。
「違う違う。これは、ハロウィンの仮装に使うの」
手にしているのは、黒のとんがり帽子です。中に細い針金を入れて形を整えてあるそれには、銀のモールが巻きつきオレンジのリボンが縫いつけてあります。
「あなたたちみたいな、魔法を使う女の子の帽子なのよ」
あんずが言うと、メイド服の女の子・ハニイがふわふわの金髪頭を揺らして首をかしげました。
「わたし、こんな変な帽子、かぶったことないわ!」
「見たこともないよな!」
ピンクの短髪をした少年・ベリイも帽子をじろじろと見つめます。
「……俺たちじゃなくて、こっちの世界の魔法使いがかぶるんだろ」
冷静に言うのは、緑灰色の髪を後ろで結んだティイです。ベリイとお揃いのシャツとベスト、ズボンを着ています。
あんずはうなずいて、三人の顔を見回しました。
「そうそう。それにしても、今日はずいぶんと出てくるのが早いのね、三人とも」
ハニイ・ベリイ・ティイとあんずが名付けた三人は、地球とは異なる世界からやってきた妖精です。夜にお菓子を置いておくと、人々が寝静まった後に家の中を綺麗に掃除してくれるのです。地球で言えば 、イギリスの物語に出てくる「ブラウニー」のような感じです。前にいた世界では、『夜の小間使いさん』と呼ばれていました。
「だって、お菓子がたっくさんあるんだもん、気になるよな!」
「ねーっ!」
ベリイとハニイが顔を見合わせ、そしてふわりと天井近くに浮かび上がってあんずの部屋を見回しました。
ラグマットの上には市販のお菓子の大袋がいくつか、そしてミニテーブルの上にはあんずの手作りのクッキーと、小分けに使うカラフルなラッピング用品が広げられています。
「あ、これはダメよ」
あんずは慌ててミニテーブルの近くに座りました。
「これはハロウィンパーティに持っていく分。あなたたちのは、ちゃんと別に用意してあるからね」
「パーティ?」
「パーティが あるのか?」
「お菓子がいっぱいの?」
楽しいことやお菓子が大好きな妖精たちは、気になって仕方がないようです。
「そう。元々は、子供がこういう仮装をして色々な家を回って、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ! って言ってお菓子をもらう行事なのよ」
あんずが帽子を指して説明すると、ティイがちょっと憤慨したように言いました。
「俺たちはいたずらなんかしないぞ。お菓子のお礼に、家を綺麗にするんだからな」
「そうよそうよ。あんずは、お菓子をもらえなかったらいたずらするの?」
ハニイの言葉に、あんずは笑います。
「本当にはしないよー。それにもう高校生だから、ハロウィンにかこつけてお友達同士でパジャマパーティするだけ。お菓子も交換してね。明日、お友達の家に泊まらせてもらうの」
あんずはお菓子を小袋に分け始めました。
「楽しみなんだー、お金持ちの社長令嬢のおうちでね。すっごく大きいおうちで、車は三台持ってるしトイレが四つもあるし、地下室とか、庭にプールとかもあるんだよ」
「地下室くらい、前のご主人のお屋敷にもあったよな!」
「そうよ、それに豪華なシャンデリアもあったし、暖炉もすごく立派だったわ! ちゃんと綺麗にしたけどね!」
ベリイとハニイは、何やら対抗意識を燃やしています。元の世界で働いていたお屋敷の方が立派だ、というよりも、そんなに立派なお屋敷をちゃんと綺麗にしていた、ということを言いたいようです。
「明日行くおうちも、お手伝いさんがいるんだって。すごいよねぇ」
あんずはお菓子の準備を終えると、言いました。
「そんなわけで、明日の夜は私はいないからね。みんなの明日の分のお菓子は、昼間のうちにちゃんと置いておくから」
「はぁーい」
「ほーい」
「わかった」
三人は元気良く返事をしました。
ーーそして、翌日の夜。
長く伸びた廊下に、ドアの隙間からもれた光が線を描いています。部屋の中からはかすかにアップテンポの音楽と、数人の女の子たちが時折上げる笑い声が聞こえてきます。
「あんずの声もするね」
ベリイが言いました。
「もうお月さまがてっぺんなのに、まだ起きてるのね」
ハニイが言いました。
「明日は学校が休みだと言っていたからな」
ティイが言いました。
三人は、なんと、あんずがハロウィンパーティに招かれたお友達のおうちに来ていました。どんなお屋敷なのかちょっと見てみたくて、勝手に来てしまったのです。
「なんか、壁にいろんな『スイッチ』があるよな」
ふわふわと廊下を進みながら、ベリイがつぶやきます。
「 色々なものが『電動』で動くんだろう」
ティイが答えます。
「あんずの家も、トイレにはいっぱいスイッチがあるわよね」
ハニイが指摘しました。
「うぉしゅ……なんとか、ってやつだよな。ここもそうかな」
「もっとすごいのかもよ」
三人はふわふわと家の中を探検し、そしてトイレを見つけました。四つもあるというトイレのうちの一つです。
音を立てないように、でも勝手にドアを開けました。正面に広々とした洗面台があり、その横にドアが開いたままのトイレがあります。
「うわ、勝手に電気がついた」
「広ーい! 絵がある。置物もある」
「でも、座るとこは普通ね」
ひとしきりトイレの見学をして、さて他も見てみよう、と三人揃って振り向いたときーー
ばったり。
ドアの 向こうに立っていた女の子二人と、出くわしました。
「あっ」
三人は固まってしまいました。
知っている顔です。あんずの家に遊びに来たこともある、あんずの仲良しのナナちゃんとレミちゃんです。もちろん、三人は今まで彼女たちに姿を見せたことはありません。
「え、あれ?」
ナナちゃんとレミちゃんはびっくりしたようですが、パジャマ姿に猫耳のカチューシャをしたレミちゃんがパッと笑顔になりました。
「もしかして、ユキの弟くんのお友達? こんばんは!」
ユキというのは、このおうちの子。あんずを招待してくれた社長令嬢で、中学生の弟がいます。
「こ、こんばんは」
「こんばんは!」
「どうも」
三人がそれぞれ返事をすると、やはりパジャマ姿にコウモリの羽のカチューシャをつけたナナちゃんが、にこにことうなずきました。
「そうかそうか、弟くんたちも今夜ハロウィンパーティやってたんだねー。あ、そうだ」
ナナちゃんは、パジャマの上に着たカーディガンのポケットから、小さな袋を取り出しました。
「あまったチョコレート持ってきてたんだった、どうぞ! もう寝るなら、明日にでも食べてね。ハッピーハロウィン!」
「あ、私もー。キャンディどうぞ。あと、ユキにマシュマロもらったんだけど、実はちょっと苦手なのよね。これももらって。ハッピーハロウィン!」
レミちゃんも袋を取り出し、三人は差し出されるまま二人からお菓子を受け取りました。どうやら、もらったお菓子にはカボチャが使われているようで、チョコレートもキャンディもマシュマロもオレンジ色をしています。
「じゃあね、おやすみ!」
「おやすみ!」
ナナちゃんとレミちゃんはそう言って、三人が廊下の隅にササッとよけた脇を通ってトイレに入っていきました。
「ピンクのウィッグ、めっさ可愛くない? あたしもアレやればよかったー。あ、ナナお先にどーぞ」
「ありがとー。メイド服も可愛かったよね、十代のうちに着とく?」
ナナちゃんレミちゃんの笑い声を背中に、三人はもう誰にも見つからないように、こっそりと廊下を進みーー窓をすり抜けて外に出ました。
「お菓子」
「もらっちゃったね」
「うん」
お屋敷の屋根の上に浮かび、三人は顔を見合わせました。
お友達の家で夜更かしをしたあんずは、翌日のお昼ご飯もごちそうになってから自分の家に帰りました。
その日は早く床に就くことにして、眠る前に妖精用のお菓子をミニテーブルの上に置いていると、またもや三人の妖精たちが早々と現れました。
「あんず、ごめんねっ」
「今夜は、あんずのおうちのお掃除はできないの!」
「済まない。そのお菓子は、また今度くれないか」
「え? え?」
あんずが目を丸くしていると、三人は額をつきあわせて相談しています。
「どこからお掃除に行く?」
「最初にお菓子くれたのはナナちゃんだから、ナナちゃんちからかな」
「次がレミちゃんち」
「でもレミちゃん、マシュマロはユキちゃんからもらったって言ってなかった?」
「じゃあユキちゃんからももらったことになるから、あのお屋敷もか」
「大変大変」
「一日じゃ無理かも」
「とにかく行こう」
「行ってきまーす!」
次々と窓をすり抜けて外に出ていく妖精たち。
見送ったあんずは、
「…………何事?」
とぽかんとしてしまったのでした。
【フォーチュン・パンプキン おしまい】
フォーチュン・クッキーはクッキーの中におみくじが入っているお菓子ですが、今回のサブタイトルは「幸運のカボチャ」というような意味でつけました。カボチャのお菓子で幸運を手に入れたのは誰でしょう?
ちなみに「ナナちゃん」は、他の作品に登場する「七緒」です(笑)