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鋭角のエピエテム

この短編は、長編の元ネタです。時間がなくて書けず欲求不満になったため、ひとまず吐き出すために書いたものですのでご了承ください。

目指したのは、「女性向けアニメ番組の第一話」です。


 流星の雨が降ったら、エピエテムを探してごらん。

 見つけた人には、幸運が訪れるだろう。


 その国では、有名な言い伝えだった。

 エピエテムとは、隕石の一種だ。表面は透き通っているのに、中は漆黒の闇。その中に小さな星が瞬いている。


 実際その石は数年に一度、流星雨の後にまれに発見された。

 石はその後、発見された場所や様子にちなんだ呼び名をつけられ、市場に現れて高値で売れる。売買の際の扱いは美術品に近いのだが、その後は一切、姿を現さない。どこかに飾られるなり、誰かの身を飾るなりして、手に入れた者がひけらかしそうなものなのだが。


 一部の人間しか知らないことだったが、エピエテムにはある使い途があった。

 石を神に捧げると、不思議な力を持った人間を遣わしてくれると言う。


 その年に発見された石は、とがった形状から“鋭角のエピエテム”と名づけられ、ある有力貴族が密かに手に入れた。

 神はその貴族の元に、一人の女性を遣わした。


 それから、五年の月日が流れた。


◇    ◇    ◇


 風の強い夜だった。

 空は分厚い雲に覆われている。蔦の絡まる鉄柵に囲まれた、煉瓦作りの屋敷を空から照らす光は、今はない。ただ、いくつかの窓から、ぼんやりとした明かりがもれるのみだ。


 キイッ、というか細いきしみとともに、裏門が開いた。誰かに押し出されるようにして出てきたのは、コートのフードをかぶった小柄な少年。後ろから、やはりコートの襟をかき合わせながら一組の中年の男女が出てくる。

「馬車はどうした。おまえ、呼んだんじゃなかったのか」

「呼んだわよ。もうとっくに来ているはずなんだけど」

 暗い路地の奥を見通そうとしながら、抑えた声で会話する男女。その前で、少年はただうつむいて立ちつくしている。


 ビュッ、とひときわ強い風が吹き抜け、何か黒っぽいものが風にあおられて三人の方へ飛んできた。

 しかし、少年の身体が一瞬発光したかと思うと、それは女の頭の手前で何か固いものにでもぶつかったかのように弾かれ、後方へと飛ばされて行った。

「何よ、誰かの帽子か。……しかし本当に、お前は便利だねぇ。手放すのが惜しいよ」

 女がため息交じりに言うと、男が低く笑う。

「私らみたいに、誰の恨みも買わずに生きている善良な人間よりも、この子の能力が必要なお方がいらっしゃるんだから仕方ないだろう。十分な対価をいただいてるんだ、お役に立つんだよ」

 少年は、ただ、黙っていた。


 闇の奥から、蹄の音と車輪の回る音が聞こえてきた。すぐに二頭立ての馬車が姿を現し、三人の前で止まる。御者が降りてきて、馬車の扉を開けた。

「ほら、乗るんだよ」

 後ろから押され、少年は馬車のステップに足をかけた。コートの裾が持ち上がり、中から一本のロープが延びて、後ろの中年男の手の中に消えているのが見える。

 先に乗った少年は、静かに座席に腰を下ろした。使い古されて擦り切れそうにはなっているが、綿の詰まった布張りの座席は座り心地がいい。今まで、彼が暮らしていた部屋の椅子に比べれば。

 少年はおとなしく、中年の男女が続いて乗り込むのを待った。


 ――すうっ、と冷たい風が流れたような気がして、彼は昇降口に目をやった。

 彼の腰に結びつけられ、彼を逃さないようにしているロープが、馬車の昇降口から外へ伸びている。その先を握っているはずの男の姿は、そこにはなく――

 ただ、白いもやのようなものが渦巻いていた。


「こんばんは」

 突然の知らない声に、少年はびくりと体を緊張させて顔を上げた。フードが落ちて、黒の短髪が露わになる。

 先ほどまで誰もいなかったはずの対面の座席に、いつの間にか、若い女が座っていた。

 赤みがかった茶色の真っ直ぐな髪が顔を縁取り、肩から胸へと流れ落ちている。後ろ髪はまとめられているようだ。

 切りそろえた前髪の下から、ややきつめの印象を与える眉と、薄紅の瞳。すっと通った鼻梁の下の唇は小さく、表情がよくわからない。

 その唇が動いた。

「少し、話をしてもいいか? さっきの男女は、馬車の外で足止めしてある」

 男言葉で話す女は、顔を少年に向けたまま視線を斜め下へ流した。少年は、彼からつながるロープが、昇降口の白いもやの方へつながっているのを女に見られているのに気づき、羞恥を覚えて反対側へ目を逸らす。

「あの……ご主人様たちは」

「あの男女は今、このもやの中をゆっくりと通過中だ。この馬車の扉には、時を延ばす魔法がかかっている。まだしばらくは持つだろう。そうだな、グウィネ」

 女が片手を上げ、彼女の背後、御者席側にかかったカーテンをわずかに上げた。カーテンの陰の小さな開口部の向こうで、水色の目が柔らかく細められ、上下に小さく動いた。


 女はカーテンを戻すと、少年に視線を向けた。

「君は“暁のエピエテム”だね」


 彼女の小さな唇が動いて紡がれた言葉に、少年はびくりと身体をすくませた。

 明け方の流星雨から間を置かずに発見されたため、“暁の”と名付けられた、石の名前。その石によって召喚された人間も、石の名前で呼ばれる。

 少年は口をつぐみ、それから静かに尋ねた。

「……ご主人様が僕を売るのは、あなたにですか」


「いや。違う」

 女は軽く首を振り、シンプルな紺のドレスの下で足を組むと、膝の上に両手をのせた。

「違うけれど、大体の事情は知っている。――エピエテムを手に入れた者は、石を神に差し出せば別の世界から人間を召喚することができる。召喚された者はこちらの人間を傷つけることができず、またこちらの人間が危機に陥るのを見過ごすことができず、守る」

 女は軽く笑った。

「まるで、ロボット三原則第一条だな」


「ろぼ……?」

 少年の口の中の呟きには気づかず、女は続けた。

「そして彼らは、守るための不思議な力を持っている。この力は、彼ら自身には作用せず、こちらの人間だけを守る。自らの身を守る必要のあるこちらの王族や貴族、後ろ暗いところのある人間は、彼らを買い取って側に置きたがるというわけだ」


 少年はうつむき、唇を噛んだ。

『力』はさっきのように、勝手に発動する。たとえ、日々、あの男女が少年をどんな目に合わせていても、自分が側にいるだけで『力』が勝手に守るのだ。


「別世界の人間を召喚して支配することは、こちらでは罪に問われないが、召喚された側にとっては明らかに誘拐だ。そう思わないか?」

 その言葉に、少年は目を丸くした。女の声が、少し柔らかくなる。

「本当の名前は、何と言うの」

「……ジュスト」

「ジュスト。どこの国の人だろ。うん、やっぱり本名はしっくり来るな」

 女性は口の中で、甘い飴を転がすように「ジュスト」ともう一度呟いてから、続けた。

「あなたのような境遇の人を見つけると、放っておけないんだ。勝手にこんなことをして、済まない」


 ジュストは我に帰った。

 そう、ジュストは今、この馬車でどこかへ連れ去られようとしているのではないか。


「僕をどうするつもりですか、帰して下さい」

「帰りたいなら、もちろん帰す」

 女性はうなずいた。

「召喚されて支配されることを、まれにだが受け入れている人もいるからな。でも、もし逃げたいなら、力を貸そう。働く場所も世話する」


「えっ」

 ジュストは呆然とした。女性は微笑み、ちらりと窓の外を見てからジュストに視線を戻す。

「悪いけど、どうするかはジュストが今決めて。今日だってこっそりだし、そう何度も“エピエテム”に近づくことはできないんだ。戻りたいならあの男女の元に戻すし、逃げたいなら――」


 膝の上で握り締めた自分の手が、小さく震えているのを自覚しながら、ジュストは言った。

「僕は、自由になれるんですか……?」

「それは君次第。私自身がお尋ね者で、完全に自由とはとても言えないからね。でも、自分の意思を持てる。これからどうしたいのかを、自分で決められる」

 そう言った女性の瞳の、澄んだ光を見て、ジュストは声を震わせて言った。

「連れて行って下さい」


「よし決まった」

 微笑んだ女の髪色が、急に変化を始めた。赤味がかっていた明るい色が、どんどん濃くなっていく。瞳も、薄紅から黒へ。

 少年の視線に気づいて、彼女は自分の髪をつまみあげた。

「あ、魔法切れだ……まあいいか、後はこのまま隠れ家に引っ込むだけだし」

 彼女は傍らに置いてあった装飾的な短剣を手に取ると、鞘から引き抜きざま、床に一気に突き立てた。ジュストをつないでいたロープが、ぶつり、と断ち切られる。

「グウィネ、解除しろ!」


 ぶわっ、と馬車の中に風が吹き込み、白いもやが晴れた。

 ジュストの召喚主であった男女の姿が再び見えるようになり、彼らは驚きに目を見張った。しかし、間髪をいれず馬に鞭が入り、馬車は一気に加速する。


「ま、待て! 何者だぁ!」

 追いすがる男が叫び、さらに呼子笛が街路に響いた。官憲が動き出したのだ。

「出あえ!“鋭角のエピエテム”が出たぞ!」

 野太い声が遠くから聞こえ、それを聞いた女は肩をすくめて「おっさんが出たぞ、だ」と呟いてから、昇降口から大きく身を乗り出して叫んだ。

「はーっはっは、“暁のエピエテム”はこの私がいただいた!」

 御者席から柔らかな声で突っ込みが入る。

「大怪盗みたいですわね、コウ様」

「自分に酔いでもしなきゃやってられんわ、こんな稼業」

 風にあおられた髪をかき上げながら、女は笑う。

「実際、こっちの人にとっては泥棒だしな。貴重なモノを盗んでるんだから」


「あ、あの、あなたは」

 揺れる馬車の中、手すりにしがみつきながらジュストが問うた。

 黒い髪、黒い瞳。それは、エピエテムの色。自分と同じ色だ。

「さっきのは、変装みたいなものかな。こっちが本当の色」

 コウと呼ばれた女は黒髪を背中へと押しやり、こんな状況でも上品に目を細めて微笑んだ。

「私は五年前、“鋭角のエピエテム”と呼ばれる石によってこちらに召喚された。私を助けようとしてくれた人がいたから、国王の側女として売られそうになってたところを脱走できたんだ。今は同志と共に組織を作って、召喚された人が逃げる手助けをしたり、石を盗んだり買い取ったりして市場に流れないようにしている犯罪者、というわけ。よろしくな、ジュスト!」

 少年は、久しぶりに自分の頬に血の気が上って来るのを感じ、うっとりと彼女を見上げながら心に決めていた。


 一生、この女性についていこう、と。


◇    ◇    ◇


「で、お前、いつになったら独り立ちするんだ?」

 外出用ドレスで歩く、赤味がかかった茶色の髪の女は、レースの日傘で西日を遮りながら傍らに流し目をくれた。変装したコウだ。

「コウ様のお役に立つのが、僕の人生の目的です。お側にいないとそれがかなわないじゃないですか」

 あれからずいぶんと背の伸びたジュストは、大きめのハンチングのような帽子を直して髪が見えないように気をつけながら返事をする。


 この帽子は、コウがジュストにプレゼントしたものだ。あの日、ジュストが“暁のエピエテム”であると確認を取るために、風に乗せて投げつけられたもの。


「あーもう、これじゃ男も作れないじゃないか」

 ため息交じりにこぼすコウに、ジュストはぎょっとして顔を上げた。

「おとこっ!? す、すすす好いた方がおいでなんですかっ」

「別に。でもせっかく男だらけの所に行くんだからさぁ」

 彼女が向かうのは、官憲の男たちが集う酒場。エピエテムの情報収集にはもってこいの場所である。

「あのおっさんは駄目ですよ! コウ様を狙ってるんだから!」

 音量を押さえたままで言い募るため、声がひっくり返っているジュスト。

「狙われてるなら、応えてやるのが女かなって」

 色気をにじませた仕草で、遅れ毛を耳にかけるコウ。

「意味が違いますっ!」

「冗談に決まってるだろ。ほら、ハァハァ言うの抑えて」

「僕は犬ですかっ」

 ジュストは息を荒げながら、コウの後ろをたかたかとついて行った。


 これは、日本から召喚された“鋭角のエピエテム”コウと、その周辺の人々の物語である。


登場人物

・コウ(香雨(こう))20代日本人女性。

・グウィネ こちらの世界の人間。とある事情からコウに協力している。

・ジュスト 10代イタリア人男性。変えるかも。

・おっさん 官憲側の人間で、コウとその組織を追っている。


『エピエテム』は遊森の造語です。隕石(meteoriteメテオライト)のつづりを逆にしてみたらエティロエテムで、なんかエロっぽかったのでちょっと変えました。

元々好きな異世界召喚 × 一度書いてみたかった怪盗もの、そしてTwitterで以前つぶやいた、ハイスペックなヒロインと小物感あふれる年下男と武骨で不器用なおっさんが出てくる話。そこへ、自分のネタ帳から「変身ヒロインもの」をミックスしたカオス作品です。細かい設定をまだつめてなくてごめんなさい(汗)


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