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天使と悪魔の懐石和平

twitterの診断メーカー『シチュお題でお話書くったー』より、「あなたは30分以内に3RTされたら、それぞれが悪魔と天使の設定でお見合いで出逢うところから始まる遊森謡子の、漫画または小説を書きます。」という診断結果に基づいた短編です。

※作中の「悪魔」「天使」は単なる遊森のイメージであり、特定の宗教観や史料に基づくものではありません。

 神の取りなしで、ついに和平条約を結ぶことになった天使たちと悪魔たち。その証として、一組の天使と悪魔を結婚させることになった。


 見合いの席は、都内の某有名ホテル。庭園内に建てられた数寄屋造りの料亭、その個室だ。

 庭園の池には桜が降りこぼれ、小径沿いには花海棠が鈴なりに俯いている。異なる色を添えるのは、山吹に雪柳。

 春爛漫の庭園から料亭を望むと、開け放たれた障子の向こうに畳の緑もさわやかな和室が、訪れる二人を待っていた。


 そんな見合いの席を、天使たちを統べる『大天使』と、悪魔たちを統べる『地獄の王』が、人々の預かり知らぬ場所から見つめていた。


「見合いの場に日本を指定したのは、確かにこちらだが……ここまで和を追求するとは大した気合いだな、天国の」

 地を這うような低い笑い声に、遠く響く鐘の音のような声が答える。

「なに、日本を担当する天使と悪魔を見合いさせるのですから、日本の習慣に従ったまでですよ、地獄の」

「食事もするのか。我々にはそのようなもの、必要ないではないか」

「この縁組みが成れば、夫婦は天国と地獄の間の人間界で、人間として暮らすことになります。一流の食事を経験しておくのも一興でしょう」

『大天使』の言葉に『地獄の王』が鼻を鳴らしたとき――


 すらりと背の高い男が一人、仲居に案内されて外廊下を歩いて来た。

 彼はふと足を止め、庭園を一瞥する。


「お、来たな」

「こちらが先でしたね」

『大天使』の言うとおり、その男は人間の姿を取ってはいるが、天使だった。まっすぐな黒髪は邪魔にならない程度の長さに整えられ、やや色素の薄い茶色の瞳をしている。

「ふん。なかなかの色男を出してきたじゃないか、天国の」

「和平の使者ですから、相手に良い印象を与えようと思うのは当然でしょう。地獄の」

「こちらがとんでもない女を出してきたらどうする」

「どんな相手でも、広い心で受け入れますとも」

「天使だからか? 鷹揚なことだ」


『大天使』と『地獄の王』が言葉を交わしている間に、天使は部屋に入っていき腰を下ろした。

「落ち着いているな。よりによって悪魔との見合いだというのに」

「彼は、『長年戦ってきた同士、ある意味お互いのことはよくわかっています。きっとうまくやっていけます』と言っていましたよ」

「ふん、ばかばかしい」

『地獄の王』が鼻で笑った時、今度は廊下を軽い足音が近づいてきた。


 庭に視線をやることもなく部屋に向かうのは、悪魔。カールした黒髪をツインテールにし、頭に山羊の角を生やした赤い瞳の――少女だった。


 着物ドレスとでも言うのか、上半身は着物だが、裾の広がった膝上丈のスカートにタイツをはいている。案内を終えた仲居が奇異な目で彼女を眺め、下がって行った。

 先に部屋にいた天使が、驚いた目で彼女を見たが、少女はそれには構わず廊下でぺこりと頭を下げる。スカートの裾から先のとがった尻尾が、ぴこん、と宙に跳ね上がった。

 天使が慌てて挨拶を返すと、少女は部屋に入った。


「どういうつもりですか。地獄の」

『大天使』がにらむと、『地獄の王』はニヤリと流し目を返す。

「何がだ。日本支部一の美悪魔だぞ、天国の」

 少女が腰を下ろし、向かい合った二人はぎこちなく自己紹介を始めたようだ。『大天使』はその様子を見てうなりながら、『地獄の王』に尋ねる。

「子どもではないですか。人間で言えば9歳か10歳ほどに見えます」

「見た目はな。実年齢は1642歳だぞ」

「こちらは1989歳ですから、まあ年齢はつり合っている……ようないないような……」

「問題ないな。お、料理が来たぞ」


『地獄の王』の言うとおり、料理が運ばれてきた。

「懐石か。前菜は子持ち昆布に黒豆松葉串……」

「そちらの好みがわからなかったので。しかし、場所が日本という指定でしたので、和食なら間違いないかと。……あ。黒豆残しましたね、そちら」

「あいつは肉か魚しか食わん」

「そういうことは先に教えて下さい」


 傍観する大物二人には気づくことなく、若い(?)二人はやや気まずい雰囲気で箸をいったん置いた。


 続いて、吸い物が運ばれてくる。悪魔は蛤しんじょを口にしたが、どうやら天使はそれが苦手なようだ。人参や青味を口に運んでいる。

「お互い、食えるものだけ食っているな。はは、やはり合わないのだろう、悪魔と天使なのだから」

 嗤う『地獄の王』、黙り込む『大天使』。

 料理は次々と運ばれ、済んだ食器は下げられていく。それぞれ少しずつ残っているのがもったいない。


 やがて、『大天使』が微笑んで指さした。

「ご覧なさい。様子が変わってきましたよ」

 天使が、車海老を悪魔に譲ったのだ。

『地獄の王』は苦虫をかみつぶしたような顔になった。

「ふん、かいがいしいことだな」

『大天使』はそんな彼を横目でにらむ。

「さて、そろそろ先ほどの続きを聞かせていただきましょうか。どうして、子どもなんですか?」

「日本では、少女にネコミミが受けるらしいからな。少女にヤギツノでだな」

 (うそぶ)く『地獄の王』。『大天使』が遮る。

「どんな姿でも彼は受け入れて結婚しますよ。それに、幼な子に手を出させて天使を堕落させようったって、そうはいきませんよ。彼にそんな趣味はない」

「あーその手もあったなー」

「白々しい……いや、黒々しいというべきですかね、ここは」


「まあいいではないか、形は結婚だが、夫婦でなくともどんな形であれ、二人が仲良く暮らして和平が成れば良いのだろう? お、桜鯛の塩焼きうまそうだな」

『地獄の王』はまだ隠していることがあるようだが、『大天使』はひとまず二人へ目をやる。

「桜鯛、そちらに譲ってますけれどね。……あ。代わりに、はじかみをもらって……?」

 悪魔が、自分の嫌いなものを天使に押し付け始めたのだ。しかし、天使は野菜中心の食生活らしく、喜んで食べている。

「……炊き合わせも、そっちにやったな」

 面白くなさそうに、『地獄の王』。

「好むものが真逆のために、かえってぶつかることなく仲良くやっているようですね……」

『大天使』は穏やかに微笑み、二人を見つめたまま『地獄の王』に言った。

「本当は、ぶち壊しにしたかったのではないですか? この縁談」


「当たり前だ」

『地獄の王』は声を荒げる。

「天使と悪魔の結婚など、胸糞悪い。見ろ、あの二人が夫婦だなどと誰が信じるものか。たとえ信じられたところで、おかしな目で見られるに決まっている」


『大天使』はため息をついた。

「それが狙いでしたか。天使は戒律で嘘がつけませんからね……見合いで結ばれる以上、親子や兄妹のフリをすることができない。事実上の夫婦生活がなくても夫婦だと公言してしまう。人々におかしな目で見られるようになれば、妻が可哀想だと傷つく。……いずれ、夫婦生活は破綻する」


「ははは。逆に、真実など口にする悪魔はいない。嘘ばかりだ」

 あざ笑う『地獄の王』。

 そしてふと、何かに気づいたように言った。


「そうか。この場合、二人は親子だと悪魔が嘘を言った方が、二人はおかしな目で見られずにうまく行くのか。逆に、結婚生活を破綻させるためには、夫婦だと真実を口にしなくてはならない……」


「嘘をつけない天使が嘘をつけば、天使が望むように二人はうまく行く。真実を嫌う悪魔が真実を口にすれば、悪魔が望むように二人は破綻する」

『大天使』は面白そうに『地獄の王』を見た。

「さて……どうなりますか。幸せのためなら、私は天使が嘘をつくのも悪くないと思っています。あなたの狙い通りに行くかはわかりませんよ、地獄の?」


『地獄の王』は黙り込んで、二人に目をやった。


 二人は真剣な表情で何やら話しこんでいる。

 そして、最後に出てきた果物は天使が二人分食べ、卵の使われた和菓子は悪魔が二人分食べることに、決めたようだった。



【懐石和平 おわり】


ぎ、ぎりぎりでエイプリル・フールに間に合いました……裏テーマが「嘘」だったので(^^;)

何だかへんてこな話になりましたが、面白く書かせていただきました。

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