表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

猛る犬、狙う鷹、仕留める狩人

設定を思いついたので、ひとまずざっくり短編にしておこうと思って書きました。『乳母さま』の前時代的な世界観ですが、未読でも大丈夫です。

 冷たく澄んだ空気を叩き割るような、硬質な衝撃が走った。


 衝撃の出所は、飛ぶように走る一匹の大きな犬だった。

 鬱蒼とした山道は狭く急で、岩がいくつも突き出していて歩きやすいとはとても言えなかったが、それでも近隣の村人にはなくてはならない道だ。そんな場所を、灰色の犬は岩に次々と飛び移るようにして降りて行く。

 犬が一声吠えるたび、彼を中心に白く光る魔法陣が広がり、空間を衝撃が走る。魔法陣が消える頃、再び犬が吠える。また、白い光が広がる。


 それが何度か繰り返された時、変化が現れた。

 鳥の鳴き声か、子どもの叫び声のようなものが響き、吠え声に追い立てられるようにして森の中から黒い影が飛び出したのだ。その姿は、黒い巨大な蝙蝠のように見えた。

 大人の人間ほどもある大きな影は再び木々の合間に飛び込み、煙のようなものを後に引きながら空中を飛ぶ。それを追って道を離れた犬は、地面を蹴って不規則な軌道にゆうゆうと追いついては追いたてる。白い光が木陰を走る。


 犬が、もう一声吠えた。影はとうとう耐えきれなくなったように、梢を抜けて山を包む森の上に飛び出した。


 ――待っていたかのように、太陽を背に、大きな翼の陰が森の上を走った。


 鋭い爪がきらめき、蝙蝠に襲いかかった。爪は蝙蝠をわしづかみ、そのままの勢いで山のふもとの開けた場所に落下する。

 爪は、ひび割れた地面に蝙蝠を縫いとめた。蝙蝠がいくら暴れようと、びくともしない。

「“狩人”、捕獲しました」

 女の明瞭な声が、息も乱さず淡々と告げた。


 縫いとめられた蝙蝠のすぐそばに小さな魔法陣が開き、その上に旋風が舞ったかと思うと、一人の男が立っていた。つばが先細りになった帽子をかぶり、首から肩にかけて布を巻きつけるような形のマントをつけている。

「ご苦労さん」

 飄々とした中性的な声とともに、男が右腕をまっすぐ前に上げた。むき出しの前腕部、手首から肘にかけて、細かい文字の連なりが螺旋を描くように刻まれている。

 その連なりがふわりとほどけ、腕から離れて、地面に抑えつけられている巨大な蝙蝠へと向かった。

 先ほどとは異なる緑の魔法陣が、蝙蝠を中心に捕えるようにして完成した。それを確認した爪の持ち主は蝙蝠を離し、低い姿勢のまま素早く後ずさる。

 魔法陣が回転し、蝙蝠を巻き込みながら縮小する。蝙蝠は声もなく、溶けるようにして、渦の中へと姿を消した。後には、何も残らなかった。


 爪の持ち主は、ゆっくりと立ち上がった。栗色の髪が、風になびいたそのままに後ろに流れ、はねている。彼女は蝙蝠を押さえこんでいた左手を、目の前に持ちあげた。

 その左手は、通常の人間の数倍の大きさを持ち、鋭い鉤爪を光らせていた。娘が自分のその手を紅色の瞳で見つめると、手首の周りに小さな魔法陣が現れ、やがて陣は一筋の文字の連なりになって手首に巻きつき定着する。

 同時に、娘の手はほっそりした人間の手になり、髪型が気に入らないかのように大きく髪を梳いた。


 二人のそばに、犬が駆け寄ってくる。駆け寄りながらもその姿は徐々に変化し、ふさふさとした黒い体毛は身体に張り付くようにして服になった。

 最後に前脚が地面を離れ、若い男が立ち上がった。薄い水色の瞳に灰色の髪の男は、シンプルなシャツとズボン姿。何事もなかったかのように、ただそこにいる。


「“鷹”、“犬”、お疲れさまでした。これで、近隣の住民たちも安心してこの道を通れますね」

“狩人”が萌黄色の瞳を細めると、“鷹”と呼ばれた娘が肩をすくめた。

「なんだかめんどくさいですよねー、わざわざ三人で組んで、なんて。あたし一人で、追いたてて、捕えて、消滅させるまで全部できたらいいのに。そしたら“狩人”も“犬”も、戦力として他へ行けるじゃない」

“狩人”は眉尻を下げ、自分の胸に片手を当てる。

「それを言うなら僕だって、一人で全部できればもっと国のお役に立てるんですけどねぇ」

「“狩人”は一人じゃ無理です。動体視力がまるでダメだもん」

“鷹”はバッサリと切り捨てると、軽く自分の額を叩いた。

「なーんて、あたしこそ頭悪いから、爪の“印”しか使いこなせなくてもっとダメなんですけどね。“犬”はどうなのよ?」

 話を振られた“犬”は、ちらりと“狩人”と“鷹”を見比べるようにして視線を走らせると、低い声で一言言った。

「……ギルドに帰りましょう」

「話、聞いてた!?」

“鷹”は瞳をくるりと回して呆れ顔を作ったが、“狩人”が笑いながら左手を伸ばして“印”を解放し地面に転移陣を作ると、“犬”とともに大人しくその中に入った。

「行きますよ」

 声とともに、陣が光を放ち、三人の姿を包み込んだ。


 ――後には、岩だらけの山裾の景色が広がるばかり。




【終】

『図説 騎士の世界』(河出書房新社)という本をパラパラと見ていて、中世の鷹狩りの項目を読んだ時に、犬が追いたてた獲物を鷹が捕まえる形を人間(?)に置き換えたら……と考えた設定です。で、日本鷹匠協会のHPを見たら、「鷹が捕えた獲物を主人である鷹匠のもとへ持ってくるという俗説は間違いである」とあったので、それじゃあ鷹が抑えこんだ獲物を取りに来る役が要るな、ということで三人パーティになりました(笑)これをミッション・ゼロとして、ちょっとゲームっぽい設定にもできそうだなと思ってみたり。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ