サ店のあなた 【2011.03.31.】
鶏 庭子さまの『昭和ノスタルジー』短編企画参加作品です♪ 昭和の匂いのする恋愛小説…成功しているでしょうか。
* 男…… 鈴木 健二
* 女…… 佐藤 優子
* 高校一年生。
* 恋愛モノであること。
「委員長」
声をかけられて顔をあげると、同じクラスの鈴木くんがこっちを見降ろしていた。
私は読んでいた文庫本にしおりをはさんで閉じる。気がついたら、昼休みもそろそろ終わりという時刻で、みんなそろそろ生物室に移動し始めているのか教室内は閑散としていた。
「何?」
私はちょっとどぎまぎしながら答える。
鈴木くんは、いわゆるちょっと浮いた存在だった。うちの高校は私服なんだけど、入学式にみんながかっちりした格好で来ているのに一人だけジーパンだったり。無口で帰宅部で、かと思えば原則禁止のバイトをこっそりやってるってうわさ。そんな彼が、真面目だけがとりえの私に何の用?
「あのさ…委員長っていつも本読んでるよな。どんなの読んでんの」
表情を変えずに、鈴木くん。
「え、どんなのって」
「何か、読み終わったのあったら貸して。明日にでも」
「え」
「じゃ」
鈴木くんはあっさりと行ってしまった。
私は悩んだ。だって、カバーつけてたからわからないと思うけど、私がいつも読んでるのって集英社コバ○ト文庫よ? ティーン向けの少女小説よ? ただでさえ、自分の読書傾向を知られるのって結構恥ずかしいのに、そんなのバラすのってさらに恥ずかしい。
でも、何も持っていかないわけにも…。そうだ、赤川次郎なら男子でもいけるかも。私は自宅で本棚をにらんで考えた末、コ○ルト文庫の赤川次郎を一冊と、それ以外も…と思って星新一のショートショートを一冊選び、紙袋に入れた。
翌日、早めに登校した私は、鈴木くんの机の中にこっそり紙袋を入れておいた。クラスメイト達が次々と登校してくるのを見ていると、やがて鈴木くんがやってきて、すぐに紙袋に気がついて中を見る。こちらを見たので、私がうなずくと、彼は軽く手を上げていた。
なんだか秘密の合図みたい。私はドキドキした。
その三日後、鈴木くんはまた昼休みの終わり際に私のところへ来て言った。
「面白かった。続き貸して、赤川次郎の」
ええっ、ホントに? 『吸○鬼はお年ごろ』の続き?
で、その後。
鈴木くんがシリーズを読破してしまったので、私は次に氷室冴子を…さらに山浦弘靖、そして思い切って藤本ひとみなんかも貸してしまった。
感想なんかを話し合うわけではなかったから、本当に本を受け渡すだけなんだけど、私と鈴木くんの間には、秘密を共有しているという不思議なつながりができていた。
そのまま淡々と、高一の一学期が終わろうかというある土曜日。
生物の時間、特別教室の二人掛けの長机で、私と鈴木くんは隣り合わせになったんだけど、その授業中に鈴木くんから小さくたたんだメモが回ってきた。
私はてっきり女友達の誰かから回ってきたんだと思って、何の緊張感もなくそれを開く。
『明日の日曜日、ヒマだったら、ここに昼飯食べにこない?』
そして簡単な地図と店名、電話番号。
私は思わず鈴木くんの顔を見てしまった。鈴木くんがちょっと笑うのを、初めて見た。
これって…デートのお誘い!? いやでも、『食べに行かない?』じゃなくて『食べにこない?』?
あっ…もしかして、鈴木くんが秘密のバイトしてるっていう…。
さんざん迷ったけど、真面目な私は翌日正午きっかりに、メモの店の前に立っていた。うちから電車で三駅の所にある商店街の一角、古ぼけた喫茶店。ガラスドアには黄土色で『喫茶 ベル』の文字。
おそるおそるドアを開けると、カウベルの音が響く。中は意外と明るい。木目の壁に赤いソファ、お客さんはカウンターに一人、テーブル席に一人。片隅にはインベーダーゲーム。テーブル席の上にはコインを入れる占い機。
そして、カウンターの内側に、鈴木くんがいた。
鈴木くんは私を見ると、また昨日みたいにちょっとだけ笑った。そして、エプロンを外しながらカウンターを出てくると、
「カレーとナポリタン、どっちが好き?」
「えっ、えっと、ナポリタン…」
「おやじ、ナポリタン二つ」
「おう」
カウンターの中から応えがある。おやじってマスター?
鈴木くんは私を手招きして、そんなに広くない店の一番奥に通すと、
「種明かし」
と言った。
そこには、天井から床までぎっちりと本が詰まっていた。見ると、店に来ているお客さんはそれぞれ、食事を終えてからも本を読んでいる。
「おやじが、若い女の子にも店に来てほしいって言いだしてさ。うちは本を読めるサ店だから、女の子の好きな本を調べて来いって」
「それで、私が読んでる本が気になったの?」
鈴木くんを見ると、目線が合う。
「いや…本当は、委員長のことを知りたかっただけかも」
ドキッとして思わず下を向く。
「立ったまま何やってるんだ、座って」
渋い声がしてパッと振り向くと、トレイに湯気の立つナポリタンを二つ載せたおじさんが立っていた。
「クリソツ!」
思わず声をあげて見比べる。鈴木くんとおじさんはそっくりだった。おやじって、本当のお父さんか!
バイトっていうのは、おうちのお手伝いだったのね。
「まあ食って。うちで食えるのはこれとカレーくらいだし…」
照れているのか、また仏頂面に戻ってしまった鈴木くんがソファーに座る。鈴木くんのお父さんは逆にニコニコしている。鈴木くん、こういう大人になる予定なのかな。ロマンスグレーって感じ。
私はあわてて、鈴木くんのお父さんにあいさつした。
「あの、クラスメイトの佐藤です。よろしくお願いします」
「佐藤さんね。健二と仲良くしてくれてありがとう」
あ、鈴木くんって健二って言うんだっけ。
◇ ◇ ◇
「結局、お義父さんが私を『佐藤さん』って呼んだのはあの時だけだったな~」
「そのうち優子自身が『鈴木』になっちゃったしな」
並んで立って、私はコーヒーカップを洗い、健二くんは泡を洗い流す。
あれから十年。店はインベーダーゲームこそ置かなくなったし、壁やソファは張り替えたけど、元の雰囲気を残した内装になっている。結局、本棚には若い女の子向けの本はあまり置かなかった。常連さんを大事にしたかったしね。でも、私と健二くんのお付き合いのきっかけになった数冊だけは、片隅にさりげなく置いてある。
カラン。カウベルの音が響き、これだけは昔と全く同じ『喫茶 ベル』と書かれたガラスドアが開く。私と健二くんは声をそろえた。
「いらっしゃいませ」
自分の夫のことを「あなた」って呼ぶ? ねえ呼ぶ?(笑) 結局タイトルにしか入れなかった…。とにかく、私的な『昭和』を盛り込んでみましたが、死語は一個しか入れられなかった~ こんなんですいませんっ。