迷い石
「──あの、ええっと……、じゅ、十分なおもてなしはできませんが、ど、どうぞ中に入ってください」
警戒心は完全に解いたわけではないが、突然の訪問者に敵意はないと判断した僕は、手に持つナイフを慌てて鞘に戻し、この仮の拠り所へと招き入れた。
「あ、ありがとうございます。では、失礼して……」
小学生ほどの背丈しかない、巫女装束のようなものを纏ったウサギ……じゃなかった、メリルと名乗った彼女(?)は、先ほどからキャラ崩壊したデレデレ顔のソラと並んで、恐縮した様子で足を踏み入れた。まるで精巧な3Dアニメーションを観ているような錯覚に陥る。……ええっと、不思議の国のアリス、とか?
もっとも、そこには玄関と呼べるような仕切りもなく、そもそもこの家自体、ただトタン屋根と年季が入った木の柱と崩れそうな土の壁だけの、いわゆる廃墟……というか、こっちも不法侵入なので、招き入れるもなにもないのだが。
それで、とりあえず床に、魚漁で穴だらけとなったレジャーシートを床に広げ、僕とソラ、メリルさんと輪になって座る。それこそ夢の中のピクニックように。
僕はリュックサックから、残り少なくなったカントリーマアムの包みを全て取り出し、ささやかながら彼女をもてなす。貴重な非常食ではあったが、今はこの世界の住人とのファーストコンタクト(正確には小さなおじさん、行商のアライグマ(♂)に続き三度目)においては、物資よりも情報の交換、すなわちコミュニケーションの場を優先すべきと、判断した。
という訳で、うさぎ改めてメリルさんは、目の前に出されたカントリーマアム(バニラ味)の小さな包みをみて少々戸惑っていたが、僕がお手本のごとく包みを開けて、そのまま咀嚼すると、すぐさまメリルさんもそれに倣い、目をつむり、小さなへの字口をちょこんと開けてパクリ──次の瞬間、長い耳がピーンと伸びて、真ん丸の黒目を思い切り見開いた。
「……っ!? ぽわわーん、あま~い! はっ……こ、この乾燥した小麦粉菓子、すごく美味しいです!」
「へ……あ、そ、そう? そっか、それは良かった(おおー! これが異世界あるあるの現代アイテムチートってやつかー)」
異世界に来て三日目。この世界で初めてファンタジーの定番イベントに感動しつつ、ふと僕はあることに気づいた。
「そう言えば、メリル、さん」
「〝さん〟付けはいりません。メリルとお呼びください」
「じゃ、じゃあメリルで。でさ、普通に僕と会話してるけど……まさか、言葉が通じてる?」
今日は、小さなおじさんから貰った謎アイテム──通訳の正露丸(仮)を飲んでいない。あの薬は、今までの傾向からして、たぶん時間制限つきだ。「ハアハア、メ、メリルさん、もっと食べる、食べる?」としきりに話しかけているソラ(ちょっと顔が怖い)に至っては、そもそも一度も飲んでいないはずだし。
「あ、は、はい、分かります。でも、このペンダントのお陰ですが」
メリルはそう言って、さり気なくソラの過剰なスキンシップから離れつつ、もふもふしたした丸っこい手で器用に、白衣の襟元から紐に通された巴形にカーブした翠色の玉を取り出した。
「……これは、この地方だけに採れる希少な石──『迷い石』を加工した代物です。この石を肌に身に着けていれば、言語の壁から解き放たれます。ただし、代々巫女の家系、それも女性にしか、扱うことができませんが──」
迷い石。
なんて厨二心にそそるネーミングだろう。というか、そのペンダントの形、まんま『勾玉』じゃね? まさに伝奇や現代ファンタジーの定番アイテム。
「……じゃあ、その、『迷い石』は、通訳機能の他に別の使い方があるとか? たとえば『陰陽術』とか──」
伝奇といえば、和風ファンタジー。
古今東西、和風ファンタジーとなると、陰陽師の出番だ。そうか、ここは、中世の剣と魔法の世界じゃなくて、まさかの平安、陰陽道の世界観だったんだ。
(ん〜、だったら、臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前──うわ、ヤバっ、なんかかっこいい、かも!)
「──りん、ぴょう……? ユウ、さっきから何一人でブツブツ言ってるの?」
「……やべえ、思わず声が出てた。って違う! メ、メリルは、陰陽師ですか?」
「お、おんみょう、じ……?」
「ユウ、ちょっと黙って、メリルちゃんが困ってるでしょ!」
隣から飛んできたソラの怒声に肩が跳ね上がる。基本温厚なソラがキレている……これはマズい、と即座に反省した。そもそもこの辺りの雰囲気自体、全然平安時代って感じがしない、と今さらながら気づく。
それこそ、目の前で長い耳をしょぼんと垂れ下げているメリルに至っては、格好こそ巫女装束だけれど、陰陽師とは程遠いメルヘンチックなウサギさんだし。
「あの、すみません、それが何なのか、わたしには全く……理解できなくて」
「ほら、やっぱり困ってる、ユウ謝って!」
「うっ……ごめんなさい」
なんか、僕ばかりが悪いみたいになってる。理不尽だ。
「ふふ……でも、ユウ……さん? が仰る通り、この『迷い石』は、ただ言葉を紡ぐだけの代物ではありません」
「え、ほんとに!」
「ユウ……」
「スミマセン」
引きつったソラの笑顔が怖い。
「──それについては、少々長話になります。今ここでお話ししても、差し支えありませんか? ユウ様、ソラ様」
その時一瞬、空気が揺らいだ気がした。
そして、メリルの声音が、先ほどまでの明るい雰囲気とは違う、真剣なものに変わる。
古びた土壁の匂いが鼻につく。
僕とソラは顔を見合わせ、何を言わず姿勢を正した。
「ぜひ、お願い……します」
メリルも、話の本題に入るべく、女の子座りから袴の裾を整え、正座の姿勢をとった。
「……はい。皆様、『ナカビトゾク』の皆様でしたら、このお話を聞く資格があります」




