異世界のお魚さん
──街の大きな門を抜け、少し歩いた先、視界いっぱいに広がったのは、雄大に流れる大河だった。
日本ならともかく、異世界で改めて見る大自然の光景は、僕たちの心を震わせるに十分だ。
「……水浴びしたい」
そんな中、ソラがふらふらと川辺に向かって歩き出す。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ!? ちょっと待ってソラ──」
僕は慌ててソラの右腕を掴んで引き止める。
「え……? 私は、ただ、水浴びしたくて──」
「いやいや、流石に危ないって……」
川を目の前に、ソラは大きな瞳をパチクリさせている。その気持ち自体は分からないでもない。僕自身も一瞬「ヒャッハー」と水の中にダイブしたくなったし。だか、もしそれをやったら最後、急な流れに足を取られるか、浅瀬の石に頭から激突するか、どっちに転んでも死亡エンドだ。
「うーん。川の流れは意外と穏やかだけど、水の底は、結構深いかな……」
青空の下でゆっくりと川のせせらぎを堪能しつつも、僕は水辺に立ち、そこから流れる河川の状態をじっくりと観察する。といっても素人判断でしかないが。
「ユウ……お魚さんが泳いでる」
「え、マジで?」
僕のすぐ隣で腰を落とし、さっきから川をよくよく観察していたソラからの朗報だった。
「た、確かにいるよ……それもウジャウジャと沢山──」
遠くの方ばかりに目を取られて全く気づかなかったけど、近くの浅瀬にこんなにも魚が泳いでいたなんて……驚きだ。
「じゃあ早速、何匹か獲ってみるか……」
「え……獲るって……もしかして食べるの?」
「いや、もしかしなくても、そのつもりだけど……」
ソラにとって、魚=スーパーの切り身という感覚なんだろう。ましてや異世界の得体の知れない魚なんて気色悪くて想像がつかない。実際に僕もそうだし。
と、勝手に思っていたら。
「だったら、ちょっと待ってて」
「へ?」
言ってソラがゴソゴソと肩掛けカバンから取り出したのは、長さ1メートル程の折りたたみ式レジャーシート(仮)。僕がアライグマさんから買った便利グッズの一つだ。昨夜もずいぶん重宝した。
「それでソラ、そのシートをどうすんの?」
「これを網の代わりに使えないかと思って」
「あ、なるほど……」
確かに、それはいけるかも、と手を叩く。
「でも、どうやってやるかは、まだ分からないけど……」
「だったらさ、僕とソラでシートの両端を持って、川底に沈めてそれを持ち上げれば、案外何匹かいけるかもよ」
幸いなことに、魚が泳いでいる場所は川の浅瀬だ。水の流れも今なら穏やかだし、多分大丈夫だろう。
早速、僕らは魚の捕獲作戦を実行するべく、河原から比較的浅めの川辺に向かう。僕はズボンの裾を捲くり上げ、ソラに至っては長いスカートの裾をギリギリまでめくり、それを白い太ももに結び付けるという何とも……ご馳走様です。
「「せーの!」」
二人して川の中に入り、互いにシートの両端を持って、水面に軽く沈め、それを掛け声と共に引き上げた。それこそ水の負荷も加わり、思ってた以上に重くて上手くいかない。泣く泣くシートにいくつかナイフで穴を開け、水の抵抗を減らしてから再チャレンジする。
それで結局、何回かのチャレンジで六匹の大小それぞれ二十センチぐらいの川魚をゲットすることが出来た。その魚全部ひっくるめてシートに包み、今はバシャバシャと中で飛び跳ねているのを静かになるまでソラと二人で待っている。
「でもまぁ、勢いで獲ったのはいいけど、実際あの魚を食べるとなると……結構勇気がいるよな──」
川の水で濡れてしまった上着やらズボンを太陽の光で乾かしつつも、ふと現実を考えてしまう。その時、ソラがスカートをパタパタ仰ぎながら(僕がすぐ隣に居るんだけど……)言う。
「多分……大丈夫、だと思う。あのお魚さん、イワナってお魚さんにそっくりだから──」
「え、そうなの?」
「うん。小さい頃、お父さんがよく私を川に連れて行ってくれて……確かその時に釣ったお魚さんの模様が、あのお魚さんと同じに見えたから」
イワナは川魚の王様的な存在と何かで聞いたことがある。
いや確かに、この世界に来てから見た植物の生態系は、日本のものとあまり変わらないが、さすがにイワナはないだろ、現にこの魚の顔つきは日本のイワナよりも明らかに獰猛で、鋭い牙が覗いている……が、誤差の範囲ってことで、いいのか?
「……顔はちょっと違うけど、少なくとも毒々しい色じゃないし、水が綺麗な場所に生息しているってことは、きっと食べても大丈夫だと思う」
ソラは、父親から得たであろう知識で目の前の魚を分析する。その真剣な横顔に、僕は思わず見とれてしまう。
「……そ、そうか、ソラのお父さんって釣りが趣味なんだ。ちょっと羨ましいよ。僕の父親って根っからのインドア派だしな」
「…………、今度、ゆっくりユウの家族のこと聞きたいかも……」
「もちろん!」と答えながらも、本当はもっとソラ自身のことを聞いてみたいと思う自分がいた。
まあ、それは後々時間を掛けてゆっくりと。
「……ところでユウ。あのお魚さんはどうやって食べればいいのかな……火を起こすのって、結構大変だよね?」
「え、火? …………」
僕らの異世界サバイバル生活は、まだまだ始まったばかりである──




