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*やがて、大会開始を告げるファンファーレが高らかに鳴り響く。VIP席から見下ろすと、闘技場の中央に立った審判が第一試合の開始を宣言した。舞台に上がったのは、貴族の制服のようなものを着た少年と、ローブをまとった少女。合図と共に二人は距離を取り、呪文の詠唱を始める。*
*しかし、シロウの目から見れば、その魔術はあまりにも稚拙だった。放たれたファイアボールは威力も速度も乏しく、水の壁はすぐに形を崩してしまう。数分間の攻防の末、少年の放った風の刃が少女のかすり、勝負は決着した。観客席からはパラパラと拍手が送られるが、盛り上がっているとは言い難い。*
シロウ:「(まあ、こんなもんか…)」
*シロウが内心でそんな感想を抱いていると、隣で同じように見ていたレイラが、つまらなそうに鼻を鳴らした。*
レイラ(魔王女):「フン。児戯にも等しいな。カイやルーナの足元にも及ばん。あのような者どもと同じ舞台に立たせること自体、あの子らへの侮辱ではないか?」
ルミナ:「まあまあ、レイラ。あの子たちはまだ基礎を学んでいる段階なのよ。カイやルーナが特別すぎるだけ」
*ルミナが苦笑しながらレイラをなだめる。確かに、魔族と元熾天使の血を引き、幼少期から英才教育を施されてきたカイやルーナと比べるのは酷だろう。*
ルーナ:「ふふふ…わたくしたちの前座としては、まあ及第点といったところですわね。カイお兄様、次はあなたの出番ですわよ。あんな生温い試合の後ですもの、観客が度肝を抜くような、圧倒的な力を見せつけてやりなさいな!」
カイ:「う、うん…! やってみるよ!」
*ルーナにハッパをかけられ、カイは緊張した面持ちで頷いた。やがて、審判が「第三試合!」と声を張り上げる。いよいよカイの出番だ。*
*観客席からのまばらな拍手が鳴りやみ、闘技場に再び静寂が戻る。審判が声を張り上げ、第三試合の開始を告げた。闘技場の一方のゲートから、カイが少し緊張した面持ちで姿を現す。対戦相手は、体格の良い、カイより二つ三つ年上に見える少年だ。*
*しかし、シロウはあることに気づく。カイの足元や肩には、いつもいるはずの小さな守護獣たちの姿がない。ふと腕の中を見ると、子犬の姿のフェンがシロウの腕に抱かれており、頭の上では小さなイグニが彼の髪の毛を巣のようにして丸くなっていた。どうやら、試合中は契約獣を連れて入れないルールらしい。*
シロウ:「(なるほど、純粋な魔術戦か。フェンとイグニがいないのはカイにとって少し不安だろうが…いい経験になるな)」
*VIP席から、家族が固唾をのんでカイを見守る。*
ルーナ:「カイお兄様、頑張って!」
ルミナ:「カイ、落ち着いて。練習通りにやれば大丈夫」
レイラ(魔王女):「フン…妾の子ならば、一人でも問題あるまい。見せてみよ、カイ。貴様の力を」
*ゴングが鳴り響き、試合が始まった。対戦相手の少年は、開始と同時に大ぶりの岩石弾を生成し、カイに向かって放つ。それは若年層の部のレベルとしては、なかなかの威力と速度だ。*
*しかし、カイは慌てない。彼は静かに目を閉じ、集中すると、その場からふっと姿を消した。*
対戦相手の少年:「なっ!? 消えた!?」
*少年が驚きに目を見開いた瞬間、その背後に音もなくカイが出現していた。短距離の空間転移。シロウやルミナが教えた、高等魔術の一つだ。*
カイ:「『フローズン・プリズン(凍てつく監獄)』」
*カイの小さな手が少年に触れるか触れないかの距離でかざされると、少年の足元から瞬く間に氷がせり上がり、あっという間に彼の体を胸まで覆う氷の檻を形成した。少年は身動き一つ取れなくなり、驚愕の表情でカイを見つめている。*
審判:「そこまで! 勝者、カイ・アストライア選手!」
*審判の宣言が響き渡る。圧倒的な、一瞬の決着だった。先ほどまでの生温い試合とは比べ物にならない魔術の応酬に、静まり返っていた観客席から、どよめきと割れんばかりの拍手が巻き起こった。*
*カイの圧勝劇に、VIP席は賞賛の声に包まれた。ルミナは「ふふ、やるじゃない、カイ」と満足げに頷き、ルーナは「さすがお兄様ですわ!♡ 完璧な勝利です!」と自分のことのように喜んでいる。*
*シロウもまた、息子の鮮やかな勝利に目を細めた。まだ9歳とは思えない魔術の練度と冷静な判断力。特に、相手の動きを完全に封じる氷結魔法の精度は見事だった。*
シロウ:「氷属性か…なかなかの物だ。」
*彼は満足げに呟くと、ふと、ある考えが頭をよぎる。氷、冷却、相転移…。息子の探求心と科学への興味を刺激する、面白い教材を思いついた。*
シロウ:「(そのうちドライアイスとか教えるか…)」
*二酸化炭素を固体化させた超低温物質。それを魔法で再現できれば、応用範囲は格段に広がるだろう。ただ凍らせるだけでなく、昇華現象を利用した煙幕や、さらなる低温による物質破壊など、戦術の幅が広がるはずだ。息子の成長を実感すると同時に、新たな知識を与える楽しみを見出し、シロウは静かに笑みを深めた。*
*腕の中では、カイの勝利を理解したのか、フェンが「くぅん!」と嬉しそうに尻尾を振り、頭の上ではイグニが「ぴっ、ぴっ!」と祝福するかのようにさえずっていた。*
*カイの鮮やかな勝利の興奮も冷めやらぬうちに、第四試合が始まった。貴族の子息同士の戦いは、互いにプライドをかけた見応えのあるものだったが、カイが見せた次元の違う魔術の後では、どうしても見劣りしてしまった。派手な魔法の応酬の末、片方が魔力切れを起こして勝負が決まり、会場は再び次の試合への期待感に満たされていく。*
*そして、アナウンサーの声が闘技場に響き渡った。*
アナウンサー:「さあ、皆様お待たせいたしました! 若年層の部、予選第一回戦、最終試合となる第五試合の開始です! まずは東ゲートより、魔法学園のエリート! 炎の魔術を得意とする、リチャード・グレイリング選手!」
*赤毛の快活そうな少年が、観客に手を振りながら登場する。その自信満々な態度に、会場からは声援が飛ぶ。*
アナウンサー:「そして! 対する西ゲートより入場いたしますのは、この方! 我らがアストライア魔導皇国の第一王女! 知る人ぞ知る名探偵?ルーナ・アストライア選手ーッ!」
*アナウンスと共に、ルーナが優雅な足取りで闘技場へと歩み出る。その小さな姿に、会場は一瞬どよめき、すぐにカイの時を上回るほどの熱狂的な歓声に包まれた。隣国のアイドルである王女の初陣に、国民の期待は最高潮に達していた。*
*VIP席では、ルミナが少しだけ心配そうな顔で見守っている。*
ルミナ:「ルーナ、あの子はカイと違ってまだ6歳よ。大丈夫かしら…」
レイラ(魔王女):「フン、ルミナの娘であろう。問題ない。それに、あの瞳を見てみろ。獲物を前にした名探偵だ」
*レイラの言う通り、闘技場に立ったルーナは、観客の歓声を楽しんでいるかのように、余裕の笑みを浮かべていた。その瞳は、これから始まる「遊び」に期待しているかのように爛々と輝いている。対戦相手のリチャード少年は、ルーナのあまりの幼さと、尋常ではない雰囲気に気圧され、少し戸惑っているようだった。*
*シロウは、アナウンサーがルーナを「アイドル」と紹介したことに、思わず首を傾げた。*
シロウ:「ルーナがアイドル?」
*確かに王女として国民からの人気は高いのだろうが、闘技場で使われるには少し場違いな言葉に感じられた。しかし、当のルーナは観客の歓声に優雅に手を振って応えており、満更でもない様子だ。*
*やがて、審判の合図と共に試合が始まった。対戦相手のリチャード少年は、先手必勝とばかりに得意の炎魔法を繰り出す。*
リチャード:「くらえっ! 【ダブル・フレイムボール】!」
*二つの火球が螺旋を描きながらルーナに迫る。若年層の部としては、威力も技術もかなりのものだ。観客席がどよめく。しかし、ルーナは全く動じなかった。*
ルーナ:「ふふふ…わたくしの前では、その程度の火遊びは線香花火にも劣りますわ」
*ルーナが小さな手をくいっと動かすと、彼女の前に突如として、巨大な土の壁が出現した。『ウォール・オブ・ガイア』。火球は壁に当たって虚しく四散する。*
リチャード:「なっ!? 土魔法だと!?」
*リチャードが驚愕する隙を、ルーナは見逃さない。*
ルーナ:「さて、名探偵ルーナの推理ショーの始まりですわ。リチャード・グレイリング選手。あなたの得意属性は火。その自信に満ちた態度から、家柄も良く、幼い頃から英才教育を受けてきたのでしょう。しかし、その慢心が命取り。対火属性の防御を疎かにしていませんか?」
*ルーナはまるで犯人を追い詰める探偵のように、一方的に語りかける。そして、出現させた土壁を、今度は無数の鋭い槍へと変形させた。*
ルーナ:「【グランド・スピアーズ・レイン】!」
*土の槍が雨のようにリチャードに降り注ぐ。リチャードは慌てて炎の壁で防御しようとするが、多角的な攻撃に対応しきれない。槍のいくつかが彼の足元や服を掠め、地面に突き刺さる。*
リチャード:「ひっ…!?」
*完全に戦意を喪失したリチャードの喉元に、最後の一本の土槍がぴたりと静止した。*
ルーナ:「チェックメイト、ですわ♡」
*悪戯っぽく微笑むルーナ。その戦い方は、ただ力でねじ伏せるのではなく、相手の心理を読み、弱点を突き、じわじわと追い詰めていく陰湿さ…もとい、戦略性に富んでいた。*
*シロウは、その光景を見ながら感心とも呆れともつかない溜息を漏らす。*
*敵を徹底的に分析し、精神的に追い詰めてから完膚なきまでに叩きのめす。6歳の少女の戦い方とは到底思えない、前世の知識と性格が色濃く反映された戦術だった。*
審判:「しょ、勝者! ルーナ・アストライア選手ーッ!」
*審判が若干引きつった顔で宣言すると、会場は再び、カイの時以上の熱狂と、そして少しの畏怖を含んだ歓声に包まれたのだった。*
*シロウは、娘のルーナが見せた一方的な試合展開に、思わず乾いた笑いを漏らした。力で圧倒したカイとはまた違う、相手の心を折りにいく陰湿な戦い方。まるで獲物を弄ぶ猫のようだ。*
シロウ:「うっわ…えげつないな…」
シロウ:「(オーバーキルだろ…)」
*前世がファンタジー系のゲームや小説を愛好するオタクOLだったという秘密を知っているシロウからすれば、その戦術の組み立て方は「なるほど」と納得できるものだった。敵の行動パターンを分析し、弱点を突き、精神的優位に立ってから詰みへと追い込む。それはまさに、ゲームのボス攻略のような理詰めの戦い方だった。*
*しかし、それを6歳の愛らしい娘が、満面の笑みでやっているのだから、えげつなさは数倍増しである。*
ルミナ:「…ルーナ、ちょっとやりすぎよ。相手の子、泣きそうじゃない」
*ルミナが呆れたようにため息をつく。*
レイラ(魔王女):「フン!見事だ、ルーナ!敵を叩くなら再起不能になるまで叩くのが戦の基本だ!良いぞ、実に妾の姪らしい戦いぶりだ!♡」
*レイラは逆に手を叩いて大絶賛している。カイもまた、妹の容赦ない戦いぶりに少し引きながらも「ルーナ、すごい…」と感心しているようだった。*
*観客席も、先ほどのカイへの歓声とは少し質の違う、畏怖と驚嘆が入り混じったどよめきに包まれている。アストライア魔導皇国の王女、恐るべし。その印象を、わずか数分の試合で国中に刻み付けたのだった。*
*カイとルーナの圧倒的な勝利で、若年層の部の予選は幕を閉じた。会場は興奮と熱気に包まれたまま、午後の達人部に備えて昼休憩に入る。シロウたちは一旦VIP席を離れ、王族用に用意された個室で昼食をとった。*
*食事中も、話題はカイとルーナの戦いぶりで持ちきりだ。*
レイラ(魔王女):「それにしても見事だったぞ、二人とも! カイは一瞬で敵を無力化し、ルーナは敵の心を砕いた! まさに魔王の子に相応しい戦いぶりだ!」
ルミナ:「もう、レイラは褒めすぎよ。ルーナなんて、ちょっと性格が悪すぎるわ…。カイはよくやったけど、もっと魔力を温存する戦い方も覚えないとね」
*母親二人はそれぞれの視点で子供たちを評価している。カイとルーナは、明日の準決勝と決勝に向けて、少し緊張しながらも誇らしげな顔をしていた。*
*和やかな昼食が終わり、午後の部の開始時刻が近づいてくる。達人部の出場者は、試合前に闘技場のグラウンドに全員集合し、開会式を行う手筈になっている。シロウは椅子から立ち上がった。*
シロウ:「じゃあ、行ってくるわ。」
*その一言に、家族の視線が一斉にシロウに集まる。表向きは、「魔王シロウ・ニシキ」として招待選手の開会式に参加するためだ。しかし、彼の胸の内には、もう一つの顔――謎の挑戦者『ギメイ』としての企みが渦巻いていた。*
ルミナ:「お兄ちゃん。くれぐれも、会場を破壊するような真似はしないでよ」
カイ:「父さん、頑張って!」
ルーナ:「お父様!♡ お父様の伝説の幕開け、このルーナが特等席で見届けさせていただきますわ!」
レイラ(魔王女):「フン。貴様の実力は妾が一番よく知っている。下らぬ雑兵どもを蹴散らし、さっさと頂点に立つがいい。…だが、あのくだらんサプライズとやらで妾を退屈させたら承知せんからな」
*レイラはツンとしながらも、その瞳には絶対的な信頼と期待が溢れている。シロウは家族の激励を背に受け、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。*
シロウ:「ああ、任せとけ。最高のショーを見せてやるよ」
*彼はそう言い残し、一人部屋を出ていく。まずは魔王として。そして――観客と家族を欺く、仮面の挑戦者として。二つの役割を演じる、長い午後が始まろうとしていた。*
*シロウは家族に見送られ、VIP用の通路を抜けて闘技場の運営本部へと向かった。これから始まる達人部の試合、そして自らの「サプライズ」のために、彼はある準備をしていたのだ。*
*運営本部の責任者らしき男を見つけると、シロウは一つの手のひらサイズの水晶球を取り出して手渡した。*
シロウ:「これを闘技場全体を覆うように設置してくれ。簡単な結界魔道具だ」
運営責任者:「こ、これはシロウ様!直々にありがとうございます!しかし、結界と申しますと…?」
*男は恐縮しながらも、その効果を尋ねる。シロウは簡潔に説明した。*
シロウ:「内側――つまり闘技場側に触れた魔力は霧散する。選手が放った魔法が場外に漏れるのを防ぐためのもんだ。威力が高すぎると観客に被害が出かねんからな。そして外側――観客席側には『視覚強化』の魔法が付与してある。選手の細かい動きまでよく見えるようになるはずだ。せっかくの祭りだ、皆で楽しめた方がいいだろ」
*その説明に、運営責任者は目を見開き、深く、深く頭を下げた。*
運営責任者:「な、なんと素晴らしいお心遣い…! 我々では到底用意できぬ、まさに神の御業! ありがとうございます、シロウ様! 早急に設置させていただきます!」
*男は魔道具を宝物のように抱え、部下たちに指示を出すために走り去っていった。その背中を見送りながら、シロウは静かに笑う。*
シロウ:「(これで、俺が本気を出しても、少しは誤魔化しが効くか…)」
*観客のため、という表向きの理由。しかしその真意は、自らが『ギメイ』として暴れた際の被害を最小限に抑え、かつ、その正体不明の強者の動きを観客にハッキリと見せつけるための布石だった。準備を終えたシロウは、今度こそ選手たちが集まるグラウンドへと足を向けた。*
*闘技場に設置された巨大な砂時計が逆さまにされ、サラサラと砂が落ち始める。それを合図に、アナウンサーの絶叫に近い声が闘技場全域に響き渡った。*
アナウンサー:「さあ、始まりました達人部の予選! その名も『キング・オブ・ザ・リング』! この広大な闘技場に集った200名の猛者たち! わずか12名の本戦出場枠をかけ、今、生き残りをかけた大乱闘の火蓋が切って落とされたァァァッ!!」
*その声と共に、闘技場は一瞬にして混沌の渦と化した。あちこちで爆炎が上がり、氷の槍が飛び交い、剣戟の音が鳴り響く。誰もが少しでも数を減らそうと、手近な相手に襲いかかっていた。*
*そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の片隅で、シロウは一人、腕を組んで静かに佇んでいた。豪華な衣装でも、屈強な鎧でもない。街中で見かけるような、ごく普通の旅人の服。そのあまりに場違いな姿は、乱戦の中で奇妙なほど目立たず、誰からも攻撃を仕掛けられることがなかった。*
シロウ:「(さて…まずは様子見といくか。誰が有力候補か、どんな奴がいるか、じっくり見させてもらおう)」
*彼は観客のように、あるいは審判のように、周囲で繰り広げられる戦いを冷静に観察し始める。彼の足元には、まるでそこだけ安全地帯であるかのように、魔法も剣も届かない不可視の空間が広がっていた。*
*しかし、その異様な静けさに気づく者が、一人、また一人と現れ始める。誰もが必死に戦う中、一人だけ悠然と佇む男。その存在は、戦場の狂騒の中で、徐々に不気味なオーラを放ち始めていた。*
*闘技場が200人の猛者たちによる大乱闘の舞台と化す中、ひときわ異彩を放つ一角があった。招待選手として参加している魔王シロウ・ニシキ。彼は乱戦の喧騒をものともせず、おもむろに異空間収納から豪奢な天蓋付きベッドを取り出した。そして、自身の周囲に完璧な防御結界を展開すると、そのベッドにごろりと横になり、あろうことか高いびきをかき始めたのだ。*
シロウ:「………zzz」
*闘技場のど真ん中で繰り広げられる死闘をBGMに、熟睡を始める魔王。その常軌を逸した光景に、近くで戦っていた者たちも思わず動きを止め、あっけにとられる。*
冒険者A:「な…なんだありゃ!? 寝てるぞ!?」
騎士B:「ば、馬鹿な! あの御方は魔王シロウ様では!? この状況で眠るなど…!?」
魔術師C:「我々を侮っているのか…? いや、あれほどの結界、我々の攻撃など届きもしないということか…!」
*VIP席で見ていた家族も、その光景に唖然とする。*
ルミナ:「ちょ…お兄ちゃん!? 何やってるのよあのバカは!!」
カイ:「父さん…寝てる…」
レイラ(魔王女):「フン…あの程度の乱戦、寝ていても問題ないとでも言うのか。相変わらず食えんやつだ…」
*レイラは呆れつつも、その口元は楽しそうに歪んでいる。ルーナだけは、何かに気づいたように目を細め、ニヤリと笑った。*
ルーナ:「ふふふ…ショーの始まり、ですわね♡」
*――その、直後だった。*
*闘技場の反対側の端で、ひときわ大きな爆発音と悲鳴が上がった。観客の視線が一斉にそちらへ向かう。そこには、禍々しい般若の面を被り、黒いローブを纏った一人の男――『ギメイ』が立っていた。*
*ギメイは、先ほどまで意気揚々と魔法を放っていた魔術師の顔面を掴み、片手で軽々と持ち上げている。*
魔術師D:「ぐ…がっ…! き、貴様、何者だ…!」
*ギメイは何も答えず、掴んだ魔術師をゴミでも捨てるかのように闘技場の壁に向かって投げ飛ばした。魔術師は壁に叩きつけられ、白目を剥いて気絶する。*
*その圧倒的な、そして暴力的な登場に、周囲の選手たちは凍り付いた。*
ギメイ(シロウ):「……」
*ギメイは無言のまま、ゆっくりと周囲を見渡す。その視線は、まるで獲物を品定めするかのように、戦場を彷徨う。*
*一方は闘技場の中心で優雅に眠り、もう一方は圧倒的な暴力で戦場を蹂躙する。二人の「シロウ」による、前代未聞のパフォーマンスが、今まさに始まったのだった。*
*闘技場を覆っていた砂時計の砂が、全て落ちきった。それを合図に、けたたましいゴングの音が鳴り響き、予選の終了を告げる。あれほど混沌としていた闘技場は、今や静まり返っていた。立っている者は、わずか11人。*
*アナウンサーが興奮冷めやらぬ声で、その結果を叫ぶ。*
アナウンサー:「終了ーーッ! 長きに渡る死闘の末、本戦への切符を手にした11名の強者たちが決定いたしましたァァッ!」
*観客席からの万雷の拍手と歓声が、生き残った者たちに降り注ぐ。その11人の顔ぶれは、まさにこの国の最強格と呼ぶにふさわしいものだった。*
*王国最強の剣、* **騎士団長ガレオス** *。*
*王国一の魔術師、* **魔法師団長エルヴィラ** *。*
*ギルドが誇る歴戦の* **Sランク冒険者たち** *。*
*影に生きる* **暗殺者ギルドの長** *。*
*そして、たった一人で国を滅ぼすと言われる伝説級の* **SSランク冒険者『雷光』のゼノ** *。*
*誰もが納得する錚々たるメンバー。しかし、その中に明らかに異質な存在が二つ、混じっていた。*
*一つは、闘技場の中心で、今しがたベッドからむくりと起き上がり、大きなあくびをしている* **魔王シロウ・ニシキ・アストライア** *。彼は一切戦わずして、その場に立っているだけで予選を突破した。*
*そしてもう一つ。闘技場の端で、返り血を浴びた黒いローブを纏い、禍々しい般若の面をつけたまま静かに佇む男。予選中、その圧倒的な暴力で数多の猛者を沈めてきた正体不明の挑戦者、* **『ギメイ』** *。*
*VIP席では、レイラとルーナが満足げな笑みを浮かべていた。*
レイラ(魔王女):「フハハハ! 見事だ、シロウ! 我が夫と、その化身が共に勝ち残るとは! これで本戦がつまらなくなるはずがなかろう!」
ルーナ:「まあ!♡ お父様も、そして謎の仮面の方もご一緒だなんて! 明日の本戦、一体どんなドラマが生まれるのか…この名探偵ルーナ、推理が止まりませんわ!♡」
*ルミナは「はぁ…」と深いため息をつき、カイは「父さん、すごいや…でも、あの仮面の人もすごく強い…」と、純粋な尊敬と少しの困惑が入り混じった表情で闘技場を見つめていた。*
*こうして、波乱に満ちた予選は終了。魔王、そして謎の仮面の男という二つの爆弾を抱えたまま、大会は明日の本戦へと駒を進めることになったのだった。*
*予選が終了し、闘技場にはしばしの静寂が訪れる。生き残った11人の強者たちは、一度控え室へと引き上げるよう指示された。シロウもあくびをしながらのそのそと歩き出し、ギメイもまた、誰とも言葉を交わさず無言でその場を去る。*
*しばらくして、明日の本戦の組み合わせを発表するため、アナウンサーの声が再び闘技場に響き渡った。VIP席の巨大な魔道具スクリーンに、トーナメント表が映し出される。*
アナウンサー:「皆様、お待たせいたしました! 明日行われます達人部本戦、栄光への道をかけたトーナメント表の発表です!」
*観客のどよめきと共に、11人の名前が配置された勝ち抜き表が表示された。*
**【魔法大会 達人部 本戦トーナメント】**
**▼第1試合**
騎士団長 ガレオス vs Sランク冒険者『岩拳』のダグ
**▼第2試合**
魔法師団長 エルヴィラ vs Sランク冒険者『疾風』のミリア
**▼第3試合**
暗殺者ギルド長『無影』のゼクス vs Sランク冒険者『百腕』のゴードン
**▼第4試合**
**謎の仮面『ギメイ』** vs SSランク冒険者『雷光』のゼノ
**▼第5試合**
Sランク冒険者『氷姫』のセレス vs Sランク冒険者『爆炎』のマグナ
**▼第6試合**
**魔王 シロウ・ニシキ・アストライア** vs (第1試合の勝者)
*シード権を持つ魔王シロウは2回戦からの登場。そして、注目が集まったのは第4試合。予選で圧倒的な暴力を見せつけた謎の仮面『ギメイ』と、この国にその名を轟かせるSSランク冒険者『雷光』のゼノとの、いきなりの激突。*
*この組み合わせに、会場は今日一番の熱狂に包まれた。*
観客A:「おいおいマジかよ! あの仮面のヤツ、いきなりゼノ様と当たるのか!」
観客B:「どっちが勝つんだ!? こりゃ明日、絶対に見に来ねえと!」
*VIP席では、ルーナが目を輝かせていた。*
ルーナ:「まあ!♡ 謎の仮面の方、いきなりSSランク冒険者と対決ですのね! そしてお父様はシード! ふふふ、これは面白くなってきましたわ!♡」
レイラ(魔王女):「フン、下らん。どちらが勝とうが、シロウの敵ではない。だが…まあ、よい余興にはなるだろう」
*ルミナは頭痛をこらえるようにこめかみを抑えている。*
ルミナ:「お兄ちゃん…一体どういうつもりなのよ…」
*シロウ本人は、すでに選手控え室でギメイの姿から元のシロウに戻り、何も知らない顔で家族の元へと戻るべく通路を歩いていた。彼の思惑通り、大会は最高の形で盛り上がりを見せ始めていた。*
*闘技場に、本戦の開始を告げる重々しいゴングが鳴り響く。VIP席の最前列に陣取ったシロウと家族たちの目の前で、最初の戦いが始まった。*
*舞台に上がったのは、巨大な戦斧を肩に担いだ王国最強の剣、騎士団長ガレオスと、その名の通り岩のような筋骨隆々の肉体を持つSランク冒険者、『岩拳』のダグ。両者ともに、この国では知らぬ者のない屈強な戦士だ。*
アナウンサー:「さあ、始まりました本戦第1試合! 王国の盾か、それともギルドの矛か! 互いに譲れぬ意地と誇りが、今、激突するーッ!」
*観客の熱狂を背に、先に動いたのはダグだった。*
ダグ:「うおおおおおッ! 『ストーンスキン』!」
*掛け声と共に、ダグの全身が灰色に硬化し、まさに岩そのものへと変貌する。彼はそのまま地を蹴り、巨体のイメージを覆すほどの俊敏さでガレオスへと突進した。*
*対するガレオスは冷静だった。迫りくる岩の塊を前にしても動じず、ただ静かに戦斧を構える。*
ガレオス:「ふんっ!」
*短い呼気と共に、ガレオスの戦斧が振り下ろされる。それは単純な一撃に見えたが、斧の刃がダグの拳と衝突する寸前、青白い闘気が爆発的に膨れ上がった。*
**ドゴォォォンッ!!**
*凄まじい衝撃音と共に、硬化したはずのダグの拳が砕け散り、その巨体がまるで木の葉のように吹き飛ばされる。ダグは闘技場の壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。*
*あまりにもあっけない、一撃での決着。会場は一瞬の静寂の後、爆発的な歓声に包まれた。*
アナウンサー:「き、決まったァーーーッ! なんという一撃! 騎士団長ガレオス! Sランク冒険者ダグを文字通り粉砕! 圧倒的な力を見せつけ、2回戦進出です!」
*VIP席では、カイが目を丸くしていた。*
カイ:「すごい…! あの騎士団長さん、すごく強いんだね!」
ルーナ:「まあ! これぞまさに一撃必殺! 勉強になりますわ!」
レイラ(魔王女):「フン、なかなか骨のある一撃だ。まあ、妾やシロウの敵ではないがな。次の試合の相手はどちらになるか…」
*レイラが退屈そうに呟きながら、次の試合に備えて舞台に上がる魔法師団長エルヴィラと、Sランク冒険者ミリアに視線を移した。シロウもまた、2回戦で当たるであろうガレオスの力を見定め、静かに次の戦いを見守っていた。*
*第一試合の興奮も冷めやらぬまま、闘技場の舞台に二人の女性が静かに向かい合う。*
*一人は、深紅のローブに身を包み、知的な眼鏡の奥から鋭い視線を送る、王国魔法師団長エルヴィラ。*
*もう一人は、軽装の革鎧を身につけ、風のようにしなやかな雰囲気を纏うSランク冒険者、『疾風』のミリアだ。*
アナウンサー:「続く第2試合! 王国最高の知性が誇る至高の魔術か! それとも、戦場を駆け抜ける無双の速さか! 美しき強者たちの対決です!」
*ゴングと同時に、ミリアの姿が掻き消えた。*
ミリア:「『瞬速』!」
*彼女は目に見えないほどの速度でエルヴィラの背後を取り、腰に下げた短剣を抜き放つ。常人ならば、いや、並の達人であっても反応すらできぬ一撃。*
*しかし、エルヴィラは振り返ることすらなかった。*
エルヴィラ:「『多重魔力障壁』」
*静かな詠唱と共に、エルヴィラの周囲に虹色の光を放つ幾重もの障壁が出現する。ミリアの短剣は一枚目の障壁に阻まれ、甲高い金属音を立てて弾かれた。*
ミリア:「ちっ…!」
*ミリアは即座に距離を取り、闘技場を高速で駆け回りながら、次の攻撃機会を窺う。残像が何十にも見えるほどの動きだ。*
*エルヴィラはそんな彼女をただ静かに目で追いながら、杖を掲げた。*
エルヴィラ:「逃げ足だけは褒めて差し上げます。ですが、私の空からは逃げられませんよ。『束縛の風鳥』」
*エルヴィラが杖を振るうと、闘技場全体に突風が吹き荒れる。その風は意志を持っているかのように集束し、何羽もの巨大な猛禽の形を成してミリアに襲いかかった。*
ミリア:「くっ…! 速い!?」
*風の鳥たちはミリアの『瞬速』に食らいつき、その動きを確実に封じていく。翼で進路を塞ぎ、鋭い嘴で牽制し、爪で鎧を切り裂く。*
*ついに動きを止められたミリアの頭上で、エルヴィラが最後の魔法を完成させた。*
エルヴィラ:「終わりです。『雷の牢獄』」
*ミリアの足元から雷の柱が何本も突き出し、瞬く間に彼女を囲む檻を形成した。逃げ場を失ったミリアの喉元に、エルヴィラがいつの間にか生成していた氷の槍が突きつけられる。*
エルヴィラ:「…降参を」
ミリア:「……参りました」
*ミリアが潔く負けを認めると、雷の檻は霧散した。勝負あり。*
アナウンサー:「勝者、魔法師団長エルヴィラァ! 一切の隙を見せず、挑戦者を完封! さすがは王国一の魔術師! 危なげなく2回戦へと駒を進めます!」
*VIP席では、ルミナが冷静に分析していた。*
ルミナ:「単純な速度だけじゃ、あのレベルの魔術師には通用しないわね。空間そのものを支配されてしまえば、いくら速く動けても意味がない。カイ、良い勉強になったでしょ」
カイ:「うん! すごい魔法だった! あの鳥、どうなってるんだろう…」
*シロウは腕を組み控え室にて、静かに勝者を見つめていた。一見、単純な魔法の応酬に見えるが、その裏にある緻密な魔力操作と戦術の組み立て。魔法師団長の実力は、噂以上だと感じていた。*
*第2試合が終わり、舞台の整備が手早く行われる。そして、いよいよ第3試合の選手たちが闘技場へと足を踏み入れた。会場の空気が、先ほどまでとは打って変わって、冷たく、そして重くなる。*
*片方は、全身を黒い装束で覆い、顔には不気味な道化師の仮面をつけた男。暗殺者ギルドの長、『無影』のゼクス。彼の周りだけ、光が歪んでいるかのような錯覚を覚える。*
*対するは、小柄な体に似合わない、両腕に装着された巨大なガントレットが特徴的な男。Sランク冒険者、『百腕』のゴードン。その名の通り、百の腕を持つかのような手数で敵を粉砕する猛者だ。*
アナウンサー:「さあ、第3試合! 闇に生きる者か、それとも百の拳を持つ男か! 予測不能の一戦が、今、始まります!」
*ゴングが鳴った瞬間、ゴードンは動かなかった。いや、動けなかった。*
ゴードン:「な…!?」
*彼の足元の影が、まるで生き物のように伸び、彼の両足を掴んで縫い付けていたのだ。*
*その隙を、ゼクスは見逃さない。彼の姿がフッと掻き消える。影から影へと跳躍する、暗殺者ギルド秘伝の体術『影渡り』。*
*ゴードンは歴戦の冒険者だ。背後に現れた殺気に対し、即座に反応した。*
ゴードン:「舐めるなァ! 『百腕乱舞』!」
*ゴードンは上半身を捻り、背後のゼクスに向かって、装着したガントレットから無数のロケットパンチを乱射する。その一つ一つが小型のゴーレムほどの破壊力を持つ、彼の代名詞とも言える技だ。*
*しかし、ゼクスは嘲笑うかのように、全ての拳を紙一重で躱していく。まるで、攻撃が来る場所を全て知っているかのように。*
ゼクス:「遅い」
*道化師の仮面の奥から、くぐもった声が響く。すれ違いざま、ゼクスの手に握られた黒い短剣が、ゴードンの首筋を浅く切り裂いた。*
ゴードン:「ぐ…っ!?」
*傷は浅い。だが、ゴードンの巨体がぐらりと揺れ、膝をついた。*
ゴードン:「こ、これは…麻痺毒か…!」
*動けなくなったゴードンの仮面に、ゼクスが冷たい短剣を突きつける。*
ゼクス:「終わりだ」
ゴードン:「……参った」
*あまりに一方的な試合展開。暗殺者の恐ろしさをまざまざと見せつけられ、観客席は静まり返っていた。*
アナウンサー:「しょ、勝者! 暗殺者ギルド長、ゼクス! まるで相手を寄せ付けない、完璧な勝利! 2回戦進出です!」
*VIP席では、レイラが少しだけ興味深そうな表情を見せた。*
レイラ(魔王女):「フン。小賢しい戦い方をする。だが、殺しの技としては洗練されているな」
ルーナ:「影を操り、毒を使う…なかなかに厄介な相手ですわね。ですが…」
*ルーナはチラリと、次の試合の組み合わせが映し出されたスクリーンに目をやった。*
ルーナ:「ふふふ…♡ いよいよ、ですわね♡」
*観客の誰もが待ち望んでいた一戦。圧倒的な暴力の化身『ギメイ』と、この国の生ける伝説『雷光』のゼノ。闘技場のボルテージは、最高潮へと達しようとしていた。*
*薄暗い選手控え室。シロウは静かに立ち上がり、異空間収納から取り出した漆黒のローブをその身に纏う。そして、禍々しい雰囲気を放つ般若の面を手に取り、ゆっくりと顔に装着した。*
*最後に、喉に軽く手を当て、魔力を流し込む。『変性魔法』によって、彼の声帯は物理的に変化し、若々しい青年のものから、幾多の戦場を渡り歩いてきたかのような、深く、そしてしゃがれた老人の声へと変わった。*
シロウ(ギメイ):「さて、行くかのぅ」
*完全に『ギメイ』へと成り代わったシロウは、ゆっくりとした足取りで、光が差し込む闘技場への入場ゲートへと向かう。彼の背後には、彼が入場するのを待っているSSランク冒険者、『雷光』のゼノの姿があった。*
*ゲートの向こうからは、地鳴りのような歓声と、アナウンサーの興奮した声が響いてくる。*
アナウンサー:「さあ、皆様! お待たせいたしました! 本日最大の注目カード! 第4試合の選手が入場します! まずは、予選で圧倒的な暴力を見せつけ、数多の猛者を沈めてきた謎の挑戦者! その正体、その目的、すべてが謎に包まれた漆黒の悪鬼! 『ギメイ』だァァァッ!」
*アナウンスと共にゲートが開き、眩い光が差し込む。シロウは動じることなく、その光の中へと一歩、足を踏み入れた。*
*アナウンサーの絶叫にも似た紹介を受け、闘技場に現れたのは、観客の誰もが想像していた姿とは全く異なる人物だった。*
*禍々しい般若の面、漆黒のローブ。それは予選と同じだ。しかし、その立ち姿はまるで違う。背中は大きく曲がり、手には古びた木の杖。一歩、また一歩と進むたびに、ひどく辛そうに顔をしかめる。*
ギメイ(シロウ):「よろしゅうな…いててて…腰が…」
*杖をつきながら、よぼよぼと闘技場の中央へと進む老人の姿。予選で見せた、相手を片手で投げ飛ばすような暴力の化身の面影はどこにもない。*
*そのあまりのギャップに、熱狂していた観客たちは一気に戸惑いの声を上げ始める。*
観客A:「え…? なんだありゃ…じいさん?」
観客B:「待て、あれがギメイなのか? 予選の時と全然違うぞ!」
観客C:「腰痛めてるじゃないか…本当に戦えるのか?」
*VIP席でも、その光景に困惑が広がっていた。*
カイ:「あれ…? あの仮面の人、おじいちゃんだったの?」
ルミナ:「はぁ…? なによあれ…ただの腰を痛めたお爺ちゃんじゃない…。まさか、予選で無理しすぎてああなったとか…?」
レイラ(魔王女):「……フン。つまらんハッタリを。妾の目を誤魔化せると思うな。だが…」
*レイラは腕を組み、面白そうに口角を上げる。シロウの仕込みだとは気づいていないが、この老人がただ者ではないことだけは感じ取っていた。*
ルーナ:「(まあまあまあまあ!♡ そう来ましたかお父様! 予選では圧倒的な若さと力を見せつけ、本戦では老いぼれた姿で油断を誘う! このギャップ! この演出! まさにエンターテイナーですわ!♡)」
*ルーナだけが、目をキラキラさせながらシロウの意図を正確に(?)読み取り、興奮に打ち震えている。*
*そんな喧騒の中、闘技場の反対側から、もう一人の男が悠然と姿を現した。金色の髪をなびかせ、その身にまとう全ての装備が一級品だとわかる、SSランク冒険者『雷光』のゼノ。彼は、目の前のよぼよぼの老人を訝しげに見つめていた。*
アナウンサー:「さあ、そして対するは、王国が誇る生ける伝説! 何度も国を危機から救ってきた英雄! SSランク冒険者、『雷光』のゼノだァァァッ!」
*ゼノはギメイの前に立つと、怪訝な表情で口を開いた。*
ゼノ:「…貴様、本当に予選を勝ち上がったギメイか? 随分と印象が違うようだが」
*ギメイは腰をさすりながら、しゃがれた声で答える。*
ギメイ(シロウ):「ふぉっふぉっふぉ…。若いの、年寄りを労わらんか。昨日はちと張り切りすぎてのぅ。体中が痛うてかなわんわい」
*ギメイはよぼよぼと杖をつき、弱々しく息をついた。*
ギメイ(シロウ):「予選の時、ちと張り切り過ぎてしまってな…。ちょいと腰を…」
*その言葉に、ゼノは侮蔑と憐憫が混じったような視線を向ける。観客席からも「大丈夫か?」「もう棄権したほうが…」といった声が聞こえ始めた。だが、ギメイはそんな空気を意にも介さず、言葉を続ける。*
ギメイ(シロウ):「じゃが、この程度なら問題ないわい」
*次の瞬間、ギメイは大きく息を吸い込んだ。*
ギメイ(シロウ):「ほっ!」
*掛け声と共に、くの字に曲がっていた腰を、ありえない角度で一気に反らした!*
**ゴキッ!バキバキボキィッ!!**
*骨が軋み、元の位置にはまるような、聞いているだけで痛々しい音が闘技場に響き渡る。観客席からは悲鳴が上がり、VIP席のルミナは顔を青ざめさせた。*
*しかし、当の本人は至って気持ちよさそうに、大きく息を吐き出した。*
ギメイ(シロウ):「ふぅ〜、気持ちいいのぅ」
*先ほどまでのよぼよぼとした姿は見る影もない。背筋はピンと伸び、杖なしで仁王立ちしている。その姿は、紛れもなく強者のそれだった。*
*ゼノは目を見開き、驚きを隠せないでいた。目の前の老人が、ただの虚弱な老人ではないことを、ようやく理解したのだ。*
ゼノ:「…爺さん、あんた…ただ者じゃねえな。さっきのは、わざとか」
ギメイ(シロウ):「ふぉっふぉっふぉ。ただの準備運動じゃよ。さて…」
*ギメイはコツン、と杖で地面を一度叩くと、その杖を闘技場の地面に突き刺して立てた。*
ギメイ(シロウ):「いつでもかかってこい、若いの。ワシを退屈させてくれるなよ?」
*老人の口から放たれた、完全な強者の言葉。闘技場の空気は再び張り詰め、観客は今度こそ固唾を飲んで、二人の強者を見守った。*
*審判が腕を振り下ろした瞬間、闘技場の空気が震えた。先に動いたのは、『雷光』のゼノ。*
アナウンサー:「始まったァァァッ! 開始と同時に仕掛けたのはSSランク冒険者ゼノ! 得意の雷魔法だァーッ!」
*ゼノは指を鳴らす。ただそれだけの動作で、ギメイの頭上に巨大な雷雲が形成され、そこから何十本もの紫電の槍が雨のように降り注いだ。一つ一つが家屋を吹き飛ばすほどの威力を持つ、まさしく必殺の魔法。*
ゼノ:「『雷槍乱舞』!」
*観客席から悲鳴が上がる。誰もが、老人の体が雷に貫かれ、黒焦げになる様を想像した。*
*しかし、ギメイは杖を突き刺したまま、動かない。ただ、静かに片手を上げただけだった。*
ギメイ(シロウ):「ふぉっふぉっふぉ…性急なことじゃのぅ」
*しゃがれた声と共に、ギメイの目の前に巨大な水の壁が瞬時に出現する。『ウォーターウォール』。初級の防御魔法だ。*
観客A:「馬鹿な! あんな初級魔法で『雷光』様の魔法が防げるわけ…!」
*観客の誰もがそう思った直後、信じられない光景が広がる。*
**ジュワァァァァァッ!!**
*紫電の槍は、そのあまりにも分厚く、高密度な水の壁に触れた瞬間、激しい水蒸気を上げながら次々と威力を殺され、霧散していく。ゼノの放った必殺の魔法は、一本たりともギメイに届くことはなかった。*
*全ての雷が消え去った後、そこには湯気を上げる水の壁と、その向こうで変わらずに佇むギメイの姿があった。*
*ゼノは目を見開き、信じられないという表情で呟く。*
ゼノ:「…俺の雷を…ただの水壁で完全に無効化しただと…? ありえん…!」
*VIP席では、レイラが初めてギメイという存在に明確な興味を示していた。*
レイラ(魔王女):「…ほう。あの水壁、ただの水ではないな。膨大な魔力を極限まで圧縮し、単純な防御魔法の理を根底から覆しておる。…面白い。あの爺、何者だ?」
*湯気がもうもうと立ち上る闘技場。ゼノの放った雷が全て消え去り、ギメイが作り出した巨大な水の壁だけが、その存在感を放っていた。観客も、そして当のゼノ本人も、目の前で起こった現象を理解できずにいた。*
*そんな静寂を破ったのは、般若の面の下から聞こえる、しゃがれた老人の声だった。*
ギメイ(シロウ):「坊主…本気で来なされ。ワシが受け止めたるわい」
*挑発。それは紛れもない、絶対的な強者からの挑発だった。*
*その言葉に、ゼノは我に返り、屈辱に顔を歪ませた。*
ゼノ:「…面白い。その言葉、後悔させてやる…!」
*ゼノの全身から、先ほどとは比較にならないほどの膨大な魔力が溢れ出し、青白い雷光がバチバチと音を立てて空間を歪ませる。SSランク冒険者『雷光』が、ついに本気を出す。*
ゼノ:「喰らえ! 俺の最大魔法! 『神鳴』!」
*ゼノが天に手をかざすと、闘技場を覆うほどの巨大な魔法陣が展開される。そして、その中心から、闘技場そのものを消滅させかねないほどの極太の雷の柱が、ギメイめがけて垂直に落下した。*
アナウンサー:「で、出たァァァッ! ゼノ選手の最大最強の魔法! 『神鳴』だーッ! ギメイはこれをどう凌ぐのかーッ!?」
*VIP席のルミナが思わず立ち上がる。*
ルミナ:「さすがにアレは…!」
*だが、ギメイは動じない。再び片手を静かに上げるだけ。彼の目の前の水の壁が、さらに密度を増し、輝き始める。*
ギメイ:(シロウ)「(ふぉっふぉっふぉ。ただの水魔法と思うなよ、若いの。これは不純物を一切取り除き、電気抵抗を極限まで高めた『超純水』。科学の力じゃよ。お主の雷なぞ、ただの飾りじゃわい)」
*轟音と共に、天から降り注いだ神の怒りのごとき雷が、ギメイの作り出した『ただの水の壁』に激突する。*
**ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォンッ!!!**
*凄まじい破壊の光と音が闘技場を支配する。しかし、雷は水の壁を貫通することなく、その表面を滑るように流れ、闘技場の地面を削り、壁に当たって拡散していく。まるで避雷針に誘導されたかのように。*
*光が収まった後、そこには無傷で佇むギメイと、自身の最大魔法が全く通用せず、愕然と立ち尽くすゼノの姿があった。*
ギメイ(シロウ):「…終わりかの? 」
*ゼノの最大魔法が全く通用しなかったという事実は、闘技場に重い沈黙をもたらした。SSランク冒険者という、この国の英雄が手も足も出ていない。観客は、目の前の般若の面の老人が、自分たちの理解を遥かに超えた存在であることを悟り始めていた。*
*そんな中、ギメイはゆっくりと右手を前に出した。その手のひらに、ごぼごぼと音を立てて水が湧き出し、バスケットボールほどの大きさの水球を形成する。それは先ほどまでの超高密度の壁とは違い、どこにでもあるような、ごく普通の水に見えた。*
ギメイ(シロウ):「さて…ワシの番じゃの。それっ、、」
*そう言うと、ギメイは作った水球を、まるで子供の雪合戦のように、ぽいっとゼノに向かって投げつけた。*
**バシャッ!**
*水球は力なくゼノの胸に当たり、砕け散った。ゼノの豪華な鎧と、その下の服がびしょ濡れになる。攻撃と呼ぶにはあまりにもお粗末な、ただの嫌がらせ。*
*この行為に、今まで保っていたゼノの理性の糸が、ついに切れた。*
ゼノ:「……きっ、さまあああああああッ!!」
*英雄らしからぬ怒号が闘技場に響き渡る。プライドをズタズタにされたゼノは、怒りに任せて全身からありったけの雷を暴発させた。狙いも定めず、ただ目の前の老人を消し炭にするためだけに。*
ゼノ:「舐めるのも大概にしろォォッ!!」
*無数の雷がギメイに殺到する。しかし、その雷はギメイに届く前に、ある一点に吸い寄せられた。*
*――そう、先ほど水をかけられて濡れていた、ゼノ自身の体へと。*
**バヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!!!**
ゼノ:「ぐがっ!? ぎゃあああああああああああああああああああッ!?」
*自身が放った強力な雷が、水を伝って自分自身に流れ込み、その体を内側から焼き尽くす。白目を剥き、口から泡を吹きながら、ゼノの体は激しく痙攣した。雷を操る『雷光』が、自らの雷によって感電するという、あまりにも皮肉な光景。*
*やがて雷が収まると、そこには黒焦げになり、髪をアフロヘアーのように逆立たせたまま、ぷすぷすと煙を上げて倒れているゼノの姿があった。*
*ギメイはそんな彼を一瞥すると、静かに言った。*
ギメイ(シロウ):「ふぉっふぉっふぉ…。水は雷を通す…道理じゃよ、若いの」
*科学の初歩的な知識による、あまりにもあっけない決着。闘技場は、先ほどとは違う意味で、再び静寂に包まれた。*
*一瞬の静寂の後、闘技場は爆発的な歓声と拍手に包まれた。*
*「ギメイーッ!」「なんだあのじいさん、強すぎだろ!」「SSランクが手も足も出なかったぞ!」「新たな伝説の始まりだ!」*
*観客たちは、自分たちの常識を覆した謎の老人に、熱狂的な賛辞を送っている。予選での暴力的な強さと、本戦での老獪な戦い方。そのギャップと底知れない実力に、誰もが魅了されていた。*
*しかし、そんな熱狂の中心にいる当の本人は、観客の声援に一切応えることなく、ただ静かに倒れているゼノに背を向けた。*
ギメイ(シロウ):「ふぅ…疲れた疲れた…」
*再び腰を曲げ、よぼよぼとした足取りで、突き刺していた杖を引き抜く。そして、先ほどまでの強者のオーラはどこへやら、またしても腰をさすりながら、控え室へと続くゲートに向かってゆっくりと歩き始めた。*
*「いてて…歳はとりとうないもんじゃ…」などと、観客席に聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼやきながら。*
*その姿は、先ほどまでの激戦を演じた男とは到底思えず、まるで近所の散歩から帰る老人のようだった。そのあまりにも飄々とした去り際に、観客は熱狂しながらも、どこかあっけにとられていた。*
*VIP席では、家族たちがそれぞれの反応を見せていた。*
カイ:「すごい…! あの人、勝っちゃった! でも、また腰が痛そう…」
レイラ(魔王女):「フン…小賢しいが、見事な勝ち方だ。だが、シロウと戦うにはまだ早い。次はあの騎士団長か…少しは楽しませてくれるだろうな」
ルミナ:「はぁ…もう、心臓に悪いわよ、あのお爺さん…。でも、勝ったのはすごいけど…。一体何者なの、本当に…」
*ルーナだけが、扇子で口元を隠しながら、恍惚とした表情でギメイの背中を見送っていた。*
ルーナ:「(まあ♡ 観客の心を完全に掌握なさいましたわね、お父様♡ 強さを見せつけた後の、この弱々しい姿のギャップ! これぞ『萌え』ですわ!♡)」
*こうして、人々の記憶に強烈な印象を刻みつけ、謎の仮面の老人『ギメイ』は、悠々と、そしてよろよろと、次の戦いへと駒を進めたのだった。*
*ギメイが控え室に消え、会場の興奮がわずかに落ち着きを取り戻した頃、闘技場では次の戦いの準備が整えられていた。第5試合。それは、対照的な属性を操る二人のSランク冒険者による対決だ。*
*一人は、純白のドレスアーマーに身を包み、まるで雪の精霊のような冷たい美貌を持つ女性、『氷姫』のセレス。彼女が立つだけで、周囲の温度が下がっていくのが肌で感じられる。*
*もう一人は、真っ赤な鎧を身につけ、燃え盛る炎のような赤髪を逆立てた大男、『爆炎』のマグナ。彼からは常に陽炎が立ち上っているように見える。*
アナウンサー:「さあ、2回戦進出をかけた最後の戦いだ! 本戦第5試合! 全てを凍てつかせる絶対零度の氷姫か! 全てを焼き尽くす灼熱の爆炎か! Sランク冒険者同士の極地対決が、今、始まります!」
*ゴングが鳴り響くと同時に、二人は動いた。互いが互いの最大の敵であると理解している。短期決戦を狙うのは当然の選択だった。*
セレス:「『氷河期』!」
マグナ:「『大噴火』!」
*セレスが手をかざすと、闘技場の床が凄まじい速度で凍り付き、マグナの足元から巨大な氷の柱が何本も突き出す。*
*ほぼ同時に、マグナが拳を地面に叩きつけると、闘技場の地面が割れ、灼熱のマグマが間欠泉のように噴き上がり、氷の柱を迎え撃った。*
**ドッゴォォォォンッ!!**
*氷とマグマが衝突し、莫大なエネルギーが闘技場を揺るがす。水蒸気が爆発的に発生し、一瞬で視界が真っ白に覆われた。*
アナウンサー:「な、なんだー!? 開始と同時に互いの大技が激突! 闘技場は完全に蒸気に包まれ、何も見えません!」
*VIP席では、カイが身を乗り出していた。*
カイ:「すごい! 氷と熱いのがぶつかると、こんなに煙が出るんだね!」
*観客も、家族たちも、固唾を飲んで蒸気の向こう側を見つめる。勝つのは氷か、それとも炎か。誰もがその結果を待ち望んでいた。*
*視界を覆っていた濃密な水蒸気は、しかし、すぐに晴れていった。闘技場に吹き込む風が、勝者と敗者の姿を明らかにする。*
*舞台の中央に立っていたのは、『氷姫』セレス。その純白のドレスアーマーには、わずかな焦げ跡一つない。*
*そして彼女の足元には、全身から湯気を上げ、ピクピクと痙攣しながら倒れている『爆炎』マグナの姿があった。*
アナウンサー:「け、決着ーーッ! 蒸気が晴れたそこには、立っているのは氷姫セレス! 倒れているのは爆炎マグナ! 一体、何が起こったのかァーッ!?」
*アナウンサーも観客も何が起こったか理解できず、騒然となる。VIP席でも、ルミナやレイラが訝しげに眉をひそめていた。*
ルミナ:「どういうこと…? 相殺したように見えたけど…」
レイラ(魔王女):「フン。女の方が一枚上手だったということか」
*そんな中、カイだけが納得したようにポンと手を打った。*
カイ:「あ、わかった! 水蒸気爆発だ!」
*隣に座っていたルーナが、目を輝かせて兄に尋ねる。*
ルーナ:「カイお兄様、詳しくお聞かせくださいな!」
カイ:「うん! あのね、マグマみたいなすごく熱いものに、氷みたいな冷たいものが一気に触れると、水が一瞬ですごくたくさんの水蒸気になるんだ。その時に、周りのものを吹き飛ばすくらい大きな爆発が起きるんだよ! きっと、氷を使ったセレスさんの方が、爆発が起きる場所をうまくコントロールして、マグナさんだけが巻き込まれるようにしたんだ!」
*カイの科学に基づいた解説に、ルミナは「へぇ…そんなことが…」と感心したように頷く。*
ルーナ:「(なるほど…! 相転移による体積の急膨張を利用した指向性爆発…! さすがはカイお兄様、お父様の科学知識をしっかりと受け継いでいらっしゃいますわ!)」
*オタク転生者のルーナも、兄の的確な分析に心の中で拍手を送っていた。*
アナウンサー:「勝者、セレス! 鮮やかな勝利で2回戦進出! これで1回戦の全試合が終了いたしました!」
*こうして、科学的な現象を利用したクレバーな戦術により、氷姫セレスが勝利を収めた。これにより、明日の2回戦の組み合わせが全て確定したのだった。*
*第5試合が終わり、1回戦の全日程が終了した。観客の興奮は最高潮のまま、誰もが明日の戦いに想いを馳せていた。闘技場の清掃と整備が行われる間、巨大な魔道具スクリーンに、改めて明日の2回戦の組み合わせが大きく映し出された。*
アナウンサー:「皆様、本日のご観戦、誠にありがとうございました! 勝ち上がった6名の強者たちによる、さらに激しい戦いは明日、この場所で行われます! 組み合わせはこちら!」
**【魔法大会 達人部 本戦トーナメント 2回戦】**
**▼第1試合**
**魔王 シロウ・ニシキ・アストライア** vs **騎士団長 ガレオス**
*(一睡もせず予選を突破した絶対王者 vs 一撃でSランクを粉砕した王国最強の剣)*
**▼第2試合**
**魔法師団長 エルヴィラ** vs **暗殺者ギルド長『無影』のゼクス**
*(王国最高の知性 vs 影に生きる最強の暗殺者)*
**▼第3試合**
**謎の仮面『ギメイ』** vs **『氷姫』セレス**
*(科学を操る謎の老人 vs 科学を応用する氷の魔術師)*
アナウンサー:「魔王シロウ様、ついに初陣! 対するは王国最強の騎士団長! そして、SSランク冒険者を破った謎の老人ギメイは、戦術に長けた氷姫セレスと激突! どの試合も、一瞬たりとも目が離せません! どうぞ、明日もこの『闘技の円環』へお越しください!」
*アナウンサーの熱のこもった声と共に、観客席から万雷の拍手が送られる。VIP席では、レイラが満足げな笑みを浮かべ、控え室から戻ってきたシロウを見据えていた。*
レイラ(魔王女):「フン。ようやく貴様の出番か、シロウ。あの騎士団長、一撃はなかなかだったぞ。妾を退屈させるなよ?」
カイ:「父さん、明日の相手、あのすごく強い騎士団長さんだね! 頑張って!」
ルーナ:「まあ♡ お父様の初戦! そして、仮面の方も勝ち進みましたのね! 明日は一体どんなショーが見られるのかしら! このルーナ、楽しみで夜も眠れそうにありませんわ!♡」
ルミナ:「お兄ちゃん。くれぐれも、やりすぎないでよ。相手は隣国の騎士団長なんだから」
*家族からの(主にプレッシャーのこもった)声援を受け、シロウは「ああ、任せとけ」と軽く笑いながら、明日の戦いへと静かに意識を集中させるのだった。*
ーー
*大会二日目の朝。空は快晴で、まさに決戦にふさわしい日和だ。闘技場は昨日にも増して多くの観客で埋め尽くされ、その熱気は開場前から最高潮に達している。*
*午前中は、学生部の試合。そして、その初戦にして、いきなり決勝戦が行われることになった。魔道具スクリーンに映し出された対戦カードに、観客たちはどよめき、そしてVIP席のシロウたちは苦笑いを浮かべていた。*
**【魔法大会 学生部 決勝戦】**
**カイ・アストライア vs ルーナ・アストライア**
*そう、決勝戦は兄妹対決。他の参加者たちが、昨日の二人の圧倒的な試合を見て戦意を喪失し、全員が棄権を申し出た結果だった。*
*闘技場の舞台に、カイとルーナが向かい合って立つ。*
カイ:「ルーナ、手加減はしないからね。父さんたちに、僕たちの本気を見せよう!」
ルーナ:「望むところですわ、カイお兄様! 今日、この場所で! どちらがこの国で最強の子供なのか、白黒つけましょう!」
*そのやり取りを聞いていたVIP席では、家族たちがそれぞれの表情を浮かべていた。*
シロウ:「はっはっは、いきなり兄妹喧嘩か。まあ、どっちが勝ってもいいが…どっちも怪我だけはするなよ」
レイラ(魔王女):「フン、カイ! 妾の子ならば、妹相手に情けをかけるな! 圧倒的な力でねじ伏せてやれ!」
ルミナ:「はぁ…。ルーナ、あなたも本気でやるんでしょ。カイを泣かせたら、後でちゃんとお説教だからね」
*アナウンサーが、この異例の決勝戦に興奮しながらマイクを握る。*
アナウンサー:「さあ、始まりました学生部決勝戦! なんという運命の悪戯か! 決勝の舞台で相見えるのは、アストライア魔導皇国の王子と王女! 最強兄妹対決です! 国民の皆様、歴史的瞬間をお見逃しなく!」
*ゴングの音が、闘技場に鳴り響いた。それは、アストライア魔導皇国、次世代の頂点を決める戦いの始まりの合図だった。*
*シロウは腕を組み、VIP席から闘技場を見下ろす。我が子たちの真剣勝負。科学の合理性を武器とする息子と、ファンタジーの定石とロマンを知り尽くした転生者の娘。どちらが勝つのか、父親として、そしてこの世界の理を捻じ曲げる者として、興味深く見守っていた。*
*ゴングが鳴った瞬間、先に動いたのはルーナだった。*
ルーナ:「先手必勝ですわ! お父様から教わった、わたくしの必殺魔法、ご覧なさい! 『土遁・心中の術』!」
*ルーナが印を結ぶと(完全に彼女の趣味である)、カイの足元の地面が突如として沼のように変化し、カイの体を腰まで一気に引きずり込んだ。*
カイ:「うわっ!?」
*動きを封じられたカイに対し、ルーナは勝ち誇った笑みを浮かべ、次の魔法を詠唱する。*
ルーナ:「ふふふ…♡ これで終わりですわ、お兄様! 天高く舞い、全てを砕く、わたくしの切り札! 『アース・ハンマー』!」
*ルーナの頭上に、巨大な岩の槌が形成されていく。ファンタジー世界ならば、これで勝負あり、という場面だ。*
*しかし、カイは冷静だった。沼に沈みながらも、片手を地面につける。*
カイ:「…ルーナ、土の魔法はすごいけど、弱点もあるんだ。『凍土』」
*カイが呟いた瞬間、彼を捕らえていた泥の地面が、パキパキと音を立てて凍り付き始めた。土に含まれる水分を凍らせ、その体積を膨張させることで、逆にカイの体は氷に押し上げられる形で地上へと解放される。*
ルーナ:「なっ!? わたくしの土魔法が…!」
*カイは氷の上に着地すると、即座に次の手を打つ。*
カイ:「それに、ルーナが今いる場所…そこは僕が作った氷の上だよ。『誘電』」
*カイが指を鳴らす。すると、ルーナが立っている巨大な氷塊そのものが、まるで導線であるかのようにバチバチと電気を帯び始めた。カイが密かに大気中から集めていた静電気を、氷を伝わせて一気に流し込んだのだ。*
ルーナ:「きゃあっ!? し、痺れますわ〜〜〜♡」
*全身を駆け巡る弱い電流に、ルーナは変な声を上げながらその場に崩れ落ち、ピクピクと痙攣した。カイは戦闘不能になった妹を見て、審判に試合終了を告げる。*
カイ:「…審判さん、そこまでです」
*アナウンサーが、呆気にとられながらも勝敗を告げる。*
アナウンサー:「あ、ああーっと! 勝者、カイ・アストライア選手! 妹君の猛攻を見事な切り返し、学生の部の頂点に輝きましたーッ!」
*VIP席では、レイラが満足げに頷き、ルミナは呆れながらも安堵のため息をついていた。*
レイラ(魔王女):「フン、見事だカイ! 妾の子に死角はない!」
ルミナ:「はぁ…。ルーナの自爆じゃないの、あれ…。でも、カイ、よくやったわ」
*シロウは、科学がファンタジーに勝利した光景を見て、満足げに微笑んだ。そして、いよいよ次は自分の出番だと、静かに闘志を燃やすのだった。*
*学生の部の表彰式が後日行われるとアナウンスされ、午前中のプログラムは終了した。観客たちのボルテージは最高潮のまま、午後の達人部、2回戦第1試合を固唾を飲んで待っている。*
*控え室で軽く体をほぐしていたシロウの元に、係員が呼びに来る。*
係員:「シロウ・ニシキ・アストライア様。ご準備をお願いいたします」
*シロウは「ああ」と短く応じ、ゆっくりと立ち上がった。VIP席にいる家族たちの顔が思い浮かぶ。特に、戦いを渇望しているレイラの顔が。*
シロウ:「(さて…少しは楽しませてやらないとな)」
*シロウが選手入場ゲートへと向かうと、反対側には既に鎧兜に身を固めた巨漢が静かに佇んでいた。メッセニア王国騎士団長、ガレオス。その佇まいは、まるで揺るがぬ岩山のようだ。目線が合うが、互いに言葉は交わさない。ただ、闘志だけが静かにぶつかり合う。*
*やがて、アナウンサーの絶叫に近い声が闘技場に響き渡った。*
アナウンサー:「皆様、お待たせいたしました! いよいよ始まります、達人部2回戦! 第1試合は、まさに頂上決戦と呼ぶにふさわしいカード! まずは、西側ゲートよりご入場! その剣は王国最強の盾にして最強の矛! 百戦錬磨の騎士団長、ガレオス・ウォルバーグ選手だァァッ!」
*地鳴りのような歓声が上がる。ガレオスはゆっくりと歩を進め、闘技場の中央へと向かう。その一歩一歩が、大地を揺るがすかのような重みを感じさせた。*
アナウンサー:「そして、対するは東側ゲートより! 未だその実力は未知数! だが、予選をただの一睡もせずに突破したという伝説は、既に大陸中を駆け巡っている! 我らがアストライア魔導皇国の君主! 魔王、シロウ・ニシキ・アストライア様のご入場だァァァッ!」
*ひときわ大きな歓声が、アストライア国民の席から巻き起こる。シロウは普段着のまま、悠然と歩き出し、ガレオスの正面に立った。*
*VIP席では、レイラが頬を紅潮させ、その身を乗り出していた。*
レイラ(魔王女):「来たな、シロウ! あの騎士、骨がありそうだ! やれ! 妾を楽しませてみせろ!」
カイ:「父さん、頑張って!」
ルーナ:「お父様、ファイトですわ〜♡」
ルミナ:「お兄ちゃん、怪我しないでね…!」
*闘技場の中心で、シロウとガレオスが対峙する。重々しい沈黙が場を支配する。先に口を開いたのは、ガレオスだった。*
ガレオス:「魔王殿。貴殿の噂はかねがね。このような形で手合わせ願えること、武人として誉れの極み。我が剣、我が魂、全てを懸けてお相手いたす」
*その言葉には、一切の敵意はなく、ただ純粋な武人としての敬意と覚悟が込められていた。*
シロウ:「あいわかった」
*短い返答。それは絶対的な自信の現れであり、挑戦者に対する王者の応えだった。*
*ゴングの音が鳴り響き、試合開始を告げる。*
*ガレオスが即座に大剣を構え、全身の魔力を高める。その闘気は凄まじく、闘技場の空気がビリビリと震えるほどだ。しかし、シロウは微動だにしない。構えもなく、ただ自然体で立っている。*
*シロウは静かにおもむろに手を地面にかざした。すると、足元の土がざわめき、砂鉄のような黒い粒子が無数に集まってくる。粒子は渦を巻きながらシロウの手の中に収束し、瞬く間に一本の黒い剣へと姿を変えた。それはどこにでもあるような単純な形状の剣だが、その刀身は光を吸い込むような深い黒色をしていた。*
*その光景に、観客はもちろん、VIP席のレイラたちも目を見張る。*
レイラ(魔王女):「ほう…『錬金術』か。しかも、あの純度と練成速度…。並の術者ではないな」
カイ:「すごい…! 土から鉄だけを取り出して剣にしたんだ! 父さんの科学だ!」
*シロウは出来上がった剣を軽く一振りし、その重さを確かめるように手の中で回す。そして、ガレオスに向けて切っ先をこともなげに向けた。*
シロウ:「いつでも来い」
*その言葉と裏腹に、シロウの体には一切の隙がない。いや、全身が隙だらけであるからこそ、どこからでも攻撃に対応できる、究極の構えとも言えた。*
*対するガレオスは、シロウの常軌を逸した錬成術と、その底知れぬ佇まいに、ゴクリと唾を飲んだ。目の前にいるのは、紛れもなく人知を超えた存在。彼は覚悟を決め、大剣の柄を握りしめた。*
ガレオス:「では、参る! 魔王陛下!」
*ガレオスは大地を蹴り、その巨体からは想像もつかないほどの速度でシロウへと突進した。掲げられた大剣が、陽光を反射してギラリと光る。王国最強の騎士による、初手にして全力の一撃が、今まさに魔王へと放たれようとしていた。*
*ガレオスの全力の突進と、脳天を叩き割るかのような大剣の一撃。闘技場の誰もが息を呑んだ、その瞬間。*
*シロウは、まるで風に揺れる柳のように、ただ半歩、横に体をずらした。それだけの動きで、致死の一撃はシロウの肩を空しく掠める。同時に、シロウは手に持った黒い剣を立て、その腹で滑り落ちてくるガレオス自身の剣を受け流した。*
*キィィィンッ!*
*甲高い金属音が響き渡る。ガレオスは、自身の体重と突進の勢いを乗せた渾身の一撃が、いとも容易くいなされたことに驚愕の表情を浮かべた。受け流された大剣は軌道を逸らされ、ガレオスの体はバランスを崩してシロウの横を通り過ぎていく。*
*がら空きになった背中。*
*その一瞬の好機を、観客席の誰もが見て取った。VIP席では、レイラが口の端を吊り上げる。*
レイラ(魔王女):「フン、終わりか。芸のない」
*しかし、シロウは追撃をしなかった。ただ静かにガレオスが体勢を立て直すのを見守っている。*
*数歩先で踏みとどまり、振り返ったガレオスの額には、脂汗が浮かんでいた。*
ガレオス:「(な…なんだ、今の動きは…!? 予備動作が一切なく、俺の攻撃の軌道を完全に見切っていた…!? まるで、未来でも見ているかのようだ…!)」
*ガレオスは改めてシロウと向き合う。先ほどまでとは比較にならないほどのプレッシャーが、その巨躯にのしかかっていた。目の前の男は、ただ立っているだけで、まるで底なしの深淵のように感じられた。*
*シロウは変わらず、自然体のまま、黒い剣をだらりと下げている。*
シロウ:「どうした? 終わりか?」
*その静かな問いかけが、ガレオスにとっては死刑宣告よりも重く響いた。彼は己を奮い立たせるように咆哮し、再び大剣を構え直した。*
ガレオス:「まだだ! 我が剣は、まだ折れてはおらん!」
*シロウの静かな、しかし的確な指摘は、ガレオスの心臓を冷たい手で鷲掴みにするかのようだった。それは単なる挑発ではない。絶対的な強者が、格下の動きを完全に見切った上で告げる、残酷なまでの真実だった。*
シロウ:「攻撃が素直すぎる。『予測してくれ』と言っている様な物だぞ」
*その言葉に、ガレオスの顔から血の気が引く。図星だった。今まで彼は、その恵まれた体格と、鍛え上げた剣技、そして膨大な魔力を込めた一撃で、あらゆる敵を粉砕してきた。小細工は不要。真正面からの力こそが最強であると信じてきた。だが、目の前の魔王は、その最強であるはずの力を、まるで子供の攻撃をあやすかのようにいなしてみせた。*
ガレオス:「くっ…! ならば、これはどうだッ! 『獅子奮迅・連斬』!」
*自らの弱点を指摘され、逆上したガレオスは咆哮と共に大剣を振るう。先ほどの一撃とは違う。力任せではなく、修練の末に編み出した高速の連続斬撃。常人であれば、その一太刀目すら目で追うことはできず、肉塊へと変えられてしまうだろう。銀色の軌跡が、シロウを中心に幾重にも奔り、逃げ場を完全に塞ぐ。*
*しかし、シロウはやはり動かない。*
*キン! カン! キンキン!*
*まるで精密機械のような動きで、シロウは最小限の動作で黒い剣を操り、ガレオスの猛攻を全て弾き、受け流していく。その動きには一切の無駄がなく、ガレオスの剣が振るわれるより先に、シロウの剣がそこにあるかのようだった。*
*VIP席では、レイラが退屈そうにため息をついた。*
レイラ(魔王女):「つまらんな。あれでは木偶人形を相手にしているのと変わらん。シロウ、いつまで遊んでおる」
*ルミナはハラハラしながらも、シロウの圧倒的な強さに安堵の色を浮かべている。*
ルミナ:「お兄ちゃん…。すごい…。でも、あの騎士団長さん、なんだか可哀想になってきたわ…」
*数十合の斬撃を打ち込み、しかしその全てを完璧に捌かれたガレオスは、ついに息を切らして後方へ飛び退った。彼の両腕は、受け止められた衝撃で痺れている。信じられない、という表情で、彼はシロウを見た。*
ガレオス:「はぁ…はぁ…なぜだ…。なぜ、我が剣が当たらん…!」
*シロウは涼しい顔で、先ほどと何一つ変わらない様子で立っている。*
*ガレオスの絶望的な問いかけに、シロウは静かに首を横に振った。その目は、もはや目の前の騎士を映してはいない。ただ、終わりの時を告げるだけだった。*
シロウ:「そろそろ終いにしようか」
*その宣告と共に、シロウは再び地面に手をかざす。すると、土と岩が彼の腰元に集まり、瞬く間に精巧な意匠の施された鞘を形成した。同時に、シロウが手にしていた西洋風の黒い剣が、まるで粘土のようにその形を変え始める。刀身は緩やかに反り、切っ先は鋭く、刃には美しい刃文が浮かび上がる。それは、シロウの故郷の武器――『刀』だった。*
*シロウは完成した刀を、腰に作り出した鞘に、カチャリと音を立てて納める。そして、ガレオスから数歩距離を取り、腰を深く落とし、柄に手をかけた。*
*――『抜刀術』の構え。*
*シロウは静かに目を閉じた。先ほどまでの圧倒的な威圧感が嘘のように消え、まるでその場に存在しないかのように、気配が完全に絶たれる。闘技場は水を打ったように静まり返り、観客は息をすることすら忘れていた。風の音だけが、シロウの衣を静かにはためかせている。*
*VIP席では、レイラが初めてその身を乗り出し、目を爛々と輝かせていた。*
レイラ(魔王女):「……ほう。面白い。あれが貴様の『本気』か、シロウ。見せてみろ。あの騎士を、どう斬るのかを」
カイ:「父さん…? なんだか、空気が…」
ルミナ:「お兄ちゃん…!」
*対峙するガレオスは、その異常な静寂と、シロウから放たれる尋常ならざるプレッシャーに、全身の毛が逆立つのを感じていた。動けない。指一本、動かすことができない。死の予感が、彼の全身を支配していた。汗が顎を伝い、地面に落ちる音だけが、やけに大きく聞こえる。*
ガレオス:「(な…なんだ…これは…。さっきまでとは比べ物にならん…! 全てを終焉させる何かが…来るッ!)」
*もはや彼にできることは、覚悟を決めることだけだった。大剣を胸の前に構え、防御の姿勢を取る。しかし、それが無意味であることは、彼自身が誰よりも理解していた。*
*シロウが抜刀術の構えを取った、その刹那。VIP席に座るルーナの頭の中では、雷に打たれたような衝撃と共に、凄まじい速度で思考が回転していた。*
ルーナ:「(なっ…ななな、なんですの、あのお父様の構えは!? あの腰の落とし方、柄に添えられた手の角度、鞘を引く左手の位置…! ま、間違いありませんわ! あれは古武術、それも居合! 抜刀術ですわ!♡ ファンタジー世界で剣術といえば西洋剣が基本! 騎士道が華! そんな常識を覆す、まさかの日本刀! しかも、ただの剣術ではありませんわ! 動きの起こりを消し、敵に反応させず、一撃の下に全てを断つ必殺の技! お父様、一体どれだけ引き出しをお持ちなんですの!? 転生前の知識が、今、猛烈に疼いておりますわ!♡ 映画やドラマで見たことのある、あの伝説の剣技! それが今、本物の魔王の手によって、この異世界で再現されようとしている! これは…歴史的瞬間ですわ!♡ 録画用の魔道具! ああ、なぜ持ってこなかったのです、わたくし!)」
*ルーナは興奮のあまり、小さな両手で頬を挟み、身をよじらせている。その瞳はキラキラと輝き、舞台上の父親の姿を一瞬たりとも見逃すまいと、食い入るように見つめていた。隣に座るカイやルミナが、シロウの放つ異常な気配に息を呑んでいるのとは対照的に、彼女だけはオタク的な歓喜に打ち震えていたのだ。*
*闘技場では、張り詰めた沈黙が続く。ガレオスは滝のような汗を流しながら、大剣を構えたまま動けないでいる。死を待つ罪人のように、ただ、その一瞬を待っていた。*
*そして、シロウがゆっくりと瞼を開いた。その瞳には、もはや感情の色はない。*
*――刹那。*
*シロウの姿が、掻き消えた。*
*ガレオスが「!?」と目を見開いた瞬間、彼の背後に、既に刀を振り切った体勢のシロウが立っていた。*
*――キィン……。*
*一拍遅れて、刀を鞘に納める涼やかな音が響き渡る。*
*何が起こったのか、誰にも理解できなかった。ただ、シロウがガレオスの横を通り過ぎた、ようにしか見えなかった。*
*ガレオスは微動だにしない。しかし、彼の構えていた大剣が、持ち手の部分からスッ…と滑り落ち、地面にガランと音を立てて転がった。切断面は、まるで鏡のように滑らかだった。*
*続いて、ガレオスが身に着けていた分厚い鎧が、胸当て、肩当て、腰当てと、パーツごとに分解され、バラバラと崩れ落ちていく。その全てが、大剣と同じように、完璧な精度で切断されていた。*
*最後に残ったのは、下着一枚になったガレオス本人。彼の体には、傷一つついていなかった。*
*呆然と立ち尽くすガレオス。何が起こったのかわからず、自分の体を見下ろし、そしてシロウを振り返る。*
アナウンサー:「……え? ……あ? ……な、何が…?」
*アナウンサーも、観客も、ただ呆然とする中、シロウは静かに振り返り、ガレオスに告げた。*
*シロウは静かに告げる。それは、今しがた放った技の名だった。*
シロウ:「『抜刀術奥義・一閃』……」
*その言葉を合図にするかのように、シロウは背後で納刀していた刀を完全に鞘へと収めた。*
*パチン。*
*乾いた、しかし闘技場の誰もが聞き取れるほど明瞭な音が響く。その瞬間、シロウの腰にあった刀と鞘が、まるで幻であったかのようにサラサラと崩れ、元の土くれとなって風に舞い、地面へと還っていった。*
*後に残されたのは、手ぶらで佇むシロウと、下着一枚で呆然と立ち尽くすガレオス。そして、圧倒的な現実を前に声も出せない観客たちだけだった。*
*ガレオスは、自分の体が無傷であること、しかし身に着けていた武具が全て寸断されたことを理解し、がくりと膝から崩れ落ちた。*
ガレオス:「……完敗、だ…。手も、足も…何も出なかった…」
*もはや戦意はなく、ただただ、目の前の存在との次元の違いに打ちひしがれていた。*
*審判が我に返り、震える声で勝敗を告げる。*
審判:「しょ、勝者、シロウ・ニシキ・アストライア様ァァァッ!!」
*その声に、観客たちは一瞬の静寂の後、爆発したかのような割れんばかりの大歓声を上げた。それは恐怖か、畏敬か、それとも純粋な興奮か。様々な感情が入り混じった、凄まじい熱狂が闘技場を包み込んだ。*
*VIP席では、レイラが恍惚とした表情で頬を染めていた。*
レイラ(魔王女):「フフ…フハハハハ! 見事だ、シロウ! 鎧だけを斬り、相手を傷つけぬとは! これ以上ない、完璧な『力』の示し方だ! さすがは妾の夫よ!」
カイ:「すごい…すごすぎるよ父さん…! 今の、どうやったの!?」
ルミナ:「お兄ちゃん…!」
*そしてルーナは、その場で気絶しそうなほどの法悦に浸っていた。*
ルーナ:「(まあ…♡ 見ました!? 見ましたこと!? 今の『納刀』! 完璧な『残心』! 技を放った後の静寂、そして相手を殺さずして戦意を完全に断つ、その美学! これぞ日本の『武士道』! ファンタジー世界における、まさかの『和』の心!♡ 尊すぎますわ…! お父様、わたくし、一生ついていきます…!♡♡♡)」
*大歓声の中、シロウは静かにガレオスに背を向け、悠然とVIP席へと歩き始めた。*
*シロウが圧倒的な力を見せつけて退場し、闘技場は未だその興奮と衝撃の渦中にあった。係員たちが慌ただしく清掃を行い、次の試合の準備を進めている。やがて、アナウンサーが再びマイクを握り、震える声で次の対戦カードを読み上げた。先ほどの試合の衝撃が強すぎたせいか、その声はまだ上ずっている。*
アナウンサー:「た、ただ今の試合、魔王陛下の信じがたい剣技、皆様ご覧いただけましたでしょうか! まさに神の御業! さあ、興奮冷めやらぬ中ではございますが、大会は続きます! 達人部2回戦、第2試合! まずは赤コーナーより、アストライアが誇る最高の知性! 我が国の魔法研究の頂点に立つ、魔法師団長エルヴィラ様ー!」
*観客席から、先ほどとはまた違った種類の、尊敬のこもった歓声が上がる。長いローブを纏った知的な女性、エルヴィラが静かに舞台へ姿を現す。彼女は軽く会釈をすると、冷静な瞳で対戦相手が現れるであろうゲートを見据えた。*
アナウンサー:「対する青コーナー! 影に生き、影を狩る者! その姿を見た者はいないとまで言われる伝説の暗殺者! 暗殺者ギルド長、『無影』のゼクス選手の入場です!」
*アナウンスと共に、青コーナーのゲートが開く。しかし、そこからは誰も現れない。観客たちがざわつき始めた、その瞬間。*
*舞台の中央、エルヴィラの背後にできていた影が、まるで生きているかのように揺らめき、中から一人の男がスッと音もなく姿を現した。黒ずくめの装束に身を包み、顔の下半分を布で覆った、痩身の男。暗殺者ギルド長、ゼクスだ。*
ゼクス:「……始めようか、団長殿。あんたの魔法が俺を捉えられるか、試させてもらう」
*背後からかけられた声に、エルヴィラは驚くことなく、ゆっくりと振り返る。*
エルヴィラ:「ええ、始めましょう。貴方の『影渡り』、その神秘を解き明かす良い機会ですわ」
*VIP席では、レイラが退屈そうに頬杖をついていた。*
レイラ(魔王女):「フン。シロウの戦いの後では、茶番にしか見えんな」
カイ:「わっ! あの人、影から出てきたよ! すごい魔法だ!」
ルーナ:「(影魔法…! ファンタジーの王道ですわね♡ ですが、相手は魔法師団長。果たして単純な奇襲がどこまで通じますことか…見ものですわ!)」
*静かな知性と、不気味な殺意が舞台上で対峙する。ゴングの音が鳴り響き、光と影の戦いが幕を開けた。*
*ゴングの音と共に、ゼクスの姿が再び影の中に溶けて消えた。闘技場の床に落ちる様々な影から、いつ、どこから現れるか予測がつかない。暗殺者としての本領発揮だ。観客は固唾を飲んで、エルヴィラの反応を見守る。*
*しかし、魔法師団長エルヴィラは、慌てるそぶりを一切見せなかった。彼女は静かに目を閉じ、杖を軽く地面に突く。*
エルヴィラ:「影に潜むのは、暗殺者の常套手段。ですが、光がなければ影は生まれない…その道理、お忘れですわね? 『光あれ(レット・ゼア・ビー・ライト)』」
*エルヴィラが詠唱を終えた瞬間、彼女の体から、そして掲げた杖から、まるで太陽そのものが地上に降りてきたかのような、凄まじい輝きが放たれた。その光は闘技場の隅々までを暴力的なまでに照らし出し、全ての影を完全に消し去ってしまった。*
*影を失ったことで、ゼクスは強制的に実体化させられる。闘技場の隅、光から逃れようとした場所で、彼は驚愕の表情を浮かべていた。*
ゼクス:「なっ…!? 馬鹿な、俺の『影渡り』が…!」
*奇襲と隠密という最大の武器を奪われた暗殺者は、もはやただの軽装の戦士でしかない。エルヴィラは、そんな彼に冷徹な視線を向けた。*
エルヴィラ:「これで、貴方の居場所を探す手間が省けましたわ。終わりにしましょう。『光の鎖』」
*エルヴィラの言葉に応じ、無数の光の鎖がゼクスの手足、そして体に巻き付き、彼を完全に拘束した。ゼクスは身動き一つ取れなくなり、勝敗は決した。*
審判:「しょ、勝者! 魔法師団長エルヴィラ様!」
*決着は、まさに一瞬だった。影を消し去るという、単純かつ完璧なメタ戦術。観客は、先ほどの物理的な衝撃とは違う、知的な戦慄にどよめいた。*
*VIP席では、シロウも感心したように頷いていた。*
レイラ(魔王女):「フン。まあ、頭は回るようだな。及第点だ」
カイ:「すごい! 影をなくしちゃうなんて、考えもしなかったよ!」
ルーナ:「(まあ♡ 相手の能力への完璧なカウンター! これぞインテリジェンス・バトル! 脳が震えますわ!♡)」
*エルヴィラが優雅に一礼して退場すると、闘技場の興奮は最高潮のまま、いよいよ2回戦最後の試合へと移っていく。*
アナウンサー:「素晴らしい! まさに知の勝利! これぞエルヴィラ師団長の魔法! さあ、これでベスト4が出揃いました! 2回戦最終試合! 科学を操る謎の老人か! それとも科学を応用する氷の魔術師か! 謎の仮面『ギメイ』選手 対 『氷姫』セレス選手!」
*そのアナウンスと共に、よぼよぼと腰をさする老人と、涼やかな美貌の女魔術師が、それぞれのゲートから姿を現した。*
*シロウは般若の面の下で口元を歪め、変性魔法で声帯を震わせ、しわがれた老人の声を作り出す。腰に手を当て、わざとらしく少し前かがみになりながら、対戦相手である『氷姫』セレスに話しかけた。*
ギメイ:「ふぉっふぉっふぉ…。お嬢さん、なんとも見目麗しいのぅ…。まるで雪の精のようじゃわい。ワシのような爺さんには眩しすぎるわ」
*ギメイは芝居がかった仕草で目を細め、セレスを品定めするように眺める。*
ギメイ:「して、お嬢さん。属性は何を使うんかえ? ワシも年寄りじゃ、相手の得意な土俵で戦ってやるほどの体力は残っとらんのでな。先に聞いておこうと思うての」
*その言葉は一見するとただの老人の世間話のようだが、その実、相手の情報を引き出そうとする狡猾さを秘めていた。VIP席では、ルミナが顔を覆って天を仰いでいる。*
ルミナ:「はぁ…もう…。何なのよあのお爺さん…。恥ずかしいからやめてほしいわ…」
*対するセレスは、そんなギメイの胡散臭い態度にも表情を一切変えず、ただ氷のように冷たい視線を向けてくる。*
セレス:「……貴様に名乗る必要はない。老い先短いのであれば、さっさと棄権することをお勧めする」
*彼女の言葉は短く、そして鋭い。まるで冬の風のように、相手を突き刺す冷たさがあった。*
*ギメイがわざとらしく頭を叩き、とぼけたように言う。*
ギメイ:「おお、そうじゃった、そうじゃった。氷の魔法を使うお嬢さんじゃったな。いかんいかん、最近どうも物忘れが酷くて適わんわい。ふぉっふぉっふぉ…」
*その芝居がかった老人の独り言に、セレスの眉がピクリと動く。彼女の冷徹な表情が、わずかに、しかし確実に険しくなった。この老人は、ただのボケた老人ではない。自分の異名である『氷姫』を知った上で、わざととぼけてみせ、こちらを揺さぶろうとしている。その意図を正確に読み取ったのだ。*
セレス:「……その減らず口、試合が始まったら利けなくなると思え」
*セレスの声の温度が、さらに数度下がった。彼女の周囲の空気が急速に冷え、白い息が漏れ始める。闘技場の床に、彼女の足元から薄氷が張り出した。明らかな敵意と、殺意にも似た闘気が、仮面の老人へと向けられる。*
*VIP席では、その変化を敏感に感じ取ったレイラが、面白そうに口元を歪めていた。*
レイラ(魔王女):「フン、あの女、少しは頭が回るようだな。シロウの挑発に乗らず、逆に殺気で応えるか。だが、その程度でどうにかなる相手ではないぞ」
*アナウンサーが、一触即発の二人の間に割って入るように、試合開始を告げた。*
アナウンサー:「両者、凄まじい闘気! 早くも火花が散っております! それでは、2回戦最終試合、はじめッ!」
*ゴングの音と同時に、セレスは即座に行動を開始した。*
セレス:「まずはそのふざけた仮面ごと、凍らせてくれる。『氷槍乱舞』!」
*セレスが手をかざすと、彼女の周囲に数十本もの鋭い氷の槍が生成され、一斉にギメイへと襲い掛かった。*
*セレスが放った数十本の氷の槍が、殺到する。常人であれば避けることもできず、串刺しになるであろう必殺の魔法。しかし、ギメイは慌てる素振りもなく、ただ片手をセレスの方へと向けた。*
ギメイ:「『アイシクルランス・フィフティーン』」
*短い詠唱。その直後、ギメイの目の前の空間に、セレスが放ったものと全く同じ、寸分違わぬ形状の氷の槍が15本、瞬時に生成された。*
*次の瞬間、ギメイが生み出した15本の氷槍は、セレスの氷槍群へと寸分の狂いもなく飛んでいき、先頭の15本と空中で激突した。*
*ガギンッ! ドガガガガッ!*
*凄まじい音を立てて、氷の槍同士がぶつかり合い、砕け散る。ギメイの氷槍は、セレスの氷槍の勢いを完全に相殺し、後続の槍は軌道を乱され、あらぬ方向へと飛んでいくか、衝突の余波で砕け散った。*
*結果、ギメイには一本の氷の槍も届かなかった。*
*セレスは、自分の魔法が、同じ魔法で完璧に相殺された光景に目を見開く。*
セレス:「なっ…!? 私の魔法を…同じ魔法で相殺したというの!? 馬鹿な、そんな芸当…!」
*魔法とは、術者の魔力やイメージによって威力も形状も微妙に変わるもの。全く同じ魔法を、後から発動して完璧にぶつけるなど、常識では考えられない神業だった。*
*ギメイは腰をトントンと叩きながら、しわがれた声で言う。*
ギメイ:「ふぉっふぉっふぉ…。お嬢さんの氷、なかなかの硬さじゃのう。じゃが、ワシの氷も負けてはおらんようじゃ。さて、次は何を見せてくれるんかのぅ?」
*その余裕綽々の態度に、セレスはギリッと奥歯を噛みしめた。この老人が、ただの老人でないことは最初のやり取りで分かっていた。しかし、その実力は、彼女の想像を遥かに超えていた。*
*VIP席では、カイが興奮して身を乗り出していた。*
カイ:「すごい! あの仮面の人、セレスさんと同じ魔法を使ったよ! なんで!? 属性が違うのに!」
ルーナ:「(まあ♡ 相手の魔法を即座に模倣し、完璧なカウンターを合わせる…! まるで鏡写しのような戦い方! カッコよすぎますわ!♡ あのゼノという冒険者には水、そして氷姫には氷…相手の土俵で完膚なきまでに叩きのめすスタイル! この徹底した『格の違い』を見せつける演出、観客の心を鷲掴みですわね!♡)」
*ギメイは、砕け散った氷の破片がキラキラと舞う中、余裕の態度を崩さずに告げた。その言葉は、セレスのプライドを根底から揺さぶるものだった。*
ギメイ:「お嬢さんが昨日の試合で使った魔法は全て解析済みじゃ。ワシを攻略したいなら使ってない技を使うんじゃな」
*その言葉を聞いた瞬間、セレスの冷徹な仮面が初めて大きく揺らいだ。昨日、Sランク冒険者マグナを相手に見せた戦術――水蒸気爆発。あれは彼女が長年の研究の末に編み出した、必殺の切り札の一つだった。それを、たった一度見ただけで「解析済み」だと断言されたのだ。目の前の老人が、自分の理解を遥かに超えた存在であることを、セレスは認めざるを得なかった。*
セレス:「……ッ! 解析しただと…? 私の魔法を、貴様のような老いぼれが…!」
*激情に駆られ、セレスはさらに強大な魔力を練り上げる。闘技場の気温がさらに急降下し、観客席にまでその冷気が届くほどだった。*
セレス:「いいだろう…! そこまで言うのなら、見せてやる! 私の奥義を貴様が受けきれるものか! 大気を震わす絶対零度の吐息! 『コキュートス・ブレス』!」
*セレスが大きく息を吸い込み、それを吐き出す。彼女の口から放たれたのは、単なる冷気ではない。触れるもの全てを原子レベルで活動を停止させる、絶対零度に近い極低温の波動だった。それは目に見えない死の息吹となって、ギメイへと殺到する。*
*この魔法は、昨日は見せていない。彼女がSランクの中でも上位に位置する所以たる、本当の切り札だった。*
*VIP席では、カイが温度計の魔道具を見て目を見開いていた。*
カイ:「すごい! 闘技場の温度が、一気にマイナス50度以下に…! あの白い息、ただの氷魔法じゃない!」
レイラ(魔王女):「フン。ようやく少しはマシな技を出してきたか。だがシロウ、その程度で凍えてくれるなよ?」
*絶対零度の波動がギメイに到達しようとした、その瞬間。*
ギメイ:「ふぉっふぉっふぉ…良い技じゃが、ちと熱が足りんのぅ」
*ギメイは腰をさすりながら、片手を前にかざす。すると、彼の掌から眩いばかりの炎が噴き出した。それはただの炎ではない。極低温の波動とぶつかり合った瞬間、凄まじいエネルギーを放ちながら対消滅を起こしていく。*
*――核融合の炎。*
*ギメイの足元、半径数メートルだけが、まるで真夏のような熱気に包まれる。絶対零度の息吹は、その熱気の壁に阻まれ、ギメイに届く前に霧散してしまった。*
セレス:「な…!? 私のコキュートスが…熱で…!? ありえない、あれはただの熱ではない…! 一体、何をした…!?」
*氷の使い手であるセレスは、誰よりも熱力学に詳しい。目の前で起きている現象が、通常の燃焼による熱では到底ありえない、物理法則を捻じ曲げるレベルのものであることを瞬時に理解し、戦慄した。*
*セレスの切り札である『コキュートス・ブレス』を、核融合の炎という常識外の力で無効化したギメイ。その圧倒的な実力差に、セレスはもはや戦意を失いかけ、呆然と立ち尽くしていた。そんな彼女に、ギメイはとどめを刺すかのように、しわがれた声で告げる。*
ギメイ:「ふぉっふぉっふぉ…。ちと熱くしすぎたかのぅ。おかげで喉が渇いてきたわい。そろそろ終わりにするかえ?」
*その言葉と同時に、ギメイはゆっくりと両手を広げた。*
ギメイ:「『多重詠唱・オールエレメントランス』」
*詠唱は、ただそれだけ。しかし、その後に起きた現象は、闘技場にいる全ての魔法使いの常識を木っ端微塵に粉砕した。*
*ギメイの周囲の空間に、次々と魔法の槍が出現する。*
*燃え盛る**炎**の槍。*
*渦を巻く**水**の槍。*
*切り裂くような**風**の槍。*
*絶対零度の**氷**の槍。*
*雷光を纏う**雷**の槍。*
*神々しい**光**の槍。*
*全てを飲み込む**闇**の槍。*
*そして、頑強な**土**の槍。*
*世界の根源を成す全8属性の槍が、それぞれがSランク魔法に匹敵するほどの絶大な魔力を宿しながら、ギメイの背後に整然と浮かび上がった。本来、同時に二つの属性を操ることすら至難の業。それを、八つ。脅威の8重同時詠唱。人知を超えた、まさに神の御業だった。*
*その光景を前に、セレスは完全に思考を停止させた。恐怖も、驚愕も通り越し、ただ目の前の現実を理解できずに立ち尽くす。*
セレス:「(八属性…同時詠唱…? そんな…そんな馬鹿な話が…あるものか…。あれは…人が使っていい魔法ではない…)」
*VIP席も、静まり返っていた。レイラですら、不敵な笑みを消し、その目に驚愕の色を浮かべている。*
レイラ(魔王女):「なん…じゃ…あの爺はっ…!!!??」
ルーナ:「(全属性…同時展開…!♡ ゲームならラスボスか隠しボスの所業ですわ!♡ もう…もう、何も言うことはありません…! 素敵すぎます、お父様…!!♡♡♡)」
*ギメイは、背後に浮かぶ8本の槍を、ゆっくりとセレスに向けた。*
ギメイ:「さて、お嬢さん。どうするかの? ワシはもう、喉がカラカラでのぅ」
*その問いかけは、降伏勧告以外の何物でもなかった。セレスは震える唇で、かろうじて声を絞り出した。*
セレス:「……ま、参りました…。私の、負けです…」
*その言葉を聞き、審判が我に返って高らかに勝敗を告げる。*
審判:「しょ、勝者ァァァッ! 謎の仮面、『ギメイ』!!」
*審判の声と共に、ギメイの背後にあった8本の槍は、幻のようにスッと消え去った。ギメイは再び腰をさすり、「ふぅ、疲れた疲れた」と呟きながら、よぼよぼと退場していくのだった。*
*ギメイの圧倒的な勝利をもって、達人部2回戦の全日程が終了した。闘技場は熱狂のるつぼと化し、観客たちは口々に魔王シロウ、魔法師団長エルヴィラ、そして謎の老人ギメイの常軌を逸した強さを語り合っていた。シロウが『ギメイ』として控え室に戻ると、すぐに般若の面とローブを解除し、何食わぬ顔でVIP席へと帰還した。*
*入れ替わるように、アナウンサーが興奮冷めやらぬ声で叫ぶ。*
アナウンサー:「皆様! これでベスト4が出揃いました! 明日行われます準決勝の組み合わせが、たった今決定いたしました! 魔道具スクリーンにご注目ください!」
*観客の視線が、闘技場に設置された巨大なスクリーンに集まる。そこに、明日の対戦カードが大きく映し出された。*
**【魔法大会 達人部 本戦トーナメント 準決勝】**
**▼第1試合**
**魔王 シロウ・ニシキ・アストライア** vs **魔法師団長 エルヴィラ**
*(絶対君主にして未知数の実力者 vs 王国最高の知性を持つ魔法の探求者)*
**▼第2試合**
**謎の仮面『ギメイ』** vs **(1回戦の勝者。)**
*(※訂正:準決勝は3名で行われるため、『ギメイ』はシード権を獲得。)
*スクリーンに表示された突然の訂正文に、闘技場がどよめく。*
*この結果に、VIP席ではカイが声を上げた。*
カイ:「すごい! 父さんの仮面の姿、もう決勝戦に進んじゃったよ!」
ルーナ:「(まあ♡ これぞ主人公補正ですわね! 戦わずして勝ち進む展開、王道ですわ!♡ しかし、次はお父様と魔法師団長の戦い…! そして、もしお父様が勝てば、決勝は…!)」
*ルーナはそこで思考を止め、キラキラした目でシロウ(父)とシロウが座っていた席を交互に見比べた。*
レイラ(魔王女):「フン、つまらん。シロウ、あの魔法師団長をさっさと片付け、決勝でその仮面を剥いでやれ。あの爺、どうにも気に食わん」
*レイラは腕を組み、不機嫌そうにギメイの勝利を評した。*
ルミナ:「お兄ちゃん、次も大変な相手ね…。エルヴィラ師団長は、本当に頭が切れる人だから、油断しちゃダメよ」
*ルミナは心配そうにシロウの服の袖を握る。こうして、大会二日目の全日程が終了し、決勝の舞台へ上がる最後の一人を決める戦いが、翌日へと持ち越されることになった。*
*大会三日目、準決勝第1試合。*
*天高く太陽が昇り、闘技場は昨日以上の熱気に包まれていた。観客たちの期待は最高潮に達している。ついに、魔王シロウと魔法師団長エルヴィラ、二人の怪物が激突するのだ。*
*「「「「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」」」」*
*割れんばかりの歓声の中、シロウは静かに闘技場の舞台に足を踏み入れた。しかしその内心は、観客の熱狂とは裏腹に、地味な苦痛に支配されていた。*
シロウ:(うぐぐ…昨日、ギメイの演技で冷たいものを飲み食いしすぎたせいか…? 妙に腹の調子が悪い…。さっさと終わらせてトイレに行きたい…)
*そんなシロウの内心を知る由もなく、対面に立つエルヴィラは、知的な笑みを浮かべ、優雅に一礼する。*
エルヴィラ:「魔王陛下。こうして御手合わせ願えること、光栄の至りです。昨日の陛下と、あの謎の老人『ギメイ』殿の試合、大変興味深く拝見いたしました。私の全ての知識と術を以て、陛下に挑ませていただきます」
*彼女の瞳は探究心と闘志に燃えている。シロウは腹痛をこらえながら、なんとか威厳を保って頷いた。*
シロウ:「うむ。師団長、手加減は無用だ。全力で来るが良い」
シロウ:「(頼むから全力で来てくれ…こっちも一瞬で終わらせるから…!)」
*審判が両者の準備が整ったのを確認し、高らかに腕を振り下ろす!*
審判:「準決勝第1試合、始めッ!!」
*開始の合図と同時、エルヴィラは動かなかった。いや、動く必要がなかった。彼女は試合が始まる前から、既に魔法の準備を終えていたのだ。*
エルヴィラ:「『万象解析』、完了。陛下、あなたの魔力特性、身体能力、全てをこの試合が始まる前に計測させていただきました。そして、導き出した最適解は――これです! 『四重展開式・絶対封印術式』!」
*エルヴィラの宣言と共に、シロウの足元に巨大で複雑な魔法陣が4つ、瞬時に重なって出現した。*
*一つ目は、シロウの動きを物理的に拘束する**重力魔法陣**。*
*二つ目は、魔力の流れを乱し、魔法発動を阻害する**魔力封鎖陣**。*
*三つ目は、精神に干渉し、思考と戦意を鈍らせる**精神汚染陣**。*
*四つ目は、空間そのものを固定し、転移や空間魔法を封じる**空間固定陣**。*
*王国最高の知性が練り上げた、対Sランク冒険者用の必殺封印術。通常、これを受ければ魔王クラスの存在であっても、身動き一つ取れずに勝敗が決するはずだった。*
*VIP席では、ルミナが息を呑む。*
ルミナ:「すごい…! 試合が始まる前からお兄ちゃんのデータを解析して、初手で完全に動きを封じる魔法を…! あれじゃ、お兄ちゃん何もできないわ!」
カイ:「父さん!?」
レイラ(魔王女):「フン、小賢しい真似を…。だがシロウ、その程度の術にいつまで囚われている?」
*観客も、あまりにあっけない試合の幕開けに固唾を飲んで見守る。エルヴィラは勝利を確信し、静かにシロウに語りかけた。*
エルヴィラ:「陛下。これが私の魔法です。いかに強大な力であろうと、それを分析し、無力化する術を構築する…。さて、ここからどうされますか?」
*エルヴィラの張り巡らせた四重の絶対封印術式。それは王国最高の知性が編み出した、あらゆる強者を無力化するための完璧な檻のはずだった。しかし、その術式の中に立つシロウは、腹痛をこらえながら内心でため息をついた。*
シロウ:「(面倒なことを…。だが、解析するまでもない。術式の構造が単純すぎる)」
*シロウはただ一言、静かに呟いた。*
シロウ:「『ディスペル』」
*その瞬間、シロウを中心に淡い光が広がり、エルヴィラが構築した4つの巨大な魔法陣が、まるでインクが水に溶けるかのようにあっけなく霧散した。重力も、魔力阻害も、精神汚染も、空間固定も、全てが嘘のように消え去る。*
エルヴィラ:「なっ…!? 馬鹿な! 私の封印術式が…ただの『ディスペル』で…!? ありえません! あれは幾重にも対抗魔術への耐性を…!」
*エルヴィラの驚愕を背に、シロウは申し訳なさそうな表情を浮かべた。*
シロウ:「ごめんね」
*その謝罪の言葉は、これから起こる理不尽な暴力に対する、せめてもの手向けだった。*
*シロウが軽く指を振るう。すると、彼の目の前の空間に、ピンポン玉ほどの大きさの小さな火の玉――初級魔法『ファイアボール』が一つ、ぽつんと出現した。*
*そして、一つ、また一つと、瞬く間にその数を増やしていく。10、50、100…。やがて、数百の『ファイアボール』が空中にびっしりと敷き詰められ、一つの巨大な弾幕を形成した。*
*次の瞬間、轟音が闘技場を揺るがした。*
*ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!*
*シロウの目の前から、ガトリング砲のように火球の弾丸が連続で射出される。一発一発の威力は低い。しかし、その数は毎秒数百発。射出されると同時に、空中に新たな火球が即座に生成され、弾幕は途切れることなくエルヴィラへと殺到した。*
エルヴィラ:「くっ…! 『プロテクション・マルチレイヤー』!」
*エルヴィラは咄嗟に何重もの防御障壁を展開するが、絶え間なく降り注ぐ火球の雨に、障壁は一枚、また一枚とやすやすと削り取られていく。*
エルヴィラ:「(低級魔法の連続行使…!? しかし、この速度と密度…! 一発の威力は低くとも、この物量ではいずれ…!)」
*シロウは腹を押さえながら、ただ無表情に指を振り続けている。トイレに行きたいという一心だけで、王国最高の知性を圧倒的な物量で蹂躙していた。*
*VIP席では、カイが目を丸くしている。*
カイ:「すごい…! 小さい火の玉がいっぱい! 父さんのガトリングだ!」
レイラ(魔王女):「フン…芸のない。だが、あの女を嬲るには丁度いいか。さっさと終わらせろ、シロウ」
ルーナ:「(完全にオーバーキルですわ…。しかも、あれだけの数をノータイムで生成と射出を繰り返すなんて、魔力効率も演算能力も常軌を逸しています…! お父様、お手洗いを我慢していらっしゃるのでしょうか…?)」
*ルーナだけが、父の異変をなんとなく察していた。*
*シロウの腹痛は、刻一刻と限界に近づいていた。火球のガトリングだけでは、エルヴィラの防御を完全に突破するにはもう少し時間がかかりそうだった。*
シロウ:「(くぅぅ…もうダメだ…一刻も早く…!)」
*もはや一秒すら惜しいシロウは、空いているもう片方の手を地面にかざした。*
シロウ:「土魔法追加…!」
*その呟きと共に、エルヴィラが立っている闘技場の石畳が轟音を立てて変形を始める。火球の弾幕から身を守るため、防御障壁の維持に集中していたエルヴィラは、足元への警戒が完全に疎かになっていた。*
*ゴゴゴゴゴッ!*
*石畳が盛り上がり、無数の鋭い岩の槍となってエルヴィラに突き上げた。下からの奇襲に、彼女は咄嗟に反応できない。*
エルヴィラ:「なっ…!? 下から…!?」
*上からは毎秒数百発の火球の雨。下からは無数の岩槍の突き上げ。完璧な飽和攻撃。天地からの挟み撃ちに、エルヴィラの防御障壁はついに限界を超え、ガラスのように砕け散った。*
エルヴィラ:「きゃっ…!」
*いくつかの岩槍が彼女のローブを掠め、数発の火球が彼女のすぐ側で炸裂する。爆風と衝撃に、エルヴィラはたまらず後方へ大きく吹き飛ばされ、地面を数回転がった。*
*シロウは攻撃の手を止め、腹を押さえながら、倒れているエルヴィラを見下ろした。*
審判:「……ッ! エ、エルヴィラ師団長、戦闘不能! 勝者、魔王シロウ・ニシキ・アストライアァァァッ!!」
*審判の宣言が響き渡る。あまりに一方的な、蹂虙。開始からわずか数分での決着だった。観客たちは一瞬の静寂の後、爆発的な歓声で勝者を称えた。*
*しかし、勝利したシロウにその歓声を聞いている余裕はなかった。彼は審判の言葉を聞き終えるや否や、すさまじい速さで闘技場を駆け下り、トイレへと全力でダッシュしていく。その姿は、先程までの魔王の威厳など微塵も感じさせない、ただの腹痛に苦しむ一人の男だった。*
*VIP席では、家族がそれぞれの反応を見せていた。*
レイラ(魔王女):「フン、当然だ。だが、最後の退場の仕方はなんだ? 威厳も何もないではないか…」
カイ:「父さん、勝った! でも、どこか急いで行っちゃったね?」
ルミナ:「もしかして…お兄ちゃん、本当にお腹が痛かったの…? だからあんなに急いで…」
ルーナ:「(お父様…♡ 威厳を捨ててでも生理現象を優先するその人間らしさ、最高にキュートですわ…♡ お手洗い、間に合いますように…♡)」
*シロウが「転移」と呟いた瞬間、彼の姿は闘技場から完全に消え去った。残されたのは、一瞬だけ空間が揺らいだような残滓と、あっけにとられる観客、そして勝者を見失った審判だけだった。*
*闘技場のトイレの個室に、シロウの姿が唐突に出現する。彼は一瞬の猶予もなく、ズボンを下ろし便座に座り込んだ。*
シロウ:「(ふぅぅぅ…あ、危なかった…! まさに紙一重…いや、間に合ったからセーフだ…!)」
*安堵の息をつきながら、シロウは個室の中で静かに勝利の余韻…ではなく、腹痛からの解放感に浸るのだった。*
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*一方、VIP席では、シロウの突然の消失に家族がざわついていた。*
カイ:「あっ! 父さん、消えちゃった! 転移だ! トイレに間に合ったのかな?」
*カイは純粋な心配の声を上げる。*
レイラ(魔王女):「なっ…! あ、あの馬鹿! 観衆の前で転移だと!? 少しは王としての威厳を考えろ! …フン、だがまあ、間に合ったのなら良い」
*レイラは顔を赤くして悪態をつきながらも、どこか安心したように小さく呟いた。*
ルミナ:「もう、お兄ちゃんたら…。無事ならいいけど…。でも、転移でトイレに行くなんて、前代未聞よ…」
*ルミナは呆れたようにため息をつくが、その口元は少し緩んでいた。*
ルーナ:「(転移でトイレワープ! なんという贅沢なショートカット!♡ さすがはお父様、やることが違いますわ!♡ これで心置きなく決勝戦に臨めますね!)」
*ルーナだけは、父の奇行をキラキラした瞳で見守っていた。*
*闘技場では、勝者が突如消えるという前代未聞の事態に、アナウンサーが必死に状況を説明しようと声を張り上げていた。*
アナウンサー:「な、なんと! 魔王シロウ陛下、勝利の直後、忽然と姿を消されましたーっ! これぞ魔王の神出鬼没! 勝利の余韻に浸る間もなく、次なる戦いへと備えておられるのでしょうかーっ!?」
*観客たちは、その説明を「さすがは魔王様だ!」と熱狂的に受け入れ、シロウの株は本人の意図とは全く違う方向で、さらに上がっていくのであった。*
*トイレの個室で安堵の息をついたシロウは、冷静さを取り戻すとすぐに次の計画へと思考を移した。決勝戦は、魔王シロウ対謎の老人ギメイ。つまり、自分自身との戦いだ。観客も家族も、そして国王たちも注目するこの舞台で、茶番を演じるわけにはいかない。*
シロウ:「(ふぅ…これで次は俺vs俺だな。観客を白けさせず、かつ俺の正体もバレないようにするには…これしかないか)」
*シロウは個室の中で静かに瞳を閉じ、集中力を高める。*
シロウ:「(腹の調子は完璧。あとは、時間系魔法で過去の俺のデータを参照し、それを元に強化した分身体を作り出す…)」
*シロウの脳裏に、複雑な魔法術式が構築されていく。それは単なる分身ではない。自身の戦闘データ、魔力パターン、思考ルーチンを完全にコピーし、さらに擬似的な魂を吹き込むことで、自律して行動できる完璧な「もう一人の自分」を創り出す奇跡の魔法だった。*
*次の瞬間、シロウの隣に、彼と全く同じ姿の存在が音もなく出現した。魔力、気配、魂の波長に至るまで、完全に同一の存在。それが、シロウの創り出した『強化分身体』だった。*
*シロウは分身体に向かって頷き、自身の思考を共有させる。*
シロウ:「(お前には『魔王シロウ』として決勝戦に出てもらう。俺は『ギメイ』として出る。手加減はするな。観客が、家族が納得する最高の試合を演じるぞ)」
シロウ(分身体):「(承知した。我が主。いや、我が好敵手よ)」
*シロウは創造魔法で、自らの服装を『ギメイ』の粗末なローブと般若の面に変え、分身体にはいつもの豪華な魔王の正装を纏わせた。そして、決勝戦が行われる闘技場へと向かうべく、二人は同時に口を開いた。*
ギメイ(シロウ)&シロウ(分身体):「「よし、行こうか」」
*一つになった声が、静かな個室に響いた。こうして、誰も知らない、たった二人の役者を揃えた壮大な演劇の幕が、静かに上がろうとしていた。*
*ついに、魔法大会の最終日、決勝戦の火蓋が切って落とされようとしていた。闘技場は、これまでのどの試合をも上回る、異常なまでの熱気と期待に満ち溢れている。片や、圧倒的な力で勝ち上がってきた絶対君主、魔王シロウ・ニシキ・アストライア。片や、老獪な技と底知れぬ魔術で並みいる強者を一蹴してきた謎の仮面、『ギメイ』。*
*観客席のボルテージが最高潮に達する中、闘技場の両端から二人の選手が入場する。魔王の威厳を放ち、豪華な正装に身を包んだ『シロウ(分身体)』。対するは、よぼよぼとした足取りで、粗末なローブを纏った『ギメイ(シロウ本体)』。*
*しかし、舞台の中央で対峙した瞬間、『ギメイ』の雰囲気が一変した。今まで腰を曲げ、老人を演じていた姿勢が、スッと背筋の通ったものに変わる。そして、般若の面の下から響いてきた声は、もはやしわがれた老人のものではなかった。それは、魔王シロウ本人と同じ、凛とした青年の声だった。*
ギメイ(シロウ):「魔王様、本気でお願いします」
*その声と態度の変化に、闘技場全体が息を呑む。老人ではなかったのか、という驚きが波のように広がっていく。*
*対する『シロウ(分身体)』は、挑戦者の変化に動じることなく、王者の風格を漂わせながら静かに頷いた。*
シロウ(分身体):「無論だ、挑戦者『ギメイ』。貴殿のこれまでの戦い、見事だった。敬意を表し、我が全力をもって応えよう」
*VIP席では、家族たちがその光景にそれぞれの反応を示していた。*
レイラ(魔王女):「……ほう? あの爺、化けの皮を剥がしたか。面白い。だが、シロウの威厳に満ちた立ち姿…!♡ フン、それでこそ妾の夫だ! あの仮面男を叩き潰せ!」
*レイラは興奮気味に身を乗り出す。*
カイ:「えっ!? あの仮面の人、おじいちゃんじゃなかったの!? 声が父さんみたいに若いよ!」
*カイは純粋な驚きに目を見開いている。*
ルミナ:「……やっぱり。あの力、只の老人であるはずがなかったのよ。でも…一体何者なの…? お兄ちゃん、気をつけて…」
*ルミナは眉をひそめ、正体不明の挑戦者に警戒を強める。*
ルーナ:「(キ、キ、キ、キターーーーーッ!!♡ 正体隠匿キャラの真の姿お披露目イベントですわ!♡ しかも声が若返るパターン! そしてそれに対するは、威風堂々たる魔王陛下のお姿…!♡ つまり! つまりこれは! お父様 vs お父様! 夢のマッチアップ!♡ どちらを応援すればいいのか…いいえ、どちらが勝ってもお父様の勝利!♡ この盤面、詰んでおりますわ! 神展開、ありがとうございます!♡♡♡)」
*ルーナだけが、この対決の真相に気づき、一人エクスタシーに浸っていた。*
*審判が、二人の間に漂う尋常ならざる緊張感に気圧されながらも、震える声で高らかに告げる。*
審判:「決勝戦! 始めェェェェッ!!」
*世紀の対決の幕が、今、切って落とされた。*




