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*あの公開処刑事件から、約一ヶ月が過ぎた。*
*カイを退学に追い込んだバーンズ家は、魔王陛下の不興を買ったという噂が瞬く間に広まり、他の貴族たちから完全に孤立。事業も立ち行かなくなり、夜逃げ同然で王都を去っていった。解雇されたエルフの教師も、どこにも雇われることなく、故郷の森へ帰っていったという。*
*一方、カイの学府での生活は一変した。彼を魔族と蔑む者はいなくなり、教師たちは皆、非常に丁寧な態度で彼に接するようになった。以前は遠巻きに見ていた友人たちも、今では気兼ねなく彼と話すようになり、カイは生まれて初めて「友人と学ぶ楽しさ」を味わっていた。*
*そんなある日の夕食後。家族団らんの穏やかな時間。*
*カイは少しもじもじと、しかし意を決したように、ソファでくつろぐシロウに一枚のプリントを差し出した。*
カイ:「お父さん、あのね…これ…」
*シロウが受け取った羊皮紙には、『万象の学府』の紋章と共に「授業参観のお知らせ」と書かれている。*
カイ:「もうすぐ、授業参観があるんだ。お父さんか、お母さん…どっちかだけでもいいんだけど…その…来て、ほしいなって…」
*カイは顔を赤らめ、期待と不安が入り混じったような目でシロウを見上げる。以前の彼なら、いじめられている姿を見られたくないと、決して言い出せなかっただろう。だが今の彼は、学府で頑張っている自分の姿を、大好きな両親に見てほしいと、素直に思えるようになっていた。*
*その隣で、話を聞いていたルーナがすかさず食いつく。*
ルーナ:「じゅぎょうさんかん! なにそれ、面白そう! ルーナも行きたい!♡」
*ルミナとレイラも興味深そうに顔を寄せた。*
ルミナ:「へえ、カイ君の学校での様子、見れるんだ。面白そうじゃない。ねえ、お兄ちゃん」
レイラ:「ふん…我が子がどれほど優秀か、他の愚民どもに見せつけてやる良い機会だな」
*家族全員の視線が、シロウに注がれる。*
*シロウがカイからプリントを受け取り、家族全員がわっと盛り上がる。その熱気に、シロウは少し呆れたように、しかし楽しげに言った。*
シロウ:「全員では行けないだろ?」
*その言葉に、一番に反応したのはルーナだった。彼女はシロウの膝から飛び降りると、ぷんすかと頬を膨らませて抗議する。*
ルーナ:「そんなことありません! 『三人寄れば文殊の知恵』! ルーナも行けば、おにいちゃまのすごさを三倍アピールできるのです! それに、ただの参観でしょ? 人数制限なんて、パパ様の力でどうとでもなるじゃないですか!」
*前世の知識で得たことわざをドヤ顔で披露し、父の権力(物理)に訴えかける。その隣で、レイラも不満げに腕を組んだ。*
レイラ(魔王女):「そうだぞ、シロウ。なぜ行けないのだ。まさか、私やルミナがいると都合が悪いとでも言うのか? そもそも、カイは私の子でもあるのだ。母親が子の成長を見に行くのは当然の権利だろう」
*ルミナもレイラの意見に同意するように、こくりと頷く。*
ルミナ:「そうだよ、お兄ちゃん。カイ君が頑張ってる姿、みんなで見に行こうよ。それに、まだカイ君のこと、陰で何か言う不届き者がいるかもしれないでしょ? アタシたちが揃ってれば、そういう輩への完璧な牽制になるじゃない」
*三者三様の理由で、全員で行くことを強硬に主張する嫁たちと娘。その勢いに、シロウはやれやれと肩をすくめる。*
*当のカイは、家族みんなが自分のために「行きたい」と言ってくれている状況が嬉しいやら、恥ずかしいやらで、顔を真っ赤にして俯いていた。*
*(元魔王女と元熾天使だから、ただでさえ目立つっていうのに…そこに始祖竜を連れた娘まで加わったら、授業参観どころの騒ぎじゃなくなるだろうが…)*
*シロウは内心で盛大にため息をつきながらも、その考えを顔には出さず、あくまで冷静にカイへと尋ねた。*
シロウ:「カイ、その授業参観っていつだ?」
*まず日程を確認し、それから騒がしい家族をどうするか考える。シロウはそう算段を立てた。そして、わいわいと騒ぐ女性陣を一瞥する。*
シロウ:「教師には、ルミナはもう一人の母だって無理矢理押し通せそうだけど…ルーナは…無理じゃないかな?」
*建国して間もないこの国では、まだ一夫多妻は法的に整備されていないが、国王の威光で「もう一人の妻です」と言えば、学府側も頷くしかないだろう。しかし、どう考えても就学前の娘を「保護者」として連れて行くのは無理がある。シロウは最もな指摘で、まずルーナを牽制しようと試みた。*
*その言葉に、一番に反論したのは、やはり当事者であるルーナだった。*
ルーナ:「む、むりじゃないです! ルーナはパパ様の一番弟子にして、カイお兄ちゃまの筆頭保護者です! それに、ルミナお母様の『従者』ってことにすれば問題ないはずです! ね、ルミナお母様!」
*ルーナはくるりとルミナの方を向き、キラキラした瞳で助けを求める。名案だとでも言いたげなドヤ顔だ。*
*話を振られたルミナは、にっこりと微笑むと、シロウに向かって言った。*
ルミナ:「そうね。アタシの付き人ってことにすれば、誰も文句は言わないんじゃないかしら? ほら、貴族の奥様がお付きの者を連れてるのと同じよ。ね、お兄ちゃん?」
*完璧な理論武装と、有無を言わせぬ笑顔。レイラも「うむ、それがよかろう」と満足げに頷いている。どうやら、シロウのささやかな抵抗は、家族の圧倒的な「行きたい」オーラの前に、あっさりと打ち砕かれてしまったようだ。*
*カイは、そんな家族のやり取りを、嬉しいような、恥ずかしいような、複雑な表情で見つめていた。*
*(行きたいモードの女達は止められない…)*
*シロウは内心で諦めの境地に達し、深くため息をついた。確かに、国王一家が揃って授業参観に現れれば、それはもう絶大な威力を持つだろう。カイへの嫌がらせの再発防止どころか、もはや誰もカイに逆らえなくなる。教育的配慮としてはどうかと思うが、カイが安心して学べる環境を最優先に考えれば、それも一つの手かもしれない。*
シロウ:「はぁ…そうすか…止められたら言い訳はそっちで頼む…」
*シロウは観念したようにそう言うと、改めてカイの方を向いた。*
シロウ:「それで、カイ。日程はいつなんだ?」
*カイは、家族全員が来てくれることになったのが嬉しいのか、はにかみながらプリントを指差した。*
カイ:「えっと…来週の、水の曜日だよ。午後の魔法実技の時間。僕、風の魔法で新しいことができるようになったんだ。それ、お父さんたちに見てほしくて…」
*少し照れくさそうに、しかし誇らしげに言うカイの言葉に、シロウは目を細める。*
*その様子を見て、ルーナがぱっと顔を輝かせた。*
ルーナ:「まあ!♡ おにいちゃまの新しい魔法! それは絶対に見届けないと! ルーナ、しっかりビデオに撮っておきますね! 永久保存版です!」
*どこからともなく撮影用の魔道具を取り出し、意気込むルーナ。*
*レイラも満足げに頷く。*
レイラ(魔王女):「ふん、当然だ。我が子の晴れ舞台だ、この私が直々に見届けてやろう。他の凡俗な生徒たちとの格の違いを、その目に焼き付けてやるがいい」
*ルミナもカイの頭を優しく撫でながら、微笑んだ。*
ルミナ:「そっか、頑張ってるんだね、カイ君。楽しみにしてるわ。もし変なちょっかい出してくる子がいたら、お母さんが『お話』してあげるから、安心してね」
*にっこりと笑うルミナだが、その目には一切の笑みがない。*
*こうして、シロウ一家総出での授業参観行きが、半ば強制的に決定したのであった。*
*そして、授業参観日当日。*
*朝、カイは少し緊張した面持ちで、しかしどこか嬉しそうに「行ってきます!」と元気よく学府へ向かった。守護獣であるフェンリルと不死鳥のイグニも、カイの護衛として影の中から静かに付き従っている。*
*それから数時間後、カイが午後の授業に移る頃合いを見計らって、シロウたちも準備を始めた。*
*シロウはクローゼットから、前世の記憶を頼りに自作した服を選んだ。シンプルな黒のジャケットに、白いTシャツ、そして動きやすいジーンズ。この世界ではまず見かけない、日本のカジュアルなコーディネートだ。*
*着替えを終えたシロウがリビングに戻ると、そこにはすでにドレスアップした女性陣が待っていた。レイラは黒を基調とした、威厳と気品のあるドレス。ルミナは白と銀で彩られた、洗練されたデザインのドレスを身にまとっている。二人とも、王妃としての風格を漂わせていた。*
シロウ:「ドレスって毎日見てると飽きるもんだな…」
*シロウは、自分のラフな服装と豪華絢爛な嫁たちを交互に見比べ、ぽつりと呟いた。それは本音でもあったが、少し気恥ずかしさを誤魔化すような響きも含まれていた。*
*その言葉に、一番に同意したのは、意外にもおしゃれが大好きなルーナだった。彼女は、ルミナとお揃いのような、しかし子供らしいフリルがたくさんついた小さな白いドレスを着ている。*
ルーナ:「ルーナもそう思います! たまにはパパ様みたいな、カジュアル?な格好もしてみたいです! でも、今日はカイお兄ちゃまの晴れ舞台ですから! 正装でビシッと決めないと、主役の格が下がってしまいますからね!♡」
*くるんと一回転して、自慢のドレスを見せびらかすルーナ。その手には、もちろん撮影用の魔道具が握られている。*
レイラ(魔王女):「ふん、何を言うかと思えば…。シロウ、お前は国王なのだぞ。あまりみすぼらしい格好をするな。まあ、今日はカイの『父親』として行くのだから、その程度で勘弁してやろう」
*レイラはシロウの服装を値踏みするように一瞥し、やれやれと肩をすくめる。*
ルミナ:「ふふっ、お兄ちゃんらしい格好でいいと思うけど? でも、アタシたちが隣に並ぶと、ちょっと面白い組み合わせに見えるかもね。さ、カイ君が待ってるわ。そろそろ行きましょう」
*ルミナはそう言って、シロウの腕にそっと自分の腕を絡ませた。*
*シロウは自室の転移陣を起動し、目的地を商業国家『黄金都市アウラ』の公衆転移門に設定した。一瞬の浮遊感の後、目の前の景色が自国の王城から、活気あふれるアウラの広場へと切り替わる。*
*そこから更に短距離の空間魔法で、『万象の学府』の正門前へと跳んだ。*
*壮麗な門をくぐると、そこには様々な種族の生徒や保護者たちが行き交っていた。ドワーフの親子が楽しげに語らい、エルフの母親が子供の身なりを整え、獣人の父親が豪快に笑っている。まさに多種族国家アウラを象徴する光景だ。*
*そんな中でも、シロウの一家はひときわ人々の注目を集めていた。*
*王妃の気品を纏うルミナとレイラ。天使のような愛らしさを振りまくルーナ。この三人の美女と美少女の組み合わせは、どこにいても衆目を惹きつける。保護者たちは「どこの大貴族だろう」「なんと美しい奥方たちだ」と囁き合い、遠巻きに眺めている。*
*一方、カジュアルな服装のシロウ自身は、あまり目立っていなかった。しかし、その服装は別の意味で注目を浴びていた。特に、流行に敏感な商人と思しき者たちが、シロウの纏う未知のデザインの服を、値踏みするような、あるいは強い興味を引かれたような目でじっと見つめている。*
ルーナ:「わあ! ここがカイお兄ちゃまの学府…! いろんな種族の人がたくさんいますね! まるでお祭りみたいです!♡」
*キョロキョロと周りを見回し、目を輝かせるルーナ。*
レイラ(魔王女):「ふん、雑多なだけだ。カイはこのような場所で学んでいるのか。…まあ、実力さえあれば良いということなのだろうが」
*レイラは不満げに口を尖らせつつも、息子の学ぶ環境をその目に焼き付けている。*
ルミナ:「カイ君の教室はどこかしら? 受付で聞きましょうか、お兄ちゃん」
*ルミナがシロウの腕に寄り添い、小首を傾げて尋ねた。その仕草に、周囲から「おお…」という感嘆のため息が漏れる。*
*シロウの足元で、ルーナが「あ!」と何かを指差した。*
ルーナ:「パパ様、あそこに案内板がありますよ! きっとあそこに、今日の授業参観の場所が書いてあるはずです!」
*シロウの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ルーナは「はいはーい!」と元気よく返事をしながら、タタタッと軽い足取りで案内板へと駆けていった。その小さな背中を見送りながら、シロウはやれやれと呟く。*
シロウ:「ぶつからないようになー。」
*その言葉に、隣のルミナがくすくすと笑った。*
ルミナ:「ふふっ、ルーナは元気ね。でも、あの子なら大丈夫よ。ちゃんと周りを見てるもの」
レイラ(魔王女):「そうだ。あいつは見た目に反して抜け目がない。それよりシロウ、早く行くぞ。カイの授業が始まってしまう」
*レイラが少し焦れたようにシロウを促す。その時、案内板を見ていたルーナが、ぴょんぴょんと跳ねながら手招きしているのが見えた。*
ルーナ:「パパ様ー! こっちです! カイお兄ちゃまの授業は、第二訓練場ですって!」
*大きな声で報告するルーナに、周囲の保護者たちが微笑ましそうに目を向ける。その中には、シロウの独特な服装に興味津々な視線を送る商人や、ルミナとレイラの美貌に見惚れる者も混じっていた。*
*シロウは、そんな視線を受け流しながら、家族と共に第二訓練場へと足を向けた。*
*第二訓練場は、広いグラウンドのような場所だった。すでに多くの保護者たちが集まっており、その中央では、カイたち生徒が教師の指示に従って整列している。カイは少し緊張した面持ちで、キョロキョロと観覧席のあたりを探しているようだった。*
*シロウたちの姿を見つけると、カイの表情がぱっと明るくなる。彼は小さく手を振ると、すぐに真面目な顔に戻って前を向いた。*
ルーナ:「あ! お兄ちゃまがいました! 一番前です! さすがですわね!」
*ルーナが興奮気味にシロウの服の裾を引っ張る。*
ルミナ:「本当だ。ふふ、こっちに気づいたみたいね。…あら?」
*ルミナが不意に、何かを訝しむように眉をひそめた。その視線の先には、生徒たちに指示を出している教師の姿があった。*
ルミナ:「…あの教師、どこかで見たことあるような…」
*ルミナの訝しむような声に、シロウは彼女の視線の先――生徒たちを指導している教師へと目を向けた。*
*そこにいたのは、すらりとした長身に、美しい金髪をなびかせたエルフの男性教師だった。一見すると、どこにでもいそうな優男風の教師に見える。*
シロウ:「俺は見た事ないな…よくいる顔とかじゃないのか? 他人の空似とか…?」
*シロウは特に気にした様子もなく、そう答えた。この学府には多くのエルフが在籍している。似たような顔立ちの者がいても不思議ではない。*
*しかし、ルミナは納得がいかない様子で、腕を組み、じっとその教師を睨みつけている。*
ルミナ:「うーん…そうかしら…? なんだか、すごく嫌な感じがするのよ。あの男から…」
*ルミナの言葉に、隣にいたレイラも眉をひそめた。*
レイラ(魔王女):「む…言われてみれば、確かに不快な気配を感じるな。あの男、カイの方を妙にねちっこい目で見ている気がするぞ」
*二人のただならぬ様子に、シロウも再びそのエルフ教師に注意を向けた。確かに、言われてみれば、生徒たちに平等に接しているように見せかけて、時折カイに向ける視線に、粘着質な何かが含まれているような気もする。*
*その時、ルーナがシロウの服の袖をくいっと引っ張った。*
ルーナ:「パパ様、あの先生…どこかで見たことありませんか? そうです…! 以前、バーンズとかいう豚貴族と一緒にいた、あのエルフの先生にそっくりです!」
*ルーナの言葉に、シロウは「ああ」と記憶の糸を手繰り寄せた。*
*そうだ。確かに、あの公開処刑の日に、バーンズ子爵の息子たちを庇い、カイを一方的に断罪しようとしたエルフの教師がいた。確か、あの後すぐに学府を解雇されたはずだが…。*
シロウ:「…なるほどな。あの時のクソ教師か。顔と名前は覚えていないが、ルーナが言うなら間違いないだろう。しかし、なぜ解雇されたはずの男がここに?」
*シロウは目を細め、グラウンドに立つその男を睨みつけた。男はカイに何かを指示している。カイはそれに素直に従っているが、その横顔はどこか不安げに見えた。*
*カイが不安そうな表情を浮かべるのを見て、シロウは即座に行動した。誰にも気づかれぬよう、指先だけで魔力を練り上げ、カイの全身を包む不可視の防御結界を遠隔で付与する。これで物理的、魔法的な攻撃から守られるだろう。*
*準備を終え、シロウは腕を組みながら、まるで他人事のように呟いた。*
シロウ:「へー、クビになったのに舞い戻ってきたのか。大した執念だな。それとも、よっぽどこの学府の居心地がいいのかね?」
*その声は平坦だが、目は一切笑っていない。隣で話を聞いていたルミナは、美しい顔を怒りで歪ませていた。*
ルミナ:「執念…? いいえ、これは怨念よ、お兄ちゃん。あいつ、絶対にカイ君に復讐するつもりだわ。よく見なさい、あの目。獲物をいたぶる蛇の目よ。学府も学府よ! 一度問題を起こした教師を、どうしてまた雇い入れたのかしら!?」
*怒りを隠そうともしないルミナの言葉に、レイラも殺気を込めて同意する。*
レイラ(魔王女):「全くだ。この学府の長は、節穴か? いや、あるいはあのエルフが何か裏で手を回したか…。どちらにせよ、許しがたい愚行だな。我が子に害意を向ける虫ケラは、今すぐこの場で踏み潰してくれる」
*今にも飛び出していきそうなレイラとルミナを、シロウは視線だけで制した。*
シロウ:「まあ待て。ここで俺たちが騒げば、カイの授業参観が台無しになる。せっかくあいつが楽しみにしてたんだ。…それに、向こうが何か仕掛けてくるというなら、好都合だ」
*シロウは口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。*
シロウ:「返り討ちにして、今度こそ二度と逆らえないように叩き潰す。そのための証拠は、ルーナがしっかり記録してくれるだろ?」
*シロウが隣の娘に視線を向けると、ルーナは任せなさいとばかりに胸を叩いた。*
ルーナ:「もちろんです、パパ様!♡ 逆襲の決定的瞬間、バッチリ高画質で記録させていただきます! 名探偵ルーナの目に狂いはありません!」
*撮影用の魔道具を構え、ルーナはキラキラと目を輝かせた。その目は、これから起こるであろう『ショー』への期待に満ち溢れていた。*
*ちょうどその時、エルフの教師がパン、と手を叩き、生徒たちに次の指示を出し始めた。*
教師:「はい、それではこれより、魔法障壁の強度測定を行います! 一人ずつ前に出て、私が展開する攻撃魔法を、君たちの防御魔法でどれだけ防げるか試させてもらう! では、出席番号順…いや、今日は特別に、転入生からやってもらおうか。カイ君、前に!」
*教師はにたりと笑い、カイを指名した。その声に、保護者席の一部がざわめく。一番最初に指名するのは、見せしめの意味合いが強いことを、彼らも知っているからだ。*
*カイは一瞬びくりと体を震わせたが、観覧席のシロウたちと目が合うと、意を決したようにこくりと頷き、前に進み出た。*
*シロウは、グラウンドで一人前に立つカイを見つめながら、隣のレイラに静かに告げた。*
シロウ:「万が一、カイに何かあればレイラに任せる」
シロウ:「(今回はレイラに暴れさせるか…魔王女であるレイラが直々に、しかも衆人環視の中で怒りを爆発させれば、この教師はもちろん、学府の責任者も、二度とカイに手出ししようなどとは思わないだろう。それが一番、手っ取り早く、そして効果的だ…)」
*シロウがそう内心で算段を立てていると、その言葉を聞いたレイラは、待ってましたとばかりに獰猛な笑みを浮かべた。その口元は三日月のように吊り上がり、瞳の奥には残虐な光が宿っている。*
レイラ(魔王女):「ふん、当然だ。我が子に害をなそうという愚か者には、相応の罰を与えねばな。安心しろ、シロウ。骨の一本も残さぬよう、綺麗に消し炭にしてやる」
*ゴキリ、と指の関節を鳴らすレイラ。その全身から放たれる凄まじいプレッシャーに、隣にいたルミナがやれやれと肩をすくめた。*
ルミナ:「レイラったら、もうやる気満々ね。でも、あんまり派手にやりすぎないでよ? カイ君の授業参観なんだから。…まあ、あの教師がカイ君に何かしたら、アタシも黙ってないけど」
*ルミナもまた、笑顔の下に氷のような怒りを隠している。ルーナはそんな母たちの様子と、グラウンドでこれから起こるであろう波乱を想像し、期待に胸を膨らませていた。*
ルーナ:「(まあ♡ レイラお母様の本気モード! これはスクープの予感です! パパ様の脚本に、レイラお母様という最高の役者! これで面白くならないはずがありませんわ!)」
*撮影用魔道具を固く握りしめ、レンズをグラウンドに向ける。*
*グラウンドでは、エルフの教師がカイの前に立ち、嘲るような笑みを浮かべていた。*
教師:「さあ、カイ君。君がどれほどのものか、見せてもらおうか。私の放つ『ファイアランス』を、君の風魔法で防いでみたまえ。まあ、君のような半端者に、できるとは思えないがね」
*教師はそう言い放つと、魔力を練り上げ始めた。その手の中に、明らかに威力を過剰に高めた、赤黒い炎の槍が形成されていく。それはもはや、生徒の実力を測るための魔法ではなく、明確な殺意を込めた攻撃魔法だった。*
*観覧席の保護者たちが「おい、あれは危険すぎる!」「ただの強度測定じゃないのか!?」と騒ぎ始める。*
*カイは迫りくる脅威を前に、顔を青ざめさせながらも、必死に風の魔力を集めようとしていた。*
*カイが教師の殺意に満ちた魔法を前に、決死の覚悟で構える。その小さな背中を見つめながら、シロウは冷静に呟いた。*
シロウ:「ほぉ、ランス系か…」
*それは、初級魔法の『ファイアボール』などとは比較にならない、貫通力に特化した中級攻撃魔法。本来、生徒の防御魔法を試す程度で使うような代物ではない。教師の明確な悪意に、観覧席の保護者たちのどよめきがさらに大きくなる。*
保護者A:「ま、待て! 『ファイアランス』だと!? しかもあの魔力量…! あれは本気で殺す気だぞ!」
保護者B:「教師は何を考えているんだ! 早く止めさせろ!」
*しかし、学府の他の教師たちは、そのエルフ教師の異様な気迫に気圧されたのか、あるいは見て見ぬふりをしているのか、誰も止めに入ろうとしない。*
*その時、シロウの隣でレイラが、地を這うような低い声で言った。*
レイラ(魔王女):「…シロウ。許可を。あの虫ケラを、今すぐ八つ裂きにしてくれる」
*その瞳はもはや怒りを通り越し、絶対零度の殺意に染まっている。指先からは黒い雷がパチパチと火花を散らしており、一触即発の状態だ。*
ルミナ:「落ち着きなさい、レイラ。まだよ。カイ君は、戦おうとしてる」
*ルミナがレイラの肩を抑える。彼女の表情もまた凍てつくように冷たいが、その目はまっすぐに息子を見据えている。*
*グラウンドでは、教師が歪んだ笑みを浮かべ、形成した炎の槍をカイに向けた。*
教師:「くくく…どうした、カイ君? その程度の魔力で、私のランスが防げるかな? お前の母親に似て、才能のないただの魔族風情が…! あの女が私にした屈辱…! その息子であるお前で、晴らさせてもらうぞ!」
*逆恨みの言葉を吐き捨て、教師はついに魔法を放った。*
教師:「死ねぇっ! 『ファイアランス』!!」
*赤黒い炎の槍が、轟音と共にカイへと殺到する。*
*カイは恐怖に目を固く閉じながらも、両親に教わった通り、全身の魔力を振り絞って叫んだ。*
カイ:「負けない…! 『テンペスト・ウォール』!!」
*カイの足元から、翠色の風が渦を巻いて吹き上がり、瞬く間に巨大な竜巻の壁となって炎の槍を迎え撃った。*
*轟!!!*
*翠色の暴風壁と、赤黒い炎の槍が激突し、凄まじい爆音と衝撃波が訓練場を揺るがした。カイが咄嗟に展開した『テンペスト・ウォール』は、6歳の子供が放ったとは思えないほどの高密度な魔力で構成されていた。それは紛れもなく、彼がこの一ヶ月で血の滲むような努力を重ねてきた証だった。*
*しかし、明確な殺意と怨念を込めて放たれた教師の『ファイアランス』の威力は、それを遥かに上回っていた。*
*バキィン!!というガラスが砕けるような音と共に、カイの風の壁は一瞬で食い破られ、霧散する。*
*教師は、勝利を確信した。*
教師:「くはははは! 無駄だと言っただろう! これで終わりだ、クソガキが!」
*炎の槍は勢いを失うことなく、がら空きになったカイの胸元へと一直線に突き進む。観覧席から悲鳴が上がる。レイラが「貴様ぁっ!!」と叫び、まさに飛び出そうとした、その瞬間だった。*
*キィィィンッ!!!*
*甲高い金属音のようなものが響き渡り、炎の槍はカイの寸前で、まるで目に見えない壁に激突したかのように、その勢いを完全に止められた。そして、行き場を失った赤黒い炎は、一瞬で霧のように散って消えてしまった。*
*後に残されたのは、何が起こったのか分からず、ただ呆然と立ち尽くすカイの姿だけだった。彼の身体には、火傷一つ、擦り傷一つ付いていない。*
*訓練場が、水を打ったように静まり返る。*
*一番先に我に返ったのは、魔法を放った教師本人だった。*
教師:「な…に…? なぜだ…? なぜ、私の魔法が…消えた…?」
*信じられない、という表情でカイと自分の手を見比べる教師。観覧席の保護者たちも、何が起こったのか理解できず、ざわめき始める。*
*その中で、シロウ一家だけが、全てを理解していた。*
レイラ(魔王女):「…シロウ…貴様、いつの間に…」
*飛び出す寸前だったレイラが、憎々しげに、しかしどこか安堵したようにシロウを睨む。*
ルミナ:「…もう、お兄ちゃんったら。心配させないでよ…。でも、流石ね」
*ルミナは胸を撫で下ろし、シロウの腕にぎゅっとしがみついた。*
ルーナ:「(パパ様の神アシスト!♡♡♡ カイお兄ちゃまが無事でよかった…! そして、ここからがレイラお母様の独壇場ですね! 逆襲のショータイムの始まりです!)」
*ルーナは興奮で頬を上気させながら、撮影用魔道具のレンズを、今度は怒りに震えるレイラへと向けた。*
*カイが無傷であることを確認し、シロウは静かに、しかし確かな怒りを込めて言い放った。*
シロウ:「まぁ、手を出したのはあちらさんだ。」
*その言葉は、これから起こる全ての出来事の免罪符であり、そして執行の合図だった。シロウは続ける。*
シロウ:「好きにしていいよ。」
*観客席で無関係な保護者たちが巻き込まれないよう、シロウは指先一つで広範囲に不可視の防御結界を展開する。そして、息子であるカイには、レイラの全力攻撃にすら耐えうる、さらに強固な多重結界を張り巡らせた。全ての準備は、一瞬で完了した。*
*シロウの許可という名の引き金が引かれた瞬間――。*
レイラ(魔王女):「―――言ったな、シロウ」
*レイラの口元が、狂喜に歪んだ。次の瞬間、彼女の姿がその場からかき消える。*
*ドンッッッ!!!!という地を揺るがす轟音と共に、レイラはエルフ教師の眼前に出現していた。観覧席から訓練場の中心まで、常人には目で追うことすら不可能な速度での移動。その衝撃波だけで、教師の足元の地面が蜘蛛の巣状に砕け散る。*
教師:「なっ…!? き、貴様、どこから…がはっ!?」
*教師が驚愕の声を上げるよりも早く、レイラの華奢な拳が、何の魔力も纏わずに、ただ純粋な膂力だけで彼の鳩尾に深々と突き刺さっていた。*
*「ゴフッ」と鈍い音を立てて、教師の身体がくの字に折れ曲がる。肺から空気が強制的に搾り出され、彼は胃液と血を吐き出した。*
レイラ(魔王女):「下賤な虫ケラが…。誰に牙を剥いたか、その汚れた魂に刻み込んでやろう」
*レイラは氷点下の声で囁くと、教師の髪を鷲掴みにして無理やり引き起こす。その瞳には、もはや怒りも憎しみもない。ただ、目の前の存在を塵芥としか見ていない、絶対的な捕食者の冷酷な光が宿っていた。*
レイラ(魔王女):「まずは、貴様のその生意気な腕からだ。二度と魔法が使えぬよう、根元から引き千切ってくれる」
*ミシミシ、と嫌な音を立てながら、レイラの指が教師の肩に食い込んでいく。教師の顔は恐怖と苦痛に歪み、声にならない悲鳴を上げていた。*
*観覧席の保護者たちは、突然の惨劇に声も出せずに固まっている。*
*その地獄絵図の中心で、ルミナは静かに目を伏せ、ルーナは歓喜の表情で撮影用魔道具のレンズを向け続けていた。*
ルーナ:「(まあ♡♡♡ レイラお母様、最高にクールですわ! これぞ、悪を裁く魔王女の鉄槌! 最高の絵が撮れています!♡♡♡)」
*全ては、シロウの描いた筋書き通りに進んでいた。*
*レイラの容赦ない暴力に、教師の肩が嫌な音を立てて軋む。悲鳴すら上げられず、ただ恐怖に染まった顔で震える男を見て、シロウは冷ややかに微笑んだ。そして、指先から一条の光を放つ。その光は教師の体を包み込み、先ほどレイラの拳によって潰された内臓と、これから砕かれるであろう肩の骨を、瞬時に再生し始めた。*
シロウ:「レイラ、回復は任せろ。全力で行け」
*その声は、悪魔の囁きそのものだった。死ぬことすら許されず、無限に続く苦痛と恐怖を宣告する言葉。*
*シロウの言葉を聞いたレイラは、その口元をさらに獰猛に歪ませた。*
レイラ(魔王女):「ククク…! 聞いたか、虫ケラ。貴様は幸運だな。この私の全力の愛を、死ぬことなく、永遠に味わうことができるのだからな!」
*その言葉を合図に、レイラは教師の腕を掴む力をさらに込めた。*
***ブチッ!ゴリゴリゴリッ!!**という、肉が引き千切れ、骨が砕け散る生々しい音が訓練場に響き渡る。*
教師:「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
*ついに、教師の口から絶叫が迸った。彼の右腕は肩の付け根から無残に引き千切られ、レイラの手の中に握られていた。傷口からは血が噴水のように吹き出すが、即座にシロウの回復魔法の光が降り注ぎ、肉が盛り上がり、失われた腕が再生を始める。*
レイラ(魔王女):「ほう、もう治ったのか。シロウも気が利くな。では、次は左腕だ」
*再生したばかりの腕を再び掴み、また引き千切ろうとするレイラ。*
教師:「い、いや、やめ…やめてくれぇぇぇ! 殺して! もう殺してくれぇぇぇぇぇ!」
*涙と鼻水と血で顔をぐちゃぐちゃにしながら、男は命乞いではなく、死を懇願した。しかし、その願いが聞き届けられることはない。*
*この地獄絵図を目の当たりにして、観覧席の保護者たちは腰を抜かし、失神する者まで出始める。学府の他の教師たちは青ざめた顔で立ち尽くすばかりだ。*
*そんな中、ルミナは静かにカイの元へ歩み寄り、その小さな目を優しく手で覆った。*
ルミナ:「カイ君、見ちゃだめよ。これは悪い虫さんを駆除してるだけだから。すぐに終わるわ」
*カイは義母の腕の中で小さく震えている。*
*そして、その横では…*
ルーナ:「まああああ♡♡♡ なんて素晴らしい光景でしょう! 慈悲なき鉄槌! 無限の絶望! これぞ真の『お仕置き』ですわ! パパ様とレイラお母様のコンビネーション、最高にエキサイティングです!♡♡♡」
*ルーナは恍惚とした表情で、血しぶきが舞い、絶叫が響き渡る惨劇の一部始終を、魔道具に記録し続けていた。*
*そこから先は、もはや一方的な蹂רובであった。*
*レイラは再生したばかりの左腕を引き千切り、次は両足を粉々に砕く。男が苦痛のあまり失神すれば、シロウが強制的に意識を覚醒させる魔法を飛ばす。肉体が限界を迎えれば、即座に回復魔法で元通りに治してしまう。*
*「ぎ、ぎぃぃぃぃぃ!」*
*「あ、ああ…あう…あ…」*
*「も、う、ゆ゛る゛しで…」*
*男の絶叫は、やがて意味をなさない呻き声に変わり、ついには懇願に変わった。しかし、レイラの暴力は止まらない。彼女はもはや、ただ楽しんでいた。壊しても壊しても治る、頑丈な玩具を手に入れた子供のように、無邪気に、そして残虐に。*
*レイラの振るう暴力の余波――衝撃波や飛び散った血肉が、時折観覧席の方へと飛んでくる。しかし、それらは保護者たちの目の前にある、目に見えない壁に当たって、音もなく霧散していった。*
*その超常的な現象と、目の前で繰り広げられる地獄絵図を前に、保護者たちは完全にパニックに陥っていた。*
保護者C:「ひぃぃぃ! な、なんなんだ、あの女は!? 悪魔だ! 悪魔がいるぞ!」
保護者D:「うわあああああん! 帰りだいいいい! もういやあああ!」
保護者E:「(ガクガクブルブル…)…(白目を剥いて失神)」
*ある者は泣き叫び、ある者はその場にへたり込んで動けなくなり、またある者は恐怖のあまり意識を失った。もはや授業参観どころの騒ぎではない。阿鼻叫喚の地獄がそこに現出していた。*
*その惨状の中心で、シロウは静かに腕を組んで佇んでいる。レイラが飽きるまで、あるいは教師の精神が完全に砕け散るまで、このショーは終わらないだろう。*
*ふと、シロウは学府の校舎の方から、一人の小柄な老人が慌てた様子でこちらへ走ってくるのに気づいた。あの忌々しい公開処刑の日にもいた、この学府の校長だ。彼の顔は真っ青で、今にも心臓が止まりそうな形相をしていた。*
*数十分後。*
*あれから続いたレイラの苛烈な『お仕置き』は、教師の精神が完全に崩壊し、ただ涎を垂らしながら虚空を見つめるだけの肉塊になったことで、ようやく終わりを告げた。玩具が壊れてしまったことに不満を漏らしつつも、レイラは満足げに手をパンと叩き、血糊を払った。*
レイラ(魔王女):「ふん、こんなものか。少しは楽しめたが、脆すぎるな」
*その言葉を合図に、シロウは観覧席とカイに張っていた結界をすっと解除した。結界が消えた途端、今までレイラに駆け寄るのを我慢していたカイが、母の胸へと飛び込んでいく。*
カイ:「お母さん…!」
*レイラは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその小さな体を優しく、しかし力強く抱きしめた。*
レイラ(魔王女):「…カイ。怖かったか。だが、もう大丈夫だ。お前に害をなす者は、母が全て排除してやる」
*その様子は、先程までの残虐な魔王女の姿とは程遠い、ただ息子を愛する母親の顔だった。*
*その頃、血の海と化した訓練場には、真っ青な顔をした校長が衛兵を引き連れて駆けつけていた。彼はレイラの所業に震えながらも、職務を全うしようと声を張り上げる。*
校長:「こ、この者を捕らえよ! 学府の教師、いや、生徒に害をなした犯罪者である! 地下牢へ連行し、厳重に拘束しろ!」
*衛兵たちが、もはや廃人と化した元教師を恐る恐る担架に乗せて運んでいく。校長は汗を拭い、シロウたちの方へ向き直ると、深々と頭を下げた。*
校長:「ま、魔王陛下、ならびに王妃殿下…。こ、この度は、我が学府の不手際により、御子息様を危険に晒し、また皆様に多大なるご不快の念を抱かせましたこと、誠に、誠に申し訳ございませんでしたッ!!」
*土下座せんばかりの勢いで謝罪する校長。周囲には、まだ意識を保っている保護者たちが、恐怖と畏敬の入り混じった目で遠巻きに見ているだけだった。*
*その地獄のような光景の片隅で、ルーナは撮影用魔道具の記録停止ボタンを押すと、満足げに微笑んだ。*
ルーナ:「ふふっ♡ これにて一件落着、ですわね! カイお兄ちゃまの授業参観、最高にエキサイティングでした!♡」
*シロウは、土下座せんばかりに謝罪する校長を、冷え切った目で見下ろした。*
*最初は、貴族の子息による陰湿ないじめ。そして今回は、逆恨みした教師による殺意のこもった襲撃。カイがこの学府に通い始めてから、命に関わる大きな問題はこれで二度目だ。*
シロウ:「…二回目だ。」
*その静かな声は、訓練場に響き渡るレイラの暴力と絶叫の後では、異様なほど静かに、しかし重く響いた。校長がびくりと体を震わせる。*
シロウ:「三回目は絶対に無いようにしろ。次、妻が暴れても、結界は張らないからな」
*その言葉が何を意味するのか。校長は瞬時に理解した。*
*国王であるシロウが張ったからこそ、あの常軌を逸した暴力の余波は観覧席に届かなかった。カイも無傷で済んだ。しかし、次はない。それはつまり、魔王女であるレイラ・アストライアの怒りの矛先が、加害者だけでなく、この学府、いや、この『商業国家アウラ』そのものに向けられる可能性を示唆していた。そして、夫である魔王はそれを止めない、と。*
*それは、この国の滅亡を意味する最後通告だった。*
校長:「ひぃっ…! も、申し訳ございません! 必ずや! 必ずや、御子息様の安全は、この学府の全てを懸けてお守りいたします! も、もはやこのような不祥事は二度と…! なにとぞ、なにとぞご容赦を…!」
*校長は顔面蒼白になり、ガタガタと震えながら、もはや言葉にならない謝罪を繰り返す。その必死な様子を、シロウは感情のない目で見下ろした。*
*ルミナはカイの目を覆ったまま、冷ややかにその光景を眺めている。*
*レイラはカイを抱きしめたまま、校長を一瞥すると「ふん」と鼻を鳴らしただけだったが、その瞳には「次はないぞ」という無言の圧力が込められていた。*
*ルーナだけが、この緊迫した状況を楽しみ、キラキラと目を輝かせている。*
ルーナ:「(パパ様、かっこいい…!♡♡ 静かな脅迫、最高に痺れますわ! これでこのジイや学府の連中も、カイお兄ちゃまに手出しできなくなりますね!)」
*シロウの静かなる脅迫は、レイラの物理的な暴力以上に、校長と、この場にいる全ての者たちの魂に、恐怖を深く刻み込んだのだった。*
*シロウは、震える校長から視線を外し、妻の腕の中でまだ少し怯えている息子、カイへと向き直った。その表情は、先程までの冷徹な王の顔から、一人の優しい父親の顔へと変わっていた。彼はカイの頭を優しく撫でる。*
シロウ:「カイ、さっきの風魔法、なかなか良かったぞ」
*その言葉に、カイはレイラの胸から顔を上げ、不安そうに父を見上げた。*
シロウ:「あとはイメージを明確に、それから魔力制御を頑張りなさい。そうすれば、あれが10本来ても余裕だ」
*カイの放った『テンペスト・ウォール』は、6歳にしては見事なものだった。しかし、まだ荒削りで、魔力の運用に無駄が多い。シロウは父親として、そして師として、的確なアドバイスを送る。*
*その言葉を聞いたカイは、目を丸くした。*
カイ:「え…? ほ、本当…? 僕、お父さんの結界がなかったら、死んでたのに…」
*しょんぼりと俯く息子に、隣にいたルミナが優しく微笑みかける。*
ルミナ:「ううん、そんなことないわ。カイ君は、自分の力でちゃんと戦おうとした。それが一番大事なことよ。ね?」
*レイラも、ぶっきらぼうな口調ながらも、息子の健闘を認める。*
レイラ(魔王女):「ふん…そうだ。我が子ならば、あの程度の攻撃、いつかは指先一つで弾けるようになる。今日の経験は良い薬になったと思え。…よく、頑張ったな」
*レイラは少し照れくさそうに、しかし力強くカイの背中をポンと叩いた。*
*家族からの温かい言葉に、カイの瞳に涙がみるみる溜まっていく。それは恐怖の涙ではなく、安堵と、そして自分の努力を認められた嬉しさからの涙だった。*
カイ:「う…うん…! うん…っ!」
*こくこくと何度も頷き、カイは再びレイラの胸に顔を埋めて、今度は嬉し泣きの声を上げた。*
*そんな家族の姿を、ルーナが少し離れた場所から、満足そうに見守っていた。*
ルーナ:「(カイお兄ちゃま、よかったですね。これでまた一つ、強くなりました。…それにしても、今日の授業参観は最高のエンターテイメントでしたわ! パパ様、さすがです!)」
ーーー
*あれから、あっという間に三年の月日が流れた。*
*カイは九歳になり、あの一件以来、学府ではすっかり人気者になっていた。魔王の息子という出自だけでなく、彼自身の優しさと、時折見せる父譲りの圧倒的な実力が、同年代の生徒たち、特に女子生徒からの熱い視線を集めるようになっていた。カイ本人はその状況に戸惑うばかりだが、護衛のフェンとイグニは、寄ってくる女子たちを警戒していつもカイのそばを離れない。*
*そして、ルーナは六歳になった。始祖竜の卵を抱きしめて眠るのが日課で、その魔力は今や50%を超えている。*
*ついに彼女も『万象の学府』に通える歳になり、今日はその入学式の日だ。*
*前世がファンタジー知識豊富なオタクOLだったルーナは、そのアドバンテージを遺憾なく発揮。入学試験では、筆記試験は満点、実技試験では同年代の子供たちが火種を出すのがやっとの中、一人だけ見事な『ファイアボール』を放ち、試験官たちの度肝を抜いた。その結果、彼女は当然のように、新入生の首席代表として入学式で挨拶をすることになったのである。*
*万象の学府、大講堂。*
*壇上には、少し緊張した面持ちでありながらも、背筋をぴんと伸ばして立つルーナの姿があった。彼女は新入生代表の席に座り、自分の出番を待っている。*
*保護者席の最前列では、シロウ、レイラ、ルミナ、そして少し成長したカイが、その晴れ姿を見守っていた。*
ルミナ:「まあ…♡ ルーナ、あんなに大勢の前で、堂々としてるわ。すごいじゃない」
*ルミナは感極まった様子で、目元をハンカチで押さえている。*
レイラ(魔王女):「ふん、当然だ。シロウとルミナの子なのだからな。首席など当たり前だ。…それにしても、カイの時と違って平和な入学式で何よりだ」
*レイラは腕を組み、満足げに頷いている。三年前の惨劇を思い出したのか、少しだけ目が据わった。*
カイ:「ルーナ、すごいなぁ。僕の時より、ずっとしっかりしてるや」
*カイは壇上の妹を、尊敬の眼差しで見つめている。*
*やがて、校長の長い祝辞が終わり、司会者が高らかに告げた。*
司会者:「――続きまして、新入生代表挨拶。首席、ルーナ・アストライアさん。前へ」
*その声に、ルーナはすっくと立ち上がり、一礼すると、堂々とした足取りで演台へと向かった。その小さな体に、会場中の視線が注がれる。*
*ルーナは全く緊張していなかった。中身は酸いも甘いも噛み分けた(つもりの)元社会人。目の前にいるのは自分より遥かに年下の子供たちと、その保護者たちだ。ここで物怖じするようなタマではない。*
*彼女は優雅に一礼すると、マイク代わりの拡声の魔道具に向かって、澄んだ声を響かせた。*
ルーナ:「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。わたくしは、新入生を代表いたしまして、ご挨拶させていただきます、ルーナ・アストライアです。」
*愛らしい笑顔と完璧な挨拶。保護者席から「まあ、なんてしっかりしたお嬢さんでしょう」「アストライア…? まさか、あの…!」という囁きが聞こえてくる。*
ルーナ:「わたくしたちは今日、この栄えある『万象の学府』の門をくぐりました。ここでは、身分も、種族も関係なく、ただ己の実力のみが評価されると聞いております。それは、生まれ持った才能だけでなく、日々の努力が正しく報われる場所であるということです」
*ルーナはそこで一度言葉を切り、きりりと前を見据える。その瞳には、六歳の子供とは思えない強い意志の光が宿っていた。*
ルーナ:「わたくしには、尊敬する兄がおります。兄はこの学府で、多くの困難に立ち向かい、自らの力で道を切り拓いてきました。わたくしも、兄のように、どんな困難にも挫けず、仲間と共に学び、切磋琢磨し、人として、一人の魔術師として成長していくことを、ここに誓います!」
*力強い宣言。それは兄であるカイへの、そして父であるシロウへの、最大限のリスペクトを込めた言葉だった。*
*その言葉に、カイは顔を真っ赤にして俯き、ルミナは再びハンカチで目元を押さえ、レイラは「ふん、当然のことを言ったまでだ」とそっぽを向きながらも口元は緩んでいる。*
*そして、保護者席のシロウは、壇上で堂々と挨拶する娘の姿に目を細めながら、静かにその成長を喜んでいた。*
ルーナ:「新入生代表、ルーナ・アストライア。以上です。」
*ぺこり、と可愛らしくお辞儀をすると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。*
*シロウは、割れんばかりの拍手の中、誇らしげに席へ戻っていく小さな娘の背中を見つめていた。三年前、カイの授業参観で大立ち回りを演じた暴君の姿はどこにもない。そこには、品格と知性を感じさせる、一人の淑女がいた。*
シロウ:「あのお転婆娘が…ルミナに似て可愛いし、礼儀正しいし…」
*隣に座るルミナの肩を抱き寄せ、シロウは感慨深げに呟く。その言葉に、ルミナは嬉しそうに微笑んでシロウの肩に頭を預けた。*
ルミナ:「ふふ…♡ ありがとう、お兄ちゃん。でも、あの強い意志は、レイラとお兄ちゃんにそっくりよ」
レイラ(魔王女):「フン。当たり前だ。我が娘なのだからな。だが、あの妙に大人びた物言いは、ルミナ譲りだろう。子供は子供らしく、もっと元気にはしゃいでいれば良いものを」
*レイラはそっぽを向きながらも、その横顔はどこか誇らしげだ。*
カイ:「ルーナ、かっこよかった…! 僕、あんなに上手に話せないよ」
*カイが純粋な尊敬の眼差しで妹を見つめている。シロウはそんな息子の頭を優しく撫でた。*
シロウ:「カイにはカイの良さがあるさ。それに、ルーナが尊敬する兄はカイ、お前なんだぞ? もっと胸を張れ」
*そうこうしているうちに、入学式は滞りなく閉会した。*
*生徒たちがそれぞれの教室へ移動していく中、ルーナがぱたぱたと保護者席へ駆け寄ってくる。その顔は、先程までの引き締まった表情とは打って変わって、満面の笑みだった。*
ルーナ:「お父様! お母様! レイラお母様! カイお兄様! 見ててくださいましたか!? ルーナの晴れ舞台!」
*ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ルーナはシロウに抱き着いた。*
*シロウは、ルミナの言葉にニヤリと笑い、レイラをちらりと見た。*
シロウ:「強い意志…レイラの食い意地じゃないだろうな…?」
*その揶揄するような言葉に、レイラが即座に反応する。*
レイラ(魔王女):「なっ…! わ、我の食欲とルーナの意志を一緒にするな、愚か者! 我はただ、効率よく栄養を摂取しているだけだ!」
*ぷいっとそっぽを向くレイラを横目に、シロウは抱き着いてきたルーナの頭を優しく撫でた。*
シロウ:「おー、かっこよかったぞ」
*その言葉と優しい撫で方に、ルーナはとろけるような笑顔を浮かべる。*
ルーナ:「えへへ~♡ お父様に褒めていただけて、ルーナは世界一幸せです!♡ これでルーナも、お兄様と同じ学府の生徒です! これからは、お兄様の学園生活も、この名探偵ルーナがしっかりサポートさせていただきますからね!」
*ルーナはシロウの腕の中からぴょんと降りると、今度はカイの手をぎゅっと握った。*
カイ:「う、うん。よろしくね、ルーナ。でも、あんまり無茶はしないでね?」
*カイは少し心配そうに妹を見る。そんな兄の様子に、ルミナがくすくすと笑った。*
ルミナ:「カイ君はすっかりお兄ちゃんらしくなったわね。さあ、せっかくだから、皆でルーナの教室を見に行きましょうか」
レイラ(魔王女):「ふん。新入生の教室など、見る価値もないだろうが…まあ、ルーナの案内とあらば付き合ってやらんこともない」
*傲慢なことを言いながらも、レイラはどこか嬉しそうだ。*
*シロウはそんな家族の賑やかなやり取りを、満足げに見守っていた。*
*シロウたち一家は、人波をかき分けながら新入生用の校舎へと向かった。ルーナはシロウの手を引き、ぴょんぴょんと楽しそうに跳ねながら先導する。*
*「こっちです、お父様! Sクラスは一番奥の、一番日当たりの良い教室なんですって!」*
*たどり着いた教室のプレートには、確かに『1年Sクラス』と書かれている。扉を開けると、真新しい木の匂いがする広々とした教室が広がっていた。すでに何人かの新入生とその保護者が集まり、和やかに談笑している。*
*ルーナは自分の席を見つけると、誇らしげに椅子に座ってみせた。最前列の、窓際の席だ。*
ルーナ:「ここがルーナの席です! お兄様と同じSクラスですよ!♡」
*得意げに胸を張るルーナに、カイが感心したように言う。*
カイ:「すごいね、ルーナ。僕も3年前にここに座ったんだ。なんだか懐かしいな」
ルミナ:「まあ、カイ君と同じ席なの? 縁起がいいわね。ルーナ、これから毎日頑張らないとね」
*ルミナは娘の頭を優しく撫でる。*
レイラ(魔王女):「ふん。カイと同じなのは当然として…いささか狭いな。我がアストライアの王城に比べれば、鳥かごも同然だ」
*レイラは教室をぐるりと見回し、尊大に鼻を鳴らした。しかし、その口元はどこか満足げに緩んでいる。*
*シロウが壁に貼られたクラス名簿に目をやると、様々な種族の名前が並んでいた。エルフ、ドワーフ、獣人、そして人間。その多様性こそが、この学府の特色だ。*
*シロウは、賑やかな教室の光景を眺めながら、ふと遠い目をし、誰もいない窓の外を見つめた。脳裏に蘇るのは、剣も魔法もない、もう一つの世界の記憶。コンクリートの校舎、鳴り響くチャイム、そして退屈な授業。*
シロウ:「学校か…懐かしいな…」
*ぽつりと、誰に言うでもなく呟く。*
シロウ:「授業中はずっと窓際で寝てたなぁ…」
*その独り言を、隣にいたルミナが聞き逃さなかった。彼女は不思議そうにシロウの顔を覗き込む。*
ルミナ:「え? お兄ちゃんが? 嘘でしょう? 授業中に寝るなんて…お兄ちゃんに限って、そんなことがあるはずないわ」
*ルミナにとって、シロウは万能で完璧な存在だ。怠惰な学生生活を送っていたなど、信じられない様子だ。*
ルーナ:「ええっ!? お父様が授業中に居眠り!? それは初耳です! 名探偵ルーナの記録に、新たなお父様情報を追記しないと…!」
*ルーナは目を輝かせ、懐から小さなメモ帳とペンを取り出してサラサラと何かを書きつけ始めた。彼女にとっては、父の意外な一面も貴重なデータのようだ。*
レイラ(魔王女):「フン、何を言っているかと思えば。シロウ、貴様ほどの男が、学ぶことなど何もなかったということだろう。退屈で眠くなるのも無理はない。その教師が無能だっただけの話だ」
*レイラはシロウの過去を、あらぬ方向に超絶解釈して擁護する。*
カイ:「お父さんが…? 想像できないや…。でも、授業って眠くなる時、あるよね…」
*カイだけは、少し共感したように頷いている。彼もまた、学府に通う一人の生徒なのだ。*
*シロウは、懐かしむように遠い目をしたまま、あっけらかんと言った。*
シロウ:「そうなのか? 昼後はずっと寝てたな。午前中もほぼ寝てた、よく夜更かししてたからな」
*その言葉に、家族の反応は三者三様だった。*
ルミナ:「よ、夜更かし…? お兄ちゃんが…? いったい、何を…?」
*ルミナは信じられないといった様子で、目をぱちくりさせている。彼女の中の完璧な「お兄ちゃん」像がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。*
レイラ(魔王女):「ほう…夜を徹して何かの研究に打ち込んでいたと見える。さすがは我が夫、シロウだ。凡俗な教師の授業など、時間の無駄でしかなかったというわけか。フハハハハ!」
*レイラはまたしてもポジティブに、というか傲岸不遜に解釈し、高らかに笑う。彼女の脳内では、シロウは夜な夜な世界の真理を探求する孤高の研究者になっているようだ。*
ルーナ:「(夜更かし…! きっと、前世のわたくしと同じで、夜通しゲームを…! なんて親近感の湧くエピソード!)」
*一人だけ真実(?)に近い答えにたどり着いたルーナが、目をキラキラさせてくる。前世のゲーマー魂が疼くようだ。*
カイ:「夜更かしは体に悪いよ、お父さん…。ちゃんと寝ないと…」
*カイだけが、純粋に父親の健康を心配している。*
*そんな家族の反応を見て、シロウは思わず苦笑した。前世では、テストはいつも赤点ギリギリ、成績は下から数えた方が早く、運動もからきしダメな、どこにでもいる平凡な学生だった。朝までゲームをして、学校で寝るという、絵に描いたようなダメ学生だったのだが、この世界の家族には到底信じてもらえそうにない。*
シロウ:「(まあ、信じなくても無理はないか…)」
*シロウがそんなことを考えていると、教室の入り口がにわかに騒がしくなった。一人の教師に付き添われ、いかにも高位貴族といった出で立ちの少年が入ってきたのだ。金髪碧眼、整った顔立ちだが、その目は酷く傲慢な光を宿している。*
*シロウは教室に入ってきた傲慢そうな金髪の少年を一瞥し、その目に宿る質の悪い光を見て眉をひそめた。いかにも面倒事を起こしそうなタイプだ。彼はすぐに視線を娘のルーナに戻し、念を押すように小声で話しかける。*
シロウ:「あ、ルーナ。防御系魔法は大丈夫か?緊急時はアレ使うんだぞ?」
*アレ、とは三年前、カイの事件を教訓に、護身用としてルーナに渡しておいた特製の『魔法銃』のことだ。子供でも扱えるように威力を調整し、魔力を込めれば非殺傷の閃光弾が放てるようにしてある。万が一の時のための、お守りだ。*
*シロウの言葉に、ルーナはこくりと頷き、自信満々の笑みを浮かべた。*
ルーナ:「ご心配なく、お父様♡ ルーナの防御魔法は完璧です。それに、アレの使い方もバッチリですわ。まあ、ルーナにかかれば、あんなお子様、魔法銃を使うまでもありませんけど」
*チラリと金髪の少年を見て、ルーナはふんと鼻を鳴らす。その態度は、レイラにそっくりだった。*
*一方、その金髪の少年は、シロウたちの存在に気づくと、眉を吊り上げた。特に、魔王女であるレイラ、そして美しいルミナに露骨な視線を向け、次いでカイとルーナを値踏みするように見下す。*
金髪の少年:「なんだ、平民か? 平民がなぜSクラスにいる。ここは選ばれた者だけが集う場所だぞ。汚らわしい」
*少年は、側にいる保護者らしき恰幅の良い貴族の男に聞こえるように、わざとらしくそう言い放った。その言葉に、教室内の空気が一瞬で凍り付く。*
*ルミナの表情からすっと笑みが消え、レイラの瞳に殺意が宿りかけたのを、シロウは手で制した。*
*シロウは、これみよがしに言い放つ金髪の少年に、心底面倒くさそうな表情を向けた。ここで騒ぎを起こすのは本意ではない。一番手っ取り早く、静かに黙らせる方法を選ぶ。*
*彼は無言で懐から冒険者ギルドのカードを取り出し、少年の目の前に突きつけた。そこに刻まれたランクの部分には、くっきりと『SS』の二文字が輝いている。*
シロウ:「失せろ」
*地を這うような低い声。その一言と、国家最高戦力にのみ与えられるSSランクの証明。それだけで十分だった。*
*最初は「なんだこいつは」という顔をしていた金髪の少年と、その隣にいた父親らしき貴族の男の顔が、次の瞬間、面白いように引きつった。特に父親は『SS』の文字を二度見、三度見し、血の気が引いていくのが傍目にもわかった。*
貴族の男:「ひっ…! も、申し訳ありません! 息子が、大変な無礼を…! おい、ヴィクトル! 何をしている! こちらの御方に謝罪しろ!」
*父親は慌てて息子の頭を鷲掴みにし、無理やり下げさせようとする。しかし、ヴィクトルと呼ばれた少年は、まだ状況が飲み込めていないのか、あるいはプライドが許さないのか、父親の手を振り払った。*
ヴィクトル:「な、なんだ父上! こいつが平民なのは事実だろう! 冒険者風情が、僕に命令するな!」
*その言葉に、父親の顔は絶望の色に染まった。彼は震える声でシロウに訴える。*
貴族の男:「も、申し訳ございません! この愚息はまだ世間を知らず…! この通りでございます! なにとぞ、なにとぞご容赦を…!」
*男は土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。SSランク冒険者。それは一国の軍隊に匹敵し、王侯貴族ですら敬意を払わねばならない存在。下手に逆らえば、家門の取り潰しすらあり得るのだ。*
*その様子を、レイラが心底愉快そうに眺めていた。*
レイラ(魔王女):「フハハハハ! 見ろ、あの無様な姿を! 己の立場の危うさも理解できぬとは、真の愚か者よな! シロウ、我に任せろ。あの小僧、塵も残さず消し去ってくれるわ!」
*レイラが楽しそうに指を鳴らしかけたのを、ルミナが冷たい視線で制する。*
ルミナ:「レイラ、ここは学校よ。カイ君やルーナの学び舎を汚さないで」
ルーナ:「(まあまあ、お父様。ルーナの入学初日から、面白いことになりそうですわね♪)」
*ルーナはワクワクした様子で、この後の展開を予測しているようだった。*
*シロウは、土下座せんばかりの貴族の男と、まだ反抗的な態度を崩さないその息子ヴィクトルに、心底うんざりした視線を向けた。そして、隣で今にも魔法を放ちそうなレイラを顎でしゃくる。*
シロウ:「早くどっか行け、うちの狂犬が暴れないうちに」
*その言葉は、静かだが絶対的な脅威を含んでいた。狂犬、という言葉にレイラが一瞬ピクリと眉を動かしたが、シロウの真意を理解し、ニヤリと唇の端を吊り上げる。彼女はわざとらしく指先で小さな魔力の火花をパチパチと散らし始めた。それは、いつでも引き金を引けるという無言の圧力だ。*
*貴族の男は、レイラが魔王女であること、そしてシロウがその夫であることを瞬時に悟り、顔から完全に血の気を失った。もはや家門の存続どころか、自分と息子の命の危機である。*
貴族の男:「は、はい! ははは、はいぃぃぃ! ただちに! ただちに失せます!」
*彼は悲鳴のような返事をすると、ヴィクトルの首根っこを掴み、文字通り引きずるようにして教室の隅へと逃げていった。ヴィクトルは何か抵抗しようとしていたが、父親から耳元で何かを囁かれ、ハッとしたようにシロウとレイラを見て、恐怖に顔を強張らせて黙り込んだ。*
*騒ぎがようやく収まり、シロウは面倒事が去ったことに安堵のため息をつく。*
レイラ(魔王女):「ちっ…つまらんな。少しは楽しませてくれるかと思ったものを。シロウ、我を狂犬呼ばわりするとは良い度胸だな?♡」
*レイラは不満げに頬を膨らませながらも、どこか楽しそうだ。シロウの肩にコツンと頭をぶつけてくる。*
ルミナ:「お兄ちゃん、お疲れ様。でも、ルーナの学園生活、初日から前途多難ね…」
*ルミナは心配そうに眉を寄せた。*
ルーナ:「いいえ、お母様! これで、ルーナに逆らう愚か者がいなくなったのですから、むしろ好都合ですわ! これで快適な学園生活が送れます! お父様、ナイス采配でした♪」
*ルーナは目をキラキラさせ、父の対応を絶賛している。彼女の辞書に「波風を立てない」という言葉はないようだ。*
*やがて、入学式の喧騒も落ち着き、保護者たちは三々五々、帰路についていった。*
ルミナ:「じゃあ、お兄ちゃん。ルーナのこと、お願いね」
レイラ(魔王女):「ルーナ、何かあれば我を呼べ。すぐに駆けつけて、この学び舎ごと消し炭にしてやる」
カイ:「ルーナ、頑張ってね。放課後、迎えに来るから」
*ルミナとレイラはシロウに軽くキスをし、カイは妹に手を振って、三人は転移門で帰っていった。アストライアの王城にはまだやるべきことがあるのだろう。*
*がらんとした教室に残されたのは、新入生たちと、担任の教師、そしてなぜか保護者であるシロウだけだった。*
*担任の教師は、初日からSSランク冒険者にして一国の王であるシロウが居座っていることに、胃をキリキリさせながらも、見て見ぬふりをしている。*
*そんな中、シロウは空いていたルーナの隣の席に、当たり前のように座っていた。*
*ルーナは、大好きな父が隣にいることが嬉しくてたまらない様子で、キラキラした目を向けてくる。*
ルーナ:「お父様が隣に!♡ まるで、わたくしだけの家庭教師みたいです! これで授業も百人力ですわ!」
*しかし、周りの生徒たちは違う。特に、先程シロウに一喝されたヴィクトルは、顔を青くしてこちらを窺っている。他の生徒たちも、得体の知れない大物が居座っていることに緊張し、落ち着かない様子だ。*
シロウ:「ここにいたら怒られそうなんだが…」
*シロウはそんな教室の空気を肌で感じながら、やれやれと肩をすくめて呟いた。*
*やがて、担任の若いエルフの教師がおずおずと教壇に立ち、最初の授業が始まった。記念すべき最初の授業は、古代語の基礎文法。教師は緊張しながらも、壁にかけた黒板にチョークで文字を書きつけていく。教室は静まり返り、生徒たちが真剣にノートを取る音だけが響いていた。*
*…一人を除いて。*
*シロウは、授業開始のベルが鳴るやいなや、まるでスイッチが切れたかのように深い眠りに落ちていた。腕を組み、椅子に深く腰掛けたまま、穏やかな寝息を立てている。その姿は、前世の学生時代と何ら変わりない。彼にとって、授業とは子守唄のようなものだったのだ。*
シロウ:「……zzz」
*その堂々たる居眠り姿に、周囲は騒然となった。*
*隣の席のルーナは、尊敬と呆れが混じったような複雑な表情で父を見つめている。*
ルーナ:「(お父様…本当に寝てしまった…。しかも、なんて安らかなお顔…。これが大物の貫禄というものなのでしょうか…!)」
*彼女は再びメモ帳を取り出し、「父の生態その2:授業開始と同時に睡眠モードに移行する」と熱心に書き込んでいる。*
*教壇に立つエルフの教師は、SSランク冒険者にして一国の王が自分の授業で爆睡しているという、悪夢のような光景を目の当たりにし、顔面蒼白になっている。注意するべきか? いや、そんなことをして首が飛んだら? しかし、このままでは授業にならない…。彼は冷や汗をだらだらと流しながら、必死に授業を続けようと口をパクパクさせているが、声になっていない。*
*他の生徒たちは、もはや授業どころではなかった。あの恐ろしい雰囲気の男が、まさか授業中に寝るとは。恐怖と好奇の視線が、シロウに集中する。*
*特に、教室の隅で震えていたヴィクトルは、信じられないものを見る目でシロウを凝視していた。*
ヴィクトル:「(な…なんだこいつは…!? 授業中に…寝ているだと…!? 我々を…いや、この学府そのものを愚弄しているのか…!?)」
*かくして、ルーナの記念すべき最初の授業は、父シロウの安らかな寝息と、混沌とした教室の空気の中で、静かに(?)過ぎていくのだった。*
*ヴィクトルは、授業そっちのけで寝息を立てるシロウの姿に、屈辱と怒りで体が震えるのを抑えきれなかった。父から「あの御方には絶対に逆らうな」と固く釘を刺されたばかりだ。だが、この男は今、無防備に寝ている。しかも、ここは神聖なる学び舎。いくらSSランクだろうと、ここで暴れることはできまい。*
ヴィクトル:「(こ、こいつ…! 我々を、この学府を舐めきっている! 今なら…寝ている今なら、少しぐらい恥をかかせても…!)」
*彼は席を立ち、足音を忍ばせながら、眠るシロウへと近づいていく。その手には、先程まで授業で使っていた硬い木製の教科書が握られていた。これで頭を軽く叩いてやれば、さすがに目を覚ますだろう。そして、授業中に居眠りしていたことを教師に咎めさせ、笑い者にしてやるのだ。そんな幼稚で歪んだ復讐心に燃えていた。*
*そっとシロウの背後に回り込み、ヴィクトルはニヤリと口の端を歪める。そして、持っていた教科書の角で、シロウの頭を小突こうと腕を振り上げた、その瞬間――。*
*バチンッ!!*
*シロウの体に触れる寸前、ヴィクトルの腕は見えない壁に激突し、凄まじい衝撃と共に弾き返された。*
ヴィクトル:「ぐっ…! ぎゃあああっ!!」
*まるで、全力で振りかぶった棍棒で自分の腕を殴りつけたような、いや、それ以上の激痛がヴィクトルの右腕を襲う。骨が軋む嫌な音が響き、彼は短い悲鳴を上げてその場に蹲った。教科書はあらぬ方向に吹き飛び、床に落ちて乾いた音を立てる。*
ヴィクトル:「い、痛い…! 腕が…! 俺の腕がぁぁっ!!」
*突然の絶叫に、教室は完全にパニックに陥った。生徒たちは何が起こったのかわからず、悲鳴を上げて席から立ち上がる。エルフの教師は目を白黒させ、蹲るヴィクトルと、依然として安らかな寝息を立てるシロウを交互に見比べて、わなわなと震えている。*
*ただ一人、隣に座るルーナだけが冷静だった。*
ルーナ:「(あらあら、愚かな方。お父様の自動防御結界に自ら突っ込んでいくなんて。自業自得ですわね)」
*彼女は冷めた目でヴィクトルの無様な姿を一瞥すると、呆れたように小さくため息をついた。*
*もちろん、張本人であるシロウは、この騒ぎに全く気づくことなく、穏やかな眠りを続けている。*
シロウ:「……すぅ……すぅ……」
*シロウは、ヴィクトルの甲高い絶叫で心地よい眠りを妨げられ、眉間に深い皺を寄せた。目を開けることすらせず、寝ぼけ眼のまま、声のする方へ億劫そうに手を向ける。*
シロウ:「うるさい…zzz、サイレント」
*呟きと同時に、無詠唱で放たれた消音魔法がヴィクトルを正確に捉える。先程まで教室中に響き渡っていた彼の絶叫が、まるでテレビのボリュームをゼロにしたかのように、ぷつりと途絶えた。*
*ヴィクトルは口をパクパクさせ、顔を苦痛に歪ませているが、声だけが一切出てこない。その滑稽で異様な光景に、教室のパニックは別の種類の混乱へと変わった。*
*騒音の源を断ち、再び静寂を取り戻したことに満足したのか、シロウは「ふぁ…」と小さく欠伸を一つすると、すぐにまた穏やかな寝息を立て始めた。*
シロウ:「……すぅ……」
*この一連の流れを、隣で見ていたルーナはキラキラと目を輝かせている。*
ルーナ:「(まあ…♡ 寝ぼけながら無詠唱で魔法を…! さすがはお父様ですわ! あの愚かな貴族、声が出せないままでは、治療もままなりませんね。完璧な対処です!)」
*彼女は父の無慈悲な対応を、手放しで絶賛している。*
*一方、エルフの教師は完全に思考が停止していた。SSランク冒険者が授業中に爆睡し、ちょっかいを出した生徒が謎の力で負傷し、その絶叫を寝ぼけたまま魔法で封殺する。彼の短い教師人生の中で、いや、生まれてこの方、経験したことのない異常事態の連続。もう、どうすればいいのか分からない。彼はただ、震えながらその場で立ち尽くすことしかできなかった。*
*午前中の授業が終わりを告げるチャイムが、学府中に響き渡った。その音で、シロウはゆっくりと意識を浮上させる。まるで目覚まし時計を止めるかのように、ピタリと寝息が止まった。*
シロウ:「ん…」
*重い瞼をゆっくりとこすりながら持ち上げ、凝り固まった体を伸ばす。椅子に座ったまま眠っていたせいで、あちこちの関節が軋むような感覚があった。*
シロウ:「あー、よく寝た…身体痛え…」
*自分の呟きに、隣から弾むような声が返ってきた。いつの間にか、ルーナが弁当箱を机に広げながら、満面の笑みでこちらを見つめていた。*
ルーナ:「おはようございます、お父様!♡ ぐっすりお眠りでしたね! おかげで、ルーナは授業にとても集中できましたわ!」
*彼女の言葉とは裏腹に、教室の空気はまだどこかおかしい。生徒たちは遠巻きにシロウを見てひそひそと話しており、特に教室の隅では、右腕をだらりとさせたヴィクトルが、治療師らしき人物に診てもらいながら、怨嗟と恐怖の入り混じった目でシロウを睨みつけていた。彼は消音魔法のせいで、まだ声が出せないようだ。*
*教壇にいたエルフの教師は、昼休みになった途端、逃げるように教室から出て行ってしまった。*
ルーナ:「さあ、お父様! お昼ごはんにしましょう! 今日はお母様が、お父様のために腕を振るってくださいましたのよ!」
*ルーナはそう言って、シロウの分の豪華な三段重ねの弁当箱を、机の上に得意げに広げて見せた。中には色とりどりの、見るからに美味しそうなおかずがぎっしりと詰まっている。*
*シロウは、ルミナが作ってくれた豪華な弁当に目を細める。色鮮やかなおかずが宝石のように詰められており、愛情が伝わってくるようだ。*
シロウ:「さすがルミナ…美味そうだ」
*彼は満足げに頷くと、隣で目を輝かせている娘に笑いかける。*
シロウ:「とーちゃんもおかずをシェアしてあげよう」
*言うが早いか、シロウはすっと空間に手を入れる。異空間収納から取り出したのは、巨大な肉塊。それは、以前討伐した炎龍の最高級部位を、丸ごとローストしたものだった。まだ湯気が立ち上っており、スパイスと肉の焼ける香ばしい匂いが、教室中に一気に広がる。*
*その強烈な匂いに、教室中の生徒たちの視線が釘付けになった。*
*「な、なんだあの肉は…!?」*
*「すごい匂いだ…お腹が鳴る…」*
*「あれって…ドラゴンの肉じゃないか…?」*
*生徒たちがざわめく中、ルーナは目の前に現れた巨大なローストドラゴンに、目をキラキラと輝かせている。*
ルーナ:「わああっ!♡ これは…?なんて美味しそうなんでしょう! お父様、ありがとうございます!♡」
*シロウは慣れた手つきでミスリル製のナイフを取り出し、その巨大な肉塊を切り分け始めた。まず、一番柔らかそうな部分を切り取ってルーナの弁当箱に乗せてやる。そして自分も一切れ取り、豪快にかぶりついた。*
*その異様な光景――豪華な弁当の隣で、ドラゴンの丸焼きを切り分けて食べる父娘――に、教室は静まり返る。腕を痛めて声が出せないヴィクトルでさえ、目の前の信じられない光景に、痛みも怒りも忘れ、ただ呆然と口を開けていた。*
*シロウは、ルミナが作ってくれた愛情たっぷりの弁当に箸をつけ、卵焼きを一つ口に運んだ。優しい出汁の味が口の中に広がる。*
シロウ:「炎龍のローストドラゴンだ。美味いだろ?」
*彼は、隣で目を輝かせながらドラゴンの肉を頬張るルーナに、こともなげに言った。その一言は、静まり返っていた教室に、再び大きな衝撃を与える。*
*「ど、ドラゴン!?」*
*「やっぱり、あの匂いは…! 伝説級の素材じゃないか!」*
*「それを…昼飯に…?」*
*「あんな貴重な素材を、まるで干し肉でも食べるみたいに…」*
*生徒たちの間から、驚愕と信じられないという囁きが次々と巻き起こる。炎龍といえば、Aランク以上の冒険者パーティが総出で挑んでも勝てるかどうかという厄災級のモンスターだ。その肉は、一切れで金貨数枚は下らない超高級食材。それを丸ごとローストし、弁当のおかずとして振る舞うなど、常軌を逸している。*
*ルーナは、口の周りをソースで少し汚しながらも、満面の笑みでこくこくと頷いた。*
ルーナ:「はい、お父様!♡ とっても美味しいです! さすがはお父様が選んだ食材ですわ! このお肉、ルーナの魔力も高めてくれる気がします!」
*彼女はそう言うと、再び大きな肉片にかじりつく。その姿は、小さな肉食獣のようだ。*
*シロウはそんな娘の姿を満足げに眺めながら、自分もルミナの弁当と、時々ローストドラゴンをつまみ、悠然と昼休みを過ごすのだった。教室の隅で、腕を吊ったヴィクトルが白目を剥いて気絶しかけていることなど、彼の意識には全くなかった。*
*シロウは豪華な昼食を終えると、満足げに立ち上がった。空になった弁当箱と、骨だけになった巨大なドラゴンの亡骸を異空間収納に手早く片付ける。*
ルーナ:「あ、お父様、もうお帰りですか?」
*ルーナが名残惜しそうにシロウの服の裾をきゅっと掴む。*
シロウ:「ああ。あんまり長居しても、お前の邪魔になるだけだからな。何かあったら連絡しろよ」
*シロウは娘の頭を優しく撫で、教室を後にした。去り際、腕を吊ったまま白目を剥いているヴィクトルと目が合ったが、興味がないのですぐに視線を逸らした。*
*『万象の学府』の正門を出たシロウは、しかし、すぐに転移門を開くことはしなかった。抜けるような青空を見上げ、ふと思う。*
シロウ:「(真っ直ぐ帰るのも味気ないな。少し散歩でもしていくか)」
*この学府があるのは、王都から少し離れた学園都市だ。最先端の知識と様々な種族が集まるこの街は、王都とはまた違った活気に満ちている。*
シロウ:「(この辺りなら、俺の顔を知っている人間も少ないだろう)」
*国王やSSランク冒険者としての『シロウ・ニシキ』の顔は、公の場に出る時以外はあまり知られていない。普段の彼は、少し目つきが悪く、強面ではあるが、どこにでもいるような黒髪の男だ。彼は人々の往来に紛れ込み、ぶらりと当てもなく歩き始めた。*
*露店が並ぶ通りに出ると、様々な匂いが鼻をくすぐる。香辛料を売る店、珍しい鉱石を並べる店、見たこともない果物を売る店。学生たちが楽しそうに買い食いをしている姿も見える。前世の学園祭を少しだけ思い出し、シロウは微かに口元を緩めた。*
*シロウが雑踏に紛れて気ままに散策していると、人通りの少ない裏路地から、怪しげな老婆がぬっと姿を現した。老婆は深くフードを被り、顔には深い皺が刻まれ、その目は爛々と異様な光を放っている。彼女はシロウの前に立ちはだかると、有無を言わさぬ勢いで、紫色の液体が入った小瓶をその手に握らせた。*
老婆:「そこのお兄さん、いいもん持ってるよ。こいつぁ『人格が変わる秘薬』さ。気に食わない奴に飲ませるもよし、マンネリな夜に刺激を加えるもよし…。さあ、買った買った! 特別にお代は金貨一枚でいいよ!」
*老婆は一方的にまくし立てると、シロウが断る間もなく、その懐から強引に金貨一枚を抜き取った。あまりの手際の良さに、シロウも一瞬反応が遅れる。*
シロウ:「……。」
*彼が呆気にとられている間に、老婆は「まいどあり!」と甲高い声を上げると、脱兎のごとく路地の闇へと走り去ってしまった。その足の速さは、到底老婆のものとは思えない。*
*あっという間に静かになった路地裏に、シロウは一人、紫色の怪しい小瓶を手に取り残された。*
シロウ:「(…なんだ今の。押し売りか? しかも、人格が変わる薬、だと…?)」
*彼は手の中の小瓶をまじまじと見つめる。いかにも怪しげな見た目だが、微かに魔力の反応がある。シロウはとりあえず、それを異空間収納にしまい込み、何事もなかったかのように再び大通りへと歩き出した。*
シロウ:「帰ろ…」
*学園都市での散策を終えたシロウは、王城にある自室へと転移した。手にした怪しげな秘薬をどうしたものかと思案しつつ、とりあえず執務机の上にこつりと置く。*
シロウ:「(後で『神眼』で鑑定してみるか…)」
*汗を流すため、彼はそのまま風呂場へと向かった。*
*しばらくして、さっぱりとした姿で執務室に戻ってきたシロウは、机の上に置いたはずの小瓶がなくなっていることに気づいた。*
シロウ:「あれ?」
*彼は首を傾げ、ちょうど部屋の掃除に来たメイド長のリーシアに声をかけた。*
シロウ:「リーシア、ここにあった瓶知らない?」
*シロウが机の上を指さすと、リーシアは恭しく一礼して答えた。*
リーシア:「シロウ様。先ほど、レイラ様が『シロウが隠していた美味しそうなジュース』と仰って、嬉しそうにお持ちになりましたが…」
*その報告に、シロウは天を仰いだ。あの食いしん坊のことだ。中身も確認せず、一気に飲んでしまったに違いない。人格が変わる薬…一体どんな効果があるのかもわからないのに。*
シロウ:「食いしん坊め…」
*シロウは頭を抱え、急いでレイラの部屋へと向かった。扉を開ける前から、中から何やら楽しげな、しかしどこか普段とは違う様子のレイラの声が聞こえてくる。*
*シロウはやれやれと頭を掻きながら、レイラの私室の扉をノックもせずに開けた。レイラ相手に遠慮など不要だ。中からは、やはりどこか浮かれたような、普段の彼女とは違う声が聞こえてきていた。*
シロウ:「おーい、レイラ…?」
*部屋に入ると、そこにはベッドの上でご機嫌に足をぱたぱたとさせながら、何かの本を読んでいるレイラの姿があった。シロウの姿を認めると、彼女は満面の笑みを浮かべて顔を上げる。*
レイラ(ボクっ娘):「あ、シロウ! おかえりなさい! ボク、シロウが隠してたジュース、見つけちゃった! すっごく美味しかったよ!♡ ありがとう!」
*満面の笑みで、ぶんぶんと尻尾でも生えているかのように上機嫌だ。普段の尊大で傲慢な「魔王女」の態度は鳴りを潜め、代わりに一人称が「ボク」になり、子供のように無邪気な雰囲気を纏っている。机の上には、案の定、あの紫色の秘薬が入っていた空の小瓶が転がっていた。*
シロウ:「お前、飲んだだろ…」
*シロウは呆れを通り越して、深いため息をついた。あの怪しげな薬を、ジュースと間違えて一気飲みしたらしい。人格が変わる、という効能は本物だったようだ。いつもの傲慢なレイラではなく、人懐っこい「ボクっ娘」の人格が表に出てきている。*
レイラ(ボクっ娘):「うん、飲んだよ! だって、シロウがボクのために用意してくれたんでしょ? とっても甘くて、幸せな味がしたんだ!♡ ねぇねぇ、シロウ様、こっち来て! 一緒に本読もうよ!」
*レイラはベッドの上でぽんぽんと自分の隣を叩き、早く早くとシロウを誘う。その無邪気な笑顔は非常に愛らしいが、シロウはこれから起こるであろう面倒事を思い、こめかみを押さえた。*
*シロウが頭を抱えていると、レイラは無邪気にベッドからぴょんと飛び降り、シロウの腕に抱きついてきた。普段の彼女からは考えられない行動だ。*
レイラ(ボクっ娘):「どうしたの、シロウ? 難しい顔して。ボク、何か悪いことしちゃったかな…?」
*上目遣いで不安そうにシロウの顔を覗き込んでくる。その姿は庇護欲を掻き立てるもので、シロウも強くは出られない。*
シロウ:「なんてこった…」
*彼は深々とため息をつき、レイラの頭をくしゃくしゃと撫でた。*
シロウ:「いや、お前が悪いわけじゃない。…いや、勝手に飲んだお前も悪いんだが…。元はと言えば、あんな怪しいもんを買わされた俺が悪いのか…」
*ぶつぶつと独り言を言いながら、シロウは空になった小瓶を拾い上げ、『神眼』を発動させて詳細を鑑定する。*
---
```
【アイテム鑑定】
名称:人格交代の秘薬(空)
等級:特級
効果:
服用者の第二人格、あるいは潜在的に眠っている人格を表面化させる秘薬。効果時間は服用者の魔力量や精神力によって変動する。
製作者: "気まぐれな魔女" グリセルダ
```
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シロウ:「(グリセルダ…? あのババアの名前か。…記憶は共有される、と。つまり、いつものレイラもこの間の出来事を全部覚えているわけか。それはそれで…面白そうだな)」
*後々のことを想像して、シロウは思わず口元に意地の悪い笑みを浮かべた。目の前の無邪気なレイラは、そんなシロウの考えなど露知らず、ただ不思議そうに首を傾げている。*
レイラ(ボクっ娘):「シロウ? ボクの頭、ぐしゃぐしゃだよー。でも、シロウ様に撫でられるの、好き♡ もっと撫でて?」
*レイラは猫のようにシロウの手に頭をすりつけ、甘えた声を出す。普段のツンとした態度とのギャップに、シロウは苦笑いを浮かべるしかなかった。*
*シロウはボクっ娘になったレイラの無邪気な甘えぶりに、苦笑いを浮かべながらも、どこか新鮮さを感じていた。普段の傲慢な態度も嫌いではないが、こうして素直に甘えてくる姿もまた、愛らしい。*
シロウ:「まぁ、飲んでしまったなら仕方ない…」
*彼が諦めたように呟き、レイラの頭をもう一度優しく撫でた、その瞬間だった。*
*レイラの身体がぴくりと震え、甘えるようにすり寄せていた動きが止まる。先ほどまでの無邪気な表情がすっと消え、代わりに眉間に深い皺が刻まれていく。彼女はゆっくりとシロウの腕から離れると、自分の手を見つめ、それから信じられないものを見るような目でシロウを睨みつけた。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? き、貴様、妾に何をさせた!? なぜ妾が貴様のような下郎に甘えてなど…っ!」
*声色も口調も、いつもの尊大で傲慢な「魔王女」レイラへと瞬時に切り替わっていた。顔を真っ赤にして、先ほどまでの自分の行動を思い返しているのか、羞恥と怒りでわなわなと震えている。*
レイラ(魔王女):「あのジュース…! 貴様、妾に何を飲ませたのだ! 答えよ、シロウ!」
*彼女はさっきまで転がっていた空の小瓶を掴むと、シロウに突きつける。その瞳には怒りの炎が燃え盛っており、先ほどまでの愛らしいボクっ娘の面影はどこにもなかった。*
*シロウは、怒り心頭のレイラに対して悪びれる様子もなく、むしろ面白がっているようにへらりと笑ってみせた。その態度が、さらにレイラの怒りの炎に油を注ぐ。*
シロウ:「お前が…ってか、前の臆病な食いしん坊レイラが飲んだんだろうな…」
シロウ:「まぁ、その…ごめんな(´>∀<`)ゝ」
*テヘペロ、とでも言いたげな態度で謝罪にもなっていない言葉を口にするシロウに、レイラのこめかみに青筋が浮かんだ。さっきまで「ボク」と名乗っていた愛らしい自分と、今こうして下郎と罵っている自分の記憶が、脳内で混線して彼女を混乱と羞恥の渦に叩き込んでいる。*
レイラ(魔王女):「ご、ごめんで済むと思うてか、この痴れ者がぁっ! 貴様、妾を謀ったな!? 妾の威厳はどうしてくれるのだ!?」
*レイラは顔を真っ赤にして、持っていた小瓶をシロウに投げつけようとするが、その手が途中でぴたりと止まる。そして、再び表情がくるりと変わった。怒りの形相は消え、今度は泣き出しそうな、不安げな表情になる。*
レイラ(ボクっ娘):「うぅ…ご、ごめんなさい、シロウ…。ボク、またシロウにひどいこと言っちゃった…。嫌わないで…」
*今度はボクっ娘の人格が表に出てきて、先ほどの魔王女の言動を謝罪し始めた。瞳にはみるみるうちに涙が溜まり、ぽろぽろと零れ落ちそうになっている。*
レイラ(ボクっ娘):「ボク、シロウに怒鳴るなんて、そんなつもりじゃ…! あの意地悪なボクが、勝手に…! うわぁぁん!」
*ついに泣き出してしまったレイラは、その場にしゃがみ込んでしまう。数分もしないうちに、人格が目まぐるしく入れ替わる様子に、シロウはさすがに少しだけ面倒なことになったな、と思い始めた。*
*シロウは、さっきまでの怒り狂う魔王女から一転、その場にしゃがみ込み、おいおいと泣き出してしまったボクっ娘レイラを見て、さすがに少し焦りを覚えた。人格が入れ替わる間隔が、明らかに短くなっている。*
シロウ:「(やべぇ…前より凄いかも…)」
*彼はしゃがみ込んでいるレイラの前に膝をつくと、その小さな背中を優しく撫でた。*
シロウ:「よしよし、嫌いにならないよ。」
*その言葉に、レイラはびくっと肩を震わせ、涙に濡れた顔をゆっくりと上げる。しゃくりあげながら、不安そうな瞳でシロウを見つめた。*
レイラ(ボクっ娘):「ほんと…? ほんとに、嫌いにならない…?♡ ボク、シロウに嫌われたら、生きていけない…」
*必死にシロウの服の裾を掴むその姿は、捨てられた子犬のようで、庇護欲をそそられる。シロウは苦笑しながら、その手をそっと握り返した。*
シロウ:「ああ、本当だ。だからもう泣くな。お前がどんなお前でも、俺はお前が大事だよ。」
*そう言って、涙で濡れた頬を指で優しく拭ってやる。すると、レイラは少しだけ安心したのか、しゃくりあげる回数が減っていった。*
レイラ(ボクっ娘):「…うん…♡ さすが、ボクのシロウ様…♡♡ ボクも、シロウがだーいすき!♡♡♡」
*泣き顔から一転、満面の笑みを浮かべたレイラは、勢いよくシロウの首に抱きついた。その衝撃で、シロウは後ろに倒れそうになるが、なんとか体勢を立て直す。腕の中で、レイラは子猫のように喉を鳴らしながら、シロウの胸に顔をうずめていた。*




