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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*翌日。その日は学府の休日だった。*

*朝の光が差し込む城の中庭では、カイが真剣な表情でガンソードの素振りを繰り返していた。昨日、実際に力を使ったことで、彼は自分の未熟さを痛感したのだろう。振るわれる剣筋には、昨日までにはなかった重みと覚悟が乗っている。その傍らでは、フェンとイグニが静かに主の訓練を見守っていた。*

*その様子を、シロウはテラスから腕を組んで眺めている。隣では、ルーナがそわそわと落ち着かない様子で、シロウの服の裾を何度も引いていた。*


ルーナ:「おとうさま、おとうさま。きのうの、わるいひとたち…『おしおき』は、まだなのですか?」


*ルーナは、昨日父が見せた『魔王』の片鱗と、「あとは任せろ」という言葉をはっきりと覚えていた。父が一体どんな方法で兄の無念を晴らしてくれるのか、気になって仕方がないのだ。その目は「早く見たい!」という好奇心と期待でキラキラと輝いている。*


シロウ:「ははっ、焦るな、ルーナ。仕込みはもう済んでいる。最高の舞台で、最高の絶望をプレゼントしてやるのさ。…そろそろ、始まる頃合いだな」


*シロウはルーナの好奇心に満ちた視線に、悪戯っぽく笑いかけると、指をパチンと鳴らした。*


シロウ:「ああ。観客は多い方がいいだろう? さあ、ルーナ。特等席で『ショー』の始まりを一緒に見ようじゃないか」


*次の瞬間。シロウが事前に仕込んでおいた魔法陣が、国中の至る所で一斉に起動した。*

*活気にあふれる『夜天のアストライア魔導皇国』の王都。その中央広場に聳え立つ世界樹の幹に、市場の喧騒の真っ只中に、冒険者ギルドの依頼掲示板の上に、博物館の石化古龍の眼前に、そして王城の廊下や貴族たちのサロンに…突如として巨大なホログラムモニターが空間を裂いて出現する。*

*もちろん、問題の舞台である『万象の学府』も例外ではない。校舎の壁、生徒たちが集う中庭、そして…校長室のど真ん中にも。*

*何事かと人々が足を止め、モニターを見上げたその時―――。*


***『―――おい見ろよ、魔族のガキだぜ』***

***『父親もどこの馬の骨とも知れねえ平民上がりなんだろ? そんな奴らの子供が、俺たちと同じ学府にいること自体が間違いなんだよ!』***

***『お前の母親、二重人格なんだってな? 気分で性格が変わる女なんて、母親失格だよな!』***

***『お前みたいな"出来損ない"は、俺たちに逆らうことすら許されねえんだよ』***


*凄まじい爆音と共に、編集された映像が、国中のモニターで一斉に再生を開始した。*

*登校時にカイに向けられた、貴族の子息たちによる陰湿な言葉の暴力。それを嘲笑う生徒たちの顔。教師による理不尽な差別。広大な屋上でたった一人、寂しそうに昼食をとるカイの姿。そして、カイが身を守るため、やむを得ずガンソードを抜いた決定的瞬間…。*

*神の視点から撮影された、言い訳のしようがない完璧な証拠映像が、全ての国民の、全ての生徒の、全ての権力者の目の前に、強制的に叩きつけられた。*


---

*シロウの自室。*

*完璧な防音結界が張られた部屋で、シロウはルーナを膝の上に乗せ、目の前に展開したモニターでその様子を眺めていた。モニターは多分割され、王都広場、学府の中庭、校長室、そして加害者である生徒たちの親の屋敷の様子までリアルタイムで映し出している。*

*シロウの隣に座るルーナは、最初こそポップコーンでも食べるかのような気軽さで映像を眺めていたが、画面に映し出される兄の痛々しい姿に、次第に顔を曇らせていく。*


ルーナ:「…おにいちゃま…こんなひどいこと、されてたの…?」


*彼女の小さな拳は固く握りしめられ、その瞳には怒りの炎が宿り始めていた。前世の記憶があるとはいえ、今の彼女にとってカイはかけがえのない、大好きな兄なのだ。*

*シロウはそんな娘の頭を優しく撫でる。*


シロウ:「そうだ。だが、もう終わりだ。…見ろ、ルーナ。ここからが本番だ。彼らが築き上げてきた地位も、名誉も、信頼も…全てが崩れ落ちる瞬間をな」


*シロウが指さしたモニターの一つには、校長室で映像を見て顔面蒼白になっている校長の姿が。別のモニターには、王都広場で映像を見て怒りの声を上げる民衆の姿が。そして、自邸で息子たちの愚行を知り、絶望に顔を歪める貴族たちの姿が、鮮明に映し出されていた。*


*シロウの言葉に、ルーナは先ほどまでの沈んだ顔から一転、興奮で目をキラキラと輝かせた。前世の記憶を持つ彼女にとって、この状況はまさに「悪役令嬢断罪イベント」の生中継、あるいは「ざまぁ」展開の特等席だった。*


ルーナ:「(これが…これがパパ様流の『お仕置き』! なんて大胆不敵で、悪趣味で、最高にクールなの!? 録画して永久保存版にしなくちゃ!)」


*彼女は小さな手をぎゅっと握りしめ、これから繰り広げられるであろう公開処刑ショーに、期待で胸を膨らませる。膝の上で身じろぎし、前のめりになってモニターを見つめる娘の姿に、シロウは満足げに微笑んだ。*

*そして、シロウが指を鳴らすまでもなく、国中に流れる映像は次の場面へと切り替わる。*


***『―――失礼します、先生。先ほどの魔法理論について、少し質問が…』***


*画面は学府の一室に切り替わる。カイが、授業を担当していたエルフの男性教師に恐る恐る話しかける場面だ。*

*しかし、教師はカイを一瞥すると、まるで汚物でも見るかのような侮蔑の表情を浮かべ、冷たく言い放った。*


***『…フン。魔族の血を引く者に、我が崇高なるエルフの魔法理論を教えることなど何もない。時間の無駄だ。失せろ』***


*教師はカイから視線を逸らし、本を読み始める。カイがさらに何かを言おうとするが、教師は完全に無視を決め込み、まるでそこに誰もいないかのように振る舞う。*

*助けを求めて伸ばされた幼い手を、教育者であるはずの教師が、種族への偏見という最も醜い理由で無慈悲に叩き落とす瞬間。そのあまりにも理不尽で傲慢な態度が、国中のモニターに大写しにされた。*

*先ほどの子供同士のいじめとは質の違う、権力を持つ者からの明確な差別行為。この映像は、民衆の怒りにさらに油を注ぐこととなった。*


*自室のモニターでその光景を見ていたルーナは、ぷんすかと頬を膨らませる。*


ルーナ:「このエルフの先生、サイテー! 教育者失格よ! パパ様、こいつにはどんなお仕置きをするの!?」


*シロウは怒る娘の頭を撫でながら、校長室を映し出すモニターに視線を移す。そこには、自分の学府の教師が犯した愚行に、頭を抱えて崩れ落ちる校長の姿があった。*


*ルーナの怒りに満ちた声に応えるように、国中のホログラムモニターの映像が次のシーンへと移り変わる。一瞬の暗転の後、映し出されたのは広大な『万象の学府』の屋上だった。*

*強い風が吹き抜ける中、カイはたった一人で壁際に座り込み、膝の上で小さな弁当箱を開けている。その背中は、あまりにも小さく、寂しげに見えた。*

*カメラがゆっくりと引くと、屋上の出入り口の陰や、離れた場所からカイの様子を伺う生徒たちの姿が映る。彼らはカイの友人なのだろうが、いじめっ子たちを恐れてか、誰もカイに近づこうとはしない。ただ、心配そうに、そして申し訳なさそうに見つめているだけだ。*

*そして場面は切り替わり、今度は生徒たちで賑わう中庭が映し出される。そこには、朝にカイを罵っていた貴族の子息たちが、仲間たちと楽しそうに談笑しながら豪華な昼食をとっている姿があった。彼らの高らかな笑い声が、カイの孤独な昼食と残酷なまでに対比される。*


***(BGM:物悲しいオルゴールのメロディ)***


*映像には一切のナレーションはない。ただ、孤独に食事をする幼い子供の姿と、それを遠巻きに見る者たち、そして何も知らずに楽しむ加害者たちの姿が、静かに、だが雄弁に映し出されるだけだ。*

*しかし、その静寂こそが、見る者の胸を強く締め付けた。子供同士の諍い、教師の差別、そしてこの集団的な無視。一連の流れで見せつけられた陰湿ないじめの実態に、王都の広場の民衆は言葉を失い、やがて静かな怒りの声がさざ波のように広がっていく。*


*自室でモニターを見ていたルーナは、もう怒りの言葉も出ないようだった。ただ、きゅっと唇を結び、兄の孤独な姿をじっと見つめている。その小さな瞳からは、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。*


ルーナ:「…おにいちゃま…ひとりぼっちで…かわいそう…」


*シロウは何も言わず、涙を流す娘の背中を優しくさすってやる。そして、その視線は冷ややかに、モニターに映る校長や貴族たちの反応を観察していた。彼らの顔からは血の気が失せ、絶望の色がますます濃くなっている。ショーは、まだ始まったばかりだ。*


*ルーナの涙をそっと指で拭ってやると、シロウは冷たい声で呟いた。*


シロウ:「そうだ、かわいそうだな。だから、やった奴らには相応の報いを受けてもらう。…さあ、フィナーレだ」


*その言葉を合図にしたかのように、国中に流れる映像が最後のシーンへと切り替わる。*

*画面は王都の裏路地へと変わる。夕陽が差し込み、壁のレンガを赤く染めている。そこに映し出されたのは、下校途中のカイと、彼の前に立ちはだかるいじめっ子グループだった。*


***『てめえ、昼休み、俺たちを無視しやがったな?』***


*リーダー格の貴族の子息が、カイの胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。衝撃でカイの鞄から本が数冊、地面に散らばった。*


***『調子に乗ってんじゃねえぞ、魔族の出来損ないが!』***


*リーダーが怒りに任せて拳を振り上げる。その暴力的な瞬間が、スローモーションで大写しになった。*

*だが、その拳がカイの顔に届く寸前―――カイは父から与えられたガンソードを抜き、鞘でその一撃を受け止めていた。*


***キィン!*** *という甲高い金属音が響き渡る。*


***『なっ…!てめえ、武器なんか持ちやがって!』***


*リーダーは逆上し、さらに殴りかかろうとする。その瞬間、カイはガンソードから氷の魔力を僅かに解放した。刀身から放たれた冷気がリーダーの拳をかすめ、彼の頬に数条の浅い切り傷を作る。*


***『ひっ…!』***


*自分の頬から流れる血を見たリーダーは、恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。カイは武器を構えたまま、毅然とした態度で彼らを睨みつけた。*


*映像はそこで停止し、画面には大きく*

**『これは、果たしてどちらが"悪"なのでしょうか?』** *というテロップが浮かび上がる。*

*一連のいじめ、差別、そして暴力。その全てを見せつけられた上で、最後に提示された問い。答えは誰の目にも明らかだった。カイはただ、自分の身を守っただけである。*

*この完璧に編集された"ドキュメンタリー"は、王都の民衆の怒りを爆発させた。*


「ふざけるな!寄ってたかって子供一人をいじめやがって!」

「教師までグルだったのか!『万象の学府』の名が泣くぞ!」

「あの貴族はどこの家だ!許せるものか!」


*怒りの声は瞬く間に国中に広がり、一つの巨大なうねりとなって、加害者たちへと向かっていく。*


*自室のモニターでその光景を見ていたルーナは、涙も乾き、兄の勇姿と父の完璧なシナリオに再び興奮を隠せない様子だった。*


ルーナ:「おにいちゃま、かっこいい!♡ そしてパパ様、さすがです! これで、あの愚か者どもは社会的に完全終了ですね!♡♡」


*シロウは満足げに頷き、膝の上の娘を優しく抱きしめる。*


シロウ:「ああ。だが、まだ終わりじゃない。ここから先は、当事者たちによる『話し合い』の時間だ。…カイを呼んでこよう。主役の登場だからな」


*シロウはルーナを椅子に座らせると、穏やかな父親の顔に戻って、中庭で素振りを続けているカイを呼びに行った。*


*映像のフィナーレと共に、国中に満ちていた爆音は嘘のように静まり返った。しかし、その静寂は嵐の前の静けさに過ぎなかった。*


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***『万象の学府』校長室***


*校長は、自室の真ん中に浮かぶホログラムを見上げ、茫然自失としていた。彼の額からは脂汗が滝のように流れ、手はわなわなと震えている。*


校長:「(カイ…そうだ、あの魔族の血を引く少年…彼の名は、カイ・**アストライア**…。アストライア…? まさか、まさか…!)」


*校長の脳裏に、数年前に突如として現れ、この国を建国し、絶大な力で国を護る結界を張り、大迷宮まで創り出した圧倒的存在の姿が浮かび上がる。隣国、アストライアの魔王。その名は、シロウ・アストライア。*

*あの物静かだが、全てを見透かすような瞳を持つ男。その息子の名が、カイ・アストライア。*

*偶然の一致? いや、そんなはずがない。校長は思い出す。カイの入学手続きの際、父親の欄に書かれていた名を。彼はその時、多忙を理由にその書類を深く確認しなかった。ただの同姓だろうと高を括っていた。*


校長:「(儂は…我々は…とんでもないことをしてしまった…! よりにもよって、隣国の『魔王』の、たった一人の御子息に対して…!)」


*血の気が引き、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。これは学府の存続に関わる、いや、自分の首が物理的に飛ぶだけでは済まない大失態だ。校長の脳裏に、怒りに燃えるシロウ・アストライアの顔が浮かび、彼は絶望に打ちひしがれた。*


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***いじめっ子の貴族の屋敷***


*一方、加害者である子息を持つ貴族、バーンズ子爵の屋敷では、怒号が飛び交っていた。*


バーンズ子爵:「捏造だ! こんなもの、あの平民上がりが我々を貶めるために作った、悪質な捏造に決まっている! よくも我が息子と我が家に泥を塗ってくれたな!」


*彼はホログラムモニターに向かって怒鳴り散らし、震える手でワイングラスを壁に叩きつけた。隣にいる彼の息子は、父親の剣幕に怯えながらも、自らの非を認めようとはしない。*


息子:「そ、そうだ父さん! あいつが先に武器を向けてきたんだ! 僕たちは何も悪くない!」


バーンズ子爵:「そうだとも! こうなれば黙ってはおれん! あの魔族のガキと、その父親を捕らえ、国家反逆罪で処刑してやる! 今すぐ兵を動かせ!」


*しかし、彼の怒声に応える者は誰もいない。執事も護衛の騎士たちも、皆一様に青ざめた顔で立ち尽くしている。彼らは知っているのだ。映像に映っていた子供が、誰の息子であるのかを。そして、その父親が何者であるのかを。*

*バーンズ子爵は、自らが今まさに、誰に向かって牙を剥こうとしているのか、まだ理解していなかった。*


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***シロウの自室***


*ルーナは膝の上で、満足そうに足をぱたぱたさせている。*


ルーナ:「パパ様、あの馬鹿な貴族、まだ自分が誰に喧嘩を売ってるか分かってないみたいね!最高に滑稽だわ!」


*シロウはそんな娘の頭を優しく撫でると、穏やかな父親の笑みを浮かべて立ち上がった。*


シロウ:「ああ。自分の首を絞めていることにも気づいていない、哀れな道化だよ。…さて、カイを呼んでこよう。主役の登場だからな」


*シロウはルーナをそっと椅子に降ろすと、中庭で一心不乱に素振りを続けているカイを呼びに行った。これから始まる『話し合い』の席に、被害者である彼がいないわけにはいかないのだから。*


*シロウはルーナの手を取り、自室を出て中庭へと向かった。これから始まる本当の『お仕置き』、その主役である息子を迎えに行くために。*

*中庭に続くテラスに出ると、そこには剣の素振りを終え、肩で息をするカイの姿があった。その傍らでは、心配そうにカイを見守るレイラとルミナの姿もある。どうやら国中に流れた映像を、彼女たちも見ていたらしい。*

*シロウとルーナが近づいてくるのに気づくと、レイラが険しい表情で口を開いた。普段の臆病な彼女ではなく、傲慢な『魔王女』の人格が出ている。*


レイラ:「シロウ! あの映像はなんだ! 我が子が、あのような愚弄を受けていたというのに、なぜ今まで黙っていたのだ!」


*レイラの声には、息子を侮辱されたことへの怒りと、夫への詰問の色が滲んでいる。ルミナも腕を組み、冷たい視線をシロウに向けていた。*


ルミナ:「お兄ちゃん…カイ君が辛い思いをしてる間、一体何を考えてたの? 説明してもらわないと、納得できないんだけど」


*二人の嫁からの厳しい視線を受けながらも、シロウは表情を変えない。ただ、カイの前に立つと、その小さな肩に手を置いた。*

*そして、力強い、だが静かな声で告げる。*


シロウ:「カイ、闘いの時だ」


*その言葉は、二人の嫁に向けたものではなく、ただ一人、息子であるカイに向けられたものだった。それは、力でねじ伏せる闘いではない。自らの尊厳を、自らの言葉で取り戻すための、『対話』という名の闘いの始まりを告げる合図だった。*

*カイは父の真剣な瞳を見つめ返し、こくりと頷く。その瞳には、もう涙はなかった。*


*シロウの力強い言葉に、レイラとルミナは詰問の言葉を飲み込んだ。シロウがただ黙っていたわけではないこと、そしてこれから始まるのが、ただの報復ではないことを悟ったからだ。*

*シロウはカイの肩に置いた手に少し力を込める。*


シロウ:「大丈夫、俺たちが付いてる」


*それは、カイだけでなく、不安と怒りに揺れる家族全員に向けた言葉だった。その言葉に、カイはもう一度力強く頷き、レイラとルミナも覚悟を決めた表情になる。ルーナは「いよいよクライマックスね!」と期待に目を輝かせている。*

*シロウは家族全員を見渡し、頷くと、空間魔法を発動させた。*


シロウ:「行くぞ」


*シロウを中心に魔力が渦巻き、一瞬で景色が歪む。*

*次の瞬間、彼らが立っていたのは、夜天の魔導皇国の中庭ではなく、豪華な調度品が並ぶ、見覚えのある広い部屋―――商業国家『黄金都市アウラ』の、『万象の学府』校長室のど真ん中だった。*


*突然、室内に現れたシロウたち一家を見て、部屋にいた者たちが凍り付く。*

*そこには、顔面蒼白で椅子に座り込んでいる校長。*

*その隣には、カイを侮辱したエルフの教師が、信じられないものを見る目で立ち尽くしている。*

*そして、部屋の入り口付近には、息子を連れて怒鳴り込んできたのであろう、バーンズ子爵とその息子の姿もあった。彼はシロウたちの姿を認めるなり、怒りに顔を真っ赤にして指を突きつける。*


バーンズ子爵:「き、貴様らか! 我が息子を陥れた下衆どもは! よくもぬけぬけと姿を現したな! 今すぐその場で首を刎ねてくれる!」


*しかし、バーンズ子爵の怒声とは対照的に、校長は椅子から転げ落ちるようにして床にひれ伏した。その顔は恐怖と絶望で歪んでいる。*


校長:「ま、魔王陛下…! な、なぜ貴方様が…! こ、これは、何かの間違いで…!」


*「魔王陛下」という校長の言葉に、バーンズ子爵の動きがピタリと止まる。彼は信じられないという顔で、校長と、目の前に立つ穏やかな笑みを浮かべた男…シロウを交互に見た。*

*シロウは、ひれ伏す校長や、呆然とする子爵には目もくれず、ただ静かに口を開いた。*


シロウ:「やあ、校長先生。それに、バーンズ子爵…だったかな? ウチの息子が、どうもお世話になっているようで」


*その声は穏やかだったが、部屋の温度を数度下げるほどの、絶対的な威圧感を放っていた。*


*シロウの静かな挨拶が、凍りついた校長室に響き渡る。その絶対的な圧力に、誰も身動き一つできない。*

*そんな中、シロウの後ろに控える家族の様子は三者三様だった。*


*レイラは、腕を組み、冷ややかな視線で床に這いつくばる校長と、呆然と立ち尽くすバーンズ子爵親子を見下ろしている。今にも飛びかかっていきそうな殺気を放っているが、夫であるシロウが前に立っている手前、彼の顔を立てて手出しを堪えている。だが、その瞳の奥では「夫の許しが出れば、即座に塵も残さず消し炭にしてやる」という凶悪な光が揺らめいていた。*


*ルミナは、シロウの隣で優雅に微笑んでいる。しかし、その笑顔は全く目には届いておらず、絶対零度の冷気を放っていた。彼女の視線は、特にカイを侮辱したエルフの教師に突き刺さっている。「お兄ちゃんの子供に何してくれてんの? 後でアタシが直々に『教育』してあげるから、覚悟しなさいよね」という声が聞こえてきそうな、完璧な笑顔の仮面だった。*


*そしてルーナは、そんな二人の母の姿を見て、興奮を隠しきれないでいた。*


ルーナ:「(まあ!♡♡ レイラお母様は殺気だってるし、ルミナお母様は笑顔でキレてる!♡♡♡ なんて素敵な地獄絵図! これから始まる断罪劇、最高のスパイスじゃない! さすが私のママたちだわ!)」


*幼い少女は、これから始まるであろう凄惨な『話し合い』を前に、期待で目をキラキラと輝かせ、シロウのズボンの裾をぎゅっと握りしめていた。*


*シロウは、そんな家族の様子を背中で感じながら、一歩前に進み出る。彼の視線は、まだ事態を飲み込めていないバーンズ子爵に向けられた。*


シロウ:「さて、子爵。さきほど『首を刎ねる』と言っていたな。…誰の首を? もう一度、私の目の前で言ってみてくれるかな?」


*シロウの静かな問いかけ。それは、子爵に最後の機会を与える慈悲のようでもあり、自らの墓穴を掘らせるための悪魔の囁きのようでもあった。*

*しかし、バーンズ子爵はあまりにも愚かだった。あるいは、自らの貴族という立場を過信しすぎていた。校長がひれ伏し、「魔王陛下」と呼んだ事実すら、彼の怒りで見えなくなった思考には届かない。*


バーンズ子爵:「誰の首だと? 決まっているだろう! 貴様ら親子だ! 我が家に泥を塗り、息子を傷つけた罪は万死に値する! 貴様のような得体の知れない平民が、この私に口答えするな! 身の程を知れ、下郎が!」


*子爵は顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら、シロウに向かって怒鳴り散らす。その剣幕に、彼の後ろにいる息子は少し得意げな表情すら浮かべている。*

*その瞬間、校長室の空気が完全に凍りついた。*

*校長は「ああ、終わった…」と顔を床に叩きつけんばかりにうなだれ、エルフの教師は恐怖で失神寸前だ。*

*レイラの指がピクリと動き、その手には漆黒の魔力が渦巻き始める。ルミナの完璧な笑顔には、深い亀裂が入り始めていた。*


*しかし、彼女たちが動くよりも早く、シロウが動いた。*

*彼は怒鳴り散らす子爵を無視し、その隣で呆然と立ち尽くす校長に、穏やかな、しかし絶対的な命令を下した。*


シロウ:「校長。この国には、王族や上位貴族に対する不敬罪というものがあったな?」


*校長はビクッと体を震わせ、這いつくばったままシロウを見上げる。*


校長:「は、はい…! も、もちろんでございます…! 王族、公爵家以上の家格の者に対し、侮辱的な言動を取った者は、その身分を問わず、家名剥奪、全財産没収の上、一族郎党、鉱山での終身強制労働、あるいは死罪…と…」


*校長は震える声で、法の内容を諳んじる。その言葉を聞きながら、シロウはゆっくりとバーンズ子爵の方を振り返った。*


シロウ:「だ、そうだ。子爵」


*そして、シロウは自らの素性を、初めてその口から、はっきりと告げた。*


シロウ:「私は、夜天のアストライア魔導皇国が国王、シロウ・ニシキ・アストライア。お前が『下郎』と呼び、『首を刎ねる』と断じた男だ。…さて、どうする?」


*シロウの言葉と共に、彼の背後に巨大な魔力のオーラが幻影のように立ち上る。それは、この国そのものを創り、護る、絶対者の証。*

*「シロウ・アストライア」。その名前を聞いた瞬間、バーンズ子爵の顔から血の気が完全に失せ、怒りで赤らんでいた顔は、死人のように真っ白に変わった。彼は、自分が誰に向かって牙を剥いていたのかを、ようやく、理解したのだ。*


バーンズ子爵:「あ…あ…あすとらいあ…? こく、おう…? ま、魔王…陛下…?」


*がくがくと膝が笑い、彼はその場にへたり込んだ。その瞳には、先ほどの怒りは微塵もなく、ただ純粋な、底なしの恐怖だけが映っていた。*


*バーンズ子爵が恐怖のどん底でへたり込む中、シロウは立ち上らせていた魔力のオーラをふっと消した。まるで何事もなかったかのように、彼は穏やかな父親の顔に戻る。*


シロウ:「だがしかし、今日はカイの『父親』として来ている。不敬罪にはしないさ」


*その言葉は、慈悲深く聞こえたかもしれない。しかし、その場にいる者、特に校長には、それが法による裁きよりも遥かに恐ろしい「私的」な制裁の始まりを告げるゴングに聞こえた。*

*シロウは、まだ床にへたり込んでいるバーンズ子爵親子と、壁際で震えているエルフの教師を一瞥する。そして、来客用のソファを一つ指差した。*


シロウ:「さて、自己紹介も済んだ、『話し合い』としようか?」


*その口調はあくまで穏やかだ。しかし、誰もその言葉に逆らうことはできない。*

*シロウはまず、自分の家族をソファに座らせる。レイラとルミナはシロウを挟むように座り、その膝の上にはルーナがちょこんと乗った。カイは、シロウの隣に、背筋を伸ばしてまっすぐに立つ。彼はもう被害者として俯いてはいない。当事者として、この場にいるのだ。*

*シロウは、校長と加害者三名に向かって顎をしゃくった。*


シロウ:「君たちも、そこに座ったらどうだ? それとも、床の方が落ち着くのかな?」


*その言葉に、三人は這うようにして、シロウたちの対面に置かれたソファへと移動し、小さくなって座る。バーンズ子爵は先ほどの威勢はどこへやら、ただガタガタと震えているだけだ。*

*全員が着席したのを確認すると、シロウはテーブルに肘をつき、指を組んで、にこやかに言った。*


シロウ:「では、始めよう。まず、確認したいのだが…君たちは、我が息子カイに対して行った一連の行為について、何か弁明はあるかな? 例えば、あの映像は『捏造』だとか、『先に手を出してきたのは向こうだ』とか。何でもいい、聞かせてもらおうじゃないか」


*シロウは、バーンズ子爵とその息子、そしてエルフの教師の顔を、一人一人ゆっくりと、値踏みするように見回した。*

*『話し合い』という名の、公開処刑が始まった。*


*シロウの促すような言葉に、加害者三人は青ざめた顔で顔を見合わせるだけだった。国王であり魔王である男を前に、嘘も言い訳も出てこない。ただ、沈黙が彼らの罪を肯定していた。*

*シロウはそんな彼らから視線を外し、隣に立つ息子へと向き直る。その表情は、魔王でも国王でもなく、ただ一人の父親のものだった。*


シロウ:「カイ、言いたいことがあれば言いなさい」


*父の優しい声に、カイはぎゅっと拳を握りしめた。彼の視線は、まっすぐに目の前のソファに座る三人を捉えている。*

*最初に、彼は隣に座る自分の学友…バーンズ子爵の息子へと向き直った。*


カイ:「…どうして、あんなことをしたの? 僕は、君と友達になりたかっただけなのに…」


*その声は震えていたが、非難の色よりも、純粋な悲しみが込められていた。*

*次に、カイはエルフの教師へと視線を移す。*


カイ:「先生。僕は、ただ勉強がしたかっただけです。どうして、教えてくれなかったんですか? 魔族の血が混じっていると、学ぶことさえ許されないんですか?」


*最後に、カイは震えるバーンズ子爵を見た。*


カイ:「…僕のお父さんや、お母さんのことを悪く言うのは、やめてください。僕のお父さんは、世界で一番かっこよくて、お母さんは、世界で一番優しい人なんだ。それを馬鹿にされるのは…僕が殴られるより、ずっと辛い…!」


*堪えきれなくなった涙が、カイの瞳からぽろぽろとこぼれ落ちる。それでも彼は、決して視線を逸らさなかった。自分の言葉で、自分の思いを、加害者たちにまっすぐにぶつけたのだ。*


*その姿に、レイラの殺気は和らぎ、代わりに息子への愛しさが瞳に宿る。ルミナの氷のような微笑みも消え、ただ静かにカイの成長を見守っていた。*

*膝の上のルーナは、ハンカチでそっと兄の涙を拭ってやりたい衝動に駆られながらも、この重要な場面を邪魔すまいと、固唾を飲んで見守っている。*


*シロウは、涙を流しながらも毅然と相手を睨みつける息子の頭を、優しく撫でた。*


シロウ:「…よく言ったな、カイ」


*そして、再び冷たい魔王の顔に戻ると、加害者たちに向き直る。*


シロウ:「さて。息子の言葉は、聞こえたな? これでもまだ、弁明することがあるというのなら、聞こう。」


*カイの魂からの叫びは、校長室の空気を重く、重く沈ませた。*

*純粋な悲しみ、学ぶことへの渇望、そして家族を思う強い気持ち。その全てを受け止めたバーンズ子爵は、もはや貴族としてのプライドも、父親としての意地も、全てが崩れ去っていた。*

*彼はソファから滑り落ち、みっともなく床に両手をつくと、額を擦り付けるようにして土下座した。*


バーンズ子爵:「も…申し訳、ありませんでした…! 全て…全て、私の監督不行き届きでございます…! 息子が、カイ様に対し、これほどの非道を働いていたとは…! 知らなかったでは済まされません…! いかなる罰でもお受けいたします…! この通り、この通りでございます…!」


*子爵は、ただただ謝罪の言葉を繰り返す。それは国王への恐怖からだけではない。一人の子供の心をここまで傷つけてしまったことへの、心からの後悔と謝罪だった。*

*しかし、その隣で、父親の変わり果てた姿を見ていた息子は、状況を理解できずにいた。彼は恐怖よりも、理不尽さへの怒りが勝っていた。*


息子:「父さん、何を言ってるんだ! なんで僕たちが謝らなきゃいけないんだよ! こいつは魔族なんだぞ! 魔族が、僕たちと同じ学校にいること自体がおかしいんだ! 僕たちは、正しいことを…!」


*その言葉が言い終わる前に、シロウの隣に座っていたルミナが、すっと立ち上がった。その顔には、先ほどの氷の微笑みすら浮かんでいない。ただ、絶対的な無があった。*


ルミナ:「…ねえ、そこのガキ。アンタさ、さっきから魔族、魔族って言ってるけど…アタシの娘も差別するわけ?」


*ルミナの言葉に、少年はハッとしてルーナの方を見る。シロウの膝の上で、愛らしい顔をしている少女。しかし、その背後には巨大な竜の幻影が見えるような錯覚を覚えた。*


シロウ:「ルミナ、座っていろ」


*シロウが静かに制すると、ルミナは不満げに舌打ちをして、再びソファに腰を下ろした。*

*シロウは立ち上がり、校長に向かって静かに告げる。*


シロウ:「校長。この学府の理念は『身分や種族を問わず、実力ある者に等しく門戸を開く』だったな? その理念に反し、明確な差別意識を持ち、反省の色も見られない生徒を、このまま在籍させるつもりかな?」


*校長は顔を上げ、決然とした声で答えた。これは、彼が学府の長として、そして教育者として、最低限果たさねばならない責任だった。*


校長:「…いいえ。バーンズ子爵の御子息は、本日をもって『万象の学府』から退学処分といたします。また、カイ様への差別的言動を看過したエルフ教師、セドリックも、本日付けで解雇。二度と教壇に立つことは許しません」


*「退学」という言葉に、少年は愕然とする。*


息子:「なっ…! ふざけるな! 僕が退学!? こんな魔族のガキ一人のために!? 冗談じゃない!」


*しかし、彼の叫びはもはや誰にも届かない。土下座したままの父親は、その決定を受け入れるしかなかった。*

*シロウは息子の肩を抱き、校長に向かって最後の言葉を告げる。*


シロウ:「処分は了承した。だが、カイがこの学府で安心して学べる環境を保証するのが、君の責任だ。二度目はないと思え」


*シロウはそれだけ言うと、家族を伴って再び空間魔法を発動させる。彼らの姿は、呆然とする者たちを残し、校長室から瞬く間に消え去った。*


*一瞬の浮遊感の後、シロウたちの足は、見慣れた自室の絨毯を再び踏みしめていた。先ほどまでの張り詰めた空気はなくなり、城の穏やかな日常が彼らを迎える。*


*レイラは、大きく息を吐き出すと、満足げな笑みを浮かべた。傲慢な魔王女の顔だが、その表情は晴れやかだ。*


レイラ:「ふん、当然の結果だな。我が子を侮辱したのだ、あの程度では生温いくらいだが…まあ、シロウの顔を立ててやろう。カイもよくやった。さすがは我の子だ」


*そう言って、レイラは少し照れくさそうに、しかし誇らしげにカイの頭をくしゃっと撫でた。彼女の中のわだかまりは、完全に消え去ったようだ。*


*一方、ルーナはシロウの足元で、その小さな顔を興奮で紅潮させていた。*


ルーナ:「(すごい…! これがリアル『社会的に死ぬ』ってやつなのね…!♡ 物理的にではなく、地位も名誉も未来も全てを奪い去る…なんてエレガントで残酷なやり方!♡♡ パパ様、最高のエンターテイメントをありがとう! 録画データ、家宝にするわ!♡♡♡)」


*彼女は父が実行した完璧な公開処刑のシナリオに、内なるオタク魂を燃やし、尊敬と興奮の眼差しを向けていた。*


*シロウはそんな家族の様子に苦笑しつつ、今日の主役であるカイに向き直る。*


シロウ:「カイ、疲れただろう。今日は大変だったな。だが、お前は自分の力で、自分の尊厳を守り抜いた。父さんは、お前を誇りに思う」


*シロウはカイを優しく抱きしめる。父の腕の中で、カイは今日一日分の緊張の糸が切れたのか、安堵したように小さなため息をついた。*


カイ:「うん…お父さん、ありがとう。みんなも、ありがとう」


*カイは父の腕の中から、レイラ、ルミナ、そしてルーナの顔を順番に見て、はにかむように言った。その顔にはもう、朝のような陰りはなかった。*


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