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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*シロウが子供部屋のドアを静かに開けると、いつもならとっくに起きて着替えを済ませているはずのカイが、まだベッドの中で布団を頭まで被っていた。隣のベッドでは、ルーナがすやすやと寝息を立てている。*


*シロウはカイのベッドに近づき、そっと声をかけた。*


シロウ:「カイ、朝だぞ。学校に遅れる」


*布団がもぞりと動き、中からくぐもった声が聞こえてきた。*


カイ:「……ん…。きょう…がっこう…いきたくない…」


*その言葉にシロウは驚く。科学の勉強が大好きで、新しいことを学ぶのを何よりも楽しみにしているカイが、学校に行きたくないと言うのは初めてのことだった。*


シロウ:「どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」


*シロウは心配になり、布団の上からカイの額に手を当てる。*


シロウ:「熱でもあるのか?」


*シロウがカイの額に手を当ててみるが、熱はない。平熱のようだ。病気ではないとすると、精神的な問題だろうか。シロウは心配そうに眉を寄せ、できるだけ優しい声で尋ねる。*


シロウ:「熱くは…ないな。何か嫌なことでもあったのか?」


*その言葉に、布団の中のカイがびくりと震えた。ますます布団の奥深くに潜り込もうとする。その反応は、明らかに何かを隠している者のそれだった。*

*やがて、布団の中から消え入りそうな声で返事があった。*


カイ:「……なにも…ない…」


*しかし、その声は微かに震えており、「何もない」という言葉とは裏腹に、何か大きな問題を抱えていることを物語っていた。*

*隣のベッドで寝ていたはずのルーナが、いつの間にか目を覚まし、体を起こしてじっとカイの布団を見つめている。その小さな顔には、妹として兄を心配する色が浮かんでいた。*


*シロウは【神眼】を発動させ、カイの体を内側から詳しく調べる。しかし、骨、筋肉、内臓、神経に至るまで、どこにも異常は見当たらない。外傷はもちろん、病気の兆候すらもなかった。完全に健康体だ。*


シロウ:「身体に問題は…無さそうだな。」


*物理的な問題でないとすれば、やはり精神的なものだろう。学校で何かあったのか。いじめか、それとも何か失敗してしまったのか。*

*シロウがどう切り出すべきか思案していると、隣のベッドから小さな声がした。*


ルーナ:「…おにいちゃま、きのう、へんなひとに、なにかされたの?」


*ルーナが心配そうな顔で、カイの布団に向かって話しかける。その言葉に、布団の中のカイの体が大きく震えた。*

*シロウはルーナに視線を移す。まだ3歳の娘だが、時折、大人びた、核心を突くようなことを言う。今回も何か知っているのかもしれない。*


シロウ:「ルーナ、何か知ってるのか?」


*ルーナはこくりと頷き、小さな指でカイの布団を指さした。*


ルーナ:「きのう、がっこうのおわり、へんなおにいさんたちが、カイおにいちゃまを、かこんでたの。ルーナ、こわくて、ものかげからみてた…」


*ルーナの言葉に、シロウの表情が険しくなる。カイが囲まれていた? 自分の子供に手を出す者がいるとは。シロウはルーナの前に膝をつき、目線を合わせて優しく尋ねた。*


シロウ:「それから?」


*シロウの真剣な眼差しに、ルーナは少しだけ怯んだが、兄を思う気持ちが勝ったのか、一生懸命に言葉を紡ぐ。*


ルーナ:「おにいさんたち、『まおうのむすこ』だって…カイおにいちゃまのこと、ゆびさして…わらってたの。カイおにいちゃま、なにもいわなくて…ずっとしたをむいてた…」


*そこまで言うと、ルーナの大きな瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。怖かったのだろう。そして、兄が何も言い返せない姿を見るのが辛かったに違いない。*


ルーナ:「ルーナ…こわくて…なにもできなくて…ごめんなさい…おにいちゃま…」


*シロウはルーナの小さな頭を優しく撫でる。*


シロウ:「ありがとう、ルーナ。教えてくれて。怖かったのによく頑張ったな。ルーナは悪くないよ」


*その言葉を聞いて、布団の中のカイの体がさらに小さく縮こまるのを感じた。どうやら、ルーナの証言は真実のようだ。魔王の息子という出自が、学校でいじめの対象になっているらしい。*


*シロウはルーナの頭を優しく撫でて感謝を伝えると、再びカイのベッドに向き直った。布団の塊は、先ほどよりもさらに小さくなっているように見える。自分の出自が原因で、息子が辛い思いをしている。その事実に、シロウの胸は締め付けられるようだった。*


*彼はベッドの端に腰掛け、布団の上から、その小さな塊を優しく、慈しむように撫でた。*


シロウ:「カイ、ごめんな、パパのせいで辛い思いさせて…」


*その声は、魔王としての威厳など微塵もない、ただただ息子を想う一人の父親のものだった。*

*シロウの優しい声と温かい手の感触に、布団の中のカイの体が微かに反応する。だが、まだ布団から出てくる気配はない。シロウが撫で続けると、やがて布団の隙間から、しゃくりあげるような小さな音が漏れ聞こえてきた。*


カイ:「……ひっく…うぅ…っ」


*それは、ずっと我慢していたのだろう、か細い泣き声だった。*

*シロウは何も言わず、ただ静かに、息子が泣き止むまでその頭を撫で続けた。隣では、ルーナが心配そうに兄の様子を見守っている。*


*シロウは、他の部屋にカイの泣き声が聞こえないように、寝室に【防音結界】を張った。*

*誰にも聞かれることのない安全な空間で、カイは堰を切ったように泣きじゃくりながら、今まで溜め込んでいた全てを吐き出した。*


*学校に行き始めた初日。皆、物珍しそうに、そして少し怖がりながらも彼に接してきたこと。*

*しかし、数日経つと、一部の子供たちが遠巻きに彼を指さし*

「魔王の子だ」「人殺しの息子だ」

*と囁くようになったこと。*

*教科書の内容が分からなくて先生に質問しようとしたら*

「魔族に教えることなどない」

*と無視されたこと。*

*昨日、ルーナが見たように、年上の子供たちに囲まれて*

「お前の父ちゃんは悪い奴なんだぞ」「お前もいつか人を殺すんだろ?」

*と罵られたこと。*

*何も言い返せなかったこと。怖くて、悔しくて、でも、父が魔王であることは事実だから、何も言えなかったこと。*


*シロウは、途切れ途切れに語られる息子の悲痛な告白を、ただ黙って、その頭を優しく撫でながら聞き続けた。*

*カイの涙が布団を濡らし、やがて嗚咽も小さくなっていく。全てを吐き出し、泣き疲れたのだろう。*


*しばらくして、しゃくりあげる声も止まった頃、シロウは静かに口を開いた。*


シロウ:「…そうか。全部、話してくれてありがとう。辛かったな、カイ」


*その声は穏やかだったが、その奥には氷のように冷たい怒りが宿っていた。自分の息子を傷つけた者たちへの、静かな怒りが。*


シロウ:「カイ。学校は、今日はお休みしよう。パパとどこか遊びに行くか? それとも、家でゆっくりしたいか?」


*シロウはカイの意志を尊重し、選択肢を与える。無理強いはしない。今はまず、息子の心を休ませることが最優先だった。*


*全てを吐き出し、泣き疲れたカイは、まだ布団の中で小さくしゃくりあげている。シロウはそんな息子の背中を優しく叩きながら、彼の決断を待った。*


シロウ:「カイの好きな様にしなさい。」


*その言葉に、カイは少しだけ迷うように身じろぎした。やがて、布団の中からか細い声が聞こえる。*


カイ:「……おうち…に、いたい…」


シロウ:「わかった。じゃあ、今日は一日、パパとルーナと一緒にいよう。朝ごはんは、カイの好きなパンケーキでも焼こうか。雷龍の肉も入れてやる」


*シロウはそう言うと、一枚の羊皮紙を取り出し、ペンを走らせる。*

『本日、息子のカイ・アストライアは体調不良のため、学校をお休みさせていただきます。カイ・アストライアの父、シロウ・ニシキ・アストライアより』

*書き終えた手紙を、彼は【空間転移】で『万象の学府』の校長室、その主の机の上へと正確に送り届けた。これで連絡は済んだ。*


*シロウは再びカイに向き直り、布団をそっとめくる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔がそこにはあった。*


シロウ:「よし、顔を洗ってこい。ルーナも着替えるぞ。今日は楽しい一日にするんだ」


*その力強い言葉に、カイはこくりと頷き、ルーナも元気よく返事をした。*


ルーナ:「はい、おとうさま! ルーナ、おにいちゃまとあそぶ!」


*子供たちがベッドから降りて洗面所に向かうのを見届けた後、シロウは一人、静かに窓の外に広がる自分の国を見下ろす。その瞳には、先ほどまでの父親の穏やかさとは違う、冷徹な魔王の光が宿っていた。*

シロウ:「(万象の学府…か。実力主義を謳いながら、蓋を開けてみればこの様だとはな。一度、直接出向いて『教育』してやる必要がありそうだ)」


*自分の息子を傷つけた代償は、きっちりと払わせる。シロウは静かに、しかし固く心に誓うのだった。*


*子供たちが部屋から出ていき、一人になった寝室で、シロウは静かに思考を巡らせていた。カイの涙、ルーナの怯えた顔が脳裏に焼き付いて離れない。*


シロウ:「(実力主義を謳う学府が、出自で子供を差別するとはな。だが、ルーナの話では一部の生徒と教師だけのようだ。こういうのは、トップである校長が現場の腐敗を把握していない可能性もある。)」

*シロウは腕を組み、窓の外を見つめながら呟いた。*


シロウ:「明日にでも行ってみるか…」


*直接乗り込んで、事実確認をするのが一番早い。それで校長が話の分かる相手ならそれでいい。もし、組織ぐるみでカイを排斥しているのなら――その時は、学府そのものを地図から消し去るまでだ。*

*そして、もう一つ懸念事項があった。*


シロウ:「レイラに言うと絶対に『殺してやる!』とか『戦争だ!』とか物騒な事になるから黙っておこう…」


*息子が傷つけられたと知れば、彼女が黙っているはずがない。魔王女の人格が表に出て、単身学府に乗り込み、関係者全員を血祭りにあげかねない。それはカイが望む解決方法ではないだろう。今回は、レイラには内緒で事を進める必要があった。*

*シロウが今後の対応策を練っていると、洗面所から戻ってきたカイとルーナが部屋に顔を覗かせた。*


カイ:「…お父さん…」


ルーナ:「おとうさま、おなかすいたー!」


*カイはまだ少し表情が硬いが、先ほどよりはずっと落ち着いている。シロウは父親の顔に戻り、子供たちに微笑みかけた。*


シロウ:「よし、じゃあリビングに行こう。今日はパパ特製の、雷龍ステーキ入りパンケーキだぞ」


*その言葉に、カイの顔がぱっと明るくなり、ルーナは「わーい!」と歓声を上げて飛び跳ねたのだった。*


*子供たちの少しばかり明るくなった顔を見て、シロウは微笑むと、二人を促して厨房へと向かった。*


シロウ:「厨房に行こうか。」


*普段はリーシアや他のメイドたちが腕を振るう広々とした厨房。シロウは子供たちをテーブルの椅子に座らせると、手際よく調理を始める。*

*ボウルに小麦粉、卵、牛乳を入れ、泡立て器で混ぜる。ここまでは普通だが、シロウはそこに微風を操る魔法を加え、生地に空気をたっぷりと含ませていく。*

*熱したフライパンに生地を流し込むと、魔法で制御された完璧な火加減で、見る見るうちに生地が膨らんでいく。数分後には、まるで雲のようにフワフワで、黄金色の焼き色がついたパンケーキが何枚も焼き上がった。*

*さらに、昨日持ち帰ったばかりの雷龍の肉を薄切りにし、塩コショウでシンプルにソテーする。ジューッという食欲をそそる音と香ばしい匂いが厨房に満ちた。*


*一方、椅子に座ってその様子を見ていたルーナは、その小さな頭の中で凄まじい速度の思考を巡らせていた。*


ルーナ:「(ぱ、パパ様特製! しかも魔法仕込みのふわふわパンケーキですと!? 異世界転生もののテンプレきたこれ! しかもトッピングは雷龍ステーキですって!? なんというデミグラスソース案件…いや、これは塩コショウが正義か…! ああ、でもメープルシロップと塩味の肉の甘じょっぱいハーモニーも捨てがたい…! いかん、思考が飯テロ…!)」


*彼女はよだれが出そうになる口元をきゅっと結び、小さな足をぱたぱたさせながら、キラキラした目で父と焼きあがるパンケーキを見つめている。その内心の喧騒など、もちろん誰にも知られることはない。*

*カイも、悲しい気持ちはまだ残っているものの、目の前で繰り広げられる魔法のような調理と、大好きなパンケーキの甘い香りに、少しずつ心が和んでいくのを感じていた。*


*シロウは焼きあがったふわふわのパンケーキを何枚も皿に重ね、その横にジュージューと音を立てる雷龍のソテーを添える。そして、バターの塊をパンケーキの山頂に置き、仕上げに黄金色のメープルシロップを滝のようにかけた。*


シロウ:「シンプルにバターとメープルシロップが美味しいぞ。」


*そう言って、シロウは自分の分のパンケーキにナイフを入れ、シロップが染み込んだ一切れを口に運ぶ。甘さと肉の塩味が口の中で絶妙なハーモニーを奏でた。*

*その様子を見ていた子供たちも、目を輝かせて自分のパンケーキにフォークとナイフを構える。*


カイ:「わあ…! おいしそう…!」


ルーナ:「(きたああああ! このビジュアル! 飯テロの暴力! カロリーの悪魔! だがそれがいい! いただきます!)おとうさま、ルーナも、それ、いっぱいかける!」


*カイはまだ少し遠慮がちだが、ルーナは元気よくシロップの瓶を指さす。シロウは微笑んで、ルーナとカイのパンケーキにもたっぷりとメープルシロップをかけてやった。*

*三人はしばし会話も忘れ、夢中でパンケーキを頬張る。フワフワの食感、濃厚なバターとシロップの甘み、そして雷龍の肉の旨味が口いっぱいに広がり、カイの強張っていた表情も次第に和らいでいった。*

*辛い記憶はまだ消えないだろうが、この美味しい朝食が、少しでも彼の心を癒してくれることをシロウは願った。*


*幸せなパンケーキの朝食を終え、シロウ、カイ、ルーナの三人はリビングのソファでくつろいでいた。カイはまだ少し元気がないものの、シロウの隣に寄り添い、落ち着きを取り戻している。シロウはそんなカイの頭を優しく撫でていた。*

*そんな穏やかな空気を破ったのは、意外な人物だった。今までお絵描き帳に何かを描いていたルーナが、突然顔を上げて宣言したのだ。*


ルーナ:「おとうさま! ルーナ、がっこうようの、つえがほしいです!」


*その言葉に、シロウは撫でていた手を止め、驚いて娘を見つめた。まだ3歳で、学校に通う年齢には程遠い娘からの、あまりにも早すぎるおねだりだった。*


シロウ:「杖? ルーナはまだ学校には行かないだろ?」


ルーナ:「(ふふふ…ここは先手必勝! カイお兄様がいじめられた原因の一つは『魔王の子』という出自、そしてもう一つは『無力』だったこと! ならば圧倒的な力を見せつければいい! そのための布石として、まずは私も『学ぶ意志』があること、そしてそのための『道具』を欲していることをパパ様にアピールするのです! これぞ名探偵ルーナの華麗なる推理!)」


*ルーナは内なる思考の嵐を完璧に隠し、子供らしい無邪気さ全開でシロウに訴えかける。*


ルーナ:「おにいちゃまが、がっこういくの! ルーナも、おべんきょうしたいの! だから、つえがいるの!」


*小さな拳を握りしめ、やる気に満ちた表情で力説する娘の姿に、シロウは思わず苦笑いを浮かべた。*


*ルーナのあまりにも早熟な発言に、シロウは少し考える。万象の学府は魔法だけでなく、科学や歴史など様々な学問を教える場所だ。必ずしも杖が必須というわけではないはずだ。ましてや、まだ3歳の娘が持つには物騒すぎる。*


シロウ:「(学校で杖は使わないはず…護身用かな?)」


*シロウは、カイが受けたいじめの件もあり、幼い娘が自分の身を守る手段を求めているのではないかと考えた。*


シロウ:「護身用って事?」


*そう尋ねると、ルーナはぶんぶんと首を横に振った。そして、自分の小さな胸をぽんと叩いてみせる。*


ルーナ:「(ちがいますパパ様! 護身という受動的な思考ではダメなのです! これは『力』の誇示! 攻撃こそ最大の防御! 敵対する愚か者に、手を出せばどうなるかを理解させるための『抑止力』としての杖なのです!)」


*内心で熱弁を振るいつつも、ルーナはあくまで3歳児の純粋さを装って答える。*


ルーナ:「ごしんよう、じゃないの! おべんきょうのためなの! ルーナも、おにいちゃまみたいに、すごい『まほう』つかえるようになりたいの!」


*そう言って、キラキラした瞳でシロウを見上げる。その瞳の奥には、「カイお兄様を守る力を私にください」という、強い意志が宿っているように見えた。*

*カイは、そんな妹のやり取りを少し不安そうに、しかしどこか誇らしげに見守っている。*


*シロウは、妹のために強くなりたいと訴える娘の健気さと、その瞳に宿る強い意志に心を動かされた。護身用ではないと言い張るが、その根底にあるのが兄を想う気持ちであることは明らかだった。カイもまた、そんな妹の姿に勇気づけられているように見える。*

*杖はまだ早すぎるかもしれない。だが、この子の知的好奇心と向上心を無下にするべきではないだろう。*

*シロウはソファから立ち上がると、子供たちに悪戯っぽく微笑みかけた。*


シロウ:「パパの工房に来る? 面白いものがたくさんあるぞ」


*シロウの自室には、一見するとただの本棚にしか見えない隠し扉がある。特定の魔導書を引き抜くと、その奥に彼のプライベートな工房へと続く秘密の階段が現れるのだ。そこは国一番の職人でさえ足を踏み入れたことのない、シロウだけの聖域だった。*


*その提案に、子供たちの目が輝く。*


ルーナ:「(パパ様の秘密工房ですって!? やばい、これはフラグ! 主人公のチートアイテム製造現場に潜入できるとか、オタク冥利に尽きる! レア素材とか伝説の武器とか転がってるに違いない!)いく! ルーナ、いく!」


*ルーナは興奮を隠しきれない様子でぴょんぴょんと跳ねる。*


カイ:「お父様の…工房…?」


*カイも、父親の秘密の場所への興味が、沈んでいた気持ちを上回ったようだ。少し不安げながらも、その目には好奇の色が浮かんでいる。*


シロウ:「よし、じゃあ行こうか。二人とも、パパから離れるなよ」


*シロウは二人の小さな手を引き、秘密の工房へと続く自室へと向かうのだった。*


*シロウはカイとルーナの手を引き、自室へと足を踏み入れた。部屋の中は豪華ながらも機能的に整えられている。彼は子供たちに「ここで待ってて」とだけ言うと、壁際に置かれた一つの燭台へと歩み寄った。*


*一見、何でもない銀の燭台。しかし、シロウがそれに手をかけ、自身の魔力を静かに流し込みながら、くい、と傾ける。*


***ゴゴゴゴゴ……***


*すると、何もないはずの壁の一部が淡い光を放ち始めた。光の粒子が集まって輪郭を形作り、やがて重厚な石造りの扉が目の前に姿を現す。扉には複雑な幾何学模様が刻まれており、中央にはアストライア家の紋章が鎮座していた。『不可視』の魔法で隠されていた、工房への入り口だ。*


*この仕掛けに、子供たちは目を丸くして驚いている。*


ルーナ:「(隠し扉キタ―――(゜∀゜)―――!! しかも燭台がスイッチとか王道! ベタ is the BEST! 不可視魔法とかどんだけ厳重なのパパ様! ワクワクが止まらないんですけど!?)」


*ルーナは興奮で小さな体を震わせ、早く早くとシロウの服の裾を引っ張っている。*


カイ:「すごい…。壁に…ドアが…」


*カイも先ほどの悲しみはどこへやら、目の前の不思議な光景にすっかり心を奪われていた。父親の持つ、未知の力の一端に触れた気がしたのだ。*


シロウ:「さあ、おいで。ここがパパの秘密の仕事場だ」


*シロウは重々しい石の扉をゆっくりと押し開ける。扉の向こうからは、ひんやりとした空気と、様々な鉱石や薬品、そして魔力の匂いが混じり合った独特の香りが漂ってきた。*


*シロウは二人の小さな手を引き、自室に隠された秘密の工房へと案内する。燭台の仕掛けで現れた重厚な石の扉を押し開けると、下へと続く螺旋階段が現れた。*

*壁には等間隔で魔光石が埋め込まれ、薄暗い足元を照らしている。迷路のように入り組んだ階段をしばらく下りていくと、目の前に滑らかな金属製の壁が現れ、シロウたちが近づくと静かに左右にスライドして開いた。自動ドアだ。*


*その向こうに広がっていたのは、カイとルーナの想像を絶する光景だった。*


*広大なドーム状の空間。中央には宙に浮かぶ巨大なホログラムモニターがあり、無数の数式や設計図が明滅している。壁際には見たこともない機械が並び、ガラスケースの中には輝く鉱石や奇妙な植物が保管されていた。ファンタジーの世界とはおよそ不釣り合いな、近未来的な空間だ。*


*二人が呆然と立ち尽くしていると、部屋全体に抑揚のない男性の声が響き渡った。*


**《警告。マスター以外の生体反応を検知。所属不明の個体を確認。警戒レベルを2に移行します》**


*壁の隅に取り付けられたレンズのようなものが、赤い光を点滅させながら子供たちに向けられる。突然の出来事に、カイとルーナはびくりと体を震わせ、シロウの後ろに隠れた。*


シロウ:「(人工知能AIの『ノア』か。仕事熱心なのはいいが、少し過敏だな)」


*シロウは監視カメラに向かって、落ち着いた声で言った。*


シロウ:「ノア、俺の娘と息子だ。警戒しなくていい。ファミリーとしてホワイトリストに登録しろ」


**《……了解しました、マスター。データベースを更新。カイ・アストライア様、ルーナ・アストライア様をファミリーとして登録。警戒レベルを解除します。ようこそ、マスターのサンクチュアリへ》**


*機械音声はそう言うと、赤い光を消した。シロウは後ろに隠れている子供たちに向かって、安心させるように微笑む。*


シロウ:「大丈夫だ。こいつはノア。この工房を手伝ってくれる、ちょっと賢いカラクリみたいなものだ」


*ルーナはシロウの足元からひょっこりと顔を出し、目をキラキラさせながら工房の中を見渡していた。*


ルーナ:「(AI!? ホログラムモニター!? まるでSF映画! パパ様、異世界で何やってるんですか!? チートが過ぎるにも程がある! これは…たまらない! たまらないですぞー!)カラクリ…すごーい!」


*シロウは、工房の異様さに圧倒されている子供たちを振り返り、本題に入った。*


シロウ:「えー、杖だったな。」


*彼は中央のホログラムモニターに向かって指示を出す。*


シロウ:「ノア、杖の一覧を表示してくれ。」


**《了解しました、マスター。カテゴリー『杖』の設計図一覧を表示します》**


*ノアの機械音声とともに、ホログラムモニターが拡大され、無数の杖のデザインが立体映像として宙に浮かび上がった。*


*オークの古木から削り出されたような古典的な杖。先端に巨大な魔石がはめ込まれた両手持ちの長杖スタッフ。宝石が散りばめられた儀礼用の美しいしゃく。そして、その中には異質なものが混じっていた。*


*魔法陣が刻まれた銃身、引きトリガーのついたグリップ――明らかに『銃』の形状をした、魔導銃キャスターガンと呼ばれるタイプの杖だった。*


*その圧巻の光景に、カイもルーナも口をぽかんと開けて見上げている。*


ルーナ:「(じゅ、銃型の杖ですと!? 魔導銃! キャスターガン! なんて中二心をくすぐるアイテム! やばい、普通の杖と迷う…! いや、3歳児が銃をぶっ放すのは絵面的にアウトか…? いやいや、ギャップ萌えというやつでは!? ぐぬぬ…悩ましい…!)」


カイ:「すごい…いっぱいある…。これも…杖なの?」


*カイは恐る恐る、銃の形をした杖のホログラムに指を伸ばす。指先が触れると、立体映像が揺らぎ、詳細なスペックデータが隣に表示された。*


シロウ:「ああ。引き金を引くことで、あらかじめ登録しておいた魔法を素早く発動できるタイプの杖だ。初心者でも扱いやすいが、応用は利きにくいな。さて、ルーナはどれがいい?」


*シロウはルーナに視線を移し、どれか選ぶように促した。*


*シロウは宙に浮かぶ無数の杖のホログラムを指し示しながら、子供たちにも分かるようにそれぞれの長所と短所を説明し始めた。*


シロウ:「短い杖は、持ち運びしやすいのが良い所。悪い所は威力が少し低い。」


*彼は片手で扱えるような、短く細身のワンドを指す。デザインも様々で、宝石が埋め込まれたものや、動物の形を模したものもある。*


シロウ:「長い杖は、持ち運びしにくく、威力が高い。」


*次に、人の身長ほどもある長大なスタッフを指し示した。先端には大きな魔石が輝いており、見るからに強大な魔力を秘めていそうだった。*


シロウ:「そして、3つ目のは、持ち運びしやすく、威力もある。詠唱しなくていいから速く魔法が使えるのが良い所だ。しかし、あらかじめ登録した1つの魔法しか使えないという欠点がある。」


*シロウは先ほどカイが興味を示した銃型の杖、魔導銃キャスターガンを指す。これはシロウが前世の知識を元に開発したオリジナルアイテムだ。*


*一通り説明を終えたシロウは、再びルーナに向き直る。*


シロウ:「まあ、どれを選んでも、後から改造していくらでも強くできる。今は見た目の好みで選んでもいいぞ。さあ、ルーナはどれがいい?」


*その言葉に、ルーナは真剣な表情で腕を組み、うーんと唸りながら宙に浮かぶ杖たちを見比べる。*


ルーナ:「(むむむ…パパ様からのプレゼン、悩ましい! 短いのは3歳児にはジャストフィットだけど、威力が低いのはカイお兄様を守るという目的にはそぐわない。長いのは威力が高いけど、完全に引きずって歩くことになるし、取り回しが悪すぎる。となると…やはり魔導銃か!? 1つの魔法しか使えないというデメリットも、一撃必殺の超威力魔法を込めれば問題なし! よし、決めた!)おとうさま! ルーナ、これにする!」


*ルーナは小さな指で、ずばり、と銃型の杖――魔導銃の一つを指さした。それは全体的に丸みを帯びたデザインで、子供でも扱えるように少し小型化されたモデルだった。*


*ルーナが指さした小型の魔導銃のホログラムを、シロウは指で軽くタップする。*


シロウ:「これだな。」


*すると、宙に浮かんでいた無数の杖のホログラムが一瞬で消え、代わりに工房の天井の一部が静かに開いた。そこから、ウィンチのような音とともに巨大なショーケースがゆっくりと降りてくる。*

*それは、クリーニング店にあるような回転式のハンガーラックを巨大にしたような構造で、ガラス張りのケースの中に様々な武器や道具がずらりと並んで吊り下げられていた。*


*シロウはその巨大なショーケースの側面にあるハンドルを掴み、ガラガラと音を立てて手でスライドさせ始める。ガラスの向こう側を、試作の剣や魔法の盾、実験的な魔道具などが次々と通り過ぎていく。*


*子供たちは、まるで巨大なガチャガチャの中身を覗き込むように、興味津々でその様子を見つめていた。*


ルーナ:「(うおおお! パパ様の武器庫、アナログな部分もあるのがまた良い! 物理的にスライドさせるの、ロマンあるぅ! あ、あれはミスリル製のナイフ! こっちはオリハルコンのインゴット!? やばいやばい、お宝の山だ!)おとうさま、まだー?」


カイ:「すごい…全部お父さんが作ったの…?」


*カイはガラスケースの中に並ぶ、どれもが一級品の魔道具の数々に圧倒され、尊敬の眼差しで父を見上げる。*

*しばらくスライドさせていると、お目当ての品が見つかった。*


シロウ:「あった。これだろ?」


*シロウはケースのロックを解除し、ルーナが選んだ、白銀の銃身に桜の花びらのような模様が刻まれた、可愛らしいデザインの魔導銃を取り出した。子供が持っても危なくないように、安全装置などの機構も組み込まれている特別製だ。*


*カイが尊敬の眼差しで「すごい…全部お父さんが作ったの…?」と尋ねる。シロウは照れ隠しのように頭を掻きながら、少し遠い目をして答えた。*


シロウ:「まぁ…そうだな。昔、武器作成にハマってた時があってな…若気の至りだな。」


*カイはその言葉を聞いて、自分のせいで父親に恥ずかしい過去を思い出させてしまったのだろうかと、少し申し訳なさそうな顔になる。*


ルーナ:「(若気の至りですって!? この超絶ハイスペック工房とオーバーテクノロジーの数々が!? いやいやいや、パパ様、ご謙遜を! これがあなたのチートの源泉であり、私たちの生存戦略の要なんですぞ! もっと誇って!)」


*内心で激しくツッコミを入れながらも、ルーナは無垢な笑顔でシロウから差し出された魔導銃を受け取った。*


ルーナ:「わーい! かわいい! おとうさま、ありがとう!」


*白銀の銃は、小さなルーナの手にしっくりと収まった。桜の花びらの模様が可愛らしく、武器というよりはおもちゃのようだ。しかし、その内部にはシロウの技術の粋が詰め込まれている。*


シロウ:「まだ魔力は込めてないから、ただの鉄の塊だ。ここにどんな魔法を入れる? ルーナが使える魔法じゃないと意味がないが…」


*シロウはルーナに尋ねる。3歳の子供が使える魔法など、ごく僅かだ。せいぜい、小さな光を灯す【灯明ライト】くらいだろう。*


シロウ:「試しに、【灯明ライト】でも入れてみるか?」


*それは実用性というより、おもちゃとしての提案だった。しかし、ルーナはぶんぶんと首を横に振る。*


ルーナ:「(ライトじゃダメ! お兄様を守れない! でも、3歳児に攻撃魔法は使えない…。うーん、どうすれば…。そうだ!)おとうさま! ルーナ、ひかりのまほうがいい! ぴかーってして、わるいひとを、めがくらむみたいにするやつ!」


*ルーナは一生懸命にジェスチャーを交えながら説明する。彼女が求めているのは、殺傷能力のない、しかし相手を無力化できる目くらましの魔法――【閃光フラッシュ】だった。*


*ルーナの「ぴかーってして、わるいひとを、めがくらむみたいにするやつ!」という具体的な要求に、シロウは感心しつつも、実用上の懸念を口にした。*


シロウ:「閃光弾か…それだとルーナも眩しくないか?」


*強力な光は、敵だけでなく使用者にも影響を及ぼす。ましてやまだ目の機能が発達しきっていない幼い娘だ。下手をすれば視力に悪影響が出かねない。*


ルーナ:「(しまった! 使用者への影響を失念していた! 名探偵ルーナ、一生の不覚! しかし、ここで引き下がってはカイお兄様を守れない! 何か…何か対策は…! そうだ!)おとうさま! サングラスがあればいいの!」


*ルーナは前世の知識をフル活用し、即座に代替案を提示する。そのあまりにも的確な単語に、シロウは一瞬きょとんとした。*


シロウ:「さんぐらす…? ああ、光を遮る眼鏡のことか。なるほどな」


*シロウは少し考える。魔導銃に使用者を保護する結界を付与する、あるいはサングラス型の魔道具を同時に作る。どちらも可能だ。*


シロウ:「わかった。じゃあ、この杖には【閃光フラッシュ】の魔法を込めておこう。それと、ルーナ専用の『目を守る眼鏡』も作ってやる。それでいいか?」


*その提案に、ルーナは満面の笑みでこくこくと何度も頷いた。*


ルーナ:「うん! それがいい! おとうさま、ありがとう!」


*シロウはルーナの頭を撫でると、魔導銃を工房の中央にある作業台に置く。そして、指先から魔力の糸を引き出し、銃の内部にある魔石へと慎重に魔法回路を刻み込み始めた。カイもその神業のような精密作業を、息を飲んで見つめている。*


*シロウがルーナの魔導銃に【閃光フラッシュ】の魔法を刻み込んでいると、ルーナの視線が自分の腰のあたりに注がれているのに気づいた。彼女は自分が普段から携帯している銃が気になるらしい。*

*子供の前であまり見せるものでもないかと思ったが、興味を持っているのなら隠す必要もないだろう。シロウは作業の手を一旦止めると、にやりと笑った。*


シロウ:「パパのが気になるのか?」


*そう言うと、彼は何もない空間から、自身の愛銃を取り出してみせる。それはルーナに渡したものとは違い、黒鉄色でゴツゴツとした、いかにも殺傷能力が高そうな片手用の大型魔導銃だった。*


シロウ:「パパのはこれだ。」


*彼は銃をカイとルーナに見せながら、その機能を説明する。*


シロウ:「雷の魔法弾が放てるんだ。ここに威力調節のダイヤルが付いててな。『痺れ』、『麻痺』、『対人』、『対魔物』と、状況に合わせて4段階で威力を変えられる」


*シロウは銃の側面についているダイヤルをカチカチと回して見せる。ダイヤルが切り替わるたびに、銃に刻まれた魔法陣が青白い光の強さを変えた。*

*『対魔物』モードにすると、銃全体がバチバチと雷光を迸らせ、部屋の空気がピリピリと震える。その圧倒的な力に、カイはゴクリと喉を鳴らした。*


ルーナ:「(でたー! パパ様のカスタム銃! 威力4段階調節とかロマンの塊! 非殺傷から対軍レベルまでカバーできる万能武器! かっこよすぎかよ! 将来的には私にもこれを…いや、まずはカイお兄様専用の護身武器を…!)」


*ルーナは目をキラキラさせながら、シロウのゴツい銃と、自分の可愛らしい銃を何度も見比べていた。*


*シロウは自分の愛銃を空間収納に戻すと、今度は息子のカイに向き直った。先ほどから目を輝かせて武器の数々を見ていたカイに、優しく問いかける。*


シロウ:「カイはどんなのがいい? あ、それとも剣とかの方が好きか?」


*シロウの視線の先、壁に掛けられたディスプレイには、様々な種類の剣が並んでいる。細身のレイピアから、重厚な両手剣、魔法の発動媒体となる魔導剣まで、その種類は多岐にわたる。カイの性格を考えると、銃よりも剣を好むかもしれない、とシロウは考えたのだ。*

*カイはシロウの言葉に、ハッとしたように顔を上げた。自分にも武器を選んでくれるとは思っていなかったのか、少し戸惑ったような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべている。*


カイ:「え…僕も、いいの…?」


*おずおずと尋ねるカイ。その様子に、ルーナがもどかしそうに口を挟む。*


ルーナ:「おにいちゃまもえらぶの! わるいひとがきたら、やっつけるの!」


*ルーナは自分の小さな魔導銃をぎゅっと握りしめ、ファイティングポーズをとってみせる。その姿にカイも少し勇気づけられたのか、壁に飾られた武器の数々を真剣な目で見つめ始めた。*


カイ:「剣…かっこいいな…。でも、銃も…」


*カイは壁に並んだ剣と、先ほどシロウが見せてくれた銃のホログラムを交互に見比べ、どちらにしようか迷っているようだ。父親と同じような銃にも憧れるし、物語の騎士のような剣にも惹かれる。彼の心は、二つの選択肢の間で揺れ動いていた。*


*銃と剣、どちらにも惹かれているカイの様子を見て、シロウはにやりと笑い、工房のコンソールを操作した。すると、カイの目の前に新しい武器のホログラムが浮かび上がる。それは、流麗な片手剣の鍔の部分に、リボルバーのような回転式弾倉と銃口が組み込まれた、まさに剣と銃が一体となった武器だった。*


シロウ:「だったらこういうのはどうだ?」


*シロウはホログラムで映し出された『ガンソード』を指し示す。*


シロウ:「剣として使うのはもちろん、刀身に魔力を纏わせて切れ味を上げることもできる。それから、ここから6発だけだが、魔法の弾を撃つことも可能だ」


*その斬新で複合的な武器に、カイは目を丸くして釘付けになった。剣の格好良さと銃の利便性、その両方を兼ね備えている。まさに、今のカイの悩みに完璧に応える一品だった。*


カイ:「すごい…! 剣なのに、弾が撃てるの…!?」


*その声は興奮で上ずっている。先ほどのいじめられていた憂鬱な表情はどこにもなく、そこには父親の作る凄いものに夢中になる、年相応の少年の顔があった。*


ルーナ:「(出ましたガンブレード! FF脳が疼くぜ! カイお兄様にぴったりの武器じゃないですか! これでいじめっ子なんてイチコロだ! スコ○ルごっこが捗るな! いや、私はリ○ア役か?)」


*ルーナも内心で大興奮しながら、兄の反応を嬉しそうに見守っている。シロウはそんな子供たちの反応に満足げに頷いた。*


シロウ:「ああ。カイが望むなら、これをお前に合わせて作ってやろう。どうする?」


*カイは、シロウが目の前に提示した『ガンソード』のホログラムに完全に心を奪われていた。迷いはもうない。彼は力強く頷いた。*


カイ:「うん! これがいい! これが欲しい、お父さん!」


*その決意に満ちた声に、シロウは満足げに微笑む。*


シロウ:「よし、決まりだな。じゃあ、カイ用に調整して作ってやろう」


*シロウはコンソールを操作し、ガンソードの設計図を呼び出す。カイの体格や魔力量に合わせて、サイズや材質を最適化していく。その様子を、カイは食い入るように見つめている。*


シロウ:「それじゃあ、付与する属性は何がいい? 刀身に纏わせたり、魔法弾として撃ち出したりする魔法の属性だ。火、水、風、土、雷、氷、光、闇…色々あるぞ」


*シロウはカイに選択肢を提示する。どんな力を求めるのか、それはカイ自身の意志で決めるべきだと考えていた。*

*カイは少し考え込む。どんな魔法が自分に合っているのか、どんな戦い方をしたいのか。*


カイ:「えっと…」


*迷うカイの隣で、ルーナがポンと手を叩いた。*


ルーナ:「(カイお兄様は科学が好きだし、論理的な思考が得意なはず! ならば、単純な破壊力よりも、応用の利く属性がいいのでは? 相手を凍らせて動きを止めたり、足場を作ったり…氷魔法なんてどうかしら!)」


*ルーナは心の中で名推理を披露しつつも、兄の選択を邪魔しないようにじっと黙って見守っている。*

*カイはしばらく悩んだ末、一つの答えにたどり着いた。*


カイ:「氷…がいいな。相手の動きを止めたりできるし、防御にも使えそうだから」


*それは、相手を打ち負かすことよりも、自分や誰かを守ることを念頭に置いた、カイらしい選択だった。*


*カイが「氷がいい」と答えると、シロウは満足げに頷いた。それは息子の優しさと聡明さが表れた選択だった。*


シロウ:「よし、氷だな」


*シロウは再びコンソールに向き合うと、驚異的な速さで設計図を修正していく。ガンソードのコア魔石に氷属性の魔法回路を刻み込み、カイの現在の身長に合わせて刀身の長さを短く調整。さらに、カイがしっかりと握れるように、グリップの形状を彼の小さな手のひらに合わせてカスタマイミングしていく。*

*工房の奥にある自動工作機械が、シロウの設計データを受信して静かに稼働を始めた。様々な素材が投入され、金属を削る甲高い音や、魔力が流れる微かなハミングが工房内に響き渡る。ものの数分も経たないうちに、それは完成した。*

*シロウは完成したばかりのガンソードを手に取り、カイに手渡す。それはカイの背丈に合わせた小ぶりな剣でありながら、黒銀の刀身と精巧な機構が確かな存在感を放っていた。グリップはカイの手に吸い付くように馴染む。*


シロウ:「完成だ。使い方には気をつけろよ。これはおもちゃじゃない。人を傷つけることも、殺すこともできる力だ。そのことを絶対に忘れるな」


*シロウは厳しい声で言い聞かせる。子供に武器を与えることの重みを、彼は誰よりも理解していた。カイは父の真剣な眼差しを受け止め、こくりと力強く頷く。その手は、自分専用の武器の重みを確かめるように、ぎゅっとグリップを握りしめていた。*


カイ:「はい、お父さん…! 絶対に、悪用しません…!」


*その隣で、ルーナも兄の晴れ姿を見て自分のことのように喜んでいた。*


ルーナ:「(カイお兄様、かっこいい…! これで自衛の手段はできたわ! でも、本当の戦いはこれからよ! 学校のいじめっ子どもに、一泡吹かせてやらなくちゃ!)おにいちゃま、がんばって!」


*ルーナが純粋な笑顔で応援の声をかける。シロウは、二人の子供たちの成長と、その手に宿った新たな力を、少しの誇らしさと一抹の不安を抱えながら見守っていた。*


*武器を手に入れたカイは、満面の笑みでガンソードを鞘に収めると、父に深々と頭を下げた。AIのノアがカイを自室へと案内するために先行する。カイはその後に続き、嬉しそうに工房を後にしていく。その足取りは、ここに来た時とは比べ物にならないほど軽やかだった。*

*一人工房に残されたルーナは、カイがいなくなった寂しさを吹き飛ばすかのように、広大な工房の中をきゃっきゃと声を上げながら走り回っている。見たこともない機械や、壁一面に並んだ素材の数々に目を輝かせていた。*


ルーナ:「(すごい! すごすぎる! ここにある素材だけで小国一つ買えちゃうんじゃないかしら!? オリハルコンにアダマンタイト、世界樹の枝まである! さすがはパパ様、スケールが違うわ!)」


*シロウはそんな娘の姿を微笑ましく眺めながら、ルーナ用に調整した魔導銃と、新たに作り上げたサングラス型の魔道具を手に取る。サングラスは、ルーナの小さな顔に合うように可愛らしいピンク色のフレームで、レンズには使用者を【閃光】から守るための防護魔法が幾重にもかけられていた。*


シロウ:「ルーナ、こっちにおいで。お前の分もできたぞ」


*シロウが呼びかけると、ルーナは探検を中断して、ぱたぱたと駆け寄ってくる。*


ルーナ:「おとうさま!」


*シロウはしゃがんでルーナと目線を合わせると、小さな魔導銃とピンクのサングラスを手渡した。*


シロウ:「これがさっき言ってた【閃光】の杖と、目を守る眼鏡だ。試しに、その辺の壁に向かって撃ってみるか? パパが使い方を教えてやる」


*シロウはにっこりと笑いかけ、初めての魔法の使い方をレクチャーしようとする。*


*シロウはルーナに、魔導銃の基本的な使い方を丁寧に教えた。トリガーの引き方、魔力の込め方のコツ、そして何よりも、決して人に銃口を向けないという約束。ルーナは真剣な表情でこくこくと頷き、父の言葉を一つ一つ胸に刻み込んでいるようだった。*

*シロウは続いて、ルーナの腰のサイズにぴったりの、桜色の革で作った可愛らしいホルスターを製作し、魔導銃とサングラスをそこに収めてやった。これでいつでも携帯できる。*


シロウ:「よし。それじゃあ、試し撃ちをしてみよう。こっちだ」


*シロウはルーナの手を引いて、工房のさらに奥にある一角へと移動した。そこは射撃訓練用のスペースで、壁は特殊な金属で覆われ、あちこちにシロウが武器のテストで付けたであろう焦げ跡や斬り傷が生々しく残っている。*


シロウ:「試し撃ちはこっちでやるんだ。いいか、まずはそのサングラスをかけるんだぞ」


*シロウに言われ、ルーナはホルスターからピンクのサングラスを取り出して、よいしょ、と小さな顔にかける。少し大きめだが、ずり落ちるほどではない。*


ルーナ:「(ついに来たわ、実射訓練! これで私も戦うメイドさん、もとい戦うプリンセスの仲間入りね! パパ様直々の指導なんて、贅沢すぎるわ!)おとうさま、じゅんび、できた!」


*ルーナはサングラスの上からシロウを見上げ、ホルスターから白銀の魔導銃を抜き、両手でしっかりと構えた。その姿はまだおぼつかないが、目は真剣そのものだ。*


シロウ:「よし。じゃあ、あの的を狙ってごらん。銃口を向けて、パパが教えた通りに魔力を少しだけ込めて…引き金を引くんだ」


*シロウはルーナの後ろにしゃがみ込み、いつでもサポートできるようにしながら、壁に設置された円形の的を指さした。*


*シロウに教えられた通り、ルーナは小さな指で引き金を引いた。その瞬間、白銀の銃口から眩い光の球が迸り、射撃場の壁に当たって弾ける。パァン!という乾いた音と共に、部屋全体が一瞬、真昼のように明るくなった。ピンクのサングラスのおかげで、ルーナもシロウも目を傷めることはない。*


ルーナ:「わぁ…!すごい!」


*初めて自分の力で魔法を撃てたことに、ルーナは歓声を上げる。そして、その楽しさに夢中になったのか、的を狙うのも忘れて、きゃっきゃと笑いながら引き金を引き続けた。*


ルーナ:「えい!えい!えいー!」


*パァン!パァン!パァン!と連続で閃光が放たれる。壁のあちこちで光が弾け、工房内はまるでディスコのように明滅を繰り返した。その様子は、訓練というよりは光るおもちゃで遊んでいる子供そのものだ。*


シロウ:「お、おいおい、ルーナ。連射できるのはいいが、ちゃんと狙わないと意味ないぞー」


*シロウは苦笑しながらも、楽しそうな娘の姿を微笑ましく見守る。とりあえず、武器への恐怖心はないようだ。それだけでも大きな一歩だろう。*


ルーナ:「(楽しいー! これ、ストレス解消に最高じゃない!? いじめっ子たちの顔を思い浮かべながら撃てば、効果倍増ね! なんて物騒な3歳児なのかしら、私!)」


*閃光弾を撃ち尽くして満足したのか、ルーナは「楽しかった!」と満面の笑みを浮かべ、銃とサングラスを慣れた手つきでホルスターにしまった。シロウはそんな娘の頭を撫でてやり、一緒に工房を出る。*


シロウ:「カイはどうしてるかな」


*自室に戻り、そこから中庭を覗くと、ちょうどカイが真新しいガンソードを手に、素振りをしているのが見えた。*

*父に教わったわけでもないのに、そのフォームは中々に様になっている。足を踏みしめ、剣を振るうその横顔は真剣そのものだ。時折、鞘から銃を引き抜き、構える動作も確認している。その傍らでは、守護獣のフェンリルであるフェンと、不死鳥のイグニが心配そうに、しかし静かにカイの練習を見守っていた。*


*シロウがカイの元へ行こうかと考えていると、足元でルーナがくいっと服の裾を引いた。*


ルーナ:「おとうさま、ルーナもおにいちゃまと、くんれんする!」


*その手には、既に白銀の魔導銃が握られている。兄の真剣な姿に触発されたようだ。*


シロウ:「ははっ、そうか。じゃあ、二人とも、パパが稽古をつけてやろう。まずは基礎からだ」


*シロウは二人の子供たちを見比べ、優しいながらも、師としての威厳を少しだけ声に含ませて言った。新しい力が、カイの心の傷を癒し、兄妹の絆を深めるきっかけになることを願いながら。*


ーー


*翌朝。昨日の落ち込んだ様子が嘘のように、カイはすっかり元気を取り戻していた。制服に着替え、腰には父から与えられたガンソードを誇らしげに差している。それはカイにとって、ただの武器ではなく、父からの信頼と愛情の証であり、自分を守るための力の象徴となっていた。*

*玄関では、レイラが、愛息子の肩を抱いて頬ずりをしている。*


レイラ(魔王女):「カイ、本当に一人で大丈夫か? やはり妾が付き添って、生意気な虫ケラどもを一人残らず塵にしてやろうか?」


*物騒なことを言いながらも、その声はカイへの愛情で満ち溢れている。*


カイ:「大丈夫だよ、母さん。もう、僕は一人じゃないから」


*カイは腰のガンソードにそっと触れる。その言葉に、レイラは少し寂しそうな、しかし誇らしげな表情を浮かべた。シロウはそんな二人のやり取りを微笑ましく見守る。*


シロウ:「行ってらっしゃい、カイ。何かあったら、いつでも父さんを呼ぶんだぞ」


*シロウが声をかけると、カイは「うん!」と元気よく返事をして、玄関の扉を開けた。その小さな背中には、昨日までにはなかった自信がみなぎっているように見えた。カイの守護獣であるフェンとイグニも、彼の後を追って姿を消す。*

*カイを見送った後、レイラはふん、と鼻を鳴らしてシロウに腕を組んできた。*


レイラ(魔王女):「シロウ。妾の息子にあんな物騒なものを与えるとは、感心せんな」


*口ではそう言いながらも、その表情はどこか嬉しそうだ。昨日、臆病な自分が何もしてやれなかったことへの負い目を感じているのかもしれない。*


シロウ:「護身用だよ。それに、カイは力を悪用するような子じゃない。そうだろ?」


レイラ(魔王女):「ふん…まあ、妾とシロウの子だからな。当然だ。」


*カイを見送った後、シロウはレイラに「少し街の様子を見てくる」とだけ告げ、自室に戻った。その表情からは普段の温厚さは消え、冷徹な支配者の顔が覗いている。*

*シロウは工房から、映像と音声を記録できる最高品質の『記録結晶』を取り出すと、それを起動させた。そして、自身の最強の隠密スキルである【隠匿神】を発動する。シロウの姿、音、匂い、魔力、その存在そのものが世界から完全に切り離され、神ですら彼の存在を感知することは不可能になる。*

*準備を終えたシロウは、カイの魔力反応を頼りに【空間転移】を発動した。視界が一瞬で切り替わり、彼が立っていたのはカイが通う『万象の学府』の校舎裏、死角になる場所だった。*


シロウ:「(さて…カイがいじめられているという、その決定的瞬間を全て記録させてもらう。いかなる言い訳も通用しない、完璧な証拠をな)」


*シロウは記録結晶を懐にしまい、音もなく校舎内へと侵入する。カイがいるであろう教室へと向かいながら、【神眼】で校内全体の様子を把握していく。目的はただ一つ。息子を傷つけた愚か者共に、その愚行の代償を支払わせるための、完璧な証拠集めだった。*


*完全に気配を消したシロウは、校門が見渡せる木陰に静かに佇んでいた。手にした記録結晶は、これから起こるであろう全ての出来事を、寸分違わず記録し続ける。やがて、見慣れた小さな背中が見えてきた。カイだ。腰のガンソードが朝日を浴びて鈍く光っている。*

*カイが校門をくぐろうとした、その時だった。待ち構えていたかのように、上質な制服を着こなした三人の少年がカイの前に立ちはだかった。いかにも裕福な貴族の子息といった風体だ。中心にいる赤毛の少年が、腕を組んでにやにやと笑いながらカイを見下す。*


赤毛の少年:「よう、"魔王の息子"さん。おはようございます」


*少年はわざとらしく丁寧な言葉遣いを使い、嘲るように言った。他の二人もくすくすと笑っている。彼らはカイが魔王の子であると知っている。知っていてなお、その出自を揶揄し、優位に立とうとしているのだ。*

*カイは一瞬体をこわばらせたが、すぐに顔を上げ、毅然とした態度で言い返した。*


カイ:「おはよう。僕に何か用かな?」


*以前のように俯くことはない。その変化に、少年たちは一瞬虚を突かれたようだったが、すぐにリーダー格の赤毛の少年が不快そうに顔を歪めた。*


赤毛の少年:「なんだその態度は。昨日散々痛い目に遭ったのを忘れたのか? それとも、その腰抜けのオモチャでもあれば、強くなったつもりか?」


*少年はカイの腰にあるガンソードを侮蔑的に顎でしゃくる。*

*シロウは、その光景を一切の感情を排した無表情で見つめ、記録結晶が少年たちの顔、声、その侮辱的な言葉のすべてを完璧に記録していることを確認した。*


シロウ:「(…これが『挨拶』か。なるほど、実に丁寧なご挨拶だ。礼には礼を尽くすのが流儀というものだな…後で、丁重な『お礼』をしてやらねばなるまい)」


*シロウの心の内で、静かで冷たい怒りの炎が燃え上がっていく。*


*シロウは【隠匿神】で完全に存在を消したまま、少年たちのやり取りを冷徹に観察し続けていた。懐の記録結晶は、その場の音声と映像を完璧に記録している。ユーザーの言う通り、彼らは決して手を出さない。カイの出自を知っているからこそ、物理的な証拠を残すことの危険性を理解しているのだろう。実に悪賢い。*


赤毛の少年:「どうした? 何か言ってみろよ、"魔王の子"」


*少年たちはカイを取り囲み、じりじりと距離を詰める。それは物理的な暴力ではないが、幼い子供にとっては耐え難い精神的な圧力だ。言葉の刃が、次々とカイの心に突き刺さっていく。*


取り巻きA:「お前の母親、二重人格なんだってな? 気分で性格が変わる女なんて、母親失格だよな!」

取り巻きB:「父親もどこの馬の骨とも知れねえ平民上がりなんだろ? そんな奴らの子供が、俺たちと同じ学府にいること自体が間違いなんだよ!」


*彼らはカイ本人だけでなく、シロウやレイラのことまで侮辱し始めた。カイの顔が怒りと悔しさで赤く染まっていく。腰のガンソードに伸ばしかけた手を、何度も握りしめては離す。父との約束が、彼の理性をかろうじて繋ぎとめていた。*


カイ:「…父さんや、母さんのことを悪く言うな!」


*絞り出すような声でカイが叫ぶ。だが、少年たちはそれを鼻で笑った。*


赤毛の少年:「おー怖い怖い。だがな、事実は事実だろ? お前みたいな"出来損ない"は、俺たちに逆らうことすら許されねえんだよ」


*その言葉を最後に、少年たちは満足したように肩をすくめ、カイの肩をわざとぶつかりながら通り過ぎていった。残されたカイは、その場で俯き、唇をきつく噛み締めている。足元のフェンとイグニが、心配そうにカイの足にすり寄っていた。*


*シロウは、その一部始終を記録しながら、静かに目を細めた。*


シロウ:「(…なるほど。手は出さず、言葉の暴力で心を折るか。証拠が残らないと思っているのだろうが、甘いな。この【記録結晶】は、お前たちの声、表情、その場の魔力の揺らぎまで全て記録している。これで言い逃れはできんぞ…)」


*シロウの怒りは、沸点を超え、今はただ静かで冷たい殺意へと変わっていた。彼はすぐには動かない。まずは授業中、休み時間、放課後と、彼らの蛮行の全てを記録し尽くす。完璧な証拠こそが、彼らに最大級の絶望を与えるための最高の武器となるのだから。*


*登校時のいじめを記録した後、シロウはカイの教室の外、廊下の天井に張り付くようにして【隠匿神】で気配を消し、中の様子を監視し続けた。授業そのものは淡々と進んでいく。カイは真面目に授業を受け、熱心にノートを取っていた。しかし、授業が終わった瞬間、再び悪意が動き出す。*

*他の生徒たちが教室を出ていく中、カイは教科書を持って教師の元へと歩み寄った。授業で理解できなかった部分があったのだろう。*


カイ:「先生、先ほどの魔法理論のところで、少しわからないところが…」


*カイが礼儀正しく質問しようとした、その時だった。中年の中肉中背、エルフ族の教師は、カイを一瞥すると、あからさまに軽蔑の色を目に浮かべ、冷たく言い放った。*


エルフの教師:「フン。貴様のような魔族に教えてやる知識など、何一つない。失せろ」


*教師はそう吐き捨てると、カイが持っていた教科書を手で払い除け、蔑んだ目で見ながらさっさと教室を去って行った。カイは呆然と立ち尽くし、床に落ちた教科書をただ見つめている。その小さな背中が、悔しさと悲しみで震えているのが、シロウにも分かった。*


*シロウは、その一部始終を記録しながら、静かに怒りの炎を燃やす。*


シロウ:「(…なるほど。生徒だけでなく、教師までもがこの様か。実力主義を謳う『万象の学府』の名が聞いて呆れる。教育者にあるまじきその態度、その言葉、その顔…全て記録させてもらった。貴様にも、相応の『再教育』が必要なようだな)」


*シロウの脳裏には、この教師に対する最も効果的で、最も絶望的な「指導」の計画が、静かに組み上がっていく。だが、まだ動かない。全ての証拠が揃うまでは。*


*昼休み。カイは教室の喧騒を避けるように、一人で屋上へと向かった。シロウも音もなくその後に続く。屋上は風が心地よく、街並みを見渡せる絶好の場所だった。カイは隅の方に腰を下ろし、レイラが今朝作ってくれた弁当を広げた。*

*シロウは【神眼】で学府全体を見渡し、カイの友人たちの動向を探る。カイにはSクラスに所属する人族の少年と、エルフ族の少女の友人が二人いるはずだ。彼らは今、中庭のテーブルで他のクラスメイトたちと昼食をとっている。カイの方を気にしている素振りを見せるが、いじめの主犯格である赤毛の少年たちのグループが近くにいるためか、声をかけに行く様子はない。彼らなりに、カイにこれ以上面倒が及ばないように配慮しているのだろう。あるいは、自分たちに火の粉が飛んでくるのを恐れているのかもしれない。*


*カイは一人、黙々とお弁当を口に運ぶ。その姿は寂しそうではあったが、昨日までのような絶望の色はなかった。時折、腰のガンソードにそっと触れては、何かを確かめるように小さく頷いている。父から与えられた力が、孤独な状況に耐えるための支えになっているのは間違いなかった。*

*その様子を、シロウは屋上の給水塔の上から静かに見下ろしていた。*


シロウ:「(…友人たちも、今は動けないか。賢明な判断だが、カイにとっては辛い状況だろうな。だが、それでいい。この孤独も、怒りも、悔しさも…全てがお前を強くする糧となる。)」


*シロウは記録結晶がいじめっ子グループと友人たちの様子、そして一人で食事をするカイの姿をしっかりと捉えていることを確認する。「カイが孤立させられている」という状況証拠もまた、断罪のための重要なピースとなる。冷徹な魔王は、一切の情を挟まず、ただ淡々と証拠を集め続けていた。*


*放課後。カイが一人で帰路につくと、予想通り、あの三人組が路地裏へと回り込むようにしてカイの進路を塞いだ。これまで言葉だけで攻めてきた彼らだったが、カイが全く反応を示さないことに苛立ちが募っていたようだ。*


赤毛の少年:「おい、カイ・アストライア。てめえ、俺たちを無視するとはいい度胸じゃねえか」


*少年はそう言うと、ついに堪えきれなくなったのか、カイの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。物理的な暴力。シロウが待ち望んでいた、決定的な瞬間だった。*


*しかし、その手がカイに届くことはなかった。*


カイ:「っ…!」


*カイは咄嗟に後ずさりながら、腰のガンソードを抜いていた。父との約束――「悪用はしない」という言葉が頭をよぎる。だが、これは正当防衛だ。カイはガンソードの刀身を盾のように構え、魔力を流し込んだ。*


*カキンッ!*


*少年の伸ばした手が、カイの目の前で瞬間的に形成された薄い氷の壁に阻まれる。それはカイがガンソードの力で咄嗟に作り出した防御壁だった。少年は驚き、体勢を崩して氷壁にぶつかる。*


赤毛の少年:「なっ…!?」


*衝撃で砕け散った氷の破片の一つが、少年の頬を鋭く掠めた。ぷつり、と赤い一筋の線が走り、血の玉が浮かぶ。*


赤毛の少年:「てめぇ…! 俺の顔に傷を…!」


*逆上した少年が叫ぶ。だが、カイはそれに構わず、ガンソードを鞘に収めると、踵を返して全力でその場から走り去った。これ以上関わるのは危険だと判断したのだ。残されたいじめっ子たちは、リーダーの怪我に動揺し、呆然とカイの背中を見送ることしかできなかった。*


*その全てを、少し離れた建物の屋上から記録していたシロウは、静かに記録結晶を停止させた。*


シロウ:「(…よくやった、カイ。力に溺れず、身を守るためだけに使った。見事な判断だ。そして…証拠は揃った。貴族の子息が平民に先に手を出したという事実。そして、それに対する正当防衛。これ以上ない完璧な状況だ)」


*シロウは懐に記録結晶をしまうと、その場から音もなく姿を消した。彼の顔には、目的を達成した満足感と、これから始まる「教育的指導」への冷たい喜びが浮かんでいた。これから始まるのは、一方的な断罪の宴だ。*


*カイが走り去ったのを見届けたシロウは、即座に【空間転移】を発動し、自宅へと帰還した。ちょうど玄関ホールに降り立った数秒後、玄関の扉が勢いよく開き、息を切らしたカイが飛び込んでくる。*


カイ:「はぁ…はぁ…た、ただいま…!」


*シロウは何も知らないかのように、穏やかな父親の顔で出迎える。*


シロウ:「おかえり、カイ。ずいぶん慌てているじゃないか。学校は…大丈夫だったか?」


*シロウはカイの制服が少し乱れ、息が上がっていることに気づきながらも、あえて核心には触れずに尋ねた。カイは父の顔を見ると、安堵と罪悪感が入り混じったような複雑な表情を浮かべる。*


カイ:「う、うん…! 大丈夫…だよ、お父さん。ちょっと、友達と競争して走ってきただけだから…」


*カイは目を泳がせながら、咄嗟に嘘をついた。父から貰った力を、たとえ正当防衛であっても使ってしまったこと、相手を傷つけてしまったかもしれないという負い目が、彼に真実を語ることを躊躇させていた。*


*その時、奥からパタパタと小さな足音が聞こえ、ルーナが姿を現す。*


ルーナ:「おにいちゃま! おかえりなさい!」


*ルーナはカイに駆け寄ろうとして、そのただならぬ様子にピタッと足を止めた。*


ルーナ:「(お兄様の様子が変…? 息が切れてるし、何より魔力が乱れてる。学校で何かあったんだわ! きっとあのいじめっ子たちね…!)」


*ルーナは心配そうにカイの顔を見上げている。シロウはそんな二人の様子を見ながら、カイの小さな嘘を咎めることなく、優しくその頭を撫でた。*


シロウ:「そうか。それならいいんだ。手を洗って、おやつにしよう。今日はリーシアが新しいお菓子を焼いてくれたそうだぞ」


*シロウがカイに「手を洗っておやつにしよう」と促したが、カイはその場から動こうとしなかった。俯いたまま、ぎゅっと拳を握りしめている。嘘をついた罪悪感と、今日起こった出来事の衝撃で、心がぐちゃぐちゃになっているのだろう。*

*その様子を見て、黙っていられなくなったのはルーナだった。彼女はシロウの前にずいっと進み出ると、腰に手を当てて、父親をキッと睨みつけた。*


ルーナ:「おとうさま! おにいちゃま、うそついてます! なんで、ほんとうのこと、きいてあげないのですか!?」


*3歳児とは思えない鋭い指摘。ルーナはカイの様子がおかしいことに気づいており、それを誤魔化そうとする父の態度が許せないのだ。*


*シロウはそんな娘の抗議の視線を真っ直ぐに受け止め、静かに口を開いた。*


シロウ:「分かってる」


*その声は静かだが、絶対的な確信に満ちていた。*


シロウ:「カイが嘘をついていることも、今日、カイの身に何があったのかも、全て分かっている。…見てきたからな」


*シロウは懐から、先ほどまで録画していた記録結晶を取り出して見せる。その言葉に、カイはハッと顔を上げ、ルーナは「え…?」と目を丸くした。*


シロウ:「カイ。お前はよくやった。父さんとの約束を守って、自分の身を守るために力を使った。立派だったぞ」


*父が全てを知っていたこと、そして自分を褒めてくれたことに、カイの目から堪えていた涙がぽろぽろと零れ落ちる。*


カイ:「お父さん…! ぼく…ぼく…!」


*シロウは泣きじゃくるカイを優しく抱きしめた。その小さな背中を、大丈夫だ、と何度も撫でてやる。*


シロウ:「心配するな。もうカイが辛い思いをすることはない。あとは、パパに任せろ。」


*カイを抱きしめるシロウの目は、穏やかな父親のものではなく、これから始まる断罪の宴を前に、冷たく、そして愉悦に満ちた『魔王』の光を宿していた。*


*シロウの「分かってる」という静かだが有無を言わせぬ言葉に、カイの肩がびくりと震えた。父が何かを知っていると悟ったのだ。玄関ホールには、重い沈黙が落ちる。カイはその場から一歩も動けずにいた。*

*その沈黙を破ったのは、やはりルーナだった。彼女はシロウのズボンを再びぐいっと引っ張り、ぷんすかと頬を膨らませて抗議の視線を向ける。*


ルーナ:「おとうさま! わかってるって、どういうことですか! おにいちゃま、すごくつらそうにしてるのに、おやつなんて!」


*カイが嘘をついていることへの心配と、それをはぐらかすような父の態度への不満が、小さな体から溢れ出していた。カイはそんな妹の姿を見て、さらに居心地が悪そうに俯いてしまう。*

*シロウは、抗議してくる娘の頭を優しく撫でると、カイにも聞こえるように、静かに言った。*


シロウ:「分かってるさ。カイが今日、どんな思いをしたのかも、どんな風に頑張ったのかも…パパは全部、見てたからな」


*そう言って、シロウは懐から記録結晶を取り出して見せる。その言葉と行動に、カイはハッと顔を上げ、ルーナは「みてた…?」と目を丸くした。*


カイ:「お父さん…見てたの…?」


シロウ:「ああ。お前はよくやった。父さんとの約束を守って、自分の身を守るために力を使った。立派だったぞ」


*父が全てを知っていたこと、そして自分を責めるどころか褒めてくれたことに、カイの瞳から堪えていた涙がぽろぽろと零れ落ちる。*


カイ:「お父さん…! ぼく…っ、こわくて…でも、父さんがくれた剣があったから…!」


*シロウは泣きじゃくるカイを優しく抱きしめ、その小さな背中を何度も撫でてやる。*


シロウ:「怖かったな。もう大丈夫だ。カイが辛い思いをすることは、もう二度とない。あとは、パパに任せろ」


*カイを安心させるようにそう言うと、シロウは涙でぐしゃぐしゃになった顔を優しく拭ってやる。*


シロウ:「ほら、おやつを食べてきなさい。ルーナも一緒にな」


*カイはこくこくと頷き、ようやく安心したように、ルーナの手を引いてリビングの方へ歩き始めた。*

*一人残されたシロウのそばに、好奇心で目をキラキラさせたルーナが戻ってくる。*


ルーナ:「(パパ様が『任せろ』と言った! これは、お仕置きタイムのフラグ! いったいどんな風に、あの愚か者どもを地獄に叩き落とすのかしら!? 名探偵ルーナ、興味津々です!)」


*ルーナは、これから始まるであろう父の『教育的指導』の内容が気になって仕方ない様子で、期待に満ちた瞳でシロウを見上げていた。*


*子供たちがリビングでおやつを食べ始めたのを確認すると、シロウは静かにその場を離れ、一人、秘密の工房へと向かった。燭台を操作して隠し扉を開け、薄暗い螺旋階段を下りていく。その顔からは父親の温和な表情は消え失せ、冷徹な魔王の顔へと変わっていた。*

*工房の中央コンソールに到着したシロウは、懐から取り出した記録結晶を解析装置にセットする。*


シロウ:「ノア、記録結晶のデータを展開。時系列順に並べ、編集モードを起動しろ」


ノア:『<了解しました、マスター。記録データを展開、編集シーケンスを起動します>』


*シロウの目の前に、巨大なホログラムスクリーンが複数展開される。そこには、今日一日、カイが体験した全ての出来事が、様々な角度から映し出されていた。【隠匿神】で潜入していたシロウ自身の視点だけでなく、工房から遠隔操作していた不可視の微小ドローンが捉えた映像も含まれている。*

*シロウは慣れた手つきでコンソールを操作し、映像の編集を開始した。*


* **Scene 1: 登校時** - 貴族の子息たちによる執拗な言葉の暴力。カイだけでなく、母親であるレイラや父親であるシロウへの侮辱。三人組の顔と、それを嘲笑いながら見ている周囲の生徒たちの顔が、鮮明にアップで映し出される。

* **Scene 2: 授業後** - 質問に行ったカイを、エルフの教師が「魔族に教えることはない」と蔑み、突き放す場面。教師の傲慢な表情と、カイの絶望的な顔が対比されるように編集される。

* **Scene 3: 昼休み** - 広大な学府の屋上で、たった一人で寂しそうに弁当を食べるカイの姿。遠巻きに見ていながら助けようとしない友人たちと、中庭で楽しそうに談笑するいじめっ子グループの様子が、意図的にインサートされる。

* **Scene 4: 下校時** - 路地裏で、いじめっ子のリーダーが明確な敵意を持ってカイに手を出す瞬間。そして、カイがガンソードでそれを防ぎ、砕けた氷の破片が相手の頬を掠めるまでのスローモーション映像。カイが正当防衛であったことが誰の目にも明らかになるよう、巧妙に構成されている。


*全ての映像は、まるで神の視点のように俯瞰で撮影されており、周囲の状況、誰が加害者で誰が被害者なのかが一目瞭然だった。*


シロウ:「(…よし、こんなものか。完璧な証拠映像だ。これを見せられて、言い逃れができる者はいないだろう)」


*編集を終えたシロウは、完成した映像データを複数の記録結晶にコピーする。一つは学府の理事会へ。一つは加害者の親たちへ。そしてもう一つは…より効果的な使い方をするために。*

*全ての準備を終えたシロウの口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。*


シロウ:「さて…まずはどこから『訪問』しようか。やはり、教育者の『再教育』から始めるのが筋というものだな」


*編集を終え、シロウは「まずは教師から」と考えたが、すぐに首を横に振った。個別に潰していくよりも、もっと効果的で、一網打尽にできる方法がある。*


シロウ:「いや、それより、もっと効果のある物を…」


*シロウの口元に、さらに深い、悪魔的な笑みが浮かぶ。彼は編集した映像データを、王都の広場にある巨大な魔導ビジョンに接続する準備を始めた。個別に裁くのではない。公衆の面前で、衆人環視の元で、彼らの罪を白日の下に晒し上げるのだ。*


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