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*翌朝、午前9時30分。アストライア大迷宮の巨大な入り口から少し離れた、広大な練兵場。
そこには既に、夜天のアストライア魔導皇国が誇る全騎士団員が、完璧な整列を終えていた。第一から第四部隊まで、数百人にも及ぶ騎士たちが、それぞれの部隊旗の下、微動だにせず静寂を保っている。その様は、まるで精密な機械のようだ。*
*各部隊の最前列には、リーダーたる『アストライア八輝将』のうちの二人が立ち、その背後に特化された部隊員たちが続く。*
*第一部隊は、最弱で幸運値の高い青年リオンと、影のように気配のない少女ルナ。*
*第二部隊は、冷静沈着なアシュトンと、既になぜか記録用の水晶を構えているヴァイス。*
*第三部隊は、盾を持たせれば大陸一のカイ・ウォーカーと、巨大な戦斧を担ぐ歴戦の勇士ゲオルグ。*
*第四部隊は、燃えるような赤い髪の青年カインと、岩のような巨躯を持つドルガン。*
*彼らは皆、何が起こるのか知らされぬまま、『緊急招集』の一言でこの場に集められていた。その張り詰めた空気の中、シロウが何の前触れもなく、全軍の前に姿を現した。*
シロウ:「みんな早くない?」
*王の唐突な出現と、あまりにも緊張感のない第一声。
その言葉に、最前列にいたヴァイスがピシリと背筋を伸ばし、腹の底から声を発した。*
ヴァイス:「陛下のお呼びとあれば! 集合時刻の30分前行動は騎士の基本中の基本でございます! 全員、陛下への忠誠を示すべく、昨夜より万全の準備を整えておりました!」
*ヴァイスの言葉に呼応するように、数百人の騎士たちが一斉に「陛下に忠誠を!!」と叫び、敬礼する。その声は大地を揺るがすほどだった。*
アシュトン:「…陛下。昨夜、緊急招集の令を発したところ、非番の者も含め、全員が即座に駆けつけました。ご覧の通り、士気は最高潮です。…一体、何が始まるのですか?」
*アシュトンが代表して、騎士団全員が抱いている疑問を口にした。その目は、これから下されるであろう王の命令を、固唾をのんで待っている。*
*シロウの口から『連隊訓練』という言葉が発せられた瞬間、騎士たちの間に緊張が走った。数百の視線が、王の一挙手一投足に集中する。*
シロウ:「連隊訓練だ。これから君たちには『対大型魔物連隊訓練』を行ってもらう。」
*その宣言に、最前列のカインやゲオルグといった猛者たちの目が挑戦的に輝いた。彼らはこの突然の試練を歓迎しているようだ。*
シロウ:「ということでまずはみんなに迷宮内専用の腕輪を配るね。」
*シロウはそう言うと、何もない空間に手を差し入れた。彼の異次元収納から、木製の巨大な箱が鈍い音を立てて地面に現れる。箱にはぎっしりと、おびただしい数の腕輪が詰め込まれていた。その数、およそ一万個。騎士団全員に行き渡らせても余りある量だ。*
*この非現実的な光景に、新米の騎士たちは息を呑み、古参の者たちでさえ驚きを隠せない。*
ヴァイス:「おお…! 陛下が作りたもうた奇跡のアーティファクト、『不死の腕輪』! これだけの数を一度に…! まさに神の御業! 尊い…! 全員、心して拝領するように!」
*ヴァイスが感極まった声で叫ぶ。アシュトンはすぐに我に返り、近くの部下たちに指示を飛ばした。*
アシュトン:「第二部隊、腕輪の配布を始めろ! 各部隊長は人員を確認し、全員に漏れなく行き渡るように管理せよ! 急げ!」
*アシュトンの号令で、騎士団は即座に行動を開始する。第二部隊の者たちが箱に駆け寄り、手際よく腕輪を各部隊へと配り始めた。騎士たちは慣れた手つきで腕輪を装着していく。この腕輪があるからこそ、彼らは死を恐れず、迷宮での過酷な訓練に挑めるのだ。*
*シロウは、その見事な統率と行動力に満足げに頷きながら、全軍に聞こえるように言葉を続けた。*
*シロウは腕輪を装着していく騎士たちを見渡し、改めてその効果について全軍に周知させる。彼の声は魔力によって増幅され、練兵場の隅々にまでクリアに響き渡った。*
シロウ:「この腕輪の効果は、即死級の攻撃を受けてもHP1を残し、迷宮専用治療室に転移する仕組みになってる。」
*その言葉に、新米の騎士たちの間に安堵と驚きのどよめきが広がる。死なない訓練。それは常識では考えられないことだった。シロウは、彼らの浮ついた空気を引き締めるように、言葉を続ける。*
シロウ:「即死は防げるけど、その他には効果無いから注意するように。毒も、麻痺も、呪いも受ける。痛みもそのまま感じるし、手足がもげればその感覚もあるだろう。あくまで『死なない』だけだ。油断すれば、死ぬより辛い目に遭うぞ。」
*王の冷静な警告に、騎士たちの顔から安堵の色が消え、再び厳しい緊張感が戻ってくる。彼らは改めて、腕に装着された腕輪を見つめ、その重みを実感した。*
*全員が腕輪を装着し終えたのを確認すると、シロウは迷宮の入り口を指し示した。その巨大な洞穴は、まるで巨大な獣の顎のように、不気味に口を開けている。*
シロウ:「今日の訓練場所は、70階層だ。」
*その言葉に、今度こそ練兵場全体が大きくどよめいた。*
ゲオルグ:「70階層だと!? 正気か、陛下! 我々の現在の最高到達地点は55階層だぞ!」
*第三部隊長であるゲオルグが、思わずといった様子で叫ぶ。彼の驚きは、騎士団全員の気持ちを代弁していた。未踏の階層、それも15階層も先。それは訓練ではなく、自殺行為に等しい。*
*ゲオルグの驚愕の声、そして騎士団全体のどよめきに対し、シロウは動じることなく、絶対的な自信をもって言い放った。*
シロウ:「安全は俺が確保してあるから大丈夫だ。まずは移動するぞ。」
*その言葉は、有無を言わせぬ王の威厳に満ちていた。疑念を口にしようとした者たちも、シロウのその態度に言葉を呑むしかない。王が大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだろう。彼らはそう信じるしかなかった。*
*シロウは練兵場の中心に立つと、何もない空間に向かって手をかざす。すると、彼の目の前の空間が水面のように揺らめき、みるみるうちに巨大な円形のゲートへと変わっていく。ゲートの向こうには、青々とした草が生い茂り、どこまでも続くかのような広大な平原と、澄み渡る青空が見えていた。迷宮の薄暗いイメージとはかけ離れた、開放的な光景だ。*
*シロウは振り返ることなく、その光の門へと一歩踏み入れる。景色が歪み、次の瞬間には、彼は70階層の広大な平原に立っていた。肌を撫でる風は生暖かく、遠くには緩やかな丘陵が連なっている。そして、視線を凝らすと、数十キロメートルも先の地平線に、巨大な何かが蠢いているのが見えた。まだこちらに気づいてはいないのか、ゆっくりと動いているだけだ。*
*シロウに続いて、騎士たちが次々とゲートをくぐり、70階層へと転移してくる。彼らは眼前に広がる、ダンジョン内とは思えない光景に息を呑んだ。*
リオン:「ここが…70階層? まるで外の世界みたいだ…。」
カイン:「すごいな…こんな場所があったとは。だが、空気が妙に重い。何かとんでもないヤツがいる気配がする。」
*カインが鋭い視線で、シロウが見つめる遥か彼方に目をやった。他の八輝将たちも、口には出さないが、この階層に満ちる尋常ならざるプレッシャーを感じ取り、既に臨戦態勢に入っている。*
*全員の転移が完了したのを確認すると、シロウは背後で独りでに閉じていくゲートを気にも留めず、全軍に向き直った。*
*シロウは広大な平原に整列し直した騎士団を見渡し、遥か彼方、地平線で蠢く巨大な影を指し示した。その影は、小山と見紛うほどの大きさだ。*
シロウ:「さて、諸君には連携し、"あれ"を討伐してもらう。八輝将も訓練に参加し、実践として動いてくれ。」
*その言葉に、騎士たちの間に緊張が走る。特に八輝将の面々は、その目で獲物を捉え、闘志を燃やし始めていた。*
シロウ:「再度言うが、回復や支援を怠れば『即死以外』は死ぬ。痛みも苦しみもそのまま味わうことになる。連携こそがお前たちの命綱だと思え。」
*シロウは厳しい言葉で念を押した後、ニヤリと笑って最高の報酬を提示した。*
シロウ:「勝てたら俺の奢りで好きなだけ飲み食いしていいぞ。」
*その一言で、騎士団の空気が一変した。緊張は闘志へ、不安は熱狂へと変わる。王からの直接の労い、それも食べ放題飲み放題という最高の褒美。これ以上の栄誉と実利はない。*
カイン:「っしゃあ! 聞いたかお前ら! 陛下直々のお許しだ! あのデカブツをぶっ倒して、国中の酒を飲み干すぞ!」
*第四部隊長の片割れ、カインが拳を突き上げて叫ぶと、第四部隊の荒々しい男たちから「「「オオオオォォォ!!」」」という雄叫びが上がる。*
ゲオルグ:「ふん、猪武者どもめ。だが、陛下の酒は美味いからな。やむを得ん、付き合ってやろう。」
*第三部隊長のゲオルグが巨大な戦斧を肩に担ぎ直し、口の端を吊り上げる。*
リオン:「陛下、俺、一番乗りで手柄を立てたら、特別にデザートのおかわりとかいいですか?」
*第一部隊のリオンが尋ねる。その隣で、ルナは既に短剣を抜き、気配を消し始めていた。*
アシュトン:「…やれやれ。全員、完全にやる気になったな。ヴァイス、お前も記録ばかりしてないで指揮を手伝え。」
ヴァイス:「わかっております! ですがアシュトン殿! この歴史的瞬間を記録せずして何が記録者ですか! ああ、陛下! なんという人心掌握術! まさにアメとムチの究極系! この御采配、尊すぎます!」
*ヴァイスは興奮で震えながらも、第二部隊に指示を飛ばし始める。*
*騎士たちがそれぞれの部隊で作戦会議を始め、陣形を整えていく。その統率された動きを見ながら、シロウは少し離れた丘の上に腰を下ろし、これから始まる壮大な「ショー」を特等席で観戦することにした。*
*シロウは高台から騎士団を見下ろし、その声に絶大な力を込めて、今回の試練の正体を明かした。その声は、平原の隅々にまで響き渡る。*
シロウ:「今回の訓練用魔物は本来91階層のボスモンスター…」
*その言葉に、息を呑む音が各所から聞こえる。91階層。それは彼らにとって伝説や神話の領域に等しい。*
シロウ:「その名も…『地龍:アースドラゴン』だ!!!」
*その名が告げられた瞬間、平原の空気が震えた。騎士たちの中に、恐怖、驚愕、そしてそれらを凌駕する武者震いが広がる。地平線の彼方で蠢いていた巨大な影が、まるでその名に呼ばれたかのように、ゆっくりとこちらに頭を向け始めた。大地が、その巨体の動きに合わせて低く、重く、唸りを上げる。*
シロウ:「それでは健闘を祈る。隠匿神発動。」
*シロウがそう呟くと同時に、彼の姿と気配がその場から完全に消失した。まるで最初からそこに誰もいなかったかのように。王は観客席へと移り、舞台の幕は上がったのだ。*
***
*一方、騎士団は王の言葉と、遥か彼方から放たれる圧倒的なプレッシャーによって、一時的に混乱の渦に叩き込まれた。*
カイン:「ち、地龍だと!? 冗談じゃねえ! Sランク級の災害指定魔物じゃねえか!」
*普段は不敵なカインの顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。その隣で、ドルガンがゴクリと喉を鳴らした。*
ドルガン:「…これは、骨が折れそうだどころの話ではないな。」
ゲオルグ:「うろたえるな、貴様ら! 陛下は我々ならやれると信じておられる! だからこそ、この試練を与えられたのだ! 全員、陣形を組め! 第三部隊は俺に続け! 絶対に前線は崩させん!」
*ゲオルグの檄が飛ぶ。歴戦の勇士の声は、混乱していた騎士たちの心を繋ぎ止めた。*
アシュトン:「ヴァイス! 全方位に斥候を放て! 敵の正確な情報と、周囲の地形を把握する! 回復班はいつでも動けるように準備! 総員、戦闘準備!」
*アシュトンの冷静な命令が矢継ぎ早に下され、騎士団は巨大な一つの生命体のように動き始める。第三部隊が巨大な盾を構えて前衛に壁を築き、第四部隊がその後ろで武器を構え、突撃の機を窺う。第一部隊の者たちは散開し、攪乱と奇襲の準備を整え、第二部隊は後方で支援魔法の詠唱を開始した。*
*地平線の彼方、巨体がついに動き出す。山のようなシルエットが、大地を揺るがしながら、一直線にこちらへと向かってくる。その歩みは遅く見えるが、一歩一歩の距離が尋常ではなく、みるみるうちにその姿が大きくなっていく。*
*騎士団と、伝説の竜。王が仕組んだ狂気の演習が、今、始まろうとしていた。*
*シロウが隠匿神で完全に気配を絶った後、騎士団の中核である『アストライア八輝将』たちは、即座に中央に集まり、緊迫した作戦会議を開始した。彼らの周囲を他の騎士たちが固め、警戒を続けている。遥か遠くのアースドラゴンは、まだこちらには気づいておらず、悠然と平原を闊歩している。*
ゲオルグ:「よし、現状を整理するぞ。敵は『地龍』。伝承によれば、分厚い鱗は並大抵の物理攻撃を弾き、その巨体から繰り出される一撃は城壁すら砕くという。厄介なのは、おそらく広範囲の地震攻撃やブレスも使ってくるだろうということだ。」
*歴戦の勇士であるゲオルグが、重々しく口火を切った。*
カイン:「クソッ、考えただけでもウンザリするな。まともに正面からぶつかるのは愚策だ。どうにかしてあのデカブツの動きを止められねえか?」
*第四部隊のカインが苛立たしげに髪をかき上げる。その隣で、相棒のドルガンが腕を組んで唸った。*
ドルガン:「動きを止める、か。俺の全力でも、足止めできるのはほんの数秒だろう。その隙に集中攻撃を仕掛けるしかない。」
*そこに、冷静な声が割って入る。第二部隊のアシュトンだ。*
アシュトン:「いや、待て。陛下は『連携』しろと仰った。個々の力で挑むのではなく、全部隊の特性を活かすことを考えろということだ。…リオン、お前の『幸運』で何かできそうか?」
*話を振られた第一部隊のリオンは、おどけたように肩をすくめた。*
リオン:「うーん、どうでしょうね? 『俺が攻撃したら偶然急所に当たった』とか、『敵が攻撃しようとしたら勝手に足を滑らせて転んだ』とか、そういうのはあるかもしれないですけど、さすがに地龍相手にそれが通用するかは…。でも、やってみる価値はありますよ。」
ルナ:「…攪乱。私がやる。注意を引きつけて、隙を作る。」
*今まで影のように静かだったルナが、短く、しかしはっきりと意思表示をした。彼女の隠密能力ならば、地龍に気づかれずに接近することも可能かもしれない。*
ヴァイス:「素晴らしい! ルナ殿の隠密行動とリオン殿の幸運が組み合わさった奇襲! そして、敵が体勢を崩したところにカイン殿とドルガン殿の最強の矛が突き刺さる! その間、ゲオルグ殿の鉄壁が我々後衛を守り、アシュトン殿と私が支援と回復を…! 見えます、見えますぞ! 勝利のビジョンが! ああ、なんという尊い連携!」
*ヴァイスが一人で興奮してまくし立てる。*
アシュトン:「…大筋はヴァイスの言う通りだ。だが、問題はブレスと広範囲攻撃だ。それをどう凌ぐ?」
ゲオルグ:「第三部隊の総力をもって、魔法障壁と物理障壁の二重防衛線を展開する。全員の魔力を集約すれば、一撃くらいなら耐えられるはずだ。だが、連発されたら持たん。」
カイン:「なら、連発させる前に勝負を決めるしかねえ! ルナが隙を作ったら、俺とドルガンが奴の足に集中攻撃をかける! あの巨体だ、足を潰せば身動きが取れなくなるはずだ!」
アシュトン:「よし、決まりだな。作戦はこうだ。
第一段階:ルナが隠密行動で敵に接近、攪乱を開始。リオンは後方から援護し、敵の行動に『不運』を誘発させる。
第二段階:敵がルナに気を取られた隙に、第四部隊が両翼から突撃。カインとドルガンは敵の脚部を狙い、機動力を奪う。
第三段階:第三部隊は前衛中央に防衛線を構築。敵のブレスや物理攻撃に備え、前線の突撃部隊を守る。
第四段階:第二部隊は後方から全部隊の状況を把握。支援魔法と回復を絶やすな。
各部隊、異論は?」
*アシュトンの立てた作戦に、八輝将全員が頷く。恐怖も不安も、今はもうない。彼らの目には、王の試練を乗り越えんとする、騎士としての誇りと闘志だけが宿っていた。*
ゲオルグ:「よし! 全員、持ち場につけ! アストライア騎士団の力、陛下にお見せしろ!」
*ゲオルグの号令一下、数百の騎士たちが一斉に動き出す。シロウが用意した舞台の上で、人間と竜との戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。*
*シロウは隠匿神の力で自身の存在を完全に消し去り、高台から静かに騎士団の様子を観察していた。八輝将が見事に連携し、具体的な作戦を立てていく様を、彼は満足げに見守る。*
シロウ:「(騎士団に伝えてないが、騎士団の武具は全てミスリルとアダマンタイトの合金で作ってある。だが、今日は持ってきてない。武具の力で勝って欲しくないからだ。)」
*シロウの意図は明確だった。国が誇る最高品質の武具に頼れば、地龍相手でも多少は有利に戦えるかもしれない。しかし、それでは意味がない。この訓練の目的は、個々の純粋な技量、そして何よりも全部隊が一丸となる『連携』の力を極限まで高めることにある。*
*鉄や鋼で作られた、ごく一般的な量産品の武具。
普段頼りにしている強力な装備がないという絶望的な状況下で、彼らがどう知恵を絞り、勇気を振り絞り、仲間と力を合わせて伝説級の魔物に立ち向かうのか。*
*王は、愛する騎士たちの真価を、その魂の輝きを、この目で見届けたいと思っていた。*
*眼下では、ゲオルグの号令一下、数百の騎士たちが完璧な陣形を展開していく。前衛の盾、中衛の槍、後衛の弓と魔術師。まるで巨大な一つの生き物のように、統率された動きで地龍を迎え撃つ準備を整えていた。*
*地平線の彼方、地龍がついに騎士団の存在を認識した。巨体が動きを止め、小山のような頭部がゆっくりと持ち上がる。そして――*
**グオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!**
*大気を震わせる、腹の底に響くような咆哮が平原全土に轟いた。それは単なる威嚇ではない。絶対的な捕食者による、存在そのものから発せられるプレッシャーだった。新米の騎士たちの中には、その咆哮だけで腰を抜かしそうになる者もいる。*
*だが、八輝将は揺るがない。*
カイン:「来たな、デカブツが…! 全員、ビビるんじゃねえぞ! 死んでも陛下が生き返らせてくれる!」
*カインの荒々しい檄が、恐怖に染まりかけた仲間たちの心を奮い立たせる。*
*戦いの火蓋は、今、切られた。*
*シロウは「隠匿神」によって誰にも知覚されることのない特等席で、腕を組みながら眼下の戦いを観戦していた。騎士団が勇敢に、しかし愚直に地龍へと挑んでいく様を見て、思わず独り言が漏れる。*
シロウ:「俺だったら矢で目を潰し、鼻を水魔法で覆って呼吸を阻害するな〜。」
*創造主であり、数多の死線を越えてきた魔王であるシロウからすれば、巨大な生物の弱点は明白だった。目を潰して視界を奪い、呼吸器を塞いで窒息させる。単純だが、最も効果的な方法だ。しかし、眼下の騎士たちは、伝承や経験に基づく正攻法に固執しているように見えた。*
シロウ:「でも、あいつらそんな事考える暇無さそうだな…」
*無理もない。目の前には伝説の竜。その圧倒的なプレッシャーの中で、冷静に奇策を思いつく余裕などないのだろう。彼らにとってこれは生死を賭けた(ように感じる)戦いなのだ。*
*シロウがそう呟いている間にも、戦況は動いていた。*
***
**「ルナ、行け!」**
*アシュトンの号令と共に、第一部隊のルナの姿が陽炎のように揺らぎ、完全に消えた。彼女は一切の音も気配も立てずに、地龍の巨体へと向かって疾走していく。*
*地龍はまだ騎士団全体を巨大な一つの敵として認識しており、個々の小さな存在には注意を払っていない。その隙を突き、ルナは驚くべき速さで地龍の側面へと回り込む。*
アシュトン:「リオン!」
*アシュトンの次の指示で、リオンが弓を構える。狙いは定めず、ただ天高く矢を放った。*
リオン:「当たれー!」
*適当に放たれた矢は、普通なら地面に落ちるだけのはずだった。しかし、リオンの『幸運』が作用し、矢は予測不能な軌道を描いて落下。地龍の背中に生えていた巨大な岩石の突起の一つに「カツンッ!」と軽い音を立てて当たった。*
*ダメージはゼロ。だが、地龍は初めて自分の体に何かが触れたことを認識し、苛立たしげにそちらを向いた。その一瞬の隙。*
ルナ:「今だ! 私に続け!」
*反対側で待機していたルナが、地龍の巨大な後ろ足の鱗の隙間に、持っていた短剣を突き立てた!*
**グギャアアッ!?**
*巨体に似合わぬ甲高い悲鳴。ダメージは微々たるものだが、予期せぬ痛みと侮辱に地龍は激昂した。巨大な尾が薙ぎ払われ、ルナがいた場所の地面を抉り取る! しかし、ルナは既に一撃離脱し、その場にはいない。*
ゲオルグ:「よし! 敵の注意は逸れた! カイン、ドルガン! 行けぇっ!」
カイン:「待ってました! 行くぜ、ドルガン!」
ドルガン:「応!」
*地龍がルナを探してキョロキョロしている隙を突き、第四部隊の二人のエースが突撃を開始した! 目標は、地龍のもう片方の足だ!*
*シロウは、ルナが神業的な技術で地龍の鱗の隙間に一撃を食らわせたのを見て、感心と共にもどかしさを感じていた。完璧な好機を、ほんの少ししか活かせていない。*
シロウ:「短剣を刺せたのか…やるじゃねぇか…」
*ルナの隠密能力と度胸は、八輝将の名に恥じないものだ。常人なら地龍のプレッシャーだけで動けなくなるだろう。しかし、シロウの思考は常に最適解、最高効率を求める。*
シロウ:「俺だったら短剣を掴んで雷魔法で内部から攻撃するが…」
*突き刺した短剣を魔力の導線とし、内部の柔らかい筋肉や神経を直接焼き切る。それが出来れば、あの巨体でも一瞬で動きを止められただろう。だが、それは魔力制御と発想力の両方が高度に求められる芸当だ。*
*シロウは再び独り言を呟きながら、戦場へと視線を戻す。彼の思考とは裏腹に、騎士たちは彼らなりの最善を尽くして戦っていた。*
***
カイン:「行くぜええええええ!!」
*カインの雄叫びが平原に響き渡る。彼とドルガンは、地龍の注意が完全にルナとリオンのいた方向に向いている隙を突き、猛烈な速度でその巨大な足元へと到達した。*
カイン:「ドルガン! 左足は任せた!」
ドルガン:「承知!」
*二人は阿吽の呼吸で左右に分かれる。カインは右足へ、ドルガンは左足へ。*
*地龍はまだ気づいていない。二人の騎士が、自分の死角から最大の攻撃を仕掛けようとしていることに。*
カイン:「食らいやがれ! **『紅蓮螺旋』** ッ!!」
*カインの持つ大剣が炎を纏い、高速で回転しながら地龍の足首、比較的鱗が薄い部分に突き刺さる! 巨大なドリルのように肉を抉り、火花と鱗の破片を撒き散らした!*
ドルガン:「うおおおおおっ! **『大地粉砕』**!!」
*一方、ドルガンは巨大な戦斧を渾身の力で振り下ろす。狙うは足の甲。魔法的な効果はない、純粋な物理攻撃の極致。岩盤のような鱗に巨大な斧が叩きつけられ、耳をつんざくような轟音と共に、地龍の足元の大地が砕け散った!*
**グオオオオオオオオオオオッッ!!!**
*今度こそ、本気の絶叫だった。両足に走る激痛に、地龍はついにその巨体をぐらつかせる。狙い通り、騎士団は伝説の竜の体勢を崩すことに成功したのだ。*
*しかし、激昂した竜の反撃は、彼らの想像を絶するものだった。*
ゲオルグ:「まずい! 全員、衝撃に備えろ! ブレスが来るぞ!!」
*ゲオルグの叫びが響き渡る。体勢を崩した地龍は、その巨大な口を大きく開け、その奥に土と岩石の濁流、そして灼熱のマグマのような光を溜め込み始めていた。目標は、正面に陣取る第三部隊だ!*
*シロウは高台の上で、ドルガンが地龍の足元の地面を砕き、その巨体を傾かせたのを見て小さく頷いた。純粋な破壊力だけでなく、機転も利かせた一撃だった。*
シロウ:「片足を沈めたのか…良い作戦だ。」
*しかし、その直後、激昂した地龍がブレスの予備動作に入ったのを見て、シロウは呆れたように小さく息を吐いた。*
シロウ:「しかし、後のことを考えなかったようだ。」
*竜の怒りを買った後の反撃を想定していなかった。あまりにも近視眼的な攻撃。だが、それもまた、彼らの現在の限界なのだろう。シロウは静かに観戦を続ける。*
***
*ゲオルグの絶叫とほぼ同時に、地龍の口から凄まじい勢いで灼熱の岩石と土砂が濁流となって放たれた。物理的な質量と超高温を伴った、まさしく天災。それが一直線に、前衛で壁を築く第三部隊へと殺到する。*
ゲオルグ:「総員、最大防御! **『絶対守護方陣』**!!」
*ゲオルグの号令一下、第三部隊の騎士たちが一斉に大盾を構え、魔力を注ぎ込む。数百の盾が魔法陣を描きながら連結し、巨大な光の壁を形成した。*
**ドゴオオオオオオオオオオンッ!!!**
*地龍のブレスが光の壁に激突し、世界が揺れるほどの衝撃と轟音が鳴り響く。光の壁は凄まじい勢いで削られ、亀裂が走り、今にも砕け散りそうになる。*
ゲオルグ:「ぐっ…! 持ちこたえろぉおおお!!」
*最前線で魔力の中核を担うゲオルグの顔が苦痛に歪み、全身の血管が浮き上がる。他の騎士たちも歯を食いしばり、必死に盾を支えていた。*
*ブレスの奔流が止んだ時、光の壁はかろうじて形を保っていた。しかし、衝撃波だけで後方にいた騎士たちが何人も吹き飛ばされ、地面を転がっている。第三部隊の騎士たちは立っているのがやっとで、盾を構える腕は震え、魔力も体力もごっそりと奪われていた。*
アシュトン:「回復班! 第三部隊の負傷者を後方へ! 立て直せ!」
*後方からアシュトンの冷静な指示が飛ぶ。第二部隊の魔術師たちが一斉に回復魔法の詠唱を開始する。*
*だが、地龍は追撃の手を緩めない。ブレスを放った反動でわずかに体勢を立て直すと、今度は自由な方の前足を持ち上げ、第三部隊の陣形そのものを叩き潰そうと振り下ろしてきた!*
カイン:「させっかよ! ドルガン、もう一発だ!」
ドルガン:「む、無理だ! 大技を使った後で力が入らん!」
*ブレスの隙を突こうにも、カインとドルガンも大技の直後で動けない。万事休すかと思われた、その時だった。*
リオン:「こういう時のための僕でしょ! えーい!」
*後方からリオンが、再び弓で適当に矢を放った。その矢は地龍に当たることもなく、あらぬ方向へと飛んでいく。*
*しかし、地龍が足を振り下ろそうとした瞬間、先ほどドルガンが砕いた地面の一部が、不自然に崩落した。バランスを崩した地龍の巨体が、再び大きく傾ぐ。振り下ろされようとしていた前足は、狙いを大きく外れ、誰もいない地面を叩きつけ、巨大なクレーターを作り出した。*
ゲオルグ:「なっ…!? 助かった…のか?」
*ゲオルグが呆然と呟く。偶然か、必然か。リオンの『幸運』が、またしても騎士団の窮地を救ったのだった。*
*シロウは、リオンの幸運がまたしても絶妙なタイミングで発動し、地龍の追撃を頓挫させたのを見て、呆れと感心が入り混じった表情を浮かべていた。実力ではなく、運。しかし、結果として騎士団は救われている。実に評価しづらい男だ。*
シロウ:「八輝将はAランク冒険者相当の強さ。リオンを除いてだが…」
*眼下で吹き飛ばされていく騎士たちを見る。彼らは国の精鋭だが、伝説級の魔物である地龍の前では、一人一人の力はあまりにも無力だ。腕輪がなければ、今の一撃で数十人が命を落としていただろう。*
シロウ:「S級の地龍だったら何とかなるだろう。」
*シロウは冷静に分析する。この地龍は、シロウが設定した「演習用」の個体であり、真の伝説級と比べれば幾分か弱体化させてある。いわばSランク相当。八輝将というAランク級のリーダーたちが連携すれば、倒せない相手ではないはずだ。問題は、どうやってその連携を機能させるかだ。*
*シロウが思考を巡らせている間にも、戦況は目まぐるしく変わっていく。*
***
ヴァイス:「今です! 全員、魔法攻撃準備!」
*地龍が体勢を崩し、巨大な隙を晒したのを見たヴァイスが、興奮気味に、しかし的確に叫ぶ。彼の声に呼応し、後方に控えていた第二部隊の魔術師たちが一斉に詠唱を開始した。*
ヴァイス:「我が推しの試練を乗り越えるのです! いけぇ! **『天雷の槍衾』**ッ!」
*ヴァイス自身の詠唱を皮切りに、数百の雷の槍が天に形成され、時間差で地龍の巨大な背中へと降り注ぐ!*
**バチバチバチバチッ! ギャアアアアッ!**
*鱗が硬い背中であっても、膨大な数の魔法攻撃を同時に受ければ無傷ではいられない。地龍は苦痛に身をよじり、暴れまわる。*
アシュトン:「カイ・ウォーカー! 炎を! 奴の動きを止める!」
カイ・ウォーカー:「わかっている! **『不死の劫火』** !」
*第三部隊のカイ・ウォーカーから炎が渦を巻いて放たれた。炎は地龍の足元に燃え広がり、その動きを封じる炎の檻を形成する。*
*しかし、地龍はそれしきで止まるような生易しい魔物ではなかった。*
**「ヴルオオオオオオオオッッ!!」**
*地龍は咆哮と共に、その巨体を強引に回転させた。狙いは一つ。先ほどから鬱陶しい攻撃を仕掛けてくる、カインとドルガンだ! 巨大な尾が、凄まじい風切り音と共に二人を薙ぎ払おうと迫る!*
カイン:「しまっ…!」
ドルガン:「避けきれん!」
*大技を使った直後で、体勢を立て直せていなかった二人に、回避する術はなかった。絶望が彼らの顔に浮かぶ。*
*その、瞬間。*
???:「――『雪月花』」
*凛とした、しかしどこか気怠げな声が響いた。*
*地龍の巨大な尾のすぐそばに、いつの間にか一人の女――第二部隊隊長、アストライア一の魔術師と名高いユキ・クジョウが立っていた。彼女が静かに刀を振るうと、空間が凍てつき、巨大な氷の華が咲き誇るように現れ、地龍の尾の軌道を塞いだ。*
**ゴッッッ!!!**
*尾は氷の華に激突し、凄まじい音を立ててその動きを止められる。ユキは振り返ることなく、冷ややかに言い放った。*
ユキ:「…邪魔。早く体勢を立て直しなさい。足手纏い。」
*ユキ・クジョウの登場と、その圧倒的な実力にシロウは目を見張った。クジョウ――その響きは、明らかにこの世界の名前ではない。シロウの知る、故郷日本の姓だ。*
シロウ:「ん? ユキ・クジョウ?」
*シロウは腕を組んだまま、眉をひそめる。この世界に転移者は自分以外に確認されていない。では、なぜ。*
シロウ:「え…日本人!?転移…は無いか、だったら召喚者か。」
*過去に勇者として召喚された者の末裔、あるいは何らかの要因で召喚された本人か。どちらにせよ、日本の血を引く者がこの国にいたことに、シロウは強い興味を覚えた。そして、その実力は八輝将の中でも頭一つ抜けているように見えた。*
シロウ:「つえー。あいつA+くらいあるだろ…」
*地龍の巨大な尾の一撃を、魔法一つで完全に止めてみせる。他の八輝将が束になっても苦戦している相手に、単独で介入し、戦況を覆す。その実力は、Sランクに片足を突っ込んでいると言っても過言ではない。シロウは、ユキ・クジョウという存在を記憶に刻み込みながら、再び眼下の戦場へと視線を戻した。*
***
カイン:「…助かったぜ、ユキ隊長」
*カインが悪態をつきながらも、命を救われた事実に安堵の息を漏らす。ドルガンも無言で頷き、斧を握りなおした。*
ユキ:「礼はいい。それより、あの蜥蜴をどうにかしなさい。私の研究の邪魔。」
*ユキは感情の読めない声で言うと、地龍へと向き直る。地龍は、自分の尾を凍らせた小さな人間に敵意を向け、再び咆哮を上げた。*
ユキ:「第二部隊、詠唱用意。目標、地龍。私の合図で一斉射撃。」
*ユキの冷徹な命令に、後方の魔術師たちが緊張と共に杖を構える。彼女の指揮は、ヴァイスの熱血とは対極にある、絶対的な統率力に満ちていた。*
アシュトン:「…指揮権を第二部隊長に一時移譲する! 全員、ユキ隊長の指示に従え!」
*アシュトンは即座に状況を判断し、最も効率的な指揮官に全権を委ねた。*
*ユキはゆっくりと刀を鞘に納める。そして、地龍が凍り付いた尾を無理やり動かし、氷塊を砕いた瞬間、静かに告げた。*
ユキ:「――撃て。」
*その一言を合図に、数百の魔法が空を埋め尽くした。炎の矢、氷の槍、雷の礫、風の刃。色とりどりの死の奔流が、一切の回避も許さず、地龍の巨体へと殺到した。*
**グオオオオオオオオオアアアアアアアアアアッッ!!!!**
*先程までの比ではない、凄まじい絶叫が平原に木霊する。無数の魔法が分厚い鱗をこじ開け、肉を焼き、神経を麻痺させる。地龍は痛みと混乱で暴れ狂い、その巨体をめちゃくちゃに振り回した。*
ユキ:「…まだ足りない。第一部隊、第四部隊、攪乱を続けなさい。奴の的を絞らせるな。」
*ユキ・クジョウという予想外の逸材の登場に、シロウは満足げな笑みを浮かべていた。彼女を選抜したであろう、メイド長の顔が思い浮かぶ。*
シロウ:「リーシアのやつ…『私が選別します!』とか意気込んでたけど…やるなぁ…」
*シロウは腕を組み、感心したように頷く。あの真面目で仕事熱心なメイド長が、見事に結果を出している。ただ忠誠心が高いだけでなく、実力のある者、特殊な技能を持つ者を的確に見抜き、適材適所に配置している証拠だ。*
シロウ:「流石リーシアさん、マジぱねぇっす。」
*思わず、かつての日本の若者のような軽い口調が漏れる。それほどまでに、ユキの活躍と、それを導き出したリーシアの手腕はシロウを満足させた。彼は再び、より興味深そうに戦場を見つめる。*
***
*ユキの指揮の下、騎士団は統率された一つの生き物のように動き始めた。*
*ルナが再び姿を消し、地龍の死角から撹乱攻撃を仕掛ける。リオンは相変わらず適当に矢を放っているが、その矢が引き起こす小さな偶然――例えば、地龍が踏みしめた地面の小さな隆起、風で舞い上がった砂埃が目に入る、といった些細な事象が、ことごとく地龍の注意を逸らし、攻撃の精度を鈍らせていた。*
ゲオルグ:「カイン! ドルガン! 今だ! 足を止めろ!」
*ゲオルグが立て直した部隊と共に、再び前面で地龍の注意を引きつける。その隙に、完全に回復したカインとドルガンが、先程とは反対の足へと突撃する。*
カイン:「今度はもらうぜ! **『炎王斬』**!」
ドルガン:「合わせる! **『岩砕衝』**!」
*二人の連携攻撃が、再び地龍の足に炸裂する。先程のような大技ではないが、的確にダメージを蓄積させ、地龍の動きを確実に鈍らせていく。*
ユキ:「第二部隊、第二射、用意。…アシュトン、あなたの出番。奴の再生能力を阻害しなさい。」
*ユキは冷静に次の手を指示する。*
アシュトン:「了解した。…全く、人使いが荒いな。」
*アシュトンは小さくぼやきながらも、杖を地龍へと向ける。彼の専門は、回復魔法だけではない。その逆、呪いと弱体化魔法もまた、アストライア随一の腕を誇る。*
アシュトン:「蝕め、穢せ、朽ちさせよ。対象に癒やされぬ呪いを。**『腐呪の領域**!」
*アシュトンの足元から、紫色の禍々しい魔法陣が広がり、地龍の巨体を包み込む。地龍の傷口から立ち上っていた再生の蒸気が、ピタリと止んだ。*
*再生を止められ、一方的に攻撃を受け続ける地龍は、ついに最後の手段に出る。*
**「グルルルルル…!!」**
*地龍は低く唸ると、その巨体に亀裂が走り、全身の鱗と岩石質の皮膚をまるで爆弾のように撒き散らす広範囲攻撃――* **『地殻崩壊』** *の予備動作に入った!*
ゲオルグ:「まずい! 全員、伏せろぉおおお!!」
*もはや防御は間に合わない。ゲオルグの悲痛な叫びが響き渡る。八輝将ですら、この至近距離での全方位攻撃は避けきれない。誰もが死を覚悟した、その時だった。*
*シロウは、ユキ・クジョウという日本由来の名を持つ強力な魔術師の存在から、リーシアが選抜した人材の中にまだ隠し玉がいる可能性を確信していた。*
シロウ:「一人いるって事はまだいるだろう…」
*地龍が自爆にも似た最後の切り札を使おうとし、ゲオルグの悲鳴が響き渡る。八輝将ですら為す術がない絶体絶命の状況。しかし、シロウは冷静だった。むしろ、この状況を待っていたかのように、面白そうに口の端を吊り上げる。*
シロウ:「ほら、誰かが止めた。」
*シロウがそう呟いたのと、声が響いたのはほぼ同時だった。*
***
???:「――『我が祈り、天に届け。万象を律する聖なる鎖となれ』――」
*静かで、しかし戦場の喧騒全てを圧するほどに澄み切った祈りの声が、後方から響き渡った。*
*声の主は、第二部隊の後方、アシュトンやヴァイスよりもさらに後ろで静かに祈りを捧げていた一人のシスター。治癒と支援を司る第三部隊所属、セナ・リアンクールだった。*
*彼女がゆっくりと目を開くと、その瞳は慈愛に満ちた黄金色に輝いていた。彼女が天に掲げた聖印から、眩いばかりの光が放たれる。*
セナ:「**『聖鎖黙示録』**」
*詠唱と共に、地龍の足元の影から、無数の黄金の鎖が出現した。鎖は瞬時に地龍の全身に絡みつき、その動きを完全に封じ込める。自爆のために膨れ上がっていた体は、聖なる力によって強制的に押さえつけられ、亀裂から漏れ出ていたエネルギーの光も急速に萎んでいく。*
**「グ…グ…ギ…!?」**
*地龍は身動き一つ取れず、苦しげな声を漏らすことしかできない。先程まで戦場を蹂躙していた暴威が、嘘のように静止した。*
*戦場の誰もが、その神々しい光景に息を呑む。*
ユキ:「…絶好の的ね。全魔力解放。これで終わりなさい。**『深淵零度』**」
*好機を逃すユキではない。彼女が刀を抜き放つと、絶対零度の冷気が世界を白く染め上げ、鎖で縛られた地龍を、その魂ごと凍てつかせるべく殺到した。*
*他の部隊も、最後の好機と悟り、残った全火力を地龍に叩き込む!*
*――数分後。完全に沈黙し、巨大な氷の彫像と化した地龍の残骸の前で、騎士たちは疲労困憊しながらも、勝利の雄叫びを上げていた。*
*シロウは「隠匿神」の効果で誰にも知覚されることなく、高みの見物を続けている。八輝将がそれぞれの能力を最大限に発揮し、絶望的だった戦況を覆していく様を、彼は満足げに眺めていた。一般騎士たちも、指揮官の的確な指示のもと、必死に食らいつき、確実に地龍の体力を削っている。*
*もはや勝敗は決したと言っていい。問題は、誰が最後のとどめを刺すか、だ。*
*セナの『聖鎖黙示録』によって完全に動きを封じられた地龍は、ただの的と化していた。*
***
ユキ:「…これで、終わり。」
*ユキ・クジョウが静かに告げる。彼女が持つ刀の刀身が、ありえないほどの冷気を纏い始めた。空中の水分が凍りつき、ダイヤモンドダストとなってキラキラと舞う。*
*彼女は踏み込まない。ただ、静かに刀を構え、その切っ先を動かない地龍へと向けた。*
ユキ:「奥義――**『氷皇絶零・雪月花』**」
*詠唱と共に刀を振り抜くと、斬撃そのものではなく、絶対零度の冷気を凝縮した巨大な氷の蓮の花が、地龍の足元に出現した。花は瞬く間に咲き誇り、その巨大な花弁で地龍の全身を包み込んでいく。*
*それは、あまりにも静かで、美しいフィナーレだった。*
**「グ………」**
*地龍は断末魔の叫びを上げる間もなく、その巨体を内側から完全に凍結させられた。生命の光が消え、巨大な氷の彫像と化す。*
カイン:「……終わった、のか?」
*カインが呆然と呟く。ドルガンは無言で斧を下ろし、ゲオルグは安堵のあまりその場に膝をついた。*
*平原に満ちていた殺気と緊張が嘘のように霧散し、静寂が訪れる。やがて、誰からともなく、歓声が上がった。*
「「「うおおおおおおおおおおっっ!!!」」」
*生き残った騎士たちが、武器を天に突き上げ、勝利の雄叫びを上げる。ある者は仲間と肩を組み、ある者はその場に座り込み、安堵の涙を流していた。*
ヴァイス:「おお…! なんという素晴らしい勝利! 我が推しが与えたもうた試練を、アストライアの精鋭たちが見事に乗り越えた! この歴史的瞬間を記録せねば! 尊い! 尊すぎますぞぉ!」
*ヴァイスはいつものように感極まり、震える手で記録用の魔道具を操作している。*
*アシュトンは、そんなヴァイスにやれやれといった視線を向けながらも、冷静に各部隊の損害状況の報告を集め始めていた。*
アシュトン:「……転送された者は多いが、死者はゼロ。訓練としては、上出来すぎる結果だ。」
*その呟きには、確かな安堵と、八輝将と騎士団の成長に対する満足感が滲んでいた。かくして、アストライア騎士団の過酷な特別合同演習は、多大な消耗と引き換えに、輝かしい勝利で幕を閉じたのであった。*
*シロウは高台で腕を組み、静かに戦いの結末を見届けていた。八輝将という駒が、彼の想定以上にうまく機能し、見事な連携で地龍という課題をクリアした。その光景に、彼は創造主として、そしてゲームマスターとして、静かな満足感を覚えていた。*
*ユキの奥義によって完全に凍結させられた地龍は、カインとドルガンの最後の一撃を受け、内側から眩い光を放ち始めた。それは、この迷宮のモンスターが倒された時の特有の現象だった。*
***
*巨大な氷の彫像と化していた地龍の体が、キィン、という甲高い音と共にガラスのように砕け散る。しかし、その破片は地面に落ちることはなく、青白い光の粒子――ポリゴンのようなホログラムへと変化し、キラキラと輝きながら空へと昇り、やがて跡形もなく消滅していった。*
*後に残されたのは、激戦の跡が生々しく刻まれた大地と、疲労困憊の騎士たちだけだった。*
*一瞬の静寂。*
*誰かが、絞り出すような声で言った。*
「…や…やった…のか?」
*その一言が引き金だった。*
「「「「うおおおおおおおおおおおおっっ!!」」」」
*地を揺るがすほどの勝利の歓声が、平原に木霊した。武器を天に突き上げる者、その場にへたり込む者、仲間と抱き合って勝利を分かち合う者。彼らは死の恐怖を乗り越え、伝説級の魔物を打ち破ったのだ。その達成感と安堵感が、爆発的な歓喜となって現れていた。*
ヴァイス:「おお…! おおぉぉ…! 見事! なんと見事な勝利でありましょうか! 我が推しが与え給うた、あまりにも過酷な試練を、我がアストライア騎士団は乗り越えてみせたのです! この歴史的瞬間、この尊い勝利の記録…後世に語り継がねば…!」
*ヴァイスはいつものように感極まり、涙と鼻水を流しながら記録用の魔道具に何やら熱心に書き込んでいる。*
アシュトン:「…やかましいぞ、ヴァイス。だが…そうだな。皆、よくやった。転送者は多数出たが、死者はゼロ。訓練としては、これ以上ない結果だ。」
*アシュトンは冷静を装いながらも、その声には確かな安堵と、部下たちへの誇りが滲んでいた。彼はすぐに負傷者の確認と、各部隊の状況報告の集計を開始する。*
*その中で、八輝将たちはそれぞれのやり方で勝利を噛みしめていた。*
ゲオルグ:「はは…生きた心地がしなかったぜ…」
カイン:「全くだ! だが、最高に滾ったぜ!」
ドルガン:「うむ。」
*ルナはいつの間にか物陰にしゃがみこみ、ブツブツと何かを呟いている。リオンは「いやー、僕の幸運のおかげだね!」と胸を張っているが、誰も聞いていない。カイ・ウォーカーは疲れた様子のイグニを優しく撫で、セレスティアは負傷した騎士たちに癒しの光を施して回っていた。*
*そして、ユキ・クジョウは、一人静かに刀についた霜を拭うと、さっさとこの場から立ち去ろうとしていた。*
ユキ:「…終わったなら、私は帰る。研究の続きがある。」
*そんな彼女を、クロエが扇子で口元を隠しながら引き留める。*
クロエ:「あらあら、お待ちになって、ユキ。この後、陛下への報告が御座いますわよ? まさか、サボるおつもりではございませんでしょうね?」
*ユキは心底面倒くさそうな顔で、小さく舌打ちをした。*
*シロウは、そんな個性豊かな八輝将と、彼らに率いられて成長していく騎士団の姿を、満足げに、そして面白そうに「隠匿神」のベールの向こうから眺め続けていた。*
*勝利の歓声と安堵の息で満ちていた平原の空気が、一瞬で凍り付いた。*
*何の前触れもなく、まるで最初からそこにいたかのように、シロウが騎士団の輪の中心に姿を現したのだ。先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、全ての視線がただ一人、玉座に座るべきはずの王へと注がれる。*
*その場にいた騎士全員が、ハッとして武器を置き、身分も階級も関係なく、一斉に片膝をついて頭を垂れた。*
「「「陛下!!」」」
*地を這うような、畏敬と緊張に満ちた声が響き渡る。*
*シロウは、そんな彼らを静かに見渡し、満足げに、そして穏やかに告げた。*
シロウ:「おめでとう。」
*その一言に、騎士たちは顔を上げられずにゴクリと息をのむ。自分たちの戦いが、この絶対的な創造主に見られていたことを悟ったからだ。*
シロウ:「最初の宣言通り今夜は俺の奢りだ。そして明日は休みにする。」
*労いの言葉。それは、彼らの戦いが王に認められたことを意味していた。*
*その言葉を聞いた瞬間、最も早く反応したのはヴァイスだった。*
ヴァイス:「へ、へ、陛下! あ、ありがとうございます! なんという慈悲深きお言葉! このヴァイス、いえ、アストライア騎士団一同、感謝の極みにございます! まさに神の恩寵! ああ、尊い! 陛下、万歳! 万歳!」
*ヴァイスは膝をついたまま、感極まって号泣し、地面に額を何度も打ち付け始めた。*
アシュトン:「ヴァイス、頭を上げろ。みっともない。……陛下、この度はお心遣い、誠に痛み入ります。騎士団を代表し、御礼申し上げます。」
*アシュトンが冷静に、しかし深く頭を下げて礼を述べる。他の八輝将たちも、それぞれのやり方で驚きと感謝を示していた。カインやゲオルグは安堵と喜びが入り混じったような表情を浮かべ、クロエは優雅に微笑み、ユキですら、わずかに驚いたようにシロウを見ていた。*
*疲労困憊だった騎士たちの間に、王からの労いと予期せぬ褒賞に対する熱気が、じわじわと広がっていく。それは、先程の勝利の歓声とはまた違う、王への忠誠と熱狂の始まりだった。*
*シロウの労いの言葉と褒賞の宣言は、疲弊しきっていた騎士たちの心に、何よりも強い活力を与えた。王自らが自分たちの戦いを認め、酒宴と休日を与えてくれる。これ以上の栄誉はない。*
*ヴァイスとアシュトンの対照的な反応に続き、他の騎士たちからも、堰を切ったような歓喜の声が上がり始めた。*
騎士A:「うおおお! 宴会だぁ! 陛下のおごりだぞ!」
騎士B:「やった! 明日は休みだ! これで心置きなく飲める!」
騎士C:「生きててよかった…! 地龍は怖かったが、陛下に認められた…!」
騎士D:「陛下! 万歳! アストライア、万歳!」
*先程までの畏敬に満ちた静寂はどこへやら、平原は再び、今度は王への感謝と忠誠に満ちた熱狂的な歓声に包まれた。皆、膝をついたままだったが、その顔は喜びで輝き、仲間と顔を見合わせて笑っている。*
*八輝将たちも、そんな兵士たちの様子を見て、それぞれ表情を緩ませていた。*
カイン:「へへっ、陛下も粋なことしてくれるじゃねえか! こりゃ飲み明かすしかねえな、ドルガン!」
ドルガン:「うむ。飲みすぎるなよ。」
ゲオルグ:「はっはっは! 陛下直々のお言葉だ、遠慮はいらんということだろう!」
*クロエは扇子で口元を隠しながら、優雅に微笑んでいる。*
クロエ:「まあ、わたくしは嗜む程度にしておきますけれど。皆さんの羽目を外す様子を観察するのも、また一興ですわね。」
セナ:「皆さん、本当に嬉しそうですね…。陛下のお心遣いに、感謝を。」
*彼女は胸の前で聖印を切り、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。*
*そんな中、ユキだけが一人、面倒くさそうに呟く。*
ユキ:「…騒がしい。私は酒より睡眠が欲しい。」
*そのユキの肩を、リオンが馴れ馴れしく叩いた。*
リオン:「まあまあ、ユキちゃんもそう言わずにさ! 僕の幸運に感謝する会でもあるんだから、主役がいないと始まらないよ!」
*ユキは心底嫌そうな顔でリオンの手を振り払った。*
*シロウは、そんな個性豊かな騎士たちが、自分の言葉一つで熱狂し、喜ぶ姿を静かに見下ろしていた。絶対的な支配者として、そして彼らの努力を認める上司として、その光景は悪くないものだった。*
*騎士たちが宴会の話題で盛り上がり、熱狂に包まれている中、シロウは静かに片手を上げた。その指先から淡い光が放たれ、空間に亀裂が入るようにして、巨大な楕円形のゲートが出現した。ゲートの向こうには、見慣れた迷宮の入口と、その先の城下町の灯りが見えている。突然の超常現象に、騎士たちの歓声がピタリと止んだ。*
シロウ:「おつかれー。」
*シロウは、まるでタクシーを呼んだかのような気軽さで、騎士たちにゲートを指し示す。そのあまりにも規格外な魔法の行使に、騎士たちは再び呆気にとられて言葉を失った。*
*最初に我に返ったのは、またしてもヴァイスだった。*
ヴァイス:「げ、ゲート…!? こ、これほどの距離と規模の空間転移魔法を、詠唱も魔法陣も無しに…!? ま、まさしく神の御業! 陛下! 貴方という存在は、どこまで我々を驚かせ、そして尊い気持ちにさせてくれるのですか! ああ、このゲートを潜れるだけでも誉れ! 記念にゲートの縁を少し削って家宝に…!」
アシュトン:「やめておけヴァイス、不敬罪で首が飛ぶぞ。…陛下、重ね重ねの御配慮、感謝いたします。皆、陛下が道を作ってくださったぞ! これより全部隊、速やかに帰還する! 宴の準備は我々が責任をもって行いますので、陛下はどうぞ、先にお戻りになり、ごゆっくりお休みください!」
*アシュトンがテキパキと指示を出し、騎士たちに帰還を促す。騎士たちは畏敬と興奮の眼差しでゲートとシロウを交互に見ながら、一斉に「はっ!」と返事をし、隊列を組み始めた。*
カイン:「すげぇ…歩いて帰るのうんざりしてたから助かるぜ!」
ゲオルグ:「陛下への感謝を忘れず、粛々と帰還するぞ!」
*騎士たちは八輝将の号令のもと、疲れ切った体を引きずりながらも、その顔には王への感謝と、これから始まる宴への期待を浮かべて、次々と魔法のゲートを潜っていく。シロウは、その様子を静かに見守っていた。*
*その日の夜。アストライア魔導皇国の城下町、特に大迷宮に隣接する一帯は、建国以来の熱気に包まれていた。シロウが費用を全額負担すると宣言した宴は、騎士団の兵士たちによって、まさしく「どんちゃん騒ぎ」として現実のものとなっていた。*
*迷宮に挑む冒険者や傭兵たちに人気の、最大規模を誇る酒場『竜亭』。普段ならば屈強な男たちの怒号と杯を合わせる音で満ちているこの店も、今夜ばかりはアストライア騎士団の兵士たちによって完全に占拠されていた。*
騎士A:「か、乾杯ーっ! 陛下の御恩と、俺たちの勝利にぃ!!」
兵士一同:「「「うおおおおおっ!!」」」
*木製のジョッキが激しくぶつかり合い、エールが泡となって飛び散る。テーブルには、大皿に山と盛られた肉料理や、焼きたてのパンが所狭しと並べられ、兵士たちは飢えた獣のようにそれに食らいついていた。*
カイン:「くはーっ! 染みるぜ! やっぱ死ぬ気で戦った後の一杯は最高だな!」
ゲオルグ:「はっはっは! カイン、飲みすぎるなよ! しかし、本当に陛下には感謝しても仕切れんな。これだけの酒と飯…一体いくらかかることか。」
ドルガン:「(もぐもぐ)…うまい。」
*カイン、ゲオルグ、ドルガンの第四部隊と第三部隊の面々は、店の中心でひときわ大きなテーブルを陣取り、豪快に飲み食いを進めている。カインはすでに顔を真っ赤にしていた。*
*少し離れた場所では、第二部隊と諜報部隊の姿があった。*
アシュトン:「ヴァイス、お前は少し飲みすぎだ。記録はどうした。」
ヴァイス:「アシュトン殿! 今日という日くらい良いではありませんか! ああ、この酒! この料理! 全て我が推し、シロウ様が与えてくださったもの…! このエールの一滴一滴が、陛下の慈悲の味! 尊い! 尊すぎて酔いが回りますぞぉ!」
リオン:「いやー、僕がいなきゃ地龍は倒せなかったんだから、もっと僕を称えてくれてもいいんだよ? ねぇ、ルナちゃん?」
ルナ:「…うるさい。…リオンがいると、敵の攻撃が明後日の方向に飛んでいくから、楽だったのは…認める。…でも、うるさい。」
*ルナはフードを目深に被り、人混みを避けながら、黙々と料理を口に運んでいる。*
*そんな喧騒の中、一際優雅な一角があった。第五部隊のクロエと第三部隊のセレスティア、そして第二部隊のユキが、店の隅の静かな席に座っている。*
クロエ:「まあ、賑やかなこと。まるで獣の群れですわね。でも、たまにはこういうのも悪くありませんわ。」
*クロエはワイングラスを片手に、扇子で口元を隠しながら人間観察を楽しんでいる。*
セレスティア:「皆さん、本当に嬉しそうです。今日の勝利は、きっと彼らにとって大きな自信になったことでしょう。これも全て、陛下のおかげですね。」
*セレスティアは慈愛に満ちた笑みで、兵士たちを見守っている。*
ユキ:「…帰りたい。うるさい、暑い、酒臭い。最悪の環境。研究室の静寂が恋しい…。」
*ユキは腕を組んで眉間に皺を寄せ、この場にいること自体が苦痛だと全身で訴えていた。*
*アストライア騎士団の狂乱の夜は、まだ始まったばかりだった。*
*シロウは自室の執務机で、リーシアから上がってきた騎士団の組織図と、昨夜の宴会の経費報告書に目を通していた。地龍との演習、そしてその後の宴。全ては彼の計画通りだったが、一つだけ予想外の、そして興味深い発見があった。*
シロウ:「(ふむ…俺の知らないところで第5部隊ができてたのか…)」
*報告書には、クロエが隊長を務める『第五部隊』の存在が明記されていた。他の部隊が戦闘や諜報を主とする中、第五部隊は『宮廷魔術研究機関』という側面が強く、所属する人員も少数精鋭の研究者たちが中心となっているようだ。リーシアが騎士団の枠組みの中で、純粋な研究部門を設立していたらしい。*
*シロウは指で机をトントンと叩きながら、思考を巡らせる。*
シロウ:「(リーシアめ、俺に相談もなしか。まあ、結果としてクロエのような面白い人材を確保できてるなら文句はないが…)」
*独断専行は感心しないが、結果が全てだ。時間を操るという、神の領域にすら踏み込む規格外の魔術師。彼女を組織に引き入れ、自由に研究させる環境を与えたリーシアの手腕は評価に値する。*
シロウ:「(宮廷魔術師長、クロエ…か。一度、直接話してみるのも面白そうだな。ついでにユキ・クジョウも呼び出すか。あの二人、気が合いそうには見えないが、研究者同士、何か面白い化学反応が起きるかもしれん)」
*新たな駒の存在を知り、シロウは満足げに口の端を吊り上げた。国が大きくなるにつれ、彼の目の届かないところで、新たな才能が芽吹き、組織が自律的に成長していく。それは、彼が望んだ国の姿そのものだった。*
*シロウはペンを取り、リーシア宛のメモをさらさらと書き始める。『クロエ、及びユキ・クジョウ。明日、私の執務室へ出頭するように』と。*




