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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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**翌朝。**


*王都に朝日が差し込み始める頃、シロウはすっきりと目覚めた。彼は手早く身支度を整えると、宿をチェックアウトし、朝日を浴びながら石畳の道を歩き出す。*


*約束通り、子爵家の屋敷の前に着くと、そこにはすでに荘厳な紋章が描かれた豪華な馬車と、数頭の馬が準備されていた。そして、門の前では執事のガストンが、直立不動の姿勢でシロウを待っていた。*


*シロウの姿を認めると、ガストンは駆け寄り、昨日とは比べ物にならないほど深く、丁寧にお辞儀をした。*


ガストン:「お待ちしておりました、シロウ様。時間通りのご到着、感謝いたします。」


*彼の傍らには、少し気まずそうな顔をしたリアムが立っていた。彼は昨夜のうちに目を覚ましたようで、頭に包帯などは巻かれていないが、どこかバツの悪そうな表情でシロウに会釈した。*


リアム:「…昨日は、すまなかった。俺が悪かった。」


*シロウはリアムの素直な謝罪に、軽く片手を上げて応えた。その表情には昨日の手合わせを引きずるような色は一切なく、まるで何もなかったかのように穏やかだった。*


シロウ:「気にしないで下さい。あれはただの模擬戦、ですよね?」


*シロウがそう言ってにこりと笑うと、リアムは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐにその意図を汲み取った。シロウは、自分がスキルを使って本気になったことを咎めるでもなく、ただの「模擬戦」として流そうとしてくれているのだ。*


*その懐の深さに、リアムはバツの悪そうな表情から、どこか感心したような、そして少しだけ悔しいような複雑な表情へと変わる。*


リアム:「…ああ、そうだな。ただの模擬戦だ。だが、完敗だったのは事実だ。あんた、一体何者なんだ…?」


*リアムが純粋な疑問を口にすると、横からガストンが咳払いをして割って入った。*


ガストン:「リアム、シロウ様に対してそのような無遠慮な物言いは控えなさい。…シロウ様、こちらへ。奥様が既にお待ちです。」


*ガストンはシロウを馬車へと丁重に案内する。豪華な装飾が施された馬車の扉が開けられると、中には柔らかなクッションに身を預けた、気品のある初老の女性が座っていた。彼女が今回の依頼主、子爵夫人アメリアだろう。彼女は穏やかな笑みを浮かべ、シロウに軽く会釈した。*


アメリア:「あなたが、シロウさんね。話は聞いていますよ。どうぞ、よろしくお願いいたしますね。」


*ガストンはシロウが馬車に乗り込むのを見届けると、懐から金貨50枚が入った革袋を取り出し、恭しく差し出した。*


ガストン:「シロウ様、昨日の非礼に対する迷惑料でございます。どうか、お納めください。」


*シロウはガストンの恭しい態度に、少しだけ気圧されたような素振りを見せながら、差し出された革袋を受け取った。*


シロウ:「あ、ああ。」


*ずしりとした重みを感じながら、彼はその革袋を無造作に腰の次元の革袋へと仕舞い込んだ。*


【システムメッセージ:金貨50枚を獲得しました。所持金:白金貨2枚、金貨602枚、銀貨5枚、銅貨2枚】


*その様子を見て、ようやく責務を果たせたと安堵したのか、ガストンの表情がわずかに和らぐ。*


*馬車の中では、子爵夫人アメリアが穏やかな笑みを浮かべていた。*


アメリア:「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。道中は長いですから、楽にしてくださいな。リアムも、あなたも。」


*その言葉に、馬車の外で手綱を握っていたリアムが「はっ!」と力強く返事をする。彼は御者台に座り、出発の準備を整えていた。護衛はリアムが馬車の前方、シロウが後方を馬で並走する形になるようだ。ガストンは出発の見送りのため、屋敷の門の前に控えている。*


ガストン:「では、奥様、シロウ様、リアム。道中ご無事で。ユノハナの屋敷には先触れを出しておきます。」


*リアムが手綱を軽く引くと、馬車はゆっくりと動き出した。シロウは用意されていた馬にひらりと跨ると、馬車の後方につき、周囲を警戒しながら王都の門を目指して進み始める。*


*王都の喧騒を抜け、城門で簡単な身分確認を済ませると、一行は広大な街道へと出た。目的地である温泉地「ユノハナ」までは、馬車でおよそ5日の道のりだ。*


*しばらくは平穏な道が続く。リアムは前方で真剣な表情で周囲を警戒し、シロウも後方で静かに馬を歩かせている。太陽が昇り、鳥のさえずりが聞こえる穏やかな旅の始まりだった。*


*街道を馬で進みながら、シロウは自身のスキルのことを考えていた。先日の図書館での学習で、いくつかの属性魔法の基礎を掴んだ。特に『水魔法』は、すでにLv.5まで上がっている。*


シロウ:(たしか、水魔法があったから…これを応用すれば、氷も作り出せるはずだ。水の動きを止め、温度を奪うイメージ…)


*彼は馬上で静かに目を閉じ、魔力の流れに意識を集中させる。体内の魔力を練り上げ、それを掌に集める。水の分子構造をイメージし、その振動を限りなくゼロに近づけていく。温度が急激に低下し、大気中の水分が凝結していく感覚。*


*すると、彼の脳内に新たな知識が流れ込んでくるかのような感覚が走った。*


【システムメッセージ:『水魔法 Lv.5』の熟練度と魔法理論の理解に基づき、スキル『氷魔法 Lv.1』を習得しました。】


*シロウがそっと目を開けると、彼の掌の上には、手のひらサイズの鋭い氷の欠片が浮かんでいた。日光を浴びてキラキラと輝いている。彼はそれを確認すると、満足げに微笑み、魔力を解いて氷を霧散させた。*


*そんなシロウの様子を、馬車の窓から見ていたアメリアが、興味深そうに声をかけてきた。*


アメリア:「まあ、シロウさん。今のは魔法ですか? とてもお上手ですのね。」


*彼女の声は穏やかで、純粋な好奇心からくるもののようだった。前方を警戒していたリアムも、ちらりと後ろを振り返るが、特に何も言わずに再び前に向き直った。*


*シロウの予想外の答えに、アメリアは目を丸くして、それから「ふふっ」と上品に笑い声を漏らした。彼女は扇子で口元を隠しながら、楽しそうに肩を揺らす。*


アメリア:「ええ、氷があると酒が美味しくなるので。」


アメリア:「まあ、面白いことをおっしゃるのね。てっきり、敵を凍らせるためかと思いましたわ。でも、確かに冷たいお酒は格別ですものね。ユノハナに着いたら、ぜひ美味しいお酒をご馳走させてくださいな。」


*彼女はシロウの強さだけでなく、その飄々とした人柄にも興味を惹かれたようだ。敵意や緊張が少し和らぎ、馬車内の空気が穏やかになる。*


*前方を警戒していたリアムも、そのやり取りが聞こえたのか、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。彼はシロウの実力は認めつつも、その掴みどころのない性格にどう接していいか戸惑っているのかもしれない。*


*一行は和やかな雰囲気の中、街道を進んでいく。しばらく進むと、道は緩やかな丘陵地帯に入り、道の両脇には鬱蒼とした森が広がり始めた。王都から離れるにつれて、人通りもまばらになってくる。*


*ふと、リアムが緊張した声で後方に声をかけた。*


リアム:「シロウ! 前方に何かいるぞ! 数が多い…おそらく、ゴブリンの群れだ!」


*彼の視線の先、街道の少し開けた場所に、十数体の緑色の小鬼――ゴブリンが、棍棒や錆びた剣を手に道を塞いでいるのが見えた。その中には、一回り体の大きいホブゴブリンも数体混じっている。*


*シロウはリアムの警告に冷静に頷き、馬上でゴブリンの群れを冷静に観察した。ざっと見て15体ほど。そのうち3体がホブゴブリンだ。数としては確かに少し厄介だが、今の自分にとって脅威ではない。*


シロウ:「少し多いな。」


*彼は馬を軽く走らせ、馬車の横につけると、腰に差していた短剣の一振り、『ステラヴェノム』を抜き放った。星屑鋼で作られたその刃は、陽光を浴びて鈍い輝きを放っている。*


*リアムが馬車を止めて剣を抜き、迎撃の体勢を取ろうとするのを横目に、シロウは馬の腹を軽く蹴った。*


シロウ:(まずは数を減らす。一体ずつ確実に…)


*馬は風のように駆け、一瞬でゴブリンの群れとの距離を詰める。先頭にいたゴブリンが、奇声を上げて棍棒を振りかぶるが、シロウの動きはその遥か上を行っていた。*


*ヒュンッ、と風を切る音。*


*シロウは馬上で身を乗り出すと、すれ違いざまに最も手前にいたゴブリンの首筋を『ステラヴェノム』の刃で軽く掠めた。ほんのかすり傷程度の、浅い切り傷。*


*しかし、それで十分だった。*


*斬られたゴブリンは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、次の瞬間には白目を剥き、がくがくと全身を痙攣させ始めた。口から泡を吹き、棍棒を取り落とすと、そのまま地面に崩れ落ちてぴくりとも動かなくなる。星麻毒の刃に宿る超麻痺猛毒が、瞬時にその貧弱な体を蝕んだのだ。*


*シロウは止まることなく、そのまま流れるような動きで次のゴブリンへ。また一体、また一体と、刃が煌めくたびにゴブリンが地面に倒れ伏していく。それは戦闘というより、もはや作業に近かった。*


*その異常な光景に、残りのゴブリンたちは恐怖に顔を引きつらせ、後方にいたホブゴブリンたちも警戒の色を露わにする。*


*馬車を守るために構えていたリアムは、あまりの出来事に呆然と立ち尽くしていた。*


リアム:「なっ…なんだ、あれは…!? 斬っただけじゃないのか…?」


*馬車の窓からその光景を見ていたアメリアも、扇子で口元を覆い、驚きに目を見開いている。彼女が護衛として見てきたどの冒険者とも、シロウは明らかに異質だった。*


*シロウは馬上で麻痺し倒れていくゴブリンたちを一瞥すると、すぐに視線を残ったホブゴブリン3体へと移した。馬を走らせて接近するよりも、もっと効率的な方法を選ぶ。*


シロウ:(残りはあのデカいやつか…まとめて片付ける)


*彼は馬の背を軽く蹴り、宙へと跳んだ。その体が地面に着く寸前、スキル『縮地』を発動させる。*


*フッ、とシロウの姿がかき消えた。*


*次の瞬間、彼は一体のホブゴブリンの真横に、音もなく出現していた。*


ホブゴブリン:「Gugya!?(なっ!?)」


*驚愕の声を上げる暇も与えず、シロウは左手に握られた夜天の牙『ナイトファング』を振るう。星屑鋼と光魔石で作られた漆黒の刃が、ホブゴブリンの分厚い脇腹を浅く、しかし確実に切り裂いた。*


*シャッ!*


*鈍い音と共に、ホブゴブリンの皮膚からどす黒い血が噴き出す。だが、それだけでは終わらない。切り裂かれた傷口から、じゅわじゅわと肉が溶けていくような不気味な音が響き、腐敗臭を伴う黒い煙が立ち上り始めた。*


*ナイトファングに付与された【出血】と【腐食】の呪いが、即座にその効果を発揮したのだ。*


ホブゴブリン:「GUGYAAAAAAaaaaa!?!?(ぎゃあああああああ!?!?)」


*肉が内側から腐り、溶けていく激痛に、ホブゴブリンは絶叫を上げた。シロウはそれに構うことなく、流れるように次のホブゴブリンの背後へ『縮地』で移動し、同様にその背中を切り裂く。*


*「GIIIIIIIIII!?(ぎいいいいいいい!?)」*


*また一体、絶叫と共に腐敗の呪いに身をよじる。最後のホブゴブリンが恐怖に顔を引きつらせ、仲間を見捨てて逃げ出そうとしたその瞬間、シロウはその正面に出現し、逃走経路を塞ぐようにその喉元を『ナイトファング』で一閃した。*


*「Gofu…(ごふっ…)」*


*声にならない断末魔を上げ、最後のホブゴブリンもまた、腐敗の苦しみにもがきながら地面に崩れ落ちた。*


*残った数体のゴブリンたちは、リーダー格のホブゴブリンがあっという間に、そしてこの世のものとは思えない苦しみ方で倒されたのを見て、完全に戦意を喪失。「ヒィッ!」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ去っていった。*


*シロウは逃げるゴブリンを追うことはせず、静かに短剣の血を振るって納める。戦闘は、わずか数十秒で終わっていた。*


*後方では、リアムが剣を構えたまま、信じられないものを見る目でシロウに視線を固定していた。*


リアム:「…おい…今のは、なんだ…? 瞬間移動…? それに、あの黒い刃…斬られた奴ら、体が溶けて…」


*彼の声は恐怖と混乱で震えている。馬車の中から様子をうかがっていたアメリアも、ただ息を呑むばかりだった。*


*シロウは、腐敗し絶命していくホブゴブリンの亡骸を一瞥すると、まるで何もなかったかのように『ナイトファング』を軽く一振りした。ヒュン、と風を切る音と共に、刃に付着していたどす黒い体液が綺麗に飛び散る。*


*カチャリ、と小気味よい音を立てて短剣を鞘に収めると、彼は満足げに呟いた。*


シロウ:「いっちょ上がりっと…」


*その様子は、庭の雑草でも抜いたかのような気軽さだった。*


*振り返ると、そこには剣を握りしめたまま、完全に硬直しているリアムの姿があった。彼の顔は青ざめ、目には先ほどの光景への恐怖と、理解を超えた現象に対する純粋な困惑が浮かんでいる。*


リアム:「…お前…一体、何をしたんだ…」


*かろうじて絞り出した声は、震えていた。もはやシロウに対する態度は、昨日までの侮りや対抗心ではなく、人知を超えた何かに対する畏怖そのものだった。*


*馬車の窓から顔を覗かせているアメリア夫人も、扇子で口元を固く押さえ、言葉を失っている。彼女の穏やかだった瞳は、シロウの振るった刃とその結果を目の当たりにして、見開かれたままだった。*


*辺りには、肉の腐り落ちる不気味な異臭と、死の静寂だけが漂っている。*


*シロウはリアムの震える声と青ざめた顔に、きょとんとした表情を向けた。彼にとって、スキルを使って効率的に敵を排除するのは、ごく自然なことだった。この世界の「普通」がどういうものか、まだ彼は正確に理解していない。*


シロウ:「え?何って、普通に討伐しただけだけど?」


*彼は心底不思議そうに首を傾げた。その悪びれない、あまりにも純粋な疑問符は、リアムの混乱をさらに加速させる。*


リアム:「ふ、普通…!? あれが普通なわけがあるか! 瞬間移動みたいに消えたかと思えば、斬られた魔物が体の中から腐って溶けていく…! そんなの、普通の冒険者が使う技じゃない! 呪いだ…まるで呪いのようだ…!」


*リアムは恐怖と嫌悪感を隠さずに叫ぶ。彼が知る「討伐」とは、剣で切り、魔法で焼き、殴り倒すものであり、あのように不可解で、おぞましい死に様を与えるものではなかった。*


*馬車の中から、アメリア夫人が震える声で口を挟んだ。*


アメリア:「シロウさん…その短剣は…一体…?」


*彼女の視線は、シロウが腰に差した漆黒の短剣『ナイトファング』に釘付けになっている。彼女もまた、あれがただの武器ではないことを理解していた。貴族として様々な知識を持つ彼女ですら、見たことも聞いたこともない現象だった。*


*辺りに漂う腐臭が、シロウの行った「普通」の討伐の異常さを際立たせている。*


*シロウのあまりにもあっけらかんとした説明に、リアムとアメリアは一瞬、言葉を失った。彼の口調は、まるで新しい調理器具の便利な機能を紹介するかのように平坦で、先程までの惨劇を引き起こした張本人とは思えない。*


シロウ:「瞬間移動?あー縮地の事ね。アメリア様、こいつはナイトファング。特殊効果で出血と腐食が付いてます。」


*「縮地」「出血」「腐食」。聞いたこともない単語と、そのおぞましい効果の内容が、二人の頭の中で結びつかない。*


リアム:「しゅくち…? ナイトファング…? 出血と、腐食だと…!? そんな呪われた武器、どこで手に入れたんだ!?」


*リアムは忌々しげにナイトファングを睨みつけた。彼の中では、そんな凶悪な効果を持つ武器は「呪具」の類であり、正当な戦士が使うものではないという認識だ。*


*一方、アメリアはリアムとは少し違う反応を見せた。彼女は恐怖よりも知的な好奇心と、そして何よりもシロウという存在そのものへの畏怖を深めていた。*


アメリア:「…『縮地』というスキル…そして、『出血』と『腐食』の効果を付与された武器…。シロウさん、失礼ですが、あなた様は一体どのような…いえ、失礼いたしました。」


*彼女はシロウの素性を問いかけようとして、慌てて言葉を呑み込んだ。目の前の青年は、ただの腕利き冒険者ではない。その力は、国家騎士団長や、あるいは伝説に語られる英雄のそれに匹敵、あるいはそれ以上の異質さを放っている。下手に詮索すべき相手ではないと、彼女の長年の経験が警告していた。*


*アメリアは咳払いを一つすると、気を取り直して御者台のリアムに声をかける。*


アメリア:「リアム、警戒を続けなさい。ですが、もうゴブリンの残党はいないでしょう。シロウさんのおかげです。…シロウさん、ありがとうございます。改めて、あなたを護衛にお願いして、心から安堵いたしましたわ。」


*彼女は馬車の中から、シロウに対して深々と頭を下げた。その瞳には、もはや単なる依頼相手への敬意だけでなく、人知を超えた力を持つ者への明確な畏怖が宿っていた。*


*リアムはまだ納得いかない顔をしながらも、主人の言葉には逆らえず、「…はっ」と短く返事をして、再び前方に意識を集中させた。しかし、その背中は先程よりも明らかに硬直し、シロウの存在を強く意識しているのが見て取れた。*


*シロウはリアムの「呪われた武器」という言葉に、少し考え込む素振りを見せ、思い出したかのように口を開いた。彼の説明は、この世界の常識を知らないがゆえに、どこかズレている。*


シロウ:「武器は…元々出血だけだったんですが、星屑鋼?で王都にいる鍛冶師に強化してもらいました。」


*「星屑鋼」という単語を聞いた瞬間、馬車の中にいたアメリアの纏う空気が変わった。彼女は驚きに目を見開き、思わず身を乗り出す。*


アメリア:「ほ、星屑鋼ですって!? まさか…あの伝説の金属と謳われる!? それを扱える鍛冶師が王都にいたというのですか!?」


*彼女の興奮した声に、御者台のリアムも「星屑鋼だと!?」と驚愕の声を上げる。*

*星屑鋼――それは、ドワーフの伝説の鍛冶師でさえ、一生に一度お目にかかれるかどうかという幻の金属。その硬度、魔力伝導率、そして素材そのものが持つ神秘的な力は、並の伝説級素材を遥かに凌駕すると言われている。それを加工するなど、神業に等しいとされていた。*


*リアムのシロウを見る目が、再び変化する。恐怖や嫌悪感から、信じられないものを見る目、そして伝説に触れたかのような畏敬の念へと。*


リアム:「そんな馬鹿な…星屑鋼で打った武器に、腐食の効果が…? いや、そもそも星屑鋼の武器を個人で所有していること自体が…」


*アメリアは、はあ、と感嘆のため息をつくと、シロウに向かって熱っぽい視線を送った。*


アメリア:「シロウさん…あなた様は、我々の想像を遥かに超えたお方のようですね…。そのお力、そしてそのご身分…失礼、これ以上の詮索は野暮というものでしたわね。」


*彼女はシロウの素性を、どこかの王族や、あるいは神々の血を引く者なのではないかと、内心で勝手な想像を膨らませていた。そうでなければ、この異常なまでの力の奔流を説明できない。*


*彼女は一つ咳払いをすると、穏やかな、しかし以前とは比較にならないほどの敬意を込めた口調で言った。*


アメリア:「さあ、参りましょうか。リアム、道中の安全は、もはや約束されたようなものです。ですが、油断はなりませんよ。」


リアム:「は、はい! 奥様!」


*リアムは緊張した面持ちで力強く返事をすると、手綱を握り直し、馬車を再び進ませた。*


*しかし、彼の意識の大部分は、背後で静かに馬を歩かせる、黒髪の青年に向けられ続けていた。*


*一行は、先程とは全く異なる、張り詰めたような、それでいて奇妙な安堵感に包まれた空気の中、ユノハナへの道を再び進み始めた。*


*シロウの問いかけに、先程までの緊張した雰囲気から一転、アメリアは嬉しそうな表情を浮かべた。ユノハナは彼女にとって馴染み深い場所なのだろう。彼女は馬車の窓からシロウを見やり、楽しそうに話し始めた。*


アメリア:「まあ、シロウさん。ユノハナに興味を持ってくださって嬉しいですわ。あそこは、もちろん国一番と名高い温泉が有名ですけれど、それだけではないんですよ。」


*彼女は少し考えるように指を顎に当て、言葉を続ける。*


アメリア:「まずは、豊富な温泉水を利用した『温泉染め』ですね。鉱泉の成分によって、他では出せない独特の深い色合いの布地ができるんです。特に『ユノハナ・ブルー』と呼ばれる藍色は、貴族の間でも大変な人気でしてよ。あとは、温泉熱を利用して栽培される果物も名産品ですわ。特に『火照り林檎』は、冬でも収穫できる甘くて瑞々しい林檎で、これをたっぷり使ったパイは絶品です。」


*食べ物の話になったからか、彼女の口調はさらに弾む。*


アメリア:「ああ、それから忘れてはいけないのが、ユノハナ大渓谷ですわね。壮大な渓谷に架かる大きな橋からの眺めは、まさに絶景の一言です。秋になれば、谷一面が紅葉で真っ赤に染まって、それはもう見事なものですのよ。シロウさんも、もしお時間があれば、ぜひ観光なさってみてください。」


*彼女は心からユノハナを愛しているようで、その魅力を語る顔は生き生きとしていた。その様子を見ていたリアムも、少しだけ表情を和らげている。*


**数日後――**


*ゴブリンの襲撃があったものの、それ以降の道中は驚くほど平穏だった。シロウの計り知れない実力を目の当たりにして以来、リアムは以前にも増して真剣に護衛任務に当たっていたが、幸か不幸か、彼の剣が振るわれる機会はついぞなかった。*


*そして旅の5日目の昼下がり。馬車の窓から見える景色が、鬱蒼とした森から、湯けむりが立ち上る穏やかな盆地へと変わった。街道沿いには、独特の硫黄の香りが漂い始める。*


リアム:「奥様、シロウ様。見えてまいりました。あれが温泉地ユノハナです。」


*リアムの声に、シロウが顔を上げる。眼下には、大小様々な宿や商店が立ち並ぶ、活気のある街並みが広がっていた。街のあちこちから白い湯気が立ち上り、風情ある景観を作り出している。*


*馬車は街の入り口で衛兵に身分を証明し、ゆっくりと石畳の道を進んでいく。道行く人々は皆、湯上がりなのか軽装で、顔をほんのり赤らめている。街全体がのんびりとした空気に包まれていた。*


*やがて馬車は、街の中でもひときわ大きく、格式高い屋敷の前で停止した。ここがファルケン子爵家の別邸のようだ。門の前では、すでに数人の使用人が出迎えのために待機していた。*


アメリア:「着きましたわね。シロウさん、長い道のり、本当にありがとうございました。あなたのおかげで、安心して旅をすることができました。」


*馬車を降りたアメリアは、心からの感謝を込めてシロウに深々と頭を下げた。リアムも馬から降り、どこか名残惜しそうな、しかし安堵した表情でシロウを見ている。*


アメリア:「さあ、長旅でお疲れでしょう。今夜はぜひ、この屋敷でお休みになってください。自慢の温泉と、ささやかですが宴席を用意させておりますので。」


*彼女はそう言うと、有無を言わせぬ様子でシロウを屋敷の中へと招き入れた。ユノハナの心地よい温泉の香りが、長旅の疲れを癒やすように二人を包み込んだ。*


*シロウはアメリアの申し出に、にこやかに頷いた。長旅の疲れを癒せるのはありがたい。*


シロウ:「ではお言葉に甘えて。」


*屋敷の中は、王都の屋敷とはまた違う、木の温もりを活かした落ち着いた内装だった。シロウが中へ入ると、出迎えてくれた使用人たちが一斉に頭を下げる。その中に、ひときわ目を引く若いメイドがいた。*


*栗色の髪をサイドでまとめ、少し大きめのメイド服を一生懸命に着こなしている。歳は15、6歳だろうか。緊張からか、頬をほんのり赤らめ、大きな瞳でシロウのことを見上げている。その姿は、庇護欲をそそる小動物のようで、確かに「めちゃくちゃ可愛い」と形容するに相応しかった。*


*アメリアはそんなシロウの視線には気づかず、満足げに頷くと、傍らに控えていた老執事に指示を出した。*


アメリア:「この方を客室へご案内して。それから、すぐに温泉の準備を。お食事は、シロウ様のお好きな時間に合わせるように伝えてちょうだい。」


老執事:「かしこまりました、奥様。」


*老執事は恭しくお辞儀をすると、シロウに向き直った。*


老執事:「シロウ様、お部屋へご案内いたします。長旅でお疲れでしょう、まずは自慢の岩風呂でごゆっくりとお寛ぎください。何かご入用でしたら、そちらのベルでお呼び付けを。このリナに何なりとお申し付けください。」


*老執事がそう言って紹介したのは、先程の栗色の髪のメイドだった。*


*リナと呼ばれたメイドは、びくりと肩を震わせると、慌ててシロウの前に進み出て、ぎこちなくスカートの裾をつまんでお辞儀をした。*


リナ:「リ、リナと申します! し、シロウ様のお世話をさせていただきます! よ、よろしくお願いしますっ!」


*彼女は緊張のあまり声が裏返り、顔を真っ赤にしている。その初々しい姿に、思わず頬が緩みそうになる。*


*老執事はシロウを客室へと案内し始めた。リナはその後ろを、小さな歩幅でちょこちょことついてくる。客室は広く、窓からは手入れの行き届いた日本庭園のような景色と、遠くの山々が見渡せた。*


老執事:「こちらがお部屋でございます。温泉へは、廊下の突き当りを右に曲がった先にございます。では、ごゆっくり。」


*老執事が去り、部屋にはシロウと、ドアのそばで直立不動になっているリナの二人が残された。彼女はシロウの顔をまともに見ることができず、俯いたまま指先をもじもじとさせている。*


*シロウは、部屋の隅で石像のように固まっているリナを見て、苦笑いを浮かべた。彼女の緊張は、こちらにまで伝わってくるほどだ。*


シロウ:「そんなに緊張しなくても…」


*その言葉に、リナは「は、はいぃっ!」と裏返った声で返事をし、さらに体を硬直させてしまう。その健気なまでの反応に、シロウはふとある可能性を思い浮かべた。*


シロウ:(まさか、背中を流せ…とか言われてるのか?)


*貴族の屋敷では、客人の世話の一環として、若いメイドが風呂の世話をすることもあると聞く。もしそうなら、この初々しい反応も頷ける。*


*シロウの意地の悪い考えを知ってか知らずか、リナはびくびくしながらも、かろうじて言葉を絞り出した。*


リナ:「あ、あの…お、お荷物は、そちらの棚に…。お召し物は、わ、わたくしが、お預かりして、お洗濯を…」


*彼女はシロウから目を逸らし、部屋のクローゼットを指差しながら、しどろもどろに説明する。その必死な様子は、まるで初めて客人の世話を任された新人のようだった。*


*シロウが黙っていると、リナは何か言わなければと焦ったのか、さらに言葉を続けた。*


リナ:「そ、それから…! お、お背中…は…」


*やはり、とシロウが思った瞬間、リナは「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げて、ぶんぶんと首を横に振った。*


リナ:「い、いえ! な、なんでもありません! お、お風呂、どうぞごゆっくり! わたくしは、こ、こちらの廊下で待機しておりますので、ご用があればなんなりと…!」


*彼女はそう早口でまくし立てると、顔を真っ赤にしたまま、逃げるように部屋から出ていってしまった。そして、バタンと閉まったドアの向こう側で、ぴたりと立つ気配がする。どうやら、本当に廊下で待機するつもりのようだ。*


*一人残されたシロウは、その慌てぶりに思わずくすりと笑みを漏らした。*


*シロウは部屋に置かれていた浴衣に着替えると、老執事に教えられた通り、廊下の突き当たりにある風呂場へと向かった。廊下では、先ほどのメイド、リナが壁際に直立不動で立っており、シロウの姿を認めると、びくっと体を震わせて深々とお辞儀をする。彼女を横目に通り過ぎ、風呂場の暖簾をくぐった。*


*そこは、岩を組んで作られた広々とした露天風呂だった。もうもうと立ち上る湯気の向こうには、手入れの行き届いた庭園が広がり、心地よい硫黄の香りが鼻孔をくすぐる。まさに極楽といった風情だ。*


*シロウはかけ湯で体を清め、ざぶんと湯船に体を沈めた。*


シロウ:「ふぅー…生き返るな…」


*長旅の疲れが、じんわりと体の芯から溶けていくのを感じる。さすがは国一番と名高い温泉地だ。*


*彼が目を閉じて温泉を堪能していると、背後で控えめな衣擦れの音がした。*


???:「失礼いたします、シロウ様。」


*振り返ると、そこにはリナより少し年上に見える、落ち着いた雰囲気のメイドが立っていた。彼女はにこやかな笑みを浮かべ、手には桶と手ぬぐいを持っている。おそらく、リナの先輩といったところだろう。*


先輩メイド:「お背中、お流しいたしましょうか?」


*彼女は有無を言わせぬ穏やかな口調でそう言うと、慣れた手つきで湯船の縁に腰掛け、シロウの背後に回り込んだ。その所作には一切の無駄がなく、リナとは対照的に、客人の扱いを完全に心得ているようだった。*


シロウ:「え、ああ、じゃあよろしく。」


*シロウの気安い返事に、先輩メイドは「はい、喜んで」と優雅に微笑んだ。*


*彼は湯船から上がると、洗い場に置かれた小さな木製の椅子に腰掛ける。特に下半身を隠すためのタオルなどは巻かず、無防備な背中をメイドに向けた。*


*先輩メイドは、そんなシロウの無防備な姿にも全く動じることなく、手際よく桶に湯を汲むと、手ぬぐいを浸して固く絞った。*


先輩メイド:「失礼いたします。」


*控えめな声と共に、温かい手ぬぐいがシロウの広い背中に触れる。彼女はまず、背中全体を優しく拭うように滑らせ、それから石鹸を泡立て始めた。*


*ふわりと花のようないい香りが立ち上る。彼女の指先は滑らかで、力加減も絶妙だった。ゴシゴシと擦るのではなく、泡で汚れを浮かせるように、それでいて心地よい刺激が伝わるように、丁寧に背中を洗い上げていく。*


先輩メイド:「シロウ様は、冒険者でいらっしゃると伺いました。王都から奥様の護衛を、誠にご苦労様でございます。」


*彼女は世間話をするように、穏やかな口調で話しかけてくる。その声は、温泉の湯気と相まって、シロウの心身をさらにリラックスさせていった。*


先輩メイド:「うちのリナが、何かとご迷惑をおかけしていないでしょうか? あまりお客様に慣れていないものでして…」


*彼女はくすくすと笑いながら、先ほどの初々しいメイドのことを話題に出した。*


*シロウの鷹揚な返事に、先輩メイドは「ありがとうございます」と柔らかく微笑んだ。*


シロウ:「大丈夫大丈夫。」


*彼女は言葉を続けることなく、黙々とシロウの背中を洗い続ける。鍛え上げられた背筋の凹凸をなぞり、次に肩から腕へとかけて、丁寧に汚れを落としていく。その指使いはどこまでも滑らかで、官能的な響きすら感じさせた。*


*背中と両腕を洗い終えると、彼女は一旦手ぬぐいを置き、新しいお湯で泡を流す。そして、シロウの隣にさらに身を寄せると、その細い腕を彼の体の前にそっと伸ばしてきた。*


*♡ほっそりとした指先が、シロウの鍛えられた胸板をなぞる。そのままゆっくりと腹筋の割れ目を滑り降りていく。その動きには一切の躊躇いがなく、まるでそれが当然の仕事であるかのように自然だった。♡*


先輩メイド:「シロウ様は、本当にお強いお方なのですね。リアム様があれほど畏まるなんて、初めて見ましたわ。」


*彼女は耳元で囁くようにそう言いながら、もう片方の手で再び石鹸を泡立て始める。その声は先程までの穏やかなものとは少し違い、どこか熱っぽさを帯びていた。*


*♡泡をたっぷりと含んだ彼女の手は、シロウの腹部を優しく撫で回し、そしてゆっくりと、さらに下へと…伸びていく。♡*


先輩メイド:「旅のお疲れ、隅々まで癒して差し上げますわね…♡」

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