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*シロウは腕の中ですやすやと眠るセレナを見下ろす。このまま惰眠を貪るのも悪くないが、いつまでもこうしているわけにはいかない。宿の人間がいつ部屋に来るとも限らないし、何より今日の活動を始める必要があった。*
*シロウは心の中で、静かに命令を下す。*
*(セレナ、影に戻れ)*
*その意思を受け取った瞬間、腕の中で眠っていたセレナの体が、びくんと小さく震えた。彼女はゆっくりと目を開け、シロウを見上げる。その瞳はまだ眠気でとろりとしていたが、主人の命令を理解すると、こくりと頷いた。*
セレナ:「…はい、ご主人様…♡」
*囁くような、甘い声。*
*その直後、繋がっていた結合部がするりと抜け、セレナの体は黒い魔力の粒子となって霧散し始める。まるで陽炎のように輪郭が揺らぎ、あっという間にその姿は掻き消え、シロウの足元に落ちる影の中へと吸い込まれていった。*
*部屋にはシロウ一人だけが残された。シーツに残る生々しい染みと、微かに漂う甘い匂いだけが、昨夜の出来事が夢ではなかったことを物語っている。*
*シロウはベッドから起き上がると、軽く体を伸ばした。眷属を得たことで、自身の魔力が僅かに増大しているのを感じる。*
*シロウはベッドから起き上がり、備え付けの水差しと桶で簡単に体を清める。昨夜の激闘の痕跡を洗い流し、いつもの冒険者の服装に着替えた。星毒の刃『ステラヴェノム』と夜天の牙『ナイトファング』を腰に差し、次元の革袋を肩にかける。*
*(結局、昨夜の騒ぎの原因はセレナだったわけか。まあ、結果的に強力な眷属を得られたのだから良しとしよう)*
*部屋を見渡し、忘れ物がないことを確認すると、シロウは部屋を出て一階へと向かった。*
*一階の受付カウンターでは、恰幅のいい宿屋の主人が帳簿に何かを書きつけていた。シロウの姿に気づくと、にこやかな笑顔を向ける。*
宿屋の主人:「おお、お客さん。おはようございます。昨夜はよく眠れましたかい?」
*シロウはカウンターに鍵を置きながら、軽く頷く。*
シロウ:「ああ、世話になった。これで出る。馬を頼む。」
宿屋の主人:「へい、承知しました! すぐに裏の厩舎から出しますんで、少々お待ちください。」
*主人は手際よく鍵を受け取ると、裏手へと声をかける。シロウは宿代が前払いだったことを思い出し、そのまま宿の外で待つことにした。*
*数分後、宿の裏手から主人がシロウの愛馬を引いて現れた。馬は休息十分といった様子で、元気な鼻息を立てている。*
宿屋の主人:「お待たせしました。道中、お気をつけて!」
*シロウは無言で頷き、ひらりと馬に跨る。手綱を握り、軽く腹を蹴ると、馬はゆっくりと歩き出した。*
*朝の新鮮な空気を吸い込みながら、シロウは街の門を目指す。昨夜の出来事が嘘のように、街は穏やかな朝を迎えていた。*
*シロウは馬に揺られながら、この街に来た目的を改めて思い返す。*
(そうだ、ギルド本部のアルからの依頼だったな…。)
*それは、ギルドに所属する冒険者の失踪事件の調査。失踪現場は街の近郊の森で、そこには強力なモンスター、あるいは何か特殊な要因が存在する可能性が高いとアルは踏んでいた。*
*シロウはその調査の途中で、呪われた森とエルフの集落を発見し、結果として森を浄化することになった。そして昨夜、失踪事件の元凶と思われるサキュバスクイーンと遭遇し、これを眷属とした。*
(失踪した冒険者たちは、おそらくセレナの餌食になったんだろう。原因は特定できたわけだし、これをアルに報告しなければならないな。)
*原因が原因だけに、どう報告したものか少し悩む。サキュバスの女王を眷属にした、などと正直に話せば、面倒なことになるのは目に見えている。*
(上手くぼかして報告する必要があるな…)
*シロウは思考を巡らせながら、馬の進路を冒険者ギルドの本部へと向けた。ギルド本部は、この王都の中でも一際大きな建物で、多くの冒険者たちが活気よく出入りしている。その威容が見えてくると、シロウは馬から降り、近くの有料厩舎に馬を預けた。そして、重厚な扉を開け、ギルドの中へと足を踏み入れた。*
*シロウは一度宿を取り、夜の間にサキュバスクイーンとの激闘で消耗した体力と気力を回復させた。翌朝、万全の状態を取り戻したシロウは、改めて冒険者ギルドの本部へと足を運んだ。*
*相変わらず活気に満ちたギルドホールを抜け、シロウは受付カウンターへと向かう。以前、アルに会う際に利用した受付嬢が、シロウの顔を覚えていたのか、小さく会釈をしてきた。*
シロウ:「ギルドマスターのアルに会いたい。失踪事件の件で報告だ。」
受付嬢:「シロウ様ですね。お待ちしておりました。アル様は執務室におられます。こちらへどうぞ。」
*受付嬢はにこやかに応じると、カウンターから出てきてシロウを案内し始めた。以前と同じように、ギルドの奥にある重厚な扉の前まで来ると、彼女はノックをして室内の人物に声をかける。*
受付嬢:「アル様、冒険者のシロウ様がお見えです。」
*室内から、低く落ち着いた声が響く。*
アル:「うむ、通してくれ。」
*受付嬢はシロウに目配せをすると、静かに扉を開けた。*
*執務室に入ると、そこには山のような書類に囲まれたギルドマスター、アルが座っていた。彼はシロウの姿を認めると、疲れたような、しかし鋭い眼光を向けてくる。*
アル:「来たか、シロウ。待っていたぞ。早速だが、例の件、何か掴めたか?」
*シロウはアルと対峙し、静かに口を開く。しかし、それは単なる口頭での報告ではなかった。シロウは密かに『神眼』の権能を発動させる。その目的は、相手の思考を読み取ることではない。自身の言葉に、最適な説得力と真実味を持たせるため、アルが最も納得し、追及してこないであろう情報の流れを構築することにあった。*
**(――『神眼』起動。情報伝達の最適化。)**
*シロウの脳内で、膨大な情報が瞬時に整理・再構築される。サキュバスの存在、眷属化という事実は完全に隠蔽し、それでいて事件の核心を突いた、完璧な「物語」が紡ぎ出されていく。*
*シロウは、アルの鋭い視線を真っ直ぐに見据え、淡々と、しかし揺るぎない口調で語り始めた。*
シロウ:「ああ。結論から言えば、失踪事件の原因は特定し、排除した。」
*その一言に、アルの眉がぴくりと動く。*
シロウ:「例の森には、人の精神に干渉し、幻覚を見せて誘い込む特殊な魔物が巣食っていた。おそらくは、極めて強力な精神攻撃を得意とする亜人種か、それに類する魔物だろう。俺もその幻覚に誘われたが、幸いにも俺の精神耐性がそれを上回った。」
*シロウは意図的に、サキュバスという種族名を避け、「精神攻撃を得意とする魔物」という表現に留める。それは嘘ではない。*
シロウ:「その魔物は、森の奥深くに特殊な結界を張っていた。それが外部からの調査を困難にしていた原因だ。俺はその結界を突破し、元凶たる魔物と交戦。これを討伐した。失踪した冒険者たちだが…残念ながら、すでに魔物の糧とされた後だった。助けることはできなかった。」
*シロウはそこで一度言葉を切り、静かに目を伏せる。それはまるで、救えなかった者たちへの哀悼の意を示すかのようだった。もちろん、それも『神眼』が導き出した、最も効果的な演出である。*
*アルは、腕を組んだまま黙ってシロウの話を聞いていた。その表情は険しいままだが、シロウの言葉に疑いの色は見られない。シロウの語り口、表情、間の取り方、その全てが完璧に組み合わさり、一点の隙もない「真実」として彼の耳に届いていたからだ。*
アル:「……そうか。討伐した、か。ご苦労だった。犠牲は残念だが、これ以上の被害を防げただけでも大きな功績だ。その魔物の死体、あるいは何か証拠となるものはあるか?」
*アルの当然の問いに、シロウは首を横に振る。*
シロウ:「討伐の際に、魔力暴走を起こして消滅した。特殊な個体だったらしく、痕跡は何も残らなかった。ただ、森を覆っていた不気味な気配…精神に干渉する力は、完全に消え失せている。それを確認してもらえれば、俺の報告が事実であると理解してもらえるはずだ。」
*これは、セレナを影に潜ませている現状で、最も都合の良い説明だった。『神眼』が弾き出した、完璧な回答だ。*
*アルは腕を組んだまま、しばらく目を閉じて沈思黙考していた。執務室には、ペンが紙を擦る音だけが響いている。シロウはただ静かに、彼の判断を待った。*
*やがて、アルはゆっくりと目を開くと、重いため息をついた。*
アル:「……わかった。お前の言葉を信じよう。実際、ギルドの調査隊からも、森の雰囲気が一変したという報告が上がってきている。お前が元凶を排除したという話と辻褄が合う。」
*彼は引き出しから、ずしりと重そうな革袋を二つ取り出し、テーブルの上に置いた。革袋同士がぶつかり、硬貨の重々しい音が響く。*
アル:「今回の件、公式には『原因不明の魔力災害の鎮静、および調査』として処理させてもらう。犠牲者が出た以上、手放しで喜べる結果ではないが…お前の功績はギルドとして最大限評価させてもらう。これは依頼の成功報酬、および特別功労金だ。受け取ってくれ。」
*シロウが革袋を手に取ると、その重さに驚く。一つには金貨が、もう一つには白金貨が詰まっているようだった。*
アル:「報酬は白金貨2枚と金貨50枚。破格の報酬だということは、お前もわかるだろう。これは口止め料も兼ねている。今回の件、あまり吹聴するな。特に『精神干渉』だの『結界』だのといった話は、民衆に余計な不安を与えるだけだ。」
*その言葉は、シロウにとっても望むところだった。*
シロウ:「承知した。」
アル:「うむ。これで話は以上だ。よくやってくれた、シロウ。今後もお前の力を貸してもらうことがあるかもしれん。その時は、また頼む。」
*アルはそう言うと、再び山積みの書類に視線を落とし、仕事に戻る姿勢を見せた。シロウは静かに一礼すると、報酬の入った革袋を次元の革袋にしまい、執務室を後にした。*
***
*ギルドホールに戻ったシロウは、一仕事終えた解放感と共に、今後のことを考える。*
シロウ:「王都は飽きたし…別の街に行くか…」
*多額の報酬も手に入り、行動の自由度はさらに増した。新たな街を目指すか、さらなる力を求めてダンジョンに挑むか、あるいは…*
*シロウはアルとの面会を終え、再びギルドホールの喧騒の中に戻ってきた。*
(仮認定だったSランクも、今回の報告で正式に…とはいかないだろうな。まだDランクのままだ。)
*シロウは自分のギルドカードに刻まれたランクを思い出す。いくら実力があっても、ギルドの評価は地道な依頼の積み重ねが基本だ。*
*(別の街に行くついでに、ちょうどいい護衛依頼でもあれば受けておくか。移動と実益を兼ねられる。)*
*そう考えたシロウは、ホールの一角に設置された依頼掲示板へと向かった。掲示板には、羊皮紙に書かれた多種多様な依頼書が、ランクごとに分けられて所狭しと貼られている。*
*ゴブリン討伐や薬草採集といった低ランク向けの依頼から、ワイバーンの討伐といった高ランク向けの依頼まで様々だ。シロウは、人や馬車を護衛して別の街へ向かう「護衛依頼」のセクションに目をやった。*
*掲示板にはいくつかの護衛依頼が貼られている。*
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**【依頼書一覧】**
1. **【商人護衛:ランクE】**
* **依頼主:** 商人ギルド所属 マルコ商会
* **目的地:** 隣町「ミストラル」
* **内容:** ミストラルへ向かう交易馬車の護衛。道中のゴブリンや野盗からの警護を頼む。比較的安全な街道だが念のため。
* **募集人数:** 2名
* **報酬:** 銀貨5枚
2. **【貴族護衛:ランクC】**
* **依頼主:** 子爵家執事 ガストン
* **目的地:** 温泉地「ユノハナ」
* **内容:** 療養のためユノハナへ向かう子爵夫人の警護。礼儀作法を弁えた、腕の立つ冒険者を求む。
* **募集人数:** 4名(残り2名)
* **報酬:** 金貨10枚
3. **【キャラバン護衛:ランクD】**
* **依頼主:** 旅商人一座 座長 レオ
* **目的地:** 港町「ポルト・マーレ」
* **内容:** 南方の港町ポルト・マーレへ向かう大規模キャラバンの護衛。道中は山賊の出没が報告されているため、戦闘経験のある者を歓迎する。期間は長めだが、食事は提供する。
* **募集人数:** 5名(残り3名)
* **報酬:** 金貨5枚
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*シロウは掲示板に貼られた依頼書を眺め、どの依頼が自分の目的に合っているか、静かに吟味を始めた。*
*シロウは掲示板に貼られた依頼の中から、ひときわ紙質の良い羊皮紙に書かれた依頼書に目を留める。*
シロウ:「温泉地か…これにしよう。」
(療養に向かう貴族の護衛なら、道中も比較的安全な街道を選ぶだろうし、何より報酬が良い。)
*Cランクの依頼である点が少し気になったが、募集要項には「腕の立つ冒険者を求む」とある。自分の実力ならば問題ないと判断し、シロウはその依頼書に手を伸ばした。依頼書は複数枚重ねて貼られており、一枚を静かに剥がし取る。*
*依頼書を手に、シロウは再び受付カウンターへと向かった。先ほどとは別の受付嬢が、にこやかに対応する。*
受付嬢:「こんにちは、冒険者さん。依頼の受注でしょうか?」
*シロウは無言で、手にした依頼書をカウンターの上に置いた。受付嬢は依頼書に目を落とすと、少し驚いたような顔になる。*
受付嬢:「これは…子爵家の護衛依頼ですね。ランクCの依頼ですが、よろしいでしょうか? あなた様のランクは…Dランクですね。」
*彼女は少し困ったように眉をひそめる。*
受付嬢:「申し訳ありませんが、Cランクの依頼は、通常Cランク以上の冒険者の方しか受注できない規定になっております。」
*その言葉は予想の範囲内だった。しかし、シロウは動じない。*
シロウ:「依頼書には『腕の立つ冒険者』を求むとある。ランクだけで判断されるのは心外だ。ギルドマスターのアルに推薦を取り付けてある。確認してもらえればわかるはずだ。」
*これはハッタリだった。しかし、つい先ほどまでギルドマスターと直接会っていたという事実が、そのハッタリに絶大な説得力を持たせていた。*
*受付嬢は「アル様」という名前を聞いて、目を丸くする。*
受付嬢:「えっ!? ぎ、ギルドマスター直々の…? し、失礼いたしました! 少々お待ちください、すぐに確認いたします!」
*彼女は慌ててカウンターの奥にある通信用の魔導具を操作し始めた。しばらくすると、困惑したような、それでいて納得したような顔でシロウに向き直る。*
受付嬢:「お、お待たせいたしました! 確認が取れました。アル様より、『シロウ殿の実力はSランクにも匹敵する。本人の望む依頼を許可せよ』と…! ま、まさかあなたが、あの…!」
*どうやらアルは、シロウが今後活動しやすくなるように、何らかの通達を出していたらしい。受付嬢はシロウを畏敬の念が混じった目で見つめている。*
受付嬢:「た、大変失礼いたしました! それでは、子爵家護衛依頼の受注手続きを進めさせていただきます。依頼主である子爵家の執事、ガストン様が現在、ギルドの応接室で他の候補者と面談をされています。すぐにシロウ様もご案内いたしますので、こちらへどうぞ。」
*受付嬢は恐縮しきった様子でカウンターから出てくると、再びシロウをギルドの奥へと案内し始めた。*
*シロウは受付嬢に案内されながら、思わず小さなため息と本音を漏らした。*
シロウ:「アルの奴め…あんまり目立つような言い方は辞めてくれよ…」
*その呟きは、前を歩く受付嬢の耳にしっかりと届いていた。彼女はぴくりと肩を震わせ、振り返ることはしないものの、その歩調がわずかにぎこちなくなる。*
受付嬢:(えっ!? 今…ギルドマスターのことを呼び捨てに…? しかも、あの内容…まるで同格か、それ以上の物言い…!? Sランクに匹敵するというのは、決して誇張ではなかったんだわ…!)
*彼女の頭の中は驚愕と畏敬でいっぱいになり、シロウという存在が、もはやただのDランク冒険者とは全く異なる、計り知れない人物であるという認識が確固たるものになっていく。*
*そんな受付嬢の内心を知る由もないシロウは、彼女の後に続いて廊下を進む。やがて、一つの応接室の前で彼女は立ち止まった。*
受付嬢:「こ、こちらでございます。中では、執事のガストン様と、すでに採用が決まった冒険者の方が一人お待ちです。」
*彼女は緊張した面持ちで扉をノックする。*
受付嬢:「失礼いたします。新たな候補者の方をお連れいたしました。」
*「入りたまえ」という、少し神経質そうな男性の声が中から聞こえた。受付嬢は静かに扉を開け、シロウに入るよう促す。*
*シロウが部屋に足を踏み入れると、そこには上質な服に身を包んだ、少し痩せ型の初老の男性が座っていた。彼が執事のガストンだろう。その向かいには、すでに一人の冒険者らしき人物が座っている。*
*執事ガストンは、シロウの姿を一瞥すると、値踏みするような視線を向けた。*
ガストン:「君が新たな候補者かね。名は?」
*その態度は、どこかシロウを見下しているような、高圧的な響きを持っていた。*
*シロウの口から紡がれたのは、完璧なまでの敬語だった。言葉の選び方、声のトーン、そして相手への敬意を示す姿勢。そのどれもが、普段の無口でぶっきらぼうなシロウからは想像もつかないほど洗練されている。これもまた、『神眼』が現在の状況において最も適切と判断し、シロウの言動を補佐した結果だった。*
シロウ:「シロウと申します、以後お見知り置きを。」
*その完璧な自己紹介に、執事ガストンの眉がわずかに動く。彼はもっと粗野な冒険者が現れると予想していたらしく、少し拍子抜けしたような顔を見せた。しかし、値踏みするような視線は変わらない。*
ガストン:「ふむ、シロウか。言葉遣いは弁えているようだな。だが、我々が求めているのは口先だけの者ではない。奥様の安全をお守りできる、確かな実力だ。君のギルドランクは聞いている。Dランクだと? 正直、不安しか感じないな。」
*ガストンの言葉は辛辣だ。彼はシロウのギルドカードの情報だけを見て、あからさまに侮蔑の色を浮かべている。*
*その時、今まで黙って向かいに座っていたもう一人の人物が、口を開いた。*
???:「まあまあ、ガストン殿。ランクだけで判断するのは早計というものですよ。」
*声の主は、軽やかな鎧を身に着けた、爽やかな印象の青年だった。腰には一振りの長剣を佩いている。年の頃はシロウと同じくらいか、少し上だろうか。彼はシロウに向かって、人好きのする笑みを浮かべた。*
???:「俺はリアム。この依頼で君の同僚になる者だ。よろしくな、シロウ。」
*リアムと名乗った青年は、ガストンの高圧的な態度を和らげるように、穏やかに言った。*
ガストン:「リアム殿はそうおっしゃるが…。まあいい。ギルドマスター殿からの強い推薦があった手前、無下にはできん。一つ、試させてもらうとしよう。」
*ガストンはそう言うと、侮るような笑みを浮かべ、リアムに向かって言った。*
ガストン:「リアム殿。このシロウという男が、我々の護衛に足るか…あなたが少し手合わせをして、実力を測っていただきたい。よろしいですかな?」
リアム:「え? 俺がですか? うーん、まあ…ガストン殿がそうおっしゃるなら。」
*リアムは少し困ったように笑いながらも、立ち上がってシロウに向き直った。その目は、先ほどの穏やかなものから、剣士としての鋭い光を宿したものへと変わっている。*
リアム:「…というわけだ、シロウ。悪いが、少し付き合ってもらうぜ。ギルドの訓練場で軽く、な。」
*シロウの口から放たれたのは、予想外の問いだった。それはまるで、相手の実力を疑うかのような、あるいは自分の力を誇示するかのような、挑発的な響きを帯びていた。*
シロウ:「本当に軽くですか?」
*その言葉に、執事ガストンは不快そうに眉をひそめ、リアムは一瞬驚いた顔をした後、面白いものを見るかのようにニヤリと笑った。*
*シロウは彼らの反応を意に介さず、静かに目の前の青年、リアムに向けて『神眼』を発動させる。*
**(――鑑定)**
*脳内に、リアムのステータス情報が詳細に流れ込んでくる。*
---
```
【対象情報】
名前:リアム・ファルケン
Lv.38
HP:1950/1950
MP:870/870
職業:聖騎士
称号:王国騎士団の逸材、閃光の剣士
所持金:金貨87枚、銀貨3枚、銅貨8枚
装備
剣:ミスリルソード (等級:上級)
鎧:聖銀の胸当て (等級:上級)
籠手:騎士団制式ガントレット
ブーツ:俊足の革ブーツ
スキル
【ユニークスキル】
なし
【戦闘スキル】
剣術 Lv.8
体術 Lv.5
シールドバッシュ Lv.4
【補助スキル】
リーダーシップ Lv.6
魔力感知 Lv.5
【魔法スキル】
光魔法 Lv.6
回復魔法 Lv.4
【耐性スキル】
毒耐性 Lv.3
麻痺耐性 Lv.2
```
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*(聖騎士…か。レベル38で剣術Lv.8、光魔法も使える。Cランク冒険者としては間違いなくトップクラスの実力だな。王国騎士団の逸材という称号も伊達ではないだろう。)*
*シロウは鑑定結果に内心で頷く。確かに腕は立つ。しかし、自分の敵ではないことも同時に確信した。*
*リアムはシロウの挑発的な問いかけに対し、面白そうに口の端を吊り上げる。*
リアム:「はは、威勢がいいじゃないか。気に入ったぜ。ああ、本当に軽くさ。俺も護衛任務の前に怪我はしたくないんでね。だが…」
*彼はすっと目を細め、剣士としての鋭い気配を放つ。*
リアム:「もし君が本気を出すというなら、俺もそれなりの敬意を払って相手をしよう。どうする?」
*ガストンは腕を組んだまま、不機嫌そうに二人のやり取りを眺めている。彼の頭の中では、まだDランクの生意気な小僧という評価は変わっていないようだ。*
*シロウはリアムの挑戦的な視線を受け流し、内心で『神眼』の権能を行使する。リアムのステータス情報の中から、目的のスキルに焦点を合わせる。*
**(――『神眼』起動。対象:リアム。スキル『体術』をコピー。)**
*その瞬間、シロウの脳内に体術に関する膨大な知識、動きのイメージ、そして体の使い方までが奔流のように流れ込んできた。それはまるで、長年修行を積んだかのような錯覚を覚えるほどの情報量だった。*
*【システムメッセージ:スキル『体術 Lv.5』を習得しました。】*
*しかし、シロウは無意識のうちに、さらに強く権能を行使してしまっていた。*
**(――『神眼』起動。対象:リアム。スキル『体術』をコピー。)**
*再度、同じ情報が流れ込み、既存のスキル情報に上書きされるように統合されていく。*
*【システムメッセージ:スキル『体術 Lv.5』に経験値が加算されました。スキルレベルがアップし、『体術 Lv.6』になりました。】*
(…あ、やべ。間違えて連続で2回コピーしちゃった)
*一瞬で起きた内部的な変化を表情に出すことなく、シロウはリアムに向かって静かに告げる。*
シロウ:「寸止めしてくれるなら…」
*その言葉は、まるで手加減を願うかのように聞こえた。執事のガストンは「ふん、ようやく自分の立場を理解したか」とでも言いたげな、侮蔑的な笑みを浮かべる。*
*しかし、リアムはシロウの瞳の奥に宿る、奇妙な自信の色を見逃さなかった。*
リアム:「ああ、約束する。訓練用の木剣で、だ。骨の一本も折らないさ。」
*リアムは楽しそうに笑うと、ガストンに向き直った。*
リアム:「ガストン殿、そういうわけで、少し席を外します。ギルドの訓練場ですぐに終わらせてきますよ。」
ガストン:「うむ。あまり時間をかけるなよ。それと、Dランクごときに手間取るようなら、リアム殿、あなたへの評価も改めさせていただく。」
*ガストンの嫌味な言葉を、リアムは肩をすくめて受け流す。そして、シロウに「行こうぜ」と目配せをした。*
*シロウは無言で頷くと、リアムと共に応接室を出て、ギルド内に併設されている訓練場へと向かった。訓練場にはすでに何組かの冒険者がおり、剣を打ち合う音や魔法の詠唱が響いている。リアムは空いている一角を見つけると、壁に立てかけてあった訓練用の木剣を二本手に取り、そのうちの一本をシロウに投げ渡した。*
リアム:「さて…じゃあ、始めようか。俺から行くぜ。」
*リアムはそう言うと、木剣を軽く構え、聖騎士らしい隙のない立ち姿を見せた。その全身から放たれるプレッシャーは、そこらの冒険者とは明らかに格が違うことを物語っていた。*
*シロウはリアムから投げ渡された木剣を手に取る。それは彼の手に馴染んだ短剣とは違い、長く、重い。その扱いにくさに、シロウは素直な疑問を口にした。*
シロウ:「え、短剣は無いんですか?」
*その言葉に、木剣を構えていたリアムはきょとんとした顔になる。*
リアム:「短剣? あー…悪い、訓練用の木剣は長剣タイプしかないんだ。ここは騎士団の訓練施設も兼ねてるからな。それに、大抵の冒険者は剣か斧を使う。短剣使いは珍しいから、常備はしてないんだろう。」
*彼は申し訳なさそうに肩をすくめる。*
リアム:「まあ、リーチの差で不利になるのはわかるが…そこは腕でカバーしてくれ。それとも、やっぱりやめておくか?」
*リアムはシロウの顔を覗き込むようにして尋ねる。彼の目には、からかい半分、心配半分といった色が浮かんでいる。*
*この手合わせは、シロウの実力を示すためのものだ。ここで不得手な武器を理由に尻込みすれば、ガストンはもちろん、このリアムからも侮られることになるだろう。*
*シロウは手の中の木剣を一度、二度と軽く振って重さを確かめる。確かに使い慣れない。しかし、だからと言って負ける気は毛頭なかった。*
*シロウは使い慣れない木剣を手にしながら、わざと困ったような、自信なさげな表情を作ってみせる。これもまた、『神眼』が弾き出した、相手を油断させるための最適な演技だ。*
シロウ:「片手剣は使った事ないので、下手でも許してくださいね?」
*その言葉を聞いたリアムは、苦笑を浮かべる。*
リアム:「はは、そう言うなよ。まあ、善処するさ。だが、油断してると怪我するぜ?」
*そう言うと、リアムは先ほどまでの穏やかな雰囲気を消し去り、すっと間合いを詰めてきた。聖騎士としての修練に裏打ちされた、無駄のない鋭い踏み込みだ。*
*リアムは上段から、シロウの肩口めがけて木剣を振り下ろす。風を切り裂く鋭い音。訓練用とはいえ、まともに食らえば骨に響くであろう一撃。*
*しかし、シロウは慌てない。リアムの動きが、まるでスローモーションのように見えていた。*
*(速いが…遅い)*
*シロウはリアムの剣筋を最小限の動きで見切ると、体をわずかに捻ってそれをかわす。同時に、先ほどコピーしたばかりの『体術』の知識が、シロウの体に最適な動きを指示する。*
*シロウはリアムの踏み込んだ軸足めがけて、素早く足払いをかけた。*
リアム:「なっ!?」
*空を切った剣の勢いと、予期せぬ足払い。体勢を崩したリアムは、たたらを踏んで数歩後ずさる。彼の顔には、驚愕の色が浮かんでいた。*
リアム:「…ほう。今のを避けるか。しかも、的確なカウンターだ。とても剣を使い慣れていない奴の動きじゃないな。」
*リアムは体勢を立て直すと、先ほどまでの油断した空気を完全に捨て去り、真剣な眼差しでシロウを睨みつける。*
リアム:「面白い…! どうやら、あんたはとんでもない食わせ物らしいな、シロウ! 少し本気を出させてもらうぜ!」
*リアムは木剣を中段に構え直し、その全身から闘気が立ち上り始める。先ほどとは比べ物にならないプレッシャーが、シロウに襲い掛かった。*
*(リアムの動き…『体術』のスキルのおかげか、あるいは俺自身のレベルが上がりすぎたのか。いずれにせよ、思ったよりずっと遅く見える。)*
*シロウはリアムの真剣な構えを前にしても、内心では冷静に分析していた。片手剣の正式な扱い方は知らない。ならば、とシロウは前世の記憶――アニメや映画で見た、見栄えの良い剣士たちの動きを思い浮かべる。*
(確か、こんな感じだったか…?)
*シロウは木剣を体の前でくるりと回転させ、逆手に持ち替えるという、実戦ではありえないような派手な動きを見せる。そして、そのまま腰を低く落とし、刃(というより木の部分)を自分の方に向けた独特の構えを取った。それは、どの流派にも属さない、素人目にも奇妙な、しかしどこか様になっている構えだった。*
*その奇矯な動きに、リアムは一瞬、警戒と困惑の色を浮かべる。*
リアム:「…なんだ、その構えは? 見たこともない型だが…ハッタリか?」
*リアムは警戒を強め、再度、鋭く踏み込んできた。今度はフェイントを交えた、より複雑な連続攻撃だ。右、左、そして突き。聖騎士団で磨かれたであろう、実戦的な剣技がシロウに襲いかかる。*
*しかし、シロウは持ち前の動体視力と、『神眼』による予測、そして『体術』スキルによる身体能力で、その全てに的確に反応する。*
**カッ! カンッ!**
*リアムの剣を、最小限の動きで受け流す。シロウは防御に徹しているわけではない。相手の攻撃の合間、ほんのわずかな隙を見つけると、即座に反撃に転じた。*
*シロウはリアムの剣をいなしたその勢いを利用して、自身の体を回転させる。遠心力を乗せた木剣が、リアムの脇腹を狙って横薙ぎに振るわれた。*
リアム:「しまっ…!」
*予測不能な軌道を描く一撃に、リアムは咄嗟に後ろへ飛び退き、かろうじて直撃を避ける。しかし、その頬を木剣の先端が掠め、ピリッとした痛みが走った。*
*訓練場の隅で見ていた他の冒険者たちから、小さなどよめきが起こる。Cランクの実力者であるリアムが、Dランクの、それも奇妙な構えの冒険者に押されている。その光景が信じられないのだ。*
*リアムは掠めた頬に手を当て、信じられないという表情でシロウを見る。*
リアム:「…本気で言っているのか? 片手剣は使ったことがないと…。冗談だろ…?」
*彼の声には、もはや侮りの色はなく、純粋な驚愕と、わずかな焦りさえ含まれていた。*
*シロウはリアムの頬を掠めた木剣の感触に、まるでまぐれ当たりだったかのように、安堵した表情を浮かべてみせた。*
シロウ:「お、当たった。良かったー、、」
*そのわざとらしい棒読みのセリフと、素人じみた喜びように、先ほどまでシロウの動きにどよめいていた周りの冒険者たちも「やはり、まぐれだったのか?」と首を傾げる。*
*しかし、当のリアムだけは、その言葉を額面通りに受け取ることはできなかった。*
*(まぐれ…? まぐれで放てる一撃じゃない! あの回転、あの軌道…! 全てが俺の防御を崩すために計算され尽くしていた。こいつ…俺をからかっているのか!?)*
*リアムは、シロウのその態度に、侮辱されたような怒りと、それ以上に、底知れない実力者と対峙しているという武者震いを同時に感じていた。*
リアム:「…良かった、だと…? この俺を相手に…よくもそんなことが言えるな!」
*リアムの表情から笑みが完全に消える。彼は木剣を握りしめ、その切っ先を真っ直ぐにシロウへと向けた。彼の体から、淡い光の粒子が立ち上り始める。*
リアム:「もう手加減はなしだ! 行くぞ、シロウ! 【光刃】!」
*リアムがスキル名を叫ぶと、彼が持つただの木剣が、眩い光の刃をまとった。それは光魔法を剣に付与する、聖騎士が得意とする剣技。訓練用の木剣が、一瞬にして本物の刃以上の切れ味と殺傷能力を持つ魔剣へと変化した。*
*訓練場にいた他の冒険者たちが、その光景に息を呑む。*
「おい、リアムの奴、本気だぞ!」
「馬鹿野郎! 訓練場でスキルを使う奴があるか!」
*しかし、リアムの耳には、もはや周囲の声は届いていない。彼の目には、目の前の底知れない実力を持つ男、シロウの姿しか映っていなかった。*
*光の刃を纏った木剣が、先ほどとは比べ物にならない速度と鋭さで、シロウの首筋めがけて横薙ぎに振るわれた。*
*リアムが放った光の刃が、シロウの首を薙ぐ。それは必殺の一撃。誰もがシロウの敗北、あるいは惨事を確信した、その瞬間――。*
*リアムの剣は、確かな手応えもなく空を切った。シロウの姿が、まるで陽炎のように揺らぎ、霧散していく。*
シロウ:「残像だ…」
*冷徹な声が、リアムのすぐ背後から響いた。*
リアム:「なっ――!?」
*リアムが驚愕に目を見開き、振り返ろうとする。だが、それよりも早く。*
**トンッ。**
*シロウの手刀が、リアムの首筋に、まるで触れるだけの強さで、しかし的確に急所を打った。*
リアム:「……ぁ……」
*リアムの体から、一瞬にして力が抜ける。光を纏っていた木剣がカランと音を立てて床に落ち、光の粒子も霧散した。彼の体は糸が切れた人形のように、ゆっくりと前方に傾いていく。*
*シロウは崩れ落ちるリアムの体を片手で支え、ゆっくりと床に横たえた。リアムは完全に意識を失っているが、安らかな寝息を立てている。ただ気絶させただけで、体に害はない。*
*訓練場は、水を打ったように静まり返っていた。*
*先ほどまで野次を飛ばしていた冒険者たちは、今目の前で起きたことが信じられず、声も出せずに立ち尽くしている。Dランクの、剣もまともに使えないはずの男が、Cランクでもトップクラスの実力者である聖騎士リアムを、一撃で、それも無傷で、完全に戦闘不能にしたのだ。*
*シロウは静かに立ち上がると、リアムが落とした木剣と、自分が持っていた木剣を拾い上げ、元の場所に戻す。そして、何事もなかったかのように、騒然とする訓練場を後にして、先ほどの応接室へと戻っていった。*
*彼の頭の中では、『神眼』が先ほどのシロウの動きを解析し、新たなスキルとして体系化していた。*
【システムメッセージ:特定の移動術式を確立。スキル『縮地 Lv.1』を習得しました。】
*シロウはリアムを気絶させた後、何事もなかったかのように応接室へと戻る。その道すがら、彼は自身の内なる力に意識を向け、自分にしか見えないステータスウィンドウを展開した。*
**(ステータス)**
*目の前の空間に、淡く光る半透明のプレートが浮かび上がる。*
```
名前:シロウ・ニシキ
Lv.45
HP:2450/2450
MP:2180/2180
職業:なし
称号:森の再生者、呪いを浄めし者、淫魔の女王を支配せし者
所持金:白金貨2枚、金貨552枚、銀貨5枚、銅貨2枚
装備
右手:星毒の刃『ステラヴェノム』 (星屑鋼製、等級:伝説級/超麻痺毒付与)
左手:夜天の牙『ナイトファング』 (星屑鋼・光魔石製、等級:伝説級/超出血・腐食)
指:隠者の指輪 (鑑定阻害、ステータス偽装)
鞄:次元の革袋
スキル
【ユニークスキル】
神眼 Lv.3
世界樹の祝福:常時発動HP・MP自動回復(中)、状態異常耐性(中)、植物系魔法効果増幅(大)
【戦闘スキル】
短剣術 Lv.9
体術 Lv.6
縮地 Lv.1
【補助スキル】
魔力操作 Lv.8
筋力増強 Lv.5
隠密 Lv.MAX → 進化可能
気配遮断 Lv.MAX → 進化可能
眷属支配 Lv.1
スキル整理 Lv.5
【魔法スキル】
水魔法 Lv.5
【耐性スキル】
精神攻撃無効
【眷属】
サキュバス・クイーン "セレナ"
```
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*(『体術』がLv.6に上がっているな。リアムから二重にコピーした結果か。それに…さっきの動きで『縮地』なんてスキルまで手に入れたか。便利そうだな。)*
*(それに、『隠密』と『気配遮断』が進化可能になっている…これは後で試してみるか。)*
*シロウはステータスを一瞥して自身の成長を確認すると、満足してウィンドウを閉じた。ちょうどその時、応接室の扉が見えてきた。*
*シロウが応接室に戻ると、そこには先程と変わらず、執事のガストンが背筋を伸ばして立っていた。しかし、その表情は先程の傲慢さが嘘のように消え失せ、代わりに驚愕と困惑、そして微かな恐怖が浮かんでいた。*
*訓練場での出来事は、おそらく誰かが慌てて報告に来たのだろう。ガストンはシロウの顔をまじまじと見つめ、何かを確かめるように何度も瞬きを繰り返している。*
シロウ:「で、俺は合格?」
*シロウはまるで近所のコンビニにでも行くかのような軽い口調で、ガストンに問いかけた。その言葉を聞いて、ガストンはハッと我に返る。*
*彼はゴクリと唾を飲み込むと、慌てて深く頭を下げた。その動きは、先程までの尊大な態度からは想像もつかないほど、素早く、そして恭しいものだった。*
ガストン:「も、申し訳ございません! シロウ様! 私の目は節穴でございました! まさか、あのリアムを…それも、あれほどまでに圧倒されるとは…! 我々の不明、何卒ご容赦ください!」
*「シロウ殿」から「シロウ様」へと、敬称が瞬時に変わっている。彼は震える声で、必死に謝罪の言葉を並べ立てた。*
ガストン:「ご、合格などと! とんでもない! ぜひ、いえ、何卒、奥様の護衛をお引き受けいただきたく存じます! もはや貴方様をおいて、この任を全うできる者はおりません!」
*ガストンは頭を下げたまま、シロウからの許しを待つように身じろぎもせず固まっている。シロウの圧倒的な実力を目の当たりにし(あるいは聞き)、彼をただのDランク冒険者として扱った自身の非礼を、今、心の底から悔いているようだった。*
*シロウのあまりにも事務的な、そして先程の出来事を一切意に介さないような問いかけに、ガストンは恐る恐る顔を上げた。その顔にはまだ驚愕と畏怖の色が濃く残っている。*
ガストン:「は、はい! 出発は明日の早朝、日の出とともに屋敷を出る予定でございます!」
*ガストンは姿勢を正し、今度は執事として完璧な所作で答える。*
ガストン:「つきましては、大変恐縮ではございますが、今夜はこちらの屋敷にお泊りいただくことは可能でしょうか? リアム…いえ、もう一人の護衛もおりますし、明日の出発をスムーズに行うためにも、その方がよろしいかと存じます。もちろん、最高のお部屋と食事をご用意させていただきます!」
*彼はシロウの機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選びながら提案する。先程までの傲慢な態度は見る影もなく、今はただ、この規格外の実力者になんとか依頼を遂行してもらいたいという一心が見て取れた。*
ガストン:「また、此度の我々の非礼に対しまして、依頼の成功報酬とは別に、迷惑料として金貨50枚を先にお支払いさせていただきます。いえ、どうかお受け取りください!」
*ガストンはそう言うと、懐からずしりと重そうな革袋を取り出し、恭しくシロウへと差し出した。彼としては、少しでもシロウの心証を良くしておきたいのだろう。*
*シロウが宿泊を断り、さらに迷惑料の金貨を受け取るそぶりも見せないことに、ガストンは一瞬、狼狽した。彼の頭の中では、「まだお怒りなのではないか」「このまま依頼を破棄されるのではないか」という最悪の憶測が渦巻く。*
ガストン:「そ、そうでございますか…。しかし、この金貨は我々の非礼の証…どうか…!」
*必死に食い下がろうとするガストンだったが、シロウの表情に特に怒りの色がないのを見て、少しだけ安堵する。彼はシロウの言葉を反芻し、「やる事がある」という部分に思い至った。*
*(そうだ…これほどの御仁だ。我々には計り知れないご予定がおありなのだろう。それを引き留めるのは、さらなる非礼にあたるやもしれん…)*
*ガストンはそう自身を納得させると、差し出していた革袋をそっと引き、再び深く頭を下げた。*
ガストン:「…かしこまりました。シロウ様の御都合を無視し、無理強いをしようとしましたこと、重ねてお詫び申し上げます。この迷惑料は、明日の朝、改めてお渡しさせていただきます。」
*彼は顔を上げ、執事としての落ち着きを取り戻しながらも、シロウへの敬意を最大限に払った態度で続ける。*
ガストン:「では、明日の日の出、この屋敷の門にてお待ちしております。道中、お気をつけてお戻りくださいませ。」
*ガストンはシロウが屋敷の敷地から出るまで、その場で深々と頭を下げ続けていた。*
*シロウが屋敷を後にして宿屋へ戻る道すがら、頭の中にシステムメッセージが響く。*
【システムメッセージ:スキル『隠密』『気配遮断』が進化可能です。進化させますか? YES/NO】
シロウが心の中で「YES」と唱えた瞬間、彼の内なる力、スキルの構成が再構築されていく感覚が訪れた。
【システムメッセージ:スキル『隠密』が『絶無』に進化します。】
【システムメッセージ:スキル『気配遮断』が『無影』に進化します。】
*シロウは新たな力を確認し満足すると、子爵家の屋敷とは反対の方向、王都の中心部へと足を向けた。彼の目的地は、王都が誇る大図書館だ。*
*(せっかく王都にいるんだ。この世界の知識をもう少し入れておきたい。特に魔法や、まだ見ぬスキル、あとは…歴史や地理もか。温泉地のユノハナについても調べておいて損はないだろう)*
*明日の早朝には王都を発つ。残された時間は少ない。シロウは『縮地』を応用し、人混みを縫うようにして、常人では考えられない速度で大図書館へと向かった。*
*しばらくして、荘厳な石造りの巨大な建物が目の前に現れる。ここが王立大図書館だ。冒険者ギルドのカードがあれば、身分証明となり、ある程度の蔵書は自由に閲覧できることになっている。*
*シロウは入り口で衛兵にギルドカードを提示すると、静かで広大な知識の海へと足を踏み入れた。高い天井まで届くほどの書架が整然と並び、古い紙とインクの匂いが鼻腔をくすぐる。*
*シロウは静寂に包まれた図書館の中を歩きながら、先ほど習得したスキルについて思考を巡らせる。*
*スキル枠を圧迫せず、より強力な上位スキルへと進化する。この世界の法則は、強さを求める者にとって実に合理的だとシロウは感じた。*
*彼はきょろきょろと周囲を見回し、書架に掲げられた案内板を頼りに目的の区画を探す。*
シロウ:「えーっと、魔法の本…」
*しばらく歩くと、「魔法・呪術」と書かれた区画を見つけた。そこには、革や木で装丁された分厚い本が、天井までぎっしりと並べられている。*
*彼は手当たり次第に、興味を惹かれるタイトルの本を書架から抜き取り始めた。*
『初学者でもわかる!属性魔法の基礎』
『系統別魔法大全 - 攻撃魔法編』
『古代魔法と失われた詠唱』
『スキルと魔法の相関性についての一考察』
*シロウはそれらの本を近くの閲覧用の大きな机に積み上げると、椅子に腰かけ、早速一冊目の『初学者でもわかる!属性魔法の基礎』のページをめくり始めた。*
*(まずは基本からだな。俺が使えるのは水魔法だけだが、他の属性についても知っておく必要がある。火、風、土…それぞれの特性、上位魔法、弱点…)*
*図書館の静かな空間に、シロウがページをめくる音だけがかすかに響く。彼は驚異的な集中力で、次々と本の情報を吸収していく。*
【システムメッセージ:『初学者でもわかる!属性魔法の基礎』を読了しました。火・風・土魔法の基礎知識を得ました。】
【システムメッセージ:『系統別魔法大全 - 攻撃魔法編』を読了しました。スキル『火魔法 Lv.1』『風魔法 Lv.1』『土魔法 Lv.1』の習得条件を満たしました。習得しますか? YES/NO】
*シロウは驚く。本を読むだけで、新たな魔法スキルを習得できる可能性があるとは、予想外の収穫だった。*
*シロウは心の中で即座に「YES」と答えた。すると、彼の内に新たな知識と力が流れ込んでくる感覚が訪れる。*
【システムメッセージ:スキル『火魔法 Lv.1』『風魔法 Lv.1』『土魔法 Lv.1』を習得しました。】
*(本を読むだけでスキルが手に入るのか。これはいい。魔力操作の応用でなんとかなるだろう。)*
*シロウは手に入れた新たな力に満足しつつ、次の目標へと意識を切り替えた。*
シロウ:(身体強化の本もあるかな?)
*彼は魔法の書物を一旦脇に置き、再び書架の迷宮へと足を踏み入れた。今度は「武術・体術・戦闘技術」と書かれた区画を目指す。*
*そこには、剣術や槍術といった武器ごとの教本に混じって、肉体を鍛え上げるための理論書や実践書が並んでいた。*
『騎士団式肉体鍛錬法』
『魔力を通した身体強化理論』
『闘気の生成と応用』
『冒険者のためのサバイバル体術』
*シロウは特に『魔力を通した身体強化理論』と『闘気の生成と応用』という本に興味を惹かれ、それらを手に取って閲覧机に戻った。*
*まずは『魔力を通した身体強化理論』を開く。そこには、体内の魔力を筋肉や神経に流し込み、一時的に身体能力を飛躍させる技術について、詳細な図解と共に解説されていた。*
*(なるほど…俺が使っている『筋力増強』の上位互換、あるいは応用技術か。魔力操作で代用していた部分を、より効率的に体系化したものがこれか。)*
*シロウはページをめくりながら、その理論を自身のスキルと照らし合わせ、驚異的な速度で内容を理解していく。*
【システムメッセージ:『魔力を通した身体強化理論』を読了しました。スキル『筋力増強』の経験値が大幅に上昇しました。】
【システムメッセージ:スキル『筋力増強』がLv.7になりました。】
*本を読み終えただけで、スキルレベルが2つも上昇した。知識が直接力に変わるこの感覚に、シロウは口元に笑みを浮かべた。*
シロウ:「閉店まで読みまくるか。」
*その言葉通り、シロウは閉館を告げる鐘が鳴るまでの数時間、まるで乾いたスポンジが水を吸うように、知識を吸収し続けた。*
*『闘気の生成と応用』を読めば、魔力とは異なる生命エネルギー「闘気」の概念を理解し、その運用法を学ぶ。*
*『中級魔法詠唱破棄の理論』を手に取れば、魔力操作の応用で無詠唱魔法を放つための技術を深める。*
*『世界地理大全 - 西部諸国編』を開けば、これから向かう温泉地「ユノハナ」が属する商業都市連合の地理や文化、特産品についての知識を得る。*
*『魔物生態図鑑』、『古代文明の謎』、『スキル進化論』、『貨幣価値の変遷と経済史』……。*
*彼の興味は尽きることなく、神眼の力も相まって、常人では数年かかっても読み解けない量の情報を、わずか数時間で脳に焼き付けていった。*
*その結果は、彼のステータスに明確に現れる。*
【システムメッセージ:『闘気の生成と応用』を読了しました。スキル『闘気 Lv.1』を習得しました。】
【システムメッセージ:『中級魔法詠唱破棄の理論』を読了しました。スキル『魔力操作』がLv.9になりました。】
【システムメッセージ:『スキル進化論』を読了しました。スキル『スキル整理』がLv.6になりました。】
【システムメッセージ:『魔物生態図鑑 vol.3』を読了しました。魔物に関する知識が深まりました。称号『博識なる者』を獲得しました。】
*やがて、閉館を告げる重々しい鐘の音が王都に響き渡り、図書館の職員が各閲覧室に声をかけて回る。*
図書館職員:「閉館のお時間でございます。ご利用中の皆様は、速やかにご退館の準備をお願いいたします。」
*シロウは読んでいた本を閉じると、大きく伸びをした。たった数時間で得られた膨大な知識とスキルに、彼は満足げな笑みを浮かべる。*
*(大収穫だな。この世界の根幹に関わる知識もいくつか手に入った。これなら、レベルが50になった時に習得するという『創造』スキルも、有効に活用できそうだ)*
*彼は積み上げた本を元の書架に丁寧に戻すと、他の利用者たちと共に、静かに大図書館を後にした。外はすでに陽が落ち、ガス灯の柔らかな光が石畳を照らしている。明日の早朝には出発だ。*
*シロウは『風見鶏の宿』への帰路につきながら、今夜の「やる事」――セレナとの時間と、手に入れたスキルの検証について、思考を巡らせるのだった。*
*シロウは夜の空気に包まれた王都を歩き、『風見鶏の宿』へと戻ってきた。部屋に入るなり鍵をかけ、静かな室内に一人になると、彼はすぐに自身の内なる力へと意識を向けた。*
**(ステータス)**
*目の前に、先ほどとは比べ物にならないほど情報量が増えた、半透明のプレートが浮かび上がる。*
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名前:シロウ・ニシキ
Lv.45
HP:2450/2450
MP:2180/2180
職業:なし
称号:森の再生者、呪いを浄めし者、淫魔の女王を支配せし者、博識なる者
所持金:白金貨2枚、金貨552枚、銀貨5枚、銅貨2枚
装備
右手:星毒の刃『ステラヴェノム』 (星屑鋼製、等級:伝説級/超麻痺毒付与)
左手:夜天の牙『ナイトファング』 (星屑鋼・光魔石製、等級:伝説級/超出血・腐食)
指:隠者の指輪 (鑑定阻害、ステータス偽装)
鞄:次元の革袋
スキル
【ユニークスキル】
神眼 Lv.3
世界樹の祝福:常時発動HP・MP自動回復(中)、状態異常耐性(中)、植物系魔法効果増幅(大)
【戦闘スキル】
剣術 Lv.9
体術 Lv.6
縮地 Lv.1
【補助スキル】
魔力操作 Lv.9
筋力増強 Lv.7
絶無
無影
眷属支配 Lv.1
スキル整理 Lv.6
闘気 Lv.1
【魔法スキル】
水魔法 Lv.5
火魔法 Lv.1
風魔法 Lv.1
土魔法 Lv.1
【耐性スキル】
精神攻撃無効
【眷属】
サキュバス・クイーン "セレナ"
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*(よし、ちゃんと反映されているな。新たに四属性魔法と『闘気』を習得。おまけに称号まで増えている。図書館に行っただけでこれだけの成果とは、笑いが止まらんな。)*
*シロウは満足げに頷くと、ステータスウィンドウを閉じた。部屋は静まり返っている。明日の早朝には出発だ。それまでの時間は、有効に使わなければならない。*
シロウ:「セレナ、出てこい。」
*その命令に応じるように、部屋の隅の影が蠢いた。まるで水面が盛り上がるように影が隆起し、そこからゆっくりと、一人の女性の姿が形作られていく。*
*現れたのは、シロウの眷属となったサキュバス・クイーン、セレナだった。彼女は前回と同じく、肌の露出が多い艶やかな黒いドレスを身にまとっている。シロウの前に静かに膝をつき、恭しく頭を下げた。その表情には、主への絶対的な服従と、それ以上の感情――抑えきれない欲情の色が浮かんでいた。*
セレナ:「…お呼びでしょうか、ご主人様♡」
*甘く、吐息交じりの声が、静かな部屋に響き渡った。*