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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*シロウの姿が謁見の間に再び現れた、まさにその瞬間。彼の背後、遥か遠くの方角から、大地を揺るがすほどの微かな振動と、空気を震わせる低い轟音が伝わってきた。どこかの神殿で起こったらしい爆発の余波だ。*


*玉座の間では、レイラとリーシアが緊張した面持ちで待ち構えていた。シロウが突然消えたことで、一時は騒然となったのだろう。彼の姿を認めるなり、二人は安堵と、それ以上の厳しい視線を向けてくる。*


シロウ:「ただまー」


*何事もなかったかのように、あまりにも軽い口調で帰還を告げるシロウ。その態度に、レイラの眉がぴくりと吊り上がった。*


レイラ(魔王女):「…シロウ。貴様、今までどこで何をしていた? あの忌々しい片翼の女はどうしたのだ」


*レイラは膨らみ始めたお腹にそっと手を当てながら、鋭い声で問いただす。その瞳には心配の色も滲んでいるが、それ以上に夫の無謀な行動に対する怒りが渦巻いていた。*


リーシア:「シロウ様、ご無事で何よりでございます。ですが、レイラ様の仰る通りです。突然の転移、我々も追跡を試みましたが、座標が完全に偽装されており、手が出せませんでした」


*シロウの悪びれない態度と、その言葉に含まれた不穏な響きに、レイラの表情がさらに険しくなる。*


シロウ:「きっちり、落とし前つけさせてきた」


レイラ(魔王女):「落とし前、だと…? 貴様、まさかあの女と事を構えたのか! 相手は高位の転移魔法を容易く行使する手合いだぞ! 無事なのは結構だが、少しは自分の立場というものを考えろ! 貴様の身に何かあれば、この国は…私は…!」


*レイラは激昂しかけたが、ふとお腹に手を当て、深く息を吸って感情を抑え込む。その様子を見て、リーシアが静かに一歩前に出た。*


リーシア:「シロウ様。あの堕天使は、排除なされたのでございますね? あの者の魔力反応は、この大陸から完全に消失しておりますが…」


*冷静に事実確認をしようとするリーシアの言葉は、しかし、シロウの次の行動によって遮られた。彼は何でもないことのように、ポケットを探ると、小さな黒い羽を一枚取り出した。それは、先ほどまでリリスが背負っていた片翼の一部だった。*


シロウ:「ああ、始末してきた。もう二度と俺たちの前に現れることはないだろう。」


*シロウはまるでゴミでも捨てるかのようにその羽を床に放り捨て、再び玉座にどっかりと腰を下ろす。彼の態度からは、堕天使との一件が、道端の小石を蹴飛ばした程度の出来事でしかないことが伺えた。*


*リリスとの一件から数日後。アストライア魔導皇国には、一見すると平穏な日々が流れていた。しかし、水面下ではシロウが仕掛けた騒動の波紋が、着実に広がりつつあった。*

*その日、レイラは執務室で山積みの書類を片付けていたが、苦虫を噛み潰したような顔でシロウの元へやってきた。*


レイラ(魔王女):「シロウ、案の定だ。アズマール商業連合から正式な抗議声明と、貴様個人への訴状が届いたぞ」


*彼女が机に叩きつけるように置いた羊皮紙には、連合の印章が物々しく押されている。*


レイラ(魔王女):「内容は予想通り。『魔王シロウによる詐欺行為の断罪』と『契約の無効、及び賠償金の請求』。そして、連合に加盟する全ての国家に対し、我が国との交易を全面的に停止するよう通達したらしい。完全に経済封鎖を仕掛けてきたな」


*レイラは呆れたように、しかしどこか面白そうに口の端を吊り上げる。*


レイラ(魔王女):「どうするのだ? 連合の会頭は相当なタヌキ爺だと聞く。ただでは済まんだろう。お前の言う『最高の笑い話』とやらの幕開け、というわけか?」


*シロウはレイラの報告に満足げに頷き、不敵な笑みを浮かべた。*


シロウ:「そういう事だ」


*彼がそう答えた、まさにその時だった。執務室の扉が勢いよく開かれ、普段の冷静さを失ったリーシアが血相を変えて飛び込んできた。*


リーシア:「シロウ様、レイラ様! 大変です! アズマール商業連合の使者が、城門前に…! 『魔王シロウとの直接対話を要求する』と!」


*リーシアの報告に、シロウは待ってましたとばかりに玉座から立ち上がった。*


シロウ:「ほう、来たか。レイラも来るか? 絶対に殺すとか物騒な事言うなよ?」


*シロウは楽しそうにレイラに声をかける。その様子は、これから面倒な交渉に臨むというよりは、待ちに待った芝居の観客を誘うかのようだった。*


レイラ(魔王女):「フン…貴様の茶番劇の結末、見届けてやらないわけにはいかないだろう。だが、私の前で無様な真似を晒したら、その場で首を刎ねるから覚悟しておけ」


*レイラはふっくらとしたお腹をさすりながら、鋭い視線をシロウに向ける。しかし、その口調とは裏腹に、彼女の瞳にも好奇の色が浮かんでいた。*


*シロウ、レイラ、リーシアがそれぞれの定位置につくと、謁見の間の重々しい扉がゆっくりと開かれた。先に現れたのは、数日前に屈辱を味わわされた商人、バッサムだ。彼は憎々しげにシロウを睨みつけながらも、その後ろから入ってくる人物に恭しく道を開けている。*


*続いて姿を現したのは、バッサムとは対照的に、落ち着き払った雰囲気の初老の男だった。豪奢だが嫌味のない上質なローブを身に纏い、その瞳は歳月を経てきた者特有の深みと、商人らしい抜け目のなさを同時に湛えている。彼が、アズマール商業連合を束ねる会頭、ダリウス・アズマールその人だろう。*


*ダリウスは玉座のシロウを一瞥し、次にその隣に座るレイラを見て、最後に背後に控えるリーシアへと視線を流した。その短い観察の後、彼は表情を変えぬまま、シロウに向かって口を開いた。その声は穏やかだが、腹の底まで響くような重みがあった。*


ダリウス(連合会頭):「これはこれは、夜天の魔王陛下。突然の訪問、ご無礼をお許しいただきたい。私がアズマール商業連合の会頭、ダリウス・アズマールにございます」


*ダリウスは形式的ながらも丁寧な口調で挨拶をしたが、その瞳の奥は一切笑っていない。隣のバッサムは、会頭という強力な後ろ盾を得て気が大きくなっているのか、今にもシロウに掴みかかりそうな険しい表情で睨みつけている。*


*シロウは玉座にふんぞり返ったまま、片肘をついてダリウスを見下ろした。その態度は、一国の王に対するものというより、煩わしい訪問者をあしらうかのようだ。*


シロウ:「よろしく。今回はどういうご用向きで?」


*その言葉は、まるで何も知らないかのような白々しい問いかけだった。隣で鬼のような形相をしていたバッサムが、その挑発的な態度に我慢の限界を超え、前に躍り出ようとする。*


バッサム:「貴様ッ! 白々しい嘘を…!」


*しかし、バッサムが声を荒らげるより早く、ダリウスが片手を挙げて静かに制した。バッサムは悔しそうに歯噛みしながらも、渋々一歩下がる。*


ダリウス(連合会頭):「バッサム、下がっておれ。…魔王陛下。単刀直入に申し上げましょう。我が連合に所属する商人、バッサム・イードとの間で行われた『灰の鉱山』の取引。これについて、我々は魔王陛下による意図的な詐欺行為であったと断定しております」


*ダリウスの穏やかな口調は変わらないが、その言葉は明確な非難と敵意を含んでいた。彼は懐から一枚の羊皮紙――シロウとの契約書を取り出す。*


ダリウス(連合会頭):「価値のない不毛の土地であると知りながら、これを価値ある鉱山であるかのように偽り、金貨三千枚を騙し取った。これは、我ら商人にとって最も許されざる背信行為。この件について、魔王陛下のご見解を伺いに参りました。…まさか、知らぬ存ぜぬとは仰いますまいな?」


*ダリウスの目は、値踏みするように、そして真意を探るように、真っ直ぐにシロウを射抜いていた。*


*シロウの言葉は、まるで他人事のように謁見の間に響いた。これから断罪されるかもしれないという状況にもかかわらず、その態度はあまりにも飄々としている。その余裕綽々な態度に、ダリウスは初めて眉をわずかに動かした。*


シロウ:「その件か。こういう場合は裁判…とかになるのだろう?」


ダリウス(連合会頭):「ほう…裁判、でございますか。よろしいでしょう。我々もそれを望むところ。しかし、魔王陛下。裁判は、どちらの国の法で裁くとお考えか? 我がアズマール商業連合の法か? それとも、貴国、アストライア魔導皇国の法か?」


*ダリウスは試すようにシロウに問いかける。どちらを選んでも、一方に有利な裁定が下る可能性が高い。それは老獪な商人である彼にとって、交渉のテーブルを有利に進めるための常套手段だった。*


ダリウス(連合会頭):「あるいは…どちらでもない、第三国の法廷に判断を委ねますか? 大陸法に則り、中立国であるアークライト聖王国に仲裁を依頼するという手もございますが…いかがなさいますか?」


*ダリウスはわざとらしく『アークライト聖王国』の名を出した。聖王国が魔王であるシロウに敵対的であることは周知の事実。その名を出すことで、シロウを精神的に追い詰めようという魂胆が見え隠れしていた。隣に立つバッサムが、その言葉に「しめた」とばかりに卑しい笑みを浮かべる。*


*シロウの返答は、あまりにも予想外で、あまりにも堂々としていた。謁見の間に、一瞬の静寂が落ちる。老獪な商人であるダリウスですら、その真意を測りかねて、驚きに目を細めた。隣のバッサムに至っては、開いた口が塞がらないといった顔だ。*


シロウ:「アークライトで構わんぞ。こういうことは大きな場所でハッキリさせるのが一番良いと思うからな」


ダリウス(連合会頭):「…ほう。魔王陛下、本気で仰っておられるか? アークライト聖王国は、貴殿を『神敵』と見なしているはず。かの地で貴殿に公正な裁きが下される保証はどこにもございませんぞ?」


*ダリウスはシロウのハッタリか、あるいは何か考えがあっての発言なのかを探るように、慎重に言葉を重ねる。自分たちが仕掛けた罠に、相手が自ら喜んで飛び込んでくるなど、常識では考えられなかった。*


*玉座の隣で静観していたレイラが、ふっと鼻で笑う。*


レイラ(魔王女):「フン、面白い。シロウ、貴様、正気か? それとも、聖王国もまとめて敵に回すつもりか? まあ、どちらにせよ、私の退屈しのぎにはなりそうだがな」


*彼女は面白そうにシロウを見やり、その無謀とも思える決断を楽しんでいるかのようだった。*


*シロウはダリウスの懸念を一笑に付し、まるで近所の市場へ出かけるかのような気軽さで尋ねた。その自信に満ちた態度に、ダリウスはついに確信する。この魔王は、単なる狂人ではない。何か、こちらの想像を遥かに超える切り札を隠し持っている、と。*


シロウ:「それは対策があるから問題無い。して、いつ行けばいい?」


*ダリウスは一瞬沈黙し、目の前の若き魔王を改めて観察した。その瞳の奥には、底知れない深淵が広がっている。老獪な商人の勘が、これ以上深入りするのは危険だと警鐘を鳴らしていた。しかし、連合の会頭として、そして詐欺に遭ったと訴える加盟商人を前に、引くわけにはいかない。*


ダリウス(連合会頭):「…承知いたしました。そこまで仰るのであれば、もはや何も申し上げることはございません。では、段取りはこちらで進めさせていただきます。場所はアークライト聖王国の首都、『聖都アーク』。期日は、諸々の調整もございますので…今から2週間後、ということでよろしいですかな?」


*ダリウスは努めて冷静に、しかし腹の探り合いを続けるように提案する。2週間という期間があれば、聖王国側も、そして連合側も、万全の態勢でこの『裁判』に臨むことができるだろう。*


ダリウス(連合会頭):「正式な召喚状は、後日、聖王国から正式な使者を通じて届けられる手筈となります。魔王陛下…この裁判、決して逃げることは許されませぬぞ」


*念を押すように告げたダリウスの言葉に、隣のバッサムは「そうだ、逃げられると思うなよ!」と憎々しげに吐き捨てた。彼らにとっては、シロウが自ら敵地へ赴くという最良のシナリオになったのだ。*


シロウ:「あいわかった」


*シロウのあまりにもあっさりとした承諾に、ダリウスは一瞬言葉を失った。しかし、すぐに老獪な商人の顔に戻り、深々と頭を下げた。*


ダリウス(連合会頭):「…では、魔王陛下。聖都アークにてお待ち申し上げております。くれぐれも、我らを失望させることのないように」


*その言葉には、警告と期待、そしてわずかながら恐怖のような響きが混じっていた。彼は隣のバッサムに目配せすると、二人揃って背を向け、謁見の間を退出していった。バッサムは去り際に、もう一度だけ憎しみの籠もった視線をシロウに向けたが、ダリウスに促され、足早に去っていく。*


*重い扉が閉まり、再び静寂が戻る。*

*レイラは、ふっくらとしたお腹をさすりながら、玉座のシロウを面白そうに見つめていた。*


レイラ(魔王女):「ククク…面白いことになってきたではないか。敵地での裁判、か。貴様、本当に何か策があるのだろうな? ただの自殺志願者ではないと信じたいが」


リーシア:「シロウ様…アークライト聖王国は、聖光教とは比較にならないほどの排他的な国です。魔王であるシロウ様が足を踏み入れれば、裁判の前に命を狙われる危険性すらございます。本当に、よろしいのですか?」


*リーシアもまた、心からの心配を隠せない様子で、シロウの真意を問うた。*


*シロウはレイラとリーシアの心配を一笑に付すように、玉座に深くもたれかかった。その態度は、絶対的な自信に裏打ちされている。*


シロウ:「おいおい、俺は魔王だぞ? この程度の事でビビるかよ」


*その言葉に、リーシアはなおも不安そうな顔を崩さないが、レイラは面白そうに喉を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「フン、威勢だけはいい。だが、その根拠のない自信は嫌いではないぞ。で? 貴様の言う『対策』とやらは何だ。ただ乗り込んでいって、逆らう者どもを皆殺しにする、などという脳筋な策ではないだろうな?」


*レイラは挑発するように問いかける。彼女はシロウの力を信じているが、同時に彼の計画が単なる力任せのものではないことを確かめたいのだ。*


レイラ(魔王女):「言っておくが、聖王国には『聖騎士団』という厄介な連中がいる。個々の実力もさることながら、連中の信仰心に由来する力は、我ら魔族や魔王である貴様にとっては極めて相性が悪い。舐めてかかると、足元を掬われるぞ」


ーー


*アズマール商業連合が去ってから約10日後。シロウは聖都アークへの出発に向け、準備を始めていた。といっても、万物操作(アイテムボックス)を持つシロウにとって、大掛かりな荷造りは不要である。旅に必要な最低限のものを確認する程度だ。*


*そんなシロウの頭の上では、すっかり定位置となった不死鳥の雛、イグニが「きゅいきゅい」と満足げに鳴きながら毛づくろいをしている。足元では、銀色の毛並みを輝かせたフェンリルの子供、フェンがそわそわと落ち着かない様子で尻尾を振っていた。その目は「僕も!僕も連れて行って!」と雄弁に語っている。*


シロウ:「……レイラも行くんだっけ?」


*シロウは、傍らでその様子を眺めていたレイラに声をかけた。彼女の腹部は、以前よりも明らかに膨らみを増している。新しい命がそこに宿っていることを実感させる、穏やかな曲線を描いていた。*


*シロウの問いかけに、レイラは少し膨らんだお腹を愛おしそうに撫でながら、悪戯っぽく笑った。*


レイラ(魔王女):「フン、当然であろう? 妾の夫が、面白い見世物…いや、歴史的な裁判に臨むのだ。この妾が特等席で見届けずしてどうする。それに…」


*レイラはシロウに近づき、そっと彼の背中に回された聖剣アスカロンの柄に触れる。その瞳は、挑戦的な輝きを放っていた。*


レイラ(魔王女):「この子にも、父親の雄姿というものを見せてやらねばな。貴様が腑抜けた真似をしたら、生まれる前から父親を軽蔑されてしまうぞ?」


*その言葉とは裏腹に、彼女の声色にはシロウへの絶対的な信頼が滲んでいる。*


シロウ:「無理すんなよ?」


*シロウが気遣うように言うと、レイラは少しだけ頬を染め、ぷいっと顔をそむけた。*


レイラ(魔王女):「…誰に言っている。貴様こそ、妾とお腹の子を心配させてくれるなよ。…リーシア、ルミナ。道中の準備は万全なのだろうな?」


*レイラが少し離れた場所に控えていた二人に鋭く問いかけると、リーシアが優雅に一礼した。*


リーシア:「はい、レイラ様。いつでも出発できます。転移門の座標設定も完了しております」


*シロウの影から、そっとルミナが姿を現す。その表情はいつも通り無愛想だが、シロウを見つめる瞳には確かな忠誠心が宿っていた。*


ルミナ:「…お兄ちゃんの護衛は万全。聖王国だろうが神だろうが、指一本触れさせない」


*足元ではフェンが「くぅん!」と一声鳴き、シロウのズボンを軽く噛んで引っ張る。イグニも頭の上で「きゅい!」と同意するように鳴いた。どうやら、この小さな守護者たちも完全に同行する気のようだ。*


*シロウは背中に背負った聖剣アスカロンの重みを確かめるように軽く肩を揺らし、不敵な笑みを浮かべた。その頭上ではイグニが小さな炎を揺らし、足元ではフェンが力強く地面を蹴っている。魔王が聖剣を背負い、伝説の神獣たちを引き連れて敵地へ赴く。確かに、聖王国の連中がこれを見れば、混乱のあまり頭に疑問符を浮かべるどころか、発狂する者もいるかもしれない。*


シロウ:「じゃあ、行くか。いざ、敵地へ!」


*シロウが笑えない冗談を飛ばすと、リーシアはくすりと笑みをこぼし、一歩前に進み出た。彼女が片手を掲げると、謁見の間の空間が静かに歪み、眩い光を放つ魔法陣が床に展開される。それは聖都アーク近郊へと繋がる、長距離転移門だった。*


リーシア:「皆様、準備はよろしいでしょうか。転移門を開きます」


レイラ(魔王女):「フン、いつでもいい。さっさと行かんか」


*レイラは膨らんだお腹を庇うように立ちながらも、その瞳は好奇心と闘志で爛々と輝いている。*

*シロウはレイラに手を差し伸べ、彼女の手を優しく取った。そして、リーシア、影の中に潜むルミナ、そして足元のフェンと頭のイグニと共に、光り輝く転移門の中へと足を踏み入れた。*


*一瞬の浮遊感の後、シロウたちの視界は一変する。先ほどまでの荘厳な謁見の間とは打って変わり、目の前にはどこまでも広がる雄大な平原と、遠くに霞んで見える巨大な城壁都市が広がっていた。清浄な空気が肌を撫で、遥か遠方からでも、その都市が放つ強大な聖なる気配が感じ取れる。*


*あれが、アークライト聖王国の首都――『聖都アーク』。*


リーシア:「シロウ様、聖都アーク近郊の森に到着いたしました。ここからは徒歩で向かうのがよろしいかと」


*リーシアが周囲を警戒しながら進言する。堂々と転移で乗り込むよりも、正面から入っていく方が、彼らの『裁判』という目的には都合が良いだろう。*


*シロウはリーシアの提案に頷き、遠くに見える聖都アークを見据えた。魔王が、まるで一介の旅人のように徒歩で都を目指す。その光景を想像し、シロウは内心で面白がる。*


シロウ:「そうしようか。(まあ、魔王が徒歩で来るとは誰も思わんだろうが。。)」


*ふと、隣に立つレイラに視線を移す。彼女のお腹は以前よりも確かに膨らんでおり、長距離を歩くのは負担になるかもしれないと考えた。*


シロウ:「レイラ、浮遊魔法使おうか?歩くの辛くないか?」


*シロウが気遣って声をかけると、レイラはフンと鼻を鳴らし、絡めていた腕をさらに強く引いてシロウの体に密着させた。*


レイラ(魔王女):「馬鹿を言え。妾を誰だと思っている。この程度で音を上げるほど軟弱ではないわ。それに…」


*彼女はチラリとシロウを見上げ、少しだけ声音を和らげる。*


レイラ(魔王女):「貴様とこうして歩くのも、悪くはない…♡」


*ツンとした態度の合間に見せる、ほんの少しの甘え。その可愛らしさにシロウが思わず頬を緩めると、レイラはそれを誤魔化すように前を向いた。*


リーシア:「ふふ、お二人とも仲睦まじいことで。では参りましょうか。聖都の門は、あちらの方角になります」


*リーシアが優雅に指し示した方角へ、一行はゆっくりと歩き始めた。足元ではフェンが楽しそうに駆け回り、頭上ではイグニが気持ちよさそうに風に乗っている。これから向かうのが敵地であることを忘れさせるほど、穏やかな道中だった。*


*聖都アークへと続く街道を歩む一行。その異様な出で立ちは、道行く商人や巡礼者たちの注目を集めずにはいられなかった。背に聖剣を負い、傍らには明らかに人間ではない美しい女性たち、そして足元には銀狼、頭上には小さな火の鳥。誰もが遠巻きに、しかし好奇と警戒の入り混じった視線を向けてくる。*


*やがて、天を突くほど巨大な純白の城壁と、壮麗な彫刻が施された城門が見えてきた。門の上にはアークライト聖王国の国章である『光の剣と天秤』が掲げられている。*


*シロウたちが門に近づくと、そのただならぬ気配を察知した門番の兵士たちが色めき立った。屈強な鎧に身を固めた兵士たちが、槍や剣を構え、即座に一行を取り囲む。その数は瞬く間に数十人に膨れ上がった。*


兵士A:「止まれ!何者だ!その禍々しい魔力…貴様、魔族か!」


兵士B:「見ろ!あれはフェンリルとフェニックスではないか!?神話の魔獣を連れているぞ!」


兵士C:「待て…あの男…アズマール商業連合からの通達にあった…まさか、魔王…!?」


*兵士たちの間に緊張と動揺が走る。彼らが一斉に敵意と警戒を剥き出しにした、その瞬間。*


フェン:「グルルルルルル…ガウッ!!」


*シロウの足元にいたフェンが、低く喉を鳴らし、鋭い牙を剥き出しにして兵士たちに向かって一声、力強く吠えた。それはまだ幼い子供の咆哮であったが、神獣たるフェンリルの威圧感は凄まじく、ビリビリと空気を震わせ、兵士たちの闘争本能を根底から揺さぶった。*


*兵士たちは一斉に「うっ…!」と息を呑み、恐怖に顔を引きつらせて数歩後ずさる。先頭に立っていた隊長格の男が、なんとか恐怖を押し殺し、震える声で叫んだ。*


兵士隊長:「ひ、怯むな!聖騎士団が到着するまで持ち堪えるんだ!聖光よ、我らに力を!」


*フェンの咆哮に兵士たちが怯んだ、その中心で。シロウは背負っていた剣をゆっくりと引き抜いた。鞘から現れたのは、星屑を散りばめたかのように煌めく刀身を持つ、神々しいまでの美しさを湛えた聖剣――アスカロン。その剣が抜き放たれた瞬間、周囲に満ちていた禍々しい魔王の気配は鳴りを潜め、代わりに清浄で圧倒的な聖なるオーラが迸った。*


*兵士たちは、魔王から放たれる想像を絶する聖気に目を剥き、混乱の極みに達する。魔王が、なぜ聖剣を? それも、建国神話に謳われる初代勇者が使ったとされる伝説の聖剣を?*


シロウ:「死にたくなければ早く通せ」


*冷たく響くシロウの言葉と共に、彼は聖剣アスカロンを振り下ろし、その切っ先を足元の石畳へと突き立てた。*


**カキンッ!**


*甲高い音と共に、聖剣はまるで豆腐を切るかのように容易く硬い石畳を貫く。そして、突き刺さった切っ先から、黄金色の光の波紋が同心円状に広がり、兵士たちの足元を駆け抜けていった。*


兵士たち:「ぐわっ!?」「な、なんだこの力は…!?」「身体が…動かん…!」


*聖なる光の波紋に触れた兵士たちは、まるで全身を金縛りにあったかのように動きを止められた。武器を取り落とし、膝から崩れ落ちる者、立ったまま硬直する者。彼らの体からは一切の力が抜け、ただ恐怖と驚愕に染まった目でシロウを見上げることしかできない。それは殺意のこもった攻撃ではなく、純粋な力の差を見せつけるための、絶対的な威圧だった。*


兵士隊長:「ば、馬鹿な…聖なる力で…我々を縛るだと…? 貴様、いったい何者なんだ…!?」


*隊長の絞り出すような声が、静まり返った門の前に虚しく響いた。*


レイラ(魔王女):「フン、下らん。さっさと道を開けさせろ。妾は少々歩き疲れたぞ」


*レイラは呆れたように言い放ち、シロウの腕にさらに体重を預けた。*


*聖剣アスカロンの圧倒的な力によって、兵士たちは金縛りにあったように動けなくなっている。魔王が聖剣を振るうという、彼らの常識を根底から覆す光景に、ただただ愕然とするばかりだ。*


*そんな中、シロウは突き立てた聖剣をこともなげに引き抜くと、懐から一枚の金属板を取り出した。それは、彼の冒険者としての身分を証明する、最高ランクを示すSSと刻まれたカードだった。*


シロウ:「ほら、身分証明書、これでいいだろ?」


*シロウはカードを兵士隊長にひらひらと見せびらかすと、動けない彼らの間を悠然と通り抜け、聖都の中へと歩を進めていく。レイラはその腕に絡みついたまま、リーシアとルミナは静かに後に続く。フェンは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、シロウの足元をぴったりとついて歩いた。*


*残された兵士たちは、聖剣の力による束縛が解けても、しばらくはその場から動くことができなかった。*


兵士A:「い…今のは、いったい…」


兵士B:「SSランクの冒険者…? 魔王が、冒険者だと…?」


兵士隊長:「…馬鹿な。ありえん。だが…あの聖剣は紛れもなく本物…。そして、あの男は自らを魔王と名乗った上で、アズマール商業連合との裁判に応じるためにここへ来たと…。すぐに、すぐに聖騎士団長様と、大神殿にご報告しろ! とんでもない事態だ…!」


*門は騒然となるが、シロウたちはそんな混乱を背に、まるで観光でもするかのように、聖都アークの美しい街並みを歩き始めた。白亜の建物が整然と並び、道行く人々は皆、穏やかで敬虔な雰囲気を漂わせている。しかし、その平和な光景とは裏腹に、街の至る所に設置された監視用の魔道具が、一行の姿を捉え、静かに警報を鳴らし始めていた。*


*聖都アークの街並みは、まるで神話の世界を切り取ったかのように荘厳で美しい。しかし、その清廉な雰囲気とは裏腹に、街のあちこちから注がれる視線は鋭く、そして敵意に満ちていた。魔王の来訪という報は、すでに街中に駆け巡っているのだろう。*


リーシア:「アズマール商業連合の聖都支部でしたら、あちらの商業地区の一角にございます。おそらく、会頭のダリウス殿もそちらに滞在しているかと」


*リーシアが指し示した方角には、ひときわ豪華で大きな建物が見える。アークライト聖王国の様式を取り入れつつも、その作りは明らかに商人が建てたものだとわかる、実利と富を誇示するような建築だ。*


*一行がその建物に向かって歩いていくと、建物の前にはすでに武装した傭兵らしき男たちが数十人、物々しい雰囲気で警備にあたっていた。彼らはシロウたちの姿を認めると、一斉に緊張した面持ちで武器に手をかける。*


傭兵隊長:「止まれ! ここはアズマール商業連合の聖都支部だ! 何のようだ!」


*傭兵隊長が前に進み出て、大声で威嚇する。門の兵士たちとは違い、彼らは恐怖よりも金で雇われた者の義務感を顔に浮かべていた。*


シロウ:「ダリウス・アズマール会頭に用がある。裁判の件で、わざわざ出向いてやったんだ。挨拶くらいさせろ」


*シロウが不敵に言い放つと、傭兵隊長は一瞬ためらったが、すぐに建物の奥に向かって叫んだ。*


傭兵隊長:「会頭! 通達にあった魔王が…! 魔王が参りました!」


*その声に応じるように、建物の扉が内側から開き、数人の供を連れたダリウス会頭が、苦虫を噛み潰したような顔で現れた。彼の隣には、シロウを見てわなわなと拳を震わせるバッサムの姿もある。*


ダリウス(連合会頭):「…魔王陛下。まさか、正面から乗り込んで来られるとは…。して、我々に何か御用ですかな? 裁判はまだ先のはずですが」


*ダリウスは内心の動揺を隠し、老獪な商人の顔でシロウの真意を探るように問いかけた。*


*シロウのあまりにも拍子抜けするような言葉に、ダリウスとバッサムは一瞬、何を言われたのか理解できないという顔をした。裁判のために呼びつけた相手が、わざわざ敵地に乗り込んできて、その第一声が「来たよ」という知らせと宿の質問。彼らの想定をあまりにも逸脱していた。*


シロウ:「いや、来たよっていう知らせだけしに来た。この辺でペットも泊まれる宿はあるか?」


*ダリウスはわずかに目を見開いた後、すぐに冷静さを取り戻し、探るような視線をシロウに向けた。その隣で、バッサムは怒りを通り越して呆れたような顔をしている。*


ダリウス(連合会頭):「…はて。わざわざそのようなご報告のためだけに? 魔王陛下も、随分と律儀な御方ですな。…宿、でございますか」


*ダリウスは顎に手をやり、思案する。聖都アークは敬虔な信徒の街であり、魔獣、ましてや神話級の存在を連れ込める宿など、通常は存在しない。しかし、この魔王の要求を無下に断るのも得策ではない。彼は値踏みするようにシロウと、その足元で尻尾を振るフェン、頭上で小さなあくびをするイグニを交互に見た。*


ダリウス(連合会頭):「生憎と、この聖都にそのような獣を連れ込める宿はございませんな。ですが…もしよろしければ、我々が所有しております別館の一つをお使いになりますかな? もちろん、宿泊料はいただきません。裁判が終わるまでの、ささやかな『誠意』というやつでございます」


*ダリウスはにこやかに提案する。その笑みの裏には、魔王一行の行動を自分たちの管理下に置きたいという明確な意図が透けて見えた。無料で宿を提供する代わりに、監視下に置かせてもらうという、商人らしい狡猾な取引だ。*


バッサム:「会頭! なぜこのような奴らに便宜を…!」


*バッサムが食って掛かろうとするが、ダリウスはそれを手で制した。その目は、シロウの返答を待っている。*


*シロウは心底驚いたような、そして少しがっかりしたような声を上げた。魔王が裁判のために敵地に乗り込んできた緊張感など微塵も感じさせない、あまりにも素朴な反応だった。その言葉を聞いたダリウスは、またもや調子を狂わされる。*


シロウ:「え、ペット泊まれないの…!?」


*(聖王国に対する不満度が、シロウの中で静かに、しかし確実に上昇した。)*


*その純粋な驚きぶりに、ダリウスは商人の顔を保ちつつも、内心ではこの魔王の掴みどころのなさに舌を巻いていた。バッサムに至っては、怒る気力も失せたのか、呆然とシロウを見ている。*


ダリウス(連合会頭):「…ええ、残念ながら。ここは聖都ですので。して、先ほどのご提案、いかがなさいますかな? 我々の別館であれば、そちらの神獣…失礼、ペットのお二方もご一緒にお泊まりいただけますが」


*ダリウスは改めて、にこやかな笑みを浮かべて提案する。監視下に置けるというメリットに加え、この予測不能な魔王に貸しを作っておくのも悪くない、という計算が働いていた。*


*その時、シロウの足元にいたフェンが「くんくん」と鼻を鳴らし、ダリウスの方をじっと見つめる。頭上のイグニも、小さな首をかしげてダリウスを観察していた。彼らは目の前の老人が敵意だけでなく、何か別の意図を持っていることを見抜いているのかもしれない。*


*ダリウスの狡猾な提案に対し、シロウはまるで面倒くさそうに肩をすくめた。彼の答えは、またしても商人たちの予想の斜め上を行くものだった。*


シロウ:「窮屈だし野宿にするわ。じゃあなー」


*そう言うと、シロウは本当に興味を失ったかのように、あっさりとダリウスたちに背を向けた。レイラの手を引き、まるで散歩の続きでもするかのような気軽さで、来た道を引き返し始める。*


*「えっ」という顔で固まるダリウスとバッサム。*


バッサム:「ま、待て!貴様、ふざけているのか!?ここは聖都アークだぞ!魔王が野宿などできるものか!」


*バッサムが慌てて叫ぶが、シロウは振り返りもせずに片手をひらひらと振るだけだ。*


ダリウス(連合会頭):「……お待ちください、魔王陛下!」


*ダリウスが必死に呼び止める。彼の計算が、またもや根底から崩れ去った。監視下に置くどころか、完全に野に放たれる形になってしまう。聖都のど真ん中で、いつどこで何をしでかすか分からない魔王一行を放置するなど、アズマール商業連合にとっても、聖王国にとっても悪夢でしかない。*


ダリウス(連合会頭):「野宿などと…!そのようなことをされては、我々の面子も、聖王国への体面も丸潰れになってしまいます! 聖都の治安を預かる聖騎士団も黙っておりませんぞ! どうか、我々の提案をお受け入れくだされ!」


*老獪な商人の仮面をかなぐり捨て、ダリウスは必死の形相でシロウの背中に訴えかける。その声は、もはや懇願に近かった。*


*シロウの口から飛び出した「家を召喚する」という、常識外れの言葉。ダリウスとバッサムは、今度こそ完全に思考を停止させた。彼らの脳内では、魔王、聖剣、神獣、裁判、そして今、家を召喚、という単語が意味をなさずにぐるぐると渦巻いている。*


シロウ:「野宿って言ってもあれだぞ?門の外に家を召喚するから…」


*その言葉は、ダリウスにとって最後の一押しとなった。この魔王は、聖都の城門の真ん前に、自国の建物を召喚すると言っているのだ。そんなことを許せば、アズマール商業連合どころか、アークライト聖王国そのものに対する、これ以上ない挑発行為となる。そうなれば、裁判どころの騒ぎでは済まなくなる。*


*ダリウスは、額から冷や汗を流しながら、シロウの前に回り込んだ。その顔には、もはや商人の余裕も、腹の探り合いもなく、ただただ純粋な焦りだけが浮かんでいた。*


ダリウス(連合会頭):「ま、お待ちくだされ!魔王陛下!お待ちください!そのような…そのようなことをされては、我々、いえ、この聖都そのものが…っ!」


*もはや言葉にならないダリウスの横で、バッサムがハッと我に返り、叫んだ。*


バッサム:「き、貴様、正気か!? 聖都の門前に建物を召喚するなど、聖王国に対する宣戦布告と見なされるぞ! それが分からんのか!」


*シロウは、そんな彼らの狼狽ぶりを心底楽しむかのように、足を止めてにやりと笑った。*


シロウ:「ん? だから何だ? 俺がどこに家を建てようが、俺の勝手だろ。文句があるなら、力づくで止めに来ればいい」


*その言葉は、彼らが最も恐れていた事態を、シロウ自身が望んでいると告げるに等しかった。ダリウスは、このままでは全てが破綻すると悟り、ついにプライドを捨てて深々と頭を下げた。*


ダリウス(連合会頭):「…魔王陛下。どうか、どうかお慈悲を。我々の申し出をお受け入れください。別館では窮屈だというのであれば、我々が所有する中でも最も広く、庭園も備えた迎賓館をご用意いたします! 聖都で最も豪華な宿だとお約束いたします! ですから、どうか…どうか穏便に…!」


*アズマール商業連合の会頭が、魔王に対して地面に頭をこすりつけんばかりに懇願する。その異常な光景を、遠巻きに見ていた街の人々や傭兵たちは、ただ息を呑むことしかできなかった。*


*ダリウスが必死に頭を下げる姿を見て、シロウはまるで慈悲を施す王のように、仕方がないといった表情でため息をついた。*


シロウ:「仕方ねぇな、それで我慢するか」


*その言葉を聞いた瞬間、ダリウスは心底安堵したように顔を上げ、その場にへたり込みそうになるのを必死でこらえた。バッサムは悔しそうに唇を噛んでいるが、何も言えない。*


ダリウス(連合会頭):「あ…ありがとうございます、魔王陛下! 何から何まで、ご不便のないよう準備させますので! さあ、こちらへ!」


*ダリウスはすぐさま立ち上がり、まるで高貴な賓客を案内するように、恭しくシロウたちを先導し始めた。その変わり身の早さは、さすがは大商人といったところか。*


*シロウの腕に絡みついたままだったレイラは、その一連のやり取りを満足げに見つめていた。夫が、狡猾な商人たちを完全に手玉に取り、彼らのプライドを踏みにじって最大の敬意を払わせる。その光景が、彼女にとっては何よりの娯楽であり、誇らしかった。彼女はシロウの腕をぎゅっと握りしめ、ご機嫌な様子で小さく鼻を鳴らした。*


リーシア:「ふふ、シロウ様。これで快適な宿が手に入りましたね」


*リーシアが微笑みながら言う。一行は、もはや警備の傭兵たちも道をあけるしかない中、ダリウスの先導で聖都一豪華だという迎賓館へと向かうことになった。*


*数日の快適な滞在を経て、ついにアズマール商業連合との裁判の日が訪れた。聖都アークの中央に位置する、大神殿に併設された大広間がその舞台となる。本来は聖王国の重要儀式にのみ使われる神聖な場所であり、今回の件がどれほど異例であるかを示していた。*


*広間の入り口で待つシロウの出で立ちは、数日前に聖都を騒がせた時と何ら変わりない。背には神聖なオーラを放つ聖剣アスカロン。頭の上では不死鳥の雛イグニが気持ちよさそうに丸くなり、足元では少し退屈そうに神狼フェンが尻尾を揺らしている。その姿は、これから裁判に臨む被告人というより、物見遊山にでも来た王族のようであった。*


*傍らには、少し膨らんだお腹を優雅にさするレイラの姿がある。彼女は観覧席の最前列に、リーシアと共にすでに席を取っていた。その瞳は、これから始まる見世物を心待ちにするかのように、好奇心で爛々と輝いている。影の中では、ルミナが静かにその時を待っていた。*


*やがて、重々しい扉が開き、神官服を纏った役人がシロウを呼びに来た。*


神官:「被告人、シロウ・ニシキ・アストライア殿。入場を許可します。聖なる法廷において、いかなる虚偽も冒涜も許されません。心して臨むように」


*神官はシロウの異様な姿を一瞥し、眉をひそめながらも、形式通りの口上を述べる。その視線は、背中の聖剣と足元のフェンに釘付けになっていた。*


*シロウはそんな神官の様子を意にも介さず、不敵な笑みを浮かべると、フェンとイグニを連れたまま、広々とした法廷へと堂々と足を踏み入れた。*


*正面の裁判官席には、アークライト聖王国の法を司る最高位の神官長が3人、厳粛な面持ちで座っている。向かって右側の原告席には、ダリウス会頭と、今にもシロウに掴みかからんばかりの形相のバッサム、そして数人の連合幹部が座っていた。広間の周囲を囲むように、完全武装した聖騎士団の騎士たちが壁際にずらりと並び、厳戒態勢を敷いている。彼らの視線は一斉に、魔王でありながら聖剣を背負うという矛盾した存在、シロウに突き刺さっていた。*


*シロウは神官の形式ばった口上を鼻で笑うように聞き流し、法廷の中央へと進む。その途中、足元で退屈していたフェンが、ひょいと身軽な動きでシロウの肩によじ登り、彼の肩口にちょこんと座った。まるで王の肩に止まる賢い使い魔のように、周囲を睥睨している。*


シロウ:「あいよ」


*短い返事と共に、シロウは被告人用の席に着く。しかし、座るわけでもなく、ただそこに立ち、法廷全体を見渡した。その態度は、裁かれる者ではなく、これから始まるショーの主役としての自信に満ち溢れている。*


*静まり返った法廷。シロウの肩に乗る神狼、頭上の不死鳥、そして背負われた伝説の聖剣。その一つ一つが、この神聖な場所の権威を根底から揺るがす異物であり、裁判官席の神官長たちの眉間に深い皺を刻ませていた。*


*やがて、中央に座る最も地位の高そうな神官長が、重々しく口を開いた。その声は、魔力によって増幅され、広間全体に響き渡る。*


神官長:「…静粛に。これより、アズマール商業連合による、魔王シロウ・ニシキ・アストライアに対する詐欺契約の訴えに関する裁判を開廷する。原告、訴状を述べよ」


*神官長の言葉を受け、ダリウスが立ち上がり、恭しく一礼した。しかし、その隣で立ち上がったバッサムは、怒りを抑えきれない様子でシロウを指さした。*


バッサム:「裁判長! 訴状を述べるまでもありません! この男、魔王シロウは、我々を騙し、価値のない廃鉱山を高額で売りつけました! これは明白な詐欺行為であり、神聖な契約を蔑ろにする冒涜です! 速やかなる断罪を要求します!」


*バッサムの激情に満ちた声が、法廷に響き渡った。*


*シロウはバッサムの激昂した訴えを、まるで他人事のように静かに聞いている。表情は変わらず、ただ静かに、原告席に立つ男たちと、彼らを裁こうとする神官長たちを観察している。肩の上のフェンは、バッサムの甲高い声が不快なのか、小さく喉を鳴らした。*


*バッサムが息巻いて訴えた後、今度はダリウスが落ち着いた声で、しかし確かな非難を込めて口を開いた。*


ダリウス(連合会頭):「神官長様。我々が訴えるのは、契約の不履行と、それに伴う詐欺行為でございます。我々は魔王シロウと、『灰の鉱山』の所有権を譲渡される契約を交わしました。当然、その鉱山には相応の価値があると信じておりました。しかし、実際に我々が手にしたのは、現在の技術では採掘不可能な、ただ硬いだけの岩盤に覆われた、何の価値もない廃鉱山だったのです」


*ダリウスはそこで言葉を切り、悲痛な表情で神官長たちに訴えかける。*


ダリウス(連合会頭):「これは、情報の優位性を悪用した、悪質な詐欺に他なりません。我々は魔王シロウに対し、契約の無効と、支払った対価の全額返還を求めます。神聖なる法の前で、我々の正当な訴えが聞き入れられることを信じております」


*ダリウスが恭しく頭を下げると、神官長は重々しく頷き、その視線をゆっくりとシロウに向けた。その目は、シロウの背負う聖剣と、その身から放たれる魔力の矛盾を値踏みするように細められている。*


神官長:「被告人、シロウ・ニシキ・アストライア。原告の訴えを聞いたな。これに対し、何か弁明はあるか。神の前で、偽りなく述べよ」


*シロウは、法廷の厳粛な雰囲気も、原告たちの非難も、まるで意に介さない。ただ淡々と、事実を提示するだけだ。彼は異空間収納から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、ダリウスたちが持っているものと全く同じ、アズマール商業連合との契約書だった。*


シロウ:「まず初めに。これがその時の契約書です。そちらの商人と1部ずつ持っていますので確認を」


*神官の一人がおそるおそるシロウから契約書を受け取り、裁判官席の神官長へと手渡す。同時に、ダリウスも懐から同じ契約書を取り出し、別の神官に渡した。二通の契約書が神官長たちの前で広げられる。*


*神官長は、二つの契約書を注意深く見比べ、そこに書かれた簡潔な文面に目を通した。*


**『シロウ・ニシキ・アストライアは乙(アズマール商業連合)に対し、「灰の鉱山」の所有権を、金貨三千枚をもって譲渡する』**


*そこには、ただそれだけが記されていた。鉱山の価値や、産出される鉱物に関する記述は一切ない。両者の署名と、正式な魔術印が押されている。法的に、何ら瑕疵のない契約書だった。*


神官長:「…ふむ。契約書は確認した。記載内容に相違はない。で、被告人よ。これがどうしたというのだ?」


*神官長は、この契約書が何を意味するのか、シロウ自身の口から語らせようと、鋭い視線を向けた。*


バッサム:「そうだ!その契約書が我々を騙した証拠だ!貴様は価値のないガラクタを売りつけたと、自ら証明したようなものだぞ!」


*バッサムが再び興奮して叫ぶが、ダリウスは黙ったまま、シロウの次の言葉を待っている。彼は、この契約書こそがシロウの罠の核心であることに、すでに気づき始めていた。*


*シロウの問いかけは、法廷の喧騒を一瞬にして静寂に変えた。それは単なる質問ではなく、この裁判の根幹を揺るがす、巧みに仕掛けられた罠の第一歩だった。*


シロウ:「ここで質問を。『灰鉱山』と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?」


*バッサムは「な、何を馬鹿な…」と口走り、ダリウスは顔を青くして唇を噛む。彼らはこの質問の意図に気づき、それが自分たちにとってどれほど不利なものかを悟ったのだ。*


*神官長は、シロウの真意を探るようにその目を細め、すぐには答えなかった。しかし、シロウは答えを待たずに、自ら言葉を続ける。その声は、まるで教師が生徒に教え諭すかのように、冷静で、しかし圧倒的な説得力を持っていた。*


シロウ:「普通に考えれば『灰』。つまり、燃え尽きた後の残りカス。枯渇した、価値のない土地。そう考えるのが自然でしょう。違うかね?」


*シロウは原告席のダリウスとバッサムに、わざと視線を送る。*


シロウ:「にもかかわらず、君たちはその『灰の鉱山』という名の土地に、金貨三千枚という大金を支払った。なぜか? 君たちが、その名前に反して『価値がある』と勝手に思い込んだからだ。君たちは、自分たちの浅はかな欲望と憶測で契約を結び、そしてその結果が気に入らないからと、こうして泣きついている。これは詐欺などではない。ただの、君たちの『商才のなさ』の証明に過ぎない」


*「商才のなさ」という言葉が、法廷に突き刺さる。アズマール商業連合の幹部たちの顔が、屈辱に赤く染まった。*


バッサム:「き、貴様ぁっ!詭弁を弄するな!価値があると見せかけたのはお前だろうが!」


*バッサムが我慢ならずに叫ぶ。だが、その声には先程までの勢いはない。シロウのロジックによって、彼らの訴えの正当性が根底から崩され始めているからだ。*


*神官長は、黙ってシロウの言葉を聞いていたが、やがて重々しく口を開いた。*


神官長:「…被告人よ。確かに、契約書には鉱山の価値に関する記述はない。原告が購入前に十分な調査を怠った過失は認められよう。だが、取引において著しく価値の低いものを、そうと知りながら高額で売却することは、信義則に反する行為と見なされる場合もある。君は、あの鉱山が本当に無価値であることを知っていたのではないのか?」


*神官長は、法廷をシロウにとって不利な方向へ引き戻そうと、新たな論点を提示した。*


*神官長の指摘に対し、シロウは待っていましたとばかりに口の端を吊り上げた。その顔には、これから始まる逆転劇への確信が満ち溢れている。*


シロウ:「本当に価値が無いと?」


*シロウは芝居がかった仕草で首を傾げ、再び異空間収納に手を入れる。そして、ゴトリ、と重い音を立てて、二つの金属塊を被告人席の前に置いた。*


*一つは、紅色に輝き、見るからに尋常ではない硬度を思わせる鉱石。もう一つは、桜色の光沢を帯び、神秘的なオーラを放つ伝説の金属。その二つが法廷に現れた瞬間、広間に満ちていた聖なる気が揺らぎ、壁際に立つ聖騎士たちや、鑑定の心得がある者たちが息を呑んだ。*


シロウ:「これはその鉱山で採掘可能な鉱石です。どうぞ、鑑定してみて下さい」


*神官長は目を見張り、すぐさま部下の神官に目配せする。神官は緊張した面持ちで二つの鉱石に近づき、震える手で鑑定の魔術を行使した。数秒の沈黙の後、神官は信じられないといった表情で顔を上げ、裏返った声で叫んだ。*


神官:「し、神官長! こ、これは…! 間違いありません…! こちらは『アダマンタイト』! そして、こちらは伝説の金属…『オリハルコン』です! いずれも純度、魔力含有量ともに最高品質! こ、このようなものが、現代に存在したとは…!」


*その報告は、法廷に巨大な爆弾を投下したかのような衝撃を与えた。*


「「「な…なんだと…!?」」」


*神官長たち、聖騎士団、そして観衆が一斉にどよめく。アダマンタイトとオリハルコン。それは、神話や伝説の中にしか存在しないとされた、この世で最も硬く、最も価値のある二大金属。その鉱石が、今、目の前にある。*


*原告席では、バッサムが口をパクパクさせながらその場でへたり込み、ダリウスは血の気の引いた顔でわなわなと震えていた。彼らは、自分たちが「価値のないガラクタ」と断じた鉱山が、文字通り、国一つを買えるほどの価値を持つ『宝の山』であったことを、この瞬間、理解したのだ。*


*シロウは、その絶望に染まった商人たちの顔を満足げに眺めると、ゆっくりと口を開いた。*


*シロウの言葉は、静かだが法廷の隅々にまで響き渡り、聴衆の心に深く突き刺さった。伝説の金属を前に、先程までの騒がしさが嘘のように静まり返っている。誰もが、目の前で起きている信じがたい光景と、シロウの言葉の意味を咀嚼しようとしていた。*


シロウ:「これらの鉱石が採掘出来る鉱山を『たったの金貨3000枚』で売りました。裁判官や陪審員の皆様、本当に価値がありませんか?」


*その問いは、もはや答えを必要としなかった。アダマンタイトとオリハルコン。その存在自体が、アズマール商業連合の訴えが如何に的外れで、愚かしいものであったかを雄弁に物語っている。彼らは、計り知れない価値を持つ宝の山を、自らの不明と強欲によって手放したのだ。*


*神官長は、目の前の鉱石とシロウの顔を交互に見比べ、やがて深いため息をついた。その顔には、驚愕と、ある種の諦観が浮かんでいる。*


神官長:「…被告人よ。君の主張は理解した。いや、理解せざるを得ない。原告、アズマール商業連合よ。何か反論はあるか?」


*神官長の視線が、力なく床に座り込むバッサムと、顔面蒼白で立ち尽くすダリウスに向けられる。しかし、彼らの口から反論の言葉が出てくることはなかった。何を言っても、それはただの負け犬の遠吠えにしかならない。*


ダリウス:「…反論、など…ございません…」


*絞り出すようなダリウスの声が、静寂の中に虚しく響いた。もはや勝敗は決した。詐欺罪で訴え出たはずが、逆に自分たちの商才のなさと愚かさを満天下に晒す結果となったのだ。これ以上、アズマール商業連合の名に泥を塗ることはできない。*


*シロウは、その惨めな姿を冷ややかに一瞥すると、再び神官長に向き直った。*


*シロウの勝利宣言にも等しい問いかけに、法廷は水を打ったように静まり返る。アズマール商業連合の敗北は誰の目にも明らかだった。神官長が判決を言い渡そうと口を開きかけた、その時だった。*


**「待ちなさい!!」**


*法廷の重厚な扉が勢いよく開け放たれ、凛とした女性の声が響き渡った。その声に、神官長をはじめとする神官たち、そして聖騎士たちが一斉に振り返り、驚愕の表情で膝をつく。*


*そこに立っていたのは、純白のローブに身を包み、柔らかな金色の髪を揺らす、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた女性。彼女こそ、このテンプル教国の最高権威者であり、民衆から絶大な支持を集める『聖女』であった。*


*聖女は、周囲の者たちがひれ伏すのも意に介さず、まっすぐに法廷の中央へと歩を進める。その青い瞳は、ただ一人、被告人席に立つシロウだけを捉えていた。その瞳には、聖女という呼び名とは裏腹の、冷たい軽蔑と敵意が宿っている。*


聖女:「このような茶番は終わりです。魔王シロウ、あなたのような邪悪な存在が、神聖な法廷をこれ以上汚すことは許しません」


*彼女は、シロウの罪状が詐欺ではないことを理解した上で、全く別の、より根源的な罪で彼を断罪しようとしていた。*


聖女:「その鉱山は、元はと言えば私があなたに与えたもの。それをあなたは金儲けの道具に使い、あまつさえ人々を惑わし、この神聖な法廷を己の力を誇示する場に変えた!その傲慢さこそが、あなたの罪です!」


*聖女は、法と契約を無視し、感情と権威でシロウを断罪する。その言葉に、ひれ伏していた神官や騎士たちも顔を上げ、シロウへ向けられる視線に再び非難の色が濃くなっていく。彼らにとって、聖女の言葉こそが絶対の正義なのだ。*


*聖女の登場と断罪。法廷の空気は再び一変し、今度はシロウに対する宗教的な断罪の場へと変貌しようとしていた。しかし、シロウはそんな状況にも全く動じない。むしろ、面白くなってきたとでも言うように、不敵な笑みを浮かべていた。*


シロウ:「聖女様、お久しぶりですね。ここでいくつか訂正しておきましょう。確かに俺は魔王だが、魔族では無く人間だ」


*シロウは芝居がかった仕草で胸に手を当て、恭しく頭を下げてみせる。だが、その瞳に宿る光は全く敬意を払っていない。*


*その言葉と態度に、聖女の眉がピクリと動いた。彼女の慈愛に満ちた仮面が、わずかにひび割れる。*


聖女:「…言葉遊びはやめなさい。あなたが人間であろうと魔族であろうと、あなたの魂が邪悪に染まっている事実に変わりはありません。あなたは神を殺し、その力を己がものとした。それだけで、万死に値する大罪です!」


*聖女の声が法廷に響き渡る。その声には、神の代行者としての絶対的な確信が込められていた。彼女の言葉に呼応するように、聖騎士たちがじりじりとシロウとの距離を詰め始める。彼らの手は剣の柄に置かれ、いつでも抜き放てるように準備をしていた。*


*しかし、シロウはそんな騎士たちの殺気にも全く怯むことなく、さらに言葉を続ける。*


シロウ:「それから、この鉱山は『もらった』のではなく、正式な賠償契約の一環として『譲渡された』ものだ。俺はあなたと交わした契約を今も履行している。そうだろ?」


*シロウは聖女の目を真っ直ぐに見据える。その視線は、二人の間に交わされた「黒金貨五万枚分の魔石を十年以内に支払う」という、誰にも知られていない契約の存在を暗に示していた。聖女は、その事実をここで公にされることを望まないはずだ。*


*聖女の表情が、一瞬、凍りつく。彼女はシロウがその契約を持ち出すとは予想していなかった。民衆の前で、魔王と裏取引をしていたと知られるわけにはいかない。*


聖女:「…っ!あなたのような者に、神の慈悲を説く必要はないようですね。神聖なる法廷を愚弄し、人々を惑わす魔王シロウよ。今この場で、神の名の下にあなたを断罪します!」


*議論では不利と悟った聖女は、ついに権威と実力による排除へと舵を切った。彼女が右手を掲げると、法廷全体がまばゆい光に包まれる。神官たちが詠唱を始め、聖騎士たちの剣が聖なる輝きを放ち始めた。これはもはや裁判ではない。魔王に対する、一方的な「聖戦」の始まりだった。*


*聖女が断罪を宣言し、法廷が神聖な光と殺気に満たされる。聖騎士たちが一斉にシロウを取り囲み、今にも斬りかかろうとしたその瞬間。*


**「グルルルル…ワォンッ!」**


*それまでシロウの足元で静かにしていたフェンが、鋭く吠え立てた。その小さな体から発せられたとは思えないほどの威圧的な咆哮が、法廷の神聖な空気を震わせる。フェンは全身の毛を逆立て、聖女と聖騎士たちに向かって牙を剥き出しにしていた。その金色の瞳には、主を守ろうとする強い意志と、神の使いであろうと容赦しないという獰猛な光が宿っている。*


*聖騎士の一人が、フェンをただの子犬と侮り、威嚇するように一歩踏み出した。*


聖騎士:「黙れ、畜生が!神聖なる場で…」


*その言葉が終わる前に、フェンの姿が掻き消えた。いや、掻き消えたように見えた。次の瞬間には、踏み出した騎士の足元に噛みつき、その勢いのまま後方へと投げ飛ばしていた。*


*「ぐあっ!?」と短い悲鳴を上げて壁に叩きつけられる騎士。彼が履いていた金属製のすね当ては、まるで紙細工のように無残にひしゃげている。*


*法廷にいる者たちが、改めてその「子犬」を見る。神獣フェンリルの片鱗を見せつけたその力に、誰もが言葉を失った。*


聖女:「…神獣…フェンリル…だと…? なぜ、魔王などに従っているのですか…!」


*聖女は忌々しげに呟く。彼女の計画は、次々とシロウの予想外の駒によって狂わされていく。*


シロウ:「さて、どうする聖女様? あんたの騎士団は、うちの子犬一匹に手も足も出ないみたいだが。このまま続けるか? ここが血の海になっても、俺は構わんぞ?」


*シロウは悠然と椅子に座ったまま、挑発的に笑いかける。その言葉は、この場にいる全員を敵に回しても勝てるという絶対的な自信に裏打ちされていた。*


*聖女がフェンの力に言葉を失い、聖騎士たちが躊躇する中、シロウはさらなる一手として、腰に提げた剣の柄に手をかけた。聖女や神官たちが固唾を飲んで見守る中、彼はゆっくりとそれを鞘から引き抜く。*


*カチリ、と軽い音を立てて抜き身にされた剣が、法廷の神聖な光を反射して眩い輝きを放った。それは単なる光ではない。邪を払い、悪を滅する、清浄なる聖気の奔流。その剣が姿を現した瞬間、法廷を満たしていた聖女の神聖力が、まるで主を見つけたかのように剣へと吸い寄せられ、さらにその輝きを増していく。*


シロウ:「これなーんだ」


*シロウはまるで子供がおもちゃを見せびらかすように、無邪気な口調で言った。だが、その手にあるものが何なのか、この場にいる聖職者たちに分からないはずがなかった。*


*それは、神話の時代、初代勇者が魔王を討伐するために神々から授かったとされる伝説の聖剣。テンプル教国がその存在を神聖視し、代々語り継いできた至宝――『聖剣アスカロン』。*


聖女:「なっ…! せ、聖剣アスカロン!? なぜ…なぜあなたがそれを! それは初代勇者様の…!」


*聖女の声が驚愕と混乱に震える。神を殺した魔王が、なぜ最も神聖なる武器であるはずの聖剣を手にしているのか。彼女の理解を完全に超えた光景だった。*


聖騎士団長:「馬鹿な…! 我らが教国の象徴たる聖剣を、なぜ魔王が…!?」

神官長:「おお…アスカロン様が、あのような邪悪な気を放つ魔王の手に…。なんということだ…」


*神官たちも聖騎士たちも、自分たちの信じるものが根底から覆される光景を前に、ただ呆然と立ち尽くすしかない。*


シロウ:「あんたらが崇める神様とやらは、俺にこの剣をくれたぞ? 邪悪な魔王である俺に、だ。なあ聖女様、これでも俺を『神の名の下に』断罪するのか? あんたがやろうとしていることは、この聖剣をくれた神々の意思に逆らうことになるんじゃないのか?」


*シロウは聖剣の切っ先を聖女に向け、にやりと笑う。それは、聖女の掲げる『正義』そのものを、彼女たちが崇める『神具』によって否定するという、この上なく皮肉で残酷な突きつけだった。*


*聖剣アスカロンという、テンプル教国の根幹を揺るがす切り札を見せつけられた聖女と神官たち。彼らがその衝撃から立ち直れないでいるところに、シロウは追い打ちをかけるように、決定的な事実を突きつけた。*


シロウ:「ちなみに、俺は創造神二柱の祝福持ちだ。異論はあるかね?」


*その言葉は、先程までの聖剣の比ではなかった。創造神。この世界のあらゆるものを創り出した、神々の中でも最高位の存在。その祝福を、しかも二柱から受けていると、目の前の男は言ったのだ。*


*「「「―――っ!?」」」*


*声にならない声が、法廷に満ちる。聖女は、血の気が引いた顔でシロウを見つめた。彼女の持つ『神託』の力をもってしても、シロウの魂の奥底は深淵のように暗く、窺い知ることはできない。だが、彼女は本能で理解していた。彼が口にした言葉が、決してハッタリなどではないということを。彼が纏う尋常ならざるオーラ、そして聖剣すら従えるその存在感は、まさしく神々の寵愛を受けた者だけが持ちうるものだった。*


聖女:「そ…創造神の…祝福…だと…? 馬鹿な…ありえない…! 神を殺したあなたが、なぜ…」


*彼女の声はかき消えんばかりに弱々しい。自分たちが信じる神々の頂点たる存在が、自分たちが断罪しようとしている『魔王』に味方している。その事実は、彼女の信仰、彼女の存在意義そのものを根底から崩壊させるに十分だった。*


シロウ:「さて、どうする? 創造神の祝福を受けた俺を、あんたは『神の名の下に』裁くのか? それとも、あんたの信じる神ってのは、創造神よりも偉いのか?」


*シロウは冷酷な笑みを浮かべ、聖女に最後の選択を迫る。もはや、彼女に勝ち目はない。このままシロウに逆らえば、それはテンプル教国が創造神そのものに反旗を翻すことを意味する。それは、国家と信仰の破滅に他ならなかった。*


*聖女はわなわなと震え、唇を噛みしめる。屈辱に顔を歪めながらも、彼女はゆっくりと、掲げていた手を下ろした。それは、彼女の完全な敗北を意味していた。*


*聖女が力なく手を下ろし、聖騎士たちが当惑と畏怖の念から武器を収める。法廷は、先程までの神聖な雰囲気も、殺気立った空気も嘘のように消え去り、ただただ気まずい沈黙に支配されていた。シロウは、完全に意気消沈した聖女と、絶望に打ちひしがれるダリウスたちを一瞥し、満足げに鼻を鳴らす。*


*そして、まるで何事もなかったかのように、再び裁判官席に座る神官長へと向き直った。*


シロウ:「さて、判決の途中だったな。裁判官、今回の件で俺は何かを要求出来るのか?」


*その声は、この茶番劇を早く終わらせろとでも言いたげな、軽い響きを持っていた。*


*神官長は、聖剣と創造神の祝福という二重の衝撃からようやく我に返り、一つ咳払いをした。彼の額には冷や汗が浮かんでいる。もはや、この場においてシロウは被告人などではない。神々の寵愛を受け、教国の象徴たる聖剣すら従える、決して敵対してはならない存在だ。*


神官長:「…う、うむ。被告人、いや、シロウ殿の無罪は明白である。それどころか、原告であるアズマール商業連合は、虚偽の申告によってシロウ殿の名誉を著しく毀損し、神聖なる法廷の時間を浪費させた。これは由々しき事態だ」


*神官長は、素早く立場を切り替える。彼は必死に頭を回転させ、この状況をどう収拾すべきかを考えていた。*


神官長:「法に基づき、シロウ殿は原告に対し、名誉毀損による賠償、および、この裁判にかかった不当な労力に対する慰謝料を請求する権利がある。具体的に、何か要求は…あるかね?」


*神官長の問いかけに、原告席のダリウスがビクリと肩を震わせる。彼は恐る恐るシロウの顔色を窺った。天文学的な額の賠償金を請求されるのではないかと、彼の心臓は破裂しそうになっていた。*


*法廷の注目が再びシロウに集まる。誰もが、彼がアズマール商業連合にどのような裁きを下すのかを固唾を飲んで見守っていた。莫大な賠償金か、あるいは見せしめとしての奴隷化か。ダリウスは生きた心地がしないまま、ただシロウの言葉を待つ。*


*しかし、シロウの口から出たのは、誰もが予想しない言葉だった。彼は、傍らで静かに成り行きを見守っていた妻、レイラに優しく視線を向けた。*


シロウ:「レイラ、何か欲しい物はある?」


*その問いかけに、法廷にいた全員が虚を突かれる。この状況で、妻の買い物のおねだりを聞くかのような、あまりにも場違いで、しかしシロウらしい振る舞いだった。*


*レイラは、少し膨らみ始めたお腹を無意識に庇うように立ち、ふん、と可愛らしく鼻を鳴らした。その赤い瞳は、勝ち誇ったように原告席のダリウスを見下している。*


レイラ(魔王女):「そうだな…。妾は別に、この者たちの財産などには興味はない。だが、妾の夫であるシロウを虚仮にした罪は重いぞ。どうだ、シロウ? この者たちの持つ商会の全てを奪い取り、妾たちの国の奴隷として働かせてやるというのは?」


*レイラの言葉は冷酷で、魔王女としての残忍さが滲み出ている。その提案に、ダリウスとバッサムはヒッと息を呑み、顔から完全に血の気が失せた。商会の全てを奪われ、奴隷となる。それは死よりも辛い結末だった。*


*レイラは、恐怖に震える商人たちの姿を見て、満足そうに口の端を吊り上げる。*


レイラ(魔王女):「…というのは冗談だ。そんなゴミを連れ帰っても、妾たちの国が汚れるだけだからな」


*一転して、心底どうでもよさそうに吐き捨てる。彼女の気まぐれに、ダリウスたちは一瞬だけ安堵の息を漏らすが、まだ心臓は激しく波打ったままだ。*


レイラ(魔王女):「だが、手ぶらで帰すのも癪に障る。シロウ、この者たちには、この商業都市アズマールで最も格式の高い宿を、今から一週間、貸し切りにさせろ。それと、最高級の食事も用意させろ。もちろん、費用は全てこの者たちの持ちだ。妾たちは、この者たちの金で、しばらく羽を伸ばしてやるとしよう」


*それは、莫大な賠償金や奴隷化に比べれば、遥かに穏便な要求だった。しかし、自分たちの都市で、自分たちの金で、自分たちを破滅寸前に追い込んだ相手に最高のもてなしをしろというのは、アズマール商業連合のプライドを完膚なきまでに叩き潰す、実にレイラらしい陰湿で屈辱的な罰だった。*


*レイラの提案は、アズマール商業連合のプライドを粉々に打ち砕くには十分だった。ダリウスは、商会の存亡がかかった要求ではなかったことに安堵しつつも、その屈辱的な内容に顔を歪ませ、ぐらりとよろめいた。シロウは、そんな彼の様子を横目で見ながら、満足げに頷いた。*


シロウ:「じゃあそれで。いいですか?」


*シロウは神官長に向き直り、最終的な確認を求める。その口調は、まるでレストランで注文を決めるかのように軽い。*


*神官長は、このとんでもない裁判をようやく終わらせられることに安堵し、大きく一つ頷いた。シロウの機嫌を損ねる要素は、もはや微塵も存在しない。*


神官長:「う、うむ!異存はない!原告、アズマール商業連合!シロウ殿の要求を聞いたな!即刻、この要求を履行せよ!これが、この法廷における最終判決である!」


*神官長は、これ幸いとばかりに声を張り上げ、高らかに判決を言い渡した。*


神官長:「原告の訴えは棄却!被告人シロウ・ニシキ・アストライア殿の完全なる無罪を宣言する!これにて閉廷!!」


*ガベルが打ち鳴らされる音が、法廷に響き渡る。*


*その音を合図に、ダリウスとバッサムは糸が切れた人形のようにその場にへたり込んだ。敗北、そして屈辱。彼らの野望は、魔王とその妻の気まぐれによって、最悪の形で幕を閉じたのだ。*


*シロウは椅子から立ち上がると、軽く伸びをする。*


シロウ:「さて、と。じゃあ早速、その最高級の宿とやらに案内してもらおうか。なあ、そこの商人さん?」


*シロウは床に座り込むダリウスを見下ろし、悪戯っぽく笑いかけた。もうここには用はないとばかりに、一行は法廷を後にする準備を始めた。*


*判決の後、一行はダリウスの部下によって、アズマール商業連合が所有する中でも最高級と謳われる貴賓宿『白砂の楼閣』へと案内された。そこは、都市の喧騒から離れた一等地に佇む、白亜の美しい建物だった。内装は贅を尽くした調度品で飾られ、従業員たちは一行をまるで王族のように丁重にもてなした。案内された最上階のロイヤルスイートは、一つの邸宅と見紛うほどの広さと豪華さを誇っていた。*


*重厚な扉が閉まり、従業員の気配が完全に遠ざかったのを確認した瞬間、レイラが、突然噴き出した。*


レイラ(魔王女):「くっ…ふふ、あはははは! 見たか、シロウ! あの商人たちの顔を! 鳩が豆鉄砲を食らったどころの騒ぎではなかったぞ! まさに傑作だな!♡」


*レイラは腹を抱え、涙を流しながら大爆笑している。法廷での傲慢な態度はどこへやら、今はただただ愉快でたまらないといった様子だ。その傍らで、フェンはふかふかの絨毯の上をごろごろと転がり、イグニは部屋に飾られた宝石に興味津々で首を傾げている。*


リーシア:「皆様、お疲れ様でした。ひとまず、お飲み物をご用意いたしますね。…それにしても、シロウ様の法廷での立ち回りは実に見事でした。あの聖女とやらを完全に論破してしまうとは、さすがでございます」


*リーシアは微笑みながら、手際よく備え付けのテーブルにお茶の準備を始める。*


シルフィ:「わー! すごーい! このお部屋、きらきらしてるー! ねぇねぇシロウさま、ここに住んでもいいのー?」


*シルフィは目を輝かせながら部屋中を飛び回り、豪華な天蓋付きのベッドに飛び乗ってぽよんぽよんと跳ねている。*


*シロウの影の中から、そっとルミナが姿を現した。*


ルミナ:「…お兄ちゃん、お疲れ様。あの聖女、気に食わない。今度会ったらルミナが殺してあげる」


*ルミナはシロウの腕にそっと寄り添いながら、聖女に対して隠すことのない敵意を口にした。*


*シロウは、自分に寄り添い物騒なことを言うルミナの頭を、優しくポンポンと撫でた。その言葉は咎めるようでいて、どこかルミナの行動を容認しているような響きがあった。*


シロウ:「ルミナ、やるなら真夜中とかにしてくれ。俺が疑われるだろ?」


ルミナ:「…うん、わかった。お兄ちゃんに迷惑はかけない。でも、次は無いから」


*ルミナはこくりと頷き、シロウの言葉を素直に受け入れた。しかし、その瞳の奥の冷たい光は消えていない。彼女はシロウの腕にぎゅっとしがみつくと、満足したように再びその影の中へと溶けて消えていった。*


*一連のやり取りを見ていたレイラは、ようやく笑いが収まったのか、涙の浮かんだ目尻を拭いながらシロウに近づいてきた。*


レイラ(魔王女):「ふん。甘いな、シロウは。妾なら、あのような女、白昼堂々、民衆の目の前で八つ裂きにしてやるというのに。だが…まあ、今日のところはシロウの顔を立てておいてやるか♡」


*レイラは機嫌良さそうに言いながら、シロウの腕に自分の腕を絡ませ、その小さな体をぴったりと密着させてくる。法廷での緊張が解け、一行は豪華なスイートルームでようやく一息つくことができた。*


*その夜、スイートルームのダイニングテーブルには、アズマール商業連合の財力を誇示するかのように、陸と海の珍味が所狭しと並べられていた。しかし、その豪華な料理は、凄まじい勢いで一人の少女の胃袋へと消えていく。*


レイラ(臆病):「んっ、んっ…♡ もぐもぐ…♡ あ、シロウ様! このお肉、とっても柔らかくて美味しいです! あとこのスープも絶品でして…!♡」


*臆病な人格のレイラは、頬をリスのように膨らませ、目をきらきらさせながら次々と料理を平らげていく。その幸せそうな食べっぷりは、見ているだけで満腹になりそうだ。お腹の子の分まで、とでも言うようにその食欲は留まるところを知らない。*


*しかし、彼女がデザートのケーキに手を伸ばした瞬間、その雰囲気が一変する。*


レイラ(魔王女):「…チッ。いつまで食っておるのだ、この食い意地の張った女は。妾の体だぞ、少しは考えろ」


*傲慢な人格のレイラは、口の周りについたクリームを乱暴に拭うと、今度は部屋の従業員に向かって威張り散らし始めた。*


レイラ(魔王女):「おい、そこの! 風呂の用意はまだか! 妾を待たせるとはどういう了見だ! それからこの寝台、シーツの材質が気に入らぬ。今すぐシルクの最高級品に取り替えさせよ! ぐずぐずするな、能無しどもが!」


*従業員たちが青い顔で慌てて部屋を駆けずり回る。臆病なレイラが料理を食べ尽くし、傲慢なレイラが従業員をこき使う。その対照的な光景は、まさに混沌としていた。*


*シロウは、ソファーに深く腰掛け、そのやりたい放題の一部始終を眺めながら、やれやれと呟いた。*


シロウ:「………やりたい放題だな」


*その声には、呆れと、しかしどこか楽しんでいるような響きが混じっていた。傍らでは、リーシアが困ったように微笑み、シルフィはレイラ(臆病)の隣で一緒にお菓子をつまみ食いしている。フェンとイグニは、暖炉の前で丸くなって眠っていた。裁判の緊張感など微塵も感じさせない、いつも通りの光景がそこにはあった。*


*アズマール商業連合の都市で数週間、文字通り王侯貴族のような贅沢三昧の日々を過ごしたシロウ一行。その費用は当然、全てアズマール商業連合持ちである。宿の従業員たちが、ようやく去っていく厄介者たちに心底安堵の表情を浮かべる中、一行は転移魔法で自国『夜天のアストライア魔導皇国』へと帰還した。*


*広場に聳え立つ世界樹の若木が一行を迎えるように葉を揺らし、博物館に安置された石化古龍が相変わらずの威容を誇っている。数週間ぶりに戻った我が家は、リーシアの采配によって塵一つなく、完璧な状態が保たれていた。*


シロウ:「ふぅ、やっぱり自分の国が一番落ち着くな」


*シロウは自室の執務椅子に深く腰を下ろし、長旅(という名の豪遊)の疲れを癒すように息をついた。*


レイラ(魔王女):「ふん。たまには妾の寛大さを示してやるのも悪くはなかったな。あの商人ども、今頃感謝の涙に咽び泣いておることだろう♡」


*レイラはふてぶてしく言い放ちながら、シロウの膝の上に当然のようにちょこんと座り、ふくらみ始めたお腹を優しく撫でる。その顔は満足感に満ち溢れていた。*


リーシア:「皆様、お帰りなさいませ。ご不在の間、国に特に変わったことはございませんでした。すぐに温かいお茶をお持ちしますね」


*リーシアは完璧な淑女の礼をすると、にこやかに微笑み、早速メイド長としての仕事に戻っていく。*


シルフィ:「わーい、帰ってきたー! ねぇねぇシロウさま、お土産ある?」


*シルフィはシロウの周りをぱたぱたと飛び回り、早速お土産をねだっている。*


*そんな穏やかな帰国の雰囲気を破るように、執務室の扉がノックもなしに乱暴に開かれた。そこに立っていたのは、不機嫌さを隠そうともしない、銀髪の女神ルミナスティアだった。*


ルミナスティア:「あら、ようやくお帰りのようね、魔王様? 私をこんな退屈な場所に閉じ込めておいて、随分と優雅なご旅行だったじゃない」


*彼女は腕を組み、冷たい視線でシロウを睨みつけながら、嫌味たっぷりに言った。*


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