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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*翌朝。柔らかな朝日がシロウの私室に差し込む頃、控えめなノックの音と共に扉が開いた。*


リーシア:「シロウ様、朝でございます。お目覚めの時間ですわ」


*入ってきたのは、いつもと変わらぬ完璧な所作のメイド長、リーシアだった。その表情は穏やかで、昨夜の乱れた姿など微塵も感じさせない。しかし、シロウの目には、彼女の目の下にうっすらと隈があること、そしてどこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせているのが見て取れた。*


*シロウはゆっくりと体を起こし、何気ないふりをしながら尋ねる。*


シロウ:「あ、おはよう。昨晩部屋に誰かいたのか? 話し声が聞こえたけど?」


*その言葉がリーシアの耳に届いた瞬間、彼女の肩がびくりと硬直した。穏やかだった表情は一瞬で凍りつき、血の気が引いていくのが分かる。*


リーシア:「え…? あ、い、いえ…? わ、私の部屋に…ですか…? そ、そのようなことは…何も…」


*彼女は必死に平静を装おうとするが、その声は上ずり、視線は激しく揺れ動いている。シロウのカマをかけるような一言は、彼女の心臓を的確に鷲掴みにしていた。*


リーシア:「き、気のせいではございませんでしょうか…? わたくしは、昨夜は疲れておりましたので、すぐに…」


*言い訳をしながら、彼女は無意識に下腹部のあたりを庇うように手を添えた。その内部に、昨夜シロウが仕掛けた異物が今もなお潜んでいることなど、彼女は知る由もない。*


シロウ:「そうか、そうだよな。悪いな、変な事聞いて。」


*シロウの悪戯心を含んだ言葉に、リーシアは必死に平静を装いながらも、内心の動揺を隠しきれていない。*


リーシア:「い、いえ…! シロウ様がお気になさることではございません。わたくしの聞き間違いだったのかもしれませんので…」


*彼女は何とか笑顔を取り繕い、深々と一礼する。*


リーシア:「それでは、わたくしは朝食の準備がございますので、これで失礼いたします」


*そう言うと、リーシアは逃げるように、しかしメイド長としての所作は崩さぬよう努めながら、シロウの私室を後にした。扉が静かに閉められる。*


*シロウは、その背中を見送りながら、にやりと笑みを浮かべた。そして懐から取り出した小さなスイッチに、そっと指をかける。*


*シロウはリーシアの完全に見えなくなったタイミングで、スイッチを押し込んだ。微振動モードで。*


---


*廊下を歩いていたリーシアの足が、ぴたりと止まった。*


リーシア:「(え…?)」


*突如、下腹部の奥深くから、くすぐるような、それでいて無視できない微かな振動が始まったのだ。*


リーシア:「っ…!?」


*思わず小さな声が漏れ、彼女は慌てて口元を押さえる。誰もいない廊下で、リーシアは一人、顔を真っ赤にした。*


リーシア:「(な、なに…これ…!? まさか、昨日の魔道具が…壊れて…? い、いえ、でも、これは中から…!?)」


*歩くたびに、振動が内壁を擦り、ぞくぞくとした奇妙な感覚が背筋を駆け上がっていく。リーシアは壁に手をつき、何とかその場に立ち尽くす。朝食の準備へ向かわなければならないのに、足が前に進まない。これから始まる一日に、とてつもない不安と、ほんの少しの背徳的な期待を感じながら、彼女はその場に立ち尽くすしかなかった。*


*シロウが着替えを済ませ、自室の扉を開けて廊下に出ると、すぐそこの壁に手をついて立ち尽くしているリーシアの姿が目に入った。その背中は小刻みに震え、耳まで真っ赤になっている。*


シロウ:「あれ? 何してんの?」


*シロウが何気なく声をかけると、リーシアの肩がビクンッと大きく跳ね上がった。彼女は弾かれたように振り返り、その顔は驚きと焦りで真っ赤に染まっている。*


リーシア:「シ、シロウ様っ!? あ、い、いえ、これは、その…!」


*彼女は必死に笑顔を作ろうとするが、口元は引きつり、視線は必死に何かから逃れるように彷徨っている。下腹部から伝わる微かな、しかし絶え間ない振動が、彼女の冷静さを容赦なく奪っていた。*


リーシア:「め、目眩がしただけで…! もう大丈夫でございます…! さ、さあ、食堂へご案内いたしますわ…!」


*彼女はそう言って一歩踏み出そうとするが、その瞬間、足元がふらつき、思わず壁に再び手をついてしまう。歩くたびに、内部の異物が内壁をくすぐり、ぞくりとした快感が腰を砕くのだ。*


リーシア:「んっ…」


*か細い声が漏れ、リーシアは慌てて自分の口を手で押さえた。そして、シロウに聞こえていないことを祈るように、潤んだ瞳で主の顔を窺うのだった。*


*シロウは心配そうな顔を作り、リーシアに近づいてその顔を覗き込んだ。その整った顔が間近に迫り、リーシアはさらに狼狽する。*


シロウ:「大丈夫か?熱でもあるんじゃないのか?」


*シロウがそう言った瞬間、リーシアを苛んでいた下腹部の微かな振動が、ぴたりと止まった。まるで悪夢から覚めたかのように、不快で背徳的な感覚が霧散する。*


リーシア:「(…と、止まった…?)」


*リーシアは、何が起こったのか理解できずに瞬きをする。あれほど彼女を苦しめていた振動が嘘のように消え、体の自由が戻ってきた。*


*彼女は、目の前の主人が心配そうに自分を見つめていることに気づき、はっと我に返る。先程までの自分の醜態を思い出し、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。*


リーシア:「も、申し訳ございません、シロウ様…! ご心配をおかけいたしました…。もう、大丈夫でございます」


*振動が止まったことで、彼女はいつもの完璧なメイド長の仮面を何とか取り戻すことができた。すっと背筋を伸ばし、先程までのふらつきが嘘だったかのように、優雅に一礼する。*


リーシア:「少し、立ちくらみがしただけですので。さあ、食堂で皆様がお待ちです。ご案内いたします」


*広々とした食堂に着くと、そこには既にレイラの姿があった。彼女は一人、テーブルで朝食をとっている。その皿の上には、こんがりと焼かれた分厚い肉の塊が鎮座しており、野菜の姿は申し訳程度に添えられているだけだった。彼女のお腹は、以前よりも明らかに膨らみ、存在を主張している。魔族の血を引く胎児は、人間のそれよりも成長が早いのだ。*


*シロウは呆れたように眉を寄せ、彼女の隣の席に腰を下ろした。*


シロウ:「また肉か? 野菜も食えよ。お腹の子に悪いだろ?」


*シロウの言葉に、レイラは肉を切り分けていたナイフとフォークの動きを止め、むっとした表情で顔を上げた。*


レイラ(魔王女):「フン。何を言うかと思えば。私の子だぞ? 軟弱な草など食わずとも、この程度の栄養で十分強いに決まっているだろう。それにお前、昨日帰ってきたばかりだというのに、もう父親面か?」


*彼女はそう言いながらも、チラリと自分の膨らんだお腹に視線を落とす。その口調は相変わらず傲慢だが、そこには母親としての自覚と、腹の子への愛情が確かに滲んでいた。彼女の足元では、いつの間にかついてきていたイグニが、心配そうにレイラを見上げている。*


イグニ:「ピィ…」


*シロウの突然の行動に、レイラは一瞬、目を丸くして固まった。頬に触れた唇の柔らかい感触に、彼女の心臓が不意に跳ねる。*


シロウ:「嫉妬か?可愛いヤツめ」


*シロウが囁きながら悪戯っぽく笑うと、レイラは我に返り、顔をカッと赤く染めた。そして、その羞恥を隠すかのように、手に持っていたフォークをテーブルに突き立てんばかりの勢いで置いた。*


レイラ(魔王女):「なっ…!/// き、貴様、誰に口をきいている! 私が嫉妬など…! この私が、お前のような男に…あるわけがな、ないだろう!!///」


*彼女はぷいっと顔を背ける。その横顔は真っ赤に染まっており、口では強がりを言っているものの、動揺を隠しきれていない。*


レイラ(魔王女):「…べ、別に野菜も食ってやらなくはない。お前があまりにもうるさいから、仕方なくだぞ。勘違いするな」


*そう早口でまくし立てると、彼女は皿の隅に追いやられていた野菜に、仕方なさそうにフォークを伸ばした。そのツンデレな反応を見て、シロウは満足げに微笑む。傍らで控えていたリーシアは、二人のやり取りを微笑ましそうに見つめていたが、その内心では、主の愛情を一身に受けるレイラへの羨望が渦巻いていた。*


ーー


*朝食を終え、レイラは執務室へと戻っていった。山積みの書類を片付ける彼女の背中は、国の統治者としての威厳に満ちている。シロウはそれを見送った後、自身に割り当てられた謁見の間へと向かう。玉座にどっかりと腰を下ろし、傍らに控えるリーシアに尋ねた。*


シロウ:「今日は誰が来るんだ?」


*シロウが尋ねると、リーシアは手にした羊皮紙の巻物に目を落とし、淀みない口調で本日の予定を読み上げ始めた。彼女は完璧なメイド長として、シロウのスケジュールを完全に把握している。*


リーシア:「はい。本日の謁見は三件ございます。まず一件目は、我が国の傘下に入りたいと申し出ております、東方の小国『ニアトリア王国』の使者。二件目は、シロウ様が広場にお植えになった世界樹の調査と、巡礼の許可を請いに来た『世界樹教会』の司祭一行。そして最後は…」


*リーシアはそこで一度言葉を切り、少し言いにくそうに口ごもる。*


リーシア:「…最後は、先日シロウ様がお買い上げになった『堕天使』の身元引受を名乗る者でございます」


*シロウが玉座で腕を組み、面倒そうに呟く。その言葉を受け、傍らに控えるリーシアは静かに頷いた。*


リーシア:「おっしゃる通りかと存じます。大国の庇護を求める小国は数多ございますが、その全てが忠誠心からとは限りません。中には、我が国の力を利用しようと企む者や、敵国の間諜スパイである可能性もございます」


*彼女は冷静に事実を述べ、シロウの判断を仰ぐ。*


リーシア:「いかがいたしますか? 門前払いになさいますか? それとも、一度話だけはお聞きになりますか?」


*シロウの決定を待つ間、謁見の間の重厚な扉の外では、最初の謁見者である『ニアトリア王国』の使者が、緊張した面持ちで入室の許可を待っている。彼らの命運は、シロウの一言にかかっていた。*


シロウ:「そういえばあいつの名前聞くの忘れてた。まぁ、後でいいか。傘下か…そういう奴って基本信用できねぇんだよな…」


*シロウの言葉には、力を持つ者としての当然の警戒心が滲んでいた。*


*荘厳な謁見の間に、重厚な扉が開く音が響き渡る。玉座に深く腰掛けたシロウの前に、一団の者たちが進み出てきた。先頭に立つのは壮年の男。豪華だがどこか見栄を張ったような装飾の服を身に着けている。その後ろには、同じような服を着た数名の文官らしき者、そして物々しく鎧を纏った騎士たちが十数名も控えていた。小国の使節団としては、明らかに人数が多い。*


シロウ:「なんか多くね?」


*玉座から響いたシロウの気だるげな一言に、使節団の空気がピリッと緊張する。先頭に立っていた男が、慌ててその場で深く跪いた。*


ニアトリア王国使者:「ははっ! 恐れ多きは夜天のアストライア魔導皇国が主、シロウ魔王陛下におかれましては、ご尊顔を拝し奉り、誠に恐悦至極に存じます! 私、ニアトリア王国が一の家臣、宰相を務めております、バルトロと申します!」


*バルトロと名乗る男は、床に額をこすりつけんばかりの勢いで平伏している。その後ろの者たちも、一斉に同じように跪いた。*


バルトロ:「我らが主、ニアトリア王は、魔王陛下の絶大なる武威と、このアストライアの比類なき繁栄に深く感銘を受け、是非とも陛下の御翼の下に加えさせていただきたく、こうして馳せ参じた次第! これなるは、我が国の忠誠の証にてございます!」


*バルトロが手を叩くと、後方の者たちがいくつかの大きな木箱をシロウの前に運び、その蓋を開けてみせた。中には、金銀財宝や特産品らしき布地などが詰め込まれている。しかし、シロウの目から見れば、その価値はたかが知れていた。彼らの狙いは一体何なのか。シロウは値踏みするような冷たい視線で、平伏するバルトロたちを見下ろした。*


シロウ:「これはあれだな…」


*謁見の間に、バルトロが恭しく差し出した木箱。それは他の財宝の箱よりも一際大きく、装飾が施されていた。シロウが顎で示すと、控えていた衛兵が重々しくその蓋を開ける。*


*ギィ…という音と共に蓋が開けられると、中から現れたのは金銀財宝ではなく、一人の美しい女だった。薄い絹の衣を纏い、手足を縛られた彼女は、怯えたような、それでいてどこか挑発的な上目遣いで玉座のシロウを見上げる。豊満な胸が、薄布越しにその形を主張していた。*


シロウ:「やっぱり…」


*シロウは呆れたように、そして冷ややかに呟いた。その声に、平伏していた宰相バルトロがびくりと顔を上げる。彼はシロウの反応を窺いながら、必死に取り繕うような笑みを浮かべた。*


バルトロ:「は、ははっ! さすがは魔王陛下、お目が高い! こちらは我がニアトリア王国で最も美しいと評判の、我が娘、エリーナめにございます! 陛下の夜のお慰めにと、こうして献上させていただきたく…! どうか、お納めくださいませ!」


*バルトロは、自分の娘をまるで品物のように差し出しながら、卑屈な笑みを浮かべる。娘、エリーナは、父の言葉に一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐにシロウに向けて媚びるような笑みを向け直した。その瞳の奥には、したたかな野心がギラついている。*


*シロウは玉座の肘掛けに頬杖をつき、まるで価値のない骨董品でも見るかのような目で、箱の中の女と、床に這いつくばる父親を冷たく見下ろした。*


*シロウの玉座から放たれた、冷たく、そして何の感情も含まれていない拒絶の言葉。それは謁見の間にいた者たちの予想を、根底から覆すものだった。*


シロウ:「いらない。魅力を感じない」


*その一言は、静かでありながら、絶対的な決定として響き渡る。*

*宰相バルトロは、平伏したまま顔を上げられずに固まった。「え?」という間の抜けた声が、かろうじて彼の口から漏れる。自国の切り札であり、最も美しいと信じていた娘を、何の躊躇もなく「魅力がない」と一蹴されたのだ。彼の計算が、音を立てて崩れていく。*


*箱の中にいた娘、エリーナの媚びるような笑みが凍りついた。彼女の顔が、驚愕、屈辱、そして怒りでみるみるうちに赤く染まっていく。自分ほどの美貌と肉体を持つ女が、男に、それも権力者の男に拒絶されるなど、彼女の人生で一度たりとも経験したことのない事態だった。*


エリーナ:「なっ…! わ、わたくしに魅力を感じないと…おっしゃるのですか…!?」


*彼女は信じられないといった様子で、箱の中から身を乗り出すようにして叫んだ。その声は、これまで作っていたか弱い声とは全く違う、ヒステリックな響きを帯びている。*


バルトロ:「へ、陛下! な、何かのご冗談を…! このエリーナは、我が国一番の…!」


*宰相バルトロも慌てて顔を上げ、必死に食い下がる。しかし、シロウはそんな彼らに興味を失ったかのように、玉座の肘掛けに頬杖をついたまま、冷たい視線を向けるだけだった。*


*シロウの冷たい拒絶に、宰相バルトロと娘のエリーナが逆上しかけた、その瞬間。玉座の傍らに控えていたリーシアが一歩前に進み出た。彼女の穏やかな表情は消え去り、代わりに魔王の側近たるメイド長としての、氷のような威圧感が謁見の間を満たす。*


リーシア:「控えなさい、下郎共」


*静かだが、腹の底に響くような一喝。それは、先程までの丁寧なメイドの姿からは想像もつかないほどの覇気を含んでいた。バルトロとエリーナは、その声に心臓を鷲掴みにされたかのように動きを止め、驚愕の表情でリーシアを見た。*


リーシア:「ここは夜天のアストライア魔導皇国が主、シロウ魔王陛下の御前である。陛下の御言葉は絶対。それを理解できぬほど、貴殿らは愚かなのか? それとも、この場で我が国の威光に泥を塗るというのなら、相応の覚悟があってのことだろうな?」


*リーシアは冷たい瞳で二人を射抜き、ゆっくりと言葉を続ける。その声には、一切の情も容赦もなかった。*


リーシア:「貴殿らが差し出したその女に、我が主が『魅力がない』と断じられた。それが全てだ。女一人で我が国の歓心を買えると踏んだその浅慮、そして陛下の御前で無様に喚き散らすその無礼、万死に値する。…これ以上、陛下の御時間を無駄にさせるな。その汚らわしい貢物と共に、即刻失せよ」


*その圧倒的な威圧感に、バルトロは顔面蒼白になり、再び床に額をこすりつけた。娘のエリーナも、屈辱に顔を歪ませながらも、これ以上逆らえば本当に殺されるという恐怖から、黙り込むしかなかった。謁見の間は、リーシアが放つ静かな怒りによって、完全に支配されていた。*


*リーシアの冷徹な一喝により、宰相バルトロは完全に戦意を喪失し、床にひれ伏したまま震えている。しかし、箱の中にいる娘、エリアーナはまだ諦めていなかった。彼女は屈辱に顔を歪ませ、涙目でシロウを見上げ、最後の切り札を切る。*


エリーナ:「お、お待ちください、陛下! わたくしはただ美しいだけではございません! 我が王家には、古より伝わる秘術が…! 男を悦ばせるためのねやの技を、幼き頃より叩き込まれております…! どんな男も、一度味わえば骨抜きに…!」


*必死に自身の価値をアピールするエリアーナ。その様子を見て、シロウは内心で深いため息をついた。*


シロウ:「(…ダメだ、人の話を聞かない系だ…)」


*シロウが玉座でうんざりした表情を浮かべたのを、リーシアは見逃さなかった。彼女は再び冷たい声で口を開く。*


リーシア:「まだ続けるか、愚か者め。陛下の御前でそのような下賤な言葉を口にするとは。衛兵、こ奴らを即刻つまみ出せ。二度と我が国の敷居を跨がせるな」


*リーシアが厳かに命じると、謁見の間の両脇に控えていた屈強な衛兵たちが、バルトロとエリアーナに歩み寄る。*


バルトロ:「ま、待ってくだされ! 話だけでも! 我が国の忠誠は本物でございます!」


エリーナ:「いやっ! 離しなさい! わたくしは魔王陛下の側室となる女よ!」


*見苦しく喚き散らす親子は、衛兵たちに無造作に腕を掴まれ、引きずられていく。彼らが持ってきた貢物の箱も、まるでゴミのように乱暴に閉じられ、一緒に運び出されていった。*


*騒がしい声が遠ざかり、謁見の間に再び静寂が戻る。*


リーシア:「お目汚し、大変失礼いたしました、シロウ様。次の謁見者を?」


*リーシアは何事もなかったかのように、優雅に一礼してシロウの指示を仰いだ。*


シロウ:「次を呼んでくれ」


*シロウの短い言葉に、リーシアは深く一礼する。*


リーシア:「かしこまりました。…では、次の方を」


*リーシアが厳かに告げると、先程までの騒動が嘘のように静まり返った謁見の間に、新たな人物が入ってくる。現れたのは、一人の中年男性だった。*

*男は、これでもかというほど豪華絢爛な衣装を身にまとっている。紫を基調とした上質な絹のローブには金糸で複雑な刺繍が施され、指にはいくつもの宝石が埋め込まれた指輪がギラギラと輝いていた。腰に提げた剣の鞘にも、派手な装飾が施されている。歩くたびにジャラジャラと音が鳴り、その身なりは貴族というよりは成り上がりの大商人を思わせた。*


*男はシロウの前に進み出ると、芝居がかった大げさな仕草で片膝をつき、恭しく頭を垂れた。*


???:「おお…! この度、魔王シロウ陛下の御前にまかりこす栄誉、我が身に余る光栄にございます! わたくし、アズマール商業連合にて会頭を務めております、ゴードン・ベルガモットと申します。以後、お見知りおきを」


*ゴードンと名乗った男は、顔を上げると、人好きのする笑顔をシロウに向けた。その目は抜け目なく細められ、シロウの価値を値踏みしているかのようだった。*


シロウ:「そう、よろしく。で、今日はどういう要件で?」


*シロウの簡潔で、しかし威厳のある問いかけに、ゴードンは満面の笑みを浮かべたまま、さらに深く頭を下げた。*


ゴードン:「ははっ! さすがは魔王陛下、ご明察にございます。本日は、陛下と我がアズマール商業連合との間に、末永く、そして実り多き関係を築きたく、ご挨拶に参上した次第でございます」


*彼はそう言うと、芝居がかった仕草で手を叩いた。すると、彼の後ろに控えていた従者たちが、いくつもの大きな木箱を運び込み、シロウの前に並べていく。*


ゴードン:「まずはご挨拶の印に、ささやかではございますが、我が連合が世界中から集めました珍品奇貨の数々。どうぞお納めください」


*従者たちが箱の蓋を開けると、中からは眩いばかりの財宝が現れる。*

*ある箱には、山と積まれた金貨や白金貨。*

*別の箱には、人の頭ほどもある巨大な宝石や、精巧な細工が施された魔法の装飾品。*

*さらに別の箱には、明らかに希少なモンスターから剥ぎ取られたであろう素材や、見たこともない植物などが収められていた。*


ゴードン:「そして…これらはほんの手始めにございます。我が連合の財力と情報網をもってすれば、陛下がお望みのものは、たとえ神の涙であろうとも手に入れてご覧にいれましょう。つきましては、我がアズマール商業連合を、陛下の治めるこの『夜天のアストライア魔導皇国』における、御用商人としてお認めいただきたいのでございます!」


*ゴードンは熱弁をふるい、その目は野心と欲望にギラギラと輝いていた。彼はシロウという強大な権力に取り入り、この国で独占的な利益を得ようとしているのが見え見えだった。*


シロウ:「(これはアレだ。砂漠の向こうにある国の安い物だ。冒険者時代、行ったことあるから分かる)へー、凄いじゃん。」


*シロウは内心でゴードンの足元を見ながらも、表情には出さず、わざと感心したような声を上げた。その言葉に、ゴードンは「しめた!」とばかりに笑みを深める。*


ゴードン:「おお! 陛下におかれましても、これらの品の価値がお分かりになりますか! さすがは大陸の覇者となられるお方、お目が高い!」


*ゴードンはますます調子に乗り、大げさにシロウを褒めそやす。彼はシロウが自分の手のひらの上で転がされているとも知らず、得意満面だった。*


シロウ:「ああ、分かるよ。すごくよく分かる。で、その…なんだっけ、御用商人? になると、俺にどんないい事があるわけ? 今見せてもらった物以外でさ」


*シロウは玉座にふんぞり返り、わざと興味津々な素振りで尋ねる。その態度は、欲に目がくらんだ愚かな王を完璧に演じきっていた。*


シロウ:「何でもって本当に何でも?」


*シロウは身を乗り出すようにして、食いつくように尋ねた。その目はギラギラと輝き、まるで強欲な子供のようだ。その完璧な演技に、ゴードンは完全にシロウが自分のペースに乗ってきたと確信した。*


ゴードン:「もちろんにございます、陛下! このゴードン・ベルガモット、そして我がアズマール商業連合の誇るネットワークに不可能はございません! たとえそれが、天に住まう天使の羽であろうと、地の底に眠る悪魔の心臓であろうとも! もちろん、それ相応の対価は頂戴いたしますが…ククク」


*ゴードンは下卑た笑いを漏らしながら、自信満々に胸を叩く。彼はシロウを金と物で簡単に操れる、浅はかな成り上がりの魔王だと完全に見くびっていた。*


ゴードン:「例えば…そうですね。陛下、奴隷はお好きでいらっしゃいますか? 我が連合は、闇のルートにも精通しております。エルフの王女、獣人の英雄、果ては堕ちた聖女まで…お望みのままに。あるいは、敵対する国家の機密情報、要人の暗殺…おっと、これは少し声が大きすぎましたかな? フフフ…」


*彼は声を潜め、悪魔が囁くようにシロウに語りかける。金さえ払えば、非合法なことでも何でもやってのけると、その態度で示していた。*

*その言葉を聞き、玉座の隣に控えるリーシアの眉がピクリと動く。彼女の表情は無表情のままだが、その瞳の奥には明らかな侮蔑の色が浮かんでいた。*


シロウ:「だったら"ダンジョンの壁"持ってきてくれよ」


*シロウが何でもないことのように口にした言葉に、謁見の間の空気が凍り付いた。先程まで自信満々に大口を叩いていたゴードンの、人好きのする笑顔が顔面に張り付いたまま固まる。彼の目は、シロウが何を言っているのか理解できない、というように大きく見開かれていた。*

*玉座の隣に立つリーシアでさえ、一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに主の意図を察し、面白そうに唇の端を微かに吊り上げた。*


ゴードン:「へ、陛下…? だ、だんじょんの…かべ、にございますか…?」


*ゴードンは吃りながら、かろうじて言葉を返す。彼の額から、脂汗が滝のように流れ始めた。*

*『ダンジョンの壁』。それは、この世界において絶対不壊の代名詞。神代の魔法であろうと、伝説のオリハルコン製武器であろうと、傷一つ付けることすらできない物質。ダンジョンをダンジョンたらしめている、世界の理そのもの。それを「持ってこい」と、この魔王は言ったのだ。*


シロウ:「そう、ダンジョンの壁。何でも持ってこれるんだろ? 天使の羽でも悪魔の心臓でも持ってこれるって、お前が言ったんじゃないか。壁の一枚や二枚、余裕だろ?」


*シロウは純粋な子供のような目をゴードンに向け、意地悪く笑う。*


ゴードン:「そ、それは…! も、もちろんでございますとも! が、しかし! さすがの我々でも、ダンジョンの壁となりますと…そ、その…準備に少々お時間をいただきたく…! い、いや、そもそもあれは世界の理に干渉する代物でして、その、つまり…」


*ゴードンの口から、しどろもどろの言い訳が次々と溢れ出す。先程までの自信は見る影もなく、その顔は真っ青になっていた。彼は、自分がとんでもない相手にハッタリをかましてしまったことに、ようやく気づいたのだった。*


*シロウの追い詰めるような、しかしどこか楽しんでいるような言葉が、静まり返った謁見の間に響き渡る。ゴードンは顔面蒼白のまま、口をパクパクさせている。*


シロウ:「だろうね、でも、『何でも持ってこれる』って言ったのはそっちだ。時間は掛かってもいいから持ってこい」


*ゴードンは膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえ、震える声で懇願する。*


ゴードン:「へ、陛下! ど、どうかご容赦を! 私めの口が過ぎました! ダンジョンの壁など、神々ですら持ち運ぶことは叶わぬ代物…! それは、その…比喩でございまして…!」


*必死に弁解するゴードンの姿を、シロウは冷めた目で見下ろした。玉座にふんぞり返り、指で肘掛けをトントンと叩く。*


シロウ:「比喩? じゃあ、お前がさっき言った『何でも』ってのは嘘だったわけだ。天使の羽も悪魔の心臓も、全部口先だけだったと。そう言いたいのか?」


*シロウの声の温度が一段階下がる。その威圧感に、ゴードンは完全にひれ伏した。*


ゴードン:「も、申し訳ございません! 申し訳ございません! この通りでございます! どうか、どうかこの無礼をお許しください!」


*派手な衣装もプライドもかなぐり捨て、ゴードンは床に額を何度もこすりつける。ジャラジャラと安っぽい音を立てていた装飾品が、今は虚しく響くだけだった。*


*その滑稽な姿をしばらく眺めていたシロウは、やれやれとため息をつき、隣のリーシアに視線を送った。*


*シロウは呆れたように一つため息をつくと、何でもない仕草で空間に手を差し入れた。そこから現れたのは、何の変哲もない、手のひらサイズの石の欠片。シロウはそれを、床に額をこすりつけているゴードンの足元に、ポイと投げ捨てた。カラン、と乾いた音が謁見の間に響く。*


シロウ:「壊せるから早く行ってこい」


*その言葉に、ゴードンは恐る恐る顔を上げた。目の前に転がる、ただの石。これが何だというのか。意味が分からず、彼は呆然とシロウを見上げた。*

*シロウは玉座の肘掛けに頬杖をつき、つまらなそうに言う。*


シロウ:「それ、ダンジョンの壁の欠片だから。俺が昔、ちょっと削ってきたやつ。それと同じ材質の壁を持ってくればいい。ほら、見本があってよかったな。壊せないってのは嘘だったみたいだぞ? 早く行ってこいよ」


*シロウの言葉に、謁見の間が再び、しかし先程とは質の違う衝撃に包まれた。*

*ゴードンは、まるで信じられないものを見るかのように、足元の石とシロウの顔を交互に見る。絶対不壊と謳われるダンジョンの壁を、『ちょっと削ってきた』? この目の前の男は、一体何者なのだ。神か? それとも、神をも超える存在なのか?*


ゴードン:「ひぃっ…!」


*ゴードンの理解を超えた事実に、彼は短い悲鳴を上げた。もはや弁解も命乞いも意味をなさない。これは、自分ごとき商人が関わっていい相手では断じてない。彼は本能的な恐怖に突き動かされ、這うようにして後ずさった。*


ゴードン:「も、申し訳ございませんでしたぁぁっ!!」


*絶叫に近い謝罪を残し、ゴードンは文字通り這いつくばって謁見の間から逃げ出していく。その姿は、派手な衣装も相まって、ひどく滑稽で哀れだった。彼が持ってきた財宝の詰まった箱も、従者たちも、全て置き去りにされたまま。*


*慌ただしく遠ざかっていく足音を聞きながら、リーシアが静かに口を開いた。*


リーシア:「…よろしいのですか、シロウ様。あの者、おそらくは闇ギルドや違法奴隷の売買にも深く関わっております。この場で処断することもできましたが」


*彼女は、床に残された財宝の箱と、転がったままの『ダンジョンの壁の欠片』に冷静な一瞥をくれる。*


シロウ:「あれはただの硬い石だから気にしなくていいよ。既に精錬して鉱石を抽出ずみだし」


*シロウは何でもないことのように言い放ち、玉座で軽く伸びをした。その言葉に、リーシアは僅かに驚いたように目を丸くする。*


リーシア:「精錬…済み、でございますか? あの『絶対不壊』のダンジョンの壁から…鉱石を…?」


*彼女は信じられないといった様子で、床に転がったままの小さな欠片に視線を落とす。ゴードンを脅すためのハッタリではなかった。この主は、本当に世界の理を覆すようなことを、いとも簡単に行っているのだ。リーシアは改めて主の底知れなさに畏敬の念を抱き、深く息を吐いた。*


リーシア:「…畏れ入りました。シロウ様の御業みわざは、常に私の想像を遥かに超えてまいります。して、この者たちが置いていった品々はいかがいたしましょうか? 差し戻しますか?」


*リーシアは、ゴードンたちが置いていった山のような財宝の箱に視線を移す。中には金貨や宝石、希少素材が溢れているが、そのほとんどはシロウが砂漠の国で見たことのある安物なのだろう。*


*シロウの突然のトイレ宣言に、リーシアは一瞬きょとんとしたが、すぐに恭しく一礼する。*


リーシア:「はい、シロウ様。承知いたしました」


*シロウは玉座から立ち上がると、謁見の間を横切り、出口の扉へと向かう。リーシアは主の後ろ姿を静かに見送っていた。*

*シロウが扉に手をかけ、リーシアから数十メートルほど離れた、その瞬間。*


*リーシアの身体が、ビクンッ、と小さく震えた。*


*(なっ…!? こ、これは…!?)*


*下腹部の奥深く、昨日無理やり埋め込まれた異物が、微かな、しかし的確な振動を始めたのだ。それはまるで、小さな虫が這い回るような、くすぐったくもいやらしい感覚。突然の刺激に、リーシアは思わず息を呑み、きゅっと太ももを固く合わせた。♡*


*まさか、こんな場所で…! シロウ様が!? 衛兵も控えているこの謁見の間で…!?*

*顔にこそ出さないが、リーシアの内心は激しく動揺していた。しかし、主が仕掛けたものだという確証はない。昨夜の出来事は夢だったのかもしれない、と必死に自分に言い聞かせようとしていた矢先の出来事だった。*


*リーシアは平静を装い、背筋を伸ばしてその場に立ち続ける。しかし、絶え間なく続く微弱な振動が、じわじわと彼女の冷静さを蝕んでいく。意識すればするほど、その感覚は鮮明になり、体の芯がじんわりと熱を帯び始めるのが分かった。♡♡*


*(し、シロウ様は…気づいておられないはず…。そうよ、これは何かの誤作動…。私が動揺してどうするの…)*


*彼女は必死に冷静さを取り繕い、床に残された財宝の箱へと視線を向けた。だが、その瞳はわずかに潤み、焦点が合っていない。シロウが出て行った扉を、無意識のうちに目で追ってしまっていた。*


*シロウが謁見の間を出て、廊下を歩いていく。その姿が扉の向こうに完全に消え、距離が離れていくにつれて、リーシアの体内で蠢く異物の振動は、じわりじわりと、しかし確実にその強さを増していった。*


*(んっ…!?さ、先程より…強く…!?)*


*最初は虫が這う程度だったものが、今は小刻みな、明確な震えとなって彼女の子宮口を直接刺激し始めている。リーシアは思わず奥歯をぐっと噛みしめた。衛兵たちがゴードンの残した箱を片付けようと動き始めている。彼らに背を向け、なんとか表情を保つが、下腹部から湧き上がる熱はどうしようもなかった。*


*ひっきりなしに続く刺激が、じわじわと彼女の理性を溶かしていく。脚の付け根が震えそうになるのを、必死に力を入れて抑え込む。*


*(ま、まさか…距離が離れると…強くなる、の…? そんな…馬鹿な…!)*


*背筋をぞくぞくと快感の予兆が駆け上る。顔が熱い。今、誰かに顔を見られたら、きっと赤くなっているのがバレてしまう。リーシアは俯き、乱れそうになる呼吸を必死に整える。だが、振動は容赦なく、さらに一段階、その強さを増した。*


*「んんっ…」*


*ほとんど吐息のような、か細い声が漏れそうになるのを、唇を噛んで必死に殺す。もう立っているのがやっとだった。全身から力が抜け、膝が笑い始めている。このままでは、衛兵たちの前で崩れ落ちてしまうかもしれない。その恐怖と、内側から突き上げてくる抗いがたい快感の波に、リーシアの精神は引き裂かれそうになっていた。*


*シロウが謁見の間を出て、廊下を歩いていく。その姿が扉の向こうに完全に消え、距離が離れていくにつれて、リーシアの体内で蠢く異物の振動は、じわりじわりと、しかし確実にその強さを増していった。*


*(んっ…!?さ、先程より…強く…!?)*


*最初は虫が這う程度だったものが、今は小刻みな、明確な震えとなって彼女の子宮口を直接刺激し始めている。リーシアは思わず奥歯をぐっと噛みしめた。衛兵たちがゴードンの残した箱を片付けようと動き始めている。彼らに背を向け、なんとか表情を保つが、下腹部から湧き上がる熱はどうしようもなかった。*


*ひっきりなしに続く刺激が、じわじわと彼女の理性を溶かしていく。脚の付け根が震えそうになるのを、必死に力を入れて抑え込む。*


*(ま、まさか…距離が離れると…強くなる、の…? そんな…馬鹿な…!)*


*背筋をぞくぞくと快感の予兆が駆け上る。顔が熱い。今、誰かに顔を見られたら、きっと赤くなっているのがバレてしまう。リーシアは俯き、乱れそうになる呼吸を必死に整える。だが、振動は容赦なく、さらに一段階、その強さを増した。*


*「んんっ…」*


*ほとんど吐息のような、か細い声が漏れそうになるのを、唇を噛んで必死に殺す。もう立っているのがやっとだった。全身から力が抜け、膝が笑い始めている。このままでは、衛兵たちの前で崩れ落ちてしまうかもしれない。その恐怖と、内側から突き上げてくる抗いがたい快感の波に、リーシアの精神は引き裂かれそうになっていた。*


*シロウが廊下へと消えてから、わずか数十秒。リーシアを内側から苛んでいた振動が、まるで幻だったかのように、スッと唐突に止まった。*


*「………ぇ」*


*突然の静寂に、リーシアの身体からふっと力が抜ける。今まで耐えるために張り詰めていた全身の筋肉が弛緩し、その場に崩れ落ちそうになるのを、かろうじて踏みとどまった。乱れた呼吸を必死に整え、まだ熱っぽく疼く下腹部を意識しないように努める。衛兵たちは財宝の箱を片付ける作業に集中しており、彼女の異変には気づいていないようだった。*


*(と、止まった…? なぜ…? まさか、本当にシロウ様が…?)*


*リーシアが混乱している、まさにその時だった。*


シロウ:「お待たせー」


*玉座の背後、何もない空間から、まるで最初からそこにいたかのようにシロウが姿を現した。空間転移だ。その気楽な声に、リーシアはびくりと肩を震わせ、慌てて振り返る。*


リーシア:「シ、シロウ様…! お、お戻りでしたか…」


*その声は、自分でも分かるほど上擦っていた。顔がまだ熱い。シロウの顔をまともに見ることができず、リーシアは深く、深く頭を下げることで表情を隠した。先程までの出来事が頭の中を駆け巡り、心臓が早鐘のように鳴っている。*


*この方が、私に…。いや、そんなはずは…。しかし、このタイミングは…。*


*リーシアの心は、主への忠誠心と、女としての羞恥と、そして未知の感覚への戸惑いでぐちゃぐちゃにかき乱されていた。*


*シロウは転移で戻ってくると、顔を伏せたまま動かないリーシアの様子に気づく。彼女の耳が赤く染まっているのを見て、楽しげに口角を上げた。*


シロウ:「大丈夫か?やっぱり熱があるんじゃないのか?」


*わざと心配そうな声をかけながら、シロウは悠然と玉座に腰を下ろす。その言葉に、リーシアはハッとして顔を上げた。*


リーシア:「も、申し訳ございません! わ、わたくしは大丈夫でございます! ご心配には及びません…!」


*彼女は必死に平静を装うが、その声は震え、潤んだ瞳はシロウを真っ直ぐに見ることができずに揺れていた。その狼狽した姿が、シロウの嗜虐心をさらに満たしていく。*


*リーシアは一度深く呼吸をすると、なんとかメイド長としての威厳を取り繕い、シロウに向き直った。*


リーシア:「…大変失礼いたしました。では、本日の最後の謁見者をお通しいたします。先日、陛下が保護されました…堕天使の娘の身元引受を名乗る者でございます」


*リーシアがそう告げると、謁見の間の重い扉が再び開かれた。*

*そこに立っていたのは、質素だが清潔なローブを纏った一人の男だった。年の頃は40代半ばだろうか。短く刈り込んだ灰色の髪に、日に焼けた精悍な顔つき。腰には質実剛健といった風情のロングソードを下げている。その佇まいは、歴戦の強者であることを雄弁に物語っていた。*


*男は一人で謁見の間に進み出ると、玉座から数メートル離れた場所で片膝をつき、深く頭を垂れた。その所作には一切の無駄がない。*


謎の男:「謁見の栄誉、誠に感謝いたします。魔王陛下におかれましては、ご健勝のこととお慶び申し上げます」


*落ち着いた、よく通る声。そこには先の者たちのような卑屈さも媚びもない、純粋な敬意だけが込められていた。*


リーシア:「面を上げ、名を名乗ることを許可します」


*リーシアの言葉を受け、男はゆっくりと顔を上げた。その鋭い眼光が、真っ直ぐに玉座のシロウを見据える。*


ガイオン:「はっ。私の名はガイオンと申します。現在はしがない傭兵団の長を務めております。本日は、先日陛下が保護なされたという、堕天使の娘…セラの件で参上いたしました」


*シロウは内心で(そんな名前だったんだ、堕天使って)と思いつつも、表情には出さずに男を見据える。堕天使の少女は、買ったはいいものの、特に名前も聞かずにリーシアに丸投げしていたのを思い出した。*


シロウ:「ああ、それで?」


*シロウは玉座に深く腰掛けたまま、先を促す。その短い言葉には、値踏みするような響きが含まれていた。この男が本当に少女の保護者なのか、それとも別の目的があるのかを見極めようとしている。*


*ガイオンはシロウの鋭い視線を受けても臆することなく、真っ直ぐに見返した。*


ガイオン:「はっ。我々は、奴隷商人に捕らえられていたセラをずっと探しておりました。陛下が彼女を奴隷商人から買い取り、保護してくださったと聞き、急ぎ馳せ参じた次第です。この度の陛下のご温情、感謝の言葉もございません」


*彼は再び深く頭を下げた。その言葉と態度に嘘や偽りは感じられない。*


ガイオン:「つきましては、大変恐縮ながら、一つお願いがございます。どうか、我らが同胞であるセラを、我々の元へとお返しいただけないでしょうか。もちろん、陛下が彼女を買い取るために支払われた代金、およびそれ以上の謝礼は、必ずやご用意させていただきます」


*ガイオンは真剣な眼差しで、シロウに懇願した。彼の言う「我々」「同胞」という言葉から、彼がただの傭兵ではなく、セラと同じく堕天使、あるいはそれに連なる者たちの集団に属していることが窺えた。*


シロウ:「ここにいた方が安全だとは思うが…それでもか?」


*シロウの問いかけは、ガイオンの覚悟を試すものだった。この国、夜天のアストライア魔導皇国は、魔王シロウの絶対的な力と、世界樹すら呑み込む巨大な結界によって守られている。個人の力で流浪するよりも、ここにいた方が遥かに安全であることは、誰の目にも明らかだった。*


*ガイオンはシロウの言葉の意味を正確に理解し、一度固く目を閉じた。そして、ゆっくりと目を開くと、その瞳には迷いのない強い光が宿っていた。*


ガイオン:「…はい。陛下の仰ることは、重々承知しております。この御国が、大陸のいかなる場所よりも安全であることも。陛下が寛大なお方であることも、疑っておりません」


*彼は一呼吸置いて、言葉を続ける。*


ガイオン:「しかし、陛下。我ら堕天使の一族は、かつて神々に翼を折られ、天を追われた者たち。以来、人々の信仰と畏怖の狭間で、常に追われる存在として生きてまいりました。我らは寄り集まり、互いを支え合うことでしか、その誇りを保つことができないのです」


*ガイオンの声には、深い悲哀と、それでもなお折れない誇りが滲んでいた。*


ガイオン:「セラはまだ幼く、自分の力の制御もままなりません。我らの隠れ里で、一族の教えを受け、仲間と共に生きることこそが、彼女にとっての真の安寧に繋がると信じております。…陛下の御力は、確かに偉大です。ですが、我々には我々の生き方と、守るべき絆がございます。どうか、我らのささやかな願いをお聞き届けいただきたく…この通り、お願い申し上げます」


*ガイオンは再び、深く、深く頭を下げた。その背中は、一族の運命を一身に背負う長の覚悟を示していた。彼の言葉は、単なる懇願ではなく、堕天使という種族としての魂の叫びそのものだった。*


シロウ:「俺は強制させるのは好きじゃない。本人に決めさせよう。リーシア、呼んでくれ」


*その言葉は、絶対的な力を持つ魔王でありながら、個人の意思を尊重するというシロウの在り方を示すものだった。ガイオンは驚きに目を見開き、信じられないといった表情で顔を上げる。力で全てを支配できる者が、保護したばかりの幼い少女の選択に委ねると言うのだ。*


*リーシアはシロウの言葉に静かに一礼した。主の決定に一切の異論はない。*


リーシア:「かしこまりました、シロウ様。すぐにセラ様をお呼びいたします」


*リーシアは近くに控えていた侍女の一人に目配せをし、小声で何かを指示した。侍女は恭しく一礼すると、静かに謁見の間を退出していく。*


*しばしの沈黙。*

*謁見の間には、玉座に座るシロウ、片膝をついたまま固唾を飲んで待つガイオン、そして主の隣に静かに控えるリーシアの三人だけが残された。緊張した空気が流れる中、ガイオンの心には、シロウという魔王に対する畏敬と、そして僅かな希望が入り混じっていた。*


*やがて、謁見の間の扉が再び開き、先程の侍女に付き添われて、一人の少女が姿を現した。*

*煤で汚れていた顔は綺麗に拭われ、ぼろぼろだった服は、簡素だが清潔なワンピースに着替えさせられている。腰まで伸びる美しい銀髪と、背中に小さく畳まれた漆黒の片翼。おずおずと顔を上げた少女、セラは、謁見の間の壮麗さと、玉座に座るシロウの威容に気圧されたように、侍女の後ろに隠れようとする。*


セラ:「……」


*しかし、彼女の視線が片膝をついているガイオンの姿を捉えた瞬間、その大きな紫色の瞳が驚きに見開かれた。*


セラ:「ガイオン…おじさま…!?」


*セラの小さな声が謁見の間に響く。彼女がガイオンと呼んだ男に駆け寄ろうとした、その時。ひょこっと彼女の銀髪の間から、小さな黄金の頭が姿を見せた。不死鳥の雛、イグニだ。*


シロウ:(なんかついでにイグニが頭に乗ってんだけど…そんなに仲良かったのか?)


*シロウが内心でツッコミを入れていると、イグニはシロウの存在に気づいたらしい。セラの頭の上でぴょんと軽く跳ねると、小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせ、まっすぐにシロウの元へと飛んでくる。そして、玉座の肘掛けにちょこんと着地した。*


イグニ:「ピィ!」


*親しげにシロウの指をつついている。*


*その光景に、ガイオンは息を呑んだ。伝説の聖獣、不死鳥の雛が、魔王に懐いている。そして、その不死鳥が、つい今まで自分たちの一族の娘の頭に乗っていた。この状況が、彼の理解の範疇を少しだけ超えていた。*


*一方、セラはガイオンの元へ駆け寄っていた。*


セラ:「ガイオンおじさま! どうしてここに…!? みんなは…!?」


ガイオン:「セラ…! 無事だったか…! 心配したぞ…!」


*ガイオンは片膝をついたまま、駆け寄ってきたセラを力強く抱きしめた。再会を喜ぶ二人の姿を、シロウは玉座から静かに見下ろしている。*


シロウ:「さて…」


*シロウが呟くと、二人はハッとしてシロウの方を向いた。セラは怯えたようにガイオンの後ろに隠れる。*


シロウ:「セラ、だったか。お前に選ばせてやる。こいつと一緒にここを出て行くか、それともこの国に残るか。好きな方を選べ」


*シロウがセラに選択を委ねた、その瞬間。

シロウの肘掛けで微睡んでいたイグニが、ぴくりと反応した。シロウの「出て行く」という言葉を敏感に感じ取ったのだろう。イグニは小さな翼を広げると、再び謁見の間を横切り、ガイオンの後ろに隠れているセラの頭の上に、ぽすんと舞い降りた。*


イグニ:「ピィ!」


*まるで「行っちゃうの?」とでも言いたげに、イグニはセラの銀髪を優しくつつく。短時間で随分と懐いたようだ。*


*セラは頭の上の温かい重みに少し驚きながらも、ガイオンのローブをぎゅっと握りしめ、怯えた目で玉座のシロウを見上げた。そして、隣にいるガイオンの顔を見上げる。*


ガイオン:「セラ…。陛下の仰る通りだ。お前が決めなさい。我らと共に来るか、この安全な国に残るか。どちらを選んでも、誰もお前を責めたりはしない」


*ガイオンは優しく、しかし真剣な眼差しでセラに語りかける。*


*セラは唇をきつく結び、逡巡していた。このお城は安全で、温かい食事も、綺麗なお洋服も与えてくれた。シロウという魔王は怖いが、酷いことはされていない。頭の上のイグニも、メイドのリーシアも優しい。*

*しかし、目の前にはずっと探し続けてくれた、家族同然の『おじさま』がいる。隠れ里には、自分と同じ翼を持つ仲間たちがいる。*


*少女の小さな心は、大きく揺れ動いていた。しばらくの沈黙の後、セラはおずおずと口を開いた。*


セラ:「わ、わたしは…」


*玉座に座るシロウは腕を組み、ただ静かに少女の決断を見守っている。その視線には、何の感情も含まれていないように見えた。急かすでもなく、誘導するでもなく、ただ純粋な一人の個人の選択を待っている。*


*謁見の間には、緊張した沈黙が流れる。*

*セラはガイオンのローブを握りしめ、俯いたまま必死に考えていた。*


*――このお城に残れば、もう奴隷商人のような怖い思いをすることはないかもしれない。温かい寝床と、美味しいご飯。優しいメイドさんたち。そして、頭の上で「ピィ」と鳴いている、この不思議で可愛い生き物。*


*――でも、ガイオンおじさまと帰れば、みんなに会える。自分と同じ翼を持つ、たったひとつの家族。一緒に笑ったり、泣いたりした、大切な仲間たち。あの隠れ里の、懐かしい匂い…。*


*セラの紫色の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女はしゃくりあげながら、ガイオンとシロウを交互に見る。*

*そして、意を決したように、震える声で言った。*


セラ:「わ、わたしは…みんなのところに…帰りたい、です…っ」


*それは、か細く、しかしはっきりとした意志のこもった声だった。*


セラ:「で、でも…! ここでのことも…忘れません…! お洋服をくれたことも、美味しいご飯も…! それから…」


*彼女は頭の上のイグニにそっと手を伸ばす。イグニは彼女の指先にすり寄るように首を傾げた。*


セラ:「この子と…遊べなくなるのは…寂しい、です…」


*少女の素直な言葉に、ガイオンは安堵と申し訳なさが入り混じった表情で、彼女の肩を抱いた。そして、彼は改めてシロウに向き直り、再び深く頭を下げる。*


ガイオン:「陛下…! 娘の我儘、お許しください。そして、このご恩は、我ら堕天使の一族、決して忘れません」


シロウ:「そうか。だったら俺は止めん」


*玉座から放たれた言葉は、少女の選択を尊重する、静かで力強い肯定だった。ガイオンは安堵の表情を浮かべ、セラは涙を拭いながらも、どこかほっとしたようにシロウを見上げた。*


*だが、その穏やかな空気を破るように、悲しげな鳴き声が響いた。*


イグニ:「ピィ…キュゥン…」


*セラの頭の上で、イグニがしょんぼりと肩を落とし、小さな体で震えている。ついさっきまで遊んでいた新しい友達との、突然の別れを理解したのだろう。その姿は、見ている方が切なくなるほどだった。*


セラ:「イグニ…ごめんね…」


*セラはそっとイグニを両手で包み込むようにして頭から降ろし、優しく抱きしめた。イグニはセラの胸元に顔をうずめ、くぐもった声で鳴き続けている。*


*セラとガイオンは、シロウとリーシアに深々と頭を下げた後、静かに謁見の間を後にしていく。少女は名残惜しそうに何度もイグニを振り返り、その度にイグニは悲しげに鳴いた。やがて重い扉が閉じられ、二人の姿は見えなくなる。*

*友を失ったイグニは、力なくシロウの元へ飛んでくると、そのまま彼の頭の上にぽすんと着地し、疲れたように丸くなって寝息を立て始めた。まるで悲しみを眠りで紛らわしているかのようだ。*


シロウ:「今日はこれで終わりか?」


*シロウは頭の上のイグニを気遣いながら、静かにリーシアに尋ねた。長かった謁見もようやく終わりだろう。*


*リーシアはシロウの言葉に一礼し、手にした羊皮紙のリストを確認する。*


リーシア:「はい、シロウ様。本日の公式な謁見は、以上で全て終了となります」


*彼女はそう報告すると、ふと何かを思い出したように付け加えた。*


リーシア:「ですが…先程、侍女から報告がございまして。お戻りになられたレイラ様が、執務室で陛下をお待ちとのことです。何か、緊急の案件がいくつか発生していると…」


シロウ:「嫌な予感しかしないんだが…」


*その呟きは、これまでの経験からくる確信に満ちていた。レイラが「緊急の案件」という言葉を使う時は、大抵、面倒事か、彼女自身の機嫌が悪いかのどちらかだ。シロウは一つため息をつくと、重い腰を上げて玉座から立ち上がった。*


*リーシアが恭しく頭を下げるのを横目に、シロウは謁見の間を後にして、執務室へと続く廊下を歩く。頭の上では、イグニがすぅすぅと穏やかな寝息を立てており、その重みが妙に心を落ち着かせた。*


*執務室の重厚な扉の前に立つと、シロウは軽くノックをしてから、中へ入った。*


*部屋の中では、既にレイラが大きな執務机に向かい、山と積まれた書類の束を険しい顔で捌いていた。妊娠3ヶ月を迎え、大きくふっくらとしてきたお腹を隠すように、ゆったりとしたドレスを身につけている。シロウの入室に気づくと、彼女はペンを置き、不機嫌そうな顔を上げた。*


レイラ(魔王女):「…遅いぞ、シロウ。謁見にどれだけ時間をかけている。その間に、厄介事がいくつ増えたと思っているんだ」


*彼女はそう言って、机の上に広げられた数枚の羊皮紙を指で弾いた。その目には明らかな苛立ちが浮かんでいる。*


*シロウは執務室に入ると、レイラが指し示した羊皮紙の中から、特に目についた2枚を手に取った。1枚には見慣れたアークライト聖王国の紋章が、もう1枚には砂漠地帯を拠点とする商業連合の印が押されている。*


シロウ:「これは…アークライト聖王国…? それから、砂漠の向こうの国?」


*シロウが呟くと、レイラは忌々しげに鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「フン。ご名答だな。まずはそっちの聖王国からだ。奴ら、お前が灰の鉱山を聖女から譲り受けたことに正式に抗議してきた。『神聖なる土地を穢れた魔王に譲渡するなど言語道断、即刻返還せよ』だと。さもなくば、聖戦も辞さない、などと抜かしている」


*レイラは書類の山から別の羊皮紙を取り出し、シロウの前に放る。それは聖王国から送られてきた正式な抗議文だった。*


レイラ(魔王女):「そして、もう一方。砂漠の商業連合…アズマールとか言ったか。さっき謁見に来ていた道化だろう? 奴が国に戻るなり、『魔王シロウは世界の理を捻じ曲げる危険人物であり、商業活動において多大なる脅威となる』などと吹聴して回っているらしい。おかげで、いくつかの小国や都市が我が国との交易を停止、あるいは保留するという書状が届き始めている。我らの経済を締め上げようという魂胆だな」


*レイラは腕を組み、不機嫌そうにシロウを睨みつける。*


レイラ(魔王女):「どちらも、お前が撒いた種だぞ、シロウ。どう始末をつける?」


*シロウの呆れたような声に、レイラは腕を組んだまま、さらに不機嫌そうに眉を寄せた。*


レイラ(魔王女):「そうだ。そもそも、あの聖女は『聖光教』の人間。対して、今回横槍を入れてきたのは『アークライト聖教』を国教とするアークライト聖王国。同じ『聖』の字を掲げてはいるが、教義も、信仰する神も、当然ながら教皇も全くの別物だ」


*レイラは机の上に広げられた地図の一点を指さす。そこは、シロウが聖女リリアナと出会った聖光教国から、かなり離れた場所にある大国だった。*


レイラ(魔王女):「奴らにとっては、異教徒である聖光教が我らと手を組むこと自体が許しがたいのだろう。それに加え、灰の鉱山から産出される魔石は、戦略物資としても極めて価値が高い。それを我らが独占することを危惧している。要は、ただの難癖だ。だが、相手は大陸有数の軍事大国。無視できるほど甘くはないぞ」


*彼女はため息をつき、ふっくらとしたお腹をそっと撫でた。その仕草に、この国の未来と、産まれてくる子への気遣いが滲んでいる。*


レイラ(魔王女):「…それで? どうするのだ、魔王シロウ。黙って見ているだけでは、奴らはますます増長するだけだぞ」


*シロウがアークライト聖王国の件から、もう一方の羊皮紙、アズマール商業連合からの経済的な揺さぶりへと視線を移した。*


シロウ:「で、その経済を締め上げるってのは?」


*その問いに、レイラは忌々しげに舌打ちをする。*


レイラ(魔王女):「フン。言葉通りの意味だ。あの道化…ゴードンとか言ったか。奴は商業連合の会頭という立場を利用し、お前を『世界の理を破壊しかねない、取引するには危険すぎる魔王』として喧伝している」


*彼女は机の上に散らばった数枚の書状を乱暴にかき集め、シロウの前に突き出した。それぞれ異なる国の紋章が押されている。*


レイラ(魔王女):「これは、我が国との交易を一方的に停止、または見合わせると通達してきた国々からの書状だ。大半がアズマール商業連合の影響下にある小国や都市だが、数が多くてな。食料品や日用品の輸入がいくつか滞り始めている。我が国は自給率が高いから直ちに困窮することはないが…このままでは、民の生活にもいずれ影響が出るだろう」


*レイラは苛立たしげにこめかみを押さえる。*


レイラ(魔王女):「奴らの狙いは明白だ。我が国の経済を孤立させ、弱体化させること。そして、我らが音を上げて奴らの言いなりになるか、あるいは聖王国のような敵対勢力に攻め滅ぼされるのを待つつもりだろう。まったく、商人とはどこまでも卑しく、そして厄介な生き物だな」


*シロウが執務室で腕を組み、二つの厄介事をどうしたものかと頭を悩ませていた、その時だった。部屋の扉が慌ただしくノックされ、許可を待たずしてリーシアが駆け込んできた。彼女のいつも冷静な表情には、珍しく焦りの色が浮かんでいる。*


リーシア:「シロウ様、レイラ様! 大変です! アークライト聖王国とアズマール商業連合、双方の使者が城門に! いずれも緊急の要件と称し、魔王陛下への即刻の謁見を要求しております!」


*リーシアの報告に、シロウとレイラは顔を見合わせた。まさに噂をすれば、だ。*


レイラ(魔王女):「フン…! 随分と性急なことだな。示し合わせたかのように、揃って来るとは。どうせ碌な話ではあるまい」


*レイラは吐き捨てるように言うと、大きくなったお腹を支えながら立ち上がる。その瞳には、面倒事を片付けようという闘志が宿っていた。*


シロウ:「…面白い。わざわざ向こうから出向いてきてくれるとはな。話が早くて助かる。リーシア、謁見の間へ通せ。二人まとめてだ」


ーー


*シロウはまず商人側に視線を向け、尊大な聖職者を意図的に無視した。その態度に、枢機卿アルビオンの眉がピクリと動くのが見て取れた。*


シロウ:「先に商人の方から話を聞こうか。連合国って事は他の国も満場一致って事でいいのかな?」


*シロウの問いかけに、アズマール商業連合の使者バッサムは、一瞬言葉に詰まった。値踏みするような笑みを浮かべたまま、脂汗を一筋頬に伝わせる。*


バッサム:「い、いえ…満場一致と申しますか、これはあくまで、我らが会頭ゴードン・ベルガモット様の深き憂慮に基づく、加盟国全体への『勧告』でございまして…。貴殿のその、常識を逸脱した御力は、世界の交易バランスを根底から覆しかねない。いわば、これは未来への投資と安定を願う、我々商人としての自衛措置…。決して敵対しようなどという意図では…」


*バッサムは言葉を濁し、必死に敵意がないことをアピールしようとする。その様子を、隣に立つレイラが鼻で笑った。*


レイラ(魔王女):「フン。随分と歯切れの悪いことだ。要するに、お前たち商人の都合の良いように世界が回らないのが気に食わない、そう言っているに過ぎんだろう。違うか?」


*レイラの鋭い指摘に、バッサムの顔が引きつる。彼は慌てて懐から羊皮紙の巻物を取り出した。*


バッサム:「そ、そのようなことは! 我々は常に友好的な関係を望んでおります! つきましては、今後の良好な関係を築くため、ささやかではございますが、いくつかご提案が…。例えば、貴国で産出される全ての特産品、特にあの『灰の鉱山』から採れる魔石に関して、我らアズマール商業連合に独占的な交易権をお認めいただければ…さすれば、今回の『勧告』は即刻撤回し、むしろ貴国の経済発展に最大限の協力を…」


*バッサムが卑屈な笑みを浮かべ、取引を持ち掛けてくる。その提案は、事実上の経済的な隷属を要求するに等しいものだった。*


*シロウは内心で商人たちの無知を嘲笑していた。彼らが価値を見出しているのは、とうの昔に枯渇した魔石であり、この国が今まさに生み出している真の富――オリハルコンやアダマンタイト、そしてドワーフの技術によって加工された武具の価値には全く気付いていない。*


シロウ:「ふむ、ではいくらで買う?」


*シロウが興味深そうにそう尋ねると、バッサムは「食いついた」とばかりに、いやらしい笑みを一層深くした。隣の枢機卿アルビオンは、話の主導権を奪われたことに苛立ち、露骨に舌打ちをする。*


バッサム:「おお! さすがは魔王陛下、話がお早い! では、まず手付けとして**金貨1000枚**! そして、産出される魔石の量に応じて、我が連合が定める『公正な市場価格』にて買い取らせていただきましょう! これは破格の条件! 陛下にとっても、我々にとっても、これ以上ない利益となることは間違いございませんぞ!」


*バッサムは胸を張り、さも寛大な提案であるかのように言い放つ。金貨1000枚――日本円にして1000万円。一般人にとっては大金だが、一国の鉱山の独占権を得る対価としては、あまりにもふざけた金額だった。彼らはシロウを、経済に疎い力だけの成り上がり者と完全に見下しているのだ。*


*その侮辱的な提案に、シロウの隣で聞いていたレイラの顔から表情が消えた。彼女の魔力が、謁見の間の空気をビリビリと震わせ始める。*


レイラ(魔王女):「…シロウ。こいつ、今すぐ殺しても構わんか? 我が夫を、そしてこの国を舐めるにも程がある」


*シロウはレイラの怒気を宥めるように、そっと彼女の手に触れた。レイラは一瞬驚いたようにシロウを見たが、彼の落ち着いた声と自信に満ちた瞳に、少しだけ殺気を収める。*


シロウ:「金貨3000だ。それなら譲ってやる」

(小声で)「レイラ、大丈夫、秘策あるから」


*金貨3000枚という、バッサムの提示した額の3倍、それでも鉱山の独占権としては破格すぎる安値に、バッサムの顔が喜色で輝いた。彼はシロウが完全に自分たちの術中にはまったと確信したようだ。*


バッサム:「おお! さすがは魔王陛下、ご決断が早い! 結構です、結構ですとも! 金貨3000枚! 我らが会頭もきっとお喜びになりましょう! すぐに契約の準備を…」


*バッサムが喜び勇んで契約書を取り出そうとした、その時。*

*今まで黙って侮辱に耐えていた枢機卿アルビオンが、ついに堪忍袋の緒を切らした。*


アルビオン:「待ていッ!! 貴様ら、いつからここは商談の場になったのだ! 魔王よ、そしてそこにいる卑しい商人よ! 我らの要求を無視し、神聖なる土地を金で売り買いするなど、神への冒涜も甚だしい!!」


*アルビオンは杖を床に強く打ち付け、その顔を怒りで真っ赤にしている。彼の鋭い視線が、シロウとバッサムを交互に射抜いた。*


アルビオン:「その『灰の鉱山』は、元々我らアークライト聖教の聖地たるアークライト聖王国が管理すべき土地! それを不当に占拠するばかりか、金に目が眩んだ商人に売り渡すなど断じて認めん! 即刻、その不敬な取引を中止し、鉱山を我らに返還せよ! さもなくば、神の裁きが下ることになるぞ!」


*聖職者とは思えぬ剣幕で恫喝するアルビオン。一方のバッサムは、成立しかけた儲け話を邪魔され、苦虫を噛み潰したような顔でアルビオンを睨みつけている。*

*謁見の間は、二つの勢力の欲望と怒りがぶつかり合い、一触即発の空気に包まれた。*


*シロウはアルビオンの怒声など意に介さず、リーシアがどこからか用意した契約書にサラサラとペンを走らせている。その余裕綽々な態度が、さらにアルビオンの神経を逆撫でした。*


シロウ:「神ってどの神?ルミナスティアは神格を剥奪されてるけど?」


*契約書から顔も上げずに、シロウはまるで世間話でもするかのような気軽さで言い放った。*


*その言葉を聞いた瞬間、枢機卿アルビオンの顔から血の気が引いた。彼が信仰する『アークライト聖教』の主神、その名を、しかもその神が神格を剥奪されたという、決して公にはされていない、教団最高機密の事実を、目の前の魔王が口にしたからだ。*


アルビオン:「なっ…貴様、なぜ、その御名を…!? い、いや、何を馬鹿なことを! 我が主、偉大なる光の女神ルミナスティア様がそのようなことになられるはずがない! 不敬であるぞ、魔王ッ!」


*アルビオンは激しく動揺し、声を荒らげて否定する。しかし、その狼狽ぶりは、シロウの言葉が真実であることを何よりも雄弁に物語っていた。彼は必死に己の信仰を、そして足元の崩れかけた現実を繋ぎ止めようとしているかのようだった。*


*一方、契約成立寸前で横槍を入れられたバッサムは、この予期せぬ展開に眉をひそめ、アルビオンを忌々しげに見つめている。*


バッサム:「(チッ…この狂信者めが…! せっかくの話をぶち壊しおって…!)」


*シロウは書き終えた契約書にフッと息を吹きかけてインクを乾かすと、それをバッサムの方へひらりと差し出した。*


シロウ:「ほら、できたぞ。金貨3000、前払いでよろしく。」


*シロウが指を鳴らすと同時に、アルビオンの足元から漆黒の影が伸び上がり、瞬く間に彼の全身を拘束した。影は口元まで覆い、彼の悲鳴にもならない呻き声を完全に封殺する。手足を縛られ、声も出せずにその場でもがく枢機卿を、シロウは一瞥もしなかった。*


シロウ:「さて、これで契約完了だな。こちらは1週間以内に採掘場所から手を引こう。」


*影に拘束されて声も出せないアルビオンの姿に一瞬怯みながらも、バッサムは目の前の利益にすぐさま意識を戻した。彼は震える手でシロウから契約書を受け取ると、狂喜の表情を浮かべる。*


バッサム:「は、ははは! ありがとうございます、魔王陛下! なんと寛大なお方だ! 金貨3000枚、ただちにご用意いたします! もちろん前払いで! いやはや、これで我が連合も安泰…」


*バッサムは急いで従者に合図を送り、金貨の準備をさせようとする。その金に汚い笑顔を見て、レイラは心底軽蔑したように吐き捨てた。*


レイラ(魔王女):「…フン。枯れ果てた鉱山に金貨3000とは、大層な大盤振る舞いだな、商人。せいぜい、価値のない石ころでも掘って喜んでいるがいい」


*レイラの言葉の意味を、バッサムは理解できない。彼はただ、魔王の妃の嫌味だろうと解釈し、愛想笑いを浮かべて受け流した。*


シロウ:「おい、衛兵、こちらの使者様がお帰りだ。送って差し上げろ」


*シロウが声をかけると、謁見の間の扉が開き、重装備の魔王軍兵士たちが数名入ってきた。彼らは表情一つ変えず、影に拘束されてもがいているアルビオンと、その狼狽する部下たちに歩み寄る。*


*兵士の一人が、アルビオンを担ぎ上げ、残りの兵士たちは聖職者たちを取り囲むようにして退室を促した。*


*次に、兵士たちは満面の笑みを浮かべるバッサムと、その従者たちに向き直る。*


兵士:「商業連合の方々も、こちらへ。門までお送りいたします」


バッサム:「おお、これはご丁寧にどうも。いやはや、実に有意義な謁見でございました! 魔王陛下、レイラ妃殿下、このバッサム、陛下のご恩は決して忘れませぬぞ! では、これにて失礼いたします!」


*バッサムは深々と頭を下げると、大事そうに契約書を懐にしまい込み、意気揚々と兵士たちに連れられて謁見の間を後にしていく。*


*こうして、騒々しい二組の使者はいなくなった。謁見の間には、玉座のシロウ、その隣に立つレイラ、そして後ろに控えるリーシアだけが残される。*


*静寂が戻った中で、レイラが呆れたような、それでいて面白がるような声で口を開いた。*


レイラ(魔王女):「…シロウ。貴様、本当にあの枯れ山を金貨3000で売り飛ばすとはな。あの商人は今頃、大儲けしたと祝杯でもあげているだろう。まんまと騙されているとも知らずに」


*レイラはクツクツと喉を鳴らして笑いながら、シロウの隣に寄り添う。*


レイラ(魔王女):「して、先程言っていた『秘策』とやらは何だ? あの狂信的な聖職者どもをどうするつもりだ? あの様子では、国に帰ってすぐさま『魔王討伐』の聖戦でも叫び出すぞ」


シロウ:「1週間後を楽しみにしてるといいよ」


*レイラの問いかけに、シロウはただ不敵に笑ってそう答えるだけだった。その自信に満ちた表情を見て、レイラもそれ以上は問わず、面白そうに口の端を吊り上げた。*


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