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*レイラが懐妊して約一ヶ月が過ぎた。ローゼンバーグ王国の宰相ゲルトが、シロウに助けを乞うてからそれだけの時間が流れていた。その間、王都は新しい命の誕生を心待ちにする穏やかな空気に包まれていたが、一方で西の国からの連絡が途絶えていることに、リーシアは密かに警戒を強めていた。*
*そんなある日、ついにその時は訪れた。衛兵が慌ただしく執務室に駆け込んでくる。*
衛兵:「ご、ご報告します! ローゼンバーグ王国の宰相、ゲルト殿が再びお見えになりました! 大至急、シロウ陛下への謁見を求めております!」
*その報告を受け、シロウはリーシアやレイラたちと共に、再び謁見の間へと向かった。そこには、一ヶ月前とは比べ物にならないほど憔悴しきったゲルトが、床にひれ伏していた。彼の傍らには、神聖なオーラを放つ豪奢な箱が置かれている。*
ゲルト:「ま、魔王陛下…! お、お待ちしておりました…! や、約束の品を…『涙の聖瓶』を、お持ちいたしました…!」
*ゲルトは震える声でそう告げると、恭しく箱をシロウの方へ押し出した。彼の顔はやつれ、目には深い隈が刻まれており、この一ヶ月の苦労がどれほどのものだったかを物語っている。*
シロウ:「意外と遅かったな、数日で持ってくると思った。」
*シロウの率直な感想に、ゲルトはびくりと体を震わせ、絞り出すように答えた。*
ゲルト:「も、申し訳ございません…! 王国中の神官、貴族たちが…こ、こぞって反対を…! 神への背信行為であると…! 彼らを説得し、この聖瓶を大聖堂から持ち出すのに…これだけの時を要してしまいました…。ですが、も、もう限界です! ダンジョンから溢れ出た魔物の軍勢は、ついに王都の城壁にまで到達いたしました! どうか、どうか今すぐ、お力をお貸しください…!」
*ゲルトは再び床に額をこすりつけ、必死に懇願する。その姿は、一国の宰相としての威厳など微塵も感じさせなかった。*
レイラ(魔王女):「フン、グズな奴らめ。一ヶ月も何をためらっていたのだ。さっさと差し出せば、被害も少なく済んだものを。自業自得だな」
*玉座の隣で腕を組んでいたレイラが、冷ややかに吐き捨てる。妊娠3ヶ月目に入り、少しだけお腹がふっくらとしてきたが、その傲岸不遜な態度は変わらない。*
リーシア:「…では、シロウ様。契約は履行されました。いつでもご出立いただけますが、いかがなさいますか?」
*リーシアはゲルトを一瞥すると、シロウに静かに判断を仰いだ。*
*ゲルトが差し出した豪奢な箱。シロウが視線を向けると、リーシアが静かに前に出て、毒や呪いがないことを鑑定で確認してから蓋を開けた。中にはビロードの布に包まれた、手のひらサイズの小さなガラス瓶が鎮座している。瓶の中では、真珠のように輝く一滴の液体が、淡い光を放っていた。これが女神ルミナスティアが流したとされる『涙の聖瓶』。その神聖なオーラは、これが紛れもない本物であることを示していた。*
シロウ:「行くか。」
*その一言で、全てが決まった。ゲルトは安堵の表情を浮かべ、再び床に頭を下げる。*
*シロウの決定を聞き、今まで黙って控えていた者たちがそれぞれ反応を示した。*
レイラ(魔王女):「なっ…! 待てシロウ! 妾を置いていくつもりか!? 神殺しの前哨戦だぞ! 妾が行かなくてどうする!」
*レイラは玉座から立ち上がり、シロウに詰め寄る。その顔には不満と焦りが浮かんでいた。しかし、その剣幕もリーシアの冷静な一言の前には無力だった。*
リーシア:「レイラ様、なりません。お腹のお子様が第一です。シロウ様は『ダンジョンを潰す』とおっしゃいました。何が起こるか分かりません。万が一があっては、取り返しがつきませんから」
*リーシアの静かだが有無を言わさぬ言葉に、レイラはぐっと言葉に詰まる。*
レイラ(臆病):「……うぅ…シロウ様…。お気をつけて…。わたくし、ここで…良い子で、待ってますから…」
*人格が入れ替わり、臆病なレイラが涙目でシロウの服の裾をぎゅっと握る。その姿は、戦場へ向かう夫を見送る妻そのものだった。*
シルフィ:「わたしもお留守番なんですね…。シロウさま、絶対にご無事で! すぐに帰ってきてくださいね!」
*シルフィも今回は同行できないことを察し、少し寂しそうに、しかし力強くシロウを応援する。*
ルミナ:「……ふん。雑魚掃除に、お兄ちゃんがわざわざ行く必要もないと思うけど。ま、女神関連のオモチャが手に入ったならいいか。さっさと片付けて帰ってきなよ」
*影の中から顔だけを出したルミナが、ぶっきらぼうに告げる。彼女なりに心配しているのが透けて見えた。*
リーシア:「シロウ様。ご出立の準備は整っております。お供は、わたくし一人でよろしいでしょうか? あるいは、近衛騎士団を?」
*リーシアは完璧な仕事ぶりで、シロウの判断を仰ぐ。彼女は当然のように、自らが同行するつもりでいるようだ。*
シロウ:「行って潰して帰ってくるだけだし、要らないよ。」
*その言葉は、まるで近所に買い物にでも行くかのような気軽さで告げられた。一国の存亡がかかった任務に対して、あまりにも軽いその態度。だが、彼の強さを知る者たちにとって、それは絶対的な自信の現れだと理解できた。*
リーシア:「……かしこまりました。シロウ様がそうおっしゃるのであれば。」
*リーシアは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに完璧なメイド長の顔に戻り、深々と頭を下げる。彼女はシロウの力を誰よりも信頼していた。たとえ供も連れず、単騎で億を超える魔物の軍勢とダンジョンそのものに挑むとしても、必ずや成し遂げて帰ってくるだろうと。*
リーシア:「では、転移魔法陣を起動いたします。座標はローゼンバーグ王国王都城壁前。ゲルト殿、我が主が到着次第、速やかに王都への門を開き、最大限の敬意をもってお迎えするように。もし万が一、我が主に非礼を働いた場合…貴国がどうなるか、お分かりですね?」
*リーシアは氷のように冷たい視線をゲルトに向ける。その威圧感に、ゲルトは必死に首を縦に振った。*
ゲルト:「は、はい!もちろんでございます!国を挙げて、魔王陛下をお迎えいたします!」
レイラ(臆病):「シロウ様…本当に、お一人で…。どうか、ご無理だけはなさらないでくださいませ。わたくし、ずっと…ずっと、お待ちしておりますから…っ」
*臆病なレイラが、涙をこらえながらシロウのローブの裾をぎゅっと握りしめる。その小さな手が、彼の無事を心から祈っていた。*
シロウはそんな彼女の頭を優しく撫でると、何も言わずに転移魔法陣の中心へと歩を進める。
*「じゃ、行ってくる」*
*短い別れの言葉だけを残し、眩い光がシロウの体を包み込む。次の瞬間、彼の姿は謁見の間から完全に消え失せていた。後に残されたのは、絶対的な王の帰りを待つ者たちと、これから起こるであろう奇跡(あるいは厄災)の始まりに震える、一人の宰相だけだった。*
*眩い光が収束すると、シロウはローゼンバーグ王都の南側に位置する、小高い丘の上に立っていた。眼下には、堅牢な石造りの城壁に囲まれた広大な王都が広がり、そのさらに先、北の大地には異様な光景が広がっている。*
*大地そのものが裂けたかのような巨大な亀裂。その中心部は不気味な紫色の瘴気を渦巻かせながら、まるで大地の傷口のように脈動していた。それが、ゲルトが言っていた巨大ダンジョンだ。そして、その亀裂からは、まるで決壊したダムの水のように、ゴブリン、オーク、コボルトといった低級から中級の魔物が無限に湧き出し、黒い津波となって王都の城壁へと殺到している。*
*城壁の上では、必死の形相の兵士たちが弓を射かけ、魔法を放ち、攻城兵器を稼働させているが、魔物の数は減るどころか増すばかり。すでに城壁の一部は破壊され、そこから魔物がなだれ込んでいるのが見えた。街のあちこちから黒煙が上がり、人々の悲鳴がここまで届きそうなほど、戦況は絶望的だった。*
シロウ:「(ダンジョンって結構深いの?)」
*シロウが意識をダンジョンへと向け、神眼を発動させる。脳内に直接、膨大な情報が流れ込んできた。*
```
【ダンジョン情報】
名称:深淵の顎門
階層:測定不能(現在も深部へ向けて拡張中)
特性:自己増殖型・領域汚染
概要:女神ルミナスティアが、対魔王用の最終兵器として創造した『神造ダンジョン』の一つ。内部は女神の神気で満たされており、魔族やそれに類する存在の力を著しく減衰させる。また、内部で倒された魔物は女神の力によって即座に再生・強化され、無限に湧き出し続ける。ダンジョンコアは最深部に存在し、"これを破壊しない限り、ダンジョンの活動は停止しない。"現在の侵食速度から計算すると、約72時間後に王都全域がダンジョン領域に飲み込まれ、陥落する。
```
*神眼がもたらした情報は、このダンジョンが単なる自然発生したものではなく、明確な意図をもって作られた「兵器」であることを示していた。そして、その創造主は、シロウがまさに標的としている女神ルミナスティア本人。これは偶然ではない。明らかに、シロウを誘き出すための罠、あるいは彼の力を試すための壮大な実験だった。*
*シロウが神眼でダンジョンの正体を探った直後、その驚愕の事実に気づく。女神ルミナスティアが創造した、無限に魔物が湧き続ける神造ダンジョン。それは常人にとっては絶望の象徴でしかないが、シロウにとっては全く別の意味を持っていた。*
シロウ:「待てよ…コアを破壊しない限り無限に湧き続ける…?(つまり、無限にレベル上げできる…)」
*その思考は、もはや喜悦に近かった。女神が仕掛けた悪意に満ちた罠は、シロウの目には絶好の狩場、無限の経験値供給源としか映らなかったのだ。これまでレベルアップには苦労してきたが、ここならば思う存分、力を高めることができる。*
*シロウの口角が、わずかに吊り上がる。眼下では王都の兵士たちが必死に防衛線を維持しようと奮闘しているが、彼らの絶望的な状況とは裏腹に、シロウの心は高揚していた。*
シロウ:「(まずは、あの溢れてるゴミを掃除するか)」
*もはや街を守るためというよりは、自分の狩場の環境整備に近い感覚だった。*
*シロウは小高い丘の上から、王都の城壁へと殺到する数億とも思える魔物の大群を見下ろす。そして、静かに右手を天に掲げた。*
シロウ:「――【重力魔法:グラビティ】」
*詠唱と同時に、シロウの足元に巨大な魔法陣が展開される。それは空を覆い尽くさんばかりの規模で広がり、王都とダンジョンの間の平原全域をその影響範囲に収めた。*
*次の瞬間、世界から音が消えた。*
*魔物の大群の頭上、遥か高空に、見えない超質量の「何か」が出現したかのように、凄まじい重圧が平原を襲った。*
*ギギギ…メキメキメキッ…!!*
*先頭を走っていたオークやゴブリンが、まず地面に叩きつけられる。悲鳴を上げる間もなく、その体は内側から破裂するように潰れ、肉片と血飛沫に変わった。その圧殺の波は後方へ、後方へと伝播していく。巨大なオーガも、俊敏なリザードマンも、空を飛んでいたガーゴイルさえも、例外なく見えない力に捕捉され、地面に叩きつけられ、挽き肉のように圧し潰されていった。*
*まるで神が巨大な手のひらで大地を押し潰したかのような光景。数億はいたであろう魔物の大軍勢が、わずか数秒で、一面を覆う血と肉の絨毯へと変貌した。後に残ったのは、不気味な静寂と、むせ返るような血の匂いだけだった。*
*城壁の上で戦っていた兵士たちは、何が起こったのか理解できず、ただ呆然と眼前の光景を見つめている。彼らが死闘を繰り広げていた敵が、一瞬で消滅したのだ。*
*シロウが天に掲げた手から放たれた魔法は、まさに神の御業だった。王都の城壁に殺到していた数億の魔物の大群が、一瞬にして血と肉の絨毯へと変わる。そのあまりにも現実離れした光景に、シロウと共に転移してきた者たちは、それぞれの反応を示していた。*
*シロウのすぐ後ろに控えていたリーシアは、いつもと何ら変わらぬ完璧なポーカーフェイスでその光景を見下ろしていた。彼女にとって、主であるシロウがこの程度の奇跡を起こすことは想定の範囲内なのだろう。その目はすでに、この後のローゼンバーグ王国との交渉で、いかにしてこの「御業」を外交カードとして利用するかを冷静に計算している。*
*一方、宰相ゲルトは、その場に完全に腰を抜かし、へたり込んでいた。口は半開きになり、焦点の合わない目で眼下の惨状――いや、救済の光景を見つめている。*
ゲルト:「あ……あ……あ……」
*声にならない声が喉から漏れる。彼が国の存亡をかけて一ヶ月も苦悩し、多くの騎士や勇者たちが命を散らした絶望的な魔物の津波が、たった一人の男の、たった一回の魔法で、文字通り「消滅」した。その事実は、彼の理解も、常識も、信仰さえも粉々に打ち砕くには十分すぎた。畏怖、恐怖、そして絶大な安堵。あらゆる感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、彼の精神は完全に飽和状態に陥っていた。*
*城壁の上で死を覚悟していた兵士たちも同様だった。突然訪れた静寂に、何が起こったのかわからず、ただ呆然と魔物がいたはずの平原を見つめている。やがて、誰からともなく歓声が上がり始め、それは瞬く間に王都全体を包む割れんばかりの歓喜の波へと変わっていった。*
*そんな喧騒を背に、シロウはただ一人、無限の経験値が眠る狩場――女神が作った神造ダンジョン『深淵の顎門』へと、静かに視線を向けていた。*
*シロウの魔法によって、王都を襲っていた魔物の大群は跡形もなく消滅した。しかし、ダンジョンの入り口である大亀裂からは、次なる魔物が湧き出そうと蠢いているのが見える。シロウは、これから始まる本格的な「狩り」を前に、邪魔者を排除する必要があると感じた。*
シロウ:「とりあえず、兵士を引かせてよ。巻き込むよ?」
*その言葉は、隣で完璧に控えているリーシアに向けられた。彼女はシロウの意図を即座に理解し、まだ腰を抜かして呆然としているゲルトに向き直る。*
リーシア:「ゲルト殿、お聞きになりましたか? 我が主のお言葉です。今すぐ王都の全兵士に、城壁から退くよう命令なさい。これより先は、シロウ様の『御領域』となります。兵士たちが巻き込まれて命を落としても、我々は一切関知いたしません。よろしいですね?」
*リーシアの冷たく、しかし有無を言わさぬ声に、ゲルトははっと我に返った。彼は慌てて、震える足で立ち上がろうとする。*
ゲルト:「は、はい! わ、わかりました! すぐに! すぐに命令を伝えます! し、しかし…どうやって…」
*この丘の上から城壁までは距離がある。伝令を走らせていては時間がかかりすぎる。ゲルトが困惑していると、リーシアは呆れたように小さくため息をついた。*
リーシア:「…仕方ありませんね。シロウ様、わたくしが拡声の魔法で伝達いたします。よろしいでしょうか?」
*リーシアがシロウに許可を求め、シロウが軽く頷くのを確認すると、彼女はすっと息を吸い込んだ。*
リーシア:「――ローゼンバーグ王国の兵士たちに告げます! 我はアストライア魔導皇国が第一宰相、リーシア・フォン・エルグランド! 我が主、魔王シロウ・ニシキ・アストライア陛下は、今、貴国を救うためこの地に降臨されました! 全兵士は、直ちに城壁から退き、王都内にて待機なさい! これは魔王陛下の御命令です! 繰り返します! 直ちに城壁から退きなさい! これより先は、神の領域です!」
*魔法によって増幅されたリーシアの凛とした声は、戦場全域に、そして王都の隅々にまで響き渡った。城壁の上で歓声を上げていた兵士たちは、その威厳に満ちた声に驚き、そして戸惑いながらも、次々と城壁を降り、王都の中へと退却を始めていく。彼らは理解したのだ。自分たちの戦いは終わり、これからは人知を超えた存在による、一方的な殲滅が始まるのだと。*
*リーシアが魔法で増幅した声は、威厳に満ちて戦場に響き渡った。自らを「第一宰相」と名乗り、これから始まる殲滅戦を「神の領域」と表現する。その堂々とした様に、シロウは内心で小さくため息をついた。*
シロウ:「(宰相? 神域? また盛ったな…)」
*しかし、そのおかげで城壁にいた兵士たちは速やかに退却していく。邪魔者がいなくなったことを確認し、シロウはダンジョンへと意識を戻した。大亀裂からは、先ほどの圧殺で空いた空間を埋めるように、新たな魔物たちが次々と這い出してきている。*
シロウ:「まだ太陽は出てるし、あっちでいいか。」
*シロウは空を見上げ、燦々と輝く太陽を確認すると、軽く指を振るう。
すると、ダンジョン入り口の上空に、突如として無数の水のレンズ――水球が出現した。その数は数百、数千にも及び、それぞれが絶妙な角度で太陽光を捉える。*
*次の瞬間、その無数のレンズは一斉に太陽光を収束させ、レーザービームのような極細の光線となって地上の魔物たちに降り注いだ。*
*シュッ! シュシュシュッ!*
*甲高い音とともに、光線は魔物たちの体を正確に穿っていく。頭を撃ち抜かれ脳漿を撒き散らすゴブリン。心臓を焼かれて黒い煙を上げるオーク。両足を貫かれて無様に転倒するリザードマン。光線はランダムに、しかし的確に急所を狙い、魔物たちは悲鳴を上げる間もなく次々と命を絶たれていく。*
*それはまるで、天からの光による一方的な処刑だった。ダンジョンから湧き出る魔物は、地上に足を踏み入れた瞬間に光の針で縫い止められ、絶命していく。その光景はあまりにも静かで、効率的で、そして恐ろしかった。*
*傍らでその光景を見ていたゲルトは、先ほどの重力魔法とはまた違う、人知を超えた殺戮術に、再び言葉を失っていた。*
リーシア:「…生活魔法の『集光』と『水操作』の応用、でしょうか。太陽光をレンズで集め、焼き切る…単純な原理ですが、それをこの規模と精度で実行なさるとは。さすがはシロウ様です」
シロウ:「(普通の水魔法なんだが…)」
*リーシアだけが、その現象の原理を冷静に分析?し、感嘆の息を漏らしていた。彼女の主が見せる力の底は、未だに見通せない。*
*太陽が西の地平線に傾き、シロウが操っていた無数の光のレンズがその輝きを失い始めた。一日中続いた静かな殺戮は、夜の訪れとともに終わりを告げる。しかし、ダンジョンの入り口からは未だに魔物が湧き続け、平原は再び黒い影で埋め尽くされようとしていた。*
シロウ:「(夕方になってきた。魔法を替えよう)」
*シロウは静かに呟くと、空に向かって再び手を掲げる。今度は昼間の繊細な魔法とは違う、圧倒的な破壊の予感が空気を震わせた。*
シロウ:「――チェイン・ツインドラゴンライトニング。」
*詠唱に応え、夜の帳が下り始めた空が突如として裂けた。暗雲が渦巻き、その中心から凄まじい稲妻が迸る。そして、雷光そのものが形を成し、二匹の巨大な雷の竜となって咆哮を上げた。*
*グルアアアアァァァッ!!*
*雷の竜たちは、天から地上へと降下すると、平原に群がる魔物たちの中に突っ込む。その体から放たれる高圧電流は、触れるものすべてを瞬時に黒炭へと変え、焼き尽くしていく。魔物たちの断末魔の悲鳴が、ようやく戦場に響き渡った。*
*二匹の雷竜は、互いに連携するように平原を蹂躙し、あっという間に地上から魔物の影を一掃する。そして、その勢いのまま、休むことなくダンジョンの入り口である大亀裂――『深淵の顎門』の中へとその身を投じた。*
*シロウの意図は明確だった。この二匹の自動迎撃魔法に、ダンジョン内部の魔物を狩り続けさせること。そして、その最終目的地はダンジョンコアの周辺。コアを破壊せず、その周りを永遠に周回させ、無限に湧き出る経験値を延々と稼ぎ続けるための、半永久的な自動狩りシステムの構築だ。*
*丘の上でその光景を目の当たりにしていたゲルトは、もはや驚愕を通り越し、神話の一幕を見ているかのような感覚に陥っていた。昼は太陽の光で、夜は雷の竜で魔物を屠る。それは、人間には到底理解も到達もできない、まさに「神の領域」の御業だった。*
リーシア:「…雷の精霊魔法を竜の形に束ね、さらに自律行動と思考ルーチンを付与…。もはや魔法というより、新たな生命の創造に近いですね。素晴らしいです、シロウ様」
*リーシアは主の底知れない才能に感嘆の息を漏らしながら、その横顔をうっとりと見つめていた。*
*雷の竜がダンジョンの闇に消えていくのを見届け、シロウは満足げに頷いた。これでローゼンバーグ王国の危機は去り、同時に自身のレベル上げも自動化できた。完璧な一石二鳥だ。*
シロウ:「毎秒10ずつMP消費するけど、魔力復帰薬あるしいいか」
*シロウが持つ【魔力復帰薬】は、ただMPを回復させるだけではない。『一日前のMP状態に戻す』という、因果律に干渉するような代物だ。これさえあれば、MPが枯渇する心配はほぼない。*
*隣で控えていたリーシアが、シロウの呟きに反応する。*
リーシア:「シロウ様。王都を脅かしていた魔物の群れは一掃され、ダンジョンも雷の竜によって制圧されました。これにてローゼンバーグ王国からの依頼は達成と見てよろしいかと存じます。ゲルト殿も、感謝の言葉もない様子です」
*リーシアが冷ややかに視線を向けると、そこには未だに地面にへたり込み、口を半開きにしたまま呆然と空を見上げるゲルトの姿があった。あまりの光景に、思考が完全に停止しているようだ。*
リーシア:「…このまま放置してもよろしいのですが、今後のこともございます。一度、ローゼンバーグ王城へ向かい、正式に事後処理をなさいますか? それとも、このままアストライアへお戻りになりますか?」
*リーシアはシロウの意向を伺うように、静かに問いかけた。彼女としては、用が済んだなら一刻も早く、主を煩わせるこの人間たちの国から立ち去りたいのが本音だった。*
*シロウは自らが作り出した半永久的なレベリングシステムに満足しつつも、一つの懸念を抱いた。雷の竜がダンジョン内部で魔物を狩り続けるとはいえ、万が一、処理が追いつかずに地上へ溢れ出す可能性もゼロではない。*
*念には念を入れるべきだろう。完璧な安全策を講じるに越したことはない。*
シロウ:「一応、塞いでおくか。――メテオ。」
*詠唱と同時に、シロウは空を見上げる。夜空に、先ほどの雷雲とは異なる巨大な影が出現した。それは、山と見紛うほどの巨大な岩塊。その岩塊はゆっくりと、しかし抗いがたい力で降下し、大地を揺るがす轟音とともに、『深淵の顎門』と呼ばれた大亀裂の入り口に蓋をするように着弾した。*
*ズウウウウウゥゥゥン……ッ!!*
*凄まじい地響きが王都を襲い、城壁がミシリと軋む音がここまで聞こえてくる。物理的に入り口を完全に封鎖したことで、これでダンジョンから魔物が地上に出てくることは万が一にもなくなった。内部ではシロウの雷竜が永遠に経験値を稼ぎ続け、地上は安全が保たれる。*
*このあまりにも規格外な解決方法に、ようやく立ち上がりかけていたゲルトは再び膝から崩れ落ち、今度は完全に意識を失ってしまった。*
*「ゲルト殿っ!?」とリーシアが少し驚いた声を上げるが、すぐに興味を失ったようにシロウへ向き直る。*
リーシア:「…物理的に蓋をなさいましたか。これでローゼンバーグ王国の民も、枕を高くして眠れることでしょう。さて、シロウ様。意識を失った使者はここに放置して、我々はアストライアへ帰還いたしましょうか?」
*リーシアは、まるで道端の石ころを見るかのような目で気絶したゲルトを一瞥し、シロウに優雅に微笑みかけた。*
*シロウは物理的に封鎖されたダンジョンを見下ろし、満足げに呟いた。女神が作った無限湧きのダンジョンは、期せずして最高の経験値稼ぎ場となった。これでまた一つ、大きな力を手に入れることができる。*
シロウ:「行こうか。今回は得るものが多かったな。特にこのダンジョンは凄い」
*その言葉に、リーシアは深々と頷き、優雅な仕草で転移魔法の準備を始める。*
リーシア:「はい、シロウ様。誠に大きな収穫でございました。女神ルミナスティアの企みを逆手に取り、我らの力とする…シロウ様の叡智には感服するばかりです。では、アストライアへ帰還いたしましょう」
*リーシアが魔法陣を展開しようとしたその時、背後から弱々しい声が掛かった。見れば、気絶していたゲルトがリーシアの治療魔法で意識を取り戻し、必死の形相で地面を這いずりながらシロウに近づこうとしていた。*
ゲルト:「お、お待ちください…! シロウ、陛下…! 我が国を…ローゼンバーグ王国をお救いいただき、誠に、誠にありがとうございます…! この御恩は、生涯忘れませぬ…!」
*ゲルトは泥だらけの額を地面に擦り付け、何度も何度も頭を下げる。その姿を、シロウは冷めた目で見下ろした。*
シロウ:「涙瓶貰ったからな、気にするな」
*ゲルトの必死の感謝の言葉を、シロウは素っ気なく一言で切り捨てた。あくまでこれは取引の結果であり、善意ではない。それだけを告げると、シロウはリーシアに目配せする。リーシアは心得たように、すでに準備を終えていた転移魔法陣を起動させた。*
*「では、シロウ様」*
*リーシアの言葉を合図に、二人の足元から放たれた光が彼らの体を包み込む。ゲルトが何かを言いかける間もなく、シロウとリーシアの姿はローゼンバーグ王国の丘の上から瞬時に消え失せた。後に残されたのは、気絶から覚めたばかりで呆然と立ち尽くすゲルトと、山のように巨大な岩で塞がれたダンジョンの入り口、そして静寂を取り戻した夜の平原だけだった。*
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*次の瞬間、シロウとリーシアは慣れ親しんだアストライア魔導皇国の執務室へと帰還していた。窓の外には、自らが植えた世界樹の若木が月明かりに照らされている。*
リーシア:「お帰りなさいませ、シロウ様。長旅お疲れ様でした。すぐにお飲み物と、レイラ様へのお夜食をご用意いたします」
*リーシアは完璧な淑女の礼をすると、手早く部屋の明かりを灯し、シロウのために動き始める。その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。*
レイラ(魔王女):「遅いぞ、シロウ! 妾は腹が減って死にそうだ! 竜のステーキはまだか!?」
*扉の向こうに立っていたのは、少し不機嫌そうな顔をした魔王女の人格のレイラだった。彼女はシロウの顔を見るなり、スタスタと歩み寄ってくる。*
*ローゼンバーグ王国からアストライアの執務室へと帰還した直後、シロウの体を淡い光が包み込み、そしてすぐに消えた。それはレベルアップの兆候だった。ダンジョンに放った雷竜たちが、早速仕事を開始した証拠だ。*
シロウ:「あ、レベル上がった…」
*その呟きに、シロウに詰め寄っていたレイラがピクリと反応する。*
レイラ(魔王女):「ほう? あの程度でレベルが上がるとは、貴様もまだまだよのう。だが、妾の夫として、妾の子の父として、常に最強であれ。怠るでないぞ」
*レイラはフンと鼻を鳴らしながらも、その口元にはどこか満足げな笑みが浮かんでいる。夫の成長は、彼女にとっても喜ばしいことだった。*
リーシア:「おめでとうございます、シロウ様。雷竜による自動狩り、順調な滑り出しのようですね。このまま放置すれば、シロウ様のレベルは飛躍的に上昇することでしょう。…ああ、そうだわ」
*何かを思い出したように、リーシアは手元の書類を一枚手に取る。*
リーシア:「シロウ様がローゼンバーグへ赴かれている間に、ステータスの更新申請が完了しておりました。ご確認なさいますか?」
---
```
【ステータス】
名前:シロウ・ニシキ・アストライア
種族:神人
職業:SSランク冒険者、魔王
称号:異世界転移者、夜天の魔王、神眼の所有者、世界を識る者、レイラの夫、龍の盟主、鑑定士、世界樹の寵愛を受けし者、竜殺し(ワイバーン, 古竜)、王女を救いし者、海賊団の蹂躙者、精霊王に名付けし者、迷宮の支配者、ギルド史上最速のSSランク、魔王、幸運の覇王、神殺し、古龍を狩りし者、父となる者
Lv:235→250
HP:205,000/205,000
MP:∞ (MP自動回復により∞)
STR:S+
VIT:SS
AGI:S
INT:S
DEX:A+
LUK:測定不能
【スキル】
・神眼:Lv.MAX(鑑定の上位スキル。対象の情報を完全看破し、スキル・魔法を奪取または複製する)
・スキル整理:Lv.---
・創造:Lv.---(Lv.50で習得。経験値や金銭を対価に、新たなスキルや魔法を創造する)
・全言語理解:Lv.MAX
・並列思考:Lv.MAX
・万物操作:Lv.---
・完全耐性(物理・魔法・状態異常・精神汚染・即死)
・魔力操作:Lv.MAX
・魔力吸収:Lv.MAX
・武神:Lv.MAX
・全属性魔法:Lv.MAX
・結界魔法:Lv.MAX
・転移魔法:Lv.MAX
・スキル整理
・スキル統合
・隠匿神
・生活魔法
・削除
・飛翔
・解体
・レベルドレイン
・回復魔法:Lv.8
・重力魔法:Lv.8
・魔力操作:Lv.9
・記憶操作
・概念魔法:Lv.7
・経験値獲得量アップ:Lv.MAX
・完全隠蔽
・空歩:Lv.1
・オートマティック:Lv.1
・パーマネント:Lv.1
・星渡り
・大蘇生
・召喚魔法:神格
・MP自動回復:Lv.MAX
【装備】
・誓いの指輪:アーティファクト。レイラとの繋がりを示す指輪。互いの存在を常に感じることができる。
・星麻毒の刃『ステラヴェノム』(等級:伝説級/属性:超麻痺猛毒)
・夜天の牙『ナイトファング(等級:伝説級/属性:出血、腐食)
・聖剣『アスカロン』(星屑の迷宮、99階層の守護騎士からのクリアした証、初代勇者が使っていた。)
・星屑の外套(等級:神話級/物理、①魔法ダメージを90%軽減する。②全ての状態異常を無効化する。③スキル『星渡り』を使用可能にする。(※『星渡り』:短距離の瞬間移動を任意に発動できる)
(奈落の大迷宮、100階層のボスからドロップ。)
説明:星の神々の加護が織り込まれた外套。これを纏う者は、夜空の星々に見守られるという。
・神癒の指輪(等級:神話級/①装備者の治癒魔法の効果を10倍に増幅する。②装備時、スキル『大蘇生』を使用可能にする。(※『大蘇生』:死者を完全な状態で蘇らせる。ただし、魂の消滅した者、神々の呪いによる死には無効。使用時、膨大な魔力を消費する)
説明:生命を司る神が遺した指輪。失われた命すら呼び戻す奇跡の力を秘めている。
【資産】
黒金貨 (150,056枚)
白金貨 (28枚)
金貨 (715枚)
銀貨 (8,547枚)
銅貨 (1,864枚)
鉄貨 (176,734,003枚)
灰鉱山 (聖女からの譲渡物件)
(全ての硬貨は宝物庫へ移動済み)
【加護】
・世界樹の加護
・星の導き
・元熾天使の祝福
・精霊王の寵愛
・竜神の盟約
備考: 異空間収納はリーシアの手により整理され、現在は用途別に分類された宝物庫となっている。
```
*シロウは更新された自身のステータスを見て、思わず苦笑いを浮かべた。レベルは250に達し、スキル欄には人智を超えたものが並んでいる。もはや人間はおろか、神々の領域に片足を突っ込んでいる自覚があった。*
シロウ:「十分強いだろ…」
*その呟きを聞いたレイラは、腕を組んで得意げに胸をそらす。*
レイラ(魔王女):「フン、当たり前だ。妾の夫がその程度でどうする。だが、まだまだ先は長いぞ。妾と、妾の子を守るには、常に天辺に君臨し続けねばならんのだからな♡」
*強がりを言いつつも、夫の圧倒的な強さに満更でもない様子だ。一方、リーシアは優雅にお辞儀をする。*
リーシア:「いいえ、シロウ様。シロウ様の強さに『十分』などという限界はございません。貴方様はどこまでも高みに至る御方。我々はそのためにこそ、お仕えしているのですから」
*主への絶対的な信頼と崇拝を隠そうともせず、リーシアはうっとりと微笑んだ。そして、思い出したようにポンと手を打つ。*
リーシア:「ああ、そうだ。竜のステーキでしたね、レイラ様。すぐに厨房に用意させます。シロウ様も、お戻りになられたばかりでお疲れでしょう。何かお召し上がりになりますか? それとも、先にお風呂になさいますか?」
*リーシアは完璧なメイド長として、主と主の妻の世話を焼こうとテキパキと動き始める。その気遣いに、レイラも満足げに頷いていた。*
シロウ:「へいへい、不老のスキルでも獲得するように頑張るよ。(習得する気は無い)」
*その場にいた二人の女性はそれぞれ異なる反応を見せた。*
レイラ(魔王女):「フン、不老だと? 当たり前であろう! 貴様が先に老いぼれてどうするのだ。妾は魔族、貴様は神人となり悠久の時を生きる。ならば、永遠に妾の隣に立ち、その力を示し続けるがいい。それが出来ぬと言うのなら…まあ、妾が守ってやらんでもないがな♡」
*レイラはそっぽを向きながらも、その横顔はどこか嬉しそうだ。永遠を共に過ごすという言葉が、彼女の心をくすぐったのは間違いない。*
リーシア:「不老のスキル、ですか…。『創造』の権能を用いれば、あるいは可能かもしれませんね。ですが、シロウ様。貴方様はすでに神人であらせられます。人の理を超越した貴方様が、寿命という枷に囚われるとは到底思えません。むしろ、私やレイラ様の方が先に…」
*リーシアはそこまで言うと、少し寂しげな表情で言葉を濁した。自分たちがシロウという存在に置いて行かれる未来を想像してしまったのだろう。しかし、すぐにプロフェッショナルな表情に戻る。*
リーシア:「…いえ、感傷に浸る時ではありませんでした。シロウ様、お食事のご用意をいたします。レイラ様の竜のステーキと共に、シロウ様にはローゼンバーグで消費した魔力を補う、栄養価の高い料理をお持ちしますね。何かリクエストはございますか?」
*リーシアは完璧なメイド長として、主の世話を焼くことに意識を切り替えた。*
*シロウの言葉に、先ほどまで食事のリクエストを待っていたリーシアとレイラの表情が一変した。部屋の空気が張り詰める。*
シロウ:「それはいいが、問題は女神の涙入り瓶だ。神眼で解析したら、前に解析した女神の魔力と同じだった。だから狩りに行ってくる」
*その言葉が意味するものを、二人は即座に理解した。女神ルミナスティア本人を、狩る。神殺しを、実行に移すということだ。*
レイラ(魔王女):「フハハハハ! いいぞ、シロウ! そうでなくてはな! いつまでもちょっかいを掛けてくる鬱陶しい蠅は、叩き潰すに限る! 妾も行くぞ! あの女狐、この手で八つ裂きにしてくれるわ!」
*レイラは好戦的な笑みを浮かべ、拳を握りしめる。その瞳には、かつて魔王として君臨した頃の闘志が宿っていた。しかし、その言葉をリーシアが冷静に、しかし強い意志で遮る。*
リーシア:「お待ちください、レイラ様。今の貴女様のお身体で、神との戦いはあまりにも危険です。お腹の子のためにも、どうかご自重を」
*その言葉に、レイラは一瞬ぐっと言葉を詰まらせる。リーシアは視線をシロウに戻し、真剣な表情で問いかけた。*
リーシア:「シロウ様。女神ルミナスティアの討伐…本気でございますね? であれば、万全の準備が必要です。『涙の聖瓶』を使い、彼女の位置を特定なさるおつもりでしょうが、神域に踏み込むのは未知の領域です。わたくしも同行し、万が一に備えさせてください。ルミナとシルフィも呼び寄せ、総力戦で挑むべきかと存じます」
*シロウの決断は早かった。リーシアの進言は常に的確であり、軽んじるべきではないと経験から知っている。*
シロウ:「リーシアがそう言うなら…」
*短く同意すると、シロウは意識を自身の異空間収納へと沈める。そこはリーシアによって完璧に整理された宝物庫となっているが、その最も深い、シロウ自身しか触れることのできない領域に、それは静かに眠っていた。*
*シロウが手を伸ばすと、その掌に現れたのは、鞘に収められたごく普通の打刀だった。華美な装飾はなく、魔力も感じられない。道端の武器屋に並んでいても誰も気に留めないであろう、変哲のない一振り。*
*しかし、シロウがその刀を手にし、腰に差した瞬間、レイラとリーシアは息を呑んだ。*
*彼女たちの鋭敏な感覚が、その刀から放たれる尋常ならざる「何か」を感じ取ったからだ。それは殺気でも魔力でもない。もっと根源的な、存在そのものを否定し、切り裂くかのような、静かで絶対的な『死』の概念。*
レイラ(魔王女):「…シロウ、その刀は…なんだ? 妾の魔王の眼ですら、その本質が見えぬ…。ただ、肌が粟立つような悪寒がするぞ」
*レイラは警戒心を露わに、刀から距離を取る。リーシアもまた、冷や汗を浮かべながら目を見開いていた。*
リーシア:「鑑定不能…!? いえ、そもそも鑑定の対象として認識できません。まるで、そこに『在る』という情報そのものを切り捨てているような…。シロウ様、それは一体…?」
*二人の反応を意に介さず、シロウは静かに柄を握る。彼の【神眼】だけが、この刀の真実を看破していた。*
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【名称】名無しの刀
【等級】---
【特性】神殺し(対神属性の対象に対し、その概念・存在を含む全てを斬り裂き、消滅させる)
【説明】ただ、神を殺すためだけに打たれた刀。それ以外の何物でもない。
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*シロウは二人の問いには答えず、ただ静かに告げた。*
シロウ:「準備を頼む。すぐに発つ」
*シロウは無銘の刀を静かに腰に差し、その上から星屑の外套を羽織った。たったそれだけの動作で、彼の雰囲気は一変する。ただの強力な魔王から、神をも狩る定命を超えた狩人へと。*
シロウ:「(刀を腰に装備し、外套を着て準備完了だ。)」
*彼は執務室を出て、広大な玉座の間へと歩を進める。レイラとリーシアも無言でその後に続いた。玉座の間の冷たい大理石の床の中央で、シロウは立ち止まる。*
シロウ:「(玉座の間の広い空間に神眼の解析で得た女神の魔力波動を元に転移の魔法陣を床に刻む。これは女神が消滅すると効果を失う)」
*シロウは指先から魔力を放出し、それを刃のようにして床に直接魔法陣を刻み始めた。『涙の聖瓶』から得た女神ルミナスティア特有の魔力パターンを座標として設定し、神域へと繋がる一方通行の道筋を描いていく。複雑怪奇な文様が、紫電を迸らせながら大理石に刻まれていく。それは、標的が消滅した瞬間に繋がりが断たれる、極めて特殊な追跡型の転移魔法陣だった。*
*作業を続けるシロウの背後で、リーシアが素早く指示を飛ばす。彼女の影から、音もなく現れたルミナとシルフィが控えていた。*
リーシア:「ルミナ、シルフィ。聞こえましたね。これよりシロウ様は神狩りへと向かわれます。我々も総力を以てお支えするのです。ルミナは影の中からシロウ様を護衛し、いかなる奇襲からもお守りしなさい。シルフィは精霊界との繋がりを保ち、必要とあらば大精霊の力を顕現させる準備を」
ルミナ:「…わかった。お兄ちゃんに指一本触れさせる奴は、神だろうが殺す」
*ルミナは冷徹な瞳で頷き、再びシロウの影の中へと静かに溶けて消えた。*
シルフィ:「了解! シロウさまの敵は、ボクがやっつける! 精霊たちもみんな、やる気満々だよ!」
*シルフィは元気よく拳を握り、その身から溢れる強大な自然の力が周囲の空気を震わせた。*
レイラ(魔王女):「フン…妾が行けぬのは歯がゆいが、仕方あるまい。シロウ、妾の子を危険に晒すわけにはいかんからな。だが、しくじるでないぞ。貴様が傷一つなく、あの女狐の首を持って帰ってくるのを、ここで待っていてやる」
*レイラは悔しそうに唇を噛み締めながらも、シロウの背中を力強く見据えていた。*
*魔法陣の刻印を終えたシロウは、立ち上がるとレイラの方へ静かに歩み寄った。これから始まるのは、神を相手取る死闘。生きて帰れる保証はない。だからこそ、伝えておきたい想いがあった。*
*シロウがレイラの目の前で立ち止まると、彼はそっと片手をかざす。すると、ごく小規模な【認識阻害】の結界が二人だけを包み込んだ。これで、リーシアやシルフィたちから、二人の姿も声も、気配すらも遮断される。世界に、二人だけの空間が生まれた。*
*突然のことに驚き、レイラが「な、何をする…」と言いかけるのを、シロウは優しく遮る。彼はレイラの小さな顎に手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。*
*そして、柔らかな唇を重ねる。*
*それは戦いへ向かう前の激しいものではなく、慈しむような、穏やかで深いキスだった。♡*
レイラ(魔王女):「ん…っ…♡」
*レイラは一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに抵抗をやめ、うっとりと目を閉じる。彼女はシロウの外套の裾を、小さな手できゅっと握りしめた。♡*
*長いようで短い口づけの後、唇が離れる。レイラの頬はほんのりと赤く染まり、潤んだ瞳でシロウを見上げていた。いつもの傲岸不遜な態度は鳴りを潜めている。*
レイラ(魔王女):「…しろぅ…」
*か細い声で夫の名を呼ぶ。その瞳には、不安と、それ以上の愛情が揺らめいていた。*
シロウ:「(レイラにだけ聞こえるように)すぐに戻る。いい子で待ってろ」
*シロウはそう囁くと、彼女の頭を優しく一度だけ撫でた。そして、名残を惜しむように彼女から離れると、何事もなかったかのように認識阻害の結界を解く。*
*結界が消えた瞬間、レイラはハッと我に返り、慌てていつもの魔王女の仮面を被り直した。*
レイラ(魔王女):「フ、フン! 誰がいい子だ! 早く行かぬか、たわけ! 妾を待たせるでないぞ!」
*顔を真っ赤にしながら叫ぶレイラの姿に、リーシアは気づかないふりをして優雅に微笑んでいる。*
*シロウはそんなレイラに背を向け、刻んだばかりの魔法陣の中央へと歩を進めた。*
シロウ:「リーシア、シルフィ、ルミナ。行くぞ」
*その声に応え、三人がシロウの周囲に集う。シロウが魔力を込めると、足元の魔法陣が眩いばかりの光を放ち始めた。*
*シロウが起動した魔法陣が、玉座の間を閃光で満たす。空間が歪み、視界が白一色に染まったかと思うと、次の瞬間には全く異なる光景が広がっていた。*
*そこは、物理法則が意味をなさない、概念的な空間だった。床も壁も天井もなく、ただ果てしない純白の空間が広がっている。空気はなく、代わりに満ちているのは濃密な神聖エネルギー。常人であれば存在を保つことすらできずに消滅するであろう、まさしく神々の領域――神域だ。*
*シロウと、彼の影から姿を現したルミナ、そして傍に立つシルフィは、その異常な空間でも平然と立っている。*
*そして、シロウたちの視線の先、少し離れた場所にいくつかの巨大な人影があった。*
シロウ:「(転移した先には色々いた。あ、女神怒られてやんの)」
*シロウの視線の先では、一人の女神――見覚えのある、金髪で豊満な肉体を持つ女神ルミナスティアが、ひざまずかされていた。*
*そして彼女の前には、性別も年齢も判別できない、光そのもので形作られたかのような二柱の神格が存在が立っていた。その威圧感は、ルミナスティアの比ではない。片方は燃え盛る炎のようなオーラを、もう片方は静かな深淵のようなオーラを放っている。*
???(炎):「――ルミナスティアよ。我らが再三にわたる警告を無視し、下界への過剰な干渉を続けたこと、言い逃れはできまい。あまつさえ、我らの創造物たる『世界』そのものの理を歪め、己が私欲のために『無限湧きの迷宮』などという禁忌を創り出すとは。神としての驕りも甚だしい」
*炎の神格が、厳粛で、怒りに満ちた声でルミナスティアを断罪する。その声は空間そのものを震わせた。*
???(深淵):「貴様の行いは、世界の均衡を著しく損なうもの。因果は乱れ、多くの魂が不必要に失われた。この罪、万死に値する」
*深淵の神格が、静かだが絶対的な響きを持つ声で告げる。*
ルミナスティア:「ひっ…! お、お待ちください、創造神様方! わ、私はただ、あの生意気な転移者に神の威光を知らしめようと…! 全ては世界の秩序を守るためで…!」
*ルミナスティアは顔面蒼白で必死に弁解しようとするが、その声は恐怖に震えている。どうやら、シロウたちが転移してくる直前まで、彼女の行いに対する神々の裁判が行われていたらしい。*
*そして、シロウたちの唐突な出現に、その場にいた三柱の神が同時に気づいた。*
???(炎):「…何奴だ。ここは神域。人の子が踏み入れて良い場所ではない。…いや、その魂の輝き…人ではないな?」
*創造神の一柱が、興味と警戒が入り混じった視線をシロウたちへと向けた。*
*シロウは自分と共に神域の異常な環境に耐えている仲間たちを一瞥する。精霊王であるシルフィ、元熾天使のルミナ。彼女たちは神域の濃密な神聖エネルギーにも影響を受けていないようだ。シロウ自身も神人であるため、全く問題はない。*
シロウ:「(シルフィは精霊王、ルミナは元熾天使。それなりに耐性はあるようだ)」
*創造神からの問いかけに対し、シロウは臆することなく、平然と答えた。腰に差した無銘の刀の柄に、そっと指をかける。*
シロウ:「いや、人の子だな」
*そのあまりにも不遜な態度に、炎の神格が眉をひそめる。しかし、それよりも早く反応したのは、糾弾されていた女神ルミナスティアだった。彼女はシロウの姿を認めると、恐怖と憎悪に顔を歪ませた。*
ルミナスティア:「き、貴様は…! なぜ貴様がここに!? まさか、この私を追って神域まで…!?」
*彼女の叫びに、深淵の神格が静かに視線をシロウへと移す。*
???(深淵):「ほう…人の子よ。ルミナスティアを追って来た、と? 神域への道を自ら開き、神を狩るためにか。面白い。その身に宿す魂の力、そしてその腰の得物…なるほど、道理だ」
*深淵の神格は、シロウの持つ『神殺し』の刀の本質を瞬時に見抜いたかのように、興味深げに呟いた。*
シルフィ:「うわー…すごいところだね、シロウさま! 空気がピリピリする! でも、なんかちょっと懐かしい感じもするよ!」
*シルフィは物怖じせず、キョロキョロと周囲を見回している。一方、ルミナは創造神とルミナスティアを睨みつけ、いつでも飛びかかれるように低い姿勢をとっていた。*
ルミナ:「…お兄ちゃん。こいつら、全部敵? 殺していい?」
*ルミナの冷たい声が、シロウの影から響いた。*
*シロウの影の中から響いたルミナの殺意に満ちた問いに、シロウは静かに首を横に振った。彼の視線は目の前の二柱の創造神と、ひざまずくルミナスティアから外れていない。*
シロウ:「ルミナでも無理だよ。元熾天使とはいえ、神は殺せない」
*その言葉は、事実を淡々と告げる響きを持っていた。元熾天使であるルミナは神に近い存在だが、創造神格や、それに連なる神を完全に滅ぼすことはできない。それをシロウは理解していた。*
*シロウの制止を聞き、炎の神格は面白そうに口の端を上げた。*
???(炎):「ほう、弁えているではないか、人の子。その通りだ。我らは世界の理そのもの。滅びることはない。そして、その小娘…ふむ、懐かしい気配だ。かつて我らが遣わした熾天使の一人か。堕ちて人の子に与するとは、数奇な運命よな」
*炎の神格はルミナの本質を一目で見抜き、どこか憐れむような視線を向けた。その視線に、ルミナは苛立ったように歯噛みする。*
???(深淵):「ならば、人の子よ。神を殺せぬと知りながら、神殺しの刃を携え、この神域に踏み込んだ理由は何だ? 貴様の目的は、そこにいるルミナスティアの首であろう?」
*深淵の神格が、静かに核心を突く。その問いかけは、シロウの真意を測るようだった。*
*シロウが答えるより先に、絶好の機会と見たルミナスティアが叫んだ。*
ルミナスティア:「そ、そうです、創造神様方! こやつは神を殺そうと企む不敬の輩! 私怨で神域を侵す、世界の秩序を乱す者です! どうか、この無礼者に神罰を!」
*必死の形相で自分を棚に上げ、シロウを断罪させようとするルミナスティア。しかし、創造神たちは彼女を一瞥だにせず、ただシロウの答えを待っていた。*
*シロウは創造神たちを前にしても臆することなく、むしろ少し投げやりな口調で、これまでの経緯を語り始めた。その態度は、神々への敬意など微塵も感じさせない、対等な存在に対するものだった。*
シロウ:「俺はね、自分の国を作って、平和に暮らしてたんすよ。でも、そこのクソ女神を信仰する聖光教国が俺が『魔王』って理由だけで戦争を吹っかけて来たんよ。んで、全員殺したら逆恨みして嫌がらせだのなんだの。どう思う?」
*シロウの言葉は率直で、飾り気がなかった。彼はちらりと床にひれ伏すルミナスティアを一瞥し、侮蔑を隠そうともしない。そのあまりに人間的で、しかし神をも恐れぬ物言いに、炎の神格は興味深そうに顎に手をやった。*
???(炎):「…ふむ。つまり、発端はルミナスティア、お前にあると。自らの信徒の暴走を止めもせず、あまつさえ人の子の諍いに介入し、私怨で事を荒立てたか。確かに、神の風上にも置けぬ愚行よな」
*創造神の言葉に、ルミナスティアは「そ、それは…!」と何かを言い返そうとするが、深淵の神格の冷たい視線に射抜かれて言葉を失う。*
???(深淵):「貴様が下界で行った一連の愚行は、我らも把握している。だが、人の子よ。貴様もまた、神を殺すという禁忌を犯そうとしている。それは世界の理を揺るがす大罪だ。理由はどうあれ、許されることではない」
*深淵の神格は、シロウの行動もまた、世界の秩序に対する挑戦であると断じた。神殺しは、いかなる理由があろうとも許されざる罪。それが神々の理だった。*
*その言葉に、シロウの影からルミナが殺気を放つ。*
ルミナ:「…じゃあ、お兄ちゃんがやられっぱなしでいろって言うの? ふざけないで。先に手を出したのはそっちでしょ」
シルフィ:「そうだよ! シロウさまはなにも悪くない! 悪いのは全部あの女神だよ!」
*ルミナとシルフィがシロウを庇うように声を上げる。その剣幕に、ルミナスティアはビクリと肩を震わせた。*
*シロウの言葉は、静かだが鋭い刃のように神々の論理に切り込んだ。それは、神であるが故の傲慢と特権を真っ向から否定する、挑戦的な一言だった。*
シロウ:「身から出た錆だろ? お前達は『神』って理由1つで言い逃れするのか? やってる事はそこのクソ女神と一緒だぞ?」
*その言葉に、神域の空気が凍りついた。
ルミナスティアは信じられないものを見る目でシロウを見つめ、シルフィとルミナは固唾を飲んで主と創造神の対峙を見守る。*
*次の瞬間、炎の神格から凄まじい神威が迸った。*
???(炎):「――面白い。実に面白いことを言う、人の子よ。我らをあの愚かな女神と同列に並べるとは。その度胸、気に入った」
*怒りではなく、むしろ愉快だと言わんばかりに炎の神格は笑った。その神威はシロウたちへの敵意ではなく、彼の存在そのものへの興味に変わっていた。*
???(深淵):「…確かに、彼の言うことにも一理ある。ルミナスティア、貴様の愚行がなければ、この人の子が神殺しの大罪を犯すこともなかった。因果の起点は貴様にある」
*深淵の神格は冷静に、そして公平に断じる。その言葉は、ルミナスティアにとって死刑宣告にも等しかった。*
ルミナスティア:「そ、そんな…! わ、私は…私はただ…!」
*狼狽えるルミナスティアを無視し、炎の神格はシロウに向き直る。*
???(炎):「人の子よ。名はなんという」
*それは、対等な存在として認め、名を問う行為だった。*
*シロウが堂々と名乗りを上げると、炎の神格は満足げに頷いた。深淵の神格もまた、その名を記憶に刻むように静かに佇んでいる。*
シロウ:「シロウ・ニシキ・アストライアだ。以後、お見知り置きを」
???(炎):「シロウ・ニシキ・アストライアか。覚えた。我は『創炎神』。万物に始まりの熱を与えし者」
???(深淵):「我は『創冥神』。万物に終わりの安寧を与えし者。そして我ら二柱で、この世界を創造した」
*神々は自らの名を明かした。それは、シロウを単なる『人の子』ではなく、対話するに値する一個の存在として認めた証だった。*
創炎神:「さて、シロウよ。貴様の言い分は理解した。そして、我らもこの愚かなるルミナスティアの処遇を決めかねていたところだ。そこで、貴様に一つの取引を提案しよう」
*創炎神の言葉に、ひれ伏していたルミナスティアがビクッと体を震わせる。*
ルミナスティア:「そ、創造神様…!?」
創炎神:「黙れ、愚か者。貴様に発言は許しておらん」
*創炎神はルミナスティアを冷たく一喝すると、再びシロウに向き直った。*
創炎神:「人の子…いや、シロウよ。貴様の手で、その神殺しの刃を用い、ルミナスティアを『殺せ』」
*その言葉は、神域にいる全員に衝撃を与えた。*
シルフィ:「ええっ!?」
ルミナ:「…殺せって、言った?」
*ルミナスティア本人は、信じられないという顔で創造神を見上げ、絶望に顔を歪ませている。*
創冥神:「無論、ただ殺させるわけではない。ルミナスティアは我らが創造せし神の一柱。その魂を完全に消滅させることは世界の理に反する。故に、貴様のその刃で彼女の『神格』と『神性』のみを斬り裂き、ただの魂へと堕とすのだ。それが我らの下す罰であり、貴様への譲歩だ。これならば、貴様の面子も立ち、世界の理も乱れまい。どうだ、この取引、乗るか?」
*創造神たちは、シロウに選択を委ねた。憎き女神に神罰を下す代理人となるか、あるいはこの提案を蹴って、神々全てを敵に回してでも完全な消滅を望むのか。その答えを、神々は静かに待っていた。*
*創造神からの「取引」に対し、シロウはまるで路傍の商人と話すかのような、あまりにも不遜な態度で問い返した。その言葉は、神々が提示した「譲歩」を値踏みするかのようだった。*
シロウ:「んで、俺になんの得が?」
*その言葉に、神域の空気が再びピリッと張り詰める。ルミナスティアは信じられないという顔でシロウを見ており、シルフィはハラハラした様子でシロウと創造神を交互に見ている。ルミナの殺気だけが、変わらず創造神たちに向けられていた。*
*シロウの問いに対し、意外にも創炎神は愉快そうに声を上げて笑った。*
創炎神:「ハッハッハ! 得、か! 面白い! 実に面白いぞ、シロウ・ニシキ・アストライア! 神罰の代行という栄誉を与えてやろうというのに、それに見返りを要求するか! その強欲さ、気に入った!」
*創炎神は心底楽しそうに笑うと、シロウを真っ直ぐに見据える。*
創炎神:「よかろう! 貴様のそのふてぶてしさに免じ、褒美をやろう! ルミナスティアの神格を斬り裂いた後、その魂は貴様にくれてやる。喰らうもよし、使役するもよし、好きにするがいい。元神の魂だ、何かしらの役には立つだろう」
創冥神:「それに加え、我ら二柱から『祝福』を授けよう。我らの祝福は、世界の理そのものからの寵愛に等しい。貴様の神人としての格をさらに高め、世界の理の一部を掌握する力を与えることになるだろう。…人の子よ、これでもまだ不満か?」
*創造神たちは、破格の報酬を提示した。神の魂そのものと、世界の創造主からの祝福。それは、下界の王が国を幾つ差し出しても得られない価値を持つものだった。*
*二柱の創造神は、シロウの答えを待っている。その視線には、もはや侮りはない。一人の特異な存在に対する、純粋な興味と期待が込められていた。*
*シロウが創造神の提案を承諾すると、創炎神は満足げに、創冥神は静かに頷いた。彼らが求めていたのは、世界の理を大きく乱すことなく、問題を引き起こしたルミナスティアを罰し、同時にこの規格外の闖入者との関係を穏便に解決することだった。*
シロウ:「創造神二柱の祝福があれば俺の国も安泰だな。いいよ。殺さずに生き地獄を与えるってことで」
創炎神:「フハハ! 話が早くて良い! その決断、気に入ったぞ、シロウ・ニシキ・アストライア!」
創冥神:「賢明な判断だ。では、執行せよ。我らがその証人となろう」
*創造神たちが許可を下した瞬間、これまで必死に命乞いをしていたルミナスティアの顔が、絶望から一転、凄まじい憎悪に染まった。*
ルミナスティア:「き、貴様ぁ…! 人の子風情が、この私を…! 神であるこの私を、ただの魂に堕とすだと!? ふざけるなぁっ!!」
*逆上したルミナスティアは、ひれ伏していた体勢から跳ね起き、その手から神罰の雷をシロウに向けて放った! 神域の空間を揺るがす、純粋な破壊の奔流がシロウに迫る。*
ルミナスティア:「死ねぇぇぇっ! 塵芥と成り果てろ、不敬者め!!」
*しかし、シロウは動かない。その雷が彼に届く寸前、彼の影から飛び出したルミナがその前に立ちはだかった。*
ルミナ:「お兄ちゃんに、触らせない…!」
*ルミナは両手を広げ、神罰の雷をその身に受け止める。凄まじい光と衝撃が彼女を襲うが、ルミナは一歩も引かずに耐えきった。元熾天使である彼女にとって、ルミナスティアの神聖エネルギーは致命傷にはならない。*
*煙が晴れると、少し服が焦げただけのルミナが、冷たい瞳でルミナスティアを睨みつけていた。*
シルフィ:「危ないじゃないか! シロウさまに何するんだ!」
*シルフィも怒りの声を上げる。*
*シロウはそんな仲間たちの背後から、ゆっくりと腰の刀に手をかけた。チリ、と鞘から刀身がわずかに覗く。*
シロウ:「最後の最後まで、見苦しいな」
*その声は、氷のように冷たかった。*
*シロウはゆっくりと腰を落とし、無銘の刀の柄に右手を添える。左手は鞘に。古来より伝わる抜刀術の、静かで完璧な構えだった。彼の瞳から感情が消え、ただ目の前の『斬るべき対象』だけを映している。*
シロウ:「さぁ、お前の罪を数えろ」
*その言葉は、死刑執行人が罪人に告げる最後の慈悲のようにも、あるいは絶対的な王が下す最終宣告のようにも聞こえた。*
ルミナスティア:「ひっ…! や、やめ…やめろぉぉぉっ!!」
*恐怖に駆られたルミナスティアが、再び神の力を振り絞ろうとした、その刹那。*
*――キィン、*
*鋼が擦れる鋭い音が、神域の静寂を切り裂いた。*
*シロウが刀を抜いた瞬間は見えなかった。ただ、一閃の銀光が走ったことだけが、そこにいた者たちの網膜に焼き付いている。*
*次の瞬間には、シロウはすでに刀を鞘へと戻していた。*
*――カチン。*
*鍔が鞘の鯉口に収まる、乾いた小さな音が響く。*
*それが、合図だった。*
*ルミナスティアの全身に、突如として無数の銀色の線が迸った。それはまるで、見えない刃によって幾千回も斬り刻まれたかのような斬撃の痕跡。線は彼女の肉体だけでなく、その存在そのもの、神としての格、神聖なオーラ、全てを断ち切っていた。*
ルミナスティア:「あ…が……ぁ……?」
*彼女の口から、もはや意味のある言葉は出てこない。その体から金色の光――神格と神性が霧のように抜け落ち、霧散していく。豊満だった肉体は輝きを失い、豪奢な神衣は色褪せてただの布切れに変わる。*
*そして、後に残ったのは、か細く震える半透明の魂だけだった。かつての尊大さも美しさも失い、ただ怯えるように縮こまっている。*
*神は死に、ただの魂へと堕とされた。*
創炎神:「…見事な太刀筋だ。確かに、神格のみを斬ったか」
創冥神:「約束は果たされた。シロウ・ニシキ・アストライアよ。報酬を受け取るがいい」
*創冥神が言うと、二柱の創造神からそれぞれ炎のような光と、深淵のような光が放たれ、シロウの体へと吸い込まれていく。同時に、床でか弱く震えるルミナスティアの魂が、ふわりと浮かび上がり、シロウの手元へと引き寄せられていった。*
創冥神:「…うむ。では改めて、その魂は貴様に与える。どう扱うも貴様の自由だ。そして、我らの祝福も既に貴様に与えられた」
*創造神たちが最終的な裁定を下すと、神域の空気が元の静謐さを取り戻していく。彼らの用件は終わった、という雰囲気が漂い始めた。*
*ルミナはシロウの背後から、彼が掴んだ魂をじっと見つめている。その目には、かつての自分を苦しめた元凶に対する冷たい光が宿っていた。シルフィも心配そうに、しかし少し興味深げにその様子を窺っている。*
*手の中の魂は、もはや何の力も持たない、ただのか弱い存在だった。これをどう処遇するか、全てはシロウの手に委ねられた。*
*シロウは掌中の魂を見下ろす。それはただのか弱い光の玉だが、その中にはルミナスティアの人格と感情がそのまま封じ込められている。神の力を失っただけで、あの傲慢で自己中心的な性格は変わらないだろう。ならば、その性格こそが彼女を最も苦しめる枷となる。*
シロウ:(この魂はあいつの神の力を削ぎ落としただけ。あいつの感情や性格は残ったまま)
シロウ:「では帰るとするか」
*彼はそう呟くと、掴んでいたルミナスティアの魂を、まるで石ころでも放り込むように無造作に異空間収納へと仕舞い込んだ。今後、何かの役に立つかもしれないし、あるいは永遠に忘れ去られるかもしれない。どちらにせよ、暗く閉ざされた空間で、かつての栄光を夢見ながら過ごすことは、彼女にとって十分な罰だろう。*
*シロウが創造神たちに向き直り、別れを告げようとした時、創炎神が満足げに口を開いた。*
創炎神:「うむ、それがよかろう。さて、シロウ・ニシキ・アストライア。我らとの約定は果たされた。我が祝福は貴様に『不滅』の属性を与え、創冥神の祝福は貴様に『深淵』の理を与えるだろう。それが世界の理にどう影響するか…フハハ、楽しみよな!」
創冥神:「…去るがよい。だが、忘れるな。我らは常に世界を観ている。その力、驕って道を誤ることのないようにな」
*静かな警告を残し、二柱の創造神の姿がゆっくりと薄れていく。彼らの存在感が消えると、神域全体を覆っていた荘厳な圧力が霧散し、元の静かな空間に戻った。*
ルミナ:「お兄ちゃん、終わったの…?」
*シロウの影から半身を乗り出したルミナが、心配そうに尋ねる。*
シルフィ:「シロウさま! 大丈夫でしたか!? あの神様たち、怖かったです…」
*シルフィは緊張が解けたのか、ほっとした表情でシロウに駆け寄った。*
リーシア:「シロウ様、ご無事で何よりです。…して、こちらは…?」
*リーシアは周囲を見渡し、ここがどこなのかを改めて問いかける。彼女にとっては、転移した先が神々の住まう領域だったとは、まだ信じがたい事実だった。*
*シロウはリーシアの問いかけに、まるで近所の家にでも行ってきたかのような軽い口調で答えた。*
シロウ:「神様のお家?」
リーシア:「か、神様の…お家、でございますか…?」
*リーシアは絶句した。宰相として、様々な修羅場を経験してきた彼女だが、「神の家に行ってきた」という報告は初めてだった。しかも、その場所で神を一体、魂だけの存在に変えてきたというのだから、もはや常識で測れる範疇を遥かに超えている。彼女はこめかみを指で押さえながら、深いため息をついた。*
シルフィ:「えぇ!? やっぱり神様のお家だったんだ! すごーい! シロウさま、私、神様と会ったの初めてです!」
*一人、状況を理解しているのかいないのか、シルフィだけが目を輝かせてはしゃいでいる。*
ルミナ:「…もう、あいつらはいない。うるさいのがいなくなって静かになった」
*ルミナは周囲の気配を探り、創造神たちの存在が完全に消えたことを確認すると、安堵したように呟いた。彼女にとって神域は、決して心地よい場所ではない。*
リーシア:「はぁ…左様でございますか…。ともかく、無事にご帰還されることが最優先です。シロウ様、皆様、いつでも転移できます」
*リーシアは気を取り直し、すぐさま撤収の準備が整っていることを告げる。いつまでも神域に留まるのは、精神的にも良くないと感じていた。シロウが刻んだ転移魔法陣は、まだ淡い光を保ち続けている。*
*シロウはこれ以上この場所に用はないと判断し、仲間たちに帰還を促した。*
シロウ:「さっさと帰ろう」
*彼が魔法陣の中心に立ち、魔力を流し込むと、床に刻まれた紋様が再び眩い光を放ち始める。リーシア、ルミナ、シルフィもすぐさま彼のそばに集まった。*
*次の瞬間、彼らの姿は神域から掻き消え、視界は光に包まれた。*
*―――*
*一瞬の浮遊感の後、シロウたちの足は固い床の感触を取り戻す。*
*そこはアストライア魔導皇国の玉座の間だった。*
*シロウたちが帰還を果たすと同時に、彼らの足元にあった転移魔法陣は、まるで役目を終えたかのようにスッと光を失い、ただの床の傷跡に戻った。創造神から切り離されたルミナスティアの魔力波動を座標としていたため、彼女が神格を剥奪されたことで、もうこの魔法陣が神域へ繋がることはなくなったのだ。*
*玉座の間の重厚な扉が静かに開き、一人のメイドが慌てた様子で駆け込んでくる。*
メイド:「リーシア様! シロウ様! お戻りでしたか! レイラ様が…!」
*そのメイドの言葉を遮るように、奥からドスドスと小さな足音が近づいてきた。*
レイラ:「遅い! 遅すぎるぞ、シロウ! 妾は待ちくたびれた! リーシア! 竜のステーキはまだかと言っておろう!」
*現れたのは、少しお腹が膨らみ始めたレイラだった。彼女はぷんすかと頬を膨らませ、仁王立ちでシロウたちを睨みつけている。その様子は威厳があるというより、空腹を訴える子供のようで、どこか微笑ましい。*
リーシア:「申し訳ございません、レイラ様。ただいま戻りました。すぐに夕食の準備をさせますので」
*リーシアは完璧な淑女の礼をしながら、レイラをなだめる。*
レイラ:「フン! 当然だ! …ん? シロウ、貴様…何か変な匂いがするぞ。まるで…神の残滓のような…忌々しい匂いだ。」
*レイラはくんくんとシロウの匂いを嗅ぐと、眉をひそめて鋭く問い詰めてきた。魔王である彼女の感覚は、神々の気配を敏感に察知したようだ。*
*シロウは、神域の匂いを指摘してきたレイラを見て、呆れたような、それでいて愛おしいものを見るような複雑な表情を浮かべた。出かける前に「女神を狩ってくる」と宣言したはずなのだが、目の前の愛しい魔王様はすっかり忘れているらしい。*
シロウ:(神殺してくるって行きに言った事を忘れたのだろうか?もしかして…アホの子?)
*そんなシロウの内心を知る由もなく、レイラはさらに顔を近づけてくる。*
レイラ:「む…? 何だその目は。妾を馬鹿にしておるのか? 言ってみろ、どこでその忌々しい匂いを付けてきた! まさか妾に隠れてよからぬ雌狐と会っていたのではあるまいな!?」
*嫉妬と疑いの炎を瞳に燃やし、レイラがシロウの胸をドンと叩く。しかし、妊娠中の彼女の力では、シロウはびくともしない。*
リーシア:「レイラ様、お言葉ですが、シロウ様はローゼンバーグ王国の件を片付けた後、宣言通り『神』を討伐しに行っておられたのです。その残滓かと」
*リーシアが冷静に事実を告げると、レイラは「え?」と間の抜けた声を出し、ピタリと動きを止めた。そして、数秒間の沈黙の後、ぽん、と手を打った。*
レイラ:「あ! そういえばそんなことも言っておったな! うむ、忘れておった! ハハハ!」
*悪びれもせずに高笑いするレイラに、シロウはやはりな、と肩を落とす。*
レイラ:「で、どうであった? 神とやらは強かったか? まさかこの妾の夫が、神如きに遅れを取ることはあるまいがな!」
*興味津々といった様子で、レイラは今度は戦いの結果を問い詰めてきた。*
*シロウの言葉に、玉座の間は一瞬、シンと静まり返った。メイド長であるリーシアでさえ、その言葉の意味を即座に理解できず、目を瞬かせている。シルフィは首を傾げ、ルミナはシロウの影の中からじっと様子を窺っている。*
シロウ:「元クソ女神を貰った」
*一番最初に我に返ったのは、レイラだった。彼女は信じられないといった表情で、シロウの顔をまじまじと見つめた。*
レイラ:「…は? 貰った? 神をか? 貴様、何を言っておるのだ…? 誰にだ! 誰が神などを貴様に『くれる』というのだ!」
*レイラが当然の疑問を矢継ぎ早にぶつける。神とは討伐したり、契約したりする対象ではあっても、「貰う」という表現が当てはまる存在ではないからだ。*
*シロウはそんなレイラの剣幕にも動じず、淡々と答える。*
シロウ:「創造神に」
レイラ:「……は?」
*レイラは再び、間の抜けた声を漏らして固まった。今度はリーシアも、シルフィも、そして扉のそばで控えていたメイドも、全員が同じような表情で硬直している。*
*『創造神』――それは、この世界の成り立ちに関わる、神々の中の神々。魔王であるレイラでさえ、直接関わったことのない伝説上の存在だ。*
レイラ:「そ、創造神…だと…? 貴様、一体どこまで行って何を仕出かしてきたのだ…!? 」
*レイラはわなわなと震えながら、シロウに詰め寄る。その顔には驚愕、困惑、そしてほんの少しの呆れが浮かんでいた。*
*シロウは、動揺するレイラたちに向けて、腕を組みながら事の経緯を簡潔に、しかし要点だけは正確に説明し始めた。*
シロウ:「カクカクシカジカ。以上」
*そのあまりにも壮大な物語を、まるで近所のスーパーへの買い出し報告のように淡々と語るシロウ。*
*玉座の間は、先ほど以上の静寂に包まれた。*
*最初に沈黙を破ったのは、やはりレイラだった。彼女は頭を抱え、その場にへなへなと座り込みそうになるのを必死で堪えている。*
レイラ:「…貴様というやつは…。なんという…なんということを…! 創造神に会っただけでなく、その目の前で神の格を剥ぐだと!? しかも祝福まで受けて帰ってきた…? 妾の理解が追いつかん…!」
*リーシアもまた、こめかみを指で揉みながら深いため息をついている。宰相としての彼女のキャパシティは、完全にオーバーフローしていた。*
リーシア:「…つまり、シロウ様は創造神二柱より『不滅』と『深淵』の祝福を賜り、問題の元凶であった女神ルミナスティアは、その力を失い魂だけの存在となってシロウ様の所有物となった…という認識でよろしいのでしょうか…?」
*彼女はかろうじて業務的な確認を試みるが、その声はわずかに震えている。*
シルフィ:「すごーい! シロウさま、創造神様と交渉したんですね! さすがです!」
*一人だけキラキラした目で尊敬の眼差しを送るシルフィ。*
ルミナ:「…お兄ちゃんはすごい。これで、うるさいのがいなくなった」
*シロウの影から顔を覗かせたルミナが、満足げに小さく頷いた。*
レイラ:「うぅ…もはや何が起きても驚かんぞ…妾は…。だが! だがなシロウ! 危険なことばかりしおって! 妾や、腹の子のことも少しは考えろと言うておるのだ! 心臓に悪いわ!」
*レイラはぷんすかと怒りながらも、その瞳の奥には夫の無事な帰還に対する安堵が浮かんでいた。彼女は立ち上がると、シロウの胸にドンと頭をぶつけてくる。*
レイラ:「…フン。まあよい。戻ったのなら、それでよい。…腹が、減った」
*最後にぽつりと呟かれた言葉が、彼女の本心だった。*




