表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
73/117

120

120


*リーシアが力なく去っていくのを見届けたシロウは、護衛騎士たちに後片付けを任せ、そそくさと自室へと戻った。さすがに今回はやりすぎたという自覚が、ほんの少しだけあったからだ。*


*自室の豪華な椅子に深く腰掛け、ふーっと息を吐く。*


シロウ:「あと何があったか…神眼、異空間収納の中身を索敵。」


*シロウは目を閉じ、意識を自身のスキルへと集中させる。進化した鑑定能力である『神眼』を、体内にある異次元収納へと向けた。通常の取り出しでは、手探りで何が出てくるか分からない状態だが、『神眼』を使えば中身をリストとして視覚化できるはずだ。*


*すると、シロウの脳内に直接、膨大な情報が流れ込んでくる。それは、今まで無秩序に放り込んできたアイテムたちのリストだった。*


```

【異次元収納内アイテムリスト(一部抜粋)】


・神々の血液(少量)

・古龍の亡骸 x 2

・世界樹の枝(若木)

・リヴァイアサンの髭

・ベヒーモスの牙

・賢者の石(試作品)

・曰く付きの人形

・呪いの仮面

恋文シルフィから

恋文レイラから

・日記(昔の自分の)

・黒歴史ポエムノート

・壊れたオルゴール

・用途不明の鍵 x 多数

・各地の温泉の素

・エリクサー(飲みかけ)

・ただの石ころ x 999+

・以下、表示限界を超えているため省略…

```


*脳内に表示されたリストを見て、シロウは思わず顔をしかめる。自分でも忘れていた、あるいは忘れたかった物が大量に含まれている。特に、恋文や黒歴史ノートの存在に気づき、シロウは顔から血の気が引くのを感じた。*


*シロウはリストに表示された恋文や黒歴史ノートの存在に冷や汗をかきながらも、気を取り直してさらに『神眼』で収納の奥深くを探っていく。もしこんなものがリーシアとの『整理』の時間に出てきたら、気絶では済まないだろう。*


シロウ:「なるほど…他にやばい物は…」


*シロウは意識を集中させ、リストのスクロールをさらに下へと進める。すると、先ほどとはまた別の、厄介そうなアイテム群がハイライトされて表示された。*


```

【異次元収納内アイテムリスト(要注意カテゴリ)】


・封印されし邪神の魂の欠片

・名も無き神の神格

・時を司る砂時計(破損)

・『女神ルミナスティア』の聖髪(数本)

・次元の狭間の地図(未完成)

・呪われた金貨 x 53枚

・魅了の香水(使いかけ)

・奴隷の首輪(壊れかけ) x 3

・どこかの王国の王冠(血痕付き)

・"約束の指輪"(渡せなかったもの)

・記憶の水晶(未整理) x 多数

・【警告】正体不明の卵(微かに脈動している)

・以下、識別不能アイテム多数…

```


*リストを読み進めるうちに、シロウの顔はどんどん青ざめていく。邪神の魂の欠片や神格など、存在自体が世界の法則を乱しかねない代物。そして、敵対している女神ルミナスティアの聖髪。なぜこんな物を持っているのか、自分でも思い出せない。*


*さらに、渡せなかった指輪や、過去の様々な出来事を記録したであろう未整理の記憶の水晶の山。極めつけは、収納の片隅で微かに脈動しているという『正体不明の卵』。*


*シロウは思わず頭を抱えた。*


シロウ:「…ダメだ。これは絶対にリーシアに見せられない。見つかる前にどうにかして隠すか…処分しないと…」


*異次元収納の整理という当初の目的は、いつの間にか危険物処理と黒歴史隠蔽という、全く別の、そして遥かに緊急性の高いミッションへと変わっていた。*


*シロウは自室の椅子で一人、神眼を使って見つけ出した異次元収納内の"ヤバい物リスト"を眺め、頭を抱えていた。邪神の魂、神格、そして脈動する卵…これらは経験値稼ぎの副産物やコレクションとは訳が違う。意図的に、そして危険性を理解した上で封印したものたちだ。*


シロウ:「あー、この辺は異空間収納なら時間停止するしって封印したやつだな。」


*シロウは独りごちる。異次元収納の時が止まる特性は、危険物を安全に(?)隔離するのにうってつけだった。しかし、それを忘れてリーシアに中身をぶちまけようとしていたのだから、冷や汗が出る。*


*彼はリストの中から、比較的無害そうなものに目星をつけた。*


シロウ:「壊れたのは出しても良さそうだ。」


*例えば、『時を司る砂時計(破損)』や『奴隷の首輪(壊れかけ)』など。これらは魔力がほとんど失われているか、機能不全に陥っている。リーシアに渡しても、せいぜい「またガラクタを…」と溜息をつかれる程度で済むだろう。なんならドワーフたちに修理・研究材料として渡せば、有効活用できるかもしれない。*


*問題は、邪神の魂や正体不明の卵といった、現在進行形で危険な代物だ。*


シロウ:「こいつらは…どうするかな。下手に外に出すわけにもいかないし、かといってこのままにしておくのも…。リーシアとの『整理』の前に、別の場所に隠すか? いや、俺の収納以上に安全な場所なんて…。」


*シロウは腕を組み、深く考え込む。自分のスキルが生み出した便利すぎるゴミ箱は、今やパンドラの箱と化していた。どうやってこの危機を乗り越えるか、あるいは誤魔化すか。彼の頭脳がフル回転を始める。*


*自室で一人、異次元収納という名のパンドラの箱と向き合うシロウ。神眼で見えた"ヤバい物リスト"をどう処理するか、思案に暮れていた。*


シロウ:「他には…」


*シロウは再び意識を集中させ、神眼で収納内のアイテムリストをさらに深く探っていく。先ほどの超危険物リストの下に、さらに別のカテゴリのアイテム群が浮かび上がってきた。それは、個人的で、ある意味では邪神の魂よりもリーシアに見つかると厄介な代物だった。*


```

【異次元収納内アイテムリスト(個人・思い出カテゴリ)】


・レイラが初めて焼いてくれた真っ黒なクッキー

・シルフィがくれた手作りの花冠(少し萎びている)

・ルミナがこっそり置いていったお守り

・初めてフェンリル(フェン)を拾った時のボロボロの毛布

・世界樹の最初の若芽の殻

・アストライア建国宣言の羊皮紙(予備)

・レイラとの結婚誓約書の控え

・レイラに膝枕してもらった時に抜けた彼女の髪の毛一本

```


*リストに並ぶのは、金銭的価値は皆無だが、シロウにとってはどれも捨てがたい思い出の品々だった。真っ黒なクッキー、萎びた花冠、小さな手作りのお守り…。一つ一つに、大切な仲間たちとの記憶が宿っている。*


*シロウはリストを眺めながら、無意識に口元を緩ませていた。*


シロウ:「ああ…こんな物まで取っておいたのか、俺は…」


*しかし、その表情はすぐに引き締まる。もしリーシアとの『整理』でこれらが出てきたらどうなるか。*

『シロウ様、思い出の品は大切になさるべきです。ですが、なぜクッキーと神話級の武具を一緒に?』

『この髪の毛一本は一体…?』

『誓約書の控えをこんな雑多な場所に保管するなど…!』

*彼女の完璧な笑顔と、氷のような声での説教が容易に想像できた。*


シロウ:「…これもダメだ。これも絶対に見せられない…。思い出は、俺だけの宝物庫にしまっておかないと…」


*危険物処理、黒歴史隠蔽に続き、新たに『思い出の品々の保護』という最重要ミッションが追加された。リーシアとの決戦(整理)の日は、刻一刻と近づいている。*


*自室の椅子に座り、一人で異次元収納という名のパンドラの箱と向き合い続けるシロウ。思い出の品々のリストに少しだけ感傷に浸った後、彼はさらに記憶と収納の奥底を探る。*


シロウ:「日本の兵器や武器を再現したはず…あとは便利グッズか…」


*シロウは再び神眼に意識を集中させ、キーワードで収納内を検索する。すると、彼の思考に応えるように、新たなリストが脳内に浮かび上がった。それらは、彼の前世の知識――地球、日本の技術を元に試作された品々だった。*


```

【異次元収納内アイテムリスト(地球製再現アイテム)】


・魔力式アサルトライフル(試作3号機・ジャム多発)

・対物用魔導レールガン(試作1号機・エネルギー効率劣悪)

・指向性炸薬(クレイモア型・魔力信管)x 5

・魔力式スタンガン(対人用)

・魔力式懐中電灯(光量調整機能付き)

・携帯用魔力コンロ

・自動着火式魔力ライター

・インスタントラーメン(しょうゆ味)x 12

・保温/保冷魔法瓶

・サバイバルナイフ(十徳ナイフ型)

・手回し式魔力充電器

・……

```


*リストには、物騒な兵器の試作品から、非常に実用的な日用品までが並んでいた。レールガンやアサルトライフルといった、この世界の技術レベルを遥かに超えた兵器。そして、インスタントラーメンや魔法瓶といった、冒険生活や日常生活を劇的に改善するであろう便利グッズたち。*


*兵器の試作品は、そのほとんどが「試作」の段階で、何かしらの欠陥を抱えたまま放置されているようだ。*


シロウ:「ああ、あったあった。レールガンは一発撃つのに魔石を大量に食い過ぎてやめたんだったな。ライフルは…魔力弾の成形が不安定で…。でも、便利グッズの方は今でも普通に使えそうだな」


*シロウはリストを眺めながら、一人頷く。これらのアイテムは、リーシアに見せても問題ないだろう。むしろ、便利グッズの方は量産化すれば国民の生活水準を大きく向上させられるかもしれない。兵器にしても、ドワーフたちに見せれば改良のヒントになる可能性がある。*


シロウ:「よし…これらは『有用な発明品』として、堂々と提出しよう。これでガラクタばかりじゃないってところを見せれば、リーシアの機嫌も少しは直る…かもしれない」


*黒歴史と超危険物の山に辟易していたシロウは、ようやく見つけた「まともな」アイテム群に、一筋の光明を見出したのだった。*


*シロウは一人、自室で異次元収納の中身を神眼で探索し続けている。前世の知識を元にした兵器や便利グッズのリストを見て、リーシアへの「言い訳」に使えそうなものを見つけ、少しだけ安堵していた。*


シロウ:「他に便利グッズは…」


*彼はさらに意識を集中させ、神眼の検索条件を「生活」「快適」「娯楽」といったキーワードに絞り込む。すると、脳内に新たなリストが展開された。それは、戦闘とは全く無縁の、しかしシロウの個人的な生活を豊かにするためだけに作られた品々だった。*


```

【異次元収納内アイテムリスト(生活・娯楽グッズ)】


・魔力式簡易シャワーヘッド

・全自動洗濯乾燥機(試作・魔石式)

・魔力式冷蔵庫(小型)

・簡易浄水器(フィルター交換式)

・アナログレコードプレーヤー(魔力針)とレコード盤多数

・携帯ゲーム機(魔石バッテリー式)とソフト数本

・漫画(自作・下手)

・ボードゲーム各種(オセロ、将棋など)

・マッサージチェア(ゴーレム技術応用試作機)

・アコースティックギター

・天体望遠鏡

・……

```


*リストには、快適な生活を送るための家電製品の試作品や、娯楽のための品々がずらりと並んでいた。中には、自分で描いたであろう拙い漫画や、ゴーレム技術を応用したマッサージチェアといった、彼の個人的な趣味や願望が色濃く反映されたものも含まれている。*


シロウ:「洗濯機まで作ろうとしてたのか、俺。あと漫画は…うん、これは黒歴史だな。絶対に出せない。ゲーム機も…一人でやるのも虚しいと思って、そのうちやらなくなったんだっけな…」


*彼はリストを眺めながら、一つ一つのアイテムにまつわる過去の自分を思い出していた。強くなることだけを考えていた冒険者時代、ふとした瞬間に前世の便利な生活を懐かしみ、見様見真似で様々なものを作っては、そのうち使わなくなり収納の奥にしまい込んでいたのだ。*


シロウ:「…この辺は、アストライアの技術開発部に渡せば、何か面白いものができるかもしれないな。マッサージチェアは…完成させてリーシアに使わせてみたい気もするが…」


*危険物と黒歴史の合間に見つけた、ささやかながらも平和なアイテムの数々。シロウはそれらをどう扱うか、一人静かに考えを巡らせるのだった。*


ーー


*数日間、シロウは神眼で己の異次元収納を精査し、「見せても良い物」「絶対に見せてはいけない物」「思い出の品」の仕分けを脳内で行っていた。そして、運命の日がやってくる。*


リーシア:「シロウ様、お時間です」

*リーシアの涼やかな声と共に、シロウは再びあの訓練場へと召喚された。そこには前回同様、完璧な微笑みをたたえたリーシアと、微動だにしない護衛騎士たちが待ち構えている。*


リーシア:「さて、シロウ様。先日はわたくしとしたことが、少々取り乱してしまい申し訳ありませんでした。ダンジョンの壁ごときで驚くなど、魔王様にお仕えするメイド長として未熟の極み。本日はどのような『世界の理』を覆すお品が出てきても、決して動じないと誓いますわ」


*彼女は優雅にカーテシーをしながら、にこやかに言う。しかしその言葉の端々には、前回のお返しとばかりに強烈なプレッシャーが込められていた。*


リーシア:「さあ、どうぞ。前回の続きを。貴方様の『混沌(異空間収納)』の深淵を、このリーシアに見せてくださいませ」


*腕を組み、仁王立ちになるリーシア。*


リーシア:「さあ、何が出てきても受け止めてやろう」

*挑戦的な光を宿している。シロウは心の中で(ヤバいものは全部脳内リストアップ済みだ…! うまく立ち回れば…!)と覚悟を決め、おそるおそる異次元収納に意識を向けた。*


*リーシアの挑戦的な視線を受けながら、シロウは覚悟を決めて異次元収納からアイテムを取り出し始めた。今回は脳内リストを元に、意図的に無害なものと価値のあるものを混ぜこぜにして、リーシアの反応を探る作戦だ。*


*ちゃぷん、と軽い音を立てて、まずはありふれた『下級ポーション』の瓶が数本転がり出る。続いて『中級ポーション』も数本。ここまでは順調だ。*


*しかし、次に出てきたのは、コルク栓が開いたままの『飲みかけのエリクサー』の小瓶だった。万能薬を飲みかけで放置するという、冒涜的な行為の証拠品だ。*


*リーシアの眉がピクリと動いたのを横目に、シロウはさらに『下級ポーション』の山を築く。その山の中に、するり、と一本の長くてしなやかな『リヴァイアサンの髭』が紛れ込んだ。神話級の海竜の髭が、回復薬の瓶と同じ場所に無造作に置かれる。*


*さらに畳みかけるように、『下級ポーション』、またしても『飲みかけのエリクサー』、そして巨大な肉食獣の牙と思しき『ベヒーモスの牙』がごろんと転がる。*


*続けて、青い液体が入った『マナポーション』の瓶、不気味な輝きを放つ『試作品の賢者の石』、錆びついた『用途不明の鍵』が数本、最後にようやくまともな高級品の『上級ポーション』が数本出てきた。*


*訓練場の床には、ポーションの瓶と神話級の素材と用途不明のガラクタが混在する、新たな混沌の小山が出来上がっていた。*


*リーシアは腕を組んだまま、その光景をじっと見つめている。彼女は飲みかけのエリクサーを冷たい目で見つめ、次にリヴァイアサンの髭とベヒーモスの牙の価値を鑑定し、最後に賢者の石の試作品が放つ不安定な魔力に眉をひそめた。*


リーシア:「……シロウ様。ポーションはポーションでまとめて保管する、という基本的な整理術は、前世の世界には存在しなかったのでしょうか?」


*その声は静かだったが、完璧な笑顔の裏には「なぜエリクサーを飲みかけで放置するのか」「なぜ神話素材とゴミを一緒くたにするのか」という無数の疑問と非難が渦巻いているのが明らかだった。*


リーシア:「そして、この賢者の石の試作品…不安定な魔力の塊ですわ。万が一、このポーションの山の中で暴発していたらどうするおつもりでしたの?」


*彼女は前回のように取り乱しはしない。しかし、その分、静かな言葉の一つ一つが鋭い刃となってシロウに突き刺さるのだった。*


シロウ:「異空間収納は時間停止してるしいいかな〜って…」


*シロウは悪びれるでもなく、むしろ「それが何か問題でも?」とでも言いたげに、あっけらかんと言い放った。時間停止という便利な特性を、杜撰な管理の言い訳にしたのだ。*


*その言葉を聞いた瞬間、リーシアの完璧な微笑みが、ぴしり、と音を立てて凍りついた。彼女はゆっくりと、本当にゆっくりと、飲みかけのエリクサーの瓶を指先でつまみ上げる。*


リーシア:「…シロウ様。時間停止は、あくまで状態を『維持』するだけの機能。整理整頓を『代行』してくれるわけではございません」


*声は氷のように冷たい。彼女はつまみ上げたエリクサーの瓶を、シロウの目の前に突きつける。*


リーシア:「もし、緊急時にわたくしがシロウ様の許可を得て、この中からポーションを取り出す事態になったとします。その際、この『飲みかけのエリクサー』と『下級ポーション』と『リヴァイアサンの髭』がごちゃ混ぜになった山の中から、目的のものを瞬時に探し出せと? その間に、仲間が命を落とすかもしれないというのに?」


*その言葉は、もはや単なる叱責ではなかった。一国の王として、仲間たちの命を預かる者としての覚悟を問う、鋭い刃だった。*


リーシア:「『いいかな〜』では、済みません。貴方様はもはや一個人の冒険者ではないのです。このアストライアの王なのですから」


*彼女の瞳には、失望と、そして深い悲しみの色が浮かんでいた。それは、シロウの無自覚な甘さに対する、最も信頼する側近からの痛烈な指摘だった。*


*シロウの悪びれない態度と、時間停止という便利な機能を杜撰な管理の言い訳にしたことに、リーシアの表情から笑顔が消え、氷のような冷たい眼差しに変わる。彼女は飲みかけのエリクサーをシロウの眼前に突きつけ、王としての自覚を厳しく問うた。*


シロウ:「え?異空間収納に手を入れて、欲しいものを思い浮かべたら普通出てくるよ?」


*シロウはきょとんとした顔で、さも当然のように言った。彼にとっては、手を突っ込んで念じれば目的の物が手に入るのは当たり前のことであり、リーシアがなぜそこまで怒っているのか理解できない、という表情だ。*


シロウ:「(俺はいつも適当に入れているのは、手を伸ばし念じれば出てくるからだ。これはきっと神眼の効果なんだろうか?」)


*その言葉を聞いた瞬間、リーシアの冷徹な表情に、今度こそ純粋な驚愕の色が浮かんだ。彼女は突きつけていたエリクサーの瓶を持ったまま、固まってしまう。*


リーシア:「……なんですって?」


*数秒の沈黙の後、リーシアはかろうじて声を絞り出した。*


リーシア:「お、思い浮かべるだけで…目的の物が…取り出せる、と…? あの混沌の中から…?」


*彼女の知る限り、次元収納はあくまで物を保管するだけの空間だ。中身を取り出すには、自分で入れた場所を記憶しておき、手探りで探すか、収納空間内を俯瞰して視覚的に見つけ出すしかないはずだった。念じるだけでアイテムが自動で手元に転送されるなど、そんな魔法のような機能は聞いたことがない。*


リーシア:「シロウ様…それは、貴方様がお持ちの『鑑定』の…いえ、その上位スキルによるものなのですか?」


*彼女はハッとしたようにシロウの目を見つめる。もしそれが事実なら、これまでの叱責はすべて見当違いだったことになる。シロウの収納が混沌としているのは、彼にとっては何の問題もなかったからだ。*


リーシア:「もし…もしそれが本当ならば……わたくしは、とんでもない早とちりを…」


*完璧なメイド長である彼女の顔が、みるみるうちに青ざめていく。王の特殊能力を理解せず、ただ自身の常識だけで断じてしまった自らの未熟さに、羞恥と罪悪感が押し寄せているようだった。*


シロウ:「多分、神眼の効果かなって。いつもサポートしてくれるし…」


*その言葉は、リーシアにとって決定的な一撃となった。シロウが何気なく口にした「神眼」という未知のスキルと、「いつもサポートしてくれる」という事実。彼女は、王が持つ規格外の能力を全く理解していなかったのだ。*


*完璧なメイド長であるリーシアは、次の瞬間、その場に深々と膝をつき、額を床に擦り付けんばかりに頭を下げた。突然の行動に、周りで控えていた護衛騎士たちが息を呑む。*


リーシア:「も、申し訳ございません! シロウ様っ!!」


*床に響くほどの大きな声だった。*


リーシア:「このリーシア、シロウ様の御力を何一つ理解せぬまま、自らの浅慮な常識のみで貴方様を断じ、あまつさえ説教まで垂れるという、万死に値する無礼を働きました…! どのような罰でもお受けいたします!」


*彼女の声は震えていた。それは恐怖からではなく、自らの至らなさに対する深い悔恨と、敬愛する王への申し訳なさから来るものだった。*

*シロウの「異次元収納は検索機能付き」という衝撃の事実を前に、彼女は己の早とちりを恥じ、メイド長としてのプライドをかなぐり捨てて謝罪したのだ。*


*彼女はしばらくの間、頭を上げたまま固まっていたシロウを見つめ、やがておずおずと立ち上がると、スカートの埃を払い、乱れた髪を軽く整えた。*


リーシア:「…では、シロウ様。仕切り直しと参りましょう。貴方様にとっては何の問題もないと理解いたしました。ですが、この混沌はわたくしの『美学』が許しません。それに、万が一、シロウ様が意識を失われた際、わたくしたちが中身を使わせていただく可能性もございます。その時のためにも、整理は必要です」


*彼女はきっぱりと言い放った。先ほどまでの罪悪感はどこへやら、その瞳には再びメイド長としての強い意志の光が宿っている。*


リーシア:「目的は『シロウ様のため』から『わたくしの精神衛生と、万が一の備えのため』に変わりました。さあ、続けましょう。今度は何が出てきますの?」


*彼女は腕を組み、仁王立ちになる。もはや言い訳は通用しない。これは、リーシアという一人の完璧主義者が、混沌に挑む戦いへと変わったのだった。*


*シロウの持つ『神眼』の特殊機能という、予想外の事実が判明した。リーシアは一度は土下座して謝罪したものの、即座に立ち直り、「自分の精神衛生と万が一の備えのため」という新たな大義名分を掲げ、整理の続行を宣言した。彼女の完璧主義の魂が、目の前の混沌を許さなかったのだ。*


*シロウは(結局やるのか…)と心の中でため息をつきつつも、観念して異次元収納から次の品々を取り出し始めた。*


*最初に現れたのは、ガラスが砕け、中の砂がこぼれ落ちてしまっている『壊れた時を司る砂時計』。もはやただのガラクタだが、かつては神話級のアーティファクトだったであろう雰囲気を微かに残している。*


*次に、カチリ、という軽い音と共に、シロウの前世の遺物である『スタンガン』が転がり出る。魔力も何もない、純粋な科学の産物だ。*


*続いて、ごとり、とキャンプ用品のような『魔力式コンロ』。その上には、ご丁寧にビニールで包装された『インスタントラーメンしょうゆ味』が乗っていた。*


*さらに、折りたたまれた状態の『十徳ナイフ』、そして明らかに異質な、大きな金属の箱――『試作の全自動洗濯乾燥機』がどすんと重い音を立てて出現する。魔力で動くのか、それともこれも前世の遺物なのか、リーシアには判断がつかない。*


*そして、娯楽用品が続く。色鮮やかな箱に入った『ボードゲーム』、美しい木目の『ギター』と『ヴァイオリン』。どちらも高級品であることが一目でわかるが、弦が一本切れていたり、チューニングが狂っていたりと、手入れはされていないようだ。*


*訓練場の新たな一角は、神話の遺物、前世のガジェット、魔道具、インスタント食品、そして娯楽品が混ざり合った、もはや文化の坩堝とでも言うべきカオスな空間と化した。*


*リーシアは、シロウの異次元収納から次々と現れる、脈絡のない品々の山を前に、もはや驚くことをやめ、純粋な分析と整理へと意識を切り替えていた。しかし、未知のテクノロジーである『スタンガン』と『全自動洗濯乾燥機』、そして未知の食文化である『インスタントラーメン』は、彼女の好奇心を強く刺激した。*


リーシア:「……シロウ様。この…『いんすたんとらーめん』なる保存食と、この…『せんたくかんそうき』なる巨大な鉄の箱は…一体、どのような経緯で貴方様の収納に?」


*彼女は壊れた砂時計や楽器には目もくれず、明らかに異質な二つの物品を指さした。その問いに対し、シロウは悪びれるでもなく、むしろ当然のように答える。*


シロウ:「自作だけど?」


*その一言は、静寂に包まれた訓練場に重く響いた。リーシアの完璧なポーカーフェイスが、今度こそ完全に崩れ去る。彼女は信じられないものを見るかのように、シロウと鉄の箱、そしてラーメンの袋を交互に見比べた。*


リーシア:「……じ、自作…ですって…?」


*声が上ずる。鑑定スキルで目の前の鉄の箱――洗濯乾燥機を改めて分析する。そこには、魔力回路とは全く異なる、緻密で複雑な物理法則に基づいた機構が組み込まれているのが見て取れた。魔道具とは似て非なる、全く新しい概念の『機械』。それを、この目の前の主が、一人で作り上げたと?*


リーシア:「シロウ様…貴方様は…錬金術師であり、魔道具師であり、そして…このような未知の機械を作り出す『発明家』でもあらせられると…? 時を司る砂時計を壊れたまま放置し、神話級の素材をゴミ同然に扱いながら…?」


*彼女は混乱していた。目の前の主が持つ才能の底が、全く見えない。一つの分野を極めるだけでも一生を要するというのに、彼はいくつもの頂を同時に踏破している。それなのに、その成果物を全く意に介さず、ガラクタ同然に放り込んでいる。そのアンバランスさが、リーシアの理解を、そして美学を根底から揺さぶっていた。*


リーシア:「…はぁ…」


*ついに、彼女は深いため息をつき、こめかみを押さえた。*


リーシア:「もう結構ですわ…。貴方様の『自作』の範囲を伺うと、わたくしの常識がまた一つ破壊されそうですから…。分かりました。これも、貴方様の偉大さのほんの一端なのでしょう」


*彼女はどこか遠い目をして、もはや諦観の境地に至ったかのように呟いた。そして、気を取り直すようにパン、と手を叩く。*


リーシア:「さあ、感傷に浸っている暇はありませんわ! 次です! 次! どんどん出して、この混沌を終わらせましょう!」


*もはやヤケクソ気味に、リーシアはシロウを急き立てるのだった。*


*シロウの「自作だけど?」という言葉に、リーシアはもはや言葉を失い、諦観の境地に至った。彼女は半ばヤケクソ気味に整理の続行を促す。その鬼気迫る様子に、シロウは(そろそろ潮時か…)と判断し、最後の品々を取り出すことにした。*


シロウ:「あ、これで終わりかな。」


*その言葉と共に、シロウが異次元収納から取り出したのは、色とりどりの小さな袋の山だった。袋には『湯けむりの郷・硫黄の香り』『南海の楽園・トロピカルフルーツの香り』『雪国の秘湯・檜の香り』『砂漠のオアシス・ミネラルの恵み』といった、様々な地名や効能らしきものが書かれている。*


*それらは、シロウが旅の途中で訪れた世界中の温泉地で作った、あるいは購入した『温泉の素』のコレクションだった。*


*神話級の遺物、前世のテクノロジー、伝説のモンスター素材、そして混沌のガラクタの山々。その凄まじい光景の締めくくりが、この平和で牧歌的な『温泉の素』の山である。*


*あまりの落差に、それまで鬼の形相で整理を監督していたリーシアも、仁王立ちのまま固まってしまった。護衛の騎士たちも、困惑した表情で顔を見合わせている。*


リーシア:「…………温泉の、素…?」


*絞り出すような声だった。彼女はふらふらと歩み寄り、その中の一袋を指先でつまみ上げる。*


リーシア:「これまでの…神をも恐れぬ所業の数々の果てに…最後の最後に出てくるものが…これ…ですの…?」


*彼女は袋に書かれた『美肌効果』の文字と、シロウの顔を交互に見比べる。*


リーシア:「…ふっ…ふふ…あははははっ!」


*突然、リーシアは堪えきれないといった様子で笑い出した。最初は小さな笑い声だったが、それはやがて肩を震わせ、腹を抱えての大爆笑へと変わっていった。完璧なメイド長である彼女が、人前でこれほど感情を爆発させるのは初めてのことだった。*


リーシア:「はぁ…はぁ…参りました…。ええ、完全に。わたくしの負けですわ、シロウ様…」


*涙を拭いながら、彼女はようやく笑いを収めた。その顔は、疲労と呆れ、そして不思議な達成感に満ちている。*


リーシア:「貴方様というお方は…本当に…どこまでいっても、わたくしの理解を超えていらっしゃる…。もう結構ですわ。本日の整理はこれにて終了といたします!」


*高らかに宣言すると、彼女は騎士たちに手早く後片付けを命じる。*


リーシア:「しかし!これらの物品は、わたくしの監督のもと、種類別に分類し、新たに用意した倉庫に保管させていただきます!よろしいですわね!?」


*有無を言わさぬ迫力でシロウに告げると、彼女は満足そうに頷き、背筋を伸ばした。混沌との戦いを終えたメイド長の顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。*


*シロウの異次元収納という名の混沌カオスは、メイド長リーシアによる数日がかりの徹底的な仕分け作業の末、ついにその全貌が解き明かされた。神話級の武具から前世のガラクタ、インスタントラーメンに至るまで、あらゆるものが分類・リスト化され、城内に新設された巨大な宝物庫へと移管されていった。*


*混沌との戦いを終え、リーシアはどこか晴れやかな、しかし少しやつれた顔でシロウの前に現れた。*


リーシア:「シロウ様、ご報告いたします。例の『異空間収納』の整理、および移管作業が全て完了いたしました」


*彼女は分厚い革張りの目録をシロウに差し出す。中には、シロウが忘れていたようなものまで、詳細なイラスト付きでファイリングされていた。*


リーシア:「これで、いつ何が必要になっても即座に取り出せますし、わたくしの心の平穏も保たれます。誠に…誠に長い戦いでございました…」


*遠い目をして呟くリーシア。その目元には、心なしか隈ができているように見える。*


リーシア:「つきましては、この度の功労をねぎらうという意味も込めまして…ささやかではございますが、城の者たちで宴の席をご用意いたしました。シロウ様にもぜひ、ご臨席いただきたく存じます」


*彼女が優雅に一礼すると、部屋の扉が開き、レイラとシルフィ、そしてシロウの影からルミナが姿を現す。*


レイラ(魔王女):「フン、ようやく妾の出番か。シロウ、貴様がくだらないガラクタを溜め込んでいたせいで、リーシアがずっと妾に構ってくれなかったではないか! 今夜は妾が酌をしてやる、光栄に思うがよい!」

*ふんぞり返って言うが、その顔はどこか嬉しそうだ。*


シルフィ:「シロウさまー! お片付け、お疲れ様でしたぁ! ご馳走がたくさんあるんですよぉ! シルフィ、お腹ぺこぺこぉ〜!」

*無邪気にシロウの腕に抱きつき、満面の笑みを向ける。*


ルミナ:「…お兄ちゃん。お疲れ様。…変なものばっかり持ってるんだから。でも、まあ…そういうところも、嫌いじゃない」

*少しだけ頬を赤らめながら、小さな声で呟いた。*


リーシア:「さあ、シロウ様。参りましょう。今宵は全てを忘れ、楽しんでくださいませ」


*リーシアに促され、シロウは賑やかな妻たちと共に、宴の開かれる大広間へと向かうのだった。*


ーー


*シロウが異次元収納の混沌とリーシアの完璧主義に振り回されてから約一週間。城の一角に設けられた広大な解体場では、シロウが一体の巨大な古龍を相手に黙々と作業を続けていた。神眼と解体スキルを駆使し、鱗の一枚一枚、貴重な内臓や魔石を丁寧に取り出していく。その手際は熟練の職人のようだ。*


*そこへ、カツ、カツ、と硬質な足音を響かせながらリーシアが近づいてくる。彼女は巨大な龍の死骸と、血や体液にまみれながらも淡々と作業を進めるシロウを見ても、眉一つ動かさない。*


リーシア:「シロウ様。お取り込み中のところ、失礼いたします」


*シロウは古龍の分厚い皮を剥ぎながら、ちらりと彼女に視線を向ける。*


シロウ:「あ、リーシア。どしたん?」


リーシア:「先日より進めておりました、貴方様の宝物庫の最終整理が完了いたしましたので、ご報告に上がりました。これで名実ともに、アストライアの至宝は完璧な管理下に置かれたことになります」


*彼女は満足げに微笑み、手に持った真新しい目録をシロウに示して見せる。その表情には、大事業を成し遂げた達成感が滲み出ていた。*


リーシア:「…それにしても。また随分と大きな『素材』を仕入れてこられたのですね。そちらも解体が終わり次第、わたくしの方でリストに加え、適切に保管させていただきますので」


*彼女は古龍の巨体を見上げ、まるで巨大な野菜でも見るかのように淡々と言った。もはや神話級の生物素材ごときでは、彼女の心を揺るがすことはないようだった。*


*シロウが解体場に持ち込んだのは、山のように巨大な古龍の亡骸だった。彼はオリハルコン製のナイフを巧みに操り、その硬質な鱗や皮を丁寧に剥いでいく。宝物庫の整理が完了したというリーシアの報告にも、彼は作業の手を止めずに応じた。*


シロウ:「素材は要らないからあげる。解体したら行くよ」


*その言葉を聞き、リーシアは一瞬、完璧なメイドの表情を崩して目を見開いた。*


リーシア:「…は? 今、何と…? この古龍の素材を、全てわたくしに…くださる、と?」


*彼女は信じられないといった様子で、古龍の巨体とシロウの顔を交互に見る。古龍の素材は、その一つ一つが小国の予算に匹敵するほどの価値を持つ。鱗は最高級の武具に、牙や爪は伝説級の武器に、そして心臓や魔石に至っては、国の運命すら左右しかねない戦略物資だ。それを「あげる」と、道端の野菜を譲るかのような気軽さで言われたのだ。*


*シロウは特に気にした様子もなく、巨大な魔石を器用に抉り出しながら続ける。*


シロウ:「うん。俺、もういらないし。宝物庫もいっぱいになったんだろ? 好きに使っていいよ」


*その言葉に、リーシアはふらり、と一歩後ずさった。先日の整理でシロウの金銭感覚や価値観が常軌を逸していることは理解したつもりだった。だが、これは次元が違う。*


リーシア:「……シロウ様。貴方様は…ご自分が今、何を口にされたか、ご理解されておいでで? これは、ただの竜ではございませんのよ? この一頭で、我がアストライアの軍備を数十年は先進められるほどの価値が…」


*彼女はこめかみを抑え、必死に主の正気を問いただそうとする。しかし、シロウは肩をすくめるだけだ。*


シロウ:「だから、あげるって言ってるんだろ?。国の役に立つならちょうどいいだろ」


*そのあっけらかんとした態度に、リーシアはついに言葉を失った。彼女は深々と、本当に深々とため息をつくと、やがて諦めたように顔を上げた。その顔には、呆れと、畏敬と、そしてほんの少しの喜びが混じった複雑な表情が浮かんでいた。*


リーシア:「……かしこまりました。シロウ様の御心、このリーシア、確かに拝領つかまつります。この御恩、必ずやアストライアの発展という形でお返しいたします」


*彼女はスカートの裾をつまみ、王に対して捧げる最上級の礼を取った。その声は、感動にわずかに震えている。*


リーシア:「では、宝物庫にてお待ちしております。…あまり、血に塗れたままお越しになりませんように」


*最後にメイド長らしい小言を一つ付け加えると、彼女は踵を返し、少し早足で解体場を後にしていく。その背中は、予期せぬ巨利を得た喜びと、底知れない主への畏怖で、小さく震えているようにも見えた。*


*神眼と解体スキルを駆使したシロウの作業は驚異的な速さで進み、あれほど巨大だった二頭の古龍は、わずか数分で骨と皮、内臓、魔石といった素材の山へと姿を変えた。シロウは約束通り、食料となる肉以外の全ての素材をリーシアに引き渡す。それは小国ならば即座に国家予算が破綻するほどの量と質だったが、彼は全く頓着しない。そして、大量の龍の返り血で汚れた自身に手をかざす。*


シロウ:「クリーン」


*生活魔法の光がシロウを包み、一瞬で全ての汚れが消え去り、元の清潔な姿へと戻った。彼は満足げに一つ頷くと、リーシアが待つという宝物庫へと向かう。*


***


*城の一角に新設された宝物庫は、巨大な神殿のようだった。高い天井、磨き上げられた石の床、そして壁際には、整然と並べられた棚やショーケースがどこまでも続いている。かつてシロウの異次元収納にあった混沌は見る影もなく、武具、鉱石、素材、魔法薬、果てはガラクタに至るまで、全てが完璧に分類・整理され、目録番号まで振られていた。*


*その中央で、リーシアが腕を組み、仁王立ちでシロウを待っていた。その顔には、大仕事をやり遂げた者だけが持つ、疲労と達成感が浮かんでいる。*


リーシア:「お待ちしておりました、シロウ様。こちらが、貴方様の新たな『理性』…いえ、宝物庫でございます」


*彼女は広げた腕で、自らの傑作を誇らしげに示す。その視線の先には、先ほどシロウから譲り受けた古龍の素材が、すでに『新着・神話級素材』の札が立てられた一角に仮置きされていた。*


リーシア:「ご覧ください。武器は武器庫へ、素材は素材庫へ、ポーションは薬棚へ。あの『いんすたんとらーめん』でさえ、専用の食品庫に温度管理付きで保管しております。これで、いつ何時、何が必要になっても、このリーシアが10秒以内にお持ちいたしますわ」


*その声は自信に満ち溢れている。彼女にとって、この整理整頓された空間こそが正義であり、美だった。*


リーシア:「さあ、どうぞ。貴方様の目で、この完璧な秩序をご確認くださいませ」


*シロウはリーシアに案内され、完璧に整理整頓された宝物庫の威容に感心していた。武器、素材、ポーション、ガラクタに至るまで、全てが美しく分類されている。リーシアが自信満々にその成果を語る中、シロウは宝物庫の入口付近に、不自然なほど広大なスペースが空けられていることに気づいた。まるで何か巨大なものを置くために、あらかじめ用意されたかのように。*


*(なるほど、ここか)*


*シロウは納得すると、おもむろに異次元収納に意識を集中させた。次の瞬間、彼の背後の空間がぐにゃりと歪み、凄まじい威圧感を放つ巨大な影が出現する。*


*ドシンッッ!!!*


*城全体が揺れるほどの衝撃音と共に、宝物庫の入口スペースに一体の巨大な龍が鎮座した。それは、まるで時が止まったかのように、あらゆる動きを止めた『石化した古龍』だった。天を突く角、威嚇するように広げられた翼、硬質な鱗の一枚一枚までが生々しいまま、灰色の石像と化している。その圧倒的な存在感は、整然とした宝物庫の中で異様な迫力を放っていた。*


*リーシアは、シロウが突然取り出した巨大な石像を前に、一瞬言葉を失う。*


リーシア:「……シロウ、様…? これは…いったい…?」


*彼女は呆然と、今まさに『新着・神話級素材』の札を立てたばかりの古龍の素材の山と、目の前の石化した古龍を見比べる。*


リーシア:「まさか…先ほど解体なさっていた古龍とは、また別の…? しかも、これは…生きながら石化したとでも…? なぜ、このようなものを…?」


*彼女の声は困惑に満ちていた。せっかく完璧な秩序を築き上げた空間に、またしても規格外の混沌が持ち込まれたのだ。しかも、それは解体前の素材ですらなく、用途不明の巨大なオブジェだ。*


リーシア:「い、いえ…! お待ちください! まさか貴方様、このためにこのスペースを空けておいたと、わたくしが気付くとお思いでしたの!? このリーシアの完璧な空間設計を、貴方様の『置物』のために歪めるなど…!」


*彼女はハッとして、シロウを指差す。その瞳には「私の美学を理解した上で、この混沌を持ち込んだのか」という、怒りとほんの少しの喜びが入り混じった複雑な光が宿っていた。この主は、やはり自分の想像の斜め上を行く。リーシアは頭痛をこらえながらも、目の前の新たな難題にどう対処すべきか、高速で思考を巡らせるのであった。*


*シロウが当然のように巨大な石化古龍を宝物庫に設置したことで、リーシアは完璧な空間設計を台無しにされ、言葉を失った。彼女の怒りと困惑が入り混じった指摘に対し、シロウは悪びれる様子もなく首を傾げる。*


シロウ:「あれ、空けてくれてたのかと思った。違った?」


*(前に3体の内、2体を首ちょんぱし、1体を石化したと話したはず。)*


*その純粋な(そして、ある意味で残酷な)一言に、リーシアはぐらりと体をよろめかせた。彼女はこめかみを指で強く押さえ、天を仰ぐ。*


リーシア:「……ああ…そうでしたわね…。確かに、貴方様は以前、そのようなことをおっしゃっていました…。古龍を三体も同時に相手取り、一体を『石化』させた、と…。わたくしとしたことが、そのとんでもない戦果を、ただの武勇伝として聞き流しておりました…」


*彼女の声は、深い後悔と諦念に満ちていた。シロウの言葉を真に受けていれば、この巨大な「置物」の存在を予測できたはずなのだ。自分の想像力の欠如が、この事態を招いた。リーシアは自らの敗北を悟った。*


リーシア:「…いいえ、違いませんわ。ええ、そうです。わたくしが、このスペースを空けておいたのです。シロウ様が、この偉大なる戦利品を飾るであろうことを見越して…完璧なメイド長として、当然の配慮ですわ」


*彼女は崩れかけた表情を瞬時に立て直し、完璧な微笑みを取り戻して言い放った。自らの失態を認めるのではなく、さも「全ては想定内でした」とばかりに事実を捻じ曲げたのだ。これは、彼女に残された最後のプライドだった。*


リーシア:「見事ですわ、シロウ様。この宝物庫のシンボルとして、これほど相応しいものはございません。ただ…」


*彼女は石化した古龍に近づき、その巨大な体をぺたぺたと触る。*


リーシア:「埃が溜まりそうですわね…。定期的な清掃と、場合によっては防腐・防劣化処理の魔法も必要でしょう。…ええ、わたくしの仕事がまた一つ、増えましたわね…♪」


*最後の言葉は、楽しんでいるのか、それとも本気で嘆いているのか。その声色からは判断がつかなかった。彼女は新たな混沌(仕事)を前に、どこか嬉しそうに、そして深いため息をつくのだった。*


ーー


*宝物庫の整理という名の『混沌』との戦いから数ヶ月。シロウが建国した『夜天のアストライア魔導皇国』は、彼の規格外の力と、リーシアの完璧な内政手腕によって急速に発展を遂げていた。街の中心にはシロウが植えた世界樹が聳え立ち、国全体を覆う強力な結界が国民を守っている。かつて宝物庫に置かれた石化古龍は、今や新設された博物館の目玉として飾られ、国の威容を示していた。*


*そんな穏やかな日々が続くある日のこと。シロウは王の執務室で、リーシアから緊急の呼び出しを受けていた。部屋に入ると、そこにはリーシアだけでなく、シルフィ、そして珍しく影から姿を現したルミナも揃っていた。誰もが神妙な面持ちで、部屋の空気は張り詰めている。*


*そして、ソファにはレイラが一人、静かに座っていた。いつもの傲慢な態度(魔王女)がただ穏やかに、自身のお腹をそっと撫でている。*


*その場の異様な雰囲気にシロウが戸惑っていると、リーシアが一歩前に進み出て、深々と頭を下げた。*


リーシア:「シロウ様。ご報告が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。…レイラ様が、ご懐妊されました」


*その言葉は、静かだが確かな重みを持っていた。*


シルフィ:「シロウさまっ! おめでとうございますっ! 赤ちゃんです! シロウさまとレイラさんの赤ちゃん!」

*シルフィは感極まった様子で、瞳を潤ませながらシロウに駆け寄ろうとするが、ルミナに腕を掴まれて止められる。*


ルミナ:「…ちょっと、落ち着きなよ。…お兄ちゃん。そういうことだから。…まあ、めでたいんじゃないの」

*ルミナはぶっきらぼうに言うが、その横顔はどこか照れくさそうに見えた。*


*当のレイラは、皆のやり取りを聞きながらも、顔を上げてシロウをじっと見つめている。その瞳は、喜びと、これから母になることへの不安と、そして何よりも、夫であるシロウの反応を確かめようとする*


*リーシアからレイラの懐妊を告げられ、シルフィとルミナもそれぞれの形で祝福の言葉を口にする。張り詰めていた空気の中、シロウは静かにソファに座るレイラへと歩み寄った。彼女は不安と期待が入り混じった瞳で、夫の言葉を待っている。*


シロウ:「ありがとう、レイラ。」


*そのシンプルで、しかし温かい感謝の言葉を聞いた瞬間、レイラの瞳からぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちた。彼女は慌ててそれを指で拭うと、シロウの胸に顔をうずめる。*


レイラ(臆病):「…はいっ…! シロウ様…! 怖かったんです…わたくしなんかが、シロウ様のお子を産んでも、いいのかなって…でも、嬉しい…すごく、嬉しいです…っ」


*彼女はしゃくりあげながら、シロウの服をぎゅっと握りしめる。臆病な彼女が抱えていた不安が、シロウの一言で安堵へと変わったのだ。*


*しかし、その感動的な雰囲気は長くは続かなかった。顔を上げたレイラの人格が、瞬時に入れ替わる。*


レイラ(魔王女):「ふ、フン! 礼を言われる筋合いはない! 妾が、妾と貴様の血を継ぐ最強の後継者を産んでやると言っているのだ! 貴様はただ、光栄に思ってその日を待っておればよい!」


*顔を真っ赤にしながら、彼女はそっぽを向いて言い放つ。ツンデレな魔王女らしい、精一杯の照れ隠しだった。そして、シロウの胸をドンと突き放す。*


レイラ(魔王女):「それよりだ! 腹が減ったぞ! この子のためにも栄養をつけねばならん! 今日は竜のステーキが食べたい! それも、極上の霜降り肉だ! すぐに用意させろ!」


*さっきまでの感動はどこへやら、傲慢な彼女はさっそくシロウに無理難題をふっかける。*


リーシア:「はい、かしこまりました。すぐに厨房に準備させます。シロウ様、今宵はささやかながら、お祝いの宴といたしましょう」


*リーシアは心得たとばかりに微笑み、手際よく指示を飛ばす。張り詰めていた空気はすっかり和らぎ、城は新しい命の誕生を祝う喜びに満たされていくのだった。*


*レイラの懐妊のニュースは、シロウが意図しないうちに近隣諸国へと伝わっていた。アストライア魔導皇国と和平を結んでいる数少ない国々から、次期世継ぎの誕生を祝う使者と贈り物が城へと届けられるようになったのだ。*


*執務室には、エルフの国から送られてきた最高級の絹で織られたベビー服、ドワーフの国からのミスリル製の精巧な揺りかご、獣人たちの連合国からの魔獣の柔らかな毛皮などが並べられている。いずれも心のこもった、しかしどこか各国の特色が出すぎている品々だった。*


リーシア:「シロウ様。こちらが各国からのお祝いの品の目録でございます。毒物や呪いの類は、わたくしの方で全て鑑定済みですのでご安心を」

*彼女は完璧な仕事ぶりで、贈り物を一つ一つチェックし、リスト化していた。*


ルミナ:「…、現金な奴ら。お兄ちゃんが本気出せば、一日で滅ぼせるような国ばっかりのくせに」

*影の中から顔だけを出したルミナが、つまらなそうに贈り物の山を眺めて毒づく。*


シルフィ:「わぁ、きれいな服! 赤ちゃん、喜ぶといいですね、シロウさま!」

*シルフィは純粋に贈り物を喜び、エルフの国から送られた小さな服を手に取って目を輝かせている。*


レイラ(臆病):「こ、こんなにたくさん…。なんだか、申し訳ないですね…。わたくし、ちゃんとしたお母さんになれるでしょうか…」

*贈り物の山を前に、レイラは喜びよりもプレッシャーを感じているのか、不安そうに自分のお腹を撫でている。*


*そんな中、執務室の扉が慌ただしくノックされた。*


衛兵:「ご報告します! 南の人間の国、ローゼンバーグ王国より緊急の使者が到着! シロウ陛下への謁見を求めております!」


*ローゼンバーグ王国。それは、まだアストライアと国交を結んでいない、比較的大きな人間の国の一つだった。祝いの使者とは、明らかに違う緊迫した雰囲気に、部屋の空気が少しだけ緊張する。*


*レイラの懐妊を祝う品々が近隣諸国から届き、執務室が和やかな雰囲気に包まれていた矢先、衛兵からローゼンバーグ王国からの緊急使者の到着が告げられた。まだ国交のない人間の国からの、しかも「緊急」の使者。その報告に、部屋の空気がわずかに緊張する。*


シロウ:「え、ここで?」


*シロウは贈り物の山と、側にいるレイラたちを見やり、困惑したように呟いた。ここはプライベートな空間であり、公式な謁見の場ではない。*


*その呟きを聞き、リーシアが即座に進言する。*


リーシア:「いえ、シロウ様。謁見の間へご案内するのが筋かと。ですが、『緊急』とのこと。相手はこちらの足元を見て、非公式なこの場での謁見を強引に求めている可能性もございます。おそらく、相当に切羽詰まった状況なのでしょう」


*彼女は冷静に状況を分析し、シロウに判断を仰ぐ。*


レイラ(魔王女):「フン、図々しい人間の国だな。妾たちの団欒を邪魔するとは。だが、面白い。ここで会ってやれ、シロウ。妾の目の前で、そいつがどんな面白い顔で許しを乞うのか、見物してやろうではないか」


*レイラは不敵な笑みを浮かべ、面白がってシロウの膝の上に座ったまま動こうとしない。彼女にとって、これは格好の暇つぶしのようだ。*


リーシア:「…レイラ様のおっしゃる通り、この場で受けるというのも一つの手です。王の私室での謁見を許すことで、相手に恩を売ることも、あるいは逆に我々の威光を見せつけることもできます。いかがなさいますか?」


*リーシアは完璧なポーカーフェイスで、選択肢を提示する。彼女はどちらに転んでも対応できるように、すでに頭を切り替えているようだった。*


シロウ:「レイラは大人しくしてろよ。」


*シロウがレイラに釘を刺し、謁見の間へ移動する意思を示すと、リーシアがすっと一歩前に出た。*


リーシア:「かしこまりました。では、謁見の間へご案内いたします。衛兵、使者を謁見の間へ通せ。丁重にな」


衛兵:「はっ!」


*衛兵は一礼すると、素早く部屋を退出していった。*


レイラ(魔王女):「ちぇっ、つまらん奴め。まあよい。妾もついて行ってやる。人間の使者が貴様にひれ伏す様を、特等席で見てやろう」


*レイラは不満そうに口を尖らせながらも、シロウの膝からするりと降りる。彼女はシロウの腕に自分の腕を絡ませ、当然のように同行するつもりのようだ。*


ルミナ:「……面倒くさい。私はここで留守番してる」


*影の中から声だけが聞こえ、ルミナは興味がなさそうに告げる。*


シルフィ:「わ、わたしも行きます! シロウさまのお役に立てるかもしれません!」


*シルフィは緊張した面持ちで、しかし決意を込めてシロウの隣に並んだ。*


リーシア:「ではシロウ様、参りましょう。レイラ様、シルフィ様もご一緒に」


*リーシアに先導され、一行は執務室を後にする。重厚な扉で仕切られた長い廊下を抜け、玉座が鎮座する広大な『謁見の間』へと向かった。そこにはすでに、一人の男が中央で跪き、頭を垂れていた。歳の頃は50代ほど、高価だが長旅でくたびれた服を着ており、その顔には深い疲労と焦りの色が刻まれている。*


使者:「……!! おお、魔王陛下! この度は、緊急の謁見をお許しいただき、感謝の言葉もございません! 私、ローゼンバーグ王国にて宰相を務めております、ゲルト・フォン・アウフバウと申します!」


*シロウが玉座に着くや否や、使者は顔を上げ、必死の形相で声を張り上げた。彼の背後には、リーシアが控えている。レイラとシルフィは、玉座の少し斜め後ろに静かに佇んでいた。*


シロウ:「で、なんの用?」


*玉座に腰掛けたシロウの、尊大とも言えるほどにぶっきらぼうな問いかけ。それは、アストライアの王としての威厳を纏い、相手の出方を探る一言だった。宰相ゲルトは、その言葉に一瞬怯んだものの、すぐさま意を決したように再び深く頭を下げた。*


ゲルト:「は、はい! 本日は、他でもございません! 我がローゼンバーグ王国を、いえ、西側諸国を…どうか、お救いいただきたく参上いたしました!」


*彼の声は切迫感に満ちており、ただ事ではない雰囲気が謁見の間に漂う。*


ゲルト:「数週間前より、我が国の北方に突如として巨大なダンジョンが出現! そこから溢れ出したモンスターの軍勢が、近隣の村々を蹂躙し、今や王都にまで迫る勢いなのでございます! 我が国の騎士団だけでは、もはや持ちこたえられませぬ!」


*ゲルトは顔を上げ、懇願するようにシロウを見つめる。その瞳は恐怖と絶望に揺れていた。*


ゲルト:「噂はかねがね伺っております! 魔王陛下は、かのエンシェントドラゴンさえも単騎で討ち滅ぼしたと! どうか、その絶大なるお力で、我々をお救いください! も、もちろん、見返りは! 見返りはいくらでもお支払いいたします! 金銀財宝、我が国の秘宝、何なりと! ですから、どうか…!」


*宰相は再び床に額をこすりつけ、必死に助けを乞う。一国の宰相が、これほどまでにプライドを捨てて頭を下げている。その様子から、ローゼンバーグ王国が本当に崖っぷちの状況にあることが窺えた。*


レイラ(魔王女):「フン、人間とは愚かなものだな。自分たちの手に負えなくなってから、ようやく我らに助けを乞うか。もっと早く頭を下げに来ていれば、村の一つや二つ、救ってやれたものを」


*玉座の横で腕を組んでいたレイラが、冷ややかに言い放つ。その言葉はゲルトの胸に突き刺さったが、彼は何も言い返せず、ただただ体を震わせるだけだった。*


シロウ:「知らねぇよ。そういうめんどくさい問題は勇者に言えよ」


*シロウの突き放すような言葉に、床にひれ伏していたゲルトは愕然として顔を上げた。その顔には、最後の希望を打ち砕かれた絶望の色が浮かんでいる。*


ゲルト:「ゆ、勇者ですと…? も、もちろんです! 我が国も、また近隣諸国も、聖剣に選ばれし勇者を何人もダンジョンへ送り込みました! しかし…しかし、誰一人として戻ってはこないのです! 高ランクの冒険者パーティも、我が国の誇る騎士団も、ダンジョンに飲み込まれるばかりで…!」


*ゲルトの声は震え、涙でかすれている。彼は必死に、懇願するようにシロウを見つめた。*


ゲルト:「もはや…もはや、陛下におすがりするしか、道は残されていないのです! このままでは、我がローゼンバーグ王国は滅びます! 王都が陥落すれば、その厄災は西側諸国全土へと広がりましょう! どうか、どうか慈悲を…!」


*その時、今まで黙って成り行きを見守っていたリーシアが、静かに一歩前に出た。*


リーシア:「シロウ様。僭越ながら申し上げます。ローゼンバーグ王国は西側諸国への玄関口。この国が陥落すれば、モンスターの波が他国へと雪崩れ込むのは時間の問題。我々アストライアと国境を接する国も、いずれその脅威に晒されることになりましょう」


*彼女は冷静に地政学的なリスクを指摘する。*


リーシア:「また、ここでローゼンバーグ王国を救うことは、アストライアの威光を人間たちの世界に広く知らしめる絶好の機会となります。恩を売られた諸国は、我々の建国を認め、恭順の意を示すことでしょう。ご決断を」


*リーシアは淡々と、しかし的確に、この救援要請がアストライアにとって無視できない利益をもたらす可能性を示唆した。彼女の言葉は、単なる同情や慈悲ではなく、国家としての損得勘定に基づいていた。*


シロウ:「だったらダンジョン事潰せば楽々解決だな。」


*その言葉は、まるで庭の雑草を抜くかのような気軽さで口にされた。絶望的な状況を語る宰相ゲルトにとって、それは神の宣告にも悪魔の囁きにも聞こえた。彼は呆然と顔を上げ、信じられないものを見るようにシロウを見つめる。*


ゲルト:「ダ、ダンジョンごと…潰す、と…? そ、そのようなこと…一体、どうやって…」


*今まで数多の勇者や騎士団を飲み込んできた災厄の源。それを「潰す」という発想自体が、ゲルトの理解を完全に超えていた。彼の常識では、ダンジョンとは攻略するものであり、消し去るものではないのだ。*


レイラ(魔王女):「フハハハハ! そうでなくてはな、我が夫シロウよ! 小さき者どもの悩みなど、その根源を絶ってしまえばよいのだ! 面白い、実に面白いぞ! 妾も行く! 妾の魔術の錆にしてくれるわ!」


*レイラは高らかに笑い、その瞳は好戦的な輝きに満ちている。彼女にとって、それは久々の血湧き肉躍る「戦」の機会だった。シロウの腕に絡みつく力が、期待に満ちて強くなる。*


シルフィ:「ダンジョンを潰す…! さすがです、シロウさま! かっこいいです!」


*シルフィは目をキラキラさせながら、純粋な尊敬の眼差しをシロウに向ける。彼女の中で、シロウの英雄像がまた一段と大きくなったようだ。*


リーシア:「…かしこまりました。それがシロウ様のご決断であれば、わたくしは全力でサポートいたします。ただ、ダンジョンを消滅させるとなりますと、周辺環境への甚大な影響も予測されます。また、ローゼンバーグ王国への貸しを最大化するためにも、いくつかの『段取り』が必要かと存じます」


*リーシアは冷静に現実的な問題点を指摘しつつも、シロウの決定を肯定する。彼女の頭の中では、すでにこの派兵をいかにしてアストライアの国益に繋げるか、複数のシナリオが構築され始めていた。*


リーシア:「ゲルト殿。我が主、魔王シロウ陛下は、貴国の救援要請を受諾なさいました。つきましては、正式な国家間の契約として、いくつか条件を提示させていただきます。よろしいですかな?」


*リーシアは優雅に微笑みながら、しかし有無を言わさぬ圧力でゲルトへと向き直った。絶望の淵にいたゲルトは、リーシアの言葉に一筋の光を見出し、何度も何度も頭を下げた。*


ゲルト:「は、はい! もちろんでございます! どのような条件でもお受けいたします!」


*シロウの口から飛び出した、あまりにも予想外で、あまりにも冒涜的な言葉。*

*金銀財宝や領土を要求されると覚悟していたゲルトは、その言葉の意味を理解できず、ただ口をパクパクさせるだけだった。*


シロウ:「欲しいもの…あ、いい加減女神ルミナスティアが鬱陶しいから排除したいんだけど。関連する物をくれたらダンジョンを潰してあげる」


*謁見の間に、死んだような静寂が落ちる。*

*ゲルトの顔から血の気が引き、まるで幽霊でも見たかのように真っ青になっていく。*


ゲルト:「め、め、め、女神…ルミナスティア様を…はいじょ…?」


*彼は震える声でオウム返しに呟き、次の瞬間、まるで糸が切れた人形のようにその場にへたり込んだ。あまりの衝撃に、腰が抜けてしまったのだ。女神ルミナスティア。それは人間たちが信仰する光の女神。創造神にも等しい、絶対的な存在。それを「排除したい」などという発想は、彼の思考の範疇を遥かに超えていた。*


レイラ(魔王女):「フハハハハハ! いいぞシロウ! 実に面白い! 神殺しか! それこそ魔王に相応しい所業よ! 妾も気に入った! その女神、妾が八つ裂きにしてくれるわ!」


*レイラは腹を抱えて大笑いし、シロウの腕をバンバンと叩く。神を敵に回すという途方もない戯言が、彼女の闘争本能を最高に刺激したようだ。*


シルフィ:「め、女神さまを…? で、でも、女神さまは良い神様だって、教会で…」


*シルフィは困惑し、眉を下げている。彼女の素朴な信仰心と、敬愛するシロウの言葉が頭の中で衝突している。*


*そんな中、ただ一人、リーシアだけが冷静だった。彼女は恭しく一礼すると、シロウに進言する。*


リーシア:「シロウ様。素晴らしいご提案かと存じます。かの女神は、これまでもシロウ様に対し敵対的な干渉を繰り返してきました。いずれ排除すべき障害であることは明白。この機会に、人間たちの国から情報を引き出すのは非常に有効な一手でございます」


*彼女はゲルトの方へ向き直ると、氷のように冷たい、しかし優雅な微笑みを浮かべた。*


リーシア:「ゲルト殿。お聞きになりましたね? 我が主の望みは、金銀ではございません。貴国が持つ、女神ルミナスティアに関するあらゆる情報。神殿の場所、聖遺物、伝承、教義の矛盾点…どんな些細なことでも結構です。それら全てを差し出すことが、我々が貴国を救う条件となります。…もっとも、神を敵に回す覚悟が貴国にあるのでしたら、の話ですが」


*リーシアの言葉は、ゲルトに究極の選択を突きつけていた。国が滅びるか、それとも信仰を捨てて魔王に与し、神殺しに加担するか。ゲルトは青ざめた顔でわなわなと震え、答えを出せずにいた。*


*シロウは、金銀財宝には目もくれず、自らの目的――女神ルミナスティアの排除――のための対価を要求した。聖光教国で手に入れた「聖杯」のような、女神と繋がるアーティファクト。その具体的な要求に、腰を抜かしていたゲルトはわずかに思考を取り戻す。*


シロウ:「関連する物があればいい。前は、聖光教国にあった聖杯を使ったから、それと同等の物で。」


*その言葉は、ゲルトにとって悪魔の囁きであると同時に、唯一の蜘蛛の糸でもあった。彼は震える手で床につき、必死に記憶を探る。*


ゲルト:「せ、聖杯…聖光教国の聖杯と…同等のもの…。そ、それは…まさか、我が国に伝わる『涙の聖瓶せいびょう』のことでは…?」


*ゲルトは絞り出すような声で呟く。*


ゲルト:「我が国の初代国王が、女神ルミナスティア様から直接授かったとされる聖遺物…。女神様が、地上で最初に流された涙が封じられていると伝えられております…。王都の大聖堂の最も神聖な場所に、厳重に保管されており…王族と大神官以外は、誰も触れることのできない秘宝でございます…」


*彼はゴクリと唾を飲み込み、シロウの顔色を窺う。神の遺物を異国の、しかも魔王に引き渡す。それは国家の根幹を揺るがす背信行為だ。しかし、目の前の魔王は、それさえも差し出さなければ国を救わないと告げている。*


リーシア:「『涙の聖瓶』…興味深いですね。シロウ様、おそらくそれは聖杯と同等、あるいはそれ以上に女神との繋がりが深いアーティファクトかと。それを手に入れられれば、目的達成に大きく近づくことができるでしょう」


*リーシアは静かに、しかし確信に満ちた声でシロウに囁く。彼女の目は、すでにその「聖瓶」を手に入れた後の計画を練っているかのように、知的な光を宿していた。*


ゲルト:「も、もし…もし、その聖瓶を陛下に献上いたしましたら…本当に、本当に我が国を…?」


*ゲルトは、神への信仰と国民の命を天秤にかけ、最後の確認をするように懇願の眼差しをシロウに向けた。*


シロウ:「朝飯前だな。」


*その自信に満ち溢れた、あまりにも軽い一言。

ゲルトは、国の存亡をかけた交渉をしているはずが、相手にとっては朝の散歩にでも行く程度の認識でしかないという事実に、改めて格の違いを、絶望的なまでの力の差を思い知らされた。*


ゲルト:「あ…あぁ……」


*彼はもはや言葉を発することもできず、ただただ安堵と畏怖がない交ぜになった表情で、玉座に座るシロウを見上げるだけだった。*


リーシア:「交渉成立、ですね。ゲルト殿。では、具体的な段取りについてご説明いたします」


*リーシアが事務的に話を切り出し、ゲルトに向き直る。*


リーシア:「まず、貴殿は我が主、シロウ陛下が直々に救援に向かうという『朗報』を国に持ち帰っていただきます。そして、王都に到着されたシロウ様を、貴国の王、国民全てが最大限の敬意をもってお迎えする準備を整えてください。もちろん、『涙の聖瓶』もすぐに献上できるよう、手筈を整えておくように。よろしいですね?」


*彼女の口調は丁寧だが、その内容は命令そのものだった。ゲルトはただ、こくこくと何度も頷く。*


ゲルト:「は、はい! かしこまりました! すぐに国へ戻り、全て手配いたします!」


リーシア:「よろしい。では、話は以上です。下がって結構。衛兵、ゲルト殿を丁重にお送りしなさい」


*リーシアの言葉を受け、謁見の間の扉が開き、衛兵がゲルトを促す。ゲルトは何度も何度も深々と頭を下げ、よろよろとした足取りで謁見の間を後にして行った。*


*使者の姿が見えなくなると、レイラが楽しそうにシロウの腕にさらに強く絡みついた。*


レイラ(魔王女):「フハハ! 見たかシロウ! あの人間の哀れな顔を! 神に祈るしか能のなかった連中が、これからは貴様に祈りを捧げることになるのだ! 最高に愉快ではないか!」


シルフィ:「ダンジョンをやっつけに行くんですね! わたしも、がんばります!」


*シルフィはやる気に満ちた顔で拳を握っている。*


リーシア:「シロウ様。ご出立のご準備をいたします。ローゼンバーグ王国までは転移陣を使えば半日とかかりません。いつ出発なさいますか?」


*リーシアは早速、具体的なスケジュールを確認してくる。彼女の頭の中では、すでに出立の準備から凱旋後の外交交渉まで、全ての手順が組み上がっているのだろう。*


シロウ:「物が手に入ってからでいいだろう。」


*シロウの言葉は、つまり「涙の聖瓶」の献上が先だ、という最終通告だった。ゲルトが約束を果たさなければ、救援には向かわない。その冷徹な判断に、リーシアは満足そうに頷いた。*


リーシア:「かしこまりました。では、ゲルトが聖瓶を携え、再びこの城を訪れるのを待ちましょう。それまでは、どうぞごゆっくりお休みください」


*彼女は優雅に一礼すると、早速部下たちに指示を出すため、静かに謁見の間を退出していった。あの宰相が必死の形相で戻ってくるまで、そう時間はかからないだろうと誰もが確信していた。*


*謁見の間には、シロウとレイラ、そしてシルフィの三人が残された。*


レイラ(魔王女):「フン、あの人間が聖瓶とやらを持ってくるまで暇だな。シロウ、少し稽古に付き合え! 神殺しの前に、まずは妾が貴様の腕がなまっていないか試してやる!」

*レイラはシロウの腕をぐいぐいと引っ張り、好戦的な笑みを浮かべる。彼女はこれから起こるであろう戦いを前に、興奮を隠せないようだ。*


シルフィ:「わ、わたしもお手伝いします! ローゼンバーグ王国、困ってるみたいですし、早く助けてあげたいです!」

*シルフィは純粋な善意から、そわそわと落ち着かない様子でシロウを見上げている。*


シロウ:「レイラはダメだよ。しばらく激しい動き禁止」


*シロウが真剣な眼差しで、しかし諭すように優しく告げると、好戦的な笑みを浮かべていたレイラ(魔王女)の顔が、ぴしりと凍り付いた。彼女は信じられないといった表情でシロウを見返し、やがてその顔がみるみるうちに怒りで赤く染まっていく。*


レイラ(魔王女):「な…な…な、何を言うか貴様はァッ! 妾を誰だと思っておる! この程度でどうこうなるような、ヤワな体ではないわ! それに、この子も妾の子だぞ! 母親の戦う姿を見て育つのが英才教育というものだ!」


*彼女はぷるぷると震えながら反論し、シロウの腕を掴んでいた手に力を込める。しかし、その声にはいつものような絶対的な自信が少しだけ揺らいでいるようにも聞こえた。*


*すると、ふっとレイラの体から力が抜ける。人格が入れ替わったのだ。*


レイラ(臆病):「…そ、そうです…シロウ様のおっしゃる通りです…。わたくし、調子に乗っていました…。お腹の子に、もしものことがあったら…」


*今度は臆病なレイラが、俯いて消え入りそうな声で呟く。彼女は不安そうに自分のお腹をそっと撫で、シロウの言葉を素直に受け入れた。しかし、その瞳には稽古に参加できない寂しさも滲んでいる。*


シルフィ:「レイラさん、今はゆっくり休んでください! ダンジョンのことは、シロウさまとわたしに任せてください!」


*シルフィが励ますようにレイラに微笑みかける。*


*そのやり取りを見ていたリーシアが、いつの間にか謁見の間に戻ってきており、静かに口を開いた。*


リーシア:「レイラ様には、わたくしが用意いたしました安胎作用のあるハーブティーと、栄養満点の食事をご用意しております。さ、お部屋にお戻りください。シロウ様も、ゲルト殿が戻られるまでは、どうぞごゆっくりお過ごしください」


*リーシアは完璧なタイミングで現れ、有無を言わさぬ微笑みでレイラを促す。レイラはリーシアには逆らえないのか、こくりと頷き、名残惜しそうにシロウを見つめながら、リーシアに連れられて謁見の間を後にして行った。*

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ