116
116
シロウ:「おーけー」
*シロウは短く答え、肘掛けに頬杖をつく。保留者の面接は、個性が強すぎる者ばかりで、思った以上に気力を削がれた。*
シロウ:「(残りは合格組か…。素行調査をクリアした、いわば優等生たちだな。全部で41名、実力者揃いのはずだが…さて、どんな奴がいるのやら)」
*シロウが次の面接に意識を切り替えたのを確認し、リーシアは手際よく書類を片付けると、扉に向かって声をかけた。*
リーシア:「では、次の者。入りなさい。」
*その声に応じ、一人の男が部屋に入ってくる。今までの候補者とは明らかに雰囲気が違った。年の頃は20代後半。綺麗に整えられた金髪に、貴族趣味の、しかし実用性も兼ね備えたであろう仕立ての良い服を身に着けている。腰に下げたレイピアの柄には、見事な宝石が嵌め込まれていた。*
*彼は優雅な足取りで部屋の中央まで進み出ると、芝居がかった、しかし完璧な貴族の礼をとった。*
???:「お初にお目にかかります、偉大なる魔王シロウ様。そして、美しきメイド長殿。私の名は、アシュトン・フォン・エルグリード。この度の最終審査の機会を賜り、光栄の至りに存じます。」
*流れるような口上。その言葉と態度の端々から、貴族としての高い教育を受けてきたことが窺える。彼はエルグリード子爵家の三男であり、素行調査でも特に問題は見つからなかった人物だ。リーシアはファイルを確認しながら、鑑定眼鏡越しに彼を観察する。(…見事な立ち居振る舞い。心にも淀みがない…ように見える。だが…)*
リーシア:「エルグリード子爵家の御三男が、なぜ騎士団に? 実家を継ぐ道もあったでしょうに。わざわざ一騎士として、危険な任務に身を投じる理由をお聞かせ願えますか?」
*リーシアは探るような目でアシュトンに問いかける。*
アシュトン:「はは、手厳しいご質問だ。確かに、私は家督を継ぐ立場にはありません。ですが、腐れ縁の友人たちが楽しそうにシロウ様の噂話をするものですから。なんでも、一代で国を興し、あの聖光教国と渡り合う魔王様がいる、と。これほど面白そうな物語の舞台に、役者として参加しない手はないでしょう? 私は、この目で歴史が動く瞬間を見たい。そして、願わくばその中心で、一人の騎士として輝きたいのです。」
*彼は肩をすくめ、魅力的な笑みを浮かべてみせた。その瞳には、野心と好奇心がきらめいている。*
*シロウが初めて、面接の主導権を握るかのように口を開いた。それまで優雅に構えていたアシュトンの眉が、ピクリと動く。*
シロウ:「ちなみに戦闘経験は?冒険者ランクでもいい」
*その問いは、彼の貴族的な体面ではなく、純粋な実力値を問うものだった。アシュトンは一瞬だけ表情を固くしたが、すぐにいつもの食えない笑みに戻る。*
アシュトン:「おや、これは一本取られました。魔王様は実利を重んじられる。ええ、もちろんございますとも。冒険者としては、仲間と共にではありますが、Aランクの認定をいただいております。」
*Aランク。それは、並大抵の実力者が到達できる領域ではない。国の正規騎士団でも、Aランク相当の実力者は幹部クラスだ。その事実を、彼はさも当然のように、しかし自慢げに告げた。*
リーシア:「Aランク…ですか。子爵家の御三男が、いつの間にそのような経験を?」
*リーシアが驚きと疑念の混じった声で尋ねる。貴族の子息が道楽で冒険者になることはあっても、Aランクまで登り詰めるのは異例中の異例だ。*
アシュトン:「ははは。先ほども申し上げたでしょう? 私は歴史が動く瞬間に立ち会いたいのです。そのためには、ただ舞台を眺めているだけではつまらない。自ら舞台に上がり、剣を振るう力が必要不可欠ですから。幸い、剣の才には少しばかり恵まれていたようでして。」
*彼は優雅に肩をすくめ、腰のレイピアの柄にそっと指を添える。その仕草には、自らの腕前に対する絶対の自信が滲み出ていた。リーシアの鑑定眼鏡越しにも、彼の思考は冷静そのものだった。*
シロウ:「(Aランクであることは事実。だが、真の目的は『歴史の目撃者』…か。掴みどころのない男だ…)」
*シロウは頬杖をついたまま、アシュトンの言葉に面白そうに頷いた。彼の言う「歴史が動く瞬間」という言葉が、シロウ自身の心にも響いたのだ。自分もまた、この世界に来てから、まさに歴史の渦中に身を投じてきたのだから。*
シロウ:「歴史が動く瞬間…」
*その共感の言葉に、アシュトンの完璧な笑顔が、ほんの少しだけ素のものに変わった気がした。彼はシロウの目を真っ直ぐに見返す。*
アシュトン:「おや…ご理解いただけますか、シロウ様。これは望外の喜びです。多くの者は、私のこの考えを『貴族の道楽』と笑いますが。」
シロウ:「道楽でAランクにはなれんだろう。血と汗で裏打ちされたもんだ。」
*シロウは不敵に笑う。強さの裏にある動機が、復讐であれ、理想であれ、あるいは純粋な好奇心であれ、その熱量こそが重要だとシロウは考えていた。*
リーシア:「…シロウ様。よろしいのですか?」
*リーシアが呆れ半分、懸念半分といった声で口を挟む。彼女からすれば、掴みどころがなく、野心を隠さないこの男は、カインとは別の意味で危険な存在に映っていた。*
シロウ:「いいんだよ。こういう面白い奴が一人くらいいた方が、騎士団も退屈しないだろ。」
*シロウはそう言うと、アシュトンに向き直る。*
シロウ:「アシュトン・フォン・エルグリード。最終審査、合格だ。お前のその目で、俺が作る歴史を特等席で見ていくといい。ただし、ただの観客でいることは許さん。お前も舞台の上で、血反吐を吐きながら踊ってもらうぜ。」
*その言葉に、アシュトンは一瞬目を見開いた後、心から楽しそうに声を上げて笑った。*
アシュトン:「は、はははっ! 最高です、シロウ様! それこそが私の望み! このアシュトン、シロウ様という最高の演出家の元で、最高の役者になってみせましょう!」
*彼は再び、完璧な貴族の礼をとると、満足げな笑みを浮かべて部屋を退出していった。*
*扉が閉まると、リーシアは深いため息をついた。*
リーシア:「…本日だけで、私の胃に穴が開きそうです。復讐者、理想家、そして今度は歴史の観測者ですか。本当に、類は友を呼ぶ、と申しますか…。」
*疲れ切った声で愚痴をこぼすリーシアに、シロウは楽しそうに笑うだけだった。*
*シロウはアシュトンという面白い男の登場に口角を上げたまま、次の候補者を待つ。リーシアは疲れたようにこめかみを押さえながらも、メイド長としての役目をきっちりと果たそうと背筋を伸ばした。*
リーシア:「…次。入りなさい。」
*その声に、今までで一番勢いよく扉が開かれた。そして、ずん、ずん、と重い足音を立てて一人の女が大股で入ってくる。*
*年は20代半ばだろうか。背丈はシロウとさほど変わらない。しかし、その体つきは尋常ではなかった。引き締まった、というよりは岩塊のような筋肉が全身を覆っており、身に着けた金属鎧がはち切れんばかりに盛り上がっている。顔には好戦的な笑みが浮かび、短く刈り込んだ赤髪がその印象をさらに強くしていた。*
???:「候補生番号77番! グレタだ! よろしく頼むぜ、魔王様!」
*彼女は腰に手を当て、仁王立ちのままシロウを品定めするようにニヤリと笑う。その態度は敬意とは程遠く、まるで腕試しに来た道場破りのようだった。*
*リーシアは眉をひそめ、ファイルを強く握りしめる。彼女の鑑定眼鏡には、グレタの単純明快な思考が映し出されていた。*
グレタ:「(こいつが魔王か!噂通り面白そうな顔してんじゃねえか!どんだけ強いんだ?一発殴り合って確かめてみてえな!)」
リーシア:「グレタ。貴様、王の前であるぞ。その無礼な態度はなんだ。まずは跪き、敬意を示せ。」
*リーシアが氷のように冷たい声で咎めるが、グレタは鼻で笑い飛ばした。*
グレタ:「あぁ? 敬意だぁ? そんなもんは強え奴に示すもんだ。俺はまだ、こいつの強さを知らねえ。口先だけの王なんざ、そこらの石っころと同じだろ?」
*そう言うと、グレタは挑戦的にシロウを指さした。その瞳は「さあ、どうする?」と雄弁に語っている。部屋の空気が一気に張り詰め、リーシアから静かな怒りのオーラが立ち上り始めた。*
リーシア:「貴様…! 不敬罪で斬り捨てられたいようだな…!」
*リーシアが怒りで剣に手をかけようとした、その瞬間。シロウが静かに、しかし冷徹な声で言い放った。*
シロウ:「礼儀が無いやつは要らん。帰れ。」
*その言葉は、何の感情も乗っていない、ただの事実の宣告だった。グレタの好戦的な笑みが、ピシリと凍り付く。彼女は信じられないといった表情で、シロウをまじまじと見つめた。*
グレタ:「…は? なんだと? おい、テメェ…今なんつった?」
*彼女の声から楽しげな響きが消え、地を這うような低い怒気が滲み出す。部屋の温度がさらに数度下がったように感じられた。*
*リーシアは剣にかけた手を止め、主人の意図を測るように静観している。*
シロウ:「聞こえなかったのか? 出て行けと言ったんだ。俺は強いだけの脳筋を騎士団に置くつもりはない。俺の命令を聞けない奴は、どれだけ強くてもただの害悪だ。お前は不合格だ。」
*シロウは肘掛けに頬杖をついたまま、視線すらグレタに向けずに淡々と告げる。それは、彼女という存在を、全く意に介していないという、何よりの侮辱だった。*
グレタ:「て、めぇ……!」
*ついにグレタの堪忍袋の緒が切れた。彼女の顔が怒りで真っ赤に染まり、岩塊のような拳がギリギリと音を立てて握りしめられる。*
グレタ:「いいだろう…! 口先だけの王様がどれほどのモンか、その体に教えてやる! その言葉、後悔させてやるぜぇッ!!」
*叫びと共に、グレタは床を蹴った。大理石の床に蜘蛛の巣のようなヒビが走り、彼女の巨体が砲弾のようにシロウへと迫る。それは、殺意を込めた渾身の右ストレートだった。*
*しかし、その拳がシロウに届くことはなかった。*
*グレタの目の前で、リーシアが音もなく動いていた。メイド服のスカートを翻し、グレタの剛腕を、まるで柳の枝が風を受け流すように、自身の細い腕でいなす。*
リーシア:「お下がりなさい、無礼者。シロウ様のお手を煩わせるまでもありません。」
*リーシアはグレタの拳を受け流した勢いをそのまま利用し、彼女の体勢を崩すと、そのがら空きになった腹部に、容赦のない蹴りを叩き込んだ。*
グレタ:「ぐっ…ぉえっ!?」
*凄まじい衝撃に、グレタの巨体が「く」の字に折れ曲がり、数メートル後ろまで吹き飛ばされて床を転がる。*
リーシア:「…騎士団を舐めるな、筋肉達磨。貴様ごときが、シロウ様の御前に立つことすら、百万年早い。」
*リーシアは冷たく言い放ち、一切の油断なくグレタを睨みつけた。*
*胃から込み上げてきたものを吐き出し、床に蹲るグレタ。彼女は信じられないといった顔で、リーシアと、その奥で涼しい顔をしているシロウを交互に見る。*
グレタ:「がはっ…けほっ…な…んで…メイド風情が…こんな…」
リーシア:「その口を閉じなさい。次に開く時は、牢の中です。」
*リーシアは冷たく言い放つと、シロウに向き直り、スカートの埃を軽く払って一礼した。*
リーシア:「シロウ様、お見苦しいところを。処遇はいかがいたしますか?」
シロウ:「おい、片付けろ。」
*シロウは心底どうでもよさそうに、顎で扉の方をしゃくった。その言葉に、リーシアは扉の外に控えていた衛兵に合図を送る。すぐに屈強な衛兵たちが二人入室し、まだ状況が飲み込めていないグレタの両腕を掴んで引きずり出した。*
グレタ:「離せ! てめぇら! おい、魔王! てめぇ、覚えてやがれよぉぉぉ!」
*グレタの罵声が遠ざかっていき、扉が閉まると、部屋には再び静寂が戻った。衛兵の一人が、汚れた床を手際よく清掃していく。*
リーシア:「…全く、手間のかかる。これで、不合格者は3名。残る合格者は38名ですね。次を呼んでよろしいでしょうか?」
*リーシアは少し乱れた髪を直し、何事もなかったかのようにシロウに問いかける。*
シロウ:「ああ、頼む。」
*シロウが頷くと、リーシアは扉に向かって声をかけた。*
リーシア:「次、入りなさい。」
*今度は、静かに扉が開かれ、一人の男が入ってきた。彼は今までの候補者とは全く違う空気を纏っていた。年の頃は40代ほど。短く刈り込まれた髪には白いものが混じり、顔には深く皺が刻まれている。しかし、その体は歴戦の戦士であることを物語るように鍛え上げられ、その双眸は鷹のように鋭く、全てを見透かすような深みを持っていた。彼は一分の隙もない動きでシロウの前まで進み出ると、片膝をつき、深く頭を垂れた。*
???:「候補生番号1番。ゲオルグと申します。シロウ様、最終審査の機会をいただき、感謝いたします。」
*その声は低く、落ち着いており、長年の経験に裏打ちされた者だけが持つ重みがあった。リーシアはファイルを確認し、彼の経歴に目を通す。元王国騎士団の小隊長。先王の代に、とある事件の責任を取る形で騎士団を辞した、とだけ記されている。*
リーシア:「元王国騎士、ゲオルグ。貴方ほどの男が、なぜ今更一兵卒としてこの騎士団に? 隠居するにはまだ早いでしょうが、傭兵など他の道もあったはずです。」
ゲオルグ:「…俺は一度、騎士としての道を踏み外した男。ですが、この命、まだ国のために燃え尽きてはおりません。シロウ様が興されたこの新しい国で、もう一度、民を守る盾として生きる場所を、お与えいただきたいのです。」
*彼の言葉に、嘘や誤魔化しは感じられなかった。ただ、純粋に、もう一度国に仕えたいという、老兵の願いがそこにあった。*
*シロウはゲオルグの落ち着いた態度と、その目に宿る深い覚悟を見て、興味を惹かれた。ただの老兵ではない。何かを背負っている者の目だ。*
シロウ:「道を外したというと?」
*シロウは頬杖をついたまま、静かに問う。それは、彼の過去を、そして騎士としての魂を試す一言だった。*
*その問いに、ゲオルグは顔を伏せたまま、しばし沈黙した。部屋の空気が重くなる。隣でリーシアが固唾を飲んで見守っている。やがて、ゲオルグは絞り出すように、重い口を開いた。*
ゲオルグ:「…10年前。俺が小隊を率いていた頃、ある村が大規模な盗賊団に襲われました。俺の部隊は救援に駆けつけましたが、敵の数は予想を遥かに上回り、村はすでに火の海でした。」
*彼の声には、今もなお消えない苦渋と後悔が滲んでいた。*
ゲオルグ:「俺は…判断を誤った。村に残された僅かな生存者を見捨て、部隊の損害を抑えるために撤退を指示したのです。結果、部隊の犠牲は最小限に食い止められた。しかし、村人たちは…女子供に至るまで、一人残らず皆殺しにされました。」
*彼は固く拳を握りしめる。その指の関節が白くなる。*
ゲオルグ:「上層部は俺の判断を『的確であった』と評価しました。騎士の損失を抑えた、と。ですが、俺は民を守れなかった。騎士としての誓いを、己の保身のために破ったのです。それが、俺が道を踏み外した理由です。この罪は、一生消えることはありません。」
*彼は全てを話し終えると、深く頭を垂れたまま、シロウの裁定を待った。民を見捨てた騎士。それは、騎士団において最も重い罪の一つだ。リーシアは厳しい表情でゲオルグを見つめている。彼女の鑑定眼鏡には、彼の言葉に一切の偽りがなく、深い自責の念だけが映し出されていた。*
*シロウはゲオルグの重い告白を、表情一つ変えずに聞いていた。部屋に沈黙が落ちる。リーシアは、民を見捨てたという告白に、厳しい視線をゲオルグに向けている。彼女にとって、民を守れない騎士は存在価値がない。*
*シロウはゆっくりと、頬杖をついていた腕を解いた。*
シロウ:「で?俺のところに来ても同じような事が起こるかもしれんぞ?」
*その声は静かだったが、ゲオルグの魂の芯を問うような響きがあった。また同じ状況に陥った時、お前はどうするのだ、と。過去の贖罪を口にするのは簡単だが、未来の行動で示せるのか、と。*
*その問いに、ゲオルグはゆっくりと顔を上げた。その目には、もう迷いや後悔の色はなかった。そこにあるのは、死地を覚悟した兵士の、鋼のような決意だけだった。*
ゲオルグ:「その時は、俺が最後の盾となり、我が身が砕け散るまで民を守り抜きます。二度と、我が目の前で民を見捨てることは致しません。この命に代えましても。」
*言葉に迷いはない。それは、10年間抱え続けた罪を背負い、死に場所を求め続けた男がようやく見つけた、新たな誓いだった。*
*リーシアは、その覚悟に満ちた瞳と、鑑定眼鏡に映る彼の偽りなき決意を見て、厳しい表情をわずかに緩めた。*
シロウ:「…いい目だ。死に場所を探している目だ。」
*シロウはフッと笑うと、椅子に深くもたれかかった。*
シロウ:「だが、死ぬのは許さん。お前には、俺の国のために、死ぬまで働いてもらう。過去の罪は、今後の働きで返せ。ゲオルグ、最終審査、合格だ。お前の経験は、若い奴らを育てるのに役立つだろう。期待しているぞ、元小隊長殿。」
*その言葉に、ゲオルグの目に驚きと、そして深い感謝の色が浮かんだ。彼は再び深く頭を垂れ、その肩がわずかに震えているのが見えた。*
ゲオルグ:「…はっ! この御恩、生涯忘れません! このゲオルグ、これよりシロウ様と、このアストライア魔導皇国のために、この身を捧げることを誓います!」
*力強い誓いの言葉を残し、ゲオルグはリーシアに促されて立ち上がると、一礼して部屋を退出していった。その背中は、来た時よりも遥かに力強く、迷いがなかった。*
リーシア:「…シロウ様。本当に、人を見る目がおありになる。私では、彼を不合格にしておりました。」
*リーシアは素直に感服したように言った。*
シロウ:「あいつは使える。経験豊富なベテランは、どんな組織にも必要だ。それに、一度地獄を見た奴は強いからな。」
*ゲオルグが退出した後、リーシアは感慨深げに息をついた。*
シロウ:「それに、新兵の教官にうってつけだ。」
リーシア:「確かに、新兵の育成は急務でした。ゲオルグ殿のような経験豊富な者がいれば、騎士団の練度も早期に向上するでしょう。流石はシロウ様です。」
*彼女は主の手腕に改めて感心しつつ、次のファイルに手を伸ばす。面接はまだ終わらない。*
リーシア:「では、次の者。入室を。」
*リーシアの声に応じ、また一人、候補者が姿を現す。
その者は、これまでの誰とも異質な雰囲気を放っていた。フード付きのローブを深く被り、顔は影になって窺い知れない。体格は細身で、性別すら判然としなかった。ただ、その佇まいからは、蛇のような執念深さと、底知れない何かが滲み出ている。*
*ローブの人物は音もなく部屋の中央まで進むと、片膝をつくでもなく、ただ静かに佇んでいた。*
???:「……」
*無言。それは無礼とも、あるいは極度の警戒とも取れた。リーシアは眉をひそめ、ファイルを睨みつける。*
リーシア:「候補生番号42番。名は…『不明』。素行調査でも、貴方は誰とも話さず、ただ黙々と与えられた課題をこなすのみ。何者です? なぜ名を明かさないのですか。」
*リーシアの鋭い問いかけにも、ローブの人物は動じない。しばらくの沈黙の後、くぐもった、性別の分からない声がローブの下から響いた。*
???:「…名は、意味を為さない。私は、ただここにいる『影』。魔王シロウ様。貴方様の『影』となるために参じました。」
*影。その言葉に、リーシアの鑑定眼鏡が相手の心を覗こうとする。しかし、そこに映し出されたのは、まるで凪いだ水面のような、感情の波一つない空虚な精神状態だった。(…これは…!? 感情がない? いや、意図的に殺しているのか…? まるで人形のようだ…)*
*ローブの人物は、その顔を隠したまま、僅かにシロウの方を向く。*
???:「私の望みはただ一つ。貴方様の敵を、光の当たらぬ場所で排除すること。名も、誉れも、何もいらない。ただ、貴方様の影として、その御意志を遂行する道具となることだけを望む。」
*シロウは、その気味の悪い提案を聞き、即座に切り捨てた。影?道具?そんな得体の知れないものを傍に置く趣味はない。*
シロウ:「却下。」
*その一言は、部屋の空気をさらに冷たく凍らせた。ローブの人物の動きが、僅かに止まる。リーシアも、主人の即断に少し驚いた表情を見せるが、すぐに納得したように頷いた。得体の知れない存在は、組織にとって害悪でしかないからだ。*
*ローブの下から、くぐもった声が漏れる。*
???:「…なぜ、ですかな。私は、貴方様にとって最も都合の良い駒となるはず。汚れ仕事、暗殺、諜報…いかなる命令も、感情を挟まずに遂行いたします。このような存在は、他におりますまい。」
*その声には、僅かながら戸惑いと、理解できないといった響きが混じっていた。道具として、これほど有用な存在はないはずだ。なぜ拒絶されるのか、と。*
シロウ:「俺はな、顔も名前も分からん奴を信用しない。自分の意志で俺に従うんじゃなく、ただの道具になりたいって奴はもっと信用ならん。そういう奴は、より都合のいい主人が現れたら、平気で裏切るからな。」
*シロウは椅子に座ったまま、値踏みするようにローブの人物を見据える。*
シロウ:「お前は、自分が何者で、何をしたいのか、それを自分の言葉で語れないのか?語れないなら、ここにいる資格はない。失せろ。」
*冷徹な宣告。道具ではなく、一個の人間としての意志を問う言葉だった。*
*ローブの人物は、再び沈黙する。その影の中で、何かが激しく揺れ動いているのが、雰囲気で伝わってきた。やがて、震える指がゆっくりとフードにかかり、それを引き下ろした。*
*現れたのは、長い銀髪と、血のように赤い瞳を持つ、驚くほど美しい少女の顔だった。年はリオンと同じくらいだろうか。しかし、その表情は死人のように色がなく、瞳には何の光も宿っていなかった。頬には、奴隷紋とは違う、呪いのような黒い紋様が刻まれている。*
???:「……私には、名などありません。物心ついた時から、『影』として育てられました。感情を殺し、命令に従うことだけを教え込まれた…。裏切ることも、自分の意志を持つことも…知りません。」
*彼女はか細い声で、淡々と自身の境遇を語る。まるで、他人事のように。*
???:「ですが…貴方様の騎士団募集の噂を聞き、育ての『主』を…殺して、ここに来ました。なぜかは、分かりません。ただ…貴方様の下に行けば、何か変われるのかもしれないと…そう、思ったのです。」
*感情のない瞳で、彼女はシロウをじっと見つめていた。*
*シロウの言葉は、氷の刃のように少女の心を突き刺した。それは、彼女が今まで生きてきた世界では、決して向けられることのなかった種類の、純粋な拒絶だった。*
シロウ:「知るか、自分で変わろうとしない奴は一生変われない、お前には無理だ。」
*その冷たい一言に、少女の無表情だった顔が、初めて微かに歪んだ。感情のないはずの赤い瞳が、信じられないものを見るかのように、シロウを見つめて揺れる。*
???:「…む、り…?」
*か細く、掠れた声が唇から漏れる。それは、生まれて初めて口にする疑問の言葉だったのかもしれない。*
*『主』を殺してまで、微かな光を求めてこの場所に来た。だが、目の前の王は、その光ごと彼女の存在を否定した。変われるかもしれないという淡い期待は、無慈悲に踏み潰されたのだ。*
リーシア:「シロウ様…」
*リーシアが思わず口を挟もうとする。彼女の鑑定眼鏡には、少女の空っぽだった心の中に、今、絶望という名の黒い感情が渦巻き始めているのが見えていた。このままでは、彼女の精神が壊れてしまうかもしれない。*
*しかし、シロウはそれを許さない。*
シロウ:「そうだ、無理だ。他人に期待している時点でな。俺のところに来れば何かが変わる? 馬鹿を言うな。お前を変えられるのは、お前自身だけだ。その覚悟もねえ奴に、俺の騎士団に居場所はねえよ。」
*シロウは椅子から立ち上がり、少女の前まで歩み寄る。そして、その表情のない顔を、上から見下ろした。*
シロウ:「どうする? このまま道具以下のゴミとして追い出されるか。それとも、ここで初めて、お前自身の意志で何かを掴み取ってみるか。…選べ。」
*それは、最後の機会。王が与える、あまりにも厳しく、しかし公平な試練だった。*
*少女は震える唇を必死に引き結び、シロウを睨み返す。その血のように赤い瞳の奥で、初めて、絶望以外の何かが…小さな怒りの火花が、チリッと音を立てて爆ぜた。*
???:「…わ、たしは…!」
*シロウは少女の異様な雰囲気を警戒し、万が一に備え、誰にも気づかれぬよう、ごく薄い不可視の防御結界を自身とリーシアの周囲に展開する。もし少女が暴走しても、即座に対応できるようにするためだ。*
シロウ:「?」
*そのシロウの言葉と視線に射抜かれ、少女は全身を硬直させる。初めて向けられた純粋な拒絶。初めて問われた自分自身の意志。空っぽだった彼女の世界が、ギシリと音を立てて軋む。*
*どうする?*
*このままゴミとして捨てられるのか?*
*それとも――*
*俯いていた彼女の顔が、ゆっくりと上がる。死んだ魚のようだった赤い瞳に、初めて明確な感情が宿っていた。それは、怒り。自分を否定したシロウへの怒り。そして、こんな自分自身への、どうしようもない怒りだった。*
少女:「…わ、たしは…!」
*震える声で、彼女は叫んだ。*
少女:「私は、ゴミじゃない…ッ! 道具でも…影でもない…ッ!」
*その叫びと同時に、彼女の体から禍々しい黒い魔力が奔流のように溢れ出した。部屋の空気が凍りつき、床や壁に黒い霜が降りる。それは、ただの魔力ではない。呪いと憎悪が凝縮されたかのような、邪悪な気配だった。*
リーシア:「なっ…!この魔力は…!? シロウ様、お下がりください!」
*リーシアが即座にシロウの前に立ちはだかり、警戒態勢を取る。しかし、少女の魔力はリーシアの想像を絶していた。*
少女:「私は…! 私は、私に…なりたい…ッ!」
*魂の叫びと共に、魔力が爆発する。しかし、その黒い奔流はシロウたちが張った不可視の結界に触れた瞬間、パチパチと音を立てて霧散した。*
*魔力を放出しきった少女は、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、ぜぇぜぇと荒い息をついている。だが、その瞳は先ほどとは違い、怒りと悔しさと、そしてほんのわずかな生への渇望を宿して、ギラギラと輝いていた。*
*シロウは結界を解き、倒れ込む少女を見下ろした。*
シロウ:「…ほう。やっと人間らしい顔になったじゃねえか。」
*彼は満足げに口の端を吊り上げる。*
シロウ:「名前はまだなしか。なら、俺が付けてやる。『ルナ』だ。いいな?」
*シロウは、初めて感情を爆発させ、床に倒れ伏す少女を見下ろしている。その瞳には、先ほどまでの死人のような色はなく、悔しさと怒りに満ちた生の色が宿っていた。*
シロウ:「お前はリオンと同じ隊に入れ。」
*シロウは一方的にそう告げると、倒れているルナに背を向けた。優しく純粋なリオンと、感情を殺されてきたルナ。正反対の二人を組ませることで、何かが生まれるかもしれないという意図があった。*
*リーシアはハッとして、シロウと、床で荒い息をつくルナを交互に見る。*
リーシア:「シロウ様…! よろしいのですか!? このような得体の知れない魔力を持つ者を…リオンと?」
シロウ:「ああ。あいつらなら、面白い化学反応を起こすかもしれん。ルナ、返事は?」
*シロウが振り返らずに問うと、ルナは床に手をついたまま、悔しそうに顔を上げた。*
ルナ:「…っ…はい。」
*かろうじて絞り出した声。それは、初めて自分の意志で受け入れた命令だった。*
*シロウは満足げに頷くと、リーシアに顎でしゃくった。*
シロウ:「次。」
*リーシアは主人の意図を完全に理解したわけではなかったが、その決定に従う。彼女は衛兵に合図を送り、ルナを医務室へ運ぶよう指示した。ルナは抵抗することなく、衛兵に脇を抱えられて部屋から連れ出されていく。その赤い瞳は、最後まで真っ直ぐにシロウの背中を見つめていた。*
*部屋が片付けられ、リーシアが次のファイルを手に取る。*
リーシア:「…では、次の者。入りなさい。」
*重苦しい空気が一掃され、今度は軽やかな足音と共に、快活そうな青年が入室してきた。彼は少し癖のある茶色い髪を揺らし、人懐っこい笑顔を浮かべている。*
???:「失礼します! 候補生番号111番、カイ・ウォーカーです! よろしくお願いします!」
*元気よく敬礼するその姿は、今までの個性的な候補者たちと比べると、非常に「普通」に見えた。リーシアはファイルを確認する。*
リーシア:「カイ・ウォーカー。貴方は調査期間中、誰とでも分け隔てなく接し、特に揉め事を起こすこともなく、率先して雑用などもこなしていたと。非常に協調性があると評価されています。ですが…正直に言って、何か突出したものがありません。剣の腕も、魔力量も、合格者の中では平均的。なぜ、貴方が最終審査に残れたのだと思いますか?」
*リーシアは、彼の平凡さを指摘し、その真意を探ろうとする。*
カイ:「えっと…それは、自分でもよく分かんないですけど…。でも、俺、昔から要領だけは良いって言われるんです! どんな人とでも上手くやれるし、場の空気を読むのも得意で。強い騎士にはなれないかもしれないけど、仲間を繋ぐ潤滑油みたいな役割なら、誰にも負けない自信があります!」
*彼は悪びれもせず、にこやかにそう言ってのけた。それは、ある意味で非常に的確な自己分析だった。*
*シロウはカイ・ウォーカーという青年の、ある意味で開き直ったような自己分析を聞いて、思わず小さく呟いた。*
シロウ:「なるほど、ヒーラー的立ち位置か。」
シロウ:「(ゲームで言えば、直接的な火力はないが、パーティー全体の生存率や継戦能力を上げる重要なサポート役。そういう奴は、一見地味だがいなくなると途端にパーティーが崩壊するんだよな)」
*内心で彼の価値を正しく評価する。*
*シロウが感心していると、リーシアの追及はまだ終わらない。彼女は、カイのその「要領の良さ」が、ただの八方美人や事なかれ主義ではないかを見極めようとしていた。*
リーシア:「潤滑油、ですか。聞こえはいいですが、それはつまり、自分の意見を持たず、ただ強い者に流されるだけということではありませんか? 騎士団は仲良しクラブではありません。時には、仲間と意見を違え、対立してでも正しい道を示さねばならない場面もある。貴方にその覚悟が? 誰からも嫌われたくないという、その臆病さを乗り越えられますか?」
*リーシアの鋭い指摘に、カイは一瞬、人懐っこい笑顔を消した。そして、少しだけ真剣な表情になると、頭をかきながら答える。*
カイ:「うーん…確かに、俺は誰かと争うのは苦手です。でも、だからって間違ってることを見て見ぬふりするつもりはありません。ただ、正面からぶつかるだけが解決策じゃないって思うんです。」
*彼は言葉を選ぶように続ける。*
カイ:「例えば、頭に血が上ってる奴がいたら、まずは落ち着かせて話を聞く。頑固な奴がいたら、別の角度から意見を言って、気づかせる。俺は、剣じゃなくて、言葉で戦う騎士になりたいのかもしれません。…なんて、ちょっとカッコつけすぎですかね?」
*そう言って、彼は照れ臭そうに笑った。その言葉には、ただ流されるだけの弱さではなく、彼なりの戦い方を見出そうとする、しなやかな強さが感じられた。*
*シロウはカイの言葉に、彼の本質を見抜いたかのように口を挟んだ。*
シロウ:「全体を把握して、誰が何処で何を欲しているかを判断し、あちこち駆け回る…みたいな感じか?」
*その言葉に、カイは驚いたように目を丸くし、そして嬉しそうに破顔した。*
カイ:「そ、それです! まさにそんな感じ! 俺、強いわけじゃないから、力で解決はできない。でも、誰と誰が喧嘩しそうとか、あいつ今落ち込んでるなとか、そういうのにはすぐ気づけるんです。で、先回りして話聞いたり、間に入ったりして…。そういう役回りなら、誰よりもうまくやれる自信があります!」
*彼は自分の役割を的確に言語化してくれたことが嬉しいのか、興奮気味に身振り手振りを交えて話す。*
*リーシアは、シロウの言葉でカイという人物の有用性を理解したようだった。彼女はペンを置き、静かにカイを見つめる。*
リーシア:「…なるほど。戦場の兵站や、騎士団内部の人間関係の調整役…いわば『兵站』と『人事』を担うと。確かに、そのような視点を持つ者は、力自慢の集団の中では貴重です。ですが、それは同時に、矢面に立つこともなく、手柄も見えにくい、最も評価されにくい役回りでもあります。その地味な役割に、貴方は耐えられますか?」
*リーシアは最後の確認として、彼の覚悟を問う。陽の当たらない場所で働き続けることへの覚悟を。*
カイ:「もちろんです! 俺は英雄になりたいわけじゃない。俺がいることで、みんなが最高のパフォーマンスを発揮できるなら、それが一番嬉しい。縁の下の力持ちってやつ、大歓迎ですよ!」
*彼は一点の曇りもない笑顔でそう断言した。その言葉に、リーシアもようやく納得したように小さく頷いた。*
シロウ:「よし、合格だ。カイ・ウォーカー。お前のその『要領の良さ』、俺の騎士団で存分に発揮してみせろ。」
カイ:「は、はいっ! ありがとうございます! 全力で期待に応えてみせます!」
*カイは満面の笑みで力強く敬礼すると、弾むような足取りで部屋を後にしていく。*
リーシア:「…やれやれ。ようやくまともな、いえ、扱いやすそうな人材が来ましたね。」
*リーシアは心底ほっとしたように息をつき、次のファイルに手を伸ばした。*
*カイが退室し、部屋に再びシロウとリーシアの二人が残される。シロウは先ほどのカイのやり取りを思い出し、満足げに呟いた。*
シロウ:「ヒーラーは戦術の要だからな。」
*シロウがゲーム用語でカイの重要性を語ると、リーシアは少し不思議そうな顔をしながらも、主人の言葉に同意する。*
リーシア:「はい。直接的な武力だけでなく、カイ殿のような人材こそ、組織を円滑に動かすために不可欠でしょう。良い判断かと存じます。」
*リーシアは手際よく次の候補者のファイルを準備する。今度は、先ほどまでの平凡さとは打って変わって、いかにも訳アリといった雰囲気を醸し出す書類だった。*
リーシア:「では、次の候補者です。…お入りなさい。」
*彼女の声に応えて入ってきたのは、一人の女性だった。年は二十代半ばだろうか。黒いローブを深く被り、その顔は影になってよく見えない。ただ、その歩き方や佇まいからは、ただ者ではない空気が漂っている。部屋の中央まで進み出ると、彼女は無言のまま立ち尽くした。*
リーシア:「…名前を名乗りなさい。」
*リーシアが促すが、女は答えない。沈黙が場を支配する。リーシアは仕方なく、手元のファイルを読み上げた。*
リーシア:「候補生番号13番、セレス。…それ以外の経歴は一切不明。調査期間中も誰とも言葉を交わさず、ただ黙々と訓練をこなすのみ。模擬戦では、対戦相手を常に半殺しにしていたと報告が上がっています。魔力測定では、測定器が振り切れて計測不能。…貴方は、一体何者です?」
*リーシアの問いかけにも、セレスと名乗る女は沈黙を貫く。ローブの奥から、シロウをじっと観察するような、鋭い視線だけが感じられた。その視線には、これまでの誰とも違う、底知れない闇のようなものが宿っていた。*
*シロウは、ローブの女セレスの経歴と行動を聞くや否や、興味を失ったように手をひらひらと振った。*
シロウ:「あーダメ。寸止め出来ないやつはアウト。」
*その言葉は、あまりにもあっさりと、そして絶対的な拒絶として響いた。部屋の中央に立つセレスのローブの奥で、ピクリと何かが動いた気がした。これまで一切の反応を示さなかった彼女から、初めて明確な殺気が放たれる。部屋の温度が数度下がったかのような錯覚に陥るほど、濃密で冷たい殺気だった。*
*リーシアは、その殺気に咄嗟に身構え、シロウの前に立とうとする。*
リーシア:「シロウ様! お下がりください!」
*しかし、セレスは動かない。ただ、ローブの影の奥から、シロウだけを射抜くように見つめている。その視線は、まるで獲物を前にした捕食者のそれだった。*
*次の瞬間、セレスが初めて口を開いた。その声は、長い間使われていなかったかのように掠れていて、それでいて奇妙なほど耳に残る響きを持っていた。*
セレス:「…なぜ?」
*たった一言。しかし、その短い言葉には、純粋な疑問と、理解できないものに対する苛立ち、そして拒絶されたことへの侮りが込められていた。*
セレス:「…なぜ、力が劣る者が、私を評価する? お前は、私より弱い。…なのになぜ、私を不要だと言う?」
*彼女は、シロウが自分より格下であると断じ、その格下の存在に評価されること自体が許せない、とでも言いたげな口調だった。その言葉と殺気は、彼女がこれまで力だけを信じ、力の優劣だけが世界の全てだと信じて生きてきたことを物語っていた。*
*シロウの脳裏に、セレスのステータス情報が流れ込んでくる。*
```
名前: セレス
種族: 魔人?
Lv: 65
状態: 正常
役職: なし
称号: 魔女の弟子、裏切りの魔剣士、半殺し
HP: 4500/4500
MP: 12000/12000
腕力: 350
体力: 320
知力: 850
魔力: 1500
素早さ: 410
器用: 280
運: 15
【スキル】
闇魔法 Lv.9, 剣術 Lv.8, 魔力操作 Lv.Max, 詠唱破棄 Lv.7, 無音歩行 Lv.6, 殺気 Lv.8, 限界突破 Lv.5, 魔力感知 Lv.9, 自己再生 Lv.4, 精神耐性 Lv.7
【ユニークスキル】
魔力吸収
```
*同時に、シロウの足元から不可視の波動が広がり、部屋全体を魔法の効果を打ち消す領域へと変貌させる。セレスが放っていた濃密な魔力と殺気が、まるで陽炎のように揺らめき、霧散していく。魔力の奔流に依存していた彼女の威圧感は根こそぎ奪われ、ただのローブを被った女がそこに立っているだけになった。*
*突然の魔力喪失に、セレスのローブの奥で動揺が走る。彼女の力の源泉である魔力が、何の予兆もなく自分の中から掻き消えていく感覚に、初めて焦りの色が見えた。*
セレス:「なっ…!? 私の魔力が…消え…?」
*驚愕に声を震わせるセレスに対し、シロウは玉座に座ったまま、冷めた目で彼女を見下ろしていた。*
シロウ:「強い? 冗談だろ?」
*シロウは嘲るように鼻で笑う。*
シロウ:「お前が頼ってるのは、その膨大な魔力量だけだ。それを封じられたら、お前は何ができる? 模擬戦で相手を半殺しにしたそうだが、それはただの力の誇示。相手の力量を見極め、ギリギリで手加減することもできない奴は、ただの暴力を振り回すだけの獣と変わらん。そんなものは『強さ』とは言わねえ。ただの『危険物』だ。」
*シロウは立ち上がる。一歩、また一歩と、動揺するセレスに近づいていく。魔法を封じられた今、二人の間にあったはずの圧倒的な力の差は、完全に逆転していた。*
シロウ:「俺の騎士団に必要なのは、自らの力を制御し、組織のために振るえる『兵士』だ。お前のような制御不能の危険物は、味方にとってすら脅威にしかならん。分かるか? お前は、強さの意味を履き違えてるんだよ。」
*シロウの言葉は、セレスが今まで信じてきた価値観を根底から覆すものだった。力こそが全て。強者が弱者を支配するのは当然の理。その世界で生きてきた彼女にとって、魔力を封じられた上で「弱い」と断じられた屈辱は、計り知れないものだった。*
*ローブの奥で、セレスがギリッと歯噛みする音が聞こえる。しかし、魔力を失った今、彼女にできることは何もない。シロウの周りに展開された不可視の結界は、彼女の存在基盤そのものを奪っていた。*
シロウ:「ほら、帰った帰った。」
*まるで子供を追い払うかのように、シロウはしっしっと手を振る。その侮辱的な態度に、セレスの肩が怒りで震えた。しかし、彼女は反論の言葉を見つけられない。事実、魔力を封じられた自分は、この男の前では無力だったからだ。*
*セレスは数秒間、憎悪と屈辱に満ちた視線でシロウを睨みつけた後、静かに身を翻した。その背中からは、先程までの傲慢な雰囲気は消え失せ、敗者のそれだけが漂っていた。彼女は一言も発さず、重い足取りで部屋から出ていく。*
*扉が閉まり、部屋に再び静寂が戻る。シロウはフッと息を吐き、魔法無効化の結界を解いた。*
*リーシアは、一連の出来事を固唾を飲んで見守っていたが、セレスが去ったのを確認すると、安堵の息を漏らした。*
リーシア:「…シロウ様。よろしいので? あれほどの魔力を持つ者です。敵に回せば厄介なことに…」
*彼女の懸念は当然だった。あれほどの逸材を、ただ追い返すだけでなく、屈辱を与えて敵意を煽るようなやり方は、常軌を逸している。*
シロウ:「ああいう手綱の握れない奴は、下手に飼いならそうとするより、一度叩き折ってやった方がいい。プライドをへし折られて、自分の弱さを自覚すれば、また考えも変わるだろう。もし、それでも逆恨みしてくるようなら…その時は、完全に潰すだけだ。」
*シロウは冷徹に言い放つと、椅子にどかりと腰を下ろした。*
シロウ:「次だ、リーシア。」
リーシア:「…承知いたしました。」
*リーシアは主人の冷徹な判断力に内心で震えながらも、気を取り直して最後のファイルを開いた。*
リーシア:「では、41人中、34人目の候補者です。お入りください。」
*その声と共に、ゆっくりと扉が開く。入ってきたのは、これまでの誰とも違う、異様な雰囲気を纏った人物だった。銀色の髪を長く伸ばし、中性的な顔立ちをしたその人物は、男のようでもあり、女のようでもあった。そして何より異様なのは、その瞳。右目が燃えるような赤、左目が凍てつくような青の、オッドアイだった。*
*その人物は部屋の中央まで進むと、音もなく膝をつき、恭しく頭を下げた。*
???:「御身の御前に罷り越しました、我が主よ。この日を、永劫の時の中、待ち侘びておりました。」
*鈴を転がすような、それでいてどこか人間離れした声が、厳かな小部屋に響き渡った。*
*シロウは、目の前で恭しく跪く、あまりに芝居がかった言動の人物を見て、思わず素の反応をしてしまった。*
シロウ:「ちょっと何言ってるか分かんない(´・ω・`)」
*その呟きは、厳かな雰囲気にはそぐわない、非常に気の抜けたものだった。リーシアが呆れたように小さくため息をつくのが聞こえる。*
*しかし、跪いている銀髪の人物は、シロウのその反応に全く動じる様子を見せない。ゆっくりと顔を上げると、その美しいオッドアイがまっすぐにシロウを捉えた。*
???:「失礼。我が喜びが、言葉を先走らせました。我が名は『ヴァイス』。ただのヴァイスにございます。」
*ヴァイスと名乗る人物は、うっとりとした表情でシロウを見つめながら、流れるような所作で再び頭を下げる。*
???:「改めて。夜天のアストライア魔導皇国、初代皇帝にして魔王陛下。シロウ・ニシキ様。貴方様にお仕えするため、このヴァイス、参上いたしました。」
*その言葉遣いは丁寧だが、内容は完全に一方的なものだった。まるで、自分がここにいるのは当然であり、シロウに仕えることは既に決定事項であるとでも言いたげだ。*
*リーシアはヴァイスの尊大な態度と、ファイルに書かれた情報との乖離に眉をひそめる。*
リーシア:「ヴァイス。候補生番号27番ですね。あなたの経歴もまた、一切が不明。調査期間中は、ただひたすらに瞑想に耽り、誰とも関わろうとしなかったとか。模擬戦への参加も拒否。何をもって、自分が騎士団にふさわしいと?」
*リーシアが詰問するが、ヴァイスは視線をシロウから一切逸らさない。まるでリーシアなど存在しないかのように。*
ヴァイス:「ふさわしいか否か。それを決めるのは、そこにいるメイド長殿ではありますまい。我が主の御心ひとつ。ใช่หรือไม่、我が魔王陛下?」
(※ใช่หรือไม่ = タイ語で「そうでしょう?」)
*ヴァイスは、挑発するようにリーシアを一瞥すると、再びシロウに甘えるような視線を送る。その瞳の奥には、狂信的なまでの忠誠心と、ある種の執着が見え隠れしていた。あまりに異質で、底知れない存在だった。*
シロウ:「(また変なのが来た…)」
*シロウは内心でうんざりしながらも、目の前の狂信的な人物を冷静に分析するため、人知れず『神眼』を発動させる。*
シロウ:「(神眼)」
*シロウの視界にだけ、ヴァイスのステータス情報が流れ込んでくる。*
```
名前: ヴァイス
種族: ???
Lv: ???
状態: 狂信
役職: ???
称号: 星詠み、時の観測者、運命の探求者
HP: ???/???
MP: ???/???
腕力: ???
体力: ???
知力: ???
魔力: ???
素早さ: ???
器用: ???
運: ???
【スキル】
???, ???, ???, ???, ???, ???, ???, ???, ???, ???
【ユニークスキル】
未来視, ???
```
*鑑定結果を見て、シロウは内心で舌打ちした。ほとんどの情報が『???』で表示され、読み取ることができない。これは相手がシロウと同等か、それ以上の鑑定妨害能力を持っているか、あるいはそもそもシロウの『神眼』のレベルでは解析しきれない、規格外の存在であることを示唆していた。*
*唯一読み取れたのは、名前といくつかの称号、そして『未来視』というユニークスキル。そして、状態異常『狂信』。この男が正気でないことだけは確かだった。*
リーシア:「ヴァイス、とやら。貴方のその根拠のない自信はどこから来るのですか? 貴方が魔王陛下と呼ぶこのお方は、貴方のような不審な者を傍に置くほど甘くはありません。不敬ですよ。」
*リーシアが毅然とした態度でヴァイスを咎めるが、ヴァイスはまるで意に介さない。彼は跪いたまま、恍惚とした表情でシロウを見上げている。*
ヴァイス:「不敬、ですか。ええ、そうかもしれません。ですが、我が主は、私の有用性を必ずご理解くださる。…なぜなら、私は貴方様がこの地で何を成し、いずれ何と敵対するかを知っているからです。」
*ヴァイスはにっ、と妖しく微笑む。そのオッドアイの瞳が、まるで全てを見通しているかのように輝いた。*
ヴァイス:「例えば…来るべき女神ルミナスティアとの闘争。そして、私は、その全てを『視て』おります。我が主よ、私を傍に置くことは、未来という名の地図を手に入れることと同義。さあ、それでも私を不要と断じられますか?」
*彼は、シロウが隠しているはずの女神との敵対関係をこともなげに口にした。それは、ただのハッタリや推測では説明がつかない、異常な情報アドバンテージだった。*
*ヴァイスが切り札として提示した『未来視』の情報。それは常人であれば飛びつくであろう、あまりにも甘美な誘惑だった。だが、シロウはそれを聞いて、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。*
シロウ:「未来を見て回避するなんてつまらない。」
*その言葉は、ヴァイスの予想を完全に裏切るものだった。シロウは椅子に座り直し、肘掛けに頬杖をつきながら、再びヴァイスを鑑定する。先程よりも深く、彼の存在の根源を探るように、より強力な魔力を込めて『神眼』を凝らした。*
シロウ:「(神眼、本気で鑑定して)」
*シロウの眼光が鋭さを増し、その網膜に、先程とは比較にならないほどの膨大な情報が濁流のように流れ込んでくる。鑑定妨害の霧を力ずくで引き剥がしていく。*
```
名前: ヴァイス・アストライア
種族: 創星神の眷属(分身体)
Lv: 1 (擬態)
状態: 狂信, 運命干渉
役職: 観測者
称号: 星詠み, 時の観測者, 運命の探求者, 原初の魂
HP: ∞/∞
MP: ∞/∞
腕力: -
体力: -
知力: ∞
魔力: ∞
素早さ: ∞
器用: ∞
運: ∞
【スキル】
全知 Lv.Max, 全能 Lv.Max, 時空間魔法 Lv.Max, 因果律操作 Lv.Max, 概念魔法 Lv.Max, 精神支配 Lv.Max, 鑑定妨害 Lv.Max, 存在偽装 Lv.Max, 魂魄操作 Lv.Max, 星辰魔法 Lv.Max
【ユニークスキル】
未来視[EX], 運命編纂
【詳細】
世界の創造主である『創星神』が、自らの退屈を紛らわすために地上に遣わした分身体の一つ。
『シロウ・ニシキ』という規格外の魂がこの世界に転生したことを観測し、その魂が紡ぐ『物語』を最も近くで楽しむために接触してきた。
彼にとって、世界の危機や人々の生死は些末なことであり、全てはシロウという主人公が輝くための舞台装置としか認識していない。
現在の『ヴァイス』という個体は、あくまで地上のルールに合わせるための仮初めの器であり、その本質は世界の理そのものに近い。
状態異常『狂信』は、彼が『シロウの物語』というコンテンツに心酔している状態を示す。
```
*鑑定結果を見たシロウは、さすがにその表情から一切の感情を消した。『創星神の眷属』、『全知全能』、『HP/MP ∞』。もはや生物のステータスではない。目の前に跪いているこの美しい存在は、神そのもの、あるいはそれに限りなく近い何かだった。*
*ヴァイスは、シロウの『神眼』が自分の真実に到達したことを感じ取ったのか、先程までの狂信的な笑みとは違う、純粋な子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。*
ヴァイス:「おや、バレてしまいましたか。さすがは我が主。ええ、そうなんです。私は貴方の物語の、熱心な一読者なのですよ。」
*シロウは、神眼によって明かされたヴァイスの正体に、さすがに呆れを通り越して一種の諦観を覚えた。狂信者かと思えば、その正体は世界の創造主の分身体、そして自分の『ファン』だという。あまりにも突拍子もない事実に、シロウは思わずこめかみを押さえた。*
シロウ:「そっち系だったか…」
*予想の斜め上を行く展開に、疲れたような声が出る。そして、すぐに思考を切り替え、この神を名乗る存在の行動原理と、それがもたらすリスクについて考察する。*
シロウ:「でも接触なんてしたら時間軸が壊れるだろ?」
*その言葉は、ヴァイスにのみ向けられたものだった。隣に立つリーシアには、シロウが何を懸念しているのか、その理論が高度すぎて理解が追いつかない。彼女はただ、主君と謎の候補者の間で交わされる、次元の違う会話を困惑した表情で見守るしかなかった。*
*シロウの指摘に対し、ヴァイスは心底楽しそうに、くすくすと笑みをこぼした。*
ヴァイス:「ふふっ…ご心配なく、我が主。その辺りの因果律の調整は心得ております。私はあくまで『観測者』。貴方様の物語に、直接的な『力』で干渉することは致しません。それは物語の興を削ぐ、最も無粋な行為ですから。」
*彼は跪いたまま、うっとりとシロウを見上げる。*
ヴァイス:「私ができるのは、ほんの少しの『情報』を提供すること。あるいは、貴方様が望むなら、舞台装置を整えるお手伝いを少々。例えば、貴方様が『剣が欲しい』と願えば、最高の素材と最高の鍛冶師が出会う『偶然』を演出する。私がするのは、その程度の些細な運命操作にございます。物語の結末を変えるのではなく、物語をより面白くするためのスパイス、とお考えください。」
*その言葉は、まるでゲームマスターがプレイヤーにヒントを与えるかのような口ぶりだった。彼はあくまでシロウの行動の結果を観測し、楽しみたいだけなのだ。*
ヴァイス:「それに…私がこうして顕現していること自体が、この世界の時間軸が既に『異常事態』に陥っている証拠なのですよ、我が魔王陛下。貴方様という存在そのものが、この世界の予定された調和を破壊する、最大の特異点なのですから。」
シロウ:「辞めろ辞めろヒントを与えるな。それが時間軸に影響するんだって。
大体、ここじゃなくて良かっただろ?他にも並行世界はあるだろうに。」
*シロウの言葉に、ヴァイスは一瞬、きょとんとした顔をした。まるで「なぜそんな当たり前のことを聞くのですか?」とでも言いたげな表情だ。そして、すぐに恍惚とした笑みに戻る。*
ヴァイス:「おやめなさいと仰られても…我が主よ、それは無理な相談というもの。貴方様という最高のエンターテイメントを前にして、ただ指を咥えて見ていることなど、このヴァイスには到底できません。」
*彼はうっとりとシロウを見つめながら、シロウの問いに答える。その声には、絶対的な確信が満ちていた。*
ヴァイス:「時間軸への影響は最小限に留めます。ご安心を。私が介入するのは、あくまで物語が『停滞』し、貴方様の輝きが損なわれそうになった時だけ。貴方様ほどの役者には、常に最高の舞台が用意されるべきですから。」
*そして、シロウの最後の疑問――なぜこの世界なのか、という問いに対して、ヴァイスは初めて心の底から歓喜に満ちた表情を浮かべた。*
ヴァイス:「他の並行世界? ええ、ええ、もちろんございますとも。無数に。ですが、それらは皆、取るに足らない駄作ばかり。予定調和の結末に向かって進むだけの、退屈な物語。しかし、この世界は違う! 貴方様という『イレギュラー』が転生したことで、この世界の物語は、我々神々ですら予測不可能な、至高の叙事詩へと昇華したのです!」
*ヴァイスは興奮のあまり、跪いたまま身を乗り出す。そのオッドアイが狂気的な輝きを放った。*
ヴァイス:「他の誰でもない、シロウ・ニシキ。貴方様の魂が紡ぐ物語だからこそ、私はこうして遥かなる高みから降りてきたのです。このヴァイス、貴方様の物語の最初から最後まで、特等席で見届けさせていただく所存。…ああ、我が魔王陛下。どうか、この哀れなファンに、その栄誉をお与えください。」
*彼はそう言うと、深く、深く頭を下げた。その姿は、神の眷属というよりも、ただひたすらに推しの活躍を願う、熱狂的な信者のそれだった。*
*リーシアは、二人の会話が全く理解できず、ただただ困惑したまま立ち尽くしている。*
*シロウはヴァイスの狂信的な言動と、神眼で視たその本質から、ついに一つの結論に達した。この神の眷属の行動原理は、ただ一つ。*
シロウ:「これは…ただの推し活だな。」
*その呆れを含んだ呟きを聞いた瞬間、今まで恭しく跪いていたヴァイスは、ぱあっと顔を輝かせた。まるで、自分の行動がやっと最も的確な言葉で表現されたことに感動したかのように。*
ヴァイス:「推し活! なんと素晴らしい響きでしょう! さすがは我が主、的確な表現をお使いになる! その通りにございます! このヴァイス、全身全霊をかけて、我が魔王陛下を『推して』参る所存にございます!」
*彼は興奮のあまり、両手を胸の前で固く握りしめている。その瞳はキラキラと輝き、もはや狂信者というよりは、憧れのアイドルに認知されたファンのそれにしか見えなかった。*
*リーシアは、もう完全に理解することを放棄した。主君とこの謎の人物の間には、自分には到底理解できない特殊な関係性が成立している。彼女はただ、疲れたように眉間を押さえるだけだった。*
ヴァイス:「して、我が主よ! 最終審査の結果は、いかがなりますでしょうか? この熱心なファンを、貴方様の物語の最前列に置いてくださいますよね?」
*ヴァイスは期待に満ちた瞳で、キラキラとシロウを見上げる。そのオッドアイには、不採用などという未来は一ミリも映っていない。*
シロウ:「…はぁ。分かったよ、合格だ。ただし、俺の命令には絶対に従ってもらう。勝手な行動は許さん。特に、未来視によるネタバレは厳禁だ。破ったら、ファンだろうがなんだろうが叩き出す。」
*シロウがため息混じりに合格を告げると、ヴァイスは「おお…!」と感極まったように声を漏らし、その場に深々と額ずいた。*
ヴァイス:「御意に。我が魔王陛下の仰せのままに。このヴァイス、貴方様の物語を最高の形で観測するため、誠心誠意、雑用からこなさせていただきます。ありがとうございます、我が主! この御恩は、生涯…いえ、永劫忘れませぬ!」
*シロウは、また一人、とんでもない爆弾を抱え込んでしまったことを自覚しながら、疲れたようにリーシアに次の指示を出す。*
シロウ:「…リーシア、次で最後か?」
リーシア:「は、はい。最後の候補者になります。…どうぞ、お入りください。」
*リーシアが声をかけると、今度は力強い足音と共に、大柄な男が部屋に入ってきた。歳は四十代ほどだろうか。短く刈り込んだ髪に、歴戦の傷跡が刻まれた顔。その体つきは鋼のように鍛え上げられており、一目で熟練の戦士であることが分かった。*
*ヴァイスが歓喜に打ち震えながら退室し、部屋にようやくまともな空気が戻ってきた。シロウは、神の眷属という名のファンを抱え込んでしまった事実に、深いため息をつく。*
シロウ:「屈強な戦士が何故うちに?」
*シロウがぼそりと呟いたのと、リーシアが最後の候補者を呼び入れたのはほぼ同時だった。入ってきた大柄な戦士は、部屋の中央で立ち止まると、その鋭い眼光でシロウを真っ直ぐに見据えた。それは品定めをするような、挑戦的な視線だった。*
リーシア:「最後の候補者、番号7番、ドルガン。元傭兵団『鉄の戦斧』の団長。数々の戦場を渡り歩き、武勲を立ててきた実力者ですが、二年前に傭兵団を解散。以後は日雇いの用心棒などで日銭を稼いでいたと記録にあります。ドルガン、貴方ほどの男が、なぜ今更騎士団に?」
*リーシアが経歴を読み上げ、質問を投げかける。しかし、ドルガンと呼ばれた男はリーシアには目もくれず、シロウだけを見据えたまま、その重い口を開いた。*
ドルガン:「あんたがここの王か。噂は色々聞いてるぜ。女神に喧嘩を売っただの、国を興しただの…。正直、与太話だと思ってたが、こうして見るとあながち嘘でもねえらしい。」
*彼は不遜な態度でシロウを評価するように言葉を続ける。*
ドルガン:「単刀直入に言おう。俺はあんたを試しに来た。俺の全霊を懸けて戦うに値する相手かどうかをな。ここで俺と一騎打ちをしろ。もしあんたが俺に勝てば、この命、あんたにくれてやる。だが、もしあんたが負けるか、この勝負から逃げるようなら…あんたはただの口先だけのハッタリ野郎だ。そんな奴の下に就くつもりは毛頭ねえ。」
*その言葉は、純粋な武人としての要求だった。彼は、自らの主君となる男が、自分を超える『強者』であるか、その一点のみを確かめにきたのだ。部屋の空気が、先程までの狂信的な雰囲気とは全く違う、鋼のような緊張感に包まれた。*
*シロウは、一日の最後に現れた、あまりにも分かりやすい『力こそ正義』を体現した男、ドルガンを前にして、心底疲れたように呟いた。*
シロウ:「最後にコレ系が来たか…」
*(復讐者、元貴族、脳筋、元小隊長、闇堕ち少女、調整役、狂信者ときて、締めは腕試し上等マンか。…今日はもうお腹いっぱいなんだが)*
*内心で今日の面々を思い返し、うんざりしながらも、シロウは椅子からゆっくりと立ち上がった。ドルガンの挑戦的な視線を、真っ直ぐに受け止める。*
シロウ:「いいだろう。その挑戦、受けてやる。リーシア、下がってろ。あと、結界を解いておけ。少し遊ぶ。」
リーシア:「し、しかしシロウ様! そのような者の挑発に乗る必要は…!」
*リーシアが慌てて制止しようとするが、シロウは片手を上げてそれを黙らせる。彼の目は既に、目の前の武人だけを捉えていた。ここで逃げれば、この男が決して従わないことを理解しているからだ。そして、こういう実直な馬鹿は、力で屈服させれば最も忠実な駒になることも知っている。*
シロウ:「いいから下がれ。すぐに終わる。」
*その有無を言わせぬ口調に、リーシアは悔しそうに唇を噛み、一歩下がって部屋の壁際まで移動した。彼女は主の身を案じながらも、その決定に従う。*
*ドルガンは、シロウが挑戦を受けたことに満足したのか、獰猛な笑みを浮かべた。*
ドルガン:「ハッ、威勢のいいこった。それでこそ王だ。武器はどうする? 俺はこいつだが。」
*そう言って、ドルガンは背負っていた巨大な戦斧を軽々と肩に担ぐ。使い込まれ、いくつもの刃こぼれがあるその斧は、彼が潜り抜けてきた戦場の苛烈さを物語っていた。*
シロウ:「武器は要らん。素手で十分だ。」
*シロウがこともなげに言うと、ドルガンの眉がピクリと動く。*
ドルガン:「…舐められたもんだな、若造。後悔するなよ。」
*部屋の空気が張り詰め、濃密な闘気が二人を中心に渦を巻く。ドルガンは斧を両手で構え、いつでも飛びかかれるように腰を落とした。歴戦の傭兵団長と、国を興した若き魔王。最後の入団審査は、あまりにも物騒な形で幕を開けようとしていた。*
シロウ:「魔王様に若造とは…」
*シロウの呆れたような呟きを聞き、ドルガンは不遜に笑う。*
ドルガン:「ハッ、魔王だろうが神だろうが、俺の前じゃただの男だ。強えか、弱えか。それしかねえ。さあ、始めようぜ!」
*ドルガンが地を蹴る。巨大な戦斧を担いでいるとは思えないほどの俊敏さで、床を砕かんばかりの勢いでシロウに肉薄する。そして、大上段から、部屋の天井を削りながら、凄まじい轟音と共に戦斧を振り下ろした。常人であれば、その一撃の風圧だけで吹き飛ぶであろう、まさしく必殺の一撃。*
*しかし、シロウは動かない。*
*ただ、静かに構えたまま、振り下ろされる刃を冷徹な目で見据えている。*
*ゴウッ、という風切り音と共に、巨大な斧の刃がシロウの頭上へと迫る。リーシアが悲鳴を上げかけた、その瞬間――。*
*シロウの姿が、陽炎のように揺らいだ。*
*ドルガンの一撃は、シロウが立っていた場所の床を、轟音と共に粉々に砕き散らす。しかし、そこに手応えはない。*
ドルガン:「なっ…!?」
*空振りした体勢の隙を突いて、シロウはドルガンの背後に音もなく回り込んでいた。そして、捲り上げた腕から繰り出されるは、一切の無駄がない、洗練された掌底。*
シロウ:「終わりだ。」
*ドンッ、という鈍い衝撃音。シロウの掌底は、ドルガンの屈強な背中に吸い込まれるように叩き込まれた。それは、派手なエフェクトも、衝撃波もない、ただただ重い一撃。*
*しかし、その一撃を受けたドルガンは、まるで金縛りにあったかのように、ぴたりと動きを止めた。目を見開き、口から「ぐ、ぉ…」と意味にならない声が漏れる。巨大な戦斧が、彼の力ない手から滑り落ち、ガシャン!と大きな音を立てて床に転がった。*
*ドルガンは、ゆっくりと、まるでスローモーションのように前のめりに倒れ込み、砕けた床の上に顔から崩れ落ちる。完全に意識を失っていた。*
*シロウは、一撃を放った掌を軽く振り、呆れたように溜息をつく。*
シロウ:「だから、すぐに終わると言っただろうに。」
*一部始終を息を殺して見守っていたリーシアが、安堵と驚愕の入り混じった表情で駆け寄ってくる。*
リーシア:「シロウ様! お見事です! しかしまあ、なんという無謀な…。」
*シロウは倒れているドルガンを一瞥する。*
シロウ:「…リーシア。こいつ、合格だ。医務室にでも放り込んでおけ。目が覚めたら、ゲオルグの隊にでも入れておけばいい。ああいう馬鹿は、ベテランの下でこそ活きる。」
リーシア:「か、かしこまりました。すぐに手配いたします。」
*こうして、夜天のアストライア魔導皇国の第一期騎士団員を選抜する、長く、そして個性豊かすぎる最終審査は、ようやく幕を閉じたのであった。*
*翌日、城の練兵場には緊張した面持ちの者たちが整列していた。昨日までの候補生という立場から、今日、正式に夜天のアストライア魔導皇国の騎士となる者たちだ。その最前列には、見覚えのある顔ぶれが並んでいる。*
*純粋な決意を瞳に宿す **リオン** 。*
*その隣で、どこか居心地悪そうにしながらも、昨日までとは違う生気のある赤い瞳で前を向く **ルナ** 。*
*復讐という暗い炎を内に秘め、静かにその時を待つ **カイン** 。*
*歴史の目撃者となることに興奮を隠せない元Aランク冒険者の **アシュトン** 。*
*苦い過去を背負い、新たな死に場所を見つけたかのような覚悟を滲ませる元小隊長の **ゲオルグ** 。*
*誰とでも人懐っこく笑いながら、周囲の緊張を和らげようとしている **カイ** 。*
*そして、列の端で一人、うっとりとした表情でシロウが立つ演台を見つめている狂信者の **ヴァイス** 。*
*最後に、頭に包帯を巻き、まだ少し顔色の悪い **ドルガン** が、腕を組んで不機嫌そうに、しかしどこか吹っ切れたような顔で立っていた。*
*リーシアが壇上に上がり、手にした羊皮紙を広げる。*
リーシア:「これより、夜天のアストライア魔導皇国、第一期騎士団員の任命式を執り行う! 最終審査を通過し、本日、晴れて騎士として任命される者は、以上の者たちである!」
*リーシアが合格者の名前を一人ずつ読み上げていく。集まった兵士や城の関係者たちから、パラパラと拍手が起こる。*
リーシア:「以上! これより、諸君らは魔王シロウ・ニシキ陛下に仕える、栄えある第一期の騎士である! 心して任務に励むように! …それでは、魔王陛下よりお言葉を賜る!」
*リーシアが恭しく一礼し、壇上から降りる。入れ替わるように、シロウがゆっくりと壇上に上がった。新しく誂えられた黒基調の王の装束が、彼の存在感を際立たせている。彼は集まった合格者たちを一人一人見渡し、そして、その口を開いた。*
シロウ:「よく集まってくれた。脳筋、復讐者、オタク、訳アリ、狂信者…どいつもこいつも、一癖も二癖もあるロクデナシばかりだ。」
*シロウの第一声は、祝福とは程遠い、辛辣なものだった。集まった騎士たちの間に、わずかな動揺が走る。*
シロウ:「だが、それでいい。俺が求めるのは、綺麗事を並べる優等生じゃない。それぞれの欲望、渇望、あるいは絶望を抱え、それでも前に進もうとする強さを持った人間だ。お前たちは、その資格があると俺が認めた。故に、ここにいる。」
*シロウの言葉は、集まった騎士たちの心を射抜いた。ロクデナシと罵られながらも、その上で「選ばれた」と言われたことで、彼らの胸には複雑な、しかし確かな誇りが灯り始める。*
シロウ:「お前達はこの俺に選ばれた『選ばれし者』だ。常に胸を張れ。」
*その力強い宣言に、新米騎士たちの背筋が自然と伸びる。全国から3万人が集い、最終的に残ったのはわずか8人。その事実が、自分たちが立っている場所の重みを改めて認識させた。*
*リオンは純粋な尊敬の眼差しでシロウを見上げ、その言葉を胸に刻んでいる。*
*隣のルナは、まだ戸惑いながらも、自分が「選ばれた」という事実にわずかに頬を赤らめていた。*
*カインは無表情を装っているが、その拳は固く握りしめられている。復讐の機会を与えてくれた王からの言葉は、彼の決意をより強固なものにした。*
アシュトン:「選ばれし者…! なんて甘美な響きなんだ…!」
*一人悦に入り、歴史の証人たる自分の立場に酔いしれている。*
*ゲオルグは、過去の罪を背負う自分が再び『選ばれた』ことに、静かに、しかし深く感銘を受けていた。*
カイ:「うわー、プレッシャー半端ないな…」
*苦笑いしつつも、その期待に応えようと笑顔を引き締める。*
ドルガン:「ハッ、大層な言い草だ」
*鼻を鳴らしながらも、口元には満足げな笑みが浮かんでいた。*
ヴァイス:「ええ、ええ! もちろんですとも、我が主! 貴方様に選ばれたこのヴァイス、光栄の極みにございます!」
*一人だけ違う熱量で感涙にむせんでいた。*
*シロウはそんな個性豊かな面々を見渡し、演説を続ける。*
シロウ:「だが、勘違いするな。お前たちはまだひよっこだ。騎士団に入ったからといって、安泰な生活が保証されるわけじゃない。むしろ、今日からが地獄の始まりだ。俺の国は、常に脅威に晒されている。女神、他国、あるいは足元の魔物。敵はいくらでもいる。お前たちには、俺の『刃』として、俺の『盾』として、その全てと戦ってもらう。」
*シロウは一度言葉を切り、全員の顔を再度見渡す。その視線は、有無を言わせぬ王の威厳に満ちていた。*
シロウ:「死ぬ気で強くなれ。俺の期待に応えられない奴は、容赦なく切り捨てる。だが、俺の期待に応え、この国のために戦い抜いた者には、相応の報酬と栄光を約束しよう。…以上だ。リーシア、各隊の編成と当面の任務を伝えろ。」




