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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*布告から三日。夜天のアストライア魔導皇国の王都は、建国以来の喧騒と熱気に包まれていた。*


*大陸中から集まった三万もの人々で、街は溢れかえっている。宿屋は瞬く間に満室となり、泊まりきれない者たちは王都周辺の広場や街道脇で野営をしていた。屈強な鎧の戦士、胡散臭い魔術師、俊敏そうな獣人、頑固そうなドワーフ、優雅なエルフ――ありとあらゆる種族、経歴の者たちが、一つの目的のためにこの地に集結していた。*


ーー


*そして、試験当日。*


*王都の東に広がる広大な平原は、三万の応募者で埋め尽くされていた。先が見えないほどの人、人、人。彼らのざわめきは地響きのように空気を震わせ、期待、野心、不安、猜疑心といった様々な感情が渦巻いている。*


*その群衆が見つめる先には、一つだけぽつんと設けられた簡素な演台があった。*


*正午の鐘が鳴り響く。*


*ざわめきが最高潮に達したその時、演台の上に音もなく一人の男が現れた。黒いローブを纏った、夜天のアストライア魔導皇国国王、シロウ・ニシキ。その姿を認め、三万の視線が一斉に突き刺さる。*


*最前列に設けられた特等席では、レイラがお弁当を広げ、ピクニック気分でシロウに手を振っていた。その隣には、メイド長のリーシアが涼しい顔で控えている。*


*シロウは眼下に広がる、三万の欲望の渦を一瞥すると、魔力で増幅された声で、静かに、しかし平原の隅々まで響き渡るように口を開いた。*


シロウ:「――集まってくれたこと、感謝する。夜天のアストライア魔導皇国国王、シロウ・ニシキだ。(真面目な話はこの辺で終わって…)」


*その声に、三万の群衆は水を打ったように静まり返る。これから何が始まるのか。誰もが固唾を飲んで、王の次の一言を待っていた。*


*シロウの口から放たれた言葉は、演説というよりは、まるでやる気のない酒場の愚痴のようだった。*


シロウ:「ぶっちゃけ金が無い、給金は少ない。それでも良いと言う奴は残ってくれ。」


*平原を埋め尽くしていた三万の群衆は、一瞬、静まり返った。自分たちの耳を疑ったのだ。国王自ら、金が無い、給金は少ない、と宣言するなど、前代未聞どころの話ではない。*


*しかし、その沈黙はすぐに、巨大な怒号と罵声の渦へと変わった。*


応募者A:「ふざけるな! 大陸中に布告しといて金が無いだと!?」

応募者B:「待遇が破格だって噂は嘘だったのかよ!」

応募者C:「時間の無駄だった! 帰るぞ、帰る!」

応募者D:「なんだこの国は! 王様が詐欺師かよ!」


*群衆の最前列にいた、いかにも金目当てといった風体の傭兵団などが、我先にと唾を吐き捨てて踵を返す。一人、また一人と離脱者が現れると、それは雪崩のような連鎖反応を引き起こした。*


シロウ:「(知るかよ、勝手に勘違いし、噂を鵜呑みにするのが悪い…)」


*「やってられるか!」「馬鹿馬鹿しい!」「こんな国に未来はねえ!」*


*罵詈雑言の嵐が吹き荒れる中、三万いた群衆はみるみるうちにその数を減らしていく。まるで、不純物が洗い流されていくかのように。*


*特等席でその光景を見ていたレイラは、お弁当の箸を口に加えたまま、目をぱちくりさせている。*


レイラ(臆病):「あ、あれ…? みんな、帰っちゃいます…。シロウ様のお話、まだ始まったばかりなのに…。」


*彼女の隣で、メイド長のリーシアは冷静にその光景を分析していた。彼女の口元には、かすかな笑みさえ浮かんでいるように見えた。シロウの「お話」の真意を、彼女は理解したのだ。*


*数十分後。あれほど平原を埋め尽くしていた人の波は完全に引き、後には数百人ほどの者たちだけが、呆然と、あるいは決意を固めた目で、演台の上の王を見つめて立ち尽くしていた。*


シロウ:「第一次審査突破おめでとう。次の通達までしばし待て。」


*平原に残った数百名にそれだけを告げると、シロウは再び音もなく姿を消した。彼の言葉は、あまりの出来事に呆然としていた者たちの耳に、遅れて届いた。*


*「え…?」「今、審査突破って…」「これが、試験だったのか…?」*


*残された者たちの間に、困惑と、そして自分たちが選ばれたのだというじわじわとした実感が広がっていく。*


*シロウは玉座の間に転移で戻った。そこには、レイラとリーシアがすでに帰還していた。*


レイラ(臆病):「あ、シロウ様! おかえりなさい、です! あの、みんな帰っちゃいましたけど…よかったんでしょうか…?」


*彼女は食べかけのお弁当の箱を抱えながら、心配そうにシロウを見上げる。*


リーシア:「見事な選別でございました、シロウ様。金や名声に目が眩んだ者、忠誠心より目先の利益を優先する者、そして何より、王の言葉を最後まで聞く忍耐力すらない者…それらが一掃されました。残った者たちは、少なくとも覚悟のある者たちと見てよろしいでしょう。」


*リーシアは完璧な一礼と共に、主人の奇抜な策を称賛した。彼女の手には、平原に残った人々の正確な人数が記されたであろう書類が握られている。*


リーシア:「シロウ様。第一次審査を突破した者は【482名】。彼らに対する第二次審査は、いかがいたしましょうか?」


*彼女は早速、次の段階についての指示を仰ぐ。その目は、この規格外の王が次にどんな試験を課すのか、期待に輝いていた。*


シロウ:「ここの城壁の外周ってどれくらいの距離ある?」


*シロウの唐突な質問に、リーシアは即座に頭の中に叩き込まれている王都の設計図を検索する。*


リーシア:「はい。王都を囲む外壁のことでよろしいでしょうか。現在建設中の第一外壁の総延長は、およそ30キロメートルにございます。」


*彼女は淀みなく答える。その数字を聞いたレイラは、口に含んでいたお弁当の卵焼きをゴクリと飲み込んだ。*


レイラ(臆病):「さ、30キロメートル…!? そんなに長いんですか…!?」


*リーシアはレイラの驚きには構わず、シロウに問いかける。*


リーシア:「して、シロウ様。その距離が、第二次審査と何か関係が?」


*彼女は、主人が外壁の距離を尋ねた意図を探ろうと、その真意を静かに待つ。まさか、走らせるのだろうか。しかし、それだけでは単なる体力測定にしかならない。この王のことだ、きっと何か裏があるはずだ、とリーシアは思考を巡らせた。*


シロウ:「第二次試験は体力と根気を見る試験だ。」


ーー


*次の日、シロウは玉座にふんぞり返ったまま、ニヤリと笑う。その笑みを見て、リーシアは直感した。これから告げられる試験内容は、決して単純なものではない、と。*


リーシア:「体力と…根気、でございますか。」


シロウ:「ああ、まあ見てろって。」


*シロウは玉座から立ち上がると、何もない空間に手をかざした。彼の魔力が集中し、空間が僅かに揺らめく。*

*次の瞬間、玉座の間に巨大な水鏡が出現した。鏡には、城壁の外で待機している482名の応募者たちの姿が鮮明に映し出されている。彼らはまだ、自分たちに何が起ころうとしているのか知らず、不安げに待機している。*


*シロウは水鏡に映る彼らに向かって、王としての威厳を込めた声で語りかけた。その声は魔力を通じ、平原にいる全員の耳に直接響き渡る。*


シロウ:「第二次審査を始める。内容は至極単純。この城壁の外周、約30キロを、己の足で走ってもらう。」


*水鏡の向こうで、応募者たちの間にどよめきが走る。30キロ。ただ走るだけなら、体力自慢の者たちにとってはそれほど無茶な要求ではない。だが、シロウの言葉はそこで終わらなかった。*


シロウ:「制限時間は日没まで。」


*シロウは不敵な笑みを浮かべたまま、水鏡に映る応募者たちに向けて、見えない魔力の手を伸ばす。彼の足元に、淡く黒い魔法陣が瞬時に展開し、そして消えた。*

*平原にいる482名全員の体に、ずしりとした鉛のような重さがのしかかる。*


応募者A:「なっ…!? 体が…重い!?」

応募者B:「魔法か!? くそっ、足が上がらねえ!」

応募者C:「これを背負って30キロだと…!? 正気か!」


*突然の負荷に、応募者たちは悲鳴に近い声を上げる。それは単なる重りではない。動こうとすればするほど、纏わりつくように抵抗が増す、悪辣な重力魔法だった。*


*シロウは、水鏡の向こうで苦悶する彼らの姿を愉しむように眺めながら、最後の言葉を告げた。*


シロウ:「それでは試験開始!」


*開始の合図と共に、水鏡の中の応募者たちは一斉に走り出す。いや、走り出そうと、もがく。普段なら駆け抜けることのできる平原を、泥濘の中を進むかのように、一歩一歩、必死に足を踏み出していく。*


*玉座の間では、レイラが心配そうに水鏡を見つめている。*


レイラ(臆病):「し、シロウ様…! 皆さん、すごく苦しそうです…。あんな重い魔法をかけられて走るなんて…。」


*彼女の隣で、リーシアは冷静に主人の意図を分析していた。*


リーシア:「…なるほど。ただの体力測定ではございませんでしたか。この重圧の中で、己の限界と向き合い、それでも前に進もうとする『根気』。そして、この理不尽とも思える状況を打開しようとする『工夫』や『精神力』をも試しておられるのですね。」


*彼女は感心したように頷き、シロウに視線を戻す。*


リーシア:「しかしシロウ様。この試験、ただ走り切るだけでは終わらないのでございましょう?」


*その問いかけには、この王ならさらなる仕掛けを用意しているはずだという、確信に近い響きがあった。*


シロウ:「ふふふ…」


*シロウはただ意味深に笑うだけで、リーシアの問いには答えなかった。(何も考えてない…)などとは口が裂けても言えない。王の威厳が失墜してしまう。*


*その含みのある笑みを、リーシアは肯定と受け取ったようだ。彼女は「やはり」とでも言いたげに、満足そうに頷く。*


リーシア:「承知いたしました。では、日没まで彼らの『根気』を拝見させていただきましょう。」


*彼女はそう言うと、どこからか優雅な椅子を取り出し、水鏡の前に腰を下ろした。まるでこれから始まる長編映画でも鑑賞するかのような佇まいだ。*


*一方、レイラはハラハラした様子で水鏡に映る応募者たちを見つめている。*


レイラ(臆病):「うぅ…皆さん、頑張ってください、です…! 倒れないでくださいね…!」


*彼女は小さな両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、心からの声援を送っている。その手には、まだ食べかけのお弁当が握られたままだ。*


*かくして、三者三様の思いが交錯する中、過酷な第二次審査の幕が上がった。水鏡の中では、重力に抗いながら、一歩、また一歩と必死に足を進める者たちの姿が、延々と映し出されていた。*


シロウ:「レイラ、厨房に行って合格者用に飯を作ってきてくれ。」


*シロウの言葉に、レイラはハッとして水鏡から顔を上げた。*


レイラ(臆病):「は、はい! 合格者さんの、お食事ですね! わかりました、です! たっくさん作ってきますね!」


*彼女は手に持っていた自分のお弁当を大事そうに脇に抱え直すと、パタパタと小走りで玉座の間を出て行った。その足取りは、新しい役目を与えられたことが嬉しいのか、とても軽やかだ。シロウ様のお役に立てる、という喜びが背中から溢れている。*


*レイラが去った後、玉座の間には再び静寂が訪れる。リーシアは優雅に椅子に座ったまま、水鏡を眺めている。*


*水鏡の中では、依然として過酷なレースが続いていた。すでに脱落し、地面に倒れ伏す者も出始めている。しかし、半数以上の者たちは、歯を食いしばり、汗と泥にまみれながらも、一歩ずつ前へと進み続けていた。彼らの目には、まだ諦めの色はない。*


*シロウは玉座に座り、水鏡に映る光景を静かに眺めている。日没までまだ時間はあったが、すでに応募者たちの間には明確な差が生まれていた。*


*先頭集団を走るのは、十数名の者たちだ。彼らは重力魔法の負荷を感じさせないほど、力強い足取りで距離を稼いでいる。中には魔法使いと思しき者が自身の体に強化魔法をかけたり、屈強な獣人が持ち前の筋力で強引に突破していたりと、各々の方法でこの逆境に対応していた。*


*その少し後ろには、百名以上の大きな集団が続いている。彼らは苦悶の表情を浮かべ、荒い息を吐きながらも、必死に足を前に進めている。仲間同士で励まし合う声も聞こえ、その目にはまだ闘志の火が宿っていた。*


*そして、さらに後方。すでに歩くことすらままならず、地面を四つん這いになって、文字通り泥にまみれながら進む者たちの姿もあった。彼らの進みは遅々たるものだったが、その瞳の奥には、決して諦めないという執念が燃え盛っていた。*


*もちろん、早々に限界を迎え、コースの脇で倒れ伏して動かなくなる脱落者も、すでに百名を超えている。彼らは悔しそうに地面を殴ったり、あるいは虚空を見つめていたりした。*


リーシア:「ふふ…面白いものですね。同じ負荷をかけているというのに、ここまで差が出るとは。先頭の者たちの実力は勿論ですが、あの、這ってでも進もうとする者たちの執念…それもまた、騎士として重要な資質やもしれません。」


*リーシアは、まるで品評会でも開いているかのように、一人一人の動きを興味深そうに観察している。*


リーシア:「シロウ様。日没後、彼らをどのように評価なさいますか? やはり、時間内にゴールした者のみを合格と?」


*彼女は、この試験の結果を主人がどう判断するのか、探るように問いかけた。*


シロウ:「そうだな…残しておいて。後で追加試験するから。」


*その言葉を聞いて、リーシアは優雅に微笑んだ。*


リーシア:「かしこまりました。では、時間内にゴールした者、そして時間切れとなっても、日没の瞬間まで前進を諦めなかった者。その両者を『第二次審査通過者』としてリストアップいたします。して、その『追加試験』とは、一体どのような…?」


*彼女は興味を隠せないといった様子で、シロウの顔を覗き込む。この王のことだ、ただでは終わらせないだろうという期待がその目に宿っている。*


*水鏡の中では、空が茜色に染まり始めていた。日没が近い。ゴール地点には、すでに数十名の応募者が倒れ込むようにしてたどり着いている。彼らは重力魔法が解かれた安堵と、過酷な試練を乗り越えた達成感で、ぐったりとしながらもどこか誇らしげだ。*


*しかし、コース上にはまだ多くの者たちが残っている。ゴールは遥か遠く、時間切れは目前。それでも彼らは、歯を食いしばり、泥にまみれ、一歩でも、一センチでも前へ進もうと、最後の力を振り絞っていた。*


シロウ:「時間内にゴールしたのは普通に合格でいいよ。その他だけ待機で。」


*シロウの決定に、リーシアは優雅に一礼する。*


リーシア:「承知いたしました。ではそのように手配いたします。」


*彼女はどこからか一枚の羊皮紙を取り出し、羽ペンを走らせ始めた。第二次審査の結果と、それに伴う指示をまとめているのだろう。その手際の良さは、まさに完璧なメイド長そのものだ。*


*やがて、空を染めていた茜色が濃い紫へと変わり、最後の光が地平線の向こうに消えた。日没だ。*


*その瞬間、コース上に残っていた者たちにかかっていた重力魔法が、ふっと霧散する。突然解放された体はバランスを崩し、多くの者がその場に崩れ落ちた。疲労困憊の彼らの耳に、王の代理としてリーシアの声が響き渡る。*


リーシアの声:「―――試験終了。これより結果を発表します。まず、時間内にゴール地点に到達した【121名】。第二次審査、合格です。合格者の皆さんは、用意された食事と休息を取り、明日の最終審査に備えてください。」


*その言葉に、ゴール地点で倒れていた者たちから、か細い歓声が上がる。その傍らでは、厨房から戻ったレイラが、湯気の立つ大鍋をいくつも並べ、満面の笑みで手招きしていた。*


レイラ(臆病):「合格おめでとうございます、です! たっくさん栄養のあるスープを作りましたから、いっぱい食べてくださいね!」


*一方、コース上で力尽きた者たちに、リーシアの冷徹な声が追い打ちをかける。*


リーシアの声:「次に、時間内にゴールできなかった者。……ですが、日没の瞬間まで前進を諦めなかった【215名】。貴方たちには、追試の機会が与えられます。追試を受けるか、ここで棄権するかは自由です。追試を希望する者は、その場で待機してください。」


*地面に倒れ伏していた者たちの顔に、驚きと、そして新たな希望の色が浮かんだ。彼らは互いに顔を見合わせ、よろめきながらも体を起こし始める。ここで諦める者など、一人もいなかった。*


*玉座の間で、リーシアは報告を終え、シロウに向き直る。*


リーシア:「シロウ様。合格者121名、追試対象者215名。第二次審査の結果は以上の通りです。追試組には、どのような『追加試験』を課しますか?」


シロウ:「あ、待った。最終試験は1週間後で。」


*シロウはリーシアの言葉を制止し、予定の変更を告げた。*


リーシア:「…! かしこまりました。では最終審査は一週間後と、全部隊に通達いたします。」


*突然の変更にもリーシアは一切動じず、即座に思考を切り替える。*


シロウ:「追加試験は今からする。俺の周りに並んで。」


*シロウはリーシアに視線で合図を送ると、玉座の間から平原へと転移した。彼の隣には、寸分違わずリーシアの姿がある。*

*目の前には、泥と汗にまみれ、疲労困憊でありながらも、希望を捨てずに立ち上がった215名の者たちがいた。彼らは突然現れた王の姿に、驚きと緊張の表情を浮かべる。*


リーシア:「これより、追試を執り行う! 王がお呼びである! 速やかにシロウ様と私を囲むように整列せよ!」


*リーシアの凛とした声が響き渡る。応募者たちは、互いに肩を貸し、引きずるようにして動き始めた。最後の力を振り絞り、王とその側近を中心に、大きな円陣を組んでいく。*

*全員が並び終えるのを待って、シロウはゆっくりと彼らを見回した。その一人一人の目には、疲労の色は濃いが、それ以上に強い意志の光が宿っている。*


*シロウは満足げに口元に笑みを浮かべると、彼らに向かって静かに口を開いた。*


シロウ:「耐えれたら合格ね。」


*その言葉が、まるで死刑宣告のように平原に響き渡った。*

*シロウは静かに目を閉じる。次の瞬間、彼の体から、凝縮された純粋な『死』の気配が爆発的に放たれた。*


*それは、今まで彼らが感じたことのあるどんな殺気とも次元が違った。まるで、絶対的な捕食者の前に放り出された獲物のように、本能が警鐘を乱打する。心臓が直接鷲掴みにされ、呼吸が止まる。視界が赤黒く染まり、立っていることすら億劫になる。*


*シロウの隣に立つリーシアは、その殺気を浴びながらも涼しい顔一つ変えない。彼女は対象から除外されていることを理解しているし、そもそもこの程度の威圧で動じる彼女ではなかった。彼女は追試対象者たちが、この『王の気質』にどう反応するかを冷静に観察している。*


応募者A:「ぐっ…! あ…が…っ!」

応募者B:「ひぃっ…! な、なんだ…これ…は……!」

応募者C:「し、死ぬ…! ころ、される…ッ!」


*バタ、バタッ、と糸が切れた人形のように倒れていく者たち。彼らはあまりの恐怖に意識を保つことすらできず、白目を剥いて失神していく。*

*しかし、その絶望的なプレッシャーの中、なおも膝をつき、歯を食いしばって耐える者たちがいた。*


*ガタガタと全身を震わせ、今にも張り裂けそうな心臓を押さえつけ、血の味がする口内で必死に耐える。彼らは、先ほどの重力魔法よりも遥かに質の悪い、精神そのものを削り取るような苦痛に抗っていた。*


*死の恐怖の中で、彼らの脳裏に浮かぶのは、ただ一つ。「ここで倒れれば、終わりだ」という事実。王は言った。「耐えれたら合格」だと。ならば、耐えるしかない。たとえ、この魂が砕け散ろうとも。*


*数十秒が、永遠のように感じられる。失神者が半数を超えた頃、シロウはゆっくりと目を開け、放っていた殺気をすっと体内に収めた。*

*嵐が過ぎ去ったかのような静寂の中、まだ意識を保ち、地面に膝をつきながらも顔を上げようとする者たちが、数十名残っていた。彼らの顔は蒼白で、虚ろな目をしているが、その奥には確かに、絶望を乗り越えた者の光が宿っていた。*


*シロウの殺気が霧散すると、死んだような静寂が平原を支配した。*

*追試対象者215名のうち、半数以上が泡を吹いて失神し、地面に折り重なるように倒れている。恐怖のあまり理性を失い、背を向けて逃げ出そうとして途中で力尽きた者もいる。*


*その地獄絵図のような光景の中で、まだ意識を保っている者たちがいた。彼らは地面に膝をつき、あるいは両手をつき、全身を痙攣させながらも、必死に顔を上げようともがいている。その数、およそ50名ほど。*


*彼らの目は虚ろで、焦点が合っていない。しかし、その瞳の奥には、死の淵から生還した者だけが持つ、鋼のような光が宿っていた。*


*シロウはゆっくりと彼らを見渡し、満足げに頷いた。*


シロウ:「追試、合格だ。」


*その言葉は、消耗しきった彼らの魂に染み渡る、慈雨のようだった。安堵からか、その場で崩れ落ち、大粒の涙を流す者もいる。*


リーシア:「見事な『根気』でした。シロウ様、追試合格者は【52名】となります。」


*リーシアはいつの間にか手にしたリストに人数を書き加えながら、冷静に報告する。そして、失神している者たちを一瞥し、冷ややかに告げた。*


リーシア:「追試に落ちた者たちは、これより城外へ強制送還いたします。我が国の騎士を志すには、少々『心』が足りなかったようですね。」


*彼女が指を鳴らすと、どこからともなく現れた衛兵たちが、失神者を担架に乗せて運び出し始めた。*


*その光景を横目に、シロウは合格者たちに向き直る。*


シロウ:「合格者は、あっちでレイラが飯を用意している。今日はそれを食って、ゆっくり休め。最終審査は一週間後だ。それまでに、体も、そしてその折れかかった心も、立て直しておくことだな。」


*シロウが指差した先では、レイラが心配と安堵が入り混じった表情で、大きな寸胴鍋の横に立っているのが見えた。*


*シロウは追試を終えた平原を後にし、リーシアと共に玉座の間へと転移した。先ほどの死の気配に満ちた空気は霧散し、いつもの静寂が戻っている。*


シロウ:「1週間で素行調査を。店に暴言を吐いたり、喧嘩をしたり、悪態を着く奴らは不合格。」


*玉座にどかりと腰を下ろしながら、シロウは隣に立つメイド長に新たな指示を出す。*


リーシア:「かしこまりました。第一次審査合格者【121名】、並びに追試合格者【52名】、合計【173名】ですね。彼らがこの王都に滞在する一週間の行動を、我が配下の情報網を使い、徹底的に監視いたします。」


*リーシアは完璧な一礼と共に、主人の命令を受諾する。彼女の表情は変わらないが、その目には「当然、それくらいはやるべきです」という理知的な光が宿っている。*


リーシア:「騎士たる者、強さだけでなく品格も求められます。民の模範となれぬ者を、シロウ様の親衛隊に加えるわけにはまいりませんから。些細な不行状も見逃さず、リストを作成しご報告いたします。」


*彼女はどこからともなく新しい羊皮紙を取り出し、素行調査の計画を立て始める。その手際は、まるで呼吸をするように自然だった。*


リーシア:「調査結果によっては、最終審査を待たずして、合格者が大幅に減る可能性もございますが、よろしいですね?」


*彼女は確認のため、シロウに視線を向けた。*


*玉座の間。シロウは疲れたように玉座に深く身を沈め、リーシアは彼の隣に静かに控えている。*


シロウ:「それは仕方ない事だ。いいよ。徹底的にリーシア流でやってくれ。」


*シロウからの全権委任を受け、リーシアは恭しく、しかしその口元には微かな、しかし確かな歓喜の笑みを浮かべて一礼した。*


リーシア:「御意。私のやり方で、徹底的に。…ふふ、腕が鳴りますわ。」


*彼女の声には、獲物を見つけた狩人のような、冷たくも楽しげな響きが混じっていた。「リーシア流」という言葉が、彼女の中に眠るサディスティックな完璧主義のスイッチを入れたようだ。*


リーシア:「王都に潜ませた私の『目』と『耳』を総動員いたします。彼らが酒場で何を語り、店でどう振る舞い、弱者に対してどのような態度をとるか。夜の閨での囁きに至るまで、全てを洗い出し、シロウ様のお眼鏡にかなう者だけを振るいにかけましょう。一週間の猶予を与えたのは、彼らの化けの皮を剥がすための時間だったのですね。流石はシロウ様です。」


*勝手な解釈をしつつ、リーシアは手にした羊皮紙にさらさらと恐ろしい計画を書き連ねていく。その姿は、もはやただのメイド長ではなく、秘密警察の長官のようだった。*


リーシア:「それでは、早速準備に取り掛かります。一週間後、シロウ様ががっかりなさるようなリストにならぬことを祈っておりますわ。」


*そう言うと、彼女は優雅にスカートの裾を持ち、音もなく玉座の間を退出していった。彼女が去った後には、これから始まるであろう陰湿な調査を予感させる、冷たい空気が残された。*


ーーー


*それからのリーシアは凄かった。メイド達を市民に紛れ込ませ、些細な事まで全て報告させていた。*

*シロウに「リーシア流」で、と全権委任された彼女は、水を得た魚のようだった。王都アストライアに仕える数十名のメイドたちは、一斉に街へと解き放たれた。彼女たちはパン屋の店員に、酒場のウェイトレスに、宿屋の掃除婦に、あるいはただの物乞いに姿を変え、騎士候補生たちが滞在する区域に潜伏した。*


*夜、リーシアは玉座の間で、次々と集まってくる報告書に目を通していた。その目は冷徹な査定官そのものだ。*


メイドA:「報告します。候補生番号34番、ドワーフの『ゴードン』。酒場で他の客と肩がぶつかった際、穏便に謝罪し、一杯おごることでその場を収めておりました。」


リーシア:「…ふむ。及第点、保留です。次。」


メイドB:「候補生番号78番、エルフの『アリア』。武器屋にて店主の些細な間違いを執拗に詰り、周囲の客に不快感を与えておりました。彼女は追試合格組です。」


リーシア:「追試で心を入れ替えたかと思えば…愚かな。その者、リストに赤線を入れておきなさい。不合格です。」


メイドC:「候補生番号112番、獣人の『バルガ』。空腹の子供に、自身の食事のパンを半分分け与えているのを確認しました。」


リーシア:「…ほう。それは感心ですわね。引き続き監視を。善行が偽善でないか、見極める必要があります。」


*報告は昼夜を問わず続けられた。候補生たちが仲間内で交わす噂話、金遣いの荒さ、女性への不躾な視線、路傍の石を蹴る癖。その全てが、リーシアの元へと集積されていく。彼女の執務机の上には、「合格」「保留」「不合格」の三つの山に分けられた羊皮紙が、日を追うごとに高くなっていった。*


*その様子を、レイラは少し遠巻きに、しかし興味深そうに眺めている。*


レイラ(臆病):「り、リーシアさん…なんだか、いつもより楽しそう、です…。お仕事、大変じゃないんですか…?」


*山積みの書類をさばきながら、リーシアは顔を上げずに答える。その口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。*


リーシア:「ええ、ええ。大変結構。最高に楽しいですわ、レイラ様。シロウ様のお眼鏡にかなう、真の宝石を見つけ出すための『選別』ですから。混じりまじりものは、一粒たりとも通しません。」


ーー


*調査開始から6日目の夜。玉座の間には、シロウとリーシアの二人だけがいた。リーシアは分厚い羊皮紙の束を手に、シロウの前に恭しく立っている。それは、彼女の『目』と『耳』が集めた、騎士候補生たちの赤裸々な記録だった。*


リーシア:「シロウ様。6日間の素行調査、中間報告にございます。」


*彼女はそう言うと、一番上の羊皮紙をシロウに手渡した。そこには、候補生たちの名前がリストアップされ、その横に「合格」「不合格」そして「保留」という三つの印がつけられている。不合格者の名前には、赤い線が冷徹に引かれていた。*


シロウ:「保留?なんだこれ。」


*シロウはリストに目を通しながら、かなりの数の候補生が「保留」に分類されていることに気づき、眉をひそめる。*


リーシア:「はい。その名の通り、現時点では合否の判断を保留している者たちにございます。」


*彼女は表情一つ変えずに答える。*


リーシア:「例えば、候補生番号22番、人間の『カイン』。彼は調査期間中、特に問題行動は起こしておりません。しかし、逆に目立った善行もなく、ただ宿で鍛錬に明け暮れるばかり。品格に問題はありませんが、騎士としての協調性や民を思う心があるかは未知数です。故に、保留といたしました。」


*リーシアは淀みなく続ける。*


リーシア:「また、先にご報告した候補生番号112番、獣人の『バルガ』。彼は子供にパンを分け与えましたが、その翌日には、賭博場で他の候補生と金銭を賭けて腕相撲に興じておりました。賭け金は鉄貨数枚と些細なものですが、騎士を志す者として軽率な行動。善行と相殺し、こちらも保留と判断いたしました。」


*彼女は冷徹な目で、しかしどこか楽しげに、自らの査定基準を説明する。*


リーシア:「このように、白とも黒とも断定できぬ、灰色の者たち。それがこの『保留』リストにございます。シロウ様、この者たちを、いかがいたしましょうか? このまま不合格といたしますか? それとも、最終審査で改めてお確かめに?」


*シロウの言葉に、リーシアは一瞬、目を丸くした。しかし、すぐにその意図を理解し、その表情は深い歓喜へと変わっていく。まるで、最高の玩具を与えられた子供のように。*


シロウ:「グレーか。最終審査は面接にするから。リーシア流でビシバシ質問するといい。あと、これを、役に立つと思う。」


*シロウはそう言って、どこからともなく取り出した一つの眼鏡をリーシアに手渡した。それは一見すると、ただの縁のないシンプルな眼鏡だった。*


リーシア:「これは…眼鏡、でございますか? ありがたく拝領いたしますが…シロウ様、私は視力には自信がございますのよ?」


*不思議そうに受け取り、眼鏡を矯めつ眇めつ眺めるリーシアに、シロウは口の端を吊り上げる。彼女がその眼鏡をかけた瞬間、その脳内に直接、付与されたスキル情報が流れ込んだ。*


```

【鑑定眼鏡】

・対象のステータス、スキル、状態を視認できる。

・対象が思考している内容、表層意識を読み取ることができる。

```


リーシア:「…ッ!? こ、これは…『鑑定』、そして…『読心』…!?」


*リーシアの目が驚愕に見開かれる。彼女は信じられないといった様子で眼鏡をかけたり外したりを繰り返した後、恍惚とした表情でシロウを見つめた。*


リーシア:「シロウ様…! これさえあれば…! これさえあれば、どんな嘘も、どんな見せかけの善意も、全て見抜くことができますわ! 面接に来た候補生たちの本性、その心の奥底の汚泥まで、根こそぎ引きずり出してご覧にいれましょう!」


*彼女の声は興奮に震えていた。完璧な尋問官に、最強の武器が与えられた瞬間だった。*


リーシア:「ふふふ…あぁ、最終審査が、今から楽しみでなりませんわ…! 保留リストの者たち、どんな悲鳴を上げてくれるのかしら…!」


*眼鏡を愛おしそうに磨きながら、リーシアは心の底から楽しそうに笑う。その姿は、悪魔に魂を売ったマッドサイエンティストのようでもあった。彼女の「リーシア流」面接が、どれほど苛烈で陰湿なものになるか、想像に難くない。*


シロウ:「お、おお。ちゃんと休めよ?」

「(すげぇ楽しそう…頼もしい…)」


*シロウの気遣いの言葉に、リーシアは恍惚とした表情のまま、ゆっくりと顔を上げた。彼女は鑑定眼鏡をそっと外し、胸元で大事そうに握りしめる。*


リーシア:「お心遣い、痛み入ります、シロウ様。ですが、ご心配には及びません。この程度のことで疲労する私ではございませんわ。むしろ、最高の娯楽を賜りましたので、心身ともに充実しております。」


*彼女はうっとりとした笑みを浮かべ、再びシロウに完璧な一礼をする。その姿は忠実なメイド長そのものだが、その瞳の奥で燃えているのは、尋問への期待という名の狂気だった。*


リーシア:「それでは、最終審査の準備を万全に整えるため、これにて失礼いたします。一週間後、シロウ様にご満足いただける『結果』をお持ちいたしますので。」


*そう言うと、リーシアは眼鏡を懐にしまい、この上なく優雅な足取りで玉座の間を退出していった。彼女の背中からは「早く面接がしたい」というオーラが溢れ出ているように見えた。*


*一人残された玉座の間で、シロウは静かに息を吐く。*

*これから始まるであろうリーシアの「最終面接」が、候補生たちにとってどれほどの悪夢になるかを想像し、少しだけ同情心が湧くのだった。*


*シロウは彼女が机に置いていった調査結果の最終報告書に目をやった。先ほど渡された中間報告とは別に、最終的な集計がまとめられている。*


シロウ:「で、素行調査で何人残ったんだ?」


*独り言のように呟いたシロウの疑問に答えるかのように、いつの間にか戻ってきていたリーシアが、彼の背後から静かに口を開いた。どうやら最終的な集計を終えて、戻ってきたらしい。*


リーシア:「お答えいたします、シロウ様。6日間の素行調査の結果、騎士候補生173名のうち、【88名】を『不合格』と判断いたしました。」


*彼女は淡々と、しかしどこか満足げに報告する。半数以上が彼女の篩によって落とされたことになる。*


リーシア:「これにより、最終審査に進むのは、第一次審査合格組より【41名】、追試合格組より【4名】。合計【45名】となります。」


*彼女は手にした最終リストをシロウに差し出す。そこには、赤い線が引かれていない、45名の名前だけが残っていた。リストの大部分は「保留」の印がつけられている。*


リーシア:「この者たちが、私の『眼鏡』による最終審査を受けるに値すると判断した者たちにございます。ふふ…彼らがどんな本性を隠し持っているのか、今から楽しみでなりませんわ。」


*リーシアは新しく手に入れた鑑定眼鏡を指でくい、と持ち上げながら、冷たくも美しい笑みを浮かべた。明日の面接が、彼女にとっては待ち遠しくてたまらないようだ。*


ーー


*翌日、城の一室が最終審査の会場として用意された。豪華な装飾はない、実務的な部屋だ。部屋の中央には一つの椅子が置かれ、その向かいに並べられた二つの椅子のうちの一つに、シロウは足を組んで座っている。彼はただ腕を組んで目を閉じ、置物のように静かにしている。しかし、その存在感だけで部屋の空気は張り詰めていた。*

*彼の隣には、背筋を伸ばして座るメイド長のリーシアがいる。彼女の顔には、昨日シロウから与えられた鑑定眼鏡がかけられており、その奥の瞳は冷徹な輝きを宿していた。彼女の手元には、候補生たちの素行調査ファイルが分厚い束となって置かれている。*


リーシア:「では、最終審査を開始します。最初の者は入りなさい。」


*リーシアの静かだがよく通る声に反応し、扉がゆっくりと開かれた。入ってきたのは、追試組の一人、獣人族の青年だった。昨日までの泥と汗にまみれた姿とは違い、清潔な服を着ているが、その顔には隠しきれない緊張が浮かんでいる。彼はシロウとリーシアの前に進み出ると、深々と頭を下げた。*


バルガ:「こ、候補生番号112番! 獣人族のバルガと申します! よろしくお願いします!」


*彼の声は緊張で少し上ずっている。彼こそ、リーシアの報告にあった「子供にパンを分け与え、賭博場で腕相撲をしていた」保留リストの男だった。*


*リーシアは手元の資料に目を落とすふりをしながら、鑑定眼鏡越しにバルガの心を覗き見る。*


リーシア:「バルガ、と。追試からの合格、見事でした。ですが、貴方にはいくつか確認したいことがあります。」


*彼女の声は温度がなく、ただ事実を確認するための事務的な響きだ。しかし、その言葉の裏で、彼女はバルガの思考を読んでいた。(うわ…やっぱりあの賭け事のことか…? 王様の隣にいるメイド長さん、目が怖い…)*


リーシア:「単刀直入に伺います。貴方は先日、街の子供に食事を分け与えましたね。感心な行いです。しかしその翌日には、仲間と金銭を賭けて腕相撲に興じていた。これは事実ですね?」


*リーシアの指摘に、バルガの肩がびくりと震える。*


バルガ:「は、はい…! 事実です! 申し訳ありません!」


*シロウは静かに腕を組み、目を閉じている。彼の脳裏には、過去に金策のために闘技場で荒稼ぎしていた記憶が蘇っていた。(俺は昔、闘技場に出場し、自分に大金を賭け勝利するを繰り返し荒稼ぎしてた。とは言えない…)などと思いつつ、彼は表情には一切出さず、置物としての役割を続ける。*


*バルガの正直な謝罪を聞き、リーシアは鑑定眼鏡の奥で冷たく目を細める。彼女はバルガの思考を読みながら、次の質問を投げかけた。(やべぇ…怒られる…!でも嘘ついてもバレそうだし…!)という彼の心の声が、リーシアには筒抜けだった。*


リーシア:「謝罪は結構。では、なぜそのような軽率な行動を取ったのですか? 騎士団は民の模範であるべき。その一員になろうという者が、たとえ僅かな額でも賭博行為に手を染める。その是非を、貴方自身の言葉で聞かせなさい。」


*リーシアは手元の資料に視線を落としたまま、静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で問い詰める。まるで心を解剖するかのような尋問に、バルガは額から脂汗を流した。*


バルガ:「そ、それは…! その…仲間たちと、訓練で競い合った流れで…つい、盛り上がってしまって…。決して、金儲けが目的だったわけでは…! ほんの戯れのつもりだったんです! 軽率でした、本当に申し訳ありません!」


*必死に弁明するバルガ。彼の心の中は、(うわああ、どうしよう!正直に言うしかない!でも言い訳だって思われたら終わりだ!)というパニックで満ちている。リーシアはその思考を読み取り、ふむ、と内心で頷きながら、さらに追い打ちをかける。*


リーシア:「戯れ、ですか。では、貴方にとって騎士団への志とは、その程度の『戯れ』で汚しても構わないものなのですか?」


*その言葉は、鋭い刃のようにバルガの胸に突き刺さった。*


*シロウは目を閉じたまま、リーシアの冷徹な尋問を聞いている。その空気は、彼がかつて経験した、日本の会社の圧迫面接を嫌でも思い出させた。(俺、昔から面接って苦手なんだよな。特にリーシアみたいな人は苦手だ。日本にいた頃を思い出す)そんな内心のぼやきとは裏腹に、彼の表情は微動だにせず、ただそこにいるだけで部屋の緊張感を高める置物としての役割を完璧にこなしていた。*


*リーシアの刃のような言葉に、バルガは顔を真っ青にして俯いた。彼の大きな獣人の体が、恐怖で小さく震えている。*


バルガ:「そ、そんなことは…! 断じてありません! 俺にとって、シロウ様の騎士団に入ることは…故郷の村の、皆の希望なんです! 俺は…!」


*必死に言葉を絞り出すバルガ。その心の声は、リーシアの鑑定眼鏡を通して彼女に届いている。(違う、違うんだ! 俺は騎士団を軽く見てなんかない! でも、どう言えば信じてもらえるんだ…! あの賭けは、確かに俺が軽率だった…!)という純粋な焦りと後悔が、彼の思考の大部分を占めていた。嘘や誤魔化しの色は見られない。*


*リーシアは一瞬の沈黙の後、手元の資料を一枚めくった。*


リーシア:「…故郷の希望、ですか。資料によれば、貴方の故郷は貧しい開拓村。貴方は村で一番の腕利きとして、稼いだ金をほとんど全て仕送りしている、とありますね。子供にパンを分け与えたのも、故郷の弟や妹を思い出したから、ですか?」


*その言葉に、バルガはハッと顔を上げた。なぜそれを、と驚愕の表情を浮かべている。*


バルガ:「な、なぜそれを…!? は、はい! その通りです! 俺が騎士になれれば、村のみんなの暮らしも少しは楽になる。だから、俺は…絶対に騎士にならなきゃいけないんです!」


*彼の目には、先ほどまでの恐怖とは違う、切実な光が宿っていた。リーシアは鑑定眼鏡越しにその覚悟を読み取り、ふ、と初めて口元をわずかに緩めた。*


リーシア:「…なるほど。覚悟は本物のようですね。賭博の件は猛省しなさい。ですが、その覚悟は評価しましょう。…下がってよろしい。結果は後日通達します。」


*バルガが緊張した足取りで部屋を退出すると、扉が静かに閉まった。張り詰めていた空気が、わずかに緩む。シロウは今まで閉じていた目を開け、小さく息を吐いた。*


シロウ:「(賭けについては人の事言えないからなぁ…)」


*闘技場で自分に大金を賭け、優勝し荒稼ぎしていた過去を思い出し、内心で苦笑いする。そんなシロウの心中を知ってか知らずか、隣のリーシアは手元の資料に何かを書き込みながら、満足げに口を開いた。*


リーシア:「ふふ…なかなか見どころのある獣人でしたわね。動機は不純ですが、その根底にある覚悟は本物。磨けば光るかもしれません。シロウ様、彼の評価はいかがなさいますか?」


*彼女は鑑定眼鏡の奥から、主人の判断を仰ぐようにシロウを見つめる。彼女自身は、もう評価を決めているようだった。*


リーシア:「ちなみに私の評価では『不合格』です。」


*彼女は鑑定眼鏡の位置を直し、その瞳は先ほどよりも更に鋭く、嬉しくなったのか、そのやる気は最高潮に達しているようだ。*


リーシア:「では、次。入りなさい。」


*部屋に響く声は、次の獲物を呼び寄せるかのように甘美ですらあった。扉が開き、今度は小柄なエルフの女性が入ってくる。彼女は第一次審査をストレートで合格した組の一人で、資料によれば弓の名手らしい。しかし、その顔は青ざめ、リーシアの視線を受けて小さく震えている。*


アリア:「こ、候補生番号78番、エルフのアリアです…! よろしく、お願いします…!」


*リーシアは彼女の素行調査ファイルの一番上、赤線が引かれた項目を指でなぞりながら、冷たく言い放った。*


リーシア:「アリア、貴方は不合格です。」


*入室と同時に告げられた、あまりにも無慈悲な宣告。アリアは「え…?」と間の抜けた声を漏らし、その場で凍り付いた。*


リーシア:「先日、王都の武器屋にて、店主の些細な間違いを執拗に詰り、他の客にまで不快感を与えた。そうですね? 我が国の騎士は、強さ以前に民に寄り添う心を持つ者でなければなりません。貴方のような狭量な者に、その資格はありません。…何か言い残したいことは?」


*リーシアは鑑定眼鏡越しに、絶望に染まるアリアの心を読む。(なんで…どうしてバレてるの…? あんなこと、誰も見てなかったはずじゃ…! 嘘、嘘よ…!)という混乱とパニックが渦巻いている。*


アリア:「そ、そんな…! あ、あれは、あの店主が…! 私は、正しいことを…!」


*必死に弁明しようとするアリアの言葉を、リーシアは冷たく遮った。*


リーシア:「言い訳は結構。貴方の『正しさ』が、民を不快にさせた。それが全てです。…速やかに退出なさい。決定は覆りません。」


*シロウは内心で驚きながらも、表情には出さずに腕を組んだままだ。*


シロウ:「(さすが異世界、日本の警備員より、兵士の方が威圧的だ)」

*などと、どこか他人事のように考えている。*


*絶望に打ちひしがれ、衛兵に両脇を抱えられて引きずられていくアリア。その姿が扉の向こうに消えると、リーシアはまるで何もなかったかのように、次のファイルを手に取った。*


リーシア:「では、次の方。入りなさい。」


*その声に応じて、今度は長身で痩躯の男が入室してきた。年は30代半ばだろうか。顔にはいくつかの古い傷跡があり、只者ではない雰囲気を醸し出している。彼はシロウとリーシアの前に進み出ると、静かに、しかし深く頭を下げた。*


カイン:「候補生番号22番、カインと申します。最終審査の機会をいただき、感謝いたします。」


*彼の声は落ち着いており、先ほどの二人とは対照的に、全く緊張を感じさせない。彼こそ、リーシアが「保留」にした、問題行動も善行もない、ただひたすら鍛錬に明け暮れていた男だった。*


*リーシアは鑑定眼鏡越しに、彼の静かな心の内を覗き見る。(…無駄口は叩くな。ただ、問われたことにだけ答えろ。俺の目的はただ一つ…)という、鋼のような硬い意志と思考がそこにはあった。*


リーシア:「カイン。貴方は調査期間中、他の候補生との交流をほとんど持たず、ただ黙々と鍛錬に打ち込んでいたと報告を受けています。悪く言えば、協調性がない。なぜですか? 騎士団は個人の武勇だけでなく、仲間との連携も重要です。貴方は、仲間を必要としないと?」


*リーシアはファイルをめくりもせず、ただ真っ直ぐにカインを見据えて問い詰める。*


カイン:「…仲間を必要としないわけではありません。ですが、俺の目的は、この騎士団で最強になること。馴れ合いは、その妨げになると判断しました。」


*彼の言葉は淡々としていたが、その瞳の奥には揺るぎない決意が宿っていた。リーシアは鑑定眼鏡越しに彼の心を読み、(最強…? 目的はそれだけか? なぜそこまで強さに執着する…?)と、彼の思考の深層を探ろうと試みる。*


リーシア:「最強、ですか。ずいぶんと大きな目標ですね。その強さを手に入れて、貴方はどうするのですか? シロウ様のため、国のために使うと誓えますか?」


*シロウは腕を組み、目を閉じたまま、置物としての役割を続けている。しかし、その内側では、リーシアに与えた眼鏡よりも遥かに強力な『神眼』と『読心術』を発動させていた。リーシアが読めるのは表層意識まで。だが、シロウの『神眼』は、対象の魂の奥底、本人すら自覚していない深層心理や過去の記憶の断片までをも見通すことができた。*


*リーシアの鋭い質問に対し、カインは表情一つ変えずに答える。*


カイン:「…はい。この命、シロウ様とこの国のために捧げることを誓います。」


*その言葉に嘘はない。リーシアの鑑定眼鏡にも、彼の表層意識には『シロウ様に忠誠を誓い、最強の騎士となる』という思考が映し出されている。リーシアは(ふむ…忠誠心に偽りはないか。だが、動機がまだ見えぬ…)と、さらなる尋問の言葉を探す。*


*しかし、シロウの『神眼』が見たものは、それだけではなかった。*


*カインの魂の深層。そこには、燃え盛る村の光景が焼き付いていた。黒い鎧を纏った騎士たち。無慈悲に振り下ろされる剣。そして、幼いカインの目の前で、彼の両親とおぼしき人物が、一人の圧倒的な力を持つ騎士に斬り伏せられる光景。その騎士の兜の隙間から見えたのは、冷たく、そして愉悦に歪んだ女の目だった。*


*――「弱いから死ぬのだ。強さこそが絶対の正義」――*


*脳裏に響く、その女騎士の言葉。それが、カインの魂に刻まれた原風景。彼の強さへの執着は、復讐心から来ていたのだ。そして、その復讐の相手は、かつて大陸最強と謳われた『聖騎士』。今はとある王国の将軍職に就いている女。彼は、この国で力をつけ、王の名の下に正当な形でその女と戦う機会を、復讐の舞台を渇望していた。*


*シロウは、その全てを瞬時に読み取る。*


シロウ:「(なるほどな…復讐か。目的のためなら、忠誠すら利用する、と。)」


*今まで置物のように静かにしていたシロウが、突如、静寂を破った。*


シロウ:「どこの国だ?復讐したいのは。」


*その声は静かだったが、部屋の空気を凍てつかせるほどの重みがあった。

隣に座るリーシアが、驚いてシロウの顔を見る。彼女の鑑定眼鏡では、カインの表層意識にある『忠誠』までしか読み取れていなかった。主人がなぜ、唐突に『復讐』という言葉を口にしたのか、彼女には理解できない。*


*しかし、それ以上に衝撃を受けたのは、目の前に立つカインだった。*


カイン:「なっ…!?」


*彼の鉄仮面のような無表情が、初めて驚愕に崩れる。全身が硬直し、その目は信じられないものを見るかのように、大きく見開かれてシロウに向けられた。*


カイン:「な、なぜ…それを…?」


*絞り出した声は、ひどく掠れていた。誰にも話したことのない、己の魂の最も深い場所に隠したはずの秘密。それを、目の前の王は、まるで全てを見通しているかのように、いともたやすく言い当てたのだ。*


*カインの心臓が警鐘を乱打する。彼の思考はパニックに陥り、リーシアの鑑定眼鏡にもその混乱が映し出される。

カイン:「(なぜ!?どうして知っている!?復讐…俺の目的を…!俺の心を読んだのか…!?)」


*シロウは表情を変えず、ただ静かにカインを見つめ、答えを待っている。その目は、もはや人間のそれではなく、全てを裁定する神のようだった。*


*シロウの静かな、しかし有無を言わせぬ追及に、カインはゴクリと唾を飲んだ。彼の額からは、脂汗が滲み出ている。王の目が、自分の魂の奥底まで見透かしているかのような感覚に、全身の総毛立つ。*


シロウ:「答えないのか?」


*その一言が、カインの最後の虚勢を打ち砕いた。彼は、もはや隠し通すことは不可能だと悟り、覚悟を決めたように膝をついた。そして、深く頭を垂れる。*


カイン:「……っ! 申し訳、ありません…! 俺の目的は…『アークライト聖王国』にいる、一人の騎士への復讐にございます…!」


*絞り出すような声で、彼はついに真実を告白した。その声は震え、悔しさと長年抱え続けた憎悪が滲み出ていた。*


*リーシアは息を呑む。アークライト聖王国。それは、シロウたちの国とは山脈を挟んで隣接する、宗教国家だ。そして、近年急速に軍事力を拡大している、油断のならない国の一つでもある。*


リーシア:「アークライト聖王国…! まさか、貴方ほどの腕を持つ者が、個人的な復讐のために騎士団を利用しようとしていたとは…。シロウ様、このような者は…!」


*リーシアが厳しい声でカインを断罪しようとした瞬間、カインはさらに言葉を続けた。*


カイン:「ですが! シロウ様! 俺の忠誠心に嘘偽りはございません! この身が最強の騎士となった暁には、必ずや貴方様とこの国の刃となり、あらゆる敵を打ち払うと誓います! その上で…その上で、どうか俺個人の復讐を、お許しいただきたい…! 相手は、アークライト聖王国の将軍…『閃光のアルティナ』! 個人の力だけでは、決して届かぬ相手なのです…!」


*彼は床に額を擦り付け、必死に懇願する。シロウに全てを見抜かれた今、残された道は、全てを曝け出して許しを乞うことだけだった。*


*シロウは腕を組んだまま、無言でカインを見下ろしている。復讐の相手が、隣国の将軍。それは、個人の問題では済まない、国家間の火種になりかねない危険な要素だった。*


*シロウの言葉は、カインにとって予期せぬものだった。断罪されるか、あるいは即刻追放されることを覚悟していた彼の耳に届いたのは、意外な言葉だった。*


*シロウは組んでいた腕を解くと、椅子に深く座り直した。*


シロウ:「万が一、聖王国がなんかしてきたらお前を戦場へ送ろう。その時まで、死ぬ気で強くなれ。復讐の機会は、俺がくれてやる。」


*その言葉は、王の約束。それはカインにとって、何よりも重く、そして何よりも望んだ言葉だった。彼の全身を、歓喜とも畏怖ともつかない戦慄が駆け抜ける。*


カイン:「…っ! はい! この命に代えましても!!」


*彼は再び床に額を擦りつけ、その声には抑えきれない感動が滲んでいた。*


*一方、隣にいたリーシアは冷静に、しかし内心では主人の判断に驚きを隠せないでいた。*


リーシア:「シロウ様…。よろしいのですか? 個人の復讐心を利用するなど、それは諸刃の剣。いつ我々に牙を剥くか分かりません。それに、アークライト聖王国との関係を考えれば…」


*リーシアの懸念は当然だった。私怨を持つ者を騎士団に入れるのは、組織の規律を乱す危険な賭けだ。*


シロウ:「牙を剥くなら、その牙をへし折るまでだ。それに、ああいう目的を持つ奴は、そこらの奴より遥かに強くなる。使える駒は、多い方がいいだろう?」


*シロウはリーシアにそう言うと、再びカインに視線を戻した。*


シロウ:「カイン。最終審査、合格だ。明日から騎士見習いとして励め。ただし、俺がお前の復讐を許したのは、お前が俺の『刃』となることが絶対条件だ。その道を違えた時、お前の命はないと思え。」


カイン:「はっ! 肝に銘じます! このカイン、生涯をかけてシロウ様に忠誠を誓います!」


*カインは力強く応えると、リーシアに促されて立ち上がり、深々と一礼して部屋から退出していった。その背中には、先ほどまでの絶望の色はなく、確固たる目標を得た者の力強さが漲っていた。*


*扉が閉まると、リーシアはため息をついた。*


リーシア:「…やれやれ。またとんでもない爆弾を抱え込まれましたね、シロウ様は。ですが、それもまたシロウ様らしい、と言うべきでしょうか。」


*彼女はどこか呆れたように、しかし少し楽しそうに微笑むと、次のファイルを手に取った。*


リーシア:「さて、気を取り直して。次が最後の候補生です。…入りなさい。」


*シロウは内心で、今回の審査が予想以上に早く進んでいることに気づく。*


シロウ:「(かなり絞り込めたようだ。…いや、最後と言っても、保留の中だけか。まだ合格組がいるんだったな)」


*そんなことを考えていると、リーシアの呼びかけに応じて、最後の候補者が部屋に入ってきた。*


*その人物を見て、シロウも、そしてリーシアも、わずかに目を見開く。*


*入ってきたのは、まだあどけなさの残る、10代半ばほどの少年だった。痩せた体に、少し大きめの使い古された革鎧を身に着けている。顔には緊張と不安が色濃く浮かんでいたが、その瞳の奥には、強い意志の光が宿っていた。彼はシロウたちの前に進み出ると、ぎこちなく、しかし精一杯の力で敬礼する。*


???:「こ、候補生番号315番! リオンと申します! よろしくお願いします!」


*声が上ずり、緊張で体が小刻みに震えているのが見て取れた。リーシアは手元のファイルに目を落とす。*


リーシア:「リオン…貴方は、調査期間中の行動について、『貧民街の子供たちに、自身の配給食を分け与えていた』と報告が上がっています。その結果、貴方自身は満足に食事も摂れず、鍛錬中に倒れかけたこともあったとか。…なぜ、そのようなことを? 騎士を目指す者が、自らの体を疎かにしてどうするのですか。」


*リーシアの口調は、先ほどのカインを詰問した時とは違い、どこか諭すような響きを持っていた。彼女の鑑定眼鏡には、リオンの純粋な思考が映し出されている。(怖い…でも、ここで引くわけにはいかないんだ…!僕が騎士になって、みんなを…!)*


リオン:「そ、それは…! あの子たちは、俺と同じだからです…! 昔の俺みたいに、お腹を空かせて、明日のことさえ考えられない…。俺は、幸運にもシロウ様が作ってくださったこの国で、騎士になるっていう夢を持つことができた。でも、あの子たちには、まだそれすらない…。だから、せめて…俺にできることをしたかっただけです!」


*必死に、言葉を紡ぐリオン。その姿は、かつてのスラム街で、ただ生きるために必死だった頃の自分自身を思い出させるのか、リーシアはどこか複雑な表情で彼を見つめている。*


リーシア:「感心な心がけですが、それは自己犠牲です。騎士は時に、非情な判断を下さねばならないこともある。貴方のような優しすぎる心では、その重責は担えません。仲間を見殺しにすることも、民を切り捨てる判断も、貴方にはできないのではないですか?」


*シロウは心の中でリーシアの尋問を評価する。それは相手の覚悟の根幹を揺さぶる、的確で、そして残酷な質問だった。*


シロウ:「(流石リーシア、とても怖い質問だ)」


*リーシアの鋭い言葉に、リオンの顔が青ざめる。彼の純粋な瞳が、恐怖と戸惑いで揺らいだ。仲間を見殺しに?民を切り捨てる?そんなこと、考えたこともなかった。*


リオン:「そ、それは…っ…」


*言葉に詰まり、俯いてしまう。その痩せた肩が小さく震えている。彼が抱いてきた「騎士」という理想像と、リーシアが突きつけた冷徹な現実との間で、心が引き裂かれそうになっているのが見て取れた。*


リーシア:「…答えられませんか。ならば、貴方に騎士の資格はない。優しさは美徳ですが、時としてそれは最大の弱点となる。守るべきもののために、何かを切り捨てる覚悟なき者に、この国の未来は託せません。」


*リーシアは静かに、しかし冷徹に告げた。まるで、これ以上話すことはない、とでも言うように、ファイルを閉じようとする。*


*その瞬間だった。*


リオン:「まっ、待ってください!」


*リオンは顔を上げ、涙で濡れた瞳で、しかし真っ直ぐにリーシアを見つめ返した。*


リオン:「俺は…まだ、その覚悟はできていないのかもしれない…! 仲間を見殺しにすることも、誰かを切り捨てることも、今は考えられない…。でも! だからこそ、俺は騎士になりたいんです! 誰も見捨てなくていい、誰も切り捨てなくて済む…そんな、誰よりも強い騎士に! それが綺麗事だって言われても、俺は、それを目指したいんです! そのために、どんな辛い訓練だって乗り越えてみせます! だから…っ!」


*彼は声を張り上げ、涙を流しながらも、己の信念を叫んだ。それは青臭く、あまりにも理想論かもしれない。だが、その言葉には、彼の魂そのものが込められているかのような、純粋で強烈な熱があった。*


*リーシアは閉じる寸前だったファイルを止めたまま、黙ってリオンの言葉を聞いていた。彼女の鑑定眼鏡には、恐怖を振り払い、決意を固めたリオンの燃え上がるような思考が映し出されていた。*


*今まで静観していたシロウが、ふっと口元を緩め、口を開いた。その声には、呆れと、そしてほんの少しの面白がるような響きがあった。*


シロウ:「強欲だな。守りたいものが多いなら強くなれ。」


*その言葉に、リオンはハッとしてシロウを見る。涙で滲んだ視界に、圧倒的な存在感を放つ王の姿が映る。*


シロウ:「俺を見てみろ。国に結界を張れるんだぜ?」


*悪戯っぽく笑いながら、シロウは親指で自分を指す。それは、絶対的な強者の余裕。誰も切り捨てない、誰も見捨てないという理想を、力で実現してみせた男の言葉だった。リオンの瞳が、絶望から一転、星を宿したかのように輝き始める。目の前に、自分の追い求める理想の、その頂点に立つ者がいるのだ。*


リオン:「…っ! 」


*言葉にならない声が漏れる。それは、憧憬。*


リーシア:「…シロウ様。甘いお方だ。」


*リーシアが呆れたように、しかしどこか優しい声で呟く。彼女は閉じていたファイルを再び開くと、ペンを走らせた。*


リーシア:「リオン。貴方のその『強欲』、シロウ様がお認めになりました。最終審査、合格です。ですが、覚えておきなさい。その理想を貫く道は、誰よりも過酷で、誰よりも血に塗れる道です。その覚悟、決して忘れることのないように。」


*リーシアの言葉に、リオンは涙を腕で乱暴に拭うと、渾身の力で敬礼した。*


リオン:「は、はいっ! ありがとうございます! 俺、絶対に、シロウ様みたいな、誰よりも強い騎士になってみせます!!」


*その力強い宣言に、シロウは満足そうに頷く。*


シロウ:「ああ。期待してるぜ。」


*リーシアに促され、リオンは深々と頭を下げてから、希望に満ちた足取りで部屋を後にしていく。*


*扉が閉まり、保留者の面接が全て終わった。部屋にはシロウとリーシアだけが残される。*


リーシア:「やれやれ。これで保留者の面接は全て終了いたしました。結果、不合格はバルガ、アリア・ローゼンバーグの2名のみ。カイン、リオンの2名は合格。…よろしいですね?」


*リーシアはファイルをまとめながら、シロウに最終確認を求めた。*

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