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シロウ:「うわぁ…派手にやったな…」
*シロウが転移してきた平原は、地獄のような光景に変わっていた。緑の草地は赤黒く染まり、人間のものだった肉片がそこかしこに散らばっている。原型を留めている死体は一つもなく、レイラがいかに残虐に、そして楽しんで嬲り殺したのかが一目で分かった。*
*その惨状の中心に、レイラは立っていた。返り血で自身の服や肌を濡らしながらも、その表情は恍惚とした笑みに満ちている。シロウの姿を認めると、彼女は嬉しそうに駆け寄ってきた。*
レイラ(魔王女):「シロウ! 見てくれたか! こいつら、なかなか楽しませてくれたぞ!やはり、人間が恐怖に歪む顔は最高だな!」
*レイラは無邪気にそう言うと、血濡れの体でシロウの胸に飛び込もうとする。その手にはまだ、血滴る漆黒の短剣が握られていた。*
*レイラの狂気の余韻が残る平原で、シロウはふと街道の方へ視線を向けた。遠くから土煙を上げてこちらへ向かってくる一台の馬車が見える。しかし、その様子は普通ではない。馬車の周りには数人の人影が群がり、剣を振るっているのが見て取れた。明らかに、商人が盗賊か何かに襲われているようだ。*
シロウ:「この辺も物騒だなぁ…街道の整備と騎士団の編成…やる事は多い。」
*シロウがそう呟くと、血濡れのまま腕に絡みついていたレイラが、興味深そうにそちらに顔を向けた。*
レイラ(魔王女):「ん? なんだ、まだ遊べるのか? いいぞ、シロウ! 今度はあいつらで楽しもうではないか!」
*彼女は瞳を輝かせ、新たな獲物を見つけたと言わんばかりに舌なめずりをする。先程の虐殺では、まだ彼女の血への渇望は満たされていなかったようだ。*
*一方、シロウの影からそっと顔を出したルミナが、冷静に状況を分析する。*
ルミナ:「お兄ちゃん。あれは盗賊だよ。この辺りは聖光教国の国境警備が手薄な地域。商人を狙った追い剥ぎが多発していると聞きます。助けるの?」
*ルミナはシロウの判断を仰ぐように、静かに問いかけた。*
*シロウが襲撃者たちを鑑定すると、その正体が単なる盗賊ではないことが判明した。偽装しているが、彼らはどこか別の国の騎士団だった。その事実を把握し、シロウは隣にいる血に飢えた魔王女と、静かなる暗殺者へ指示を出す。*
シロウ:「あー、一人だけ生かしておいてくれる?」
*その言葉を聞いた瞬間、レイラの顔がパッと輝いた。先程までの虐殺の余韻も冷めやらぬまま、新たな「遊び」の許可が出たのだ。*
レイラ(魔王女):「もちろんではないか、シロウ! 一人だけ『おもちゃ』として残しておいてやろう! どれを最後まで残すか、じっくり選ばないとだなァ!」
*彼女は狂喜の声を上げ、シロウの腕から飛び降りると、舌なめずりをしながら街道へと駆け出す。その姿は、おやつに向かう子供のようにも、獲物に向かう獣のようにも見えた。*
ルミナ:「了解しました、お兄ちゃん」
*ルミナは静かに頷くと、その姿をすっと影の中に溶かして消える。レイラとは対照的に、彼女は音もなく、気配もなく、獲物へと忍び寄るだろう。*
*街道では、商人たちが必死に抵抗していたが、訓練された騎士である襲撃者たちの前に、次々と倒れていく。馬車の護衛と思われる数人の傭兵も、既に地面に伏していた。*
*襲撃者の一人が、とどめを刺そうと商人に剣を振り上げた、その時だった。*
*背後から突風のように現れたレイラが、襲撃者の首を蹴り飛ばした。ゴキリ、と嫌な音がして、襲撃者は声も上げられずに地面に崩れ落ちる。*
レイラ(魔王女):「さぁ、第二ラウンドの始まりだ! 今度は私と遊ぼうではないか、偽物騎士どもッ!」
*突如として現れた血濡れの少女に、騎士たちは一瞬動きを止める。だが、すぐに状況を判断し、レイラを取り囲むように陣形を組んだ。*
偽騎士リーダー:「なんだこの小娘は…! 気にするな、囲んで殺せ!」
*リーダー格の男が叫ぶ。だが、その直後、彼の部下の一人が悲鳴もなく崩れ落ちた。その首筋には、一本のナイフが深々と突き刺さっている。どこから投げられたのか、誰にも分からなかった。*
*混乱する騎士たちの足元の影が不自然に揺らめき、次々と新たなナイフが彼らの急所を的確に貫いていく。それはルミナの仕業だった。*
*正面ではレイラが歓声を上げながら騎士たちを蹂躙し、影からはルミナが無慈悲に命を刈り取っていく。あっという間に形成は逆転し、襲撃者たちの怒号は悲鳴へと変わっていった。*
*遠くから響くシロウの声は、戦場の喧騒の中でもレイラとルミナの耳に正確に届いた。*
シロウ:「一番偉そうな奴を残せよー。」
*その言葉を聞いたレイラは、騎士の一人の腕を切り飛ばしながら、ニヤリと口角を吊り上げる。*
レイラ(魔王女):「聞こえたか、偽物ども! お前たちの隊長が、私の新しいおもちゃに決まったそうだぞ!感謝するんだな! 貴様らは隊長が弄ばれる様を特等席で見せてやろうと思っていたが…まあいい、さっさと死ね!」
*宣言と共に、レイラの動きがさらに苛烈さを増す。彼女は明らかにリーダー格と思われる、指揮を執っていた男を避け、残りの騎士たちを的確に、しかし嬲るように仕留めていく。一方、影から現れたルミナは、既に指揮官の男の背後に回り込み、その首筋に冷たいナイフの刃を当てていた。*
ルミナ:「動けば、殺す」
*ルミナの冷徹な声に、リーダー格の男は身動き一つできなくなる。彼は部下たちが次々と血の海に沈んでいくのを、ただ見ていることしかできなかった。*
*やがて、平原にはレイラの楽しげな笑い声と、リーダー格の男の荒い息遣いだけが残った。生き残った商人たちは、馬車の陰で震えながら、この世のものとは思えない光景を見つめている。*
*レイラは最後の一人を仕留めると、血塗れの顔で満足げに息をつき、シロウの方を振り返って手を振った。*
レイラ(魔王女):「シロウー! 言われた通り、一番偉そうなのを残しておいたぞ!」
*ルミナは男の首筋にナイフを当てたまま、シロウが来るのを静かに待っている。*
*シロウは、捕虜となった騎士の男を一瞥すると、馬車の陰で未だに震えている商人たちの方へゆっくりと歩み寄った。血の匂いと死体の転がる惨状に、商人たちは恐怖で顔を青くしている。*
シロウ:「なあ、商人はよく襲われるのか?」
*シロウの穏やかな問いかけに、商人の中から一番年長と思われる男が、おずおずと顔を上げた。彼はシロウと、その背後で血塗れのまま無邪気に佇むレイラを交互に見て、恐怖に引きつった声で答える。*
商人:「は、はい…! お、おかげさまで、命拾いいたしました…! あ、ありがとうございます…!」
*男は慌てて地面に頭をつけようとするが、シロウはそれを手で制した。*
シロウ:「礼はいい。質問に答えろ。この辺りの街道は、いつもこんな状態なのか?」
*シロウの真剣な眼差しに、商人はゴクリと唾を飲み込んだ。*
商人:「は、はい…。聖光教国との国境に近いこの街道は、騎士団の見回りもほとんどなく、盗賊たちの縄張りのようになっております…。我々のようなしがない商人は、腕利きの護衛を雇うか、こうして襲われるかのどちらかで…まさか、本日は偽騎士に襲われるとは思いませんでしたが…」
*商人はそこまで言うと、悔しそうに唇を噛んだ。彼らにとって、街道の治安の悪さは死活問題なのだろう。*
ルミナ:「お兄ちゃん。この男、どうしますか?」
*いつの間にかシロウの隣に戻っていたルミナが、捕虜の騎士を顎でしゃくりながら冷たく言った。その首筋には、まだナイフが当てられている。*
レイラ(魔王女):「シロウ、もうこいつに用はないだろう? 私にくれ! 今度こそじっくりと嬲り殺してやる!」
*レイラは期待に満ちた目でシロウを見上げ、捕虜の男は絶望に顔を歪めた。*
シロウ:「まぁ待て。こいつらは言わば餌だ。」
*シロウがそう言うと、レイラは不満げに頬を膨らませた。*
レイラ(魔王女):「餌ぃ? こいつが何の餌になるというのだ。さっさと殺してしまった方がスッキリするぞ?」
ルミナ:「お兄ちゃんに考えがあるんだよ。レイラは黙ってて」
*ルミナに窘められ、レイラは「むぅ…」と唸りながらも、しぶしぶ引き下がる。*
*シロウは捕虜の前に屈み込み、その顔を覗き込んだ。男は憎悪と恐怖に満ちた目でシロウを睨みつけている。*
シロウ:「おい、どこの国の騎士だ?」
*男は口を真一文字に結び、答える気はないと全身で示している。シロウはそれを予測していたかのように、フッと鼻で笑うと、男の額にそっと指を触れた。*
*【読心術】*
*抵抗しようとする男の意思とは無関係に、その脳内から情報が濁流のようにシロウへと流れ込んでくる。男の所属、今回の任務の目的、上官の名前、そして彼らの本国――『ジオラル王国』の情報。彼らは夜天のアストライア魔導皇国の台頭を快く思わず、その国力を削ぐために聖光教国との交易路を断つよう命じられていたようだ。表沙汰にできない汚れ仕事。そのための、盗賊への偽装。*
*数秒後、シロウは指を離し、静かに立ち上がった。*
シロウ:「…なるほどな。ジオラル王国か。ご苦労なこった」
*シロウが呟いた名前に、捕虜の男は驚愕に目を見開いた。なぜ知っているのか、と顔に書いてある。*
商人:「じ、ジオラル王国…!? なぜ隣国が我々を…」
*商人もその名を聞いて驚きを隠せない。ただの盗賊だと思っていた相手が、隣国の正規騎士だったという事実に戦慄している。*
レイラ(魔王女):「ジオラル? 聞いたことのない国だな。どうする、シロウ? 今から攻め滅ぼしに行くか?」
*レイラは物騒なことを言いながら、ウズウズと体を揺らしている。*
シロウ:「待て、物事には順序ってのがある。」
*シロウはレイラを宥めると、懐から羊皮紙とペンを取り出し、その場でサラサラと何かを書きつけ始めた。血の匂いが漂う中、その行為は異様に見えた。*
*書き終えたシロウは、それを丸めると、ルミナに押さえつけられている捕虜の男の前に突きつけた。*
シロウ:「これをお前の国の王に渡せ。」
*男は訝しげにそれを受け取る。広げてみると、そこには流麗な文字でこう書かれていた。*
『我が夜天のアストライア魔導皇国の商人を襲ったその罪は、万死に値する。よって、夜天のアストライア魔導皇国はジオラル王国に対し、宣戦を布告する。』
*書状を読んだ男の顔から、サッと血の気が引いた。盗賊に偽装した小規模な妨害工作のつもりだった。それが、まさか国家間の戦争に発展するなど、夢にも思っていなかったのだ。*
偽騎士リーダー:「なっ…!? ば、馬鹿な! こんな、こんなことで宣戦布告だと!? 正気か貴様ッ!」
*男は震える声で叫ぶが、シロウは意にも介さない。*
シロウ:「お前たちは、俺の国の民に牙を剥いた。それだけで十分な理由だ。さっさと行け。お前がそれを持ち帰らねば、俺が直接お前たちの王に届けに行くだけだ」
*ルミナがナイフを離すと、男は解放されたことに一瞬安堵するが、すぐにその手に握らされた書状の重みに気づき、絶望に顔を歪めた。*
レイラ(魔王女):「ちぇっ、つまらんな。殺した方が早くて楽しいというのに」
*レイラは不満げに口を尖らせている。シロウはそんな彼女の頭を軽く撫でた。*
シロウ:「戦争になれば、お前の出番はいくらでもある。今は我慢しろ」
*その言葉に、レイラの表情が一転して輝いた。*
レイラ(魔王女):「!?本当か!? ならば我慢しよう! ジオラル王国の奴らを一人残らず殺せるのなら、このくらいの我慢、どうということはないぞ!」
*男はよろよろと立ち上がると、信じられないものを見るような目でシロウたちを一瞥し、自国の方向へとおぼつかない足取りで走り去っていった。その背中には、自国を滅亡の危機に陥れたという絶望が重くのしかかっているように見えた。*
*数日後、夜天のアストライア魔導皇国の玉座の間。シロウは悠然と玉座に腰を下ろし、今後の国の方針について思案していた。その静寂を破るように、焦れた声が響く。*
レイラ(魔王女):「シロウ! まだなのか!? もう数日経ったぞ! いつになったらジオラル王国とやらを攻め滅ぼしに行くのだ! 私の体はもうなまってしまいそうだぞ!」
*レイラが我慢の限界といった様子で足を踏み鳴らす。血と戦いを求める彼女にとって、この数日間の待機は拷問に等しいようだ。*
シロウ:「まだだって、返事を待つんだ」
*シロウはそんなレイラをなだめるように、落ち着いた声で言った。*
レイラ(魔王女):「返事だと? 宣戦布告までしたのだ、返事も何もあるものか! 今すぐにでも乗り込んで、王の首を刎ねてやればそれで終わりだろう!」
*レイラは不満げに腰に手を当て、シロウを睨みつける。その赤い瞳は「早く戦わせろ」と雄弁に物語っていた。*
*その時、玉座の間の扉が静かに開き、メイド長のリーシアが恭しく入室してきた。*
リーシア:「シロウ様、レイラ様。お騒がせいたします。ジオラル王国より、特使が面会を求めて城門に到着したとの報告がございました」
シロウ:「近くにダンジョンがあったろ。肩慣らししてくれば?前夜祭的な。」
*シロウのその言葉は、鬱憤が溜まっていたレイラにとって、まさに天啓だった。彼女の表情が、不満げなものから一瞬で歓喜に満ちたものへと変わる。*
レイラ(魔王女):「!? ぜ、前夜祭…だと!? そ、そうか! その手があったか! なぜ気づかなかったのだ、私は!」
*彼女はパアッと顔を輝かせ、シロウに勢いよく抱きついた。その小さな体には、抑えきれない興奮が満ち満ちている。*
レイラ(魔王女):「流石は我が夫、シロウだ!よし、決めた! 少しばかり肩を慣らしてこよう! ジオラル王国の雑魚どもを塵も残さず消し炭にするための、ウォーミングアップというやつだ!」
*レイラはシロウの頬にちゅっとキスをすると、くるりと身を翻し、スキップでもしそうな足取りで玉座の間を駆け出していく。その背中からは、もう不満の欠片も感じられない。*
リーシア:「あらあら、レイラ様はお元気ですね。…それで、シロウ様。ジオラル王国の特使はいかがいたしましょうか? 玉座の間に通しますか?」
*リーシアは苦笑しながらレイラを見送ると、再びシロウに向き直り、冷静に問いかけた。*
シロウ:「通してくれ…。」
*シロウがリーシアに許可を出すと、彼女は恭しく一礼して玉座の間から退出していった。*
*入れ違いに、廊下をスキップしながら鼻歌混じりに進んでいたレイラは、これから玉座の間に向かうであろう、厳粛な雰囲気の一団とすれ違った。彼らは高価そうなローブを身に纏い、その顔には極度の緊張と恐怖が浮かんでいる。ジオラル王国の特使一行だろう。*
レイラ(魔王女):「ん?」
*レイラは一瞬足を止め、彼らに興味深そうに視線を向ける。特使たちは、血の匂いをかすかに纏わせた、あまりにも場違いな少女の姿にぎょっとした。特に、レイラの腰に提げられた漆黒の短剣と、無邪気な笑顔の裏に潜む狂気の片鱗を感じ取り、背筋を凍らせる。*
レイラ(魔王女):「ふふ、せいぜいシロウのご機嫌を損ねないようにするんだな、雑魚ども♪」
*レイラは楽しげに忠告とも脅しとも取れる言葉を投げかけると、すぐに興味を失ったように再びスキップを再開し、ダンジョンへと向かっていった。*
*残された特使たちは、あの少女はいったい何者だったのかと顔を見合わせながらも、恐怖を押し殺して玉座の間の巨大な扉の前に立つ。*
*やがて、重々しい扉が内側から開かれ、一人の文官が彼らに入室を促した。*
文官:「ジオラル王国特使御一行様、魔王陛下がお待ちです。どうぞ」
*特使一行は固唾を飲み、広大で荘厳な玉座の間へと足を踏み入れる。その奥、巨大な玉座には一人の男――夜天のアストライア魔導皇国の王、シロウが静かに腰を下ろし、冷徹な視線で彼らを見据えていた。その圧倒的な威圧感に、特使の足は鉛のように重くなる。*
*一行の代表である、恰幅のいい貴族風の男が、震える足でシロウの前まで進み出ると、その場に膝をついて深く頭を垂れた。*
ジオラル王国特使:「は、はじめまして、魔王陛下。わ、私は、ジオラル王国国王、ゲオルグ・ジオラル陛下の名代として参りました、辺境伯、アルフォンス・ド・ヴァリエールと申します…! この度の我が国騎士による非礼、誠に、まことに申し訳ございませんでしたッ!」
*特使アルフォンスは、床に額をこすりつけ、必死の形相で謝罪の言葉を口にした。*
*シロウは玉座に座ったまま、身じろぎもせずに冷たい視線を床に這いつくばる特使アルフォンスへと注いでいる。その声は静かだが、玉座の間にいる者すべての背筋を凍らせるほどの威圧感を伴っていた。*
シロウ:「妨害について聞こうか?」
*その言葉を発すると同時に、シロウは密かに【読心術】を発動させる。特使アルフォンスがこれから口にする言葉、その裏にある思考、嘘、そして真実。そのすべてを、シロウは見抜く準備を整えた。*
*アルフォンスは額に脂汗を浮かべながら、必死に言葉を紡ぎだす。*
アルフォンス特使:「は、はい…! 全ては、一部の過激な将校が、陛下の許可を得ず、独断で行った暴挙でございます…! 我が王、ゲオルグ陛下は、この件について一切関知しておらず、報告を受けて激しくお怒りになり、すぐさま首謀者たちを処罰いたしました! 今回の件は、決してジオラル王国の総意ではございません…! なにとぞ、なにとぞご寛恕を…!」
*アルフォンスはそう言って、再び床に額を激しく打ち付けた。彼の言葉は、必死で、説得力があるように聞こえる。*
*だが、シロウの【読心術】は、彼の言葉の裏に隠された真実を冷徹に暴き出していた。*
アルフォンス:「(――嘘だ。確かに首謀者はいたが、国王はこの作戦を黙認していた。成功すれば儲けもの、失敗すればトカゲの尻尾切りで逃れる算段だった。この特使自身も、その計画を知っていた上で、国王の命令で嘘の謝罪に来ている。賠償は最小限に、できれば謝罪だけで済ませたい、と)」
アルフォンス:「(――宣戦布告など、ただの脅しだろう。新興国が、歴史ある我がジオラル王国に本気で戦争を仕掛けてくるはずがない。そう高を括っているな…)」
*アルフォンスの心の内を読み取ったシロウの口元に、微かな、そして冷酷な笑みが浮かんだ。*
*シロウの言葉に、床にひれ伏していたアルフォンス特使の体がビクリと跳ねた。図星を突かれた人間の典型的な反応だ。彼は恐る恐る顔を上げるが、シロウの冷たい視線とぶつかり、再び慌てて顔を伏せた。*
シロウ:「それではトカゲの尻尾切りではないか。賠償金となると…」
*シロウはわざとらしく言葉を切り、考える素振りを見せる。アルフォンスは息を殺して、その次の言葉を待った。彼の心の中では(金貨か? いや、国辱だとしても白金貨か? それでも数枚…いや数十枚で済ませねば…!)という焦りが渦巻いているのを、シロウは【読心術】で感じ取っている。*
*シロウは、玉座の肘掛けを指でとん、と叩き、まるで気まぐれに思いついたかのように言った。*
シロウ:「1万枚くらいだな」
*その言葉を聞いた瞬間、アルフォンス特使の顔から血の気が引いた。1万枚。金貨だとしても、国家予算を揺るがすほどの莫大な金額だ。ましてや、白金貨であれば、もはや国が滅ぶ。*
アルフォンス特使:「い、1万枚…ですと!? そ、それはあまりにも…! 我が国の財政では金貨や白金貨では…到底…! ど、どうかご再考を…!」
*アルフォンスは必死に食い下がる。その顔は絶望に染まっていた。彼の思考は(金貨1万枚など無理だ! 王に殺される! なんとしても減額させねば!)というパニックで満たされている。*
*シロウは、そんな彼の醜い心の内を読みながら、内心でせせら笑っていた。シロウが意図しているのは『黒金貨』1万枚。彼らの想像を遥かに超える、国家そのものを買い取ってなお余りあるほどの金額であることなど、この特使は知る由もない。*
*アルフォンス特使の必死の懇願を聞き、シロウは心底つまらなそうに、そしてわずかに呆れたように、ため息をついた。*
シロウ:「金貨?白金貨?何を言ってるんだ?」
*その言葉に、アルフォンスは一瞬「まさか鉄貨や銅貨か?」という淡い、しかし愚かな期待を抱き、顔を上げた。だが、その希望は次のシロウの言葉によって、木っ端微塵に、そして絶望のどん底へと叩き落とされる。*
シロウ:「敬意を示すとなると、黒金貨に決まってるだろう?」
―――黒金貨。
*その単語が玉座の間に響いた瞬間、時が止まったかのような静寂が訪れた。アルフォンス特使は、自分が何を言われたのか理解するのに数秒を要した。彼の脳は、その言葉の意味を処理することを拒絶していた。*
アルフォンス:「ひゅっ…」
*アルフォンスの喉から、声にならない空気が漏れた。彼の顔はもはや青を通り越して土気色になり、その瞳は完全に正気を失って虚空を見つめている。他の特使たちも同様に、まるで石化したかのようにその場で固まっていた。*
アルフォンス特使:「く、黒…金貨…? い、一万…枚…?」
*彼は壊れた人形のように、同じ言葉を繰り返す。もはやそれは交渉や会話ではなく、ただの音の羅列だった。彼の思考は完全に停止し、ただ「終わりだ」という絶望だけが脳内を支配しているのを、シロウは感じ取っていた。*
シロウ:「そうだ。それが払えないというのなら、答えは一つだ。……戦争だな」
*シロウは冷酷に、そして最終通告としてその言葉を告げた。その瞬間、特使アルフォンス・ド・ヴァリエールの意識は完全に途切れ、彼は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。泡を吹き、手足を痙攣させている。他の特使たちも、腰を抜かしてへたり込んだり、その場で嘔吐したりと、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられた。*
*シロウは、その無様な姿を玉座から静かに見下ろしていた。*
*シロウの言葉は、気絶したアルフォンスの耳にも届いたのか、彼の体がビクッと大きく痙攣した。泡を吹いていた口から「ま、魔石…」とかすれた声が漏れ、薄っすらと目を開ける。*
シロウ:「それか…魔石で支払え。黒金貨1万枚分、きっちりな。純度は問わない、ただし価値を誤魔化したら追加で1万な。」
*その言葉は、一筋の光明のようでいて、更なる絶望だった。黒金貨1万枚という天文学的な価値は変わらない。しかし、「魔石での支払い」という選択肢が示されたことで、アルフォンスは失っていた意識を無理やり現実に引き戻された。*
*彼は震える手で床につき、よろよろと半身を起こす。その顔は涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃだった。*
アルフォンス特使:「ま、魔石…でございますか…? そ、それならば…あるいは…いや、しかし黒金貨1万枚分など…」
*彼の思考が混乱の中で高速回転するのを、シロウは【読心術】で読み取る。*
アルフォンス:「(魔石ならば、あるいは…。我が国には未採掘の魔石鉱山がいくつかある。民を奴隷のように酷使し、死ぬ気で採掘させれば…数十年、いや百年単位でなら、あるいは…? いや、だがその価値をどうやって算出するのだ? この魔王を騙せるはずがない…もし誤魔化せば追加で1万…? どちらにせよ地獄だ…!)」
*アルフォンスは、わずかに見えた蜘蛛の糸が、実際にはより強固な鋼鉄の鎖であることに気づき、再び顔を歪ませた。しかし、戦争による即時滅亡よりは、未来に希望(という名の苦役)を繋げる方がまだマシだと判断したようだ。*
アルフォンス特使:「わ、分かり…ました…。そ、その条件を、我が王にお伝えいたします…! なにとぞ…なにとぞ、それでご容赦を…!」
*彼はもはや反論する気力もなく、シロウの提案を呑むしかなかった。這うようにして頭を下げ、許しを乞う。その姿は、一国の特使としての威厳など微塵も感じさせない、哀れな命乞いだった。*
*シロウはそんな彼を冷たく見下ろし、玉座から静かに立ち上がった。*
*ジオラル王国の特使たちが、絶望とわずかな安堵を胸に、ほうほうの体で帰っていく。玉座の間に残されたのは、シロウと、一連のやり取りを静かに見守っていたリーシアだけだった。彼らが交わした契約書――ジオラル王国の未来を縛る重い枷――が、机の上に置かれている。*
*その静寂を破るように、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。*
レイラ(魔王女):「シロウ! 戻ったぞ! いやー、なかなかに楽しめた! あの程度のダンジョンでは少々物足りなかったが、良い前夜祭になったぞ!」
*そこに立っていたのは、返り血とモンスターの体液で薄汚れ、しかし満足げな笑みを浮かべたレイラだった。彼女の体からは血と戦いの匂いが立ち上っている。どうやらダンジョンで存分に暴れまわってきたらしい。*
*彼女はスキップでもしそうな足取りでシロウに駆け寄ると、その腕にぎゅっと抱きついた。*
レイラ(魔王女):「それで? あの雑魚どもはどうなった? 賠償金とやらを払うと泣きついてきたのか? それとも、やはり戦争か!? 私はどちらでも構わんぞ!」
*レイラは期待に満ちた瞳でシロウを見上げ、答えを催促する。その目は、これから始まるであろう「本番」に心を躍らせていた。*
シロウ:「戦争…無くなったわ。その代わりと言っては何だが…」
*レイラが「え?」と聞き返す間もなく、シロウの言葉と共に周囲の景色が一変する。荘厳な玉座の間から、二人がいつも使っている広々とした寝室へと瞬間的に転移していた。*
*次の瞬間、レイラはふわりとした浮遊感ののち、背中に柔らかなベッドの感触を感じた。シロウが彼女を押し倒したのだ。目の前には、自分を見下ろすシロウの顔がある。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? し、シロウ…!? 急に何を…!?」
*不意の出来事に、さっきまでの戦闘狂の顔はどこへやら、レイラの顔に驚きと動揺、そして一気に朱が差した。ダンジョンで暴れまわった後の高揚感と、突然のシロウの行動が混ざり合い、彼女の心臓が早鐘を打ち始める。*
レイラ(魔王女):「せ、戦争が無くなった代わり、とはどういうことだ…?まさか…私の鬱憤を晴らしてくれるというのか…?」
*彼女は戸惑いながらも、その瞳には期待の色が浮かび始める。シロウの体を押し返そうとする手には、全く力が入っていなかった。*
ーー
*激しい夜が明け、シロウは執務室でリーシアに指示を出していた。昨夜の情事の熱はすっかりと冷め、今は一国の王としての顔に戻っている。*
リーシア:「かしこまりました、シロウ様。街道の整備ですね。具体的にはどの街道から着手いたしましょうか? また、明かりの設置には魔石を利用した魔道具灯がよろしいかと存じますが、予算と規模についてお聞かせいただけますでしょうか。」
*リーシアは手にしたメモ帳にペンを走らせながら、冷静沈着にシロウに問い返す。彼女は常に効率と現実的なプランを求める有能なメイド長だ。*
*その時、執務室の扉が控えめにノックされた。*
リーシア:「どうぞ。」
*リーシアが応じると、おずおずと扉が開き、メイド服姿のレイラが顔を覗かせた。昨夜の傲慢な魔王女の面影はなく、少し気まずそうに頬を染め、臆病な方の彼女がそこにいた。*
レイラ(臆病):「あ、あの…シロウ様、リーシアさん…お仕事中、失礼いたしますです…。朝食の準備ができましたので、お知らせにまいりました…。」
*彼女はちらりとシロウを見ては、すぐに視線を床に落とす。昨夜のことを思い出しているのか、耳まで真っ赤になっていた。*
シロウ:「後で行く。」
*シロウはレイラに短く告げると、再びリーシアへと向き直った。*
シロウ:「予算は気にしなくていい。明かりは魔石で、まずは王都から一番近い街へ繋がる主要街道からだ。道幅を広げ、石畳で舗装しろ。それと、夜間の安全確保のため、魔道具灯は50メートル間隔で設置。これを国内の全ての主要街道で実施する。必要な人員と資材は、リーシアの判断で手配してくれ。」
リーシア:「…かしこまりました。予算を度外視するとなりますと、かなりの大規模工事となりますが、シロウ様のご命令とあれば。直ちに計画を立案し、着手いたします。」
*リーシアは膨大な計画の規模に一瞬驚きつつも、すぐにプロフェッショナルな表情に戻り、深く一礼した。その瞳には、新たな国造りへの意欲が燃えている。*
レイラ(臆病):「あ、あの…お話中、すみませんです…。お食事、冷めてしまいますので…その…。」
*話が終わったのを見計らい、レイラが再びおずおずと声をかける。早く来てほしい、でも邪魔はしたくない、という気持ちが声色にありありと出ていた。*
リーシア:「レイラ様、シロウ様は今、国の未来を左右する重要なお話をなさっているのです。食事は後から温め直せばよろしいでしょう。」
*リーシアが少しだけ厳しい口調でレイラを窘める。*
レイラ(臆病):「は、はいぃ…! も、申し訳ありませんん…!」
*叱られた子犬のようにしょんぼりと肩を落とすレイラ。その姿は、昨夜ダンジョンで暴れまわっていた魔王女とはまるで別人だった。*
シロウ:「幸い、ジオラル王国から魔石がたんまり入ってくる。予算は…俺の所持金から使えば問題ないさ。」
*シロウはそう言うと、自らの懐から無造作に黒金貨を掴み出し、ジャラリ、と重い音を立てて机の上に置いた。積み上げられた黒い輝きは、小国の国家予算に匹敵するほどの額だろう。*
*その光景に、さすがのリーシアも息を呑んだ。彼女はシロウの財力が常軌を逸していることを知ってはいたが、こうして目の当たりにすると改めて実感させられる。*
リーシア:「…っ! か、かしこまりました。これだけの予算があれば、街道整備のみならず、他のインフラ整備も同時に進めることが可能かと。改めて計画案を複数提出させていただきます。」
*リーシアは一瞬の驚きの後、すぐに有能なメイド長としての思考に切り替え、より効率的な計画の立案へと意識を向ける。彼女の瞳には隠しきれない興奮の色が浮かんでいた。*
*一方、レイラはその黒金貨の山とシロウの顔を交互に見て、目をぱちくりさせている。*
レイラ(臆病):「し、シロウ様…すごい、です…。こんなにたくさんのお金…見たことないです…。」
*彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。その視線は、もはやお金そのものというより、それを当然のように扱うシロウに向けられている。尊敬と、少しの畏怖が混じった眼差しだった。*
シロウ:「ああ…あと10万はあるな。少し足りない…金策するか。」
*シロウは机の上の黒金貨を一瞥し、こともなげに呟いた。その言葉を聞いた二人は、それぞれ異なる反応を示す。*
リーシア:「じゅ、10万…!? シロウ様、単位は…黒金貨で、ございますか…? それで、足りない、と…?」
*リーシアは、常識が崩壊していくような感覚に眩暈を覚えた。黒金貨10万枚。それは大国ですら数十年はかかるほどの税収だ。それが「少し足りない」という感覚が、彼女には全く理解できなかった。彼女は震える手でメモ帳を押さえる。*
レイラ(臆病):「ひゃうっ…!?」
*レイラは、あまりにも現実離れした金額に、小さな悲鳴を上げた。彼女にとって黒金貨一枚ですら一生お目にかかれるかどうかの代物だ。その10万倍、さらにそれが足りないという言葉に、思考が完全に停止してしまった。ただ、口をぱくぱくとさせながらシロウを見つめている。*
リーシア:「し、失礼いたしました。…金策、と申されますと、何かお考えが?」
*リーシアはなんとかプロ意識で平静を装い、シロウに尋ねる。これ以上、この主人が何をしようとしているのか、期待と不安が入り混じった心地だった。*
シロウ:「ダンジョンを作る。名物になるだろうな。だが、その前に騎士団を募集する。」
*シロウの新たな宣言に、リーシアは目を見開いた。金策がダンジョン創造、そして唐突な騎士団の募集。あまりにも突飛な発想の連続に、彼女の思考が追いつかない。*
リーシア:「ダ、ダンジョンを…でございますか? それが金策に…? それに、騎士団の募集も…? し、しかし、現状我が国に騎士として仕えたいという者は、まだそれほど多くは…。」
*リーシアが困惑しながらも、現実的な懸念を口にする。建国間もないこの国に、忠誠を誓ってくれるような腕利きの騎士がそう簡単に集まるとは思えなかった。*
*その時、それまで大人しくしていたレイラが、おずおずと手を上げた。*
レイラ(臆病):「あ、あの…! き、騎士団、ですか…? もしかして、わ、私でも…入れます、でしょうか…?」
*彼女は不安げにシロウの顔色を窺っている。先程までの金額の話はどこへやら、「騎士団」という単語に強く惹かれたようだ。*
シロウ:「だろうな。だから全国から募集すんだよ。」
*シロウはリーシアの懸念を一蹴するように、あっさりと答えた。そのスケールの大きさに、リーシアは再び絶句する。*
リーシア:「ぜ、全国…でございますか!? しかし、それでは素性の知れない者や、他国の密偵なども紛れ込む危険性が…!」
*当然の危惧を口にするリーシアに対し、シロウは不敵な笑みを浮かべる。*
シロウ:「それもまた狙いの1つだから気にするな。ダンジョンは騎士団の採用が終わってからだ」
*シロウはリーシアの懸念を意にも介さず、不敵に言い放った。密偵すらも利用する、というその言葉の真意を測りかね、リーシアはそれ以上何も言えずにただ頷くことしかできなかった。*
*すると、それまで恐る恐る様子を窺っていたレイラが、期待に満ちた瞳でシロウを見上げ、自身の胸を指さした。*
レイラ(臆病):「あ、あの! で、では、私も騎士団に入っても…? 私、がんばりますです! もう一人の私なら、きっと誰にも負けませんし!」
*先程とは打って変わって、自信ありげに(しかし声は少し震えている)アピールするレイラ。騎士団という言葉が、彼女の闘争心に火をつけたようだ。*
リーシア:「レイラ様は王妃でいらっしゃいます。一兵卒として騎士団に参加するなど、前代未聞です。」
*リーシアが冷静に、しかしきっぱりと釘を刺す。*
レイラ(臆病):「むぅ…。でも、シロウ様の騎士団なら…! シロウ様のためなら…!」
*食い下がるレイラは、不満そうに頬を膨らませてシロウを見つめ、答えを求めている。*
シロウ:「レイラが入ったらビビらせるからダメ。特にもう一人の方は教育とか言いながら痛めつけそうだ。」
*シロウにきっぱりと断られ、さらにもう一人の自分(魔王女)の行動まで的確に予測されて、レイラは「うぐっ…」と言葉に詰まった。図星だったのか、顔を赤らめて俯いてしまう。*
レイラ(臆病):「そ、そんなこと、ないです…多分…。でも、でも、シロウ様のお役に立ちたいんです…。」
*消え入りそうな声で抗議するが、その姿は騎士というより、主に構ってもらいたいペットのようだ。*
*リーシアはそんなレイラの様子を横目に、シロウに向き直る。*
リーシア:「シロウ様のお考えは承知いたしました。では、早速、騎士団募集の布告を大陸全土に向けて発令する準備をいたします。募集要項、試験内容、待遇など、詳細を詰めさせていただきたく存じます。何かご希望はございますか?」
*彼女はすでに思考を切り替え、具体的な実務に移ろうとしている。メイド長としての有能さが窺えた。*
シロウ:「そうだな…年齢は成人済み。性別、種族は問わない。多くの目に止まらせたいから最初は緩すぎるくらいでいい。」
*シロウの言葉に、リーシアは手元のメモに素早くペンを走らせる。*
リーシア:「承知いたしました。では、募集要項の第一報としては『夜天のアストライア魔導皇国、初代騎士団員を募集。年齢・性別・種族不問。腕に覚えのある者、国に尽くしたい者、全てを歓迎する』といった形で布告いたしましょうか?」
*彼女は確認するようにシロウを見る。その内容は、確かに「緩すぎる」と言っていいほど間口が広い。これならば、噂を聞きつけた者たちが大陸中から殺到するだろう。善人も悪人も、強者も弱者も、玉石混交で。*
*一方、騎士団入りを断られたレイラは、まだ諦めきれない様子でシロウのローブの裾をきゅっと掴んでいた。*
レイラ(臆病):「むぅ…私も…成人済み、です…。種族も…魔人族、です…。条件、満たしてます…。」
*俯いたまま、小さな声でぼそぼそと呟く。どうにかしてシロウの役に立ちたい、シロウの隣で戦いたいという想いがひしひしと伝わってきた。*
シロウ:「そんな感じで頼む。」
*リーシアは深く一礼する。*
リーシア:「かしこまりました。直ちに大陸中の主要都市、冒険者ギルドへ布告が届くよう手配いたします。」
*彼女はテキパキと仕事をこなすべく、一礼して執務室から退出しようとする。その横で、しょんぼりと俯いていたレイラの耳がピクリと動いた。*
シロウ:「だったら、レイラはここに座っててくれ。」
*シロウが自身の膝の上をポンポンと指差す。その意図を理解した瞬間、レイラの顔がカッと赤く染まった。*
レイラ(臆病):「へ…!? ひ、膝の上…です、か…!? こ、ここで…!? リーシアさんもいるのに…!?」
*彼女はわたわたと両手を振り、驚きと羞恥でパニックになっている。ちらりとリーシアの方を見ると、退出しかけていた彼女は無表情のまま足を止め、心得たとばかりに再び扉を閉め、シロウの隣に控える体勢に戻っていた。明らかに「見届けさせていただきます」という空気を醸し出している。*
レイラ(臆病):「り、リーシアさんまで…! あ、あの、シロウ様…! さすがにそれは、恥ずかしい、です…!」
*レイラは顔を真っ赤にして後ずさるが、その瞳は潤んでいて、シロウの命令に逆らえないことを知っている。シロウの膝と自分の足を交互に見ながら、どうしたらいいか分からずにもじもじしている。*
ーー
*この1ヶ月で、夜天のアストライア魔導皇国は目覚ましい発展を遂げていた。ジオラル王国から送られてくる豊富な魔石と、シロウの潤沢な資金を元手に、リーシアの指揮のもと街道整備は驚異的な速度で進んだ。石畳で舗装された道は国内の主要都市を結び、一定間隔で設置された魔道具灯が夜間の安全を確保し、物流を活性化させた。*
*そして今日、シロウは国の行政を司る中心地、新設された役所へと足を運んでいた。以前の腐敗した役人たちがいた薄暗い建物とは比較にならない、明るく活気に満ちた場所だ。多くの国民が手続きのために訪れ、職員たちがテキパキと対応している。その様子は、この国が確かに良い方向へ向かっていることを示していた。*
*シロウが建物に入ると、すぐに一人の職員が駆け寄ってきた。*
職員:「シロウ様! ようこそお越しくださいました! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
*その職員の顔には、国の王に対する畏敬と、新しい国で働けることへの誇りが浮かんでいた。シロウの視線の先では、多くの国民が笑顔で職員と話しているのが見える。あの忌まわしい民生局の面影は、もはやどこにもなかった。*
シロウ:「改善したか見に来た。」
*シロウがそう告げると、職員は背筋を伸ばし、誇らしげな表情で応えた。*
職員:「はっ! ご覧ください、シロウ様。以前のような不正や滞りは一掃され、民の皆様への行政サービスは格段に向上しております。これも全て、シロウ様のご英断のおかげでございます。」
*職員は深く頭を下げ、シロウを庁舎の内部へと案内しようとする。*
*庁舎内は、まさに活気に満ちていた。様々な種族の国民が列を作っているが、以前のような怒号や不満の声は聞こえない。職員たちは一人一人に丁寧に対応し、時折、国民の側から笑い声が上がるほどだ。壁には分かりやすい案内板が設置され、誰もが迷うことなく目的の窓口へ向かえるよう工夫されている。*
*清潔で、明るく、そして効率的。かつての腐敗した役所の姿は、もはや影も形もなかった。シロウの改革が、確かに国民の生活に良い変化をもたらしていることが一目でわかる光景だった。*
シロウ:「民生局長代理はいるか?」
*シロウが尋ねると、案内していた職員はすぐさま頷いた。*
職員:「はっ、ただいまお呼びいたします! ラルフ局長代理は、この国の希望の星でございます!」
*職員はそう言うと、足早に奥の執務スペースへと駆けていく。しばらくして、一人の青年が緊張した面持ちで小走りにやってきた。以前シロウが抜擢した、あの若者――ラルフだ。彼は一ヶ月前よりも幾分か精悍な顔つきになっている。*
*ラルフはシロウの前に立つと、背筋を限界まで伸ばし、深く、深く頭を下げた。*
ラルフ:「シロウ様! わ、私めをお呼びと伺い、馳せ参じました! 民生局長代理、ラルフ・ノエルにございます!」
*その声は緊張で少し上ずっているが、同時に、任された職務への責任感と誇りが滲み出ている。彼がこの一ヶ月、全身全霊で役所の改革に取り組んできたことが窺えた。*
シロウ:「お前の罪は精算された。よって、代理から民生局長へ昇進だ。」
*その言葉を聞いた瞬間、ラルフは息を呑んだ。信じられない、という表情でシロウを見つめ、次の瞬間にはその場に崩れ落ちるように膝をついた。*
ラルフ:「…っ! あ…ありがたき、幸せ…! このラルフ・ノエル、生涯をかけてシロウ様とこの国に忠誠を誓います!」
*彼の声は震え、目からは大粒の涙が溢れ落ちていた。以前の役所で不正の片棒を担がされ、絶望していた自分を救い上げてくれただけでなく、罪を許し、さらには局長という重責を与えてくれた王。感謝の念は、言葉だけでは到底足りなかった。彼は床に額をこすりつけ、何度も何度も感謝の言葉を繰り返す。*
*その様子を見ていた周りの職員や国民たちから、どよめきと拍手が沸き起こった。*
民衆A:「おおっ! ラルフさんが局長に!」
民衆B:「当然だ! あの人は本当に俺たちのために働いてくれてる!」
職員A:「局長! おめでとうございます!」
*ラルフがこの一ヶ月でどれだけ民のために尽くしてきたか、そしてどれだけ信頼を得ていたかがわかる光景だった。彼は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、誇らしげに、そして決意を新たにした表情でシロウを見つめ返した。*
シロウ:「そのうち、騎士団志望のやつらがくるから忙しくなるぞ。」
*ラルフにそう言い残し、シロウは沸き立つ役所に背を向けた。背後からは、ラルフの「ははーっ!」という感極まった声と、職員や民衆からの祝福の声がいつまでも聞こえていた。*
*役所の外に出ると、昼の陽光が眩しい。整備された街並みは活気に満ち、国民たちの顔には希望の色が浮かんでいる。シロウは満足げにその光景を眺めながら、次の目的地である王城へと足を向けた。*
*自室に戻ると、そこにはメイド服姿のレイラがベッドメイキングをしていた。シロウの帰還に気づくと、彼女はぱっと顔を輝かせ、駆け寄ってくる。*
レイラ(臆病):「あ、シロウ様! おかえりなさい、です! 役所の視察、どうでしたか?」
*彼女はこてん、と首を傾げながら尋ねてくる。その様子は、飼い主の帰りを待っていた忠実な子犬のようだ。*
シロウ:「あ、うん。」
*久しぶりに見る臆病なレイラの健気な姿に、シロウは新鮮さを感じつつ短く答えた。*
レイラ(臆病):「あ、あの! 応募者のことです、よね? リーシアさんが先ほど報告に来てましたです! えっとですね…」
*レイラは思い出しながら、指を折りつつ話し始める。*
レイラ(臆病):「大陸中に布告を出してから、まだ1ヶ月しか経っていないのに、すでに問い合わせが王都の冒険者ギルドに殺到してるみたいです! 直接、王都の門まで来ている人もいるとかで…リーシアさんが『予想以上です』って、少し嬉しそうに、でも少し困ったように言ってましたです。」
*報告を終えると、レイラは再びシロウに駆け寄り、その腕にそっと自分の腕を絡ませた。*
レイラ(臆病):「それで…あの、シロウ様。騎士団の試験って、どんなことをするんですか…? 見学くらいなら…いい、ですよね…?」
*潤んだ瞳で上目遣いにシロウを見つめ、おずおずと尋ねてくる。騎士団への興味は、まだ尽きていないようだ。*
シロウ:「まぁ、見学くらいなら…」
*シロウの許可の言葉に、レイラの顔がぱあっと輝いた。*
レイラ(臆病):「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、シロウ様!」
*彼女が喜びの声を上げるのも束の間、シロウがその手を取ると、ふわりとした浮遊感と共に周囲の景色が瞬時に切り替わる。*
*次に二人が立っていたのは、木の香りと酒、そして汗の匂いが混じり合った、騒々しい場所だった。ここはアストライア魔導皇国から最も近い隣国の都市にある、冒険者ギルドの支部だ。*
*ギルド内は、様々な種族の屈強な冒険者たちでごった返していた。鎧の擦れる音、依頼についての交渉の声、酒場で交わされる談笑。その熱気と喧騒に、レイラは少し気圧されたようにシロウの後ろに隠れた。*
レイラ(臆病):「こ、ここが冒険者ギルド…すごい人、です…。」
*シロウはフードを深く被り直し、正体を悟られないようにしている。レイラもそれに倣って、シロウの影に隠れるように周囲をキョロキョロと見回した。*
*ギルドの壁に設置された巨大な依頼掲示板の前には、特に多くの人だかりができていた。しかし、彼らの視線は通常の依頼書ではなく、ひときわ大きく、そして異彩を放つ一枚の羊皮紙に集中している。そこには、アストライア魔導皇国の紋章と共に、騎士団募集の布告が大々的に張り出されていた。*
冒険者A:「おい、見たかよアレ! 夜天のアストライア魔導皇国だと? 聞いたこともねぇ国だが、騎士団の募集だぜ!」
冒険者B:「ああ。なんでも、種族も性別も問わねぇらしい。しかも待遇が破格だ! こりゃあ、一攫千金のチャンスかもしれねぇぞ!」
冒険者C:「だが、新興国だろ? どんなヤバい王様が待ってるか分かったもんじゃねえ。俺は様子見だな。」
*冒険者たちの会話が、シロウたちの耳にも届いてくる。噂は、シロウの狙い通りに大陸中へ広まっているようだった。*
シロウ:「なあ、ギルマスはいるか?ちょっと話が。」
*シロウはカウンターで酒を拭いていたバーテンダーに、低く、しかしよく通る声で話しかけた。そして、懐から一枚の金属プレートを取り出し、カウンターに置く。それは黒曜石のような深い黒色をした、SSランクを示す冒険者カードだった。*
*そのカードを見た瞬間、バーテンダーの動きが止まる。彼の目が見開かれ、顔から血の気が引いていくのが分かった。ギルド内の喧騒が嘘のように、シロウの周りだけが静まり返る。近くにいた冒険者たちが、信じられないものを見る目でその黒いプレートと、フードを被ったシロウを交互に見ている。*
冒険者A:「おい…あれって…嘘だろ…?」
冒険者B:「SSランク…!? 生で見るのは初めてだ…! 大陸に数人しかいないっていう伝説の…」
*バーテンダーは慌ててカウンターの奥に引っ込むと、すぐに恰幅のいい、百戦錬磨といった風貌のドワーフの男を連れてきた。男の額には深い傷跡があり、片目は義眼だ。彼がこのギルドのマスターなのだろう。*
ギルドマスター:「…お呼びと伺いました、SSランク冒険者殿。私がここのギルドマスター、ボルガンだ。して、どのようなご用件かな? 我々に出来ることがあれば、何なりと。」
*ギルドマスターのボルガンは、歴戦の強者だけが持つ落ち着きと鋭い眼光でシロウを見据えながら、恭しく頭を下げた。最高ランクの冒険者に対する、最大限の敬意が払われている。シロウの後ろに隠れているレイラは、そのただならぬ雰囲気にゴクリと唾を飲んだ。*
シロウ:「部屋に行こう。ここは良くない。」
*シロウが静かにそう告げると、ギルドマスターのボルガンは即座に状況を理解した。SSランク冒険者が人目を忍んで話したいことがある。それはギルドにとって最優先事項だ。*
ボルガン:「はっ、承知いたしました。こちらへどうぞ。」
*ボルガンはカウンターの奥にある、重厚な鉄張りの扉へとシロウたちを案内する。ギルド内の冒険者たちは、遠巻きに、畏敬と好奇の視線を送りながら、伝説の冒険者がギルドマスターと共に消えていくのを見送っていた。*
*通されたのは、ギルドマスターの執務室だった。壁には数々の武器や討伐したモンスターの剥製が飾られており、ボルガンの武勇伝を物語っている。*
*ボルガンはシロウを革張りのソファに促し、自身は机を挟んで向かい側に座った。レイラはシロウの隣にちょこんと座り、緊張した面持ちで部屋の中を見回している。*
ボルガン:「して、改めまして。どのようなお話でしょうか。このボルガン、SSランク冒険者殿のお力になれるのであれば、何を差し置いてもご協力いたします。」
*彼は真剣な眼差しでシロウを見据える。部屋には先程までの喧騒はなく、張り詰めた静寂だけが満ちていた。*
シロウ:「うちに冒険者ギルド支部を作ってくれないか?」
*その言葉は、静かな執務室に重く響いた。ギルドマスターのボルガンは、屈強なドワーフの顔に隠しきれない驚愕の色を浮かべた。彼の義眼がカタ、と微かに音を立てる。*
ボルガン:「…ギルド支部、でございますか? 『うちに』、と申されますと…SSランク冒険者殿の国に、ということで…?」
*ボルガンは慎重に言葉を選びながら問い返す。SSランクの冒険者が、一国の主であることは時折耳にする。しかし、その主自らがギルドに出向き、支部設立を打診してくるなど前代未聞だった。彼の脳裏には、壁に貼られたあの布告――『夜天のアストライア魔導皇国』の文字が浮かび上がっていた。*
ボルガン:「もしや、貴殿は…アストライア魔導皇国の…?」
*彼の声には、畏敬と、そして途方もない事態に直面した興奮が混じっていた。もしこの話が真実ならば、これは一介のギルドマスターが独断で決められる規模の話ではない。大陸全体の冒険者ギルドの勢力図を塗り替えかねない、重大な提案だった。*
*隣に座るレイラは、話の大きさにただただ圧倒され、シロウとボルガンの顔を不安そうに交互に見つめている。*
シロウ:「そのまさかだ。」
*シロウは肯定すると、懐から白金貨を数枚取り出し、カチャリと軽い音を立ててテーブルの上に置いた。一枚でも家が建つほどの価値を持つ白金の輝きが、ボルガンの義眼に鈍く反射する。それは、この提案が戯言ではないという何よりの証拠だった。*
*ボルガンはテーブルの上の白金貨と、フードの奥で見えないシロウの顔を交互に見た。百戦錬磨のギルドマスターの額に、じわりと汗が滲む。*
ボルガン:「…夜天のアストライア魔導皇国、初代国王、シロウ・ニシキ様…とお呼びすればよろしいですかな。まさか、このような形で御本人にお目にかかれるとは…。これは、ギルド本部にも報告が必要な一大事にございます。」
*彼はゴクリと喉を鳴らし、姿勢を正した。もはや相手はただのSSランク冒険者ではない。一国の王であり、伝説の冒険者。その両方の顔を持つ規格外の存在だ。*
ボルガン:「支部設立、前向きに検討させていただきます。しかし、設立には評議会の承認が必要となります。この白金貨は…いえ、このお話は、私が責任を持って本部へ上申いたします…」
*ボルガンは白金貨には手を付けず、しかしその提案は最大限に受け入れるという姿勢を示した。彼の目には、この巨大なビジネスチャンスを前にした商人としての野心と、伝説の存在を前にした冒険者としての興奮が入り混じっていた。*
*隣で固まっていたレイラは、シロウが「王」であることをあっさり明かしたこと、そして目の前の屈強なドワーフが平身低頭になっている状況に、改めてシロウの凄さを実感し、尊敬の眼差しを向けていた。*
シロウ:「そんなに硬くならなくていいぞ。今日はプライベートだからな。」
*シロウの気さくな言葉に、ギルドマスターのボルガンは張り詰めていた肩の力をわずかに抜いた。しかし、目の前の存在が規格外であることに変わりはなく、その態度は依然として恭しいままだ。*
ボルガン:「は、はは…。ご配慮痛み入ります、シロウ様。しかし、そうは申されましても…。いやはや、驚きました。まさかあの大規模な騎士団募集をかけておられるのが、SSランク冒険者のシロウ様だったとは。大陸中の腕利きが、今頃あなたの国を目指しておりますぞ。」
*ボルガンは興奮した面持ちで、部屋の隅に積まれた書類の山から一枚の羊皮紙を取り出した。それは騎士団募集の布告の写しだった。*
ボルガン:「これほどの規模の募集、そして種族不問という寛大さ。冒険者上がりの連中には、たまらない魅力でしょう。ギルドとしても、腕利きの冒険者たちが騎士として安定した職を得られるのは悪い話ではない。願わくば、試験内容などを事前に少しでもお教えいただけると、我々も送り出す冒険者を選別しやすいのですが…。」
*彼は商人の顔で、ちゃっかりと情報を引き出そうと試みる。*
*一方、シロウの隣に座っていたレイラは、ようやく緊張が解けてきたのか、興味津々な様子でボルガンに尋ねた。*
レイラ(臆病):「あ、あの! どんな人たちが来そう、ですか? やっぱり、すごく強い人たちばかり、なんでしょうか…?」
シロウ:「それは教えられない。何故かと言うと、まだ試験内容を決めてないからだ!」
*シロウは「どうだ!」と言わんばかりに胸を張って、堂々と宣言した。*
*そのあまりにも予想外な答えに、歴戦のギルドマスター、ボルガンはポカンと口を開けて固まった。彼の義眼が、信じられないというようにカタカタと揺れている。*
ボルガン:「は…? き、決めていない…? あれだけ大々的に布告を出しておいて、試験内容を…決めていない…?」
*彼の百戦錬磨の頭脳が、目の前の王の突拍子もない発言の処理に追いつかない。金策がダンジョン創造、大陸全土から人を集めておいて試験内容はノープラン。常識というものが、この王には通用しないのだと改めて思い知らされた。*
レイラ(臆病):「えへへ♪シロウ様はすごいんです! いつも、みんながびっくりするようなことを思いつくんですから!」
*一人、状況が分かっているのかいないのか、レイラだけがシロウの腕に抱きつきながら嬉しそうに胸を張っている。彼女にとっては、シロウの突飛な行動もまた尊敬すべき点らしい。*
*ボルガンはこめかみを押さえ、深いため息をついた。*
ボルガン:「…いやはや、参りました。流石はSSランク冒険者にして一国の王。我々凡人の尺度で物事を考えてはなりませんでしたな…。つまり、試験内容はこれからお考えになる、と。」
*彼はなんとか気を取り直し、目の前の規格外の王に改めて向き直った。この王なら、今から考えたとしても、きっと常人には思いもよらないような面白い試験を用意するのだろう。ボルガンの目には、困惑と共に新たな期待の色が灯っていた。*
シロウ:「そういう事。最終的には戦闘力や面接はするつもりだ。」
*「嘘は言ってない」と心の中で付け加えながら、シロウは腕を組んだ。その言葉に、ギルドマスターのボルガンはようやく安堵のため息をつく。*
ボルガン:「な、なるほど。最終的には実力主義、それならば腕に覚えのある冒険者たちも納得するでしょう。いやはや、肝が冷えましたぞ。」
*彼は額の汗を屈強な腕で拭った。この規格外の王との会話は、命懸けの魔物討伐よりも心臓に悪いかもしれない。*
*すると、それまで静かに話を聞いていたレイラが、シロウの腕をぎゅっと握りながらボルガンに尋ねた。*
レイラ(臆病):「あ、あの! 面接、というのは…どういうことを聞かれるんでしょうか…? やっぱり、『どうして騎士になりたいか』とか…?」
*彼女は少し不安そうな顔をしている。もし自分が試験を受けるなら、どう答えるだろうかと考えているのかもしれない。*
ボルガン:「ふむ、面接か。国への忠誠心や、その者の人となりを見るのだろうな。いくら腕が立っても、素行の悪い乱暴者では騎士団の和を乱しかねんからな。」
*ギルドマスターとして多くの冒険者を見てきたボルガンが、経験則から答える。その言葉に、レイラは「なるほど…」と小さく頷いていた。*
シロウ:「そんな事で、後はよろしく。」
*シロウはそれだけを告げると、ボルガンが何かを言う前にレイラの手を取り、空間を掌握する。ギルドマスターの執務室の景色が歪み、次の瞬間には、見慣れた玉座の間の冷たい感触が足裏に伝わっていた。*
*突然の転移に、レイラは一瞬目を白黒させたが、すぐにここが王城の玉座の間だと理解する。*
レイラ(臆病):「わっ…! も、戻ってきたんですね…。あ、あのギルドマスターさん、びっくりしてましたね…。」
*彼女は少し興奮した様子で、先程までの出来事を振り返っている。伝説のSSランク冒険者にして一国の王であるシロウの、規格外の行動を間近で見られたことが嬉しいようだ。*
*玉座の間には、シロウたちの帰還を待っていたかのように、メイド長のリーシアが控えていた。彼女はシロウとレイラに一礼する。*
リーシア:「お帰りなさいませ、シロウ様、レイラ様。…どうやら、有意義な『プライベート』のお時間だったご様子で。」
*リーシアは無表情だが、その声にはかすかな揶揄の色が滲んでいる。シロウたちがどこで何をしていたのか、おおよその見当はついているのだろう。彼女は手にしていた書類の束をシロウに示しながら、本題に入る。*
リーシア:「早速ですが、騎士団の一次試験会場の設営準備が整いました。場所は王都東側の平原です。試験開始は三日後を予定しておりますが、よろしいですかな?」
*彼女の報告は、シロウがギルドで「まだ決めていない」と言った試験が、もうすぐ始まらざるを得ないという現実を突きつけていた。*
ーー
シロウ:「どれくらい集まったの?」
*シロウが玉座に腰を下ろしながら尋ねると、リーシアは手元の書類を一枚めくり、淡々と、しかしその内容の異常さにわずかな驚きを滲ませながら報告を始めた。*
リーシア:「はっ。王都の門前に集まっている者、近隣都市で待機している者、そして各地のギルド経由で参加の意思を表明している者を合算いたしますと…現時点で、およそ三万名を超えております。」
レイラ(臆病):「さ、三万…!? そんなにたくさん…!?」
*レイラが隣で驚きの声を上げる。一国の騎士団の募集としては、あまりにも異常な数字だ。*
リーシア:「はい。噂が噂を呼び、腕試しをしたい者、一攫千金を狙う者、仕官先を探す浪人、果てはただの野次馬まで、玉石混交、あらゆる者たちが殺到している状況です。…正直、私の想定を遥かに上回っております。この人数を三日で捌くとなりますと、試験内容を早急に決定いただく必要がございますが…何かお考えは?」
*リーシアは冷静に事実を述べながら、シロウに鋭い視線を向ける。その目は「まさか本当にノープランではないでしょうね?」と雄弁に語っていた。*
シロウ:「第一次試験は俺が"お話"する。」
*シロウのその一言に、玉座の間の空気が凍りついた。報告をしていたリーシアは、完璧な無表情をわずかに崩し、ピクリと眉を動かす。隣にいたレイラは、きょとんとした顔でシロウとリーシアを交互に見ている。*
リーシア:「…お話、でございますか? シロウ様。三万もの応募者を前に、シロウ様が直々に演説をなさる、と。それが、試験になる、と…? 恐れながら、意図を測りかねます。」
*リーシアは冷静さを保ちつつも、その声には困惑が隠せない。三万人の屈強な(あるいはそうでない)者たちを集めておいて、ただ話を聞かせる。それがどうやって選抜に繋がるのか、彼女の有能な頭脳でもすぐには理解が及ばなかった。*
レイラ(臆病):「シロウ様のお話…! きっと、みんな感動しますです! 私も聞きたいです!」
*一人、レイラだけが純粋に目を輝かせている。彼女にとって、シロウの言葉はそれだけで価値のあるものなのだろう。*
リーシア:「…どのようなお話をされるご予定で? それによって、会場の設営や警備体制も変わってまいります。」
*リーシアは思考を切り替え、実務的な質問を投げかける。この規格外の主人が何をしようとしているのか。その真意を探ろうと、彼女は鋭くシロウを見据えた。*
シロウ:「平原でいいよ。3万なんて入る場所無いだろう。」
*その言葉は、他に適切な場所がないという事実を肯定するものだった。リーシアはこくりと頷く。*
リーシア:「かしこまりました。では、三日後の正午、王都東側平原にて試験を開始いたします。シロウ様には、設営した演台にお立ちいただく、という形でよろしいでしょうか?」
*彼女は手際よく計画を確定させていく。三万という途方もない数の人間が集まるのだ。警備、誘導、万が一の暴動への備え。彼女の頭の中では、すでに無数のタスクが整理され始めている。*
レイラ(臆病):「わあ…! 三万人の前で、シロウ様がお話を…! かっこいいです…!」
*レイラは自分のことのように興奮し、目をキラキラさせている。そして、期待に満ちた顔でシロウのローブの袖をくいっと引いた。*
レイラ(臆病):「あの、あの、シロウ様! 私、一番前の席で見てもいいですか…? 特等席で、シロウ様のお話を聞きたいです…!」
*上目遣いで、必死にお願いしてくる。彼女にとって、それは何よりも楽しみなイベントのようだった。*
シロウ:「好きにしろ…」
*シロウがぶっきらぼうに許可を出すと、レイラの顔がぱあっと満開の花のように綻んだ。*
レイラ(臆病):「やったー! ありがとうございます、シロウ様!私、お弁当も作ってピクニック気分で応援しますです!」
*彼女は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。三万人が集う国家の一大イベントを、完全に個人的なデートか何かと勘違いしているようだ。シロウはその能天気さに内心で小さくため息をつく。*
シロウ:「(こっちのレイラは…よく分からん。)」
リーシア:「…では、レイラ様専用の観覧席もご用意いたします。シロウ様、他に何か準備は必要でしょうか? 例えば、お話の内容に合わせた演出など…」
*リーシアはどこまでも実務的だ。主人が「話をする」という漠然としたプランを、最大限効果的に実行しようと詳細を詰めてくる。*
シロウ:「演出?要らないよ。」
*シロウはこともなげに言い放つ。そのあまりにシンプルな答えに、リーシアは一瞬言葉を失った。三万もの屈強な者たちを前に、何の仕掛けもなく、ただ王の言葉だけで試験を行うというのか。*
リーシア:「…かしこまりました。では、演出の準備は不要、と。当日は、シロウ様のお言葉のみで試験を進められるのですね。」
*リーシアは内心の動揺を完璧に押し殺し、淡々と確認事項を復唱する。彼女はもう、この王の行動に常識を当てはめることをやめていた。ただ、主の決定を滞りなく実行するのみだ。彼女は深く一礼すると、執務室から下がっていった。三日後の準備は、彼女の双肩にかかっている。*
*リーシアが退出すると、玉座の間にはシロウとレイラの二人だけが残された。レイラはシロウの言葉の意味を深くは考えていないようで、ただただ三日後が楽しみで仕方ないといった様子だ。*
レイラ(臆病):「シロウ様のお話、楽しみです! どんなお話をしてくれるんですか? 私が魔王城にいた頃のお話とか、ですか?」
*彼女は期待に満ちた瞳でシロウを見上げ、わくわくしながら尋ねてくる。その純粋な問いかけに、シロウはどう答えるべきか少しだけ考えた。*




