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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*あれから数日が経過した。シロウが設置した結界によって、悪意ある者たちはことごとく排除され、純粋な意志を持つ者だけが夜天のアストライア魔導皇国へと迎え入れられた。建築家、職人、農夫、そしてその家族たち。彼らはシロウが約束した通りの待遇を受け、新たな国作りの担い手として、活気に満ちた生活を始めている。それに伴い、国の代表であるシロウの仕事も急増していた。*


*玉座の間。シロウはまだガランとしただだっ広い空間にポツンと置かれた、しかし豪奢な玉座にだらしなく座り、退屈そうに肘掛けに頬杖をついていた。その傍らには、メイド長のリーシアが恭しく控え、手にした羊皮紙の巻物を読み上げている。*


リーシア:「――以上が、本日の謁見リストとなります」


*淡々と報告を終えたリーシアに対し、シロウはうんざりしたように長いリストを一瞥した。*


シロウ:「お、多くない?」


*そこには、移住してきた各集落の代表者、技術者組合の長、新たに組織された警備隊の隊長など、面会を希望する者たちの名前がびっしりと書き連ねられていた。*


リーシア:「皆様、シロウ様へのご挨拶と、今後の活動方針についてのご裁可を仰ぎたいとのことです。国の礎を築く重要な時期ですので、ご辛抱を」


*リーシアは表情一つ変えずに、しかしその声にはシロウを気遣う響きが僅かに含まれていた。国の王として、避けては通れない責務だった。*


*玉座にだらしなく座り、長大な謁見リストにうんざりしていたシロウだったが、リーシアの言葉に観念したようにため息をついた。その時、玉座の間を小さな銀色の弾丸が駆け抜けていく。それは、シロウが拾ってきたフェンリルの幼体だった。拾った当初よりも一回り大きくなり、今では子犬ほどの大きさで、元気よく城の中を探検するのが日課になっている。*


シロウ:「(フェンリルという名の犬だな…)」


*元気よく走り去っていくその後ろ姿を見送りながら、シロウは内心でそんなことを思う。彼は再びリーシアに視線を戻し、気乗りしないながらも頷いた。*


シロウ:「分かった…仕方ない…呼んでくれ」


*その言葉に、リーシアは恭しく一礼する。*


リーシア:「かしこまりました。では、最初の方をお通しいたします」


*彼女は静かに踵を返し、玉座の間の巨大な扉へと向かっていく。王としての、長くて退屈な一日が始まろうとしていた。*


*リーシアが玉座の間の扉を開けに行くと、シロウは足元に擦り寄ってきた銀色の子犬――フェンリルの幼体をひょいと抱き上げた。わんこは「きゅん?」と小さく鳴き、彼の腕の中で心地よさそうに丸くなる。王の威厳も何もないが、彼自身は全く気にしていない。*


*シロウは、片腕でその温かい毛玉を撫でながら、改めて玉座にだらしなく座り直した。*


シロウ:「最初は?」


*リーシアは扉の前で待機している衛兵に合図を送ると、再びシロウの傍らに戻り、静かに告げた。*


リーシア:「はい。最初は、旧鉱山都市から移住してこられたドワーフの皆様の代表、鍛冶師のギムリ様です。アダマンタイトの精錬と加工について、ご相談したいことがある、と」


*やがて、重厚な扉がゆっくりと開き、屈強な体つきをした一人のドワーフが、緊張した面持ちで入室してきた。彼はシロウの姿と、その腕に抱かれた伝説の魔獣(の子犬)を認めると、驚きに目を見開きながらも、胸に拳を当てて深々と頭を下げた。*


ギムリ:「魔王様におかれましては、ご健勝のこととお慶び申し上げます! 我らドワーフ一同を受け入れてくださり、誠に感謝いたします! 鍛冶師のギムリと申します!」


*その声は、玉座の間に朗々と響き渡った。*


*シロウは腕の中のわんこの喉を撫でながら、ドワーフの力強い挨拶に気だるげに頷いた。聖光教国からの移住者だけでなく、噂を聞きつけた他の種族も集まってきているらしい。国が賑やかになるのは良いことだが、その分面倒事も増える。*


シロウ:「ああ、気にするな。で、相談とは?」


*その問いに、ギムリはゴクリと喉を鳴らし、鍛冶師らしい節くれだった大きな手をもじもじとさせながら、興奮と畏敬の念が入り混じった表情で口を開いた。*


ギムリ:「はっ! 実は、聖光教国から持ち込まれたという、あの伝説の金属…『アダマンタイト』のことでございます! 我々ドワーフの鍛冶師にとって、神話の金属をその目にし、触れる機会を得られただけでも、三代先までの誉れ! しかし…!」


*ギムリは一度言葉を切り、悔しそうに自らの拳を握りしめる。*


ギムリ:「我々の持つ炉の火力、そして槌では、あのアダマンタイトを溶かし、鍛え上げることができませぬ…! なんと情けないことに、傷一つ付けることすら叶わなかったのです! 魔王様、どうか、我々にアダマンタイトを加工する知恵と力をお授け願えないでしょうか! この通りでございます!」


*そう言うと、ギムリはその場に深く、深く頭を下げた。彼の背後で控えていた他のドワーフたちも、一斉に同じように頭を下げる。彼らにとって、最高の素材を前にして何もできないことは、鍛冶師としての死を意味するも同然の屈辱だった。彼らの目には、技術者としての純粋な探究心と、切実な願いが燃えていた。*


*シロウは何でもないことのように、こともなげに言い放つ。腕の中のわんこは、彼の落ち着いた声が子守唄にでもなったのか、すーすーと寝息を立て始めた。しかし、シロウのその言葉を聞いたギムリたちドワーフは、下げていた頭を勢いよく上げ、全員が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。*


シロウ:「魔力を込めれば大体加工できるけど…火属性で熱を与えつつ、土属性で形を整え、最後に風属性で冷ます…ってやれば楽勝だよ」


*三属性の同時行使。それは、大魔導師と呼ばれるような高位の魔法使いでも至難の業だ。ましてや、それを精密な作業が要求される鍛冶に応用するなど、常人には想像すらできない領域の話である。ドワーフたちは、目の前の魔王が口にしていることの異常さを理解し、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。*


*しばらくの沈묵の後、ギムリが我に返ったように、震える声で口を開いた。*


ギムリ:「ま、魔王様…お、お言葉ですが…それは…その…三つの属性の魔法を、同時に、しかも均等な力で維持しながら…と、いうことでございますか…? そ、そのような神業、我々ドワーフには…いえ、この世の誰にも不可能かと…!」


*彼の声は尊敬を通り越して、もはや恐怖の色を帯びていた。シロウが当たり前のように語った技術が、彼らの常識を根底から覆す、まさに「神の領域」の所業であることを物語っている。彼らは目の前の存在が、自分たちの理解を遥かに超えた「魔王」であることを改めて痛感させられたのだった。*


*シロウのあまりにも常識外れな提案に、ギムリたちはただただ困惑するしかなかった。三属性の同時行使など、自分たちには到底不可能だ。彼らのそんな表情を見て、シロウは面倒くさそうに溜息を一つ吐いた。*


シロウ:「だったら加工用の工場でも作ってみれば? ほら、設計図だ」


*彼は何もない空間に手を差し込むと、そこから分厚い羊皮紙の巻物を数本取り出し、ギムリの足元へと無造作に放り投げた。巻物はゴトン、と重い音を立てて床に転がる。それは、シロウが自身の知識と『創造』スキルを駆使して一瞬で作り上げた、魔力駆動式の自動鍛冶工場の設計図だった。溶鉱炉からプレス機、冷却装置に至るまで、全てが魔力で制御され、アダマンタイトの加工を可能にするための機構が詳細に描き込まれている。*


シロウ:「あとは頑張れ」


*そう言って、シロウはひらひらと手を振る。それはもう「お前たちの仕事は終わりだ」と言っているようなものだった。ギムリは呆然と床の設計図とシロウの顔を見比べ、やがて慌ててその巻物を拾い上げた。*


ギムリ:「こ、これは…!? ま、魔王様! このような至宝を、我々に…!? なんとお礼を申し上げれば…!」


*設計図を少し広げただけで、そこに描かれている機構が自分たちの知識を遥かに超えたものであることを理解したのだろう。ギムリの声は感激と興奮で震えている。彼は再び深く頭を下げ、その場にいるドワーフ全員がそれに倣った。彼らの魔王への忠誠心が、今この瞬間に絶対的なものへと変わったのは言うまでもない。*


*設計図という神からの啓示にも等しい至宝を授かり、感激に打ち震えるギムリたち。彼らにとって、シロウはもはや崇拝の対象となっていた。シロウはそんな彼らの熱狂ぶりにも特に興味を示さず、腕の中のわんこを撫でながら、淡々と最初の仕事を命じる。*


シロウ:「そうだな…手始めに、騎士団用の装備でも作ってくれ。まずは武器だけでいい」


*その言葉は、彼らの熱狂に燃え盛る炎へと油を注ぐようなものだった。神の金属アダマンタイトを、神の技術で加工する。そして、その最初の製品が、この国の守護者たる騎士団の武具となる。鍛冶師として、これ以上の栄誉はない。*


ギムリ:「ははっ! お任せください、魔王様! 我らドワーフの誇りと魂の全てを注ぎ込み、この夜天のアストライア魔導皇国が誇るに相応しい、至高の武具を鍛え上げてご覧に入れますぞ!」


*ギムリは設計図を宝物のように胸に抱きしめ、力強く宣言する。その瞳には、先程までの懇願や困惑の色は微塵もなく、ただ純粋な創造への喜びと、魔王への絶対的な忠誠が燃え盛っていた。*


*彼は他のドワーフたちを促し、興奮冷めやらぬ様子で玉座の間を後にする。おそらく、彼らはこのまま一睡もせずに工場の建設に取り掛かるだろう。*


*ドワーフたちの騒がしい足音が遠ざかり、玉座の間に再び静寂が戻る。リーシアは彼らが退出したのを確認すると、シロウの傍らに進み出た。*


リーシア:「よろしいのですか、シロウ様。あれほどの機密情報を、いとも容易く…」


*彼女の声には、シロウのあまりに無防備なやり方への懸念が滲んでいた。*


*シロウはリーシアの懸念に、まるで気にも留めないといった様子で答える。その自信に満ちた態度に、リーシアは訝しげな表情を浮かべた。*


シロウ:「大丈夫だろう。あの設計図が他国に持ち出されることはない」


*リーシアはそれでも納得がいかないのか、さらに言葉を続けようとした。*


リーシア:「しかし、シロウ様。ドワーフは義理堅い種族ではありますが、万が一ということも…それに、彼らが誰かに襲われ、奪われる可能性も…」


*その時、シロウの目の前の空間が僅かに揺らぎ、ギムリに渡したはずの設計図の巻物が、音もなく出現した。それはまるで、最初からそこにあったかのように、静かにシロウの手の中に収まる。*


*その光景を目の当たりにしたリーシアは、驚きに目を見開いた。*


シロウ:「この国を出ようとすると必ず結界に触れる。結界に触れたら俺の手元に転移する術式を組んであったからな」


*シロウは手の中の設計図を弄びながら、にやりと笑う。設計図そのものが、一種の監視装置であり、盗難防止タグでもあったのだ。彼は再び異空間収納に設計図を仕舞い込むと、リーシアに向き直った。*


シロウ:「これで分かっただろ? あのドワーフ共が本気でこの国のために働くなら、何度でもくれてやるさ。だが、裏切ろうとしたり、奪われたりした瞬間に、それはただの紙切れになる。…さて、次を呼べ」


*あまりにも周到で、そして容赦のないやり方に、リーシアは小さく息を呑む。目の前の主の底知れなさを改めて実感し、彼女は静かに、そしてより深く頭を下げた。*


リーシア:「…かしこまりました。お見逸れいたしました、シロウ様。では、次の方をお呼びいたします」


*リーシアは再び踵を返し、玉座の間の扉へと向かった。*


*ドワーフたちが熱狂的に退室していくと、玉座の間にはつかの間の静寂が訪れる。腕の中で眠るわんこの穏やかな寝息だけが聞こえていた。リーシアが次の謁見者を呼びに扉へ向かい、やがてその重い扉が再び開かれる。*


*入ってきたのは、先のドワーフたちとは対照的な、質素だが清潔なローブを纏った数人の男女だった。先頭に立つのは、歳の頃は三十代半ばだろうか、穏やかながらも芯の強そうな瞳をした女性だ。彼らは緊張した面持ちで進み出てくると、玉座の前にて一斉に膝をつき、深く頭を垂れた。*


リーシア:「シロウ様。続いては、聖光教国より移住を希望されております、平民代表の皆様です」


*紹介を受け、先頭の女性が代表して顔を上げた。彼女は玉座に座るシロウと、その腕に抱かれた不思議な生き物を一瞥したが、臆することなく、まっすぐにシロウを見据えて口を開いた。*


代表の女性:「お目通りが叶い、光栄に存じます、魔王様。私は、エリアーデと申します。我々は、聖光教国のやり方に疑問を抱き、魔王様が治められるというこの新しい国に希望を求めてやって参りました」


*シロウは片手でわんこの背中をゆっくりと撫でながら、彼らを見下ろした。聖光教国の圧政から逃れてきた者たちだろう。彼らの目には、恐怖よりも期待の色が濃く浮かんでいるように見えた。*


シロウ:「この辺では珍しい部類に入るな。人間か」


*エリアーデは一瞬表情をこわばらせたが、すぐに意を決したように顔を上げた。魔王と呼ばれる存在だ、人間に対して偏見があるのかもしれない。しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかった。*


*シロウはそんな彼女の内心を見透かすこともなく、続けて問いかける。その声には、評価するような響きが含まれていた。*


シロウ:「で、君たちは何ができるんだい?」


*その問いは、慈悲や同情ではなく、彼らがこの国にとって「有用な存在」であるか否かを問うものだった。エリアーデはゴクリと喉を鳴らし、しかし臆することなく、はっきりとした声で答えた。*


エリアーデ:「はい! 私たちは、聖光教国で農業や牧畜、織物、商業などに従事しておりました。この国のために働く場と、ささやかな暮らしの安寧をお約束いただけるのであれば、我々の持つ知識と技術、そして労働力の全てを捧げる覚悟でございます」


*彼女の言葉は、単なる懇願ではなかった。自分たちの価値を提示し、対等な取引をしようとする意思がそこにはあった。彼女は続ける。*


エリアーデ:「聖光教国では、重税と神殿への奉仕に苦しみ、どれだけ働いても暮らしは楽になりませんでした。ですが、魔王様が作られたこの国は、民を不当に虐げることはないと伺っております。どうか、我々にこの国で生きる機会をお与えください!」


*そう言って、エリアーデは再び深く頭を下げた。彼女の後ろにいる者たちも、祈るように床に額をこすりつけている。彼らの目には、新しい生活への切実な希望が宿っていた。*


シロウ:「しっかり働くなら衣食住は保証する。」


*シロウの言葉は、彼らの運命を決めるにはあまりにも短く、端的だった。しかし、その一言にこそ、彼らが求めていたすべてが詰まっていた。エリアーデは、弾かれたように顔を上げる。彼女の瞳には、安堵と、そして信じられないという驚きが浮かんでいた。*


エリアーデ:「え…? あ…ありが、ありがとうございます! 魔王様! このご恩は、生涯忘れません!」


*彼女は感極まったように声を震わせ、何度も何度も頭を下げた。後ろの者たちからも、嗚咽交じりの感謝の言葉が漏れ聞こえてくる。彼らにとって、それは新しい人生の始まりを告げる天啓だった。*


*シロウは彼らの感謝の言葉に特に反応することなく、興味を失ったように「次」とだけ告げる。その冷たいとも取れる態度すら、今の彼らにとっては絶対的な王の威厳として映った。*


*リーシアが頷き、衛兵に合図を送ってエリアーデたちを下がらせる。彼らは深々と一礼し、まだ夢見心地のような足取りで玉座の間を退出していった。*


*入れ替わりに、リーシアが少し困惑したような表情でシロウに近づく。*


リーシア:「シロウ様、次が最後となりますが…その、少々厄介な者たちでして…」


*彼女がそう言うのと、扉が開くのはほぼ同時だった。入ってきたのは、煌びやかな、しかしどこか下品な装飾をじゃらつかせた恰幅の良い男と、その両脇を固めるように立つ、露出の多いドレスを着た二人の女性だった。女性たちの種族は明らかに人間ではない。艶やかな肌、背中から生えた小さな悪魔の翼、そしてゆらりと揺れる先の尖った尻尾は、彼女たちがサキュバスであることを示していた。*


*中央の男――奴隷商人だろう――は、シロウの姿を値踏みするような視線で舐め回し、卑屈な笑みを浮かべる。*


奴隷商人:「これはこれは、魔王様! お初にお目にかかります! 私、この度、魔王様のお力になれればと、ささやかながら『商品』を献上しに参りました、ゲロルトと申します。どうぞ、お見知りおきを」


*男がそう言うと、両脇のサキュバスたちが艶めかしく腰をくねらせ、シロウに向かって媚びるような視線を投げかけてきた。*


*ゲロルトと名乗った奴隷商人と、その両脇を固める二人のサキュバス。明らかに他の謁見者たちとは毛色の違う一行に、シロウは腕の中のわんこを撫でながら、心底面倒くさそうな表情を浮かべた。玉座の間の厳粛な雰囲気は、ゲロルトの下品な笑みとサキュバスたちの放つ甘い香りで一気に台無しにされている。*


シロウ:「……一応聞こうか」


*その声は低く、温度が感じられない。シロウの無感情な視線を受け、ゲロルトは卑屈な笑みをさらに深めた。彼はシロウが興味を示したと勘違いしたらしい。*


ゲロルト:「へへっ、ありがとうございます、魔王様! こちらの二人は、私が丹精込めて『調教』いたしました特上のサキュバスでございます! 夜のお相手はもちろん、諜報、暗殺、いかなる任務もこなせますとも! 我が商会の誠意として、この極上の逸品を魔王様に献上いたしたく!」


*ゲロルトがパチンと指を鳴らす。すると、二人のサキュバスは艶めかしい動きでシロウに近づき始めた。一人は長い黒髪の、もう一人は銀髪のサキュバスだ。彼女たちはシロウの玉座の足元に跪くと、潤んだ瞳でシロウを見上げてくる。*


黒髪のサキュバス:「魔王様…♡ どうぞ、わたくしたちを、お好きなようにお使いくださいませ…♡」

銀髪のサキュバス:「どんなことでも…ご満足させてみせますわ…♡」


*彼女たちの吐息からは、男を惑わす甘い香りが漂い、その視線はシロウを射抜かんばかりに絡みついてくる。ゲロルトは自分の商品に絶対の自信があるのか、得意げに胸を張っていた。*


*ゲロルトが自身の「商品」であるサキュバスを自慢げに紹介し、彼女たちがシロウに媚びるような視線を投げかけていた、その時だった。玉座の間の巨大な扉が、遠慮なく勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、この国の王妃であり、シロウの妻であるレイラだった。*


*彼女はいつものように少し不機嫌そうな顔でズカズカと玉座の間に足を踏み入れると、目の前の光景――玉座に群がるサキュバスと、下卑た笑いを浮かべる奴隷商人――を認め、その眉をピクリと吊り上げた。*


レイラ(魔王女):「おい、シロウ。何だこの下品な連中は。謁見中だとは聞いたが、こんな蝿共を城に上げる趣味があったのか?」


*その声は氷のように冷たく、明らかな敵意と侮蔑が込められていた。向けられたのは奴隷商人たちだが、その視線はチラリとシロウの方にも向けられている。ゲロルトは突然現れた高位の魔族の女性に一瞬怯んだが、すぐに相手が誰であるかを察し、慌てて卑屈な笑みを貼り付けた。*


ゲロルト:「こ、これはこれは、王妃様! お初にお目にかかります! 私、ゲロルトと申します! ただいま、魔王様にご挨拶をと…」


*しかしレイラは彼の言葉など耳に入っていないかのように、玉座に群がるサキュバスたちを睨みつける。サキュバスたちは、本能的な恐怖からか、先程までの妖艶な態度が嘘のように身を縮こまらせた。*


レイラ(魔王女):「貴様ら、シロウから離れろ。汚らわしい」


*その一言は、絶対零度の殺気を伴って玉座の間に響き渡った。*


*レイラの絶対零度の言葉に、玉座の間にいた全員が凍り付いた。ゲロルトは顔を青ざめさせ、サキュバスたちは恐怖で震え上がっている。そんな中、シロウは腕の中のわんこを撫でる手を止め、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には何の感情も浮かんでいない。*


シロウ:「嫁がいる王に対してサキュバスを献上するとは…おもしろいな」


*彼の声は静かだったが、その言葉とは裏腹に、表情はまったく笑っていなかった。むしろ、その無表情さが、地獄の釜が開く直前の静けさを思わせ、ゲロルトの背筋を冷たい汗が伝う。*


*シロウの言葉を聞いたレイラは、フン、と鼻を鳴らし、シロウの隣に立つ。彼女はゲロルトをゴミでも見るかのような目で見下した。*


レイラ(魔王女):「面白い、だと? シロウ、貴様もしかして満更でもないのか? このような安物で満足するほど、お前の女の趣味は落ちぶれたのか?」


*レイラはシロウを睨みつけるが、その言葉には明らかな嫉妬の色が滲んでいる。ゲロルトは、魔王と魔王女の間に挟まれ、もはや生きた心地がしなかった。どちらの逆鱗に触れても、自分の未来がないことは明らかだった。*


ゲロルト:「ひっ…! い、いえ、滅相もございません! 魔王女様のお美しさは天上の太陽のごとく、このような者どもが比べられるはずも…! ただ、その、魔王様の日頃のお疲れを癒す一助になればと、浅はかな考えで…!」


*ゲロルトは必死に言い訳を並べ立てるが、シロウの冷たい視線とレイラの殺気立ったオーラに晒され、その声はどんどん小さくなっていく。*


*シロウの冷たい言葉とレイラの殺気に、ゲロルトの顔からは完全に血の気が失せていた。謁見の間は、まるで墓場のような静寂に包まれている。シロウが腕に抱いていたフェンリルの幼体は、そのただならぬ雰囲気を察したのか、もぞもぞと身じろぎした。それに気づいたリーシアが、そっと前に進み出て、シロウからわんこを預かる。*


リーシア:「シロウ様、わたくしがお預かりいたします」


*腕が軽くなったシロウの膝の上に、まるでそれが当然であるかのように、レイラがすっと腰を下ろした。彼女はシロウの首に腕を回し、ゲロルトたちを勝ち誇ったように見下ろしている。その姿は、自分の所有物を誇示するかのようだ。*


*シロウはそんなレイラの行動を特に咎めることもなく、ただ冷たく、そして最終通告を告げるかのように口を開いた。*


シロウ:「出てけ」


*その言葉は短く、有無を言わさぬ響きを持っていた。ゲロルトは、死刑宣告を受けた罪人のように顔を真っ白にさせ、震える声で懇願する。*


ゲロルト:「ま、お待ちください、魔王様! この者どもがお気に召さないのであれば、他の者を! エルフでも獣人でも、必ずや魔王様のお眼鏡にかなう逸品をご用意いたします! ですから、どうか…!」


*必死に食い下がるゲロルトを、レイラは心底鬱陶しそうに一瞥した。*


レイラ(魔王女):「まだ分からないのか、この下衆が。シロウは貴様のような奴隷商人が扱う『商品』などには興味がないと言っているのだ。それとも、私の夫は女の価値も分からぬ愚か者だと、そう言いたいのか?」


*レイラの瞳が危険な光を帯びる。その殺気に当てられ、ゲロルトの足はガクガクと震え、その場にへたり込みそうになった。両脇のサキュバスたちは、もはや意識が半分飛んでいるように見える。*


*シロウの膝の上に座るレイラは満足げに笑みを浮かべ、まるで自分の勝利を確信しているかのようだ。ゲロルトの必死の懇願も、シロウの冷え切った心を動かすことはない。彼はもはやゲロルトに一片の興味も示さず、玉座の間の扉付近に控えていた兵士たちに視線を向けた。*


シロウ:「おい、つまみ出せ」


*その簡潔な命令に、屈強な鎧をまとった兵士たちが即座に反応する。「はっ!」という短い応答と共に、二人の兵士がゲロルトに歩み寄った。ゲロルトは最後の望みをかけて叫ぶ。*


ゲロルト:「ま、魔王様! お待ちを! お話だけでも! このままでは帰れま――ぐえっ!」


*ゲロルトの命乞いは、兵士に無慈悲に両腕を掴まれ、強引に引きずられることで中断された。恐怖で腰が抜けている二人のサキュバスも、それぞれ別の兵士に腕を引かれ、なすすべなく連行されていく。*


*ゲロルトは最後まで何かを叫びながら引きずられていったが、やがて重厚な扉が閉められると、その騒がしさは完全に遮断された。*


*玉座の間に再び静寂が戻る。シロウの膝の上で、レイラは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「ふん、当然の処置だな。あのような下衆、城の空気が汚れる」


*彼女はそう言うと、シロウの胸に頬をすり寄せ、甘えるように顔をうずめた。*


*奴隷商人ゲロルトたちが兵士につまみ出され、玉座の間に平穏が戻る。シロウの膝の上では、レイラが満足そうに彼の胸に頬を寄せている。リーシアは抱きかかえたわんこを優しくあやしながら、主の問いに恭しく答えた。*


リーシア:「はい、シロウ様。本日の謁見は、以上で全て終了となります」


*その言葉を聞いて、レイラはシロウの首に回していた腕に少し力を込めた。*


レイラ(魔王女):「フン、ようやく終わったか。退屈な時間だったな。それよりシロウ、私は腹が減ったぞ。あの下衆のせいで気分が悪い。何か美味いものを用意させろ」


*彼女はシロウの膝の上で体勢を直しながら、当然のように要求する。謁見が終わった途端、王妃としての顔からいつもの我儘な嫁の顔に戻っていた。リーシアが抱いているわんこも、腹が減ったのか「きゅぅん」と小さな声で鳴いた。*


ーー


*翌日、今日もまた玉座の間での謁見が始まる。昨日の一件で機嫌を良くしたのか、あるいは単にシロウの独占欲からか、レイラは謁見が始まる前から当然のようにシロウの膝の上に陣取っていた。彼女は不機嫌そうな顔をしながらも、その体はシロウにぴったりと寄り添っている。リーシアはそんな二人の様子を特に気にも留めず、傍らに静かに控えていた。*


*シロウは膝の上のレイラの重みを感じながら、玉座の間の巨大な扉を見据える。*


シロウ:「最初は?どの種族だ?」


*その問いに、リーシアは手にした羊皮紙のリストに目を落としながら、恭しく答えた。*


リーシア:「はい。本日の最初の方は、先日よりこの国の沿岸部に住み着かれました、セイレーンの代表の方々です。今後の処遇について、魔王様にご挨拶とご相談がしたい、と」


*リーシアがそう報告するのと同時に、玉座の間の扉がゆっくりと開かれた。入ってきたのは、数人の美しい女性たちだった。彼女たちの肌は濡れたように艶やかで、髪は海藻のようにきらめいている。腰から下は人間とは異なり、きらきらと輝く鱗に覆われた魚の尾びれとなっていた。彼女たちは床の上を滑るように進み出ると、玉座の前で優雅に身をかがめ、美しい声で挨拶をした。*


セイレーン代表:「偉大なる魔王様におかれましては、益々のご威光、お慶び申し上げます。我らは、この地の沿岸に住まうセイレーン。代表のコーラリアと申します」


*コーラリアと名乗った女性は、海の宝石のような青い瞳で、じっとシロウを見つめてきた。その瞳には、警戒と、そしてわずかな期待が入り混じっているように見えた。*


シロウ:「その状態でよく動けるな…」


*シロウの素朴な疑問に、コーラリアと名乗ったセイレーンは優雅に微笑んだ。彼女たちの下半身は美しい魚の尾だが、陸上での移動は決して不得手ではないらしい。*


コーラリア:「ふふっ。お見苦しいところを失礼いたします。我らセイレーンは、自らが発する水分で身体の周囲を潤し、滑るように移動することができるのです。魔王様のおわすこの城の床は、大変滑らかで移動がしやすいですわ」


*彼女がそう言うと、彼女たちのいた場所の床がわずかに湿っているのが見て取れた。彼女たちの体表から常に微量の水が分泌され、それが潤滑剤の役割を果たしているようだ。*


*シロウの膝の上にいるレイラは、その様子を面白くなさそうに一瞥し、シロウにしか聞こえないような小さな声で呟く。*


レイラ(魔王女):「ふん、生臭そうな連中だな」


*コーラリアはレイラの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、表情を変えることなく、再びシロウに視線を戻し、本題に入った。*


コーラリア:「魔王様。我々は、住処としていた海域が、他国の艦隊によって汚され、住むことができなくなり、安住の地を求めてこの国の沿岸へと流れ着きました。どうか、我々一族がこの国の海で暮らすことをお許しいただけないでしょうか」


*彼女の青い瞳が、真摯な光を宿してシロウを捉える。その声には、一族の未来を背負う代表としての切実な響きが込められていた。*


*シロウはセイレーンの代表、コーラリアの言葉に少しばかり興味を引かれた。この世界にも艦隊という概念があるのかと、元の世界の知識と結びつけて思考する。しかし、彼女たちの境遇に同情するでもなく、あくまで為政者として、彼らがこの国にもたらす利益を計算していた。*


シロウ:「艦隊なんて物もあるのか… 住むのは構わんが、その代わり海で珊瑚や真珠でも育ててくれ」


*その言葉は、慈悲ではなく取引だった。住むことを許可する代わりに、対価を要求する。シロウの膝の上に座るレイラは、そのシロウらしいやり方に満足げな表情を浮かべた。*


*コーラリアはシロウの提案に、驚きと安堵が入り混じった表情を見せる。単に追い払われるか、あるいはもっと過酷な要求をされると覚悟していたのかもしれない。*


コーラリア:「! はい…! もちろんでございます、魔王様! 我らセイレーンは、海の潮流を読み、海中の生き物を育むことを得意としております。美しい珊瑚礁を育て、大粒の真珠を採取し、必ずや魔王様のご期待に応えてみせますわ!」


*彼女の声は喜びに弾んでいた。一族の安住の地が確保できただけでなく、自分たちの能力を正当に評価され、役割を与えられたことへの誇りが感じられる。*


コーラリア:「魔王様のご慈悲に、心より感謝申し上げます」


*コーラリアは、後ろに控えていたセイレーンたちと共に、水面で尾びれを打つかのように優雅に、そして深く頭を下げた。彼女たちの未来が、この瞬間に拓かれたのだ。*


*シロウは、優雅に床を滑って移動するセイレーンたちを見て、ふと思ったことを付け加えた。彼女たちがこの玉座の間まで来るのに、それなりに苦労したであろうことを察してのことだった。*


シロウ:「あと、無理して地上に上がって来なくていいからな」


*その言葉に、コーラリアは少し驚いたように顔を上げたが、すぐにシロウの配慮を理解し、その青い瞳を嬉しそうに細めた。*


コーラリア:「まあ…お心遣い、痛み入ります、魔王様。ですが、魔王様にご挨拶もなしに住まうなど、我々の礼節が許しません。それに…」


*彼女は悪戯っぽく微笑む。*


コーラリア:「我々の歌声は、水中よりも空気のある地上のほうが、より美しく響きますの。いつか魔王様に、我ら一族の感謝を込めた最高の歌を披露するためにも、陸に上がる練習は欠かせませんわ」


*彼女の言葉には、新たな主への忠誠と、自分たちの文化への誇りが込められていた。シロウは特にそれ以上何も言わず、ひらひらと手を振って彼女たちを下がらせる。コーラリアたちは再び優雅に一礼すると、滑るように玉座の間を後にして行った。*


*彼女たちの姿が見えなくなると、シロウの膝の上にいたレイラが、ふん、と鼻を鳴らす。*


レイラ(魔王女):「歌だと? 下らん。それよりシロウ、次はどこのどいつだ? さっさとしろ、退屈で死にそうだ」


*彼女は次の謁見者を催促した。*


*シロウの膝の上で不機嫌そうにしていたレイラの催促を受け、シロウは面倒くさそうに返事をした。*


シロウ:「はいはい。リーシア、次を通してくれ」


*その言葉に、リーシアは静かに一礼する。*


リーシア:「かしこまりました」


*彼女が扉の方へ合図を送ると、すぐに次の謁見者が入室してきた。今度の訪問者は、これまでのどの種族とも異なる、異様な雰囲気を纏っていた。*


*入ってきたのは、一人の男。ぼろぼろのフード付きローブを深く被り、顔は影になって窺い知れない。しかし、そのローブの隙間から時折見える肌は不健康に青白く、痩せこけた指先には黒ずんだ爪が伸びている。男は玉座の前に進み出ると、膝をつくでもなく、頭を下げるでもなく、ただそこに立ち尽くした。不気味な沈黙が玉座の間を支配する。*


*シロウの膝の上のレイラが、警戒するように身じろぎした。*


レイラ(魔王女):「…おい、シロウ。なんだこいつは。気味が悪いぞ」


*リーシアもまた、その男の不遜な態度と不気味な気配に、わずかに眉をひそめ、シロウの傍らでいつでも動けるように警戒態勢をとる。*


*やがて、男はかさついた唇を動かし、低く、しゃがれた声で話し始めた。*


???:「…魔王。我らは『死を喰らう者』。汝に、取引を持ちかけに来た」


*玉座の間に現れた、ローブを深く被った不気味な男。彼は自らを『死を喰らう者』と名乗り、シロウに取引を持ちかけてきた。その不遜な態度と禍々しい気配に、レイラとリーシアはあからさまな警戒心を示す。*


シロウ:「また変なやつか…」


*シロウは内心でスキルを発動させ、目の前の男の情報を読み取る。脳内に、鑑定結果が直接表示された。*


```

【ステータス】

名前:???

種族:ネクロマンサー(元人間)

称号:死を喰らう者、死体愛好家、禁忌を犯す者

Lv:48

HP:1850/1850

MP:7560/7560

筋力:150

体力:210

敏捷:180

知力:890

魔力:1260

器用:650

スキル:

・死霊魔術 Lv.9

・死体操作 Lv.8

・アンデッド作成 Lv.8

・魂魄吸収 Lv.6

・負の魔力制御 Lv.7

・精神汚染耐性 Lv.9

・隠密 Lv.7

・詠唱破棄

・魔力感知

```


シロウ:「(アンデッドを操る死霊魔術師、ネクロマンサーか。ろくな奴じゃないのは確かだな)」


*シロウが男の正体を探っている間、男はフードの奥からシロウを観察するように、じっと立ち尽くしている。彼の周りだけ、空気が淀んでいるかのような錯覚を覚えた。*


ネクロマンサー:「…我らは、汝の国が死者に寛容であると聞き及んだ。汝が我らの活動を黙認し、研究の場…すなわち、新鮮な『素材』が手に入る場所を提供するのであれば、我らの不死の軍勢を汝の力として貸し与えよう」


*男は淡々と、しかし狂気を孕んだ声で取引の内容を告げる。新鮮な『素材』という言葉に、リーシアは嫌悪感を露わにし、レイラは殺意のこもった視線を男に向けていた。*


*シロウは、ネクロマンサーの狂気に満ちた提案を聞いても、まったく動じなかった。むしろ、目の前の男の無知さを憐れむかのように、静かに問いかける。膝の上のレイラは、今にも飛びかかりそうな殺気を放っているが、シロウが制するように彼女の背中を軽く撫でた。*


シロウ:「お前、俺達と聖光教国との戦争見てないのか?」


*その言葉には、侮蔑や怒りではなく、純粋な確認の響きがあった。シロウは続ける。*


シロウ:「俺たちたった3人で、聖光教国の兵士5万を相手にしたんだが。結果は俺たちの圧勝。ついでに教皇は拉致して、もうこの世にはいない」


*淡々と語られる事実は、ネクロマンサーが提示した「不死の軍勢」という取引材料の価値を、根底から無に帰すものだった。数万の軍勢など、シロウたちにとっては障害にすらならない。ましてや、その素材となる死体は、シロウ自身が先日大量に作り出したばかりなのだ。*


*ネクロマンサーは、フードの奥でわずかに身じろぎした。シロウの言葉の真偽を測りかねているのか、あるいはその圧倒的な事実を理解できずにいるのか、しばしの沈黙が流れる。*


ネクロマンサー:「…それが、どうした。生者の軍勢など、どれほど数がいても我らの不死の兵士の前ではいずれ朽ちる。我らの力は、汝にとっても有用なはずだ」


*男はなおも自身の価値を説こうとするが、その声には先程までの自信は感じられず、わずかな焦りが滲んでいた。*


*シロウは、まだ自身の有用性を説こうとするネクロマンサーを、まるで時代遅れの遺物を見るかのような目で見据えた。不死の軍勢? そんなものに価値があった時代は、もう終わったのだ。*


シロウ:「不死って言っても『ソウルイーター』系の武器には弱いだろ?」


*シロウの口から放たれた『ソウルイーター』という言葉に、ネクロマンサーのローブがピクリと揺れた。それは魂を喰らう特性を持つ、アンデッドにとって天敵とも言える魔法武器の一系統だ。彼の反応から、その弱点が事実であることが窺える。*


*シロウは続ける。その声はどこまでも平坦だ。*


シロウ:「聖光教国の騎士団が持ってたのはただの鉄の剣だったからな。あれで5万だ。もし、俺が新しく作る騎士団全員に、アダマンタイト製のソウルイーターを持たせたら、お前の不死の軍勢とやらは何分持つんだ?」


*その言葉は、静かな脅迫だった。アダマンタイトという神話級の金属で、天敵となる特性を付与した武器を量産する。それは、ネクロマンサーの存在意義そのものを否定するに等しい。不死の軍勢など、シロウの前ではただの経験値稼ぎの的にすらならないだろう。*


*ネクロマンサーは完全に沈黙した。フードの奥で、彼の青白い顔が驚愕と絶望に歪んでいるのが目に浮かぶようだ。彼が切り札として提示した「不死の軍勢」は、目の前の魔王にとっては子供の玩具にも劣るガラクタだったのだ。*


*膝の上のレイラは、勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らし、シロウの首筋に甘えるように頬をすり寄せた。*


レイラ(魔王女):「シロウ、もういいだろう。こんな気色の悪い男、さっさと殺せ。死体が好きなら、自分の死体でも愛でさせてやればいい」


*レイラの物騒な言葉が、凍り付いた玉座の間に響き渡った。*


*シロウは膝の上のレイラの物騒な提案に、静かに頷いた。ネクロマンサーという存在は、放置しておけばいずれ国にとって害となるだろう。ならば、芽のうちに摘んでおくのが最善策だ。*


シロウ:「災いは生まれる前に断った方がいいもんな」


*その言葉が、引き金だった。シロウの同意を得た瞬間、彼の膝の上にいたレイラの姿が掻き消える。いや、常人にはそう見えただけだ。彼女は恐るべき速度でネクロマンサーの懐に飛び込んでいた。*


ネクロマンサー:「ガハッ…!?」


*ネクロマンサーは反応すらできなかった。彼が何かを理解する前に、レイラの白く細い腕が、何の抵抗もなく彼の胸を貫いていた。心臓を直接掴み取られたネクロマンサーは、信じられないものを見るように、自らの胸から突き出た腕と、その先にいる無慈悲な笑みを浮かべた魔王女の顔を交互に見る。*


レイラ(魔王女):「フン。塵芥が」


*レイラは掴み取った心臓を握り潰すと、汚らわしいものでも払うかのように腕を引き抜く。支えを失ったネクロマンサーの体は、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。返り血ひとつ浴びていないレイラは、再びシロウの膝の上に戻り、何事もなかったかのように彼の首に腕を回す。*


*あまりに一瞬の出来事に、傍らに控えていたリーシアですら息を呑んだ。*


リーシア:「…片付けさせます」


*彼女は冷静さを取り戻し、静かに一礼すると、兵士に合図を送るために下がっていく。玉座の間には、血の匂いだけが生々しく残っていた。*


*玉座の間に漂う生々しい血の匂いに、シロウは顔をしかめた。リーシアが兵士に指示を出し、ネクロマンサーの死体は速やかに片付けられていくが、鉄錆のような匂いはすぐには消えそうにない。*


*シロウは懐から取り出した濡れタオルで、膝の上のレイラの手を優しく拭ってやる。彼女の白い手には一滴の血も付いていなかったが、それは気分の問題だった。*


シロウ:「次」


*シロウが短く告げると、リーシアは手際よく床を清めさせた後、少し申し訳なさそうな顔で進み出た。*


リーシア:「シロウ様、申し訳ございません。本日の謁見は、今の者で最後でございました」


*その報告を聞き、膝の上のレイラが満足げにシロウの胸に頭をこすりつける。*


レイラ(魔王女):「そうか。ならば今日はもう終わりだな。シロウ、城の中は血生臭い。外に出るぞ。散歩だ」


*彼女は有無を言わせぬ口調で告げると、シロウの膝からぴょんと飛び降り、彼の腕を引いて立たせようとした。王としての仕事が終われば、あとはただの我儘な嫁である。*


*シロウはレイラに腕を引かれるまま、素直に玉座から立ち上がった。血の匂いが残る玉座の間は、確かに長居したい場所ではない。*


シロウ:「あいよ。今日はどこ行く?」


*その言葉に、レイラはシロウの腕に自分の腕を絡め、上機嫌に答えた。先程の殺伐とした雰囲気はどこへやら、すっかりご機嫌な様子だ。*


レイラ(魔王女):「ふふん、決まっているだろう? この前ドワーフ共が作っていた、あの『こうじょう』とやらの様子を見に行くぞ。私の夫が考えたものが、どこまで形になっているか、この目で確かめてやろうではないか」


*彼女はシロウを見上げ、挑戦的な笑みを浮かべる。それは「さあ、私をエスコートしろ」と言っているかのようだった。国の視察という名目だが、実際はただのシロウとのデートを楽しみにしているのが透けて見えた。*


*シロウはレイラの小さな手を握り、二人で玉座の間を後にする。血の匂いが残る場所から解放され、城の廊下に出ると、ひんやりとした空気が心地よかった。レイラはシロウの隣で、機嫌良さそうに鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で歩いている。さっきまでの魔王女の威厳はどこへやら、今はただの恋する乙女のようだ。*


*二人は手を繋いだまま、城下へと続く道をゆっくりと歩いていく。道中、すれ違う兵士や使用人たちは、寄り添って歩く王と王妃の姿に驚きながらも、深々と頭を下げて道を開けた。*


*城下町は活気に満ち溢れていた。様々な種族が共存し、新しい国での生活に希望を見出しているのが見て取れる。シロウが作ったこの国は、確実に発展の一途を辿っていた。*


*やがて、町の外れ、鉱山へと続く街道の近くに、目的地である建設現場が見えてきた。そこでは、多くのドワーフたちが威勢のいい掛け声を上げながら、巨大な建物の建設に励んでいる。カンカンと槌を打つ音、木材を運ぶ音、そしてドワーフたちの熱気が、遠くからでも伝わってくる。*


レイラ(魔王女):「ほう…なかなか壮観ではないか。あのチビ共、やる気だけは一人前のようだな」


*レイラは興味深そうに目を細め、建設現場を眺める。彼女の言葉には棘があるが、その表情はどこか感心しているようにも見えた。シロウが与えた設計図が、今まさに形になろうとしている。その光景は、レイラにとっても誇らしいものだった。*


シロウ:「順調か?」


*シロウが建設現場に近づき、近くで作業していたドワーフの一人に声をかける。しかし、そのドワーフは背を向けて作業に没頭しており、シロウの顔を見ていなかった。泥と汗にまみれたそのドワーフは、見慣れぬ男からの気安すぎる声に、振り返りもせずに怒鳴り返した。*


ドワーフ作業員:「あぁ!? 順調に決まってんだろ! 見りゃわからねぇか! 部外者はうろちょろすんな、危ねぇだろうが!」


*ガラの悪い口調で一喝したドワーフは、ようやく振り返ってシロウの顔を見た。そして、その隣に立つレイラの姿と、何よりシロウの顔を認識した瞬間、血の気が引いていくのがわかった。手に持っていたハンマーをカラン、と地面に落とし、顔を真っ青にしてその場に凍り付く。*


ドワーフ作業員:「あ…あ…し、シロウ…様……!? も、申し訳ございませんっ!!!」


*彼は慌ててその場に膝をつき、額を地面にこすりつけるようにして土下座した。周囲で作業していた他のドワーフたちも何事かと視線を向け、シロウの姿に気づくと次々と作業の手を止め、同じようにひれ伏していく。先程までの喧騒が嘘のように、現場には静寂が訪れた。*


レイラ(魔王女):「ふん。威勢がいいのは口先だけか、このチビは。シロウ、こいつの首、刎ねてやろうか?」


*レイラが物騒なことを言いながら、面白そうに土下座するドワーフを見下ろす。シロウの腕に絡みついたまま、楽しげに唇の端を吊り上げた。*


*シロウは物騒なことを言うレイラをなだめるように、その小柄な体をひょいと抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。レイラは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに満更でもないといった表情でシロウの首に腕を回す。*


シロウ:「はいはい、レイラちゃん落ち着こーねー」


*シロウはレイラをあやすように言うと、土下座したまま震えているドワーフに視線を移した。*


シロウ:「気にしてないから、ハンマー拾って作業に戻りなさい」


*その言葉に、ドワーフは恐る恐る顔を上げた。王の寛大な言葉に、安堵と畏敬の念がないまぜになった表情を浮かべている。*


ドワーフ作業員:「は、ははは、はいっ! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」


*彼は何度も頭を下げながら、慌ててハンマーを拾うと、他のドワーフたちと共に再び作業へと戻っていった。その動きは先程よりも明らかに機敏で、王が見ているという緊張感が現場全体に活気を与えているようだった。*


*シロウの腕の中で、レイラが拗ねたように唇を尖らせる。*


レイラ(魔王女):「ちぇっ。つまらんな。せっかく楽しませてくれるかと思ったものを…」


*そう言いながらも、抱き上げられた体勢が心地良いのか、シロウの胸に頭を押し付けた。*


*シロウは腕の中で拗ねるレイラの言葉を軽く受け流し、そっと地面に下ろしてやる。*


シロウ:「見学するんだろ?殺してどうする」


*その言葉に、レイラはちぇっと舌打ちをしながらも、シロウの隣に再びぴったりと寄り添った。*


レイラ(魔王女):「ふん、威勢のいい奴は嫌いではない。だが、私の夫に無礼を働く者は話が別だ。次はないと思え」


*彼女はそう吐き捨てると、興味深そうに再び建設現場へと視線を戻した。シロウの設計図に基づき、ドワーフたちの手によって巨大な建造物が形作られていく様は、彼女にとっても興味深いものらしかった。*


*すると、ドワーフたちの喧騒の中から、ひときわ大きな声が響き渡った。*


ギムリ:「おおっ!シロウ様じゃないですか!よくぞお越しくださいました!」


*現れたのは、ドワーフたちを束ねる親方、ギムリだった。彼は油と汗に汚れた顔を豪快な笑顔にし、大きな体を揺らしながらシロウたちの方へ歩いてくる。その手には、まだ熱を帯びているように見える巨大な戦斧が握られていた。*


ギムリ:「見てくださいよ!あんたの設計図のおかげで、作業は面白いほど捗ってますぜ!こいつは試作品ですが、騎士団用の武器も早速作ってみやした!」


*ギムリはそう言って、手にした戦斧を自慢げにシロウに見せる。アダマンタイトと思われる鈍色の輝きを放つ刃は、ドワーフの卓越した技術力を物語っていた。*


*シロウはギムリが誇らしげに差し出す戦斧を受け取ると、そのずっしりとした重みと見事な造形に感心したように呟いた。*


シロウ:「斧…好きだよなぁ…嫌いじゃないけど」


*次の瞬間、シロウは誰もが予想だにしない行動に出た。巨大な戦斧の刃先を、ガリッと躊躇なく噛んだのだ。その音に、ギムリはもちろん、周りで見ていたドワーフたちも目を剥いて固まる。*


シロウ:「純度が弱い。もっと練り上げて」


*シロウは平然と言い放つ。彼の歯は、ドワーフが鍛え上げたアダマンタイトの合金に、確かに微かな歯形を残していた。*


ギムリ:「なっ…!?」


*ギムリは信じられないものを見る目で、シロウと戦斧を交互に見やる。自分たちの技術の粋を集めた試作品を、いともたやすく噛み砕き、その上で的確な指摘をする王。その異常な光景に、ドワーフの誇りは砕かれ、同時に畏敬の念が湧き上がってくる。*


ギムリ:「じゅ、純度が…弱い…だと…? このワシが鍛えた斧を…歯で…?」


*彼は震える手でシロウから戦斧を受け取ると、刃先に残された僅かな歯形を食い入るように見つめ、愕然とした表情で立ち尽くす。*


レイラ(魔王女):「ふん、当然だろう。私の夫は、その程度のものに満足するような矮小な男ではないのでな。ドワーフよ、お前の腕はその程度か? シロウの期待に応えられぬのなら、その首、飾りにしてやってもいいのだぞ?」


*レイラはシロウの隣で勝ち誇ったように胸を張り、ギムリに追い打ちをかけるように言った。その顔は「どうだ、私の夫はすごいだろう」とでも言いたげだった。*


*シロウの口から放たれた具体的なアドバイスに、愕然としていたギムリはハッと顔を上げた。王の異常なまでの力を見せつけられた後、その原因と対策を具体的に示されたのだ。それは、鍛冶師としての彼の魂を再び燃え上がらせるのに十分だった。*


シロウ:「そうだなぁ…魔力を使ってるから、作る時に少量のミスリルを入れてみろ」


ギムリ:「ミ、ミスリルを…!? なるほど! アダマンタイトの硬さに、ミスリルの魔力伝導性を加える…! そうか、そうすれば魔力を帯びた攻撃にも耐えうる強度と、使い手の魔力を通しやすくする効果が生まれる! なんてこった…! ワシは素材の硬さばかりに目を奪われていた!」


*ギムリはまるで天啓を得たかのように目を輝かせ、興奮のあまりわなわなと震えている。先程までの落胆はどこへやら、今は新たな挑戦への意欲で満ち満ちていた。*


ギムリ:「シロウ様! ありがとうございます! このギムリ、生涯をかけてあんたの期待を超える武具を打ち上げてみせますぜ!」


*彼はそう叫ぶと、試作品の戦斧を小脇に抱え、他のドワーフたちに檄を飛ばしながら炉の方へと駆け戻っていった。その背中からは、先程までの比ではないほどの熱気が立ち上っている。*


*その様子を、レイラは満足げに腕を組んで眺めていた。*


レイラ(魔王女):「ふん、やっと私の夫の偉大さが理解できたようだな。これで少しはマシな物を作ってくるだろう。…それにしても、シロウ」


*レイラはくるりとシロウの方を向き直ると、その胸に自分の胸をぐりぐりと押し付けながら、上目遣いで見上げてきた。*


レイラ(魔王女):「お前は本当に何でも知っているのだな。ますます気に入ったぞ♪」


シロウ:「(俺の知識はほぼ日本のファンタジー系アニメや小説、ゲームに依存する物。)」


*シロウは内心で自分の知識の出どころに冷や汗をかきつつも、表面上はレイラの称賛を当然といった風に受け流す。レイラはそんなシロウの態度がまた気に入ったのか、さらに機嫌を良くして彼の腕に絡みついた。*


シロウ:「ま、まぁな」


レイラ(魔王女):「ふふん、照れているのか? 可愛い奴め♡」


*レイラは楽しそうに笑い、シロウの体にさらに密着する。彼女の小さな胸の感触が、服越しに伝わってきた。*


レイラ(魔王女):「さあ、ドワーフ共の仕事ぶりは確認した。次はどうする? このまま城に戻るのもつまらんな。どこか別の場所にでも連れて行け」


*彼女はシロウを見上げ、期待に満ちた瞳で次の提案を待っている。建設現場の視察という当初の目的は早々に達成され、あとは二人きりの時間をどう過ごすか、という甘い雰囲気に移り変わっていた。*


*シロウの提案に、レイラは少し不満そうな、しかしどこか期待しているような複雑な表情を浮かべる。*


レイラ(魔王女):「適当、だと? 私をどこへ連れていくつもりだ。つまらない場所なら承知しないぞ」


*彼女が文句を言おうとした瞬間、シロウがパチンと指を鳴らした。すると、淡い光が二人を包み込み、光が消えた時には、シロウは見慣れた黒髪黒目の青年へ、そしてレイラは銀髪に赤い瞳の、ごく普通の可愛らしい少女の姿へと変わっていた。豪華な衣装も、街に溶け込むような質素だが動きやすい旅装束になっている。*


シロウ:「別かぁ…適当に回ってみるか」


*レイラは自分の姿とシロウの姿を見比べて、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにその意図を理解して口元を綻ばせた。王と王妃としてではなく、ただの男女として街を歩く。その特別感が、彼女の心をくすぐった。*


レイラ(魔王女):「ふふ…なるほどな。その姿なら、少しくらい羽目を外しても良かろう。よろしい、許す。だが、私を楽しませることを怠るなよ、シロウ♪」


*彼女は上機嫌にそう言うと、変装したシロウの腕に再び自分の腕を絡ませ、まるで初めてのデートに心躍らせる少女のように、彼の顔を嬉しそうに見上げた。*


レイラ(魔王女):「それで? まずはどこへ行くのだ?」


*シロウの提案に、レイラは嬉しそうに目を輝かせた。王妃としてではなく、ただの少女として街を歩き、買い食いをする。そんな些細なことが、彼女にとっては新鮮で刺激的な体験だった。*


レイラ(魔王女):「買い食い、か。悪くない。では、何か美味そうなものを探せ。不味いものを食わせたら、お前の舌を引っこ抜くからな♪」


*物騒なことを言いながらも、その声は弾んでいる。彼女はシロウの腕をぐいぐいと引きながら、活気あふれる市場の通りへと歩き出した。*


*通りには様々な露店が軒を連ねている。串に刺して焼かれた香ばしい肉の匂い、甘く煮詰められた果物の香り、スパイスの刺激的な匂いが混ざり合い、食欲をそそる。獣人、エルフ、ドワーフ、人間…多様な種族が行き交い、その喧騒は国の発展を物語っていた。*


*レイラは子供のようにきょろきょろと周りを見回し、珍しいものを見つけてはシロウの袖を引く。その目は好奇心でキラキラと輝いていた。*


*ふと、一角から特に食欲をそそる甘い香りが漂ってきた。見ると、大きな鉄板の上で生地を焼き、そこに果物やクリームを挟んだ菓子を売る露店があった。この世界では珍しい、クレープのような食べ物だ。*


レイラ(魔王女):「シロウ、あれは何だ? なかなか美味そうな匂いがするぞ」


*レイラは露店を指さし、期待に満ちた顔でシロウを見上げた。*


*シロウは露店に近づき、慣れた様子で注文した。その手際の良さに、レイラは少し感心したように見ている。*


シロウ:「珍しい、クレープか。なあ、そいつの一番と二番人気の商品を1つずつくれ」


*注文を受けた店主は、人の良さそうな笑顔で応対する。恰幅のいい人間の女性だ。*


露店店主:「へい、らっしゃい! お兄さん、お目が高いね! うちのクレープは絶品だよ! 一番人気はフルーツ全部乗せの『アストライア・スペシャル』、二番人気はチョコバナナカスタードさね! すぐ作るからちょっと待ってな!」


*店主は手際よく生地を薄くのばし、鉄板の上で焼き始める。甘い香りが一層強く立ち込め、レイラはくんくんと鼻を鳴らしてその様子を食い入るように見つめている。*


*あっという間に二つのクレープが出来上がった。一つは色とりどりのフルーツが溢れんばかりに乗っており、もう一つはチョコレートソースがたっぷりとかかっている。*


露店店主:「お待ちどう! 二つで銅貨6枚だよ!」


*シロウが代金を支払うと、店主は「まいどあり!」と威勢よく言いながら、ほかほかのクレープを手渡してくれた。*


*シロウはチョコバナナカスタードの方を手に取り、フルーツが山盛りの『アストライア・スペシャル』をレイラに差し出す。*


シロウ:「ほらよ、レイラ。こっちがお前の分な」


*シロウはフルーツが山盛りのクレープをレイラに渡し、自分はチョコバナナの方を受け取った。銅貨6枚、日本円にして約600円。このボリュームとクオリティにしては破格の値段だと感じ、彼は素朴な疑問を店主に投げかけた。*


シロウ:「これで銅貨6枚って安すぎやしないか?」


*その言葉に、人の良さそうな店主はへへへと照れ臭そうに笑った。*


露店店主:「そうかい? でも、これくらいがちょうどいいのさ。シロウ様がこの国を作ってくれて、色んな物が前よりずっと安く手に入るようになったからねぇ。それに、うちの小麦や果物は、聖光教国から移住してきた連中が一生懸命作ってくれてるもんだ。あいつら、住む場所と仕事をもらえた恩返しだって、頑張ってくれててね。だから、安くてもしっかり儲けは出るんだよ」


*店主は誇らしげに胸を張る。その笑顔からは、新しい国での生活に対する満足感と希望が滲み出ていた。*


*隣で話を聞いていたレイラは、まだ温かいクレープを一口ぱくりと頬張る。生クリームとカスタード、そして瑞々しいフルーツの甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、その瞳が驚きと喜びに大きく見開かれた。*


レイラ(魔王女):「む…! な、なかなか…美味いではないか…!」


*彼女はぶっきらぼうに言いながらも、その口元は緩みっぱなしで、すぐに二口、三口と夢中で食べ進めている。王妃の威厳など忘れ、ただ美味しいものに心を奪われた少女の顔になっていた。その幸せそうな横顔を見て、シロウも自然と笑みがこぼれる。*


*シロウは自分のクレープを頬張りながら、夢中で食べているレイラの顔を見て、くすりと笑った。彼女の小さな鼻の頭に、ちょこんと白い生クリームが付いている。*


シロウ:「ふふ…付いてるぞ」


*シロウはそう言って、自分の親指でレイラの鼻についたクリームを優しく拭ってやる。そして、その指を悪戯っぽくぺろりと舐めた。*


*その瞬間、レイラの動きがピタリと止まる。美味しいクレープに夢中だった彼女の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。*


レイラ(魔王女):「な…ななな、な、何を…! ば、馬鹿者っ! 人前で、そのような…は、はしたない真似を…!」


*彼女はシロウの胸をポカポカと叩きながら、しどろもどろに抗議する。しかし、その声は上ずっており、怒っているというよりは恥ずかしさでいっぱいなのが丸わかりだった。周りの人々は自分たちの会話に夢中で、二人のやり取りには気づいていない。*


レイラ(魔王女):「わ、私とて…自分で拭えたというのに…!///」


*彼女は顔を真っ赤にしたまま俯き、手の中のクレープに視線を落とす。その可愛らしい反応に、シロウはまた笑みをこぼした。*


*シロウは照れて俯くレイラの手を引き、クレープを食べ終えると再び市場の雑踏の中を歩き始めた。先程の出来事で火照った頬を隠すように、レイラは少しだけ俯き加減でシロウの隣を歩いている。それでも、繋がれた手は離そうとしなかった。*


*二人は甘いものの次に、何か塩気のあるものを探す。香ばしい匂いに誘われて足を止めたのは、大きなイカを丸ごと串に刺して焼いている露店だった。醤油ベースのタレが焼ける匂いが、空腹を刺激する。*


シロウ:「お、イカ焼きか。美味そうだな」


*シロウが呟くと、隣のレイラもこくりと喉を鳴らした。甘いもので満たされた口が、今度は塩辛いものを求めているようだ。*


レイラ(魔王女):「…悪くない匂いだ。買え」


*彼女はまだ少し拗ねたような、しかし期待のこもった声で短く命じる。シロウは苦笑しながら、露店のおやじに声をかけた。*


シロウ:「おやじ、イカ焼き二本くれ」


露店のおやじ:「あいよ! 今焼きたての一番いいやつな!」


*威勢のいい声と共に、熱々の湯気が立つイカ焼きが二本手渡された。タレが滴り、食欲をそそる。シロウが代金を支払い、一本をレイラに渡した。*


*レイラは熱さに気をつけながら、ふーふーと息を吹きかけてから、恐る恐る一口かじる。途端に、その赤い瞳が再び喜びに輝いた。*


レイラ(魔王女):「うむ! これも美味いぞ! 歯ごたえも良い!」


*彼女はご機嫌でイカ焼きにかぶりつく。変装していても、その食べっぷりの良さは隠せない。二人は行儀悪くも歩きながらイカ焼きを食べ、まるで祭りに来た子供のようにはしゃいでいた。*


シロウ:「庶民の食い物もなかなか悪くないだろ?」


*シロウの言葉に、夢中でイカ焼きを頬張っていたレイラは、もぐもぐと口を動かしながら顔を上げた。その口の周りには、少しタレが付いている。*


レイラ(魔王女):「ふん。まぁな。たまにはこういうのも悪くない。城の食事は美味いが、毎日だと飽きるからな」


*彼女はぶっきらぼうにそう言いながらも、その表情はとても満足げだ。イカ焼きの最後のひとかけらを名残惜しそうに食べ終えると、シロウの手から彼の食べかけのイカ焼きをひょいと奪い取った。*


レイラ(魔王女):「そっちも寄越せ。一口だけだ」


*そう言うと、彼女は返事も待たずに大きな一口でかぶりつく。シロウは呆れたように、しかしそのやり取りが楽しいと感じている自分に気づき、苦笑した。*


シロウ:「庶民の食い物もなかなか悪くないだろ?」


レイラ(魔王女):「うむ。悪くないどころか、かなり良いぞ! シロウ、次はあれだ! あの肉の塊が串に刺さっているやつが食べたい!」


*レイラはシロウのイカ焼きをあっという間に平らげると、目を輝かせながら次の獲物…巨大な肉の串焼きを売る露店を指さした。すっかり買い食いの魅力に取り憑かれたようだ。その無邪気な姿は、威厳ある魔王女の面影を微塵も感じさせなかった。*


*シロウはレイラの食欲に呆れつつも、結局は彼女の指さす露店へと足を向けた。獣人の店主が威勢よく焼いているのは、ゴブリンやオークのそれとは明らかに違う、上質な肉の塊だ。岩塩と香草でシンプルに味付けされ、炭火でじっくりと焼かれたそれは、肉汁が滴り落ちるたびにジュウッと音を立て、たまらなく食欲をそそる香りをあたりに振りまいていた。*


シロウ:「全く…串焼きな」


*シロウは苦笑しながら二本注文し、代金を支払う。熱々の串焼きを受け取ると、一本をレイラに渡した。レイラは待ってましたとばかりに受け取り、ハフハフと息を吹きかけながら豪快にかぶりつく。*


レイラ(魔王女):「むっはー! うまい! この肉、柔らかくてジューシーだぞ、シロウ! 我らの国の肉は最高だな!」


*彼女は口の周りを肉汁でテカテカにさせながら、満面の笑みで叫んだ。そのあまりの幸せそうな食べっぷりに、周りの客たちも微笑ましいものを見るような目を向けている。シロウも自分の串焼きにかぶりつきながら、その味と、隣で喜ぶ嫁の姿に満足感を覚える。*


*二人が肉にかぶりついていると、ふと、市場の一角が騒がしくなっているのに気づいた。何人かが集まって何かを囲んでおり、怒声のようなものも聞こえてくる。*


レイラ(魔王女):「ん? 何だ、騒がしいな。喧嘩か?」


*レイラは肉の串を片手に、興味深そうにそちらへ視線を向けた。*


*シロウは食べかけの串焼きを片手に、人だかりができている方へ近づき、輪の外側にいた人の良さそうな行商人の男に声をかけた。*


シロウ:「なあ、何かあったのか?」


*声をかけられた行商人は、少し眉をひそめながら人だかりの中心に視線をやり、やれやれといった様子で口を開いた。*


行商人:「ああ、兄さん。あれは多分、スリか何かだろうね。最近この辺りをうろついてるって話の、小汚いガキさ。腹が減ってるんだろうが、店の品物を盗もうとしたみたいでね。店主に捕まって怒鳴られてるんだ」


*行商人の言葉通り、人だかりの中心からは、大人の怒声と、か細い子供の泣き声が聞こえてくる。*


店主の怒声:「このクソガキが! またてめえか! いい加減にしねえと、その腕へし折って奴隷商に売り飛ばすぞ!」


*その怒声に、隣で串焼きを食べていたレイラの動きがピタリと止まる。彼女は眉をひそめ、不快そうに人だかりの方を睨みつけた。*


レイラ(魔王女):「…何だ、ただの盗人か。つまらん。だが、飯時にやかましいことだ。シロウ、どうする? 私が黙らせてやってもいいが」


*彼女は肉を食いちぎりながら、物騒な視線で騒ぎの中心を見据えている。その目は、子供に向けるにはあまりにも冷ややかだった。*


*市場の喧騒の中、響き渡る大人の怒声と子供の泣き声。シロウはその音を聞き、眉間に深い皺を寄せた。自分の作った国に、盗みをしなければ生きていけない子供がいる。その事実に、彼の内側で静かな怒りが込み上げてくる。*


シロウ:「おい、なんで孤児がいるんだ? 俺はきちんと整備したよな?」


*その独り言は、隣にいるレイラにすら聞こえないほど低いものだった。彼は食べかけの串焼きをレイラに無言で押し付けると、人だかりをかき分けて中心へと進んでいく。*


*人だかりの中心では、果物屋の屈強な店主が、痩せこけた小さな子供の腕を掴み、今にも殴りかからんばかりに怒鳴りつけていた。子供は恐怖で震え、ただ泣いている。その足元には、泥のついたリンゴが一つ転がっていた。*


店主:「このクソガキが! またてめえか! いい加減にしねえと、その腕へし折って奴隷商に売り飛ばすぞ!」


*店主が子供の腕をさらに強く捻り上げた、その瞬間。*


*ガシッ*


*シロウは店主の腕を、背後から力強く掴んで制止した。その握力は、常人のものではない。*


店主:「あんだテメェ!? 関係ねえ奴はすっこんで…」


*怒鳴りながら振り返った店主は、シロウの顔を見て言葉を失った。変装はしているが、その瞳の奥に宿る、絶対的な強者の威圧感に気圧されたのだ。シロウの表情は、氷のように冷え切っていた。*


*シロウの突然の介入に、屈強な店主は驚きと怒りで顔を歪めた。掴まれた腕を振り払おうとするが、まるで鋼鉄の万力で締め上げられたかのようにびくともしない。*


店主:「あんだテメェ!? 関係ねえ奴はすっこんで…」


*怒鳴りながら振り返った店主は、シロウの顔を見て言葉を失った。変装はしているが、その瞳は絶対的な零度の光を放ち、殺意ともいえるほどの静かな怒りに満ちていた。常人ではない。本能がそう告げていた。*


シロウ:「大の大人がリンゴの一つや二つで情けない」


*氷のように冷たい声が、市場の喧騒を切り裂く。その声に含まれた威圧感に、野次馬たちも息を呑んだ。*


店主:「な、なんだと…!? こ、こいつは常習犯なんだ! 見逃してたらキリがねえだろうが!」


*店主は恐怖を誤魔化すように声を張り上げるが、その声は震えていた。シロウは店主の腕を掴んだまま、ゆっくりと力を込めていく。ミシミシと骨が軋む音が聞こえ、店主の顔が苦痛に歪んだ。*


シロウ:「黙れ。二度とその汚い手を子供に向けるな」


*人だかりの外では、レイラがシロウから受け取った二本目の串焼きを頬張りながら、面白そうにその光景を眺めていた。*


レイラ(魔王女):「ふむ…シロウの奴、怒っているな。つまらん盗人騒ぎかと思ったが、少しは楽しめそうだ」


*彼女は串の最後の肉を飲み込むと、事の成り行きを興味深そうに見守り始めた。シロウの怒りがどこへ向かうのか、楽しみにしているようだった。*


*シロウの氷のような声と、尋常ではない握力に、店主は完全に恐怖に支配された。腕を掴まれたまま、冷や汗をだらだらと流している。*


*シロウは店主を睨みつけたまま、掴まれている腕とは反対の手で、震えて泣いている子供の肩を掴んだ。その手は、店主の腕を掴む力とは対照的に、驚くほど優しい。*


シロウ:「おい、坊主。何回目だ?」


*シロウの声は静かだが、逆らうことを許さない響きを持っていた。子供はビクッと体を震わせ、しゃくり上げながらシロウの顔を見上げる。その目には恐怖と、ほんの少しの反抗心のような色が混じっていた。*


子供:「……っ……ご、ごかい…め…」


*か細い声で答えると、子供は再びわっと泣き出した。店主の腕から解放されたい一心で、正直に答えたのだろう。*


*その答えを聞いたシロウは、何も言わずに店主の腕をさらに強く握りしめた。ゴキッ、と鈍い音が響き、店主が悲鳴を上げる。*


店主:「ぎゃああああっ! う、腕が! 腕が折れる!!」


シロウ:「五回も盗みを見逃したのか。お前の危機管理能力はどうなっている。それとも、この子供が盗みをしなければ生きていけない状況を、五回も放置したのか。どっちだ?」


*シロウは感情の読めない声で問い詰める。その言葉は、店主だけでなく、周りで見ていた野次馬たちの心にも突き刺さった。*


*人だかりの外でその様子を見ていたレイラは、ふん、と鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「子供相手に威張り散らす愚か者と、それを放置していた者共か。どちらも同罪だな。シロウの怒りはもっともだ」


*彼女はどこか満足そうに呟き、シロウがどう裁きを下すのか、興味深そうに見守っている。*


*シロウはミシリと音を立てていた店主の腕を、ふっと解放した。突然の解放に、店主は悲鳴を上げて腕を抱え、その場にへたり込む。シロウはそんな店主には目もくれず、しゃがみ込んで子供と視線を合わせた。*


シロウ:「今回は坊主、お前が悪い」


*その声は先程までの冷たさとは違い、静かで、諭すような響きを持っていた。*


シロウ:「盗みは悪いことだ。何故盗んだ?」


*シロウの真っ直ぐな視線に、子供はしゃくり上げながらも、途切れ途切れに話し始めた。その小さな体は恐怖と空腹で震えている。*


子供:「……お、お母さんが…病気で…お腹、すかせてるから…薬買うお金もなくて…お母さん、なにも食べてないから…だから…っ、うわあああん!」


*子供はついに感情の堰が切れたように、地面に突っ伏して大声で泣き出した。その言葉は、市場の喧騒の中でもはっきりと聞こえ、周りで見ていた野次馬たちの中から、同情のため息が漏れる。へたり込んでいた店主も、バツが悪そうに顔を伏せた。*


*この国では、病気や怪我は治癒院で無償で治療を受けられるはずだった。薬も、最低限のものは配給される。その制度から、この親子は零れ落ちていた。その事実に、シロウの纏う空気が再び冷え込んでいく。*


*人だかりの外でその様子を見ていたレイラは、面白そうに口の端を吊り上げた。*


レイラ(魔王女):「ほう…病気の母のため、か。陳腐だが、悪くない理由だ。さあ、私の優しい夫は、この親子をどうする?」


シロウ:「配給はどうした?」


*シロウの問いかけに、子供は顔を伏せたまま、さらに小さな声で答えた。その声は絶望と諦めに染まっている。*


子供:「……はいきゅう…? お母さんが…『聖光教国から来た者は、そんなもの貰えるわけがない』って…言ってた…それに、お役所に行ったら、『アストライアの民じゃないなら、自分でなんとかしろ』って…追い返された…」


*その言葉は、シロウにとって衝撃だった。彼が定めたはずの制度が、末端の役人によって捻じ曲げられ、機能不全に陥っている。しかも、その理由が『元聖光教国の民だから』という、あってはならない差別だったからだ。シロウが目指した、種族や出身を問わない国づくりの理念が、足元から崩されている。*


*彼の全身から、これまでとは比較にならないほどの冷たく、重い怒気が放たれる。その場にいた者全員が、まるで絶対零度の空気に晒されたかのように身動きが取れなくなった。へたり込んでいた店主は泡を吹きそうになり、野次馬たちは恐怖に顔を引きつらせる。*


*人だかりの外にいたレイラだけが、その怒気を心地よさそうに浴びていた。*


レイラ(魔王女):「…ククク…いいぞ、シロウ。そうだ、もっと怒れ。お前の理想を汚す愚か者どもを、根絶やしにしてやれ。私が手伝ってやろうか?♡」


*彼女は楽しげに唇を舐め、シロウの隣へ歩み寄ろうとした。自分の夫が、王としての真の怒りを見せる。その瞬間を、彼女は待ち望んでいた。*


*シロウはゆっくりと立ち上がると、泣きじゃくる子供の頭にそっと手を置いた。*


シロウ:「そうか…悪かったな、坊主。辛かっただろう。もう大丈夫だ」


*その声は子供にだけ届くように、ひどく優しかった。そして、彼は周囲の人間すべてを、凍てつくような瞳で見据える。*


シロウ:「リーシア」


*彼が静かにその名を呼ぶと、人影などどこにもなかったはずの彼の背後から、音もなくメイド長のリーシアが姿を現し、深々と頭を下げた。*


リーシア:「はい、シロウ様。ここに」


シロウ:「役所の奴らを連れてこい」


*シロウの静かな、しかし絶対的な怒りを込めた命令が市場に響き渡る。その場にいた誰もが、彼の纏う凄まじい威圧感の前に身動き一つ取れずにいた。*


リーシア:「かしこまりました。どの部署の者を、どの程度連れてまいりましょうか?」


*音もなく現れたリーシアは、シロウの怒りの原因を瞬時に察し、冷静に、しかし迅速に行動するために必要な情報を確認する。その声には微塵の揺らぎもない。*


*シロウは凍てつくような瞳で、恐怖に顔を引きつらせる野次馬たちを一瞥してから、静かに告げた。*


シロウ:「民生局。責任者から末端まで、一人残らずだ。それと、この子と母親を保護しろ。最高級の治癒院の個室を用意し、最高の食事と治療を。費用は全て俺が持つ」


*シロウは泣きじゃくる子供の頭を優しく撫でる。その手つきは、周囲に放つ威圧感とはあまりにも対照的だった。*


リーシア:「御意」


*リーシアは深々と一礼すると、その姿が影に溶けるように掻き消えた。仕事は既に始まっている。*


*人だかりの外では、レイラが満足げに腕を組み、口の端を吊り上げていた。*


レイラ(魔王女):「ククク…始まったな。役人共の断末魔が今から楽しみだ。シロウ、見せしめだ。全員、広場で首を刎ねてやれ」


*彼女はシロウの隣に寄り添い、彼の怒りを煽るように楽しげに囁いた。*


*それから、それほど時間はかからなかった。市場のざわめきが一度止み、誰もが息を呑んで道を開ける。リーシアを先頭に、顔を真っ青にした十数人の役人たちが、まるで罪人のように兵士に囲まれて引きずられてきたのだ。彼らは何が起きたのか理解できないまま、ただただ恐怖に震えている。*


*リーシアはシロウの前に進み出ると、完璧な所作で一礼した。*


リーシア:「シロウ様。民生局の者共を、局長以下、全員お連れいたしました」


*役人たちは、変装しているとはいえ、その場に跪くリーシアと、尋常ではない怒気を放つシロウの姿を見て、ようやく事態を悟った。自分たちの王が、すぐ目の前にいる。そして、自分たちがその逆鱗に触れたのだ、と。彼らは一斉にその場に土下座し、ガタガタと震え始めた。*


*シロウは腕を組み、氷のような視線で土下座する役人たちを見下ろした。*


シロウ:「リーシアに聞いたな。訳を聞こうか」


*その声は静かだったが、市場の隅々にまで響き渡り、役人たちの心臓を直接鷲掴みにするような重圧を持っていた。*


*役人たちの中から、一番上役と思われる恰幅のいい男――民生局長が、震えながら顔を上げた。その顔は脂汗でぐっしょりと濡れている。*


民生局長:「も、申し訳ございません、シロウ様…! まさか、そのような不手際が起きているとは、つゆ知らず…! こ、これは現場の者が勝手に…!」


*局長は必死に責任を部下になすりつけようとする。しかし、その見苦しい言い訳は、シロウの怒りの炎に油を注ぐだけだった。*


*シロウの隣で、レイラが楽しそうに囁く。*


レイラ(魔王女):「ふふ、見苦しいな。シロウ、まずはあのデブの舌から引き抜いてやれ♡」


*シロウは民生局長の見苦しい言い訳を聞き、鼻で笑った。その目はもはや怒りを通り越し、絶対的な侮蔑に満ちている。*


シロウ:「ほぉ…?この俺に嘘が通じると?」


*シロウがそう呟いた瞬間、進化した『鑑定』――『神眼』の力が発動する。*


シロウ:「神眼。概念魔法『読心術』をスピーカー状態で垂れ流せ」


*直後、土下座している民生局長の頭上から、彼自身の心の声が市場全体に響き渡った。それはまるで、見えないスピーカーから流されているかのようだ。*


民生局長の心の声:『(やばいやばいやばい! なんで王様がこんな所に!? クソッ、あの聖光教国のゴミどもめ、余計なことをしやがって! 俺の懐に入るはずだった配給品を横流しした金が…!バレたら終わりだ! とにかく現場の責任にして…!そうだ、あいつらに全部押し付ければ…!幸い、証拠は消してあるはずだ!)」


*市場に響き渡る下劣な本音。周囲の野次馬たちは呆然とし、そして次第に怒りの表情へと変わっていく。土下座していた他の役人たちも、自分たちの長の思考が暴露されたことに絶望し、顔面蒼白になる。*


*民生局長本人は、自分の心の声が駄々洩れになっていることに気づかず、必死に弁明を続けようと口を開くが、その言葉と心の声のギャップが、彼の罪をより一層際立たせた。*


民生局長:「し、シロウ様! どうかご慈悲を! 私には何の咎も…!」


民生局長の心の声:『(そうだ、泣き落とせ! 同情を引けばあるいは…! この場を乗り切れば、あのガキと母親を始末して口封じを…!)」


*シロウは無言で、氷点下の視線を局長に注ぐ。その隣で、レイラは恍惚とした表情でその光景を眺めていた。*


レイラ(魔王女):「ククク…アハハハ! 面白い! 実に面白いぞシロウ! こいつ、今すぐ八つ裂きにしてやろう!」


*シロウの冷酷な宣告が、静まり返った市場に響き渡る。それは死刑よりも残酷な、この国からの永久追放という判決だった。民生局長の心の声が暴露された今、誰も彼に同情する者はいなかった。*


シロウ:「お前を永久追放する。出てけ。そこの兵士、こいつを国境の外まで送って差し上げろ」


*その言葉に、民生局長は顔を上げた。その顔は絶望と、理解できないという驚愕に染まっていた。*


民生局長:「つ、追放…? し、死刑ではなく…? あ、ありがとうございます、シロウ様! ご慈悲に感謝い、」


*感謝を述べようとした局長の言葉を、シロウは冷たく遮った。*


シロウ:「勘違いするな。お前に生きる価値などない。だが、俺の国をお前の汚れた血で穢したくないだけだ。装備も食料も水も一切持たせず、今すぐ国境の外へ放り出せ。獣の餌にでもなるがいい」


*シロウの言葉に、局長は今度こそ本当の絶望を理解した。この豊かな国から、文字通り身一つで荒野に放り出される。それは緩やかな死刑宣告に他ならなかった。*


民生局長:「ひっ…! い、いやだ! 殺してくれ! いっそ殺してくれぇぇぇ!!」


*彼はみっともなく泣き叫び、シロウに許しを請おうと這い寄ろうとするが、近くにいた兵士二人に両脇をがっちりと固められる。*


兵士:「御意! これより、対象者を国境外へ強制移送します!」


*兵士たちは泣き喚く局長をゴミでも運ぶかのように引きずり、市場から連れ去っていく。その姿が遠ざかるまで、シロウは冷たい視線を送り続けていた。*


*シロウは次に、残されて震えている他の役人たちに視線を移す。彼らは自分たちの運命を悟り、死人のように青ざめていた。*


レイラ(魔王女):「ふん、生ぬるいな。だが、まあ良かろう。それで、残りのゴミはどう処分するのだ? シロウ」


*レイラはシロウの腕に絡みつき、楽しそうに次の裁きを待っている。*


*シロウの冷たい命令に、彼の脳内に直接『神眼』からの情報が流れ込んでくる。それは先程のように声としてではなく、映像と感情の濁流となって、土下座する役人たちの罪を暴き立てていった。*


『(局長が主導していた横流しだ、俺は少し分け前に与っただけだ…!)』

『(聖光教国の奴らなんて人間じゃない、見殺しにして何が悪い!)』

『(ああ、バレてしまった…もうおしまいだ…どうせならあの女も抱いておけばよかった…)』

『(あの子、前に来た時も追い返したな…まさか王様の目に留まるなんて…)』


*シロウの脳裏に、彼らの下劣な思考、職務怠慢、そして弱者への侮蔑が次々と映し出される。一人、また一人と確認していくが、その魂は多かれ少なかれ、腐敗の泥に染まっていた。しかし、その中で一人だけ、明らかに異質な反応を示す若い役人がいることにシロウは気づく。*


*その若い役人は、恐怖に震えながらも、心の内でこう叫んでいた。*


若い役人の心の声:『(やっぱり、こうなったんだ…! 僕が何度も局長に進言したのに…! 聖光教国からの移住者の人たちだって、同じ国の民なのに…! 僕がもっと強く抗議していれば、あの子を助けられたかもしれないのに…! 僕も、見て見ぬふりをした同罪だ…!)』


*彼の心に渦巻いているのは、自己保身や言い訳ではなく、後悔と自責の念だった。*


*シロウは全ての役人の心の中を読み終えると、静かに目を開いた。その瞳には、もはや感情の色はない。ただ、絶対的な王としての決意だけが宿っていた。*


シロウ:「そこの若いの、来い」


*シロウの静かな呼びかけに、土下座する役人たちの中で、一人の若者だけがビクリと肩を震わせた。彼は恐る恐る顔を上げる。その顔は恐怖と、そしてわずかな希望のようなものが入り混じった複雑な色をしていた。シロウが先程、『神眼』で後悔と自責の念を読み取った、あの若い役人だった。*


*周囲の役人たちは、自分ではなかったことに安堵しつつも、次に何が起こるのかと固唾を飲んで見守っている。市場の野次馬たちも、王が次に何をするのか、その一挙手一投足に注目していた。*


若い役人:「は、はいっ…!」


*若い役人は震える声で返事をすると、おぼつかない足取りでシロウの前まで進み出て、再び深く頭を下げてその場に平伏した。彼の背中は小刻みに震えている。*


*シロウはそんな彼を冷徹な目で見下ろす。その瞳の奥の色は、誰にも読み取れない。*


*隣で見ていたレイラが、つまらなそうにシロウに囁いた。*


レイラ(魔王女):「シロウ、そいつは他の者と何が違うのだ? 見たところ、一番弱そうだが。さっさと他の者と一緒に処分してしまえ」


*シロウは自分を呼び出した王を前に、ただただ震えている若い役人を見下ろした。レイラの囁きを意に介さず、彼は静かに、しかし有無を言わせぬ口調で問う。*


シロウ:「言いたいことはあるか?ハッキリ言ってみろ」


*その言葉に、若い役人は顔を上げた。彼の目には涙が浮かんでいるが、それはもはや恐怖だけの色ではなかった。彼は覚悟を決めたように、震えながらも、心の底からの声を絞り出した。*


若い役人:「…っ! 申し訳、ございませんでした…! 私は…局長たちの不正を知りながら、それを止めることができませんでした…! 」

「聖光教国から来られた方々への差別的な扱いを、おかしいと思いながら…見て見ぬふりをしてしまいました…!」

「私が、もっと勇気を出していれば…あの子が盗みをすることも、母親が苦しむこともなかったのかもしれない…! どんな罰でも受けます!」

「ですから…! ですからどうか、あの子とそのお母様だけは…お救いください…!」


*彼はそう叫ぶと、再び額を地面にこすりつけるように土下座した。それは言い訳でも命乞いでもなく、ただただ純粋な贖罪と、民を思う嘆願だった。*


*その言葉を聞き、市場の野次馬たちの中から、同情的な声が上がり始める。シロウは黙ってその姿を見下ろしていた。*


*隣で聞いていたレイラは、意外そうに眉をひそめた。*


レイラ(魔王女):「ほう…? 他のゴミ共とは少し違うようだな。自分の命乞いではなく、他人のための嘆願か。だが、罪は罪だぞ、シロウ」


*レイラはシロウの顔を覗き込み、彼がどう裁定を下すのか、興味深そうに見つめている。*


シロウ:「お前を民生局長代理にする。1ヶ月で復興しろ。これはお前の罪への罰だ。」


*シロウの言葉は、まるで雷のように若い役人の耳を打った。彼は土下座したまま、信じられないというように顔を上げる。罰として死を覚悟していた彼にとって、その命令は予想の遥か外側にあった。*


若い役人:「え……? きょ、局長…代理…? わ、私が、ですか…?」


*彼の声は困惑に満ちている。周りの役人たちも、そして市場の野次馬たちも、王の意外な裁定に息を呑んだ。*


シロウ:「そうだ。お前が後悔しているその手で、お前が見て見ぬふりをした結果を立て直せ。俺は結果しか見ない。一月後、民生局が正常に機能し、全ての民が等しく支援を受けられるようになっていれば、お前の罪は許そう。だが、もし出来なければ…その時は局長と同じ道を辿るか、他の連中の跡を追うか、選ばせてやる」


*シロウの言葉は、希望であると同時に、あまりにも重い責務という名の罰だった。逃げることは許されない。*


若い役人:「……っ!」


*若い役人は、シロウの真意を悟り、その目に再び涙を溜めた。しかし、それはもはや絶望の涙ではない。彼は震える体を叱咤するように、力の限り、額を地面に打ち付けた。*


若い役人:「は、はいっ! この命に代えましても、必ずや…! シロウ様のご期待に応えてみせます!」


*その声には、先程までの弱々しさはなく、覚悟を決めた男の強さが宿っていた。*


*シロウは彼から視線を外し、残された他の役人たちへと冷たい目を向ける。*


シロウ:「さて。残りのゴミだが…」


*その言葉に、役人たちは再び絶望の底に突き落とされ、震え上がった。*


レイラ(魔王女):「ふふ、面白い罰を与えるではないか、シロウ。気に入ったぞ。それで? こいつらはどうする? やはり首を刎ねるのが手っ取り早いと思うが♪」


*レイラはシロウの腕に甘えるように寄り添いながら、残酷な提案を悪びれもなく口にした。*


*シロウは新しく民生局長代理に任命した若者に最後の通告を終えると、再び残された罪人たちへと視線を戻した。その瞳は凍てつき、一切の感情を映していない。彼らの運命は、今、シロウの一存に委ねられている。*


シロウ:「地下牢行きか、処刑、好きな方を選べ」


*その冷酷な選択肢に、役人たちは絶望の悲鳴を上げた。地下牢で先の見えない苦しみを味わいながら生き永らえるか、今この場で苦しみなく(あるいは苦しんで)死ぬか。どちらを選んでも、待っているのは地獄だけだ。*


役人A:「ひぃぃ…! た、助けてくれぇ!」

役人B:「しょ、処刑だけは…! なんでもしますから!」


*彼らはみっともなく泣き叫び、命乞いをする。だが、シロウの心には何も響かない。彼の国を、彼の理想を内側から腐らせようとした者たちに、慈悲をかけるつもりは毛頭なかった。*


*その時、一人の役人が狂ったように叫んだ。*


役人C:「こ、こうなったら、道連れだぁっ!」


*彼は隠し持っていた短剣を抜き放ち、一番近くにいた野次馬の子供に襲いかかろうとした。だが、その刃が子供に届くことはない。*


*ザシュッ*


*一閃の光が走り、役人の腕が肩から切断されて宙を舞う。血飛沫が上がり、役人は一瞬遅れて、腕の無くなった肩を押さえ絶叫した。*


*役人の背後には、いつの間にか影から現れたルミナが、血に濡れたナイフを構えて無表情に立っていた。*


ルミナ:「お兄様に逆らう虫は、死んだ方がいいよ」


*冷たい声でそう告げると、ルミナは抵抗する間もなく役人の首筋にナイフを突き立て、的確に命を刈り取った。ドサリ、と役人の体が地面に崩れ落ちる。*


*その鮮やかすぎる殺戮に、市場は再び水を打ったように静まり返った。*


レイラ(魔王女):「ふん、ルミナの奴め、手柄を横取りしおって。…だが、まあいい。シロウ、こいつらは全員、反逆の意思ありと見て良いだろう? ならば答えは一つだな」


*レイラはシロウを見上げ、その赤い瞳を期待に輝かせながら、残酷な笑みを浮かべた。*


シロウ:「そうか。では、任せる。ここ以外の場所でな。」


*シロウの言葉と共に、周囲の景色が一瞬にして歪む。市場の喧騒と血の匂いが嘘のように消え去り、レイラと生き残った役人たちは、見知らぬ平原へと転移させられていた。緑の草地が広がり、近くには深い森が見える。*


*突然の場所の変化に、役人たちは恐怖と混乱で叫び声をあげることもできない。ただ呆然と周囲を見回すだけだ。*


*一方、レイラは一瞬驚いたものの、すぐに状況を理解し、その唇に狂気的な笑みを浮かべた。*


レイラ(魔王女):「―――ククク、アハハハハッ! そうか、そうだよな! 街の雑魚どもに、この私の素晴らしいショーを見せてやる必要などない! この方が存分に楽しめるというものだ!シロウ、お前の気遣い、実に気に入ったぞ!」


*レイラは高らかに笑い、その手には再び漆黒の短剣が握られていた。彼女の瞳は獲物を前にした捕食者のように、残された役人たちを捉えている。*


*転移させられた恐怖から立ち直った役人の一人が、逃げ出そうと背を向けて走り出す。だが、それは無駄な足掻きだった。*


レイラ(魔王女):「どこへ行く? 鬼ごっこの始まりだな♪」


*楽しげな声を響かせながら、レイラの姿が霞む。次の瞬間には、逃げ出した役人の目の前に回り込んでいた。*


役人:「ひっ…!」


レイラ(魔王女):「まずは足から貰おうか」


*ザシュッ、という鈍い音と共に、役人の両足のアキレス腱が切り裂かれる。悲鳴を上げて崩れ落ちる役人を、レイラは心底楽しそうに見下ろした。*


レイラ(魔王女):「さあ、残りの者ども! お前たちはどうやって私を楽しませてくれる? 泣いて許しを乞うか? それとも、無様に這いずり回るか? どちらにせよ、すぐに楽にはしてやらんぞ♪」


*平原に、絶望した役人たちの悲鳴と、レイラの甲高い笑い声が響き渡った。*

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