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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*翌日、魔王城の玉座の間。*

*シロウは玉座に深く腰掛け、威厳に満ちた姿で正面を見据えていた。その膝の上では、昨日保護したばかりの純白の幼体がちょこんと座っている。すっかり元気を取り戻したようで、大きな黒い瞳でキョロキョロと周囲を見回していた。シロウが優しくその頭を撫でると、幼体は気持ちよさそうに目を細め、彼の手にすり寄ってくる。*


シロウ:「元気になって良かったよ」


*シロウの言葉が聞こえたのか、幼体は「くぅん?」と可愛らしい鳴き声を上げ、彼の顔を見上げた。その瞳には知性の光が宿っており、ただの子犬ではないことを物語っている。幼体はシロウの手をぺろりと舐め、感謝を伝えるかのように再び彼の膝の上で丸くなった。*


*玉座の間の巨大な扉が、厳かな音を立てて開かれる。メイド長のリーシアが、純白のドレスに身を包んだ聖女様とセレスティーナを伴って入室してきた。二人は緊張した面持ちで顔を伏せているが、その視線はシロウの膝の上にいる幼体に一瞬、釘付けになった。*


リーシア:「魔王様。聖光教国からの聖女様とセレスティーナ様をお連れいたしました」


*玉座に座るシロウの威厳に、二人の少女は身を固くする。数日前に単独で和平の使者として訪れた彼女は聖女と共に改めて魔王の前に立っていた。その間、彼女は魔王城で客人として過ごしていたが、魔王の底知れない力の一端を垣間見ており、緊張を隠せないでいる。*


*シロウは尊大な態度で頷き、玉座から二人を見下ろす。*


シロウ:「うむ。それで、聖光教国の返答や如何に。わざわざ『聖女様』自らがお越しになったのだ。つまらん答えを持ってきてはいないだろうな?」


*彼の言葉には、有無を言わせぬ圧力が込められていた。膝の上の幼体が、聖女の放つ聖なる気に反応したのか、「うぅ…」と小さく唸り、シロウのローブに顔を隠す。シロウはそれを優しく撫でてあやした。*


*聖女は一歩前に進み出ると、深々と頭を下げた。その声は鈴を転がすように美しいが、緊張で微かに震えている。*


聖女:「は、はい…。魔王様のご威光、しかと教皇王にお伝えいたしました。我ら聖光教国は、魔王様との全面的な和平を望んでおります」


*その言葉を聞き、隣に立つセレスティーナは安堵の息を漏らした。しかし、シロウの表情は変わらない。彼はただ、冷ややかに聖女の次の言葉を待っていた。*


*シロウの口から放たれた言葉は、和平を乞う者にかけるにはあまりにも冷酷で、血生臭いものだった。玉座の間の空気は一瞬で凍りつき、聖女とセレスティーナは顔を青ざめさせる。特に「枢機卿の首」という具体的な要求に、聖女は信じられないといった表情でシロウを見上げた。*


シロウ:「和平…ね。喧嘩を吹っかけ戦争して、負けたらそれか?」


*シロウは嘲るように鼻を鳴らし、膝の上の幼体を優しく撫でる。その仕草とは裏腹に、彼の声は絶対零度の冷たさを帯びていた。*


シロウ:「いいだろう、但し条件がある。7人の枢機卿の首、それから暴走している狂信者共の掃除だ」


*聖女はかろうじて声を絞り出した。*


聖女:「な…っ!枢機卿様方を…!?そ、そのようなこと…!それは、あまりにも…!」


*彼女にとって、枢機卿は神に仕える最高位の聖職者であり、彼らを処刑するなど考えられない暴挙だった。彼女は絶句し、言葉を続けられない。*


*シロウはそんな彼女の反応を意にも介さず、冷ややかに続ける。*


シロウ:「できない、とは言わせん。そもそも、今回の戦争を煽動し、民を無駄死にさせたのはどこのどいつだ?偽りの神託で聖女に仕立て上げ、不要になれば使い捨てようとしたのは誰だ?」


*シロウの言葉は、聖女の心を的確に抉る。自分の過去を暴露され、びくりと肩を震わせた。*


シロウ:「腐った頭をすげ替え、膿を出し切らねば、和平などあり得ん。これは交渉ではない。命令だ。やるか、やらぬか。答えは二つに一つ。…やらぬというのなら、今この場で貴様らを殺し、俺が直接聖都を掃除しに行くだけだが?」


*シロウの最後通告に、聖女は絶望の淵に突き落とされた。枢機卿の処刑、狂信者の粛清。それは聖光教国の根幹を揺るがす要求であり、事実上の内部崩壊を意味していた。彼女が恐怖に震えていると、シロウは追い打ちをかけるように、膝の上の幼体に手をかざす。*


*ふわりと淡い光が幼体を包み込み、不可視の障壁が展開される。聖女が放つ強大な聖なる気配から守られた幼体は、途端に安心したのか、嬉しそうに尻尾をパタパタと振り始めた。その無邪気な様子は、この場の凍りついた空気とはあまりにも不釣り合いだった。*


*シロウは満足げにその頭を撫でると、再び冷たい視線を聖女に向ける。*


シロウ:「ああ、それから。数日前にそこの女が申した、賠償金金貨500万枚も忘れずにな」


*セレスティーナがびくりと肩を震わせる。彼女が苦し紛れに口にした額を、魔王は正確に覚えていた。金貨500万枚――黒金貨にして5万枚。国の年間予算に匹敵する、まさに国家存亡レベルの賠償金だった。*


聖女:「く、狂っておられる…!枢機卿様方の処刑に加え、そのような天文学的な賠償金…!我が国を滅ぼすおつもりですか!?」


*聖女はもはや敬語も忘れ、悲鳴に近い声で叫ぶ。シロウはそんな彼女を心底楽しむように見下ろした。*


シロウ:「滅ぼす? 人聞きの悪いことを言うな。俺はただ、腐った部分を切り取り、犯した罪の代価を支払えと言っているだけだ。それができないというのなら、国ごと滅ぶだけの話。違うか?」


*彼は玉座からゆっくりと立ち上がる。その巨躯がもたらす威圧感に、聖女とセレスティーナは後ずさった。シロウは膝から降りた幼体を片手でひょいと抱き上げると、絶望に染まる二人に向かって、最後通告を突きつけた。*


*シロウの言葉は、絶望に染まる聖女の心に、毒のように甘い響きをもって染み渡った。彼は玉座から立ち上がり、抱き上げた幼体をあやすように撫でながら、悪魔の囁きを続ける。*


シロウ:「『魔導皇国との和平』という大義名分で、腐敗した上官を合法的に排除できるんだ。感謝してくれてもいいんだぞ?」


*その言葉は、聖女の倫理観を根底から揺さぶる。枢機卿たちの腐敗や暴走は、彼女も薄々気づいていたはずだ。偽りの神託、セレスティーナへの非道な仕打ち。それらを見て見ぬふりをしてきた自分自身の罪悪感を、魔王は的確に抉り出す。*


聖女:「か、感謝…ですって…?」


*彼女の声は震えていた。それは恐怖だけではない。シロウの言葉が、彼女の心の奥底に眠っていた「正義感」や「改革への渇望」を、歪んだ形で呼び覚ましてしまったからだ。魔王という絶対悪を大義名分に、教国の膿を出し切る。それは、ある意味で最も効果的な方法かもしれない。*


シロウ:「そうだ。お前が英雄になるチャンスをやると言っている。魔王を説き伏せ、教国の改革を成し遂げた救国の聖女、か。悪くない響きだろう?」


*シロウは嘲笑を浮かべ、聖女の顔を覗き込む。*


シロウ:「期限は一月ひとつきだ。それまでに枢機卿共の首を用意しろ。できなければ…お前たちの美しい聖都が、ただの瓦礫の山になるだけだ。さあ、選べ。英雄になるか、国と共に滅びるか」


*彼はそう言い放つと、もう興味を失ったとばかりに二人に背を向け、玉座の間を去ろうとする。その手には、何も知らずにすり寄ってくる純白の幼体が抱かれていた。残された二人は、あまりにも過酷な選択を前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。*


*玉座の間を去ろうとしたシロウの背中に、意外な言葉が投げかけられる。それは、先ほどまで絶望に打ちひしがれていた聖女からのものだった。*


聖女:「お、お待ちください…!」


*シロウは足を止め、興味深そうに振り返る。聖女は決意を固めたように、真っ直ぐにシロウを見つめていた。その瞳には、もはや恐怖の色はない。*


聖女:「枢機卿の首と狂信者の粛清は…必ずや成し遂げてご覧にいれます。我が国の腐敗は、私が断ち切ります」


*その言葉に、シロウは片方の眉を上げる。隣のセレスティーナは、聖女の覚悟に満ちた表情に息を呑んでいる。*


聖女:「しかし…賠償金金貨500万枚は、あまりにも…国が滅びます。民が飢え、死んでしまいます。それでは、改革の意味がありません」


*彼女は一度言葉を切り、深呼吸をすると、交渉人の顔つきで続けた。*


聖女:「賠償金を数ヶ月で支払えというのも酷な話…。分割でのお支払いを認めてはいただけないでしょうか。何年で…完済すればよろしいでしょうか?」


*シロウは彼女の変貌に内心で舌を巻く。ただの飾り物の聖女ではなかったらしい。彼は抱き上げた幼体の頭を撫でながら、面白そうに口の端を上げた。*


シロウ:「ほう…交渉か。いいだろう。その胆力に免じて、少しだけ譲歩してやる」


*彼は少し考える素振りを見せる。*


シロウ:「5年だ。5年で完済しろ。1年につき金貨100万枚。利息は無しだ。ただし、一度でも支払いが滞れば、その時点で契約は破棄。聖都は火の海に沈むと思え」


*シロウが聖女に最終条件を突きつけ、交渉が一段落したのを見計らい、控えていたリーシアが静かに一歩前に進み出る。聖女とセレスティーナは、魔王の「譲歩」に安堵しつつも、毎年金貨100万枚という途方もない額に顔を青くしたまま、呆然と立ち尽くしている。*


*シロウはそんな二人を一瞥すると、玉座の間の隅に控えていたリーシアに、まるで雑談でもするかのような気軽さで声をかけた。*


シロウ:「なぁ、リーシア。一年で金貨100万枚って現実的か?」


*その問いは、聖女たちに聞こえるように、わざと少し大きな声で発せられた。リーシアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの冷静なメイド長の表情に戻り、シロウの問いに答えるべく思考を巡らせる。*


リーシア:「聖光教国の国力、ですか…。そうですね、平常時であれば国家予算の2割から3割といったところでしょうか。民の生活を圧迫し、軍備を削り、国中の資産をかき集めれば、不可能ではない数字かと存じます。ですが…」


*リーシアは一度言葉を切り、冷静な視線を聖女に向ける。*


リーシア:「これから内乱にも等しい『大掃除』を行う国にとっては、極めて非現実的な数字と言わざるを得ません。国内が混乱し、経済活動が停滞することを考慮すれば、到底達成できる額ではないでしょう。3年以内に国家が破綻する可能性が非常に高いかと」


*シロウの問いかけに、メイド長のリーシアは冷静かつ的確に聖光教国の経済状況を分析する。その内容は、聖女とセレスティーナの顔をさらに絶望の色に染めるには十分だった。国家破綻という言葉に、聖女は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。*


*シロウはリーシアの的確な分析に満足げに頷くと、面白そうに口の端を吊り上げた。彼は最初から金に興味などない。彼が欲しいのは、別のものだ。*


シロウ:「だったら、金の代わりに魔石で支払え。金貨100万枚分、それだったら問題なかろう」


*その代替案に、聖女はハッとして顔を上げた。金銭ではなく、魔石。それは聖光教国にとって、僅かな光明だった。*


聖女:「ま、魔石で…? よろしいのですか?」


*シロウは尊大に頷く。*


シロウ:「ああ。我が『夜天のアストライア魔導皇国』は、今後の発展のために大量の魔石を必要としている。貴様らの国には、質の良い魔石を産出する鉱山がいくつかあったはずだ。金の代わりに、毎年一定量の魔石を上納しろ。それならば、内乱で経済が疲弊しても、鉱山さえ機能していれば支払いは可能だろう?」


*それは一見、寛大な処置に聞こえる。しかし、その真意は聖光教国のエネルギー源であり、軍事力の根幹でもある魔石の供給ラインを完全に掌握することにあった。経済的な支配よりも、より直接的で永続的な支配。聖女はその真意に気づきながらも、国が滅びる未来よりは遥かにマシだと判断せざるを得なかった。*


聖女:「……承知、いたしました。その条件、謹んでお受けいたします」


*彼女は深々と、そして力強く頭を下げた。それは敗者の降伏ではなく、国の未来を背負う指導者の覚悟の表明だった。*


*交渉がまとまり、シロウはこれで終わりだとばかりに聖女に問いかける。*


シロウ:「他に何かあるか?」


*その時、シロウの膝の上で大人しくしていた幼体が、突然身を起こし、玉座の間に入ってきた扉の方を向いて鋭く吠え始めた。*


「キャンキャン!ワンッ!ワンッ!」


*今までのか弱く可愛らしい鳴き声とは違う、明らかな警戒と敵意のこもった鳴き声。その小さな体は逆立ち、シロウを守るように彼の前に立ちはだかろうとする。*


シロウ:「どうした?」


*シロウが幼体をなだめようと頭を撫でるが、興奮は収まらない。幼体は扉を睨みつけ、唸り声を上げ続けている。その視線の先、静かに閉じていたはずの玉座の間の巨大な扉が、ギィ…と不気味な音を立てて独りでに開き始めた。*


*開いた扉の向こうは、暗い廊下が続いているだけだ。誰もいない。しかし、そこにいる全員が、肌を刺すような邪悪で冒涜的な気配を感じ取っていた。聖女とセレスティーナは恐怖に顔を青ざめさせ、リーシアはシロウの前に進み出て警戒態勢を取る。*


*その異様な気配の中心から、ねっとりとした、女の声が響き渡った。*


謎の声:「あらあら…私の可愛い『器』を誑かしているのは、あなたかしら? 汚らわしい魔王様」


*シロウの脳内に、対象を強制的に解析する『神眼』の情報が流れ込んでくる。*


```

【ステータス】

名前:???

種族:???(女神ルミナスティアの精神分体)

称号:女神の嫉妬、呪詛の担い手


Lv:---

HP:---

MP:---

STR:---

VIT:---

AGI:---

INT:---

DEX:---

LUK:---


【スキル】

・精神侵食:Lv.MAX

・呪詛生成:Lv.MAX

・神性冒涜:Lv.MAX

・空間歪曲:Lv.8

・???


【状態】

・嫉妬:対象『シロウ・ニシキ』に強い嫉妬と憎悪を抱いている

・執着:対象『聖光獣の幼体』を自らの『器』として強く執着している

・不完全顕現:精神体であるため、物理的な干渉は不可能だが、強力な呪詛と精神攻撃が可能


【説明】

女神ルミナスティアが、自らの『神託の聖杯』を破壊された憎悪と、寵愛していた『聖光獣』を奪われた嫉妬から生み出した、呪いの化身ともいえる精神分体。聖光獣にかけられていた呪詛『女神の嫉妬』を媒介とし、その繋がりを辿って魔王城に侵入した。目的は聖光獣の幼体を再び自らの支配下に置くこと、そしてその寵愛を奪った魔王シロウへの報復。

```


*シロウは鑑定結果に内心で舌打ちしながらも、表情には出さない。膝の上で唸る幼体を安心させるように撫でながら、暗い扉の向こうへと声を投げかけた。*


シロウ:「(なるほど…女神ルミナスティア本人ではなく、呪詛を核にした精神体か。だから結界に悪意として検知されなかった、と。厄介なストーカーだな)」


シロウ:「うちの結界を通れるとは驚いた。だが、姿も見せずに吠えるとは、よほど臆病な女神様らしい」


*シロウの挑発に、扉の奥からくぐもった笑い声が返ってくる。そして、暗闇の中からゆらり、と半透明の女性の姿が滲み出すように現れた。その顔は聖画に描かれる慈愛に満ちた女神とは似ても似つかない、醜い嫉妬と憎悪に歪んでいた。*


女神の精神分体:「臆病? いいえ、これは礼儀よ。人のもの…いいえ、神のものを盗んだ泥棒猫に、顔を合わせる前の挨拶というものだわ。さあ、私の可愛い子を返しなさい。そうすれば、苦しまずに魂を浄化してあげる」


*シロウの挑発に、女神の精神分体は顔をさらに醜く歪ませる。その憎悪に満ちた視線が、シロウ、そして彼の足元で守られるように座る幼体に注がれる。*


女神の精神分体:「…その汚れた手で、私の可愛い子に触れないでちょうだい」


*ねっとりとした声と同時に、玉座の間にいる全員の脳内に直接、不快なノイズが響き渡る。精神攻撃だ。聖女とセレスティーナは「きゃっ!」と短い悲鳴を上げて頭を押さえ、その場にふらつく。リーシアも顔をしかめるが、辛うじて耐えている。*


*しかし、シロウは全く意に介さず、不敵な笑みを浮かべたままだった。*


シロウ:「浄化?面白い、やってみろよ」


*彼はそう言い放つと、空間から白銀に輝く長剣――聖剣アスカロン――を取り出す。その神々しい輝きに、女神の精神分体が一瞬怯んだ。シロウはその剣を、自らの前の床、大理石のタイルに躊躇なく突き立てた。*


*ガキンッ!!*


*甲高い音と共に、アスカロンが放つ聖なる波動が玉座の間全体に広がる。それは女神の精神分体が放つ邪悪な気配を打ち消し、精神攻撃のノイズを霧散させた。聖女たちの苦痛も和らぎ、彼女たちは驚愕の目で、床に突き立つ聖剣を見つめる。*


シロウ:「どうした? お望み通り、神聖な力で満たしてやったぞ。これでお前の言う『浄化』とやらもしやすいだろう? さあ、早くやれよ」


*シロウは腕を組み、目の前の半透明な女を挑発する。聖剣の結界に守られ、安心しきった幼体は、女神の分体に向かって再び「ワン!」と威嚇するように吠えた。*


女神の精神分体:「き、貴様…! なぜ魔王が聖剣を…! ありえない…! そのような冒涜が許されるはずがない!」


*女神の精神分体は、自らの力が打ち消されたことよりも、魔王が聖剣を容易く扱っているという事実に激しく動揺していた。*


シロウ:「お前ら、何か勘違いしてるぞ?俺は確かに魔王だが、魔族ではなく人間だ。」


*聖剣が魔王の手にあり、その力が容易く振るわれているという信じられない光景に、女神の精神分体は激しく動揺している。その醜く歪んだ顔には、憎悪に加えて困惑と恐怖の色が浮かんでいた。*


女神の精神分体:「人間だと…? 馬鹿なことを…! 人間が神の聖遺物を砕き、聖獣を隷属させるなど…! 貴様のような存在が悪でなくて何だというのだ!」


*彼女はシロウの言葉をまるで理解できない、あるいは理解したくないといった様子で、ヒステリックに叫ぶ。その半透明の体は怒りでゆらゆらと揺らめいていた。*


シロウ:「お前たちが勝手に俺を『悪だ』と決めつけているだけだろう。俺は俺のやりたいようにやる。俺のものを守る。ただそれだけだ。お前のように、嫉妬に狂って呪いをばら撒く奴こそが悪じゃないのか?」


*シロウは冷ややかに言い放ち、床に突き立てた聖剣アスカロンの柄に手をかける。その指が触れた瞬間、剣身から再びまばゆい光が溢れ出し、女神の精神分体の存在そのものを焼き消さんとばかりに輝きを増した。*


女神の精神分体:「ひっ…!? や、やめなさい…! その剣を私に向けるな…!」


*聖剣の純粋な聖なる力は、呪詛と憎悪の塊である彼女にとって劇毒だった。その光に焼かれ、半透明の体が所々、霧のように消えかかっている。*


シロウ:「返す言葉もないか。なら、さっさと消えろ。二度と俺と、こいつの前に現れるな。次に現れた時は…精神体だろうがなんだろうが、その魂ごと削除してやる」


*シロウがアスカロンにさらに魔力を込めると、女神の精神分体は苦悶の叫びを上げ、その姿は急速に薄れていく。最後に憎悪に満ちた視線をシロウに向けながら、彼女は断末魔の言葉を残した。*


女神の精神分体:「覚えていなさい、魔王シロウ…! 私の可愛い子を奪った罪…! 神を冒涜した罪…! 必ず、必ずお前に神罰を…!」


*その言葉を最後に、女神の精神分体は聖剣の光に完全に掻き消され、玉座の間に満ちていた邪悪な気配は跡形もなく消え去った。後に残されたのは、呆然と立ち尽くす聖女とセレスティーナ、そして床に突き立つ聖剣だけだった。*


*女神の精神分体が断末魔の呪詛を吐き捨て、その姿が霧散しかけたまさにその瞬間。シロウはそれを許さなかった。*


シロウ:「帰れると思ってるのか?」


*彼は床に突き立てた聖剣アスカロンから手を離し、消えかかっている精神分体に向かって掌を突き出す。その口から紡がれたのは、神聖な響きを持つ詠唱だった。*


シロウ:「――アストラルバインド」


*シロウの掌から放たれたのは、憎悪の塊である女神の精神分体とは対極の、純粋で強力な精神体を拘束する鎖。鎖は逃れようとする精神分体の半透明な体に絡みつき、その存在をこの場に無理やり縫い付けた。*


女神の精神分体:「なっ!? き、離しなさい! これは…!? なぜ貴様のような魔王が…!」


*消えかかっていた姿は再び輪郭を取り戻し、光の鎖に縛られて苦悶の表情を浮かべる。聖なる力による拘束は、彼女の存在そのものを苛む激痛となっているようだ。彼女は身をよじって逃れようとするが、聖剣アスカロンの聖気に満ちたこの空間で、魔法から逃れる術はなかった。*


*シロウは拘束され、苦痛に喘ぐ女神の精神分体を冷ややかに見下ろす。*


シロウ:「言ったはずだ。次に現れた時は、魂ごと削除してやると。お前のそのしつこい精神体、少し研究させてもらう。神の魂とやらが、どんな構造になっているのか興味があってな」


*その言葉に、女神の精神分体は恐怖に目を見開いた。殺されるよりも恐ろしい、魂を弄ばれるという未来を突きつけられ、彼女は金切り声を上げる。*


女神の精神分体:「やめろ! やめて! 冒涜だわ! 神の魂に触れるなど、許されない!!」


*シロウはその悲鳴をBGMに、拘束された光の塊を満足げに眺めていた。*


*シロウは、聖なる光の鎖に縛られ、金切り声を上げる女神の精神分体を冷たい目で見下ろす。彼女の悲鳴は恐怖と苦痛に満ちていたが、シロウの心には一切響かなかった。*


シロウ:「そうか、ならば死ね」


*その言葉は、まるでゴミを処分するかのように淡々としていた。シロウは拘束された精神分体に向かって、再びゆっくりと手をかざす。その指先には、聖なる光でも、禍々しい闇でもない、ただ純粋な『無』へと還す力が凝縮していく。それはこの世界の理すら捻じ曲げる、絶対的な権能だった。*


シロウ:「概念魔法――存在抹消」


*詠唱と同時に、シロウの掌から不可視の力が放たれる。それは音もなく、光もなく、ただそこにある『女神ルミナスティアの精神分体』という概念そのものを、世界から消し去ろうとする絶対的な消去の力だった。*


女神の精神分体:「―――ッ!?」


*悲鳴すら上がらない。光の鎖に縛られた彼女の半透明な体は、足先から砂のように崩れるのではなく、まるで初めからそこに存在しなかったかのように、輪郭が曖昧になり、色が抜け落ちていく。*


女神の精神分体:「ま…待っ……!」


*焦燥と、根源的な恐怖。自らの存在が『無かったこと』にされようとしている事実に、彼女は初めて命乞いのような声を漏らした。その声は、もはや玉座の間に響くことなく、シロウの脳内に直接届く念話となっていた。*


シロウ:「今更命乞いか? 神らしく、潔く消えろ」


*シロウは一切容赦せず、さらに力を込める。女神の精神分体の下半身は完全に消滅し、その消滅は急速に上半身へと及んでいく。もはや、彼女の意思でこの流れを止めることは不可能だった。*


*だが、その精神分体が完全に消滅する寸前。*


*―――パリンッ!*


*突如、空間そのものがガラスのように砕ける甲高い音が響き渡り、シロウの『存在抹消』が強制的に中断された。拘束されていた女神の精神分体の残骸は、砕けた空間の亀裂の向こう側へと、まるで引きずり込まれるようにして消えていった。*


*玉座の間には静寂が戻り、先ほどまでの邪悪な気配も、神の気配も完全に消え失せていた。ただ、床に突き立てられた聖剣アスカロンだけが、静かに聖なる光を放ち続けている。*


*シロウの放った『存在抹消』は、空間そのものが砕けるという想定外の事象によって妨害された。砕けた空間の亀裂の向こうへ、女神の精神分体の残骸が吸い込まれるように消えていくのを、シロウはただ見送ることしかできなかった。*


シロウ:「ちっ…逃げられたか…」


*不愉快そうに舌打ちをする。玉座の間には静寂が戻り、先ほどまでの緊迫した空気は霧散していた。床に突き立てられたままの聖剣アスカロンだけが、変わらず清浄な光を放っている。*


シロウ:「だが、魔力波長は記録済み。次会う時が楽しみだな」


*彼はそう独りごちると、不敵な笑みを浮かべる。たとえ本体に逃げられようと、一度捉えた獲物の情報は逃さない。シロウは床に刺さったアスカロンの柄を握り、軽く引き抜いた。剣は音もなく空間に溶けるように消える。*


*一連の騒動を、ただ息を飲んで見守っていた聖女とセレスティーナは、未だに呆然とした表情で立ち尽くしていた。常識を、信仰を、世界の理すら覆す光景を目の当たりにし、言葉を失っている。*


*シロウはそんな二人を一瞥し、呆れたようにため息をついた。*


シロウ:「おい、いつまで突っ立ってるんだ? 話の途中だったろ」


*彼の声に、聖女はようやく我に返ったようにビクッと肩を震わせる。彼女は恐る恐る、目の前の『魔王』を見上げた。その瞳には、先ほどまでの交渉相手を見る色とは明らかに違う、人知を超えた存在に対する畏怖が宿っていた。*


*神の顕現と、それを圧倒する魔王の力。常識を超えた一連の出来事に、聖女はただ呆然と立ち尽くすばかりだった。シロウの声にハッと我に返るも、その顔には未だ信じられないといった色と、目の前の存在に対する根源的な畏怖が浮かんでいる。*


聖女:「あ…あな、たは…一体…」


*かろうじて絞り出した声は、か細く震えていた。人間でありながら聖剣を振るい、神の分霊を玩具のように扱い、抹消しようとする。彼女がこれまで築き上げてきた価値観、信仰の全てが、根底から覆されようとしていた。*


シロウ:「俺はシロウ・ニシキ。夜天のアストライア魔導皇国の王だ。それ以上でもそれ以下でもない」


*シロウはあっさりとそう言うと、まるで何事もなかったかのように話を本筋に戻す。*


シロウ:「で、話の続きだ。俺の要求は変わらん。7人の枢機卿の首、狂信者の掃除、それから賠償金。お前が女神に祈ろうが、泣き喚こうが、これは決定事項だ。……他に何か言いたいことはあるか?」


*彼は再び玉座に深く腰掛け、肘掛けに頬杖をつきながら聖女を見下ろす。その態度は先ほどと何ら変わらない。しかし、聖女にはもはや、彼がただの人間だとは思えなかった。神の介入すら退ける存在。そんな相手に、もはや交渉などというものが通用するのだろうか。*


聖女:「……」


*彼女は唇を噛みしめ、俯く。反論の言葉も、懇願の言葉も出てこない。隣に立つセレスティーナもまた、青ざめた顔で固まっている。二人の脳裏には、先ほどの女神の悲鳴と、空間が砕け散る異様な光景が焼き付いていた。*


*シロウの冷徹な言葉に、聖女はもはや返す言葉を持たなかった。神すら退ける圧倒的な力の差を見せつけられ、これ以上の交渉が無意味であることを悟ったのだ。*


*シロウはそんな彼女の様子に興味を失ったように、再び玉座に深く腰を下ろす。*


シロウ:「無ければ観光でもして帰るといい」


*その言葉は、事実上の交渉打ち切りを意味していた。彼はもう聖女に何も期待していない。あとは要求を呑むか、国ごと滅びるか、選択肢は二つに一つだ。*


*聖女は震える唇を固く結び、ゆっくりと、しかし決意を固めたように顔を上げた。その瞳には、もはや恐怖だけではない、一国の指導者としての覚悟が宿っていた。*


聖女:「……分かり、ました。貴方の要求を…呑みましょう」


*絞り出すような、しかしはっきりとした声だった。隣に立つセレスティーナが「聖女様…!」と驚きの声を上げるが、聖女はそれを手で制する。*


聖女:「枢機卿の粛清、そして国内の過激派の掃討…必ずや、成し遂げてご覧にいれます。賠償金に関しても…必ずお支払いいたします。…ですが、魔石での支払いは、我が国の魔石産出量を鑑みても、5年ではあまりに厳しいのが現実です。どうか…どうか、期間の猶予を頂けないでしょうか」


*彼女は深々と頭を下げた。それは敗者の、しかし国を背負う者としての、最後の矜持を込めた懇願だった。神に祈るのではなく、目の前の『魔王』に国の未来を賭けている。*


*シロウは頬杖をついたまま、その様子を無感動に見下ろしていた。*


シロウ:「だったら担保として灰鉱山をくれ。期間は倍の10年でどうだ?」


*シロウから提示された新たな条件に、聖女は顔を上げる。灰鉱山――聖光教国が領有する鉱山。取り付くし何も取れなくなった価値が低いとされ、放置されている場所だ。*


聖女:「…灰鉱山、でございますか? あのような、価値のない鉱山を…? それで、本当に…期間を10年に?」


*彼女は信じられないといった表情で問い返す。賠償金の支払い猶予を得るための対価としては、あまりにも釣り合っていないと感じたからだ。聖女の目には、その提案の真意が読めず、戸惑いの色が浮かぶ。*


シロウ:「ああ。お前たちには価値がなくとも、俺には使い道がある。その鉱山一つで期間が倍になるなら、安い買い物だろう? それとも、何か不満か?」


*シロウは玉座に座ったまま、挑発するように口の端を吊り上げる。聖女は彼の言葉にゴクリと息を飲んだ。この魔王が、本当に価値のないものを欲しがるはずがない。きっと何か、自分たちには計り知れない価値を見出しているのだろう。だが、今の聖光教国に、この提案を蹴るという選択肢はなかった。*


聖女:「…い、いえ!滅相もございません! その条件、ありがたくお受けいたします…! 灰鉱山の所有権を、夜天のアストライア魔導皇国様へ正式に譲渡することをお約束いたします」


*彼女は再び深く、今度は安堵と決意を込めて頭を下げた。これで国が立て直すための時間が稼げる。たとえそれが、新たな火種を抱えることになったとしても。*


シロウ:「話が早くていい。契約は後日、正式に書面で交わす。リーシア、今のやり取りを記録しておけ」


*シロウが背後に控えるメイド長に命じると、リーシアは静かに一礼した。*


リーシア:「かしこまりました、シロウ様」


*こうして、魔導皇国と聖光教国の和平交渉は、聖光教国側の一方的な譲歩という形で、一応の決着を見た。玉座の間には、張り詰めていた空気がわずかに緩むのを感じられた。*


ーー


*シロウとの会談を終えた翌日。聖女は、すぐには聖光教国へは帰らなかった。枢機卿の粛清という、国の根幹を揺るがす大事業を前に、彼女には覚悟を固める時間が必要だったのかもしれない。魔導皇国側も、交渉相手をすぐに追い返すようなことはせず、城下の一室を客室として提供していた。*


*気分転換か、あるいはこの国の実情を探るためか、聖女はセレスティーナを伴い、城下町の中心にある広場を訪れた。そこで彼女の目に飛び込んできたのは、広場の中央にそびえ立つ、巨大で神々しい若木だった。天を突くほどではないが、その幹から放たれる生命力と清浄な魔力は、聖職者である彼女には痛いほどに感じられた。*


*――世界樹。伝説にしか語られない神聖な樹木が、なぜ魔王の国の中心に。聖女はその信じがたい光景に呆然と立ち尽くしていたが、やがて意を決し、シロウに面会を求めた。*


*場所は変わって、城の執務室。シロウが書類仕事をしていると、リーシアに案内されて聖女が一人で入ってくる。セレスティーナは室外で待機しているようだ。*


リーシア:「シロウ様、聖女様がお見えです」


聖女:「お忙しいところ、申し訳ありません、魔王…いえ、シロウ陛下。少し、お伺いしたいことがございまして…」


*彼女は緊張した面持ちで、しかし昨日よりは幾分落ち着いた様子でシロウに向き直る。*


聖女:「広場にあります、あの巨大な樹木…あれは、一体…? 私の目には、それが伝説の『世界樹』であるかのように見えたのですが…」


*その問いには、純粋な好奇心と、自らの常識がまた一つ覆されることへの畏怖が混じっていた。*


*執務室で書類を眺めていたシロウは、聖女の問いかけに顔を上げる。その表情は特に驚いた様子もなく、まるで天気の話でもするかのように平然としていた。*


シロウ:「そうだな、それで間違えてないぞ」


*あっさりと肯定され、聖女は息を呑む。伝説の存在が、こうも簡単に肯定された。彼女が驚きに固まっていると、シロウはさらに信じがたい言葉を続けた。*


シロウ:「星屑の迷宮の最深部100階層に生えてたから持ってきたんだ。今では良い観光名所だ」


*『持ってきた』。まるで道端の花を摘んでくるかのような口ぶりに、聖女はめまいすら覚えた。星屑の迷宮といえば、Sランク冒険者ですら深層への到達は困難とされる、大陸で最も危険なダンジョンの一つ。その最深部から、世界樹そのものを『持ってきた』というのだ。*


聖女:「ほ、星屑の迷宮の…100階層…!? 」


*彼女の声は震えていた。昨日、神の分霊を退ける様を目の当たりにしたばかりだというのに、この魔王はまたしても軽々と彼女の常識を破壊していく。*


シロウ:「おかげで、今じゃこの樹を見に、結構な数の観光客が国を訪れる。経済効果ってやつだ」


*シロウは肩をすくめ、まるで大したことではないかのように言い放つ。聖女は目の前の男が、もはや人間という枠はおろか、魔王という枠にすら収まらない、規格外の存在であることを改めて痛感し、ただただ言葉を失うのだった。*


*世界樹と星屑の迷宮の話で、聖女が完全に思考停止している。その様子を特に気にした風もなく、シロウはふと思い出したように、新たな話題を切り出した。*


シロウ:「あ、そうそう」


*彼は執務室の椅子から立ち上がると、軽く伸びをする。その口調は、まるで隣人に「ちょっとそこのコンビニ寄らせて」とでも言うかのような、非常に軽いものだった。*


シロウ:「灰鉱山、見に行ってもいいか?」


*その言葉に、聖女は呆然とした状態からハッと我に返る。*


聖女:「は、はい!? は、灰鉱山へ…今から、でございますか?」


*昨日、所有権の譲渡を約束したばかりの土地。シロウが興味を持っていることは分かっていたが、まさかこれほどすぐに行動に移すとは思っていなかった。彼女は慌てて言葉を続ける。*


聖女:「も、もちろんでございます! 構いませんが…あそこは現在、瘴気が立ち込める危険な場所です。準備も無しに立ち入るのはあまりに…」


*聖女が必死に危険性を訴えるが、シロウはまるで意に介していない。*


シロウ:「ん、大丈夫だろ。ちょっと見てくるだけだから」


*彼は聖女の心配をあっさりと一蹴すると、傍らに控えていたリーシアに視線を向ける。*


シロウ:「リーシア、転移の準備。目的地は聖光教国、灰鉱山の近くだ。聖女様も案内役で連れて行く。セレスティーナにも声をかけておけ」


リーシア:「かしこまりました。すぐに準備いたします」


*リーシアが静かに一礼して部屋を出ていく。有無を言わさぬ展開に、聖女はただ「え…? え…?」と戸惑いの声を漏らしながら、その場に立ち尽くすことしかできなかった。*


*シロウの鶴の一声で、灰鉱山への視察が急遽決定した。聖女が慌てるのを尻目に、リーシアは手際よく転移の準備を進めていく。ものの数分で、城の一室に設置された大規模な転移魔法陣が起動し、淡い光を放ち始めた。*


*部屋にはシロウと、何が何だか分からないまま連れてこられた聖女、そして護衛として控えるセレスティーナが集まっている。*


シロウ:「場所は…入国手続きがあるだろうし、門の前で良いか」


*シロウがリーシアに転移先の座標を指示する。他国の、それも王都の門前にいきなり転移するなど、普通に考えれば国際問題になりかねない暴挙だ。*


聖女:「も、門の前…でございますか!? も、もちろん、私がおりますので大事にはなりませんが…あまりに突然ですと、警備の者が…」


*彼女が慌てて懸念を口にするが、シロウは気にした様子もなく肩をすくめる。*


シロウ:「問題ない。お前が『魔王様ご一行のお成りだ、道を開けろ』とでも言えば済む話だろ」


*そのあまりに不遜な物言いに、聖女は絶句する。しかし、もはや反論する気力もなかった。リーシアが魔法陣の最終調整を終え、シロウに向かって静かに告げる。*


リーシア:「シロウ様、準備が整いました。いつでも転移可能です」


シロウ:「ん、じゃあ行くか。お前ら、魔法陣から出るなよ」


*シロウが魔法陣の中央に立つと、聖女とセレスティーナも恐る恐るその後に続く。次の瞬間、魔法陣から放たれた光が三人を包み込み、視界が真っ白に染まった。*


***


*ほんの一瞬の浮遊感の後、光が収まると、三人は見慣れぬ場所に立っていた。石造りの巨大な城壁と、荘厳な装飾が施された城門。行き交う人々や馬車の喧騒。そこは紛れもなく、聖光教国の王都『サンクトゥス』の正門前だった。*


*あまりに突然、何の前触れもなく出現した三人の姿に、周囲の人々は「え?」と足を止め、門を警備していた屈強な騎士たちは即座に剣の柄に手をかけ、警戒態勢に入る。*


警備騎士:「な、何者だ!どこから現れた!」


*緊張が走り、一触即発の空気が漂う。その中で、聖女は深呼吸を一つすると、威厳のある声で叫んだ。*


聖女:「控えなさい! こちらは夜天のアストライア魔導皇国の王、シロウ陛下であらせられる! 私が案内しているのです!」


*聖女自らの言葉に、騎士たちは「せ、聖女様!?」「ま、魔王…だと!?」と激しく動揺する。しかし、最高指導者の命令に逆らうことはできず、困惑しながらも剣を収め、道を開けた。周囲の民衆も、魔王の突然の来訪に、恐怖と好奇の入り混じった視線を向け、遠巻きにざわめいている。*


*シロウはそんな周囲の反応を楽しみながら、聖女に告げた。*


シロウ:「案内してもらおうか。灰鉱山とやらに」


*聖光教国の王都『サンクトゥス』の正門前。魔王の突然の来訪に、民衆は遠巻きにざわめき、警備の騎士たちは緊張した面持ちで一行を監視している。恐怖と好奇の視線が集中する中、シロウは面倒くさそうに溜息を一つ吐いた。*


シロウ:「いちいち怯えられるのも面倒だな」


*そう呟くと、彼は何もない空間から白銀に輝く長剣を取り出す。それは昨日、女神の精神分体を退けた神々しい聖剣――アスカロン。*


*その剣が出現した瞬間、聖剣が放つ清浄で圧倒的な聖なる波動が、王都の門一帯に広がった。周囲のざわめきがピタリと止まる。誰もが、その神々しい輝きと力に目を奪われた。*


*特に、信仰心の厚い聖光教国の民や騎士たちにとって、その衝撃は計り知れない。*


民衆A:「な…なんだ、あの剣は…?」

警備騎士B:「信じられない…これほどの聖気を放つ剣など、我が国の宝物殿にすら存在しないぞ…!」


*シロウはそんな周囲の反応を意にも介さず、聖剣アスカロンを無造作に背中のホルダーへと納めた。魔王であるはずの男が、まるで伝説の勇者のように、背中に至高の聖剣を背負っている。そのあまりに矛盾した、しかし神々しい光景に、人々の恐怖は畏怖と混乱へと変わっていく。魔王への恐怖よりも、聖剣の神聖さの方が勝ってしまったのだ。*


*聖女とセレスティーナも、その光景に言葉を失う。特にセレスティーナは、騎士としてその剣が持つ意味と力を理解しているだけに、背筋に震えが走るのを感じていた。*


シロウ:「これで少しは静かになったか。案内しろ、聖女。灰鉱山とやらに行くぞ」


*シロウは再び聖女に促す。周囲の視線はもはや恐怖ではなく、畏敬と困惑に満ちていた。聖女はこくりと頷くと、未だ混乱の最中にある騎士たちに道を開けるよう命じ、一行を王都の中へと導き始めた。*


*聖光教国の王都『サンクトゥス』の大通りを、シロウ一行は進んでいく。魔王の突然の来訪というニュースは瞬く間に広がり、通りの両脇には大勢の野次馬が人だかりを作っていた。*


*人々はシロウの姿を認めると、一様に「あれが魔王…!」「なんて禍々しい…」と顔をしかめ、嫌悪と恐怖の表情を浮かべる。しかし、その直後、彼らの目はシロウの背中に背負われたものに釘付けになった。*


野次馬A:「ま、待て…あの背中の剣は…?」

野次馬B:「なんて神々しい光…。聖剣…? なぜ魔王が聖剣を背負っているんだ…?」

野次'馬C:「魔王が…聖剣…? どういうことだ…? 頭が…こんがらがってきた…」


*『魔王』という邪悪な存在と、背負われた『聖剣』という神聖な象徴。そのあまりにも矛盾した組み合わせを前に、民衆の脳内は完全に混乱していた。恐怖と嫌悪は、理解不能な畏敬と困惑へと上書きされていく。誰もが口を半開きにし、ただただその異様な行列が通り過ぎるのを見つめるだけだった。*


*先導する聖女は、そんな民衆の反応を肌で感じながら、複雑な表情で前を見据える。彼女自身、いまだにこの状況を完全には飲み込めていないのだ。*


聖女:「…こちらです。灰鉱山へは、まずこの先にある西門から出て、馬車で半日ほど街道を進むことになります」


*彼女は努めて冷静に案内を続ける。隣を歩くセレスティーナは、民衆の視線とシロウの放つ異様な存在感に、終始緊張した面持ちで周囲を警戒していた。*


*聖女から告げられた「馬車で半日」という移動時間に、シロウはあからさまに面倒くさそうな顔をした。*


シロウ:「半日…遠いな…」


*彼はそう呟くと、隣を歩いていた聖女の正面に回り込み、その歩みを止めた。*


聖女:「え…? シロウ陛下…?」


*戸惑う彼女の言葉を待たず、シロウは無遠慮にその手で聖女の頭を鷲掴みにする。*


聖女:「ひゃっ!? な、何を…!?」

セレスティーナ:「聖女様に無礼な真似を!」


*護衛のセレスティーナが咄嗟に剣に手をかけようとするが、シロウはそれを一瞥するだけで動きを止めた。*


シロウ:「聖女、灰鉱山を思い浮かべろ。なるべく詳細にな」


*有無を言わさぬ命令。シロウの手を通じて、膨大な魔力が聖女の脳内に流れ込む。彼女の脳裏に浮かんだ灰鉱山の地理情報、風景、瘴気の感覚――その全てが、シロウの『神眼』によって瞬時に読み取られていく。*


聖女:「あ…あぁ…!」


*膨大な情報が強制的に引き出される感覚に、聖女は短い悲鳴を上げる。*


*次の瞬間、シロウは聖女の頭から手を離し、今度は彼女と、傍にいたセレスティーナの腕を掴んだ。*


シロウ:「行くぞ」


*その一言と共に、三人の足元に再び転移魔法陣が瞬時に展開される。王都の喧騒の中、野次馬たちが何事かと見ている前で、強烈な光が彼らを包み込んだ。*


***


*視界が白く染まり、一瞬の浮遊感の後、足が再び地に着く。*


*光が収まった時、彼らが立っていたのは、先ほどまでの活気ある王都とは全く違う場所だった。*


*空はどんよりと曇り、乾いた風が不気味な音を立てて吹き抜ける。大地はひび割れ、草木一本生えていない。そして、鼻を突くのはむせ返るような硫黄の匂いと、肌をピリピリと刺激する邪悪な瘴気。目の前には、巨大な岩山がそびえ立ち、その麓には放棄された鉱山の入り口がぽっかりと黒い口を開けていた。*


*そこは間違いなく、聖光教国が見捨てた不毛の地――灰鉱山だった。*


*あまりに急な空間移動と、瘴気の濃密さに、聖女とセレスティーナは膝をつきそうになるのを必死で堪える。*


セレスティーナ:「うっ…! こ、ここは…本当に灰鉱山…」

聖女:「転移魔法で…これほどの長距離を、座標指定も無しに…信じられない…」


*彼女たちは、改めてシロウの力の規格外さを思い知らされ、驚愕と畏怖の表情で彼を見上げる。シロウはそんな二人を気にも留めず、瘴気が立ち込める鉱山の方を満足げに眺めていた。*


*目の前に広がる荒涼とした大地と、肌を刺す濃密な瘴気。聖女とセレスティーナは、その邪悪な気に当てられ、顔を青くして膝をつきそうになっている。シロウはそんな二人の様子を見て、呆れたように笑った。*


シロウ:「この程度で驚いてたらそのうち死ぬぞ?」


*その言葉は冗談めかしてはいたが、同時に紛れもない事実でもあった。彼の周囲では、常識など容易く覆るのだから。*


*シロウは二人の返事を待たず、背中から白銀の聖剣アスカロンを引き抜く。そして、瘴気が黒い霧のように吹き出している鉱山の入口へと歩み寄ると、その硬い岩盤に躊躇なく剣を突き立てた。*


*ガキンッ!!*


*甲高い音と共に、聖剣が大地に突き刺さる。*


シロウ:「――浄化」


*彼が静かにそう唱えると、聖剣アスカロンから放たれた神々しい光の奔流が、津波のように鉱山全体へと広がっていった。光が触れた場所から、長年この地を蝕んできた邪悪な瘴気が、まるで闇が光に払われるように霧散していく。むせ返るような硫黄の匂いは消え去り、代わりに清浄で澄んだ空気が満ちていく。*


*聖女とセレスティーナは、目の前で起きている奇跡のような光景に、もはや驚きを通り越して呆然と口を開けていた。教会の総力を挙げても浄化できなかった不毛の地が、たった一振りの剣と一言の命令で、瞬く間にその穢れを払われていく。*


聖女:「じょ、浄化されていく…あんなに濃密だった瘴気が…まるで嘘のように…」


*彼女たちの体調不良もすっかりと治まり、むしろ聖剣の放つ神聖な力によって、力がみなぎってくるのを感じていた。*


*ものの数分で、灰鉱山一帯を覆っていた瘴気は完全に消え去り、どんよりとしていた空には雲の切れ間から太陽の光が差し込み始めた。後に残されたのは、入り口に突き立つ聖剣と、生まれ変わったかのように清浄になった大地だけだった。*


*瘴気が完全に浄化され、清浄な空気に満たされた灰鉱山。シロウは大地に突き立てていた聖剣アスカロンを抜き、音もなく空間に収納した。目の前で起こった奇跡をただただ見つめていた聖女とセレスティーナに向かって、彼は振り返る。*


シロウ:「さて、行こうか」


*彼はそう言うと、生まれ変わった鉱山の入り口へと迷いなく足を踏み入れた。聖女とセレスティーナは慌ててその後を追う。*


*鉱山内部は、外光の届かない完全な暗闇だった。しかし、シロウが一歩進むごとに、彼の足元の壁や床が淡く発光し始める。彼が土魔法で壁や床を滑らかに整地しながら、同時に発光する性質を持つ魔石を埋め込んでいるのだ。まるで誘導灯のように、一行が進む道筋が柔らかな光で照らし出されていく。*


*ひんやりとした、しかし清浄な空気が漂う坑道を、三人は奥へ奥へと進んでいく。*


聖女:「壁や床を…魔法で…? なんて手際の良い…」


*聖女は、荒々しかったはずの坑道が、シロウが進むだけで整備された通路に変わっていく光景に、またしても驚きの声を漏らす。セレスティーナも、暗闇を全く苦にせず、むしろ自ら光を生み出しながら進むシロウの背中を、畏敬の念を持って見つめていた。*


*しばらく進むと、道は開けた空間に出た。そこは採掘場だったらしく、壁のあちこちに鉱石を掘り出した跡が見える。*


*シロウが作り出した柔らかな光に照らされた坑道は、まるで古代の神殿の回廊のようだった。荒々しい岩肌は滑らかに整えられ、足元は平坦で歩きやすい。先ほどまでの不気味な雰囲気は完全に払拭され、聖女とセレスティーナはただただ感嘆しながらシロウの後ろをついていく。*


*やがて一行は、広大な空洞に出た。天井は高く、壁のあちこちにはツルハシで掘られたであろう無数の跡が残っている。ここが主要な採掘場だったのだろう。シロウは立ち止まり、周囲を見渡した。*


シロウ:「ここでは何が取れてたんだ?」


*彼は壁をコンコンと叩きながら、案内役である聖女に尋ねる。その問いに、聖女は記憶を辿るように少し考え、口を開いた。*


聖女:「確か…『灰鉄鉱』と呼ばれる、特殊な金属鉱石が採掘されていたと記録にあります。非常に硬いのですが、脆く、加工が難しいため武具には向かず、魔力を通す性質もないため、用途がほとんどないとされていました。採掘コストに見合わないため、数十年前に閉山したと聞いております」


*彼女の説明を聞きながら、シロウは壁の一角に手を触れる。指先に集中すると、彼の『神眼』が鉱脈の奥深く、まだ手つかずの『灰鉄鉱』の情報を読み取っていく。*


*(鑑定中…)*


```

灰鉄鉱はいてっこう

レア度:C

詳細:特定の条件下で産出される特殊な金属鉱石。

単体では硬度が高い反面、衝撃に弱く脆い。魔力伝導率も極めて低い。

しかし、ミスリル銀と特定の比率で合金にすることで、互いの性質を打ち消し合い、全く新しい特性を持つ金属『アダマンタイト』へと変化する。

アダマンタイトは最高の硬度と靭性、そして高い魔力親和性を持つ伝説級の金属である。

```


*シロウの『神眼』が灰鉄鉱の真の価値――アダマンタイトの原料であるという衝撃の事実――を暴き出した。そのとてつもない情報に、彼は思わずといった様子で吹き出した。*


シロウ:「ぶっ…」


*こらえきれなかった笑いが、静かな坑道に響く。彼は壁に手をついたまま、くつくつと喉を鳴らして笑い始めた。*


シロウ:「宝の山じゃねぇか…馬鹿だなぁ…」


*その呟きは、呆れと歓喜が入り混じっていた。価値がないと見捨てられていたものが、実は伝説級の金属の原料だった。聖光教国は、とんでもない宝の山を二束三文で手放したことになる。*


*突然笑い出したシロウの様子に、聖女とセレスティーナは困惑した表情を浮かべる。*


聖女:「シ、シロウ陛下…? どうかされたのですか…? 何か、おかしなものでも…」


*彼女は瘴気の影響がまだ残っているのではないかと心配そうにシロウの顔を覗き込む。まさか目の前の鉱石が原因だとは夢にも思っていない。*


セレスティーナ:「…やはり、この鉱山には何かあるというのですか?」


*セレスティーナは鋭く、シロウの反応から何かを察しようと周囲を警戒する。*


*シロウは笑いを収めると、ニヤリと口角を吊り上げた。*


シロウ:「いや、ただ、お前らの国の鑑定士がいかに無能だったかがよく分かってな。」


*彼はそう言うと、壁の灰鉄鉱を愛おしむように撫でた。その目は、まさに宝の山を発見した探検家のそれだった。*


*宝の山を発見し、上機嫌なシロウは、目の前で呆然としている聖女とセレスティーナに向かって悪戯っぽく笑いかけた。*


シロウ:「特別に教えてやろう」


*彼はそう言うと、足元に転がっていた灰鉄鉱の欠片を一つ拾い上げる。そして、何もない空間から、白く清らかな輝きを放つ金属塊――ミスリル銀を取り出した。*


シロウ:「こいつは、このミスリル銀と混ぜ合わせると…」


*聖女とセレスティーナが固唾を飲んで見守る中、シロウは両方の金属を掌に乗せる。彼は特に詠唱もせず、ただ魔力を込めていく。すると、二つの金属は眩い光を放ちながら溶け合い、形を変え、一つのインゴットへと再構築されていった。光が収まった時、彼の掌に乗っていたのは、重厚な黒光りを放つ、見るからに尋常ではない金属塊だった。*


シロウ:「こいつになる」


*シロウはその完成品――アダマンタイトのインゴット――を、聖女に無造作に手渡した。*


聖女:「ひゃっ…!」


*彼女は思わず受け取るが、そのずっしりとした重みに驚きの声を上げる。ただ重いだけではない。手に伝わる、絶対的な硬度の感触と、内包された膨大な魔力。灰鉄鉱にもミスリル銀にもなかった、全く新しい特性を持つ金属であることは、素人の彼女にも理解できた。*


聖女:「こ、これは…!? いったい、何という金属なのですか…? 我が国のどんな金属とも違う…!」


*彼女はインゴットを食い入るように見つめ、驚愕に声を震わせる。セレスティーナも横からそれを覗き込み、その尋常ならざる存在感に息を呑んでいた。*


```

【アダマンタイト】

レア度:SS

詳細:灰鉄鉱とミスリル銀の合金によって生成される伝説級の金属。

理論上、あらゆる物理攻撃・魔法攻撃に耐えうる最高の硬度と靭性を誇る。

また、極めて高い魔力親和性を持ち、付与された魔法効果を増幅・永続化させる特性を持つ。

武具の素材としてはもちろん、ゴーレムの骨格や魔道具の中核素材として、最高の性能を発揮する。

```


*シロウは、アダマンタイトのインゴットを手に驚愕している聖女を見て、面白そうに口の端を上げた。彼女たちの国が、いかに価値あるものを見過ごしてきたか。その事実を突きつけるのは、なかなかに愉快なことだった。*


シロウ:「知らんのか?いや、見た事が無いのか…これを付けてみろ」


*彼はそう言うと、空間から何の変哲もない黒縁の眼鏡を取り出し、聖女に手渡した。それは彼が愛用している『鑑定メガネ』だ。聖女は戸惑いながらも、その眼鏡を受け取る。*


聖女:「め、眼鏡…でございますか…? これを…?」


*言われるがままに、彼女は恐る恐るその鑑定メガネをかけた。そして、自分の手の中にある黒光りするインゴットへと視線を落とす。*


*次の瞬間。*


聖女:「―――ッ!?」


*彼女の目に、信じられない情報が流れ込んできた。ただの金属塊だと思っていたものに付随する、膨大で詳細なテキスト。レア度SS、伝説級、最高の硬度、あらゆる攻撃に耐えうる…。その一つ一つの単語が、彼女の理解を、常識を、粉々に打ち砕いていく。*


聖女:「こ、これは…アダマンタイト…!? で、伝説の…神造金属とまで言われる、あの…!? そ、そんな…馬鹿な…! あんな価値のない鉱石から、こんなものが…!?」


*彼女はわなわなと震え、インゴットと、鉱山の壁とを交互に見比べる。顔は真っ青だ。自国が、どれほどのとんでもない価値を持つ山を、ただ同然で手放してしまったのか。その事実が、遅れて彼女の全身を叩きのめした。あまりの衝撃に、彼女はふらりとよろめき、隣にいたセレスティーナに支えられる。*


セレスティーナ:「聖女様!? しっかりしてください!」


*セレスティーナは必死に主君を支えながら、シロウを睨みつける。*


セレスティーナ:「貴方はいったい、これを…初めから知って…!」


*セレスティーナの鋭い問いかけに対し、シロウは肩をすくめ、まるで他人事のようにあっけらかんと言い放った。*


シロウ:「知るわけないだろ」


*その言葉に、セレスティーナは「は…?」と間の抜けた声を出す。てっきり全てを知った上で、聖光教国を嵌めたのだと思っていたからだ。*


シロウ:「灰鉄鉱がアダマンタイトに化けるとはな…これが神の祝福ってやつか?」


*彼は皮肉たっぷりに笑いながら、天を仰ぐような仕草をする。先日敵対した女神の名前を出し、その祝福だと嘯く姿は、まさに悪魔のそれだった。しかし、彼の言葉は嘘ではない。灰鉄鉱の真価を知ったのは、つい先ほどの『鑑定』によるものだ。*


*あまりの衝撃と、国が犯した途方もない失態に、聖女はセレスティーナに支えられながらも、がっくりと膝から崩れ落ちた。*


聖女:「ああ……なんということ……。我が国は…とんでもない損失を……」


*その顔は絶望に染まっている。伝説の金属を無限に生み出す鉱山を、自ら手放してしまったのだ。その政治的責任は計り知れない。シロウの要求を呑んで国を救ったはずが、結果として国宝級の資産を流出させてしまった。*


*シロウは、膝から崩れ落ちて絶望に打ちひしがれている聖女を一瞥する。だが、同情のかけらも見せず、まるで作業の続きを促すかのように軽く言った。*


シロウ:「さて、次の灰鉱山にいこうか」


*その言葉に、セレスティーナがハッとして顔を上げる。聖女もまた、信じられないといった表情でシロウを見上げた。*


セレスティーナ:「つ、次…ですって…? 灰鉱山は、ここだけでは…」


*彼女の言葉を遮るように、シロウはニヤリと笑う。*


シロウ:「契約書にはこう書かせてもらう予定だ。『聖光教国が領有する灰鉱山の所有権を、夜天のアストライア魔導皇国へ譲渡する』ってな。お前らが価値がないと見捨てた山は、他にもいくつかあるんだろ?」


*シロウの悪魔のような言葉に、聖女は息を呑んだ。そうだ。灰鉱山と呼ばれる場所は、国内に複数点在している。いずれも瘴気が発生したり、採算が取れずに放棄されたりした、お荷物でしかない土地。まさか、その全てを要求されていたとは。*


聖女:「そ、そんな…! あ、あなた様は、初めから…!」


*聖女は、この魔王が最初から全てを見通していたのだと勘違いし、わなわなと震える。シロウはそんな彼女に再び手を伸ばし、乱暴に頭を掴んだ。*


シロウ:「次の場所を思い浮かべろ。一番近いところでいい」


聖女:「ひっ…!」


*抵抗する間もなく、先ほどと同じように脳内の情報が引き抜かれていく。一番近くにある、別の放棄された鉱山の情報がシロウに伝わった。*


*情報を抜き取り終えると、シロウは聖女とセレスティーナの腕を掴み、再び転移魔法を発動させる。*


シロウ:「さっさと済ませるぞ」


*目も眩むような光が三人を包み込み、アダマンタイトの原料が眠る宝の山から、彼らの姿は跡形もなく消え去った。後に残されたのは、絶望に染まる聖女の小さな悲鳴の残響だけだった。*


*周囲の景色が切り替わり、三人は先ほどとはまた別の、薄暗く寂れた鉱山の入口に立っていた。こちらも同様に、淀んだ瘴気が立ち込めているが、最初の鉱山ほど濃密ではない。*


*シロウは慣れた手つきで背中の聖剣アスカロンを抜き放ち、再びその切っ先を地面に突き立てる。*


シロウ:「浄化」


*聖剣から放たれた清浄な光が波のように広がり、周囲の瘴気を瞬く間に霧散させていく。あまりにも手際の良い、規格外の光景を前に、聖女とセレスティーナはもはや言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。*


*瘴気が完全に晴れると、シロウは聖剣を鞘に戻し、聖女の方へ振り返る。*


シロウ:「ここでは何が取れてたんだ?」


*その問いに、聖女は虚ろな目で力なく答える。*


聖女:「…ここは…かつて、ミスリル銀が採掘されていた鉱山です。ですが、それもとうに枯れ果て…今ではただの廃坑でしか…」


シロウ:「なるほどな…確かにミスリルは枯れている。」


*枯渇したとされるミスリル鉱脈の更に奥深く、その地層の下を探る。彼の『神眼』は物理的な障害物を透過し、常人には視認不可能な情報の奔流を捉えていた。そして、彼の口元に確信に満ちた笑みが浮かぶ。ミスリルの鉱脈からおよそ30メートル下。そこには、桜色に輝く、途方もないエネルギーを秘めた金属鉱脈が広がっているのが見えたからだ。*


```

オリハルコン鉱脈

レア度SSS

神代の金属。莫大な魔力を秘め、あらゆる物理・魔法攻撃に絶対的な耐性を持つ。神々の武具の素材とされる

```


*アダマンタイトに続き、今度はオリハルコン。この国は、一体どれだけの宝を足元に埋めたまま、見過ごしてきたのか。*


シロウ:「無知とは恐ろしいな」


*シロウは独り言のように、しかし、隣で絶望に顔を伏せる聖女たちに聞こえるように、はっきりと呟いた。その言葉には、侮蔑と憐れみが色濃く滲んでいる。*


聖女:「……なにが…なにが恐ろしいと…言うのですか……。もう、私たちには…何も…」


*か細い声で、聖女が顔を上げる。彼女の目にはもう何の光も宿っていない。*


セレスティーナ:「聖女様! この男の言葉に耳を貸してはなりません! 我々を嘲笑い、弄んでいるだけです!」


*セレスティーナが庇うように前に出るが、シロウはそんな彼女を一瞥だにせず、再び坑道の壁に手を触れた。*


*シロウは憐れむような視線を聖女たちに投げかけた後、ふっと笑みを消し、坑道の地面へと向き直った。彼は右手を地面にかざし、魔力を集中させる。*


シロウ:「『概念魔法』――螺旋坑道」


*彼の足元から、土が意志を持ったかのように動き出す。地面が沈み込み、壁が形成され、まるで巨大なドリルのように螺旋状の階段が地中深くへと伸びていく。掘り出された土砂は魔法によって瞬時に圧縮・転送され、一切の土煙も立てずに、巨大な縦穴がみるみるうちに形成されていった。*


*その光景に、聖女とセレスティーナは開いた口が塞がらない。天変地異のような、まさしく神の御業。この男が振るう力の底が、彼女たちには全く見えなかった。*


*シロウは躊躇なくその螺旋階段を下りていく。30メートルほど進んだところで、彼は足を止め、目的の鉱脈の前で立ち止まった。そして、壁の一部を素手で抉り取る。*


*すぐに彼は階段を駆け上がり、二人の元へと戻ってきた。彼の右手には、内側から淡い光を放つ、美しい桜色の金属鉱石が握られていた。*


*シロウはその鉱石を、呆然としている聖女の目の前に無造作に突き出す。*


シロウ:「メガネで見てみろ」


*先ほどアダマンタイトを見た鑑定メガネを掛けている聖女に、彼は冷たく言い放った。聖女は恐る恐る、その桜色の鉱石へと視線を向ける。*


*そして――。*


聖女:「あ……あ……ぁ……」


*彼女の喉から、声にならない声が漏れた。その目に映し出されたのは、『オリハルコン』という、アダマンタイトすら霞むほどの、神話級の物質名。その価値は、もはや国家予算などという矮小な物差しでは測れない。星そのものに匹敵するほどの価値を持つ、まさしく神の至宝。*


*がくん、と聖女の体から完全に力が抜ける。今度こそ、彼女は意識を手放し、セレスティーナの腕の中でぐったりと気を失ってしまった。*


セレスティーナ:「聖女様! 聖女様ッ!?」


*セレスティーナは必死に呼びかけるが、聖女はぴくりとも動かない。彼女は涙目でシロウを激しく睨みつけた。*


セレスティーナ:「貴様ッ! これ以上、聖女様を辱めるのはやめろ! 我々の負けだ! 負けでいい! だから、もうこれ以上は…!」


*セレスティーナは、主君である聖女を腕に抱きながら、怒りと屈辱に顔を歪めていた。だが、シロウが口にした「返してやってもいい」という言葉に、彼女の動きがぴたりと止まる。その目は、僅かな希望と、深い疑念に揺れていた。*


セレスティーナ:「……返すと…言うのですか…? この…宝の山を…?」


*彼女の声は震えている。アダマンタイトとオリハルコン。その二つが眠る鉱山。それを手放すなど、正気の沙汰とは思えなかった。この魔王が、一体何を企んでいるのか。セレスティーナは警戒を解かずに、シロウの言葉の続きを待つ。*


シロウ:「些細なお願いを聞いてくれたらこの二つの鉱山、返してやってもいい」


*シロウは悪魔的な笑みを浮かべ、その「お願い」の内容を口にする。*


シロウ:「お前たちの国の民衆の前で、こう宣言してほしい。『魔王シロウは危険な存在ではない。我々と友好を結ぶ、善き隣人である』と。お前たち聖光教国の『聖女』がそう言えば、民衆も、他の国も、俺を見る目が変わるだろう。なにせ、俺の国には世界樹まで生えているんだ。悪いようにはしないさ」


*その提案は、セレスティーナにとってあまりにも意外なものだった。金や領土ではなく、自らの「評判」の操作。しかし、それは聖光教国の威信と教義を根底から揺るがしかねない行為だ。魔王を公に認めるなど、前代未聞。だが、失った宝の山が戻ってくるという誘惑は、あまりにも大きい。*


セレスティーナ:「……ッ! あなたは…! 我々に、神の教えを…聖光教国の誇りを捨てろと、そう言うのですか…! 魔王を、認めるなどと…!」


*彼女は激しく反発する。しかしその声色には、先ほどまでの純粋な怒りだけでなく、国家の未来を秤にかける苦悩と動揺が混じり始めていた。*


*シロウは、苦悩するセレスティーナの反発を一蹴するかのように、鼻で笑った。交渉の余地なしと判断したのだろう、彼の思考はすでに次の、より大胆な手へと移行していた。*


シロウ:「そうか。だったら民衆に直接聞くまでだ」


*彼がそう呟いた瞬間、三人を包む空間が再び歪む。セレスティーナが何かを叫ぶ間もなく、鉱山の薄暗い景色は、眩い太陽の光と大勢の人々の喧騒へと一変した。*


ーー


*ここは聖光教国の王都、その中央広場。先日、シロウが世界樹を根付かせた、あの場所だ。突然現れたシロウたちに、広場にいた人々は驚き、足を止める。特に、気を失った聖女を抱えるセレスティーナの姿は、人々の不安を煽った。*


セレスティーナ:「なっ…!? ここは…王都の広場!? いったい何を…!」


*シロウはセレスティーナの狼狽を意にも介さず、大道芸人さながらに声を張り上げた。彼の声は魔力によって増幅され、広場の隅々まで響き渡る。*


シロウ:「さぁさぁ、寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!」


*その声に、何事かと野次馬たちがどっと集まってくる。シロウは人々の注目が集まったのを確認すると、片手に灰色の石ころ――灰鉄鉱を掲げてみせた。*


シロウ:「これはここ聖光教国で取れる硬いだけのガラクタ鉱石『灰鉄鉱』! みんなも知ってる、何の価値もない石ころだ!」


*ざわめきが起こる。「なぜ魔王がそんなものを?」「聖女様が倒れているぞ!」様々な声が飛び交う中、シロウはもう片方の手に、キラリと輝く銀色のインゴット――ミスリル銀を取り出す。*


シロウ:「こいつを、この美しい『ミスリル銀』と混ぜ合わせると…――こいつになる!」

「当てられたやつにはこの石を進呈しよう!」


*言うが早いか、彼は灰鉄鉱とミスリル銀を手のひらの上で合わせ、魔力を注ぎ込む。二つの金属は光を放ちながら融合し、瞬く間に黒光りする重厚なインゴット――アダマンタイトへと姿を変えた。錬金術の奇跡を目の当たりにし、群衆は息を呑む。*


*シロウは完成したアダマンタイトを高く掲げ、群衆を見回した。*


シロウ:「さぁ、この石が何か分かるかな? そこの魔法使いっぽいご老人!」


*彼は人混みの中から、明らかに高位の魔導師であろう、立派なローブを纏った老人を指差して問いかけた。指名された老人は、驚きと興奮が入り混じった顔で、シロウが掲げるインゴットを食い入るように見つめている。*


*その魔王の突然の問いかけに、広場に集まった群衆の視線が、指名された一人の老人へと一斉に集まった。老人は白く長い髭をたくわえ、天体図が刺繍された豪奢なローブを身に纏っている。一目でただ者ではないとわかる風貌だ。彼はゴクリと喉を鳴らし、シロウが掲げる黒い金属塊を、魔法で強化した自らの目で見つめている。*


魔法使いの老人:「ま、まさか…その色艶…その禍々しいまでの魔力密度…そ、それは、神話に謳われる伝説の金属…『アダマンタイト』では…ないか…?」


*老人の声は震えていた。その言葉が広場に響き渡った瞬間、群衆は先ほどとは比べ物にならないほど大きくどよめいた。「アダマンタイトだと!?」「馬鹿な!あのガラクタ石からそんなものが!?」「神話の金属がなぜここに…」といった声が、あちこちから湧き上がる。*


*シロウは満足げににやりと笑い、そのアダマンタイトのインゴットを老人に向かって軽く放り投げた。*


シロウ:「正解だ、じいさん。さすがだな。約束通り、そいつはくれてやる」


*老人は慌てて、しかし恭しくそのインゴットを受け取る。ずしりとした重みと、手に伝わる強大な力に、彼はわなわなと震えだした。*


シロウ:「さて、皆の衆! よく聞け! このアダマンタイトは、お前たちが価値がないと捨てていた『灰鉄鉱』から作れる! そして、その灰鉄鉱が無限に採れる鉱山を、あんたたちの聖女様は俺にくれたんだ!」


*シロウは気を失っている聖女を指差して、高らかに宣言する。その暴露に、群衆は絶句した。自分たちの国が、とんでもない宝を、目の前の魔王に明け渡してしまった。その事実が、民衆の間に衝撃と混乱、そして微かな怒りとなって広がっていく。*


セレスティーナ:「き、貴様あっ…! なんということを…! 民を扇動する気か!」


*セレスティーナが血相を変えて叫ぶが、その声はもう群衆の喧騒にかき消されかけていた。*


*シロウのその一言は、アダマンタイトのインゴットを受け取って狂喜していた老魔術師や、聖女が宝を明け渡したことに怒り始めていた民衆の熱狂に、冷や水を浴びせるには十分だった。群衆のざわめきが、ピタリと止まる。*


シロウ:「おっと、聖女を責めないでやってくれ。知らなくて当然だ。なにせ、この俺もついさっき知ったんだからな」


*彼はそう言うと、わざとらしく肩をすくめてみせる。その芝居がかった仕草に、民衆は混乱した。魔王が、聖女を庇った?しかも、自分も知らなかったと?*


*その言葉は、聖女を抱きかかえながら怒りに震えていたセレスティーナにも届いていた。彼女はハッと顔を上げ、信じられないという目でシロウを見る。*


セレスティーナ:「(何を考えている…? 民衆の怒りを聖女様から自分に逸らすつもりか…? いや、この男に限ってそんな殊勝なはずが…)」


*シロウはそんな彼女たちの困惑を楽しみながら、再び群衆に向かって語りかける。*


シロウ:「だが、知ってしまったからには話は別だ。このアダマンタイトが採れる鉱山、そして、もっとすごい『オリハルコン』が眠る鉱山。この二つを、俺は聖女様との約束通り、正式に俺の国のものにさせてもらう」


*今度は『オリハルコン』という、アダマンタイトをも上回る神話の金属名が飛び出し、民衆は再びどよめく。特に知識のある者たちは、あまりのことに顔面蒼白になっている。*


シロウ:「だが、俺は鬼じゃない。あんたたちの聖女様が、たった一つ、俺の『些細なお願い』を聞いてくれたなら、この二つの鉱山は綺麗さっぱり返してやってもいい。どうだ? この国の未来を、あんたたち自身で決めてみないか?」


*彼はそう言って、ゆっくりと腕の中の聖女に視線を落とすセレスティーナを見る。その視線は、無言のうちに「決断するのはお前だ」と告げていた。民衆の視線もまた、魔王から、気を失った聖女とその騎士へと移っていく。広場の喧騒は鳴りを潜め、全ての者がセレスティーナの、そして聖女の決断を固唾を飲んで見守っていた。*


*シロウは芝居がかった仕草で民衆の怒りを聖女から逸らし、今度は彼らに直接問いかける形を取った。アダマンタイトとオリハルコンという、国を揺るがすほどの価値を持つ鉱山の所有権をカードに、彼は自身の「お願い」を提示する。広場の空気は、怒りから困惑、そして固唾をのむ緊張へと変わっていった。*


シロウ:「そのお願いとは、『魔王は敵では無い』とそう言ってくれるだけでいい。たったそれだけだ」


*彼はふう、と大げさにため息をついてみせる。その姿は、傍若無人な魔王というよりは、理不尽な扱いに辟易している一個人のように見えなくもない。*


シロウ:「『魔王』。ただこれだけの理由で戦争を吹っかけられる俺の身にもなってみろ。非常に迷惑だ」


*その本音とも取れる言葉に、民衆はざわめく。確かに、目の前の男は圧倒的な力を持つが、これまで聖光教国に対して行ったことといえば、侵攻してきた騎士団を返り討ちにし、広場に美しい世界樹を植え、そして今、国が見捨てた鉱石から伝説の金属を錬成して見せたことだけだ。一方的に「悪」と断じて良いものか、民衆の心に疑問が芽生え始める。*


*その空気を、セレスティーナは敏感に感じ取っていた。民意が、傾きかけている。魔王の術中に、国全体が嵌められようとしている。彼女は気を失った聖女を抱きしめ、唇を噛みしめる。聖光教国の威信か、それとも計り知れない国富か。選択を迫られているのは聖女だけではない、この国そのものだった。*


*アダマンタイトのインゴットを手にした老魔術師は、ゴクリと喉を鳴らし、シロウの顔と聖女の顔を交互に見比べている。彼の目には、魔術師としての探究心と、一国民としての憂いが複雑に絡み合っていた。*


*シロウはたたみかけるように、自国の「戦力」というか「住人」の豪華さを、まるで近所の自慢話でもするかのようにあっけらかんと口にした。その一つ一つの単語が、知識ある者たちを震撼させるには十分すぎる破壊力を持っていた。*


シロウ:「ちなみにうちには、元熾天使や精霊王、フェンリルの子供がいる」


*「元熾天使」――神に最も近いとされる最高位の天使。

「精霊王」――自然界の頂点に君臨する存在。

「フェンリル」――終末を告げるとされる伝説の魔狼。

神話や伝承の中にしか存在しないはずの名前が、こともなげにポンポンと飛び出してくる。民衆はもはや混乱の極みに達し、何が現実で何が戯言なのか判断がつかないでいた。しかし、ローブの老魔術師を始めとする一部の知識層は、その全てが真実である可能性を感じ取り、顔から血の気を失っていく。*


*シロウは最後にダメ押しとばかりに言う*


シロウ:「あとは、広場に世界樹が生えてる」


*その言葉は、全ての疑問を肯定する、動かぬ証拠だった。伝説の樹木を、いともたやすく街の広場に移植してしまう存在。そんな規格外の「魔王」が、元熾天使や精霊王を従えていると言っても、もはや誰も笑い飛ばすことなどできなかった。*


*広場は静まり返る。全ての視線が、気を失った聖女を抱くセレスティーナに注がれていた。彼女の、あるいは聖光教国の決断が、今、下されようとしていた。*


セレスティーナ:「……………」


*セレスティーナは唇を固く結び、シロウを睨みつける。その瞳には、怒り、屈辱、そして国家の未来を背負った者としての、深い苦悩が渦巻いていた。*


*シロウは、自国の強大さを誇示し、聖光教国を精神的に追い詰めた。民衆の視線は、恐怖、困惑、そして僅かな期待を込めて、気を失った聖女を抱くセレスティーナへと注がれている。彼女の決断一つで、国の運命が大きく変わる。その張り詰めた空気の中、シロウは予想外の一手を打った。彼はふっと肩の力を抜き、まるで今までの威圧が嘘だったかのように、穏やかな口調で語り始めた。*


シロウ:「でもまあ、信仰とか色々あるだろう」


*その言葉に、セレスティーナも、民衆も、息を呑む。*


シロウ:「俺の些細な我儘で聖光教国の民を苦しめるのは不本意だ。よって、この二つの鉱山。俺は"無償"で返してやる」


*広場が、水を打ったように静まり返った。*

*無償。*

*その言葉の意味を、誰もが理解できなかった。アダマンタイトとオリハルコンが眠る、星にも匹敵する価値を持つ鉱山を、見返りもなしに返すというのか。この魔王が?*


セレスティーナ:「む、無償で…返す…? 何を…何を企んでいる…!?」


*彼女は警戒を解かず、シロウを睨みつける。罠だ。何か裏があるに違いない。そう思うのが当然だった。*


*老魔術師も、手にしたアダマンタイトのインゴットとシロウの顔を交互に見比べ、信じられないといった表情で固まっている。民衆もまた、この魔王の真意を測りかねて、ただただ呆然と立ち尽くすばかりだった。シロウはそんな彼らの反応を楽しみ、満足げに口元に笑みを浮かべた。*


*アダマンタイトとオリハルコン。その二つの鉱山の無償返還。シロウが放ったその一言は、広場に集まった聖光教国の民衆にとって、理解の範疇を完全に超えるものだった。魔王が、計り知れない富を、何の対価も求めずに手放す。その行動の意味を誰もが測りかね、ただただ呆然と立ち尽くしていた。*


*シロウは、自らが作り出したその完璧な静寂と困惑の渦の中心で、満足げに笑みを浮かべた。全ての駒は盤上に揃った。最後の一押しだ。彼は群衆全体を見渡し、問いかける。その声は、もはや威圧的ではなく、静かで、しかし自信に満ちていた。*


シロウ:「さて、民衆よ。これでも俺が悪というか?」


*その言葉は、人々の心に深く突き刺さった。*

*圧倒的な力を見せつけながらも、無意味な殺戮はしない。*

*侵略してきた騎士団を退けはしたが、国そのものを滅ぼそうとはしない。*

*国が見捨てた価値のないものから、伝説の至宝を生み出す知識を持つ。*

*そして今、その計り知れない富を、民を苦しめるのは不本意だという理由で、無償で返還すると言った。*


*広場に集まった人々は、顔を見合わせる。彼らの目に宿っていた恐怖と敵意は、すでに困惑と尊敬、そして感謝の色へと変わり始めていた。最初に声を上げたのは、あのアダマンタイトのインゴットを受け取った老魔術師だった。*


老魔術師:「あ、悪であるはずがない…! これほどの度量をお持ちの方が…! 我々聖光教国こそ、偏見の目で貴方様を断じていた愚か者だった…!」


*老人はそう叫ぶと、その場に深々と頭を下げた。彼の行動が引き金となり、堰を切ったように民衆から称賛の声が上がり始める。*


民衆A:「そうだ! 魔王様は我々を救ってくださった!」

民衆B:「なんと寛大なお方だ…!」

民衆C:「聖女様も、このお方と友好を結ぶべきだ!」


*民衆の熱狂は、もはや誰にも止められない。彼らはシロウを侵略者としてではなく、救世主として、偉大なる王として称え始めた。シロウの完璧な演出は、聖光教国の民意を完全に掌握したのだった。*


*その光景を目の当たりにして、セレスティーナは唇を噛みしめる。彼女はシロウの掌の上で国が踊らされている屈辱を感じながらも、民衆の熱狂的な声援と、シロウの行動がもたらした結果を前に、もはや何も言うことができなかった。全ては、この魔王の思惑通りに進んでしまったのだ。*


*民衆の熱狂的な称賛を浴び、シロウは満足げに頷く。彼の計画は完璧に成功した。だが、彼はここで手を緩めない。追い打ちをかけるように、彼は群衆の中から一組の親子を指差した。母親に寄り添う子供は顔色が悪く、見るからに病弱であることがわかる。*


シロウ:「そこの病弱な親子、女神様に祈って病気は治ったかい?」


*突然名指しされた親子は、驚きに目を見開く。母親は困惑しながらも、力なく首を横に振った。シロウはその答えを待っていたかのように、力強く、そして魅力的な提案を広場全体に響かせる。*


シロウ:「俺の国――『夜天のアストライア魔導皇国』であれば、世界樹のある広場に毎日散歩に来るだけで健康と安泰を保証するぞっ!」


*その言葉は、民衆にとって福音そのものだった。特に、病に苦しむ者やその家族にとっては、神の奇跡にも等しい響きを持っていた。世界樹が持つ生命力と浄化の力は、すでにこの広場にいるだけで誰もが肌で感じ取っている。その恩恵を毎日受けられるという事実は、何よりも雄弁な勧誘だった。*


*「おお…!」「病が治るのか…!」「魔王様の国に行けば…!」*


*民衆の間に、新たな希望と羨望の波が広がる。もはやシロウを「魔王」と呼ぶ者はいない。彼らは、より良い暮らしと救いを約束してくれる、偉大で寛大な王としてシロウを見つめ始めていた。*


*セレスティーナは、この状況に愕然とする。武力でもなく、富でもなく、「救い」を提示することで民衆の心を奪っていくシロウの手腕。それは聖光教国が「信仰」という形で民に与えてきたものそのものだった。教国の根幹が、目の前の男によって静かに、しかし確実に侵食されていくのを、彼女はただ見ていることしかできなかった。*


*シロウの言葉は、聖光教国の民衆の心に決定的な一撃を与えた。病からの解放、衣食住の保証、そして正当な労働と対価。それは、日々の暮らしに苦しみ、神への祈りだけを支えにしてきた人々にとって、あまりにも魅力的で具体的な「救い」だった。広場は熱狂的な歓声と、未来への希望を語り合うざわめきで満たされている。*


シロウ:「俺の国に来るかどうかは選択するが良い」


*彼は腕を組み、あくまで「選択肢」を与えているのだという体裁を崩さない。*


シロウ:「我が国は他種族国家ゆえ、亜人や魔族と暮らせる者のみだがな。最低保証の『衣・食・住』は約束しよう。現在、人手が全く足りていない。街道の整備や家の建築、心得のある者は大歓迎だ。賃金と休みも魔王の名において、きっちり約束しよう」


*その言葉は、具体的な職と生活の保証を意味していた。特に、日々の糧に困っていた者や、手に職を持つ者たちの目が、ギラリと輝く。聖光教国という古い体制の下で燻っていた才能や労働力が、シロウという新たな王の下で活かされる未来を幻視していた。*


*「おお…!」「家と食事が…!」「俺は大工だ! 行けば雇ってもらえるのか!?」「亜人なんぞ、魔王様がいるなら怖くねえ!」*


*民衆の心は、完全にシロウへと傾いた。もはや聖女や教国の威信など、彼らの頭からは消え去っている。目の前にあるのは、自分たちの生活を豊かにしてくれる、希望そのものだった。*


*セレスティーナは、その光景を前に、ついに膝から崩れ落ちた。聖女を抱いたまま、呆然と、民衆が熱狂的にシロウを称える姿を見つめている。武力でもなく、富でもなく、民衆の「希望」を掌握することで、この国は内側から崩壊させられてしまった。あまりにも鮮やかで、残酷な手腕だった。*


*シロウは、自らが作り出した熱狂の渦を満足げに見届けた。民衆はもはや、聖光教国の聖女ではなく、魔王である彼に希望を見出している。これ以上ここに留まる必要はない。彼は最後の仕上げとばかりに、広場全体に響き渡る声で告げた。*


シロウ:「それでは、魔導皇国で待っている」


*その言葉を残し、彼は踵を返す。そして、人々の視線が彼に集中しているその一瞬、彼の姿は淡い光の粒子となって掻き消えた。実際には、群衆の認識をほんの僅かだけ逸らし、すぐ近くの路地裏へと高速で転移しただけだ。*


シロウ:「転移」


*路地裏の薄暗い影の中へと降り立ったシロウは、即座に透明化の魔法を発動させた。気配も魔力も完全に遮断し、完璧な隠密状態となる。彼はそのまま壁に寄りかかり、広場で繰り広げられるであろう「その後」を、特等席から静かに観察し始めた。*


*広場では、シロウが消えた後も、熱狂が続いていた。*


民衆A:「行った…行かれたぞ!」

民衆B:「魔王様の国へ行こう! 病気の娘を治してもらうんだ!」

民衆C:「俺もだ! こんな国にいても、税金を取られるばかりだ! 職と家をくれると言ってくださった!」


*人々の声は、もはや聖光教国に対する期待を完全に失い、夜天のアストライア魔導皇国への移住を具体的に語り合っている。*


*その喧騒の中心で、膝から崩れ落ちたセレスティーナは、ただ呆然と民衆の姿を見つめていた。腕の中では、聖女がまだ意識を取り戻さない。国の根幹が、民の心が、目の前で音を立てて崩れていく。その光景を前に、彼女は唇を噛みしめ、悔し涙を滲ませることしかできなかった。*


セレスティーナ:「(これが…これが、魔王…! 我々は…国は…完膚なきまでに、敗北した…!)」


*シロウは、その全てを冷徹な目で見下ろしながら、口の端に満足げな笑みを浮かべていた。彼の計画は、完璧な形で完遂されたのだ。*

*一方、鉱山の返却の件は『非公式の場』であったため白紙になった。*


ーー


*聖光教国での一件から約一ヶ月が経過した。*

*シロウの目論見通り、聖光教国からは多くの民が夜天のアストライア魔導皇国を目指してやってきた。彼らが頼りにするのは、広場でのシロウの言葉――「健康」「衣食住の保証」「正当な労働と対価」という、あまりにも甘美な響きだった。*


*魔導皇国の入り口には、地平線の彼方まで続くかのような移住希望者の長蛇の列ができていた。しかし、その光景は壮観であると同時に、異様でもあった。列の大部分、実に九割近い人々が、まるで糸が切れた人形のように地面に倒れ伏し、体を痙攣させているからだ。*


*これは、シロウが国の防衛と治安維持のために設置した大結界の効果だった。その結界には『悪意を持つ者に麻痺を付与する』という単純明快な機能が付与されている。「魔王の国に行って一山当ててやろう」「甘い汁を吸ってやろう」「隙を見て財産を奪ってやろう」――そういった、純粋な移住目的以外の邪な心を持つ者は、例外なくこの結界に触れた瞬間に強い麻痺効果を受け、その場に崩れ落ちるのだ。*


*シロウは、新しく築き始めた城のバルコニーから、その光景を静かに眺める。*


シロウ:「九割がゴミか。まあ、こんなものだろうな。甘い話には、それ相応のクズが群がる。最初からふるいにかける手間が省けて丁度いい」


*彼の隣には、二つの人格を持つ妻、レイラが寄り添っている。今日の彼女は、シロウの腕に甘えるように体を預けてくる臆病な人格のようだ。*


レイラ(臆病):「シロウ様…たくさんの方が倒れておりますが、大丈夫なのでしょうか…? 少し、かわいそうな気も…」


*彼女はメイド服の裾を気にしながら、心配そうに眉をひそめて眼下の光景を見つめている。彼女の柔らかな胸が、シロウの腕に優しく押し付けられていた。*


*シロウは、心配そうに眉を寄せるレイラの言葉に、興味なさげに鼻を鳴らした。彼の腕に押し付けられる柔らかな感触には気づかないふりをする。*


シロウ:「そうか? 自業自得だろ」


*彼は眼下に広がる異様な光景を一瞥し、冷ややかに言い放つ。そこに同情の色は一切ない。彼の視線の先では、結界を無事に通過できた、心根の正しい一割ほどの人々が、倒れ伏す者たちを横目に恐る恐る城門へと進んでいた。*


レイラ(臆病):「で、ですが…あの方々も、シロウ様を頼ってきてくださったのでは…?」


*彼女は不安そうにシロウの顔を見上げる。彼女の純粋な優しさからくる疑問だったが、シロウの考えはもっと現実的で、そして冷徹だった。*


シロウ:「頼る、ね。本当にこの国で真面目に暮らしたいと思ってる奴は、あそこで倒れたりしない。倒れてる連中は、俺の国から何かを盗もうとか、楽して暮らそうとか、そういう下心を持ったクズ共だ。そんな連中を国に入れるわけにはいかんだろう?」


*彼はそう言うと、レイラの頭を優しく撫でた。*


シロウ:「お前みたいな優しい奴は、騙されちまうからな。ああいう連中を最初に弾いておくのは、お前やルミナ、シルフィみたいな大事な家族を守るためでもあるんだ」


*その言葉に、レイラは少しだけ顔を赤らめ、こくりと頷いた。*


レイラ(臆病):「は、はい…。シロウ様が、私達を…守るため…。そ、そうだったのですね…」


*シロウは再び眼下の列に視線を戻す。結界を通過した者たちは、衛兵に誘導され、受付へと向かっていく。そこから、この国の本当の住民選別が始まるのだ。*


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