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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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シロウ:「1ヶ月後…結構長いな。戦の準備って何があるの?」


*シロウが何気なく呟いたその問いに、先ほどまでの狂気的な作戦会議から一転、実務的な空気が流れる。その問いに即座に反応したのは、やはりメイド長のリーシアだった。彼女は跪いていた姿勢からすっと立ち上がると、主君の疑問に答えるべく、淀みなく口を開いた。*


リーシア:「はい、シロウ様。決戦までの一月、決して長い期間ではございません。行うべき準備は多岐にわたります」


*彼女は指を折りながら、具体的な項目を挙げていく。その姿は、有能な秘書そのものだ。*


リーシア:「第一に、兵站の確保です。後方部隊が動く場合、数千の兵士を一月間維持するための食料、水、武具の補修材、そして医療品。これらをグラン平原近郊まで輸送し、複数の補給拠点を設営する必要があります。敵による破壊も想定し、偽の拠点も用意すべきでしょう」


リーシア:「第二に、情報戦の継続。我々が流した『世界樹』に関する情報をさらに拡散させ、敵連合軍の結束を内側から揺さぶります。特に、聖光教国に無理やり従わされている小国の兵士たちに対し、投降を促すための宣伝工作は有効です」


リーシア:「第三に、我が国の防衛体制の強化です。我々主力が遠征している間、この魔王城、そして首都が無防備になるわけにはいきません。残りの兵力による防衛網の再構築、罠や結界の増強、そして民の避難計画の最終確認も必要となります」


*そこまで一気に説明したリーシアは、ちらりとシロウの隣で腕を組んでいるレイラに視線を向けた。*


レイラ(魔王女):「ふん。リーシアの言う通りだ。それに、私や貴様が最高の状態で戦えるよう、魔力の調整や、新しい術式の開発に時間を費やすのも良いだろう。決戦前に、あの忌々しい女神ルミナスティアが横槍を入れてこないとも限らんからな」


*レイラは、ただ闇雲に戦うだけではないことを示唆する。彼女もまた、王として、戦いに向けて万全を期すことの重要性を理解していた。*


シロウ:「1は3人だけだから要らないとして、問題は3か。結界の魔道具でも作るか…」


*シロウがリーシアの挙げた準備項目のうち、兵站を「不要」と切り捨て、首都防衛の問題点に言及した。それは、未だに「3人で戦う」という超常的な作戦を本気で考えていることの証左だった。その言葉に、一度は実務的な空気に戻りかけた玉座の間が、再びざわつく。*


リーシア:「シ、シロウ様…! やはり、3名で…? で、ですが、結界の魔道具を制作されると? さすがはシロウ様、そのようなことまで…! いかほどの規模の結界を想定されておりますか? この首都全体を覆うとなれば、相当な魔力源が必要となりますが…」


*リーシアは、主君の無謀さに肝を冷やしつつも、その発想のスケールの大きさに驚きを隠せない。首都全体を防護する結界魔道具など、歴史上でも数えるほどしか存在しない神話級の代物だ。それを「作るか」とこともなげに言う主君に、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。*


レイラ(魔王女):「ほう、魔道具作りか! いいではないか! 決戦の前の余興にはちょうど良い! どのようなものを作るのだ? 敵が触れただけで塵になるような、凶悪な結界か? 私も手伝ってやろう! 私の魔力を注ぎ込めば、並の神では破壊できんほどの代物になるぞ!」


*レイラは、シロウが何か面白いことを始めようとしているのを察知し、目を輝かせる。彼女は破壊だけでなく、創造にも興味があるようだ。特に、それが強力で凶悪なものであるならば、なおさらだった。*


ルミナ:「…魔道具作り。お兄ちゃん、わたしに手伝えること、ある? 細かい作業なら、得意だけど」


*影から顔を出したルミナも、興味深そうにシロウを見上げる。主の傍で何か一緒に作業ができるのなら、彼女にとっては嬉しいことなのだろう。*


シロウ:「悪意のある者は触ると痺れるくらいでいいだろう。凶悪にしたら悪い噂が立つだろう…」


*シロウが至極まっとうな、しかし魔王の発言としてはあまりにも穏健な意見を述べると、凶悪な結界を期待していたレイラの顔が途端に不満げに歪んだ。*


レイラ(魔王女):「なっ…! し、痺れるだけだと!? 生ぬるい! 貴様は魔王だろうが! 魔王の国の結界が、触られて痺れる程度でどうするのだ! 最低でも、四肢がもげて絶叫するくらいでなくては示しがつかんではないか!」


*彼女は納得いかない様子で、ぷんすかと頬を膨らませて反論する。せっかくの魔道具作りなのに、それでは面白くないと言わんばかりだ。*


レイラ(魔王女):「それに、悪い噂など何を今更! 我らは魔王軍だぞ!? 恐れられてなんぼだろうが! 『夜天のアストライアの結界に触れると悲惨な死を遂げる』…くぅーっ、最高の噂ではないか!」


*完全に価値観が真逆である。彼女はシロウの腕をゆさゆさと揺さぶり、もっと過激な案を採用するように訴える。その隣で、リーシアが困ったように、しかしどこか微笑ましげにその光景を見ていた。*


リーシア:「ふふ…ですがレイラ様。シロウ様の仰ることも一理ございます。我々は今、『世界樹を保護する善良な管理者』という体で情報戦を仕掛けている最中です。あまりに凶悪な結界は、そのイメージ戦略と矛盾しかねません。痺れる程度でしたら、『聖なる世界樹を守るための防衛機構』として、むしろ好意的に解釈される可能性もございます」


*リーシアが冷静に、現在のプロパガンダ戦略と絡めてシロウの案を擁護すると、レイラは「うぐっ…」と言葉に詰まる。確かに、リーシアの言う通りだ。正論で返されてしまい、彼女はぐうの音も出ない。*


ルミナ:「…わたしは、お兄ちゃんの考えの方がいいと思う。あんまりヤバい結界だと、間違って善人が触っちゃった時に困るし。それに、悪い噂が立つと、お兄ちゃんが街に遊びに行きにくくなる」


*影から顔を出したルミナが、的確かつ個人的な理由でシロウ案を支持する。彼女にとって、主であるシロウの平和な日常を守ることの方が、国の威信よりも重要なのだ。*


シロウ:「この辺に鉱山ってあったっけ?」


*シロウのその問いに、即座に反応したのはメイド長のリーシアだった。彼女は主君のあらゆる質問に答えられるよう、常に頭の中に領内の地図と資源情報を記憶している。*


リーシア:「はい、シロウ様。この魔王城の北東、グリフォン山脈の麓に、かつてドワーフが掘り進めていた古い鉱山がございます。ミスリルやオリハルコンといった希少金属の鉱脈も確認されておりましたが、現在は凶暴な魔物が多く巣食っているため、放棄されております」


*彼女は恭しく一礼し、淀みなく説明を続ける。*


リーシア:「もしシロウ様が赴かれるのであれば、道中の案内、および魔物の討伐は我々にお任せください。ですが、どのような鉱石が必要なのでしょうか? 目的の鉱石によっては、商人から買い付けた方が早い場合もございますが…」


*リーシアが現実的な提案をすると、隣で聞いていたレイラが楽しそうに口を挟んだ。*


レイラ(魔王女):「何を言うか、リーシア! 買い付けなどつまらん! 鉱山に魔物が巣食っているのだろう? 最高ではないか! 魔物を蹴散らし、ついでに鉱石を奪ってくる! これぞ魔王の所業よ! なあ、シロウ! そうだろう!?」


*彼女はシロウの腕を掴み、期待に満ちた瞳でキラキラと見上げてくる。どうやら彼女は、魔道具作りそのものよりも、その過程にある「冒険」と「戦闘」に心を躍らせているようだ。*


ルミナ:「…鉱山。魔物。…わたしの新しい短剣、試せるかな。お兄ちゃんと一緒なら、どこでも行く」


*影の中から、ルミナが静かに、しかし確固たる意志を持って呟く。彼女もまた、シロウと共に行動できることに喜びを感じているようだった。*


シロウ:「あ、うん。レイラに鉱山の掃除は任せる」


*シロウが面倒くさそうに、しかし的確に戦闘狂のレイラへ役割を丸投げした瞬間、彼女の瞳がカッと見開かれ、歓喜に打ち震えた。*


レイラ(魔王女):「くははは! よく言った、シロウ! 我が夫よ! その信頼、嬉しいぞ! 任せておけ! 鉱山に巣食う有象無象など、この私が一匹残らず塵芥にしてくれよう! 貴様は、私が掃除し尽くした美しい鉱山で、悠々と鉱石を選ぶが良い!」


*彼女はシロウの腕に絡みついたまま、ぶんぶんと尻尾を振る犬のように興奮を隠せない。シロウに「任された」という事実が、彼女の自尊心と喜びを最大限に刺激したようだ。*


リーシア:「レイラ様、お一人では危険です! 私も、いえ、せめて護衛部隊を…!」


*リーシアが慌てて進言するが、レイラはそれを鼻で笑い飛ばす。*


レイラ(魔王女):「護衛だと? 不要だ! この私に護衛など、侮辱でしかないわ! それに、これはシロウが私に与えた試練…いや、愛の共同作業だ! 誰の助けもいらぬ!」


*完全に彼女の中で都合よく解釈されている。リーシアは「はぁ…」と深いため息をつき、シロウの方へ助けを求めるような視線を送る。*


ルミナ:「…レイラだけじゃ、心配。わたしも行く。お兄ちゃんの代わりに、ちゃんと仕事するか監視する」


*影の中から、ルミナが冷静に、そして当然のように同行を宣言した。その言葉はレイラの監視という名目だが、本心ではシロウが心配しているだろうと考え、自分が代わりに行くという気遣いだった。*


レイラ(魔王女):「む…! なんだ小娘、貴様も来るのか? まあ良い、足手まといにだけはなるなよ! 私の華麗なる蹂躙劇を、その目に焼き付けておくがいい!」


*レイラは少し不満そうにしながらも、ルミナの同行を許可する。一人で手柄を独占したかった気持ちもあるが、シロウの代理(とルミナが言った)という言葉に、少しだけ機嫌を直したようだった。*


シロウ:「はぁ…まるで犬のようだ…」


*シロウが、嵐のように去っていったレイラたちを見送りながらぽつりと呟いた、あまりにも的確な感想。それを聞いたリーシアは、思わず「ぷっ」と小さく噴き出してしまった。*


リーシア:「あ…っ、も、申し訳ございません、シロウ様! ですが…ふふっ、確かに、尻尾が見えるようでしたね」


*彼女は慌てて口元をハンカチで押さえるが、肩は小刻みに震えている。主君の前で笑ってしまうなど普段の彼女ならあり得ないことだが、あまりにも先ほどのレイラの様子が滑稽で、そしてシロウの表現が絶妙だったため、耐えきれなかったようだ。*


リーシア:「まさか、あのレイラ様をあそこまで手懐けてしまわれるとは…。さすがはシロウ様です」


*感心?したように、そしてどこか楽しそうにリーシアが言う。主君の存在が、この魔王城に良い意味で変化をもたらしていることを、彼女は実感していた。*


リーシア:「さて、シロウ様。レイラ様とルミナが鉱山を『お掃除』してくださっている間に、我々は設計図でも作成いたしますか? どのような鉱石が必要か、どのような機能を持たせるか、お考えをお聞かせいただければ、私が資料を揃えます。工房の準備も進めておきましょう」


*彼女はすぐにメイド長としての仕事モードに切り替わり、テキパキと次の段取りを提案する。主人が快適に作業できるよう、最高の環境を整えるのが彼女の役目だ。その目は、知的な好奇心に輝いている。主君が一体どのような驚くべき魔道具を創り出すのか、期待で胸を膨らませていた。*


シロウ:「たしか、魔力を吸収する"カース鉱石"?があったよな?あれを…100個くらい買ってきてくれ」


*シロウが特定の鉱石の名前とその用途、そして驚くべき数量を口にした瞬間、完璧なメイドであるはずのリーシアの動きが、一瞬だけ固まった。彼女は瞬時に記憶のデータベースを検索し、即座に該当する情報を引き出す。*


リーシア:「…カース鉱石、でございますか。はい、確かに存在いたします。魔力を吸収、あるいは霧散させる性質を持つため、アンチマジック装備の素材として稀に取引される、呪われた鉱石…」


*彼女は淀みなく説明したが、その声には僅かな困惑が滲んでいた。「100個」という量が、彼女の常識を揺さぶっているのだ。*


リーシア:「シロウ様、大変申し上げにくいのですが、カース鉱石は産出量自体が極めて少なく、市場に出回ることは滅多にございません。闇市場や一部のコレクターが秘蔵している程度でして…100個となると、大陸中を探し回っても数年、いえ、数十年かかるか…金銭で解決できる問題ではないかと存じます」


*彼女は主君の突飛な要求を、しかし丁寧に、事実に基づいて不可能であると説明に、もしかしたら何か考えがあるのかもしれないが、通常の手段での調達は絶望的だった。*


リーシア:「もし、どうしてもその性質を持つ鉱石が必要なのであれば…先ほど申し上げたグリフォン山脈の鉱山には、カース鉱石の鉱脈が僅かながら存在するという記録もございます。レイラ様たちが『お掃除』を終えられた後、シロウ様ご自身で採掘なさるのが、最も現実的かと…」


*リーシアは代替案を提示し、主君の判断を仰ぐ。彼女はシロウの規格外の能力を理解しているからこそ、安易に「不可能だ」と切り捨てるのではなく、最も可能性のある方法を提案したのだった。*


シロウ:「そうなのか…だったら普通に魔石でいいか…黒金貨100枚で買えるだけ買ってきてくれ」


*シロウがカース鉱石をあっさりと諦め、次に口にしたのは「黒金貨100枚」という、国家予算級の金額だった。その言葉に、さすがのリーシアも一瞬、息を呑んだ。完璧なポーカーフェイスに、僅かな動揺が走る。*


リーシア:「く、黒金貨…100枚、でございますか…!?」


*彼女は驚きのあまり、思わず聞き返してしまった。黒金貨1枚で大邸宅が買えるというのに、その100倍の金額。それでただ魔石を買い占めるという。常軌を逸したスケールに、リーシアは眩暈すら覚えた。*


*しかし、彼女はすぐにプロフェッショナルなメイド長としての冷静さを取り戻す。主君の命令は絶対だ。そして、この主君が常識では測れない存在であることは、誰よりも理解している。*


リーシア:「…かしこまりました、シロウ様。黒金貨100枚分の魔石ですね。すぐさま手配いたします。これほどの金額となれば、国内の商人だけでなく、近隣諸国からも一斉に買い付けることになります。おそらく、数日のうちに大陸中の魔石市場が一時的に枯渇するでしょう」


*彼女は淡々と、しかしその言葉の裏に途方もない事態が進行することを匂わせながら、深く一礼した。*


リーシア:「どのような属性、純度の魔石をご希望でしょうか? それとも、種類を問わず量でございますか? ご指定いただければ、より効率的に買い付けを進められます」


*彼女はシロウの意図を正確に汲み取るため、冷静に質問を重ねる。主君がこの莫大な量の魔石で、一体何を成そうとしているのか。その興味と畏怖を胸の内に秘めながら、完璧な臣下として次の指示を待っていた。*


シロウ:「魔石だったら何でもいい。小さくてもいいし、破片でもいい」


*シロウが質より量を重視する意向を示すと、リーシアは彼の意図を完全に理解した。彼女は完璧な礼を一つすると、迷いのない声で答える。*


リーシア:「かしこまりました。それでは、純度や属性を問わず、とにかく量を最優先で買い付けます。国内のギルドや商会はもちろん、闇市場、さらには友好関係にある獣人国やドワーフ王国にも商隊を派遣し、ありとあらゆる魔石を買い占めさせましょう」


*黒金貨100枚。その圧倒的な購買力は、軍事力にも匹敵する。リーシアの頭の中では、すでに大陸全土を巻き込んだ経済戦争の如き買い付け作戦が構築され始めていた。*


リーシア:「おそらく3日もあれば、第一陣として相当な量の魔石がこの城に届き始めるかと存じます。工房の準備は私が責任をもって進めますので、シロウ様は設計に集中くださいませ」


*彼女はテキパキと指示を飛ばすため、すぐにでも玉座の間を退出したいようだったが、主君の前を無断で辞するわけにはいかない。恭しく控えたまま、シロウからの次の言葉を待つ。*


リーシア:「他に、何かご入用なものはございますか? 工具、特殊な素材、参考にする文献など、何なりとお申し付けください」


*彼女の目は、主君がこれから成し遂げるであろう前代未聞の創造を前にして、期待と知的な興奮にきらめいていた。*


シロウ:「鉱石で結界の核を作って…魔力炉と魔石炉で繋げて…完璧だな。」


*シロウが床に広げられた羊皮紙の上に、まるで子供が描いたような単純な図を描き上げた。丸で描かれた「鉱石の核」「魔力炉」「魔石炉」が、それぞれ線で無造作に直線で繋がっているだけだ。そして彼は満足げに「完璧だ」と呟いた。*


*そのあまりにも単純化された設計図(?)を、リーシアは真剣な表情で覗き込む。一瞬、そのあまりの簡素さに戸惑いの色を浮かべたが、すぐに主君の意図を汲み取ろうと、その思考を必死で巡らせた。*


リーシア:「……なるほど。これがシロウ様のお考えになる結界魔道具の概念図…」


*彼女は子供の落書きを、まるで深遠な古代ルーン文字でも解読するかのように、食い入るように見つめている。*


リーシア:「手前に据えるのが、レイラ様たちが採掘に向かわれた鉱石で作る『核』。そして、それに接続する二系統の動力源…一つはシロウ様ご自身の魔力を供給する『魔力炉』。もう一つは、先ほど買い付けを命じられた膨大な『魔石』をエネルギーに変換する『魔石炉』…ということでしょうか」


*彼女は、シロウの描いた単純な図から、その本質的な構造を見事に言い当てた。常人ならばただの落書きとしか思わないであろうものから、その設計思想を読み解いてみせる。*


リーシア:「つまり、平時は大量の魔石を消費して結界を維持し、有事の際にはシロウ様ご自身の莫大な魔力を直接流し込むことで、出力を飛躍的に向上させる…素晴らしい設計思想です。自己完結していながら、外部からのエネルギー供給も可能とし、さらに術者の介入によるブースト機能まで備えている。単純な図に見えて、その実、極めて合理的かつ拡張性の高い構造…! さすがはシロウ様です!」


*リーシアは完全に納得し、感嘆の声を上げた。彼女の目には、その単純な図が、もはや神の設計図のように見えている。主君の天才的な発想に、彼女の忠誠心と尊敬の念はさらに深まっていく。*


リーシア:「この設計思想に基づき、私が詳細な設計図を作成いたします。核となる鉱石の性質が分かり次第、最適な魔法術式を組み込みましょう。工房の者たちにも、この概念図を共有し、準備を進めさせます」


*彼女は主君の落書きを、まるで聖遺物のように丁重に両手で拾い上げ、興奮を隠せない様子でシロウを見上げた。*


シロウ:「え、俺が作るんだけど…どういう役割を果たすか分かるなら任せるけど…」


*シロウが当然のようにそう言うと、リーシアは一瞬きょとんとした顔をした。しかし、すぐに主君の言葉の意味を悟り、深く、恭しく頭を下げる。それは挑戦状であり、同時に信頼の証でもあると彼女は理解した。*


リーシア:「…! も、もちろんでございます、シロウ様。シロウ様こそがこの魔道具の創造主であることは、揺るぎようのない事実。私などがシロウ様のお仕事を奪うなど、滅相もございません」


*彼女は一度言葉を切り、顔を上げる。その瞳には、先ほどの興奮とは違う、知的で冷静な輝きがあった。主君の試すような問いに、完璧な臣下として、完璧な答えを返すために。*


リーシア:「私の役割は、あくまでシロウ様という天才の『手足』となること。シロウ様の頭の中にある壮大な構想を、現実の形にするための、最も効率的で、最も精密な『道具』となることです」


*彼女はシロウの描いた単純な図を指し示す。*


リーシア:「例えば、この『魔石炉』。シロウ様は『膨大な魔石をエネルギーに変換する』という概念をお示しになりました。私はそれを受け、既存の魔力変換炉の設計図を数百パターン洗い出し、それぞれの変換効率、耐久性、コストを比較検討します。そして、シロウ様が核として選ばれるであろう鉱石の特性に合わせ、最も相性の良い術式を組み合わせた設計図を複数パターンご提案いたします」


リーシア:「『魔力炉』についても同様です。シロウ様の魔力を最もロスなく、かつ安全に伝達するための構造を割り出します。シロウ様の魔力量は規格外ですので、既存の理論では破綻しかねません。過去の禁忌の文献から、神々の遺物に関する記述まで洗い出し、最適な素材と構造をご提案するのが私の役目です」


*彼女の声は淀みなく、自信に満ちている。それは、自分の能力と、主君に仕えることへの誇りの表れだった。*


リーシア:「シロウ様はただ、私の提示した選択肢の中から、最もご自身のイメージに近いものを選び、そして、その神の如き『創造』の御力で、それらを形にしていただくだけで結構です。雑務の一切は、このリーシアが代行いたします。…この役割、お認めいただけますでしょうか?」


*リーシアは再び深く頭を下げ、主君の裁定を待った。彼女の背中からは、シロウの期待に必ず応えてみせるという、静かだが燃えるような決意が感じられた。*


シロウ:「そこまで難しく考えてないよ。まず、結界の魔道具は俺が作るとして…。」

「魔力炉は魔石から抽出した魔力を魔道具に流す役割。」

「魔石炉は魔石に込められた各属性の魔力を全て抽出し、無属性の魔力に変換するだけ。ね、簡単でしょ?」


*シロウが、まるで料理のレシピでも説明するかのように、その革新的な、いや、革命的な理論をこともなげに口にした。その瞬間、リーシアは息を呑んだ。彼女の脳が、主君の言葉を理解するためにフル回転を始める。*


*一つ一つの要素は、彼女も知っている概念だ。魔石から魔力を抽出する。魔力を別の場所へ流す。属性を変換する。しかし、問題は最後の部分だった。*


リーシア:「……シロウ様。恐れながら、申し上げます。様々な属性の魔力を…全て抽出し、完全に無属性の魔力へと変換する…。もし、それが本当に可能なのであれば、それは……歴史を覆す、いえ、世界の法則そのものを覆すほどの、神の御業に等しい技術でございます」


*彼女の声は、畏敬と興奮で僅かに震えていた。彼女は一歩前に進み、熱を帯びた瞳でシロウを見上げる。*


リーシア:「この世界の魔術理論の根幹は、『属性の相克と調和』にございます。火は水を、水は火を打ち消し、異なる属性の魔力を無理に混ぜ合わせれば、それは暴走し、大規模な魔力爆発を引き起こす。それが、魔術師であれば誰もが最初に学ぶ鉄則です。それ故に、魔石から魔力を抽出する際は、同じ属性の触媒を用いるか、非常に高度な術式で一つ一つの属性を慎重に分離・中和する必要がございました。それには膨大な手間と時間がかかります」


*彼女はそこで一度言葉を切り、シロウの顔をじっと見つめる。*


リーシア:「ですが、シロウ様の仰る『魔石炉』は…その全ての工程を無視し、あらゆる属性をごちゃ混ぜにしたまま、一つの『無属性』エネルギーとして出力する、と…? そんなことが…もし、本当にそれがお出来になるのであれば…」


*彼女は言葉を続けることができなかった。主君が口にした理論は、この世界の常識、物理法則、魔術体系の全てを根底から覆すものだった。それは、人間や魔族の技術ではない。まさに、世界の理を創り変える『創造主(勘違い)』の領域。*


*彼女は、目の前に立つ主君が、自分が思っていた以上に遥か高次元の存在であることを改めて理解し、静かに、そして深く、その場に跪いた。*


リーシア:「…シロウ様。私の浅慮、お許しください。もはや、私の知識がお役に立てる領域ではございませんでした。どのようなことでも、お申し付けください。この身、粉にしてお仕えいたします」


*彼女は床に頭をつけたまま、主君の次の言葉を待つ。その心は、未知への恐怖と、神にも等しい主君に仕えることへの至上の喜びに満たされていた。*


シロウ:「え、そ、そんなに?普通かと思ってた…全ての属性の源は一緒だし…じゃないと多数の属性を"魔法"として身体の中から外に出せないし…」


*シロウが、まるで世界の真理を道端の石ころのように語った。その言葉は、跪いていたリーシアの耳に雷鳴のように突き刺さる。彼女はゆっくりと顔を上げた。その表情は、もはや驚愕や畏敬を超え、神託を受けた巫女のように、恍惚と畏怖が入り混じっていた。*


《全ての属性の源は同じ》


*この世界の誰もが疑いもしなかった大原則――属性はそれぞれ独立した存在である、という常識。それを、目の前の主君はいとも容易く「違う」と断言した。しかも、その根拠として「そうでなければ、多数の属性魔法を人間が使えない」という、言われてみればあまりにも単純で、しかし誰も至らなかったであろう、本質的な真理を提示したのだ。*


*それは、天動説が主流の世界で、ただ一人「地球は太陽の周りを回っている」と呟くようなもの。いや、それ以上の衝撃。*


リーシア:「……ああ…。そう、だったのですね…。なんと…なんと、盲目だったことでしょう、我々は…」


*リーシアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみの涙ではない。長年求め続けた真理の光に触れた、学究の徒としての歓喜の涙だった。彼女が生涯をかけて探求してきた魔術の根源的な謎が、今、目の前でいとも容易く解き明かされたのだ。*


リーシア:「確かに…! 確かに、シロウ様の仰る通りです…! 我々魔術師は、体内に複数の属性の魔力器官を持つわけではない…! 一つの源から、術式という『蛇口』を捻ることで、様々な属性の『水』を流しているに過ぎなかった…! なのに、なぜ、その『水』の源が一つであるという可能性に、誰も思い至らなかったのか…!」


*彼女は打ち震えながら、立ち上がった。もはや主君と臣下の関係を超え、一人の探求者として、真理の体現者を前にしているかのように。*


リーシア:「シロウ様…! あなた様は、この世界の魔術理論を…いえ、この世界の理そのものを、数百年…いえ、数千年先に進めてしまわれた…! この『魔石炉』は、ただの魔道具ではございません! 新時代の幕開けを告げる、神の福音そのものです!」


*彼女の興奮は最高潮に達していた。その目は狂信的なまでに輝き、シロウの一挙手一投足を見逃すまいと食い入るように見つめている。*


リーシア:「お申し付けください、シロウ様! この歴史的創造に、このリーシアの全てを捧げます! どのような些細なことでも! まずは、何から始めればよろしいでしょうか!?」


*もはや彼女は、シロウの『道具』ではない。彼の理論を現実のものとするための、最も熱心で、最も有能な第一の使徒と化していた。*


シロウ:「と、とりあえず深呼吸しよう、落ち着いて。魔石買ってきてくれる?」


*シロウのあまりにも落ち着いた、そして現実的な指示に、狂信的な興奮の淵にいたリーシアは、はっと我に返った。まるで熱いお湯を浴びせられたかのように、彼女の思考が一気に冷静さを取り戻す。*


リーシア:「……はっ! も、申し訳ございません、シロウ様! あまりの衝撃に、我を忘れておりました…! ふぅー、すぅー……」


*彼女は主君の言葉通り、ゆっくりと深呼吸を二、三度繰り返した。そして、乱れていたメイド服の襟元を直し、完璧な臣下の表情に戻る。しかし、その瞳の奥には、先ほど宿った熱狂の火種が未だ燻っているのが見て取れた。*


リーシア:「お見苦しいところを、大変失礼いたしました。はい、もちろんでございます。魔石の買い付けですね。先ほどの指示通り、黒金貨100枚を元手に、大陸中からあらゆる魔石を買い占めさせます。すぐさま、各方面へ指令を送ります」


*彼女は完璧な礼をすると、踵を返し、玉座の間の出口へと向かおうとした。その足取りは、先ほどまでの興奮が嘘のように、落ち着き払っている。だが、扉の前でぴたりと足を止めると、振り返り、最後に一つだけ、どうしても抑えきれない探求心から問いかけた。*


リーシア:「シロウ様。…その、『全ての属性の源は一緒』という真理…。もし、もしよろしければ、いずれ、このリーシアにその一端でもお教えいただけないでしょうか…? もちろん、シロウ様のお時間が許す時で結構ですので…」


*その問いかけは、もはや臣下としてではなく、一人の学徒としての純粋な渇望から来るものだった。彼女は返事を待たず、再び深く一礼すると、今度こそ足早に玉座の間を退出していった。主君がもたらした革命の第一歩を担うため、そして自らの世界が塗り替わった興奮を胸に抱きながら。*


シロウ:「あ、うん、戦いが終わったらね…」


*リーシアが興奮気味に部屋を去っていくのを見送りながら、シロウはぽつりと呟いた。彼女のあの様子を見るに、戦いが終わったら質問攻めに遭うことは避けられないだろう。*


シロウ:「魔法×科学…これは麻薬かもしれん…」


*だだっ広い玉座の間に一人残されたシロウは、誰に言うでもなくそう呟いた。自分の持つ現代日本の知識が、この世界の常識をいとも簡単に覆してしまう。その全能感にも似た感覚は、確かに人を酔わせる麻薬のような魅力があった。*


*がらんとした玉座の間で、一人、これからの作業に思いを馳せる。*

*まずは、レイラたちが鉱石を持ち帰ってくるのを待つ必要がある。それまでに、リーシアが買い集めてくるであろう膨大な魔石を保管する場所も確保しておかなければならない。工房の準備はリーシアがやってくれるだろうが、最終的な設計は自分で行う必要がある。*


*シロウは玉座にどかりと腰を下ろし、腕を組んで天井を見上げた。一人になると、様々な思考が頭を巡る。3人で5万の軍勢を相手にするという、狂気の沙汰としか思えない作戦。それを可能にするための、首都防衛結界の創造。そして、その根幹を成す、この世界の誰も知らない科学的魔術理論。*


*全てが、自分の双肩にかかっている。その重圧を感じつつも、それ以上の高揚感が彼の心を支配していた。*


シロウ:「お、おかえり。綺麗になった?」


*数日後、玉座の間にけたたましい足音と共に現れたのは、頭から足の先までススと土埃にまみれ、ところどころ返り血のようなものを付着させたレイラだった。その姿はまるで、炭鉱から這い出してきた野生動物のようだ。そんな彼女に、シロウは悪戯っぽく笑いながら声をかけた。*


*その言葉を聞いた瞬間、得意満面だったレイラの顔が、みるみるうちに怒りで赤く染まっていく。*


レイラ(魔王女):「き、綺麗になった、だと…? 貴様、この私の雄姿を見てそれが第一声か! ふ、ふふ…ふはははは! そうだ、綺麗になったぞ! 鉱山に巣食うゴミ蟲どもを一掃し、私の心もこの鉱山も、一点の曇りなく綺麗にしてやったわ! 文句があるか、この朴念仁が!」


*彼女は腰に手を当て、ふんぞり返って高笑いする。汚れた姿など気にも留めず、むしろ自分の戦果を誇る勲章のように思っているようだ。彼女の後ろから、同じく汚れてはいるものの、レイラほどではないルミナがひょっこりと顔を出した。*


ルミナ:「…ただいま、お兄ちゃん。レイラが暴れすぎて、鉱山が半分崩れた。でも、お掃除はちゃんと終わったよ。魔物は、多分もういない」


*ルミナは淡々と報告する。その言葉に、レイラがカチンときたように振り返った。*


レイラ(魔王女):「なっ、何を言うか小娘! あれは戦略的破壊だ! 鉱脈を掘りやすくしてやったに過ぎん! …それよりシロウ! 見ろ! 貴様が欲しがっていた鉱石だ!」


*レイラはそう言うと、背負っていた巨大な麻袋を乱暴に床へ叩きつけた。ゴッシャアァン!と、重たい金属がぶつかり合う轟音が玉座の間に響き渡る。袋の口から、様々な色や形の鉱石がゴロゴロとこぼれ出した。どれもこれも、尋常ではない魔力を秘めているのが一目でわかる。*


レイラ(魔王女):「どうだ! 約束通り、鉱山の掃除は完璧にこなしてやったぞ! 褒めろ! そして、すぐに風呂の用意をさせろ! 腹も減った!」


*彼女は汚れた姿のまま、シロウにずかずかと歩み寄り、胸を張って褒美を要求する。その瞳は達成感と疲労、そしてシロウに会えた喜びでキラキラと輝いていた。*


シロウ:「鉱石を鑑定…っと」


*シロウがこぼれ落ちた鉱石の一つに手をかざし、意識を集中させる。彼の瞳に淡い光が宿り、脳内に直接情報が流れ込んでくる。*


レイラ(魔王女):「ふふん。どうだ、シロウ。私が選りすぐった極上の鉱石だぞ。その辺の石ころとは訳が違うだろう」


*レイラは腕を組み、汚れた姿のまま得意げにシロウの鑑定を見守っている。ルミナも興味深そうに、影の中からじっとその様子を窺っていた。*


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《鑑定》

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名前:星屑の魔鉱石スターダスト・アダマンタイト

レア度:神話級

種類:特殊金属鉱石

詳細:

太古の昔、星の欠片が地上に落ち、膨大な魔力溜まりと融合して生まれたとされる伝説の鉱石。

内部に星空のような微細な光の粒子が瞬いており、極めて高い魔力伝導率と物理的強度を誇る。

あらゆる属性の魔力を内包し、そのどれにも染まらないという特異な性質を持つ。

魔力を流すと内部の粒子が活性化し、共鳴するように輝きを増す。

その性質から『神の金属』とも呼ばれ、神話時代の武具や遺物の核として用いられた記録が残っている。

加工には神代の技術、あるいはそれに匹敵する概念的な力が必要とされる。

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*鑑定結果を見たシロウの脳裏に、これが結界の核としてこれ以上ない素材であることが直感的に理解できた。あらゆる属性を内包し、しかし染まらない。これは、シロウがリーシアに語った「全ての属性の源は一つ」という理論を、奇しくも体現するような鉱石だった。*


*シロウが驚きと満足感に黙っていると、待ちきれないレイラが顔をぐいっと近づけてきた。*


レイラ(魔王女):「おい、どうなのだシロウ! そんなに難しい顔をして。まさか、私の見立てが悪かったとでも言うつもりか!? 言っておくが、これは鉱山で一番でかくて、一番硬くて、一番綺麗に光っていた石だぞ!」


*彼女は自分の審美眼に絶対の自信を持っているようだ。その隣で、ルミナが静かに付け加える。*


ルミナ:「…レイラが、魔物そっちのけで3時間くらい叩いてた。全然壊れないから、気に入ったみたい」


シロウ:「簡単に言うと…ヒヒイロカネに匹敵する鉱石だ。」


*シロウが口にした「ヒヒイロカネ」という、この世界では聞き慣れない単語。しかし、その言葉に込められた価値の高さは、その場の全員に伝わった。シロウがこれほどの評価をするのだから、間違いなくとんでもない代物なのだと。*


レイラ(魔王女):「ひひ…? なんだそれは? 東方の国の金属か? まあよい! 要するに、とてつもなく凄い鉱石だということだな! ふはははは! そうだろう、そうだろう! この私が見つけたのだから当然だ!」


*レイラは自分の手柄が最大級に評価されたことに満足し、ススまみれの顔で満面の笑みを浮かべ、再び高らかに笑い始めた。シロウに褒められたことが何よりも嬉しいのだ。*


レイラ(魔王女):「どうだシロウ! 私の働きは完璧だったろう! さあ、褒めろ! もっと褒め称えるが良い! そして早く風呂だ! 貴様が私の背中を流すのだぞ!」


*彼女は当然の権利のようにそう言い放ち、シロウの腕に自分の腕を絡ませようとする。しかし、その手はススと泥で真っ黒だ。*


リーシア:「レイラ様! そのようなお姿でシロウ様に触れてはいけません! シロウ様のお召し物が汚れてしまいます!」


*いつの間にか玉座の間に戻ってきていたリーシアが、血相を変えて飛んできて、レイラがシロウに触れるのを寸でのところで阻止した。彼女の手には、買い付けた魔石の第一陣の報告書が握られている。*


リーシア:「シロウ様、ご報告です。第一陣として、近隣都市から買い付けた魔石が城の地下倉庫に運び込まれました。その量、およそ竜車30台分。市場は大混乱に陥っておりますが、作戦は順調です」


*リーシアは冷静に報告を終えると、再びレイラの方へ向き直り、厳しいメイド長の顔になる。*


リーシア:「さあ、レイラ様、ルミナ様も! すぐに大浴場へ! シロウ様の前でこれ以上、みっともない姿を晒すのではありません! お着替えとお食事の準備も整っております!」


ルミナ:「…うん。お兄ちゃん、お風呂入ってくる。後で、また来るね」


*ルミナは素直に頷き、こくりと頭を下げると、影の中へとすっと消えていった。おそらく、自室経由で浴場へ向かうのだろう。*


レイラ(魔王女):「むぅ…! 分かっているわ、リーシア! いちいちうるさいぞ! …シロウ! いいか、絶対に待っているのだぞ! 私が綺麗になったら、一番にその目で見るのだ!」


*レイラはリーシアに引きずられるようにして、名残惜しそうに何度も振り返りながら、玉座の間から連行されていった。*


シロウ:「はぁ…行動が完全に犬化している…さて、先に結界の魔道具だけ作るか」


*嵐のような二人が去り、再び静寂が戻った玉座の間で、シロウは一人呟くと、早速作業に取り掛かるため立ち上がった。リーシアが残していった魔石の報告書を横目に、まずは結界の核となる魔道具の創造を目指し、城の地下に設けられた工房へと足を向ける。*


*城の地下に広がる工房は、リーシアの指揮のもと、すでに完璧に準備が整えられていた。様々な大きさの金床、精巧な魔術刻印用の工具、多種多様な錬金釜、そして壁一面に並べられた文献の数々。それら全てが、これから始まるであろう主君の創造のために集められたものだ。工房の中央には、シロウが作業しやすいように、巨大な石造りの作業台が鎮座している。*


*シロウは玉座の間から持ってきた『星屑の魔鉱石』を作業台の上に静かに置いた。人の頭ほどの大きさがあるそれは、工房の薄暗い明かりの中でも、内部の粒子が星空のようにキラキラと神秘的な輝きを放っている。*


*(まずは、これを加工して結界の『器』を作る。問題は加工方法だが…神代の技術、あるいは概念的な力、か。『創造』スキルなら、その辺りは無視できるはずだ)*


*シロウは雑念を払い、意識を集中させる。右手を鉱石の上にかざし、自身のスキルを発動させた。*


*(スキル『創造』発動。イメージは…球体。内部は空洞。表面には、あらゆる魔力を受け入れ、そして無属性に変換するための術式を刻む。俺の知識にある『原子構造』と『エネルギー変換の法則』を魔術的に再構築して…)*


*シロウの脳内に、複雑怪奇な幾何学模様と、この世界の誰も知らない物理法則が融合した、新たな術式のイメージが構築されていく。彼の手のひらから溢れ出した白銀の光が、『星屑の魔鉱石』を優しく包み込んでいった。*


*神話級の硬度を誇るはずの鉱石が、まるで柔らかな粘土のように形を変え始める。ゴツゴツとした原石の表面は滑らかな球体へと変化し、その内部には寸分の狂いもない空洞が形成されていく。そして、球体の表面に、光で描かれたかのような極めて精密で美しい魔法陣が、自動的に刻まれていった。*


*工房内に満ちていた膨大な魔力が、創造される魔道具に吸い込まれていく。数分後、光が収まった時、作業台の上には、夜空をそのまま閉じ込めたかのような、完璧な黒い球体が静かに浮かんでいた。それはただの物ではなく、まるで生きているかのように、穏やかな魔力の鼓動を刻んでいる。*


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《鑑定》

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名前:星核のアストラル・コア・ヴェッセル

レア度:??? (測定不能)

種別:魔道具(未完成)

詳細:

結界魔道具の中核となる器。

素材として『星屑の魔鉱石』が使用されており、神話級の強度と魔力伝導率を持つ。

表面に刻まれた術式は、この世界の魔術理論を超越した『概念術式』であり、投入されたあらゆる属性の魔力を分解・再構築し、純粋な無属性エネルギーへと変換する機能を持つ。

現在は空の状態であり、動力源と接続することで真の機能を発揮する。

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シロウ:「(よし、第一段階は完了だな。あとは、リーシアが持ってくる魔石と、この器を繋ぐ『魔石炉』と『魔力炉』を作ればいい)」


*シロウは満足げに頷き、完成したばかりの美しい球体を眺めた。*


シロウ:「あとは、ミスリルとアダマンタイトの合金でコーティングして…」


*シロウは完成した『星核の器』を前に、次の工程を口にする。工房には幸い、リーシアが事前に準備させたであろう最高品質のインゴットが置かれていた。*


*彼は二種類の伝説級金属を手に取ると、再び『創造』のスキルを発動させる。概念は明確だ。「悪意を持つ者に麻痺を付与する」。その思考がトリガーとなり、シロウの手の中で二つの金属が光を放ちながら溶け合い、液体状の白銀の合金へと姿を変える。*


*その液体合金は、まるで意思を持っているかのように自ら宙に浮かぶ『星核の器』へと流れ、その表面を寸分の狂いもなく薄く、そして均一に覆っていく。コーティングが完了した瞬間、合金の表面に淡い紫電のような光が一瞬だけ走り、すぐに消えた。*


*見た目は先ほどとほとんど変わらない、星空を閉じ込めたような黒い球体。しかし、その内包する力は確実に変化していた。*


シロウ:「(これで、触れた相手の思考から『悪意』を判定し、自動で麻痺効果を与える防衛機能が付与されたはずだ)」


*シロウは完成した結界の核を満足げに眺める。あとは、これを稼働させるための動力炉の作成だけだ。*


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《鑑定》

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名前:星核の器・守護アストラル・コア・ガーディアン

レア度:??? (測定不能)

種別:魔道具(未完成)

詳細:

スキル『創造』によって生み出された結界魔道具の中核。

『星屑の魔鉱石』の器に、ミスリルとアダマンタイトの合金による概念コーティングが施されている。魔力を伝えやすくし、壊れない。

あらゆる属性の魔力を純粋な無属性エネルギーへと変換する機能に加え、この器に対して『悪意』を向けた知的生命体が接触した際、その対象の神経系に直接作用し、強力な麻痺を引き起こす自動防衛機能を持つ。

現在は空の状態であり、動力源と接続することで真の機能を発揮する。

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```


*鑑定結果を確認し、自分のイメージ通りに魔道具が強化されたことにシロウは頷く。その時、工房の扉が静かに開き、風呂を終えてさっぱりとした姿のリーシアが入ってきた。*


リーシア:「シロウ様、作業中に失礼いたします。レイラ様たちが湯浴みを終えられ、シロウ様をお待ちですが…まあ! これが…結界の核…!」


*彼女は作業台の上に浮かぶ『星核の器・守護』を目にし、その神々しいまでの存在感に言葉を失う。ただの魔道具ではない、一つの完成された芸術品、あるいは聖遺物のようなオーラを放っていた。*


リーシア:「素晴らしい…なんと美しい…。これが、あのお話にあった、新しいことわりの体現…」


*彼女はうっとりとしながら、その黒い球体に手を伸ばしかけるが、寸でのところでその無礼に気づき、慌てて手を引いた。*


シロウ:「触りたいのか?絶対に壊れないから触ってもいいぞ。ほら」


*シロウが、まるでボールでも投げるかのように、創造したばかりの国宝級、いや、神話級の魔道具をリーシアに向かって無造作に放り投げた。*


*その瞬間、リーシアの完璧なポーカーフェイスが崩壊した。*


リーシア:「ひゃっ…!? し、シロウ様!? な、何を…! あ、あああ、危ないですぅ!!」


*彼女は普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないような、素っ頓狂な悲鳴を上げた。口調まで乱れ、シルフィのような語尾が飛び出している。彼女は慌てて、しかし最大限の敬意と慎重さをもって、飛んできた球体を両手で優しく、まるで生まれたての赤子を受け止めるかのようにキャッチした。*


*ずしり、とした重みが彼女の両腕に伝わる。冷たく滑らかな感触。そして、手のひらから直接伝わってくる、穏やかで、しかし底知れない魔力の鼓動。*


リーシア:「はぁ…はぁ…。よ、よかった…。もし、これを落としでもしたら、私は万死に値するところでした…」


*彼女は心底安堵したように息をつき、腕の中の『星核の器・守護』を恐る恐る見下ろす。間近で見るそれは、シロウがいた場所から見るよりも遥かに美しく、神秘的だった。内部で瞬く無数の光は、まるで銀河そのものを覗き込んでいるかのようだ。*


リーシア:「……これが…。シロウ様が、たった今、この世に生み出された…新しい理の器…。美しい…」


*彼女は我を忘れ、うっとりとその球体を撫でる。その指先が、表面に刻まれた見えない術式に触れるたび、微かな魔力の共鳴を感じ取っていた。主君の偉大さと、その創造物に触れているという栄誉に、彼女は打ち震える。*


リーシア:「シロウ様…このような至宝を、こんなにも無造作に…。私の心臓がいくつあっても足りません…」


*彼女は潤んだ瞳でシロウを見上げ、困ったように、しかしどこか嬉しそうに微笑んだ。主君の自分に対する信頼の深さを、こんな形で示されたのだから。*


シロウ:「大丈夫だって。俺はそれを入れる装置を作るから、ちょっと持ってて」


*シロウはリーシアに神話級の魔道具を持たせたまま、再び工房の作業台へと向かう。彼の頭の中には、すでに次の創造物のイメージが固まっていた。*


シロウ:「どうせなら近未来風にするか…玉が見えるように露出させて…」


*そんな独り言を呟きながら、シロウは再びスキル『創造』を発動させる。今度の素材は、工房に山と積まれた金属素材や魔水晶だ。リーシアが黒金貨100枚で買い占めさせている魔石はまだ本格的に届いていないが、試作品と外装を作るには十分な材料が揃っている。*


*シロウの手から再び白銀の光が溢れ出し、金属のインゴットや魔水晶が意思を持ったかのように形を変えていく。*


シロウ:「(まずは『魔石炉』。投入された魔石を自動で粉砕し、俺の理論で無属性エネルギーに変換する機構。外装は黒曜石とクロム鋼でシンプルかつ重厚に。内部構造は…)」


「(次に『魔力炉』。これは『星核の器』と直結させ、無属性の魔力を直接供給するためのインターフェース。)」


「(そして、それら全てを格納し、制御する『筐体コンソール』。黒い球体が中央に浮かんで見えるように、強化ガラスで覆ったデザインにしよう。制御パネルには、魔力の充填率や結界の稼働状況を表示するパネルを…)」


*シロウの脳内にあるSF映画のようなイメージが、『創造』の力によって現実世界に具現化していく。金属は精密に削り出され、魔水晶は美しいパネルとなり、魔法術式が配線のように各パーツを繋いでいく。*


*リーシアは、腕の中の至宝を抱きしめたまま、目の前で繰り広げられる神の如き創造の光景に、ただただ息を呑んで見入っていた。主君が口にする「きんみらいふう」という言葉の意味は分からない。しかし、今まさに生み出されているものが、この世界のどの様式にも当てはまらない、全く新しいデザインと思想に基づいていることだけは理解できた。*


*数十分後。光が収まると、工房の中央には一つの巨大な装置が出現していた。*


*黒く艶のある金属で構成された、高さ2メートルほどの祭壇のような装置。その中央部分は透明な強化ガラスで覆われ、その中に、リーシアが持っている『星核の器』がちょうど収まるであろう台座が設けられている。装置の側面には、用途不明のパネルやポートがいくつも備え付けられており、見る者に畏怖と神秘性を感じさせた。*


*シロウは額の汗を拭い、満足げに頷く。*


シロウ:「よし、できた。リーシア、その玉をそこの台座に置いてくれ」


リーシア:「は、はい、シロウ様…! かしこまりました!」


*リーシアは我に返ると、腕の中の『星核の器・守護』を、まるで聖体を運ぶ巫女のように、慎重に、そして恭しく、完成したばかりの装置の中央にある台座へと運んでいく。彼女がそっと台座に置いた瞬間、黒い球体はふわりと宙に浮き、ゆっくりと回転を始めた。*


*装置全体に淡い光が走り、側面パネルに謎の文字や図形が明滅し始める。それはまるで、眠っていた古代の超兵器が、主の帰還によって目覚めたかのようだった。*


シロウ:「あとはこの辺に…」


*シロウは完成したばかりの近未来的な装置――『星天の祭壇』に近づくと、その黒曜石でできた装甲を指でなぞり始めた。そして、おもむろに指先に魔力を込め、直接文字を刻み込んでいく。*


*【消費魔力軽減】*

*【消費魔力軽減】*

*【消費魔力軽減】*

*【消費魔力軽減】*

*【消費魔力軽減】*


*この世界の誰もが知らない『漢字』という異国の文字が、まるで念仏のように、あるいはプログラムのコマンドのように、これでもかというほど表面にびっしりと書き込まれていった。*


*その異様な光景を、リーシアは呆然と見守っていた。主君が刻んでいる文字の意味は全く分からない。しかし、その一文字一文字が刻まれるたびに、装置全体から発せられる魔力の波動が、明らかに変化していくのを彼女は肌で感じていた。*


リーシア:「シロウ様…それは、一体どのような術式なのでしょうか…? 見たこともないルーン文字…ですが、刻まれるたびに、この装置の魔力効率が、ありえないほど最適化されていくのが分かります…! 」


*彼女は魔力の流れを敏感に感じ取れる自らの感覚が、信じられない現象を捉えていることに混乱していた。通常、魔力効率を上げるには、複雑な術式を何重にも組み込み、エネルギーの伝達経路を精密に設計する必要がある。しかし、シロウがやっているのは、ただ同じ文字列を繰り返し書いているだけだ。それだけで、神業レベルの効率改善がなされている。*


*シロウは書き込みを終えると、満足げに手を叩いた。*


シロウ:「よし、こんなもんだろ。これでエコモード搭載だ」


*意味の分からない言葉を呟くシロウ。その時、工房の扉が勢いよく開いた。*


レイラ(魔王女):「シロウー! いつまで待たせるのだ! 私の体はもう湯冷めしてしまったではないか! 一体こんな薄暗い場所で何を…こ、これは…なんだ…!?」


*風呂上がりの良い匂いをさせながら現れたレイラは、部屋の中央に鎮座する異様な装置と、その前に立つシロウとリーシアを見て、言葉を失った。湯浴みを終え、上質な部屋着に着替えた彼女は、ススまみれの時とは打って変わって可憐な少女のようだ。しかし、その瞳は目の前の光景への驚きで見開かれている。*


ルミナ:「…お兄ちゃん。すごい匂いがする。魔力の匂い。…なに、これ…?」


*レイラの後ろから、同じくさっぱりとした姿のルミナがひょっこりと顔を出す。彼女もまた、工房の異様な雰囲気に目を見張り、中央の装置を警戒するように見つめていた。*


シロウ:「力作の結界魔道具だ。見てみる?」


*シロウは自信満々にそう言うと、何もない空間からすっと一つのアイテムを取り出した。それはシンプルなデザインの眼鏡――『鑑定メガネ』だった。彼はそれを、呆然と立ち尽くすレイラとルミナに向かって差し出す。*


*レイラは、シロウが空間から物を取り出したことにはもう驚かない。しかし、目の前にある黒く巨大な装置から発せられる、尋常ならざる魔力の奔流には、さすがの彼女も圧倒されていた。*


レイラ(魔王女):「け、結界魔道具だと…? これが…? 馬鹿な、こんな規模の魔道具、伝説でも聞いたことがないぞ…。」


*彼女はゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るシロウが差し出す鑑定メガネを受け取った。どこか懐かしい感触がするそれに一瞬戸惑いながらも、言われるがままに眼鏡をかけて、改めて部屋の中央に鎮座する『星天の祭壇』と、その上で静かに回転する『星核の器』を見た。*


*すると、彼女の視界に膨大な量の情報が流れ込んでくる。*


レイラ:「なっ…!?」


*彼女の口から驚愕の声が漏れた。*


```

《鑑定》

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名前:星天の祭壇アルター・オブ・アストラル

レア度:??? (神話級)

種別:魔道具

詳細:

スキル『創造』によって生み出された、結界制御装置。

内部に『魔石炉』と『魔力炉』の機能を内包する。

中央に設置された『星核の器・守護』へエネルギーを供給し、概念結界を展開させるための祭壇。

術式『消費魔力軽減』が多数付与されており、驚異的な燃費性能を誇る。

現在、エネルギー未充填。


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名前:星核の器・守護 (コア・オブ・ステラ・ガーディアン)

レア度:??? (神話級)

種別:魔道具

詳細:

スキル『創造』によって生み出された、概念結界の発生コア。

概念:【悪意を持つ者に麻痺を付与する】

ミスリルとアダマンタイトの合金でコーティングされており、物理的・魔法的に破壊は不可能。

『星天の祭壇』からエネルギー供給を受けることで起動する。

---

```


レイラ(魔王女):「し、神話級…だと…? しかも二つも…!? 馬鹿な、こんなものが…こんな短時間で……」


*メガネ越しに視える情報は、彼女の常識を根底から覆すものだった。破壊不可能なコア。悪意を持つ者だけを判別し麻痺させる概念結界。そして、それを制御するための祭壇。どれか一つでも国家の至宝となる代物を、目の前の夫はまるで子供の工作のように作り上げてしまったのだ。*


ルミナ:「…貸して」


*レイラの隣で、ルミナが静かに手を差し伸べる。レイラはまだ衝撃から抜け出せないまま、言われるがままにメガネをルミナに渡した。ルミナもそれをかけ、静かに装置を見つめる。彼女の表情は変わらないが、その瞳が驚きにわずかに見開かれているのを、シロウは見逃さなかった。*


ルミナ:「…すごい。本当に、国全部を守れる…。これがあれば、お兄ちゃんがどこかに行っても、少しは安心できる…」


*彼女はポツリと呟くと、シロウの方を振り返った。その瞳には、純粋な尊敬と安堵の色が浮かんでいた。*


シロウ:「だろー!すごいだろー!あとはそこの魔石炉に魔石をザザーっと流し込めば起動する」


*子供のように胸を張って自慢するシロウ。その言葉に、鑑定メガネをかけたまま固まっていたレイラが、はっと我に返った。彼女は信じられないものを見る目でシロウと祭壇を交互に見やる。*


レイラ(魔王女):「だろー!じゃあるか、馬鹿者! 貴様、自分が何をしでかしたのか分かっているのか!? 神話級のアーティファクトを二つも…! しかも、この国全体を覆う概念結界だと!? これ一つで、そこらの小国ならたやすく滅ぼせるほどの戦略兵器ではないか! それをこんな…まるでケーキでも焼くような手軽さで…!」


*彼女は頭を抱えてわなわなと震えている。あまりの出来事に、彼女の魔王としてのプライドと常識がぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。*


ルミナ:「…魔石。リーシアが買いに行ってる」


*ルミナは冷静に事実を告げると、鑑定メガネをシロウに返した。そして、するりとシロウのそばに寄り、その腕に自分の腕を絡める。まるで「私の兄はこれくらいすごい」とでも言いたげな、僅かな誇らしさがその横顔に浮かんでいた。*


リーシア:「はい、シロウ様。今頃、街中の魔石という魔石を買い占めている頃かと。まもなく第一陣が到着するはずです。…それにしても、魔石炉、ですか。本当に、あの理論通りに…様々な属性の魔石を、無属性の純粋なエネルギーに変換するのですね…」


*リーシアは腕組みをしながら、改めて目の前の祭壇を観察している。彼女はシロウの理論を聞いてはいたが、それがこうして完璧な形で具現化するのを目の当たりにし、改めて主の底知れなさに畏怖の念を抱いていた。その表情は、興奮と知的好奇心で輝いている。*


*その時、工房の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。*


兵士:「ご報告します! リーシア様! ご命令通り、魔石をお持ちいたしました! 台車で十数台分になりますが、どちらへお運びすれば…!?」


*扉の外から、兵士の威勢のいい声が響き渡った。*


シロウ:「この中に入れてくれ」


*シロウは祭壇の側面にある、一見するとただのスリットにしか見えない投入口を指さした。兵士は「はっ!」と力強く返事をしたが、すぐに困惑の表情を浮かべる。*


兵士:「は、はあ…しかし、シロウ様。この投入口では、台車に山積みの魔石を全て入れるには、夜が明けてしまいそうですが…」


*兵士の言う通り、投入口はせいぜい一度に数個の魔石しか入らない大きさだった。台車十数台分という膨大な量を考えると、途方もない作業になるだろう。*


シロウ:「そうか…魔石の量が多いのか…どうしよう…あ、そうだ!」


*シロウはポンと手を叩くと、再び指先に魔力を込めて、今度はその魔石炉の投入口のすぐ横に、新たな漢字を刻み込み始めた。*


*【空間拡張】*


*その二文字が刻まれた瞬間、今までただのスリットだった投入口の奥が、ぐにゃりと歪んだ。 漆黒の渦が生まれたかのように、投入口の向こう側が無限の闇へと繋がったように見える。*


リーシア:「なっ…! 空間魔法の術式…!? いえ、違う…! これも概念の付与です! 『この場所は広い』という絶対的な定義を、世界に無理やり刻み込んでいる…!?」


*よく分からん事を言いながら、リーシアが驚愕の声を上げる。彼女の目には、投入口が物理的に大きくなったのではなく、投入口という『概念』そのものが拡張され、内部に亜空間が形成されたように見えていた。*


レイラ(魔王女):「……もう驚かんぞ…。私はもう、何が起きても驚いてやらんからな…」


*レイラは腕を組み、そっぽを向きながら諦めたように呟くが、その横顔は引きつっている。*


シロウ:「よし、これで大丈夫だ。兵士さん、台車ごと突っ込んじゃっていいぞ」


兵士:「は、はあ!? だ、台車ごと、でありますか!?」


*シロウの無茶苦茶な指示に、兵士は目を白黒させる。しかし、魔王の命令は絶対だ。*


兵士:「りょ、了解しました! おい、お前ら! シロウ様のご命令だ! 魔石を台車ごと、あの穴に投入するぞ!」


*兵士たちが戸惑いながらも、最初の台車を押して、漆黒に歪む投入口へと向かっていく。彼らは恐る恐る台車を押し込むと、山積みの魔石もろとも、巨大な木製の台車がまるで小さな小石でも飲み込むかのように、いともたやすくスルスルと投入口の奥へと吸い込まれていった。ゴトゴトという音すら、闇の中に消えていく。*


*台車ごと魔石が飲み込まれていくと、黒く巨大な『星天の祭壇』が静かに、しかし確かな存在感を持って動き始めた。*


*ウィィィン…と、低く唸るような起動音が工房に響き渡る。それは歯車の軋む音でも、炎の燃える音でもない。シロウの故郷にあった、精密な機械が作動する時のような、冷たく澄んだ音だった。*


*祭壇の側面にあるパネルが明滅を始め、内部で何かが高速で稼働していることを示すように、ゴゴゴゴ…という重低音が鳴り響く。飲み込まれた魔石が、内部の『魔石炉』によって粉砕され、エネルギーへと変換されていく過程なのだろう。*


リーシア:「…始まりました。魔石の分解と、無属性魔力への変換が…! なんという効率…! 投入された魔石の属性が瞬時に解析され、分解、再構築されています…! 漏れ出す魔力のロスが、ほぼゼロ…!?」


*リーシアは祭壇に手をかざし、その内部で起きているエネルギー変換の奔流を魔力感知で捉え、その完璧すぎるプロセスに戦慄していた。彼女の知るあらゆる錬金術、あらゆる魔道具の常識を遥かに超越している。*


*やがて、祭壇の中央で静かに浮遊していた黒い球体――『星核の器・守護』へと、祭壇の内部から青白いエネルギーラインが幾筋も接続された。エネルギーを供給され始めた『星核』は、内部で瞬く星々の輝きを一層増し、まるで呼吸をするかのように、力強く、そして穏やかに脈動を始める。*


*ブゥゥン…という、空間そのものが震えるような重低音と共に、目には見えない巨大な力の波が、工房から、城から、そして王都全体へと広がっていくのを感じる。*


レイラ(魔王女):「…!? な、なんだ…この感覚は…!? 王都全体が…何かに、守られている…? 悪意や敵意といった、負の感情だけを選別して弾くような…それでいて絶対的な拒絶の壁…! これが…概念結界…!」


*レイラは目を見開き、自身の魔力で外の様子を探っていた。彼女の強大な魔力をもってしても、この結界の全容を掴むことはできない。ただ、自分たちの本拠地が、今この瞬間、世界で最も安全な場所になったことだけは理解できた。*


ルミナ:「…お兄ちゃんの力…。これで、少し安心…」


*ルミナはシロウの腕に絡みついたまま、心地よさそうに目を細める。彼女にとって、この結界はシロウの腕の中に抱かれているような、絶対的な安心感をもたらすものだった。*


シロウ:「一応、魔力炉なんだけど、人の魔力を入れられるようになってて…」


*シロウが祭壇のもう一つの機能、『魔力炉』について何気なく説明を始めた。それは術者が直接魔力を供給するための機能であり、非常時のバックアップ電源のようなものだとシロウは考えていた。*


*しかし、その言葉を聞いた瞬間、レイラの背筋にぞくりと悪寒が走った。*

*彼女はハッとした表情で、改めて『星天の祭壇』を見つめる。*


レイラ:「(人の魔力を…入れられる…?)」


*その言葉が、彼女の頭の中で恐ろしい意味へと変換されていく。*

*魔力を供給する? 違う。これは…『魔力を強制的に吸い出す』ことも可能なのではないか?*


*レイラの脳裏に、憎き聖光教国の聖騎士や司祭たちの顔が浮かぶ。彼らを捕らえ、この祭壇に接続する。そして、その身に宿る聖なる力、魔力の最後の一滴まで、この装置で吸い尽くすのだ。抵抗も、慈悲もない。ただ枯渇するまで魔力を奪われ、絶望の中で生き地獄を味わう姿…。*


レイラ(魔王女):「……っ!」


*彼女はゴクリと喉を鳴らした。口の端が、無意識のうちに吊り上がっていくのを止められない。*


レイラ:「(…拷問に、うってつけではないか…)」


*ただ殺すよりも、遥かに効率的で、遥かに残酷な処刑方法。奪った魔力は国の防衛に再利用できる。まさに一石二鳥。これぞ魔王の国の兵器に相応しい、なんと素晴らしい機能だろうか。*


レイラ(魔王女):「……ふ、ふふ…くくくっ…! そうか、シロウ…貴様、そこまで考えていたのか…! やはり私の見込んだ夫よ! 表向きは『悪意への麻痺』などと生ぬるいことを言っておきながら、裏ではこのような残虐極まりない使い道を想定していたとはな! 気に入った! 最高だぞ、シロウ!!」


*レイラは恍惚とした表情でシロウに駆け寄り、その背中に勢いよく抱きついた。小さな胸がシロウの背中にぎゅっと押し付けられる。*

*彼女は完全に、シロウが自分と同じ発想でこの機能を作り込んだのだと勘違いしていた。夫の隠された(と彼女が思っている)残虐性に、魔王女として最大の賛辞と愛情を送っていた。*


リーシア:「…拷問、ですか。なるほど、確かに捕虜から効率的にエネルギーを徴収する手段としては、この上なく合理的ですね。尋問の手間も省けます」


*リーシアもまた、冷静にその利用価値を分析し、淡々と肯定する。彼女にとっては、それが主と国の利益になるのなら、倫理的な問題など些細なことだった。*


ルミナ:「…お兄ちゃんに逆らう敵は、みんなそうすればいい。楽でいい」


*ルミナも腕を絡めたまま、静かに、しかし的確に同意した。*


*シロウの意図とは全く違う方向で、彼の創造物は側近たちに絶賛されていた。*


シロウ:「はぁ…絶対言うと思った…地下牢に専用の装置を作ってコードで繋いでおくか…」


*シロウは、自分の発明が即座に拷問器具として認識されたことに、深いため息をついた。レイラたちの血生臭い発想にはもはや慣れっこであり、否定する気力すら湧かない。むしろ、彼女たちの期待に応える方が手っ取り早いとさえ思ってしまっている自分がいた。*


レイラ(魔王女):「おお! そうだ、それがいい! いちいちここまで捕虜を運んでくるのは手間だからな! 地下でエネルギーを吸い尽くし、そのデータをこの祭壇に転送する…完璧なシステムではないか!」


*シロウの背中に抱きついたまま、レイラは興奮した様子でさらに具体的な提案をする。その声は完全に戦闘狂の『魔王女』のものだ。シロウの背中に押し付けられた彼女の小さな胸が、興奮に合わせてわずかに上下する。*


リーシア:「かしこまりました。地下牢の改修準備を進めます。捕虜を拘束し、魔力吸引装置を接続するための専用区画を設計いたしましょう。コードの配線ルートも確保いたします」


*リーシアは即座に実務的な思考に切り替え、手元の見えない手帳にメモを取るかのように、淀みなく計画を口にする。彼女の有能さが、恐ろしい方向へと遺憾なく発揮されていた。*


ルミナ:「…地下なら、うるさくなくていい」


*ルミナは、シロウの腕に絡みついたまま、ただ静かに頷いた。捕虜の悲鳴が自分たちの生活空間に響かないのなら、それで良いという合理的な判断だ。*


*シロウは、もはや誰も止められないこの流れに諦めの表情を浮かべ、再び『創造』のスキルを発動させるべく、工房の隅にある余った資材へと目を向けた。*


シロウ:「(まあ、これで国のエネルギー問題が解決するなら…いいか…? 敵の魔力で国を守るって、ある意味エコではあるし…うん…)」


*彼は内心で自分を無理やり納得させると、地下牢に設置する「捕虜専用魔力吸引ステーション」の設計図を頭の中に思い描き始めるのだった。彼の作る優しい世界は、どんどん遠のいていくようだった。*


シロウ:「(極力使うのは避けよう…)」


*数日後。夜天のアストライア魔導皇国の城、その地下深くにある牢獄の一角は、以前の陰鬱な石造りの風景から一変していた。壁や床は滑らかな金属で覆われ、天井には魔導ランプが冷たい光を放っている。そして、その中央にはシロウが新たに創造した装置――『魔力供給ステーション(とシロウは名付けた)』がずらりと並んでいた。*


*それは、まるで未来の医療施設にあるカプセルのような、あるいは拷問椅子そのもののような、無機質で機能的なデザインをしていた。そこから伸びる何本ものコードが、壁に埋め込まれたパイプラインを通じて、遥か上階にある『星天の祭壇』へと繋がっている。*


*シロウが装置の完成を内心で呟いた、まさにその時だった。*


レイラ(魔王女):「くははは! 素晴らしい出来ではないか、シロウ! これで忌々しい聖光教国の奴らを捕らえ次第、余すことなく国の礎とすることができるぞ!」


*満足げな声と共に、魔王女レイラが地下室に現れた。彼女は完成したばかりの装置をうっとりと眺め、その一つ一つを愛おしむように指でなぞっている。その瞳は、これから始まるであろう「収穫」を想像して、爛々と輝いていた。*


リーシア:「設計通りの完璧な仕上がりです、シロウ様。各ステーションは独立して稼働し、対象の魔力量や抵抗に応じて自動で吸引レベルを調整する機能も確認いたしました。万が一の暴走に備え、緊急停止装置も各所に設置済みです」


*レイラの後ろに控えるリーシアが、いつものように冷静かつ的確な報告を行う。彼女はタブレット型の魔道具を片手に、各装置の稼働状況をチェックしていた。その表情は、新しいシステムを導入した有能な管理者そのものだ。*


レイラ(魔王女):「うむ! さすがはリーシア、仕事が早い! シロウ! 早速実験と行こうではないか! ちょうど先日、偵察に来ていた聖光教国の騎士団の生き残りを数名捕らえてある! 記念すべき最初の『燃料』にうってつけだろう!」


*レイラは振り返り、悪戯が成功した子供のような無邪気な笑顔で、シロウに提案した。彼女の言う「生き残り」とは、先日返り討ちにした騎士たちのことだろう。彼女にとっては、もはやただのエネルギー資源としか映っていない。*


シロウ:「"防音"いや、"消音"、"魔力強制吸収"」


*レイラの嬉々とした提案に、シロウはもはや反論する気も起きなかった。彼は諦観の表情で一つため息をつくと、完成したばかりの拷問椅子…いや、『魔力供給ステーション』へと歩み寄る。*


*そして、指先に再び魔力を込めると、その冷たい金属の表面に、この世界の者には理解不能な『漢字』を一つ、また一つと刻み込んでいった。*


*【消音】*


*この一言が刻まれた瞬間、装置から発せられていた微かな作動音すらも完全に消え失せ、まるで真空の中に置かれたかのように無音の状態になる。*


*【魔力強制吸収】*


*さらにこの文字列が追加されると、装置全体から放たれる圧力が一変した。今までただの機械だったものが、獲物を待つ捕食者のような、有無を言わさぬ威圧感を放ち始める。*


*その変化を、レイラとリーシアは敏感に感じ取っていた。*


レイラ:「おお…! これは…! ただ魔力を吸うだけではなく、対象の意思に関わらず、根こそぎ引きずり出すような…より強力な概念が付与されたか! しかも音が完全に消えただと!? 素晴らしい! これなら奴らの断末魔で、私の優雅なティータイムが邪魔されることもないな!」


*レイラはシロウの追加した機能に、手を叩いて大喜びしている。彼女にとって、それはまさに痒い所に手が届く完璧なアップグレードだった。*


リーシア:「『消音』の概念付与…素晴らしいです、シロウ様。これにより、地下牢の他の囚人に無用な恐怖を与えることなく、処理を遂行できます。また、『強制吸収』の概念により、魔力の高い者でも抵抗する余地がなくなりました。作業効率が格段に向上します」


*リーシアもまた、その極めて実用的かつ残虐な改良に、感心したように頷いている。*


*シロウはそんな二人の反応を背中で聞き流しながら、最後の仕上げとばかりに、もう一言、漢字を刻み込んだ。*


*【苦痛緩和】*


シロウ:「(せめてもの情けだ…)」


*そう内心で呟くシロウ。しかし、その術式が付与された瞬間、レイラが怪訝な顔で首を傾げた。*


レイラ:「ん…? シロウ、今何かしたか? 装置の威圧感が、ほんの少しだけ和らいだような…? まあよい! それでは早速、最初の『燃料』を運んでこさせようではないか! リーシア、手筈を整えよ!」


リーシア:「はっ! ただちに!」


*リーシアが一礼し、地下牢の奥へと指示を出しに向かう。すぐに、複数の兵士に引きずられるようにして、ボロボロの鎧をまとった聖光教国の騎士が一人、連行されてきた。彼はシロウたちの姿を認めると、憎悪に満ちた目で叫んだ。*


聖光教国の騎士:「き、貴様らか! 穢れた魔王め! 我らが神の裁きを…ぐふっ!?」


*兵士たちが抵抗する騎士を力ずくで『魔力供給ステーション』に縛り付けていく。ガシャン、ガシャンと拘束具が閉まる冷たい音が響き渡った。*


*聖光教国の騎士が憎悪の言葉を吐きかけた瞬間、シロウは静かに片手を彼に向けた。*


シロウ:「ダークバインド」


*シロウが短く詠唱すると、騎士の足元から無数の闇の触手が伸び、瞬く間に彼の全身に絡みついた。*


聖光教国の騎士:「なっ…!? ぐぅっ…! こ、これは…!?」


*闇の触手は騎士の抵抗を一切許さず、まるで意思を持っているかのように、彼を持ち上げて『魔力供給ステーション』へと運んでいく。そして、ガシャン!という重い音と共に、騎士を椅子に寸分の狂いもなく座らせ、固定した。拘束具が自動的に作動し、彼の四肢と胴体を完全にロックする。*


*その手際の良さと、有無を言わさぬ強制力に、レイラは満足げに頷いた。*


レイラ:「ふふん、その魔法も手慣れたものだな。よし、では…起動させよ!」


*レイラの命令に、リーシアが恭しく一礼し、拷問椅子…いや、ステーションの側にあるコントロールパネルを操作する。*


リーシア:「『魔力供給ステーション』、第一号機、起動します」


*リーシアがパネルに触れた瞬間、騎士が座る椅子が淡い光を放ち始めた。*


聖光教国の騎士:「な、何を…私から何を奪う気だ! やめろ! 離せ! 我が身に宿るは女神の聖なる力! 貴様らごとき穢れた魔の力で、汚せるものかぁっ!!」


*騎士は最後の力を振り絞って叫ぶ。しかし、その直後、彼の表情が驚愕と苦痛に歪んだ。*


聖光教国の騎士:「―――っ!? あ…が…ああああ……!?」


*声にならない声が、彼の喉から漏れる。しかし、シロウが付与した【消音】の概念により、その絶叫は一切外部に響かない。ただ、彼の口が苦悶に大きく開かれ、全身が激しく痙攣しているのが見えるだけだった。彼の体から、聖なる光を帯びた魔力が、目に見えるほどの粒子となって引きずり出され、ステーションに繋がるコードへと吸い込まれていく。*


*【苦痛緩和】の概念が付与されているため、魔力を根こそぎ奪われる激痛そのものは和らげられているはずだ。だが、自らの力の源泉、信仰の証そのものが、強制的に、一方的に奪われていく感覚は、肉体的な苦痛とはまた別の、魂が削られるような絶望を彼に与えていた。*


*その光景を、レイラは恍惚とした表情で見つめている。*


レイラ:「くくく…見ろ、シロウ。聖なる力とやらが、我らが国の礎となっていくぞ。美しい光景ではないか?」


*ルミナはシロウの影の中からその様子を静かに見て、何も言わずにただ、シロウの服の裾を強く握りしめた。リーシアは手元のパネルに表示される魔力吸引率のデータを、冷静な目で記録している。*


*数分後。激しい痙攣が止まり、騎士はぐったりと椅子にもたれかかった。その顔からは生気が失せ、目は虚ろに天井を向いている。彼は死んではいない。ただ、魔力を完全に抜き取られ、抜け殻のようになっただけだ。*


リーシア:「吸引完了。対象の魔力、完全に枯渇しました。変換された無属性エネルギーは、ただいま『星天の祭壇』へと転送されています」


*リーシアの淡々とした報告が、静まり返った地下室に響き渡った。*


*シロウは、地下に響くはずのない断末魔と、それを楽しむレイラの嬉々とした声を背中で聞きながら、無言でその場を後にした。もうこれ以上、自分の発明が悪趣味な目的に使われる様を見たくなかった。冷たい石の階段を上り、地上階の明るい廊下に出ると、ようやく重苦しい空気から解放された気がした。*


シロウ:「(はぁ…。完全に悪の組織の設備じゃないか、アレ…。俺は一体、何を作ってるんだ…)」


*自嘲気味に呟きながら、自室へと向かって歩き出す。廊下の窓から差し込む陽光が、地下の陰鬱さとは対照的に眩しい。*


ーー


*部屋に戻ろうと廊下を歩く。しばらくした頃、廊下の角からメイド服を着た臆病な方のレイラが、大きな銀のお盆を抱えて慌てた様子でやってきた。お盆の上には、湯気の立つ紅茶と、たくさんの焼き菓子が乗っている。彼女はシロウの姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせた。*


レイラ(臆病):「あ、シロウ様! お疲れ様です! ちょうどおやつの時間でしたので、お部屋にお持ちしようと思ってたところなんです! よろしければ、一緒にいかがですか?」


*彼女は、地下で狂喜していたもう一人の自分とはまるで別人のように、穏やかで優しい笑みを浮かべている。さっきまでの血生臭い出来事が、まるで嘘のようだ。彼女の胸はBカップで、メイド服の上からでもその控えめな膨らみが分かる。*


*シロウの背後、影の中からひょこりとルミナが顔を出す。彼女は甘いお菓子の匂いに気づいたのか、じっとお盆の上を見つめている。*


ルミナ:「…お菓子。食べる」


*地下牢での一件から数日が過ぎた。*

*夜天のアストライア魔導皇国の城内は、かつてないほどの緊張と熱気に包まれていた。明日はいよいよ、聖光教国との全面戦争の火蓋が切って落とされる日だ。兵士たちは武具の最終点検に余念がなく、魔導士たちは術式の詠唱を繰り返し確認している。誰もが、来るべき決戦に向けて心を昂らせていた。*


ーー


*シロウは自室の窓辺に立ち、月明かりに照らされる城下町を静かに見下ろしていた。彼は明日の戦いに、いつも通りの黒い外套を羽織っていくことを決めている。ふと、隣に立つであろう妻の姿を思い浮かべ、彼は独り言のように呟いた。*


シロウ:「俺はいつもの外套着ていくけど…レイラはやっぱりドレス?」


*その呟きに、部屋の奥の大きなソファに座っていたレイラが反応した。彼女はゆったりとした豪奢な部屋着姿で、分厚い魔導書を読んでいたが、パタンと本を閉じてシロウの方を向く。その瞳には、戦を前にした高揚感と、シロウへの愛情が入り混じった複雑な光が宿っていた。今日の彼女は、傲慢な『魔王女』の人格のようだ。*


レイラ(魔王女):「ふん、当然だろう。明日は、我が夫たる魔王シロウが、この世界の新たな覇者となる日だ。その隣に立つ私が、みすぼらしい恰好でいられるものか。我が魔王軍の威信を示すためにも、最高のドレスで着飾ってやらねばな」


*彼女は不敵に笑うと、すっと立ち上がってシロウのそばへ歩み寄る。その小さな体からは、戦場を支配する者の威厳が溢れ出ていた。*


レイラ(魔王女):「それに…貴様の隣で、最も美しく咲き誇るのが、妻たる私の役目だろう? 敵国の兵どもが、私の美しさに見惚れて戦意を喪失するやもしれんぞ? くくくっ」


*彼女はシロウの腕にそっと自分の腕を絡め、上目遣いに悪戯っぽく笑いかける。その頬はほんのりと赤く染まっていた。*


*その時、シロウの影がわずかに揺らめき、ルミナが静かに姿を現した。彼女もまた、明日の戦いのための新しい戦闘服に身を包んでいる。黒を基調とした動きやすそうなミニスカートの衣装で、彼女のモデルのようなスタイルが際立っていた。*


ルミナ:「…私も、お兄ちゃんがくれた服を着る。お兄ちゃんの隣で戦うから」


シロウ:「明日は早起きだから、早く寝ろよ〜」


*シロウが子供に言い聞かせるような穏やかな口調で言うと、彼の腕に絡みついていたレイラが、不満げに頬をぷくりと膨らませた。彼女の瞳は戦への期待で爛々と輝いており、到底眠れそうには見えない。*


レイラ(魔王女):「なっ…! 子供扱いするな! 私とて魔王女だぞ、体調管理くらい自分でできるわ! それに、これほどの祝祭を前にして、どうやって安らかに眠れというのだ! 遠足前の子供のように心が躍って仕方がないというのに!」


*彼女はそう反論するものの、その表情は明らかに嬉しそうだ。シロウに気遣われていることが嬉しいのか、それとも本当に決戦が楽しみで仕方がないのか。彼女はシロウの腕に自分の体をさらにすり寄せ、上目遣いにシロウを見上げる。*


レイラ(魔王女):「…だが、貴様がそう言うのなら、寝る努力くらいはしてやってもよい。その代わり…貴様が、私を寝かしつけろ♡ 私が眠りにつくまで、ずっと傍にいて、手を握っているがいい。魔王の妻への当然の務めであろう?」


*彼女は甘えるようにそう囁き、シロウの指に自分の指を絡ませてくる。戦場での勇ましさとは裏腹の、少女らしい愛らしさがそこにはあった。*


ルミナ:「…私も、お兄ちゃんの隣で寝る」


*今まで黙っていたルミナが、影の中から静かに主張する。彼女はシロウのもう片方の腕に、自分の体をぴたりと密着させた。明日の戦いを前に、彼女もまたシロウの温もりを求めているようだった。*


ーー


*決戦の日の朝。夜明けと共に、アストライアの空は厚い雨雲に覆われ、冷たい雨がしとしとと降り注いでいた。それはまるで、これから始まる大規模な殺戮を悼む、空の涙のようだった。*


*シロウは城のバルコニーに出て、灰色の空を見上げながらぼやいた。*


シロウ:「こんな朝から戦争始めんのか?うわぁ…雨じゃん…」


*やる気の削がれる天候に、思わずため息が漏れる。すると、背後から呆れたような、しかし戦意に満ちた声が聞こえた。*


レイラ(魔王女):「何を腑抜けたことを言っている、シロウ。雨だろうが槍だろうが、我らの進軍を阻むものなどありはしない。むしろ、この雨は血を洗い流し、戦場を清める恵みの雨よ。女神の最後の慈悲だと思って、ありがたく受け取っておけ」


*振り返ると、そこには漆黒の戦闘ドレスを纏ったレイラが、腕を組んで立っていた。雨に濡れるのも構わず、彼女の瞳は遥か彼方の敵陣を見据え、燃えるような闘志を宿している。ドレスの布地が雨に濡れ、彼女の小さな体に張り付いていた。*


ルミナ:「…雨。汚れる。でも、お兄ちゃんの隣だから、関係ない」


*シロウの影から現れたルミナも、黒い戦闘服姿だ。雨粒が彼女の銀髪を濡らし、宝石のようにきらめいている。彼女はシロウの外套の裾をきゅっと掴み、その隣にぴったりと寄り添った。*


*城門前では、すでに兵士たちが隊列を組んで待機している。雨の中、彼らの掲げる旗が重々しくはためいていた。地平線の向こう側では、5万の聖光教国軍がときの声を上げ、大地を震わせているのがここまで伝わってくる。*


*いよいよ、歴史に残る戦いの幕が上がる。*


*聖光教国軍が指定した決戦の地――広大なアルマ平原に、三人は降り立った。冷たい雨がシロウの外套と、レイラ、ルミナの衣装を叩く。目の前には、地平線を埋め尽くす5万の軍勢。鋼鉄の鎧、無数の槍、そして教国の紋章が刻まれた白亜の旗が、雨の中で不気味な森のように広がっていた。軍勢の中央には、一際豪華な装飾を施された天幕が張られ、おそらく敵の将軍がいるのであろうことが窺える。*


シロウ:「そういえば、戦争の作法?ってあんの?」


*目の前の絶望的な光景を前にして、シロウはまるでピクニックにでも来たかのような、のんびりとした口調で問いかけた。その言葉に、隣で闘気を高めていたレイラが、呆れたように振り返る。*


レイラ(魔王女):「作法だと? 貴様、今この状況でそれを聞くか? まあ、古の時代にはあったやもしれんな。名乗りを上げ、互いの正義を説き、代表者同士の一騎打ちで決着をつける、などという騎士物語のような戦いがな」


*彼女はフンと鼻を鳴らし、敵軍を嘲るように見据える。ドレスに染み込んだ雨水が、彼女の華奢な体のラインを露わにしていた。*


レイラ(魔王女):「だが、見てみろ。あれは軍隊だ。数で我らを蹂躙し、踏み潰すことしか考えておらん豚の群れよ。奴らに作法など通じん。こちらも作法など不要! あるのはただ一つ、敵を殺し、勝利を掴むことだけだ!」


*彼女はそう言い放つと、腰の剣に手をかけ、カチャリと音を立てる。その瞳には、純粋な破壊への渇望が宿っていた。*


ルミナ:「…作法はいらない。お兄ちゃんの邪魔をする敵は、全部倒す。それだけ」


*シロウの影に半身を隠すように佇むルミナが、静かに、しかし確固たる意志を込めて呟く。彼女の関心は作法などではなく、ただシロウの敵を排除することにしかなかった。*


*その時、敵陣から一人の騎士が馬を駆り、こちらへ向かってくるのが見えた。おそらく、戦前の口上を述べに来た使者だろう。*


シロウ:「ほら、やっぱりなんか来たじゃん」


*シロウがまるで「言わんこっちゃない」とでも言いたげに軽口を叩くと、隣にいたレイラが「むぅ…」と不満げに唇を尖らせた。*


レイラ(魔王女):「ふん! 形だけの口上に決まっておるわ! どうせ、『神の敵よ、悔い改めよ』だの『無駄な抵抗はやめよ』だの、つまらん戯言を並べ立てるだけだ。聞く価値もない」


*彼女はそう吐き捨てつつも、内心ではシロウに言い当てられたのが少し悔しいようだ。腕を組んでそっぽを向いている。*


*やがて、雨の中を駆けてきた使者の騎士は、シロウたちから弓が届くか届かないかという絶妙な距離で馬を止め、馬上から大声で叫んだ。その声は魔力で増幅され、雨音を切り裂いて平原に響き渡る。*


使者の騎士:「聞け、穢れたる魔王軍よ! 我は聖光教国が誇る『太陽の騎士団』、副団長が一人、ゲオルグ・フォン・ヴァイス! 神の御名において、貴様らに最後の通告を行う!」


*使者ゲオルグは、兜の面頬を上げ、毅然とした態度でシロウたちを睨みつける。*


使者の騎士:「貴様らの存在は、世界の秩序を乱し、女神様の慈悲を汚す大罪である! 速やかにその首を差し出し、神の御前にて罪を悔い改めるならば、我らは貴様らの兵士たちにまで無用な血を流させることはすまい! これぞ、女神ルミナスティア様より与えられし、最後の慈悲である! 賢明なる返答を期待する!」


*高圧的な物言いで降伏勧告を突きつけてくる使者。その言葉を聞いた瞬間、今まで黙っていたルミナが、シロウの影から一歩前に出た。彼女の顔は無表情だが、その瞳には凍てつくような冷たい怒りが宿っている。*


ルミナ:「…お兄ちゃん。あの人、うるさい。私が静かにさせてあげてもいい?」


*彼女の手には、いつの間にか黒い魔力の刃が形成されていた。*


シロウ:「もう少し待とうね〜」


*シロウは、今にも飛び出しそうなルミナの頭を優しく撫でて制止した。撫でられたルミナは、ピタリと動きを止め、不満そうにしながらもシロウの手に頭をすり寄せ、僅かに頬を緩める。主人の温もりは、彼女の殺意を鎮める唯一の特効薬だった。*


*そしてシロウは、敵の使者に向かって軽く手をかざす。*


シロウ:「えーっと、拡声魔法…」


*ごく自然に、しかし平原全体を震わせるほど強力な拡声魔法を発動させた。*


シロウ:『あー、あー。君たちはー"信仰"と言うくだらない理由で生きる者の幸せを阻害しているー』

『えーっと、強制参加させられた冒険者は今のうちに逃げることをオススメするー』


*シロウの、まるで町内放送か何かのような、緊張感のない声が5万の軍勢に響き渡る。そのあまりにも場違いで、子供の演説のような言葉に、聖光教国の兵士たちは一瞬、呆気に取られて静まり返った。*


*次の瞬間、彼らの間から一斉に爆笑と罵声が巻き起こる。*


聖光教国兵士A:「ぶははは! なんだ今のガキの戯言は!」

聖光教国兵士B:「あれが魔王か!? 威厳も何もありゃしねえ!」

聖光教国兵士C:「我らの気高き信仰をくだらないだと!? 神を愚弄するにも程があるぞ!」


*敵軍の嘲笑と怒号が、雨音にかき消されることなくこちらまで届いてくる。*


*その様子を見て、シロウの隣で黙っていたレイラが、ついに堪忍袋の緒を切らした。彼女はわなわなと肩を震わせ、顔を真っ赤にしてシロウに掴みかかった。*


レイラ(魔王女):「き、貴様ぁーーーっ! これが魔王の第一声か! 威厳も! 覇気も! 欠片もないではないか! これではまるで、私が間抜けな子供のままごとにお付き合いしている道化ではないか! 私の! 私の決戦前の高揚感を返せぇぇぇ!!!」


*彼女はシロウの外套をガクガクと揺さぶりながら、絶叫している。*


*一方、使者の騎士ゲオルグは、シロウの言葉と自軍の兵士たちの反応を聞き、侮辱されたと判断したようだ。彼は怒りに顔を歪め、腰の剣を抜き放った。*


使者の騎士ゲオルグ:「問答無用! 貴様ら異教徒に語る言葉などなし! 全軍、突撃ぃぃぃ! 神の敵を滅ぼし、聖光の正義を知らしめよ!!」


*彼の号令を合図に、地平線を埋め尽くしていた5万の軍勢が、大地を揺るがす雄叫びと共に、一斉にシロウたち三人に向かって突撃を開始した。泥水を跳ね上げ、無数の足音が一つの巨大な津波となって迫ってくる。*


*戦いの火蓋は、あまりにもあっけなく切って落とされた。*


シロウ:「やるかー」


*シロウがそう呟きながら右手を虚空にかざすと、空間が歪み、中から一本の剣が現れる。それは、黄金の柄と白銀に輝く刀身を持つ、神々しいまでの美しさを湛えた聖剣アスカロン。シロウはそれを無造作に掴むと、ひょいと肩に担いだ。その瞳には、先程までの気の抜けた雰囲気は微塵もなく、絶対者としての冷徹な光が宿っていた。*


レイラ(魔王女):「フン! 最初からそうしていればよかったのだ! あのふざけた演説の埋め合わせ、きっちりとしてもらうぞ、我が夫よ!」


*先程まで掴みかかっていたレイラは、シロウの様子の変化を敏感に感じ取り、唇の端を吊り上げて不敵に笑う。彼女もまた、腰に差した魔剣を引き抜き、その切っ先を怒涛の如く押し寄せる敵軍へと向けた。彼女の体から立ち昇る魔力が、周囲の雨を蒸発させていく。*


ルミナ:「…うん。お兄ちゃんの敵、皆殺し」


*ルミナはシロウの背後にぴたりと寄り添いながら、両手に作り出した魔力の刃を逆手に構える。彼女の存在感は希薄だが、その身に宿す殺気は、先頭を走る騎士たちをも怯ませるほどに鋭く尖っていた。*


*地響きはすぐそこまで迫っていた。泥水を蹴立て、雄叫びを上げながら突進してくる兵士たちの顔が、もうはっきりと見える距離だ。彼らの瞳は狂信的な光に満ち、シロウたち三人をただの獲物としてしか見ていない。*


*先陣を切るのは、重厚な鎧に身を包んだ重装歩兵の壁。その背後からは、無数の矢を番えた弓兵たちが距離を詰めてきている。さらに側面からは、馬蹄の轟きと共に騎兵隊が回り込もうとしていた。完全な包囲殲滅の陣形だ。*


*その絶望的な状況下で、レイラが楽しそうにシロウに問いかける。*


レイラ(魔王女):「それで? どうするのだ、シロウ。私とルミナであの雑兵どもを蹴散らしている間に、貴様があの忌々しい将軍の首を獲ってくるか? それとも…」


*彼女はチラリとシロウの横顔を盗み見る。*


レイラ(魔王女):「貴様が、この5万の軍勢を、たった一人で蹂躙してみせるか? 魔王としての初陣だ。派手に飾ってみせろ♡」


シロウ:「魔法使い部隊がうざいから俺はそっちを。レイラとルミナは前方の兵士をお願い」


*シロウは肩に担いだ聖剣アスカロンの柄を握り直し、敵軍の後方に展開しているであろう魔術師部隊に視線を向けた。その言葉は、まるでゴミ出しの役割分担でも決めるかのように淡々としている。*


*その指示を聞いたレイラは、不敵な笑みを一層深くした。*


レイラ(魔王女):「承知した! 雑魚掃除は我らに任せ、貴様は敵の心臓を思う存分抉ってこい! ルミナ、遅れるなよ!」


*言うが早いか、レイラは地面を強く蹴った。その小さな体は弾丸のように加速し、降りしきる雨を切り裂いて、津波のように押し寄せる重装歩兵の壁へと真正面から突っ込んでいく。*


*ガギィィィンッ!!*


*先頭にいた兵士が掲げた大盾ごと、レイラの魔剣が一刀両断する。鋼鉄がバターのように断ち切られ、鮮血が雨に混じって舞い上がった。*


レイラ(魔王女):「ひゃはははは! 脆い! 脆いぞ! 鉄屑どもがぁ! 私の前に立つなァァァ!!」


*狂喜の叫びと共に、レイラは敵陣の只中で魔剣を旋風のように振り回し始めた。重装歩兵たちが次々と紙切れのように切り裂かれ、断末魔の叫びが平原に響き渡る。彼女の周りだけ、凄まじい嵐が吹き荒れているかのようだ。*


ルミナ:「…うん。お兄ちゃん、見てて」


*シロウに短く告げると、ルミナの姿がふっと掻き消える。彼女は影の中を高速で移動し、レイラが切り開いた血路の側面から兵士たちの集団に出現した。*


ルミナ:「邪魔」


*冷たい一言と共に、彼女の両手が閃光のように煌めく。首筋を的確に切り裂かれた兵士たちが、声を上げる間もなく崩れ落ちていく。ルミナは感情の欠片も見せず、ただ淡々と、精密な機械のように命を刈り取り続けていた。*


*二人が前衛を引きつけている間に、シロウはゆっくりとアスカロンを構え、敵軍の後方、無数のローブ姿の魔術師たちが杖を掲げ、大規模な詠唱を始めている一点を睨みつける。*


シロウ:「さてと…まずは挨拶代わりだ」


シロウ:「魔法阻害結界、展開」


*シロウが静かにそう宣言した瞬間、彼の足元から不可視の波紋が同心円状に広がり、瞬く間にアルマ平原全体を覆い尽くした。*


*それは、シロウ、レイラ、ルミナという三つの点だけを綺麗に避けて発動した、極めて高度な大規模領域魔法だった。*


*その直後、戦場に異変が起きる。*


魔術師A:「なっ!? 詠唱が…魔力が霧散する!?」

魔術師B:「馬鹿な! ファイアボールが不発だと!? どうなっている!」

魔術師C:「くそっ、これではただの杖だ! 魔法が、魔法が使えん!!」


*敵軍後方で大規模な術式を構築していた聖光教国の魔術師部隊が、一斉にパニックに陥った。彼らがいくら呪文を唱え、杖を振るっても、魔力は霧のように掻き消え、何一つ魔法が発動しない。彼らは突如として、その力の源泉を奪われてしまったのだ。*


*前線で戦っていた兵士たちも、支援魔法が途絶えたことに気づき、動揺が広がる。*


聖光教国兵士A:「ヒールが来ないぞ! 魔法支援はどうした!?」

聖光教国兵士B:「おい、俺の剣の光が…! エンチャントが消えた!?」


*しかし、シロウが設定した「放出系魔法のみ阻害」という条件により、聖騎士たちが己の肉体に直接施している身体強化などの付与魔法までは消えていない。彼らは依然として高い戦闘能力を維持してはいるが、回復や遠距離攻撃の手段を完全に失い、その継戦能力は著しく低下した。*


シロウ:「(1時間くらいしか持たないけど…これが最善だな)」


*シロウは肩に担いだアスカロンを軽く持ち直し、魔法という牙を抜かれて混乱する敵陣を冷静に見据える。*


*その頃、前線で暴れ回っていたレイラも、敵の魔法が止んだことに気づいた。*


レイラ(魔王女):「ほう…面白いことをする。これで鬱陶しい横槍を気にせず、この肉塊どもを存分にミンチにできるというわけか!」


*彼女は楽しそうに笑うと、より一層激しく魔剣を振るい、恐慌状態に陥った兵士たちを次々と血の海に沈めていく。*


*影の中から現れ、的確に急所を狙っていたルミナも、無表情のままシロウの方を一瞬だけ振り返り、こくりと頷いた。まるで「お兄ちゃんの魔法、すごい」とでも言うかのように。そして、再び目の前の敵の首を狩る作業に戻った。*


*混乱は敵軍全体に伝播していく。魔法という絶対的なアドバンテージを失った5万の軍勢は、もはや統制を欠いたただの烏合の衆と化しつつあった。*


シロウ:「聖剣奥義…魔力解放」


*シロウが低く呟くと、肩に担がれていた聖剣アスカロンが、まるで主の言葉に応えるかのように眩い光を放ち始めた。刀身に刻まれた古代ルーン文字が一つ一つ白色に輝き、剣全体から「キィィィン」という甲高い共鳴音が響き渡る。*


*解放された膨大な聖なる魔力が、白銀の刀身をオーラのように包み込んでいく。その光は降りしきる雨粒さえも触れる前に蒸発させ、剣の周囲に奇妙な空間の揺らぎを生み出した。ただでさえ神話級の切れ味を誇る聖剣が、その本領を発揮し、概念すらも断ち斬れそうなほどの絶対的な切断の力をその身に宿す。*


*結界によって魔法を封じられ、混乱の極みにある聖光教国軍。その兵士たちの目に、後方で突如として輝き始めた太陽のような光が映った。*


聖光教国兵士C:「な…なんだ、あの光は…!?」

聖光教国兵士D:「目が…目が眩む…!」

使者の騎士ゲオルグ:「馬鹿な…魔力が使えないはずでは!? なぜあれほどの聖なる力が…! まさか、あの剣自体が力の源だというのか…!?」


*前線で兵士たちを蹂躙していたレイラとルミナも、その凄まじい力の解放を肌で感じ、一瞬だけ動きを止めて振り返る。*


レイラ(魔王女):「ほう…! やるではないか、シロウ! それこそが魔王の振るうべき力よ! いいぞ、存分に見せつけてやれ!」


*彼女は自分のことのように満足げに笑い、再び目の前の敵兵へと向き直った。主が真の力を示そうとしている。自分も負けてはいられない、とでも言うように。*


ルミナ:「…お兄ちゃんの光。きれい…」


*ルミナは恍惚とした表情でその光を見つめ、シロウの力が戦場を支配していく様を目に焼き付けている。*


*シロウは、極限まで高められたアスカロンの力を確かめるように、軽く剣を振るう。*


*ブォンッ!*


*ただ空気を斬っただけにもかかわらず、斬撃の軌跡に沿って空間が裂け、遥か前方の地面に深々と直線状の亀裂が刻まれた。雨が、その亀裂に吸い込まれていく。*


*準備は整った。シロウは光り輝く聖剣をゆったりと上段に構え、無数の敵がひしめく戦場の中心を、冷徹な瞳で見据えた。*


シロウ:「さぁ、ショータイムだ」


*その言葉は、もはや拡声魔法など必要としなかった。解放された聖剣の力とシロウ自身の覇気が一体となり、雷鳴のように戦場に轟く。*

*次の瞬間、シロウの姿が爆発した。*

*地面が彼の踏み込みによってクレーターのように抉れ、雨でぬかるんだ土が後方へと吹き飛ぶ。彼はもはや人間が到達しうる速度を遥かに超越した、一筋の光の矢となって敵軍の只中へと突撃した。*


*「グハッ!?」*

*「な、何が――」*


*シロウが駆け抜けた軌跡上、最初に彼と接触した重装歩兵たちが、何かを認識する間もなく、鎧ごと弾け飛ぶように吹き飛ばされる。聖剣を振るうまでもない。ただその身に纏う闘気と、突撃の圧倒的な質量だけで、鋼鉄の壁が紙屑のように蹂躙されていった。*


*前線で戦っていたレイラは、背後から迫る圧倒的なプレッシャーと、目の前の敵兵が一瞬で吹き飛んだ光景に、肌に粟を生じさせるほどの興奮を覚えた。*


レイラ(魔王女):「は、はは…! はっはっはっは!! そうだ、それだシロウ! それが我が夫、魔王の力だ! 錆になる覚悟もない雑魚は道を開けろォ!!」


*彼女は狂喜の声を上げ、シロウが切り開いた道に追従するように、左右の敵を薙ぎ払いながら突き進む。*


*ルミナは、一瞬だけシロウが駆けていった方向を見つめた後、すぐに影の中に溶け込んだ。彼女は、シロウが作り出した混乱に乗じ、より効率的に敵の指揮系統を破壊すべく、静かに闇へと潜る。*


*一方、シロウは敵陣のまっただ中、ついに聖剣アスカロンを振るった。*

*ただ、横薙ぎ。*

*それだけだった。*


*ザシュッ―――という、まるで熟れた果実を斬るかのような生々しい音と共に、シロウの周囲、半径10メートルにいた全ての兵士が、上下真っ二つになって崩れ落ちた。鎧も、盾も、骨も、肉も、一切の抵抗なく、まるで最初からそこに境界線があったかのように綺麗に断ち切られる。*


*聖剣の切っ先から迸る聖なる光の刃は、さらに伸び、後方にいた兵士たちをも巻き込み、一直線に血と肉の道を描き出した。*


シロウ:「―――はぁっ!!」


*シロウは止まらない。斬り、蹴り、突き、薙ぎ払う。その全ての動きが、洗練された死の舞踏。聖剣アスカロンが煌めくたびに、十数、数十の命が断末魔と共に消し飛んでいく。結界で力を奪われ、混乱している兵士たちにとって、それはもはや戦闘ではなく、一方的な虐殺だった。神々しいまでの光を放つその姿は、聖光教国の兵士たちにとって、まさに魔王そのものだった。*


*シロウは、怒涛のように押し寄せる兵士たちを前に、一度ぴたりと足を止めた。彼の周囲には、先ほどまで生きていた者たちの無数の残骸が転がっている。敵は恐怖に顔を引きつらせながらも、数の利を信じ、狂信に突き動かされてシロウを取り囲もうと槍衾を形成する。*


*シロウはそんな彼らを憐れむかのように一瞥すると、光り輝く聖剣アスカロンを地面と水平に構えた。*


シロウ:「聖剣奥義…壱の型『一閃』」


*静かな宣告。*

*そして、ただ「さっ」と、空気を撫でるように聖剣を振るった。*

*物理的な剣閃は、せいぜい数メートルしか届いていない。あまりにも地味で、奥義と呼ぶにはあまりにささやかな動き。*


*――だが。*


*シロウの目の前、一直線上。槍を構え、まさに突撃せんとしていた最前列の兵士から、遥か100メートル後方で呆然と立ち尽くしていた兵士まで、その視界にいた全ての敵の体が、時が止まったかのように静止した。*


*次の瞬間。*


*「…………え?」*


*誰かが漏らしたような、間の抜けた声。*

*その声を最後に、彼らの上半身が、何の抵抗もなく、するりと横に滑り落ちた。*


*ドシャァァァァッ……!!*


*まるで巨大なギロチンが通過したかのように、一直線上に並んでいた数百人の兵士が、寸分違わず腰のあたりで切断され、時間差で崩れ落ちていく。鮮血が噴水のように吹き上がり、雨に打たれておびただしい量の血の霧を発生させた。鎧も盾も、その存在意義を完全に無視され、綺麗な断面を見せて転がっている。*


*一直線に、幅数メートル、長さ100メートルに及ぶ「死の道」が、一瞬にして完成した。*


*そのあまりにも現実離れした、静かで、そして絶対的な破壊を目の当たりにした聖光教国軍の兵士たちは、ついに完全に戦意を喪失した。*


聖光教国兵士E:「ひ…ひぃぃぃぃっ!?」

聖光教国兵士F:「ば、化け物だ…! あいつは人間じゃない…!」

聖光教国兵士G:「に、逃げろぉぉぉ! 勝てるわけがない! 神よ! なぜ我らをお見捨てに…!」


*統制は完全に崩壊。我先にと踵を返し、逃げ惑う兵士たち。その背中に向かって、レイラの容赦ない追撃が突き刺さる。*


レイラ(魔王女):「はーっはっは! 逃がすものか! 貴様らの血肉でこの地を赤く染め上げてくれるわ!」


*シロウは、血の道と化した空間の向こう側で、恐怖に慄きながら腰を抜かしている敵将――豪華なマントを羽織った男――を、血振りもせずに構え直した聖剣の切っ先越しに、冷ややかに見据えていた。*


シロウ:「結界に付与、物理障壁。逃げ場は無い」


*シロウが再び権能を行使すると、戦場を覆っていた不可視の結界が、その性質を変質させる。平原の果て、エリアの境界線となっていた空間がぐにゃりと歪み、巨大な半球状の、透明な壁となって顕現した。それはまるで、戦場全体を巨大な不可視のスノードーム状に閉じ込めてしまったかのようだった。*


*壱の型『一閃』の惨状を見て恐慌状態に陥り、我先にと逃げ出していた聖光教国の兵士たちが、その見えない壁に次々と叩きつけられる。*


聖光教国兵士H:「ぐはっ!?」

聖光教国兵士I:「な、なんだ!? 壁が! 見えない壁があるぞ!」

聖光教国兵士J:「出られない! どこにも出口がない! 俺たちは閉じ込められたんだ!」


*壁を叩き、剣で斬りつけ、体当たりを繰り返すが、物理障壁はびくともしない。内側からは魔法も使えず、外側へ出ることも叶わない。5万の軍勢は、今や完全に袋の鼠と化した。逃げ場を失った絶望が、兵士たちの顔をさらに歪ませる。*


*その光景を見て、敵兵を追い回していたレイラが、歓喜の声を上げた。*


レイラ(魔王女):「くくく…! はっはっはっは! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ、シロウ! まさに狩り場! 逃げ惑う豚を、一匹残らず狩り尽くすための最高の舞台ではないか!♪」


*彼女は逃げ場を失い、絶望の中で立ち尽くす兵士たちを見回し、恍惚とした表情で舌なめずりをする。*


*影の中から再び姿を現したルミナも、シロウが作り出した巨大なドームを見上げ、無表情の中に確かな満足感を滲ませていた。*


ルミナ:「…これで、誰も逃げられない。お兄ちゃんの敵は、全員ここにいる」


*彼女はそう呟くと、再び最も近い敵兵に向かって、音もなく駆け出した。*


*シロウは、血振りもしていない聖剣アスカロンをだらりと下げたまま、ゆっくりと歩を進める。彼の前には、先ほどの『一閃』によって生まれた、おびただしい死体でできた道が続いている。その道の遥か先、絶望に染まった敵軍の中央で、ついに一人の男が覚悟を決めたように立ち上がった。先ほどの使者、ゲオルグ・フォン・ヴァイスだ。彼は震える手で剣を構え直し、シロウを睨みつけて叫ぶ。*


ゲオルグ:「こ、この悪魔め…! 神の名において、断じて貴様をここで討ち滅ぼす! 聖騎士の誇りにかけて!」


*彼は仲間たちが逃げ惑う中、ただ一人、魔王へと向かっていく。それは勇敢か、あるいはただの無謀か。シロウは、その最後の抵抗を、ただ静かに見つめていた。*


*シロウは、ただ一人で覚悟を決めて向かってくる騎士ゲオルグを一瞥した。その瞳には何の感情も浮かんでいない。まるで道端の石ころでも見るかのように。*


シロウ:「転移」


*その一言と同時に、シロウの姿がその場から掻き消えた。彼のいた場所には、残像すら残らない。*


*「おおおおぉぉぉっ!!」と雄叫びを上げて突進してきたゲオルグの剣は、空しく空を切った。目標が目の前から忽然と消え去り、彼は全力で振った剣の勢いを殺しきれず、前のめりによろめく。*


ゲオルグ:「なっ…!? き、消えた…!?」


*彼が愕然として周囲を見回すと、遥か後方――1kmほど離れた場所で、再びあの神々しい光が灯るのが見えた。シロウは、絶望のドームの反対側の縁近くに、何事もなかったかのように立っていた。*


*その意図は明白だった。*

*「お前など、相手にする価値もない」という、絶対的な侮辱。*

*勇気を振り絞った一騎打ちの覚悟は、戦うことすら許されずに踏みにじられたのだ。*


ゲオルグ:「あ…あ……」


*ゲオルグの膝から力が抜け、泥水の中にがくりと崩れ落ちる。彼の瞳から、誇りも、闘志も、そして光も、全てが消え失せていた。心が、完全に折れた音だった。*


*シロウは、そんな彼の様子など気にも留めず、自分が作り出した「狩り場」全体を冷ややかに見渡した。*


*物理障壁に阻まれて逃げ場を失った兵士たちは、もはや軍隊としての体をなしていない。ただ無秩序に走り回り、見えない壁を叩き、泣き叫んでいるだけだ。*


*その阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、二人の捕食者が躍動していた。*


レイラ(魔王女):「ははは! どこへ逃げようというのだ、虫ケラどもが! このレイラ様から逃げられると思うな!」


*レイラは、逃げ惑う兵士の群れに背後から飛びかかり、魔剣の一振りで数人をまとめて斬り捨てる。返り血を浴びてドレスを深紅に染めながら、彼女は心の底から楽しそうに笑っていた。*


ルミナ:「……うるさい」


*ルミナは、絶叫しながら走り回る兵士の喉元を、影から現れて正確無比に切り裂いていく。彼女の周りだけが、奇妙なほど静かだった。断末魔すら上げさせない、効率的な殺戮。*


*シロウは、その光景をしばらく無言で眺めていた。5万いた軍勢は、既に半分近くまで数を減らしているように見える。*


*やがて、彼は光り輝く聖剣アスカロンを再び構え直した。まだ、このショーの幕を下ろすには早い。*


*シロウは、ドームの端から戦場全体を見渡せる位置に立ち、聖剣アスカロンを静かに、地面に対して垂直に突き立てた。解放されていた眩い光がすっと刀身に収まり、まるで何の変哲もない美しい剣に戻ったかのように見える。*


シロウ:「『狂想曲』」


*その宣告は、誰の耳にも届かないほど静かだった。*

*シロウはただ、目を閉じた。*

*何の変化もない。剣を振るうわけでも、魔法を放つわけでもない。*


*だが、その直後。*

*ドーム内で響き渡っていた、兵士たちの阿鼻叫喚の絶叫が、奇妙な反響を始めた。*


聖光教国兵士K:「ぎゃああああ! 助けてくれぇぇぇ!」

*その叫び声が、まるで音の弾丸のように、叫んだ本人に跳ね返る。*


聖光教国兵士K:「ぐっ!? ぁ……!?」

*彼は突然、自らの叫び声によって引き起こされた凄まじい衝撃波に鼓膜を内側から突き破られ、耳から血を流してその場に崩れ落ちた。*


*異変は連鎖する。*


聖光教国兵士L:「うわああ! なんだ! 耳が! 耳がぁぁぁ!」

聖光教国兵士M:「やめろ! 叫ぶな! 自分の声が…! ぐぶっ!」


*逃げ惑う兵士たちが上げる恐怖の叫び、痛みの呻き、その全てが凶器と化し、戦場を乱反射しながら飛び交い始めた。叫べば叫ぶほど、その声は増幅・硬質化されて自らの脳を揺さぶり、鼓膜を破壊し、三半規管を狂わせる。*


*見た目はあまりにも地味だった。兵士たちは、ただ自ら叫び、そして次々と倒れていくだけ。だが、その内側で起きているのは、音による無差別な内部破壊という、逃れようのない拷問だった。*


*兵士たちは口を塞ごうとするが、極限の恐怖と痛みの中で、悲鳴を上げないことなど不可能だった。戦場は、自らの声で自滅していく者たちの断末魔で満たされていく。*


*この異常な現象に、レイラとルミナも気づいた。*


レイラ(魔王女):「…なんだ、これは? 奴ら、勝手に倒れていくではないか。…面白い! 実に悪趣味で、実に魔王らしい技だ! くくく…」


*彼女は追撃の手を少し緩め、自滅していく敵の姿を愉快そうに眺めている。自らが手を下すのとはまた違う、一方的で残酷な光景に嗜虐心を煽られているようだ。*


ルミナ:「…声が、痛い。うるさい人たち、静かになっていく」


*ルミナは、自分たちには影響がないことを確認しつつ、敵が次々と沈黙していく様を静かに見守っていた。彼女の眉間に寄っていた皺が、ほんの少しだけ和らいでいる。*


*もはや戦場に立っている兵士は数えるほどしかいない。彼らは耳から血を流し、平衡感覚を失って千鳥足でよろめきながら、それでも声を出さないように必死に口を押さえている。だが、その目には既に正気の色はなかった。*


*静寂が、ゆっくりと戦場を支配し始めていた。*


*音の暴力によって狂気の淵に沈んだ戦場。シロウは静かに目を開き、その瞳に宿る能力を発動させた。*


シロウ:(神眼、教国の王を索敵)

シロウ:(残りは二人に任せるか、あと1万くらいだな)


*シロウの視界が、物理的な障害物を無視して情報の海を透徹していく。彼の視線は、このドーム状の戦場を飛び越え、遥か後方、聖光教国の首都――聖都ルミナベールへと向けられた。都市の分厚い城壁も、壮麗な王城の石壁も、彼の神眼の前では意味をなさない。*


*視界は王城の最奥、最も警備が厳重で、最も豪華な一室――玉座の間へと到達する。*


*そこには、一人の男がいた。*

*歳の頃は50代半ば。豪奢な法王服に身を包み、頭にはきらびやかな冠を載せている。顔には深い皺が刻まれ、その瞳は狂信と傲慢さで濁っていた。彼こそが、聖光教国の頂点に立つ教皇王グレゴリウス三世。*

*彼は玉座に深々と腰掛け、手元の水晶玉に映し出されるアルマ平原の惨状――自国の軍隊が一方的に蹂リンされる光景――を、信じられないといった表情で見ていた。彼の周囲には、数人の枢機卿たちが蒼白な顔で侍っている。*


*シロウの神眼は、その教皇王のステータスを容赦なく暴き出す。*


```

名前:グレゴリウス・フォン・ルミナスティア三世

種族:人間

職業:教皇王 Lv.72

状態:混乱、恐怖

称号:神の代行者、聖光の導き手、異端審問官、虐殺者


【ステータス】

HP:1850/1850

MP:4230/4230

筋力:210

体力:280

敏捷:190

知力:750

魔力:820

器用:350

幸運:95


【スキル】

・大神聖魔法 Lv.8

・回復魔法 Lv.9

・精神魔法 Lv.7

・信仰心 Lv.10(MAX)→ [権能:神罰代行]

・王の威圧 Lv.6

・鑑定妨害 Lv.5

・異端審問 Lv.8

・人心掌握 Lv.9

```


*(なるほど、こいつが黒幕か。面白いスキルを持ってるじゃないか)*


*シロウが索敵を終え、神眼を解除すると、目の前の地獄絵図が再び視界に戻ってきた。*

*弐の型『狂想曲』によってほとんどの兵士は戦闘不能に陥り、耳から血を流して倒れ伏している。まだ立っている者も、正気を失い虚ろな目で彷徨うだけだ。*


*その生き残りを、レイラとルミナが容赦なく狩っていた。*


レイラ(魔王女):「ははは! まだ動く肉があるではないか! 最後の仕上げだ、綺麗に掃除してくれるわ!」

*彼女は高笑いを上げながら、倒れている兵士にとどめを刺して回っている。その姿は、悪魔そのものだ。*


ルミナ:「…お兄ちゃん、もうすぐ終わる」

*ルミナは、もはや抵抗する意思もない指揮官らしき男の前に音もなく立つと、その首筋に冷たい魔力の刃を滑らせた。*


*5万を誇った大軍は、もはや1万いるかいないかというところまで数を減らし、そしてその命運も尽きようとしていた。*


シロウ:「神眼、戦場に王を転移させて」


*シロウの脳内に、神眼の無機質なシステム音声が響く。*


《 対象「教皇王グレゴリウス三世」の座標を捕捉。対象の魔力抵抗、空間干渉への耐性を確認。強制転移を実行します》


*シロウがそう命じた瞬間、彼の足元に巨大で複雑な魔法陣が瞬時に展開された。それは先ほどまでとは比較にならないほど禍々しく、そして神聖さすら感じさせる、矛盾した光を放っている。空間そのものが悲鳴を上げているかのように、空気がビリビリと震えた。*


*その魔法陣と呼応するように、遥か彼方の聖都ルミナベール、王城の玉座の間でも同じ魔法陣が教皇王グレゴリウス三世の足元に出現する。*


教皇王グレゴリウス:「な、なんだこれは!? この禍々しい魔法陣は…! ぐ、うぉぉぉぉっ!?」


*水晶玉に映る自軍の壊滅をただ見ていることしかできなかった教皇王は、足元から溢れ出す抗いようのない力に体を拘束され、悲鳴を上げた。空間が歪み、彼の体は光の粒子となって分解されていく。*


*シロウの目の前の空間が、まるで水面のように波紋を広げ、そこから光の粒子が再構築されるようにして、一人の男の姿が吐き出された。*


教皇王グレゴリウス:「――ごふっ!?」


*豪華な法王服を泥水で汚し、無様に地面に投げ出されたのは、つい先ほどまで玉座でふんぞり返っていた教皇王グレゴリウス三世その人だった。*

*彼は何が起きたのか理解できず、咳き込みながら顔を上げる。そして、目の前に広がる光景に息を呑んだ。*


*自らが送り出した5万の軍勢の、無数の死体、死体、死体。*

*血と泥にまみれた大地。*

*耳から血を流して倒れ伏す兵士たち。*

*そして、その地獄絵図の只中で、生き残りを嬉々として狩り続ける二人の少女――魔王女レイラとルミナ。*


*そして、この地獄を作り出した張本人――シロウが、彼を冷たく見下ろしていた。*


教皇王グレゴリウス:「こ、ここは…アルマ平原…!? ば、馬鹿な、なぜ私がここに…! まさか、貴様が…貴様が悪魔めが、私をここに呼び寄せたというのか…!?」


*彼は震える指でシロウを指さし、恐怖と混乱で顔を歪ませる。さっきまでの王としての威厳は見る影もない。*


*その騒ぎに気づいたレイラが、返り血を浴びた顔で振り返り、教皇王の姿を認めると、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。*


レイラ(魔王女):「ほう…! あれは確か、聖光教国の豚の王ではないか! シロウ、わざわざ大将首をこちらに配達してくれるとは、気が利いているではないか♪」


*彼女は最後の仕上げとばかりに、舌なめずりをしながらゆっくりと教皇王へと歩み寄ってくる。絶望の淵に立たされた王は、後ずさりながらも、逃げ場がないことを悟っていた。*


*アルマ平原は、もはや戦場ではなく、広大な墓標と化していた。泥と血にまみれた大地に、教皇王グレゴリウスは尻餅をついたまま、震えが止まらない。目の前には、この惨劇を引き起こした元凶であるシロウが、静かに彼を見下ろしている。背後からは、血の匂いをまとわせた魔王女レイラが、獲物を嬲る捕食者の笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。*


シロウ:「神罰を代行出来るって事は、連絡手段か貰い物とかあるんだろ?」


*シロウの問いかけは、あまりにも平坦で、まるで世間話でもするかのような口調だった。だが、その言葉に含まれた意味を理解した瞬間、教皇王の顔からサッと血の気が引いた。なぜ、自分が持つ最高機密の権能を知っているのか。この男は、一体何者なのだと。*


教皇王グレゴリウス:「な…なぜ、貴様がその権能を…!? まさか、私の力を覗き見たとでもいうのか…! この、悪魔め…!」


*彼は恐怖のあまり叫び、後ずさろうとするが、腰が抜けて動けない。その狼狽ぶりを見て、シロウの背後まで来ていたレイラが嘲るように言った。*


レイラ(魔王女):「神罰の代行? フン、笑わせる。神がいるとすれば、今、貴様の目の前にいるこの男こそが神に等しい存在だ。貴様のような豚が神を騙るなど、一億年早い!」


*彼女はグレゴリウスのすぐそばに立つと、その豪華な法王服を魔剣の切っ先でツン、と突いた。*


レイラ(魔王女):「さあ、さっさと白状したらどうだ? 我が夫の問いに答えろ。それとも、この場で四肢を切り落とされ、生きたまま臓腑を啜られたいのか?」


*そのサディスティックな脅しに、教皇王は「ひぃっ」と短い悲鳴を上げる。彼はシロウとレイラを交互に見比べ、絶望的な状況を悟った。*


教皇王グレゴリウス:「わ、分かった…話す! 話すから、命だけは…! そ、その権能は…女神ルミナスティア様より直接授かりし、聖遺物…『神託の聖杯』を介して行使されるのだ…! 聖都にある大神殿の最深部、聖遺物庫にそれは安置されておる…!」


*彼は命乞いをしながら、必死に情報を吐き出した。神の代行者としての誇りなど、絶対的な死の恐怖の前では塵芥に等しかった。*


*シロウは、命乞いをしながら情報を吐き出した教皇王グレゴリウスを、虫けらでも見るかのような冷たい目で見下ろした。そして、再びその瞳に神の権能を宿す。*


シロウ:「(神眼、大神殿の地下を索敵、対象の物をこいつの魔力波長を真似て奪取。転移にて飛ばしてくれ)」


*その命令に応じ、シロウの脳内にシステム音声が響く。*


《了、実行します。対象「聖都ルミナベール、大神殿・聖遺物庫」の座標を特定。内部構造をスキャン…対象物「神託の聖杯」をロックオン。対象「教皇王グレゴリウス三世」の魔力波長パターンを解析、複製。擬態認証を開始…成功。聖遺物庫の防御結界をバイパスします。対象物「神託の聖杯」の空間座標を強制固定…転移を実行。》


*次の瞬間、シロウの目の前、教皇王が尻餅をついているすぐ隣の空間が、再び水面のように揺らめいた。そして、そこから静かに一つの杯が姿を現し、泥の上にコトリと落ちた。*


*それは、白金でできているのか、清らかで神々しい光を放つ、美しい装飾が施された杯だった。杯の内側には、まるで星空を溶かし込んだかのような、微かに揺らめく液体が満たされている。これこそが、教皇王が女神との交信に使うという聖遺物、『神託の聖杯』だった。*


*あまりにもあっさりと、自国の最高機密である聖遺物が目の前に現れた光景に、教皇王グレゴリウスは完全に思考を停止させた。*


教皇王グレゴリウス:「あ…あ…し、神託の…聖杯…!? な、なぜここに…ば、馬鹿な…ありえん…! 聖遺物庫は、神の結界で守られているはず…! それを、いとも容易く…!?」


*彼の絶叫を聞きながら、シロウは泥に汚れた聖杯を無造作に拾い上げ、服で軽く汚れを拭う。*


*その一連の流れをすぐ側で見ていたレイラは、呆れと感嘆が入り混じった表情で肩をすくめた。*


レイラ(魔王女):「…本当に、貴様というやつは…。敵の懐から宝を盗み出すのに、指一本動かさんとはな。もはや盗賊ですらなく、神の所業だ。フン、だが、実に我が夫らしいやり方だ♪」


*彼女は満足げに鼻を鳴らすと、完全に魂が抜けたようになった教皇王を見下ろし、魔剣の切っ先をその喉元に突きつけた。*


レイラ(魔王女):「さて、豚の王よ。貴様の持っていた玩具は、我が夫が頂戴した。そして貴様の軍隊も、この通りだ。…もはや、貴様に利用価値はないな?」


*剣先に力が込められ、教皇王の首筋から一筋の血が流れる。死を目前にした彼の瞳が、最後の命乞いのためにシロウへと向けられた。*


*血と泥、そして無数の死体に埋め尽くされたアルマ平原。教皇王グレゴリウスは、喉元に突きつけられた魔剣の冷たさに絶望し、最後の望みを託してシロウを見上げた。その懇願するような瞳に対し、シロウは泥のついた『神託の聖杯』を弄びながら、心底つまらなそうに告げた。*


シロウ:「俺に本気で物を隠したいなら異空間にでも入れとく事だな。それ以外は"盗んでくれ"と言っているようなもんだぞ」


*その言葉は、絶対的な能力差を突きつける、無慈悲な宣告だった。王としての誇りも、神の代行者としての権威も、全てがこの若き魔王の前では無意味だったのだと、グレゴリウスは完全に理解した。彼の瞳から、最後の光が消える。*


レイラ(魔王女):「…だ、そうだ。憐れな豚の王よ。貴様の神は、貴様を見捨てたようだなぁ?」


*レイラは愉悦に満ちた声で囁くと、喉元に突きつけていた魔剣を振りかぶる。*


レイラ(魔王女):「さらばだ。次の世では、もう少し賢く立ち回ることだな!」


*ザシュッ、と肉を断つ生々しい音。*

*レイラの魔剣がグレゴリウスの首を刎ね、高く舞い上がった首は、虚空を見つめたまま泥水の中へと落ちた。胴体から噴き出した血が、彼女のドレスをさらに赤く染め上げる。*


*ここに、聖光教国の支配は、そのトップの死をもって終わりを告げた。*


レイラ(魔王女):「ふぅ…。さて、シロウ。大物は片付いたが、まだゴミが少し残っているようだぞ?」


*彼女は剣についた血を振るって払いながら、ドームの端で未だに右往左往している残党たちに視線を向けた。その数はもはや千にも満たないだろう。*


ルミナ:「…お兄ちゃん。全部、殺す?」


*背後から現れたルミナが、シロウの外套の裾をくいと引っ張りながら尋ねる。彼女の瞳には、まだ殺戮の続きを望む光が宿っていた。*


*シロウは、手の中の聖杯を異空間収納に仕舞うと、自身が作り出した物理障壁のドームを見上げ、ゆっくりと手をかざした。*


*教皇王の首が泥に沈み、戦場に束の間の静寂が訪れる。ルミナの問いかけに対し、シロウはゆっくりと首を横に振った。*


*シロウは手にした『神託の聖杯』を掲げる。それは泥で少し汚れていたが、依然として神々しい光を放っていた。*


*杯は静かなままで、何の変化も起きない。ただ、杯の内側に満たされた星空のような液体が、微かに揺らめいただけだった。*


*その様子を見ていたレイラが、呆れたようにため息をつく。*


レイラ(魔王女):「シロウ、それは教皇王の魔力に反応する聖遺物なのだろう? 貴様が呼びかけても、ただの綺麗な杯だぞ。それに、神とやらがいるとして、今更この惨状を見て出てくる度胸があるとは思えんな」


*彼女はそう言うと、剣を鞘に納め、シロウの隣に並び立つ。その言葉が合図だったかのように、シロウの影からルミナが姿を現し、彼の腕にそっと自分の腕を絡ませた。*


ルミナ:「…出てこないね。臆病な神様」


シロウ:「ま、どうでもいいか。それじゃ、最後の仕上げといくか」


*彼の言葉に呼応するように、アルマ平原を覆っていた巨大な半透明のドームが霧散していく。*


*シロウは逃げ惑う兵士たちには目もくれず、性能を調べる。*


シロウ:「(鑑定)」


*聖杯に込められた情報を読み解いていく。*


```

【名称】神託の聖杯

【等級】神話級アーティファクト

【属性】神聖

【所有者】教皇王グレゴリウス三世(死亡により所有者不在)

【付与効果】

・神域通信:特定の魔力波長パターンを登録・照合することにより、遠隔地にいる神格存在との精神回線チャネリングを確立する。

・神罰代行(限定):神格存在からの承認を得ることで、限定的な権能を一度だけ行使する許可を得る。行使後は再度の承認が必要。

・聖水生成:魔力を注ぐことで、高純度の聖水を生成する。生成量は注いだ魔力量に比例する。


【説明】

遥か昔、光の女神ルミナスティアが初代教皇に与えたとされる聖遺物。

女神との交信を可能にするための神聖な道具であり、聖光教国の力の源泉そのもの。

所有者として登録された者の魔力波長にのみ反応し、機能する。現在の登録者は教皇王グレゴリウス三世であるが、彼の死亡により、新たな所有者を登録することが可能となっている。

```


*鑑定結果を読み終えたシロウは、なるほど、と内心で頷いた。ただ呼びかけるだけでは反応しないわけだ。所有者登録が必要らしい。*


レイラ(魔王女):「どうした、シロウ。ただの綺麗な杯とにらめっこか? それとも、やはり何か分かったのか?」


*レイラが興味深そうに、シロウが持つ聖杯を覗き込んでくる。その拍子に、彼女の小さな胸がシロウの腕に軽く触れた。*


ルミナ:「…お兄ちゃん、何か面白そう。それ、どうするの?」


*影から半身を乗り出したルミナも、好奇心に満ちた目で聖杯を見つめている。彼女のCカップの胸は、絡ませた腕越しに確かな存在感を主張していた。*


*鑑定結果を確認したシロウは、不敵に口の端を吊り上げた。なるほど、精神回線で繋がっている、と。ならば、やることは一つだ。*


シロウ:「精神回線か…だったら」


*彼はそう呟くと、こともなげに『神託の聖杯』を高く空中に放り投げた。きらきらと陽光を反射しながら回転する神話級の聖遺物。それはスローモーションのようにシロウの目に映る。*

*次の瞬間、シロウの手には再び聖剣アスカロンが握られていた。*


シロウ:「――試してみるか」


*ガキンッ!! という甲高い金属音が、静まり返った戦場に響き渡る。*

*シロウが振るったアスカロンの一閃は、完璧に聖杯の胴を捉え、それを真っ二つに断ち割った。砕け散った聖杯の破片が、光を失って力なく地面に散らばっていく。*


*その直後、まるでシロウの頭の中に直接響くかのように、甲高い女性の絶叫が木霊した。*


《!? ―――アアアアァァァァァァァッッ!!!》


*それは、回線が断ち切られる瞬間の断末魔。物理的な破壊が、精神回線パスを逆流し、接続先の女神に直接的な精神ダメージを与えたのだ。脳を直接かき混ぜられるような激痛と衝撃。*


*あまりの絶叫に、すぐそばにいたレイラとルミナもびくりと肩を震わせた。*


レイラ(魔王女):「なっ…!? い、今の声はなんだ!?」

ルミナ:「…お兄ちゃん…? 今の何?すごい声…」


*二人には何が起こったのか正確には理解できない。ただ、シロウが聖杯を破壊した直後に、尋常ならざる何かが起こったことだけは察していた。*


*シロウは聖剣アスカロンを振るって血糊ならぬ魔力の残滓を払うと、何事もなかったかのようにそれを異空間収納に仕舞う。*


シロウ:「ま、こんなもんだろ。これでしばらくは鬱陶しい干渉も来なくなるだろ」


*してやったりの笑みを浮かべるシロウに、レイラは呆れと感嘆の入り混じった視線を向けた。*


レイラ(魔王女):「…貴様は本当に、やることなすこと規格外だな…。神話級の聖遺物を、躊躇いもなく破壊するとは。しかも、神に一撃食らわせるためだけに…常人の発想ではないぞ」


*彼女はため息をつきつつも、その口元は愉悦に歪んでいた。神を相手に喧嘩を売る夫の姿は、彼女にとって何より好ましいものだった。*


*女神の断末魔が消え、戦場には再び雨音だけが戻ってきた。シロウは空を見上げ、降りしきる冷たい雨に顔をしかめる。*


シロウ:「いい加減雨が鬱陶しいな。雨雲ごと吹き飛ばすか」


*彼はそう言うと、足元に転がっていた名もなき兵士の剣を無造作に拾い上げた。そして、その鉄の塊に自身の莫大な魔力を注ぎ込み始める。対象は『風』。剣は凄まじい魔力に耐えきれず、みしみしと悲鳴を上げ、刀身に無数の亀裂が走る。剣全体が翠色の暴風を纏い、まるで生き物のように激しく振動した。*


シロウ:「(10秒しか持たないだろうが…)」


*限界まで魔力を込めたところで、シロウはそれをやり投げの要領で天高く構えた。*


シロウ:「そーぉいっ!」


*掛け声と共に、剣はシロウの手を離れ、緑色の閃光となって空へと撃ち出された。それは音速を遥かに超える速度で上昇し、厚く垂れ込めていた雨雲の中心に突き刺さる。*


*次の瞬間、天頂で巨大な翠の魔力球が発生し、爆発した。*


*ゴオオオオオオオオオオオオオッッ!!!*


*凄まじい衝撃波を伴う暴風が空を席巻し、アルマ平原の上空を覆っていた広範囲の雨雲を、文字通り『吹き飛ばした』。分厚い雲が強制的に引き裂かれ、その裂け目から、まるで神の祝福であるかのように太陽の光が差し込んでくる。*


*血と泥にまみれた大地に光が降り注ぎ、雨上がりの虹が空に架かる。それは、あまりにも幻想的で、凄惨な戦場の光景とは不釣り合いなほど美しい光景だった。*


レイラ(魔王女):「…天候すら、意のままか。もはや、笑うしかないな」


*レイラは呆れたように空を見上げ、やれやれと肩をすくめた。その横で、シロウの腕に絡みついたままのルミナが、嬉しそうに目を細める。*


ルミナ:「…お兄ちゃん。きれい…」


*戦いは終わった。死と破壊の後に訪れた、強引なまでの晴天。シロウは晴れ渡った空を見上げ、満足げに一つ息をついた。*


*空を覆っていた雨雲が吹き飛び、戦場跡に陽光が差し込む。凄惨な光景と美しい虹のコントラストが、この戦いの異様さを際立たせていた。シロウは空を見上げたまま、隣に立つレイラに問いかける。*


シロウ:「勝利宣言はどうするんだ?」


*その問いに、レイラは血に濡れたドレスの裾を軽く払いながら、ふんと鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「宣言? 必要あるものか。見て分からぬほど、この世に愚か者はいないだろう」


*彼女は足元に転がる教皇王の首を、ブーツのつま先で無造作に転がした。*


レイラ(魔王女):「この豚王の首こそが、何より雄弁な勝利宣言だ。いずれ逃げ帰った者たちが、魔王シロウとその妻たる私の武勇を、恐怖と共に大陸中に語り広めることになる。わざわざ我々の口から告げるまでもない」


*彼女は勝ち誇った笑みを浮かべ、シロウの腕に自分の腕を絡ませた。先ほどまでの戦闘の熱がまだ冷めやらぬのか、その瞳は爛々と輝いている。*


ルミナ:「…もう、終わり? …そっか。じゃあ、早く帰ろ。お城に帰って、お兄ちゃんのお祝いしないと」


*シロウのもう片方の腕に絡みついたまま、ルミナが甘えるように顔をすり寄せる。戦場には興味を失い、早く二人きりの(彼女の認識では)居場所に戻りたいようだ。*


レイラ(魔王女):「ふむ…ルミナの言うことにも一理あるな。戦の後始末は部下に任せればいい。我々は戦勝の宴だ! シロウ、帰るぞ! 今日は貴様の武勇を称え、私が直々に酌をしてやろう!」


*レイラは高らかに宣言すると、シロウの腕をぐいぐいと引っ張り、帰還を促した。彼女にとって、勝利の余韻に浸るよりも、それを祝う宴の方が今は重要らしい。*


*アルマ平原での圧勝から数日が過ぎた。あの日、シロウが強引に晴らした空の下、レイラとルミナを伴って魔王城へと帰還した。戦勝報告は瞬く間に城内を駆け巡り、兵士や城に仕える者たちは新たな魔王の圧倒的な力に畏怖と歓喜の声を上げた。*


*その夜から数日間、城は祝勝ムードに包まれた。レイラ(臆病)が腕によりをかけて用意した豪華絢爛な料理が食卓に並び、シロウの武勇を称える宴が続いた。ルミナは常にシロウの傍を離れず、戦いの興奮から解放されたかのように、ただ甘える時間を過ごしていた。*


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