103
103
*決戦の日が迫り、魔王城はかつてないほどの活気と緊張感に包まれていた。武具を打ち鳴らす音、兵士たちの鬨の声、そして指揮官たちの怒号が飛び交う。もっとも、その喧騒の中心にいるのはレイラと彼女が直接指揮する部隊、そしてゼノス率いる竜人族たちだ。シロウ自身は、総大将という名目のもと、レイラから「どっしり構えていろ」と釘を刺され、比較的のんびりと過ごしていた。*
*作戦室で巨大な地図を睨みつけ、駒を動かしているレイラに、シロウは声をかける。*
シロウ:「王国側の数は?」
*シロウの問いに、レイラは地図から目を離さずに答えた。その声には、敵を分析し尽くしたという自信が満ちている。*
レイラ(魔王女):「フン、数だけは揃えてきたようだな。王国騎士団が約三万。それに加え、各地からかき集めた傭兵や領主の私兵が二万。総勢五万といったところだ。小国相手なら、その数だけで降伏するだろうな」
*彼女は一つの駒を嘲るように指で弾く。*
レイラ(魔王女):「だが、所詮は烏合の衆だ。問題は…例の勇者共だ。諜報部隊からの報告によると、王国が召喚した勇者の数は最終的に43名。全員が日本の出身者で、変わった名前の者が多いらしい。奴らは騎士団とは別に、王直属の特殊部隊として編成されている。一人一人の練度は低いが、厄介なスキルを持っている可能性は捨てきれん」
シロウ:「こっちは質がいいからな」
*シロウが自信たっぷりにそう言うと、レイラは駒を動かす手を止め、フッと鼻を鳴らした。彼女は地図から視線を上げ、シロウに向き直る。その瞳には、絶対的な自信と、総大将であるシロウへの期待が入り混じっていた。*
レイラ(魔王女):「フン、当たり前だ。我が軍は一人一人が一騎当千の精鋭。数だけの張り子の虎とは物が違う。…だが、本当の『質』は貴様のことだろう、シロウ」
*彼女は立ち上がり、シロウの目の前まで歩み寄る。そして、その黒いドレスの胸元から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、王国側から送られてきた最後通牒だった。*
レイラ(魔王女):「奴ら、決戦を前にこんなものを送りつけてきた。『魔王シロウ・ニシキの首を差し出せば、他の者の罪は問わない』だと。笑わせてくれる」
*レイラは羊皮紙をくしゃりと握りつぶす。*
レイラ(魔王女):「奴らはまだ理解していないのだ。自分たちが敵に回したのが、一個軍団ではなく、たった一人の、規格外の『個』であることをな。…貴様が動けば、この戦は一瞬で終わる。だが、それではつまらん。私の策で、奴らを蹂躙し、絶望の淵に叩き落としてから、最後に貴様が止めを刺せ。それが総大将の役目であり、最高の見せ場というものだ」
*彼女は不敵な笑みを浮かべ、シロウを見上げた。その瞳は、もはや勝利以外の未来を描いてはいなかった。*
シロウ:「最高の見せ場ね。任せてよ。いいのを考えてあるんだ」
*シロウが自信ありげに笑うと、レイラは満足そうに頷き、彼の肩を軽く叩いた。「期待しているぞ」とだけ言い残し、彼女は最終準備のために再び喧騒の中へと戻っていく。*
*――そして、決戦の日の夜明け。*
*アストライア平原には、夜の帳がまだ残る中、両軍が既に対峙していた。東の空が白み始め、地平線の彼方まで続くガルデニア王国の軍勢がその姿を現す。整然と並んだ銀色の鎧が朝日を鈍く反射し、無数の槍先が林のように空を突いていた。その数、およそ五万。まさしく大軍と呼ぶにふさわしい威容だ。*
*対する魔王軍は、わずか千。しかし、その一人一人から放たれる闘気は、数万の軍勢にも決して引けを取らない。竜人族の鱗は濡れたように輝き、オークやリザードマンの屈強な肉体からは湯気のような殺気が立ち上っていた。*
*古来からの作法に従い、両軍の中央に設けられた僅かな空間へ、まず王国側から数騎の騎馬が進み出る。中央にいるのは、金細工の施された豪華な鎧を纏い、威厳のある髭をたくわえたガルデニア国王「アルフォンス・ド・ガルデニア」。その隣には、聖剣を携えた勇者「天空院 翔」が、国王を守るように控えている。*
アルフォンス国王:「聞けい、反逆者シロウ・ニシキ! 貴様の悪逆非道もここまでだ! 我がガルデニア王国の威光と、神に選ばれし勇者様の御前において、その罪を悔い改める最後の機会を与えてやろう! 今すぐその場で首を差し出し、恭順の意を示せば、他の魔族共の命だけは助けてやらんでもない!」
*国王の朗々とした声が、魔力によって増幅され平原に響き渡る。それは絶対的な強者の立場からの、形式的な勧告だった。彼の背後では、40名を超える勇者たちが、それぞれ特異なデザインの武具を手に、シロウが現れるのを今か今かと待ち構えている。*
*国王の芝居がかった勧告が終わるのを待って、魔王軍の中央から一人の人影がゆっくりと歩み出る。黒い外套を纏った、魔王シロウ・ニシキ。その隣には、純白のドレスを纏った銀髪の美少女、ルミナが音もなく寄り添っている。*
*シロウは何も言わない。ただ、静かに右手を虚空に差し入れたかと思うと、そこから眩いばかりの光を放つ一本の剣を引き抜いた。それは、初代勇者が使い、星屑の迷宮の最奥に眠っていたはずの『聖剣アスカロン』。ガルデニア王国にとって、それは勇者の象徴であり、正義の証そのものだった。*
*王国軍の兵士たちがどよめく。勇者たちも、なぜあの男が聖剣を手にしているのかと、信じられないものを見る目でシロウを凝視している。*
*シロウは鞘から抜き放ったアスカロンの切っ先を、ゆっくりと国王アルフォンスとその隣にいる勇者、天空院翔に向けた。そして、魔力を含んだその声を、平原中に響き渡らせる。*
シロウ:「罪? 正義? 貴様らの掲げる矮小な価値観を、俺に押し付けるな。…見せてやろう。真の『力』の前では、貴様らの正義など、塵芥に等しいということを」
シロウ:「我ら勝利を、故郷の誇りに」
*その言葉は、誰に向けたものなのか。魔王軍の兵士たちか、隣に立つ元・熾天使か、それとも遥か彼方の故郷か。だが、その言葉がこの平原における開戦の狼煙となったことだけは確かだった。*
*シロウは言葉を発したと同時に、『聖剣アスカロン』を足元の地面に深々と突き立てる。ズン、という重い音と共に、聖剣はまるで大地に根を張るかのように静止した。そして、何処からともなく出現させた豪奢な黒曜石の玉座に、王者の風格でどっしりと腰を下ろす。*
*その隣で、今まで黙して佇んでいたルミナの姿が変貌する。純白のドレスはそのままに、背中から三対、六枚の光り輝く翼が広がり、頭上には光の輪が浮かび上がった。その瞳は冷たい輝きを宿し、一切の感情を排した神々しいまでの威圧感を放ち始める。熾天使メタトロンのかつての姿。だが、その身から放たれる神聖な気配は、どこか禍々しい混沌の色を帯びていた。彼女はシロウに傅くように片膝をつき、完璧な守護者としてその横に控える。*
*この、あまりにも冒涜的で、あまりにも威厳に満ちた光景に、王国軍は完全に度肝を抜かれていた。聖剣を地面に突き刺し、元・熾天使を従えて玉座に座る魔王。彼らの常識は粉々に砕け散った。*
天空院 翔:「なっ…! メタトロン様!? なぜ貴女が魔王などに…! それにその聖剣は…!」
*勇者の戸惑いの声は、地を揺るがす鬨の声にかき消された。*
レイラ(魔王女):「全軍、突撃ィィィッ!! 奴らを一人残らず蹂躙しろぉっ!!」
*魔王軍の最前線にいたレイラが高らかに号令を放つ。それと同時に、丘陵地帯に潜んでいたゼノス率いる竜人族の部隊が、一斉に空へと舞い上がった。太陽を背にした彼らの影が、混乱する王国軍の後衛、特に勇者たちが集まる一団に、死の予兆となって降り注ぐ。*
ゼノス:「シロウ殿とレイラ様のために! 喰らい尽くせ、我が同胞よ!」
*竜人族のブレスが、鬨の声が、そして大地を駆ける魔王軍の蹄と足音が、アストライア平原の決戦の序曲を奏で始めた。*
シロウ:「アスカロン、味方にバフを」
*玉座に座るシロウが静かに命じると、彼が地面に突き立てた『聖剣アスカロン』がまばゆい光を放った。光は粒子となって魔王軍の兵士たち一人一人の上に降り注ぎ、その身に吸い込まれていく。*
*それは、勇者にのみ許される聖剣の権能――味方の士気を高め、身体能力を飛躍的に向上させる広域支援魔法『聖者の鼓舞』。*
兵士A:「おおっ!? なんだ、身体が羽のように軽い!」
兵士B:「力が、力がみなぎってくるぞォォォ!」
*ただでさえ強靭な魔王軍の兵士たちが、聖なる光の加護を受けてさらに強化される。Lv.70のオークがLv.80相当に、Lv.90のリザードマンの剣士がLv.100に匹敵するほどの力を手に入れた。もはや戦力差は絶望的。まさにオーバーキルだった。*
*聖剣の光は、当然ながら王国軍の兵士たちの目にも映った。*
王国騎士A:「馬鹿な…! なぜ聖剣が、魔物を祝福しているのだ…!?」
王国騎士B:「神は我らをお見捨てになったのか…!?」
*前線で斬り結ぶ前から、王国軍の士気は崩壊を始める。一方、強化された魔王軍の先鋒は、レイラを筆頭に、津波のような勢いで王国軍の陣形に食い込んでいった。*
レイラ(魔王女):「フハハハハ! 見ろ、シロウ! 貴様の力、無駄にはせん! 雑兵どもが紙屑のようだ!」
*レイラの振るう黒い魔剣が閃くたびに、数人の騎士がまとめて吹き飛ばされる。その圧倒的な光景を、シロウは玉座から静かに、そして満足げに見下ろしていた。*
*シロウの玉座から見下ろす戦場は、もはや戦いではなく一方的な蹂躙であった。*
*レイラは黒い竜巻のように敵陣を駆け、その魔剣の一閃は騎士たちの重厚な鎧をバターのように切り裂く。彼女の周りには常に数人の勇者が群がろうとするが、彼らの剣が届く前に、あるいは魔法を詠唱し終える前に、既に首と胴が泣き別れていた。*
レイラ(魔王女):「遅い、遅すぎるぞ勇者共! その程度で私に触れられるとでも思ったか!」
*上空ではゼノス率いる竜人族が空を支配していた。彼らの吐き出す灼熱のブレスや雷の息吹が、密集した騎士団や後方の魔術師部隊を焼き尽くす。時折、飛翔スキルで果敢に挑んでくる勇者もいたが、竜人族の屈強な肉体と空中での戦闘技術の前には赤子同然で、翼で叩き落とされ、鋭い爪で引き裂かれていった。*
ゼノス:「ハッ、虫ケラが! 我ら竜人族の空を汚すな!」
*魔王軍の兵士たちもまた、聖剣のバフを受けて鬼神の如き強さを見せつけている。数的有利など何の意味もなさず、王国軍の陣形はあっという間に崩壊し、兵士たちは武器を捨てて逃げ惑い始めていた。*
*そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を、シロウは肘掛けに頬杖をつきながら、退屈そうに眺めていた。*
シロウ:「圧倒的だな…」
*その呟きを聞きつけたかのように、隣に控えるメタトロンの姿をしたルミナが、感情のない声で告げる。*
ルミナ:「当然の結果です、お兄ちゃん。お兄ちゃんの御前では、如何なる存在も塵芥に等しいのですから」
*シロウが玉座に座ったまま、静かに意識を集中させる。彼の意思が不可視の波となって戦場に広がり、魔王軍の全ての兵士、そしてレイラとゼノスの脳裏に直接響き渡った。*
シロウ:(国王だけは殺すなよ。まだ使い道がある)
*その念話を受け、敵兵を薙ぎ払っていたレイラの動きが一瞬止まる。彼女は口元に付着した返り血を舌で舐め取ると、ニヤリと笑った。*
レイラ(魔王女):(フン、承知した。どうせなら、あの玉座の前で絶望の表情を浮かべながら跪かせてやろう)
*上空で勇者を叩き落としていたゼノスも、恭しく頷く。*
ゼノス:(御意。国王アルフォンス、必ずやシロウ殿の御前へ)
*シロウの命令は絶対だ。魔王軍の兵士たちは国王の姿を視界の端に捉えつつも、意図的に避けるようにして、その周囲の騎士たちだけを的確に排除していく。*
*みるみるうちに味方を失い、孤立していく国王アルフォンスと、彼を必死で守ろうとする最後の勇者、天空院翔。翔は既に満身創痍で、肩で大きく息をしている。*
天空院 翔:「くそっ…! なんだこいつら…! 強すぎる…! 王よ、お逃げください!」
アルフォンス国王:「ひ、ひぃぃ…! なぜだ、なぜ我が軍が…勇者様が…!」
*国王は震えながら腰を抜かし、その場にへたり込んだ。威厳に満ちていた先程の姿は見る影もない。*
*戦場は既に、勝敗が決していた。残っているのは、逃げ惑う王国兵を狩る魔王軍の姿と、玉座の前で孤立した国王と勇者の姿だけだった。*
*戦場に響き渡っていた剣戟の音と悲鳴が、次第に遠のいていく。もはやそれは戦闘ではなく、敗残兵狩りの音だった。*
*シロウはゆっくりと玉座から立ち上がると、地面に突き立てていた『聖剣アスカロン』をこともなげに引き抜いた。そして、それを無造作に肩にかつぐ。隣に控えていた熾天使姿のルミナが、影のようにすっとシロウの後ろに付き従った。*
*シロウが歩き出すと、血と泥に塗れた戦場に一本の道が開けていく。魔王軍の兵士たちが、主の通り道を作るために敬意を込めて左右に分かれるのだ。*
*やがて、敵兵の死体が積み重なる広場の中心で、シロウは二人の人物と合流した。返り血で黒いドレスをさらに黒く染めたレイラと、巨大な戦斧を肩にかついだゼノスだ。彼らの足元には、恐怖に顔を引きつらせてへたり込むアルフォンス国王と、満身創痍で膝をつき、それでも国王を庇うように睨みつけてくる勇者・天空院翔がいた。*
レイラ(魔王女):「フン、見苦しいな。シロウ、言われた通り、この豚は生かしておいてやったぞ。どうする?」
ゼノス:「シロウ殿。いつでも首を刎ねられますぞ」
*二人の言葉にも、国王はただガタガタと震えるばかり。シロウは肩に担いだ聖剣の切っ先を、国王の喉元に突きつけ、冷たく言い放った。*
シロウ:「さて、国王。生きたいか? 」
「お前には2つの選択肢をやろう。」
「 1. このまま戦争を続ける」
「 2. 賠償金100万黒金貨を払って終わりにする。」
「どっちがいい?」
*シロウは肩にかついだ聖剣アスカロンの切っ先を、震える国王の喉元にぴたりと当て、まるで商談でも持ちかけるかのように淡々と告げた。その声は冷たく、有無を言わせぬ響きを持っている。100万黒金貨――それは小国ならば国家予算の数十年分にも匹敵する、天文学的な金額だった。*
*国王アルフォンスは、喉元に突きつけられた聖剣の冷たさと、提示された金額のあまりの途方もなさに、ヒッと短い悲鳴をあげた。顔は真っ青になり、もはや言葉を発することすらできないようだ。*
*そんな国王を庇うように、ボロボロの身体を引きずって前に出たのは勇者・天空院翔だった。*
天空院 翔:「ふざけるな…! 100万黒金貨だと!? そんな金、この国にあるわけが…! 貴様は、この国を滅ぼす気か!」
*翔が憎悪の籠もった目で睨みつけるが、シロウは彼を一瞥すらせず、国王だけを見据えている。その視線に耐えかねたように、レイラが嘲笑を漏らした。*
レイラ(魔王女):「フン、勘違いするなよ、勇者“様”。シロウは慈悲をかけてやっているのだ。本来なら、貴様ら全員の首を刎ね、この国を灰燼に帰しても飽き足らんところをな。金で命が買えるのなら、安いものだろう?」
*レイラの言葉が、絶望的な状況を国王に改めて理解させた。彼はシロウの足元に必死に這い寄り、土下座の体勢で額を地面にこすりつけ始めた。*
アルフォンス国王:「お、お許しください…! 魔王様…! は、払います! 払わせていただきます! ですから、どうか、どうか命だけは…!」
シロウ:「では何年で支払ってくれる?」
*シロウが冷徹に追い打ちをかけると、アルフォンス国王はもはや絶望に顔を歪めることしかできなかった。天文学的な金額、それを一体何年で支払えるというのか。答えに窮し、ただただ震えている。その時だった。*
*崩壊した王国軍の後方から、一人の女性が供も連れずに、必死の形相でこちらへ走ってくるのが見えた。豪華だが戦闘用ではないドレスは泥で汚れ、乱れた金色の髪が彼女の焦りを物語っている。*
アナスタシア:「お待ちください!」
*凛とした、しかし切羽詰まった声。彼女はシロウたちの前にたどり着くと、息を切らしながらも背筋を伸ばし、毅然とした態度でシロウを見据えた。美しい紫色の瞳には、恐怖と、それ以上の強い意志が宿っている。彼女はガルデニア王国第二王女、アナスタシア・ル・ガルデニア。その聡明さと民を想う心から、唯一まともな王族と噂される人物だった。*
アナスタシア:「魔王シロウ・ニシキ様…! どうか、これ以上の狼藉はおやめください! 100万黒金貨などという金額、我が国が支払えるはずもございません! それは事実上の国家滅亡宣告です!」
*彼女は地に膝をついた父王を一瞥すると、悔しそうに唇を噛み、再びシロウに向き直った。*
アナスタシア:「この戦の発端は、我が父と勇者たちの非礼にあると聞き及んでおります。その罪は、王族である私が負うべきもの。どうか…民と国に、これ以上の苦しみを与えないでいただきたいのです。この通り、お願いいたします」
*アナスタシアはプライドを捨て、その場で深く頭を下げた。戦場に不似合いな彼女の気高い姿は、周囲の魔族たちすら思わず言葉を失わせるほどだった。*
シロウ:「民ってのは貧困層の事かい? それなら既にうちに移住してるぞ」
*シロウはアナスタシア王女の悲痛な訴えを、まるで世間話でもするかのように、あっさりと受け流した。その言葉に、アナスタシアはハッと顔を上げる。*
アナスタシア:「…え? 移住…? それは、一体どういう…」
*彼女が困惑していると、シロウは肩をすくめて続ける。*
シロウ:「お前らの国じゃ、重税で食うにも困ってる連中が大勢いただろ? 2ヶ月くらい前だったか。食い詰めた奴らが大挙して魔王領に逃げてきたから、全員受け入れてやった。今頃は新しい家と仕事を得て、まともな飯を食ってる頃だ。約5000人だったかな」
*その事実に、アナスタシアは絶句した。王城の奥深くで政務に携わる彼女の耳にすら、届いていなかった情報。自国の民が、自分たちの知らないところで隣国の、それも敵であるはずの魔王に救われていた。この衝撃は、敗戦の事実よりも重く彼女にのしかかる。*
天空院 翔:「なっ…! 貴様、王国の民を誑かして…!」
*勇者が反射的に非難の声を上げるが、その言葉にはもはや力がない。民を救えなかった国の勇者が、民を救った魔王をどうして非難できようか。*
シロウ:「誑かした? 人聞きが悪いな。俺はただ、助けを求めてきた奴らに手を差し伸べただけだ。それすら出来なかったのは、どこの国の王族と勇者様だったかな?」
*シロウの冷たい視線が、アナスタシアと、その足元で未だに土下座している父王を射抜く。アナスタシアは唇を血が滲むほど強く噛み締め、俯いた。自分たちが守るべき民の現状すら把握できていなかったという事実が、彼女の誇りを打ち砕いていく。*
シロウ:「それに、これは王同士の話し合い。女は口出しすんな」
*シロウはアナスタシアの気高い態度を鼻で笑うように、冷たく突き放した。彼女が自らを犠牲にして国を救おうとする、物語に出てくるような自己犠牲の精神。シロウにとって、それは最も唾棄すべき偽善に映った。*
*「女は口出しするな」という侮蔑的な言葉に、アナスタシアの肩が悔しさに震える。彼女の紫色の瞳に、涙が滲んだ。隣でそれを聞いていたレイラは、面白そうに口の端を吊り上げる。*
レイラ(魔王女):「フン、その通りだ。ここは貴様のような甘っちょろい姫様が出てくる舞台ではない。シロウは優しいから金で見逃してやると言っているが、私なら貴様ら王族全員の首を刎ね、その頭を城門に飾ってやるぞ?」
*レイラの脅しに、アナスタシアは顔を青ざめさせる。シロウはそんな彼女たちを一瞥すると、再び足元で震えている国王アルフォンスに視線を戻した。*
シロウ:「さて、話の続きだ、国王。年数を聞いているんだが? 答えられないのか? なら、最初の選択肢に戻るか? 『このまま戦争を続ける』…お前の首が胴体と繋がっているうちにな」
*シロウはそう言うと、肩に担いでいた聖剣アスカロンを振り下ろし、国王の顔の真横の地面に突き立てた。轟音と共に地面が砕け、飛び散った土くれが国王の顔にかかる。あまりの恐怖に、国王は「ひっ…!」と悲鳴をあげて完全に失禁した。生臭い匂いが周囲に漂う。*
アルフォンス国王:「わ、わ、わ、わ、分かりました! 10年…い、いや! 5年! 5年で必ずやお支払いいたします! ど、どうか! どうかご慈悲を!」
*必死の形相で、国王はありえない年数を叫んだ。その言葉が真実か嘘かなど、今のシロウにはどうでもよかった。ただ、絶対的な恐怖によって相手を屈服させる。その事実だけが重要だった。*
シロウ:「よろしい」
*シロウは国王の必死の懇願に短く答え、地面に突き立てた聖剣アスカロンを引き抜いた。その承諾の言葉は、国王にとって死刑執行の延期宣告に等しかった。*
*この一方的な蹂躙劇を、戦場の片隅で息を殺して見つめている者たちがいた。各地を放浪し、英雄譚や歴史的事件を詩や歌にして後世に伝える『吟遊詩人』たちだ。彼らは震える手で、この信じがたい光景――聖剣を携え、元熾天使を従えた魔王が、たった一日で大国を屈服させた様を、必死に記憶と羊皮紙に刻みつけていた。今日この日、アストライア平原で起きた出来事は、『魔王シロウの蹂躙』として、新たな英雄詩(あるいは恐怖の叙事詩)として、大陸中に語り継がれていくことになるだろう。*
*シロウは、もはや何の価値もなくなった国王を一瞥し、次に周囲にいる配下たちに向かって、冷酷な命令を下す。*
シロウ:「王族以外は好きにしろ」
*その言葉には、明確な除外対象が意図的に含まれていなかった。『王族以外』――それは、武器を捨てた騎士や兵士だけでなく、未だに憎悪の視線を向けてくる勇者たちをも含む、生殺与奪の許可だった。*
*その言葉を聞いた瞬間、レイラとゼノスの目が獰猛な光を宿す。*
レイラ(魔王女):「フハハ! 聞いたか、勇者共! 貴様らは『王族』ではないそうだな!」
*レイラは舌なめずりしながら、満身創痍の天空院翔や、他の生き残りの勇者たちに視線を移す。彼女にとって、彼らは嬲り殺すための獲物でしかない。*
ゼノス:「シロウ殿の慈悲に感謝するがいい。貴様らの無様な死に様を、我らが見届けてやろう」
*ゼノスもまた、戦斧を握り直し、闘争の残り火を楽しもうと一歩前に出る。*
天空院 翔:「くっ…! ま、待て! 話が違う! 俺たちは…!」
*勇者の命乞いは、魔王軍の兵士たちの雄叫びと、再び始まった殺戮の音にかき消された。シロウはその光景に背を向け、まるで興味を失ったかのように、自軍の陣地へと歩き始める。彼の後ろを、影のようにルミナが付き従っていた。*
シロウ:「あれだけ民を苦しめたんだ。『自業自得』『身から出た錆』だろ?」
*シロウが何気なく口にした、この異世界には存在しないはずの言葉。それは、故郷である日本のことわざだった。その言葉は、絶望的な状況の中で、生き残っていた数人の勇者たちの耳に明確に届いた。*
*特に、最後まで国王を庇っていた天空院翔は、ハッと顔を上げた。彼の目が見開かれ、憎悪とは違う、純粋な驚愕の色が浮かぶ。*
天空院 翔:「じ、自業自得…? 身から出た錆…? お前、まさか…日本人なのか!?」
*翔の叫びに、他の勇者たちも目を見開く。なぜ、自分たちを蹂躙する絶対的な恐怖の象徴である『魔王』が、自分たちと同じ故郷の言葉を口にしているのか。彼らの頭は混乱の極みに達した。*
勇者A:「嘘だろ…!? 俺たちと同じ…?」
勇者B:「じゃあ、なんで…! なんで俺たちをこんな目に…!」
*彼らの動揺と懇願の視線がシロウに突き刺さる。しかし、シロウはそんな彼らに一瞥もくれず、完全に興味を失ったように背を向けた。同郷の者であるという事実は、シロウにとって何の価値も持たない。*
*そのシロウの態度が、レイラの残虐性に火をつけた。*
レイラ(魔王女):「フン、今更同郷だと泣きついても遅いのだ! 貴様らがこの男にした仕打ちを忘れたとは言わせんぞ!」
*レイラの魔剣が、動揺して立ち尽くす勇者の一人を薙ぎ払う。断末魔の悲鳴が上がり、再び殺戮が再開された。同郷の者かもしれないという一縷の望みを打ち砕かれ、勇者たちは今度こそ本当の絶望の中で、為す術もなく散っていった。*
*シロウは、もはや価値のなくなった戦場に興味を失い、アスカロンを肩に担いだまま踵を返す。勇者たちの最後の叫び声や、レイラたちの楽しげな声が背後から聞こえてくるが、振り返ることはない。*
シロウ:「じゃあな」
*それは、無慈悲に散っていく同郷の者たちへの、あまりにも軽い別れの言葉だった。*
*シロウが天幕を出て、自軍の陣地へと戻ろうとすると、その道を塞ぐように一人の人物が立っていた。泥に汚れたドレスを纏った、第二王女アナスタシアだ。彼女は震える唇を必死に抑え、涙で濡れた紫色の瞳で、まっすぐにシロウを睨みつけていた。*
アナスタシア:「待ちなさい…!」
*その声はか細く、しかし決して折れない芯の強さを持っていた。*
アナスタシア:「なぜ…! なぜなのですか! あなたもあの勇者たちと同じ、異世界から来られた方なのでしょう!? なのに、なぜ同郷の者たちをあのように…! あなたには…人の心がないのですか!?」
*彼女の悲痛な問いかけが、静かになった戦場に響く。シロウは歩みを止め、ゆっくりと彼女の方を振り返った。その表情からは、何の感情も読み取ることはできない。*
シロウ:「俺は『同郷』だからと言って贔屓はしない。それに、先に喧嘩を売ってきたのはそっちだぜ?殺られても文句は言えないだろ」
*シロウの言葉は、まるで子供の喧嘩の理屈のようでありながら、抗うことのできない絶対的な真理としてアナスタシアに突き刺さった。彼女は一瞬、言葉を失い、それから悔しさに顔を歪める。*
アナスタシア:「…っ! それは…そう、なのかもしれません…。ですが、だからといって、あのような惨い殺し方をする必要がどこにあるのですか! 降伏した者、戦意を失った者まで…! あなたのしていることは、ただの殺戮です! 虐殺です!」
*彼女は恐怖を押し殺し、震える声でシロウの非人道性を糾弾する。その瞳には、恐怖よりも強い、王族としての矜持と民を想う心が宿っていた。*
アナスタシア:「あなたがどれほどの力を持っていようと、その行いは決して許されるものではありません! あなたが王を名乗るのであれば、なぜ慈悲の一つもかけられないのですか!?」
*シロウの足元、泥濘の中に転がる勇者の亡骸を一瞥し、アナスタシアは唇を強く噛みしめる。彼女はもう、自分の命がどうなろうと構わないという覚悟で、目の前の『魔王』に問いかけていた。*
シロウ:「簡単だからだ。こうすれば、今後一切俺の国に手出しをする国は無くなるだろ?」
*シロウの口から放たれたのは、あまりにも単純で、あまりにも冷酷な合理性だった。慈悲もなければ、怒りもない。ただ、目的を達成するための最も効率的な手段として『恐怖』を選んだ。それだけのことだった。アナスタシアは、その非情なまでの論理に言葉を失い、戦慄する。*
アナスタシア:「…っ、あなたという人は…!」
*彼女が何かを言い返そうとした瞬間、シロウはもう彼女に興味を失っていた。くるりと背を向け、今度こそ本当に立ち去ろうとする。*
シロウ:「見せしめだ。俺と、俺の国に手を出せばどうなるか。そのための生贄が、お前らの国だった。それだけのことだ。感謝しろよ、王女。国が滅びなかっただけマシなんだからな」
*その背中に、アナスタシアはもはや言葉をかけることができなかった。恐怖、無力感、そして自国がただの『見せしめ』として蹂躙されたという屈辱が、彼女の心を支配する。*
*シロウは、後方で繰り広げられる一方的な殺戮の音をBGMに、肩に担いだ聖剣の重みを感じながら、悠々と自軍の陣地へと帰還していく。彼の頭の中では、すでに賠償金の使い道や、これからの国の運営について、次の算段が始まっていた。*
シロウ:「修繕、だいぶすすんだな」
*その日の夜、魔王城は勝利を祝う宴で沸き返っていた。*
*日中の凄惨な戦場が嘘のように、城内には陽気な音楽と、兵士たちの高らかな笑い声が響き渡っている。大広間には豪勢な料理と酒が並び、オークもゴブリンも竜人族も、種族の垣根なく勝利の美酒に酔いしれていた。*
*シロウが戦いの汚れを落とし、修繕が進んだ城の廊下を歩いていると、ちょうど厨房から出てきたリーシアと鉢合わせた。彼女はいつものメイド服姿で、宴の準備で忙しなく立ち働いているようだ。*
リーシア:「シロウ様、お戻りでしたか。お疲れ様でございます。はい、皆様が頑張ってくださったおかげで、主要な区画の修復はほぼ完了いたしました。今夜の宴は、その労いも兼ねております」
*彼女は優雅に一礼すると、少し誇らしげに微笑んだ。シロウの視線の先では、壁や柱の傷が綺麗に修復され、以前よりも堅牢になっているように見えた。*
レイラ(魔王女):「フン、当然だ。この私の城なのだからな。これくらいは当たり前だ」
*いつの間にか背後に現れたレイラが、腕を組んで尊大に言う。彼女も戦闘用のドレスから、宴のための華やかな黒いドレスに着替えていた。戦いの高揚感からか、その頬はわずかに上気している。*
シルフィ:「シロウさまー! おかえりなさい! あの、あの、今日のシロウさま、すっごくかっこよかったです!」
*奥からシルフィがタタタッと駆け寄ってきて、シロウの腕に抱きついた。彼女もまた、白いパーティードレスに着替えており、その瞳は尊敬と興奮でキラキラと輝いている。*
シロウ:「シルフィ、元気そうでなによりだ」
*シロウは勢いよく抱きついてきたシルフィを、倒れないようにしっかりと支える。ふわりと彼女の甘い匂いに混じって、微かにアルコールの香りがした。どうやら、少しだけ宴の酒を口にしたらしい。*
シルフィ:「はいっ! シロウさまが無事に戻ってきてくださったので、とっても元気です! お留守番、ちょっとだけ寂しかったですけど…リーシアさんのお手伝い、頑張ったんですよ!」
*シロウの腕の中で、シルフィは上機嫌に報告する。その無邪気な笑顔を見ていると、戦場の殺伐とした空気が浄化されていくようだ。*
レイラ(魔王女):「フン、貴様は少し飲みすぎだ、シルフィ。シロウ、こいつは宴が始まるなり、果実酒をがぶ飲みしていたぞ。少しはしたなくないのか?」
*レイラは呆れたように言いながらも、その口調はどこか楽しげだ。彼女自身も、戦いの後の高揚感と勝利の余韻に浸っているのだろう。*
リーシア:「シルフィ様は、シロウ様のご武運とご無事を祈願して、乾杯の杯を少しだけ召し上がったのですよ。レイラ様、あまり意地悪を言ってはいけません」
*リーシアがくすりと笑いながら、優しくフォローを入れる。その言葉に、シルフィは「そうです! 祈願です!」と胸を張った。*
シルフィ:「あ、そうだ! シロウさま、こっちです! 竜人族の人たちが、シロウさまとお話ししたいってずっと待ってるんです!」
*シルフィはシロウの腕をぐいぐいと引っ張り、賑やかな宴の中心へと誘おうとする。広間の奥では、ゼノスを始めとする竜人族の戦士たちが、巨大なジョッキを片手にシロウの姿を探していた。*
*シロウはシルフィの無邪気な力に引かれるまま、宴で最も賑わっている一角へと向かう。その途中、レイラの耳が「美味しい物」という単語を敏感に捉えた。*
レイラ(魔王女):「…む? 美味しい物だと?」
*一瞬で魔王女の威厳ある雰囲気が霧散し、彼女の瞳がキラキラと輝き出す。臆病な人格が顔を出し、周囲の喧騒など気にも留めず、山と積まれた料理が並ぶテーブルに向かって一目散に駆け出していった。*
レイラ(臆病):「わーい! ご馳走ですー! シロウ様、お先に失礼しますねー!」
*その子供のような後ろ姿を横目に、シロウはシルフィに連れられて、屈強な竜人族たちが集まる場所へとたどり着いた。中心にいたゼノスがシロウの姿に気づくと、持っていた巨大な角杯を高々と掲げた。*
ゼノス:「おお、シロウ殿! お待ちしておりましたぞ! 今宵の勝利、全てはシロウ殿の武威と、レイラ様の神がかり的な采配のおかげにございます!」
*彼の言葉に、周りにいた竜人族の戦士たちが「「「うおおおお!!」」」と雄叫びを上げ、角杯を打ち鳴らす。その熱気は凄まじく、床がビリビリと震えるほどだった。*
ゼノス:「ささ、シロウ殿も一杯! これは我ら竜人族の故郷で造られる『竜殺し』という酒でしてな! 人間が飲めば喉が焼けると言われておりますが、シロウ殿ならば問題ありますまい!」
*ゼノスはそう言って豪快に笑い、大きな角杯になみなみと注がれた琥珀色の液体をシロウに差し出した。それは、アルコールというよりは純粋な炎のような、危険な香りを放っていた。*
シロウ:「(状態異常無効化があるから問題ない)」
*シロウはゼノスの豪快な勧めを受け、角杯に満たされた琥珀色の液体を一気に呷った。スキルがあるから大丈夫だろう、と。しかし、その液体が喉を通過した瞬間、経験したことのない灼熱が全身を貫いた。これは毒でも麻痺でもない、純粋な物理的破壊力を持つアルコールの塊だった。シロウの意識はそこで途切れ、その場に崩れ落ちた。*




