5
シロウ:「大規模…なんですか?ってことは人数も多い…?」
*シロウの問いに、ミーニャはこくりと頷いた。彼女の表情からは、その依頼の規模の大きさが窺える。*
ミーニャ:「はい、大規模です。王都へ向かう商隊は、複数の商会が合同で組織することが多いんです。多くの商品やお金を運ぶので、野盗や魔物に狙われやすいですから。そのため、護衛の冒険者もたくさん雇うんですよ。」
*彼女は依頼票を指でなぞりながら説明を続ける。*
ミーニャ:「今回の護衛依頼を募集しているのは、この街で一番大きな『ゴールデン・ホーン商会』です。商隊全体の規模は馬車10台以上、護衛の冒険者はランクも様々で、総勢20名以上になる予定だそうです。リーダーはBランクのベテラン冒険者の方が務めることになっています。」
*総勢20名以上。それはつまり、様々なスキルを持つ冒険者が集まるということだ。シロウにとって、それは格好の「観察」対象を意味する。有用なスキルがあれば、道中で複製してしまえばいい。それに、人数が多ければ多いほど、自分一人が目立つこともなく、都合がいい。*
ミーニャ:「人数が多いので、個々の負担は少ないかもしれません。それに、他の冒険者の方たちと情報交換したり、連携を学んだりする良い機会にもなると思いますよ。シロウさんくらいのランクの方には特におすすめの依頼です。」
*にこやかに微笑むミーニャ。彼女は純粋にシロウの成長を願って勧めているのだろう。だが、シロウの関心は別のところにあった。連携などどうでもいい。重要なのは、そこに「獲物」がいるかどうかだ。*
シロウ:「では、それを受けます。出発は3日後でしたっけ?」
*シロウの即決に、ミーニャは嬉しそうに顔をほころばせた。*
ミーニャ:「はい!ありがとうございます!では、ゴールデン・ホーン商会の王都リンドブルム行き商隊護衛依頼、受理しますね!」
*彼女は手際よく書類にシロウの名前を記入し、受付印を押す。そして、依頼受理の控えをシロウに手渡した。*
ミーニャ:「はい、出発は3日後の朝、街の西門に集合です。詳しい集合時間などは、この控えに書いてありますのでご確認ください。遅れないようにしてくださいね!」
*シロウは控えを受け取り、内容にざっと目を通す。集合時間は日の出と同時。早朝だ。*
シロウ:「ああ、わかった。」
*やるべきことは決まった。王都へ行く。それまでの3日間をどう過ごすか。クリスナイフの強化、スキルの整理とレベルアップ、新たな装備の調達。やるべきことは山積みだ。金も手に入った今、戦力を一気に底上げする好機でもある。*
*シロウが今後の計画を頭の中で組み立てていると、ミーニャが少し心配そうに声をかけてきた。*
ミーニャ:「あの、シロウさん。王都はとても大きな街ですけど、そのぶん危険なこともたくさんあります。腕利きの冒険者も、狡猾な犯罪者も…。どうか、お気をつけて。」
*彼女の純粋な心遣いに、シロウはわずかに視線を向けたが、特に何も答えず、軽く頷くだけで応えた。*
*ギルドでの手続きを終えたシロウは、馴染みの宿屋「木漏れ日の亭」へと足を向けた。ギルドでの騒ぎで多少の疲労感はあったが、それ以上に、手に入れた大金と今後の計画に対する高揚感が彼を満たしていた。*
*カラン、とドアベルを鳴らして中に入ると、恰幅の良い女将さんが「おや、お帰り」と笑顔で迎えてくれる。*
*シロウはカウンターに近づき、淡々とした口調で告げた。*
シロウ:「3日後に護衛依頼で街を離れることになりました。」
女将さん:「あら、そうなの。寂しくなるねぇ。でも、冒険者さんだもんね、仕方ないか。次はどこの街へ?」
*気さくに話しかけてくる女将さんに、シロウは短く答える。*
シロウ:「王都だ。」
女将さん:「王都!そりゃあ大出世だね!頑張るんだよ。部屋はそれまで使っていくのかい?」
シロウ:「ああ、そのつもりだ。」
女将さん:「わかったよ。それじゃあ、気をつけて行ってくるんだよ。王都に行くなら、少しはマシな服も買っていきな。あんた、いつも同じ服じゃないか。」
*世話焼きな女将の言葉を適当に聞き流し、シロウは自分の部屋へと向かう階段を上った。*
*部屋に戻り、乱暴にドアを閉めると、彼はベッドにどさりと腰を下ろした。まずは、この3日間でやるべきことを整理する必要がある。*
(まずは、クリスナイフの強化だな。鑑定で出た素材を集めないと)
*彼は「神眼」で鑑定した際の情報を思い出す。*
---
【クリスナイフの強化方法】
1. ミスリル銀 × 5:軽量かつ高い魔力伝導率を持つ希少金属。刀身の強度と切れ味を飛躍的に向上させる。
2. 闇狼の魔石 × 3:闇属性の力を宿す魔石。武器に闇の力を付与し、攻撃に「暗闇」又は「腐食」の効果を乗せることができる。
3. 風切鳥の風切り羽根 × 1:常に風を纏う魔物の羽根。武器の素早さを高め、攻撃速度を上昇させる。
---
(ミスリル銀は鉱山都市とかに行かないと手に入らないか…?いや、この街の腕のいい鍛冶屋なら持っているかもしれない。闇狼と風切鳥は、この近辺の森にいるはずだ。討伐依頼が出ている可能性もある)
*次に考えるのは、スキルのことだ。サキュバスから奪ったスキルは強力だが、まだ使いこなせているとは言えない。*
(「魅了の吐息」は対人では有効だが、MP消費が気になる。「魔力吸収」はもっと積極的に使っていきたい。戦闘中にMPを回復できるのは大きい)
*そして、何より金だ。金貨31枚。この街の一般人なら数年遊んで暮らせる大金だ。これを使えば、装備を一新することも可能だろう。*
*様々な思考を巡らせながら、シロウはまず、自分の現在のステータスを再確認することにした。*
```
【ステータス】
名前:シロウ・ニシキ
Lv.35 (表示上はLv.10)
HP:530/530
MP:240/240
職業:なし
称号:なし (表示上)
所持金:金貨31枚、銀貨6枚、銅貨5枚、鉄貨1枚
装備:
右手:ポイズンダガー (麻痺毒/中)
左手:クリスナイフ (出血/小)
頭:なし
胴:旅人の服
腕:なし
脚:革のズボン
足:革のブーツ
スキル (非表示設定):
鑑定 Lv.10 → 神眼 Lv.1
剣術 Lv.7
短剣術 Lv.7
俊敏 Lv.2
隠密 Lv.4
気配遮断 Lv.3
風魔法 Lv.4
魔力操作 Lv.3
精神耐性 Lv.3
筋力増強 Lv.3
脚力強化 Lv.2
耐久力上昇 Lv.2
魅了の吐息 Lv.5
魔力吸収 Lv.4
スキル整理 Lv.3
```
*翌朝、シロウは計画通り、まずはクリスナイフの素材集めから始めることにした。向かった先は、先日ポイズンダーツを購入した、あの頑固そうなドワーフが店主を務める武器屋だ。*
*カラン、と重々しいドアベルの音を響かせて店に入る。相変わらず店内には鉄と油の匂いが満ちていた。カウンターの奥で、巨大な金槌を振るっていた店主が、シロウの姿を認め、手を止めた。*
ドワーフの店主:「おう、お前さんか。また何か用かい。ポイズンダガーの使い心地はどうだ?」
*ぶっきらぼうな口調だが、どこか自分の作った武器への自信が滲んでいる。シロウは余計な世間話はせず、単刀直入に本題を切り出した。*
シロウ:「すまない、ミスリル銀は置いてるか?」
*その言葉を聞いた瞬間、店主の片眉がピクリと上がる。彼は怪訝そうな顔でシロウを頭のてっぺんからつま先までじろじろと眺めた。*
ドワーフの店主:「ミスリルだと?そいつはまた、随分と高価なモンを欲しがるじゃねえか。お前さんのような駆け出し冒険者が、何に使うんだ?あれはな、普通の鉄や鋼とはワケが違う。下手に扱えば、ただの銀より脆くなりやがる代物だぜ。」
*彼は腕を組み、疑わしげにシロウを値踏みする。ミスリル銀は、ただの素材ではない。それを扱えるだけの腕と知識、そして何より金がなければ、宝の持ち腐れになることを知っているのだ。*
*シロウは店主の疑念に満ちた視線を意に介さず、あっさりと話を切り替えた。ミスリル銀の入手は一筋縄ではいかない。それならば、今はより現実的な戦力増強を優先すべきだと判断したのだ。下手に食い下がってボロが出るのも面倒だった。*
シロウ:「まあ、そうだよな。忘れてくれ。オススメの防具はあるか?」
*その言葉に、店主は拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに商人の顔に戻った。彼はカウンターの下から、いくつかの防具を無造作に取り出して並べる。*
ドワーフの店主:「防具か。お前さんの戦い方は知らんが、動きやすさを重視するなら革製がいいだろうな。こいつは硬化させたレザーを使ったチェストガードだ。オークの棍棒くらいなら弾き返す。値段は金貨5枚。」
*ゴツゴツとした革の胸当て。確かに頑丈そうだが、少し重そうだ。*
ドワーフの店主:「こっちはダークスパイダーの糸で編んだインナーシャツだ。薄くて軽いが、ナイフくらいなら通さねえ。おまけに毒耐性も少し付く。見た目じゃ分からねえから、奇襲対策にはもってこいだな。ちと値は張るが、金貨15枚だ。」
*最後に彼が示したのは、黒光りする滑らかなシャツだった。軽さと防御性能を両立しているように見える。シロウの「神眼」が、その性能を詳細に映し出した。*
---
**【ダークスパイダーシルクシャツ】**
**種別:防具(胴/インナー)**
**ランク:C**
**防御力:+25**
**特殊効果:斬撃耐性(小)、毒耐性(小)**
**説明:巨大な毒蜘蛛、ダークスパイダーの糸で編まれた特殊なシャツ。軽量でありながら高い強度を誇り、衣服の下に着用することで防御力を補うことができる。
---
*(なるほどな。値段に見合うだけの性能はある。これなら動きを阻害せずに防御力を高められる)*
*シロウが選んだのは、高価だが性能に優れたダークスパイダーシルクシャツだった。彼の即決に、店主は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤリと口角を上げる。見る目がある客は、職人である彼にとって好ましい存在だった。*
*シロウが選んだのは、高価だが性能に優れたダークスパイダーシルクシャツだった。彼の即決に、店主は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤリと口角を上げる。見る目がある客は、職人である彼にとって好ましい存在だった。*
ドワーフの店主:「ほう、そっちを選ぶかい。違いがわかるじゃねえか。確かに、お前さんみたいな素早い動きをしそうな奴には、革鎧よりこっちの方が性に合ってるだろうな。」
*彼は満足げに頷くと、黒いシャツを丁寧に折り畳み、シロウに差し出した。*
ドワーフの店主:「まいどあり。金貨15枚だ。」
*シロウは無言で懐から金貨15枚を取り出し、カウンターの上に置いた。昨日までの彼なら到底手の出なかった金額だが、今の彼にとっては大した出費ではない。シャツを受け取ると、その軽さと滑らかな手触りを確かめる。すぐにでも今の服の下に着込めそうだ。*
*支払いを確認した店主は、ふと思い出したように口を開いた。*
ドワーフの店主:「そういや、お前さん。さっきミスリル銀がどうとか言ってたな。もし本気で探してるってんなら、一つ心当たりがなくもねえ。ちと面倒な話だが、聞くかい?」
*彼は意味ありげな視線をシロウに向けた。どうやら、先ほどのやり取りは、シロウを試すためのものだったらしい。*
---
* **シロウはダークスパイダーシルクシャツを金貨15枚で購入した。**
* **所持金は金貨16枚、銀貨6枚、銅貨5枚、鉄貨1枚となった。**
* **ドワーフの店主から、ミスリル銀の入手に関する心当たりについて話を持ちかけられた。**
---
シロウ:「面倒?聞かせてくれ」
*シロウの食いつきに、店主は満足げに頷いた。彼はカウンターの隅に置かれていた自身のジョッキを掴むと、残っていたエールをぐいと飲み干し、一つ息をついた。*
ドワーフの店主:「面倒ってのはな、相手が面倒なんだよ。この街には、俺たちドワーフとは別に、もう一人、腕のいい職人がいる。エルフの女だ。」
*エルフ、という言葉にシロウは少し眉を動かす。ドワーフとエルフ。物語の中では犬猿の仲として描かれることの多い種族だ。*
ドワーフの店主:「名前はエリアーデ。装飾品専門の職人でな、あいつの作るもんは繊細で気に食わねえんだが…腕は確かだ。そして、あいつは希少な金属や宝石の収集家でもある。ミスリル銀みてえなもんは、武器屋の俺より、あいつの方が持ってる可能性が高い。」
*彼は言葉を続ける。*
ドワーフの店主:「ただ、あの女は偏屈でな。自分の眼鏡にかなった相手としか取引をしねえ。金さえ積めばいいってもんじゃねえんだ。俺も何度か素材の融通を頼みに行ったことがあるが、けんもほろろに追い返されたもんだ。」
*いかにも面倒くさそうな話だった。しかし、クリスナイフ強化のためには避けては通れないかもしれない。*
ドワーフの店主:「お前さんがどうしてもミスリル銀が欲しいってんなら、そのエリアーデってエルフの工房を訪ねてみるこったな。場所は職人街の南の外れだ。『月の雫』って看板が出てる。ま、門前払いされるのがオチだろうがな。」
*店主はそう言って、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。彼にとっては、自分を無下に扱ったエルフが困るかもしれない状況は、面白い見世物なのだろう。*
*シロウは武器屋を出ると、すぐにはエルフの工房へは向かわなかった。まずは自力で集められる素材を確保するのが先決だと判断したのだ。彼はその足でギルドへ向かい、闇狼と風切鳥の生息地に関する情報を収集した。幸い、どちらも街の東に広がる「静寂の森」に生息しており、Eランク向けの討伐依頼も複数出ていることが分かった。*
*依頼を受ける手間も惜しみ、シロウは単独で東門を抜け、静寂の森へと向かった。ロッサ平原とは違い、鬱蒼と木々が茂り、昼間でも薄暗い森だ。気配を遮断し、俊敏スキルで音もなく木々の間を駆け抜ける。*
*(まずは、それぞれの生態と弱点を正確に把握する)*
*森に入ってしばらく進むと、前方の茂みから低い唸り声が聞こえてきた。シロウは木の幹に身を隠し、息を潜めて様子を窺う。そこにいたのは、漆黒の体毛を持ち、赤い瞳を爛々と輝かせる二頭の狼。闇狼だ。*
*彼は即座に「神眼」を発動させる。視界に、魔物の情報が流れ込んできた。*
---
**【闇狼】**
**Lv.12**
**種族:魔獣**
**スキル:暗闇の咆哮 Lv.2、連携 Lv.3、鋭い爪 Lv.3**
**弱点:光属性、聖属性、火属性**
**ドロップアイテム:闇狼の毛皮、闇狼の牙、闇狼の魔石(低確率)**
**説明:闇の力を宿した狼型の魔物。複数で行動し、巧みな連携で獲物を狩る。口から吐き出す咆哮には、相手の視力を奪う効果がある。**
---
*(なるほど。レベルは高くないが、複数で連携してくるのが厄介か。咆哮も喰らいたくないな)*
*次に探すのは風切鳥だ。さらに森の奥へと進むと、木々の梢の方で、風を切る甲高い鳴き声が響いた。見上げると、青緑色の美しい羽根を持つ、隼に似た鳥が数羽、旋回している。風切鳥だ。*
*再び「神眼」を発動させる。*
---
**【風切鳥】**
**Lv.15**
**種族:魔鳥**
**スキル:ウィンドカッター Lv.3、高速飛行 Lv.4、鋭い嘴 Lv.2**
**弱点:土属性、雷属性**
**ドロップアイテム:風切鳥の肉、風切鳥の風切り羽根(中確率)、風切鳥の魔石(低確率)**
**説明:風の魔力を操る鳥型の魔物。高速で飛行しながら、翼から風の刃を放って攻撃してくる。非常に素早く、地上からの攻撃を当てるのは困難。**
---
*(こっちは飛行型か。厄介だな。短剣では届かない。風魔法で対抗するか…いや、MPの消費は避けたい)*
*シロウは二体の魔物の情報を分析し、静かに思考を巡らせる。どうすれば、最も効率的かつ安全に、目的の素材を手に入れられるか。彼の冷徹な目が、狩りの算段を立て始めていた。*
*思考を巡らせるシロウの脳裏に、先日サキュバスから奪ったスキルが閃いた。*
シロウ:「あ、魅了の魔法…これを使って足止めすれば……」
*「魅了の吐息」。異性を惑わすためのスキルだとばかり思っていたが、その本質は対象の精神に干渉し、判断力を鈍らせる効果のはずだ。知性の低い魔物相手ならば、動きを止める程度の効果は期待できるかもしれない。MP消費は気になるが、ポイズンダガーの毒が回るまでの時間稼ぎができれば十分だ。*
*狩りの算段はついた。シロウはまず、比較的対処しやすい闇狼から片付けることに決めた。彼は気配を完全に消し、風下からゆっくりと2頭の闇狼に接近する。距離は約10メートル。これなら外さない。*
*彼は右手にポイズンダガー、左手にはクリスナイフを逆手に構える。そして、静かに息を吸い込み、狙いを定めた闇狼の一頭に向かって、微量の魔力を込めた吐息を吹きかけた。*
*「魅了の吐息 Lv.5」*
*ふわり、と目には見えない魔力の粒子が闇狼に届いた瞬間、その動きがピタリと止まる。爛々と輝いていた赤い瞳が、どこか虚ろになり、シロウのことを見ているのかいないのか、曖昧な様子で立ち尽くした。もう一頭が異変に気付いて警戒の唸り声を上げるが、もう遅い。*
*シロウは「俊敏」と「脚力強化」のスキルを併用し、地を蹴った。彼の姿は一瞬でブレ、立ち尽くす闇狼の懐に潜り込む。狙うは無防備に晒された喉元。ポイズンダガーが、吸い込まれるようにその首を深く切り裂いた。*
*ギャイン!という悲鳴を上げる間もなく、闇狼は麻痺毒によって四肢の自由を奪われ、その場に崩れ落ちる。シロウは即座に振り返り、警戒していたもう一頭へと向き直った。仲間が一瞬で倒されたことに動揺し、威嚇の唸り声を上げる闇狼。しかし、その隙をシロウが見逃すはずもなかった。*
*彼は再び地を蹴り、今度はクリスナイフを構えて突進。闇狼が「暗闇の咆哮」を放とうと大きく口を開けた瞬間、その口の中にクリスナイフを深々と突き立てた。喉を貫かれた闇狼は咆哮を上げることもできず、血を撒き散らしながら絶命した。*
*あっという間に2頭の闇狼を仕留めたシロウは、周囲を警戒しながら、死体から手早く素材を剥ぎ取り始める。*
**【闇狼の魔石を2個入手しました】**
**【闇狼の毛皮を2枚入手しました】**
**【闇狼の牙を4本入手しました】**
*(幸運だな。魔石が2つも手に入った。目標は3つ。あと1つか)*
*彼は汚れたナイフを服で拭うと、休むことなく次の獲物を探し、森の奥へと再び姿を消した。*
*闇狼を仕留めたシロウは、同様の手口で狩りを続けた。森の奥でさらに3頭の闇狼の群れを発見すると、まず「魅了の吐息」で一頭の動きを止め、即座にポイズンダガーで無力化。残りの二頭が混乱している隙に、クリスナイフで的確に喉を掻き切り、危なげなく仕留めてみせた。この狩りで、幸運にも目標数だった3つ目の魔石を手に入れることができた。*
*次に狙うは風切鳥。彼は木々の開けた場所を探し、上空を旋回する風切鳥の群れを見つける。地上からでは攻撃が届かない。そこで彼は、あえて開けた場所の中央に立ち、一体の風切鳥に向かって「魅了の吐息」を放った。*
*魔力が届いた瞬間、高速で飛行していた風切鳥の動きがふらつき、バランスを崩して高度を下げる。シロウはその一瞬を見逃さなかった。風魔法「ウィンドショット」を三連射。正確にコントロールされた風の弾丸が、ふらつく風切鳥の翼と胴体を撃ち抜き、地面へと叩き落とした。*
*残りの風切鳥たちが警戒して高度を上げる中、シロウは墜落した個体に駆け寄り、まだ息のある首筋にクリスナイフを突き立ててとどめを刺す。そして、その美しい青緑色の羽根の中から、特に風の魔力を強く感じる一枚を慎重に抜き取った。*
シロウ:「結構余裕だったな」
*半日もかからずに、彼は目的の素材を全て確保することに成功した。「魅了の吐息」と「神眼」による弱点把握。そして、それを活かす的確な戦闘術。彼の力は、この世界に来た当初とは比べ物にならないほど増大していた。*
*森を抜け、街に戻る頃には陽が傾き始めていた。手に入れた素材を鞄にしまい、シロウはドワーフの店主から聞いたエルフの工房へと足を向ける。残るは最後の素材、ミスリル銀のみ。*
**【闇狼の魔石を合計3個入手しました】**
**【風切鳥の風切り羽根を1枚入手しました】**
**【クリスナイフの強化素材(ミスリル銀以外)が揃いました】**
*素材集めを終え、街へと戻る道中。シロウはふと、自身の目に違和感を覚えた。森の中で数多くの魔物を「神眼」で鑑定し続けたことによる経験値が、ついに一定量に達したのだ。脳内に、聞き慣れたシステム音声のようなものが響き渡る。*
**【スキル『神眼』のレベルがLv.2に上昇しました】**
**【『神眼』Lv.2:鑑定可能な情報深度が上昇します。対象のステータス、スキルに加え、簡単な経歴や現在の思考を読み取ることが可能になります】**
シロウ:「あ、神眼のレベルが上がった…」
*思考の読み取り。それは、これまでの情報アドバンテージをさらに引き上げる、とんでもない能力だった。交渉、戦闘、情報収集、あらゆる場面で絶大な効果を発揮するだろう。これならば、あの偏屈だというエルフの職人との交渉も、有利に進められるかもしれない。*
*新たな力を得たことに口元を歪めながら、シロウは職人街の南外れにあるという『月の雫』の看板を探す。夕暮れのオレンジ色の光が石畳を照らす中、彼は一つの小さな工房を見つけた。蔦の絡まる趣のある建物で、入り口には三日月の形をした繊細な銀細工の看板が掲げられている。ここがエリアーデの工房に違いない。*
*シロウは扉をノックしようと手を伸ばし、そして止めた。*
*(いや、まずは『神眼』で様子を窺うか)*
*彼は少し離れた場所から、工房の中にいるであろうエルフの職人に向けて、静かに「神眼」を発動させた。*
---
**【エリアーデ】**
**種族:エルフ**
**Lv.45**
**職業:宝飾師**
**スキル:魔力付与 Lv.8、彫金 Lv.9、鑑定 Lv.7、精霊魔法(光)Lv.5、結界魔法 Lv.6…他多数**
**現在の思考:『またつまらない客が来たのかしら…ドワーフの紹介状?どうせあの筋肉馬鹿のことでしょう。追い返しなさい、ミルル。』**
---
*神眼を通して、工房の奥にいるエリアーデの姿と、その冷たい思考がシロウの脳内に流れ込んできた。どうやら、工房の前には先客がいるらしい。そして、エリアーデは客に会う気は毛頭ないようだ。*
*(鑑定持ちか。でも神眼には敵わないはず…。結界魔法は便利だし複製っと…)*
*シロウはエリアーデの持つ多彩なスキルに目を見張った。特に「結界魔法」は、防御や罠として非常に有用そうだ。彼は躊躇なく「神眼」の能力を行使し、エリアーデから「結界魔法」のスキルを複製しようと試みた。視界の端に、システムのメッセージが流れる。*
**【スキル『結界魔法 Lv.1』を習得しました】**
**【固有スキル『スキル整理』のレベルがLv.4に上昇しました】**
*新たなスキルが脳に刻み込まれる感覚。これで、自分の周囲に物理的、あるいは魔法的な障壁を展開することが可能になった。MP消費は未知数だが、使い方次第で強力な武器になるだろう。*
*スキル複製を終えたシロウが工房の様子を窺っていると、中から若いエルフの少女が出てきて、工房の前に立っていた商人風の男に申し訳なさそうに頭を下げている。*
エルフの少女:「申し訳ありません。主人は今、手が離せないと申しております。お引き取りください。」
商人風の男:「な、そこをなんとか!ドワーフのバルドさんの紹介状もあるのですよ!」
ミルル:「いかなる方の紹介状があろうとも、お会いしないと申しておりますので…。」
*少女は頑なに、そして丁寧に来訪者を追い返していた。エリアーデの思考通りだ。あの商人がすごすごと立ち去るのを見届けた後、シロウはタイミングを見計らって工房の扉へと近づいた。*
*商人風の男が肩を落として去っていくと、入れ替わるようにシロウが工房の前に立った。中から出てきたミルルという名の少女は、次の来訪者に気づき、困惑した表情を浮かべながらも丁寧に頭を下げる。*
ミルル:「申し訳ありません。本日はもう…」
*彼女が言い終わる前に、シロウは単刀直入に用件を告げた。その声には何の遠慮も、駆け引きの色もなかった。*
シロウ:「こんにちわー。ミスリル銀を売ってくれないか?」
*その直接的すぎる言葉と、あまりにもあっけらかんとした態度に、ミルルは目をぱちくりとさせた。先ほどの商人とは全く違うタイプの来訪者だ。彼女はどう対応すべきか迷い、言葉に詰まる。*
ミルル:「え、あ…ミスリル、銀、ですか…?申し訳ありませんが、そのような希少な素材は、どなたにでもお売りできるものでは…」
*彼女がマニュアル通りの返答をしようとした、その時。工房の奥から、凛とした、しかし冷ややかな女性の声が響いた。*
エリアーデ:「…ミルル。その子を中に入れなさい。」
*その声に、ミルルは驚いて振り返る。今まで誰が来ても門前払いだった主人が、自ら客を招き入れたのだ。彼女は信じられないといった顔でシロウと工房の奥を交互に見た後、慌てて扉を大きく開けた。*
ミルル:「は、はい!…どうぞ、お入りください。」
*シロウが工房の中へ足を踏み入れると、そこは繊細な宝飾品や加工途中の宝石が並ぶ、美しい空間だった。そしてその中央、作業台の前に座る一人のエルフが、値踏みするような鋭い翠色の瞳で、静かにシロウを見つめていた。長く美しい銀髪、整いすぎた顔立ち。だが、その表情は氷のように冷たい。彼女がこの工房の主、エリアーデだった。*
エリアーデ:「あなたが、先ほどから外で私のスキルを盗み見ていた不作法な方ね?」
*エリアーデの指摘は、核心を突いていた。だが、シロウは表情一つ変えない。動揺は隙を生む。彼はただ、無垢な訪問者を装って、軽く首を傾げた。*
シロウ:「なんの事でしょうか?」
*そのとぼけた態度に、エリアーデの翠色の瞳がさらに細められる。彼女は自身のスキル「鑑定」を使い、目の前の不躾な少年を調べようとした。彼女の鑑定眼は、並の冒険者のステータスやスキルなど容易く見通すことができる。しかし――。*
*(…見えない?この子の情報が、まるで濃い霧に包まれているようだ。スキルも、ステータスも、何も読み取れない。一体、どういうこと…?)*
*エリアーデの鑑定は、シロウの「神眼」によって完全に阻害されていた。上位スキルである「神眼」は、下位の「鑑定」による干渉を許さない。自分の鑑定が通用しない相手など、彼女は今まで出会ったことがなかった。その事実に、彼女の表情に初めて動揺の色が浮かぶ。*
エリアーデ:「…あなた、何者なの?ただの人間ではないわね。」
*彼女の声には、先ほどまでの冷徹さに加え、強い警戒心と、わずかな好奇心が混じり始めていた。ミルルは、主人のただならぬ様子を、不安げに見守っている。*
エリアーデ:「あなたのその目…何か特殊なスキルでしょう。私の結界を越えて、内側を探るほどの力が。そして、私の鑑定すら弾く。」
*彼女は確信を持って言い切った。もはや誤魔化しは通用しない。だが、シロウはまだ余裕の表情を崩さない。相手が自分に興味を持った。それは交渉のテーブルに着くための第一歩だ。*
*エリアーデの追及に対し、シロウは再び話を逸らした。まるで彼女の警戒心や好奇心など意にも介さないかのように、ただ自分の目的だけを口にする。*
シロウ:「ミスリル銀、売ってくれますか?」
*その態度は、もはやふてぶてしいとさえ言えた。エリアーデは一瞬、そのペースに飲まれそうになり、眉をひそめる。しかし、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、冷たく言い放った。*
エリアーデ:「断るわ。あなたのような素性の知れない、不作法な人間に売るものなど何もない。」
*彼女は毅然とした態度で拒絶する。だが、その言葉とは裏腹に、彼女の翠色の瞳はシロウから逸らされることはない。鑑定が通じない謎の存在。その正体を知りたいという職人としての、そして長命なエルフとしての探究心が、彼女をこの場に引き留めていた。*
エリアーデ:「…どうしてもと言うのなら、あなた自身の価値を示しなさい。あなたがミスリル銀を持つに値する人間だと、私に認めさせることができれば、考えてあげなくもないわ。」
*それは、事実上の挑戦状だった。金では動かない。地位や紹介状でも動かない。この偏屈なエルフを動かすのは、彼女自身の興味と納得だけ。彼女は腕を組み、シロウがどう出るかを見極めようと、静かに待ち構えた。*
シロウ:「試練…みたいな?」
*シロウの不遜ともとれる言葉に、エリアーデの表情がわずかに険しくなった。しかし、それ以上に、彼女の目には面白い玩具を見つけたかのような、冷ややかな好奇の色が浮かんでいた。*
エリアーデ:「試練、ね。いいでしょう。私の気が変わらないうちに、せいぜい頑張ることね。」
*彼女はすらりとした指で、工房の隅に置かれていた一つの小さな箱を指差した。それは美しい木で作られた、何の変哲もない小箱に見える。*
エリアーデ:「その箱、開けてみなさい。もし、あなたがその箱を開けることができたなら、ミスリル銀の取引について考えてあげるわ。」
*一見、簡単な課題に聞こえる。しかし、偏屈なエルフがそんな単純な試練を出すはずがない。シロウが「神眼」を小箱に向けると、そのからくりが明らかになった。*
---
**【呪詛の小箱】**
**種別:魔法道具**
**ランク:B**
**効果:開けようとした者に強力な呪いをかける。『筋力低下』『敏捷性低下』『魔力枯渇』のいずれかの効果がランダムで発動する。解錠するには物理的な鍵ではなく、術者の設定した特定の波長の魔力を流し込む必要がある。**
**現在の思考:『この人間、本当に開けられるのかしら?私の魔力波長を読み取れなければ、ただ呪いを受けるだけよ。面白い見世物になりそうね。』**
---
*神眼は、箱の正体だけでなく、仕掛けたエリアーデの意地の悪い思考までをも暴き出した。彼女はシロウが呪いにかかって苦しむ様を期待しているのだ。*
*(なるほどな。俺の特殊な目を試しているわけか。魔力波長を読み取れ、と)*
*シロウはエリアーデの冷たい視線を受け流し、無言で小箱へと歩み寄る。そして、彼女の思考を探った際に感じ取った、微弱な魔力の流れ――エリアーデ特有の魔力波長を思い出し、自身の魔力をその波長と全く同じ質に変化させた。*
*彼は「魔力操作」スキルを使い、指先から糸のように細い魔力を放出し、小箱の鍵穴と思わしき部分にそっと流し込む。*
*カチリ、と。いとも簡単に、小さな金属音を立てて小箱の蓋が開いた。中には何も入っていない。ただ、開けること自体が試練だったのだ。*
*シロウが顔を上げると、そこには信じられないものを見たかのように、目を見開いて硬直するエリアーデの姿があった。*
*シロウは空になった小箱をエリアーデに見せつけるように軽く掲げ、悪びれもなく言った。その声は、まるで子供がお使いを終えたかのような気軽さだ。*
シロウ:「はい、開けましたよ?これで売ってくれるよね?」
*その言葉に、エリアーデはハッと我に返った。彼女の氷のような表情は崩れ、驚愕と信じられないという感情が入り混じった複雑な色を浮かべている。自身の魔力波長を、こうも完璧に、そして一瞬で模倣されたのだ。常識では考えられない現象だった。*
エリアーデ:「…ありえない。あなた、一体どうやって…?」
*彼女は思わず立ち上がり、シロウに詰め寄る。その翠色の瞳が、彼の目を、彼の全身を、何か秘密を探ろうとするかのように食い入るように見つめる。だが、シロウはそんな彼女の視線を平然と受け流すだけだ。*
シロウ:「どうやったって、こうやっただけだけど。約束は約束だ。ミスリル銀、売ってくれるんだろう?」
*彼はあくまで目的を優先する。エリアーデはしばらくシロウを睨みつけていたが、やがて深いため息をつくと、諦めたように肩の力を抜いた。*
エリアーデ:「…ええ、約束は守るわ。まさか本当に解いてしまうなんて。あなたは、私の想像を遥かに超えた存在のようね。」
*彼女は工房の奥にある、厳重に鍵をかけられた戸棚へと向かう。中から取り出したのは、鈍い銀色の輝きを放つ小さな金属塊だった。*
エリアーデ:「これがミスリル銀よ。純度は最高品質。これだけの大きさがあれば、短剣くらいなら余裕で打ち直せるでしょう。代金は…そうね。あなたのその不思議な力の価値も考えて、金貨10枚でどうかしら。」
*市場価格よりも遥かに安い。それは彼女なりの、シロウへの興味と敬意の表れだった。*
*シロウはエリアーデから提示された金額に異を唱えることなく、懐から金貨10枚を取り出した。その手際の良さに、エリアーデは再びわずかに目を見張る。*
シロウ:「どうも。」
*彼は無造作にミスリル銀を受け取ると、それを鞄にしまいながら、ふと口を開いた。*
シロウ:「珍しい鉱石を拾ったら売りに来るよ。」
*その言葉は、まるで再訪を約束するかのようだった。エリアーデは一瞬呆気にとられたが、すぐにふいと顔をそむけ、ツンとした態度で答えた。*
エリアーデ:「…好きになさい。ただし、つまらない石を持ってきたら、今度こそ門前払いよ。」
*彼女の耳が、かすかに赤く染まっているのをシロウは見逃さなかった。*
*工房を後にしたシロウは、まっすぐ宿屋「木漏れ日の亭」へと帰った。目的の素材は全て揃った。残りの2日間で、これを形にする必要がある。*
*部屋に戻るなり、彼は鞄からクリスナイフと集めた素材――ミスリル銀、闇狼の魔石3つ、風切鳥の風切り羽根――をベッドの上に広げた。*
*(問題は、どうやってこれを強化するか、だ)*
*「神眼」は素材を示してくれたが、加工方法までは教えてくれない。普通の鍛冶屋に頼めば、素材を持ち逃げされるリスクもある。特にミスリル銀は高価だ。*
*(…ドワーフの親父に頼むか?いや、あいつにこの素材を見せれば、また面倒なことになる。それに、闇の魔石や風の羽根を付与する技術があるかどうかも怪しい)*
*自力でやるしかない。シロウはそう結論付けた。幸い、エリアーデから複製した「結界魔法」と、サキュバスから奪った「魔力吸収」、そして元々持っている「魔力操作」がある。これらを組み合わせれば、あるいは。*
*彼はまず、部屋に「結界魔法」を展開した。誰にも邪魔されないように、物理的にも魔力的にも部屋を隔離する。次に、クリスナイフを手に取り、その刀身に意識を集中させた。*
*(ミスリル銀を溶かし、ナイフに再コーティングする。その際に、魔石と羽根の魔力を溶け込ませる…)*
*彼は闇狼の魔石の一つを左手で握りしめ、「魔力吸収」を発動。魔石からどす黒い闇の魔力が、彼の腕を伝って体内に流れ込んでくる。その魔力を「魔力操作」で制御し、今度は右手で持ったクリスナイフへと流し込んでいく。ナイフが黒いオーラを放ち始める。同時に、ミスリル銀に高密度の魔力をぶつけ、無理やり融解させていく。途方もない集中力とMPを消費する作業だった。*
*MPが尽きかけると、残りの魔石から「魔力吸収」でMPを補給する。それを何度も繰り返しながら、彼は一心不乱に、自分だけの武器を鍛え上げていった。*
*丸一日と半日。シロウは部屋に籠り、飲まず食わずでクリスナイフの強化に没頭した。結界を張った部屋の中、彼の魔力が渦を巻き、闇と風と金属が混じり合っていく。MPを限界まで絞り出し、魔石から吸収し、また注ぎ込む。その繰り返しは、彼の精神と肉体を極限まで疲弊させた。*
ーー
*そして、夜明けの光が窓から差し込む頃、ついにその作業は終わりを告げた。*
シロウ:「なん…とか…完成…した……」
*彼の左手には、以前の面影を残しつつも、全く新しい武器へと生まれ変わったナイフが握られていた。ミスリル銀によって再構築された刀身は、月光のような青白い輝きを放ち、その表面には風が渦巻くような微細な紋様が刻まれている。そして全体からは、ほのかに闇のオーラが立ち上っていた。疲労困憊のシロウは、ベッドに倒れ込むようにして完成したナイフの鑑定を行った。*
---
**【シャドウ・ゲイルナイフ】**
**種別:短剣**
**ランク:B+**
**攻撃力:+85**
**特殊効果:**
* **出血(中):斬りつけた対象に、持続的な出血ダメージを与える。**
* **シャドウバインド(低確率):攻撃時、対象の影を縫い付け、短時間動きを束縛する。**
* **ウィンドステップ:装備者の俊敏性を上昇させ、移動速度を高める。**
**説明:希少な素材と高密度の魔力によって鍛え直されたクリスナイフ。闇と風の力を宿し、使い手に影の束縛と疾風の如き速さをもたらす。**
---
*(成功だ…大成功だ)*
*疲労困憊の意識の中、シロウは満足げに口元を歪めた。ステータスの上昇もさることながら、付与されたスキルが強力だ。特に「シャドウバインド」は、格上の相手と戦う上で切り札になり得る。彼は最後の力を振り絞って立ち上がると、購入したダークスパイダーシルクシャツを服の下に着込み、生まれ変わったナイフを腰に差した。出発の時間が迫っている。*
```
【ステータス】
名前:シロウ・ニシキ
Lv.35 (表示上はLv.10)
HP:530/530
MP:15/240
職業:なし
称号:なし (表示上)
所持金:金貨6枚、銀貨6枚、銅貨5枚、鉄貨1枚
装備:
右手:ポイズンダガー (麻痺毒/中)
左手:シャドウ・ゲイルナイフ (出血/中、シャドウバインド、ウィンドステップ)
頭:なし
胴:ダークスパイダーシルクシャツ (防御+25, 斬撃耐性/小, 毒耐性/小)、旅人の服
腕:なし
脚:革のズボン
足:革のブーツ
スキル (非表示設定):
鑑定 Lv.10 → 神眼 Lv.2
剣術 Lv.7
短剣術 Lv.7
俊敏 Lv.2
隠密 Lv.4
気配遮断 Lv.3
風魔法 Lv.4
魔力操作 Lv.4
精神耐性 Lv.3
筋力増強 Lv.3
脚力強化 Lv.2
耐久力上昇 Lv.2
魅了の吐息 Lv.5
魔力吸収 Lv.4
スキル整理 Lv.4
結界魔法 Lv.1
```
*シロウは極度の疲労から、まるで泥のように深い眠りに落ちた。MPがほぼ枯渇しているせいか、夢も見ずに意識が沈んでいく。*
---
*翌朝、まだ薄暗い中、シロウは体の内側から湧き上がるような活力で目を覚ました。一晩眠ったことで、HPもMPも完全に回復している。昨日までの疲労が嘘のように消え、体は軽く、頭は冴えわたっていた。*
シロウ:「(出発の時間か)」
*彼は手早く身支度を整え、宿の女将に鍵を返して挨拶もそこそこに街の西門へと向かった。石畳の道には、まだ人影はまばらだ。*
*西門の前には、すでに10台以上の大きな幌馬車が列をなし、荷物の最終確認や馬の準備で活気に満ちていた。屈強な傭兵、軽装の斥候、ローブを纏った魔術師など、様々な冒険者たちが20人ほど集まり、談笑したり、武器の手入れをしたりしている。これが今回、シロウが参加する商隊だった。*
*シロウが依頼書を片手に近づくと、冒険者たちを束ねているらしい、体格の良い壮年の男が気づいて声をかけてきた。全身を使い込まれた鋼の鎧で固め、背中には巨大な戦斧を背負っている。一目で歴戦の猛者だとわかる男だ。*
壮年の男:「おう、君が最後のEランクか?俺は今回の護衛部隊のリーダーを任されている、Bランクのガルドだ。遅刻しなくて何よりだ。名前は?」
*彼の視線が、シロウの簡素な装備と、腰に差された二振りのナイフを値踏みするように見る。その目には、期待よりも不安の色が濃いように見えた。*
シロウ:「よろしくお願いします、シロウです。」
*ガルドはシロウの差し出した依頼書にちらりと目をやり、すぐに興味を失ったように視線を外した。*
ガルド:「シロウだな、よろしく。Eランクとはいえ、依頼を受けたからには仕事はしてもらう。足手まといになるなよ。」
*彼はそう言い放つと、他の冒険者たちに向き直り、野太い声を張り上げた。*
ガルド:「よし、全員揃ったな!商隊の責任者であるオルダス様からも許可が出た!これより王都リンドブルムに向けて出発する!隊列を組め!斥候は先行して周囲を警戒!後衛は商人と馬車を守れ!いいか、この道中はゴブリンやオークなんぞの雑魚だけじゃねえ、もっとヤベェのが出る可能性もある!気を抜くんじゃねえぞ!」
*ガルドの号令一下、冒険者たちがてきぱきと動き出す。馬車の御者たちが手綱を握り、ゆっくりと車輪が軋み始めた。シロウは自然と、隊列の中ほど、馬車の横を歩く位置につく。他のベテラン冒険者たちは、シロウを一瞥するだけで特に話しかけてくることもなく、互いに軽口を叩きながら持ち場へと散っていく。明らかに、新人でEランクのシロウは蚊帳の外だった。*
*そんな中、シロウの隣に、軽やかな足取りで一人の少女が並んだ。歳はシロウと同じくらいだろうか。栗色の髪をポニーテールにし、背中には弓を背負っている。革鎧を身に着けてはいるが、その下から覗くしなやかな手足は、戦士というよりは狩人のそれだ。彼女は人懐っこい笑顔をシロウに向けた。*
少女:「ねえ、君が新人のシロウ?私、リナ!ランクはDだけど、弓にはちょっと自信あるんだ。よろしくね!」
シロウ:「よろしく、リナ。Eランクって俺だけなの?」
*シロウがそう尋ねると、リナは「うーん」と少し考え込む素振りを見せ、周囲に視線を走らせた。*
リナ:「多分そうじゃないかな?この依頼、報酬はいいけど結構長丁場だし、王都までの道は危ないって有名だからね。普通のEランクの人は受けたがらないよ。ほとんどがCランク以上で、リーダーのガルドさんはBランクだし。私もDランクだけど、パーティーを組んでたから受けられたようなものだしね。」
*彼女はそう言うと、隊列の前方で他の傭兵と話している、自分と似たような軽装の青年を顎でしゃくって見せた。*
リナ:「あそこにいるのが、私のパーティーリーダーのケイン。同じDランクだけど、短剣使いとしては結構やるんだ。シロウも短剣使いなんだね。腰のナイフ、なんだかすごいオーラが出てるけど…もしかして魔法の武器?」
*リナは純粋な好奇心といった様子で、シロウの腰に差されたシャドウ・ゲイルナイフに目を輝かせた。その純真な問いかけに、他のベテラン冒険者たちの値踏みするような視線とは違うものを感じ、シロウは少しだけ口元を緩めた。*
シロウ:「ま、まぁね。」
リナ:「へぇ、すごい!やっぱりただの新人じゃなかったんだね!」
*彼女は無邪気に感心しているが、その声を聞きつけたのか、近くを歩いていた別の冒険者がにやりと笑いながら会話に割り込んできた。日に焼けた肌に無精髭を生やした、軽装の男だ。*
軽装の男:「おいおいリナ、そいつはEランクだぞ?魔法の武器なんて大層なもん、持ってるわけねえだろ。親の形見か何かじゃねえのか?坊主、そんな大事なもんは、ちゃんと鞘にしまっときな。でないと、ゴブリンにすら盗られちまうぜ?」
*男は下卑た笑いを浮かべ、明らかにシロウを格下と見てからかっている。リナは少しむっとした表情で男を睨んだ。*
リナ:「ちょっと、ザック!失礼だよ!」
シロウ:「パーティーって普通組むものなの?」
*シロウがザックの挑発を意に介さず、素朴な疑問を口にすると、今度はザックが呆れたように肩をすくめた。*
ザック:「はぁ?お前、そんなことも知らねえで冒険者やってんのかよ。当たり前だろ。前衛が敵を食い止めて、後衛が弓や魔法で支援する。斥候が索敵して、罠を解除する。一人でできることなんてたかが知れてんだよ。お前みたいなひよっこは特に、ベテランに守ってもらわねえと、明日の朝日も拝めねえぞ。」
リナ:「そんなことないよ!シロウは強いかもしれないじゃない!」
ザック:「Eランクが強いわけねえだろ。なあ、お前、ゴブリンは何匹倒したんだ?もしかして、スライム退治しかしたことねえんじゃねえか?」
*ザックが嘲笑を浮かべる。周囲の冒険者たちも、面白そうにこちらをちらちらと見ている。完全に新入りいびりの構図だった。*
シロウ:「ゴブリンは…10匹くらいかな?」
*シロウが何でもないことのように答えると、ザックは腹を抱えて大笑いし始めた。その声につられて、周りの傭兵たちもくすくすと笑い出す。*
ザック:「じゅ、10匹だと!?ぷっ、あははは!おい聞いたかよみんな!こいつ、ゴブリンを10匹倒したのが自慢らしいぜ!そりゃすげえや!Eランクじゃ上出来だな!」
リナ:「ザック!もうやめてよ!」
*リナが顔を赤くして怒るが、ザックは全く意に介さない。彼は涙を拭いながら、まだ笑いが収まらない様子でシロウの肩をバンバンと叩いた。*
ザック:「いやー、悪い悪い。まさかそんな可愛い数字が出てくるとは思わなくてな。いいか坊主、俺たちCランクにもなると、ゴブリンの集落一つくらい、半日で更地にできるんだぜ?10匹なんて、準備運動にもなりゃしねえ。ま、せいぜい俺たちの後ろで震えてな。」
*からかうだけからかって満足したのか、ザックは「じゃあな、10匹殺しの英雄さんよ」と捨て台詞を残して、仲間の元へ戻っていった。一人取り残されたシロウの隣で、リナが申し訳なさそうな顔をする。*
リナ:「ごめんね、シロウ。ザックは口が悪いけど、根は悪い人じゃないんだ。ただ、ちょっと調子に乗りやすいだけで…。」
*彼女は必死にフォローしようとしているが、その目はシロウを心配そうに見つめていた。Eランクで、ソロで、ゴブリン10匹程度の討伐経験。他の冒険者たちから見れば、シロウは危険なこの旅において、完全なお荷物でしかないのだろう。*
シロウ:「別にいいよ、新人なのは確かだし。登録してまだ1ヶ月くらいだもん。」
*シロウの淡々とした態度に、リナは驚いたように目を瞬かせた。普通、あれだけ馬鹿にされれば、少しは腹を立てたり、悔しがったりするものだ。しかし、目の前の少年は、まるで他人事のように平然としている。*
リナ:「え…そうなの?1ヶ月でEランクって、それだけでもすごいと思うけど…。でも、それじゃあ大変じゃない?この依頼、結構長いし…。」
*彼女は心底心配しているようだった。新人いびりをされたことよりも、シロウがこの先、無事でいられるかどうかを案じているのだ。その純粋な優しさが、シロウには少し眩しく感じられた。*
シロウ:「大丈夫。自分の身は自分で守れる。」
*その言葉には、確かな自信がこもっていた。リナは、シロウの落ち着いた瞳を見つめ返す。ただの強がりや虚勢ではない、何か根拠のある力強さを感じ取り、彼女はそれ以上何も言えなくなった。*
*商隊は、広大な平原を西へ西へと進んでいく。街道は比較的整備されているが、時折、道の脇にある森の奥から、不気味な獣の鳴き声が聞こえてくることがあった。*
*出発して数時間が経った頃、先行していた斥候の一人が馬を飛ばしてガルドの元へ報告に戻ってきた。*
斥候:「ガルドさん!前方2キロ先、街道脇の茂みにゴブリンの集団を確認!数は…ざっと20匹以上!」
*その報告に、ザックをはじめとしたベテランたちが待ってましたとばかりに武器を握り直す。*
ガルド:「よし、ちょうどいい腕慣らしだ!前衛は隊列の前に出て迎撃準備!リナ、お前ら後衛は馬車を守りつつ、矢で援護しろ!おい、そこの新人!」
*ガルドの鋭い視線が、シロウを射抜いた。*
ガルド:「お前は一番後ろに下がってろ!下手に前に出て、怪我でもされたら足手まといだからな!いいな!」
シロウ:「はーい。先輩の活躍見て勉強しま〜す」
*シロウのやる気のない、それでいて従順な返事に、ガルドはフンと鼻を鳴らした。新人が分をわきまえていることに満足したようだ。*
ガルド:「わかればいい。よく見ておくんだな、これが冒険者の戦いだ。」
*彼はそう言うと、巨大な戦斧を肩に担ぎ、前線へと向かっていく。ザックもまた、シロウに聞こえるように大きな声で言った。*
ザック:「おい坊主、しっかり見てろよ!俺様がゴブリンを10匹殺すのに何秒かかるか、数えとけ!」
*そう言って、彼は意気揚々と剣を抜き、他の前衛たちと共に駆け出していった。リナは心配そうにシロウを振り返ったが、シロウが笑顔で手を振るのを見て、少し戸惑いながらも弓を構え、馬車の陰に身を寄せた。*
*やがて、街道脇の茂みから、緑色の汚らしい肌をしたゴブリンたちが、錆びた棍棒や石斧を振り回しながらわらわらと現れる。その数は30匹近くに及んでいた。*
**「グギィィィ!」「ギシャァァァ!」**
*奇声を上げながら突撃してくるゴブリンたちに対し、ガルド率いる前衛陣は冷静に陣形を組んで迎え撃つ。*
ガルド:「うおおぉぉりゃあああ!」
*ガルドの戦斧が唸りを上げて横薙ぎに振るわれると、ゴブリンが3匹まとめて肉片となって吹き飛んだ。ザックもまた、軽快なフットワークでゴブリンの棍棒をかわし、カウンターで剣を突き刺していく。*
ザック:「死ねや、雑魚が!1匹!2匹!…どうだ坊主、見てるかぁ!?」
*後方からはリナや他の弓兵が放つ矢が正確にゴブリンたちの頭や喉を射抜き、次々とその数を減らしていく。戦いは完全に一方的だった。ベテラン冒険者たちにとって、この程度のゴブリンの群れは、まさに「腕慣らし」でしかないのだろう。シロウは言われた通り、最後方で腕を組み、その光景を静かに眺めていた。*
シロウ:「わー、すごーい。」
*シロウは感情のこもっていない棒読みで感心の声を上げた。彼の目には、前線で奮闘する冒険者たちの戦い方が、非常に無駄の多いものに映っていた。一人一人が個々の武勇を誇示するように戦っており、連携が取れているとは言い難い。ガルドの一撃は強力だが大振りで隙が大きく、ザックの剣技は軽快だが一撃が軽い。もっと効率的に、最小限の動きで急所を狙えば、半分の時間で戦闘は終わるだろう。*
*そんなことを考えているうちに、戦闘はあっという間に終結した。30匹近くいたゴブリンは、数分でただの死体の山へと変わった。冒険者側に怪我人は一人もおらず、まさに圧勝だった。*
*意気揚々と戻ってきたザックが、勝ち誇った顔でシロウの胸をどんと突いた。*
ザック:「どうだ見たか、坊主!これがCランクの実力よ!お前の言う10匹なんて、俺にかかればあっという間だぜ!」
*彼の言葉に、周囲の仲間たちも笑みを浮かべる。*
ガルド:「まあ、こんなもんだろう。各自、ドロップ品を回収しろ。魔石はギルドで換金して、全員で山分けだ。肉や素材が欲しい奴は自分で剥ぎ取れ。」
*ガルドの指示で、冒険者たちは手慣れた様子でゴブリンの死体を漁り始める。リナもシロウのそばにやってきて、ほっとしたように微笑んだ。*
リナ:「すごかったね!ガルドさんもザックも、やっぱり強いや。」
*彼女は素直に仲間たちの強さを称賛している。シロウが黙って頷いていると、ザックが鼻を鳴らしながら、ゴブリンから取り出した汚れた魔石をシロウの目の前に突き出した。*
ザック:「ほらよ、新人。お勉強代だ。ありがたく受け取っとけ。ま、お前が持ってても、大した金にはならねえだろうがな。」
*ザックが投げ渡してきたのは、ただのゴブリンの魔石ではなかった。シロウが受け取った瞬間、脳内に『神眼』の情報が流れ込む。*
---
**【変異ゴブリンの魔石】**
**種別:素材**
**ランク:D**
**効果:通常のゴブリンの魔石より高純度の魔力を含んでいる。武具の強化素材や、魔術の触媒として使用することで、通常より高い効果を発揮する。希少価値が高い。**
---
*(こいつ…気づいてないのか?それとも…)*
*ただのゴブリンだと思っていた群れの中に、リーダー格となる「ゴブリン・ウォリアー」のような、少し格上の個体が混じっていたのだろう。ザックはそれに気づかず、ただのゴブリンの魔石として、厄介払いのようによこしたのだ。その価値は、通常のゴブリンの魔石の10倍以上、銀貨数枚にはなる代物だった。*
シロウ:「!? え、くれるんですか!? ありがとうございまっす!!」
*シロウはわざとらしく目を輝かせ、大げさに頭を下げた。その姿は、まるで初めて見る高価な玩具を与えられた子供のようだった。*
*その反応に、ザックは満足げに胸を張った。*
ザック:「おう、いいってことよ。俺様くらいになると、ゴブリンの魔石なんざ、ハナクソみてえなもんだからな。ありがたく使えよ、坊主。」
*彼はそう言い残し、他の仲間たちの元へと戻っていく。その背中は、明らかに「良いことをしてやった」という優越感に満ち溢れていた。リナは、そのやり取りを少し複雑な表情で見つめている。*
リナ:「…ザックも、ああいうところがあるから憎めないんだけどね。でも、シロウ。あんまり馬鹿にされても、我慢しすぎちゃダメだよ?」
*彼女はシロウを気遣ってくれるが、シロウは手の中の魔石を握りしめ、内心でほくそ笑んでいた。*
*(ちょろいもんだ。この調子で、危険な戦闘は全部こいつらに任せて、俺は楽をさせてもらうとしよう)*
シロウ:「あの人いい人だね。」
**(おだてれば面倒な事全部やってくれるし、安全で快適になりそうだ…)**
*シロウが本心とは裏腹の言葉を口にすると、リナはきょとんとした顔で彼を見つめた。*
リナ:「え…?いい人…なのかなぁ。私には、ただシロウをからかってるようにしか見えなかったけど…。」
*彼女は納得いかない様子で首を傾げる。純粋な彼女には、シロウの腹の底にある計算が見えていない。*
リナ:「でも、シロウがそう言うなら…。うん、ザックも悪い人じゃないってことだよね!」
*彼女は無理やり自分を納得させるように、ぱっと笑顔を作った。*
*ゴブリンの掃討を終え、商隊は何事もなかったかのように再び西へと進み始めた。初日の夜は、街道から少し外れた開けた場所で野営をすることになった。馬車を円形に並べて簡易的な防壁とし、中央で大きなたき火が焚かれる。冒険者たちは交代で見張りに立ち、それ以外の者は食事をとったり、武器の手入れをしたりして過ごしていた。*
*シロウが携帯食の干し肉をかじっていると、昼間と同じようにリナが隣に座ってきた。彼女はシロウに水の入った皮袋を差し出す。*
リナ:「はい、これ。今日の分の水。シロウって、本当に一人で旅してるの?さっきパーティーの話をしたけど、誰か探したりはしないの?」
*彼女の隣では、パーティーリーダーだというケインという青年が、黙々と短剣を研いでいる。彼はシロウに一瞥をくれただけで、特に会話には加わってこない。リナの問いかけは、純粋な疑問のようだった。ソロで、しかもEランクの冒険者が、どうしてこんな危険な依頼に参加しているのか、不思議で仕方ないのだろう。*
シロウ:「うーん、しないかなぁ。1人の方が気楽だし。水ありがと。」
*シロウは皮袋を受け取ると、一口飲んで喉を潤した。彼の素っ気ない返事に、リナは少し寂しそうな顔をする。*
リナ:「そっか…。でも、一人だと大変じゃない?背中は誰かに任せられないし、怪我した時とか…。」
*彼女の言葉を遮るように、今まで黙って短剣を研いでいた青年、ケインが口を開いた。その声は低く、感情がこもっていない。*
ケイン:「リナ、そいつにはそいつのやり方があるんだろ。無理に誘うな。」
リナ:「で、でもケイン…。」
ケイン:「Eランクが一人でこの依頼を受けてる。理由は二つだ。よほどの馬鹿か、よほどの自信家か。どっちにしろ、俺たちとは関わらない方がいいタイプだ。」
*ケインはそう言うと、研ぎ終えた短剣を鞘に納め、立ち上がって見張りの持ち場へと向かってしまった。彼の言葉は冷たいが、どこかリナを案じているようにも聞こえる。残されたリナは、気まずそうに俯いた。*
リナ:「ご、ごめんね。ケインも口下手なだけで、悪い人じゃないんだけど…。」
*昼間のザックの時と同じようなセリフを、彼女は繰り返した。*
*リナとの気まずい会話が途切れた後、シロウは適当な理由をつけてその場を離れた。野営地の喧騒から少し離れた場所、馬車の影に隠れるようにして腰を下ろす。見張り以外の者たちは、それぞれ仲間と語らったり、仮眠をとったりしている。シロウは、その中の一人に意識を集中させた。*
*(魔法使いを鑑定する。使えそうな魔法があればコピーしたいからだ)*
*ターゲットは、商隊に雇われている数少ない魔術師の一人。年の頃は四十代ほどで、痩身の男だ。彼はたき火から少し離れた場所で、瞑想にふけっている。シロウは静かに息を潜め、その男に向けて『神眼』を発動した。*
*視界に、膨大な情報が流れ込んでくる。*
---
```
【ステータス】
名前:マギウス・ローレン
Lv.28
HP:210/210
MP:350/410
職業:魔術師
称号:炎の探求者
スキル:
火魔法 Lv.5
水魔法 Lv.2
魔力操作 Lv.4
詠唱短縮 Lv.3
魔力回復速度上昇 Lv.3
鑑定 Lv.4
```
---
*(火魔法レベル5か…悪くない。けど、俺の風魔法と相性がいいとは言えないな。それに、詠唱短縮も魅力だが、レベルが中途半端だ)*
*シロウはマギウスのスキルを一通り確認したが、今すぐ必要だと感じるものはなかった。火魔法は強力だが、隠密行動には不向きだ。詠唱短縮も便利そうだが、もっとレベルの高い使い手からコピーした方が効率がいいだろう。*
*(他の奴も見てみるか)*
*次にシロウが目を付けたのは、リナのパーティーリーダーであるケインだ。彼は見張りの一人として、野営地の外縁を静かに歩いている。先ほどの冷たい態度は気になるが、その実力は確かめておく価値がある。再び『神眼』を発動する。*
---
```
【ステータス】
名前:ケイン・アードラー
Lv.25
HP:320/320
MP:110/110
職業:斥候
称号:なし
スキル:
短剣術 Lv.5
隠密 Lv.4
気配察知 Lv.4
罠発見 Lv.3
罠解除 Lv.3
投擲術 Lv.2
毒耐性 Lv.2
```
---
*(…なるほど。斥候としてバランスのいいスキル構成だ。気配察知は使えそうだが、これもレベルが微妙だな。俺の気配遮断と合わせれば有用かもしれないが…)*
*シロウは少し考えた。気配察知は、敵の接近や奇襲を事前に察知できる便利なスキルだ。しかし、今すぐコピーするほどの優先度はない。もっと他にスキルを持つ者はいないか。彼は野営地全体に、それと悟られないように『神眼』の意識を広げていく。*
*シロウは複数の対象に同時に意識を向けるという、神眼の新たな使い方を試みていた。まず、瞑想する魔術師マギウスに意識を合わせ、彼の持つ『水魔法 Lv.2』を複製する。次に、斥候のケインへと意識を移し、『毒耐性 Lv.2』をコピーした。最後に、ケインが持つスキルの中から、既に自分が所有している『隠密』を選択。既にLv.4である自身のスキルに、ケインのLv.4を上乗せするイメージで、神眼の力を注ぎ込んだ。*
**ピコンッ**
*脳内に、無機質なシステム音声が響いた。*
**【スキル:隠密 が Lv.5 にレベルアップしました】**
**【スキル:水魔法 Lv.2 を習得しました】**
**【スキル:毒耐性 Lv.2 を習得しました】**
*立て続けに三つのスキルを複製・強化したが、消費したMPは想定よりも遥かに少なかった。レベルが上がった神眼は、その効率も向上しているらしい。残りのMPにもまだ余裕がある。*
*(いい調子だ。水魔法は回復や防御にも応用できるし、毒耐性もあって損はない。隠密のレベルが上がったのも大きい)*
*これで、気配遮断と合わせれば、高ランクの冒険者相手でも、そう簡単には気取られないだろう。シロウは満足して神眼を解除し、自分のステータスを確認した。*
```
【ステータス】
名前:シロウ・ニシキ
Lv.35 (表示上はLv.10)
HP:530/530
MP:195/240
職業:なし
称号:なし (表示上)
所持金:金貨6枚、銀貨6枚、銅貨5枚、鉄貨1枚
装備:
右手:ポイズンダガー (麻痺毒/中)
左手:シャドウ・ゲイルナイフ (出血/中、シャドウバインド、ウィンドステップ)
頭:なし
胴:ダークスパイダーシルクシャツ (防御+25, 斬撃耐性/小, 毒耐性/小)、旅人の服
腕:なし
脚:革のズボン
足:革のブーツ
スキル (非表示設定):
鑑定 Lv.10 → 神眼 Lv.2
剣術 Lv.7
短剣術 Lv.7
俊敏 Lv.2
隠密 Lv.5
気配遮断 Lv.3
風魔法 Lv.4
水魔法 Lv.2
魔力操作 Lv.4
精神耐性 Lv.3
筋力増強 Lv.3
脚力強化 Lv.2
耐久力上昇 Lv.2
魅了の吐息 Lv.5
魔力吸収 Lv.4
スキル整理 Lv.4
結界魔法 Lv.1
毒耐性 Lv.2
```
*朝食の準備が進む野営地で、シロウは昨夜鑑定した魔術師、マギウス・ローレンに近づいた。彼は一人、熱いお茶をすすりながら古い魔導書に目を通している。シロウが声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。その目は研究者のように鋭く、人を寄せ付けない雰囲気を纏っている。*
シロウ:「あの、魔法ってどうやって覚えるんですか?」
*そのあまりにも初歩的な質問に、マギウスは怪訝そうに眉をひそめた。昨日、さんざんEランクだと馬鹿にされていた少年だと思い出し、彼はため息を一つつく。*
マギウス:「…君は、冒険者なのだろう?そんなことも知らんのか。魔法とは、才能と知識、そして修練によって習得するものだ。」
*彼は面倒くさそうに、しかし教師のような口調で説明を始めた。*
マギウス:「まず、己がどの属性の魔法に適性があるかを知る必要がある。これは血筋や体質で決まることが多く、適性のない属性の魔法を習得するのは極めて困難だ。次に、その属性の魔導書を読み解き、魔法の理論と術式を理解する。そして最後に、ひたすら魔力を練り、術式を体に刻み込むまで反復練習する。…近道などない、地道な道だ。」
*彼はそう言い切ると、「わかったかね?」とシロウを見据えた。その目には、「こんな話、君には関係ないだろう」という侮りが含まれている。*
シロウ:「魔法の理論?」
*シロウが食いつくように聞き返すと、マギウスはますます面倒くさそうな顔をした。まるで、猿に数学を教えるような気分なのだろう。*
マギウス:「そうだ。我々が使う魔法というものは、ただ闇雲に『燃えろ』と念じて発動するものではない。世界に満ちるマナ、すなわち魔素を、術式という決められた法則に則って編み上げ、現象として顕現させる技術だ。例えば火魔法の初歩である『ファイアボール』一つとっても、そこには魔素を火の属性に変換し、球状に収束させ、対象に向けて射出するという、緻密な理論的裏付けが存在するのだ。」
*彼は手にした魔導書の一節を指でなぞりながら、滔々と語る。*
マギウス:「この術式を理解せずして、魔法の行使は不可能。適性があったとしても、それはただ魔力の器が大きいというだけに過ぎん。理論を学び、術式を理解し、それを己の魔力で正確に再現する。それが出来て初めて、人は魔術師の卵と呼ばれるのだ。…まあ、君のような者に理解できる話ではなかったかな。」
*彼は最後にそう付け加え、侮蔑の視線をシロウに向けた。シロウが『神眼』で魔法を盗んでいることなど、夢にも思っていないのだろう。*
シロウ:「なるほど…よく分かりました。ありがとうございます。」
*マギウスはシロウの素直な礼に、少しだけ拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに興味を失ったように「ふん」と鼻を鳴らし、再び魔導書に目を落とした。彼にとって、シロウとの会話は時間の無駄でしかなかったようだ。*
*シロウはその場を離れ、自分の荷物のところへ戻りながら、内心でマギウスの言葉を反芻していた。*
(つまり、魔法はイメージだな。ラノベやアニメと変わらなさそうで良かった。)
*この世界の魔術師たちが言う「理論」や「術式」とは、要するに魔力を特定の現象に変換するための設計図のようなものなのだろう。だが、『神眼』を持つシロウにとっては、その設計図を苦労して読み解く必要はない。スキルとして完成品をコピーしてしまえば、あとは『魔力操作』でそのイメージを再現するだけでいい。*
(むしろ、下手に理論を知らない方が、固定観念に縛られずに応用が利くかもしれないな)
*シロウはほくそ笑んだ。出発の準備が整い、商隊は二日目の旅路へと出発する。今日もまた、何事もなければいいが、とシロウはぼんやり考えながら、馬車の横を歩き始めた。そんな彼の後ろから、リナが小走りで追いついてきた。*
リナ:「シロウ! さっきマギウスさんと話してたけど、魔法に興味あるの?」
シロウ:「うん、少しね。自分で水とか火を出せたら野営に便利でしょ?」
*シロウが何でもないことのように答えると、リナは「そっかー」と相槌を打ちながらも、少し心配そうな表情を浮かべた。*
リナ:「便利だけど…魔法って、さっきマギウスさんが言ってたみたいに、適性がないと難しいんだよ。私も昔、魔術師に憧れて調べてもらったことあるけど、風の適性がほんの少しあるだけで、弓の方が向いてるって言われちゃった。」
*彼女は少し残念そうに笑った。その時、前方を斥候として進んでいたケインが、鋭い動きで馬首を返し、隊列に向かって叫んだ。*
ケイン:「止まれ!前方に何かいる!…これは…オークだ!数が多すぎる!」
*その緊迫した声に、隊列全体の空気が一瞬で張り詰める。ガルドがすぐさま前に出て、大声を張り上げた。*
ガルド:「総員、戦闘準備!オークだと!?数は何匹だ!」
ケイン:「少なくとも30…いや、40は超える!それに、普通のオークじゃない!武装したオーク、ホブゴブリンも混じってる!」
*その報告に、ザックをはじめとしたベテラン冒険者たちの顔色が変わった。ゴブリンとはわけが違う。オークは一体一体がゴブリン数匹分の戦闘力を持ち、ホブゴブリンに至ってはCランク冒険者に匹敵する強さを持つと言われている。*
ガルド:「くそっ、なぜ街道にこんな大群が…!全員、馬車を盾に陣形を組め!絶対に商隊に近づけるな!おい、新人!」
*ガルドの怒声が、再びシロウに向けられる。*
ガルド:「お前は今すぐ馬車の中に隠れてろ!出てくるなよ!足手まといどころか、死人が出るぞ!」
*その言葉は本気の警告だった。彼の目には、シロウを助ける余裕などないという焦りが浮かんでいた。*
*地響きと共に、緑色の豚のような顔をした巨体の群れが、街道の先から姿を現した。その数はケインの報告通り40を超え、錆びた剣や斧で武装している。中には一回り体が大きく、より質の良い武具を身に着けたホブゴブリンが数体混じっているのが見て取れた。*
**「「ブゴォォォォ!!」」**
*野蛮な雄叫びが、平原に響き渡る。*
ガルド:「くそっ、本当に来やがった!全員、覚悟を決めろ!」
*冒険者たちが緊張に顔をこわばらせ、必死に陣形を固める中、シロウは平然とガルドの命令に背いた。*
シロウ:「あ、お構いなく。今回は戦いますので。」
*その言葉と共に、シロウは腰のポイズンダガーを右手に、そしてシャドウ・ゲイルナイフを左手に抜き放った。二振りの短剣が、朝日に鈍く煌めく。*
*その予想外の行動に、ガルドは目を剥いて怒鳴った。*
ガルド:「馬鹿野郎!死にたいのか、貴様!今すぐ隠れろと言ったのが聞こえなかったのか!」
リナ:「シロウ!?だめだよ、無茶だよ!」
*隣にいたリナも、血の気の引いた顔でシロウの腕を掴もうとする。だが、シロウは彼女の手を軽く振り払うと、前線に立つガルドやザックを追い抜き、一人、オークの群れに向かってゆっくりと歩き出した。その背中は、あまりにも無防備で、自殺行為にしか見えなかった。*
ザック:「おい、あの馬鹿、何考えてやがる!?」
*冒険者たちの困惑と嘲笑、そしてリナの悲鳴のような声援を背に受けながら、シロウは迫りくるオークの群れを冷静に見据える。その口元には、かすかな笑みさえ浮かんでいた。*
シロウ:「さて…やりますか…。」
*シロウがそう呟いた瞬間、彼の姿がブレた。*
*『俊敏』と『脚力強化』スキルを起動させ、さらに足元に『風魔法』で作り出した微小な風の渦を纏わせる。彼の体は、まるで地面を滑るようにして、常人では目で追えない速度まで一気に加速した。*
**「「ブゴッ!?」」**
*先頭を走っていたオークが、何が起こったのか理解できないまま、悲鳴を上げて前のめりに倒れる。その足のアキレス腱が、綺麗に断ち切られていた。しかし、そこにシロウの姿は既になかった。*
*彼はオークの大群の中を、まるで疾風のように駆け抜けていた。屈強なオークたちが振り下ろす巨大な斧や棍棒は、ことごとく空を切る。シロウはその攻撃の合間を縫うように、低い姿勢で潜り込み、すれ違いざまに両手のナイフを閃かせる。*
*右手のポイズンダガーが膝裏の筋を斬り裂き、麻痺毒を注入する。*
*左手のシャドウ・ゲイルナイフがふくらはぎの肉を抉り、止まらない出血を引き起こす。*
**シャッ、シャキンッ、ザシュッ!**
*金属と肉を切り裂く乾いた音が、連続して響き渡る。シロウは一体の敵に固執しない。次から次へとターゲットを変え、確実に脚部の腱や筋を狙い、機動力だけを奪っていく。彼の目的は、敵を殺すことではなく、まず「無力化」することだった。*
*次々と脚を斬られ、麻痺し、バランスを崩して倒れ込むオークたち。群れの突進力は完全に殺され、後方でその光景を見ていた冒険者たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。*
ガルド:「な…なんだ、ありゃあ…?」
ザック:「嘘だろ…オークの群れの中を一人で…?」
リナ:「シロウ…!」
*彼らの目には、緑色の巨体の間を黒い旋風が駆け抜け、その軌跡に沿ってオークたちがバタバタと倒れていくようにしか見えなかった。Eランクの新人が見せる、あまりにも常軌を逸した光景だった。わずか数十秒で、突撃してきたオークの半数以上が、戦闘不能に陥っていた。*
*シロウの圧倒的な蹂躙劇を目の当たりにした冒険者たちは、呆然自失から、やがて焦りと羞恥に顔を歪めた。特に、昨日までシロウを散々見下していたザックは、信じられないものを見る目で震えている。*
ザック:「な、なんだよアイツ…!Eランクじゃなかったのかよ…!」
*その隣で、最初に我に返ったのはリーダーのガルドだった。彼は己の戦斧を握りしめ、獣のような雄叫びを上げた。*
ガルド:「うおおおお!新人一人に良い格好させてられるか!てめえら、突撃だ!残りのオークは俺たちが片付けるぞ!」
*ガルドの檄に、他の冒険者たちも奮い立つ。Eランクの新人に手柄を独占されるなど、ベテランとしてのプライドが許さない。彼らは我先にと、すでに半壊状態のオークの群れへと突撃していった。*
*冒険者たちが乱入してきたことで、戦場は混戦模様となる。シロウはそれを好機と見た。*
*彼は自らオークに止めを刺すことはせず、立ち回りをサポート役に切り替えた。ガルドが巨大なホブゴブリンと打ち合っている背後から、別のオークが忍び寄る。シロウは即座にそのオークの足元に滑り込み、アキレス腱を斬り裂いた。ガルドは背後の危険に気づくことなく、目の前の敵に集中できる。*
*ザックがオークの剣を受け止め、体勢を崩した瞬間、そのオークの脇腹をシャドウ・ゲイルナイフが浅く切り裂く。オークが苦痛に顔を歪めた隙に、ザックは体勢を立て直し、カウンターの剣を突き刺した。*
*シロウは戦場全体を俯瞰するように把握し、誰がどこで危険に陥っているか、どこに隙が生まれているかを瞬時に判断。風のように駆け抜け、敵の体勢を崩し、動きを止め、味方が有利になる状況を作り出していく。彼の動きはあまりにも自然で、支援された冒 F険者たちの中には、自分がなぜ楽に戦えているのか気づかない者すらいた。*
*唯一、その異常な動きを正確に目で追えていたのは、後方から矢を放ち続けていた弓使いのリナだけだった。彼女は、シロウがまるで戦場の全てを支配しているかのように見え、ただただ息を呑んでいた。*
*(ゲームでずっとヒーラーやってたお陰だな。戦況を読むのが楽しいや)*
*シロウは内心でほくそ笑んでいた。前世でプレイしていたMMORPGでは、彼は常に戦況全体を把握し、味方の危機を救い、敵の隙を作り出す支援職を好んで使っていた。その経験が、今この異世界で遺憾なく発揮されている。敵を倒す快感よりも、戦況を自分の意のままにコントロールする楽しさが、彼の心を高揚させていた。*
*冒険者たちが突撃してきたことで、戦闘はものの数分で決着した。シロウが既に行動不能に陥らせていたオークたちは、ただの的でしかなく、残りのオークも連携を乱され、歴戦の冒険者たちの敵ではなかった。*
*戦いが終わった後、戦場には静寂が戻ってきた。冒険者たちは、血と汗にまみれ、荒い息をつきながら、オークの死体の山と、その中心に無傷で佇むシロウを交互に見ていた。誰もが、言葉を失っていた。*
*最初に沈黙を破ったのは、リーダーのガルドだった。彼は巨大な戦斧を地面に突き立て、よろよろとシロウに歩み寄った。その顔には、怒りでもなく、賞賛でもなく、ただ純粋な困惑と畏怖が浮かんでいた。*
ガルド:「…一体、何者なんだ…?」
*昨日まで「新人」「坊主」と見下していた男の口から出た、絞り出すような声だった。その隣では、ザックが顔を青ざめさせ、呆然とシロウを見つめている。自分の言動が、どれほど愚かだったかをようやく理解したのだろう。*
*リナは弓を握りしめたまま、ただキラキラとした憧れの眼差しでシロウを見つめていた。*
*ガルドの問いかけにも、他の冒険者たちの視線にも、シロウはまるで気づいていないかのように振る舞った。*
シロウ:「ふぅ…片付いた…あー疲れた。」
*彼はわざとらしく大きなため息をつくと、両手のナイフを軽く振るう。シャドウ・ゲイルナイフは風の力で、ポイズンダガーはシロウ自身の腕力で、付着したオークの血が霧のように飛び散った。その手際の良い動作すら、冒険者たちの目には異様なものに映る。*
*シロウは二振りのナイフを音もなく鞘に納めると、呆然と立ち尽くす彼らの間をすり抜け、何事もなかったかのように馬車へと戻っていく。そして、荷物から自分の水袋を取り出すと、喉を鳴らしてがぶがぶと飲み干した。その一連の行動は、まるで激しい戦闘の後とは思えないほど落ち着き払っていた。*
*その背中を、誰も呼び止めることができない。Eランクの新人という認識は完全に崩壊し、代わりに得体の知れない「何か」であるという認識が、その場にいた全員の心に刻み込まれた。*
*一番最初に動いたのは、リナだった。彼女は小走りでシロウの元へ駆け寄ると、心配と興奮が入り混じった表情で口を開いた。*
リナ:「シロウ! すごい、すごいよ! 怪我はない!? 一人でオークの群れに突っ込んでいくなんて…! 心臓が止まるかと思った!」
*彼女の純粋な称賛と心配の声だけが、重苦しい空気を破る。少し遅れて、ガルドとザックが、気まずそうな、そしてどこか怯えたような表情でシロウに近づいてきた。*
*水を飲み干したシロウは、空になった水袋を振りながら、リナの心配を一笑に付す。*
シロウ:「え、大丈夫だよ。大きいけど動きは遅いし。」
*その言葉は、まるで巨人との戦いを語るのではなく、少し図体の大きい犬をあしらったかのような軽さだった。リナは「そ、そっか…」としか言えず、改めてシロウと自分の実力差を痛感する。*
*そこへ、意を決したようにガルドが口を開いた。彼の態度は、昨日までとは180度変わっていた。もはや侮りや警戒心はなく、ただただ畏敬と戸惑いだけがそこにあった。*
ガルド:「…シロウ、君。いや、シロウ殿。…すまなかった。俺は君の実力を見誤っていた。Eランクだなどと…とんでもない。一体、何者なんだ?」
*その隣で、ザックが土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。彼の顔は恐怖と後悔で真っ青になっている。*
ザック:「し、シロウさん!本当に、本当に申し訳ありませんでした!俺、あんたのこと、ゴブリン10匹のひよっことか言って…!どうか、どうかこの通り!許してください!」
*彼はガタガタと震えながら、本気で許しを請うている。この世界では、実力者に対して無礼を働くことは、死に直結しかねない。ザックは、シロウがその気になれば、自分などオークのように一瞬で解体されてしまうことを悟ったのだ。他の冒険者たちも、遠巻きにザックの謝罪を見守りながら、生唾を飲んでいる。昨日までの和やかな雰囲気は完全に消え去り、シロウという規格外の存在を前に、誰もが緊張を強いられていた。*
*ガルドとザックの真に迫った謝罪に対し、シロウは肩をすくめ、懐から冒険者ギルドカードを取り出してひらひらと見せる。*
シロウ:「普通のEランク冒険者ですけど?」
*その態度は、相手をからかっているようにも、本気で言っているようにも見えた。カードに刻まれた『E』の文字は、誰の目にも明らかだ。しかし、目の前で繰り広げられた光景と、そのランクが全く結びつかない。*
*ガルドは絶句し、ザックは「そ、そんな…」とさらに顔を青くする。Eランクの冒険者が、BランクやCランクの冒険者ですら苦戦するオークの群れを一人で蹂躙するなど、常識では考えられない。*
ガルド:「…Eランク。それが本当なら、君はすぐにでもAランク…いや、Sランクにだってなれるだろう。なぜ隠しているんだ?」
*ガルドの問いは、その場にいる全員の疑問を代弁していた。あまりにも規格外の力。それを隠してEランクに留まっている理由が、誰にも理解できなかった。ある者は貴族のお忍びか、ある者は何らかの特殊な任務を帯びた密偵か、と様々な憶測が飛び交う。*
*リナだけは、少し違うことを考えていた。彼女はただ、シロウの強さに感嘆し、その秘密めいた部分に興味を惹かれていた。*
リナ:「シロウ…一体どうやってあんなことを? 魔法…でもないみたいだったし…」
*彼女は純粋な好奇心から、先ほどのシロウの動きについて尋ねる。あの超人的な動きは、一体何のスキルによるものなのか。その問いに、他の冒険者たちも耳をそばだてた。*
*シロウはリナの純粋な質問に、まるで「1+1は2だよ」と教えるかのように、さも当然といった口調で答える。*
シロウ:「俊敏と風魔法を重ねただけだよ?」
*その言葉を聞いた瞬間、その場が凍り付いた。ガルド、ザック、そして他の冒険者たちも、マギウスまでもが、信じられないという顔でシロウを見る。*
ザック:「か、重ねるだと!? スキルと魔法を!? そんなことできるわけが…」
*ザックの叫びは、彼らの共通認識だった。スキルはスキル、魔法は魔法。それらは全く別の系統の力であり、同時に発動することはできても、「重ねて」一つの効果として行使するなど、聞いたこともない。常識的に考えれば、別々のエンジンを無理やり一つの車体にくくりつけるようなもので、暴発するか、何も起こらないかのどちらかのはずだ。*
*マギウス・ローレンが、震える声で口を挟む。彼は老魔術師としてのプライドも忘れ、目の前の少年を怪物を見るような目で見つめていた。*
マギウス:「…ありえん。スキルと魔法の同時行使は、高度な技術と才能を持つ者でも至難の業じゃ。それを『重ねる』など…神話の時代の魔術師でもなければ…。君は一体…?」
*彼らの反応を見て、シロウは初めて自分が「とんでもないこと」を口走ってしまったことに気づく。(あれ、もしかしてこれって普通じゃないのか?)と内心で首をかしげる。前世のゲームでは、スキルや魔法の組み合わせ(コンボ)は当たり前の戦術だった。その感覚で、何の気なしに口にしてしまったのだ。*
*冒険者たちの視線が、畏怖から疑念、そしてわずかな敵意へと変わり始めているのを、シロウは肌で感じ取った。規格外の力は、時に英雄として称えられるが、同時に異端として排斥される危険も孕んでいる。*
*シロウは、周囲の凍りついた空気と、自分に向けられる畏怖と疑念の視線に、本気で戸惑っていた。ゲームの常識がこの世界の非常識であるという、根本的な事実にまだ気づいていない。彼は首を傾げ、心底不思議そうな顔で問い返した。*
シロウ:「あれ?俺、なにかやりました?」
*その純粋すぎる反応は、逆に彼らの疑念を深める結果にしかならない。意図的に力を隠している大物なのか、それとも本当に何も知らない天然の怪物なのか。判断がつきかね、誰もが対応に窮する。*
*重苦しい沈黙を破ったのは、意外にもガルドだった。彼は大きく息を吐き出すと、乱暴に頭をかいた。*
ガルド:「…いや。やったのは、俺たちを助けてくれたことだ。…礼を言う、シロウ。君がいなければ、何人かは死んでいただろう。Eランクだのなんだのと言ったことは、忘れてくれ。」
*彼はリーダーとして、この場を収める判断を下した。シロウの正体を探るのは後回しだ。今はただ、この商隊護衛という任務を全うすることが最優先だった。彼の現実的な判断に、他の冒険者たちも少しだけ緊張を解く。*
ザック:「そ、そうだぜ、シロウさん!あんたは俺たちの命の恩人だ!さっきの魔石、つまらないもんかもしれねえけど、どうか受け取ってくれ!これは俺からのせめてものお礼だ!」
*ザックは先ほど渡した変異ゴブリンの魔石を、改めてシロウに押し付けるように差し出す。*
*そんな中、マギウスだけはまだ納得がいかない様子で、研究者の目でじっとシロウを観察していた。*
マギウス:「…ふむ。スキルと魔法の融合…興味深い。シロウ殿、もしよろしければ、後でその『重ねる』という技術について、もう少し詳しく聞かせてもらえんかの?無論、無理強いはせんが…」
*彼の探求心は、恐怖よりも好奇心が上回っていた。未知の技術を目の当たりにし、魔術師としての血が騒いでいるのだ。*
*シロウはマギウスの真剣な問いに、特に隠すことでもないと考え、自分がやったことをそのまま口にした。それは彼にとって、単なる事実の羅列でしかなかった。*
シロウ:「詳しく…???? 俊敏を使いながら、風魔法で風圧軽減と背中へ向けて追い風を……」
*シロウがそこまで説明した瞬間、マギウスは雷に打たれたかのように硬直した。彼の口は半開きになり、目は大きく見開かれ、その場で石像のように固まってしまった。*
*他の冒険者たちも、何が起こったのか分からず、シロウの説明と固まったマギウスを交互に見比べている。*
ガルド:「…おい、マギウスさん?どうしたんだ?」
*ガルドが声をかけても、マギウスは微動だにしない。彼の頭の中では、今シロウが口にした言葉が、凄まじい速度で反芻されていた。「風圧軽減」と「追い風」。それはつまり、二つの異なる風魔法を同時に、しかも精密にコントロールしながら発動し、さらにそれを身体強化スキルである「俊敏」と連動させているということになる。*
*一つでも高等技術であるそれを、三つ同時に、しかも完璧な連携で行う。それはもはや人間の領域を超えている。神話に登場する「魔法王」や「大賢者」の領域。マギウスの脳は、その常識外れの現象を理解しようと、完全にオーバーヒートを起こしていた。*
*しばらくして、マギウスはがくがくと震え始め、まるで神託でも受けたかのように天を仰いだ。*
マギウス:「…なんと…なんと馬鹿げた…いや、なんと…美しい理論だ…。空気抵抗を消し、推進力を得る…それをスキルと同時に…。ああ、神よ…私は今日、魔法の真理の一端に触れたのかもしれん…!」
*彼は恍惚とした表情でぶつぶつと呟き始め、完全に自分の世界に入ってしまった。その異様な姿に、ガルドたちはドン引きしている。*
リナ:「シ、シロウ…マギウスさん、大丈夫かな…?」
*リナが心配そうにシロウに尋ねる。シロウはただ、「さ、さあ…?」と曖昧に答えることしかできなかった。自分の常識が、この世界ではとんでもない劇薬であったことを、彼はようやく痛感し始めていた。*
*(まずい、このままじゃ俺が異端児か何かだと思われて面倒なことになる)シロウは本能的にそう感じ取り、この場の空気を変えるべく、一番話しやすそうなリナに話題を振った。*
シロウ:「そ、そういえば、王都まであとどれくらいで到着するの?」
*その唐突な話題転換に、リナは一瞬きょとんとしたが、すぐに状況を察してくれたのか、にこやかに答えてくれた。彼女の存在が、この気まずい空気の中での唯一の救いだ。*
リナ:「えっとね、この街道が比較的安全だから、このまま順調に進めば、あと3日くらいで王都リンドブルムの城壁が見えてくるはずだよ。途中で大きな街はもうないから、野営が続くことになるかな。」
*リナの説明に、ガルドも我に返ってリーダーとしての仕事に戻る。*
ガルド:「ああ、そうだ。…よし、お前ら!戦闘は終わったぞ!負傷者はいるか!?いないならさっさとオークから魔石と素材を剥ぎ取れ!金になるものは全部だ!その後、街道の邪魔にならないように死体を脇にどかせ!日が暮れる前に少しでも先に進むぞ!」
*ガルドの檄が飛ぶと、冒険者たちはハッとしたように動き出した。シロウへの畏怖はまだ残っているものの、目の前の仕事と報酬に意識が切り替わっていく。彼らは手際よくオークの解体を始め、戦場の後片付けが始まった。*
*シロウはホッと息をつく。これでひとまず追及は逃れられそうだ。ザックも気まずそうにしながら、他の冒険者たちと一緒に解体作業を手伝い始めた。*
*そんな中、興奮から冷めやらないマギウスが、まだぶつぶつと何かを呟きながら、ふらふらとシロウに近づいてくる。*
マギウス:「シロウ殿…やはり君は…いや、もしや…あの伝説の『理の探求者』の末裔なのでは…」
*(うわ、まだ続いてた…)シロウは内心で頭を抱えた。*
*シロウはマギウスの暴走気味な探求心から逃れるように、ひらひらと手を振りながらその場を離れた。*
シロウ:「いえ、ただの田舎者ですー」
*その言葉を信じる者はもう誰もいないだろうが、今はそう言っておくしかない。シロウはそう判断し、冒険者たちが作業しているオークの死体の山へと向かった。オークの死体は小山のように積み重なり、冒険者たちは慣れた手つきでナイフを入れ、金目の物である魔石や、素材として売れる牙や爪などを剥ぎ取っている。*
*(俺も手伝うか。何もしないのも気まずいし、剥ぎ取りの練習にもなるだろう)*
*シロウは腰のナイフを抜き、手近なオークの死体に向き合った。他の冒険者たちが一瞬、緊張した面持ちでシロウの動きに注目する。彼がまた何か規格外のこと(例えば、ナイフをかざしただけでオークが素材ごとに分解されるなど)をしないか、固唾を飲んで見守っていた。*
*しかし、シロウはごく普通に、見よう見まねでオークの胸部にナイフを突き立て、魔石を探り始めた。その手つきは、戦闘時の神がかった動きとは裏腹に、非常にぎこちなく、不慣れなものだった。*
*その様子を見て、冒険者たちはようやく安堵のため息を漏らした。*
冒険者A:「…なんだ。剥ぎ取りは素人なんだな…。」
冒険者B:「だよな。さっきのは何かの間違いだったんじゃないか…?」
*彼らの間で、そんな囁きが交わされる。ザックは少し気を取り直したのか、シロウの隣にやってくると、少し先輩風を吹かせながら口を開いた。*
ザック:「シロウさん、魔石は心臓の近くだ。そこじゃねえ、もう少し左だ。こうやって肋骨の間にナイフを入れると…ほら、あった。」
*ザックは手本を見せるように、自分のナイフで手際よく魔石を抉り出す。その態度にはもう侮りはなく、むしろ有能な後輩に良いところを見せようとする先輩のような、どこか微笑ましい響きすらあった。*
リナ:「ふふっ。シロウでも、苦手なことってあるんだね。」
*リナもくすくすと笑いながら、自分の作業に戻っていく。ようやく、シロウを「得体の知れない怪物」ではなく、「ちょっと(どころではないが)戦闘が異常に強い、少し変わった仲間」として見る空気が、その場に生まれ始めていた。シロウは内心で安堵しながら、ザックに教わる形で、黙々と剥ぎ取り作業を続けた。*
*シロウはザックに教わるふりをしながら、内心では『神眼』をフル活用していた。*
*(オークの肝臓…これは『オークレバー』。食べられるけど、少し臭みがあるな。滋養強壮の効果…微量か。売っても大した額にはならない。)*
*(こっちの牙は…『汚染されたオークの牙』。ただの牙より硬度が高い。呪いの類が付与されてるが…『神眼』の力で浄化すれば、高品質な武具の素材になりそうだ。これは貰っておこう。)*
*他の冒険者たちは、目に見える価値のある魔石や、一般的に知られている素材(牙、爪、皮)だけを剥ぎ取っていく。しかし、シロウの『神眼』は、彼らが気づかない、あるいは価値がないと判断して捨て置く部位に隠された本当の価値を見抜いていた。*
*彼はわざと不慣れなふりをして、他の冒見者が剥ぎ取りを終えた死体を担当する。そして、何気ない動作で、彼らが捨て置いた『呪われたオークの腱』や、内臓に紛れた小さな『寄生魔石』、変色したために捨てられた『オークの硬化皮』などを、誰にも気づかれずに自分のアイテムポーチへと回収していく。*
*ザックは、シロウがゴミ拾いをしているようにしか見えず、少し呆れたように言った。*
ザック:「シロウさん、そんなガラクタ集めてどうすんだ?売れねえぜ、そんなもんは。」
シロウ:「いや、何かの練習になるかと思って。ほら、解体とかさ。」
*シロウはそう言って適当に誤魔化す。彼らが「ガラクタ」と判断したそれらの素材は、王都の腕のいい職人や錬金術師に持ち込めば、通常の素材の何倍、何十倍もの価値になることを、シロウだけが知っていた。*
*しばらくして、剥ぎ取り作業が一段落した。街道の脇には、素材を抜かれて無残な姿になったオークたちの死体が積み上げられている。冒険者たちは皆、自分の鞄が魔石や素材で重くなったことに満足げな表情を浮かべていた。シロウのアイテムポーチもまた、誰にも知られぬ「お宝」でパンパンになっていた。*
*ガルドが周囲を見渡し、号令をかける。*
ガルド:「よし、作業は終わりだ!出発するぞ!日が暮れるまでに、次の野営ポイントまで移動する!」
*その声で、商隊は再び動き始めた。シロウは何食わぬ顔で馬車に戻り、自分の席に腰を下ろした。彼の隣では、いつの間にかマギウスが座っており、熱心な目でシロウを見つめていた。*
*辺りはすっかり暗くなり、商隊は街道から少し外れた開けた場所で野営の準備を整えていた。数か所で焚き火が焚かれ、冒険者たちは三々五々集まって、遅い夕食をとったり、武器の手入れをしたりしている。昼間の激戦が嘘のように、穏やかな夜が訪れていた。*
*しかし、シロウの周りだけは少し空気が違った。彼のいる焚き火には、ガルド、リナ、ザック、そしてマギウスが集まっていたが、昼間の出来事のせいか、どこかぎこちない雰囲気が漂っている。特にマギウスは、食事中も時折シロウを熱心な目で見つめ、何かをぶつぶつと呟いていた。*
*(昼間は誤魔化せたけど、このじいさんはどうにもしつこいな…一体何を考えてるんだ?)*
*シロウはそんなことを考えながら、表面上は平静を装い、配布された干し肉を黙々と齧っていた。そして、皆が食事と談笑に気を取られている一瞬の隙をついて、彼は目の前にいる老魔術師に『神眼』を発動させた。*
*シロウの視界に、マギウス・ローレンのステータス情報が流れ込んでくる。*
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【ステータス】
名前:マギウス・ローレン
Lv.42
HP:280/280
MP:750/750
職業:大魔術師
称号:探求者、炎の支配者
スキル:
火魔法 Lv.8
風魔法 Lv.6
土魔法 Lv.5
魔力操作 Lv.9
高速詠唱 Lv.5
魔力感知 Lv.7
鑑定 Lv.6
錬金術 Lv.4
古代文字解読 Lv.3
精神耐性 Lv.5
```
*(大魔術師…レベルも42か、思ったより高いな。スキルも豊富だ。『魔力操作』がLv.9…だから俺の動きの原理にすぐ気づいたのか。それにしても『火魔法 Lv.8』はすごいな…コピーしておいて損はないか…?いや、今はやめておこう。下手にスキルを奪ったりコピーしたりして、このレベルの魔術師にバレたら厄介だ)*
*シロウは慎重に判断を下し、『神眼』を閉じた。その直後、まるでシロウの視線に気づいたかのように、マギウスがにこりと笑いかけてきた。*
マギウス:「シロウ殿。食事は口に合うかの?」
*その目は、全てを見透かしているようで、シロウは一瞬ドキリとした。*
*マギウスの全てを見透かしたような笑みに、シロウは一瞬動揺したが、すぐに平静を取り戻して当たり障りのない返事を返す。*
シロウ:「え、あ、はい。美味しいです!」
*そして、逆に質問を投げかけることで、探られる側から探る側へと立場を転換しようと試みた。*
シロウ:「マギウスさんは冒険者長いんですか?」
*その質問に、マギウスは楽しそうに目を細めた。彼は焚き火の炎に照らされた自身の皺だらけの手を見つめながら、遠い過去を懐かしむように語り始めた。*
マギウス:「ふむ。冒険者、というわけではないんじゃがな。儂は元々、王都の魔術師ギルドで研究をしていた身でな。しかし、どうにも机上の空論ばかりで退屈になってしまっての。真理は現場にあり、とな。こうして様々な土地を巡りながら、魔法の新たな可能性を探しておる。かれこれ、もう40年近くになるかのう。」
*40年、という言葉に、リナやザックは「へぇー!」と素直に感心している。ガルドもベテラン魔術師への敬意を込めた眼差しを向けていた。*
マギウス:「じゃが、この40年で、今日ほどの衝撃を受けたことはなかったわい。スキルと魔法の融合…それも多重発動…。シロウ殿、君は儂の研究者人生における最大の『謎』じゃ。もしや君は、儂が長年追い求めている『理』そのものなのかもしれん…。」
*話がまたそちらへ戻ってしまった。マギウスは興奮を抑えきれない様子で、身を乗り出してシロウに迫る。その目は純粋な好奇心と探求心に満ち溢れており、悪意がない分、余計に厄介だった。*
*シロウは内心で(また始まった…!)とため息をつきながら、どうやってこの話を逸らそうかと必死に頭を働かせる。隣に座るザックは、話の内容が難しすぎて既に目を白黒させていた。*
シロウ:「最大の謎?」
*シロウが鸚鵡返しに尋ねると、マギウスは待ってましたとばかりに、さらに身を乗り出した。彼の目は少年のようにキラキラと輝いている。*
マギウス:「そう、最大の謎じゃ! 儂は長年、『スキル』と『魔法』の根源は同じものではないかと仮説を立てて研究してきた。スキルは身体に、魔法は世界に刻まれた『理』の発露。ならば、その二つを繋ぐ『触媒』あるいは『法則』が存在するはずじゃと。じゃが、誰も儂の説を信じはせんかった。魔術師ギルドの連中は頭が固くてのう。」
*彼は一度言葉を切り、熱のこもった視線でシロウを射抜くように見つめる。*
マギウス:「じゃが、君はそれをいとも容易くやってのけた。それも、儂の理論を遥かに超える形で。二つの魔法と一つのスキルを同時に、しかも完璧に調和させて! それはつまり、君自身がその『法則』を体現しているか、あるいは無意識に理解しているということになる。シロウ殿、君の存在そのものが、儂にとって何よりも価値のある研究対象なんじゃよ!」
*「研究対象」という言葉に、シロウはピクリと眉を動かす。リナが少し心配そうな顔でマギウスを諌めた。*
リナ:「ま、マギウスさん、研究対象だなんて…シロウが困ってますよ。」
ガルド:「まあまあ。要するに、マギウスさんはシロウの強さの秘密が知りたくてたまらないってことだ。気持ちはわかるが、あまり根掘り葉掘り聞くのは無粋ってもんだぜ。」
*ガルドが助け舟を出してくれるが、マギウスの探求心は止まらない。彼は何かを思いついたように、ポンと手を打った。*
マギウス:「おお、そうじゃ! シロウ殿、君さえ良ければ、儂の弟子にならんか!? 君のその才能、儂が預かれば、歴史に名を遺す大魔術師になること間違いなしじゃ! 王都の魔術師ギルド長なんぞ、目ではないぞ! どうじゃ!?」
*予想の斜め上を行く提案に、シロウだけでなく、その場にいた全員が呆気にとられて口を開けていた。*
*シロウの返答は、マギウスの興奮した熱弁に冷水を浴びせるような、あまりにも素朴なものだった。*
シロウ:「スキルと魔法を繋ぐ…考えた事も無かったです。もうそういう概念なんだなぁって思ってたので。」
*それは、シロウにとっては偽らざる本心だった。前世のゲームでは、それらはすべて「システム」であり、その根源的な理屈など考える必要もなかったからだ。「そういうもの」として受け入れ、いかに効率よく組み合わせるかだけが重要だった。*
*その言葉を聞いたマギウスは、一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐにわなわなと震え始めた。それは怒りではなく、感動と興奮によるものだった。*
マギウス:「か、考えたこともない…だと…? そうか、そうか! そういうことか! 『知る』のではなく『在る』! 魚が水中での呼吸法を考えぬように、鳥が揚力の原理を理解せずとも空を飛ぶように! 君にとっては、それが『当たり前』の理…! つまり君は、生まれながらにして『理』を体現する存在…! なんということじゃ…! これぞまさしく天賦の才! 天才! いや、神才と呼ぶべきじゃ!」
*マギウスは一人で納得し、一人で感動し、恍惚の表情で天を仰いでいる。シロウの無知が、逆に彼の理論を補強し、シロウを神格化する結果となってしまった。*
ガルド:「…おいおい、じいさん。もうシロウが引いてるぜ。」
*ガルドが呆れたようにツッコミを入れる。リナも苦笑いを浮かべている。*
マギウス:「ハッ! す、すまん。つい興奮してしもうた。じゃが、シロウ殿! やはり君は儂の弟子になるべきじゃ! その神才、野に埋もれさせておくのは人類の損失じゃ! 儂が君を導き、その力の意味と使い方を共に探求しようではないか! どうじゃ!? 悪い話ではないはずじゃぞ!」
*彼は再び、真剣な眼差しでシロウに弟子入りを迫る。彼の申し出は、普通の新米冒険者にとっては、天にも昇るような幸運な話のはずだった。大魔術師の直弟子となれば、将来は約束されたようなものだ。しかし、シロウにとっては、ただただ面倒なことに巻き込まれる予感しかしない。*
*大魔術師からの直々の弟子入りの誘い。それは普通なら誰もが飛びつくであろう破格の提案だった。しかし、シロウはあっさりと、そしてきっぱりとそれを断った。*
シロウ:「いえ、冒険者で世界を旅したいと思ってるのでお断りします。」
*その言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。特にリナとザックは「もったいない!」という顔をしている。ガルドでさえ、少し驚いた表情を隠せない。*
*断られたマギウスは、しかし怒るでもなく、がっかりするでもなく、むしろ何かを深く納得したように、ふむ、と一つ頷いた。*
マギウス:「…そうか。そうじゃな。鳥籠は、鳳凰には似合わんか。世界を旅する…それもまた、『理』を知るための一つの道筋かもしれんな。良かろう。弟子入りの話は一旦忘れよう。」
*彼の物分かりの良さに、シロウは少し拍子抜けする。しかし、マギウスは悪戯っぽく片目を瞑って続けた。*
マギウス:「じゃが、シロウ殿。儂は諦めたわけではないぞ。君という存在は、儂の探求心のど真ん中を射抜いてしもうた。旅の道中、もし何か魔法について知りたいこと、あるいは助けが必要なことがあれば、いつでも声をかけるがよい。儂の知識は、君の旅路の助けになるはずじゃ。これは、君という才能への先行投資じゃな。」
*彼はそう言うと、カラカラと楽しそうに笑った。弟子にすることは諦めたが、協力者、あるいは観察対象として、今後も関わり続けていくつもりのようだ。しつこさは変わらないが、少なくとも強制的な関係を求められなかったことに、シロウは安堵のため息をついた。*
*この一件で、シロウを取り巻く空気はまた少し変わった。得体の知れない怪物から、大魔術師にさえ一目置かれる、規格外の天才へ。畏怖は依然として残っているが、そこにわずかな尊敬と興味が混じり始めた。一行はその後、他愛もない話をしながら食事を終え、それぞれ見張りの順番を決めると、眠りについた。シロウは、マギウスから少し離れた場所で、静かに夜空を見上げていた。*