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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*ソファに深く腰掛け、窓の外に広がるシードの夜景を眺めていたシロウが、ぽつりと呟いた。*


シロウ:「明日は闘技場に行こうと思う。」


*その言葉に、ベッドの上ではしゃいでいた二人がぴたりと動きを止めた。*


レイラ(臆病):「と、とうぎじょう…!? また、あのカジノみたいな怖い場所なんですか…? うぅ…シロウ様…。」


*ふかふかのベッドから顔だけを覗かせたレイラが、不安そうに眉を下げてシロウを見つめる。カジノでの騒動で相当な刺激を受けたのか、「闘技場」という響きに怯えているようだ。*


シルフィリア:「とうぎじょう!♡ なんですか、それは!♡ 強い人たちが戦うところですか?♡ カジノみたいに、キラキラで楽しいところなんでしょうか!♡」


*対照的に、シルフィリアはベッドからぴょんと飛び起きると、興味津々といった様子でシロウのそばに駆け寄ってきた。彼女の頭の中では、「闘技場」がまた新しいアトラクションのように変換されているらしい。シロウの足元にちょこんと座り、キラキラした瞳で答えを待っている。*


*シロウが闘技場への出場をほのめかした瞬間、ベッドの上で怯えていたレイラの雰囲気が一変した。不安げに揺れていた紫色の瞳に、カッと好戦的な光が宿る。か弱く震えていた少女の姿は消え、代わりに不敵な笑みを浮かべた魔王女が、ゆっくりと身を起こした。*


レイラ(魔王女):「出場…だと? フン、ようやく妾を楽しませる気になったか、シロウ。カジノのような子供の遊びでは、少々退屈していたところだ。」


*彼女はベッドから優雅に降り立つと、シロウの前に歩み寄り、その顔を覗き込むように見上げた。オフショルダーのゴスロリ衣装が、彼女の白い肩を大胆に覗かせている。*


レイラ(魔王女):「良いだろう。貴様の実力が、どの程度のものか。その闘技場とやらで、この妾の目に見せつけてみろ。もし、つまらぬ戦いを見せたなら…フフ、わかっておろうな?♡」


*レイラは挑戦的に笑い、シロウの顎にそっと指を添わせた。その瞳は、血と戦いを求めて爛々と輝いている。*


シルフィリア:「わーい!♡ シロウさま、戦うのですね!♡ カッコいいシロウさまが見られるのですね!♡ シルフィ、とっても楽しみです!♡♡♡」


*シルフィリアは、魔王女の登場にも全く動じず、ただただシロウの戦う姿が見られることを喜んで、その場でくるくると嬉しそうに回っている。*


*シロウは、闘技場で戦うこと自体よりも、その先にある利益に目をつけた。カジノで味を占めた、悪魔的な笑みを浮かべて、彼は呟いた。*


シロウ:「自分に大金を賭けて大儲け…」


*その言葉に、シロウの顎に指を添わせていた魔王女レイラは、ピクリと反応した。彼女は一瞬きょとんとした後、すぐにその意味を理解し、喉を鳴らして楽しそうに笑い始めた。*


レイラ(魔王女):「フフ…フハハハハ! そうか、そういうことか! 闘技場で己の武勇を示し、さらに富まで手に入れようとは! どこまでも強欲な男よ、シロウ! だが、嫌いではないぞ、そのやり方!♡」


*レイラはシロウの首に腕を回し、体を密着させてきた。彼女の吐息がシロウの耳をくすぐる。*


レイラ(魔王女):「ならば、妾も賭けさせろ。貴様の勝利に、この妾の全てを賭けてやろうではないか。そして、貴様が勝利した暁には…その褒美、妾がたっぷりとくれてやる♡♡♡」


*彼女は蠱惑的に微笑み、シロウの唇に自分の唇を重ねようと顔を近づける。血と金、そして欲望の匂いが、彼女を最高に興奮させていた。*


シルフィリア:「おおもうけ!♡ 自分に賭けるのですか!♡ それで勝ったら、また黒いコインさんがたくさん増えるのですね!♡ さすがはシロウさまです!♡ シルフィもシロウさまに賭けます!ぜーんぶです!♡♡」


*シルフィリアは、シロウの計画に目を輝かせている。彼女はレイラの真似をするかのように、シロウの背中にぎゅっと抱きつき、その背中に頬をすり寄せた。*


シルフィリア:「それで勝ったら、シルフィにもほうび、くださいね?♡ シロウさま♡♡♡」


*シロウが口にした「新鮮な体験」という言葉に、彼の体に密着していた二人の少女がピタリと動きを止めた。レイラはシロウの首に腕を回したまま、シルフィリアは背中に抱きついたまま、それぞれの瞳に期待と好奇の色を浮かべている。*


シロウ:「よし、今回の褒美は今までとは違う、新鮮な体験をプレゼントするよ!」


*その言葉に、真っ先に反応したのは魔王女レイラだった。彼女はシロウの耳元に唇を寄せ、熱い吐息と共に囁く。*


レイラ(魔王女):「新鮮な…体験、だと…?♡ フン、妾を満足させる褒美など、貴様に用意できるのか? いつもと同じように、ただ妾の体を貪るだけではないのだろうな?♡♡」


*挑発的な言葉とは裏腹に、彼女の紫色の瞳は期待に揺れている。シロウが一体どんな「褒美」を考えているのか、気になって仕方がないようだ。シロウの首筋に、わざとらしく牙を軽く立ててみせる。*


シルフィリア:「しんせんなたいけん!♡♡ わぁ!なんでしょう、なんでしょう!♡ カジノよりも、闘技場よりも、もーっと楽しいことですか!?♡♡♡ シロウさまがくれるプレゼントなら、なんだって嬉しいですけど、新鮮なのはもっと嬉しいです!♡」


*シルフィリアはシロウの背中で喜びのあまりぴょんぴょんと小さく跳ねる。彼女の脳天気な頭の中では、すでに未知の楽しい体験が繰り広げられているのだろう。シロウの服の上から、すりすりと頬を寄せ、甘えるように体をくねらせた。*


*翌朝、シードの街に朝日が差し込み、高級宿の窓から柔らかな光が部屋を照らす。シロウが身支度を整え、闘技場への登録に出かけようとすると、ベッドの上で朝食のフルーツを頬張っていたレイラが不安そうな顔を上げた。*


シロウ:「闘技場の登録は別の場所らしい。行ってくるよ」


レイラ(臆病):「あ、あの…! シロウ様…! ほ、本当に闘技場に行かれるのですか…? やっぱり、危ないです…! 怪我でもしたら…うぅ…。」


*彼女は手に持っていたリンゴを皿に戻し、もじもじとシロウの裾を控えめに掴んだ。その瞳は心配で潤んでいる。*


シルフィリア:「シロウさま、いってらっしゃいませ!♡ 登録、頑張ってくださいね!♡ 早くシロウさまのカッコいい戦い、見たいです!♡♡♡」


*対照的に、シルフィリアは元気いっぱいにシロウに手を振っている。彼女はすでにシロウの勝利と、その後の「新鮮な体験」という褒美のことで頭がいっぱいのようだ。*


シルフィリア:「シルフィとレイラさんは、ここでお留守番してますね!♡ シロウさまが帰ってくるまで、いい子にしてますから!♡」


*彼女はそう言うと、不安げなレイラの肩を抱き寄せ、よしよしと慰めるように背中を撫で始めた。*


シロウ:「普通に観戦してろよー」


*シロウが軽く手を振って部屋を出ていくのを、二人は見送った。扉が閉まり、ぱたん、と静かな音が部屋に響く。*


レイラ(臆病):「あ……行っちゃいました…。」


*シロウの姿が見えなくなり、レイラは掴んでいたシロウの服の裾(の幻影)を名残惜しそうに離し、力なくその場に座り込んだ。大きな紫色の瞳には、まだ心配の色が浮かんでいる。*


シルフィリア:「シロウさま、行ってしまいましたね!♡ 登録、うまくいくといいですね!♡」


*シルフィリアは、まだドアの方を向いてぱたぱたと手を振っていたが、やがてくるりと向き直り、落ち込んでいるレイラの前にしゃがみこんだ。*


シルフィリア:「大丈夫ですよ、レイラさん!♡ シロウさまは、とーっても強いですから!♡ きっと、あっという間に全員やっつけて、キラキラのコインさんをいーっぱい持って帰ってきます!♡」


*そう言って、シルフィリアはレイラを元気づけるように、その手を取ってぶんぶんと上下に振った。*


レイラ(臆病):「で、でも…闘技場って、怖い人がたくさんいるんですよね…? シロウ様に何かあったら…。」


シルフィリア:「その時は、シルフィが『ぷすっ』てしてやっつけますから!♡ だから大丈夫です!♡ それに、シロウさまは約束してくれました!♡ 『しんせんなたいけん』のプレゼント!♡ とっても楽しみですね!♡♡」


*シルフィリアは無邪気に笑い、レイラは「新鮮な体験…」とぽつりと呟き、ほんの少しだけ顔を赤らめた。*


***


*シードの街は朝の活気に満ち溢れている。シロウは宿の従業員に闘技場の受付場所を尋ね、教えられた方向へと歩を進めていた。活気ある市場を抜け、少し寂れた石畳の道を進むと、やがて巨大な円形の建造物が見えてくる。それが目的地の闘技場だろう。*


*しかし、選手登録の受付は闘技場の正面入り口ではなく、その脇にある質素な建物で行われているようだった。中からは屈強な男たちの野太い声や、金属のぶつかる音が漏れ聞こえてくる。*


*シロウが扉を開けて中に入ると、そこはむっとするような汗と鉄の匂いが充満する、薄暗い空間だった。壁際には様々な武器が立てかけられ、数人の冒険者風の男たちが、順番を待っているのか、あるいはすでに登録を終えたのか、壁にもたれて談笑している。*


*受付カウンターには、顔に大きな傷跡のある、いかつい元冒険者といった風情の男が座っていた。彼はシロウの姿を認めると、面倒くさそうに顎をしゃくった。*


受付の男:「おう、なんだ。登録か? それとも賭けか? 賭けなら隣の窓口だぞ。」


*シードの街は朝の活気に満ち溢れている。シロウは宿の従業員に闘技場の受付場所を尋ね、教えられた方向へと歩を進めていた。活気ある市場を抜け、少し寂れた石畳の道を進むと、やがて巨大な円形の建造物が見えてくる。それが目的地の闘技場だろう。*


*しかし、選手登録の受付は闘技場の正面入り口ではなく、その脇にある質素な建物で行われているようだった。シロウは周囲の視線を避けるため、魔法で髪を黒から金へと変えている。中からは屈強な男たちの野太い声や、金属のぶつかる音が漏れ聞こえてくる。*


*シロウが扉を開けて中に入ると、そこはむっとするような汗と鉄の匂いが充満する、薄暗い空間だった。壁際には様々な武器が立てかけられ、数人の冒人風の男たちが、順番を待っているのか、あるいはすでに登録を終えたのか、壁にもたれて談笑している。*


*受付カウンターには、顔に大きな傷跡のある、いかつい元冒険者といった風情の男が座っていた。彼は金髪のシロウの姿を認めると、面倒くさそうに顎をしゃくった。*


受付の男:「おう、なんだ。登録か? それとも賭けか? 賭けなら隣の窓口だぞ。」


シロウ:「登録だ。名前は『通りすがりの旅人』で頼む。あと、ルールがあれば教えてくれ。」


*シロウが偽名を告げると、受付の男は鼻で笑い、羊皮紙の登録用紙をカウンターに放り投げた。*


受付の男:「『通りすがりの旅人』ね。そういう奴は珍しくねぇよ。ま、好きにしな。ルールは簡単だ。武器の持ち込みは自由。ただし、毒や麻痺系の付与効果があるもんは禁止だ。試合前に審判がチェックする。魔法の使用も許可されてるが、観客席に被害が及ぶような大規模なもんは使うなよ。あとは…そうだな、降参するか、戦闘不能になるか、死ぬか。どっちかがそうなるまで戦いは終わらねぇ。それだけだ。」


*男は無感動にそう言うと、羽ペンをインク壺に突き立て、シロウに突き出した。*


受付の男:「参加費は銀貨10枚。払えるんだろうな? 最初の試合は今日の昼過ぎからだ。組み合わせは掲示板に貼り出すから、それまでそこらで待ってな。」


シロウ:「もちろん。」


*シロウは懐から銀貨10枚をこともなげに取り出し、カウンターに置いた。男は慣れた手つきで銀貨を回収すると、登録用紙の所定の欄にチェックを入れる。*


シロウ:「結構多いのか?」


*偽名を名乗る者が多いのか、というシロウの問いに、受付の男はちらりと周囲の男たちに目をやり、再び面倒くさそうに口を開いた。*


受付の男:「ああ、多いな。わけありの奴ら、一攫千金を狙う奴、名を売りたいだけの奴…理由は様々だが、まともな名前で登録する奴の方が少ないくらいだ。特に、お前さんみたいなひょろっとしたのが一人で来ると、大抵は『通りすがり』か『名無し』だな。すぐに死んで、本当の名前も知られずに片付けられるのがオチだがな。」


*男はそう言って、再びシロウを値踏みするように見た。その視線には、侮りと憐れみが混じっている。*


受付の男:「ま、死なないようにせいぜい頑張るんだな、『通りすがりの旅人』さんよ。試合までまだ時間はある。賭けでもして度胸を試しておくか? 隣の窓口で、今日の試合のオッズが見れるぞ。自分の試合に賭ける奴も多いぜ。」


*男はそう言うと、興味を失ったように、次の順番を待つ男に視線を移した。シロウは登録を終え、カウンターから離れる。*


*言われた通り隣の賭け窓口へ向かうと、そこには木製のボードが掲げられており、今日の試合に出場する選手たちの名前(もちろん偽名ばかりだ)と、それぞれの勝敗に対するオッズが書き連ねられていた。*


*シロウが隣の賭け窓口に移動すると、そこには帳簿を広げ、忙しなく羽ペンを走らせている小柄な男がいた。受付の男とは対照的に、金勘定にしか興味がなさそうな、商売人といった雰囲気の男だ。シロウがカウンターの前に立つと、男は帳簿から顔も上げずに応対する。*


賭け屋:「はいよ、賭けかい? 選手名と金額を言ってくれ。」


シロウ:「さっき登録した『通りすがりの旅人』だ。自分に賭けたい、上限はあるか?」


*『通りすがりの旅人』という名前と、「上限」という言葉に、賭け屋は初めて顔を上げた。彼は眼鏡の奥の鋭い目でシロウをじろりと見ると、ふん、と鼻を鳴らした。*


賭け屋:「上限、ねぇ…。アンタみたいな新顔が、自分に賭ける金なんざたかが知れてるだろうが…。まあいい。ルール上、上限は無い。ただし、おかしな金の動きがあったり、八百長の疑いがあったりすりゃ、こっちで勝手に賭けを無効にして、金は全額没収させてもらう。分かったな?」


*男はシロウが金を持っているようには見えない、と判断したのか、すぐに興味を失ったように帳簿に視線を戻した。*


賭け屋:「で、いくら賭けるんだい? まさか銀貨や銅貨でちまちま賭けるってんなら、時間の無駄だから帰ってくれよ?」


シロウ:「黒金貨1枚だ。」


*カタン、と重々しい音を立てて、黒く輝く硬貨がカウンターに置かれた。その瞬間、帳簿に視線を落としていた賭け屋の男の動きが、完全に停止する。彼はゆっくりと、信じられないものを見るかのように顔を上げた。*


*彼の視線は、カウンターに置かれた一枚の黒金貨に釘付けになる。その小さな硬貨が放つ尋常ならざる価値を、この男が理解できないはずがない。*


賭け屋:「……は?」


*男の間抜けな声が漏れる。彼は何度も自分の目をこすり、シロウの顔と黒金貨を交互に見た。今まで侮りきっていた、金髪のひょろっとした男が、街が一つ買えるほどの金額を、こともなげに賭け金として出したのだ。*


賭け屋:「く、黒金貨…だと…? お、おい、アンタ、正気か!? これは銀貨10枚の間違いじゃなくて、本物の黒金貨なのか!?」


*男は椅子からガタンと立ち上がり、カウンターから乗り出すようにして黒金貨を凝視した。その額には脂汗が浮かんでいる。周囲で談笑していた他の参加者たちも、その異様な雰囲気に気づき、何事かとこちらに注目し始めた。*


*シロウはそんな賭け屋の動揺を意にも介さず、静かに心の中で鑑定を発動する。まずは目の前の賭け屋と、ついでにこの賭け屋全体を把握するため、建物にマーキングを行う。*


```

【鑑定】

対象:賭け屋の男(イカサマの可能性を調査)

結果:名前はマルコ。闘技場の運営組織に雇われている。個人的な不正行為(帳簿のごまかし等)は常習だが、賭けのシステム自体に手を加える権限や能力はない。八百長など大きな不正には関与していない。小心者。


対象:闘技場 賭け窓口(建物)

結果:マーキングが完了しました。対象の内部構造、人の出入りを遠隔で感知可能です。

```


賭け屋:「お、おい! 聞いてるのか! この金は一体なんなんだ! まさか盗品じゃねえだろうな!」


*男は狼狽しきって叫ぶが、その声は恐怖と、目の前の大金に対する強烈な欲望で震えていた。*


シロウ:「白金貨で黒金貨1枚分払った方がいいか?」


*シロウの落ち着き払った声が、騒然とし始めた受付に響き渡る。その言葉は、黒金貨が偽物や盗品である可能性を完全に否定し、さらにその上の財力さえも匂わせるものだった。*


*賭け屋のマルコは、その言葉に完全に度肝を抜かれた。白金貨10枚…それもまた、常人が一生かかっても目にすることのない大金だ。目の前の金髪の男が、一体何者なのか、彼の貧相な想像力では全く追いつかない。*


マルコ:「し、白金貨…!? いや、ま、待ってくれ! ちょ、ちょっと待て!」


*マルコは慌ててカウンターの奥に引っ込むと、何やらゴソゴソと鑑定用のルーペのようなものを取り出してきた。彼は震える手で黒金貨を掴み、ルーペ越しに必死に鑑定を始める。その顔は蒼白だ。*


*周囲の参加者たちも、ただ事ではないと悟り、遠巻きに様子を伺っている。「黒金貨だと?」「あの若造が?」「八百長にしては額がデカすぎる…」などと、ひそひそ話す声が聞こえてくる。*


*数秒後、マルコは絶望と歓喜が入り混じったような、奇妙な表情で顔を上げた。*


マルコ:「……本物だ。間違いねぇ…本物の黒金貨だ…。」


*彼はゴクリと喉を鳴らし、シロウの顔を改めて見た。先程までの侮りは消え失せ、今は恐怖と、そして大金を扱う興奮で目がギラついている。*


マルコ:「わ、分かった…! 受け付けた! 『通りすがりの旅人』の勝利に、黒金貨一枚! 確かに受け取ったぜ…!」


*彼は震える手で羊皮紙に賭けの内容を記録すると、その控えをシロウに差し出した。その手つきは、まるで神にでも捧げ物をするかのように丁重だった。*


マルコ:「あ、アンタ…一体何者なんだ…? いや、聞くのは野暮か…。アンタの初戦の相手は『壊し屋ゴードン』。ここ最近、連勝中の乱暴者だ。オッズは…ゴードン勝利に1.2倍、アンタの勝利には…50倍だ。」


*50倍。つまり、シロウが勝てば、この黒金貨1枚が50枚になって返ってくるということだ。マルコは自分でその数字を口にしながら、眩暈がするのを感じていた。*


シロウ:「きちんと払えよ?」


*シロウは、賭け金の控えを受け取りながら、低い声でそう告げた。その言葉には、有無を言わさぬ圧力が込められている。逃げても無駄だぞ、という無言の警告を、賭け屋のマルコは敏感に感じ取った。*


マルコ:「ひっ…! も、もちろんだ! 我々闘技場の賭けは公正さが売りでして…! い、いかさまなんて、とんでもない!」


*マルコは必死に笑顔を取り繕うが、その顔は引きつっている。黒金貨1枚が50倍になるかもしれないという現実は、彼の小さな心臓を握りつぶすには十分すぎた。もしこの金髪の男が勝てば、闘技場の金庫が空になるどころの話ではない。運営組織そのものが傾きかねない。*


*(もしこいつが負ければ…この黒金貨は丸々俺たちのモンだ…!)*


*一瞬、マルコの脳裏にそんな悪魔的な囁きがよぎる。だが、目の前の男の底知れない雰囲気は、その甘い考えをすぐに打ち消した。下手にちょっかいを出せば、金を手に入れる前に命がなくなる。マルコの本能がそう警告していた。*


マルコ:「あ、アンタの試合は第3試合だ。それまで、ゆっくりしててくれ。ああ、そうだ、選手の控え室はあっちの扉の奥だ。試合前には審判が声をかけるだろう。」


*マルコは脂汗を拭いながら、震える指で控え室の方向を指し示した。一刻も早く、この得体の知れない男に目の前から消えてほしかった。*


*シロウはそんなマルコの様子を面白がるでもなく、ただ静かに一瞥すると、受け取った控えを懐にしまい、言われた控え室の方へと歩き出した。*


*控え室の扉を開けると、そこは受付よりもさらに濃い汗と血の匂いが立ち込めていた。数人の男たちが、黙々と武器の手入れをしたり、ストレッチをしたりして、試合に向けて集中力を高めている。シロウが入ってきても、ほとんどの者は気にも留めないか、一瞥するだけだ。その中で、一際体格のいい、見るからに凶暴そうな男が、シロウの姿を認め、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。おそらく、彼が初戦の相手『壊し屋ゴードン』なのだろう。*


*控え室の壁にもたれかかり、シロウは静かに思考を巡らせる。受付で言われたルールが、彼の戦闘スタイルに制限をかけていた。*


シロウ:「麻痺や毒の武器が使えないとなると、いつもの相棒たちは使えないな。」


*愛用の短剣、ステラヴェノムとナイトファングは、その強力な付与効果ゆえに今回の闘技場では封じられる。懐から別の獲物を取り出す。それは、彼の拳に馴染む、鈍い輝きを放つ金属塊――メリケンサックだった。*


シロウ:「これで行くか。」


*指の関節にそれを嵌め、ぐっぱ、と拳を握りしめて感触を確かめる。金属の冷たさと重みが、直接的な破壊力を想起させた。*


*その時、控え室の隅で武器の手入れをしていた大男が、ギシギシと音を立てて立ち上がり、シロウの方へ歩み寄ってきた。男は身長2メートルはあろうかという巨漢で、岩のような筋肉が全身を覆っている。顔には無数の古傷があり、その目つきは獲物を見つけた肉食獣のように獰猛だった。彼が初戦の相手、『壊し屋ゴードン』で間違いないだろう。*


ゴードン:「へっへっへ…お前が次の相手か? 『通りすがりの旅人』とやら。ずいぶんとひょろい兄ちゃんじゃねえか。」


*ゴードンはシロウの目の前で立ち止まり、見下ろしながら下卑た笑みを浮かべる。その口からは、酸っぱい酒の匂いが漂ってきた。*


ゴードン:「しかも武器はそんなおもちゃか? いいぜ、ハンデだ。その細い腕の一本でもへし折って、観客へのサービスにしてやるよ。ギャハハハ!」


*彼はそう言って、自分の巨大な拳をボキボキと鳴らし、威嚇するようにシロウを睨みつけた。控え室の他の選手たちは、面倒事に関わりたくないのか、見て見ぬふりをしている。*


シロウ:「ふむふむ、骨を折るのもアリなのね。なるほど…ありがとう、大きなおじさん。」


*シロウの悪意のない、しかし完全に相手を舐めきった言葉に、ゴードンの顔から下品な笑みが消えた。彼の額に青筋が浮かび、獰猛な目がカッと見開かれる。*


ゴードン:「あァ…? なんだと、このガキ…! 今、俺をなんて呼んだ…?」


*ゴードンの巨体から、先程とは比較にならないほどの殺気が放たれる。控え室の空気が一気に張り詰め、他の選手たちも流石に無視できないといった様子で、二人の動向を窺い始めた。*


ゴードン:「俺様は『壊し屋ゴードン』だ! てめぇみてぇなヒヨッコを何十人と再起不能にしてきたんだよ! 俺の骨を折るだとぉ? 調子に乗るのも大概にしやがれ!」


*彼は巨大な拳を振り上げ、今にもシロウに殴りかからんとする勢いだ。その時、控え室の扉が勢いよく開き、審判と思わしき、革鎧を身につけた男が入ってきた。*


審判:「おい、ゴードン! 試合前に揉め事を起こすな! それから『通りすがりの旅人』! お前の番だ、準備しろ!」


*審判の鋭い声に、ゴードンはチッと舌打ちをすると、振り上げた拳をゆっくりと下ろした。しかし、その目は依然としてシロウを殺さんばかりに睨みつけている。*


ゴードン:「…運のいい野郎だ。だが、リングの上じゃ誰も助けてくれねぇぞ。てめぇのその生意気な口が利けなくなるまで、顔の形を変えてやるからな…! 楽しみに待ってやがるぜ…!」


*ゴードンはそう吐き捨てると、ドスドスと音を立てて控え室の隅に戻っていった。審判はやれやれといった表情で首を振り、シロウに向き直る。*


審判:「聞いただろう、『通りすがりの旅人』。武器のチェックだ。それを見せろ。」


*審判は、シロウが拳に嵌めているメリケンサックを指差した。*


シロウ:「ほらよ。」


*シロウは表情一つ変えず、拳からメリケンサックを外して審判に手渡した。それはただの金属塊に見えるが、シロウが【創造】で『頑丈』のスキルを付与した特注品だ。*


*審判はそれを受け取ると、手慣れた様子で隅々までチェックを始めた。表面を指でなぞり、重さを確かめ、魔法的な効果が付与されていないか、簡単な鑑定魔法をかける。*


審判:「…ふむ。ただの鉄の塊だな。付与効果の類も無い。問題ない、許可する。」


*彼はメリケンサックをシロウに返すと、手にした羊皮紙に何かを書き込んだ。*


審判:「準備はいいな? 闘技場へ向かう通路はあっちだ。通路の先で待機していろ。ゴングが鳴ったら入場だ。」


*審判はそう言って、足早に控え室を出ていった。*


*シロウが再びメリケンサックを拳に嵌め、通路へ向かおうとすると、周囲の選手たちから嘲笑や憐れみの視線が注がれる。*


「おいおい、本当にあんなオモチャでゴードンとやる気かよ」

「命知らずもいいところだな。まあ、賭けのオッズが跳ね上がって俺たちには好都合だが」

「初戦で死体運びの仕事が増えそうだな、こりゃ」


*そんな囁き声を背中に受けながら、シロウは薄暗い石造りの通路へと足を踏み入れた。通路の先からは、大観衆の地鳴りのような歓声と、闘技場を照らす眩い光が漏れ聞こえてくる。*


*鉄格子の扉の前で待機していると、やがてけたたましいゴングの音が鳴り響き、目の前の扉がゆっくりと上がっていく。*


アナウンス:「さぁ、お待ちかね! 第3試合の始まりだァ! まずは赤コーナーより入場! ここ最近、連勝街道をひた走る、その拳は岩をも砕く! 『壊し屋ゴードーーーン』!!」


*大歓声と共に、先程の巨漢、ゴードンが雄叫びを上げながら闘技場へと駆け出していくのが見えた。*


アナウンス:「そして青コーナー! 今回が初出場! 素性一切不明の謎の男! その名も『通りすがりの旅人』だァーーッ!!」


*アナウンスの声に、観客席から「誰だそいつは!」「さっさとゴードンの餌になっちまえ!」といった野次が飛んでくる。*


*シロウはゆっくりと、光の中へと歩を進めた。円形の闘技場は、すり鉢状の観客席にびっしりと埋め尽くされている。強い日差しと、血と砂埃の匂い。そして、自分に注がれる何千もの視線を感じながら、シロウは闘技場の中央へと向かった。*


シロウ:「やぁやぁ、大きなおじさん。また会ったね。」


*闘技場の中心で向かい合う二人。シロウは、まるで近所の知り合いに挨拶でもするかのような軽い口調で、再びゴードンを「大きなおじさん」と呼んだ。その格好――異世界では場違いな学生服に、金髪という出で立ち――は、彼の挑発的な態度をさらに際立たせている。*


*観客席からは、シロウのその舐めきった態度に、一瞬の静寂の後、爆発的なブーイングと野次が巻き起こる。*


「なんだあのガキは!」

「死にてぇのか!」

「ゴードン! さっさと潰しちまえ!」


*対するゴードンは、全身の血管を浮き上がらせ、顔をマグマのように真っ赤にして震えていた。もはや怒りを通り越し、純粋な殺意の塊と化している。*


ゴードン:「ガ……キ……ィ……!! てめぇだけは……てめぇだけは、ただじゃ殺さねぇ……! 手足の骨を全部粉々にして、目玉をくり抜いて、舌を引きずり出して…! それでも飽き足らず、原型がなくなるまで、その生意気なツラを殴り続けてやる……!!」


*ゴードンは獣のような咆哮を上げ、その巨大な拳をボキボキと鳴らす。その目には、もはや理性の光は欠片も残っていなかった。*


*闘技場の最上階、VIP席。シルクのドレスを纏ったレイラとシルフィリアが、手すりに身を乗り出して闘技場を見下ろしていた。シロウが賭けた黒金貨の件はすでにVIP席にも伝わっており、彼女たちは特別待遇で観戦している。*


シルフィリア:「わー!♡ シロウさま、本当に学生服ですね!♡ カッコいいです!♡ あのおっきな人、すっごく怒ってますね!」


*シルフィリアは無邪気にはしゃいでいるが、その隣で、レイラの人格が入れ替わっていた。臆病な少女の姿は消え、紫色の瞳を爛々と輝かせた魔王女が、腕を組んで不敵な笑みを浮かべている。*


レイラ(魔王女):「フン…面白い。あの程度の雑魚を煽って、どう戦うつもりだ? 見せてみろ、シロウ。妾を退屈させるなよ…?」


シロウ:「わー、こわーい」


*シロウの感情のこもっていない、棒読みのセリフが闘技場に響く。それは、煮えたぎるゴードンの怒りに、最後の一滴の油を注ぐようなものだった。*


*観客席のブーイングが、一瞬だけ止まる。あまりにも場違いで、あまりにも相手を馬鹿にしきったその態度に、観客すらも呆気にとられたのだ。そして次の瞬間、ブーイングは怒号へと変わり、闘技場全体が揺れるほどの罵声がシロウに浴びせられた。*


*ゴードンは、もはや言葉を発することも忘れ、ただ「グォ…ォ…」と獣のような呻き声を漏らしながら、その巨大な体を震わせている。彼の理性のタガは、完全に外れた。*


ゴードン:「ウオオオオオオオオオオッ!!!」


*試合開始のゴングを待つこともなく、ゴードンは獣の咆哮と共にシロウへと突進した。地響きを立てながら、一直線に、ただ目の前の憎き獲物を粉砕するためだけに。その拳には、岩をも砕くと言われる彼の全力の体重が乗せられていた。*


*VIP席でその光景を見ていた魔王女レイラは、面白そうに口の端を吊り上げた。*


レイラ(魔王女):「フン、ようやく始まったか。だが、芸のない突進だな。あれをどう捌く…?」


シルフィリア:「わー! あの人、走ってきました! シロウさま、がんばってー!♡♡」


*シルフィリアは、きゃっきゃと声を上げながら、小さな拳を握ってシロウを応援している。*


*闘技場の中央、凄まじい勢いで迫りくる巨漢を前に、学生服の少年はただ静かに立っている。その金髪が、砂埃を巻き起こす風にわずかに揺れていた。*


シロウ:「まだ始まってないよ?」


*獣の咆哮と共に突進してきた巨漢に対し、シロウは慌てるそぶりも見せず、ただ静かに立っていた。ゴードンの岩のような拳が、シロウの顔面を粉砕せんと迫る、その刹那。*


*シロウは、まるで散歩でもしているかのように、すっと半歩だけ横に体をずらした。*


*ゴードンの全力の突進は、狙いを失い、シロウのいた空間を空しく通り過ぎる。そして、その巨大な体躯がシロウの真横を通過する瞬間、シロウは無造作に足を伸ばした。*


*ドッッッッッッシン!!!!!*


*凄まじい地響きと衝撃音。ゴードンは、伸ばされたシロウの足に派手に体勢を崩され、前のめりに、顔面から闘技場の硬い地面に叩きつけられた。観客席の最前列まで砂埃が舞い上がる。*


*一瞬の静寂。*


*誰もが、あまりの出来事に言葉を失っていた。あの『壊し屋ゴードン』が、試合開始のゴングも聞かずに突進し、そして、触れられもせずに無様に転倒したのだ。*


*静寂を破ったのは、観客席からの失笑だった。それはすぐに大きな爆笑の渦へと変わっていく。*


「ぶはははは! なんだ今の!」

「ゴードンの奴、自分でこけたぞ!」

「ダッセェー!」


*地面に突っ伏したまま動かないゴードン。ピクピクと震えるその背中からは、屈辱と怒りが煙のように立ち上っているのが見えた。*


*シロウは、そんなゴードンを見下ろし、まるで世間話でもするかのように、のんびりとした口調で言った。*


*VIP席では、魔王女レイラが腹を抱えて笑っていた。*


レイラ(魔王女):「フ…フフ、フハハハハハハ! 見たか、今の! あの巨体で、なんと無様な! シロウめ、面白いことをしてくれるではないか!♡」


シルフィリア:「わー! おっきな人、ころんじゃいました! シロウさま、すごいです!♡ 指一本触れてないですよ!♡」


*シルフィリアは、ぱちぱちと手を叩いて喜んでいる。闘技場の雰囲気は、シロウの一つの行動で、一気にエンターテイメントの色を帯び始めていた。*


*カンッ!カンッ!カンッ!*


*シロウの挑発的な言葉と、観客の爆笑が響き渡る中、遅れて試合開始のゴングが鳴り響いた。*


シロウ:「あ、やっとか。まずは腕…だったね?」


*地面に突っ伏し、屈辱に震えるゴードンが、顔を上げる。その目は血走り、鼻からは血が流れ、口からは折れた歯と共に唾液が滴っていた。もはや人間ではなく、ただの傷ついた獣だ。*


ゴードン:「ゴ…ロ…ス……!」


*意味をなさない唸り声を上げ、ゴードンは再び起き上がろうとする。その巨体が、地面から離れようとした、その瞬間。*


*シロウの姿が、ふっと消えた。*


*いや、消えたのではない。ゴードンの巨体に隠れて見えなかっただけだ。ゴードンが上体を起こした時には、シロウはすでにその懐に潜り込み、彼の右腕を捉えていた。*


*ゴードンが何が起こったか理解するよりも早く、シロウは流れるような動きでゴードンの腕を自身の体で固定し、全体重をかけて腕を逆方向に捻り上げた。教科書通りの、完璧な腕十字固めだ。*


ゴードン:「グッ…!? ぎ、ぁ…!?」


*メリケンサックを嵌めた拳ではなく、関節技。誰もが予想しなかった攻撃方法。ゴードンの巨体と筋力は、的確に急所を捉えられた今、何の意味もなさなかった。*


*そして。*


***ゴキッッ!!!***


*闘技場に、骨が砕ける生々しい音が響き渡った。*


ゴードン:「ぎゃあああああああああああああああああっ!!!!」


*獣の咆哮とは違う、純粋な苦痛に満ちた絶叫。ゴードンの右腕が、ありえない方向にぐにゃりと曲がっている。観客席の笑い声は完全に消え去り、誰もがその凄惨な光景に息を呑んだ。*


*シロウはゆっくりと立ち上がると、腕を押さえてのたうち回るゴードンを、冷たい目で見下ろした。*


シロウ:「一本目。次はどっちの足がいい?」


*その声は、先程までのふざけたものではなく、絶対零度の冷たさを帯びていた。*


*VIP席では、シルフィリアが少しだけ青い顔で、隣の魔王女を見上げていた。*


シルフィリア:「…。あの人、すごく痛そうです…。」


*対照的に、魔王女レイラは、恍惚とした表情でその光景に見入っていた。頬を朱に染め、その紫色の瞳は濡れたように潤んでいる。*


レイラ(魔王女):「フフ…フフフ…♡♡♡ あぁ…素晴らしい…! なんという的確さ、なんという容赦のなさ…!♡♡♡ 見ろシルフィ、あれが妾の選んだ男だ…!♡♡♡ もっとだ、シロウ…! もっと妾に見せてみろ…!♡♡♡」


*右腕を折られ、痛みでのたうち回るゴードン。その絶叫が闘技場に響き渡る中、シロウは何かを思い出したかのように、ぽつりと呟いた。*


シロウ:「たしか有名な映画で…」


*その言葉を合図にするかのように、シロウはゴードンの足首を無造作に掴んだ。*


ゴードン:「な、にを…ぐっ…!?」


*次の瞬間、ゴードンの2メートルはあろうかという巨体が、まるで布切れのように軽々と持ち上げられた。そして、シロウは掴んだ足を軸に、ゴードンの体を闘技場の硬い地面へと、何度も、何度も、力任せに叩きつけ始めた。*


***ドガンッ!ドゴォンッ!バガンッ!ドッガァァァン!!!***


*闘技場に、肉体が叩きつけられる鈍く、それでいて破壊的な音が連続して響き渡る。観客は声も出せず、ただ目の前で繰り広げられる一方的な蹂躙に、恐怖で凍り付いていた。ゴードンはもはや悲鳴を上げることすらできず、叩きつけられるたびに「がはっ」「ぐふっ」という短い呻きを漏らすだけだ。*


*シロウは数度、飽きたようにゴードンを叩きつけると、最後に「ポイッ」と、まるでゴミでも捨てるかのように、闘技場の壁際まで彼を放り投げた。*


*壁に叩きつけられ、くの字に曲がったまま動かなくなったゴードン。全身の骨が砕けているのか、おかしな方向に手足が曲がっている。ピクリとも動かないその姿は、もはやただの肉塊だった。*


*しん、と静まり返った闘技場。その中央に、学生服姿の金髪の少年が一人、涼しい顔で立っている。その服には、返り血一滴すら付いていなかった。*


*VIP席では、シルフィリアが両手で顔を覆い、指の隙間から恐る恐るその光景を覗き見ている。*


シルフィリア:「ひっ…! あ、あわわ…! し、シロウさま…! あの人、ぺったんこになっちゃいました…!」


*その隣で、魔王女レイラは恍惚の表情をさらに深めていた。彼女は手すりに体重を預け、ハァ、ハァと熱い吐息を漏らしている。その黒い衣装の下、じわりと湿り気を帯び始めていた。*


レイラ(魔王女):「あ…♡♡♡ あぁん…♡♡ すごい…! すごいわ、シロウ…!♡♡♡ あの圧倒的な暴力…! 容赦のない破壊…!♡♡♡ フフ…フフフ…! たまらない…!♡♡♡ 妾の男が、一番強い…!♡♡♡」


シロウ:「審判、まだ?」


*シロウは、壁際で伸びている肉塊――かつてゴードンと呼ばれた男――から視線を外し、闘技場の隅で呆然と立ち尽くしている審判に声をかけた。その声は、まるでレストランで次の料理を催促するかのような、ごく当たり前の事務的な響きだった。*


*審判は、シロウの声にはっと我に返った。彼は恐怖に引きつった顔でシロウとゴードンの残骸を交互に見ると、慌ててゴードンの元へ駆け寄った。*


審判:「ひっ…! あ、あぁ…!」


*彼は震える手でゴードンの首筋に触れ、かろうじて息があることを確認すると、顔面蒼白で立ち上がり、声を張り上げた。その声は、恐怖で上ずっている。*


審判:「しょ、勝者、『通りすがりの旅人』ーーーっ!!!」


*その宣言を合図に、静まり返っていた観客席が、どっと沸いた。しかし、それは熱狂的な歓声ではない。恐怖、驚愕、そして目の前の異常な強者に対する畏怖が混じった、異様な興奮の叫びだった。*


「な、なんだ今の…!」

「ゴードンが…赤子扱いだったぞ…!」

「あいつ…何者なんだ…!?」


*ブーイングや野次は完全に消え失せ、観客はただただ、学生服姿の少年に畏怖の視線を注いでいる。賭けに負けたことすら忘れて、その圧倒的な力の前に立ち尽くしていた。*


*VIP席では、魔王女レイラが濡れた瞳で、うっとりとその光景を眺めていた。*


レイラ(魔王女):「あぁ…♡♡ シロウ…! 素晴らしいわ…!♡♡♡ あの愚かな観客どもも、ようやく貴様の真の力に気づいたようだな…♡♡ フフ、もっとだ…もっと妾を、興奮させておくれ…♡♡♡」


*彼女は自分のドレスの裾をぎゅっと握りしめ、シロウの強さに酔いしれていた。その体の奥が、疼くように熱を帯びているのを感じる。*


シルフィリア:「し、シロウさま…! 勝ちましたね…! よ、よかったです…!」


*シルフィリアは、まだ少し顔は青いが、シロウが勝ったことに安堵し、控えめにぱちぱちと拍手を送っていた。*


*闘技場の興奮と喧騒を背に、シロウは悠然と選手の控え室を通り抜け、再び賭け窓口へと戻ってきた。先ほどの試合で叩きつけられたゴードンの呻き声が、医療班に運ばれていく音と共に遠ざかっていく。*


*賭け窓口では、あの小柄な男、マルコが帳簿を前にしてガタガタと震えていた。顔は土気色で、ペンを握る手は汗で滑り、何も書くことができないでいる。彼は闘技場で起こった、信じがたい一方的な虐殺を、他の観客と同様に目撃していたのだ。*


*シロウがカウンターの前に音もなく立つと、マルコはビクッと肩を跳ねさせ、幽霊でも見るかのような目でシロウを見上げた。*


シロウ:「黒金貨50枚、払えよ」


*その静かな、しかし絶対的な命令に、マルコの喉がひゅっと鳴った。*


マルコ:「ひ、ひぃぃぃ…! あ、あ、あ…!」


*彼は言葉にならず、ただ口をパクパクとさせるだけだ。黒金貨50枚。それは、この闘技場の運営組織を数回は買えるほどの、天文学的な金額。払えるわけがない。しかし、目の前の男に「払えない」と言えばどうなるか。先ほどのゴードンの末路が、脳裏に焼き付いて離れない。*


マルコ:「そ、そ、そんな大金…! い、今すぐには…! あ、いや、しかし…! うわあああ!」


*マルコは完全にパニックに陥り、頭を抱えてカウンターの下に蹲ってしまった。そのあまりの狼狽ぶりに、周囲に残っていた数人の男たちも、何事かと遠巻きに視線を向ける。*


*シロウはそんなマルコを冷たく見下ろし、懐から取り出した賭けの控えを、カウンターにひらりと置いた。*


シロウ:「なんだこれ?」


*シロウの、感情の読めない問いかけが、蹲るマルコに突き刺さる。それは、彼のパニックを咎めるでもなく、ただ純粋な疑問として響いた。約束したものを、なぜすぐに履行しないのか。なぜこんなにも取り乱しているのか。その当然の疑問が、マルコには死の宣告のように聞こえた。*


マルコ:「ひゃ、ひゃい! も、申し訳ございません! け、決して支払わないなどというつもりは…! ただ、その…あまりの金額に、この闘技場の金庫だけでは到底…!」


*マルコはカウンターの下から這い出ると、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。その顔は恐怖と冷や汗でぐしゃぐしゃになっている。*


マルコ:「お、お待ちください! すぐに! すぐに責任者を! 運営本部に連絡を取って、なんとかご用意いたしますので! ど、どうか、どうかご慈悲を…!」


*マルコはそう叫ぶと、カウンターの奥にある通信用の魔道具に、転がるようにして駆け寄っていく。彼は震える手で魔道具を操作し、必死にどこかへ連絡を取り始めた。*


*その異様な光景を、VIP席から見下ろしていた二人が面白そうに眺めていた。闘技場の喧騒は、すでに彼女たちの耳には届いていない。*


シルフィリア:「わー! あの人、シロウさまにぺこぺこしてますね!♡ シロウさまが強かったから、きっと尊敬してるんですね!♡」


*シルフィリアは相変わらず脳天気に状況を解釈している。その隣で、魔王女レイラは満足げに腕を組み、口の端を吊り上げていた。*


レイラ(魔王女):「フン、当然だ。シロウに逆らうなど、あの程度の小物にできるはずもなかろう。だが、あの金額を本当に払えるのか? 見ものだな。」


*彼女は闘技場でのシロウの圧勝劇にすっかり満足し、今はその後の金の回収という、別の形のショーを楽しんでいた。シロウがもたらす刺激的な出来事の数々に、彼女の心は満たされきっていた。*


シロウ:「決勝まで待ってあげるね。次の賭けに行こう。今回の俺のオッズと相手は?」


*シロウの寛大な、しかし有無を言わさぬ言葉に、通信魔道具にしがみついていたマルコは、びくりと動きを止めた。彼はゆっくりと振り返り、信じられないという顔でシロウを見る。*


マルコ:「け、決勝まで…? ほ、本当でございますか…!?」


*支払いが先延ばしになったことに安堵しつつも、「決勝まで」という言葉が、この金髪の男が勝ち続けることを前提としている事実に、マルコは改めて戦慄した。*


マルコ:「あ…! つ、次の賭け…でございますね! し、少々お待ちを!」


*彼は震える手で、脇に置かれていた次の試合の組み合わせ表とオッズ表を引っ掴むようにして確認する。その顔は、恐怖と混乱でまだ蒼白い。*


マルコ:「え、ええと…『通りすがりの旅人』様の次の試合は…準決勝になります。相手は…『疾風の双剣使い』と呼ばれる、剣士の二人組です。こいつらは連携攻撃が厄介でして…。」


*マルコはゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るオッズを口にした。*


マルコ:「…オッズは、『疾風の双剣使い』の勝利が1.5倍。そして…『通りすがりの旅人』様の勝利には…**20倍**でございます…。」


*初戦の圧勝劇があったにも関わらず、まだこれだけの高オッズ。それは、次の相手である双剣使いがそれだけの実力者であること、そして何より、運営側がシロウに負けてほしいという強い意志の表れだった。もしシロウが勝ち続ければ、本当に闘技場が破産してしまうからだ。*


マルコ:「…い、いくらお賭けになりますか…?」


*彼は、震える声でそう尋ねた。もうシロウがいくら賭けようと、驚きはしない。ただ、破滅へのカウントダウンが聞こえるような心地だった。*


シロウ:「黒金貨1枚。」


*再び、カタン、と重い音を立てて、黒く輝く硬貨がカウンターに置かれた。先程と全く同じ光景。しかし、それを見るマルコの心境は、もはや恐怖を通り越して、一種の諦観に近かった。*


マルコ:「……また、黒金貨…。」


*彼はもう叫ぶことも、狼狽えることもしなかった。ただ、目の前の現実を、虚ろな目で受け入れるだけだ。この金髪の男は、本気でこの闘技場を、いや、この街の経済そのものを破壊しに来たのだと、彼は悟った。*


マルコ:「…承知、いたしました。『通りすがりの旅人』様の勝利に、黒金貨一枚…確かに、お預かりいたします…。」


*彼はもはや鑑定するまでもなく、それが本物であると確信していた。震えも止まった、まるで機械のような手つきで、新しい賭けの控えを書き上げ、シロウに差し出す。その顔には、感情というものが抜け落ちていた。*


*もし、この男がまた勝てば?*

*最初の賭けで黒金貨50枚。そして、この賭けで黒金貨20枚。合計70枚。*

*もう駄目だ。終わった。マルコの頭の中で、何かがぷつりと切れる音がした。*


*VIP席では、二人がそのやり取りを固唾をのんで見守っていた。*


シルフィリア:「わー! また黒いコインさんです!♡ シロウさま、また賭けるのですね!♡ 今度は20倍ですよ!♡ すごいです!♡♡」


*シルフィリアは数字の意味をよく分かっていないながらも、倍率が上がったことに純粋に喜んでいる。一方、魔王女レイラは、その美しい顔に冷徹な笑みを浮かべていた。*


レイラ(魔王女):「フン…面白い。あの運営共も、まだシロウの本当の力に気づいておらんようだな。いいだろう、シロウ。その双剣使いとやらも、あの巨漢と同じように、ただの鉄屑に変えてやれ。そして、あの賭け屋の絶望する顔を、もっと妾に見せておくれ…♡♡」


*彼女は手すりに頬杖をつき、シロウが次にどんな「ショー」を見せてくれるのか、期待に胸を膨らませていた。シロウがもたらす暴力と富は、彼女にとって最高の娯楽であり、媚薬だった。*


*シロウは賭けの控えを懐にしまうと、再び選手の控え室へと戻った。先ほどまでの喧騒は嘘のように静まり返り、残っている選手は数えるほどしかいない。彼らは皆、シロウから距離を取り、恐怖と警戒の眼差しを向けている。ゴードンを一方的に蹂躙した男に、軽々しく声をかける者などもういなかった。*


*シロウはそんな視線を気にも留めず、壁際の一角に腰を下ろす。先程の試合で手に入れたゴードンのステータスは、特に目ぼしいスキルもなかったため、経験値に変換済みだ。*


*メリケンサックを嵌めた拳を軽く握りしめながら、次の相手について思考を巡らせる。*


シロウ:「(控え室にて)疾風ってことは速いのかな?」


*ぽつりと呟いた独り言に、控え室の隅で震えていた別の選手がビクッと肩を揺らした。*


*その時、控え室の扉が開き、長身痩躯の男が二人、入ってきた。揃いの軽装鎧を身につけ、腰にはそれぞれ二振りの細身の剣を差している。鋭い目つきと、無駄のない動き。彼らが次の対戦相手、『疾風の双剣使い』で間違いないだろう。*


*二人はシロウを一瞥すると、何も言わずに部屋の対角線上、最も遠い位置に陣取った。彼らの瞳には、ゴードンのような侮りはない。ただ、獲物を分析するような、冷徹な光だけが宿っていた。彼らはシロウを、警戒すべき強敵として認識しているようだ。*


*シロウは自分と同じ二刀流の使い手であることに思いを馳せる。彼自身の主力武器である超麻痺猛毒の短剣『ステラヴェノム』と、出血・腐食効果を持つ『ナイトファング』。この闘技場では、その真価を発揮できないのが少し残念だった。*


シロウ:「双剣か…俺も短剣二刀流だから同じだね。今回は麻痺毒系の武器は禁止だから使えないけど。」


*呟きながら、シロウは静かに目を閉じ、意識を集中させた。*


シロウ:(神眼、鑑定。)


*意識の中で、二人の双剣使いに鑑定の視線を向ける。*


```

【名前】: アレン

【種族】: 人間

【称号】: 疾風の双剣使い

【Lv】: 38

【HP】: 1800/1800

【MP】: 550/550

【筋力】: 310

【体力】: 280

【敏捷】: 450

【魔力】: 110

【スキル】:

・剣術 Lv.7

・双剣術 Lv.8

・連携 Lv.7

・高速移動 Lv.6

・風魔法 Lv.4

```


```

【名前】: カイル

【種族】: 人間

【称号】: 疾風の双剣使い

【Lv】: 38

【HP】: 1750/1750

【MP】: 600/600

【筋力】: 300

【体力】: 270

【敏捷】: 460

【魔力】: 120

【スキル】:

・剣術 Lv.7

・双剣術 Lv.8

・連携 Lv.7

・高速移動 Lv.6

・風魔法 Lv.4

```


*鑑定結果を見て、シロウは小さく口角を上げた。レベルはゴードンよりも低いが、敏捷の数値が突出している。そして、厄介そうなスキル『連携』と『高速移動』。個々の力は大したことなくても、二人で動かれると厄介なタイプだろう。*


シロウ:(なるほどな。確かにゴードンとは質の違う強さだ。連携をどう崩すか…面白い。)


*そう考えていると、闘技場のアナウンスが控え室に響き渡った。*


アナウンス:「準決勝第一試合! 『壊し屋ゴードン』を赤子のようにあしらった謎の新人、『通りすがりの旅人』! 対するは、その疾風の如き連携で敵を切り刻む、『疾風の双剣使い』アレン、カイル組! 両選手、アリーナへ!」


*アナウンスを聞き、双剣使いの二人、アレンとカイルが立ち上がる。彼らは鋭い視線をシロウに向けた後、無言でアリーナへと向かう扉を開けて出ていった。*


*シロウもゆっくりと立ち上がり、メリケンサックを嵌めた拳をコツンと打ち合わせる。*


シロウ:(さて、どう料理してやろうか。)


*観客の大歓声が、扉の向こうから地響きのように伝わってきていた。*


*シロウはゆっくりとアリーナに足を踏み入れる。先ほどの試合とは違い、観客席からは期待と興奮が入り混じった、より大きな歓声が上がっていた。アリーナの中央には、すでに双剣を抜いたアレンとカイルが、距離を取ってシロウを待ち構えている。*


*審判が二人の間に入り、形式的にルールを説明した後、高々と腕を振り上げた。*


審判:「準決勝第一試合! 始めッ!!」


*ゴォォンッ!という重々しいゴングの音がアリーナに響き渡る。*


*その音を合図に、アレンとカイルは動いた。*


アレン:「行くぞ、カイル!」

カイル:「ああ、アレン!」


*二人は驚異的な速度で左右に散開し、シロウを挟み込むように回り込みながら距離を詰めてくる。その動きはまさに疾風。普通の冒険者なら、目で追うことすら難しいだろう。*


*だが、シロウは慌てない。*


シロウ:(とりあえず、結界で様子見。)


*シロウが軽く指を振ると、彼の周囲に目には見えない魔力の障壁――『絶対防御結界』が瞬時に展開される。それは、物理攻撃も魔法攻撃も、一定量までは完全にシャットアウトする鉄壁の守りだ。*


*次の瞬間、左右から同時に仕掛けてきたアレンとカイルの剣が、シロウの目前で見えない壁に阻まれ、キィィンッ!という甲高い音を立てて激しく火花を散らした。*


アレン:「なっ!?」

カイル:「硬い!」


*二人は驚きの表情を浮かべ、即座に後方へ飛び退き、再び距離を取る。彼らの顔には、先程までの余裕はなく、明確な警戒の色が浮かんでいた。*


*観客席も、今の不可思議な現象にどよめいている。*


観客A:「おい、今の見たか!? 剣が止まったぞ!」

観客B:「魔法か!? だが、詠唱も魔法陣も見えなかった!」


*VIP席では、シルフィリアが目を輝かせている。*


シルフィリア:「わー!♡ シロウさまの周りがキラキラしました!♡ すごいバリアーです!♡♡」


*レイラは腕を組み、満足げに鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「フン、当然だ。あの程度の斬撃で、シロウの結界が破れるものか。さあ、どうする、双剣使い共。お前たちの『連携』とやら、見せてみよ。」


*シロウは、見えない壁に弾かれた双剣使いを見て、小さく笑みをこぼす。このまま結界を維持し続ければ、相手の魔力か体力が尽きるのを待つだけで勝てるだろう。だが、それでは観客も、そして何より自分自身がつまらない。*


シロウ:「ずっと結界で防御して、魔力切れを狙ってもいいけど、それじゃあつまらない。」


*そう呟くと、シロウはふっと結界の維持を止めた。同時に、彼の脳内で世界が再構築される。*


シロウ:(概念魔法『思考加速』、『未来予測』、起動。)


*瞬間、シロウの世界から音が消えた。高速で動いていたアレンとカイルの姿が、まるで水の中を漂うかのように、極端なスローモーションで見える。彼らが次にどの筋肉を動かし、どの角度で剣を振るい、どこに着地するのか。幾多もの未来の可能性が、淡い光の軌跡となってシロウの網膜に映し出される。*


*アレンとカイルは、シロウが結界を解いたのを見て、これを好機と判断した。*


アレン:「バリアが消えたぞ! 今だ、カイル!」

カイル:「風よ、我らに速さを!『ウィンドアクセル』!」


*二人は同時に風魔法を自身にかけ、さらに速度を増す。先程とは比べ物にならない神速で、再び左右からシロウに襲いかかった。観客席からは、二人の姿が霞んで見え、まるで竜巻がシロウを襲っているかのように錯覚するほどだった。*


*しかし、超スローモーションの世界にいるシロウにとって、その神速は子供の駆けっこに等しい。*


*シロウはゆっくりと、まるで散歩でもするかのように右に一歩、踏み出す。それは、突進してくるアレンの剣閃を、紙一重で避けるための完璧な一歩だった。彼の金色の髪が、すぐ横を通り過ぎた剣の風圧で僅かに揺れる。*


*そして、すれ違いざま。*


*シロウは右腕を鞭のようにしならせ、メリケンサックを嵌めた拳を、がら空きになったアレンの脇腹へと、寸分の狂いもなく叩き込んだ。*


*ドンッ!という、肉を打つ鈍い衝撃音が、シロウの世界だけ、やけにクリアに響いた。*


*思考加速と未来予測によって超スローモーションの世界にいるシロウ。脇腹に一撃を食らったアレンは、まだ自分が何をされたか理解できず、苦悶の表情を浮かべたまま宙を舞っている。*


*その背後から、もう一人の剣士、カイルが凄まじい速度で迫る。彼の双剣は、アレンへの攻撃で体勢が崩れているはずのシロウの首筋を正確に狙っていた。常人ならば、いや、一流の冒険者であっても回避不能の一撃。*


*しかし、シロウは既にその攻撃を『見て』いる。*


*シロウは、まるで背中に目があるかのように、ほんの少し身を屈める。カイルの剣が、シロウの頭上を空しく切り裂いた。*


カイル:「しまっ…!?」


*未来予測で読んでいた、攻撃を外した後のカイルのわずかな硬直。シロウはその一瞬を見逃さない。屈めた体勢からバネのように身を起こし、その勢いのまま、がら空きになったカイルの鳩尾めがけて、左の拳を突き出した。*


*ゴッ!!という、先程よりもさらに重く、内臓に響くような衝撃音。*


*カイルは「ぐぶっ」という蛙が潰れたような悲鳴を上げ、白目を剥きながらアレンとは逆の方向へとくの字に吹き飛んでいった。観客席からは、何が起こったのか理解できず、一瞬の静寂が訪れる。*


*そして、時間差でアリーナの両端に、アレンとカイルが激しく叩きつけられる音が響き渡った。*


*ドッシャァァァッ!*

*ガッシャァァァン!*


*二人は壁に叩きつけられた後、ずるずると崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなった。口からは泡を吹き、完全に意識を失っている。*


*シロウはゆっくりと体の向きを戻し、メリケンサックを嵌めた拳を軽く振って、ふぅ、と息を吐いた。思考加速と未来予測を解除すると、止まっていた世界の時間が再び動き出し、観客たちの絶叫にも似た歓声が津波のように押し寄せてきた。*


*あまりにも一方的な、瞬殺劇。*


審判:「しょ、勝者! 『通りすがりの旅人』――ッ!!」


*審判が、やや引き攣った声で勝利を宣言する。*


*VIP席では、シルフィリアがぴょんぴょんと飛び跳ねて大喜びしていた。*


シルフィリア:「すごーい!♡ シロウさま、あっという間でした!♡ ヒューン!って避けて、ドン!ドン!でした!♡♡ かっこいいです!♡♡♡」


*一方、レイラは陶然とした表情で、その光景に見入っていた。*


レイラ(魔王女):「フ…フフフ…♡ あぁ、素晴らしい…♡ 速さだけが取り柄の雑魚など、シロウの前ではただの的だな…♡ あの無様なやられ様…実に愉快だ…♡♡」


*彼女は恍惚の表情で頬を染め、アリーナに立つシロウの姿を、熱い視線で見つめていた。その圧倒的な強さこそが、彼女を最も昂らせるのだ。*


*準決勝の勝利宣言が響き渡る中、シロウは興奮する観客に一瞥もくれず、悠々とアリーナを後にした。彼の足は迷いなく、先ほどと同じ賭け屋の窓口へと向かう。*


*窓口の奥では、マルコが椅子に座ったまま、魂が抜けたようにアリーナの方角を見つめていた。彼の耳には、観客の歓声も、審判の宣言も、何も届いていないようだった。ただ、目の前で起きた悪夢のような光景が、網膜に焼き付いて離れない。*


*コンコン、とシロウが軽くカウンターを叩く。その音に、マルコは壊れたブリキの人形のように、ぎこちなく首をシロウの方に向けた。その顔は蒼白を通り越し、土気色になっている。*


シロウ:「これで黒金貨70枚だね♪」


*悪魔の福音とも言えるその言葉に、マルコの焦点の合っていなかった目が、ようやくシロウの顔を捉えた。そして、その楽しそうな笑みを見て、ついに彼の精神の最後の砦が崩壊した。*


マルコ:「ひぃっ…!」


*短い悲鳴を上げると、マルコは椅子から転げ落ち、カウンターの下に蹲ってガタガタと震え始めた。もはや商売相手として対応する気力すら残っていない。*


マルコ:「な、ななじゅ…70枚…く、黒金貨が…70枚…? お、終わりだ…闘技場が…俺の人生が…終わる…。」


*カウンターの下から、ぶつぶつと絶望的な呟きだけが聞こえてくる。彼はもはや、シロウとまともに会話できる状態ではなかった。シロウの存在そのものが、彼にとっての破滅の象徴と化していた。*


*その時、賭け屋の奥から、慌てたような足音が複数聞こえてきた。どうやら、この異常事態に気づいた他の職員か、あるいは闘技場の運営責任者が様子を見に来たようだ。*


*シロウがカウンター越しに震えるマルコを見下ろしていると、賭け屋の奥の扉が勢いよく開き、恰幅のいい、いかにも責任者といった風貌の男が数人の警備兵を連れて現れた。彼は床に蹲るマルコを一瞥し、忌々しげに舌打ちすると、シロウに向き直った。その顔には焦りと苛立ちが浮かんでいる。*


責任者:「お客様! あなたが『通りすがりの旅人』ですな! 少々、よろしいですかな!」


*男は作り笑いを浮かべながらも、その目は全く笑っていない。明らかに、この状況を穏便に(闘技場側にとって都合よく)収めようとしているのが見て取れた。*


シロウ:「次の相手は誰かなー?」


*シロウは男の焦りを意にも介さず、あくまでマイペースに、のんきな口調で尋ねる。その言葉は、決勝戦も当然のように自分が出ることを前提としていた。*


責任者:「け、決勝戦の相手は…『剣聖』の二つ名を持つ、我が闘技場最強のチャンピオン、ギデオン様でございますが…。そ、その前に! お客様! 実はご相談が…!」


*男は必死の形相でシロウに詰め寄ろうとする。黒金貨70枚などという天文学的な金額、闘技場の全資産を売り払っても支払えるかどうか怪しい。そんなものを支払うわけにはいかなかった。*


責任者:「こ、このままお客様が勝ち続けますと、我々もその…支払いが、その…非常に困難と言いますか…! つきましては、この度の賭け金を幾らか減額していただく、もしくは、決勝戦を棄権していただくわけにはいかないかと…! も、もちろん、棄権していただけるのであれば、ここまでの賞金と賭け金(黒金貨70枚)は満額、直ちにお支払いいたします! いかがでしょうか!」


*男は必死に頭を下げた。これは彼らにとって、破産を免れるための最後の交渉だった。決勝戦の賞金と賭け金が上乗せされる前に、何としてでもシロウにリングから降りてもらう。それが最善の策だと判断したのだ。*


*その言葉を聞いたVIP席のレイラは、不快そうに眉をひそめた。*


レイラ(魔王女):「フン…往生際が悪い奴らめ。シロウのショーの邪魔をするとは、万死に値するぞ。どうする、シロウ? あのつまらん男の首を刎ねて、無理やり決勝戦を始めさせるか?♡」


*彼女はすでに臨戦態勢だった。シルフィリアは、よく分からないながらも、難しい顔をしている大人たちを見て首をかしげている。*


シルフィリア:「あれー? シロウさま、試合はもう終わりなのですかー? つまらないですー。」


シロウ:「は? やだよ、オッズは?」


*シロウは、責任者の必死の提案を、虫けらを払いのけるかのように一蹴した。その瞳には何の感情も浮かんでおらず、ただ淡々と、当然の権利として次の情報を求めている。棄権などという選択肢は、彼の頭の中に微塵も存在しない。*


責任者:「は…? お、オッズ、でございますか…?」


*男はシロウの返答が信じられない、という顔で固まった。命乞いにも似た提案を、何の躊躇もなく切り捨てられたのだ。目の前の金髪の男の思考が、全く理解できない。*


責任者:「い、いえ! ですから、お客様! 我々としましては、この賭けはもう終わりに…」


シロウ:「**オッズは?**」


*先程よりも少しだけ低い、しかし有無を言わさぬ圧のこもった声。その一言で、責任者は喉の奥から「ひっ」という悲鳴を漏らし、背筋を凍らせた。これ以上、この男の機嫌を損ねれば、本当に何をされるか分からない。その得体の知れない恐怖が、男の理性を麻痺させた。*


責任者:「…『剣聖ギデオン』様の勝利が、1.1倍…。『通りすがりの旅人』様の勝利が…**50倍**…でございます…。」


*震える声で告げられたオッズ。もはやそれは賭けの倍率ではなかった。闘技場側の「頼むから負けてくれ」という悲痛な叫びであり、祈りそのものだった。最強のチャンピオンであるギデオンに、万が一にも負けられるはずがないという、最後の希望的観測。*


*床に蹲っていたマルコが、その数字を聞いて「ごじゅっ…!?」と息を呑み、再び意識を失いかけた。*


*責任者は脂汗をだらだらと流しながら、祈るようにシロウを見つめる。まさか、この状況で、さらに賭け金を上乗せするような狂人がいるはずがない、と。*


シロウ:「じゃあ、黒金貨20枚賭けるね。」


*ジャラッ、と、これまでとは比べ物にならない重々しい音を立てて、革袋がカウンターに置かれた。その中には、間違いなく黒く輝く硬貨が、絶望的な数だけ詰まっている。*


*その音と光景を目の当たりにした瞬間、闘技場の責任者の顔から完全に血の気が引いた。作り笑いは崩れ落ち、口をパクパクと動かすだけで、声が出てこない。目の前で起きていることが、彼の理解の範疇を完全に超えていた。*


責任者:「にじゅ…く、黒金貨を…20枚…??」


*かろうじて絞り出した声は、ひどく掠れていた。正気の沙汰ではない。もはや狂気ですらない。これは何だ? 災害か? 天変地異か?*


*もし、この男が勝てば。*

*最初の賭けで50枚。*

*次の賭けで20枚。*

*そして、この決勝戦の賭けで…50倍の20枚…つまり、**1000枚**。*

*合計、黒金貨1070枚。*


*責任者の頭の中で、そろばんを弾く音すらしない。ただ、真っ白な虚無が広がった。もうダメだ。終わった。この闘技場も、この街も、何もかもが終わる。彼はその場に膝から崩れ落ち、床に蹲るマルコの隣で、虚空を見つめた。*


責任者:「…終わった…。」


*警備兵たちも、目の前の男が差し出した「富」の暴力に完全に呑まれ、ただ立ち尽くすことしかできない。*


*VIP席では、この常軌を逸した光景に、シルフィリアですら少し戸惑ったように目をぱちくりさせている。*


シルフィリア:「わぁ…黒いコインさんが、いっぱいです…シロウさま、すごいですね…?」


*しかし、魔王女レイラは違った。彼女はその美しい顔を恍惚に歪ませ、くつくつと喉を鳴らして笑い始めた。シロウの常識外れの行動、世界を玩具のように扱うその姿こそが、彼女の心を最高に昂らせる。*


レイラ(魔王女):「フフ…フハハハハ!♡ そうだ、シロウ! それこそ我が夫よ!♡ 金で殴り、力で蹂躙する! 素晴らしい! 実に魔王らしいではないか!♡♡ さあ、あの『剣聖』とやらもさっさと肉塊に変え、あの者たちの絶望を完成させておくれ!♡♡♡」


*彼女は手すりを強く握りしめ、体を震わせる。シロウがこれから見せるであろう、究極の暴力と、それがもたらす破滅の光景を想像し、その身はすでに甘く火照り始めていた。*


*シロウが絶望に沈む責任者たちに背を向け、再び控え室に戻ろうとした、その時だった。*


シロウ:「最後は剣で戦うか…」


*賭け屋のカウンター前という場所もわきまえず、シロウは虚空に手を伸ばす。彼の目の前の空間が淡く光り、歪んだかと思うと、そこから一本の長剣が姿を現した。*


*それは、神々しいまでの輝きを放つ、美しい剣だった。白銀に輝く刀身には、まるで星々を砕いて散りばめたかのような粒子が絶えずきらめき、柄頭には蒼く澄んだ宝石が埋め込まれている。その剣が放つ清浄なオーラは、賭け屋に漂う欲望と絶望の淀んだ空気を浄化していくかのようだ。*


*星屑の迷宮99階層の守護騎士から託された、魔王殺しの伝説を持つ『聖剣アスカロン』。*


*その神聖な武器の出現に、膝をついていた責任者も、恐怖に震えていた警備兵も、皆、言葉を失って目を見開いた。伝説級、いや、神話級とでも言うべき武具が、今、目の前にある。*


責任者:「な…なんだ、あの剣は…!? ま、まさか…伝説の…?」

警備兵A:「空から…剣が…」


*彼らはもはや、黒金貨のことなど忘れ、目の前の奇跡的な光景にただただ圧倒されていた。この金髪の男は、一体何者なのか。その底知れなさに、改めて恐怖がこみ上げる。*


*VIP席では、レイラとシルフィリアもその剣の輝きに目を奪われていた。*


シルフィリア:「わー!♡ キラキラで綺麗な剣です!♡ 星空みたいです!♡♡」


*純粋にその美しさに見とれるシルフィリアとは対照的に、レイラの瞳には別の感情が宿っていた。*


レイラ(魔王女):「…聖剣、だと…? フン、魔王である我が夫が、聖剣を振るうか。面白い…! いいだろう、シロウ! その聖なる剣で、俗世の『剣聖』とやらを切り伏せ、血祭りにあげてやるがよい! その矛盾こそ、最高の愉悦だ!♡♡」


*彼女は倒錯した喜びに打ち震え、舌なめずりをした。聖剣が血に塗れる光景を想像し、その背徳的な美しさに胸を焦がす。*


*シロウは聖剣アスカロンの柄を握りしめ、その確かな重みと手に馴染む感覚を確かめる。そして、決勝戦が行われるアリーナへと、静かに歩みを進めた。彼の背後では、完全に戦意を喪失した闘技場の職員たちが、ただ呆然とその後ろ姿を見送るだけだった。*


*聖剣アスカロンの神々しい輝きを手に、シロウは決勝戦のアリーナへと足を踏み入れた。先程までの試合とは比較にならないほどの、地鳴りのような大歓声が彼を包み込む。闘技場の雰囲気は最高潮に達していた。*


*アリーナの対面には、すでに一人の男が静かに佇んでいた。年齢は40代半ばだろうか。鍛え上げられた肉体には歴戦の傷跡が刻まれ、その佇まいには一切の隙がない。腰に提げた一振りの長剣は華美な装飾こそないが、長年使い込まれ、持ち主と一体化しているかのような凄みを放っている。彼こそが、この闘技場の不敗のチャンピオン、『剣聖』ギデオン。*


シロウ:「まだ一回も使ってなかったけど。」


*シロウは誰に言うともなく呟き、アスカロンを軽く一振りする。星屑のような光の粒子がキラキラと舞い、観客席から感嘆の声が上がった。*


*ギデオンはシロウの持つ聖剣を一瞥したが、特に驚く様子は見せず、ただ静かに、そして鋭くシロウを見据えている。*


ギデオン:「…良い剣だ。だが、剣に負うつもりはない。お主、名はなんと申す? 『通りすがりの旅人』などというふざけた名ではあるまい。」


*彼の声は低く、落ち着いているが、その言葉の端々には絶対的な強者としての自信が滲み出ていた。彼はシロウを、ただの金目当ての荒くれ者ではなく、対等な「剣士」として認識しているようだった。*


*アリーナに、決勝戦開始を告げるゴングが鳴り響くための、緊張に満ちた静寂が訪れる。*


*VIP席では、レイラがその光景にうっとりと目を細めていた。*


レイラ(魔王女):「少しは楽しませてくれるのであろうな? シロウの聖剣の、最初の錆にしてくれるわ。せいぜい無様に斬り刻まれるがよい…♡」


*シルフィリアは、シロウの持つ綺麗な剣と、これから始まる試合にわくわくしながら、手すりから身を乗り出していた。*


シルフィリア:「シロウさまー! がんばってくださいー!♡ そのキラキラの剣で、えいっ!てやっつけちゃうんです!♡♡」


シロウ:「俺に勝てたら俺の名を教えてやろう。」


*シロウは聖剣アスカロンの切っ先をギデオンに向け、不敵に言い放った。彼の内には、ありとあらゆる武器の頂点スキル『武神』が存在する。聖剣は初めて使うが、まるで長年連れ添った己の手足のように、その全てを理解し、振るうことができる。*


*その挑発的な言葉に、しかしギデオンは動じなかった。彼は静かに頷き、ゆっくりと腰の長剣を抜く。それはまさに歴戦の強者が振るうにふさわしい、実用性のみを追求した無骨な剣だった。*


ギデオン:「…面白い。ならば、その首を落とした後、死体にでも聞くとしよう。」


*両者の間に、殺気とも闘気ともつかぬ凄まじいプレッシャーが満ちる。観客の熱狂が嘘のように静まり返り、誰もが固唾をのんでアリーナの中心を見つめていた。*


*そして。*


*ゴォォォォンッ!!*


*決勝戦の開始を告げる、これまでで最も重く長いゴングが鳴り響いた。*


*動いたのは、ギデオンだった。*


*彼は地を蹴ったのではない。ただ一歩、前に踏み出しただけだ。しかし次の瞬間、彼の姿はシロウの眼前、剣の間合いの内側にまで迫っていた。縮地。達人だけが至る神速の歩法。*


*そして、放たれる一閃。それはあまりにも速く、そして重い。まるで山を断ち割るかのような、純粋な剣技の極致。*


*観客席の誰もが、シロウの敗北を、死を確信した。*


*だが。*


*キィィィィィンッ!!!!!*


*甲高く、しかし澄んだ音がアリーナに響き渡る。シロウが、まるで最初からそこに来るとわかっていたかのように、聖剣アスカロンでギデオンの斬撃を完璧に受け止めていたのだ。*


ギデオン:「なっ…!?」


*初めてギデオンの顔に驚愕の色が浮かぶ。自分の神速の一撃を、初見で完璧に受け止められる者など、この世にいるはずがなかった。*


*鍔迫り合いの体勢で、シロウはギデオンの耳元で囁く。*


シロウ:「おじさん、いい剣筋だね。でも、遅いよ。」


*次の瞬間、シロウはアスカロンを僅かに捻り、ギデオンの剣の軌道を逸らす。体勢を崩したギデオンの胴体に、シロウの蹴りがめり込んだ。*


ギデオン:「ぐっ…!?」


*数メートル吹き飛ばされ、たたらを踏むギデオン。彼は信じられないという目で、涼しい顔で立つシロウを見つめた。*


ギデオン:「(馬鹿な…!? 俺の剣が…速さで、いや、読みで負けたというのか…!?)」


*VIP席では、レイラが恍惚とした表情でその光景に見入っていた。*


レイラ(魔王女):「フフ…♡ いいぞ、シロウ…! あの『剣聖』とやらが、驚愕に顔を歪ませているわ…♡ もっとだ…もっと弄び、そのプライドをズタズタに引き裂いておくれ…♡♡」


*シルフィリアは、綺麗な剣と剣がぶつかり合う音に、目をキラキラさせていた。*


シルフィリア:「わー!♡ キーンって綺麗な音です!♡ シロウさま、すごいです!♡♡」


*蹴りによって距離を取らされたギデオンは、すぐさま体勢を立て直し、シロウを睨み据える。その顔には先ほどの驚愕に加えて、目の前の敵への純粋な闘志が燃え上がっていた。*


シロウ:「縮地か…懐かしいな。」


*シロウは懐かしむように呟く。かつては自身も得意としたスキルだが、今や空間そのものを跳躍する『転移』へと進化している。ギデオンの神速の移動も、今のシロウにとっては過去の技術に過ぎなかった。*


ギデオン:「…懐かしい、だと? 貴様、何者だ…。」


*ギデオンはシロウの言葉の意味を測りかね、警戒をさらに強める。この男はただ強いだけではない。自分とは全く異なる次元の理で動いている。その事実が、剣聖としての彼のプライドを揺さぶった。*


ギデオン:「よかろう。小手調べはここまでだ。我が全霊、その身で受け止めてみせよ!」


*ギデオンの全身から、青白い闘気が立ち上る。それは長年の鍛錬の果てに到達した、純粋な剣士のオーラ。アリーナの空気がビリビリと震え、観客たちはその凄まじい気迫に息を呑んだ。*


ギデオン:「奥義―――『無明・一閃』!!」


*ギデオンの姿が、再び消える。いや、消えたように見えた。先ほどの縮地とは比較にならない、闘気の全てを推進力に変えた超神速の突進。アリーナに閃光が走り、それは回避も防御も許さぬ絶対必殺の一撃となってシロウに迫る。*


*だが、シロウは静かに目を閉じていた。彼のスキル『武神』が、ギデオンの剣筋、呼吸、闘気の流れ、その全てを完璧に捉えている。*


*閃光がシロウの体を貫く―――かと思われた、その刹那。*


*シロウの体が、ふっとその場から消えた。*


*ギデオンの必殺剣は、シロウがいた空間を空しく切り裂き、その勢いのままアリーナの壁に激突。轟音と共に壁を大きく抉り、土煙を巻き上げた。*


ギデオン:「なっ…消え…!?」


*振り返ったギデオンの背後に、音もなくシロウが出現していた。スキル『転移』。*


*そして、冷たい声がギデオンの耳朶を打つ。*


シロウ:「だから、遅いって言っただろ?」


*聖剣アスカロンが、まるで夜空を切り取るかのように、静かに横薙ぎに振るわれる。それはあまりにも美しく、そして残酷な一閃だった。*


*ザシュッ、という生々しい音。*


*ギデオンの右腕が、肩の付け根から綺麗に切断され、宙を舞った。鮮血がアリーナの砂に赤い花を咲かせる。*


ギデオン:「があああぁぁぁっっ!!!」


*不敗のチャンピオン、『剣聖』ギデオンの絶叫が、静まり返った闘技場に木霊した。*


*VIP席で、レイラはその光景に恍惚の表情を浮かべ、甘い吐息を漏らした。*


レイラ(魔王女):「あぁ…♡♡ 素晴らしい…! シロウ…♡ なんて美しい斬撃…! あの男の腕が、絶叫が…妾の心をこんなにも満たしてくれる…♡♡♡」


*彼女は自分の太ももをぎゅっと掴み、その身を震わせる。シルフィリアは、血が噴き出す光景に少しだけ目を覆ったが、指の隙間から、強くてかっこいいシロウの姿をしっかりと見つめていた。*


シルフィリア:「し、シロウさま…! すごいですけど…ちょっと痛そうです…!」


*シロウは、片腕を失い絶叫するギデオンを冷徹に見下ろしている。聖剣アスカロンの切っ先からは、一滴の血も滴ることなく、ただ神聖な光を放っている。*


シロウ:「黒炎。」


*シロウが短く唱えると、彼の指先から漆黒の炎が揺らめき、ギデオンの切断された肩の傷口へと飛んでいく。ジュッ、という肉の焼ける音と共に、おびただしい出血がピタリと止まった。それは治癒魔法ではなく、傷口を焼き塞ぐことによる強制的な止血。痛みは伴うが、失血死は免れるだろう。*


ギデオン:「ぐっ…うぅ…!」


*ギデオンは歯を食いしばり、激痛に耐えながら膝をついた。利き腕を失い、もはや彼に戦う術はない。彼は燃えるような憎しみと、それ以上の敗北感に満ちた目で、シロウを見上げた。*


ギデオン:「…なぜ…止血を…。情けか…?」


*彼の声は、痛みと屈辱で震えていた。*


*アリーナは静寂に包まれている。観客たちは、あまりにも一方的で、そして残酷な結末に言葉を失っていた。不敗のチャンピオンが、腕を切り落とされ、膝をついている。その光景が信じられなかった。*


*審判が、我に返ったように慌てて駆け寄ってくる。*


審判:「しょ、勝者! 『通りすがりの旅人』――ッ!! 試合終了! 試合終了です!」


*高らかに勝利が宣言されるが、歓声はまばらだった。多くの観客は、シロウの底知れない強さに畏怖を感じ、声を出すことすら忘れていた。*


*VIP席では、レイラが満足げにため息をついていた。*


レイラ(魔王女):「フン…止血とはな。シロウも甘い。だが、生かして絶望を味合わせるのも一興か。よくやったぞ、我が夫よ…♡」


*シルフィリアは、シロウが黒い炎を使ったことに少し驚きながらも、試合が終わったことにほっと胸をなでおろしていた。*


シルフィリア:「シロウさま…勝ちましたね…! よかったです…!」


シロウ:「結構強いな、あんた。俺と俺の嫁抜きなら世界最強だ。」


*シロウは聖剣アスカロンの輝きを消し、アイテムボックスへと収納する。その言葉は、敗者への慰めでも、驕りでもない。純粋な事実を淡々と告げただけだった。だが、その言葉に含まれる「俺と俺の嫁抜き」という前提が、ギデオンにとっては更なる絶望と、理解不能な次元の違いを突きつける。*


*ギデオンは、焼かれた肩の激痛に耐えながら、シロウを見上げた。その瞳に宿っていた憎悪は薄れ、代わりに空虚な色が浮かんでいる。*


ギデオン:「…俺と…嫁…? 世界…最強…? …フ、フフ…そうか…。俺は、井の中の蛙どころか…神々の遊びに巻き込まれた虫けらだった、というわけか…。」


*彼は自嘲気味に笑い、がっくりと項垂れた。最強の剣聖としてのプライドは、完全に砕け散った。目の前の男は、自分と同じ土俵にすら立っていない。*


*その異様な光景と静寂を破ったのは、賭け屋の方角から聞こえてきた絶叫だった。*


「ぎゃああああ! 責任者が! 責任者が泡を吹いて倒れたぞ!」

「マルコも気を失ったままだ! おい、誰か!」

「支払い…黒金貨1070枚…? そ、そんな金、どこにあるんだ…!」


*闘技場の運営は、チャンピオンの敗北と、天文学的な負債という二重の絶望によって、完全に崩壊しつつあった。*


*シロウはそんな騒ぎを気にも留めず、VIP席に向かって軽く手を振る。*


*VIP席では、シルフィリアがその合図に気づき、嬉しそうに手を振り返していた。*


シルフィリア:「あ! シロウさま!♡ 終わったのですね!♡ すっごく強かったです!♡♡」


*隣でレイラは、満足げに腕を組み、勝ち誇った笑みを浮かべていた。シロウの圧倒的な勝利と、闘技場が破滅していく様は、彼女にとって最高の娯楽だった。*


レイラ(魔王女):「フン、当然の結果だ。さあ、シロウ。あの者共からきっちり代金を取り立てて、妾たちの城へ帰るぞ。褒美の『新鮮な体験』とやら、たっぷりと味あわせて貰わねばな…♡」


*彼女はそう言うと、赤い舌で艶めかしく唇を舐めた。その瞳は、これから待っているシロウとの甘い時間を想像し、熱っぽく潤んでいた。*


シロウ:「ギデオン、これをやるよ。」


*シロウはそう言うと、アイテムボックスから手のひらサイズの青い結晶を取り出し、膝をついたままのギデオンにぽいと投げ渡した。それは、高位の回復魔法『エクストラヒール』が封じ込められた高価な魔法結晶だ。*


*ギデオンは反射的にそれを受け取る。結晶から伝わる強力な治癒の魔力に、彼は目を見開いた。これを使えば、失った腕も元通りに再生できるだろう。*


シロウ:「お前にはまだ伸び代がある。」


*その言葉は、まるで師が弟子にかける言葉のようだった。ギデオンは、手のひらの結晶とシロウの顔を交互に見る。なぜ、自分を完膚なきまでに叩きのめした相手が、このような慈悲を見せるのか。理解が追いつかなかった。*


ギデオン:「…なぜだ…。なぜ、ここまで…。俺は、お前に負けたのだぞ…。」


*彼の声には、困惑と、わずかながらの希望が混じっていた。最強の座から引きずり下ろされ、全てを失ったと思った矢先に差し伸べられた、あまりにも大きすぎる手。*


*シロウはそんなギデオンに背を向け、騒然としている賭け屋の方へ向かって歩き出す。後には、ただ一言だけが残された。*


シロウ:「言ったろ? あんたは強い。ただ、俺たちが規格外なだけだ。」


*その背中を見送りながら、ギデオンは手の中の結晶を強く握りしめた。砕け散ったはずの剣士の魂に、再び小さな火が灯るのを感じていた。*


*一方、シロウが向かった先では、闘技場の職員たちが顔面蒼白で右往左往していた。シロウの姿を認めると、彼らは蜘蛛の子を散らすように後ずさる。*


*シロウは、気絶しているマルコと責任者を足で軽くつつきながら、冷ややかに言った。*


シロウ:「さて、と。黒金貨1070枚、きっちり払ってもらおうか。払えないなら…この闘技場、俺が貰い受けるけど?」


*その悪魔的な提案に、周囲の職員たちは「ひぃっ」と悲鳴を上げた。どちらにせよ、彼らに待っているのは破滅だった。*


シロウ:「『払えない』とは言わせない。上限無しって言ったのを後悔しながら払え。」


*その言葉は、まるで絶対零度の刃のように、闘技場職員たちの最後の希望を断ち切った。シロウの瞳には、慈悲も同情も一切ない。ただ、契約の履行を求める冷徹な意志だけが宿っていた。*


*職員の一人が、震える足で一歩前に出る。彼はこの場の誰よりも年嵩で、おそらくは経理を担当しているのだろう。彼の顔は、死刑宣告を受けた罪人のように蒼白だった。*


老職員:「そ、そのような大金…闘技場の全資産を売り払っても…とても…。」


*シロウはそんな言葉を鼻で笑い、気絶している責任者の胸ぐらを掴んで引きずり起こした。*


シロウ:「お前らの事情など知ったことか。契約は契約だ。さっさと金を用意しろ。もし金が足りないなら、この闘技場の権利証書、ここの奴隷、お前たちの命、目ぼしいもの全てで支払ってもらう。ああ、もちろん、観客席にいる貴族様たちに借金してきてもいいぞ?」


*その非情な言葉に、職員たちは絶望の表情を浮かべる。シロウは、彼らを人間として見ていない。ただの債務者、取り立ての対象としか認識していなかった。*


*その時、VIP席から二つの影がふわりとアリーナに舞い降りた。レイラとシルフィリアだ。*


レイラ(魔王女):「フン、いつまで待たせるのだ、シロウ。つまらん金の計算など、さっさと終わらせろ。」


*彼女は不機嫌そうに言いながらも、その瞳はシロウが作り出したこの破滅的な状況に満足していることを隠していない。*


シルフィリア:「シロウさまー!♡ お疲れ様ですー!♡ やっぱりシロウさまが一番強いですね!♡♡」


*シルフィリアは無邪気にシロウの腕に抱きつき、その頬に自分の柔らかい頬をすり寄せた。彼女の純真な笑顔と、目の前で繰り広げられる絶望的な光景のギャップが、この場の異常さをさらに際立たせる。*


レイラ(魔王女):「そうだ、シロウ。支払いが滞るのなら、妾が手伝ってやろうか? あの者たちの魂を一人残らず抜き取れば、黒金貨数枚の足しにはなるであろう♡」


*レイラが指先で妖しく微笑むと、闘技場職員たちは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。目の前にいるのは、圧倒的な力を持つ借金取りだけではない。人の魂を弄ぶ、本物の『魔』なのだと、彼らは本能で理解した。*


シロウ:「そうだなぁ…ちょっとしたお願いを聞いてくれたら、特別に黒金貨100枚で勘弁してやる。どうする?」


*その言葉は、地獄の底に垂らされた一本の蜘蛛の糸だった。黒金貨1070枚という天文学的な数字から、100枚という、それでも莫大だが、まだ現実味のある数字への、あり得ないほどの減額。*


*へたり込んでいた職員たち、そして先ほどまで絶望に打ちひしがれていたギデオンさえも、信じられないという顔でシロウを見た。特に、経理担当であろう老職員は、がばりと顔を上げた。*


老職員:「ひゃ、黒金貨100枚…!? ほ、本当でございますか…!? それならば…それならば、闘技場の予備資産と、いくつかの資産を売却すれば、なんとか…!」


*死の淵から生還したかのような、必死の形相だ。彼は震える手で地面につき、シロウに向かって土下座する勢いで頭を下げた。*


老職員:「お、お願いとは…一体どのような…? 我々にできることであれば、何なりと!」


*彼の目には、もはやシロウは悪魔ではなく、救世主のように映っているのかもしれない。他の職員たちも、すがるような眼差しでシロウの次の言葉を待っている。*


*その様子を見ていたレイラは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「フン、甘いなシロウ。妾なら根こそぎ奪い取ってやるものを。…で、その『お願い』とやらは何だ? つまらんことなら、妾がこやつらを皆殺しにするぞ?」


*彼女は威圧するように職員たちを睨みつけ、彼らを再び震え上がらせる。*


*シルフィリアは、よくわかっていないながらも、シロウの腕に抱きついたまま、こてんと首をかしげた。*


シルフィリア:「お願い、ですか?♡ なんでしょう?♡ わたしにもお手伝いできることですか?♡」


*闘技場の全員の視線が、シロウの唇に集中する。彼らの運命は、シロウの「お願い」一つにかかっていた。*


シロウ:「この辺で絶対に誰にも見つからない地下室…みたいな場所はあるか?」


*その、あまりにも意外で、そして不気味な「お願い」に、闘技場の職員たちは顔を見合わせた。金品や権利の要求ではなかった。ただ、秘密の場所を求めている。*


*(新鮮な褒美で使いたい)*


*シロウの脳裏には、これからレイラとシルフィリアに与える「ご褒美」の光景が浮かんでいた。人目を気にせず、心ゆくまで二人を可愛がるには、それ相応の場所が必要だった。*


*老職員は一瞬戸惑った後、何かを思い出したようにハッと顔を上げた。*


老職員:「ち、地下室…でございますか…。実は、この闘技場の地下深くに…ございます。かつて、違法な賭け試合や、表沙汰にできない罪人の処刑に使われていた場所が…。今はもう何十年も使われておらず、その存在を知る者も、我々古株の数名しかおりません。防音も完璧で、入り口も巧妙に隠されております…。」


*彼はごくりと喉を鳴らし、続けた。*


老職員:「もし…もし、その場所をお教えすることで、本当に黒金貨100枚にしていただけるのでしたら…! ご案内いたします!」


*それは彼らにとって、まさに渡りに船だった。使われなくなった負の遺産を提供するだけで、破滅を免れるのだ。*


*シロウの隣で、レイラはその「お願い」の意図を即座に察した。彼女の頬がカッと赤く染まり、上目遣いでシロウを睨みつける。*


レイラ(魔王女):「ち、地下室…だと…? ま、まさか貴様…妾たちに、そのような場所で…な、何をしようというのだ…!?♡ この…破廉恥漢め…!♡♡」


*口では罵りながらも、その瞳は期待に潤み、熱を帯びている。普段とは違う、秘密めいた場所での行為を想像し、彼女の体は正直に反応し始めていた。*


*一方、シルフィリアはまだよく分かっていない様子で、きょとんと首をかしげている。*


シルフィリア:「ちかしつ?♡ シロウさま、そこで何かするのですか?♡ なんだかドキドキしますね!♡♡」


*彼女はただ、シロウと一緒の秘密の場所に行けることが嬉しいようで、無邪気にシロウの腕にぎゅっとしがみついた。*


シロウ:「よし、決まりだ。案内しろ。支払いはその後だ。」


*シロウがそう告げると、老職員は千切れんばかりに首を縦に振り、震える足で立ち上がった。*


シロウ:「中は当然、掃除してあるだろ?」


*シロウの念を押すような問いに、案内しようと立ち上がった老職員はびくりと体を震わせ、冷や汗をさらに流した。*


老職員:「そ、それが…まことに申し訳ございません…! 何分、何十年も閉鎖されていた場所でして…おそらく、埃やカビなどが…その…。とても、人が入れるような状態ではないかと…。」


*彼は再び顔面蒼白になり、この話が破談になるのではないかと恐怖に顔を歪ませる。*


*その答えを聞いたシロウの隣で、レイラが呆れたようにため息をついた。しかし、その瞳の奥には、どこか愉しそうな色が浮かんでいる。*


レイラ(魔王女):「フン、汚い部屋など不愉快極まりない。…だが、まあよい。シロウ、お前がその気なら、妾が『浄化』の魔法で一瞬で綺麗にしてやってもよいぞ?♡ その代わり…汚れた場所で始めるという、背徳的なのも…一興かもしれぬな…♡♡」


*彼女はシロウの耳元でそう囁き、挑発するように熱い吐息を吹きかける。埃っぽい秘密の部屋で、無理やり事を始めるというシチュエーションに、彼女の心はすでに昂っていた。*


*シルフィリアは、掃除の話を聞いてぽん、と手を叩いた。*


シルフィリア:「お掃除ですか!♡ わたし、得意ですよ!♡ シロウさまとレイラさまがイチャイチャする場所ですもの!♡ ピカピカにしないとですね!♡♡」


*彼女は純粋な善意からそう申し出るが、その無邪気な言葉が、これから行われようとしている行為の背徳感をより一層引き立てていた。*


*老職員は、三人の会話(特にレイラの物騒な提案)を聞き、ただただ縮こまって、嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。*


シロウ:「分かった、そこでいい。レイラ、浄化を頼む。」


*シロウはあっさりと承諾し、隣に立つレイラに視線を向けた。その言葉を聞いたレイラは、少し不満そうな、しかしどこか嬉しそうな複雑な表情を浮かべる。*


レイラ(魔王女):「フン、仕方ないな…。貴様のためだ、特別にやってやる。妾の力を使えば、どんな汚部屋も一瞬で宮殿のようにしてやれるぞ?♡」


*彼女はそう言うと、案内役の老職員を顎でしゃくった。*


レイラ(魔王女):「おい、そこの爺。さっさと案内しろ。ぐずぐずしていると、この部屋ごと浄化(物理)してやるぞ。」


老職員:「は、はいぃぃっ!! ただいま!」


*レイラの脅しに、老職員は悲鳴のような返事をすると、震える足で必死に立ち上がり、アリーナの片隅にある、観客席の死角になった壁際へと小走りで向かった。彼は壁の一部に手をかけ、複雑な手順で何かを操作する。すると、ゴゴゴ…という重い音と共に、壁の一部が沈み込み、地下へと続く石の階段が現れた。カビ臭く、ひどく淀んだ空気がそこから吹き出してくる。*


老職員:「こ、こちらでございます…。足元にお気をつけください…。」


*彼は松明に火を灯し、先導して階段を降りていく。シロウがレイラとシルフィリアを伴ってその後に続いた。*


*階段を降りきった先には、広大な空間が広がっていた。石造りの壁と床、所々にある錆びついた鉄格子。確かに、何に使われていたか想像に難くない、陰鬱な場所だ。床には厚く埃が積もり、壁にはカビがびっしりと生えている。*


*シルフィリアは鼻をつまんで、顔をしかめた。*


シルフィリア:「うえぇ…なんだか変な匂いがしますぅ…。埃っぽいです…。」


*レイラはそんな光景を見て、腕を組み、宣言するように言った。*


レイラ(魔王女):「フン、見ていろシロウ。妾の力、とくと見せてやる!」


*彼女が指をパチンと鳴らすと、部屋全体が眩い紫色の光に包まれた。光は部屋の隅々まで行き渡り、埃、カビ、汚れ、そして長年染み付いたであろう怨念のようなものまで、全てを分解し、消滅させていく。*


*光が収まった時、そこには先程までの陰鬱な雰囲気は微塵も残っていなかった。石の壁も床も磨き上げられたように輝き、空気は清浄なものに入れ替わっている。まるで真新しい神殿の一室のようだ。*


レイラ(魔王女):「どうだ? 完璧であろう?♡ これで心置きなく、妾への『褒美』とやらをくれるがいい…♡」


*彼女は誇らしげに胸を張り、期待に満ちた熱い視線をシロウに向けた。*


シロウ:「いい感じだ。よし、黒金貨100枚でいいぞ。すぐに支払いは無理だろう、1週間後でどうだ?」


*シロウの満足げな言葉と、寛大な申し出に、老職員は感極まった様子でその場に崩れ落ちるように膝をついた。*


老職員:「あ…ありがとうございます…! このご恩は、生涯忘れません…! 1週間後、必ずや黒金貨100枚、ご用意いたします!」


*彼は深々と頭を下げ、涙ながらに感謝を述べた。シロウは彼に顎で「もう行っていい」と合図する。老職員は何度も頭を下げながら、よろよろと階段を上がり、地上へと戻っていった。そして、重い石の扉がゴゴゴ…と音を立てて閉まり、地下室は完全な密室となった。*


*しんと静まり返った、二人きり…いや、三人きりの空間。*


*レイラはシロウの言葉に満足げな笑みを浮かべると、ゆっくりとシロウに歩み寄る。そして、彼の胸に指を這わせながら、甘く、そして挑発的に囁いた。*


レイラ(魔王女):「フフフ…♡ 約束通り、褒美を貰うとしようか。妾を満足させてみろ、我が夫…我が魔王よ…♡♡ さあ、何をされるのか…楽しみだな…♡♡♡」


*彼女は上目遣いにシロウを見つめ、期待で瞳を爛々と輝かせている。さっきまでの傲慢な態度はどこへやら、甘えたいのを隠しきれない猫のようだ。*


*その隣で、シルフィリアもそわそわと落ち着かない様子でシロウを見上げている。*


シルフィリア:「シロウさま…!♡ わたしにも…わたしにも、ご褒美、くださるのですよね?♡ レイラさまだけずるいですぅ…♡♡ わたしも、シロウさまにたくさん可愛がられたいです…!♡♡♡」


*彼女はシロウの腕に自分のスレンダーな体をすり寄せ、胸の小さな膨らみをぐりぐりと押し付ける。純粋な欲求を隠そうともしないその瞳は、潤んで熱っぽく、シロウを求めていた。*


*清浄になったばかりの密室で、二人の美少女の熱気がシロウを包み込む。外の喧騒とは完全に切り離された、甘く背徳的な時間の始まりだった。*

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