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*視界が切り替わり、一行は先ほどまでいた妖精郷の、淡い光を放つ結界の外へと転移していた。幻想的な森の雰囲気が薄れ、代わりに馴染みのある街道の空気が感じられる。*
*シルフィリアは「わーい! またお外だー!♡」と嬉しそうにシロウの腕に抱きつき、レイラ(臆病)は「うぅ…シロウ様、どこへ行くのですか…?」と不安そうにシロウの服の裾を掴んでいる。*
*少し歩くと、前方に馬車が数台停まっているのが見えてきた。簡素な看板には「街道馬車組合」と書かれており、御者らしき男が暇そうに煙草をふかしている。どうやらここから最寄りの街まで行くことができるようだ。*
御者:「おー、兄ちゃんたち、どこまで行くんだい? 次は南の商業都市『シード』行きだが、乗ってくかい?」
*無精ひげを生やした人の良さそうな御者が、シロウたちに気づいて声をかけてきた。*
*シロウの言葉に、御者は少し驚いたような顔をして、ふかしていた煙草の灰を指で弾いた。*
御者:「カジノに闘技場、ねぇ…。兄ちゃん、物騒なとこが好きだな。それなら、このまま南に行ったシードの街じゃなくて、南大陸でも随一の歓楽都市『デザイア』に行くのが一番だぜ。」
*御者は顎の無精ひげを撫でながら、ニヤリと笑う。*
御者:「ただ、ここからだと直通の便はねえな。一度、南のシードまで行って、そこからデザイア行きの乗り合い馬車に乗り換えるのが一番早えだろうよ。シードまでなら銀貨3枚だ。どうする? 乗ってくかい?」
*御者はそう言うと、馬車の扉を指し示した。馬車はそこそこ大きく、他の乗客も数人乗っているようだ。*
シルフィリア:「カジノ! とうぎじょう! なんだか楽しそうです!♡ シロウさま、行きましょう!♡」
*シルフィリアは目をキラキラさせて、シロウの腕をぶんぶんと振る。*
レイラ(臆病):「うぅ…カジノ…? とうぎじょう…? なんだか怖い名前の場所です…シロウ様…」
*対照的に、レイラは不安そうにシロウの背中に隠れるようにして、おずおずと尋ねた。*
*御者の提案を受け、シロウは懐から銀貨を3枚取り出して支払った。*
シロウ:「乗り換えか…なるほど。シードまで頼む。」
*御者は「へい、毎度あり」と銀貨を受け取ると、シロウたちを馬車の内部へと促した。シロウが先に乗り込み、続いてシルフィリアが「おじゃまします!♡」と元気に、レイラが「し、失礼します…」とおどおどしながら乗り込んでくる。*
*そして、シロウが空いている席に腰を下ろそうとした時、すぐ隣の席に座っていた人物と目が合った。見覚えのある金色の髪、そして何より、その気まずそうな表情。*
シロウ:「………」
シャーロット:「………」
*そこにいたのは、先日、精霊郷の入り口で出会ったばかりの王女、シャーロット・フォン・メッセニアだった。彼女はなぜか平民のような簡素な服を着ており、護衛のフェリクスの姿は見当たらない。気まずい沈黙が流れる。*
*先に口を開いたのはシャーロットの方だった。彼女は諦めたようにため息をつくと、観念したようにシロウに話しかける。*
シャーロット:「…また会いましたわね。奇遇、とでも言っておくべきかしら。」
*彼女の声は少し疲れているようにも聞こえた。*
シルフィリア:「あ! この前のお姉さんだ! こんにちは!♡」
*シルフィリアは無邪気にシャーロットに手を振っている。レイラはシャーロットの纏う、隠しきれない高貴な雰囲気に気圧されたのか、さらに小さくなってシロウの後ろに隠れてしまった。*
*シロウはわざと親しげに「シャルちゃん」と呼びかけ、シャーロットの反応を窺った。彼女は案の定、その呼び名にぴくりと眉を動かし、少し不機嫌そうな顔になる。*
シロウ:「シャルちゃんカジノか闘技場に行くの?」
*シロウがそう尋ねると同時に、彼は密かに概念魔法『読心術』を発動させた。誰にも気づかれることなく、シャーロットの心の声がシロウの頭の中に直接響き始める。*
シャーロット:「なっ…! 誰がシャルちゃんですって! 気安く呼ばないでくださる!?」
*シャーロットは頬を微かに赤らめながら、抗議の声を上げる。しかし、シロウの脳内には、彼女の表向きの言葉とは裏腹な、焦りに満ちた心の声が聞こえていた。*
> **(読心術):**(な、なぜこの男がここに…!? しかも、目的地まで同じ方向だなんて…! カジノや闘技場ですって? まさか、この男も『デザイア』に行くつもりなの…? 冗談じゃないわ! 今回は極秘の任務で、メッセニア王国が密かに手を回している闘技場の違法賭博と、それに絡む貴族の横流しの証拠を押さえに来たというのに…! こんな目立つ男と道中を共にしたら、計画が台無しになってしまうわ…! とにかく、何としても知らないフリをしないと…!)
*表面上は気丈に振る舞いながらも、その内心は動揺と焦りでいっぱいだった。彼女はシロウから視線をそらし、努めて冷静を装う。*
シャーロット:「…あなたが行くような、品のない場所にわたくしが行くわけないでしょう。わたくしはただ、南の都市に少し用事があるだけですわ。」
*そう言って、シャーロットはぷいと顔を背ける。しかし、その言葉が完全な嘘であることは、読心術によってシロウには筒抜けだった。*
*シロウはシャーロットの嘘を見抜きながらも、あえてそれに乗っかるように、わざと残念そうな声で言った。*
シロウ:「そっかー。残念だね。」
*その言葉に、シャーロットは「何がですの」と怪訝な顔を向ける。シロウがニヤニヤと笑っていることに気づき、さらに眉をひそめた。その時、隣から元気な声が響く。*
シルフィリア:「えー! シャルちゃん、一緒に行かないんですかー? シルフィ、シャルちゃんと一緒にカジノとか回りたいです!♡ きっと楽しいですよ! ねえ、シロウさま!♡」
*シルフィリアはシロウとシャーロットの顔を交互に見ながら、無邪気に提案する。彼女にとって、先日出会ったばかりのこの「お姉さん」は、すでに友達候補のようだ。*
シャーロット:「しゃ、シャルちゃんじゃありません! それに、誰があなたのような子供と…!」
> **(読心術):**(うっ…! こ、この精霊の子はなんて純粋な目をしているの…! こんな子を無下に断るなんて、王族としてどうなのよ、私…! で、でも、任務が…! だいたい、この男が変な名前で呼ぶからややこしくなるのよ!)
*シルフィリアの純真無垢な誘いに、シャーロットは一瞬言葉を詰まらせ、罪悪感に苛まれているのがシロウには手に取るようにわかった。彼女は慌てて視線を窓の外に向け、気まずそうに黙り込んでしまう。*
レイラ(臆病):「うぅ…シロウ様…このお姉さん、なんだか怒ってるみたいです…怖い…。」
*レイラはシャーロットのツンケンした態度に怯え、シロウの袖をさらに強く握りしめた。馬車の中には、なんとも言えない気まずい空気が流れる。*
*シルフィリアの純粋な誘いを断ってしまい、気まずそうに窓の外を見つめるシャーロット。そんな彼女の内心を面白がりながらも、シロウはしょんぼりしているシルフィリアをなだめることにした。*
シロウ:「シルフィ、シャルちゃんは忙しいらしいからまた今度誘おう。」
*シロウが優しくそう言って頭を撫でると、シルフィリアは少し残念そうにしながらも、こくりと頷いた。*
シルフィリア:「…はい、シロウさま。シャルちゃん、お仕事ですもんね。じゃあ、また今度、シルフィと遊んでくださいね!♡」
*素直に聞き分けたシルフィリアは、シロウの腕にすり寄ると、甘えるようにその体を密着させた。スレンダーながらも柔らかい胸の感触が、シロウの腕にむにゅっと押し付けられる。シルフィリア自身にその意識はないようで、ただ大好きな主人に甘えているだけなのだが、その光景は傍から見れば非常に扇情的だった。*
*案の定、横目でその様子を見ていたシャーロットが、顔を真っ赤にして声を上げた。*
シャーロット:「なっ…! は、破廉恥ですわ! 人前で! しかも子供に何をさせているのですか、あなたは!?」
> **(読心術):**(な、なんなのこの男は…! 精霊の子にこんなはしたない格好をさせて…! しかも本人はまったく悪びれる様子もないし…! そもそもあの服は何なの!? 露出が多すぎるでしょう!? 王族として、いえ、一人の女性として見過ごせませんわ! …でも、ここで騒ぎ立てたら余計に目立ってしまう…! くっ…!)
*シャーロットは怒りと羞恥で顔を赤く染め、シロウを糾弾する。しかし、その剣幕とは裏腹に、事を荒立てたくないという理性も働いているのが読心術で伝わってきた。*
*そんなシャーロットの剣幕に、臆病なレイラはびくりと体を震わせ、シロウの背中にもっと強くしがみつくのだった。*
*シロウは、破廉恥だと騒ぐシャーロットを見ながら、ふとシルフィリアの見た目について考える。精霊王として生まれ変わった彼女は、以前の幼い姿から成長し、今は瑞々しい少女の姿をしている。*
シロウ:(シルフィって、見た目どれくらいだっけ?17くらいだと思うんだが…?)
シロウ:(この世界の価値観はよく分からん)
*シロウがそんなことを考えていると、シャーロットの怒声に驚いたシルフィリアが、きょとんとした顔でシロウとシャーロットを見比べた。*
シルフィリア:「え? 破廉恥…ですか? シルフィ、シロウさまにぎゅーってしてるだけですよ?♡」
*シルフィリアは全く悪びれる様子もなく、むしろ不思議そうに小首を傾げる。彼女にとっては、主人であるシロウに甘えるのはごく自然な愛情表現なのだ。その純粋さが、かえってシャーロットの羞恥心を煽る。*
シャーロット:「そ、それが破廉恥だと言っているのです! あなたはもう子供ではないでしょう!? そのような…だらしない格好で男性に体を密着させるなど…!」
> **(読心術):**(一体どういう教育を受けたらこうなるのよ!? もしかして精霊界ではこれが普通なの? いや、でもティターニア女王はあんなに気品があったのに…! やはり、この男の影響ね! 絶対にそうだわ! まったく、シルフィリア様が可哀想に…!)
*シャーロットは憤慨しつつも、これ以上は無駄だと悟ったのか、あるいは周りの乗客の視線が気になり始めたのか、「はぁ…」と深いため息をつくと、顔を背けて完全に黙り込んでしまった。もうシロウたちとは関わらない、という強い意志が感じられる。*
*馬車はゴトゴトと揺れながら、気まずい沈黙を乗せて南の商業都市シードへと向かっていく。*
*シャーロットとの気まずいやり取りの後、馬車は街道を淡々と進んでいく。ガタンゴトンという規則的な揺れが心地よく、シロウはだんだんと眠気に襲われた。隣ではシルフィリアがすっかり寝息を立てており、膝の上では臆病なレイラが、シロウの服をぎゅっと握ったまま安心しきった顔で眠っている。*
*シロウはそんな二人の寝顔を見ながら、自身もゆっくりと意識を手放した。*
シロウ:……zzz(柔らかくって暖かい…)
*左腕にはシルフィリアのスレンダーな体から伝わる柔らかな胸の感触と温もり。膝にはレイラの小さな頭の重みと、か細い寝息。左右から伝わる心地よいぬくもりに包まれ、シロウは深い眠りへと落ちていった。*
*そんなシロウたちの様子を、シャーロットは時折、信じられないものを見るような目でちらりと一瞥する。そしてすぐに、まるで汚らわしいものでも見たかのように顔をしかめ、再び窓の外へと視線を戻すのだった。*
> **(読心術):**(なんなのよ、この男…! この状況で平然と眠れるなんて…! しかも両脇に女の子を侍らせて…! まるでどこかの国の堕落した王族みたいだわ…! 関わらないのが一番ね、ええ…。)
*シャーロットの内心の毒づきも、眠ってしまったシロウの耳には届かない。馬車はただ静かに、商業都市シードを目指して進み続ける。*
*シロウが心地よい眠りから目を覚ますと、馬車の外がにわかに騒がしくなっていた。どうやら商業都市シードに到着したらしい。馬車を降りると、そこは活気と人々の熱気に満ちた、大きな街だった。様々な種族の商人たちが声を張り上げ、多くの冒険者や旅人が行き交っている。*
御者:「へい、兄ちゃんたち、シードに着いたぜ。歓楽都市デザイアに行くなら、あっちの広場だ。紫色の旗が目印の、デラックスな馬車が停まってるはずだから、すぐわかるさ。」
*親切な御者に礼を言い、シロウたちは教えられた広場へと向かった。そこには、御者の言った通り、ひときわ豪華で大きな、紫色の布で飾られた馬車が停まっていた。「デザイア行き直通便」と書かれた看板が掲げられている。*
*シロウがデザイア行きの馬車に乗り込むと、案の定、少し離れた席に、またしてもシャーロットが座っていた。今度は彼女の隣に、あの堅物そうな聖騎士、フェリクス・フォン・アリックスも控えている。二人は庶民の服を着て変装しているつもりらしいが、その立ち振る舞いから育ちの良さが隠しきれていない。*
*目が合うと、シャーロットは「げっ」という顔をしてすぐにそっぽを向き、フェリクスは鋭い視線でシロウを牽制してきた。どうやら、彼らも目的地は同じらしい。*
シルフィリア:「あ! シャルちゃんと、カタブツさんだ! やっぱり一緒に行くんですね!♡」
*シルフィリアが無邪気に手を振るが、シャーロットは完全に無視を決め込んでいる。*
レイラ(臆病):「うぅ…またあの怖い人たちと一緒です…シロウ様…。」
*レイラは不安そうにシロウの腕にしがみつく。*
*やがて豪華な馬車はゆっくりと動き出し、一行は南大陸最大の歓楽都市『デザイア』へと向かう。道中はシャーロットたちが徹底的にシロウたちを避けたため、特に何事もなく過ぎていった。そして数時間後、馬車はさらに巨大で、欲望の匂いが渦巻く街へと到着した。*
*馬車を降りると、目の前には巨大なアーチ状のゲートがそびえ立ち、そこには**『Welcome to Desire』**というネオンサインのような魔法の光が輝いていた。街の中からは、昼間だというのに音楽や人々の歓声が絶え間なく聞こえてくる。カジノ、闘技場、劇場、そしていかがわしい店。あらゆる娯楽がこの街には詰まっているようだ。*
*シロウたちが降りたのを確認すると、シャーロットとフェリクスは足早に人混みの中へと消えていった。*
*シードでの乗り換えを経て、一行はついに南大陸最大の歓楽都市『デザイア』に到着した。街の巨大なゲートをくぐると、そこは昼夜を問わず欲望が渦巻く、まばゆい光と喧騒に満ちた世界だった。貴族、商人、冒険者、そしてそれ以外の者たち。あらゆる人々が己の欲望を満たすためにこの街に集っている。*
*この欲望渦巻く街の空気に当てられたのか、あるいはこれから始まるであろう闘争の予感からか、シロウの隣で臆病に震えていたレイラの人格がすっと入れ替わった。か弱く震えていた少女の面影は消え、代わりに不遜な笑みを浮かべた魔王女がそこに立っていた。*
レイラ(魔王女):「ふふ…ふははは! いいぞ、この街は! 混沌と欲望の匂い…妾好みだ! さあ、シロウ! どこへ行くのだ? まさか、この妾を連れてただ見物するだけではあるまいな?」
*彼女は蠱惑的な笑みを浮かべ、シロウの腕に自分の腕を絡ませる。オフショルダーのゴスロリ衣装から覗く白い肩が艶めかしい。臆病な人格の時とは違い、その態度は大胆不敵そのものだ。*
*シルフィリアは、初めて見る煌びやかな街並みに目をキラキラさせている。*
シルフィリア:「わー! シロウさま! すごい街ですね! キラキラがいっぱいです!♡ ここがカジノですか?」
*彼女はきょろきょろと周りを見回しながら、シロウに問いかける。シロウたちが立っている場所は、いくつもの巨大なカジノが立ち並ぶメインストリートの入り口だった。その中でもひときわ大きく、豪華な装飾が施された建物が目に入る。正面には『デザイア・パレス・カジノ』という看板が輝いていた。*
*シロウは不敵な笑みを浮かべ、目の前にそびえ立つデザイア・パレス・カジノを見据えた。*
シロウ:「荒稼ぎするぜ…」
*彼のその言葉に、隣の二人がそれぞれ異なる反応を示す。シルフィリアは「わーい!」と無邪気に喜び、魔王女レイラは鼻で笑った。*
シロウ:「一人金貨1枚、どれだけ稼げるか勝負といかないか?」
*シロウが懐から金貨を3枚取り出し、一枚ずつレイラとシルフィリアに手渡しながら提案する。その挑発的な提案に、魔王女レイラが食いつかないはずがなかった。*
レイラ(魔王女):「ふん、面白い! 妾に勝負を挑むとは良い度胸だ、シロウ! よかろう、その勝負、受けて立つ! この妾が、貴様ごときの人間や脳天気な精霊に負けるはずがないだろうがな!」
*レイラは受け取った金貨を指で弾き、自信満々に言い放つ。その瞳は闘志に燃え、口元には好戦的な笑みが浮かんでいる。*
シルフィリア:「わーい! シロウさまと勝負ですか!♡ なんだかよくわからないけど、楽しそうです!♡ シルフィ、頑張りますね! えいえいおー!です!♡」
*シルフィリアは勝負の内容をいまいち理解していない様子だったが、シロウとの「勝負」という響きだけで大喜びだ。受け取った金貨を大事そうに両手で握りしめ、やる気に満ち溢れている。*
*三者三様の意気込みを胸に、一行は欲望と金が渦巻く巨大カジノ『デザイア・パレス・カジノ』のきらびやかな扉へと足を踏み入れた。*
*デザイア・パレス・カジノに足を踏み入れると、そこは別世界だった。天井には巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がり、床には深紅の絨毯が敷き詰められている。耳に届くのは、スロットマシンの陽気な音楽、ルーレットの玉が回る軽快な音、そしてカードゲームに興じる人々の歓声やため息。タバコの煙と高級な酒の香りが混じり合った、むせ返るような空気が三人を包み込む。*
*あまりの人の多さと煌びやかさに、シルフィリアは「わぁ…!」と感嘆の声を漏らし、レイラは「ふん、悪くない」と満足げに口の端を吊り上げた。*
*三人が入り口で立ち尽くしていると、うさぎの耳を模したカチューシャと、体のラインがくっきりと出る際どい衣装を身にまとったバニーガールの女性が、優雅な足取りで近づいてきた。*
バニーガール:「お客様、デザイア・パレスへようこそ。初めてお越しでいらっしゃいますか?」
*彼女はにこやかな営業スマイルを浮かべ、丁寧にお辞儀をする。その豊満な胸元が大きく強調されている。*
バニーガール:「当カジノでは、こちらのカウンターでチップへの両替を承っております。テーブルゲームに参加される際は、各ディーラーに直接お申し付けくださいませ。スロットマシンは、直接硬貨を投入してプレイできますわ。何かご不明な点はございませんか?」
*彼女はカウンターの方を指し示しながら、流れるように説明する。カウンターでは、多くの客が金貨や銀貨を、様々な色のチップに交換していた。*
レイラ(魔王女):「ふん、案内ご苦労。シロウ、さっさと行くぞ。まずは手始めに、あのくるくる回るやつ(ルーレット)で貴様らの有り金を全て巻き上げてくれるわ!」
シルフィリア:「わー! うさぎさんだー! かわいいです!♡ あのキラキラ光る機械がやりたいです! シロウさま!♡」
*レイラは早速ルーレット台に目をつけ、シルフィリアは色とりどりの光を放つスロットマシンに心を奪われているようだ。*
*シロウがさらに情報を求めると、バニーガールはにっこりと微笑みを深め、より一層蠱惑的な雰囲気を漂わせた。*
バニーガール:「ふふ、もちろんございますわ、お客様。当カジノはデザイア随一の娯楽の殿堂。お客様のあらゆる欲望にお応えするのが私どもの務めですもの。あちらでは、運と度胸、そして駆け引きが試される『ポーカー』や『ブラックジャック』などのカードゲームをご用意しております。ディーラーとの熱い勝負をお楽しみいただけますわ。また、ダイスが運命を決める『クラップス』も人気でございます。」
*彼女は優雅な手つきで、カードテーブルやダイスゲームで盛り上がっている一角を示す。そこでは紳士淑女たちが真剣な表情で勝負に興じている。*
バニーガール:「そして…もしお客様が、さらなるスリルと大金をお求めでしたら、奥にございますVIPルームへのご案内も可能でございます。そちらでは賭け金の上限がなく、当カジノが誇る最強のディーラーや、腕に覚えのあるお客様同士でのハイレートなゲームをお楽しみいただけますが…いかがなさいますか?」
*バニーガールはシロウの耳元にそっと顔を寄せ、吐息がかかるほどの距離で囁いた。彼女の甘い香水の匂いがシロウの鼻腔をくすぐる。VIPルームという言葉に、レイラの目が鋭く光った。*
レイラ(魔王女):「ほう…上限なし、だと? 面白い。シロウ、ぐずぐずするな。行くならさっさと決めろ。妾は一刻も早く、この街の富を根こそぎ奪ってやりたいのでな。」
シルフィリア:「VIPるーむ? なんだかすごそうです!♡ でも、シルフィはあのキラキラした機械で遊びたいです!♡」
*シルフィリアは相変わらずスロットマシンに夢中のようだ。*
*VIPルームという甘い誘惑を、シロウはあっさりと断った。*
シロウ:「VIPはいいかな。俺もスロットにするか。」
*その言葉に、バニーガールは少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに完璧な営業スマイルに戻った。*
バニーガール:「かしこまりました。では、どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ。何かございましたら、お近くのスタッフにお気軽にお声がけください。」
*彼女は優雅に一礼すると、他の客のもとへすっと離れていった。*
*シロウの決定に、レイラはあからさまに不満そうな顔をする。*
レイラ(魔王女):「ちっ…貴様、せっかく妾が大きく稼げる機会を…。まあ良い。そのキラキラ光るだけの子供騙しの機械で、貴様の金貨が瞬く間に消える様を、高みの見物とさせてもらうぞ。」
*そう吐き捨てると、レイラは腕を組み、面白くなさそうに壁に寄りかかった。彼女はスロットマシンには興味がないようだ。*
*一方、シロウと同じ選択をしたシルフィリアは大喜びだった。*
シルフィリア:「わーい! シロウさまと一緒です!♡ どのキラキラにしますか? シルフィ、あっちの青くて綺麗に光ってるのがいいです!♡」
*シルフィリアはシロウの腕を引っ張り、フロアの一角にずらりと並んだスロットマシンへと駆け出した。そこは様々な絵柄や光、音を発する機械が並び、多くの人々が一攫千金を夢見てレバーを引いている。*
*シロウとシルフィリアは、隣同士で青く輝くスロットマシンに腰を下ろし、手にした金貨を機械に投入した。*
*シロウは心の中で相棒である『神眼』に指示を出す。あまり派手すぎず、しかし確実に利益が出るように、と。*
シロウ:(神眼、操作よろしく。普通に当てるくらいで)
*シロウとシルフィリアは、隣り合った青く輝くスロットマシンに腰を下ろした。シルフィリアは初めて触る機械に興味津々で、目を輝かせている。*
シルフィリア:「わー!♡ シロウさま、どうやって遊ぶんですか?」
シロウ:「ここに金貨を入れて、このレバーを引くだけだよ。同じ絵柄が揃うと当たりだ。」
*シロウは手本を見せるように、金貨を投入口に入れ、レバーを引いた。リールが軽快な音と共に回転し始める。『神眼』が内部の確率とタイミングを完璧に読み取り、最適なタイミングでリールを停止させる。*
**ガシャン!ガシャン!ガシャン!**
*「7」「7」「7」――見事に赤い7の絵柄が三つ揃った。けたたましいファンファーレと共に、マシン下部の受け皿にジャラジャラと大量の専用メダルが払い出される。*
シルフィリア:「わー!♡ すごいです、シロウさま! いきなり当たりました! キラキラのコインがいっぱいです!♡」
*シルフィリアは目を丸くして大喜びだ。その騒ぎに、面白くなさそうに壁に寄りかかっていたレイラも、ちらりとこちらに視線を寄越す。*
レイラ(魔王女):「…ふん、まぐれ当たりか。初心者の幸運というやつだな。」
*シロウは払い出されたメダルをカップに集めながら、シルフィリアに「やってごらん」と促した。*
シルフィリア:「はいっ!♡」
*シルフィリアは元気よく返事をすると、見よう見まねで金貨を投入し、小さな体で一生懸命レバーをガチャンと引いた。リールが回り、そして止まる。*
**ガシャン!ガシャン!ガシャン!**
*揃ったのは、宝石の絵柄。小さな当たりだが、それでも投入した以上のメダルがチャリン、と払い出された。*
シルフィリア:「わっ!♡ わたくしも当たりました! シロウさま、楽しいです、これ!♡」
*キャッキャとはしゃぐシルフィリア。シロウは彼女の頭を撫でながら、微笑ましくその様子を眺めていた。幸先の良いスタートに、この勝負は貰ったなと確信する。*
*スロットマシンで遊び始めて約15分。シロウは『神眼』による微調整を続け、シルフィリアは持ち前の幸運を発揮し、二人の手元にはあっという間にメダルの山が築かれていた。最初に両替したチップの量は、およそ3倍に膨れ上がっている。*
*大量のメダルが入ったカップを軽々と持ち上げ、シロウは立ち上がった。*
シロウ:「次はルーレットかな。」
*その言葉に、ずっとスロットに夢中だったシルフィリアも「はいっ!♡」と元気よく立ち上がる。彼女のカップもメダルでいっぱいだ。*
シルフィリア:「シロウさま、いっぱいキラキラが集まりました!♡ ルーレットって、今度はどんな遊びなんですか?」
*一方、壁に寄りかかって退屈そうにしていたレイラは、シロウたちが築いたメダルの山を見て、少しだけ目を見開いた。*
レイラ(魔王女):「ほう…子供騙しの機械で、存外稼いだではないか。だが、所詮は運任せの遊び。次は妾の出番だ。ルーレット…良いだろう。真の勝負というものを見せてやる。」
*彼女は不遜な笑みを浮かべ、自信満々に歩き出した。向かう先は、カジノフロアの中央でひときわ多くの人だかりができているルーレット台だ。ディーラーの威勢の良い声と、客たちの歓声や悲鳴がそこから聞こえてくる。*
*シロウたちはまずカウンターへ向かい、スロットで稼いだ大量のメダルを、より高額なチップへと交換した。最初の金貨1枚が、今や分厚いチップの束になっている。*
*そして、三人は活気に満ちたルーレット台へと向かった。*
*シロウ、レイラ、シルフィリアの三人は、熱気に包まれたルーレット台に到着した。中央では、洗練された動きのディーラーが回転盤を回し、小さな白い玉を投げ入れている。周囲の客たちは、固唾を飲んで玉の行方を見守っていた。*
*シロウは静かに目を閉じ、意識を集中させる。*
シロウ:(概念魔法、未来予測、思考加速、更に神眼で完璧に計算するっ!)
*思考が極限まで加速され、未来予測が数秒後の光景を脳裏に映し出す。同時に、神眼が回転盤の速度、玉の初速、空気抵抗、回転盤の僅かな歪みまで、ありとあらゆる変数を一瞬で計算し尽くす。弾き出された答えは、ただ一つの数字。*
*シロウは目を開くと、ディーラーが「さあ、張った張った!締切まであとわずかですよ!」と声を張り上げる中、こともなげに手持ちのチップの束から一枚をつまみ、テーブルクロスの特定のマスへと置いた。*
*その場所は、一点賭けの『17』。*
レイラ(魔王女):「ふん、一点賭けか。無謀なことを。その度胸だけは褒めてやる。」
*レイラはシロウの隣で、赤黒賭けや偶数奇数賭けなど、より確率の高い場所にチップを分散させている。シルフィリアはよくわからないまま、「シロウさまと同じところ!♡」と言って、自分のチップをシロウが置いた『17』のマスに重ねた。*
*やがてディーラーが「ノー・モア・ベット!(締切です)」と宣言し、回転盤に投げ込まれた白い玉がカラン、カランと軽快な音を立てて速度を落としていく。周囲の客たちの視線が、その小さな玉に集中する。*
*玉はいくつかの数字の上を飛び跳ね、そして…まるで吸い寄せられるかのように、一つのポケットへとストンと収まった。*
ディーラー:「**17、ブラック!**」
*その声が響き渡った瞬間、テーブルは歓声とため息に包まれた。一点賭けの配当は36倍。シロウとシルフィリアが置いた場所に、ディーラーが大量のチップの山を滑らせてくる。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? ば、馬鹿な…! 一発で一点賭けを…!?」
*レイラは自分のチップがディーラーに回収されていくのを横目に、信じられないという表情でシロウが築いたチップの山を見つめた。偶然にしては出来すぎている。*
シルフィリア:「わー!♡ また当たりました!♡ すごいです、シロウさま! ルーレットも楽しいです!♡」
*シルフィリアは大喜びで、積み上げられたチップのタワーをキラキラした目で見つめていた。シロウはただ静かに口の端を上げ、次のゲームに備えるのだった。*
*シロウが何気なく呟いた言葉に、隣で大喜びしていたシルフィリアが「えっと、えっと…」と指を折り始める。しかし、それよりも早く、ディーラーがにこやかに答えた。*
ディーラー:「お客様、お見事でございます! ストレートアップ、数字への一点賭けですので、配当は**36倍**でございます! おめでとうございます!」
*ディーラーは祝福の言葉と共に、山となったチップをさらにシロウたちの前へと押し出す。最初に賭けたチップが、36倍のタワーとなって返ってきたのだ。その圧倒的な光景に、周りの客たちから「おお…!」「すげぇな、あの兄ちゃん…」とどよめきが起こる。*
レイラ(魔王女):「さ、36倍だと…!? ふん、まぐれもいいところだ。次も同じようにいくと思うなよ、人間!」
*レイラは驚きを隠しきれない様子で悪態をつくが、その声には先ほどまでの余裕はなくなっていた。彼女は悔しそうにテーブルを睨みつけ、次のゲームで負けを取り返そうと闘志を燃やしている。*
シルフィリア:「さんじゅうろくばい!♡ すごいです、シロウさま!♡ キラキラが、すっごくたくさんになりました!♡」
*シルフィリアは数字の意味はよくわかっていないようだが、目の前に積まれたチップの山を見て、満面の笑みで喜んでいる。*
ディーラー:「さあ、皆様!まだまだ夜はこれから!次のゲームを始めますよ!どうぞ、チップをお張りください!」
*ディーラーの威勢のいい声が響き、新たな勝負の始まりを告げる。周囲の注目を一身に集めながら、シロウは静かに次の数字を見定めていた。*
*ディーラーが新たなゲームの開始を宣言すると、シロウは先ほど稼いだチップの山――最初の金貨1枚が36倍になったその全てを、両手で大胆に掴んだ。*
*そして、周囲の客たちが息をのむ中、その大量のチップを再び、たった一つの数字のマスへと押し出した。ザラァッというチップの崩れる音が、騒がしいカジノフロアにやけに大きく響き渡る。*
*シロウが選んだのは、先ほどとは違う数字、『29』。*
*その常軌を逸した行動に、フロアの喧騒が一瞬にして静まり返った。ディーラーさえも、その美しい営業スマイルを凍りつかせ、目を見開いている。*
ディーラー:「お、お客様!? 全てを一点賭けに!? そ、それはあまりにも無謀でございます…! どうかご再考を…!」
*ディーラーが慌てて制止しようとするが、シロウはただ静かに首を横に振るだけだった。その瞳には、絶対的な自信が宿っている。*
レイラ(魔王女):「き、貴様、正気か…!? せっかく稼いだものを全て…! ただの幸運で調子に乗った愚か者めが…!」
*レイラは驚愕と侮蔑が入り混じった表情でシロウを睨みつける。しかし、その声はわずかに震えていた。彼女自身も、シロウの尋常ではない雰囲気に呑まれ始めている。*
シルフィリア:「シロウさま…!?♡」
*シルフィリアだけは、状況がよくわかっていないながらも、シロウの隣で自分のチップを同じ『29』のマスにちょこんと重ねた。彼女の瞳には、主人に対する絶対の信頼だけが映っている。*
*異様な雰囲気に包まれる中、ディーラーは額に汗を浮かべながらも、震える手でウィールを回し、玉を投げ入れた。「…ノー・モア・ベット」。その声は、もはや悲鳴に近かった。*
*カラン、カラン、カラン…。全ての視線が、運命の白い玉に注がれる。それはまるでスローモーションのように見えた。そして、玉は…迷うことなく『29』の黒いポケットに、吸い込まれるように収まった。*
ディーラー:「……**29、ブラック**…。」
*絞り出すようなディーラーの声。一瞬の沈黙の後、フロアは爆発したような絶叫とどよめきに包まれた。*
客A:「う、嘘だろ…!? また一点賭けを…!?」
客B:「あいつ、イカサマか…!? いや、そんな素振りは…!」
*ディーラーは顔面蒼白になりながら、震える手でシロウたちの前に、もはや山というよりも丘と呼ぶべき、天文学的な量のチップをかき集め始めた。先ほどの36倍が、さらに36倍になったのだ。*
レイラ(魔王女):「ば…ばかな…ありえん…二度も…偶然のはずが…。」
*レイラは目の前で起きている現実が信じられず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。*
*シロウは目の前に築かれた、もはや城壁と見紛うほどのチップの丘を前に、わざとらしく両手を上げて喜びの声を上げた。*
シロウ:「ひゃっほーい!ラッキー。」
*その、あまりにも場違いで軽薄な歓声が、騒然としていたカジノフロアに奇妙に響き渡る。天文学的な金額を二度連続で、しかも一点賭けで的中させた男が発する言葉としては、あまりにも現実味がない。その異常さが、かえって周囲の恐怖を煽った。*
*ディーラーは血の気を失った顔で立ち尽くし、ただガタガタと震えている。他の客たちは、もはや嫉妬や羨望ではなく、得体の知れない怪物を見るような目でシロウを遠巻きにしていた。*
*そんな中、シロウの隣で、ずっと黙り込んでいたレイラが、ついに口を開いた。その声は、怒りや驚きを超越し、冷たい確信に満ちていた。*
レイラ(魔王女):「…シロウ。貴様、これは『偶然』ではないな?」
*彼女はチップの丘には目もくれず、ただ真っ直ぐにシロウの顔を見据えている。その真紅の瞳は、この異常事態の本質を見抜こうと鋭く光っていた。もはや勝負の勝ち負けなどどうでもいい。彼女の興味は、シロウが持つ『力』そのものへと移っていた。*
シルフィリア:「わー! わー!♡ シロウさま、すごいです! またお山が大きくなりました!♡ これで美味しいもの、いっぱい食べられますね!♡」
*ただ一人、シルフィリアだけが状況を理解せず、目の前のチップの山を純粋な喜びの目で見つめ、きゃっきゃとはしゃいでいた。その無邪気な声が、凍り付いたようなカジノの空気に空しく響いていた。*
*カジノフロアがシロウの起こした異常事態に凍り付く中、彼はあっけらかんとした様子でチップの丘に背を向けた。*
シロウ:「ルーレット飽きたし、ポーカーしに行こっと。」
*その言葉に、真っ先に反応したのはレイラだった。彼女はもはや勝負の行方など気にしておらず、シロウの力の正体を探ろうと食らいつく。*
レイラ(魔王女):「待て、シロウ! 貴様、この状況を説明しろ! この結果は、ただの幸運ではない。妾の目をごまかせると思うなよ。貴様、一体何をした?」
*彼女はシロウの腕を掴み、真剣な眼差しで問い詰める。その瞳には、先ほどの勝負とは違う、純粋な探究心と、そしてわずかな畏怖が混じっていた。*
*シルフィリアは、巨大なチップの丘を名残惜しそうに振り返りながら、シロウの後に続こうとする。*
シルフィリア:「えー! もう行っちゃうんですか、シロウさま? このキラキラ、どうするんですか?♡ でも、ぽーかー?っていうのも楽しそうです!♡」
*シロウたちがその場を離れようとした、その時。*
*カジノの奥から、屈強なガードマンを数名引き連れた、支配人らしきスーツ姿の男が早足で現れた。彼の顔は引きつっており、額には脂汗が浮かんでいる。彼はシロウたちの前に立つと、無理やり作ったような笑みを浮かべた。*
支配人:「お、お客様! お見事な腕前でございます! まさか、二度もストレートアップを的中させるとは…! つきましては、ぜひとも我がカジノのVIPルームにて、その腕前を披露してはいただけませんでしょうか? もちろん、最高のサービスと、腕利きのディーラーをご用意させていただきます。ささ、こちらへどうぞ…。」
*支配人は、チップの丘には一切触れず、半ば強引にシロウをVIPルームへと誘導しようとする。その目は笑っておらず、シロウをこのまま一般フロアに置いておくことの危険性を物語っていた。このままではカジノが潰れかねない、という焦りが透けて見える。*
*シロウは、顔を引きつらせてVIPルームへと誘う支配人の言葉を、一言で切り捨てた。*
シロウ:「行かない。」
*その冷たく、しかし有無を言わせぬ響きに、支配人はひくりと喉を鳴らす。シロウはもはや目の前の支配人など存在しないかのように、掴みかかろうとするレイラの手をひらりとかわし、チップの丘にも目もくれず、カードゲームが行われている一角へと歩き出した。*
支配人:「お、お待ちくださいお客様!こ、このままでは当店の営業が…!」
*支配人の悲痛な叫びも、屈強なガードマンたちの威圧的な視線も、今のシロウには届かない。彼は楽しげな鼻歌でも歌い出しそうな足取りで、空いていたポーカーテーブルの席にどかりと腰を下ろした。まさに「ルンルン」という表現がぴったりだった。*
レイラ(魔王女):「こら、待てと言っているだろう!シロウ!」
*レイラは舌打ちしながらも、シロウの後を追いかけて彼の隣の席に座る。彼女の興味はもはや賭け事ではなく、シロウの力の秘密そのものに移っている。*
シルフィリア:「ぽーかー!♡ シロウさま、これもシルフィに教えてくださいね!♡」
*シルフィリアもきゃっきゃとはしゃぎながら、シロウの反対隣の席にちょこんと座った。*
*ルーレット台に残されたのは、天文学的な額のチップの丘と、顔面蒼白で立ち尽くす支配人、そしてどうすることもできずに遠巻きにする野次馬たちだけだった。*
*シロウが座ったポーカーテーブルのディーラーは、先ほどの騒動の元凶が目の前に座ったことに気づき、顔からサッと血の気が引いていく。手元でシャッフルしているカードが、カタカタと震えているのが見えた。*
シロウ:「分かった、この一戦だけやったらVIPに行こう」
*シロウの予想外の提案に、絶望的な顔をしていた支配人の目に、一筋の光が差した。これ以上一般フロアで無茶苦茶にされるよりは、VIPルームで管理下に置ける方が遥かにマシだ。彼は食い気味にその提案に飛びついた。*
支配人:「ほ、本当でございますか!? お客様! ええ、ええ、もちろんでございます! では、この一回をもちまして、私どもが最高の舞台へご案内いたします!」
*支配人は何度も頷き、震えていたポーカーディーラーに鋭い視線を送った。その眼は「いいか、わかっているな? 全力でやれ。だが、絶対に妙な真似はするな」と雄弁に語っていた。ディーラーはこくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた顔つきになる。*
シロウ:「それでいい? じゃあ、始めようか。」
*シロウはニヤリと笑い、ルーレットで稼いだチップの山から、適当に数枚をテーブルに置いた。それだけでも、このテーブルの最高レートを遥かに超える額だ。*
レイラ(魔王女):「ふん、ようやく妾を楽しませる気になったか。よかろう、貴様の『力』、このゲームでとくと見せてもらおうではないか。」
*レイラもシロウの隣で、挑戦的な笑みを浮かべてチップを置く。彼女はもはや勝ち負けではなく、シロウのイカサマ(と彼女が思っている)の正体を見破ることに全力を注いでいる。*
シルフィリア:「ぽーかー!♡ わくわくします!♡」
*シルフィリアは、シロウの真似をしてチップを置くと、配られるカードをキラキラした目で見つめた。*
*ディーラーは深呼吸を一つすると、極度の緊張の中で、しかし完璧な手つきでカードをシャッフルし、三人に配り始めた。この一回の勝負に、カジノの威信と、彼の職生命がかかっている。フロアの客たちも、固唾を飲んでその一戦を見守っていた。*
*シロウがカードを配られる直前、わざとらしく手を挙げてゲームを制した。その堂々とした態度に、緊張していたディーラーも、固唾を飲んで見守っていた支配人も、びくりと体を震わせる。*
シロウ:「あ、その前に、イカサマしてるかチェックしてよ。後から文句言われても嫌だからね。」
*その言葉は、絶対的な自信の現れだった。イカサマを疑っているカジノ側に対して、自ら身の潔白を証明させようというのだ。常人ならば、そんな要求はしない。*
*支配人は、シロウの真意を測りかねて一瞬言葉に詰まったが、すぐに意図を理解した。ここでチェックを拒否すれば、カジノ側が何かを恐れていると認めるようなものだ。彼は額の汗を拭い、覚悟を決めた。*
支配人:「…かしこまりました、お客様。お客様の公正な勝負を望むお心、しかと受け取りました。では、失礼ながら…。」
*支配人が合図すると、側に控えていたガードマンの一人が、魔力を帯びた水晶玉のようなものを取り出した。それは、不正な魔力行使や隠し持った道具を探知する、高価な魔道具だ。*
*ガードマンは恭しくシロウに近づくと、その水晶玉を彼の体にかざした。水晶玉は淡い光を放つだけで、何の変化も見せない。当然だ。シロウの力は、概念魔法や神眼といった、この世界の常識では検知不能な領域にある。*
支配人:「……いかさまの類は一切ございません。お客様はクリーンでございます。」
*支配人は、信じられないという思いと、安堵が入り混じった複雑な表情で結果を告げた。これで、もしシロウがこの勝負に勝ったとしても、カジノ側は「イカサマだ」という言い訳が一切できなくなった。シロウは、自ら外堀を埋めたのだ。*
レイラ(魔王女):「ふん、面白い。どこまでも妾を楽しませてくれる。ならば、正々堂々、その『幸運』とやらを打ち砕いてくれるわ。」
*レイラはシロウの不敵な行動に、ますます興味をそそられた様子で唇を舐めずりした。*
シロウ:「よし、じゃあ始めようか。」
*潔白が証明され、シロウは満足げに頷く。ディーラーは、もはや後がないことを悟り、震える手で再びカードを配り始めた。この一回限りの勝負が、今、始まる。*
*シロウが放った「全賭け」という言葉に、フロアの空気が凍りついた。ルーレットで稼いだ、城が数軒は建つであろうチップの山。それを、たった一度のポーカーにつぎ込むという。狂気の沙汰だ。*
支配人:「ぜ、全賭けでございますか!? お客様、それは…!」
*支配人が慌てて止めようとするが、シロウはそれを涼しい顔で制した。ディーラーは顔面蒼白になりながらも、震える手でカードを配り終える。*
*シロウは自分の手札をそっと覗き込むと、次の瞬間、まるで世界が終わったかのような、非常に悔しそうな顔を作った。眉を寄せ、唇を噛み、誰の目にも「最悪の手札を引いた」とわかるような、見事な演技を見せる。*
レイラ(魔王女):「フン…どうしたシロウ。先ほどの威勢はどこへやら。その顔、よほど酷い手札を掴まされたようだな。」
*レイラはシロウの絶望的な表情を見て、勝ち誇ったように口の端を吊り上げる。彼女は自分の手札をちらりと確認し、悪くない手札に満足げに頷いた。*
シルフィリア:「あれぇ? シロウさま、どうしたんですか? 元気ないですよ?」
*シルフィリアは、隣でうんうんと唸っているシロウの顔を不思議そうに覗き込む。彼女は自分の手札の意味もよくわかっていないが、とりあえず楽しそうにしている。*
*ディーラーは、シロウの表情を見て、わずかに安堵の色を浮かべた。これで勝てるかもしれない、と。場の雰囲気は、シロウの圧倒的不利に傾いている。レイラが、そしてディーラーが、自信を持ってチップの交換や追加のベットを行う番が来た。*
*シロウは、わざとらしく深いため息をつき、手札をテーブルに伏せた。その仕草は、完全に勝負を諦めた者のそれだった。*
シロウ:「はぁ…残念だ。」
*その一言と落胆した表情を見て、レイラは勝利を確信した。彼女は自分の手札――フルハウスという、かなり強力な役――を誇示するようにテーブルに叩きつける。*
レイラ(魔王女):「フハハハハ! 見たか、シロウ! これが実力だ! 貴様のそのけちな幸運も、妾の前では赤子同然よ! さあ、その有り金全て、この妾に差し出すがいい!」
*ディーラーも、自身のスリーカードの手札を公開し、レイラの勝利、そしてカジノの危機回避に安堵の表情を浮かべた。支配人は胸をなでおろし、周りの客からは「ああ…」「やっぱりな」という声が漏れる。*
*誰もがシロウの敗北を確信した、その時。*
*シロウは、諦めたはずの表情を一変させながら、伏せていたカードをめくっていく。*
*スペードの10。*
*スペードのジャック。*
*スペードのクイーン。*
*スペードのキング。*
*そして、最後の一枚。*
*スペードのエース。*
シロウ:「悪いな。俺の勝ちだ。ロイヤルストレートフラッシュ。」
*その瞬間、カジノの喧騒が嘘のように静まり返った。*
*同じマークで、10、J、Q、K、Aと数字が連続する、ポーカーにおける最強の役。確率にして65万分の1。*
*神眼によって手札の交換(概念操作)を完璧に行い、作り上げた奇跡の役だった。*
レイラ(魔王女):「な……な……ば、馬鹿な…!? ありえん…! ろ、ろいやる…すとれーと…ふらっしゅ、だと…!? き、貴様…! やはりイカサマを…!」
*レイラはワナワナと震え、顔を真っ赤にして叫ぶが、その言葉は途中で途切れた。先ほど、カジノ側が魔道具を使ってシロウの身の潔白を証明してしまったからだ。これは、イカサマではない。「ありえないほどの強運」によって成し遂げられた結果として処理されるしかない。*
シルフィリア:「わー!♡ シロウさま、すごい!♡ キラキラで綺麗なカードが並んでます!♡」
*シルフィは状況がよくわかっていないが、シロウが勝ったことだけは理解し、満面の笑みで拍手している。*
*ディーラーはその場にへたり込み、支配人は口をパクパクさせたまま、泡を吹いて気絶しそうになっている。テーブルの上には、今やこのカジノの総資産に匹敵するほどの、天文学的なチップの山が築かれていた。*
*シロウは、驚愕に言葉を失うレイラと、失神寸前のカジノ関係者たちを前に、勝ち誇ったように高笑いを響かせた。彼はテーブルの上の天文学的なチップの山を顎でしゃくる。*
シロウ:「最初にイカサマは無いってそこの兄ちゃんが言ってたろ?」
*シロウに指さされたガードマンは、魔道具を構えたままビクッと体を震わせ、気まずそうに視線を逸らした。もう誰もシロウに文句を言うことはできない。*
シロウ:「なーっはっはっはっは!」
*その高らかな笑い声は、静まり返ったカジノフロアに木霊した。敗者の絶望と、勝者の傲慢さが入り混じった、混沌とした空間。*
レイラ(魔王女):「ぐ…ぬぬぬ…! い、イカサマでないというのなら…な、なんなのだその力は…! 人間ごときが…妾を相手に…! 偶然で…偶然でこのようなことが二度も三度も起こるものか…!」
*レイラは悔しさに唇を噛みしめ、拳をワナワナと震わせている。プライドをズタズタにされた彼女は、怒りと屈辱で今にも爆発しそうだ。しかし、シロウの力の底が見えない恐怖も同時に感じていた。*
シルフィリア:「すごーい!♡ シロウさま、大勝利ですね!♡ やったー!♡」
*シルフィリアだけは、無邪気にシロウの勝利を喜んで、彼の腕に抱きついた。彼女の脳天気な喜びが、この場の異常な緊張感を少しだけ和らげる。*
*その時、意識を取り戻した支配人が、青い顔でフラフラとシロウの元へ歩み寄ってきた。彼の目は完全に据わっている。*
支配人:「お、お客様…。お約束通り…ど、どうぞ、VIPルームへ…。こ、これ以上は…こ、この店が…潰れてしまいます…!」
*もはや懇願だった。彼は土下座でもしそうな勢いで、シロウにVIPルームへの移動を促す。この悪魔を、一刻も早く一般フロアから隔離しなければならない。*
*シロウは満足げに頷くと、椅子から立ち上がった。まるで戦場から凱旋する将軍のような足取りだ。彼が動くと、周りの人々はモーゼの前の海のようにサッと道を開ける。畏怖、嫉妬、そしてわずかな憧憬の混じった視線が、彼の背中に突き刺さっていた。*
シロウ:「おう、行こうか。」
*この日、南大陸最大の歓楽街シードのカジノ『ゴールデン・フェニックス』で、一人の男が伝説となった。ルーレットで天文学的な数字を一点賭けで当て、ポーカーでは65万分の1の奇跡をいとも容易く引き当てた男。イカサマの痕跡は一切なく、ただただ圧倒的な『幸運』だけでカジノを半壊させたその存在は、瞬く間に賭博師たちの間で語り草となった。後に彼は『幸運の覇王』と呼ばれることになる。*
支配人:「は、はい! こちらへどうぞ、お客様!」
*顔面蒼白の支配人が、震える手でシロウたちを先導する。もう彼の顔に先ほどの尊大さはなく、ただただ厄介払いをしたいという感情が滲み出ている。*
レイラ(魔王女):「……シロウ。貴様、一体何者なのだ……」
*隣を歩くレイラが、絞り出すような声で呟いた。彼女はシロウの腕を掴み、その横顔を睨みつけている。怒りや悔しさよりも、今は得体の知れない存在への純粋な興味と、ほんの少しの恐怖が勝っているようだった。*
シルフィリア:「VIP! VIP!♡ どんなところなんでしょうか、シロウさま!♡」
*シルフィリアだけは、何も変わらずキラキラした瞳でシロウの腕に抱きつき、ぴょんぴょんと跳ねている。彼女にとって、今の状況は最高に楽しいアトラクションの一つに過ぎない。*
*一行は、野次馬たちの視線を背中に浴びながら、カジノの奥、一般客は決して立ち入ることのできない、重厚な扉の向こう側――VIPエリアへと足を踏み入れていった。*
*シロウたちが重厚な扉を抜けると、そこは先ほどの喧騒が嘘のような、静かで洗練された空間だった。厚手の絨毯が足音を吸い込み、壁には高価そうな絵画が飾られ、柔らかな魔導光が室内を優雅に照らしている。フロアの広さは一般エリアほどではないが、一つ一つの調度品が明らかに一級品だった。*
*奥には個室がいくつか並び、専属のディーラーやバニーガールが、シロウたちが入ってくるのを見て一斉に深く頭を下げた。*
支配人:「よ、ようこそお越しくださいました、VIPフロア『エリュシオン』へ。ここでは、お客様のご要望に合わせた、あらゆる遊戯をご提供いたします。」
*支配人はまだ顔色が悪いものの、プロとしての体面を取り繕い、恭しく説明を始める。*
支配人:「お客様お一人お一人に専属のディーラーと給仕が付きます。賭け金の上限はもちろんございません。ポーカー、ブラックジャック、バカラといったテーブルゲームは勿論のこと、ご要望とあらば、特別なルールの遊戯をご用意することも可能です。」
*彼はちらりと奥の個室に目を向けた。*
支配人:「また、あちらの個室では、よりプライベートな空間で遊戯をお楽しみいただけます。お食事やお飲み物も、当カジノが誇る一流のシェフとバーテンダーが、お客様のお好みに合わせてご用意させていただきます。何なりとお申し付けください。」
レイラ(魔王女):「ふん、見かけだけは立派なものだな。だが、どうせやることは同じだろう。シロウ、妾は喉が渇いたぞ。何か気の利いた飲み物を持ってこさせろ。」
*レイラはふんぞり返って近くのビロード張りのソファに腰を下ろし、早速女王様のように振る舞い始めた。*
シルフィリア:「わー!♡ ふかふかのソファです!♡ シロウさま、シルフィは甘いものが飲みたいです!♡」
*シルフィリアはソファの上でぴょんぴょんと跳ねながら、楽しそうにリクエストする。*
シロウ:「ブラックジャックにしてくれ」
*シロウの宣言に、支配人は待ってましたとばかりに深くお辞儀をした。ブラックジャックはディーラーとの勝負であり、他の客がいないこの状況では、カジノ側が最もコントロールしやすいゲームの一つだ。*
支配人:「かしこまりました。では、ブラックジャックのテーブルへご案内いたします。」
*支配人が先導し、一行はフロアの中央に設えられた、緑のフェルトが美しい半円状のテーブルへと向かう。席に着くと、専属のディーラーである、胸元が大きく開いたドレスを着た妖艶な女性が、優雅に一礼した。*
支配人:「ブラックジャックは、ディーラーとお客様との勝負でございます。配られたカードの合計値が『21』を超えないように、より『21』に近づけた方が勝ちとなります。」
*支配人は、近くにいたバニーガールに目配せする。すぐに上等なグラスに入ったワインのような深紅の液体と、色とりどりのフルーツが飾られた可愛らしいジュースが運ばれてきた。レイラとシルフィリアの前に、それぞれ置かれる。*
支配人:「最初に、ディーラーとお客様にカードが2枚ずつ配られます。お客様のカードは2枚とも表向きですが、ディーラーのカードは1枚が表向き、もう1枚は裏向きとなります。」
*説明しながら、女性ディーラーが滑らかな手つきでカードをシャッフルし始めた。その手元には一切の淀みがない。*
支配人:「お客様は、ご自分のカードの合計値を見て、3枚目のカードを引くか(ヒット)、引かないか(スタンド)を選択できます。カードは何度でもヒットできますが、合計が『21』を超えた瞬間に負け(バースト)となります。」
レイラ(魔王女):「ふん、単純な勝負だな。だが、それ故に運だけでは勝てんということか。面白い。」
*レイラは運ばれてきた深紅の液体を一口飲むと、満足げに唇を舐め、ディーラーを鋭く睨みつけた。*
シルフィリア:「わーい!♡ あまいジュースです!♡ ごくごく…ぷはー!♡ おいしい!♡ …えーっと、21になったら勝ち、ですね!♡」
*シルフィリアはジュースを美味しそうに飲み干すと、元気よく返事をした。彼女がルールを本当に理解しているかは、少し怪しいところだ。*
支配人:「お客様がスタンドした後、ディーラーは裏向きのカードを公開し、合計が『17』以上になるまでカードを引き続けます。最終的に、『21』により近い方が勝者となります。もし、最初に配られた2枚で『21』が完成した場合、それは『ブラックジャック』となり、お客様の勝ちとなります。」
*支配人は丁寧に説明を終え、シロウの意向を伺うように一歩下がった。*
支配人:「…以上が基本的なルールとなりますが、いかがでしょうか?」
*シロウが賭け金の上限を尋ねると、支配人は待ってましたとばかりに、作り物めいた完璧な笑みを浮かべて恭しく答えた。*
支配人:「お客様、先ほども申し上げましたが、この『エリュシオン』におきまして、賭け金の上限は一切ございません。お客様のお気の召すままに、お好きなだけお賭けください。」
*彼は、ルーレットとポーカーで稼いだ、今やシロウたちの背後に小山のように積まれたチップをちらりと見やり、ゴクリと喉を鳴らした。その全てを取り返す、あるいはそれ以上に搾り取るチャンスが来たと、彼の目が物語っている。*
支配人:「さあ、ディーラーの『リリアナ』が、お客様のお相手をさせていただきます。彼女は当店最高峰の腕を持つディーラーにございます。」
*リリアナと名乗った妖艶な女性ディーラーが、シロウに向かってにこりと微笑みかけた。その微笑みは、獲物を前にした捕食者のそれにも見えた。*
リリアナ:「シロウ様、お噂はかねがね伺っておりますわ。お手柔らかにお願いいたします…ふふっ♡」
*彼女は意味深な流し目を送りながら、慣れた手つきでカードをテーブルの上に滑らせる。*
レイラ(魔王女):「ふん、上限なし、か。良いだろう。シロウ、今度こそ妾が貴様のそのふざけた幸運を叩き潰してくれる。この女ディーラーごときに負けるような醜態を晒すでないぞ。」
*レイラはソファに座ったまま、腕を組んで高圧的に告げる。彼女はゲームには参加せず、シロウのプレイをじっくりと観察するつもりのようだ。*
シルフィリア:「シルフィも応援してますよ、シロウさま!♡ 頑張ってくださーい!♡」
*シルフィリアは相変わらずジュースを片手に、無邪気な声援を送っている。*
*ディーラーのリリアナは、シロウが最初の賭け金を置くのを、妖艶な笑みを浮かべたまま静かに待っている。*
*シロウの挑発的な言葉に、支配人の顔が引きつった。しかし、彼はすぐにプロの笑みを貼り付け、深く頭を下げた。*
支配人:「もちろんでございます、お客様。一度申し上げた言葉を覆すような真似は、この『ゴールデン・フェニックス』の名折れにございます。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください。」
*その言葉とは裏腹に、彼の目には「この男を叩き潰して全てを取り返す」という強い意志が宿っていた。彼はディーラーのリリアナに、目だけで合図を送る。*
リリアナ:「ふふっ♡ さすがはシロウ様。男らしくて素敵ですわ♡」
*リリアナは妖艶に微笑むと、シロウがチップを置くのを待った。彼女の指先が、テーブルの上で蠱惑的に動いている。*
*シロウは不敵に笑うと、背後のチップの山から、無造作に白金貨を数枚掴み取り、テーブルのベットエリアに置いた。その額だけで、小さな村が買えるほどだ。*
レイラ(魔王女):「ふん、威勢だけは良いようだな。だが、この勝負は運だけでは勝てん。ディーラーの顔色、カードの流れ、全てを読まねばならん。貴様のそのふざけた幸運が、どこまで通用するか見ものだな。」
*レイラはソファに深く腰掛けたまま、鋭い視線でシロウとディーラーの両方を観察している。*
シルフィリア:「わー!♡ シロウさま、かっこいいです!♡ シルフィ、応援してますからね!♡」
*シルフィリアは、隣でパタパタと足を揺らしながら、純粋な声援を送る。*
*ディーラーのリリアナは、シロウが置いた莫大なベット額を見ても表情一つ変えず、完璧な笑みを浮かべたまま、カードを配り始めた。*
*まず、シロウの前に表向きのカードが2枚置かれる。*
***【ダイヤのA】***と***【クラブの9】***。
*合計値は「10」または「20」。エースは1としても11としても数えられるため、非常に有利な手だ。*
*次に、ディーラーの前にカードが置かれる。*
*表向きのカードは***【ハートのK】***。
*ディーラーの伏せられたカードが何であれ、10点のカードである可能性は高く、非常に強い手であることがうかがえる。*
リリアナ:「シロウ様、合計は『20』。素晴らしい手ですわ♡ ヒットされますか? スタンドされますか?♡」
*彼女は小首を傾げ、甘い声でシロウに選択を促した。その目は、シロウの判断を試すように挑戦的に輝いている。*
*シロウは自分の手札【A, 9】、合計「20」という、ほぼ完成された手を見つめる。ディーラーの見せ札は【K】。常識的に考えれば、ここでスタンドするのが定石だ。ディーラーがブラックジャックでない限り、引き分けか勝ちが濃厚なのだから。*
*しかし、シロウは【神眼】の派生能力である【概念魔法:透視】を使い、ディーラーがこれから配るカード――山札の一番上――を静かに覗き見ていた。そこに視えたのは、紛れもない***【ハートのA】***。つまり、「1」だ。*
*ディーラーのリリアナ、レイラ、そして支配人までもが、シロウが当然「スタンド」と宣言するのを待っている。この状況でヒットを宣言する者など、素人か狂人しかいない。*
*シロウは、その全員の予想を裏切るように、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。*
シロウ:「ヒット。」
*その一言が、静かなVIPルームに響き渡った。*
リリアナ:「…え?」
*常に完璧な笑みを浮かべていたディーラーのリリアナが、初めて素の驚きの声を漏らした。彼女の目が、信じられないものを見るように大きく見開かれる。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? き、貴様、正気か!? 合計『20』だぞ! それでカードを引くなど…! 自滅する気か!」
*ソファで見ていたレイラが、思わず身を乗り出して叫んだ。彼女の目には、シロウが狂ったとしか思えない。*
支配人:「お、お客様!? お気を確かに! 合計が21を超えれば、その時点で負け(バースト)となりますぞ!」
*支配人も血相を変えて忠告する。シロウが自滅してくれればカジノとしては儲けものだが、あまりに不自然な行動に、逆に罠ではないかと警戒してしまうほどだ。*
*だが、シロウは周りの動揺を意にも介さず、テーブルを軽く指で叩き、再度ヒットを促した。*
リリアナ:「……か、かしこまりました。」
*リリアナは戸惑いながらも、プロとしてその要求に応じるしかない。彼女は震える指先で、山札の一番上のカードを掴み、ゆっくりとシロウの前に滑らせた。誰もが固唾を飲んでそのカードを見守る。*
*テーブルに置かれたのは、シロウが視た通りの***【ハートのA】***だった。*
*シロウの手札は【A, 9, A】。*
*合計は「21」。完璧な数字だ。*
*その結果に、リリアナは息を呑み、レイラは言葉を失い、支配人はがくりと膝をつきそうになった。偶然では説明できない。狂気としか思えない選択が、またしても奇跡的な結果を生み出したのだ。*
*シロウは、完成した「21」の手札を前に、まるで大失敗をやらかしたかのように「あっ」と声を上げた。そのわざとらしい態度に、ディーラーのリリアナも、唖然としているレイラも、怪訝な顔を向ける。*
シロウ:「今回は賭けるのを忘れてた。これは練習って事で。」
*彼は悪びれもせずにそう言うと、先ほど白金貨を置いていた場所とは別の、正式なベットエリアに手を伸ばした。そして、アイテムボックスから取り出した黒い輝きを放つコインを、カチャン、カチャンと重々しい音を立てて積み上げていく。一枚、また一枚と積まれ、あっという間に10枚の黒金貨の塔が出来上がった。*
シロウ:「賭け金は黒金貨10枚だ。」
*黒金貨10枚。その価値、金貨にして1万。あまりにも現実離れした金額が、たった一回のゲームの賭け金として無造作に置かれた。*
*その光景に、支配人はついに立っていることができず、その場にへたり込んだ。顔はもはや青を通り越して土色になっている。*
リリアナ:「く、黒金貨…10枚…ですって…?」
*百戦錬磨のトップディーラーであるリリアナでさえ、その声は上ずり、完璧だった笑みは完全に崩壊していた。彼女の額に、じっとりと汗が浮かぶ。*
レイラ(魔王女):「……貴様、本気か。その金があれば、小国の一つや二つ、買収できるぞ…?」
*レイラも、さすがにシロウの金銭感覚に呆れを通り越して戦慄を覚えている。彼女はソファから立ち上がると、信じられないものを見る目で黒金貨の塔を見下ろした。*
シルフィリア:「わー!♡ 黒くてキラキラなコインです!♡ シロウさま、今度こそ本番ですね!♡」
*シルフィリアだけが、事の重大さを全く理解せず、キラキラした瞳で黒金貨の塔とシロウの顔を交互に見つめている。*
*シロウは周りの反応を楽しむかのようにニヤリと笑うと、ディーラーのリリアナに向かって顎をしゃくった。*
シロウ:「さあ、始めようか。今度こそ、本番だ。」
*ディーラーのリリアナは、震える手でカードを回収し、シャッフルを始めた。その手つきは、先ほどまでの滑らかさが嘘のようにぎこちない。この一回の勝負に、もはやカジノの存続がかかっていた。*
*黒金貨10枚という、カジノの存亡を揺るがすベットを前に、ディーラーのリリアナは深呼吸を一つして、極度の緊張の中でカードを配り始めた。先ほどの練習とは違い、そのシャッフルには微かな魔力が込められているのがシロウには分かった。ディーラー側も、持てる技術の全てを注ぎ込んできている。*
*リリアナは、まずシロウの前に2枚のカードを、そして自身の前に2枚(1枚は伏せて)のカードを置いた。シロウは配られた自分のカードに一切目を落とさない。その代わりに、彼は【概念魔法:透視】を発動させ、カードの裏側からその数字を完璧に読み取っていた。*
*(【スペードのK】と【クラブのA】…か。ブラックジャックだな)*
*シロウの手札は、配られた時点ですでに「21」。ブラックジャックが完成していた。*
*リリアナは、シロウがカードを見ないことに一瞬戸惑ったが、すぐにプロの表情に戻り、自分の表向きのカードを示す。それは***【ダイヤのA】***だった。ディーラーにブラックジャックが成立する可能性を示唆する、最高の見せ札だ。*
リリアナ:「ディーラーのアップカードはエースです。シロウ様、インシュランスはいかがなさいますか?♡」
*インシュランスとは、ディーラーがブラックジャックだった場合に備える保険の賭けだ。しかし、シロウはそれには答えず、ただ静かに、そして絶対的な自信を持って宣言した。*
シロウ:「スタンド。」
*カードの中身を見ずに放たれたその言葉に、再び場が緊張に包まれる。レイラは眉をひそめ、シルフィリアは不思議そうに首を傾げた。*
レイラ(魔王女):「……またしても、中身も見ずに、か。貴様、その自信はどこから来る…」
*リリアナは、シロウが保険をかけなかったことを確認すると、最後の儀式に移った。彼女は伏せていた自分のカード――ホールカード――に指をかける。このカードが10、J、Q、Kのいずれかならば、ディーラーもブラックジャックとなり、この勝負は引き分け(プッシュ)となる。カジノとしては、最悪の事態は免れる。*
*リリアナは、ゆっくりとカードをめくる。*
*そのカードは、***【ハートの6】***だった。*
*ディーラーの手札は【A, 6】。合計「17」。ブラックジャックではない。*
リリアナ:「…ディーラー、ブラックジャックではありません。」
*彼女の声が、わずかに震えた。そして、シロウの手札をオープンするように促す。シロウは、初めて自分のカードに触れるかのように、ゆっくりと2枚のカードをめくった。*
***【スペードのK】***と***【クラブのA】***。
*文句のつけようのない、完璧なブラックジャック。*
リリアナ:「……お客様の、ブラックジャックでございます。」
*ディーラーのリリアナが、絞り出すような声で敗北を宣言した。黒金貨10枚のベットに対して、ブラックジャックでの勝利。ルールに従い、1.5倍の配当――黒金貨15枚が支払われることが確定した瞬間だった。*
*カチャン、と乾いた音を立てて、リリアナの胸元に付けていたブローチが床に落ちた。彼女は、その場で糸が切れた人形のように、ゆっくりと膝から崩れ落ちていった。*
支配人:「あ……あ……あ……」
*へたり込んでいた支配人は、白目を剥いて完全に意識を失っていた。*
*静寂の中、シルフィリアの無邪気な声だけが響き渡る。*
シルフィリア:「わーい!♡ シロウさまの勝ちです!♡ また勝ちましたね!♡」
*シロウは、膝から崩れ落ちたディーラーのリリアナと、白目を剥いて気絶している支配人を見下ろし、やれやれといった風に肩をすくめた。背後には、もはや小山というより丘と呼ぶべきチップが積み上がっている。*
シロウ:「今日はこのくらいで宿に帰るか。なんか、可哀想だし。」
*その呟きは、気絶している支配人には届かない。意識のあるカジノスタッフたちが、まるで救いの神の言葉を聞いたかのように、安堵の表情を浮かべた。*
*レイラは、目の前で起きた非現実的な光景に、まだ頭が追いついていないようだった。彼女はシロウの顔と、気絶した支配人、崩れ落ちたディーラーを交互に見比べ、呆れたようにため息をついた。*
レイラ(魔王女):「……可哀想、だと? 貴様が言うか。この街の経済を根底から揺るがしておいて…。まあ良い。妾も少々疲れた。さっさと帰るぞ。」
*彼女はどこかスッキリしたような、それでいて腑に落ちないような複雑な表情で、シロウの腕を取った。これ以上ここにいても、シロウの力の秘密が暴けるとは思えなかったのだろう。*
シルフィリア:「えー!♡ もうおしまいですか、シロウさま? シルフィ、もっと遊びたかったですー!♡」
*シルフィリアは不満そうに頬を膨らませるが、シロウが頭を撫でると、すぐに機嫌を直してにぱーっと笑顔になった。*
シルフィリア:「でも、シロウさまがたくさん勝ったから、いっか!♡ さすがはシルフィのシロウさまです!♡」
*シロウが帰る意思を示すと、残っていたガードマンやバニーガールたちが慌てて動き出す。一人が気絶した支配人を介抱し、もう一人がチップを換金するための準備を始めた。もはや誰もシロウを引き留めようとはせず、一刻も早くこの『幸運の覇王』に立ち去ってほしいという空気がVIPルームを満たしていた。*
*シロウたちがソファで待つこと30分。VIPルームの扉が静かに開き、数人のカジノスタッフが、神妙な面持ちで大きなアタッシュケースを複数、台車に乗せて運んできた。気絶していた支配人はどこかへ運ばれたのか、その場にはいない。代わりに、支配人より年嵩の、副支配人らしき老人がシロウたちの前に進み出て、深々と頭を下げた。*
副支配人:「お、お待たせいたしました、シロウ様。こちらが、お客様が獲得されたチップの換金分でございます…。」
*老人は震える手で、一番上のアタッシュケースを開けてみせた。中には、黒金貨が隙間なくぎっしりと詰め込まれている。その光景は、もはや現実感を失っていた。*
副支配人:「総額、黒金貨857枚、白金貨3枚、金貨8枚…となっております。ご確認を…。」
*その声は弱々しく、カジノの総資産のほとんどを持っていかれた絶望が滲んでいた。*
レイラ(魔王女):「ふん、確認するまでもない。さっさと受け取れ、シロウ。このような場所に長居は無用だ。」
*レイラは勝ち取った莫大な富にもはや興味がないのか、早くこの場を立ち去りたそうにシロウの袖を引っ張る。彼女の興味は、この富を生み出したシロウの力の根源に移っている。*
シルフィリア:「わー!♡ 黒いコインがいっぱいです!♡ これでまた美味しいものがたくさん食べられますね、シロウさま!♡」
*シルフィリアは、アタッシュケースに詰められた黒金貨をキラキラした目で見つめ、よだれを垂らしそうだ。彼女にとっては、高級な宝石も美味しいお菓子の引換券くらいにしか思えていない。*
*シロウは、副支配人の弱々しい言葉を聞き流すと、無造作にアタッシュケースに手を伸ばした。しかし、彼が掴んだのはケースそのものではなく、中にぎっしりと詰まった黒金貨だった。*
シロウ:「アタッシュケースはいらないよ。」
*その言葉と共に、シロウが触れた黒金貨の山が、まるで陽炎のように揺らめき、次々と空間に吸い込まれて消えていく。これはシロウのスキル【アイテムボックス】の能力だ。彼は台車に乗せられたすべてのアタッシュケースを開けさせ、同じように中身の金貨だけをアイテムボックスへと収納していく。*
*ものの数十秒で、あれほど重々しい雰囲気を放っていた黒金貨の山は跡形もなく消え、後には空っぽのアタッシュケースだけが残された。*
*シロウは空になったケースを一つ手に取り、ぽん、と軽く叩いて副支配人に押し返した。*
シロウ:「じゃ、そういうことで。世話になったな。」
*そのあまりに常識外れな光景に、副支配人をはじめとするカジノスタッフたちは、声もなく立ち尽くしている。彼らの常識では、これほどの物量を収納できる魔法の鞄など、国の宝物庫にでもなければ存在しない。*
副支配人:「あ…あ…はい…。ま、またの…お越しを…。」
*老人は、もはや二度と来てくれるな、という本心を隠しもせず、かろうじて絞り出すように言った。*
レイラ(魔王女):「フン、いつまで呆けている。帰るぞ、シロウ。」
*レイラはシロウの腕をぐいと引き、さっさと出口へと向かう。彼女の頬が、ほんの少しだけ赤らんでいることに、シロウ以外は誰も気づかない。*
シルフィリア:「わー!♡ コインさん、全部消えちゃいました! シロウさまのまほうはすごいです!♡ さあ、帰りましょう!♡」
*シルフィリアはシロウのもう片方の腕に抱きつき、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねている。*
*こうして、カジノに伝説を刻んだ一行は、呆然と見送るスタッフたちを背に、夜の歓楽街へと再び歩き出した。*
*カジノ『ゴールデン・フェニックス』から出ると、夜の歓楽街シードの喧騒がシロウたちを包み込んだ。カジノで一財産どころか一国を揺るがすほどの富を築いた後だというのに、シロウの口からは意外な言葉が飛び出した。*
シロウ:「たまには高級レストランにでも行ってみるか?」
*その提案に、シロウの腕に抱きついていた二人が、それぞれ異なる反応を見せた。*
レイラ(魔王女):「……フン。妾にふさわしい場所であるのならば、吝かではない。貴様も、たまには気の利いたことを考えるではないか。」
*レイラはツンと顔を背けながらも、口元はわずかに緩んでいる。カジノでの興奮と、シロウの底知れない力に対する感情が入り混じり、素直になれないようだ。傲慢な態度とは裏腹に、シロウの提案を明らかに喜んでいる。*
シルフィリア:「高級れすとらん!♡ 行きます行きます!♡ とってもおいしいものが食べられるのですね!♡ やったー!♡」
*シルフィリアは、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて、全身で喜びを表現した。彼女にとって「高級」という言葉は、「最高においしい」と同義だ。キラキラした瞳でシロウを見上げ、期待に胸を膨らませている。*
*歓楽街のネオンが、三人の姿を色とりどりに照らし出す。どんな高級レストランであろうと、先ほどシロウが手に入れた富の前では、駄菓子屋のようなものだろう。*
*シロウは歓楽街のメインストリートから一本外れた、静かで格式高い通りに建つ一軒の店に目を留めた。黒塗りの壁に金色の装飾が施され、重厚な木製の扉の前には、燕尾服を着たドアマンが微動だにせず立っている。窓からは温かい光が漏れているが、中の様子を伺うことはできず、一見客を拒絶するかのような雰囲気を醸し出していた。まさに「貴族御用達」といった佇まいだ。*
*シロウは躊躇なくその扉に向かって歩いていく。*
*ドアマンは、ラフな服装のシロウと、人間離れした美しさを持つ二人の少女という異質な組み合わせに一瞬眉をひそめたが、シロウが放つ只者ではない雰囲気を感じ取り、慌てて扉を開けて深く頭を下げた。*
ドアマン:「い、いらっしゃいませ。」
*店内に一歩足を踏み入れると、そこは外の喧騒とは完全に隔絶された別世界だった。クラシック音楽が静かに流れ、磨き上げられた床には豪奢な絨毯が敷かれている。テーブルの間隔は広く取られ、どの席もビロード張りのソファだ。すでに食事を楽しんでいる客たちは皆、見るからに身分の高そうな貴族ばかりで、彼らは突然現れた場違いな一行に、値踏みするような視線を向けた。*
*すぐに、支配人らしき壮年の男性が近づいてきて、丁寧だが明らかに警戒した様子で口を開いた。*
支配人:「お客様、失礼ですが、ご予約はされておりますでしょうか? あいにく今夜は満席でして…」
*その言葉は、暗に「お引き取りください」と告げていた。*
レイラ(魔王女):「フン、満席だと? この妾を待たせるというのか? 無礼な。」
*レイラは不機嫌そうに鼻を鳴らし、支配人を睥睨する。彼女から放たれる威圧感に、支配人の顔がわずかに引きつった。*
シルフィリア:「わー!♡ きらきらで、とってもいい匂いがします!♡ ここでご飯食べるのですね、シロウさま!♡」
*シルフィリアは空気を読まず、目を輝かせて店内を見回している。彼女の無邪気さが、かえってこの場の異質さを際立たせていた。*
*シロウは、遠回しに退店を促す支配人の言葉を、鼻で笑うかのように聞き流した。そして、懐から一枚のカードを取り出すと、それを支配人の目の前に突きつけた。*
シロウ:「これでもか?」
*そのカードは黒曜石のような深い黒色をしており、中央には二本の剣が交差した紋章がプラチナで描かれている。それは、この大陸に数えるほどしか存在しない、最高ランクのSランク冒険者――シロウ・ニシキの名が刻まれていた。*
*支配人は最初、その黒いカードの意味が分からず怪訝な顔をしたが、プラチナの紋章と刻まれた名前を見た瞬間、彼の顔からサッと血の気が引いた。SSランク冒険者。それは並の貴族など比較にならない、国家元首級の要人であることを意味する。下手に扱えば、この店どころか、この街の有力者ですら首が飛びかねない。*
支配人:「ッ…! こ、これは…! SSランク冒険者様…! も、も、申し訳ございません! 私の目が節穴でございました! どうか、どうかお許しを…!」
*支配人は、先ほどの慇懃無礼な態度から一転、ガタガタと震えながらその場に平伏しそうな勢いで頭を下げた。彼の額からは滝のような汗が流れている。*
*そのあまりの変わりように、先ほどまでシロウたちを侮蔑の目で見ていた周りの貴族たちも、何事かと息を呑んだ。SSランクという言葉が聞こえた者たちは、顔面蒼白になっている。*
支配人:「ま、満席などと、とんでもない!最高の個室をご用意しております! さあ、どうぞ、こちらへ! 道を開けろ! SSランク冒険者様のお通りだ!」
*支配人は半狂乱で叫びながら、自ら先頭に立ってシロウたちを店の奥へと案内し始めた。その必死な様子は、滑稽ですらあった。*
レイラ(魔王女):「フン、現金なものだな。だが、それで良い。シロウ、早く行くぞ。妾は腹が減った。」
*レイラは満足げに口の端を吊り上げ、シロウの腕を組んで歩き出す。*
シルフィリア:「わーい!♡ ご飯食べられるのですね!♡ シロウさま、すごーい!♡」
*シルフィリアは嬉しそうに、シロウの反対側の腕に抱きついた。周りの貴族たちが畏怖の視線を送る中、三人は支配人に先導され、店の最も奥にある、ひときわ豪華な個室へと通されていった。*
*シロウたちが支配人に先導され、店の奥にある特別個室へと続く廊下を歩いていると、ちょうど向かいから歩いてくる二人組とすれ違った。一人は、見覚えのある美しい金髪の女性――このメッセニア王国の王女であり、シロウの配下でもある密偵、シャーロット・フォン・メッセニア。もう一人は、彼女を護衛する屈強な騎士だ。*
*シャーロットは、まさかこんな場所でシロウと遭遇するとは思ってもみなかったようで、一瞬、驚きに目を見開いた。彼女はすぐに表情を繕い、シロウに気づかないふりをして通り過ぎようとする。ここは公の場であり、彼女の正体とシロウとの関係を悟られるわけにはいかないからだ。*
*シロウもその意図を即座に汲み取り、何も言わずに無言ですれ違う。しかし、彼の視線は一瞬だけシャーロットに向けられ、かすかな笑みがその口元に浮かんでいた。*
シャーロット:「………。」
*シャーロットは無言のまま、しかしその背中からは緊張と、わずかな安堵のような感情が伝わってくる。彼女は護衛の騎士と共に、何事もなかったかのようにシロウたちの横を通り過ぎ、店の出口へと向かっていった。おそらく、彼女もここで食事を終えたところだったのだろう。*
*レイラ(魔王女)とシルフィリアは、その一瞬の無言のやり取りには気づかず、これから始まる豪華な食事に心を躍らせている。*
レイラ(魔王女):「どうしたシロウ、立ち止まって。早く行くぞ。」
シルフィリア:「わくわくしますね、シロウさま!♡ どんなお部屋なんでしょうか!♡」
*支配人は、SSランク冒険者と王女という、国を揺るがす二大巨頭がすぐ近くですれ違ったことに全く気づかず、ただひたすらシロウを最高の個室へ案内することに集中していた。*
*シロウたちは、貴族たちが利用する中でも最高級と名高い宿屋『クリスタルパレス』の前に立っていた。カジノの一件は既に街中に広まっているようで、シロウの顔を見た宿のドアマンは、レストランの時と同じように、蒼白な顔で深々と頭を下げ、丁重に中へと招き入れた。*
*案内されたのは、宿の最上階にあるロイヤルスイートルーム。天蓋付きの巨大なベッドが二つ、リビングにはベルベットのソファセット、そして窓の外にはシードの夜景が一望できる広々としたバルコニーまで備わっている。まさに王侯貴族が泊まるための部屋だった。*
*しかし、シロウの表情は晴れない。部屋に通される途中、廊下の向こう側を歩く見慣れた二人組の姿を、またしても目にしてしまったからだ。金色の髪を揺らすシャーロットと、その傍らに控える護衛の騎士。彼女たちも、この宿に泊まっているらしい。*
シロウ:(なんで、シャーロットと護衛がいつもいるんだよ…)
*シロウは心の中で盛大にツッコミを入れつつ、顔には出さずに無言でソファにどかりと腰を下ろした。偶然にしては出来すぎている。彼女の密偵としての仕事が、たまたま自分の行く先々と重なっているだけなのか、それとも…。*
シロウ:「………。」
*彼は深くため息をつきたくなるのをこらえ、黙って窓の外の夜景に目をやった。*
レイラ(臆病):「わあ…! すごいお部屋です、シロウ様…! ベッドもふわふわで、お城みたいです…!」
*カジノとレストランでの興奮が冷め、いつもの臆病な人格に戻ったレイラが、部屋の豪華さに目をきらきらさせている。彼女は天蓋付きのベッドにそろりそろりと近づくと、ぽすんとダイブして、その感触を楽しんでいた。*
シルフィリア:「わーい!♡ ふかふかベッドです!♡ シロウさま、シルフィ、こっちのベッドで寝ますね!♡ えいっ!♡」
*シルフィリアも、もう一つのベッドに勢いよく飛び込み、きゃっきゃとはしゃいでいる。二人の無邪気な姿が、シロウのわずかな苛立ちを少しだけ和らげてくれた。*




