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*一夜が明け、窓から差し込む柔らかな光が部屋を照らす。ベッドの上では、シロウを挟んでレイラとシルフィリアがすうすうと幸せそうな寝息を立てていた。昨夜の激しい情事の痕跡が、シーツの乱れや甘い匂いとなって部屋に満ちている。*
*シロウはそっと体を起こし、眠る二人の少女の髪を優しく撫でた。すると、もぞもぞとシルフィリアが身じろぎし、ゆっくりと目を開ける。*
シルフィリア:「ん…シロウさま…おはようございます…♡」
*隣では、レイラも目を覚ましたようだ。昨夜の傲慢な魔王女の面影はなく、少し気弱そうな、臆病な人格のレイラがそこにいた。*
レイラ(臆病):「お、おはようございます…シロウ様…その…昨日は…」
*シロウは二人の頭を優しく撫でながら、これからのことを考える。魔王城の修繕、人材の確保、そしてレイラを真の魔王にするための道筋。やるべきことは山積みだ。ふと、以前シルフィリアから聞いた話を思い出す。*
シロウ:「なあ、二人とも。一応ティターニア領にも行ってみないか?」
*シロウの提案に、ベッドの上で体を起こしたシルフィリアがぱぁっと顔を輝かせた。*
シルフィリア:「ティターニア領、ですか? わぁ、素敵です!♡ 是非行きましょう、シロウさま! ティターニアは花の精霊たちが暮らす、とても美しい場所なんですよ。きっとシロウさまも気に入ると思います!」
*嬉しそうに言うシルフィリアとは対照的に、レイラはおずおずとシロウの服の裾を掴んだ。*
レイラ(臆病):「あ、あの…ティターニア領って…たしか今は、人が入れないように閉鎖されてるって…聞きました…けど…大丈夫、なのでしょうか…?」
*不安げにシロウの顔を見上げるレイラ。シルフィリアはそんなレイラを見て、にこりと微笑む。*
シルフィリア:「大丈夫ですよ、レイラちゃん。シロウさまが一緒ですから。それに、わたくしたちなら、きっと歓迎してもらえますよ。」
*シロウは二人の様子を見て、心の中で考える。(ギルドの受付嬢が言うには世界一綺麗な花畑らしい。今は封鎖中でもあるらしいが…)精霊王であるシルフィリアがいれば、何か分かるかもしれないし、閉鎖の理由も探れるかもしれない。*
*朝食を済ませ、身支度を整えたシロウ、レイラ、シルフィリアの三人は、ティターニア領の近くまで行くという乗合馬車に乗り込んだ。ガタガタと揺れる馬車に身を任せ、車窓から流れるのどかな風景を眺める。レイラとシルフィリアはシロウの隣で仲良く寄り添っている。*
*しばらく馬車に揺られていると、ふと隣の席に座る二人組に既視感を覚えた。片方は豪奢なドレスではないが、明らかに育ちの良さを感じさせる上品な服装の少女。もう片方は、旅装束に身を包んでいるが、その佇まいは鍛え上げられた騎士そのものだ。シロウはその顔を見て、小さく声を漏らした。*
シロウ:「あ…」
*間違いない。先日、宿屋の食堂でやたらとこちらを睨みつけてきた二人組、メッセニア王国の王女シャーロットと、その護衛である聖騎士フェリクスだった。向こうもこちらに気づいたようで、シャーロットは驚いたように目を見開き、フェリクスは眉間に皺を寄せて警戒心を露わにしている。*
*気まずい沈묵が馬車の中に流れる。レイラとシルフィリアも、隣の席からの敵意とも警戒ともつかない視線に気づき、不思議そうな顔でシロウを見上げた。*
レイラ(臆病):「あ、あの…シロウ様…? この方たち…」
シルフィリア:「シロウさま、お知り合いですか…? なんだか、すごく見られていますけれど…」
*まさかこんな場所で再会するとは思ってもみなかった。シロウは内心でため息をつきながら、どうしたものかと考える。*
*シロウが何でもないことのように言うと、シルフィリアはぽっと頬を染め、恥ずかしそうに俯いた。*
シルフィリア:「わ、わたくしが…可愛いから…?♡ そ、そんな…♡ シロウさまったら…♡」
*嬉しそうにもじもじするシルフィリア。レイラはそんなシルフィリアと、隣の席の二人を不安げに交互に見ている。*
*シロウの言葉を聞いたシャーロットは、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにむっとした表情で顔をそむけた。しかし、その耳が微かに赤くなっているのをシロウは見逃さなかった。一方、護衛のフェリクスは、シロウの軽薄ともとれる発言に、より一層警戒を強める。*
フェリクス:「貴様…! 軽々しくシャーロット様に視線を向けるな!」
*フェリクスが声を荒げようとした瞬間、シャーロットが彼の腕をそっと掴んで制止した。*
シャーロット:「フェリクス、おやめなさい。馬車の中です。それに…その…わたくしたちも、じっと見つめてしまったのは事実ですから…」
*シャーロットはそう言うと、ちらりとシロウの方を見て、小さな声で言った。*
シャーロット:「…あなたたちこそ、ティターニア領に何の御用ですの? あそこは今、立ち入りが制限されているはずですが」
*ガタゴトと揺られていた馬車が、やがて速度を落とし、小さな村の入り口で停車した。御者が「ティターニア領へ向かうなら、ここで降りて歩いていくのが一番近いですよ」と声をかける。*
*シロウはシルフィリアとレイラを促して馬車を降りた。目の前には青々とした草原が広がり、その遥か先に、色とりどりの花々が咲き乱れているであろうティターニア領の森が見える。馬車からはシャーロットとフェリクスも降りてきたが、彼らは村の中へと向かうようだ。*
*シロウたちが領の方角へ向かって歩き出すと、背後から少し焦ったような声がかけられた。*
シャーロット:「ま、待ちなさい!」
*振り返ると、シャーロットがこちらに駆け寄ってくるところだった。護衛のフェリクスも、慌ててその後を追っている。*
シャーロット:「あなたたち、本気で領に入るつもりですの!? あそこは今、妖精たちの怒りに触れて、入った人間は二度と戻れないと噂されているのですよ! 無謀ですわ!」
*彼女の表情は真剣そのもので、純粋にシロウたちの身を案じているのが見て取れた。*
シルフィリア:「あら? 妖精さんたちが怒っているのですか? それは大変ですね…」
*シルフィリアは少し首を傾げながら、能天気にそう呟いた。*
*シャーロットの必死の忠告に、シロウは肩をすくめて軽く答えた。*
シロウ:「大丈夫だって、ちょっと覗くだけだから。」
*その軽い返事に、シャーロットがさらに何かを言い募ろうとした瞬間、シロウの隣にいたレイラの雰囲気ががらりと変わった。おどおどとした臆病な少女の気配が消え、代わりに傲慢で自信に満ちた魔王女の人格がその身に宿る。彼女は腕を組み、ふん、と鼻を鳴らしてシャーロットを見下した。*
レイラ(魔王女):「ふん、下賤の人間が気安くシロウに話しかけるでない。シロウが行くと言うのなら、どこであろうと妾たちがついて行くだけだ。貴様のような弱者が心配するには及ばぬ。」
*突然の豹変と見下すような物言いに、シャーロットは唖然として言葉を失う。護衛のフェリクスは、王女への無礼な態度にカッと目を見開き、剣の柄に手をかけた。*
フェリクス:「なっ…貴様、その方を誰と心得る! 無礼であろう!」
*一触即発の空気が流れる中、シルフィリアだけは相変わらずの様子で、レイラとシャーロットをきょとんと見比べている。*
シルフィリア:「あらあら…レイラちゃん、また怒りんぼさんになっちゃったんですか? でも、大丈夫ですよ。シロウさまはとっても強いですから、妖精さんたちが怒っていても、きっと仲良くなれます♡」
*能天気にそう言って微笑むシルフィリア。その言葉に、シャーロットはますます混乱した表情でシロウたちを見つめるのだった。*
*シャーロットの必死の忠告に、シロウは肩をすくめて軽く答えた。*
シロウ:「大丈夫だって、ちょっと覗くだけだから。」
*その軽い返事に、シャーロットがさらに何かを言い募ろうとした瞬間、シロウの隣にいたレイラの雰囲気ががらりと変わった。おどおどとした臆病な少女の気配が消え、代わりに傲慢で自信に満ちた魔王女の人格がその身に宿る。彼女は腕を組み、ふん、と鼻を鳴らしてシャーロットを見下した。*
レイラ(魔王女):「ふん、下賤の人間が気安くシロウに話しかけるでない。シロウが行くと言うのなら、どこであろうと妾たちがついて行くだけだ。貴様のような弱者が心配するには及ばぬ。」
*突然の豹変と見下すような物言いに、シャーロットは唖然として言葉を失う。護衛のフェリクスは、王女への無礼な態度にカッと目を見開き、剣の柄に手をかけた。*
フェリクス:「なっ…貴様、その方を誰と心得る! 無礼であろう!」
*一触即発の空気が流れる中、シルフィリアだけは相変わらずの様子で、レイラとシャーロットをきょとんと見比べている。*
シルフィリア:「あらあら…レイラちゃん、また怒りんぼさんになっちゃったんですか? でも、大丈夫ですよ。シロウさまはとっても強いですから、妖精さんたちが怒っていても、きっと仲良くなれます♡」
*能天気にそう言って微笑むシルフィリア。その言葉に、シャーロットはますます混乱した表情でシロウたちを見つめるのだった。*
*シロウはレイラたちのやり取りを特に気にするでもなく、ティターニア領へと続く小道へと歩を進める。シルフィリアは嬉しそうにその隣を歩き、魔王女レイラはふんぞり返りながらも、しっかりとシロウの後ろをついてくる。*
*そんな三人の後を、シャーロットとフェリクスが慌てて追いかけてきた。*
シャーロット:「待ちなさいと言っているでしょう! 本当に危険なのですわ! わたくしの忠告を無視する気!?」
*その必死な声も、今のシロウには届いていない。*
*(俺は世界樹の祝福持ち、シルフィは精霊王、レイラは真の魔王。大体のことは何とかなる。)シロウは内心でそう呟くと、追いかけてくるシャーロットにひらひらと手を振った。*
シロウ:「じゃーなー、シャルちゃん。」
*以前、闇市で呼んだ愛称で呼びかけると、シャーロットは一瞬顔を赤らめ、すぐに怒ったように声を張り上げた。*
シャーロット:「シャルちゃんではありません! わたくしはシャーロットです! それに、話を聞きなさいと言っているのが分かりませんの!?」
*彼女の叫びも虚しく、シロウたちはどんどんティターニア領へと近づいていく。領の境界線に近づくにつれて、空気が変わるのが肌で感じられた。ただ美しいだけでなく、どこか張り詰めたような、人間を拒絶するような濃密な魔力が満ちている。*
*やがて、一行は色とりどりの花々が咲き乱れる、美しい森の入り口にたどり着いた。しかし、その入り口にはまるで透明な壁があるかのように、それ以上先へ進むことができない。目には見えない強力な結界が張られているのだ。*
シルフィリア:「わぁ…これがティターニアの結界ですね。花の精霊たちの力が集まって、悪いものが入ってこないようにしているんです。でも…なんだか、いつもよりピリピリしているみたいです…」
*シルフィリアが心配そうに結界に触れると、バチッと小さな火花が散った。*
レイラ(魔王女):「ふん、小賢しい結界だ。こんなもの、妾の力で…」
*レイラが魔力を高め、結界を破壊しようと手をかざした、その時だった。森の奥から、冷たく、そして鋭い声が響き渡った。*
???:「何人たりとも、この聖域を侵すことは許しません。お引き取りください、人間たち」
*森の奥から響いた冷たくも美しい声に、シロウは訝しげに呟いた。*
シロウ:「ん?だれだ?」
*その問いに答えるように、目の前の結界が淡い光を放ちながら揺らめき、その向こう側に一体の美しい存在が姿を現した。*
*透き通るような白い肌、尖った耳、そして背中には蝶の羽のような半透明の翅を持つ、少女のような姿。彼女は花々で編んだような簡素なドレスを身にまとい、その瞳は一切の感情を排したかのように冷ややかにシロウたちを見据えている。明らかに人間ではない、高位の妖精族だ。*
???:「わたくしはティターニアに仕える花の精霊、ピクシーの一人。名はシリー。あなた方、人間には立ち入る資格はありません。ましてや、その忌まわしき魔の気配…早々に立ち去らねば、力づくで排除します。」
*シリーと名乗るピクシーは、特に魔王女レイラに向けて、強い敵意と嫌悪の視線を送った。彼女の周囲には、目に見えないほどの小さな光の粒――下級の精霊たちが集い始め、警戒するように飛び回っている。*
*後ろで成り行きを見守っていたシャーロットが、息を呑むのが聞こえた。*
シャーロット:「あれが…花の精霊…!本当にいたのね…。でも、やはり噂通り、人間を拒絶している…。」
*シリーの様子を観察していると、彼女の視線がレイラから隣のシルフィリアへと移り、その冷たい表情が凍り付いた。シリーだけでなく、彼女の周りを飛び回っていた無数の光の粒――下級の精霊たちが、一斉にシルフィリアの周りへと集まり始める。先程までの敵意に満ちた動きとは明らかに違う、まるで王に傅くかのような敬虔な動きだった。*
*信じられないものを見るかのように目を見開き、震える声で呟いた。*
シリー:「そ…そのお方は…まさか…? 万象を束ね、生命を循環させる我らが母なる御方…せ、精霊王…シルフィリア様…!?」
*持っていた花の杖を取り落とし、その場に膝から崩れ落ちるようにして、結界の内側から深く頭を垂れた。その顔は驚愕と畏敬、そして歓喜に満ちている。*
*シルフィリアは、突然ひれ伏したシリーを見て、きょとんとした顔で首を傾げた。*
シルフィリア:「あら? わたくしのことを知っているのですか? あなたがシリーちゃんですね。はじめまして♡」
*能天気にぺこりとお辞儀をするシルフィリア。そのあまりの無邪気さに、緊張していた場の空気が一気に緩む。*
*後ろで見ていたシャーロットとフェリクスは、何が起こったのか全く理解できず、呆然と立ち尽くしている。*
シャーロット:「せ、精霊王…? あの少女が…? まさか、おとぎ話の存在では…」
*レイラはそんなシリーの様子を鼻で笑った。*
レイラ(魔王女):「ふん、当然だ。このシルフィリアは、シロウが名付け親となった正真正銘の精霊王。貴様のような下級の精霊がひれ伏すのは当たり前であろう。」
*シルフィリアの正体を知り、ひれ伏すピクシーのシリー。その後ろでは、シャーロットたちが何が何だか分からず混乱している。これからの話は、部外者には聞かせない方がいいだろう。シロウは背後のシャーロットたちに向けて、そっと手をかざした。*
*彼らの周囲の空間が微かに歪み、シロウたちの声だけが届かない特殊な『防音結界』が二人を包む。これで、こちらの会話が漏れる心配はない。*
*準備を終えたシロウは、結界の向こうでひれ伏しているシリーに向かって追加攻撃した。*
シロウ:「俺は世界樹の祝福持ちなんすけど?」
*その言葉に弾かれたように顔を上げた。その目は、先程シルフィリアを見た時と同じ、あるいはそれ以上の驚愕に見開かれている。*
シリー:「せ、世界樹の…祝福…ですって…? 人間が、そのような至高の恩恵を…? まさか…シルフィリア様が共にいらっしゃるのは…」
*視線が、畏敬の念を込めてシルフィリアとシロウの間を行き来する。精霊王が、世界樹の祝福を持つ人間と共にいる。その事実が、彼女の中で信じがたい結論を導き出そうとしていた。*
シルフィリア:「そうなですよー♡ シロウさまは、わたくしに名前をくれて、迷宮から出してくれた、とっても素敵なご主人さまなんです♡」
*シルフィリアがにこにこと追い打ちをかけると、シリーは「あぁ…」と天を仰ぎ、感極まったように再び深く頭を垂れた。*
シリー:「なんと…! 我らが王を見出し、その御名を与えし御方でしたか…! 大変なご無礼を…! どうか、お許しください…! このシリー、命に代えてもお詫びいたします…!」
*彼女の態度は、もはやただの人間に対するものではなかった。精霊王の主、つまりは精霊たちにとっての最高位の存在の一人に対する、絶対的な敬意と忠誠を示すものへと変わっていた。*
シロウ:「だったら魔王城の修繕を手伝ってよ。」
*シロウの予想外の要求に、ひれ伏していたシリーは顔を上げた。その表情は困惑と驚きに満ちている。*
シリー:「ま、魔王城の…修繕、でございますか…? し、しかし、それは忌まわしき魔族の居城…我々花の精霊がそのような場所に立ち入るなど…」
*彼女の声には、シロウたちへの敬意と、魔族に対する根深い嫌悪感が入り混じっている。その躊躇する様子を見て、魔王女レイラが苛立ったように口を挟んだ。*
レイラ(魔王女):「何をためらうことがある。シロウが手伝えと言っているのだ。光栄に思い、すぐさま承諾するのが臣下の礼儀であろうが。それに、その魔王城は近々妾とシロウの新居となるのだぞ?」
シリー:「ひぃっ…! も、申し訳ございません…! しかし…!」
*レイラの威圧にシリーが怯んだその時、シルフィリアがぽん、と手を叩いた。*
シルフィリア:「シロウさま、良い考えです!♡ ティターニアのみんながお手伝いしてくれたら、お城がとっても綺麗になりますね! シリーちゃん、わたくしたちのお城は、魔族のためだけのお城じゃないんですよ? わたくしたち精霊や、いろんな種族がみんなで仲良く暮らすための、新しいお城になるんです♡ だから、力を貸してくれませんか?」
*シルフィリアが純粋な瞳でそう言うと、シリーの表情に浮かんでいた葛藤が揺らぐ。敬愛する精霊王自身の言葉は、彼女にとって何よりも重い。*
シリー:「精霊も…皆が仲良く暮らすための…新しいお城…」
*シリーはぶつぶつと呟き、何かを決心したように顔を上げると、シロウに向き直った。*
シリー:「…シルフィリア様がそうおっしゃるのであれば…。ですが、わたくし一人では決められません。どうか、ティターニアの奥へ。我らが女王、ティターニア様にお会いください。ティターニア様のご判断であれば、我々はそれに従います。」
*そう言うと、シリーは結界にそっと手を触れる。バチバチと火花を散らしていた結界は、すぅっと静まり返り、シロウたちが通れるだけの道が開かれた。*
*シロウは背後のシャーロットたちにかけていた『逆防音結界』を指を鳴らして解除した。突然、森のざわめきや鳥の声が戻ってきたことに、シャーロットとフェリクスは驚いて周囲を見回す。*
*彼らが何が起こったのか理解する前に、シロウはシルフィリアとレイラを伴って、ピクシーのシリーが開いた結界の道へと足を踏み入れた。*
*シャーロットは、先程まであれほど強固に人間を拒絶していた結界が、あっさりと道を開けたことに目を丸くする。*
シャーロット:「な…なぜ結界が…? いったい、何を話したのですか…?」
*彼女の問いかけに、シロウは答えずに背を向けたまま中に入っていく。その姿を見ながら、シャーロットは信じられないといった様子で呟いた。*
シャーロット:「精霊王に、世界樹の祝福を持つ者…。それに、あの傲慢な少女…。彼らは一体、何者なの…?」
*不思議そうな顔をしながらも、シャーロットたちはそれ以上追いかけてくることはなく、ただ呆然とシロウたちが花々の咲き乱れる森の奥へと消えていくのを見守るしかなかった。*
*結界の内側に一歩足を踏み入れると、外とは比べ物にならないほど清浄で、甘い花の香りに満ちた空気がシロウたちを包み込んだ。色とりどりの花々が足元で咲き誇り、光る蝶や小さな精霊たちがキラキラと舞っている。まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのようだ。*
シリー:「こちらへどうぞ。シルフィリア様、そして御主人様。女王ティターニア様がお待ちです。」
*シリーは先頭に立ち、花でできた小道を進んでいく。シルフィリアは嬉しそうに辺りを見回し、レイラは少し居心地が悪そうにしながらも、シロウの隣を離れずに歩いていた。*
*シリーに案内され、花々が咲き乱れる小道を進んでいくと、やがて視界が開け、ひときわ大きな巨木が姿を現した。その木の根元は空洞になっており、そこが宮殿の入り口のようになっている。内部は自然の造形を活かした美しい空間で、中央には花の玉座に座る、ひときわ気品と威厳に満ちた妖精の女王がいた。彼女がこの領地の主、ティターニアだろう。彼女の背には、他のどの妖精よりも大きく美しい、ステンドグラスのような翅が生えている。*
*シリーが女王の前に進み出て、恭しく跪いた。*
シリー:「女王ティターニア様。精霊王シルフィリア様と、その御主人様をお連れいたしました。」
*ティターニアは静かに玉座から立ち上がると、シルフィリアを見て優雅に一礼し、次にシロウへと視線を移した。その瞳は森の湖のように深く、全てを見透かすような力を持っている。*
ティターニア:「ようこそ、花の聖域へ。精霊王シルフィリア様、そして世界樹の寵愛を受けし御方。わたくしがこの領地を治めるティターニアです。シリーから話は聞きました。魔王城の修繕に、我らの力を貸してほしいと。」
*彼女の声は穏やかだが、有無を言わせぬ威厳がこもっている。シロウは臆することなく、真っ直ぐに彼女を見据えて本題を切り出した。*
シロウ:「魔王城の修繕を手伝ってくれない? 対価は払う、何が欲しい?」
*シロウの単刀直入な言葉に、ティターニアはふ、と微かに笑みを浮かべた。*
ティターニア:「対価、ですか。我ら精霊は人間の金銭や権力に興味はありません。ですが…シリーから聞きました。あなた方が築こうとしているのは、全ての種族が共存する城であると。それが真実ならば、一つだけ、お願いしたいことがあります。」
*ティターニアは、シロウの隣で少し居心地悪そうにしているレイラに、静かな視線を向けた。*
ティターニア:「我ら花の精霊は、永きにわたり、穢れと争いを振りまく魔の力を忌み嫌ってきました。この地が閉鎖されているのも、近くの土地から溢れ出す邪悪な魔力から、聖域を守るため。…もし、我らに力を貸せと望むのであれば、あなた方の力を示していただきたい。この地に満ちる『穢れ』の源を浄化し、我らが安心して外の世界に出られることを、証明してください。」
*ティターニアの静かな、しかし確固たる要求に、シロウはにやりと笑みを浮かべた。*
シロウ:「そんな事だったら、シルフィの出番だな。」
*シロウがそう言って隣のシルフィリアに視線を送ると、彼女は「はいっ!」と元気よく返事をし、一歩前に出た。その小さな体からは、自信とやる気が満ち溢れている。*
シルフィリア:「お任せください、ティターニア女王陛下!♡ わたくしが、この土地の穢れをぜーんぶ、綺麗にしちゃいます! シロウさまのお役に立てるなら、シルフィ、頑張りますから!♡」
*やる気満々といった様子で、シルフィリアは両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。彼女の体から、清らかで温かい神聖な魔力がふわりと溢れ出し、周囲の花々が一斉に輝きを増した。精霊王としての力が、穢れを浄化する前からその片鱗を見せつけている。*
*ティターニアは、その純粋で強大な力に目を見張り、そして静かに頷いた。*
ティターニア:「…さすがは、我らが王。そのお言葉、信じましょう。では、シルフィリア様、そして御主人様。穢れの源は、ここから東にある古い砦です。かつて人間たちが魔族と争った場所で、今なお怨念と邪気が渦巻いています。そこを浄化し、我らが憂いを払ってくださるのであれば、ティターニアの民は、あなたの城のために喜んで力を貸しましょう。」
*レイラは「ふん、穢れの浄化など、妾一人でも造作もないが…まあ良い。シルフィの力、見せてもらおうではないか」と少し面白くなさそうに、しかしどこか期待を込めた目でシルフィリアを見ている。*
*ティターニアに案内され、一行はティターニア領の東端にある古い砦へとやってきた。そこは、かつての戦争の傷跡が生々しく残る場所だった。崩れた城壁、錆びついた武具、そして何よりも、よどんだ空気と地面から染み出すような邪悪な気配が、この土地を覆っている。ティターニアやシリーたちは、この邪気に顔をしかめていた。*
*しかし、シルフィリアはそんな邪気をものともせず、元気よく砦の中央へと進み出た。*
シルフィリア:「シロウさま、見ててくださいね! シルフィ、やっちゃいます!」
*そう言うと、シルフィリアは両手を広げ、目を閉じて深く息を吸い込んだ。彼女の小さな体から、まばゆいばかりの神聖な光が溢れ出す。それはまるで、小さな太陽が地上に現れたかのようだった。*
シルフィリア:「万象に宿りし命の息吹よ、わたくしの声に応えなさい。その清き流れをもって、この地の悲しみを洗い流し、母なる大地の温もりを取り戻したまえ―――**『生命循環・全域浄化』**!!」
*シルフィリアの愛らしい声が詠唱を終えると同時に、彼女から放たれた光の波が一気に砦全体、そしてその周辺一帯へと広がっていく。光が通り過ぎた場所から、黒くよどんでいた邪気が霧散し、怨念に満ちていた空気が瞬く間に浄化されていく。地面からは邪悪な気配が消え、代わりにぽつ、ぽつ、と可憐な花が芽吹き始めた。あれほど濃密だった穢れが、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消え去ってしまったのだ。*
*そのあまりにも圧倒的で、手際が良すぎる浄化の光景に、ティターニアと彼女に従う妖精たちは、完全に言葉を失っていた。彼女たちが長年、手をこまねき、聖域に引きこもる原因となっていた穢れが、ほんの数分で、しかも完全に消滅したのだ。*
*ティターニアは、花が咲き乱れる清浄な土地へと生まれ変わった砦を見つめ、そして無邪気に「えっへん!」と胸を張るシルフィリアを見て、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。その美しい顔には、信じられないという驚愕の色だけが浮かんでいる。*
レイラ(魔王女):「ふん、当然の結果だ。シルフィはこれくらいできて当たり前であろう。」
*レイラが満足げに腕を組む隣で、シロウは「さすが俺のシルフィだな」と優しくその頭を撫でてやった。*
*シルフィリアの圧倒的な力による浄化を目の当たりにし、呆然としていたティターニアだったが、やがて我に返ると、シルフィリアとシロウの前に進み出て、深く、そして優雅に頭を下げた。*
ティターニア:「お見事でございます、シルフィリア様、そして御主人様。我らが長年の憂いが、これほどまでにあっさりと…。感謝の言葉もございません。約束通り、このティターニアの民全てを挙げて、あなた様の城の修繕に協力させていただきます。」
*その言葉に、シロウは満足げに頷くと、具体的な指示を出す。*
シロウ:「城にはリーシアってのがいるから、そいつに聞いてくれ。」
*ティターニアは、その「リーシア」という名前に少し首を傾げたが、すぐに承諾した。*
ティターニア:「リーシア様…承知いたしました。では早速、民を集め、準備を整えさせます。シリー、あなたはこの方々を魔王城まで案内し、リーシア様のご指示を仰ぎなさい。」
シリー:「はっ! 女王様! このシリー、必ずや大役を果たしてまいります!」
*シリーは元気よく返事をすると、嬉しそうにシロウたちを見上げた。長年の呪縛から解放され、外の世界に出られることがよほど嬉しいのだろう。*
*ティターニアと別れ、シロウはシリーを伴って魔王城へ戻ることにした。ゲートリングはシロウ自身の体を通すには小さすぎるため、彼は自身の転移魔法を使う。シリーの小さな体をそっと肩に乗せ、慣れた様子で魔力を練り上げた。*
*視界が一度白く染まり、次の瞬間には見慣れた魔王城の広間に立っていた。妖精の女王との交渉を終え、新たな労働力を確保できたことに安堵したのも束の間、シロウはふと重大なことを思い出した。*
シロウ:「はっ!?カジノに行かなきゃ…!」
*思わず声に出して呟いたシロウの目の前に、ちょうど書類の束を抱えたリーシアが立っていた。彼女は突然現れたシロウと、その肩に乗っている見慣れない小さな妖精に驚き、ぱちくりと目を瞬かせている。*
リーシア:「シロウ様!? お、お帰りなさいませ…! そちらの方は…? あと、カジノ…ですか?」
*リーシアは、シロウの突拍子もない言葉に困惑しつつも、まずは主の帰還を歓迎し、礼儀正しく問いかけた。彼女の視線が、シロウの肩でキョロキョロと辺りを見回しているシリーに向けられる。*
シリー:「わぁ! ここがお城! おっきい! すごーい!」
*シリーは初めて見る魔王城の壮大さに目を輝かせ、無邪気にはしゃいでいた。*
*シロウはカジノのことが頭をよぎったものの、目の前のリーシアを見てまずは本題を切り出した。*
シロウ:「リーシア、修繕は順調か?」
*その言葉に、リーシアは抱えていた書類を一度脇に置き、背筋を伸ばして報告する。*
リーシア:「はい、シロウ様。資材の調達、基礎部分の補強など、順調に進んでおります。ただ、やはり人手が…」
*ちょうど人手不足の話が出たところで、シロウは肩に乗っているシリーをポンと指さした。*
シロウ:「妖精を助っ人に呼んできたから使ってくれ。」
*シロウの言葉を受けて、シリーは元気よくシロウの肩から飛び立ち、リーシアの前でくるりと一回転してみせた。*
シリー:「はじめまして! あたし、ティターニア女王様の命を受けてお手伝いに来た、花の精霊のシリーだよ! よろしくね、リーシアちゃん!」
*突然現れた小さな助っ人に、リーシアは少し驚きながらも、すぐに状況を理解してにこやかに微笑んだ。*
リーシア:「まあ! 妖精の方が…! ありがとうございます、シロウ様! これで作業が格段にはかどります! はじめまして、シリーさん。私はこの城の管理を任されているリーシアと申します。これからよろしくお願いしますね。」
*リーシアは丁寧にお辞儀をする。建築や土木作業に妖精の魔法がどれほど有用か、彼女はよく理解していた。特に、植物を操る力や、精密な作業を得意とする妖精たちは、城の修繕においてこれ以上ない戦力となるだろう。*
*リーシアとシリーに後のことを任せ、シロウは「じゃ、そゆことで」と軽く手を振った。リーシアが「はい、お任せください!」と深々とお辞儀をするのを見届けると、シロウはレイラとシルフィリアを伴い、再び転移魔法を発動させる。*




