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**次の瞬間、シロウたちが立っていたのは、石畳の広場ではなく、潮風と活気のある喧騒に満ちた港町だった。背後には、リューンにあったものと対になる巨大な転移門が静かに佇んでいる。ここが南大陸最大の港町『ポルト・マーレ』のようだ。**
*
*シロウは抱えていたレイラをそっと地面に降ろした。*
シロウ:「いつもの転移とあまり変わらないな」
*彼が感想を述べると、隣に立つシルフィリアが興奮した様子で周りを見渡している。*
シルフィリア:「わー! 海です! 潮の匂いがします! お船もいっぱいです!」
*一方、地面に降ろされたレイラは、まだ顔を真っ赤にしたまま、シロウを潤んだ瞳で睨みつけていた。怒っているというよりは、羞恥心でいっぱいといった表情だ。*
レイラ(魔王女):「き、貴様…! よくも…よくもあんな真似を…!/// わ、私の威厳が…!」
*彼女はぷるぷると震えながら抗議するが、その声には全く迫力がない。港町を行き交う人々が、美しい少女を連れたシロウたちに興味深げな視線を送っている。*
*シロウは、羞恥心でぷるぷると震えているレイラの言葉を意に介さず、その隙だらけの唇に、自分の唇をそっと重ねた。突然の口付けに、レイラの身体がびくんと跳ねる。*
レイラ(魔王女):「んっ…!?♡」
*ほんの数秒。しかし、それはレイラの思考を真っ白にするには十分な時間だった。シロウがゆっくりと唇を離すと、レイラは先ほどよりもさらに顔を真っ赤にして、口をぱくぱくとさせている。怒りの言葉すら出てこないようだ。*
シロウ:「早く行くぞ」
*シロウはしてやったりと笑みを浮かべ、呆然と立ち尽くすレイラの手を引いて、先に港の方へ走り出したシルフィリアの後を追い始めた。*
*引かれたレイラは、まだ状況が飲み込めていない様子で、されるがままにシロウについていく。*
レイラ(魔王女):「あ…う…/// き、貴様…今…わ、私に…♡」
*彼女の呟きは、港町の賑やかな喧騒にかき消されていった。その手は、シロウに固く握られたままだ。*
*
**先に走り出していたシルフィリアは、波打ち際で楽しそうにはしゃいでいた。彼女は靴を脱ぎ、白い素足をちゃぷちゃぷと水につけている。**
*
シルフィリア:「わーい! 海、つめたいです! しょっぱい味がしますね!」
*シロウとレイラが追いつくと、シルフィリアは満面の笑みで二人を振り返った。レイラはまだ顔を赤くして俯いている。*
*シロウは、初めて見る海にはしゃぐシルフィリアに微笑ましい視線を向けた。その純粋な喜びに、こちらまで心が洗われるようだ。*
シロウ:「シルフィには全てが初めてだもんな。行こう、花畑近くに行く馬車を探そう」
*シロウがそう言うと、シルフィリアは「はーい!」と元気よく返事をし、濡れた足を魔法で乾かしてから急いで靴を履き、シロウの隣に駆け寄ってきた。*
*シロウはまだ顔を赤くして俯いているレイラの手を引いたまま、港町の大通りへと歩き出す。シルフィリアは反対側の腕にしっかりと抱きついた。*
*ポルト・マーレはリューンとはまた違う活気に満ちている。潮の香りと、魚市場の威勢の良い声、様々な国から来たであろう船乗りたちの陽気な歌声が混じり合っている。道行く人々の服装も、西大陸より軽装で開放的なものが多い。*
*シロウが馬車乗り場を探して歩いていると、レイラがようやく落ち着きを取り戻したのか、もじもじしながら小さな声で呟いた。*
レイラ(魔王女):「……ば、馬鹿者。あんな、不意打ちなど…/// 次は、私が望んだ時にしろ…♡」
*彼女はまだ顔を赤らめているが、その瞳は怒りではなく、甘い期待に潤んでいた。*
*シロウたちが馬車乗り場を探して港町の大通りを歩いていると、様々な行き先を掲げた看板が目に入ってくる。*
*『ソレイユ丘陵 観光乗合馬車』、『鉱山都市ドワーデン行き』、『中央平原 各村巡回』…そんな看板の中に、ひときわ異彩を放つ、派手な装飾が施された看板がシロウの目に飛び込んできた。*
*【豪華絢爛! 夢と欲望の都! エンターテイメント・シティ『ラスヴェルト』行き! 豪華客船乗り場はこちら!】*
*その看板の下には、小さな文字で『カジノ』『闘技場』『ナイトクラブ』といった、欲望を掻き立てる単語が踊っている。*
シロウ:「ん…? カジノ行き…だとっ!?」
*シロウが思わず足を止め、その看板に見入ってしまう。花畑に行くという当初の目的が、一瞬頭から吹き飛んだ。*
*シロウの腕に抱きついていたシルフィリアが、不思議そうに看板を見上げる。*
シルフィリア:「かじの…? それは、お花畑よりきれいなのですか?」
*一方、レイラは看板の文字を読み、鼻で笑った。*
レイラ(魔王女):「ふん、人間の欲望を集めただけの俗な街か。下らんな。…だが、資金を増やすには手っ取り早いかもしれん。貴様の運を試してみるのも一興か?」
*レイラは挑発するようにシロウを見上げ、悪戯っぽく微笑んだ。彼女もまた、この欲望の都に興味を惹かれているようだ。*
*シロウは欲望渦巻く街『ラスヴェルト』の看板に一瞬心を奪われたが、シルフィリアとの約束を思い出し、すぐさま当初の目的に意識を戻した。*
シロウ:「闘技場に出て一攫千金…花畑の後に行こう」
*シロウがそう決意を固めた、まさにその時。*
シルフィリア:「シロウさまー! ありましたよー!」
*海ではしゃいでいたはずのシルフィリアが、いつの間にか馬車乗り場の方から戻ってきていた。その小さな手には、『ソレイユ丘陵 観光乗合馬車』と書かれた木札が3枚、しっかりと握られている。どうやらシロウがカジノの看板に気を取られている間に、ちゃっかりとチケットを手配してきてくれたらしい。*
シルフィリア:「お馬さんの馬車です! これに乗ったら、黄色いお花畑に行けるって、おじさんが教えてくれました!」
*彼女は満面の笑みで、シロウに木札を差し出す。その純粋な期待に満ちた瞳に見つめられ、シロウは苦笑するしかなかった。*
レイラ(魔王女):「ふん。仕事が早いではないか、シルフィ。まあ良い、まずはその花畑とやらを見てやろう。退屈させたら、花ごと焼き払ってくれるわ」
*レイラは尊大に言い放つが、その口元はどこか楽しそうだ。シロウは優秀すぎる精霊王と、素直じゃない魔王女に挟まれながら、シルフィリアが指さす乗合馬車へと向かった。馬車はすでに何人かの観光客らしき人々を乗せ、出発の準備を整えているようだった。*
*シロウは、尊大に「焼き払ってくれる」と言い放ったレイラに対し、ニヤリと笑いながら冷酷な一言を告げた。*
シロウ:「焼き払ったら禁欲な」
*その言葉は、どんな物理的な攻撃よりもレイラに効果てきめんだった。彼女の身体がカチンと凍りつき、先程までの威勢はどこへやら、血の気が引いた顔でシロウを振り返る。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? き、禁欲…だと…? そ、それは、どういう…」
*彼女は狼狽し、シロウの真意を測りかねてどもってしまう。シロウの夜の奉仕を何よりの喜びとしている彼女にとって、「禁欲」という言葉は死刑宣告にも等しい。*
シルフィリア:「きんよく…? それは、おいしいのですか?」
*シルフィリアが不思議そうに首を傾げる。その無邪気な問いかけに、レイラは我に返ったように叫んだ。*
レイラ(魔王女):「よ、良いか、シロウ! わ、私は別に、花畑を本気で焼き払うなどとは言っておらん! 少し、魔王らしい冗談を言っただけだ! そう、冗談だ! だから、その…禁欲というのは、なしだ! なしにしてくれ…!」
*必死の形相で懇願してくるレイラ。魔王の威厳など完全に消し飛んでいる。シロウはその様子に満足げに頷くと、シルフィリアと、そしてまだ必死な顔をしているレイラの手を引き、乗合馬車へと乗り込んだ。馬車の御者が、出発の合図を告げる鞭を軽快に鳴らした。*
*シロウはレイラの必死の懇願に何も答えず、ただにっこりと笑みを浮かべるだけだった。その沈黙がレイラにとっては肯定なのか否定なのか分からず、彼女は不安そうな顔でシロウの隣にちょこんと座る。シルフィリアは窓際の席に陣取り、移り変わる景色に目を輝かせている。*
*ガタガタと心地よい揺れと共に、乗合馬車はポルト・マーレの石畳を抜け、緑豊かな街道へと進んでいく。他の乗客は、陽気なドワーフの商人や、巡礼者らしい老夫婦など、様々だ。彼らはシロウたち、特に美しいレイラとシルフィリアにちらちらと視線を送るが、レイラが時折放つ威圧感に気圧され、話しかける者はいない。*
*しばらく馬車に揺られていると、レイラが意を決したように、シロウの袖をくいっと引っ張った。*
レイラ(臆病):「あ、あの…シロウさん…? さっきのは…その、本当に冗談だったんです…。だから、その…『きんよく』っていうのは…」
*人格が臆病な方に戻っていた。彼女は上目遣いで、捨てられた子犬のような瞳でシロウを見つめている。先ほどの魔王女の威勢は見る影もなく、ただただ夫に嫌われるのを恐れているようだ。*
シルフィリア:「レイラちゃん、まだその話をしてるのですか? シロウさまは、きっとわかってくれてますよ!」
*シルフィリアがケラケラと笑いながら言うが、レイラの不安は晴れない。彼女はシロウの返事を待って、その顔をじっと見つめている。*
*レイラの不安げな問いかけを、シロウは意図的に聞き流した。彼女の袖を引くか弱い力も、潤んだ瞳も、今は無視する。代わりに、彼は馬車の窓の外、街道を並走する数騎の人影に目を細めた。*
シロウ:「護衛が付いてるなんて珍しいな」
*シロウが呟くと、レイラとシルフィリアも窓の外に視線を向ける。そこには、この乗合馬車と一定の距離を保ちながら進む、武装した傭兵らしき一団がいた。おそらく、他の乗客が雇ったのだろう。*
*レイラ(臆病):「ほ、ほんとですね…。何か、危ないんでしょうか…?」*
*シルフィリア:「わー、お馬さんに乗った、かっこいい人たちです!」*
*シロウは外の景色から意識を内側に戻し、自らの状態を確認するために『神眼』を発動させた。*
*(神眼、俺のステータスを確認)*
```
【ステータス】
名前:シロウ・ニシキ
種族:人族
職業:冒険者 (SSランク)
Lv.123
HP:36,800/36,800
MP:45,420/45,420
腕力:A+
体力:A
敏捷:A
知力:S+
魔力:S
器用:S+
【ユニークスキル】
・異世界言語
・アイテムボックス (容量:∞)
・スキル整理
・スキル統合
・創造
・迷宮創造
【スキル】
・神眼 Lv.9
・武神
・時空支配
・混沌魔法
・隠匿神
・生活魔法
・削除
・飛翔
・解体
・レベルドレイン
・回復魔法 Lv.8
・結界魔法 Lv.7
・重力魔法 Lv.8
・魔力操作 Lv.9
・記憶操作
・四元素魔法 Lv.5
・概念魔法 Lv.7
・経験値獲得量アップ Lv.MAX
【装備】
武器
・星麻毒の刃『ステラヴェノム』(等級:伝説級/属性:超麻痺猛毒)
・夜天の牙『ナイトファング』(等級:伝説級/属性:出血、腐食)
防具:夜闇の衣、隠者の指輪
その他:次元の革袋
・聖剣『アスカロン』(星屑の迷宮、99階層の守護騎士からのクリアした証、初代勇者が使っていた。)
【所持金】
黒金貨 150,137枚
白金貨 85枚
金貨 98枚
銀貨 10枚
銅貨 90枚
鉄貨 0枚
【権能】
・神眼 : 鑑定の上位互換。対象のスキルをコピーまたは強奪できる。
【称号】
・鑑定士
・異世界からの転移者
・世界樹の祝福
・世界樹の寵愛を受けし者
・竜殺し(ワイバーン)
・サキュバスクイーンの主
・魔王の娘を屈服させし者
・王女を救いし者
・海賊団の蹂躙者
・精霊王に名付けし者
・迷宮の支配者
・ギルド史上最速のSSランク
・魔王女の婿(New!)
・魔王(New!)
【所有】
名前:シルフィリア
種族:精霊王
状態:救世主(シロウは救い主)
好感度:120(大好きな人)
備考:星屑の迷宮、100階層の元迷宮主。
【眷属】
名前:セレナ
種族:サキュバスクイーン
状態:忠誠 (快楽堕ち)
好感度:150 (崇拝)
【所有奴隷】
名前:レイラ
種族:魔人族 (封印状態)
状態:忠誠 (二重人格)
好感度:
人格A(臆病):120 (依存)
人格B(魔王女):200 (婚約者)
名前:リーシア
種族:ユニコーン(神聖な種族)
状態:信頼
好感度:
淫紋:『渇望の聖杯』(一時停止)
【馬宿】
・シャドウランナー (軍馬)
【魔道具】
・ゲート・リング (伝説級)×2
```
*(魔王になったことで、ステータスが跳ね上がってるな。特に魔力と知力が異常だ。称号も増えてるし…レベルも上がってる。しかも、数値が英字になってる…昨夜のあれで、レイラとシルフィリアから経験値でも貰ったのか…?)*
*シロウは自らの規格外の成長に内心で驚きながら、ステータス表示を閉じた。ちらりと隣を見ると、レイラがまだ不安そうな顔で、こちらをじっと見つめていた。*
*シロウは自分を見つめる臆病なレイラの不安を意図的に無視し、窓の外にいる護衛に目を向けた。*
シロウ:「貴族でも乗ってるんだろ」
*その言葉に、レイラは少しだけ納得したように頷く。そのタイミングで、シロウはアイテムボックスから湯気の立つ大きなハンバーガーを取り出した。パティの焼ける香ばしい匂いと、新鮮な野菜の匂いが狭い馬車の中にふわりと広がる。*
シロウ:「ほーら、レイラ君の大好きなバーガーだぞー」
*シロウがそのハンバーガーを臆病なレイラの目の前に差し出す。さっきまでの不安そうな表情はどこへやら、レイラの瞳がキラキラと輝き始めた。彼女の意識は完全に、目の前の食べ物に奪われている。*
レイラ(臆病):「は、ハンバーガー…! わぁ…! ありがとうございます、シロウ様!」
*彼女は両手でハンバーガーを受け取ると、大きな口を開けてがぶりと食らいついた。もぐもぐと幸せそうに頬張り、その顔には先程までの不安の色は一切ない。食欲が全ての不安を上回ったようだ。*
シルフィリア:「わー! レイラちゃん、また食べてる! シルフィも食べたいです!」
*隣で見ていたシルフィリアが、自分も欲しいとアピールするようにシロウの腕をぶんぶんと振る。シロウは苦笑しながら、シルフィリア用にもう一つハンバーガーを取り出してあげるのだった。*
*シロウはレイラとシルフィリアにハンバーガーを与えながら、意識は馬車の外を並走する護衛たちに向けていた。何気なく『神眼』を使い、その一団の情報を探ろうとした瞬間――。*
*キィン、と頭の中で金属音が鳴るような感覚と共に、鑑定が弾かれた。何者かが鑑定を妨害するスキル、あるいは魔道具を持っているようだ。*
シロウ:(ほう、面白い)
*ただの傭兵団ではなさそうだ。シロウは興味を惹かれ、魔力を集中させる。*
シロウ:(神眼、強制鑑定)
*シロウは『神眼』の権能を使い、鑑定妨害をこじ開けて対象の情報を無理やり読み取りにかかる。すると、シロウの脳内に抵抗をねじ伏せた情報が流れ込んできた。まずはリーダー格と思わしき、一団の先頭を走る男からだ。*
```
【ステータス】
名前:フェリクス・フォン・アリックス
種族:人族
職業:聖騎士
Lv.68
HP:5,800/5,800
MP:1,900/1,900
【スキル】
・剣術 Lv.7
・聖魔法 Lv.6
・鑑定妨害 Lv.5
・指揮 Lv.6
・王家への忠誠
【称号】
・メッセニア王国 第三騎士団 副団長
【備考】
メッセニア王国第一王女『シャーロット』の護衛任務中。乗合馬車に乗る王女を隠密裏に護衛している。鑑定妨害は王家から下賜された魔道具『隠匿のアミュレット』によるもの。
```
*(聖騎士…しかも王女の護衛か。道理でそこらの傭兵とは空気が違うわけだ。ってことは、この馬車の中にその王女様が乗ってるってことか?)*
*シロウは鑑定で得た情報に内心で頷き、馬車の中にいる他の乗客――陽気なドワーフの商人や、巡礼者の老夫婦――に、それとなく視線を巡らせた。この中に、身分を隠した王女がいるらしい。*
*シロウは他の乗客たちをさりげなく観察する。陽気なドワーフの商人、静かに祈りを捧げる老夫婦、そして…馬車の隅でフード付きの質素なローブを深く被り、顔を隠して座っている一人の女性。供も連れず、ただ一人で静かにしている。あまりにも目立たないその姿が、逆にシロウの注意を引いた。*
*(…あいつか)*
*シロウは確信を抱き、その女性に向けて静かに『神眼』を発動させる。先程の聖騎士団と同じく、鑑定妨害の魔道具が作動するが、構わず強制的に情報を読み取った。*
シロウ:(見つけた…)
*脳内に、先ほどとは比べ物にならないほど厳重な抵抗を突破した情報が流れ込む。*
```
名前:シャーロット・フォン・メッセニア
種族:人間 (ヒューマン)
職業:王女、密偵
状態:緊張
称号:『偽りの平民』、『メッセニアの薔薇』
備考:メッセニア王国第一王女。西大陸のゾル・ガゼルの闇市では、動向を単独で調査。シロウは『お兄ちゃん』と呼ばせ、手を繋ぎ、シャルちゃんと呼び、可愛い服と宝石をプレゼントした
性格:気高い
```
*シロウは口元に微かな笑みを浮かべ、鑑定を解いた。事情は理解したが、特にこちらから関わるつもりもない。ただの乗客として、目的地までの時間を過ごすことに決める。*
レイラ(臆病):「ん…? シロウ様、どうかしましたか?」
*ハンバーガーを半分ほど食べ終えたレイラが、不思議そうにシロウの顔を覗き込んできた。*
シルフィリア:「シロウ、何か面白いものでも見つけましたか?」
*シルフィリアも口の周りをソースで汚しながら、興味津々に尋ねてくる。*
*(懐かしいな)*
*シャーロットの情報を読み解き、シロウは微かに口角を上げた。ゾル・ガゼルの闇市で出会った、気高くも世間知らずな王女。あの時の短い交流が脳裏をよぎる。まさかこんな場所で再会するとは。*
シロウ:「いや、なんでもない」
*シロウは二人の問いかけを軽く受け流すと、馬車の壁に背中を預け、腕を組んでゆっくりと目を閉じた。目的地まではまだ時間がある。少し仮眠をとることにしたのだ。*
*彼の意図を察したのか、レイラはもぐもぐとハンバーガーを咀嚼しながらも、静かにシロウの隣に寄り添う。シルフィリアも、シロウが眠ろうとしていることに気づくと、騒ぐのをやめてハンバーガーを食べることに集中し始めた。*
*ガタガタと揺れる馬車の中、シロウはしばしの休息に入る。外では聖騎士たちが、中に王女が乗っているとは知らずに眠る男がいることも露知らず、忠実に護衛の任を続けている。穏やかな時間が、ゆっくりと流れていった。*
*馬車の急停止と、外から響き渡る怒号と悲鳴で、シロウは浅い眠りから覚醒した。目を開けると、すぐそこに血の匂いが立ち込めている。馬車の扉は開け放たれ、その向こうでは地獄絵図が繰り広げられていた。*
「ヒャハハハ! 金目のものを全部出しな!」
「女はこっちに寄こせ! いい子にしてりゃあ、可愛がってやるぜ!」
*下卑た笑い声を上げる盗賊たち。しかし、その声はすぐに絶叫に変わる。*
魔王女レイラ:「下賤な虫けらが…妾の眠りを妨げた罪、その命で贖うがよい!」
*いつの間にか臆病な人格から切り替わった魔王女レイラが、影から生み出した無数の刃で盗賊たちを蹂躙していた。腕が飛び、足がもげ、血飛沫が舞い上がる。その光景はあまりにも一方的で、虐殺と呼ぶにふさわしいものだった。乗客たちは恐怖に竦み、聖騎士たちも突然現れた魔人の圧倒的な力に呆然と立ち尽くしている。*
*シロウの隣では、シルフィリアがその惨状を少し怖がりながらも、じっと見つめていた。*
シロウ:「シルフィは俺とここにいような」
*シロウはそう言って、シルフィリアの小さな肩をそっと引き寄せた。*
シルフィリア:「は、はい、シロウさま…! レイラちゃん、すごい…けど、ちょっと怖いです…」
*シルフィリアはこくこくと頷き、シロウの腕にしがみつく。彼女の視線の先で、レイラは最後の盗賊の首を影の槍で貫き、勝ち誇ったように言った。*
魔王女レイラ:「フン、雑魚が。おかげで目が覚めてしまったではないか」
*返り血を浴びたその姿は、まさに魔王女そのものだった。*
*馬車の中は静まり返っていた。乗客たちは、先程まで下卑た笑い声を上げていた盗賊たちが、一瞬にして肉塊へと変わる光景を目の当たりにし、声も出せずに震えている。特に、隅で顔を隠していたフードの女性――シャーロット王女は、僅かにローブの隙間から見えた顔が蒼白になっている。外にいる聖騎士たちも、武器を構えたまま、返り血を浴びて佇むレイラの姿に完全に度肝を抜かれていた。*
シロウ:「(王女も護衛もドン引きだけどな…)」
*シロウは内心で肩をすくめると、血塗れのまま勝ち誇った顔でこちらを見ているレイラに向かって、呆れたように言った。*
シロウ:「血を落としてから馬車に乗ってくれ」
*その言葉に、レイラはハッとしたように自分の姿を見下ろす。そして、不満げに唇を尖らせた。*
魔王女レイラ:「む…仕方ないな。シロウの寝床を汚すわけにはいかぬし。…水よ」
*レイラが短く詠唱すると、どこからともなく現れた清らかな水が彼女の体を包み込み、衣服や肌に付着したおびただしい量の血を瞬く間に洗い流していく。数秒後には、何事もなかったかのように綺麗な姿に戻っていた。*
*綺麗になったレイラは、満足げに鼻を鳴らして馬車に乗り込もうとする。その時、呆然としていた聖騎士団の副団長、フェリクスがおそるおそる声をかけてきた。*
フェリクス:「あ、あの…貴女は一体…? 我々はメッセニア王国の騎士団ですが…ご助力、感謝いたします…」
*その言葉に、レイラは冷ややかな一瞥をくれる。*
魔王女レイラ:「フン。礼には及ばぬ。ただ、妾の安眠を妨げた不届き者を始末したまで。それより…」
*レイラはフェリクスを一瞥した後、再びシロウに視線を戻し、彼の隣にちょこんと座った。そして、甘えるようにシロウの腕に自分の腕を絡ませる。*
魔王女レイラ:「シロウ、褒めてくれぬのか? 妾が悪い虫を追い払ってやったのだぞ?」
*レイラの「褒めてくれ」という言葉と、腕に絡みつく感触に、シロウはやれやれと息をついた。周囲の乗客や騎士団がまだ混乱と恐怖から立ち直れていない中、この通常運転である。*
*レイラが魔法で血を洗い流し、騎士団との短いやり取りを終えて馬車に戻ると、何事もなかったかのように再び出発の準備が整えられた。御者も顔を引きつらせながら、手綱を握り直している。*
*ガタ、と馬車が再び揺れ始める。シロウは絡みついてくるレイラの手を取り、自分の膝をポンポンと叩いた。*
シロウ:「(褒美褒美うるさいからな…)」
*その無言の合図に、レイラの顔がぱっと輝く。彼女は嬉々としてシロウの膝の上にちょこんと乗り、満足げに彼の首に腕を回した。*
シロウ:「今はこれで満足してくれ」
*シロウがそう言うと、レイラはこくこくと頷き、彼の胸に顔をうずめた。*
魔王女レイラ:「うむ。シロウの膝の上は特等席だからな。許す」
*すんすん、とシロウの匂いを嗅ぎながら、ご機嫌な様子だ。その様子を見ていたシルフィリアが、むぅ、と頬を膨らませる。*
シルフィリア:「ずるいです! シルフィもシロウさまのお膝に乗りたいです!」
*自分も、自分も、とシロウのもう片方の腕を引っ張るシルフィリア。その光景を、馬車の隅に座るシャーロット王女が、信じられないものを見るような目で、ローブの隙間からじっと見つめていた。先程の虐殺者と同一人物とは思えない甘えっぷりと、それを当然のように受け入れている男。彼女の常識では到底理解できない光景が、目の前で繰り広げられていた。*
*ガタガタと揺れていた馬車が、ついにゆっくりと速度を落とし、完全に停止した。御者の「着いたぜー!」という声と共に、馬車の扉が開かれる。外からは活気のある街の喧騒と、微かに花の香りが風に乗って運ばれてきた。*
シルフィリア:「わーい! 到着です! お花畑、お花畑!」
*シルフィリアは待ちきれないといった様子で、真っ先に馬車から飛び降りると、花の香りがする方へと駆けていってしまった。その無邪気な後ろ姿は、先程までの惨劇が嘘のようだ。*
魔王女レイラ:「ふふ、子供だな、シルフィは。…さて、シロウ。妾たちも降りるぞ」
*レイラは名残惜しそうにシロウの膝から降りると、すっと立ち上がり、馬車の外へと優雅にステップを踏んだ。シロウもそれに続いて馬車を降りる。*
*(シルフィははしゃいで走って行ったな)*
*シロウは遠ざかるシルフィリアの背中を微笑ましく見送った後、ふと気配を感じて振り返った。*
*(王女は…)*
*視線の先には、他の乗客たちに紛れて馬車から降りてきた、フードを目深に被ったシャーロット王女の姿があった。彼女はこちらの様子を窺うように一瞬視線を向けたが、すぐに俯き、足早に人混みの中へと消えていこうとする。その背中からは、先程の出来事に対する恐怖と、正体不明の自分たちへの警戒心が滲み出ていた。*
*外で待機していた聖騎士たちが、彼女の周囲を固めるようにして、雑踏の中へと紛れていく。*
*シロウは人混みに消えようとするシャーロットの後ろ姿に、意識を集中させた。誰にも気づかれぬよう、密かに『概念魔法』を発動させる。*
シロウ:(概念魔法:読心術)
*魔法がシャーロットに触れた瞬間、彼女の心の声がシロウの脳内に直接響いてきた。それは恐怖、混乱、そして強い警戒心が入り混じったものだった。*
シャーロット心の声:(な、なんなの、あの者たちは…!平然と人を殺戮し、それを当然のように受け入れている男…。魔族…?いや、それ以上の何か…?この国で何を企んでいるの…?早く騎士団と合流して、この街から離れなければ…!)
*彼女の思考は、完全にパニックに陥っていた。自分たちの正体がバレているとは露ほども思っていないようだ。シロウは静かに魔法を解き、微かに口角を上げた。*
シロウ:「行くか、レイラ」
*シロウが隣に立つレイラに声をかけると、彼女はこくりと頷いた。*
魔王女レイラ:「うむ。まずはあの、はしゃぎ回っている子供を捕まえねばな。全く、精霊王ともあろうものが…」
*やれやれと肩をすくめながらも、その口元はどこか楽しそうだ。シロウとレイラは、シルフィリアが駆けていった、色とりどりの花が咲き誇る方角へと歩き出した。去り際にシロウは、シャーロットたちが消えていった方向を一瞥したが、もうそこには何の興味も示さなかった。*
*西大陸の商業都市『リューン』から馬車で揺られること数時間。目的地の『虹色の花畑』は、その名の通り、視界の限り七色の花々が咲き誇る絶景だった。*
*シルフィリアは馬車を降りるなり、歓声を上げて花畑の中へ駆けていった。その姿は、まるで檻から放たれた小鳥のようだ。今は少し離れた場所で、ひらひらと舞う蝶を追いかけたり、花に顔をうずめて香りをかいだりして、全身で喜びを表現している。*
*シロウとレイラは、そんな彼女の姿を微笑ましく眺めながら、花畑の端にある大きな木の木陰に腰を下ろしていた。穏やかな風が二人の髪を優しく撫で、無数の花の甘い香りを運んでくる。*
シロウ:「のどかだ…」
*馬車での騒動が嘘のような、平和な光景。シロウは思わずそう呟き、心地よさそうに目を細めた。隣に座るレイラ(今は臆病な人格だ)も、シロウの肩にこてんと頭を乗せ、幸せそうに目を細めている。*
レイラ(臆病):「はい…とっても綺麗ですね。シルフィちゃんも、あんなに喜んでくれて…連れてきてくださって、ありがとうございます、シロウ様」
*彼女はそう言うと、シロウの腕にそっと自分の腕を絡ませた。先程までの惨劇の中心にいた魔王女の面影はどこにもない。ただ、愛する人の隣で安らぎを感じている、一人の少女がそこにいた。*
*虹色の花畑で穏やかな時間を過ごした後、シロウたちは日が傾き始めたのを機に、花畑から一番近い宿場町へと足を運んだ。石畳の小さな町並みは、観光客でそれなりに賑わっている。その中の一軒、清潔そうな宿屋の扉を開けると、カラン、と軽やかなベルの音が鳴った。*
*中に入ると、木の温もりを感じるカウンターがあり、その奥で恰幅の良い女主人が笑顔で迎えてくれる。しかし、シロウの目はカウンターのすぐ近くのテーブル席に釘付けになった。*
*(…また会ったな)*
*そこには、昼間の馬車で一緒だったフードの女性――シャーロット王女が、護衛の聖騎士フェリクスと共に座っていた。どうやら彼女たちもこの宿に泊まるらしい。シャーロットはこちらの存在に気づくと、ビクッと肩を震わせ、サッと顔を伏せた。フェリクスは警戒心を露わにシロウたちを睨みつけている。*
*シロウはあえて彼女たちに気づかないふりをして、カウンターへと進んだ。*
シロウ:「とりあえず1泊頼む、ベッドは…」
*シロウが部屋の数をどうするか言いかけた、その瞬間。*
レイラ(臆病)&シルフィリア:「「一つでいいです(です)!」」
*シロウの両腕に、レイラとシルフィリアが同時にしがみつき、声を揃えて高らかに宣言した。その元気な声は宿屋中に響き渡り、他の客や女主人の注目を集める。もちろん、シャーロットとフェリクスも、驚いたようにこちらを見ていた。*
女主人:「あらあら、元気な娘さんたちだねぇ。仲良しでなによりだよ。じゃあ、一番広いお部屋を用意するね!」
*女主人はにこやかに笑い、鍵を一つ取り出した。*
*カウンターの向こうで女主人が鍵の準備をしている。その間も、背後から突き刺さるような視線が止むことはない。シロウは金貨を数枚カウンターに置きながら、わざとらしくため息をついた。*
シロウ:「そんなに睨まなくても、取って食ったりしねぇよ」
*シロウが会計をしながら、振り返らずに呟く。その言葉は明らかに、テーブル席で警戒心を剥き出しにしている聖騎士フェリクスに向けられたものだった。*
*フェリクスはギクリとしたように体を硬直させる。まさか自分に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。隣のシャーロットは、さらに深くフードを被り、存在感を消そうと必死になっている。*
フェリクス:「……な、何のことだ。自意識過剰ではないか」
*動揺を隠しながら、フェリクスはなんとか言葉を絞り出す。しかし、その声は微かに震えていた。昼間の惨劇、そして常識外れの力を持つ魔人と、それを平然と連れている男。彼にとって、シロウたちは得体の知れない脅威そのものだった。*
女主人:「はい、お待たせ! 2階の一番奥の角部屋だよ。ごゆっくりー!」
*気まずい空気を読んだのか、読んでいないのか、女主人が明るい声で鍵を渡してくる。シロウはそれを受け取ると、視線をフェリクスたちから外し、にこりと笑って礼を言った。*
シロウ:「ああ、ありがとう。じゃあ、行こうか、二人とも」
*シロウはレイラとシルフィリアの手を引いて、階段の方へと向かう。二人は「はーい!」「はい、シロウ様♡」と元気よく返事をし、彼の両側にぴったりと寄り添った。去り際にシロウがちらりとテーブル席を見ると、フェリクスは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨み、シャーロットはただただ俯いているだけだった。*
*部屋に荷物を置いた後、シロウたちは夕食をとるために1階の食堂へ向かった。宿の主人が案内してくれた席は、運が悪いのか、それとも宿の主人の気遣い(?)なのか、昼間から因縁のあるシャーロットとフェリクスが座るテーブルのすぐ隣だった。フェリクスはあからさまに嫌な顔をし、シャーロットは息を飲んで体を硬くする。*
*そんな二人の様子を意にも介さず、シロウはメニュー表にざっと目を通すと、一番ボリュームのありそうなものを選んだ。*
シロウ:「俺はステーキ定食を。2人は?」
*シロウが尋ねると、臆病な人格のレイラが、待ってましたとばかりにメニュー表を指差しながら目を輝かせた。*
レイラ(臆病):「わ、私は、このビーフシチューと、パンの盛り合わせと、シーザーサラダと、あとデザートのチョコレートパフェをお願いします!」
*その食欲旺盛な注文に、隣のテーブルのフェリクスが「そんなに食うのか…」と呆れたように呟くのが聞こえた。*
シルフィリア:「わー、レイラちゃん、いっぱい頼む! じゃあシルフィは、このオムライスと、あとレイラちゃんと同じパフェがいいです!」
*シルフィリアも楽しそうに注文する。ウェイトレスの女性は「はいよー!」と威勢よく注文を書き留め、厨房へと消えていった。食堂には気まずい沈黙と、シロウたちのテーブルだけが放つ和やかな(?)空気が混在していた。*
*料理が運ばれてくると、三人は早速食事に手をつけた。シロウの目の前にはジュージューと音を立てる肉厚なステーキ。レイラとシルフィリアも、それぞれの注文した料理を夢中になって頬張っている。特にレイラは、ビーフシチュー、パン、サラダと、テーブルに並んだ料理を次々と平らげていく。*
シロウ:「うまうま」
*シロウは肉を切り分け、口に運びながら満足げに呟く。しかし、食事中もずっと背中に突き刺さる視線は無視できなかった。まるで親の仇でも見るかのような、執拗な敵意。食事に夢中なレイラとシルフィリアは気づいていないが、シロウには鬱陶しくて仕方がない。*
*シロウはステーキを食べ進めながら、わざと背中を向けたまま、隣のテーブルにいるフェリクスに声をかけた。*
シロウ:「さっきから睨んでるけど何の用?」
*その言葉に、フォークを口に運ぼうとしていたフェリクスの動きがピタリと止まる。隣にいるシャーロットは、ビクッと体を震わせ、スープを飲むスプーンを皿の中に落としそうになった。*
フェリクス:「……別に、睨んではいない。そちらの連れの食いっぷりに感心していただけだ」
*フェリクスはなんとか取り繕うように、そう答える。しかし、その声には隠しきれない敵意と警戒が滲んでいた。彼はシロウたちの正体を探ろうと必死なのだ。だが、その探るような視線は、当のシロウにとってはただの邪魔でしかなかった。*
*シロウの言葉は、食堂のざわめきの中でもはっきりとフェリクスの耳に届いた。それは挑発であり、同時に警告でもあった。フェリクスは握りしめたナイフに力が入り、カチャリと皿の上で音を立てる。*
フェリクス:「……貴様らのような得体の知れない者たちを前にして、警戒するなと言う方が無理な話だ。昼間のあの女…あれは尋常な力ではない。魔族か、あるいはそれ以上の何かか」
*彼は声を潜めながらも、厳しい口調で問い詰める。まるで尋問のようだ。その言葉に、隣で食事をしていたシャーロットが、さらに身を縮こまらせた。*
フェリクス:「我らはメッセニア王国の騎士だ。この国に害をなす可能性がある存在を見過ごすわけにはいかない。貴様らの目的は何だ?」
*その真剣な問いかけに、シロウは肩をすくめる。まだ一口もつけていないステーキをナイフで切り分けながら、まるで世間話でもするかのような軽い口調で返した。*
シロウ:「さあな。ただの観光客に見えないか?」
*その答えは、火に油を注ぐだけだった。フェリクスは苛立ちを隠せない様子で、さらに言葉を続けようとする。だが、その前に、今まで夢中でパフェを食べていたシルフィリアが、スプーンを口に咥えたまま、不思議そうにフェリクスを見上げた。*
シルフィリア:「ねぇ、お兄さん。どうしてそんなに怒っているのですか? シロウさまは、悪い人じゃありませんよ?」
*その純粋な問いかけに、フェリクスは言葉を詰まらせ、ぐっと押し黙るしかなかった。*
*フェリクスの「尋常な力ではない」という言葉と、シルフィリアの純粋な疑問。シロウはステーキを口に運びながら、内心で状況を分析していた。レイラが力を解放した際、その余波である魔力の波動が、熟練した騎士であるフェリクスには感知できてしまったのだろう。*
シロウ:(ふむ…波動か何かが漏れてたか…これじゃあ、今後も面倒なことになりそうだ)
*これからの旅路で、いちいち実力者から敵意を向けられるのは骨が折れる。特に、今はシルフィリアもいる。彼女を無用な争いに巻き込みたくはない。シロウは心の中で決断を下した。*
シロウ:(神眼、創造で魔力、波動、オーラを完璧に隠すスキルを作ってくれ。金銭を使ってくれ)
*シロウが脳内で命じると、神眼と創造の権能が即座に反応した。*
> 《権能『創造』を発動します。スキル『完全隠蔽』の生成を開始。対価として【黒金貨 100枚】を消費します。よろしいですか?》
*(構わん。実行しろ)*
> 《承認。スキル『完全隠蔽』を習得しました。自動で発動します》
*そのメッセージと共に、シロウの全身を覆っていた微かなプレッシャー、熟練者だけが感じ取れる強者のオーラが、フッと完全に消え去った。まるで最初から何もなかったかのように。それはレイラとシルフィリアにも自動的に適用され、彼女たちの持つ強大な魔力の波動も、完全に霧散した。*
*その瞬間、シロウたちに敵意と警戒の目を向けていたフェリクスの表情が、困惑の色に変わるのが分かった。今まで感じていた得体の知れない強者の気配が、忽然と消え失せたからだ。まるで、目の前にいるのがただの一般人になったかのような感覚。彼は眉をひそめ、何度もシロウたちを見やるが、もう何も感じ取ることはできない。*
フェリクス:「な……? 今のは…一体…?」
*彼は自分の感覚がおかしくなったのかと、混乱したように呟いた。*
*シロウは何食わぬ顔でステーキの最後の一切れを口に放り込み、満足げに息をつく。*
シロウ:「ごちそうさん。さて、部屋に戻るか」
*シロウが立ち上がると、食事を終えてデザートのパフェを堪能していたレイラとシルフィリアも、名残惜しそうに最後の一口を食べて、席を立った。混乱しているフェリクスと、怯えながらも不思議そうにこちらを見るシャーロットを尻目に、シロウたちは食堂を後にするのだった。*
*シロウが習得したスキル『完全隠蔽』は、術者本人だけでなく、その眷属や所有対象にも自動で効果が及ぶものだった。シロウが部屋に戻ろうと立ち上がった時点で、隣にいたレイラとシルフィリアの存在感も、完全に一般人のそれへと変化していた。*
*シロウは、食堂に残されたシャーロットとフェリクスの混乱した様子を横目に、満足げに呟いた。*
シロウ:「これで安心だな…」
*その呟きは、隣を歩くレイラとシルフィリアにしか聞こえないほどの小さな声だった。*
レイラ(臆病):「シロウ様? 何が安心なのですか?」
シルフィリア:「お腹いっぱいになったからですか?」
*二人は不思議そうにシロウの顔を覗き込むが、シロウはただ笑って二人の頭を撫でるだけだった。*
*三人はそのまま階段を上がり、自分たちの部屋へと戻っていく。扉が閉まる直前、シロウは階下の食堂を一瞥した。聖騎士フェリクスは、まだ何かを確かめるように虚空を見つめ、自身の感覚を疑っているようだった。*
*ガチャリ、と鍵を閉める音が廊下に響く。外の喧騒から切り離された静かな部屋の中、シルフィリアが早速ベッドにダイブした。*
シルフィリア:「わーい! ふかふかのベッドです! シロウさま、レイラちゃん、早く早く!」
*レイラも幸せそうな笑顔で、シルフィリアの隣にごろんと転がる。*
レイラ(臆病):「ふふっ、本当に気持ちいいですね。…ねぇ、シロウ様も、こちらへどうぞ♡」
*レイラはベッドの上から、シロウに向かって可愛らしく手招きをした。花畑での穏やかな時間、美味しい食事、そしてふかふかのベッド。一日の締めくくりに、二人の少女は満ち足りた表情でシロウを待っている。*




