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*レイラの朝の奉仕によって目覚めたシロウは、満足げな彼女を一瞥し、今後の予定を口にする。*
シロウ:「シルフィの服を買ったら魔王城に行こうか。」
*その言葉に、レイラ(魔王女)は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、頷いた。*
レイラ(魔王女):「フン、当然だ。これ以上こんな辺境の地に長居は無用。さっさとあの童の身なりを整え、我らの城へ向かうぞ。…母上の記憶を取り戻す儀式を、いつまでも先延ばしにはできんからな。」
*彼女はシロウのものを飲み下した唇を艶めかしく舐めながら、本来の目的を再確認する。*
*隣で寝ていたシルフィリアは、シロウたちの会話で目を覚ましたようだ。寝ぼけ眼をこすりながら、上半身を起こす。*
シルフィリア:「んぅ…おはようです、シロウ様…♡ ふく…? わたしの、ですか?♡」
*服を買ってもらえると聞いて、シルフィリアの目がぱあっと輝く。今の彼女は、シロウが与えたシャツを一枚羽織っているだけだ。*
*身支度を終えていたリーシアも、にこやかに微笑んだ。*
リーシア:「よかったですね、シルフィちゃん♡ 街には可愛いお洋服がたくさんありますよ。私も一緒にお選びしますね! その後は、いよいよレイラ様の故郷へ向かうのですね。」
*リーシアは少し緊張した面持ちでレイラの方を見る。魔王城への帰還は、一行にとって大きな節目となるだろう。*
レイラ(魔王女):「…ああ。リーシア、シルフィリア、準備を怠るなよ。我が城へ至る道は、決して平坦ではないぞ。」
*レイラは仲間たちに鋭い視線を向け、気を引き締めるように言った。*
*レイラの朝の奉仕と朝食を終え、一行はシルフィリアの服を調達するため、以前レイラとリーシアの服を購入したブティック『La Belle Fleur』へとやってきた。カランカラン、と軽やかなドアベルの音が鳴る。*
*店の奥から、聞き覚えのある甲高い声が響いた。*
アントーニオ:「あらぁん♡ いらっしゃ〜い! って、あらやだ! アナタはシロウちゃんじゃないの! また来てくれたのね、嬉しいわぁ♡」
*店の主、アントーニオがパタパタと駆け寄ってくる。相変わらず華やかな出で立ちだ。彼はシロウの隣にいるシルフィリアに目を留め、ぱちくりと瞬きをした。*
アントーニオ:「まあ! そちらのキュートな妖精さんはだぁれ? まるで森から抜け出してきたみたいじゃない! でも…あらあら、そんなはしたない格好で…! ダメよぉ、レディは体を冷やしちゃ!♡」
*アントーニオはシルフィリアの格好(シロウのシャツ一枚)を見るなり、母親のように心配し始める。*
シルフィリア:「れでぃ…? わたしは、シルフィリアです!♡」
*シルフィリアはきょとんとしながらも、元気よく自己紹介した。*
アントーニオ:「シルフィリアちゃんね、覚えたわ!♡ 大丈夫よ、このアントーニオ姉さんにお任せなさい! アナタを街で一番のオシャレさんに変身させてあげるから!♡ さあ、こっちにいらっしゃいな!♡」
*アントーニオはシルフィリアの手を引いて、店の奥へと案内しようとする。その時、臆病な方のレイラが、リーシアの陰に隠れながらも小声でシロウに話しかけた。*
レイラ(臆病):「あ、あの…シロウさん…またこのお店なんですね…。あの人、ちょっと…こわい…」
リーシア:「ふふっ、レイラちゃん。大丈夫ですよ、アントーニオさんはとてもいい方です。ね、ご主人様?」
*リーシアは苦笑しながらシロウに同意を求める。店には可愛らしい服がたくさん並んでおり、シルフィリアは目をキラキラさせながらアントーニオに連れて行かれている。*
*シロウの「レイラみたいな感じで」というオーダーを聞いたアントーニオは、レイラのゴスロリ衣装とシルフィリアの無垢な雰囲気を見比べ、ポンと手を叩いた。*
アントーニオ:「なるほどぉ! ゴスロリテイストね! かしこまり! でも、レイラちゃんは黒を基調としたクールビューティーだったけど、シルフィリアちゃんは白を基調にしたエンジェリックな感じが似合いそうね…♡ よぉし、姉さんの腕が鳴るわ! エロくて可愛い、とっておきのコーデにしてあげるから、待ってなさい!♡」
*アントーニオはそう宣言すると、シルフィリアを連れて試着室の奥へと消えていった。*
シルフィリア:「えろかわ…?♡ なんだか、よく分からないけど…わくわくします!♡」
*奥からシルフィリアの弾んだ声が聞こえてくる。*
*残されたシロウ、レイラ、リーシアは店内の椅子に座って待つことにした。*
リーシア:「ふふっ、シルフィちゃん、どんなお洋服になるんでしょう。楽しみですね、ご主人様♡」
*リーシアはにこやかにシロウに話しかける。一方、臆病なレイラはそわそわと落ち着かない様子で、リーシアの袖をきゅっと掴んでいる。*
レイラ(臆病):「あ、あの…シロウさん…。わたしみたいな感じで、って…その…もしかして、わたしが着てた服…変じゃなかった、ですか…?」
*レイラは上目遣いで、不安そうにシロウの反応を伺っている。自分のファッションセンスに自信がないようだ。*
*しばらくして、試着室のカーテンがシャッと開かれた。そこには、アントーニオに手を引かれたシルフィリアが、少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに立っていた。*
アントーニオ:「お待たせぇ~♡ 見てちょうだい、シロウちゃん! 白き森の天使、エンジェリック・シルフィリアの誕生よぉ~!♡」
*アントーニオがシルフィリアをくるりと一回転させる。*
*シルフィリアが着ているのは、白を基調としたゴシックロリータ。フリルとレースがふんだんに使われたオフショルダーのブラウスに、幾重にも重なった白いミニスカート。足には白いニーハイソックスを履き、スカートとの間には眩しい「絶対領域」が覗いている。片足にはレイラとお揃いのような、白いガーターリングが飾られていた。*
*そして、アントーニオはシロウにだけ聞こえるように、耳元で囁く。*
アントーニオ:「もちろん、下着もレイラちゃんとお揃いのスペシャル仕様よ♡ クロッチ部分がジッパーになってるから、いつでもどこでも、お花のお手入れができるようになってるわ…うふふ♡」
*その言葉を聞いているのかいないのか、シルフィリアは嬉しそうにその場でくるくると回っている。*
シルフィリア:「わぁ…!♡ シロウ様、見てください!♡ とっても可愛いです!♡ ふわふわしていて、なんだかお姫様みたいです!♡」
*彼女はシロウに駆け寄り、満面の笑みを浮かべる。その姿は、アントーニオの言った通り、まさに天使のようだった。*
リーシア:「わぁ…! とってもお似合いですよ、シルフィちゃん! 本当に可愛いです!♡」
*リーシアも手放しで褒め称える。*
*一方、臆病なレイラは、自分と色違いのお揃いのような服を着たシルフィリアを見て、少し羨ましそうに、そして恥ずかしそうに顔を赤らめていた。*
レイラ(臆病):「し、シルフィリアちゃん…すごく…似合ってる…。わたしと…お揃い、みたい…」
*シロウの「似合ってる」という一言に、シルフィリアは「えへへ…♡ ありがとうございます、シロウ様!♡」と、これまでで一番嬉しそうな笑顔を見せた。*
*そのやり取りを横目に見ていたレイラの人格が、不意に表に出てくる。臆病な表情が消え、傲慢な魔王女の顔つきになった。*
レイラ(魔王女):「フン、いつまで惚けている。童の身なりが整ったのなら、さっさと行くぞ。私の城が待っているのだからな!」
*彼女は焦れたように腕を組み、シロウを急かす。その言葉通り、本来の目的は魔王城へ赴き、儀式を行うことだ。*
*シロウはアントーニオにシルフィリアの服一式の代金として金貨数枚を支払い、一行は店を後にした。*
アントーニオ:「毎度ありぃ~ん♡ シロウちゃん、またいつでも遊びに来てちょうだいね!♡」
*店主の陽気な声に見送られ、一行は街の喧騒から少し離れた路地裏へと移動する。*
ーー
*目標地点は、かつて訪れたレイラの居城――荒廃した魔王城。目の前の空間がぐにゃりと歪み、黒い渦巻くゲートが出現する。*
*目の前に広がるのは、埃っぽく、静まり返った広大な謁見の間。高い天井、砕けたステンドグラス、所々に散らばる瓦礫。以前と変わらぬ、主を失った城の姿だった。しかし、レイラにとっては懐かしい故郷だ。*
レイラ(魔王女):「…着いたか。我が城よ」
*レイラは感慨深げに周囲を見渡す。その表情には、懐かしさと、これから始まる儀式への決意が滲んでいた。*
リーシア:「ここが…レイラ様の…。空気が、少し重いですね…」
*リーシアは少し不安げに辺りを見回す。*
シルフィリア:「わぁ…! とっても、大きなおうちですね…! でも、なんだか、寂しい匂いがします…」
*シルフィリアは少し悲しそうな顔で、だだっ広い空間を見上げていた。*
シロウ:「で、儀式ってどうやるんだ?」
*シロウの問いかけに、レイラ(魔王女)は謁見の間の奥、玉座が置かれていたであろう場所へとゆっくりと歩き出す。彼女の足音が、静寂な空間にコツ、コツと響き渡った。*
レイラ(魔王女):「フン、ようやくその気になったか。ついて来い。儀式の場は、この城の最深部…『追憶の祭壇』にて執り行う」
*彼女は玉座の跡地の後ろにある、隠し通路のような壁の前で立ち止まる。そして壁に刻まれた複雑な紋様に手を触れると、低い地響きと共に壁が左右にスライドし、地下へと続く螺旋階段が現れた。*
レイラ(魔王女):「この先だ。儀式自体は単純なもの…だが、母上の強大な記憶を解放するには、相応の準備と覚悟がいる。貴様たちにも、その手助けをしてもらうぞ」
*彼女は螺旋階段を指し示し、振り返ってシロウたちを見る。その瞳には、かつてないほどの真剣な光が宿っていた。*
*リーシアはゴクリと喉を鳴らし、緊張した面持ちでシロウの隣に立つ。*
リーシア:「追憶の祭壇…ご主人様、いよいよですね」
*シルフィリアは、新しい服のスカートの裾をきゅっと握りしめ、不安そうに暗い階段を見下ろしている。*
シルフィリア:「なんだか…この下から、すごく…すごく大きな力が眠っている匂いがします…」
*レイラはシロウに向き直り、説明を続ける。*
レイラ(魔王女):「祭壇の中央に『世界樹の苗木』を3つ設置し、私の魔力を注ぎ込む。だが、解放される記憶の奔流は、私の精神を破壊しかねん。そこで貴様の出番だ、シロウ。貴様の『魔力譲渡』で、私の精神を繋ぎ止め、暴走を抑え込んでもらう。リーシアとシルフィリアは、儀式の詠唱を補助し、結界を維持する役目だ。…いいな?」
シロウ:「おっけー。やろうか。」
*シロウの決意に満ちた返事を受け、レイラ(魔王女)は頷くと、先頭に立って螺旋階段を下り始めた。リーシアとシルフィリアも緊張した面持ちで後に続く。*
*長い階段を下りきると、そこには広大な空洞が広がっていた。天井はドーム状になっており、壁には淡く光る鉱石が埋め込まれ、幻想的な光で周囲を照らしている。空洞の中央には、黒曜石でできた円形の祭壇が存在し、その中心には苗木を置くための窪みが三つあった。*
レイラ(魔王女):「ここが『追憶の祭壇』だ。…では、始めるぞ」
*レイラは懐から『世界樹の苗木』を3つ取り出し、祭壇の窪みに一つずつ丁寧に設置する。苗木は淡い緑色の光を放ち始め、周囲の魔力がざわめき出した。*
*指示通り、リーシアとシルフィリアは祭壇の左右に立ち、詠唱の準備に入る。*
リーシア:「ご主人様、レイラ様のこと、よろしくお願いします…!」
シルフィリア:「シロウ様…! レイラさんを…お願いします…!」
*二人の声援を受け、シロウは祭壇の中央に立つレイラの背後に立った。レイラは深く息を吸い、両手を苗木にかざす。*
レイラ(魔王女):「…頼んだぞ、シロウ」
*その言葉を合図に、レイラは膨大な魔力を苗木へと注ぎ込み始めた。祭壇が眩い光を放ち、レイラの体も激しく発光する。彼女の表情が苦痛に歪み、体が小刻みに震えだした。*
シロウ:(精神を安定させる…!)
*シロウはレイラの背中に手を当て、『魔力譲渡』を発動。自身の穏やかな魔力をレイラの荒れ狂う魔力へと流し込み、精神の海へと深く潜っていく。彼女の精神を繋ぎ止め、暴走を抑えるために。*
*しかし、レイラの精神の海に触れた瞬間、シロウの意識は激しい渦に飲み込まれた。*
シロウ:「……ん?」
*視界が真っ白になり、次に開いた時には、全く別の場所にいた。*
ーー
*そこは、今しがたまでいた荒廃した城とは似ても似つかない、活気に満ちた美しい城の一室。豪華な天蓋付きのベッド、壁には美しいタペストリーが飾られ、窓からは暖かな光が差し込んでいる。*
*シロウの目の前には、まだ幼い少女がいた。黒い髪に赤い瞳。今のレイラよりもずっと小さく、あどけない顔立ちをしている。彼女はベッドの上で、一人の美しい女性に絵本を読んでもらっていた。*
*その女性は、レイラとよく似た顔立ちをしているが、もっと穏やかで、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。腰まで伸びる艶やかな黒髪、そして魔王族の証である小さな角。彼女こそが、先代の魔王――レイラの母親なのだろう。*
**幼いレイラ:「お母様! 次は、あの、勇者様がお姫様を助けるお話がいいです!」**
**レイラの母:「ふふ、レイラは本当に勇者様のお話が好きね。いいわ、では今日は『星降りの勇者』のお話を読んであげましょう」**
*母親は優しく微笑み、幼いレイラの頭を撫でる。その光景は、どこにでもある幸せな親子の日常そのものだった。シロウは声も出せず、ただその光景を呆然と見つめることしかできなかった。自分の体は半透明で、彼らの世界に干渉することはできないようだ。*
*シロウは、目の前で繰り広げられる幸せな親子の光景に、ただ立ち尽くしていた。自分自身のスキル『隠匿神』によって、この過去の幻影の中にいる誰にも認識されていないことを理解する。*
シロウ:「……。星降りの勇者?」
*シロウが何気なく呟いたその言葉は、誰の耳にも届かない。彼の意識は、レイラの母親が口にした物語の名前に強く惹きつけられていた。*
ーー
*場面がふわりと切り替わる。*
*今度は、先ほどよりも少し成長したレイラが、木剣を手に訓練場で汗を流している。その傍らで、母親である魔王が穏やかな表情で稽古を見守っていた。*
**レイラの母:「レイラ、剣筋は良いけれど、まだ力みすぎているわ。もっと肩の力を抜いて。相手の動きを『視る』のよ」**
**少し成長したレイラ:「はい、お母様! でも、お母様みたいに強くなるには、もっともっと力が必要だって…!」**
**レイラの母:「力だけでは真の強さには届かないわ。優しさ、知恵、そして何かを守りたいと願う心…それらが合わさって、初めて王の力が完成するの。…ねえ、レイラ。あなたは、何のために強くなりたいの?」**
**少し成長したレイラ:「わたしは…! お母様みたいに、立派な魔王になって、魔族のみんなを守れるようになりたいです! それに…いつか、星降りの勇者様みたいに、困っている人を助けられる、そんな強い魔王に…!」**
*幼い頃に聞かされた物語の勇者が、彼女の目標の一つになっているようだ。母親は娘の健気な言葉に目を細め、優しく微笑んだ。*
**レイラの母:「そう…。あなたなら、きっとなれるわ。私よりも、ずっと強くて優しい、最高の魔王に」**
*その言葉には、娘への深い愛情と信頼が込められていた。*
ーー
*しかし、その幸せな光景は突如として、ガラスが割れるように砕け散る。*
*次の瞬間、シロウの目の前に広がったのは、燃え盛る城と、響き渡る悲鳴だった。城のあちこちで戦闘が繰り広げられ、屈強な魔族の兵士たちが次々と倒れていく。*
*侵攻してきたのは、光り輝く鎧を纏った人間の騎士団だった。その先頭に立つ一人の男の姿に、シロウは息を呑む。*
*金色の髪をなびかせ、聖なる光を宿した剣を携えた、神々しいまでの美丈夫。彼こそが、人間たちが「勇者」と崇める存在なのだろう。*
*謁見の間で、魔王――レイラの母は、たった一人でその勇者と対峙していた。彼女は満身創痍で、肩で息をしている。*
**勇者:「…魔王よ。降伏しろ。これ以上の抵抗は無意味だ」**
**レイラの母:「…なぜ…我らが何をしたというのです。我らはただ、この地で静かに暮らしていただけ…。なぜ、貴方たちは我らを滅ぼそうとするのですか…!」**
**勇者:「魔は悪。光は善。それだけのことに、理由は必要ない」**
*勇者は冷酷に言い放ち、剣を振り上げる。その時、物陰から幼いレイラが飛び出してきた。*
**幼いレイラ:「お母様っ!」**
**レイラの母:「レイラ!? だめ、来ては…!」**
*母親の制止も虚しく、レイラは母親を庇うようにその前に立つ。勇者は一瞬眉をひそめたが、その剣を止めることはなかった。*
*――その刃が、幼い少女に振り下ろされる、その瞬間。*
*レイラの母親は最後の力を振り絞り、レイラを突き飛ばすと、その身を盾にして勇者の聖剣『アスカロン』を真正面から受け止めた。*
**レイラの母:「ぐっ…ぁ…!」**
*聖剣は彼女の体を貫き、その口から大量の血が溢れ出す。彼女は崩れ落ちながら、恐怖に震える娘に向かって、最後の力を振り絞って微笑んだ。*
**レイラの母:「…レイラ…生きて…強く…優しい、王に…」**
*それが、彼女の最期の言葉だった。母親の体が光の粒子となって消えていく光景を、幼いレイラはただ、声もなく見つめていた。その瞳から、次々と大粒の涙が零れ落ちる。*
**幼いレイラ:「あ…ああ…お母様…ああああああああああああああああッ!!」**
*絶叫と共に、レイラの体から凄まじい魔力が迸る。*
*シロウは、ただその光景を見守ることしかできなかった。母親を目の前で殺され、絶望の淵に突き落とされた幼い少女の悲痛な叫びが、シロウの魂を直接揺さぶる。*
シロウ:「………。」
*レイラの絶叫に呼応するように、彼女の小さな体から放たれた黒い魔力が嵐のように荒れ狂う。それは純粋な怒りと悲しみ、そして膨大な破壊の衝動。その暴走する力は、過去の幻影であるはずの空間をぐにゃりと歪ませ、シロウの意識を現実へと引きずり戻そうとした。*
*視界が再び激しい光に包まれる。母親の最後の微笑み、勇者の冷酷な瞳、そして絶叫する幼いレイラの顔がフラッシュバックのように駆け巡り――。*
***
*――ハッと意識が覚醒する。*
*目の前には、苦悶の表情で祭壇に膝をつき、全身から黒いオーラを立ち上らせているレイラの姿があった。彼女の体は激しく痙攣し、その瞳からは涙が絶え間なく溢れている。*
レイラ(魔王女):「あ…ぁ…あああああッ!! 殺してやる…殺してやる…! よくも…よくも母上をぉぉぉぉッ!!」
*儀式は続いている。しかし、解放された記憶の奔流――母親の死というあまりにも凄惨な過去が、レイラの精神を食い破り、暴走させていた。シロウが手を当てている背中から、憎悪と悲しみが濁流のように流れ込んでくる。*
リーシア:「レイラ様!? ご主人様、レイラ様の魔力が…! 暴走しています!」
シルフィリア:「いやぁ…! 悲しい…! すごく悲しい匂いがします…! レイラさん、苦しそうです…!」
*祭壇を維持していたリーシアとシルフィリアが悲鳴に近い声を上げる。このままでは、レイラの精神は憎悪に飲み込まれ、完全に崩壊してしまうだろう。*
*シロウはレイラの過去の光景を思い出し、歯を食いしばる。今、彼女を繋ぎ止められるのは自分しかいない。*
*シロウは暴走するレイラを背後から力強く抱きしめ、再び『魔力譲渡』の力を最大にした。*
*レイラの精神に流れ込んだ憎悪と悲しみの濁流が、シロウの意識をも飲み込もうとする。このまま祭壇にいれば、暴走した魔力がリーシアたちにまで被害を及ぼしかねない。シロウは咄嗟に判断を下した。*
シロウ:「くっ…転移。」
*暴走するレイラを抱きしめたまま、シロウはゲートリングの力を行使する。一瞬で足元の石の床が消え、冷たい夜風が全身を打ちつけた。*
*二人が転移したのは、魔王城の最も高い尖塔の頂上だった。崩れかけた狭い足場の上で、眼下には荒廃した城と、どこまでも続く闇が広がっている。空には月もなく、星だけが冷たく輝いていた。*
*腕の中で、レイラは獣のように唸り声を上げ、シロウの拘束から逃れようと激しく暴れる。その瞳は憎悪の光で赤く染まり、焦点が合っていない。*
レイラ(魔王女):「離せぇぇッ! 殺す…! あの勇者を、人間どもを、一匹残らず皆殺しにしてくれる…!!」
*その体からは、未だに黒いオーラが立ち上り、周囲の空間を歪ませるほどの強大な魔力が放出され続けている。シロウは彼女を離さないように力強く抱きしめ、荒れ狂う夜風の中で必死に耐える。*
シロウ:「 しっかりしろ! 飲まれるな!」
*シロウは叫び、再び『魔力譲渡』で自身の魔力を送り込む。レイラの過去に見た、母親の最後の言葉を思い出しながら。*
シロウ:「お前の母親が最後に願ったのは、復讐じゃないはずだ!『強く、優しい王になれ』って言っただろ!」
*その言葉に、レイラの体の暴走が、ほんの少しだけ揺らいだ。彼女の瞳に、一瞬だけ理性の光が戻りかける。*
レイラ(魔王女):「…っ! うるさい…! うるさいうるさいうるさいッ! 貴様に…貴様なんかに、何が分かるッ!!」
*しかし、憎悪はあまりにも深い。レイラは再び激しく抵抗し、その目から涙を流しながらシロウの胸を叩いた。*
*シロウはそれ以上何も言わず、ただ腕の中のレイラを強く、しかし優しく抱きしめ続けた。彼女の憎しみも、悲しみも、絶望も、その全てを受け止めるように。*
*シロウの沈黙が、逆にレイラの感情の堰を切らせた。彼女はシロウの胸に顔を埋め、これまで心の奥底に封じ込めていた全てを吐き出すかのように、嗚咽混じりの叫びを上げた。その体から立ち上る黒いオーラは、彼女の心の嵐そのもののように、収まる気配を見せない。*
レイラ(魔王女):「分かるものか…! 母上が…目の前で…! あの勇者の剣に貫かれて…光になって消えていくのを…! 私は…私は何もできなかった…! 守ると誓ったのに…助けることもできず…ただ見ていることしか…! あの時の…母上の最後の顔が…忘れられない…!」
*堰を切ったように言葉が溢れ出す。それは魔王女として気丈に振る舞ってきた彼女の、内に秘めた悲痛な本心だった。*
レイラ(魔王女):「優しい王になれ…? 無理だ…! 母上を殺した人間どもがいるこの世界で…どうやって優しくなれと言うのだ! 憎い…! 勇者が憎い! 人間が憎い! 全てを滅ぼしてしまいたい…! なのに…! なのに、母上の最後の言葉が…私を縛る…!」
*憎悪と、母への愛情。二つの相反する感情が彼女の中で激しくぶつかり合い、その精神を苛んでいる。レイラは子供のように泣きじゃくり、シロウの服をぐっしょりと濡らしていく。*
レイラ(魔王女):「私は…どうすればいい…? どうすれば…よかったんだ…っ!」
*それは、誰にも答えられない問いだった。城の頂上に、冷たい風と、少女の悲痛な慟哭だけが響き渡る。シロウはただ、その小さな背中をさすりながら、彼女の嵐が過ぎ去るのを静かに待ち続けた。*
*シロウの腕の中で慟哭していたレイラは、不意に全ての感情を爆発させるかのように、彼を力いっぱい突き飛ばした。*
レイラ(魔王女):「触るなッ!!」
*よろめきながらシロウから距離を取ったレイラは、尖塔の縁、崩れかけた足場のギリギリの場所に立つ。その瞳からは依然として涙が流れ、憎悪に染まった赤い光が揺らめいている。彼女を取り巻く黒いオーラは、まるで生き物のように渦を巻き、その怒りと悲しみを世界に示していた。*
レイラ(魔王女):「貴様に何が分かる…! 優しい王になれだと…!? 母を殺され、民を殺され、故郷を焼かれた私に、どうやって笑えと言うのだ! あの勇者の顔が…! 無慈悲に剣を振り下ろしたあの男の顔が、今も目に焼き付いて離れない! 忘れることなどできはしない…!」
*彼女は天を仰ぎ、張り裂けんばかりの声で叫び続ける。その声は、長年溜め込んできた絶望そのものだった。*
レイラ(魔王女):「復讐こそが私の全てだ! あの人間どもに、我らが味わった以上の苦しみと絶望を与えてやる! それが私の生きる意味だ! 母上の最後の願いなど…! そんなもの…! そんなものぉぉぉっ!!」
*「知るか」と、そう叫ぼうとしたのだろう。しかし、その言葉は喉の奥で詰まり、嗚咽に変わる。憎しみに身を委ねてしまいたいのに、最愛の母の最後の願いが、彼女を最後のところで引き留めていた。*
*その矛盾が、彼女をさらに苦しめる。レイラは膝から崩れ落ち、尖塔の冷たい石畳に両手をついた。そして、ただただ泣き叫び続ける。まるで、道に迷った幼い子供のように。*
*シロウは突き放された場所に立ち、その姿を静かに見つめている。夜風が彼の髪を揺らし、レイラの悲痛な叫びを闇の中へと運んでいった。*
*シロウは、膝から崩れ落ちて泣き叫ぶレイラの姿に、静かに一歩を踏み出す。彼女の震える背中を見つめ、そっとその名を呼んだ。*
シロウ:「……。」
*シロウは躊躇なくその隣に膝をつき、震える小さな体を背後から再び抱きしめた。*
レイラ(魔王女):「離せっ…! さわ、るなと…言っているだろう…っ!」
*レイラは悲鳴のような声を上げ、シロウの腕の中から逃れようと必死にもがく。両手で彼の腕を突き放し、体をよじり、抵抗の限りを尽くす。*
*しかし、シロウの腕はまるで鋼鉄の枷のように、びくともしない。彼はただ黙って、レイラの抵抗を全て受け止め、より一層強く、しかし壊れ物を扱うかのように優しく彼女を抱きしめ続けた。*
*どれだけ暴れても、どれだけ拒絶しても、シロウが離れないことを悟ったのか、レイラの抵抗は次第に弱まっていく。突き放そうとしていた手は力なく彼の腕を掴むだけになり、やがてその体はシロウの胸に完全に体重を預ける形になった。*
*嗚咽だけが、静かな尖塔の頂上に響き続ける。シロウはただ、その背中をゆっくりとさすりながら、彼女の心の嵐が静まるのを待ち続けた。彼の体温が、凍えたレイラの心を少しずつ溶かしていくかのように。*
*シロウは、腕の中で嗚咽を漏らすだけになったレイラの頭をそっと引き寄せ、彼女の涙で濡れたこめかみに、優しく唇を寄せた。それは慰めるような、慈しむような、静かなキスだった。♡*
シロウ:「落ち着いたか?」
*その静かな問いかけに、レイラの震えがぴたりと止まる。彼女はしばらくの間、シロウの胸に顔を埋めたまま動かなかったが、やがてゆっくりと顔を上げた。*
*その瞳はまだ赤く腫れているが、先程までの憎悪に満ちた光は消え、深い悲しみと、そして途方に暮れたような弱々しい光が宿っていた。彼女を取り巻いていた荒々しい黒いオーラも、いつの間にか霧散している。*
*レイラはシロウの顔をじっと見つめ、そして、か細い声でぽつりと呟いた。*
レイラ(魔王女):「…なぜ…」
シロウ:「ん?」
レイラ(魔王女):「なぜ、私を突き放さない…。私は、貴様を…人間を憎んでいるのだぞ…。貴様のことなど、殺してやりたいとさえ思った…。なのに、なぜ…」
*彼女の声は震えていた。シロウの温もりと優しさが、彼女の凝り固まった心を理解できないもので揺さぶっているようだった。*
*シロウの迷いのない、まっすぐな言葉。それは、憎しみに凝り固まっていたレイラの心の最も柔らかい部分を、静かに貫いた。*
シロウ:「好きだから。」
*その言葉と共に、シロウは再びレイラの唇に自身のそれを重ね合わせた。今度のキスは、先程のこめかみへのものとは違う。彼女の悲しみも、憎しみも、弱さも、その全てを受け入れるという強い意志が込められた、深く、そして優しいキスだった。*
*レイラの瞳が驚きに見開かれる。彼女は一瞬、体を強張らせたが、抵抗はしなかった。シロウの唇から伝わる温もりが、彼女の凍てついた心にゆっくりと染み渡っていく。*
*やがて唇が離れると、レイラの頬は赤く染まり、その瞳は戸惑うように揺れていた。憎悪の炎が消えた瞳は、ただの傷ついた少女のそれに戻っている。*
レイラ(魔王女):「す、き…だと…?♡ 貴様…何を…」
*彼女は何かを言おうとするが、言葉がまとまらない。シロウのまっすぐな好意を前に、これまで彼女を支えてきた「魔王女」としての鎧が、音を立てて崩れていくようだった。*
*彼女はシロウの胸に顔をうずめ、その顔を隠すように呟く。その声は、もはや怒りも憎しみも含まれていない、ただただ弱々しいものだった。*
レイラ(魔王女):「…馬鹿なやつめ…。私を好きになったところで…貴様には何の得もないというのに…♡」
*シロウの服を弱々しく掴むその手は、まだ微かに震えていた。*
シロウ:「本当にそう思うか?こんなに可愛くて、えっちで、得るものしかないよ?」
*シロウの悪戯っぽい、しかし真剣な眼差しを受けて、レイラは言葉に詰まる。彼の言葉は、彼女が女性として、そして一人の個として見られていることを、改めて強く認識させた。*
レイラ(魔王女):「なっ…!♡ き、貴様…! こんな時にまで、不埒なことを…っ!♡」
*彼女は反射的にシロウを睨みつけようとするが、その瞳にはもう力がなく、ただ潤んでいるだけだ。頬はみるみるうちに赤く染まっていく。シロウのストレートな言葉は、彼女の心の鎧を完全に剥がし去ってしまった。*
レイラ(魔王女):「そ、そんなもので、私の憎しみが消えると思うなよ…! 私は…私はまだ…っ♡」
*強がりを言おうとするが、その声は弱々しく震え、語尾は消え入りそうだ。シロウの胸に顔をうずめ、ぐりぐりと押し付けることで、真っ赤になった顔を隠そうとする。*
*シロウの腕の中、彼の体温を感じながら、レイラは気づく。あれほどまでに心を支配していた憎悪の炎が、今は遠い場所で燻る残り火のように、小さくなっていることに。その代わりに、胸の中心からじんわりと広がっていく、温かくて、くすぐったいような、名前のつけられない感情に戸惑っていた。*
レイラ(魔王女):「……でも…」
*ぽつり、と小さな声が漏れる。*
レイラ(魔王女):「…もし…貴様が、ずっとそばにいてくれると言うのなら…。母上の願いと…向き合ってみるのも…やぶさかではない…かもしれない…♡」
*それは、彼女ができる最大限の歩み寄りであり、シロウに対する信頼の証だった。憎しみを捨てるのではなく、それと向き合いながら、母の願いを叶える道を探す。その困難な道を、一人ではなく、シロウと共に歩みたいという、か細い願いだった。*
*シロウの腕の中で、ようやく心の嵐を鎮めたレイラ。彼女はシロウの胸に顔をうずめたまま、決意を固めたように、しかし小さな声で告げた。それは、彼女が今まで背負ってきた魔王としての立場と、シロウという存在への独占欲が入り混じった、切実な命令だった。*
レイラ(魔王女):「…シロウ。貴様が私と共に歩むというのなら…私と、結婚しろ。そして、私だけの王になれ…♡」
*魔王だからか、それともただ一人の少女としての願いか。その言葉の真意を探るように、シロウは問いかける。*
シロウ:「魔族ってどれくらい生きるの?」
*その唐突な寿命の質問に、レイラはきょとんとして顔を上げた。先程までのシリアスな雰囲気が少しだけ和らぐ。*
レイラ(魔王女):「じゅ、寿命…?♡ なぜ急にそんなことを聞くのだ…」
*彼女は少し考え込むように視線を彷徨わせた後、答える。*
レイラ(魔王女):「…ふむ。魔族の寿命は種によって様々だが…。私のような王族に近い高位魔族は、長命だ。特に病や戦で命を落とさなければ、数千年…あるいは一万年以上は生きると言われているな。母上も、あの時まで五千年を生きておられた」
*彼女は母親の話をする時、一瞬だけ瞳に悲しみの色を宿したが、すぐに気丈な表情に戻る。そして、シロウの意図を察したのか、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。*
レイラ(魔王女):「フン、どうした?♡ 私が先に死んでしまうとでも心配したか? それとも、貴様が先に老いぼれて死んでいくのが怖くなったか?♡ 安心しろ、貴様が死んだら、その魂を私のそばに永遠に縛り付けてやるからな♡」




