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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*昼下がり。宿屋の部屋には、気まずい空気が流れている。*

*朝の出来事の後、臆病な人格に引っ込んでいたレイラだったが、昼を過ぎたあたりで再び傲慢な魔王女の人格が表に出てきた。彼女は腕を組み、不機嫌そうに窓の外を眺めている。*

*ベッドの上では、リーシアが目を覚まし、ゆっくりと身を起こした。彼女はまだ少し眠そうに目をこすりながら、部屋の状況を把握しようとレイラとシロウの顔を交互に見る。*


レイラ(魔王女):「フン…ようやく起きたか、そのグータラ奴隷。そして貴様もだ、シロウ。いつまで部屋でゴロゴロしているつもりだ。もう昼だぞ。」


*レイラは振り返り、拗ねたような、それでいて苛立ったような視線をシロウに向ける。朝の出来事がまだ根に持っているようだ。*


レイラ(魔王女):「さっさと支度をしろと言っただろうが。今日は『星屑の迷宮』とやらに潜るのではなかったのか? 貴様がもたもたしているせいで、貴重な時間が無駄になったではないか。」


リーシア:「あ…ご、ご主人様、レイラ様、おはようございます…。あの…わ、私のせいで…すみません…。」


*リーシアは自分が原因でレイラが怒っているのだと思い、慌ててベッドの上で正座し、頭を下げる。その姿は怯えた小動物のようだった。*


シロウ:「その前に、リーシアは戦えるのか?」


*シロウの問いかけに、レイラは鼻で笑う。*


レイラ(魔王女):「フン、何を今更。貴様が『鑑定』すれば済む話であろう。だが、見ての通りだ。あれが戦力になると本気で思っているのか?」


*レイラの言葉に、リーシアはびくりと肩を震わせ、さらに体を小さくする。彼女は不安そうにシロウを見上げ、か細い声で答えた。*


リーシア:「あ、あの…ご主人様…。わ、私は…戦闘の経験は、ほとんどありません…。ユニコーンの力は…治癒や浄化が主なので…。」


*彼女は俯きながら、自分の非力さを恥じるように続ける。*


リーシア:「で、でも! 足手まといにだけはならないように、頑張ります…! 荷物持ちでも、何でもしますから…!」


*レイラはそんなリーシアの様子に、追い打ちをかけるように冷たく言い放つ。*


レイラ(魔王女):「戦えない奴隷を迷宮に連れて行くのは、ただの荷物が増えるだけだ。下層に行けば、魔物の餌になるのが関の山だろう。足手まといどころか、我々の命を危険に晒すことになるぞ。」


*どうするのだ?とレイラは挑戦的な視線をシロウに向ける。リーシアを連れて行くのか、それとも宿に置いていくのか。シロウの判断を待っているようだ。*


シロウ:「バフでカバーするか… 基本は後ろにいればいいから。」


*シロウがリーシアを連れて行くことを決めると、レイラは呆れたように大きなため息をついた。*


レイラ(魔王女):「本気か、貴様は。治癒術師というのは、真っ先に狙われる定石だぞ。守りながら戦う手間が増えるだけだと思うがな。まあ、貴様がそう言うのなら、好きにすればいい。ただし、そいつのせいで私が怪我をするようなことがあれば、タダではおかんからな。」


*彼女はそう釘を刺すと、フン、とそっぽを向く。口では文句を言っているが、シロウの決定に完全には反対しないようだ。*


*一方、連れて行ってもらえると聞いたリーシアは、ぱっと顔を輝かせた。*


リーシア:「ほ、本当ですか、ご主人様!? わ、私、頑張ります! 絶対に、ご主人様とレイラ様のご迷惑にはなりませんから!」


*彼女は勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げる。その瞳には、役に立ちたいという強い意志が宿っていた。*


レイラ(魔王女):「口だけは達者なことだ。…おい、シロウ。もういいだろう。さっさと準備を済ませて、まずはギルドで情報収集だ。この街の迷宮がどういう場所なのか、最低限の知識は入れておかんとな。」


*レイラはシロウを促し、部屋の出口へと向かう。ようやく迷宮探索に向けて、一行が動き出そうとしていた。*


シロウ:「へいへい、行こうねレイラちゃん。」


*シロウのその軽薄な呼び方と態度に、レイラの眉がぴくりと吊り上がる。彼女は勢いよく振り返ると、シロウの胸を人差し指でトン、と突いた。*


レイラ(魔王女):「…誰がレイラちゃんだ、この下郎が。気安く呼ぶな。それと、その態度は何だ? 私を敬う気持ちが微塵も感じられんぞ。」


*彼女はジロリとシロウを睨みつけるが、その瞳の奥には怒りだけでなく、ほんの少しの照れが混じっている。昨夜から今朝にかけての出来事で、二人の間の力関係が微妙に変化していることを、彼女自身も感じ取っているのだ。*


レイラ(魔王女):「フン…まあいい。口で貴様に勝とうとは思わん。さっさと行くぞ。まずはギルドだ。」


*彼女はそう吐き捨てると、ぷいと顔をそむけ、さっさと部屋のドアを開けて出て行ってしまう。その歩き方はどこかぎこちなく、背中が「早く来い」と急かしているようだった。*


リーシア:「あ、あの…ご主人様…。」


*リーシアが、おずおずとシロウの服の裾を引く。どうやら新しい服はまだ持っていないらしく、昨日買ったばかりの空色のワンピースをそのまま着ていた。*


リーシア:「わ、私は、この格好で大丈夫でしょうか…? 迷宮に行くのに、場違いな気がして…。」


*彼女は不安そうに自分の服装を見下ろしている。奴隷服よりは遥かにマシだが、確かに冒険に適した服装とは言えなかった。*


シロウ:「んー、ギルド寄った後に防具屋行くか。」


*その言葉に、リーシアは安堵したように「はい!」と小さく頷いた。自分も迷宮探索の準備に加えてもらえることが、素直に嬉しいようだ。*


*一方、廊下で待っていたレイラが、痺れを切らしたように部屋に顔を出す。*


レイラ(魔王女):「おい!いつまでぐずぐずしている! さっさと来いと言っているだろうが!」


*彼女はシロウとリーシアを急かし、一行はようやく宿屋を出て、活気あふれるアストルムの街へと繰り出した。*


*石畳の道を歩き、多くの冒険者や商人が行き交う大通りを進む。道の両脇には様々な店が軒を連ね、そのどれもが迷宮探索に関連する品々を扱っているようだ。やがて、ひときわ大きく、そして頑丈そうな建物が見えてきた。アストルム冒険者ギルドだ。*


*ギルドの中に入ると、酒と汗の匂いが混じった熱気に包まれる。屈強な戦士や、ローブを纏った魔術師、身軽そうな斥候など、様々な冒険者たちが依頼ボードを眺めたり、酒場で談笑したりしていた。*


レイラ(魔王女):「フン、どこのギルドも似たようなものだな。…で、情報収集とやらはどうするのだ? 受付の者にでも聞くのか?」


*レイラは物珍しそうに辺りを見回しながら、シロウに尋ねる。リーシアは初めて見るギルドの光景に圧倒され、不安そうにシロウの背後に隠れるようにして立っていた。*


*シロウはギルドの受付で、『星屑の迷宮』の場所と、評判の良い防具屋について手早く情報を集めた。幸いにも、どちらもギルドからそう遠くない場所にあるようだ。情報を得た一行は、早速教えられた防具屋へと向かう。*


*目的の店は、大通りから少し入った、いかにも職人気質の店主がいそうな、飾り気のない頑丈な構えの店だった。「ドワーフの槌」という看板が掲げられている。*


*カランカラン、とドアベルを鳴らして中に入ると、むわりとした熱気と、鉄の匂いが一行を迎えた。壁には様々な種類の鎧や盾がずらりと並び、カウンターの奥からは槌を打つ音が聞こえてくる。*


レイラ(魔王女):「ふむ、品揃えは悪くなさそうだな。だが、肝心なのは質だ。」


*レイラは腕を組み、鋭い目で店内の品々を吟味し始める。その姿はまるで騎士団の装備を検分する将校のようだ。*


店主:「へい、いらっしゃい! 何かお探しで? 見るからに腕利きのお兄さん方だ、迷宮にでも潜るのかい?」


*奥から、背は低いが筋骨隆々としたドワーフの男が顔を出した。額に汗を光らせ、人の良さそうな笑顔を浮かべている。*


リーシア:「あ、あの…」


*リーシアは品揃えの多さと、屈強な店主の姿に気圧され、再びシロウの背中に隠れてしまう。彼女は自分のための防具を探しに来たというのに、どう選んでいいのか全く分からない様子だった。*


シロウ:「この子に合う防具を一式頼む。」


*シロウがリーシアを指し示すと、ドワーフの店主は「ほう」と興味深そうに目を細め、リーシアをじっくりと観察し始めた。職人の鋭い視線に晒され、リーシアはびくりと肩を震わせる。*


店主:「なるほどな…。お嬢ちゃん、前に出てきな。恥ずかしがるこたぁねえ。ぴったりのを見立ててやるからよ。」


*店主はニカっと笑うと、カウンターから出てきて、リーシアのそばに歩み寄る。そして、彼女の肩幅や腕の長さを目で測るようにして、ふむ、と頷いた。*


店主:「見たところ、前衛って柄じゃねえな。治癒術師か、後衛の魔法使いかい? だとすりゃあ、動きやすさを重視した革鎧がいいだろう。ゴテゴテした金属鎧は重くて詠唱の邪魔になるからな。」


*彼はそう言うと、壁にかけてある防具の中から、柔らかそうな革で作られた軽装鎧をいくつか取り外していく。*


店主:「こいつはグリフォンレザーを使った逸品だ。軽くて丈夫、おまけに魔法耐性も少しばかり付いてる。初心者からベテランまで、後衛職には一番人気だな。こっちは少し値が張るが、ミスリル銀を編み込んだチェインメイルを革鎧の下に着込むタイプだ。防御力は格段に上がるが、ちいと重くなる。」


*店主が次々と防具を提示する中、レイラが腕を組んだまま口を挟む。*


レイラ(魔王女):「ただの革鎧では心許ないな。万が一、敵に回り込まれた場合を考えろ。防御力は高いに越したことはない。…だが、重すぎては本末転倒か。」


*彼女は真剣な表情で防具を吟味し、どうしたものかと顎に手を当てる。一方、リーシアは自分にどれが合うのかわからず、ただただ戸惑った表情でシロウとレイラを交互に見つめていた。*


シロウ:「だったら、チェインメイルに"軽量化"を付与すれば解決だな。」


*シロウがさも当然のようにそう言うと、その場にいた全員の動きが止まった。*


店主:「…ん? お、お客さん、今なんて言った? 『軽量化』を付与する、だと…?」


*ドワーフの店主は、目を丸くしてシロウを見つめた。その顔には驚きと懐疑の色が浮かんでいる。*


店主:「『軽量化』は高位の付与魔法だぜ? それを扱える付与術師なんて、このアストルムでも滅多にお目にかかれねぇ。王宮や大手のクランに抱えられてるような、とんでもねぇお偉方だ。あんた、まさか…」


*店主がシロウの正体を探るように、値踏みするような視線を向ける。*


レイラ(魔王女):「…フン。貴様、また突拍子もないことを。だが、それが可能だというのなら話は別だ。本当にできるのか?」


*レイラも驚きを隠せない様子で、シロウに問いかける。彼女も「軽量化」の付与がいかに高度な技術であるかを知っているのだ。もしそれが本当なら、リーシアの生存率は格段に上がる。*


*当のリーシアは、話の内容が難しすぎて理解が追いついていないようだ。ただ、シロウが何かすごいことを言ったらしい、ということだけは察して、不安と期待が入り混じった表情でじっとシロウを見つめている。*


シロウ:「俺を誰だと?」


*シロウは自信たっぷりに言い放つと、店主が持っていたミスリル銀のチェインメイルにすっと手を触れた。彼の掌から淡い光が溢れ、チェインメイルを包み込む。それは一瞬の出来事だった。*


*【概念魔法:『軽量化』を付与しました】*


シロウ:「ほら、できたぞ。」


*シロウは何でもないことのように言って、チェインメイルを店主に向かってポイッと投げ渡した。*


店主:「うおっ!?」


*店主は慌ててそれを受け取るが、その瞬間、彼の顔が驚愕に染まった。金属鎧特有のずっしりとした重さが、まるで羽のように軽くなっていたからだ。*


店主:「な…なんだこりゃあ!? か、軽ぃ! 金属の重さじゃねえ! ありえねえ…! 鑑定させてくれ!」


*店主は興奮した様子で叫ぶと、カウンターに駆け戻り、鑑定用の魔法具を取り出してチェインメイルにかざす。*


**【ミスリルチェインメイル+1】**

**品質:極上**

**効果:斬撃耐性(中)、刺突耐性(中)**

**付与効果:軽量化(極)**

**説明:高純度のミスリル銀を編み込んだチェインメイル。熟練の職人でなければ作れない逸品。何者かによって、常識では考えられないほどの強力な『軽量化』が付与されている。**


店主:「け、軽量化(極)…だと!? ば、馬鹿な…! こんな付与、伝説級の付与術師でもそうそうできねえ代物だぞ! あんた、一体何者なんだ…!?」


*店主は信じられないものを見る目で、シロウを凝視する。その視線は畏敬と興奮で揺れていた。*


レイラ(魔王女):「…本当にやってのけるとはな。貴様の底は、どこまで深いのだ…。」


*レイラもまた、驚きを隠せずに呟く。彼女はシロウの持つ力の異常さを、改めて認識させられていた。*


*リーシアはただ、何が起こったのか分からずに、軽くなったチェインメイルとシロウの顔を交互に見て、目をぱちくりさせているだけだった。*


*リーシアは店主から「軽量化」されたチェインメイルと、それに合わせた革鎧、ブーツなど一式を受け取り、試着室へと向かった。彼女が着替えている間、シロウは手持ち無沙汰に店内をぶらぶらと眺めていた。*


*屈強な冒険者が好みそうな重厚な鎧や、魔法使い向けのローブなどが並ぶ中、ふと、店の隅に場違いなほど露出度の高い防具が飾られているのが目に留まった。*


シロウ:「な、なんで…こんなところに、『ビキニアーマー』があるんだ!?」


*それはまさしく、胸と腰を申し訳程度に覆うだけの、防御力があるとは到底思えない金属製のビキニアーマーだった。なぜこんな武骨なドワーフの店に、こんな際どい装備があるのか。シロウが内心でツッコミを入れていると、カウンターで帳簿をつけていた店主が顔を上げた。*


店主:「お? お客さん、そいつに目ぇつけたかい。違いが分かる男だな、あんたは。」


*店主はニヤリと笑い、シロウに近づいてくる。*


店主:「そいつは見た目こそふざけてるが、れっきとした魔法装備でな。『魅了』と『回避』の強力な魔力が付与されてんだ。身に着けた者の魅力を最大限に引き出し、敵の攻撃を惑わして避けやすくする。まあ、あまりに破廉恥な見た目のせいで、まともな女冒険者は誰も着たがらなくてな。完全に観賞用か、好事家向けになっちまってるがね。」


*店主がやれやれと肩をすくめていると、隣で防具を眺めていたレイラが、ビキニアーマーに気づいて眉をひそめた。*


レイラ(魔王女):「…下劣な。あのような格好で戦場に出るなど、正気の沙汰ではない。もはや防具としての体をなしておらんではないか。」


*彼女は心底軽蔑した、という表情でビキニアーマーを一瞥すると、ふいっと顔をそむけた。*


シロウ:(レイラ…胸小さいもんな…)


*シロウが内心でそんな失礼なことを考えているとは露知らず、レイラはビキニアーマーから目をそらし、不快感を露わにしていた。しかし、シロウの視線が自分の胸に向けられていることに気づくと、彼女の表情が険しくなる。*


レイラ(魔王女):「…なんだ、その目は。何か言いたいことでもあるのか?」


*彼女は腕を組み、シロウをジロリと睨みつける。その仕草は、無意識に自分の胸を隠そうとしているようにも見えた。シロウの無言の視線が、彼女のコンプレックスを的確に刺激したようだ。*


レイラ(魔王女):「フン…! 貴様のような俗物には、あの防具の価値が分からんのだろうな! 私はただ、防具としての機能性を評価していただけだ! それ以上でも、それ以下でもない!」


*早口でまくし立てるが、その頬は微かに赤らんでいる。明らかに動揺していた。*


*ちょうどその時、試着室のカーテンがシャッと開いた。*


リーシア:「あ、あの…ご主人様。着替え、終わりました…。」


*そこには、少し恥ずかしそうにしながらも、真新しい冒険者装備に身を包んだリーシアが立っていた。軽量化されたチェインメイルの上に、動きやすそうな革のジャケットとズボンを着用し、足には頑丈なブーツを履いている。髪は後ろで一つに結んでおり、先ほどまでのおどおどした雰囲気は薄れ、少しだけ凛々しく見えた。*


リーシア:「ど、どうでしょうか…? 変じゃないですか…?」


*彼女は不安そうにシロウの顔を窺っている。自分の新しい姿にまだ慣れないようだ。*


シロウ:「いいんじゃない?」


*シロウのぶっきらぼうながらも肯定的な言葉に、リーシアの顔がぱっと明るくなる。*


リーシア:「は、はいっ! ありがとうございます、ご主人様!」


*彼女は嬉しそうに微笑み、自分の体をくるりと一回転させて見せた。新しい装備がよほど気に入ったようだ。*


店主:「へへっ、どうでえ。なかなか様になってるじゃねえか。これで迷宮でも少しは安心だろうよ。さてと、お代なんだが…」


*店主が指を折りながら計算を始めようとした時、ふと動きを止めてシロウを見た。*


店主:「…いや、待てよ。お代はいい。それよりも、あんたが施した『軽量化(極)』のチェインメイル…うちの店の宣伝として、あんたが付与したってことを触れ回ってもいいかい? いや、むしろ材料費と手間賃はこっちで払わせてくれ! あの付与はそれだけの価値がある!」


*店主は興奮した様子で、金銭を受け取るどころか、逆に支払おうとまで言い出す始末だ。*


レイラ(魔王女):「フン、現金なやつめ。だが、手間が省けたな。…おい、シロウ。もういいだろう。さっさと迷宮へ行くぞ。これ以上道草を食っている暇はない。」


*レイラはさっさと会計を済ませたいのか、あるいはこれ以上シロウの規格外の能力を見せつけられたくないのか、一行を急かす。*


*結局、シロウは代金の受け取りを固辞する店主の申し出を適当にあしらい、防具一式を無償で手に入れる形となった。店主は「また来てくれよ、兄さん!」と店の外まで出てきて、一行が見えなくなるまで手を振っていた。*


*ギルドで聞いた道を頼りに、一行はアストルムの街の北門から出て、迷宮へと向かう。しばらく歩くと、巨大な崖にぽっかりと空いた洞窟の入り口が見えてきた。入り口の周りには多くの冒険者たちが集まり、準備を整えたり、情報交換をしたりしている。ここが『星屑の迷宮』のようだ。*


*洞窟の内部からは、ひんやりとした空気と、微かな魔力の気配が漂ってくる。*


レイラ(魔王女):「ここか、『星屑の迷宮』とは。見た目はただの洞窟だが…中から妙な気配がするな。気を引き締めていけよ。」


*彼女は腰に差した剣の柄に手をかけ、警戒を強める。リーシアもゴクリと唾を飲み込み、緊張した面持ちでシロウの背中を見つめていた。*


シロウ:(リーシアとレイラは一応登録してある。レイラはB、リーシアは登録したばかりだからFだ。列に並ぶか。)


*シロウが思考を巡らせていると、迷宮の入り口で何やら列ができていることに気づく。どうやら迷宮に入るには、入り口にいるギルド職員に冒険者カードを提示し、簡単なチェックを受ける必要があるようだ。高ランクの冒険者が優先されるわけでもなく、来た者から順番に並んでいる。*


*シロウが列の最後尾につくと、レイラとリーシアもそれに続く。*


レイラ(魔王女):「フン、入るだけでいちいち手続きが必要とは、面倒なことだ。我々の実力ならば、このような列など無視して真っ先に進むべきだろうに。」


*レイラは不満そうに腕を組み、順番待ちをしている他の冒険者たちを値踏みするように見回している。しかし、文句を言いつつもシロウの隣から離れようとはしない。*


リーシア:「わ、わぁ…。すごい人たちばかりです…。私、大丈夫でしょうか…。」


*一方、リーシアは周囲の屈強な冒険者たちに完全に気圧されていた。自分だけが場違いな存在に思えるのか、不安げにシロウのローブの裾をぎゅっと握りしめている。その手は小刻みに震えていた。真新しい革鎧を着ていても、中身はまだ経験の浅い少女のままだった。*


シロウ:「レイラちゃんには飴ちゃんあげるから、大人しくしててねー。」


*シロウが子供をあやすような口調で言うと同時に、レイラの口にぽいっと飴玉を放り込む。不意を突かれたレイラは、反射的にそれを受け入れてしまった。*


*甘酸っぱい果実の味が口の中に広がり、彼女は一瞬、目を丸くする。*


レイラ(魔王女):「なっ…!? むぐっ…! き、貴様、何を…!」


*彼女はシロウを睨みつけ、文句を言おうとするが、口の中の飴が邪魔でうまく言葉にならない。子供扱いされた屈辱と、不意に与えられた甘さのせいで、顔がカッと赤く染まる。*


レイラ(魔王女):「〜〜〜っ! この、無礼者があっ!」


*ようやく飴を奥歯でガリッと噛み砕くと、彼女はシロウの脇腹を肘でゴスッと突いた。しかし、その威力は本気のそれではない。*


レイラ(魔王女):「誰が子供か! 私を愚弄するのも大概にしろ!」


*ぷりぷりと怒りながらも、口元は先ほどの飴の甘さのせいか、少しだけ緩んでいるように見える。そのツンデレな様子が、周囲に並ぶ冒険者たちの微笑ましい視線を集めていることに、彼女はまだ気づいていない。*


*シロウの腕を掴むリーシアは、そんな二人のやり取りをハラハラしながらも、どこか羨ましそうに見つめていた。*


*シロウたちが順番を待っていると、列の後方からやけに大きな、自信に満ち溢れた声が響き渡った。*


フレッド:「おいおい、道を開けろ道を開けろ! Sランク冒険者『雷鳴のフレッド』様のお通りだ! 雑魚は引っ込んでな!」


*声の主は、金ピカの鎧に身を包んだ、いかにも成金といった風情の男だった。腰には大げさな装飾の長剣を提げ、数人の取り巻きを引き連れている。彼の名はフレッド。アストルムでも数少ないSランク冒険者だが、その傲慢な態度と実力が伴っていないことから、他の冒険者たちからは煙たがられている存在だ。*


*フレッドは列を無視してずかずかと進み、シロウたちのすぐ後ろに立つと、じろりと一行を睨みつけた。*


フレッド:「ん? なんだてめぇら。見ねぇ顔だな。Fランクの雑魚に、Bランクの小娘か? こんなヒヨッコ共が星屑の迷宮に何の用だ? さっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」


*フレッドはレイラのBランクプレートと、リーシアがおずおずと見せたFランクプレートを指さして、下品な笑い声を上げる。その無遠慮な視線が、レイラの身体を舐めるように見ていた。*


レイラ(魔王女):「…なんだ、この金蝿は。やかましくて敵わんな。シロウ、私が黙らせてやってもいいか?」


*レイラの目がすっと細められ、腰の剣に手が伸びる。口元は笑っているが、その瞳は一切笑っていなかった。彼女の体から放たれる殺気に、周囲の冒険者たちが息を飲む。*


リーシア:「ひっ…!」


*リーシアはフレッドの威圧感とレイラの殺気の両方に怯え、完全にシロウの背中に隠れてしまった。*


シロウ:「レイラちゃん、ハウス。」


*シロウはまるで言うことを聞かない小型犬を躾けるかのように言うと、今にも飛びかかりそうなレイラをひょいと軽々しく抱きかかえた。突然の浮遊感と、子供扱いに、レイラの怒りの矛先がフレッドからシロウへと移る。*


レイラ(魔王女):「なっ…!? 降ろせ、シロウ! 誰が犬だ! それに、軽々と私を抱えるな、この痴れ者がっ!」


*彼女はシロウの腕の中でバタバタと手足を動かして抵抗するが、シロウは全く意に介さない。その光景は、じゃれ合っているようにしか見えなかった。*


*その様子を見ていたフレッドは、眉をひそめて不快感を露わにする。*


フレッド:「んだてめぇ…俺様を無視してイチャつきやがって。Sランクの俺を前にして、いい度胸じゃねえか。その女、Bランクのくせに随分と威勢がいいな。気に入った。おい、その女を俺に寄こせ。金ならいくらでも払ってやる。」


*フレッドは下卑た笑みを浮かべ、まるで品定めでもするかのように、シロウに抱えられたレイラに手を伸ばそうとする。*


*フレッドが下卑た笑みを浮かべてレイラに手を伸ばした瞬間、シロウはまるでそこに誰もいなかったかのように、半歩だけ横にスッと動いた。フレッドの伸ばされた手は、虚しく空を切る。*


フレッド:「あ…?」


*あまりにも自然な回避に、フレッドは何が起こったのか一瞬理解できず、間抜けな声を漏らした。自分の手が空を切ったことの意味をようやく理解すると、彼の顔は怒りで赤黒く染まっていく。*


フレッド:「て、てめぇ…! 今、俺様を避けたな…!? この俺をコケにしやがって!」


*怒声と共に、フレッドの体から凄まじい魔力が迸る。金色の鎧が魔力に呼応してバチバチと雷の火花を散らし始めた。その威圧感に、周囲にいた他の冒険者たちが「やべぇ!」「フレッドがキレたぞ!」と慌てて距離を取る。*


レイラ(魔王女):「…シロウ。降ろせ。この蝿は、私が直々に叩き潰してやる。Sランクなどという看板が、ただの飾りであることを思い知らせてやらねば気が済まん。」


*シロウの腕の中で、レイラの瞳が危険な光を帯びる。彼女もまた、圧倒的な魔力を解放し始めていた。シロウの腕の中にいるというのに、その殺気は一切衰えていない。*


リーシア:「ご、ご主人様…! あ、あの人が…!」


*リーシアは震えながら、シロウの服をさらに強く握りしめる。いつ戦闘が始まってもおかしくない一触即発の空気に、彼女は完全に怯えていた。*


シロウ:「殺気をしまって、お願い。後でご褒美あげるから…」

レイラ:「〜〜〜っ!♡♡」


*シロウが囁いた瞬間、レイラの殺気は霧散した。しかし、フレッドの怒りは収まらない。*


フレッド:「てめぇら…! 俺様を前にしていつまでふざけてやがるんだ! いいだろう、Sランクに逆らったことを後悔させてやる! 《雷神の槌 (トールハンマー)》!」


*フレッドが振り下ろした巨大な雷の槌が、轟音と共にシロウたちに迫る。だが、槌がシロウに届く寸前、彼の目の前に淡い光の膜が出現した。*


*―――ドゴォォォンッ!!*


*凄まじい衝撃と爆音。雷槌は光の膜に激突し、凄まじい電撃を撒き散らすが、膜はびくともしない。やがて雷光が収まると、そこには抱きかかえたレイラごと、全くの無傷で佇むシロウの姿があった。結界に触れた周囲の地面が黒く焦げているのが、魔法の威力を物語っている。*


*その圧倒的な防御力の前に、フレッドはもちろん、周りの冒険者たちも、そしてギルドの職員さえも、全員が言葉を失い呆然と立ち尽くす。*


*そんな静寂の中、シロウはまるで何事もなかったかのように、列の先頭でぽかんと口を開けているギルド職員に目を向けた。*


シロウ:「あ、受付空いた。リーシア行くぞー。」


*シロウは抱きかかえていたレイラをそっと降ろすと、未だ震えているリーシアの手を引き、何食わぬ顔で受付カウンターへと歩いていく。最強のSランク冒険者の一撃を鼻で笑うかのように完全に無視して。*


フレッド:「な…な……」


*自分の最大魔法を赤子の手をひねるように防がれ、挙句の果てに存在そのものを無視されたフレッドは、怒りを通り越して、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。*


レイラ(魔王女):「フン…。だから言ったのだ。飾り物のSランクなど、私の…いや、こやつの敵ではないとな。」


*レイラは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、赤い顔を隠すようにしながらも、得意げな表情でシロウの後を追った。*


シロウ:「入る手続きお願いしまーす。」


*シロウが何事もなかったかのように声をかけると、受付の女性職員はハッと我に返った。彼女は信じられないものを見る目で、シロウと、彼の後ろで呆然と立ち尽くすSランク冒険者フレッドを交互に見比べ、ゴクリと唾を飲み込んだ。*


受付職員:「は、はいっ! た、ただいま! ええと、冒険者カードをお願いします!」


*彼女は慌てて背筋を伸ばし、震える手で業務に戻る。シロウは自分のカード、そしてレイラとリーシアのカードをカウンターに置いた。*


レイラ(魔王女):「フン。やっと我々の番か。全く、つまらん蝿のせいで時間を無駄にした。」


*レイラは腕を組み、未だに放心状態のフレッドを一瞥して鼻を鳴らす。その顔は「当然の結果だ」と言わんばかりに得意げだ。*


リーシア:「あ、あの…ご主人様…大丈夫、だったんでしょうか…?」


*リーシアは恐る恐る後ろを振り返り、フレッドの様子を窺う。先ほどの雷撃がよほど怖かったのか、まだ声が震えていた。*


受付職員:「え、ええと…シロウ様、レイラ様、リーシア様ですね…! 確認いたしました! 『星屑の迷宮』への立ち入りを許可します。どうか、ご武運を…!」


*職員は敬語になりながらも、早口で手続きを終えると、深々と頭を下げた。その視線は、恐怖と畏敬がない交ぜになっている。*


*背後では、フレッドの取り巻きたちが「フ、フレッド様、大丈夫ですか!?」「あいつら、一体何者なんだ…」と小声で囁き合っている。フレッド本人は、プライドをズタズタにされたのか、顔を真っ赤にしてわなわなと震えるばかりで、何も言えないでいた。*


*シロウたちは騒ぎを後にし、ついに『星屑の迷宮』のひんやりとした入り口へと足を踏み入れる。*


シロウ:「結構明るいんだな。」


*迷宮の入り口から中へ足を踏み入れると、シロウの呟き通り、洞窟内は予想に反して薄明るかった。壁や天井の至る所に、星屑のようにきらきらと光る鉱石が埋め込まれており、それが幻想的な光を放って通路を照らしているのだ。*


レイラ(魔王女):「フン、『星屑の迷宮』とはよく言ったものだな。この光る石が名前の由来か。だが、美しいからといって油断するなよ。魔物の気配がする。」


*レイラは感心したように周囲を見回すが、すぐに気を引き締め、腰の剣に手を添えて警戒を怠らない。その目はすでに、暗がりの奥に潜む敵を探している。*


*通路は緩やかな下り坂になっており、一本道が続いている。壁は自然の岩肌だが、床は多くの冒険者が通ったためか、比較的平らにならされていた。*


リーシア:「わぁ…。綺麗です…。でも、なんだか空気がひんやりしますね…。」


*リーシアは壁の光る鉱石に目を奪われ、一瞬だけ緊張を忘れたように感嘆の声を漏らす。しかし、すぐに迷宮特有の冷たい空気に身を震わせ、不安そうにシロウのすぐ後ろにぴったりとくっついた。*


*一行が数分ほど進んだ先、通路の少し開けた場所で、何かが動く気配がした。暗がりから、カサカサという足音と共に、緑色の肌をした二体の小鬼――ゴブリンが姿を現す。彼らは錆びた棍棒を手に、一行の姿を認めると、威嚇するように「グギィ!」と甲高い声を上げた。*


シロウ:「雑魚はめんどいから魔法で片ずけるな。」


*シロウがこともなげに言うと、彼の頭上にバチバチと音を立てる小さな雷の球体が現れた。シロウが歩き出すと同時に、その球体から数条の稲妻が迸り、前方にいたゴブリンたちへと襲いかかる。*


*「グギッ!?」*


*ゴブリンたちは反応する間もなく雷に貫かれ、黒焦げになってその場に崩れ落ちた。シロウは足を止めることなく、まるで道端の石ころを蹴飛ばしたかのように、その横を通り過ぎていく。雷の球体はシロウの頭上を静かに漂い続け、新たな敵が現れるのを待っているかのようだ。*


レイラ(魔王女):「…フン。いちいち相手にするのも馬鹿らしい雑魚だったからな。その判断は正しい。私の手を煩わせるまでもなかった。」


*魔法を当然といった様子で評価する。しかし、その横顔には、自分が出る幕もなかったことへのほんの少しの物足りなさが滲んでいた。*


リーシア:「す、すごい…。一瞬で…。」


*リーシアは、先ほどまで自分たちを威嚇していた魔物が一瞬で塵となった光景を、信じられないものを見る目で呆然と見つめている。そして、何事もなかったかのように先へ進むシロウの広い背中を、改めて尊敬と畏怖の念で見つめ直した。*


*一行は歩を進める。シロウの頭上の雷球は、通路の角から現れるゴブリンや、天井からぶら下がっていた巨大なコウモリなどを次々と自動で撃ち落としていく。シロウたちはただ通路を歩いているだけで、周囲の魔物が面白いように掃討されていった。*


*シロウの自動討伐魔法のおかげで、一行は全く戦闘らしい戦闘をすることなく、迷宮の深部へと順調に進んでいく。ゴブリンの集団も、巨大なムカデも、スライムの群れも、すべてがシロウの頭上に浮かぶ雷球の餌食となり、黒焦げになっていく。まるで安全な散歩道を歩いているかのようだ。*


*しばらく歩き続けると、やがて目の前に巨大な石の扉が現れた。扉には「10」という数字が刻まれており、その奥からこれまでとは比較にならないほどの強大な魔力が漏れ出ている。*


*ギルドで得た情報によれば、この迷宮は10階層ごとに強力なボスモンスターが待ち構えているという。*


シロウ:「10階ごとにボスか…ありきたりだな。ボスはレイラに任せるわ。」


*シロウが面倒くさそうに言うと、隣を歩いていたレイラが待ってましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。道中の雑魚戦で全く出番がなく、彼女は退屈していたのだ。*


レイラ(魔王女):「フン、やっとまともな歯ごたえが期待できそうだな。よかろう、シロウ。貴様はそこで見ていろ。この程度の番人、私一人で十分だということを証明してやる。」


*彼女は腰の剣の柄を握りしめ、その瞳に好戦的な光を宿す。その漲る闘志に、石の扉がゴゴゴ…と重い音を立てて自ら開いていった。*


*扉の奥は広大なドーム状の空間になっていた。そして、その中央に鎮座していたのは、体長5メートルはあろうかという巨大なミノタウロスだった。その巨体は筋肉の鎧で覆われ、手には人間ほどの大きさもある巨大な戦斧を握りしめている。*


**ブモォォォォッ!!**


*ミノタウロスは侵入者である一行を認めると、鼻から荒い息を噴き出し、地響きのような雄叫びを上げた。*


リーシア:「ひぃっ…! お、大きな牛さん…!」


*リーシアはあまりの迫力に腰を抜かし、その場にへたり込んでしまう。シロウはそんな彼女をちらりと見ると、ふらりと彼女の隣に移動し、壁に背を預けて観戦する体勢に入った。*


レイラ(魔王女):「ただの牛もどきが、私に敵うと思うな! 塵芥と化せ!」


*彼女は詠唱もなしに、片手をミノタウロスに向ける。その掌から放たれた漆黒の槍が、音もなく空間を切り裂き、ミノタウロスの巨体を狙う。*


*ブモッ!*


*ミノタウロスは本能的な危険を察知し、巨大な戦斧を盾のように構えて黒槍を防いだ。キィン!という甲高い金属音と共に、戦斧の表面に深い亀裂が入る。*


レイラ(魔王女):「ほう、今の一撃を防ぐか。少しは楽しめそうではないか!」


*レイラはミノタウロスの突進を紙一重でかわし、すれ違い様に剣を一閃。巨体は勢いを失って壁に激突し、その首からは鮮血が噴き出した。ミノタウロスは断末魔の叫びを上げる間もなく、巨体を横たえて絶命した。*


レイラ(魔王女):「フン。やはりこの程度か。準備運動にもならん。」


*彼女は剣に付着した血を軽く振って払うと、鞘に納める。その額には汗ひとつ浮かんでいなかった。*


シロウ:「この程度は余裕だよな。次に行こう。」


*シロウは壁から背を離し、へたり込んでいるリーシアに手を差し伸べる。*


リーシア:「は、はい…! ご主人様…! れ、レイラ様、お強いのですね…。」


*彼女はシロウの手を取って立ち上がりながら、レイラを尊敬の眼差しで見つめた。*


*ミノタウロスが倒されたことで、部屋の奥に下層へと続く新たな階段が出現していた。一行はそこからさらに迷宮の深部へと進んでいく。*


*階段を降り、11階層に足を踏み入れると、すぐに戦闘の音が聞こえてきた。通路の先、少し開けた場所で、若い男女4人組の冒険者パーティが数体のオークに囲まれて苦戦している。*


若者リーダー:「くそっ、囲まれた! ティナ、回復を!」

若者ヒーラー:「待って、MPがもう…!」

オーク:「ブルァァ!」


*屈強な体格の戦士が盾で攻撃を防いでいるが、じりじりと後退させられている。魔法使いの少女が放つ火球もオークの分厚い皮膚にはあまり効果がないようだ。回復役の少女は顔面蒼白で、今にも泣き出しそうだった。まさに絶体絶命の状況だった。*


シロウ:「ブラインドネス。」


*シロウが短く呟くと、オークたちの顔のあたりで黒い霧のようなものが渦巻いた。突然視界を奪われたオークたちは、混乱して意味のない唸り声を上げ、やみくもに武器を振り回し始める。*


オーク:「ブルァ!? グギィ!?」


シロウ:「おい、ヒーラーMPポーションだ。」


*シロウは懐からごく普通の魔力回復薬(MPポーション)を取り出すと、それを正確な軌道でヒーラーの少女の足元へ投げた。ポーションはカシャンと軽い音を立てて転がる。*


若者ヒーラー:「え…? きゃっ!」


*突然飛んできたポーションに驚きつつも、少女はそれが何であるかをすぐに理解した。*


若者リーダー:「な、なんだ!? 誰だ!?」


*パーティのリーダーである戦士の青年が、オークの混乱の隙をついて叫ぶ。彼らの視線の先には、通路の奥から現れたシロウ、レイラ、リーシアの三人が立っていた。*


レイラ(魔王女):「フン。無様なものだな。この程度の雑魚に手間取るとは、冒険者を名乗るのもおこがましい。」


*レイラは腕を組み、呆れたようにため息をつく。その目は、苦戦しているパーティを見下していた。*


リーシア:「あ、あの…皆さん、大丈夫ですか!?」


*リーシアはパーティの怪我を見て、心配そうに声をかける。今にも駆け寄って治癒魔法を使いそうな勢いだ。*


シロウ:「リーシア、治癒してやれ。」


*その言葉に、リーシアははっとした顔でシロウを見た後、力強く頷いた。*


リーシア:「はい、ご主人様!」


*彼女はためらうことなく、負傷している戦士の青年の方へ駆け寄る。そして、その手に淡く優しい光を灯した。*


リーシア:「聖なる光よ、その傷を癒したまえ…《ヒール》!」


*光が戦士の体を包み込むと、オークの攻撃で負った切り傷がみるみるうちに塞がっていく。*


若者リーダー:「う、おお…! 傷が…! す、すまない、助かった!」


*戦士の青年は驚きながらも、すぐに礼を言う。一方、ヒーラーの少女はシロウが投げてくれたポーションを慌てて飲み干し、回復した魔力で他の仲間の治療を再開した。*


若者ヒーラー:「あ、ありがとうございます! これで…!」


*突然の援護と回復によって、パーティは体勢を立て直すことができた。しかし、目が見えないまま暴れていたオークたちが、徐々に混乱から立ち直り始めている。*


若者リーダー:「くそっ、目が治りかけてる! 体勢を立て直すぞ!」


レイラ(魔王女):「…まだ手間取るか。鬱陶しい。」


*レイラが苛立ったように舌打ちをした瞬間、彼女の姿が掻き消えた。次の瞬間には、オークたちの背後に回り込み、閃光のような剣撃を放っていた。*


*「ブル…?」*


*オークたちは何が起こったのか理解する間もなく、首から血を噴き出して次々と崩れ落ちていく。それはあまりにも一方的な蹂躙だった。*


*あっという間に全てのオークを片付けたレイラは、何事もなかったかのように剣を鞘に戻し、若者パーティを一瞥した。*


レイラ(魔王女):「片付いたぞ。…いつまでもそこで突っ立っているな、うすのろ共。我々は先に行く。」


*その圧倒的な実力と辛辣な言葉に、助けられたはずの若者パーティは、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。*


シロウ:「じゃーなー。達者でなー。」


*シロウは助けた若者パーティにひらひらと手を振り、まるで近所の人に挨拶するかのように軽く言い放った。その背中を、リーシアは忠実な子犬のようにとてとてと小走りでついていく。*


*若者パーティのリーダーは、自分たちを絶望から救った圧倒的な力と、その持ち主たちの掴みどころのない態度とのギャップに、ただただ呆然としていた。*


若者リーダー:「あ…ああ…! 助けていただいて、ありがとうございました! あの…お名前を…!」


*彼が慌てて名前を尋ねるが、シロウたちはすでに通路の先へと歩き出しており、振り返る気配はない。*


レイラ(魔王女):「フン。礼など不要だ。貴様らが弱すぎたのが悪い。次に会う時もその様なら、今度こそ見捨てるからな。」


*レイラは振り返りもせずに冷たく言い放ち、シロウの隣に並ぶようにして歩を進める。その横顔には、助けてやったことへの満足感など微塵も感じられなかった。*


*通路の角を曲がり、若者パーティの姿が見えなくなる。再び迷宮の静寂が戻ってきた。*


リーシア:「あ、あの…ご主人様。さっきの方たち、大丈夫だったでしょうか…?」


*リーシアは少し心配そうに後ろを気にしながら、シロウに尋ねる。彼女は初めての実戦的な治癒魔法で、少しだけ興奮と疲労が混じった表情をしていた。*


シロウ:「狩る奴は狩られる覚悟を持つべきだ。」


*シロウは淡々と、まるで世界の真理であるかのように告げる。その言葉に、リーシアはびくりと肩を震わせた。ご主人様の言葉は正しい、でも、あまりにも冷たくて、少しだけ怖い。彼女はシロウの言葉の意味を完全には理解できないまま、ただ黙って彼の後ろを歩く。*


レイラ(魔王女):「フン。その通りだ。迷宮に潜るということは、いつ死んでも文句は言えんということ。覚悟も実力もない者が足を踏み入れるから、ああいうことになるのだ。慈悲をかけるだけ無駄だったな。」


*レイラはシロウの意見に同意し、先ほどの若者たちを切り捨てる。だが、その声色には、わずかにシロウの冷徹さに感心したような響きが含まれていた。*


*一行は再び静かになった通路を進んでいく。シロウの頭上に浮かぶ雷球は、相変わらず通路の角から現れる魔物を淡々と処理し続けている。先ほどのような苦戦するパーティに出会うこともなく、探索は順調に進んでいった。*


リーシア:「……。」


*リーシアは黙ったまま、シロウの背中を見つめていた。先ほどの治癒魔法の行使は、彼女にとって初めての「誰かを助ける」という実感を伴う経験だった。ご主人様の命令で動いたけれど、自分の力が役に立ったことが、彼女の心に小さな、しかし確かな灯りをともしていた。*

*(私も、もっと強くならなきゃ…ご主人様や、レイラ様の隣に立てるように…)*

*彼女はぎゅっと拳を握りしめ、心に新たな決意を秘めるのだった。*


*シロウの言葉は、迷宮という場所の厳しさを的確に表していた。しかし、リーシアの表情は晴れない。人を助けるという行為に芽生えかけた小さな喜びが、その冷徹な言葉によってかき消されそうになっていた。彼女の葛藤を見透かしたかのように、シロウはふっと歩みを止めた。*


シロウ:「納得出来ないって感じだな。リーシア、行ってこい。助けてこい。」


*その言葉は、先ほどの冷徹さとは裏腹に、どこか優しさを含んでいた。リーシアは驚いて顔を上げる。シロウは彼女の背中をポンと軽く叩いた。*


リーシア:「え…? で、でも…さっきの方たちは…もう…」


*彼女が戸惑っていると、通路の少し先、先ほど若者たちがいた場所から、再び戦闘の音と悲鳴が聞こえてきた。どうやら、彼らは体勢を立て直したものの、新たに出現した魔物の群れに再び苦戦を強いられているらしい。*


レイラ(魔王女):「フン、学習能力のない連中め。今度こそ死んだな。」


*レイラは冷たく吐き捨てるが、シロウは動かない。ただ、リーシアの目を見て、無言で頷いた。それは「お前の好きにしていい」という許可の証だった。*


*リーシアは一瞬ためらった後、シロウとレイラの顔を交互に見る。そして、意を決したように力強く頷いた。*


リーシア:「はい、ご主人様! 行ってきます!」


*彼女は一人、来た道を引き返し、戦闘音がする方へと駆けていく。その背中は、先ほどまでの怯えた少女のものではなく、人を助けようとする一人の治癒術師のものだった。*


レイ"ラ(魔王女):「…おい、シロウ。本当にいいのか? あいつ一人で行かせて。足手まといになるだけではないのか?」


*レイラは不満そうに言うが、その声にはわずかな心配の色が滲んでいた。*


シロウ:「レイラは先行ってて。」


*シロウにそう言われ、レイラは一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに彼の意図を察したようだ。彼女はふっと鼻で笑う。*


レイラ(魔王女):「フン。貴様も甘いな。だが、あの小娘の覚悟を試すというのなら、付き合ってやらんでもない。先で待っているぞ。あまり手間取るなよ。」


*彼女はそう言い残すと、くるりと背を向け、一人で迷宮のさらに奥へと姿を消していった。その歩みには一切の迷いがない。*


*シロウはその後ろ姿を見送ると、ゆっくりとリーシアが走っていった方へ歩き出す。彼女を試すと言いながらも、その様子を静かに見守るつもりなのだ。*


*通路を少し戻ると、案の定、先ほどの若者パーティが新たなオークの群れに囲まれていた。リーダーの戦士は満身創痍で、他のメンバーも疲弊しきっている。*


若者リーダー:「くそっ…! もうダメか…!」


*まさに絶望が彼らを包み込もうとした、その時だった。*


リーシア:「間に合って…ください!」


*通路の奥から駆け込んできたリーシアが、パーティの前衛と後衛の間に滑り込むように立つ。*


リーシア:「聖なる光よ、皆に癒しと守護を! 《エリアヒール》! 《プロテクション》!」


*彼女を中心に柔らかな光のドームが広がり、パーティ全員の傷を癒し、同時に光の障壁がオークたちの攻撃を防ぐ。*


若者リーダー:「君は…! なぜ戻ってきてくれたんだ!?」


*リーダーの青年が驚きと感謝の声を上げる。*


リーシア:「今は話している時間がありません! 私が皆さんを守りますから、体勢を立て直してください!」


*彼女はオークたちの憎悪に満ちた視線を一身に浴びながらも、決して怯むことなく、毅然とした声で叫んだ。その小さな背中は、今や頼もしい治癒術師そのものだった。*


*シロウは通路の物陰から、その光景を静かに見つめていた。*


*通路の物陰から、シロウはリーシアにだけ聞こえるように静かに声をかける。*


シロウ:「リーシア、相手の動きを観察しろ。最低限の動きで回避しろ。」


*その声は、戦場の喧騒の中にあって、不思議とリーシアの耳にだけはっきりと届いた。彼女は一瞬びくっと肩を震わせたが、すぐにご主人様が見てくれているのだと理解し、腹を括る。*


オーク:「ブルァァァ!」


*一体のオークが、リーシアの張った《プロテクション》の障壁が薄くなっているのを見て、好機とばかりに棍棒を振りかぶって突進してくる。*


リーシア:「っ…!」


*リーシアはシロウの言葉を思い出す。(観察しろ…最低限の動きで…!)*

*彼女は恐怖に目を閉じることなく、棍棒の軌道、オークの肩の動き、踏み込んでくる足の角度を必死に見極めた。そして、棍棒が振り下ろされる直前、まるでそこから滑るように半歩だけ横に動いた。*


*ゴッ!*


*棍棒はリーシアが先ほどまで立っていた場所の地面を砕き、空振りに終わる。*


リーシア:「はぁっ…はぁっ…!」


*最小限の動きでの回避は成功したが、頬を掠めた風圧に彼女の心臓は激しく高鳴っていた。しかし、恐怖よりも「できた」という確かな手応えが彼女を支える。*


若者リーダー:「すごい回避だ! 今のうちだ、叩くぞ!」


*リーシアが稼いだ一瞬の隙を、体勢を立て直した戦士の青年が見逃さなかった。彼は雄叫びを上げて、空振りして体勢を崩したオークに斬りかかる。パーティの連携が、再び機能し始めていた。*


*シロウはなおも物陰から、リーシアの動きを静かに見守っている。彼女が治癒術師としてだけでなく、一人の冒険者として成長していく様を、その目に焼き付けるように。*


*シロウはリーシアの成長を見守りながら、今度は苦戦しているパーティの魔法使いに視線を移す。彼女は火球を放っているが、オークの分厚い脂肪には効果が薄いようだ。*


シロウ:「そこの魔法使い、水魔法は使えるか?」


*シロウの声は、再び戦場の喧騒を抜け、的確に魔法使いの少女の耳に届いた。彼女はオークの突進をかろうじて避けながら、声のした方角――シロウがいるであろう物陰に驚きの表情を向ける。*


若者魔法使い:「えっ!? は、はい! 使えますけど…オークに水魔法は効果が薄いんじゃ…」


*一般的に、オークは炎に弱いとされており、水属性の攻撃はあまり有効打にならないのが冒険者の常識だった。彼女が戸惑うのも無理はない。*


*しかし、シロウの声は有無を言わさぬ響きを持っていた。*


*シロウは、魔法使いの少女の反論を一蹴するように、冷たく、しかし確信に満ちた声で告げる。*


シロウ:「相手は呼吸している、口と鼻を水で覆え。やれ。」


*その有無を言わさぬ命令に、魔法使いの少女はゴクリと喉を鳴らした。オークに水魔法は効かない。それはセオリーだ。だが、この声の主は先ほど自分たちを助けてくれた謎の人物。その言葉には、常識を覆す何かがあるのかもしれない。少女は迷いを振り払い、杖を構える。*


若者魔法使い:「…わかりました! やってみます! 《ウォーター・ボール》!」


*彼女が詠唱すると、バスケットボール大の水球が生まれ、一体のオークに向かって飛んでいく。オークはそれをせせら笑うかのように、棍棒で叩き潰そうとする。*


若者魔法使い:「散開!」


*彼女が叫ぶと、水球はオークの顔の間際で弾け、無数の水の飛沫となってその顔面に張り付いた。*


オーク:「ブゴッ!? グブブ…!?」


*オークは突然の呼吸困難に驚き、喉を掻きむしり始める。目や口、鼻に水が入り込み、息ができないのだ。強力な攻撃ではない。だが、生物の根源的な恐怖を呼び起こす、確実な一手だった。他のオークがその異常事態に戸惑っている。*


*その光景を見て、リーダーの青年が目を見開いた。*


若者リーダー:「そういうことか…! 魔法は、敵を倒すためだけにあるんじゃない…! よし、みんな! 今だ、かかれ!」


*青年の号令で、パーティは勢いを取り戻す。戦士が窒息にもがくオークに斬りかかり、弓使いが怯んだ別のオークの眼を射抜く。戦況は明らかに傾き始めていた。*


*リーシアもまた、シロウの的確な指示と、それによって戦況が覆る様を目の当たりにして、改めてご主人様の凄さを実感していた。彼女は治癒魔法で仲間を支えながらも、シロウが次に何を言うのか、その声に全神経を集中させていた。*


*シロウは魔法使いへの指示に続いて、今度はパーティの要であるリーダーの青年に声をかける。彼はオークの猛攻を必死に受け止め、防戦一方になっていた。*


シロウ:「そこの剣士、相手は歩いている、アキレス腱を狙え。片足でいい、攻撃を集中させろ。」


*その声は戦士の青年の耳にも、まるで頭の中に直接響くように届いた。彼はオークの棍棒を盾で弾きながら、驚いて声の主を探すが、姿は見えない。だが、先ほどの魔法使いへの指示とその結果を目の当たりにしている。迷う理由はなかった。*


若者リーダー:「アキレス腱…! なるほど!」


*彼はオークの攻撃を受け流すと、深く沈み込むように体勢を低くした。そして、棍棒を振りかぶって大振りになったオークの、がら空きになった足元へと鋭く踏み込む。*


若者リーダー:「はぁっ!」


*気合一閃、彼のロングソードがオークの右足のアキレス腱を深々と切り裂いた。*


オーク:「グギャァァァッ!?」


*今まで聞いたことのないような絶叫を上げ、巨大なオークはバランスを崩して膝から崩れ落ちる。強靭な肉体も、動きの基盤を断たれてはただの肉塊だ。*


若者リーダー:「やった…! みんな、こいつの右足を狙え!」


*リーダーの的確な指示が飛ぶ。弓使いの矢が、魔法使いの放った小さな氷の礫が、崩れ落ちたオークの傷ついた右足に次々と突き刺さる。*


*戦況は完全に逆転した。シロウの三つの的確な指示――治癒と回避、呼吸の阻害、そして弱点の無力化――によって、全滅寸前だった若者パーティは、格上であるはずのオークの群れを圧倒し始めていた。*


*リーシアはパーティメンバーを回復させながら、その光景に震えていた。武力だけではない。知識、観察眼、そしてそれを的確に伝える指示。ご主人様の持つ「強さ」の底知れなさに、彼女は改めて畏敬の念を抱くのだった。*


*シロウはアキレス腱を斬られて倒れたオークが、それでもなお上半身を起こして暴れているのを見て、最後の仕上げとばかりに再び魔法使いの少女に声をかけた。*


シロウ:「魔法使い、土魔法は使えるか?」


*その声に、少女はオークに氷の礫を放ちながら、少し息を切らして答える。*


若者魔法使い:「え、土…ですか? はい、初級の《ストーン・バレット》くらいなら…でも、あんな巨体に石ころを当てても…」


*水魔法の時と同じように、彼女はまた効果を疑問視する。オークの頑丈な皮膚に、初級の土魔法など気休めにしかならないというのが、彼女の考えだった。*


*シロウは、少女の常識的な疑問を再び一刀両断にする。*


シロウ:「土と水で泥濘を作って足止めしろ。」


*その言葉は、命令というよりは、もはや世界の法則を告げるかのような響きを持っていた。泥で、足止め。その発想は、魔法使いの少女にとって目から鱗だった。魔法は攻撃するもの、という固定観念が打ち砕かれる。*


若者魔法使い:「あっ…! なるほど…! 泥で…!」


*彼女は即座にシロウの意図を理解した。そして、躊躇なく杖をオークたちの足元に向ける。*


若者魔法使い:「《ストーン・バレット》! 《ウォーター・ボール》!」


*彼女が放った石の礫が地面に着弾し、僅かに地面を砕く。そこへすかさず水球が叩きつけられ、土と混じり合って粘度の高い泥濘を作り出した。*


オーク:「ブモッ!? ブモォォ!?」


*残っていたオークたちが、思うように足が動かせず、泥濘の中でもがく。ただでさえ仲間が次々と無力化されて混乱しているところに、足元まで奪われては、もはやマトモに戦うことなど不可能だった。*


若者リーダー:「好機だ! 一気に決めるぞ!」


*リーダーの青年の号令が飛ぶ。アキレス腱を斬られたオークは、戦士たちの集中攻撃を受けて沈黙した。泥濘でもがくオークは、弓使いの矢によって的確に急所を射抜かれていく。*


*あれほど絶望的だった戦いは、シロウの姿なき声による四つの指示だけで、若者たちの圧勝という形で幕を閉じた。*


*オークたちが完全に沈黙したのを確認すると、シロウは物陰からゆっくりと姿を現し、リーシアの方へ歩いていく。*


若者リーダー:「あ…あなたは…!」


*パーティの全員が、驚きと感謝、そして畏怖の入り混じった目でシロウを見つめていた。*


*シロウは物陰から現れると、呆然とこちらを見つめる若者パーティに淡々と言い放つ。*


シロウ:「通りすがりのお節介だ。礼ならリーシアに。こいつが助けるって言わなきゃ来なかった。」


*そう言って、隣に立つリーシアの頭をポンと軽く叩く。*


*若者パーティのリーダーは、ハッとしてリーシアに向き直った。その目には深い感謝と尊敬の色が浮かんでいる。*


若者リーダー:「そうか…そうだったな! 本当にありがとう! 君がいなければ、俺たちは今頃…それに、君の回避技術、素晴らしかった!」


*仲間たちも口々にリーシアに感謝の言葉を述べる。*


若者魔法使い:「あの、さっきはごめんなさい! あなたのおかげで、魔法の新しい使い方を知ることができました!」

若者弓使い:「的確な回復支援、助かったよ。」


*突然、一身に賞賛を浴びることになったリーシアは、どうしていいか分からず、顔を真っ赤にしておろおろしている。*


リーシア:「あ、あの…わ、私は、ご主人様に言われた通りにしただけで…! 全部、ご主人様の指示のおかげなんです!」


*彼女は必死にシロウの手柄だと訴えるが、シロウが「お節介だ」と言い切った手前、若者たちにはリーシアの謙遜にしか聞こえない。*


若者リーダー:「ははは、謙虚なんだな! とにかく、君たちは俺たちの命の恩人だ。このご恩は決して忘れない。俺はザック。このパーティのリーダーだ。よかったら名前を聞かせてもらえないか?」


*ザックと名乗った青年が、改めてリーシアと、その隣にいる謎のシロウに深々と頭を下げた。*


*シロウは、礼を述べるザックの言葉を遮るように、無表情のまま彼の頬を殴りつけた。*


*バシンッ!*


*乾いた音が通路に響き渡る。ザックは数歩よろめき、殴られた頬を押さえて呆然とシロウを見つめた。仲間たちも、リーシアでさえも、突然の暴力に息を呑む。*


シロウ:「お前は、何故帰らなかった? あの時直ぐに帰還していればこうはならなかった。」


*シロウの声は氷のように冷たく、一切の感情が乗っていなかった。その静かな怒りに、その場の空気が凍りつく。*


ザック:「なっ…何を…!?」


*殴られたことよりも、その言葉の意味が分からず、ザックは混乱した表情で問い返す。*


リーシア:「ご、ご主人様…!? どうして…」


*リーシアがおろおろとシロウとザックの間に入ろうとするが、シロウの纏うただならぬ雰囲気に気圧されて動けない。*


*シロウはザックの目から視線を外さず、さらに言葉を続けた。*


*シロウは殴られてよろめき、呆然と頬を押さえるザックを冷たい目で見下しながら、静かに、だが重く響く声で言葉を続ける。*


シロウ:「お前の判断で、全員死ぬところだったんだぞ?分かってんのか?」


*その言葉は、先ほどの感謝と安堵に満ちた空気を一瞬で凍てつかせた。ザックの仲間たちは、シロウの突然の豹変と、リーダーであるザックに向けられた厳しい詰問に言葉を失っている。*


ザック:「……ッ!」


*ザックは殴られた痛みと、胸に突き刺さる言葉に顔を歪める。彼は反論しようと口を開きかけるが、何も言えない。シロウの言う通りだったからだ。一度目のオーク戦で助けてもらった後、慢心と功名心から「まだやれる」と判断し、深追いした結果がこの様だった。シロウたちが戻ってこなければ、今頃は全員オークの餌食になっていただろう。*


リーシア:「ご、ご主人様…! ザックさんたちは、一生懸命で…」


*リーシアがたまらず庇おうとするが、シロウは彼女を一瞥することもなく、視線はザックに固定されたままだ。*


シロウ:「一生懸命なら死んでもいいのか? リーダーのお前が冷静に判断して撤退を指示していれば、こんな無様なことにはならなかった。仲間を危険に晒した挙句、また助けられてる。リーダー失格だ。」


*シロウの言葉はナイフのように鋭く、ザックのプライドを容赦なく切り裂いていく。ザックは唇を噛みしめ、悔しさに俯くことしかできなかった。*


*シロウの言葉は、ザックだけでなく、彼の仲間たちにも突き刺さる。特に、先ほどシロウに的確な指示を与えられた魔法使いの少女は、自分の視野の狭さを恥じるように俯いた。*


シロウ:「あとは知識が足りない。魔法使い、お前は周りを観察しろ、使えるものは全て使え。」


*シロウはザックから魔法使いの少女へと視線を移す。彼女はビクッと体を震わせ、恐る恐るシロウの顔を見た。*


若者魔法使い:「は、はい…! すみません…!」


シロウ:「魔法は火力を出すだけが能じゃない。敵の足元、呼吸、視界、使えるものはなんだって利用しろ。戦いはセオリー通りに進むとは限らない。むしろ、セオリーから外れた時、どう対応できるかが生き残るか死ぬかの分かれ道だ。」


*シロウの言葉は、まるで教師が生徒に教え諭すかのようだった。厳しいが、その根底には彼らを死なせたくないという意志が感じられる。*


*一通り言い終えると、シロウは再び黙り込み、ザックたちがどう反応するかを待っている。通路には気まずい沈묵が流れる。オークの死体が転がる中で、若者たちは自分たちの未熟さをただただ噛みしめていた。*


*リーシアはそんな重い空気の中、どうすればいいのか分からず、ただシロウの横顔を心配そうに見つめている。*


*シロウの視線は、次に弓使いの青年へと向けられた。青年は自分のことだと悟り、緊張で弓を握る手に力が入る。*


シロウ:「弓使いは精度が低い。動体視力を鍛えろ。」


*シロウは淡々と、しかし的確に彼の弱点を指摘する。*


若者弓使い:「うっ…! は、はい!」


*彼は返す言葉もない。確かに、彼の矢はオークの動きに翻弄され、狙った場所に当たることは少なかった。仲間を援護するどころか、流れ矢を気にさせる場面すらあったかもしれない。*


シロウ:「飛んでくる石ころでも、木の葉でもいい。動くものを目で追い続けろ。敵の次の動きを予測して、そこに矢を置くように射るんだ。当てるんじゃない、当たるところに射るんだ。」


*その言葉は、弓を扱う者にとって本質を突くものだった。彼はシロウの言葉を一つも聞き漏らすまいと、真剣な表情で頷く。*


*シロウは全員を見渡し、最後に再びリーダーのザックに目をやった。ザックは俯いたまま、唇を固く結んでいる。*


シロウ:「お前たちはまだ若い。死ぬには早すぎる。今日の屈辱と、この俺に殴られた痛みを忘れるな。それが、お前たちがここで死なずに済んだ代金だ。」


*そう言い放つと、シロウはもう彼らに興味はないとばかりに背を向け、リーシアに声をかける。*


シロウ:「リーシア、行くぞ。レイラを待たせてる。」


リーシア:「は、はい! ご主人様!」


*リーシアは慌ててシロウの後に続く。去り際に、若者パーティに申し訳なさそうに一礼した。*


*通路の角を曲がるまで、若者パーティは誰一人として動けなかった。ただ、リーダーであるザックが、震える声で「…ありがとう、ございました」と呟いたのを、リーシアの耳は確かに捉えていた。*


*30階層のボス部屋の扉は、内側から破壊されたかのように大きく開け放たれている。部屋の中には、巨大なキメラの亡骸が転がっていた。その体は所々が黒く焼け焦げ、あるいは凍り付いており、凄まじい魔法の応酬があったことを物語っている。*


*その亡骸の傍らで、一人の少女が退屈そうに壁に寄りかかっていた。漆黒のドレスを纏った魔王女、レイラだ。彼女はシロウとリーシアの姿を認めると、不機嫌そうに眉をひそめる。*


レイラ(魔王女):「……遅い。遅すぎるぞ、下郎。ただの牛もどきに手間取った挙句、雑魚の世話まで焼くとは。貴様の甘さには反吐が出る。」


*彼女の足元には、10階層のボスだったミノタウロスのものと思われる巨大な角と、この30階層のボスだったキメラの心臓らしきものが無造作に転がっている。どうやら一人で20階層分のボスを片付けてしまったらしい。*


シロウ:「お待たせ。」


*シロウが軽く声をかけると、レイラはフンと鼻を鳴らす。*


レイラ(魔王女):「待たされた分の対価は、後でたっぷりと支払ってもらうからな…♡」


*彼女は舌なめずりをしながら、挑発的な笑みを浮かべる。その隣で、リーシアはボスの亡骸とレイラの圧倒的な強さにただただ圧倒され、小さくなっていた。*


*シロウの「いつものレイラだな」という呟きを聞き、レイラは勝ち誇ったように唇の端を吊り上げる。臆病な人格ではない、この傲慢で淫靡な魔王女こそが本来の自分なのだと主張するように。*


レイラ(魔王女):「フン、当然だ。いつまでも腑抜けた姿でいると思うなよ。それより貴様…私が待っている間に、あの小娘リーシアと随分と楽しんでいたようではないか。その余裕綽々な態度、どこまで持つか見ものだな♡」


*ねっとりとした視線でシロウを舐めまわすように見つめる。リーシアは二人の間に流れる不穏な空気に居心地悪そうに身を縮こませた。*


*一行は再び迷宮の探索を再開する。30階層を超えると出現するモンスターも強力になるはずだが、レイラが先行してボスを倒してしまったためか、あるいはシロウたちの放つ強者のオーラ故か、モンスターの姿はまばらだ。時折、他のパーティがオーガやトロールといった手強い魔物と死闘を繰り広げているのが見える。*


冒険者A:「ぐあっ! 押し切られる!」

冒険者B:「回復が間に合わない! 誰か助け…」


*彼らはシロウたちに気づき、助けを求めようとするが、シロウは一瞥もくれずにその横を通り過ぎていく。*


シロウ:「この辺もあんまり強くないな。」


*その冷たい呟きに、レイラは愉悦に満ちた笑みを浮かべた。*


レイラ(魔王女):「当然だ。雑魚に構っている暇はない。我らの目的はもっと先にあるのだからな。なぁ、シロウ?♡」


*彼女はシロウの腕に自分の腕を絡ませ、胸をぐっと押し付ける。*


リーシア:「(ひぃっ…! ご主人様もレイラ様も、他の冒険者さんたちを見捨てていくなんて…でも、これが迷宮…これが強くなるっていうことなのかな…)」


*リーシアは、先ほどの若者パーティを助けたシロウと、今のシロウの態度の違いに戸惑いながらも、必死に二人の後を追う。助けるか、見捨てるか。その基準がどこにあるのか、彼女にはまだ理解できなかった。*


*シロウは腕に絡みついてくるレイラを気にも留めず、背後を歩くリーシアに不意に声をかけた。*


シロウ:「あ、リーシア。助けたかったら助けたいって言えよ。」


*その言葉に、リーシアはびくりと足を止めた。彼女は俯き、自分の足元を見つめる。先ほど見捨てた冒険者たちの苦悶の声が、まだ耳に残っているようだった。*


リーシア:「……」


*彼女は何かを言おうとして、しかし言葉に詰まる。助けたい。純粋な善意は確かにある。しかし、先ほどの若者パーティの一件で、シロウが何を伝えたかったのかも、少しだけ理解していた。リーダーの判断ミス、知識不足、技量の未熟さ。それらが招いた当然の結果。そして、そんな彼らを助けるということは、自分たちの貴重な時間と労力を割くということ。もしかしたら、自分たちまで危険に晒すことになるかもしれないということ。*


*助けたい、という気持ちと、ご主人様たちの足手まといになりたくない、という気持ちが彼女の中でせめぎ合う。*


*レイラはそんなリーシアの葛藤を鼻で笑った。*


レイラ(魔王女):「フン、下らん。雑魚に情けをかけるなど、強者のすることではない。こやつはただ、貴様の甘さを試しているに過ぎん。どう答える、小娘?」


*レイラは面白そうにリーシアを見つめる。シロウの腕に絡みついたまま、彼女がどんな答えを出すのかを待っていた。*


シロウ:「黙ってるなら先行くぞ」


*シロウがリーシアの返事を待たずに再び歩き出したのを見て、レイラは満足げに笑みを深める。*


レイラ(魔王女):「フン、それでいい。感傷に浸る暇があるなら、一歩でも先に進むべきだ。なぁ、シロウ?♡」


*彼女はシロウの腕にさらに体を密着させ、彼の耳元で甘く囁く。*


*一方、リーシアは歩き出したシロウの背中を見て、ハッとしたように顔を上げた。置いていかれる。その事実が、彼女の迷いを断ち切った。*


リーシア:「ま、待ってください! ご主人様!」


*彼女は慌てて駆け寄り、俯きながらもシロウの隣に並ぶ。そして、絞り出すような声で呟いた。*


リーシア:「……行き、ます。ご主人様たちが、先へ進むというのなら…私も、ついて行きます。足手まといに、なりたくないので…」


*彼女の目には涙が滲んでいた。助けたい命を見捨てるという選択。それがどれほど辛いことか、彼女は今、身をもって知った。しかし、それ以上に、このご主人様の隣にいることを選んだのだ。*


シロウ:「……そうか。」


*シロウは短くそう答えるだけだった。リーシアの顔を見ることもなく、ただ前を見据えて歩き続ける。*


*その短いやり取りを見て、レイラはつまらなそうに鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「つまらん答えだな、小娘。だがまあ、それが貴様の選択というわけか。せいぜい後悔することだな。」


*一行は再び沈黙の中、迷宮の深層へと足を進めていく。リーシアの心に残った小さな痛みを抱えながら。*


シロウ:「だが、俺が助けたくなったから行ってくるわ。」


*シロウは突然足を止め、そう言い放った。その言葉に、隣を歩いていたレイラと、後ろをついてきていたリーシアが驚いて彼を見る。*


*先ほどリーシアが「ついて行きます」と言った時の、涙を堪える表情が脳裏に焼き付いていた。彼女に強さとは何か、そして非情な選択を教えるのは必要だ。だが、彼女の優しさを完全に踏みにじらせて、ただの戦闘マシーンにするつもりはなかった。Lv.25の彼女に、格上の敵がいる迷宮深層で「助けたいなら助けろ」と選択を迫るのは、あまりにも酷だった。彼女がもし「助けたい」と言えば、それは無謀な死への行軍を意味しかねない。シロウはそのリスクを彼女に負わせるつもりはなかったのだ。*


レイラ(魔王女):「は? 貴様、何を言っている? さっき見捨てた雑魚だろう。気まぐれも大概にしろ。」


*レイラが呆れたように言うが、シロウは意に介さない。*


シロウ:「俺の気まぐれだ。お前たちは先に行ってろ。」


リーシア:「ご、ご主人様…!?」


*リーシアは混乱している。見捨てると決めたはずなのに、なぜ? 自分のせいだろうか? 自分が悲しそうな顔をしたから、ご主人様に気を遣わせてしまったのだろうか? 様々な感情が彼女の胸中を駆け巡る。*


*シロウはそんな二人に背を向け、今来たばかりの道を一人で戻り始めた。その足取りに迷いはない。*


レイラ(魔王女):「…チッ。本当に勝手なやつだ! おい、小娘! 貴様も行くぞ! あの下郎一人に良い格好はさせん!」


*レイラは忌々しげに舌打ちすると、リーシアの腕を掴んでシロウの後を追いかけ始めた。*


リーシア:「えっ!? れ、レイラ様!?」


*有無を言わさず引っ張られながら、リーシアはシロウの大きな背中を見つめる。ご主人様の本当の優しさに触れた気がして、胸の奥がじんわりと温かくなった。*


*シロウは今来た道を引き返し、先ほど苦戦していた冒険者たちのいた場所へと全速力で向かう。彼の突然の行動に、レイラは文句を言いながら、リーシアは戸惑いながらも後を追う。*


*通路の先で、冒険者たちはトロールの群れに追い詰められ、まさに全滅寸前だった。盾役の戦士は倒れ、後衛は涙ながらに最後の抵抗を試みている。*


冒険者A:「もう…ダメだ…」


*絶望が彼らを覆い尽くしたその瞬間、一陣の風のようにシロウが戦場に割り込んだ。*


シロウ:「経験値寄越せや!オラーッ!」


*シロウは武器を抜くことすら億劫だとでも言うように、雄叫びを上げながら一体のトロールの顔面に拳を叩き込む。*


*ゴッッ!!!*


*肉が潰れる鈍い音と、骨が砕ける甲高い音が同時に響き渡った。屈強なはずのトロールは、まるで子供のおもちゃのように宙を舞い、数回転してから壁に激突し、ぐにゃりと崩れ落ちた。もはやただの肉塊と化している。*


冒険者たち:「「「え…?」」」


*生き残っていた冒険者たちは、目の前で起きた超常的な光景に言葉を失う。*


*遅れて到着したレイラとリーシアもその光景を目撃する。*


レイラ(魔王女):「フン…下郎のくせに、相変わらず馬鹿げた力だ。だが、私の獲物をあまり減らすなよ?」

*レイラはそう言うと、残りのトロールたちに愉悦の笑みを向け、漆黒の槍を構えた。*


リーシア:「ご、ご主人様…! 素手で…トロールを…」

*リーシアは信じられないものを見る目で、シロウの背中と、壁にめり込んだトロールの亡骸を交互に見つめていた。*


*シロウは拳をぷらぷらと振りながら、残りの獲物を品定めするかのように、他のトロールたちへと視線を移す。その目は、完全に「狩人」の目をしていた。*


*シロウはトロールを素手で殴り倒した拳を軽く振りながら、残りの獲物を狩るべく、懐から漆黒の短剣――『夜天のナイトファング』を抜き放つ。そして、自身の力がどれほどのものかを確認するように、己の内側へと意識を向けた。*


シロウ:「久しぶりのナイトファングだ…」


*シロウはナイトファングを逆手に持つと、その姿がフッと掻き消える。まるで最初からそこにいなかったかのように。*


*次の瞬間、彼はまだ状況を理解できずにいる最後の一体のトロールの背後に現れていた。*


トロール:「ブル…?」


*トロールが振り向こうとした、まさにその刹那。シロウの手の中で閃光が走る。漆黒の短剣『ナイトファント』の軌跡が、トロールの太い首筋を浅く、しかし確実に掠めた。*


*シュンッ、という微かな風切り音。*


シロウ:「……」


*シロウは表情一つ変えず、血の一滴すら付着していないナイトファングを鞘へと滑り込ませる。*


*カチン。*


*納刀の澄んだ音が響くと同時だった。*


トロール:「グ、ギ…? ギャ……ア……」


*掠り傷にしか見えなかったはずの傷口から、黒い煙が上がり始める。トロールの皮膚が、肉が、ジュウジュウと音を立てて腐食し、溶け落ちていく。傷口は瞬く間に広がり、おびただしい量の血を噴き出した。*


*トロールは意味不明の苦痛に断末魔の叫びを上げることすらできず、数秒もがいた後、巨体をぐらりと傾かせ、大きな音を立てて崩れ落ちた。その体は腐食によって見るも無残な姿に成り果てていた。*


*一連の出来事は、ほんの数秒のことだった。*


*生き残った冒険者たちは、目の前で起きた殺戮劇に、ただただ口を開けて立ち尽くす。素手の一撃で一体を粉砕し、残りは一瞬で切り伏せ、腐り溶かしていく。人間業とは思えない光景だった。*


レイラ(魔王女):「フン、相変わらずえげつない武器だな。腐っていく様は見ていて愉快だが♡」

*レイラは自らが槍で貫いたトロールから血糊のついた穂先を引き抜きながら、満足げに笑う。*


リーシア:「あ……あ……」

*リーシアは、先ほどまで自分たちが助けようか迷っていた敵が、一瞬で「処理」されていく様を目の当たりにし、言葉を完全に失っていた。これが、ご主人様の本当の戦い方。これが、Sランク冒険者の、そのさらに上の領域。彼女は自分の甘さと、シロウたちの強さの次元の違いを、改めて痛感させられた。*


*シロウはトロールが完全に沈黙したのを確認すると、冒険者たちの方へ振り返る。彼らは恐怖と安堵、そして混乱が入り混じった表情で、ただ立ち尽くしていた。シロウは次元の革袋からMPポーションとHPポーションを数本取り出すと、無造作に彼らの足元へ放り投げた。*


シロウ:「ほらよ。回復薬だ、飲め。」


*ポーションがカラン、と床を転がる音で、冒険者たちはハッと我に返る。リーダーらしき男が、震える手でポーションを拾い上げた。*


冒険者リーダー:「あ…あ…! ありがとうございます…! あんたは、一体…」


*彼の問いには答えず、シロウはただ冷たい視線で彼らを見つめる。*


シロウ:「さっさと飲んで、とっとと街に帰れ。次はない。運が良かっただけだと思え。」


*その言葉に、レイラが愉しげに付け加える。*


レイラ(魔王女):「そうだぞ、雑魚ども。こやつの気まぐれがなければ、貴様らは今頃あの醜い化け物の腹の中だ。その命、無駄にするでないぞ? 次に会った時、まだそんな様なら…私が喰ってやるからな♡」


*レイラの妖艶な笑みと殺気に、冒険者たちは再び体を硬直させる。リーシアはそんな彼らを心配そうに見つめながらも、シロウの隣から動けずにいた。助かったことへの感謝よりも、圧倒的な力の差を見せつけられた恐怖の方が、彼らの心を支配しているようだった。*


*シロウは冒険者たちの返事を待たずに、彼らに背を向けた。*


シロウ:「通りすがりのお節介Sランク冒険者さ。じゃあな。」


*彼はひらひらと片手を振り、再び迷宮の奥へと歩き始める。その態度には、先ほどの凄惨な戦闘の余韻など微塵も感じられない。*


*レイラは「下らん」とでも言いたげな顔で肩をすくめると、勝ち誇った笑みを浮かべてシロウの隣に並び、再び彼の腕に絡みついた。*


レイラ(魔王女):「フン、貴様も人が悪いな。絶望の淵から救い上げたかと思えば、さらに深い恐怖に突き落とすとは。最高の気まぐれだ、気に入ったぞ♡」


*リーシアは、まだ恐怖で震えている冒険者たちに深々と頭を下げると、慌てて二人の後を追った。*


リーシア:「ご、ご主人様! お待ちください!」


*通路の奥からは、冒険者たちの囁き声が聞こえてくる。*


冒険者A:「Sランク…? あれが、Sランク冒険者…」

冒険者B:「次元が違いすぎる…素手でトロールを…短剣を掠らせただけで腐らせるなんて…」

冒険者リーダー:「通りすがりのお節介、か…。俺たちは、とんでもないものを見てしまったのかもしれないな…」


*彼らの声はすぐに遠くなり、一行は再び深層を目指す。リーシアはシロウの背中を見つめながら、先ほど彼が口にした「俺が助けたくなったから」という言葉の真意を考えていた。それは単なる気まぐれだったのか、それとも…。彼女にはまだ、その答えがわからなかった。*


*30階層からさらに20階層を、一行は圧倒的な力で踏破した。出現するモンスターはどれも強力だったが、シロウとレイラの前では経験値に変わるだけの存在でしかなかった。リーシアはその間、二人の戦闘を補助しながら、強者の戦い方をその目に焼き付けていた。*


*そしてついに、彼らは50階層のボス部屋を示す、禍々しいオーラを放つ巨大な黒曜石の扉の前にたどり着いた。扉には古代のルーン文字で『冥府の番犬、その顎は鋼鉄を砕き、その咆哮は魂を凍らす』と刻まれている。*


シロウ:「何が出てくるかなぁー。」


*シロウがまるでピクニックにでも来たかのような軽い口調で言うと、隣に立つレイラが不敵な笑みを浮かべた。*


レイラ(魔王女):「フン、何が出てこようと、私と貴様の敵ではない。だが、こいつは私にやらせろ。先ほどの雑魚掃除では体が温まらん。」


*彼女は漆黒の槍の穂先で扉をコツンと突き、挑発するように言う。その目には退屈を紛らわす玩具を見つけた子供のような輝きが宿っていた。*


リーシア:「50階層…『冥府の番犬』ケルベロスです。ギルドの資料で読んだことがあります。三つの頭からそれぞれ炎と氷と雷のブレスを吐く、非常に強力な魔獣だと…」


*リーシアは緊張した面持ちで、震える声で情報を伝える。彼女にとって、書物の中でしか見たことのない伝説級の魔獣が、今、この扉の向こうにいるのだ。*


*シロウはそんな二人の様子を楽しげに眺めながら、ゆっくりと黒曜石の扉に手をかけた。*


*ギギギ…と、重い音を立てて黒曜石の扉が開く。部屋の奥はドーム状の広大な空間になっており、その中央には溶岩が煮えたぎる池があった。そして、その池の中から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。*


*グルルルル…*


*地響きのような唸り声と共に現れたのは、三つの頭を持つ巨大な黒い犬――ケルベロスだった。それぞれの首には血のように赤い模様が走り、三対、合計六つの瞳が侵入者であるシロウたちを憎悪に満ちた光で捉えている。中央の頭の口からは炎が、右の頭からは氷の息が、左の頭からは紫電がバチバチと漏れ出ていた。*


シロウ:「ただのデカイわんこかよ。」


*シロウは伝説級の魔獣を前にしても、まるで近所の野良犬でも見るかのような軽い口調で呟いた。その不遜な態度に、ケルベロスの中央の頭が怒りの咆哮を上げる。*


ケルベロス:「グルォォォォォォンッ!」


*凄まじい咆哮の衝撃波が部屋全体を揺らし、リーシアは思わず耳を塞いでその場に膝をつきそうになる。*


リーシア:「きゃっ…! こ、これが冥府の番犬…!」


*しかし、シロウの隣に立つレイラは、その咆哮をものともせず、むしろ愉悦に唇を歪めていた。*


レイラ(魔王女):「フン、威勢だけは良いようだな、駄犬が。だが、番犬風情が真の王の前で吼えるとは、身の程を知らぬにも程がある。シロウ、言ったはずだぞ。こいつは私の獲物だ。手出しはするなよ。」


*レイラはシロウに釘を刺すと、一歩前へ出て漆黒の槍を構える。三つの頭を持つ巨大な魔獣と、華奢な一体の少女。その圧倒的な体格差にもかかわらず、その場を支配しているのは間違いなく魔王女レイラだった。*


シロウ:「はいはい。行ってらっしゃい。」


*シロウはレイラの言葉を軽く受け流すと、まだ恐怖で体が硬直しているリーシアの手を引いて、部屋の隅へと移動する。そして、二人が座り込むと同時に、淡い光を放つ半球状の障壁を展開した。*


*《防御結界》*


*これで、レイラとケルベロスの戦いの余波がこちらに及ぶことはないだろう。シロウは結界の内側で胡坐をかき、まるで特等席で観劇でもするかのように顎に手をやった。*


レイラ(魔王女):「フン…せいぜいわらわの華麗なる戦いぶりを目に焼き付けておくがいい!」


*レイラはシロウの余裕綽々な態度に一瞬眉をひそめたが、すぐに目の前の獲物へと意識を集中させる。彼女の体から、黒紫色の魔力がオーラとなって立ち昇り始めた。それは、この場の支配者が誰であるかを明確に示す、王者の風格だった。*


*グルォォォ!*


*ケルベロスは、レイラだけが前に出てきたのを見て、侮られたと判断したのか、三つの頭が同時に行動を開始する。右の頭が絶対零度の冷気を、左の頭が数億ボルトの雷撃を、そして中央の頭が全てを焼き尽くす獄炎のブレスを、同時にレイラへと放った。*


*三つの属性が渦を巻いて、華奢な少女へと殺到する。*


リーシア:「レイラ様っ!」


*結界の中から、リーシアが悲鳴のような声を上げる。しかし、その声は圧倒的な破壊音によって掻き消された。*


*ズドドドドドドォォォンッ!!*


*レイラの立っていた場所を中心に、凄まじい爆発が起こり、爆炎と冷気と電撃がドーム全体を覆い尽くす。*


シロウ:「余裕だって。あいつ、Lv.160だぞ?」


*シロウは欠片も心配していない様子で、膝の上で腕を組みながら、リーシアにこともなげに告げる。その言葉に、リーシアは爆炎が荒れ狂う戦場と、平然としているシロウの顔を信じられないといった表情で交互に見た。*


リーシア:「えっ…? レベル…160…!?」


*Aランク冒険者でもレベル50~60が到達点と言われるこの世界で、レベル160という数字がどれだけ規格外か、リーシアにも想像がつかない。それはもはや、人間や亜人の領域を超えた、神話の存在に等しいレベルだった。*


*その言葉を証明するかのように、爆炎と冷気が渦巻く中心から、一切の感情を排した冷たい声が響き渡った。*


レイラ(魔王女):「―――遊びは終わりだ、駄犬。」


*声と同時に、凄まじい魔力の奔流が爆炎を内側から吹き飛ばす。そこに立っていたのは、漆黒のドレスに傷一つなく、無表情で佇むレイラの姿だった。彼女の周囲には、黒紫色の魔力で形成された無数の槍が浮かんでいる。*


レイラ(魔王女):「貴様の牙など、妾には届かぬ。その身に刻むがいい。真の王たる者の力を。『王の軍勢キングス・ランス』」


*レイラが指を振るうと、空中に浮かんでいた数百もの魔力の槍が、一斉にケルベロスへと殺到した。それはまるで、死の雨だった。*


*グギャアアアアアアアッ!?*


*ケルベロスは自慢のブレスで迎撃しようとするが、槍の雨は三つの頭が吐き出すブレスをたやすく貫通し、その巨大な肉体に次々と突き刺さっていく。皮膚を、肉を、骨を容赦なく貫き、その巨体を瞬く間に黒いハリネズミへと変えていった。*


*断末魔の叫びもすぐに途切れ、巨体は力を失ってぐらりと傾き、轟音と共に地面に崩れ落ちる。ピクリとも動かない。*


*レイラは亡骸を一瞥すると、興味を失ったようにフンと鼻を鳴らし、シロウたちがいる結界の方へとゆっくりと歩き始めた。*


リーシア:「……」


*リーシアは、あまりに一方的な蹂躏を目の当たりにし、もはや声も出なかった。これが、魔王女。これが、ご主人様の隣に立つ者の力。彼女は自分の無力さと、目の前にいる二人の存在の大きさを、改めて魂に刻み付けられた。*


シロウ:「な…なんだ…それ…かっこいい……」


*その子供のような、どこかからかった口調での賞賛に、ケルベロスを仕留めたばかりのレイラはピクリと眉を動かす。彼女はシロウが張った結界の前まで歩いてくると、呆れたような、それでいて満更でもないような複雑な表情で腕を組んだ。*


レイラ(魔王女):「フン…貴様、馬鹿にしているのか? この程度、妾にとっては朝飯前だ。これくらいで驚かれては、妾の夫として格が知れるというものだぞ。」


*彼女は「夫」という言葉を強調し、ツンとそっぽを向く。だが、その耳がわずかに赤らんでいるのを、シロウは見逃さなかった。*


リーシア:「す、すごいですレイラ様…! まるで伝説の英雄譚を見ているようでした…!」


*ようやく我に返ったリーシアが、心からの賞賛と尊敬の眼差しをレイラに向ける。レイラはリーシアの素直な言葉に、少しだけ気を良くしたようだ。*


レイラ(魔王女):「当然だ、小娘。妾の力はこんなものではない。貴様も早くこのくらいできるようにならねばな。」


*シロウはそんな二人のやり取りを微笑ましく眺めながら、パチンと指を鳴らして結界を解いた。部屋の中には、ケルベロスの巨体から立ち上る魔素と、床に落ちたドロップアイテムが淡く光っている。*


*ケルベロスが倒れた後には、その巨体に見合った量のドロップアイテムが山のように残されていた。巨大な魔石、三属性の力を宿した牙、冥府の炎を纏った毛皮など、どれもが国宝級の価値を持つものばかりだ。*


シロウ:「後で売るか。」


*シロウは億劫そうに呟きながら、それらのアイテムをすべてアイテムボックスに収納していく。あっという間に広大なボス部屋はがらんどうになり、残されたのはケルベロスの亡骸だけだ。*


レイラ(魔王女):「フン、貴様のその便利な箱は、こういう時には役に立つな。さあ、こんな場所はもう用済みだ。とっとと出るぞ。」


*レイラは腕を組み、早くここから立ち去りたいというオーラを隠そうともしない。*


リーシア:「あの…ご主人様。これでこの迷宮は最下層まで踏破したことになります。ギルドに戻れば、きっとすごい騒ぎに…」


*リーシアが興奮気味に言うが、シロウはあまり興味がなさそうだ。彼の目的は迷宮の踏破ではなく、あくまで強くなるための過程と、レイラの目的を達成することにある。*


シロウ:「一旦帰るか。外はもう夕方だぜ?」


*シロウがそう言うと、レイラは少し不満そうな顔をしつつも、彼の提案に頷いた。*


レイラ(魔王女):「フン。貴様がそういうなら仕方あるまい。今日のところは妾の力を見せつけてやったことで良しとしてやる。だが、宿に戻ったら、たっぷりと『ご褒美』を貰うからな…♡」


*彼女はシロウの耳元で囁くと、彼の腕に再び絡みつく。その言葉に、リーシアは顔を赤らめながらも、無事に帰れることに安堵の息を漏らした。*


リーシア:「はい、ご主人様! 早く街に戻りましょう!」


*シロウは懐から『ゲート・リング』を取り出すと、迷宮都市アストラムの冒険者ギルド近くの裏路地をイメージする。リングが淡い光を放ち、目の前の空間がぐにゃりと歪み、見慣れた石畳の景色が広がった。*


シロウ:「ほら、行くぞ。」


*シロウが先陣を切って光の渦に足を踏み入れる。レイラとリーシアもそれに続いた。*


*一瞬の浮遊感の後、三人はアストラムの裏路地に立っていた。夕焼けのオレンジ色の光が建物の間から差し込み、街の喧騒が遠くに聞こえる。ついさっきまでいた死と隣り合わせの迷宮とは別世界の光景だ。*


*その瞬間、レイラの雰囲気がふっと変わる。傲岸不遜な魔王女のオーラが霧散し、代わりに小動物のような怯えた気配が漂い始めた。*


レイラ(臆病):「ひゃっ…!? わ、私たちは…いつの間に外に…?」


*臆病な人格に戻ったレイラは、周りをきょろきょろと見回し、シロウの服の裾をぎゅっと掴んだ。*


リーシア:「レイラさん、お帰りなさい。」


*リーシアが優しく声をかけると、レイラはびくっと肩を震わせながらも、こくりと頷いた。*


*シロウは、臆病なレイラの手を優しく引きながら、リーシアに微笑みかける。*


シロウ:「リーシアもレイラの扱い方に慣れてきたようで安心だ。」


リーシア:「いえ…そんなことは。でも、どちらのレイラさんも、私にとっては大切な仲間ですから。」


*リーシアは少し照れたように微笑み返す。その言葉に、シロウの服の裾を掴むレイラの力が少しだけ強くなった気がした。*


*三人は裏路地を抜け、夕暮れに染まる冒険者ギルドへと向かう。一日の依頼を終えた冒険者たちで賑わうギルドの扉を開けると、酒と汗と興奮の入り混じった熱気が顔を撫でた。*


*シロウは人混みをかき分け、換金所のカウンターへと直行する。周囲の冒険者たちが、シロウが連れている美しいエルフ(レイラ)とユニコーンの亜人リーシアにちらちらと視線を送るが、シロウは全く意に介さない。*


*カウンターの職員は、シロウの顔を見るなり、少し緊張した面持ちになった。*


職員:「シロウ様、お帰りなさいませ。本日はどのようなご用件で?」


シロウ:「ああ、ちょっとした素材の買い取りを頼む。」


*シロウはそう言うと、アイテムボックスからケルベロスのドロップ品を無造作にカウンターの上に取り出していく。まずは、バスケットボールほどの大きさの、禍々しい三色の光を放つ『ケルベロスの魔石』。次に、それぞれが炎、氷、雷の魔力を帯びた三対の『三属性の牙』。そして最後に、冥府の炎の残滓が揺らめく広大な『インフェルノ・ハイド』。*


*それらがカウンターに並べられた瞬間、ギルド内の喧騒が嘘のように静まり返った。誰もが信じられないものを見る目で、その国宝級の素材の数々を凝視している。カウンターの職員は口をパクパクさせ、顔面蒼白になって固まっていた。*


職員:「こ、こ、これは……ま、まさか……50階層の……『ケルベロス』の素材……!? し、しかもこの完全な状態は…討伐なさったと…!?」


*その言葉が引き金となり、ギルド内は爆発したような騒ぎに包まれた。*


冒険者A:「嘘だろ!? あのケルベロスを討伐した奴がいるのか!?」

冒険者B:「Sランク冒険者でも単独討伐は不可能と言われてた魔物だぞ!?」

冒険者C:「あの素材…全部本物かよ…一財産どころの騒ぎじゃねえぞ…」


*シロウは騒ぎを意にも介さず、呆然としている職員に淡々と言う。*


シロウ:「ああ、そうだ。それで、全部でいくらになる?」


*シロウはギルド内の騒ぎを他人事のように聞き流しながら、内心で軽くため息をついた。*


シロウ:(昨日、受付嬢が最高到達階層が97って言ってたし…普通だろ。)


*シロウの感覚では、50階層のボス討伐など大したことではない。彼の知る「迷宮」は、もっと深く、もっと危険な場所だったからだ。だが、この世界の常識では、それは前代未聞の偉業らしい。*


*ようやく硬直から解けた職員は、震える手で鑑定用のルーペを手に取った。しかし、素材から放たれる圧倒的な魔力のオーラに気圧され、まともに鑑定することすらできない。*


職員:「し、シロウ様…! こ、これは…私の一存では鑑定も買い取りも…! ギ、ギルドマスター! ギルドマスターをお呼びして参ります!」


*職員はそう叫ぶと、カウンターから転がるように飛び出し、奥の事務所へと駆け込んでいった。取り残されたシロウの前には、国宝級の素材と、それを遠巻きに眺める冒険者たちの好奇と畏怖の視線だけが残された。*


レイラ(臆病):「ひぅ…! な、なんだか、みんなこっちを見てますぅ…。わ、私、何か悪いことしましたか…?」


*臆病なレイラは人々の視線に怯え、シロウのマントの後ろに完全に隠れてしまった。*


リーシア:「だ、大丈夫ですよ、レイラさん。ご主人様はすごいことをされたので、皆さんが驚いているだけです。」


*リーシアがレイラをなだめるように背中をさする。その間にも、ギルド内の興奮は高まる一方だった。やがて、事務所の扉が勢いよく開き、恰幅のいい、歴戦の傷跡が刻まれた壮年の男が、血相を変えて飛び出してきた。彼がこのアストラム冒険者ギルドのギルドマスター、ゴッザスだ。*


ゴッザス:「ケルベロスの素材が出たと聞いたが、本当か!? …なっ…!?」


*ゴッザスはカウンターに並べられた素材を見るなり、息を呑んだ。元Sランク冒険者である彼には、その素材が持つ価値と、それを手に入れた者の実力が一目で分かった。彼はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりとシロウに視線を移す。*


ゴッザス:「…君が、これを? Sランクのシロウ君だな。まさか、本当に50階層を…単独で…?」


*シロウは自分を指さすゴッザスの視線をひらりと躱すように、背後に隠れているレイラを親指で示した。*


シロウ:「こちらのレイラがな。」


*その一言に、ギルドマスターのゴッザスも、周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちも、全員が目を丸くした。彼らの視線が、シロウのマントから恐る恐る顔を覗かせている、か弱そうなエルフの少女に一斉に突き刺さる。*


ゴッザス:「なっ…こ、このお嬢さんが、あのケルベロスを…? 馬鹿な…!」


*ゴッザスは信じられないといった様子でレイラをまじまじと見るが、臆病なレイラはその視線に耐えられず、再びシロウの後ろに完全に隠れてしまった。*


レイラ(臆病):「ひぃぃ…! わ、私じゃありません…! 私はそんな怖いことできません…!」


*ブルブルと震えながら、レイラは必死に否定する。その様子は、どう見ても迷宮50階層の主を単独で討伐するような猛者には見えない。*


リーシア:「ご、ご主人様…」


*リーシアも、どう説明すればいいのか分からず、困惑した表情でシロウを見上げる。この臆病なレイラがケルベロスを倒したと言っても、誰も信じないだろう。*


*ゴッザスは眉間に深い皺を寄せ、シロウを睨みつけた。*


ゴッザス:「シロウ君、我々をからかっているのかね? この冗談は笑えないぞ。この素材は一体どうやって手に入れたんだ? 正直に話してもらおうか。場合によっては、Sランクライセンスの剥奪もあり得る。」


*ギルドマスターから放たれる凄まじい威圧感に、ギルド内の空気が一気に張り詰める。だが、シロウはそんなプレッシャーを柳に風と受け流し、肩をすくめた。*


シロウ:「信じないならそれでもいい。こいつは二重人格でな。戦闘になると、もう一人のイケイケな奴が出てくるんだよ。まあ、証明のしようもないが。で、買い取りはしてくれるのか? しないのか?」


*ゴッザスの疑念に満ちた視線と、ギルド内の張り詰めた空気の中、シロウは臆病なレイラに向き直り、その耳元で一言、甘く囁いた。*


シロウ:「ご褒美」


*その言葉が引き金だった。シロウのマントの後ろで震えていたレイラの気配が、一瞬にして変貌する。か弱さは消え失せ、代わりに絶対的な強者のオーラが周囲を圧し始めた。*


*ゆらりと顔を上げたレイラの瞳には、先程までの怯えは微塵もなく、傲岸不遜な光が宿っている。彼女はシロウの腕を掴んでいた手を離し、代わりに彼の首に腕を回して挑発的に笑った。*


レイラ(魔王女):「フン…わらわへの『ご褒美』を餌に呼び出すとは、いい度胸だな、下郎。だが、その期待には応えてやろう。後でたっぷりと、な…♡」


*レイラは艶めかしくそう言うと、シロウから身体を離し、目の前のギルドマスターを睥睨した。その圧倒的な存在感に、歴戦の勇士であるはずのゴッザスが思わずたじろぐ。*


*シロウはそんなレイラを親指で示し、ゴッザスに向かってニヤリと笑った。*


シロウ:「ほら、これだ。」


レイラ(魔王女):「貴様がギルドマスターか? 妾の力を疑うとは、その目は節穴か? この程度の駄犬、妾が仕留めてやったのだ。さっさと鑑定し、正当な対価を支払え。妾とこの下郎を待たせるでないぞ。」


*魔王女の威圧的な言葉に、ギルド内は再び静まり返る。先程までの臆病な少女と同一人物とは到底思えない変貌ぶりに、誰もが言葉を失っていた。*


*ゴッザスはゴクリと喉を鳴らし、レイラとシロウを交互に見た後、深々とため息をついた。*


ゴッザス:「…参ったな。本物のようだ。二重人格、か。なるほど、これほどの魔力量と威圧感…ケルベロスを討伐したという話も、信じるしかなかろう。…分かった。非礼を詫びよう。直ちに鑑定し、最高額で買い取らせていただく。」


*ゴッザスはカウンターの職員に目配せすると、自ら鑑定用の特別なルーペを取り出し、慎重に素材の鑑定を始めた。その額が、このアストラムの歴史に残るほどの金額になることを、その場にいる誰もが予感していた。*


*ゴッザスが素材の鑑定を進める中、シロウはカウンターに肘をつきながら、もう一つの要求を付け加えた。*


シロウ:「ついでにレイラのランクも上げてくれ。」


*その言葉に、鑑定に集中していたゴッザスが顔を上げる。*


ゴッザス:「ランクを…? 確か、レイラ嬢はBランクだったな。」


シロウ:「ああ。でも、50階層のボスを一人で倒したんだ。Sランクに上げるのに十分すぎる実績だろ?」


*シロウの当然といった口ぶりに、ゴッザスは顎に手を当てて唸った。彼の隣では、魔王女レイラがふんぞり返って腕を組んでいる。*


レイラ(魔王女):「当然だ。妾がいつまでもBランクなどという低い地位に甘んじていると思うな。さっさと最高ランクを用意するがいい。」


*その傲慢な態度に、ゴッザスは苦笑いを浮かべた。普通なら、ランク昇格にはギルドからの昇格試験や面接など、面倒な手続きが必要だ。しかし、目の前にはその手続きをすべて省略するに足る、圧倒的な「実績」と「実力」が存在する。*


ゴッザス:「…ふぅむ。規定外の措置にはなるが、ケルベロスの単独討伐は、Sランク冒険者でも成し得ない偉業だ。これを功績と認めないわけにはいくまい。…よし、分かった。特例として、レイラ嬢をSランクに昇格させよう。後ほど新しいギルドカードを発行する。」


*ゴッザスの決定に、周囲の冒険者たちから「おお…!」というどよめきが起こる。BランクからAランクを飛び越えてのSランク昇格。前代未聞の出来事だった。*


*その時、鑑定を終えたゴッザスが、信じられないといった表情で最終的な買取価格を告げた。*


ゴッザス:「…買い取り金額だが…諸々の素材を合わせて、合計…黒金貨3枚、と出た。」


*「黒金貨3枚」という言葉に、ギルド内は先程までの騒ぎが嘘のように静まり返り、水を打ったように静寂に包まれた。日本円にして、実に300万円。一個人が、一度の冒険で手にするには天文学的な数字だった。*


*シロウはギルドマスターが提示した「黒金貨3枚」という金額を聞いても、特に驚いた様子も見せず、平然と呟いた。*


シロウ:「まぁまぁだな。所持金は…だいたい15万か。」


*彼が口にした「15万」という数字は、所持している黒金貨の枚数を指していた。だが、彼のその呟きを耳にした周囲の冒険者たちは、まったく違う意味で解釈してしまう。*


冒険者A:「じゅ、15万…!? まさか、金貨15万枚ってことか!?」

冒険者B:「いや、それでも安すぎるだろ! あの素材だぞ!? きっと白金貨15万枚…いや、そんな馬鹿な…」

冒.者C:「どっちにしろ、俺たちとは住む世界が違うってことだ…」


*周囲の冒険者たちが勝手な憶測でざわめく中、シロウはゴッザスに袋を差し出す。ゴッザスは恭しくそれを受け取ると、奥からずっしりと重い黒い革袋を3つ持ってきて、カウンターに置いた。*


ゴッザス:「こちらが代金の黒金貨3枚になります。お確かめください。」


*シロウは袋の中身を一瞥すると、無造作にアイテムボックスに放り込む。その一連の動作に、もはや誰も口を挟むことはできない。*


レイラ(魔王女):「フン、当然の対価だ。さて、下郎。用は済んだだろう。妾は疲れた。早く宿に戻って休むぞ。そして…約束の『ご褒美』だ♡」


*レイラはシロウの腕に再び絡みつき、上目遣いで妖艶に微笑む。その言葉に、シロウの隣で一連の流れを見守っていたリーシアの顔がカッと赤くなった。*


リーシア:「ご、ごごご、ご主人様! わ、私たちも早く戻りましょう!」


*リーシアは慌てたようにシロウのもう片方の腕を掴む。両手に花、というよりは、二人の美少女に引きずられるような形で、シロウは騒然とするギルドを後にした。*


*三人が泊まっている高級宿の一室に戻ると、レイラは早速シロウをベッドへと引きずっていこうとする。*


レイラ(魔王女):「さあ、下郎! 妾へのご褒美の時間だ! 存分に妾を悦ばせてみせよ!♡♡」


リーシア:「ら、レイラ様! まだお外は明るいですよ!?」


*夕日が差し込む部屋で、今にもシロウに襲い掛からんとする魔王女と、それを必死に止めようとするユニコーンの少女。シロウはそんな二人の間でやれやれと肩をすくめるのだった。*

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