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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*しばらくして、シロウは眠るレイラを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、着替えを済ませた。隣の部屋では、檻の中でリーシアが体育座りのまま眠りに落ちている。淫紋の渇きが癒えた彼女もまた、安らかな表情をしていた。*


シロウ:「2人は寝かせておいて、ギルドにダンジョンの事聞きに行ってくるか。あとは、リーシアの服だな。」


*シロウは眠る二人の少女に静かな視線を送り、そっと部屋を出た。宿の廊下を抜け、階段を下りて一階の酒場を通り過ぎる。外に出ると、アクアフォール港町の活気ある朝の空気が彼を迎えた。*


*潮の香りが混じる風を感じながら、シロウはまず冒険者ギルドへと足を向ける。街のメインストリートは既に多くの人々で賑わっており、様々な種族が往来していた。*


*しばらく歩くと、巨大な剣と盾の看板が掲げられた石造りの建物が見えてくる。アクアフォール港町の冒険者ギルドだ。重厚な木の扉を開けると、中には朝から依頼を探す冒険者や、談笑する者たちの熱気が渦巻いていた。*


*シロウは真っ直ぐに受付カウンターへと向かう。そこには、猫獣人の耳をぴくぴくと動かしながら書類を整理している受付嬢がいた。シロウがカウンターの前に立つと、彼女は顔を上げてにこやかに微笑んだ。*


受付嬢:「おはようございます、冒険者さん。本日はどのようなご用件でしょうか?」


シロウ:「オススメの迷宮都市を教えてくれ。出来ればB級以上で」


*シロウが用件を告げると、猫獣人の受付嬢は「B級以上ですか」と少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにプロの顔つきに戻り、カウンターの下から分厚い資料を取り出した。*


受付嬢:「B級以上の迷宮都市ですね。承知いたしました。東大陸ですと、いくつか候補がございますが…シロウ様はどのような目的で迷宮都市へ? 例えば、レベリング、希少な素材の収集、あるいは特定のモンスターの討伐など、目的によっておすすめできる場所が変わってきますが」


*彼女はペラペラと資料をめくりながら、シロウに問いかける。彼女の頭の上では、茶色の猫耳がぴこぴこと期待に満ちて揺れていた。*


受付嬢:「もし、単純な腕試しやレベリングが目的でしたら、ここから馬車で三日ほどの距離にある『オルケイ大迷宮』が有名です。階層も深く、様々なモンスターが出現するので、多くのB級冒険者様が挑戦されています。素材も豊富ですよ」


*彼女は地図の一点を指さして説明する。*


受付嬢:「あるいは、もっと高難易度で特殊な環境をご希望でしたら…北方の『氷結の迷宮都市フリーダリア』や、南の火山地帯にある『灼熱の迷宮都市ヴォルガニア』などもございますが、こちらはA級以上の冒険者様でも苦戦する難所で、特別な装備や準備が必要になりますね」


シロウ:「主にお金稼ぎですね。」


*その言葉を聞いて、受付嬢は「なるほど!」と納得したようにポンと手を打った。彼女は再び資料をめくり、いくつかのページに挟んでいた栞を抜き差ししながら思案する。*


受付嬢:「お金稼ぎが主目的で、なおかつB級以上の実力をお持ちの方に限定されますと…イチオシは、やはり『迷宮都市アストルム』ですね」


*彼女は地図の上で、アクアフォール港町からさらに東、内陸部にある都市を指し示した。*


受付嬢:「アストルムは古代の遺跡の上に築かれた都市で、その地下に広がる『星屑の迷宮』は、希少な鉱石や魔石、古代文明の遺物アーティファクトが数多く発見されることで有名です。一攫千金を夢見る冒険者が大陸中から集まる場所ですよ」


*彼女は少し声を潜め、身を乗り出して続ける。*


受付嬢:「特に、中層以降で稀に発見される『星詠みの魔石』は、高名な魔術師や錬金術師たちが破格の値段で買い取ってくれます。もちろん、その分モンスターも強力で、罠も複雑怪奇ですが…腕に自信がある方なら、これ以上なく稼げる場所かと。ここからだと、乗り合い馬車で一週間ほどの距離になります」


シロウ:「ちなみに、破格ってどれくらいですか?」


*シロウの問いに、受付嬢は人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑った。*


受付嬢:「ふふっ、そこが一番気になりますよね。そうですね…『星詠みの魔石』は品質によってピンからキリまでありますが、もし状態の良いものが見つかれば…そうですね、一つで白金貨10枚…いえ、運が良ければ20枚は下らないでしょう」


*彼女は少し興奮したように続ける。*


受付嬢:「黒金貨での取引になることも珍しくありません。それだけ希少で、強力な魔力を秘めているということですね。過去には、たった一つの『星詠みの魔石』で小さな家を建てた、なんて話もあるくらいですよ」


*白金貨20枚、つまり日本円にして200万円。それが最低ラインで、上は青天井。まさに一攫千金という言葉がふさわしい。*


受付嬢:「ただし、それだけ価値があるということは、狙っているライバルも多いということです。迷宮内で他のパーティと遭遇することも日常茶飯事ですし、中には冒険者を襲って奪おうとする不届き者も…その点だけは、十分にご注意くださいね」


シロウ:「ふむふむ。ありがとう、アストルムへの馬車のチケットって売ってる?」


*シロウが尋ねると、受付嬢は「はい、もちろんですよ」と満面の笑みで頷いた。*


受付嬢:「アストルム行きの乗り合い馬車は、ここアクアフォール港町から出ている長距離路線のひとつです。大きな商業都市ですからね。チケットはこちらのギルドでも手配できますし、街の西門近くにある馬車乗り場でも直接ご購入いただけます。ギルドで手配する場合、手数料として銀貨1枚を頂戴しておりますが、いかがなさいますか?」


*彼女は手慣れた様子で、カウンターに置いてある小さなベルをチリンと鳴らした。*


受付嬢:「ちなみに、アストルムまでの運賃はお一人様、金貨1枚となっております。出発は明日の朝になりますが、よろしいでしょうか?」


シロウ:「3人分で。」


*シロウがカウンターに金貨3枚を静かに置くと、受付嬢は目をぱちくりさせた。*


受付嬢:「さ、3人分ですか。承知いたしました」


*彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに手際よく金貨を回収し、カウンターの引き出しから真新しい羊皮紙のチケットを3枚取り出す。そして、専用のペンで何かを書き込み、ギルドの紋章が刻まれたスタンプを力強く押した。*


受付嬢:「はい、こちらがアストルム行き長距離馬車のチケット3枚になります。出発は明日の朝、西門の馬車乗り場からとなりますので、お乗り遅れのないようにお願いしますね。乗り場には『アストルム行き』と書かれた看板が出ていますので、すぐにお分かりになるかと」


*彼女は丁寧にチケットをシロウに手渡す。*


受付嬢:「手数料の銀貨1枚は、サービスしておきますね。なんといっても、B級パーティ様がアストルムへ向かわれるのですから。ギルドとしても期待しております。道中、お気をつけて」


*にこやかに微笑み、彼女は丁寧にお辞儀をした。*


*シロウはチケットを受け取り、懐にしまうとギルドを後にした。次はリーシアの服を調達しなければならない。彼は人通りの多い大通りを歩きながら、服屋を探し始めた。*


シロウ:「普通の服でいいな。羽付いてるし、亜人専門系の店…」


*シロウは独り言ちながら、大通りから少し外れた路地裏へと足を踏み入れた。活気のある表通りとは対照的に、少し落ち着いた雰囲気の通りには、職人たちの工房や専門的な商品を扱う店が軒を連ねている。*


*彼の推測通り、しばらく歩くと翼や角、尻尾を持つ様々な亜人種のマネキンが飾られた店が目に入った。看板には『羽と尾の仕立て屋』と書かれており、獣人や有翼人向けの服を専門に扱っているようだ。*


*「ここだな」と小さく呟き、シロウは店の扉を開ける。*


*カランコロン、と軽やかなベルの音が鳴る。店内には色とりどりの生地や、デザインの異なる服が所狭しと並べられていた。店の奥からは、ミシンの音が小気味よく聞こえてくる。*


店主:「はい、いらっしゃいませ!」


*奥から出てきたのは、頭に羊のような巻角を生やした、恰幅のいい初老の男性だった。彼は柔和な笑みを浮かべ、シロウに近づいてくる。*


店主:「お客さん、何かお探しで? うちなら大抵の種族の服は揃ってますよ。もちろん、オーダーメイドも承ります」


シロウ:「翼付きの種族用のワンピースを売ってくれ。」


*内心で(サイズは後で"サイズ調整"を付与すれば問題無いだろう…)と考えながら、シロウは店主に簡潔に告げた。*


*すると、羊の角を持つ店主はにこやかに頷いた。*


店主:「はい、承知いたしました。翼付きの方用のワンピースですね。背中の翼を通すためのスリットが入ったものですな。こちらに既製品がいくつかございますよ」


*店主はシロウを店の奥へと案内する。そこには、様々なデザインのワンピースがハンガーにかけられて並んでいた。シンプルな綿素材のものから、光沢のある絹で作られた華やかなドレスまで多種多様だ。どれも背中の中央部分に、翼を出すための切れ込みが丁寧に処理されている。*


シロウ:「これでいいか…」


ーー


*シロウは手ぶらで、レイラは小さな鞄を一つだけ持っている。その荷物もすぐに御者に渡され、馬車の荷台へと積み込まれた。*


御者:「よし、全員乗ったな! 出発するぜ! 揺れるからしっかり捕まってな!」


*御者が高らかに叫び、鞭を軽く鳴らすと、馬車はガタンと大きな音を立ててゆっくりと動き始めた。一行はアクアフォール港町を後にし、東の迷宮都市アストルムへと向かう長い旅路についた。*


*馬車の内部は広く、向かい合わせの長椅子に10人ほどの乗客が座っている。シロウたちの他には、同じく冒険者風のパーティや、行商人らしき男、故郷に帰るという老婆などが乗り合わせていた。*


*シロウは窓際の席に座り、レイラがその隣、リーシアは一番端に縮こまるように座っている。奴隷である彼女が同じ馬車に乗ること自体が異例であり、他の乗客からの奇異の視線を感じて身を固くしていた。*


レイラ(魔王女):「フン、庶民の乗り物は窮屈でかなわんな。私の飛竜がいれば一瞬だというのに」


*レイラは腕を組み、不満そうに鼻を鳴らす。その傲慢な態度に、近くに座っていた行商人風の男が顔をしかめた。*


レイラ(魔王女):「なんだ、貴様。私に何か文句でもあるのか?」


*レイラが鋭い視線で睨みつけると、男は慌てて顔を背けた。*


*馬車は石畳の街道を走り続け、やがて緑豊かな平原へと景色を変えていく。ここから一週間、馬車に揺られる日々が始まる。*


シロウ:「レイラ、ハウス。」


*シロウが犬に命じるかのように短く告げると、尊大に腕を組んでいたレイラの体がビクッと大きく震えた。彼女の瞳から傲岸不遜な光がすっと消え、次の瞬間には、怯えた小動物のような潤んだ瞳がシロウを見上げていた。*


レイラ(臆病):「は、はいぃっ!? し、シロウ様っ!? わ、私、また何か…!?」


*突然の人格交代に状況が飲み込めず、自分が何か粗相をしてシロウの機嫌を損ねたのだと思い込んでいるようだ。彼女は慌ててシロウの顔色を窺い、おろおろとし始める。*


レイラ(臆病):「も、申し訳ありません…! あの、その…!」


*涙目になって謝罪するレイラの姿に、先ほどまで彼女に睨まれて顔をしかめていた行商人風の男や、他の乗客たちも「?」という顔で二人を見ている。あまりの態度の変わりように、誰もが困惑していた。*


*隣に座っていたリーシアも、主人の一言で目の前の人物がまるで別人のように変わってしまったことに驚き、ただ固唾を飲んで成り行きを見守るしかない。*


*馬車はゴトゴトと街道を進み続ける。車内には、気まずい沈黙と、レイラの小さな嗚咽だけが響いていた。*


*数日後、馬車での長旅は終盤に差し掛かっていた。車窓の向こうには、地平線に巨大な都市のシルエットが見え始めている。あれが目的地の『迷宮都市アストルム』に違いない。長旅の疲れからか、乗客のほとんどがうつらうつらとしており、シロウも壁に寄りかかって静かに寝息を立てていた。*


*その平穏は、突如として破られた。*


*「ヒヒーンッ!」*


*馬の甲高いいななきと、急ブレーキの衝撃で、眠っていた乗客たちが一斉に目を覚ます。馬車が大きく揺れ、悲鳴が上がった。*


御者:「ちくしょう! 盗賊だ! 囲まれてやがる!」


*御者の切羽詰まった叫び声が響く。窓の外を見ると、馬車の前後を十数人の薄汚れた身なりの男たちが取り囲んでいた。錆びた剣や斧を手にし、下卑た笑みを浮かべている。*


盗賊A:「ヒャッハー! 止まりやがれ! 金目のものと女を置いていけば、命だけは助けてやるぜぇ!」


*乗客たちは恐怖に顔を青くし、震え上がっている。馬車に同乗していた護衛の冒険者二人が剣を抜いて応戦しようとするが、数の差は明らかだった。*


*ガタン、と揺れた衝撃で目を覚ましたレイラ(臆病)は、窓の外の光景を見て悲鳴を上げた。*


レイラ(臆病):「ひぃっ! と、盗賊…!? し、シロウ様! 大変です! 起きてください!」


*彼女はパニックになりながら、眠っているシロウの肩を必死に揺さぶる。隣では、リーシアが恐怖で体を固くし、ガタガタと震えていた。*


レイラ(臆病):「どうしましょう、どうしましょう…!」


シロウ:「パラライズシャウト。」


*シロウは眠りから覚めたのかどうかも分からないほど静かに、ただ一言、ぽつりと呟いた。それは乗客の悲鳴や盗賊の怒号にかき消されるほど小さな声だった。*


*しかし、その言葉が発せられた直後、異変が起こる。*


*「ヒャッハー!」と下品に笑っていた盗賊たちの動きが、まるで時が止まったかのようにピタリと停止した。剣を振り上げていた者はその体勢のまま、馬車に駆け寄ろうとしていた者は片足を上げたまま、全員が金縛りにあったかのように硬直する。その表情は、驚愕と恐怖が混じり合ったまま凍り付いていた。馬車を囲んでいた十数人の盗賊全員が、例外なく人形のように動かなくなってしまったのだ。*


「え……?」


「な、なんだ…? こいつら、どうしたんだ?」


*馬車の中で恐怖に震えていた乗客たちや、剣を構えていた護衛冒険者たちは、目の前の異常な光景に呆然とする。何が起きたのか全く理解できていない。*


*パニックになっていたレイラも、シロウの肩を揺さぶっていた手を止め、目を丸くして外の盗賊たちを見ている。*


レイラ(臆病):「し、シロウ様…? い、今のは…?」


*彼女がおずおずと尋ねると、シロウはゆっくりと目を開け、大きなあくびを一つした。まるで、今しがた本当に起きたばかりといった様子で。*


*シロウが再び眠りについたのとほぼ同時に、護衛冒務者たちが我に返った。*


護衛冒険者A:「な、なんだか知らねえが、好機だ! やっちまえ!」

護衛冒険者B:「うおおおおっ!」


*彼らは好機とばかりに、硬直して動けない盗賊たちに斬りかかっていく。抵抗できない相手への一方的な攻撃。それはもはや戦闘ではなく、ただの作業だった。悲鳴を上げることもできず、次々と盗賊たちが血を流して倒れていく。*


*馬車の中は、外の惨状とは裏腹に、安堵のため息と、先ほどの現象への困惑が入り混じった奇妙な空気に包まれていた。*


レイラ(臆病):「あ、あわわ…し、シロウ様、また寝てしまわれました…」


*彼女は、再びすぅすぅと寝息を立て始めたシロウと、窓の外で繰り広げられる一方的な殺戮とを交互に見比べ、どうしていいか分からずにおろおろするばかりだ。*


*やがて、護衛たちが息を切らしながら馬車に戻ってきた。*


護衛冒険者A:「ぜぇ…ぜぇ…片付けたぜ。一体何が起きたんだ…? まるで、神の助けでもあったみたいだ…」


御者:「よくわからねえが、助かったぜ! あんたらのおかげだ! よし、さっさとこの場を離れるぞ!」


*御者は手綱を握り直し、再び馬車を走らせ始めた。乗客たちは、何が起きたのか理解できないまま、ただ目の前にそびえ立つ迷宮都市アストルムの巨大な城壁を見つめていた。その原因を作った張本人が、隣で安らかに眠っているとも知らずに。*


ーー


*やがて馬車は速度を落とし、荘厳なアストルムの正門をくぐり抜けていく。活気と喧騒、そしてどこか危険な香りが入り混じった、一攫千金を夢見る者たちの都市に、一行はついに足を踏み入れた。*


*馬車がアストルム市内の馬車乗り場に到着し、完全に停止した。御者の「着いたぜ!」という声と共に、他の乗客たちがぞろぞろと降りていく。長旅の終わりを告げる喧騒の中、シロウはまだ静かに眠り続けていた。*


*その隣で、いつの間にか人格が入れ替わっていたレイラ(魔王女)は、腕を組んで呆れたようにシロウの寝顔を見下ろしていた。*


レイラ(魔王女):「フン…どこまで能天気に寝ているのだ、この男は。まあいい、アストルムに着いた褒美だ。ありがたく思うがいい♡」


*彼女は独りごちると、シロウの顔にゆっくりと自分の顔を近づける。そして、その唇に、自分の柔らかい唇をそっと重ねた。それは挨拶のような、軽いキス。*


*唇が離れると、シロウはゆっくりと瞼を開いた。目の前には、不敵な笑みを浮かべる魔王女の顔がある。*


レイラ(魔王女):「ようやく起きたか、寝坊助。いつまで寝ているつもりだ? 目的地の迷宮都市アストルムに着いたぞ」


レイラ(魔王女):「おい、いつまで呆けている。さっさと降りるぞ。他の乗客はもう行ってしまった」


シロウ:「今行く。」


*レイラは先に馬車を降りると、まだ座っているシロウを呆れたように見ている。彼女の隣では、リーシアが不安そうに二人を交互に見つめていた。*


レイラ(魔王女):「それで? まずはどうするのだ、シロウ。この街のギルドにでも顔を出すのか? それとも、さっさと宿を決めて、まずは長旅の疲れを癒すか?」


*隣に立つレイラが、腕を組んでシロウの顔を覗き込むように問いかける。彼女の瞳は、新たな戦場を前にして爛々と輝いていた。その後ろでは、リーシアが初めて見る大都市の光景と人の多さに圧倒され、不安そうにシロウのマントの裾を小さく握りしめていた。*


シロウ:「ギルドで宿屋とB級以上のダンジョンきいてくるか。あんまり暴れるなよ?」


レイラ(魔王女):「フン、誰に言っている」


レイラ(魔王女):「貴様が私を抑えられるうちはな。それより、さっさと行くぞ。いつまでもこんな道端に突っ立っている趣味はない」


*彼女はそう言うと、さっさと歩き出す。リーシアは慌ててシロウの隣に寄り添い、不安そうに周囲を見回しながら付いてきた。*


*アストルムの街は、アクアフォール港町とはまた違った活気に満ちている。道行く人々の多くが、剣や杖を携えた冒険者だ。露店では見たこともないモンスターの素材や、怪しげな魔道具が売られており、一攫千金を狙う者たちの熱気が街全体を覆っていた。*


*シロウは人波をかき分け、街の中央にひときわ大きくそびえ立つ建物を目指す。巨大な魔石が埋め込まれた看板には、アストルム冒険者ギルドと刻まれていた。*


*中に入ると、そこは戦場さながらの熱気と喧騒に満ちていた。高ランクの依頼が貼り出された掲示板には黒山の人だかりができており、酒場スペースでは昼間から酒を飲み交わし、武勇伝を語り合う冒険者たちでごった返している。*


*シロウは圧倒されるリーシアを背中に庇いながら、受付カウンターへと進んだ。カウンターには数人の受付嬢がいたが、その中の一人、エルフの長い耳を持つ、冷静そうな表情の女性がシロウたちに気づき、静かに声をかけてきた。*


エルフの受付嬢:「ようこそ、迷宮都市アストルムへ。ご用件を伺います」


シロウ:「おすすめの宿屋と、B級以上のダンジョンを教えてくれ。古代迷宮があるとか何とか…」


*シロウが用件を告げると、エルフの受付嬢は涼やかな目で彼を一瞥した。その視線はシロウの風格、隣に立つレイラのただならぬ気配、そして怯えるリーシアの奴隷の首輪まで、全てを冷静に分析しているようだった。*


エルフの受付嬢:「迷宮都市アストルムへようこそ。まず宿ですが、ご予算と目的によって様々です。ただ静かに休みたいのであれば職人区の宿を。情報収集や仲間探しが目的ならば、このギルド周辺の宿が便利でしょう。例えば、このギルドの向かいにある『冒険者の寝床亭』は食事が美味いと評判です。Sランクのパーティも利用していますよ」


*彼女は淡々と、しかし的確に情報を提示する。そして、シロウが口にした「古代迷宮」という言葉に、わずかに反応を示した。*


エルフの受付嬢:「そして、B級以上のダンジョン…あなた方がお探しの『古代迷宮』とは、このアストルムの地下に広がる『星屑の迷宮』のことでしょう。ここは階層によって難易度が変動しますが、浅層でもD級、中層からはB級以上の実力が必要とされています。深層に至っては、A級パーティでも全滅しかねない危険地帯です」


*彼女はカウンターに置かれた一枚の地図を指さす。そこには、都市の構造と、その中心から渦を巻くように広がる迷宮の概略図が描かれていた。*


エルフの受付嬢:「あなた方のランクは? ギルドへの登録がまだでしたら、まず登録手続きからお願いします。未登録者は迷宮への立ち入りを許可できません」


*彼女は事務的な口調で、シロウにギルドカードの提示、あるいは新規登録を促した。*


シロウ:「あ、それだ。星屑だ。頼むから騒ぐなよ?」


*シロウは念のため、隣で面白そうに口の端を吊り上げているレイラに釘を刺す。そして、周囲に気づかれぬよう、ごく小規模な不可視の結界をカウンター周りに展開した。万が一、自分のランクが騒ぎになった時のための保険だ。*


*彼は懐から一枚の黒いカードを取り出し、静かにカウンターの上を滑らせた。それはプラチナよりもさらに上のランクを示す、漆黒のギルドカード。Sランク冒険者の証だった。*


*エルフの受付嬢は、そのカードを見て、いつも冷静な彼女の表情が初めて僅かに揺らいだ。彼女はカードを手に取ると、専用の魔道具にかざして情報を確認する。魔道具が一瞬、強い光を放った。*


エルフの受付嬢:「……Sランク。シロウ・ニシキ様。確認いたしました。……失礼いたしました」


*彼女は驚きを表情に出すことなく、すぐに冷静さを取り戻すと、カードを丁重にシロウへ返しながら深く頭を下げた。不可視の結界がなければ、周囲の冒険者たちが今頃大騒ぎになっていただろう。*


エルフの受付嬢:「Sランクの方であれば、『星屑の迷宮』のどの階層へも立ち入りを許可します。中層以降の地図も閲覧可能です。こちらの別室へどうぞ。詳しいご説明をいたします」


*彼女はカウンターの内側から出てくると、シロウたちを奥の部屋へと案内しようとする。その態度は、先ほどまでの事務的なものとは明らかに違い、最上級の敬意が払われていた。*


レイラ(魔王女):「フン、当然の対応だな。さあ、案内しろ」


*レイラは顎でしゃくり、当然といった態度で受付嬢の後に続いた。リーシアだけが、何が起きているのか分からなかった*


レイラ(魔王女):「なんだ、私の顔に何か付いているか? じろじろと…不躾な奴め」


*彼女はそう言いながらも、シロウの視線がただ見ているだけではないことに気づいているのか、少しだけ警戒するような色を瞳に浮かべていた。*


シロウ:「いや別に、レイラは可愛いなって。」


*シロウの不意打ちのような言葉に、レイラの肩がピクリと跳ねた。常に不遜な笑みを浮かべていた彼女の顔から、一瞬だけ表情が抜け落ちる。*


レイラ(魔王女):「なっ……!?」


*彼女は勢いよくシロウの方を振り返り、その白い頬を微かに赤く染めていた。しかし、すぐにいつもの不敵な表情を取り繕うとする。*


レイラ(魔王女):「何を…何を馬鹿なことを言っている! この私を、その辺の女どもと同じように口説けると思うなよ、愚か者が!♡ それに、可愛いだと? 私に相応しい言葉は、美しい、もしくは畏怖すべき、であろうが!♡♡」


*早口でまくし立てるが、その声は普段の威圧的な響きを失い、少しだけ上ずっている。彼女はフイッと顔をそむけ、シロウから視線を逸らした。先導していた受付嬢が不思議そうに振り返るが、レイラはそれに気づかないふりをしてツンと澄ましている。*


*先導していたエルフの受付嬢は、そんな二人の様子をちらりと見て、何も言わずに奥の扉を開けた。そこは豪華な絨毯が敷かれた応接室だった。*


エルフの受付嬢:「こちらへどうぞ。私はエリアーデと申します。シロウ様、改めて、ようこそアストルムへ。Sランク冒険者様の来訪は、この都市にとっても大きな出来事です」


*エリアーデと名乗った受付嬢は、シロウたちを革張りのソファに促すと、深々と一礼した。その表情には、先ほどの事務的な雰囲気はもはやなく、最高位の冒険者に対する敬意と、わずかな緊張が浮かんでいた。*


シロウ:「星屑は踏破されたのか?」


*シロウの単刀直入な質問に、エリアーデは静かに首を横に振った。*


エリアーデ:「いえ、未だ誰一人として最深部に到達した者はいません。それが、このアストルムが『迷宮都市』として存続し続けている理由でもあります」


*彼女はテーブルの上に置かれた水晶に手をかざす。すると、水晶から光が溢れ、部屋の中央に迷宮の立体映像が投影された。それは上層、中層、下層、そしてさらにその奥へと続く、果てしない構造を示していた。*


エリアーデ:「現在、公式に確認されているのは第97階層まで。そこから先は、あまりに強力なモンスターの出現と、空間そのものが歪むほどの複雑な罠により、過去に挑んだSランクパーティも撤退を余儀なくされています」


*彼女は映像の一部を拡大する。そこには、巨大な結晶体のようなモンスターや、古代のゴーレムたちが蠢いている様子が映し出されていた。*


エリアーデ:「『星屑の迷宮』は、ただのダンジョンではありません。古代文明が作り出した自己増殖・自己修復機能を持つ生きた要塞です。挑む者がいれば、それに対抗してより強固に、より危険に変貌していく…我々はそう推測しています。だからこそ、未だに希少な素材やアーティファクトが尽きることなく産出され、冒険者を惹きつけてやまないのです」


*レイラは腕を組み、その映像を興味深そうに眺めている。*


レイラ(魔王女):「フン、面白い。ただの穴倉ではないということか。少しは楽しめそうではないか」


*応接室の扉がノックされ、エリアーデが「どうぞ」と応じると、別のギルド職員が慌てた様子で顔を覗かせた。*


ギルド職員:「エリアーデさん、大変です! 『終焉の炎』の皆さんがお見えに…って、あ、お客様でしたか! 失礼しました!」


*職員はシロウたちの存在に気づき、慌てて頭を下げる。*


エリアーデ:「落ち着きなさい。『終焉の炎』が何の用ですって?」


*エリアーデが冷静に問い返すと、扉の外から豪快な男の声が響き渡った。*


???:「おう! エリアーデ! ちょいと聞きてえことがあってな! って、先客か? こりゃ悪かったな!」


*声と共に、扉を押し開けて一人の大男が姿を現した。身の丈は2メートルを超え、全身を竜の鱗でできたような真紅の鎧で固めている。背中には身の丈ほどもある巨大な両手剣を背負っていた。彼の後ろからは、獣人の格闘家らしき女性と、ローブを深く被った小柄な魔術師が顔を覗かせている。その威圧感と装備から、彼らがSランクパーティ『終焉の炎』だった。*


シロウ:(厨二的な名前…恥ずかしい……)


*シロウは、あまりにもストレートなパーティ名に内心で呆れつつ、表情には出さずに目の前の男を見据えた。*


*部屋に入ってきた大男は、シロウと、その隣に座るレイラを一瞥すると、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。*


大男:「ほう、こいつは珍しい客だな。見ねえ顔だが、アンタもSランクか? そっちの嬢ちゃんも、ただモンじゃねえ気配をプンプンさせてやがる」


*彼はそう言うと、何の断りもなく応接室にズカズカと入ってきて、空いていたソファにドカリと腰を下ろした。後ろにいた獣人の女性と魔術師も、それに続く。*


エリアーデ:「ゴードンさん、先客がいらっしゃるのですから、もう少し配慮を…」


*エリアーデが眉をひそめて窘めるが、ゴードンと呼ばれた男は意に介さない。*


ゴードン:「へッ、堅えこと言うなよエリアーデ。こっちも急ぎの用なんだ。なあ、そこの兄さん、悪く思うなよ。俺は『終焉の炎』のリーダー、ゴードンだ。こっちがウチのエースのフェン、そんでこっちが魔術師のピコだ」


*彼は親指で自分を指し、仲間を紹介する。フェンと呼ばれた狼の獣人女性は鋭い目でシロウを値踏みするように見つめ、ピコと呼ばれた小柄な魔術師はローブの奥からぺこりと頭を下げた。*


*一方、レイラはゴードンの無遠慮な態度と視線に、不機嫌そうに眉を寄せている。*


レイラ(魔王女):「フン、騒々しい輩だ。品性というものを知らんのか。まるで猪だな」


*レイラの呟きは小さいながらもゴードンの耳に届いたようだったが、彼は気分を害した様子もなく、ガハハと豪快に笑った。*


ゴードン:「威勢のいい嬢ちゃんだな! 気に入ったぜ! だが猪じゃねえ、竜だ! このゴードン様は竜殺しのゴードンと呼ばれてんだぜ!」


シロウ:「竜?」


*シロウが尋ねると、ゴードンは自分の胸を叩いて、ニカッと歯を見せて笑った。*


ゴードン:「ドラゴン、ワイバーン、ワーム、リンドブルム…竜種なら何でもござれだ! 特にこのアストルムの迷宮下層に出てくるエンシェントドラゴンは骨があっていい! アンタも腕に覚えがあるなら、一度やり合ってみるといいぜ」


*彼は自慢げに語り、自分の背負った大剣の柄をポンと叩く。その剣には、竜のものと思われる傷が無数に刻まれていた。*


エリアーデ:「ゴードンさん、自慢話はそのくらいに。それで、急ぎの用件とは何だったのですか? こちらのシロウ様も、迷宮の情報を求めていらっしゃるのです」


*エリアーデが話を本題に戻そうと割って入る。その言葉に、ゴードンは「おっと、そうだったな」と思い出したように言った。*


ゴードン:「ああ、実は妙な噂を聞いてな。迷宮の中層あたりで、冒険者を狙う連中がいるらしい。それも、ただの追い剥ぎじゃねえ。『魂喰らい』なんて物騒な二つ名で呼ばれてるヤツらだ。遭遇したパーティが、装備も金もそのままで、魂だけ抜かれたみてえに廃人になって発見されたって話だ」


*ゴードンの表情が、先ほどまでの豪快なものから一転、険しいものに変わる。*


レイラ(魔王女):「魂喰らいだと? フン、面白そうな輩がいるではないか。ネクロマンサーか、あるいは悪魔の類か」


*レイラが腕を組んで、興味深そうに呟いた。*


シロウ:「精神攻撃的な?」


*シロウの問いに、ゴードンは腕を組んで唸った。*


ゴードン:「ああ、俺たちもそう睨んでる。物理的な外傷は一切ねえって話だからな。厄介なのは、どんな攻撃なのか、どうやって防ぐのかが全く分からねえことだ。高レベルの精神耐性スキルを持ってたヤツもやられてるらしい」


*隣にいた獣人のフェンが、鋭い声で補足する。*


フェン:「目撃情報も錯綜している。黒い霧のようだったとか、美しい女の姿だったとか…正体すら掴めていない。だからギルドに何か情報がないか聞きに来たんだが…どうやら、あんたたちも知らなかったようだな」


*ゴードンはシロウをじっと見つめる。*


ゴードン:「なあ、兄さん。アンタもSランクなら、この件、他人事じゃねえはずだ。もし何か掴んだら情報を共有しねえか? もちろん、こっちも何か分かったら教えてやる。魂を喰らうなんて真似、冒険者として見過ごせねえだろう」


*彼は敵意ではなく、同じ高ランクの冒険者としての共闘を提案してきた。その目は真剣だ。*


レイラ(魔王女):「フン、我らが貴様らと馴れ合う必要などない。魂喰らいとやらが我らの前に現れたなら、返り討ちにしてその魂を喰らい返してやるまでのこと」


*レイラは傲然と言い放つが、その瞳は明らかに「魂喰らい」という存在に強い興味を示していた。*


シロウ:「Sランクって珍しくないのか?」


*シロウが何気なく呟いたその時、再び応接室の扉が乱暴に開かれた。先ほどのゴードンとは違う、冷たく傲慢な空気を纏った一団がそこに立っていた。*


*先頭に立つのは、全身を白銀のミスリル製と思われる軽鎧で固めた、優美だが冷たい笑みを浮かべた金髪の男。その後ろには、同じく高価そうな装備に身を包んだ男女が二人控えている。*


金髪の男:「おや、ここは随分と賑やかだ。まさか『終焉の炎』の脳筋共と、見知らぬ顔ぶれまでいるとは。ギルドもSランクのバーゲンセールでも始めたのか?」


*男は部屋にいる全員を見下すように一瞥し、特にゴードンに対して侮蔑的な視線を向ける。*


ゴードン:「ああん? なんだテメェ、フレッド! 相変わらず嫌味な野郎だな!」


*ゴードンがソファから立ち上がり、威嚇するようにフレッドと名乗った男を睨みつけた。一触即発の空気が応接室に満ちる。*


エリアーデ:「おやめなさい、お二人とも! ここはギルドの応接室です!」


*エリアーデが鋭く制止の声を上げるが、二人は聞く耳を持たない。フレッドはシロウに視線を移すと、品定めするように言った。*


アルフレッド:「フン、そこの見慣れない男が新しいSランクか。ずいぶんと貧相な身なりだな。奴隷まで連れているとは…趣味が悪い。私は『銀翼の誓い』のリーダー、フレッド・フォン・ヴァイル。覚えておくがいい」


*彼は一方的に名乗ると、シロウの隣にいるレイラと、後ろに隠れるリーシアを見て、嘲るように鼻を鳴らした。*


レイラ(魔王女):「…ほう。この私と主人を前に、随分と偉そうな口を利く雑魚がいるものだな。貴様のその翼、根本から引き千切ってやろうか?」


*レイラの瞳が、危険な紅い光を帯びる。彼女から放たれる凄まじい威圧感に、フレッドの表情が初めて強張った。*


*シロウの疑問に答えるように、エリアーデが小声で囁く。*


エリアーデ:「…シロウ様。Sランク冒険者は大陸全土でも数十名ほどしかおりませんが、その多くがこの『星屑の迷宮』を目指してアストルムに集まってきているのです。特に今は…迷宮が活発化している時期ですので」


シロウ:「って事は…まだ来そうだな…」


*シロウがうんざりしたように呟くと、その言葉を肯定するかのように、フレッドはわざとらしく肩をすくめてみせた。*


フレッド:「当然だ。このアストルムは強者が集う場所だからな。雑魚は早々に淘汰される。君もそうならないようせいぜい足掻くことだ」


*彼はそう言うと、シロウにはもう興味を失くしたかのようにエリアーデに向き直る。*


フレッド:「エリアーデ、我々も『魂喰らい』について聞きに来た。何か情報は掴んでいるのか? まさか、ゴードンのような脳筋共に先を越されてはいないだろうな?」


エリアーデ:「…フレッド様もその件で。申し訳ありませんが、ギルドにもまだ有力な情報は入っておりません。現在、情報収集に全力を挙げているところです」


*エリアーデはプロとして冷静に対応するが、二つのSランクパーティに挟まれ、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。*


ゴードン:「んだとコラァ! 口の利き方に気をつけやがれ、この白っこキツネが!」


フレッド:「フン、事実を言ったまでだ。力任せの猪突猛進しか能のない君たちに、正体不明の敵がどうこうできるとは思えん」


*再び火花を散らし始めるゴードンとフレッド。その険悪な雰囲気に、リーシアはさらに怯えてシロウのマントの裾をぎゅっと握りしめた。*


レイラ(魔王女):「…下らん。貴様らのような小物同士の小競り合いなど、どうでもいい。シロウ、こんな奴らは放置して、さっさと宿とやらを決めるぞ。長旅で体が鈍っている」


*レイラは目の前の騒ぎを心の底から見下したように言い放ち、シロウの袖を軽く引っ張った。彼女にとって、目の前のSランク冒険者たちの諍いなど、退屈な余興でしかないようだった。*


シロウ:「先に、さっき言ってた『冒険者の寝床亭』に行くか。」


*シロウがそう言うと、レイラは満足げに頷いた。*


レイラ(魔王女):「フン、賢明な判断だ。こんな下らん連中に付き合ってやる義理はないからな」


エリアーデ:「左様でございますか。では、『冒険者の寝床亭』には私から話を通しておきましょう。Sランク冒険者様のご滞在となりますので、最上級の部屋を用意させます」


*エリアーデは申し訳なさそうに頭を下げ、迅速に対応しようとする。その様子を見ていたゴードンが、ガハハと笑いながらシロウの肩を軽く叩いた。*


ゴードン:「おう、悪かったな、引き留めちまって! また後で情報交換しようぜ、シロウの兄さん!」


*一方、フレッドはシロウたちが出ていくのを鼻で笑う。*


フレッド:「逃げるのか? まあ、賢明だな。我々のような本物の強者の前では、居心地も悪かろう」


*その嫌味な言葉に、レイラが再び殺気を放ちかけるが、シロウはそれを手で制して部屋を出ることにした。リーシアは終始怯えたまま、シロウの背中にぴったりとくっついている。*


*応接室を出て、騒がしいギルドホールを横切り外に出ると、夕暮れ時の喧騒が一行を迎えた。エリアーデに教えられた通り、ギルドの真向かいには、ひときわ大きく立派な木造の建物が建っていた。『冒険者の寝床亭』と書かれた看板が掲げられている。*


*宿屋の扉を開けると、カランコロンと軽快なベルの音が鳴った。中は酒場を兼ねており、すでに多くの冒険者たちが食事や酒を楽しんでいる。ギルドとはまた違う、陽気で賑やかな雰囲気だ。その視線が一斉に、入ってきたシロウたちに集まる。*


*すると、カウンターの奥から恰幅のいいドワーフの男性が顔を出し、シロウたちを見ると目を丸くした。*


宿屋の主人:「おお、いらっしゃい! …ん? あんたたち、見ねえ顔だな。ギルドから連絡は来てるぜ。Sランクのシロウ様御一行だな? よく来てくれた! 俺はこの店の主人のバルドーだ!」


*バルドーと名乗ったドワーフは、豪快な笑顔でシロウたちを歓迎した。*


シロウ:「1部屋、ベッドは…」


*シロウがベッドの数を言おうとした、まさにその瞬間だった。*


レイラ(魔王女):「2つだ」


*隣にいたレイラが、シロウの言葉を遮るようにきっぱりと言い放った。彼女はシロウを挑発的に見上げ、唇の端を吊り上げている。その瞳は「貴様と私が同じ寝台で寝るのは当然であろう?」と雄弁に語っていた。*


*突然のことに、リーシアはびくりと肩を震わせ、不安そうにシロウとレイラを交互に見る。*


*宿屋の主人バルドーは、そのやり取りを見てニヤリと笑った。*


バルドー:「おう、了解だ! ベッド2つの、ウチで一番いい部屋だな! さっきギルドのエリアーデ嬢から話があって、すぐに用意させておいたぜ! こっちだ、ついてきな!」


*バルドーはカウンターから出てくると、気風良く手招きをする。彼はレイラの意図を正確に(あるいは都合よく)解釈したようだ。*


レイラ(魔王女):「フン、話が早いではないか、ドワーフ。気に入ったぞ」


*レイラは満足げに言い、さっさとバルドーの後について階段を上がり始める。シロウはやれやれと肩をすくめ、困惑と不安でいっぱいのリーシアを促して、その後に続いた。*


シロウ:「先に飯にしよう。腹減った」


*シロウが「飯」と口にした瞬間、それまで不遜な態度で部屋を見て回っていたレイラの動きがピタリと止まった。彼女の瞳から好戦的な光がすっと消え、代わりに戸惑いと怯えの色が浮かび上がる。まるで別人のように、その肩が小さく震え始めた。*


レイラ(臆病):「あ、う……ご、ごはん…ですか…?」


*さっきまでの傲慢な態度はどこへやら、彼女はシロウの顔色を窺うように、おずおずと尋ねてくる。人格が臆病な方へと切り替わったのだ。彼女はきょろきょろと豪華な部屋を見回し、自分がここにいる状況がよく分かっていないかのように不安げな表情を浮かべている。*


*バルドーは一行を部屋に案内すると、満足げに手を腰に当てた。*


バルドー:「おう!腹が減っては戦はできねえからな! 下の酒場で食うかい? それとも部屋まで運ばせようか? 今日のオススメは、ロックリザードのステーキだ! 歯ごたえがあって美味いぜ!」


*バルドーはレイラの急な変化に少し驚いたようだが、深くは突っ込まずに食事の案内をする。リーシアは、突然おとなしくなったレイラを見て、少しだけ安堵したように息をついていた。*


シロウ:「ステーキセット3つで。レイラ、お代わりは自由にしていいぞ。」


*シロウが優しく声をかけると、臆病なレイラはびくっと肩を震わせ、小さな声で「は、はいっ…!」と返事をした。そして、シロウの言葉の意味を理解すると、ぱあっと顔を輝かせる。*


レイラ(臆病):「お、お代わり…いいんですか…? ありがとうございます、シロウ様っ…!」


*彼女は嬉しそうにぺこぺこと頭を下げた。さっきまでの尊大な態度は影も形もない。*


バルドー:「ガッハッハ! 気前のいいこった! よし来た、とびっきりのステーキを用意してやらあ! すぐに下に持ってくから、好きな席に座って待ってな!」


*バルドーは豪快に笑うと、階段をドスドスと音を立てて降りていった。*


*シロウはレイラとリーシアを連れて、賑やかな1階の酒場へと降りる。窓際の比較的静かなテーブル席を見つけて腰を下ろした。リーシアはまだ緊張しているのか、シロウの隣にちょこんと座り、臆病なレイラはその向かいに、少しだけ嬉しそうな、でも不安そうな表情で座った。*


*しばらくすると、食欲をそそる良い匂いと共に、バルドーが大きなトレイにジュージューと音を立てる鉄板を3つ乗せて運んできた。*


バルドー:「お待ちどう! ロックリザードのガーリックステーキだ! 特製のソースをたっぷりかけて食ってくれ! パンとスープも好きなだけ持ってっていいからな!」


*鉄板の上では、分厚い肉の塊が湯気を立てている。添えられた野菜も色鮮やかだ。その光景に、レイラの目がきらきらと輝き、リーシアもゴクリと喉を鳴らした。*


レイラ(臆病):「わ、わぁ……! おいしそうです…」


*彼女はフォークとナイフを手に取り、シロウの顔をちらりと見て「い、いただきます…!」と呟くと、早速ステーキを切り分け始めた。*


シロウ:「ガーリック…これは合う…」


*シロウは熱々のステーキを一口サイズに切り分け、口に運ぶ。ニンニクの香ばしい風味と肉汁が口いっぱいに広がり、思わず満足のため息が漏れた。長旅の疲れが癒えていくようだ。*


*ふと向かいを見ると、レイラはすでに一枚目のステーキを平らげようとしていた。その小さな体のどこに消えていくのか不思議になるほどの食べっぷりだ。フォークとナイフを巧みに使い、しかしどこか必死な様子で肉を口に運んでいる。その頬はソースで少し汚れていたが、本人は全く気にしていない。*


レイラ(臆病):「んっ、ふぅ…! おいひい、です…シロウ様…!」


*口をもぐもぐさせながら、幸せそうな顔でシロウに報告してくる。そして、あっという間に皿を空にすると、少し恥ずかしそうに、しかし期待に満ちた目でシロウを見上げた。*


レイラ(臆病):「あ、あの…お、お代わり…しても…いいでしょうか…?」


*一方、隣のリーシアは、まだ緊張が解けないのか、ゆっくりと、しかし美味しそうにステーキを食べていた。時折、シロウやレイラの様子をちらちらと窺っている。それでも、温かい食事にありつけたことに安堵しているのか、その表情は奴隷商人の店にいた時よりもずっと穏やかだった。彼女もまた、この一口の食事に救われている一人だった。*


シロウ:「動けなくなる前にやめとけよ?」


*シロウの言葉に、レイラ(臆病)は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにその意味を自分に都合よく解釈したらしい。「動けるうちは食べてもいい」という許可だと受け取った彼女は、ぱあっと顔を輝かせた。*


レイラ(臆病):「は、はいっ! まだまだ動けます! なので、お代わりお願いします!」


*彼女は元気よく手を挙げ、ちょうど近くを通りかかった給仕の女性に、満面の笑みでステーキのお代わりを注文する。その様子を見て、周囲の冒険者たちも「嬢ちゃん、見かけによらず食うなあ!」と楽しそうに笑っていた。*


*シロウはやれやれと肩をすくめながらも、彼女が幸せそうに食事する姿に悪い気はしなかった。*


*そんな中、リーシアは自分の皿のステーキを食べ終え、そっとフォークとナイフを置いた。そして、小さな声でシロウに話しかける。*


リーシア:「あ、あの…ご主人様…。とても、美味しかったです。ありがとうございます…」


*彼女はまだ少し怯えながらも、シロウに対して感謝の気持ちを伝えてきた。奴隷としてではなく、一人の人間として温かい食事を与えられたことが、彼女の心に少しずつ変化をもたらしているようだった。*


シロウ:「足りたのか?」


*シロウに尋ねられ、リーシアはびくりと体を震わせた。そして、小さな声で、しかしはっきりと頷いた。*


リーシア:「は、はい! あの…じゅ、十分です。こんなに美味しいものを、お腹いっぱい食べたのは…初めて、なので…」


*彼女は自分の空になった皿を見つめ、少し俯いてしまう。その目には、感謝と、まだ拭いきれない不安と、そしてほんの少しの喜びが混ざった複雑な色が浮かんでいた。奴隷として過ごした日々の空腹を思い出したのかもしれない。*


*その様子を見ていたレイラ(臆病)が、口の周りをソースで汚したまま、心配そうに声をかける。彼女は三枚目のステーキを半分ほど食べたところだった。*


レイラ(臆病):「あ、あの…もっと食べてもいいんですよ? シロウ様は、お代わり自由だって…」


*彼女は自分の皿のステーキをフォークで指し示し、「これ、あげましょうか…?」とでも言いたげな顔でリーシアを見つめる。自分がお腹いっぱい食べられる状況で、隣の少女が遠慮しているように見えたのだろう。その純粋な気遣いに、リーシアは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。*


シロウ:「レイラ…まだ食えるのか…凄いな…」


*シロウの感心したような言葉に、レイラ(臆病)は「えへへ…」と照れくさそうに笑った。褒められたと思った彼女は、ますます食欲が湧いてきたようだ。*


レイラ(臆病):「は、はいっ! まだまだいけますっ! このステーキ、とっても美味しいので!」


*彼女はそう言うと、再び勢いよく三枚目のステーキに齧り付き、幸せそうに頬張る。その姿は、小動物が木の実を頬袋に詰め込んでいるかのようで、どこか微笑ましい。*


*一方、リーシアはレイラとシロウのやり取りを、少し羨ましそうに、しかし静かに見守っていた。彼女は自分の前に置かれた水の入ったグラスを、両手でそっと包み込むように持っている。*


リーシア:「あ、あの…私は、本当に…もうお腹いっぱいですから…。お気遣い、ありがとうございます、レイラ様…」


*彼女はレイラに対して、初めて自分から様付けで呼び、小さく頭を下げた。自分と同じように(リーシアからはそう見える)シロウに仕える立場のレイラからの、純粋な気遣いが嬉しかったのかもしれない。その表情は、まだ硬いが、宿に来た時よりもずっと和らいでいた。*


*結局、レイラの凄まじい食欲によって、『冒険者の寝床亭』のロックリザードの肉は全て彼女の胃の中に消えた。最終的に平らげたステーキは実に8枚。宿の主人バルドーも、他の客も、呆れを通り越して感嘆の声を上げていた。*


シロウ:「とんだ食欲魔人だな…」


*シロウが呟くと、お腹をさすって満足げにしていたレイラ(臆病)は、その言葉に「むぅ」と頬を膨らませた。*


レイラ(臆病):「ま、魔人じゃありません…! ただ、ちょっとお腹が空いてただけです…!♡ でも、ごちそうさまでした。とっても、とっても美味しかったです!♡♡」


*彼女は幸せそうににへらっと笑う。その無邪気な笑顔は、先ほどまで戦場のような殺気を放っていた魔王女の人格とは到底結びつかない。*


*リーシアは、そんなレイラの食べっぷりと、それを許容しているシロウの関係を、どこか不思議そうに、そして少しだけ羨ましそうに見つめていた。*


バルドー:「ガッハッハ! ここまで見事に食ってくれると、作り手としても本望だぜ! シロウの旦那、とんでもねえお嬢さんを連れてるな! こいつはサービスだ、持ってきな!」


*豪快に笑いながら、バルドーがデザートのフルーツパイをサービスで持ってきてくれた。*


レイラ(臆病):「わあ! パイですか!? ありがとうございます!」


*レイラは目を輝かせる。どうやらデザートは別腹らしい。*


*食事を終え、一行はバルドーに案内された最上階の部屋へと戻った。重厚な扉を開けると、そこは宿屋の一室とは思えないほど広々とした空間が広がっていた。*


シロウ:「風呂付きか…いい部屋だ」


*部屋の中央にはふかふかしてそうな大きなベッドが二つ。窓の外にはアストルムの夜景が広がり、奥には清潔なバスルームまで備え付けられている。ギルドから話を通してもらっただけのことはある、まさに特等室だった。*


レイラ(臆病):「わ、わぁ……! すごいお部屋です…! ベッドもふかふか…!」


*レイラは大きなベッドに駆け寄ると、ぽすんとその上にダイブした。そして、シーツの気持ちよさにうっとりとした表情で頬をすり寄せている。彼女にとっても、これほど豪華な部屋は初めての経験なのだろう。*


リーシア:「……」


*一方、リーシアは部屋の入口で立ち尽くしたまま、どうしていいか分からずにいた。豪華な調度品やふかふかの絨毯を汚してはいけないとでも思っているのか、一歩も中に入ろうとしない。ただ、きらきらした目で部屋の中を見回している。*


*シロウが部屋の豪華さに感心していると、ベッドの上で無邪気にはしゃいでいたレイラの動きがふと止まった。彼女はゆっくりと体を起こすと、先ほどまでの怯えたような表情は消え、冷たく、そしてどこか挑発的な紅い瞳がシロウに向けられた。人格が、再び魔王女へと入れ替わったのだ。*


レイラ(魔王女):「フン…ようやく落ち着ける場所に来たか。それにしても、庶民の宿にしては悪くない設えだな。風呂まであるとは、上出来だ」


*彼女はベッドから優雅に立ち上がると、シロウを通り過ぎてバスルームの扉を開け、中の様子を確認する。そして、満足げに頷いた。*


レイラ(魔王女):「シロウ、貴様から先に入れ。私はその後でいい。旅の汚れを落とさねば、寝覚めが悪いからな」


*彼女はそう言うと、窓辺の椅子に腰掛け、長い脚を組んでアストルムの夜景を見下ろした。その横顔は、まるで城の主のような風格を漂わせている。*


*一方、リーシアは部屋の隅で、突然尊大になったレイラと、広い部屋にただただ圧倒され、小さく縮こまったままだった。*


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