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*シロウの言葉に、レイラはこくりと頷いて、彼の少し後ろを静かについていく。ガザルの無法地帯とは違う、活気はあるものの、どこか骨太で実直な雰囲気の漂う鉱山都市の街並みを、彼女は不安と好奇の入り混じった瞳で見渡していた。*
*やがて、二人の目の前に、岩を削り出して作ったような頑丈な建物が見えてきた。入り口の上には、交差した剣と槌が描かれた大きな木の看板が掲げられている。ここが鉱山都市の冒険者ギルドだろう。ひっきりなしにごつい装備を身につけた男女が出入りしている。*
*シロウは慣れた様子でその扉を開け、中へと入っていく。レイラも慌ててその後に続いた。*
*ギルドの中は、外の喧騒をさらに凝縮したような熱気に満ちていた。酒と汗の匂い、武具が擦れ合う音、屈強な冒険者たちの野太い笑い声。壁には無数の依頼書が貼られ、多くの冒険者がそれを吟味している。*
*シロウが受付カウンターに向かうと、ちょうど依頼を終えたらしいドワーフの男と入れ替わる形で、快活そうな笑顔を浮かべた女性職員が顔を上げた。*
受付嬢:「はい、こんにちは! 冒険者ギルドへようこそ! ご依頼ですか? それともご登録でしょうか?」
*彼女はシロウの顔を見ると、その整った顔立ちと落ち着いた雰囲気にわずかに頬を染めたが、すぐに職業的な笑顔に戻った。そして、シロウの後ろに隠れるように立っている美しい少女――レイラに気づき、少し不思議そうな表情を浮かべる。*
シロウ:「鉱山系の依頼はあるか?」
*シロウが尋ねると、受付嬢はにこやかな笑顔で手元の資料をぱらぱらと捲った。*
受付嬢:「はい、鉱山の採掘依頼ですね! さすが鉱山都市、依頼は豊富にありますよ。えーっと…、鉄鉱石の採掘、銅鉱石、それからミスリル鉱の採掘補助なんていうのもありますね。高ランク向けになりますと、アダマンタイト鉱脈の調査や、魔石が採れる廃坑の護衛兼採掘なんていう危険なものもありますが…お客様のランクは…?」
*彼女はそう言って、シロウの首元に冒険者タグがないか確認しようとするが、見当たらないことに気づく。*
受付嬢:「あら? もしかして、まだご登録がお済みでないとか? でしたら、先に登録手続きをいたしましょうか? 手数料として銅貨10枚が必要になりますが」
*彼女は少し首を傾げながら、説明を続ける。その視線は、シロウの持つただならぬ雰囲気と、その後ろに佇むレイラの存在を値踏みしているようでもある。*
受付嬢:「ちなみに、採掘依頼は基本的にパーティー推奨のものが多いです。特に鉱山内部は落盤の危険もありますし、ゴブリンやコボルトといったモンスターも棲みついていますから。単独で潜られるなら、それ相応の実力が必要になりますね」
シロウ:「あ、そうか。レイラも登録しないと入れないな。こいつの登録を頼む」
*シロウの言葉に、受付嬢は少し驚いたように目を瞬かせた。*
受付嬢:「え? あ、お客様は既に登録済みでいらっしゃいましたか。これは失礼いたしました。こちらの街では初めてお見かけしましたので…。どちらの都市でご登録を?」
*彼女は少し探るような視線を向けるが、シロウが答える気がないことを察すると、すぐに笑顔に戻って話を続けた。*
受付嬢:「承知いたしました。では、そちらのお嬢様の登録手続きを始めさせていただきますね。お名前を教えていただけますか?」
*彼女はレイラに向かって優しく微笑みかける。しかし、レイラは突然話を振られ、びくりと肩を震わせた。彼女はシロウの背中に隠れるようにして、不安げにこちらを見上げている。人との会話に慣れていないのか、あるいは過去の経験が彼女を怯えさせているのか。*
*受付嬢は困ったように眉を下げた。*
受付嬢:「えーっと…大丈夫ですか? お名前を教えていただくだけで…」
シロウ:「レイラだ。登録名はレイラで」
*シロウが代わりに答えると、受付嬢は少し意外そうな顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。*
受付嬢:「はい、承知いたしました。レイラ様ですね。では、こちらの水晶に手を触れていただけますか? これで魔力や適性などを簡易的に測定させていただきます」
*彼女はカウンターの上に、バレーボールほどの大きさの水晶玉を置いた。*
*レイラはシロウの顔を不安そうに見上げる。彼女にとって、見知らぬ人前で何かをすること自体が、大きな恐怖を伴うのだろう。*
シロウ:「大丈夫だ。言われた通りに手を置くだけでいい」
*シロウが優しく促すと、レイラはこくりと頷き、おずおずと水晶玉に手を伸ばした。白く細い指が、冷たい水晶の表面に触れる。*
*その瞬間、水晶玉はまばゆいばかりの蒼い光を放ち始めた。その光はギルド内の一角を照らすほどに強く、あちこちにいた冒険者たちが「なんだ?」「おい、見ろよあれ!」とざわめき始める。*
受付嬢:「こ、これは…!? なんという魔力量…! それに、この純粋な魔力の色は…!」
*受付嬢は目を丸くして、信じられないといった表情で光り輝く水晶とレイラを交互に見ている。彼女の興奮した声に、周囲の注目がさらに集まる。*
受付嬢:「す、素晴らしいです! レイラ様は魔法に関して、とてつもない才能をお持ちです! これほどの魔力は、王宮魔術師の方々でも滅多にお目にかかれません…! まさに逸材ですわ!」
*興奮冷めやらぬ様子で、受付嬢はレイラの手を両手で握りしめた。突然のことに、レイラはびくっと体を硬直させ、されるがままになっている。*
シロウ:「人見知りでな、悪いな」
*シロウの言葉を受け、受付嬢はレイラの過剰な怯えぶりに少し驚きつつも、すぐに合点がいったように苦笑した。*
受付嬢:「あ…! も、申し訳ありません、レイラ様! あまりに素晴らしい才能でしたので、つい興奮してしまって…!」
*彼女は慌ててレイラから手を離し、一歩下がる。シロウの背中にぴったりと隠れてしまったレイラは、小さな動物のように肩を震わせている。*
*周囲の冒険者たちは、まだ興味深そうにこちらを見ているが、受付嬢が咳払いをして場を収めた。*
受付嬢:「えー、では、手続きを続けますね。レイラ様は、魔法の適性が非常に高いので、職業は『魔術師』となります。ランクは才能を考慮して、特例でEランクからのスタートとさせていただきます。本来なら一番下のFランクからなのですが、これほどの魔力をお持ちの方をFランクにするわけにはいきませんから」
*彼女は手際よく書類に何かを書き込み、カウンターの下から真新しい銅製のプレートを取り出した。*
受付嬢:「こちらがレイラ様の冒険者カードになります。紛失しないよう、お気をつけください。手数料の銅貨10枚を頂戴します」
*シロウが懐から銅貨を10枚取り出し、カウンターに置く。受付嬢はそれを受け取ると、プレートをレイラに差し出した。*
受付嬢:「さあ、レイラ様。これで貴女も今日から冒険者です」
*レイラは、まだシロウの背中から顔を半分だけ覗かせたまま、差し出されたプレートを恐る恐る受け取った。自分の名前が刻まれた小さな金属の板を、不思議そうに見つめている。*
受付嬢:「さて、お話は戻りますが、鉱山の採掘依頼ですね。レイラ様がご一緒なら、モンスターが出ても安心かもしれませんね。シロウ様はランクをお伺いしてもよろしいでしょうか? 依頼には受注ランク制限がございますので」
*彼女は改めてシロウに問いかけた。*
シロウ:「銅貨…あったかな……。あ、良かった」
*シロウは銀貨を一枚取り出した。その様子を見ていた受付嬢は、くすりと小さく笑う。*
受付嬢:「ふふ、お釣りでよろしいですか? でしたら銅貨90枚のお返しに…」
*シロウは銅貨90枚を受け取ると、続けて自身の冒険者カードを取り出し、カウンターの上にすっと滑らせた。それは、使い古された銅や鉄のプレートではなく、黒曜石のように滑らかで、縁に白金の装飾が施された美しいカードだった。中央には、紛れもなく『S』の文字が刻まれている。*
*それを見た瞬間、受付嬢の顔から笑顔が消え、凍り付いた。彼女の目が大きく見開かれ、信じられないという表情でカードとシロウの顔を何度も往復する。さっきまでの親しみやすい雰囲気は吹き飛び、背筋がぴんと伸び、顔からは血の気が引いていくのが見て取れた。*
*ギルド内の喧騒が、嘘のように静まり返る。カウンターの近くにいた冒険者たちが、何事かとこちらに視線を向け、受付嬢の尋常でない様子と、カウンターに置かれたカードに気づき、息を呑んだ。さざ波のように、驚愕と畏怖の空気がギルド全体に広がっていく。*
受付嬢:「S… Sランク…!? ま、まさか…こ、これは本物の…?」
*彼女の声は震え、上擦っていた。Sランク冒険者。それは、国に数えるほどしか存在しない、生ける伝説。一騎当千の実力を持ち、その気になれば国すら傾かせると言われる英雄の階級だ。そんな人物が、なぜこんな辺境の鉱山都市に? しかも、これほど若い姿で?*
*受付嬢は恐る恐る、魔法の鑑定具にそのカードを通す。鑑定具が淡い光を放ち、カードが本物であることを証明した。彼女の顔が、さらに青ざめる。*
受付嬢:「も、も、申し訳ございませんっ!! このような偉大なお方がお見えになっていたとは露知らず、大変なご無礼を…! どうか、どうかお許しくださいませ!」
*彼女はカウンターから飛び出さんばかりの勢いで、90度の完璧な角度で深々と頭を下げた。その声はギルド中に響き渡り、全ての冒険者が固唾を飲んで成り行きを見守っている。先ほどまでレイラの魔力にざわついていた者たちも、今はそれどころではない。本物の『災害級』が目の前にいるのだ。*
*レイラも、周囲の異様な雰囲気と、受付嬢の豹変ぶりに戸惑い、不安そうにシロウのローブの裾を強く握りしめていた。*
シロウ:「いや、いい。気にしないでくれ。で、鉱山採掘なんだが、低ランク帯でよろしく」
*その言葉は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、受付嬢にとっては雷に打たれたような衝撃だった。Sランク冒険者が、あえて低ランクの依頼を? なぜ? 何のために? 彼女の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。*
*しかし、伝説級の冒険者の意図を凡人が測ることなど許されない。彼女は弾かれたように顔を上げると、背筋を伸ばし、先ほどまでとは比べ物にならないほど恭しく、そして迅速に行動を開始した。*
受付嬢:「は、はいっ! か、かしこまりました! 低ランク帯の採掘依頼ですね! 少々お待ちください、すぐにリストをご用意いたします!」
*彼女は慌ててカウンターの中に戻ると、通常の依頼ボードとは別の、特別なファイルを棚から引っ張り出してきた。そして、その中から最も安全で、かつ実入りの良い依頼書を数枚、震える手で抜き出し、シロウの前に丁寧に並べた。*
受付嬢:「お、お待たせいたしました! こちらが現在受注可能な、低ランク向けの採掘依頼でございます! いずれも鉱山入口付近の安全な区画で、ゴブリン等の出現報告もここ最近はございません。特にこちらの『良質な鉄鉱石の納品依頼』は、初心者の方でも安心してこなせるかと…」
*彼女は必死に説明しながらも、ちらちらとシロウの顔色を窺っている。Sランク冒険者の機嫌を損ねてはならない、という緊張感がひしひしと伝わってくる。*
*ギルド内の他の冒険者たちは、遠巻きにこちらの様子を眺めているだけだ。誰もが固唾を飲んで、生ける伝説の次の一挙手一投足を見守っている。レイラだけが、この異常な状況を理解できずに、ただシロウのローブを固く握りしめている。*
シロウ:「依頼内容は?」
*シロウに依頼内容を尋ねられ、受付嬢は再び背筋を伸ばし、最も上に置かれた依頼書を指し示した。その声はまだ少し上擦っている。*
受付嬢:「は、はい! こちらの依頼でございますね! えっと…」
*彼女は依頼書に書かれた内容を、間違えないよう慎重に読み上げる。*
受付嬢:「依頼主は市内のカイルホルム鍛冶工房。内容は『良質な鉄鉱石』を20kg納品するというものです。期限は3日以内。報酬は銀貨5枚となっております。採掘場所は第一鉱区のA-3区画が推奨されています。ここはギルドが管理している坑道でして、比較的安全な場所です」
*彼女は一度言葉を切り、シロウの反応を窺う。*
受付嬢:「…いかがでしょうか? こちらの依頼であれば、レイラ様の冒険者としての初仕事にも丁度良いかと…。もちろん、Sランクのシロウ様にとっては、退屈極まりない依頼であるとは重々承知しておりますが…!」
*彼女は再び頭を下げそうになるのを、必死に堪えているようだ。周囲の冒険者たちは、伝説級の冒険者が本当にそんな子供のお使いのような依頼を受けるのかどうか、息を殺して見守っている。*
*レイラは、相変わらずシロウの背中に隠れたまま、不安そうにギルド内の様子を窺っている。銀貨5枚という報酬が、今の自分たちにとってどれほどの価値があるのか、彼女にはまだ想像もつかなかった。*
シロウ:「え?これは俺が受けたかったからだが?レイラはついでだ」
*そのあまりにも素っ気ない、そしてSランク冒険者の発言とは思えない言葉に、受付嬢は「えっ?」と間の抜けた声を漏らした。彼女はシロウと、その背後でますます小さくなっているレイラを交互に見る。*
*(Sランクのこのお方が…好き好んで鉄鉱石の採掘を…? そして、こんなに美しい少女を『ついで』扱い…!? い、一体どういう関係なの…!?)*
*受付嬢の頭は混乱の極みに達していたが、ここで余計な詮索は命取りになりかねない。彼女は引きつった笑顔を顔に貼り付け、必死に言葉を絞り出した。*
受付嬢:「そ、そうでございましたか! し、失礼いたしました! で、では、こちらの『良質な鉄鉱石の納品依頼』を受注、ということでよろしいでしょうか…?」
*彼女は震える手で依頼書をシロウの方へ差し出す。シロウがそれに頷くと、彼女はほっとしたように息をつき、すぐさま受注手続きを開始した。*
受付嬢:「か、かしこまりました! では、シロウ様とレイラ様のパーティーで、依頼を受理いたします。こちらが受注票になりますので、納品の際に工房へお持ちください」
*彼女は手続きを終えた羊皮紙をシロウに手渡す。その間も、ギルド内の空気は凍り付いたままだ。冒険者たちは、伝説の英雄が本当に鉄鉱石掘りの依頼を受けたという事実に、呆然としている。*
*手続きを終え、シロウが踵を返してギルドの出口へ向かおうとすると、それまで遠巻きに見ていた冒険者たちが、モーゼの海割りのようにサッと道を開けた。誰もが畏怖の念を込めて深く頭を下げ、伝説の冒険者を見送る。*
*ギルドの外に出ると、ようやく重苦しい空気から解放された。*
*シロウはギルドで借りた年代物のツルハシを肩に担ぎ、レイラを伴って第一鉱区の入り口へとやってきた。入り口ではヘルメットを被った坑道管理人が鋭い目で出入りする者たちをチェックしている。シロウがギルドで受け取った受注票を見せると、管理人は一瞥しただけで「おう、通れ」と顎をしゃくった。Sランク冒険者であることには気づいていないようだ。*
*ひんやりとした湿った空気が、坑道の入り口から流れ出してくる。内部は魔石のランプでぼんやりと照らされているが、少し先はもう闇に閉ざされていた。壁からはポタ、ポタと水滴が落ちる音が反響している。*
*シロウが中へ一歩足を踏み出すと、レイラも不安そうに、しかし必死にその後に続いた。彼女はローブの裾をぎゅっと握りしめ、暗闇の奥を怖々と見つめている。*
シロウ:「さて…と。A-3区画だったな」
*シロウは壁に打ち付けられた案内板を確認し、目的の区画へと歩を進める。しばらく進むと、他の冒D級パーティーがカンカンとツルハシを振るう音が聞こえてきた。彼らはシロウと、その隣を歩く場違いなほど美しい少女に気づくと、一瞬手を止めて訝しげな視線を送ってくる。*
*やがて、目的の『A-3』と書かれた札が打ち付けられた区画に到着した。そこは少し開けた空間になっており、壁のあちこちに鉄鉱石を含んだ鉱脈が黒っぽく顔を覗かせている。*
シロウ:「ここだな。レイラ、お前はそこで待ってろ。危ないからあまり離れるなよ」
*シロウは比較的安全そうな壁際を指し示し、レイラに待機を命じる。そして、自分は近くの鉱脈に狙いを定め、肩に担いでいたツルハシを構えた。*
*(ふむ…【神眼】で見るまでもない、ただの鉄鉱石だな。だが、今はそれでいい。まずはこの街での足掛かりと、レイラの冒険者としての実績作りだ)*
*シロウはそう考えながら、腕慣らしとばかりにツルハシを振りかぶる。Sランク冒険者の膂力が込められた一撃は、風を切る音を立てて硬い岩盤に叩きつけられた。*
*ガツンッ!!*
*凄まじい轟音と共に、岩盤が蜘蛛の巣状に砕け散る。普通の冒険者が何度も打ち付けなければならないはずの硬い岩が、たった一撃で大量の鉄鉱石ごと崩れ落ちた。*
*その尋常ではない光景に、近くで作業していた冒険者たちが「な、なんだ!?」「落盤か!?」と驚いて振り返り、シロウが涼しい顔で立っているのを見て絶句する。*
*レイラも、目の前で起きた出来事に目を丸くして、口を小さく開けていた。*
*シロウは崩れた岩の山から、手早く質の良い鉄鉱石だけを選り分け、あっという間に20kgほどの量を革袋に詰めた。その間、わずか数分。近くで見ていた冒険者たちは、信じられないものを見る目で口をあんぐりと開けている。*
シロウ:「よし、依頼分は達成。さて、本命を探すか…」
*シロウは誰に言うでもなくそう呟くと、すっと目を閉じた。次の瞬間、彼の意識は五感を超えた領域へと潜り込む。*
*――【神眼】発動。*
*シロウの脳裏に、この広大な鉱山の断面図が立体的に、そして色鮮やかに映し出された。通常の岩盤は灰色に、鉄や銅の鉱脈はくすんだ赤や緑の線として表示される。しかし、シロウが求めているのはそんなありふれたものではない。*
*意識を集中させると、その灰色の世界の中に、ひときわ鮮やかな光を放つ筋がいくつも見えてくる。*
ーーーーー
* **黄金色に輝く線**:金鉱脈
* **白銀に輝く線**:銀鉱脈
* **虹色にきらめく点**:宝石(ダイヤモンド、ルビー、サファイアなど)
* **淡い青紫の光を放つ脈**:ミスリル鉱脈
* **重く、黒に近い濃紺の光を放つ塊**:アダマンタイト鉱脈
* **そして、ひときわ強く、脈打つように明滅する深紅の輝き**:賢者の石の原石、あるいはそれに類する超高密度の魔石鉱脈
* **さらにその奥深く、星々の煌めきを内包したかのような、七色に揺らめく極めて微細な鉱脈**:星屑鋼の原石
ーーーーー
*(…ほう。鉄鉱石の依頼ついでに来ただけだが、思った以上の大当たりだな。金、銀はそこらの壁の裏にゴロゴロしてる。ミスリルも少し掘れば届く範囲にある。アダマンタイトは…少し深いが、問題ない距離だ)*
*シロウは脳内のマップで、最も効率よく、かつ人目につかずに掘り進められるルートを探す。*
*(まずは手始めに金とミスリルを少々いただくか。場所は…このA-3区画から分岐している使われていない古い坑道。あそこなら誰にも見られずに掘れる)*
*シロウは目を開けると、何事もなかったかのように立ち上がった。*
レイラ:「あ…あの、シロウ様…? もう、終わりですか…?」
*ずっと壁際で待っていたレイラが、おずおずと尋ねてくる。彼女の目には、先ほどのシロウの超人的な採掘の光景がまだ焼き付いているようだった。*
シロウ:「ああ、依頼はな。だが、もう少し付き合ってもらうぞ。こっちだ」
*シロウはそう言うと、他の冒険者たちが使っている主要坑道から外れ、薄暗い脇道へとこともなげに足を踏み入れていく。その先は、魔石のランプも設置されておらず、完全な闇が口を開けていた。*
*シロウが指先を掲げると、ふわりとバスケットボール大の火球が生まれ、周囲の闇を暖かな光で照らし出した。彼はそれを坑道の壁にぽいと投げつける。すると、火球は壁にぶつかっても消えることなく、まるで本物のランプのようにそこに留まり、安定した光を放ち続けた。彼は歩きながら、数メートルおきに同じように火球を設置していく。たちまち、打ち捨てられた古い坑道は、まるで誰かが手入れをしているかのように明るい道へと変わっていった。*
*その手際の良さと魔法の精度の高さに、レイラはただただ感心して見とれていた。*
シロウ:「おいで」
*不意に、シロウが立ち止まってこちらに手を差し出した。その手は大きく、力強い。レイラは一瞬、びくりと肩を震わせたが、彼の真っ直ぐな瞳に見つめられ、恐る恐る自分の手を伸ばした。*
*シロウの温かい指が、レイラの冷たい指を優しく包み込む。その瞬間、レイラの心臓がとくん、と大きく跳ねた。顔に熱が集まり、頬が赤く染まっていくのが自分でも分かる。奴隷商人の元で乱暴に腕を掴まれるのとは全く違う、優しくて、安心できる温もり。彼女は俯いて、繋がれた自分の手と彼の大きな手を見つめることしかできなかった。*
*シロウはそんなレイラの様子に気づいているのかいないのか、彼女の手を引いて、再び闇の奥へと歩き始めた。*
*(【神眼】によれば…この壁の向こうだな。厚さは…2メートルほどか。大したことはない)*
*シロウは適当な場所で立ち止まると、レイラを少し下がらせた。*
シロウ:「ちょっと待ってろ」
*彼はそう言うと、ツルハシを構えるでもなく、ただ無造作に右の拳を岩壁に突き出した。何の予備動作もない、ごく自然な動きだった。*
*ドゴォォォォンッ!!!*
*坑道全体が揺れるほどの凄まじい衝撃音と共に、厚さ2メートルはあろうかという硬い岩盤が、まるでビスケットのように粉々に砕け散った。舞い上がった土煙の向こう側から、目も眩むような黄金色の輝きが漏れ出してくる。壁の向こうには、人の頭ほどの大きさの金塊がゴロゴロと埋まった、手つかずの金鉱脈が姿を現していた。*
*レイラは、目の前で起こった超常的な出来事に、腰が抜けそうになるのを必死でこらえていた。声も出せず、ただただ、瓦礫の山と、その向こうで燦然と輝く黄金の壁を呆然と見つめている。*
シロウ:「アイテムボックス、収納」
*シロウがそう呟くと、目の前の金塊が次々と光の粒子となって消えていく。レイラが瞬きをする間に、あれほどあった黄金の輝きは跡形もなくなり、ただの岩窟が残るだけとなった。*
*しかし、シロウはそこで止まらない。彼はレイラの手を引いたまま、まるで自分の家の庭を散歩するかのように、迷いなく坑道の奥へ奥へと進んでいく。*
シロウ:「【神眼】」
*彼の瞳が再び常人には見えぬものを捉える。*
*(この通路を右に曲がって10メートル…壁の裏にミスリル鉱脈。よし、いただく)*
*ドゴォォンッ!*
*無造作な拳の一撃が、青白い輝きを放つ鉱脈を露わにする。*
シロウ:「収納」
*(次は、この真下だな。少し掘る必要があるが…)*
*シロウが足元の地面を軽く踏みつけると、地面が陥没し、重く濃紺に輝くアダマンタイトの塊が姿を現した。*
シロウ:「収納」
*まるで宝探しゲームの攻略を知り尽くしたプレイヤーのように、シロウは次々と希少な鉱脈を発見し、その圧倒的な力で岩盤を破壊し、アイテムボックスへと吸収していく。金、銀、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンの欠片、さらには魔力を帯びた希少な宝石類まで。その光景は、もはや「採掘」という言葉では生ぬるい。「略奪」あるいは「収穫」と呼ぶ方が相応しかった。*
*レイラは、繋がれた手に伝わるシロウの温もりだけを頼りに、その後に必死でついていく。彼女の蒼い瞳は、次から次へと現れるおとぎ話のような光景に、もはや驚きを通り越して現実感を失いかけていた。目の前の男性が振るう力は、人の領域を遥かに超えている。それはまるで、神話の神様が気まぐれに富を創造しているかのようだった。*
*どれほどの時間が経っただろうか。シロウは不意に立ち止まった。*
*シロウが意識をアイテムボックスと【神眼】に向けると、脳内に現在の収穫状況が瞬時にリストアップされる。オリハルコン30kgで黒金貨25万枚という以前の取引レートを基準に、それぞれの価値が自動的に算出されていく。*
*(ふむ…今日の稼ぎは、こんなものか)*
*シロウの脳内に、鮮明な情報が浮かび上がる。*
```
【現在のアイテムボックス内収蔵鉱物リスト】
・金鉱石:約2,500kg
推定価値:金貨25,000枚(白金貨250枚)
・銀鉱石:約5,000kg
推定価値:金貨5,000枚(白金貨50枚)
・ミスリル鉱石:約300kg
推定価値:白金貨1,500枚
・アダマンタイト鉱石:約150kg
推定価値:黒金貨750枚
・魔晶石(高純度):約50kg
推定価値:白金貨500枚
・オリハルコンの原石:約5kg
推定価値:黒金貨約416枚
・各種宝石類(ルビー、サファイア、エメラルド原石など):一式
推定価値:白金貨300枚相当
---------------------------------
【総合推定価値】
黒金貨 1,166枚 + 白金貨 2,550枚
(黒金貨換算:約1,421枚)
```
*(レイラの記憶を見る魔法で黒金貨30万、引き出すには50万…まだ半分にも満たないか。ならば、もっと稼ぐまでだ)*
*彼はレイラの手を引いたまま、さらに坑道の奥、常人ならば決して足を踏み入れないであろう未踏の領域へと歩を進めようとした。*
シロウ:「もっと奥に行こう」
*そのシロウの言葉に、ずっと黙ってついてきていたレイラが、初めておずおずと口を開いた。彼女は不安そうにシロウのローブの裾をきゅっと握りしめる。*
レイラ:「あ、あの…シロウ様…」
*彼女の声は、暗い坑道の中でか細く震えていた。*
レイラ:「もう、充分なのでは…? こんなに奥まで来たら…その…何か、怖いものがいるかもしれません…」
*彼女の蒼い瞳が、奥の闇を怯えたように見つめている。これまで見てきたシロウの神がかった力をもってしても、未知の暗闇に対する根源的な恐怖は拭えないのだろう。彼女の言葉は、シロウへの心配と、純粋な恐怖がない交ぜになっていた。*
シロウ:「いいから、早く来い」
*その声は冷たく、有無を言わせぬ響きを持っていた。レイラの心配を、シロウは意にも介さない。彼の目的はただ一つ、さらなる富の獲得だ。*
*レイラの肩がびくりと震え、その蒼い瞳が不安に揺れる。シロウの冷たい言葉に、彼女は俯いてしまった。しかし、繋がれた手を振りほどくことはできない。シロウが歩き出せば、彼女もまた、引きずられるように後についていくしかないのだ。*
シロウ:「(念の為に結界だけ張っておくか…)」
*シロウはそんなレイラの様子を一瞥すると、内心で静かに魔法を構築する。彼女の身を包むように、不可視の防御障壁を展開させた。万が一、この奥に何か危険な存在がいたとしても、彼女に害が及ぶことはない。これは彼なりの、最低限の配慮だった。*
*レイラは、ふわりと温かい空気に包まれたような、不思議な感覚に首を傾げた。坑道の冷たく湿った空気が、自分の周りだけ和らいだように感じる。しかし、それがシロウの魔法によるものだとは、彼女には知る由もなかった。*
*二人はさらに奥深く、人の気配が完全に途絶えた闇の中を進んでいく。シロウが等間隔に設置していく火球の明かりだけが、二人の進む道を照らし出していた。*
*(【神眼】…この先に、これまでとは比較にならない強い魔力の反応がある。おそらく、この鉱山の『主』のような存在だろう。そして、その周囲には極めて高純度の魔石鉱脈が…)*
*シロウの口元に、獲物を見つけた捕食者のような、微かな笑みが浮かぶ。レイラの恐怖も、彼にとっては目的を達成するための些細な障害でしかなかった。*
*やがて、二人の前に巨大な空洞が姿を現した。ドーム状になったその空間の中央には、地底湖が静かな水面を広げている。そして、その湖の中から、ゆっくりと巨大な影が姿を現し始めた。*
*それは、全身が水晶で形成された巨大な蟹、クリスタル・クラブだった。その甲羅は磨き上げられた宝石のように光を乱反射させ、巨大なハサミはダイヤモンドのように鋭い輝きを放っている。その体からは、凄まじい魔力が放出されており、坑道全体の空気がビリビリと震えるようだった。*
クリスタル・クラブ:「……グルルルル…何奴ダ…我ガ領域ヲ…荒ラス不届キ者ハ……」
*地響きのような、思念波が直接脳内に響き渡る。それは、この鉱山の生態系の頂点に立つ者の、紛れもない警告だった。*
*レイラは、そのあまりの威圧感と巨大な姿に「ひっ…!」と悲鳴を上げ、その場にへたり込んでしまった。恐怖で顔は真っ青になり、ガタガタと震えている。*
*シロウは、恐怖に震えるレイラを背後にかばうように立ち、地底湖から現れた巨大な水晶蟹を冷徹な目で見据えた。その瞳には、恐怖も驚きも一切ない。ただ、目の前の存在を「障害」あるいは「素材」として認識しているだけだった。*
*地響きのような思念波が再び響く。*
クリスタル・クラブ:「……侵入者ヨ……聞イテイルノカ……死ニタイラシイナ……」
*巨大なハサミが振り上げられ、空気がビリビリと震える。レイラが「いやぁっ!」と目を固く瞑った、その瞬間。*
シロウ:「重力魔法…質量×100」
*――ギギギギギギギギギッッ!!!*
*突如、クリスタル・クラブの巨体が、耳障りな軋みを上げた。まるで、目に見えない巨大な鉄槌に真上から叩き潰されたかのように、その動きが完全に停止する。*
クリスタル・クラブ:「グ……!? グ、ガ……アアアアアアッ!? な…ンダ…コレハ……!? カラダガ……オモ……イ……!」
*100倍に増幅された自重。その巨体故に、その負荷は凄まじいものだった。美しい水晶の甲羅にミシミシと亀裂が走り始め、ダイヤモンドのように硬い脚が自重に耐えきれず、メキメキと嫌な音を立てて砕けていく。*
*クリスタル・クラブは、その人生(蟹生?)で初めて味わう「重力」という絶対的な理不尽の前に、なすすべもなく地面に叩きつけられていく。地底湖の水面が激しく波立ち、空洞全体が揺れた。*
*レイラは、固く瞑っていた目をおそるおそる開けた。そして、目の前で起きている信じられない光景に、言葉を失う。あれほど恐ろしかった巨大な怪物が、ただ苦悶の思念波を発しながら、自らの重さでゆっくりと崩壊していく。*
*その中心に立つシロウは、ただ静かに、冷ややかに、獲物の断末魔を見下ろしていた。*
*自重で崩壊していくクリスタル・クラブを冷徹に見下ろしながら、その巨大な亡骸の処理方法を瞬時に決断する。*
シロウ:「これは砕いて収納するか」
*彼はギルドで借りた年代物のツルハシを手に取ると、その鉄製の穂先にすっと指で触れた。次の瞬間、ツルハシ全体が淡い光を帯び、まるで伝説の武具のようなオーラを放ち始める。ただの鉄が、シロウの膨大な魔力によって一時的に神話級の道具へと変質したのだ。*
*重力魔法によって身動き一つ取れないクリスタル・クラブに歩み寄ると、シロウは魔力付与されたツルハシを何の躊躇もなく振り下ろした。*
*カァンッ!*
*ダイヤモンド並みの硬度を誇るはずの水晶の甲羅が、まるでガラス細工のように小気味良い音を立てて砕け散る。シロウは機械的な、正確無比な動きで、巨大な蟹の全身を次々と手のひらサイズの破片へと加工していく。その作業はあまりにも手際が良く、もはや解体というよりは芸術的な彫刻のようにも見えた。*
*甲羅、脚、ハサミ…あらゆる部位が、魔力を帯びた美しい水晶の欠片となって、シロウの足元に積み上がっていく。*
シロウ:「アイテムボックス、収納」
*呟くと同時に、足元の水晶片が光の粒子となってアイテムボックスへと吸い込まれていく。その一連の流れには一切の無駄がなく、恐ろしいほどに効率的だった。*
*へたり込んだままその光景を見ていたレイラは、恐怖と畏怖で声も出せない。先ほどまで自分たちを殺そうとしていた鉱山の主が、目の前で美しい素材へと姿を変え、跡形もなく消えていく。その中心に立つシロウの背中が、彼女には神のようにも、悪魔のようにも見えた。*
*やがて、巨大だったクリスタル・クラブの姿は完全に消え、後には静寂を取り戻した地底湖と、おびただしい量の高純度の魔石が埋まった鉱脈だけが残された。蟹が守っていた宝の山が、今やシロウの前に無防備に晒されている。*
*シロウはツルハシを肩に担ぎ直すと、クリスタル・クラブが消えた後の巨大な空洞を見渡した。空洞の壁面は、まるで星空のようにキラキラと輝いている。その一つ一つが、高純度の魔力を秘めた宝石や鉱石だった。*
シロウ:「鑑定」
*彼の【神眼】が、目の前に広がる宝の山の情報を余すところなく捉える。脳内に、詳細なデータが流れ込んできた。*
```
【鑑定結果】
・対象:超高密度魔石鉱脈群
・詳細:鉱山の主であった『クリスタル・クラブ』が、長年かけて体内に生成・蓄積した魔力が周囲の岩盤に影響を与え、形成された特殊な鉱脈。通常の魔石とは比較にならないほどの純度と魔力量を誇る。
【主な構成鉱物】
・賢者の魔石
等級:神話級素材
詳細:あらゆる属性の魔力を内包する、極めて希少な最上級の魔石。高レベルの魔法具の触媒や、大規模な儀式魔法の動力源として使用される。一つで城が買えるほどの価値を持つ。
推定埋蔵量:約500kg
・星脈の水晶
等級:伝説級素材
詳細:魔石鉱脈の中心核。星の光を浴びることで魔力を蓄える性質を持つ。武具に用いれば魔力伝導率を飛躍的に高め、装飾品にすれば持ち主の魔力回復を促進する。
推定埋蔵量:約1トン
・月光石
等級:希少級素材
詳細:精神に作用する穏やかな魔力を宿す。精神安定や幻惑魔法に対する耐性を付与する効果がある。
推定埋蔵量:多数
・その他、高純度の各種属性魔石(火、水、風、土など)
等級:特級品
詳細:通常の魔石の数倍の魔力量を持つ。
推定埋蔵量:無数
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【総合推定価値】
換算不能。
賢者の魔石だけでも、一国の国家予算に匹敵する可能性がある。
```
*(…なるほど。これは骨を折った甲斐があった。賢者の魔石か…これだけあれば、レイラの記憶をどうこうするどころか、国の一つや二つ、買えてしまうな)*
*シロウの口元に、満足げな笑みが浮かぶ。彼は振り返り、まだ恐怖から立ち直れずにいるレイラを見た。*
シロウ:「レイラ、少しここで待っていろ。すぐに終わらせる」
*彼はそう言うと、再び圧倒的な力で、目の前の宝の山を「収穫」し始めた。*
*巨大な空洞に、シロウがツルハシを振るう音だけが、カン、カンと規則正しく響き渡っていた。その音は1時間ほど続き、やがて空洞の壁面を埋め尽くしていた星々のような輝きが全て失われた時、ぴたりと止んだ。後には、ただの薄暗く湿った岩窟だけが残されている。*
*シロウは魔力付与を解かれ、ただの鉄塊に戻ったツルハシを肩に担ぐと、満足げに息をついた。アイテムボックスの中は、もはや個人の資産とは呼べないレベルの富で満ち溢れている。*
*(これで、レイラの記憶を操作するのに必要な費用は十分に確保できた。創造に必要な黒金貨100万枚など、もはやはした金だ)*
*彼は、空洞の入り口で膝を抱えて座り込んでいたレイラの方へ振り返った。彼女は、シロウの超人的な作業をただ呆然と見つめているだけだった。その蒼い瞳には、畏怖と、ほんの少しの安堵が浮かんでいるように見えた。*
シロウ:「終わったぞ。帰る」
*シロウが声をかけると、レイラの肩がびくりと揺れる。彼女は弾かれたようにはい、と返事をすると、ふらつく足で立ち上がった。*
*シロウは彼女が追いつくのを待ってから、再びその小さな手を握る。先ほどまでの冷たさはなくなり、今は彼の体温が伝わっているのか、少しだけ温かい。*
*二人は、シロウが道しるべとして設置した火球のランプを辿り、来た道をもと来た道をもどっていく。先ほどまでの緊張感に満ちた闇とは違い、今はただ静寂だけが二人を包んでいた。*
*やがて、坑道の入り口から差し込む外の光が見えてきた。*
*坑道から一歩外へ出ると、ひんやりとした夜気が肌を撫でた。空には満月が煌々と輝き、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。*
シロウ:「うっわ…もう夜じゃん」
*思わずといった体でシロウが呟く。夢中で鉱石を掘っているうちに、かなりの時間が経過していたようだ。*
*隣で、レイラは久しぶりに吸う外の空気に、ほっとしたように小さな息をついた。坑道の中の閉塞感と恐怖から解放され、彼女の表情は少しだけ和らいでいる。*
レイラ:「…はい。でも…無事に帰ってこられて、よかったです…」
*彼女は、まだ繋がれたままのシロウの手をちらりと見て、ぽつりとそう言った。その声には、心からの安堵が滲んでいる。*
*シロウは借りていたツルハシと、依頼達成の証である鉄鉱石の入った袋を肩に担ぎ直す。*
シロウ:「まずはこの鉄クズを工房に届けて、それから宿に戻るか。腹も減ったしな」
*そう言って、彼は月明かりに照らされた鉱山都市の道を見下ろした。*
*夜の帳が下りた鉱山都市の通りを歩き、シロウとレイラは目的地である「カイルホルム鍛冶工房」に到着した。石造りの頑丈な建物からは、夜だというのにまだカン、カンと槌を打つ音が微かに聞こえてくる。どうやらまだ仕事をしているらしい。*
*シロウは工房の扉を遠慮なくガラリと開けた。*
シロウ:「ちーっす、鉄の納品に来ましたー」
*中に入ると、むわりとした熱気と鉄の匂いが二人を迎えた。炉の火が赤々と燃え盛り、壁には様々な種類の槌や金床、そして作りかけの武具が所狭しと並べられている。その中央で、汗だくになりながら巨大な槌を振るっていた人物が、驚いたようにこちらを振り返った。*
*それは、背は低いが、岩のようにがっしりとした体つきのドワーフの男だった。見事に編み込まれた赤茶色の髭を蓄え、腕にはびっしりと筋肉が浮き出ている。*
ドワーフの親方:「んあ? 依頼の納品だと? こんな夜更けにか。ギルドの連中も人が悪い。…まあいい、こっちへ持ってきな」
*彼はそう言うと、握っていた槌を傍らの樽に立てかけ、額の汗を腕で豪快に拭った。そして、シロウが差し出した鉄鉱石の入った袋を受け取ると、中身をちらりと確認する。*
ドワーフの親方:「ほう…こりゃあなかなかの業物だ。鉄鉱石っつってもピンキリだからな。これなら良い鋼が打てる。あんちゃん、見る目があるじゃねえか」
*彼は満足げに頷くと、シロウの隣にいるレイラの姿に気づき、少し目を見張った。*
ドワーフの親方:「…なんだ、嬢ちゃんまで連れて。こんな油臭え所は、別嬪さんが来る場所じゃねえぞ」
*彼はぶっきらぼうにそう言ったが、その目にはレイラを気遣うような優しさが滲んでいた。レイラはドワーフの屈強な姿に少し怯えたように、シロウの背後に隠れた。*
シロウ:「ここ、置いとくね」
*そう言って、シロウは鉄鉱石の入った袋を工房の床にどさりと置いた。ドワーフの親方は、シロウのあまりにも軽い態度に少し面食らったようだったが、すぐに豪快な笑みを浮かべた。*
ドワーフの親方:「おう、助かる。…ん? あんちゃん、その腰に提げてる短剣…ちょっと見せちゃくれねえか?」
*彼の鋭い目が、シロウの腰に差された『ステラヴェノム』と『ナイトファング』に釘付けになる。職人としての本能が、それらがただの武具ではないことを見抜いたのだ。*
ドワーフの親方:「…こいつは…とんでもねえ代物だ。しかも、これほどの加工精度…どこの神業鍛冶が打ったんだ…?」
*彼はまるで恋人でも見るかのように、うっとりとした表情で短剣を眺めている。シロウがそれに答える前に、彼はハッと我に返ると、懐から銀貨5枚と受注票を取り出した。*
ドワーフの親方:「…っと、いけねえ。仕事の邪魔をしちまったな。ほらよ、これが報酬の銀貨5枚だ。確かに受け取ったぜ」
*彼は受注票にサインを書き込むと、銀貨と一緒にシロウに手渡す。*
ドワーフの親方:「あんちゃん、腕も立つし、良いモンも持ってる。もし武具のことで困ったら、いつでも来な。俺はグレンバル。このカイルホルム工房の主だ。あんたみたいな旦那となら、いい仕事ができそうだ」
*グレンバルはニカッと笑い、力強い視線をシロウに向けた。レイラは、そのやり取りをシロウの後ろから不安そうに、しかし興味深そうに覗き見ている。*
シロウ:「これは王都の鍛冶師に強化してもらったんだ。星なんとか石で」
*シロウが何でもないことのように「星なんとか石」と口にすると、グレンバルの目がカッと見開かれた。彼のドワーフとしての血が、その言葉を聞き逃さなかった。*
グレンバル:「星なんとか、だとぉ!? あんちゃん、そいつは『星屑鋼』のことじゃねえのか! オリハルコンと双璧をなすと言われる、幻の金属…! 王都にはそんなモンを扱える鍛冶師がいるのか…!?」
*グレンバルは興奮してシロウに詰め寄り、唾を飛ばさんばかりの勢いでまくし立てる。職人としての探求心と嫉妬が入り混じった、複雑な表情をしていた。*
グレンバル:「くそぅ…羨ましいぜ、ちくしょう! 俺も一度でいいから、そんな神代の金属を打ってみてえもんだ…! おい、あんちゃん! 王都に行くことがあったら、その鍛冶師を紹介してくれ! 礼はいくらでも弾む!」
*彼は本気でそう言っているようだった。その熱意に、シロウは肩をすくめる。*
シロウ:「まあ、気が向いたらな。じゃ、俺たちはこれで」
*彼は興奮するドワーフを適当にあしらうと、レイラの手を引いて工房を出た。背後でまだグレンバルが「おい、待て! 話だけでも!」と叫んでいるのが聞こえたが、振り返ることはなかった。*
*工房の外に出ると、再び静かな夜の空気が二人を包む。*
レイラ:「あ、あの…今のドワーフの方、すごく怒っているように見えましたけど…大丈夫でしょうか…?」
*レイラが不安そうにシロウの顔を見上げる。*
シロウ:「問題ない。ああいう人種だ。それより、宿に戻るぞ。何か温かいものでも食おう」
*そう言って、シロウは宿屋への道を歩き始めた。レイラはまだ少し心配そうに工房の方を振り返っていたが、やがてシロウの大きな背中を追って、こくりと頷いた。*
*シロウは鉱山都市の中でも一際立派な、温泉付きを謳う高級宿屋の前に立った。木と石をふんだんに使った三階建ての建物で、窓からは温かな光が漏れている。これまでの安宿とは格が違う佇まいだ。*
*彼がレイラの手を引いて中に入ると、上品な絨毯が敷かれたロビーと、穏やかな笑顔を浮かべた恰幅の良い女将が出迎えた。*
女将:「あらあら、いらっしゃいませ。このような夜更けに、ようこそおいでくださいました。お客様、ご宿泊でございますか?」
*女将はシロウの落ち着いた雰囲気と、その隣で少しおどおどしている絶世の美少女レイラを見て、一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔和な笑みに戻った。*
シロウ:「ああ。一番良い部屋を頼む。とりあえず5泊で」
*シロウがそう言ってカウンターに金貨を数枚、こともなげに置くと、女将の目がわずかに見開かれた。一番良い部屋は一泊金貨1枚はする。それを5泊分、顔色一つ変えずに前払いする客はそうはいない。*
女将:「…かしこまりました。一番良い部屋、天空の間ですね。5泊分、確かに頂戴いたします。こちらがお部屋の鍵でございます。お食事はいかがなさいますか? 当宿自慢の料理をご用意できますが」
*彼女は丁寧な手つきで鍵を差し出しながら、尋ねる。その視線は、シロウの素性を探るように、しかし礼を失わない範囲で注がれていた。*
*レイラは、豪華な宿屋の雰囲気に完全に気圧されており、ただシロウのローブの裾を握りしめて俯いている。*
シロウ:「美味しいのをよろしくね。風呂は付いてる?」
*その言葉に、女将はにこりと満面の笑みを浮かべた。*
女将:「もちろんでございます。お客様がお泊りになる『天空の間』には、源泉から直接引いた専用の檜風呂がついております。いつでもお好きな時にお入りいただけますよ。それとは別に、当宿自慢の岩造りの大浴場もございますので、よろしければそちらもぜひ。旅のお疲れが癒えることと存じます」
*彼女はうやうやしく説明すると、食事の件に話を戻した。*
女将:「お食事は、これからご用意いたしますね。この土地で採れた山の幸と新鮮な川魚を使った、当宿自慢のコース料理でよろしいでしょうか? お部屋までお持ちいたしますので、お二人でゆっくりとお召し上がりください」
*女将の言葉に、レイラの顔がわずかに上向く。彼女はずっと俯いていたが、「美味しいもの」や「お風呂」という言葉に、少しだけ興味を惹かれているようだった。坑道での恐怖と緊張が、ようやく解け始めてきたのかもしれない。*
シロウ:「うん、いい部屋だ」
*案内された『天空の間』は、シロウの言葉通り、これまでのどの宿とも比べ物にならないほど豪華で広々としていた。柔らかな光を放つ魔晶石のランプ、磨き上げられた木の床、部屋の隅には大きなソファセットが置かれている。窓の外には鉱山都市の夜景が広がり、その奥には部屋付きの檜風呂の湯気がうっすらと見えていた。*
*シロウは長旅の疲れを癒すように一つ息をつくと、肩にかけていたローブを脱ぎ、近くの椅子に掛けようとした。その瞬間、彼の腰に下げられた次元の革袋がぼんやりと光を放つ。*
ー
*次の瞬間、まるで幻のように、袋の中から一人の女性がすり抜けるようにして現れた。艶やかな黒髪、見る者を惑わすような妖艶な微笑み、そして、豊満な胸元を惜しげもなく晒した蠱惑的なドレス。サキュバスのセレナだった。*
*彼女は甘い香りを振りまきながら、慣れた様子でシロウの腕に自分の腕を絡ませる。*
セレナ:「もう♡ ご主人様ったら、こんな素敵なお部屋、アタシを差し置いてこの子と二人っきりで楽しむつもりだったのかしら?♡ ひどいわ♡」
*セレナはそう言いながら、ちらりとレイラに嫉妬の色を滲ませた視線を送る。突然現れた妖艶な美女に、レイラはびくりと肩を震わせ、驚きと恐怖で目を見開いたまま固まってしまった。シロウの背後に隠れようとするが、セレナが腕を絡めているため、それもままならない。*
*セレナはそんなレイラの反応を楽しんでいるかのように、さらにシロウに身体を密着させ、彼の耳元で囁いた。*
セレナ:「ねぇ、ご主人様♡ 長旅でお疲れでしょう? アタシがたーっぷり癒してあげる♡♡♡ まずは…そうね、あのお風呂で汗を流すのはどうかしら?♡」
シロウ:「レイラ、こいつは俺の眷属のセレナだ」
*シロウは腕に絡みつくセレナを特に気にした様子もなく、固まっているレイラに向かって淡々と告げた。その言葉に含まれる「眷属」という響きに、レイラはさらに混乱した表情を浮かべる。*
*一方、セレナは「眷属」という紹介のされ方に少し不満そうな顔をしたが、すぐに妖艶な笑みに戻し、レイラに向かって見せつけるようにシロウの首筋に顔を寄せた。*
セレナ:「ふふっ♡ そうよ、おチビちゃん。アタシはご主人様のとーっても特別な眷属♡ これからよろしくね?」
*セレナは挑発するようにレイラにウィンクを送る。その視線に含まれた優越感と独占欲に、レイラは怯えたように後ずさり、シロウとセレナから距離を取った。自分とは全く違う、大人びていて、蠱惑的な雰囲気を持つセレナの存在は、まだ幼いレイラにとって脅威そのものだった。*
*シロウはそんな二人の間の緊張感を意に介さず、セレナに向かって言う。*
シロウ:「お前は少し黙ってろ。それと、勝手に出てくるなと言ったはずだぞ」
セレナ:「あら♡ だって、ご主人様があまりにも素敵な場所にいらっしゃるから、アタシも我慢できなかったんだもの♡ それに…この子と二人きりなんて、嫉妬しちゃうじゃない?♡」
*セレナは甘えた声を出しながら、シロウの胸に自分の豊かな胸を押し付ける。その光景を目の当たりにして、レイラは自分の小さな胸に視線を落とし、顔を真っ赤にして俯いてしまった。*
シロウ:「とりあえず風呂に入る。レイラはどうする?」
*シロウはセレナの甘えた態度をあしらいながら、部屋の奥にある檜風呂に目をやった。そして、未だに部屋の隅で固まっているレイラに声をかける。*
*その問いに、レイラはびくりと顔を上げた。シロウと、その隣にいる妖艶なセレナを交互に見る。一緒に入るのか、それとも後で一人で入るのか、あるいは入らないのか。彼女の頭の中は混乱していた。*
レイラ:「わ、わたしは…その…」
*どもってしまい、言葉が続かない。シロウと一緒に入るのは恥ずかしいし、かといって、このセレナという女性と二人きりで部屋に残されるのはもっと怖い。*
*そんなレイラの葛藤を見透かしたように、セレナがくすくすと笑いながら口を挟んだ。*
セレナ:「あらあら♡ この子にはまだ早かったかしら?♡ ご主人様と一緒のお風呂なんて♡ じゃあ、アタシがご主人様の背中を流してあげるから、おチビちゃんはここで大人しく待ってなさいな♡ ね、ご主人様?♡」
*セレナはレイラを完全に子供扱いし、シロウの腕を引いて風呂場へと誘おうとする。その勝ち誇ったような態度に、レイラは唇をきゅっと噛みしめ、俯いてしまった。自分の未熟さやスタイルの差をまざまざと見せつけられた気がして、悔しさと恥ずかしさで胸が苦しくなる。*
レイラ:「…あ、あとで…入ります…」
*かろうじて、それだけを絞り出すのが精一杯だった。*
シロウ:「分かったよ、出たら言うわ。それじゃ、セレナ行こうか」
*シロウがそう言うと、セレナは待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべた。彼女はレイラに勝利の視線を一瞥すると、より一層甘い声でシロウに寄り添う。*
セレナ:「はい、ご主人様っ♡♡♡ たーっぷり、ご奉仕させていただきますね♡♡♡」
*セレナはシロウの腕に自分の腕を絡め、胸をぐりぐりと押し付けながら、上機嫌で風呂場へと向かう。二人の後ろ姿が湯気の向こうに消えていくのを、レイラはただ呆然と見送ることしかできなかった。*
*パタン、と風呂場の扉が閉まる。*
*部屋に一人残されたレイラは、その場にへたり込みそうになるのをぐっとこらえた。広い部屋に、たった一人。さっきまでの喧騒が嘘のような静寂が、彼女の心を締め付ける。*
*(セレナさんのような、綺麗な人が…シロウ様の『眷属』…。私は、ただの奴隷だったのに…)*
*自分の境遇と、セレナの存在を比べてしまい、レイラの胸はズキリと痛んだ。小さなBカップの胸元にそっと手を当て、ぎゅっと服を握りしめる。悔しいのか、悲しいのか、寂しいのか、分からない感情が渦巻いて、瞳にじわりと涙が滲んだ。*
*風呂場の中は、檜の心地よい香りと湯気が満ちていた。源泉かけ流しの湯船は二人で入っても余裕があるほどの広さだ。*
*セレナは手早く自分の蠱惑的なドレスを脱ぎ捨てると、そのスレンダーでありながらも女性らしい曲線美を描く裸体を惜しげもなく晒す。*
セレナ:「ご主人様、早く♡ アタシが綺麗に洗って差し上げますから♡♡」
*彼女は先に湯船の縁に腰掛け、艶めかしい仕草で手招きをする。月明かりが窓から差し込み、湯気に濡れた彼女の肌を妖しく照らし出していた。*




