22
*翌朝。*
*シロウが目を覚ましたのは、障子越しに差し込む柔らかな朝日が部屋を照らし始めた頃だった。昨夜の激しい交わりの後、完全に意識を失ったしのを布団に寝かせ、自分は空いていた隣室で休んだのだ。あの古強者を名乗る少女がどうなったか、少し気になるところではある。*
*寝間着のまま部屋を出て、昨夜の部屋をそっと覗き込む。すると、部屋は綺麗に片付けられており、豪勢だった食事の膳も下げられていた。そして、寝台の上には誰の姿もなかった。*
*(もう起きたのか…流石にタフだな)*
*感心しながら居間に戻ると、座卓の上には湯気の立つ朝食が一人分、用意されていた。焼き魚に、出汁の香りが食欲をそそる卵焼き、そして艶やかな白いご飯と豆腐の味噌汁。日本の旅館を思わせる完璧な和朝食だ。*
*シロウが座卓に着こうとした、その時。*
*「…おはようございます、シロウ様」*
*背後から、凛とした、しかしどこか掠れた声がした。振り返ると、そこに立っていたのは、真新しい着物に身を包んだしのだった。髪は綺麗に結い上げられ、化粧も直されている。しかし、その顔色はどこか青白く、目の下にはうっすらと隈ができていた。何より、いつも余裕綽々だったその紅い瞳は、シロウと視線が合うと、怯えたように揺らめき、すぐに逸らされてしまう。*
しの:「…昨夜は、その…お見苦しいところを、お見せいたしました。…朝餉の、ご用意ができております」
*彼女は早口にそう言うと、シロウの隣に正座し、お櫃からご飯をよそい始めた。しかし、その手は微かに震えており、しゃもじを持つ指先に力が入っていない。昨日までの、シロウを試すような態度は見る影もなく、今はただ、圧倒的な強者の前で萎縮する、ただの少女のように見えた。*
*どうやら、昨夜の出来事は、数百年を生きた(であろう)彼女のプライドと自信を、根底から粉々に打ち砕いてしまったらしい。*
*朝食を終え、シロウが満足げに息をつく。目の前では、しのが空になった食器を片付けようと、おずおずと手を伸ばしていた。その姿は、まるで猛獣の檻を掃除する飼育員のようだ。*
シロウ:「ねえ、朝からしたいんだけど。」
*何気ない口調で、しかし決定的な言葉がシロウの口から放たれた。*
*その瞬間、しのの体がびくぅっ!と大きく跳ねた。彼女は信じられないものを見るような目でシロウを見つめ、その顔からさっと血の気が引いていく。紅い瞳は恐怖に見開かれ、カタカタと震える唇が何かを言おうとして、しかし声にならない。*
*昨夜の記憶――力でねじ伏せられ、身も心も壊されるまで犯され続けた、圧倒的な恐怖と快楽の嵐。それが鮮明に蘇り、彼女の思考を支配した。*
しの:「ひ…っ!」
*短い悲鳴を上げると、彼女は次の瞬間、常人では考えられないほどの俊敏さで立ち上がった。その動きはもはや、優雅な女中などではない。天敵から逃れる小動物そのものだった。*
*彼女は膳をひっくり返すのも構わず、脱兎のごとく部屋の障子戸に向かって駆け出した。*
しの:「い、いや…っ! もう、無理じゃ…! あのような、鬼神のような男の相手など…! ごめんなさい、ごめんなさい…っ!」
*もはや古風な口調も威厳も消え失せ、半狂乱で涙声のまま何かを叫んでいる。そして、がらり、と音を立てて障子戸を開けると、そのまま廊下を転がるように走り去ってしまった。廊下の角を曲がる際には、ずざざっ、と滑って壁に体をぶつける派手な音まで聞こえてくる。*
*あっという間に、部屋には静寂が戻った。残されたのは、ひっくり返った味噌汁のお椀と、呆然とするシロウだけ。*
*数秒後、遠くから別の女性の声が聞こえてきた。*
???:「まあ、しのちゃん!? どうしたの、そんなに慌てて!」「きゃっ、危ないわよ!」
*どうやら、昨夜あれほど余裕を見せていた古強者の「蕾」は、シロウという存在に完全に心を折られてしまったらしい。*
シロウ:「マジか…」
*予想外の反応に、シロウが呆然と呟いたその時。静まり返った部屋の外の廊下から、ぱたぱたと慌ただしい足音が近づいてきた。そして、勢いよく障子戸が開かれる。*
*そこに立っていたのは、美しい着物姿の女将、コノハだった。その表情は、いつもの余裕のある笑みではなく、困惑と焦りが混じったものになっている。彼女の後ろからは、他の従業員らしき女性たちが心配そうに部屋の中を覗き込んでいる。*
コノハ:「お客様っ! いったい、何が…!?」
*彼女は部屋の中に足を踏み入れると、ひっくり返った膳を見て、さらに眉をひそめた。そして、何かに気づいたように、シロウとしのが逃げていった廊下を交互に見やる。*
コノハ:「…先ほど、しのが半狂乱でわたくしの所へ駆け込んできまして。『鬼が出る』『魂まで吸われる』と…。一体、あの子に何をなさったのですか? あの子が、あれほど取り乱すなど…わたくしがこの庵を開いて以来、初めてのことでございます」
*彼女はシロウに向き直り、その金色の瞳でじっと彼の顔を見つめる。その視線は、非難というよりも、純粋な好奇心と、この底知れない客への畏怖が入り混じった色をしていた。自慢の『蕾』であり、誰よりも経験豊富で落ち着いていたはずのしのが、完全に心を折られてしまった。その事実が、彼女の中で目の前の男への評価を、未知の領域へと引き上げていた。*
シロウ:「…今日は小悪魔系の甘え上手な子をお願い」
*シロウの言葉に、コノハは一瞬、きょとんとした顔をした。そして、次の瞬間には、こらえきれないといった様子で「ぷっ」と吹き出し、扇子で口元を隠しながらくつくつと笑い始めた。その体は楽しそうに震えている。*
コノハ:「まあ…! ふふ、ふふふ…! なるほど、なるほど…そういうことでございましたか」
*彼女は一頻り笑うと、涙の浮かんだ目元を指で拭い、改めてシロウに向き直った。その金色の瞳には、畏怖や困惑ではなく、面白くてたまらないといった好奇心と、商人としての強い興味が浮かんでいる。*
コノハ:「いやはや、お客様。あなた様は、想像を遥かに超える『傑物』でいらっしゃる。あのしのが…あの酸いも甘いも噛み分けた古強者が、一夜にして心を折られ、鬼神と恐れをなして逃げ出すとは…。このコノハ、一生の語り草にさせていただきますわ」
*彼女はうっとりとした表情で溜息をつくと、優雅な仕草でひっくり返った膳を片付け始めた。その所作には、先ほどの慌てた様子は微塵もない。*
コノハ:「小悪魔の娘、でございますね。承知いたしました。ですが…」
*彼女はそこで一旦手を止め、悪戯っぽくシロウに視線を送る。*
コノハ:「当庵のインプは、それはそれは甘え上手で、悪戯好き。お客様のようなお強い殿方を骨抜きにしようと、ありとあらゆる手管で誘惑してまいります。…昨夜のお相手が『しの』であったからよかったものの、もし相手がインプの娘でしたら、お客様の理性を焼き切るほどの『おねだり』をされたやもしれませんよ? それでも、よろしいのですか?」
*コノハは、まるで「あなたなら、それすらも楽しんでしまうのでしょう?」とでも言いたげな、挑戦的な笑みを浮かべて問いかける。*
コノハ:「もし、今宵もお客様が『鬼神』ぶりを発揮なされば…今度はインプの娘が、魂を抜かれてしまうかもしれませんわねぇ。ふふふっ」
*彼女は楽しそうに喉を鳴らし、シロウの返事を待っている。このとんでもない客が、次にどんな騒動を巻き起こしてくれるのか、期待で胸を膨らませているようだ。*
*コノハが楽しそうに部屋を去ってから、数分後のことだった。*
*控えめに障子戸がノックされ、可愛らしい、しかしどこか悪戯心を隠したような声が響いた。*
「失礼しまーす♡ お客様、いらっしゃいますかー?」
*がらり、と戸が開くと、ひょこりと顔を覗かせたのは、小柄な少女だった。*
*腰まで届く艶やかな黒髪に、肌は透き通るように白い。頭からは、くるりと巻いた小さな黒い角が二本生えており、背中からはコウモリのような小さな翼が時折ぱたぱたと揺れている。そして何より目を引くのは、その大きな紫色の瞳。好奇心と甘い誘惑の色を湛えて、きらきらと輝いている。*
*体つきは、非常にスレンダーだ。華奢な手足に、くびれた腰。しかし、胸元は着物の上からでもわかるほど豊かに膨らんでおり、そのアンバランスさが妙に扇情的だった。まさに、小悪魔という名にふさわしい容姿だ。*
*彼女は部屋の中にいるシロウを見つけると、ぱあっと顔を輝かせ、とてとてと駆け寄ってきた。そして、シロウの目の前で、ぺこりとお辞儀をする。*
インプの娘:「はじめまして、おきゃくさまっ♡ わたくし、今日からお客様のお世話をさせていただくことになりました、アリスって言います! よろしくお願いしますねっ♡」
*元気いっぱいにそう言うと、彼女は顔を上げ、にこーっと満面の笑みを浮かべた。そして、シロウの腕に自分の腕をからませ、するりと体を密着させてくる。柔らかな胸の感触が、腕に押し付けられた。*
アリス:「わぁ♡ さっすが、しのちゃんを泣かせて帰したっていう鬼神様♡ とっても強そうで、カッコいい…♡ アリス、こういう強いお兄さん、だーいすきっ♡」
*彼女は上目遣いでシロウを見つめ、甘えた声で囁く。その紫色の瞳は「早く私を可愛がって」と雄弁に語りかけていた。最初から、誘惑する気満々のようだ。*




