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*あれから、1年の月日が流れた。*
*レイラの独断専行という嵐は、シロウの変わらぬ愛によって静まり、アストライアは更なる発展を遂げた。*
*そして今日という日は、シロウ一家にとって特別な記念日となる。*
*長男カイが、商業国家『黄金都市アウラ』の名門、『万象の学府』を首席で卒業する日なのだ。*
*魔王城の一室は、朝から華やかな雰囲気に包まれていた。*
*卒業式に参列するため、皆が正装に着替えている。*
*いち早く準備を終えたシロウは、腕の中で「あー、うー」とご機嫌な声を上げる赤ん坊の娘、ステラを優しくあやしていた。*
*そんな中、鏡の前で念入りに身支度を整えていたレイラが、くるりと振り返る。*
*漆黒の髪を結い上げ、魔王としての威厳と母親としての優雅さを両立させた、特注の深い紫紺のドレスを身に纏っている。*
*その姿は、一国の王妃にふさわしい気品に満ちていた。*
レイラ(魔王女):「ふむ…妾としたことが、少し時間をかけすぎたか。シロウ、待たせたな」
*彼女は満足げに自身の姿を確認すると、シロウと、その腕に抱かれるステラに目を細める。*
*その琥珀色の瞳は、夫と娘への愛情で柔らかく輝いていた。*
*隣の部屋からは、同じく準備をしていたルミナの声が聞こえてくる。*
ルミナ:「お兄ちゃん、もう準備できてるの!? ちょっと待ってて、もうすぐ終わるから!」
*少し慌てたような、しかし嬉しそうな声が、壁越しに響いてきた。*
*シロウの腕の中、ステラは心地よさそうに小さな手足をばたつかせている。
純真無垢な娘の温もりは、一国の王であるシロウの心を穏やかに満たしていく。*
シロウ:「ゆっくりでいいぞー。なーステラー。まだ時間あるもんなー。」
*シロウがステラのぷにぷにとした頬を優しくつつくと、彼女は「きゃう♡」と嬉しそうな声を上げた。*
*その愛らしい反応に、シロウの口元が自然と綻ぶ。*
*鏡の前で最終チェックをしていたレイラが、そんな父娘の様子に目を細める。*
レイラ(魔王女):「ふふ、ステラは本当に貴様に懐いておるな。カイも赤子の頃は、貴様が抱くと泣き止んだものじゃ」
*懐かしそうに目を細めるレイラ。
16年前の記憶が、昨日のことのように蘇る。
あの頃は、初めての子育てに戸惑い、不安でいっぱいだった。
だが、シロウがいつも隣で支えてくれた。*
*その時、隣の部屋の扉が勢いよく開き、準備を終えたルミナが姿を現した。*
*彼女は、アストライアの空の色を思わせる、澄んだ水色のドレスを身に纏っている。銀の髪には控えめながらも美しい装飾が施され、いつもの凛とした雰囲気に、華やかさが加わっていた。*
ルミナ:「お待たせ、お兄ちゃん! もう大丈夫よ!」
*ルミナは少し息を切らせながらも、完璧に整えられた自身の姿に満足げな笑みを浮かべ、シロウたちのもとへ駆け寄ってきた。*
シロウ:「そうだっけか?」
*シロウの柔らかな相槌と、ステラの頬をぷにぷにする優しい仕草。
その何気ない日常の光景に、レイラは再び目を細めた。*
レイラ(魔王女):「そうじゃ。貴様は忘れたかもしれぬが、妾は片時も忘れはせぬよ。初めての子じゃったからの…ふふ、あの頃のカイは本当に小さくて、壊れてしまいそうじゃった」
*琥珀色の瞳が、遠い過去を懐かしむように細められる。
シロウの腕の中で安らかに眠るステラの姿に、生まれたばかりのカイの姿を重ねているのだろう。*
*そこへ、ドレス姿のルミナが駆け寄ってくる。*
ルミナ:「ふふっ、ステラちゃん、ご機嫌ね。お兄ちゃんが抱っこしてるから嬉しいのね」
*ルミナは屈み込むと、ステラの小さな手を自分の指でそっと握った。
ステラはきゅっとその指を握り返し、ルミナに向かって「あうー♡」と愛らしい声を上げる。*
ルミナ:「まあ可愛い♡ レイラ、見て!ステラが私の指を握ってくれたわ!」
*まるで自分の手柄のように嬉しそうに報告するルミナに、レイラは少し呆れたような、しかし優しい表情を向けた。*
レイラ(魔王女):「当たり前じゃ。赤子とはそういうものじゃろう。大袈裟なやつめ」
*口ではそう言いながらも、その口元は緩んでいる。
家族の穏やかな時間が、彼女の心を温かく満たしていた。*
*シロウの言葉に、ルミナとレイラは頷き合う。
今日は息子、カイの晴れ舞台。
遅れるわけにはいかない。*
シロウ:「そろそろ行くか?」
レイラ(魔王女):「うむ。カイが待っておるからの。リーシア、城のことは頼んだぞ」
*近くに控えていたメイド長のリーシアが、優雅に一礼する。*
リーシア:「お任せくださいませ、レイラ様。皆様、どうぞお気をつけて。カイ様の晴れ姿、楽しみでございますね」
*リーシアに見送られ、シロウたちはステラを抱いたまま、城の玄関へと向かう。*
*そこには、アストライア王家の紋章が金色で控えめに装飾された、しかし内部は最高級の素材と空間魔法で快適さが追求された豪奢な馬車が待機していた。*
*御者は王宮騎士団の中でも特に腕利きの者が務めている。*
*一国の王とその家族が、白昼堂々、街を歩いて移動するわけにはいかない。
特に今日は、他国の要人も集まる学府の卒業式だ。
安全と威厳を保つため、馬車での移動は必然だった。*
*シロウが先に乗り込み、ルミナとレイラが続く。
ふかふかのソファに腰を下ろすと、馬車は少しの揺れもなく、滑るようにして静かに走り出した。*
*目的地は、転移門が設置されている城内の特定区画だ。
ここから商業国家『黄金都市アウラ』の指定転移ポイントまで、一瞬で移動する。*
ルミナ:「カイ、緊張しているかしら。あの子、昔から大事な日ほどポーカーフェイスを気取るところがあるから」
*ルミナが心配そうに呟く。
カイが幼い頃から、母親代わりのように面倒を見てきた彼女にとって、その心境は手に取るように分かるのだろう。*
*馬車は城内の転移区画へ向けて、静かに石畳の上を進んでいく。*
*シロウは腕の中のステラの柔らかな感触を楽しみながら、ルミナの心配そうな言葉に耳を傾けていた。*
シロウ:「そうなのか…」
*馬車の窓から見える景色は、慌ただしく準備を進める城の職員たちの姿。*
*しかし、シロウの意識はそんな外の世界よりも、腕の中の小さな命と、家族との穏やかな会話に向けられている。*
*(王家の馬車が通りまーす。なんて、前世のパレードみたいなこと考えてるなんて、誰も思わないだろうな)と、内心でひとりごちながら、ステラの小さな鼻を指先でつん、とつついた。*
ステラ:「あぅ? きゅあ?」
*ステラは不思議そうに首を傾げ、シロウの指を捕まえようと小さな手を伸ばす。*
*その愛らしい仕草に、シロウの笑みはさらに深くなった。*
*そんな父娘の様子を見て、レイラが呆れたように、しかし優しい声で言う。*
レイラ(魔王女):「貴様は本当に子供の扱いが上手いな。カイの時もそうじゃったが…まるで赤子の心を読んでおるかのようじゃ」
*隣に座るルミナも、カイを心配する気持ちはありつつも、目の前の光景に頬を緩ませる。*
ルミナ:「ふふっ。カイはきっと大丈夫よ。お兄ちゃんも、レイラも、私もいるんだもの。それに、イレイラさんもいるわ」
*ルミナがカイの恋人の名前を出すと、レイラの眉がぴくりと動いた。*
レイラ(魔王女):「ふん。あのエルフの小娘か。カイも隅に置けぬわ。まあ、妾の息子じゃ、あれくらい当然か」
*口では尊大に言いながらも、その表情はどこか誇らしげだった。*
*馬車は目的地である転移区画に到着し、ゆっくりと停止した。*
*シロウのぼやくような言葉に、レイラとルミナはそれぞれ異なる反応を示した。*
*馬車が停止し、従者が恭しく扉を開けると、そこは荘厳な魔法陣が描かれた広大な転移区画だった。*
シロウ:「馬車使うの嫌いなんだよなぁ…」
*その呟きは、隣に座るルミナの耳にしっかりと届いていた。*
ルミナ:「仕方ないでしょう、お兄ちゃん。貴方はこのアストライアの王なのよ?それに、他国の、それも学府の式典に赴くのに、身分を隠してこっそり行くなんて礼を失するわ」
*正論だった。ルミナは王妃として、また外交を担う者として、公の場での体面を重視している。*
*しかし、シロウの隣に座るレイラは、彼の本音を正確に理解していた。*
レイラ(魔王女):「ふん、相変わらず人混みは好かぬか。貴様は王の器でありながら、時折、ただの冒険者のような顔をする。まあ、それも貴様らしいがな」
*クスクスと喉を鳴らして笑うレイラ。彼女はシロウが注目を浴びることを嫌っているのを知っている。だが、同時に、民から熱狂的に慕われる夫を誇らしくも思っていた。*
*シロウがステラを抱いたまま慎重に馬車を降りると、二人の妻もそれに続く。*
*周囲に控えていた魔導師たちが一斉に頭を下げ、転移の準備が整っていることを知らせた。*
魔導師:「陛下、妃殿下方。いつでも『黄金都市アウラ』へ転移可能です」
*シロウはステラを抱き直し、頷いた。*
*(まあ、囲まれるのは面倒だけど、カイの晴れ舞台のためだ。我慢するか)*
*そう心の中で呟きながら、眩い光を放ち始めた転移魔法陣の中心へと、家族と共に足を踏み入れた。*
シロウ:「いつでも。」
*その一言を合図に、足元の魔法陣が眩いばかりの光を放つ。
シロウはステラを抱く腕に僅かに力を込めた。隣に立つレイラとルミナも、慣れた様子で目を閉じる。*
*(元々日本人、一般人から冒険者になって初めて買った奴隷の記憶を取り戻したら魔族の王だった…なんて。ラノベかよw)*
*そんな前世の記憶に根差した、場違いな感想が頭をよぎる。
目まぐるしい人生だが、今、腕の中には愛する娘がいて、隣には美しい妻たちがいる。
この幸せが現実だ。*
*浮遊感が全身を包み込んだかと思うと、次の瞬間には、足は硬い石畳の感触を取り戻していた。*
*光が収まり、目を開けると、そこはもうアストライアではない。*
*活気に満ちた、壮麗な建造物が立ち並ぶ商業国家『黄金都市アウラ』。その一角に設けられた、王侯貴族専用の転移施設だった。*
*周囲は既に厳重な警備が敷かれており、学府の騎士たちがずらりと並んで一行を出迎えている。*
*その中心で、一人の初老の男性が深々と頭を下げていた。*
バルトロメオ:「これはこれは、アストライアのシロウ陛下。ようこそお越しくださいました。万象の学府、副学府長のバルトロメオと申します。本日はご足労いただき、誠に光栄に存じます」
*副学府長自らの出迎えに、ルミナが代表して優雅に一礼を返す。*
ルミナ:「ご丁寧な出迎え、感謝いたします。副学府長。息子が大変お世話になっております」
*周囲からは、アストライアの魔王とその家族の突然の出現に、驚きと畏怖、そして好奇の入り混じった囁き声が聞こえ始めていた。*
*シロウはステラをあやしながら、ルミナと副学府長のやり取りを静かに見守る。
その堂々とした、しかし決して尊大ではない完璧な立ち居振る舞いに、内心で感心していた。*
*(さすがルミナだ。外交は本当に板についてきたな。これがレイラだったら…ふん、妾の息子が世話になったな、くらいは平気で言いそうだ。それはそれで面白いけど、公の場ではルミナがいてくれると助かる)*
*そんなことを考えていると、副学府長のバルトロメオがシロウに向き直り、再び深々と頭を下げた。*
バルトロメオ:「シロウ陛下。長旅、さぞお疲れのことと存じます。式典が始まるまで、貴賓室をご用意しております。どうぞ、そちらでおくつろぎください」
*周囲からは依然として、様々な感情の入り混じった視線が突き刺さる。
『あれが伝説の魔王シロウ…』
『お隣は熾天使とまで謳われたルミナ妃と、魔王女レイラ妃か…』
『抱かれている赤子が、新たな姫君…』
そんな囁きが、遠巻きに聞こえてくる。*
レイラ(魔王女):「ふん、では案内せよ。カイの晴れ舞台を、このような場所で待つわけにもいくまい」
*レイラが少しだけ焦れたように、しかし威厳を保ったまま言う。
早く息子に会いたい、という気持ちが透けて見えた。*
バルトロメオ:「はっ!では、こちらへどうぞ」
*バルトロメオは恭しく一行を先導し、転移施設に併設された豪奢な貴賓室へと案内を始めた。*
シロウ:「かしこまれるの苦手なんだよなぁ…」
*副学府長に先導され、豪奢な絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、シロウはつい本音をこぼした。
その小さな呟きは、しかし、すぐ隣を歩く妻たちの耳を逃れることはなかった。*
ルミナ:「お兄ちゃん、聞こえるわよ。今はアストライアの王として、堂々としていなきゃだめ」
*ルミナが小声で、しかし厳しく窘める。外交の場では、王の威厳は何よりも重要だ。彼女は兄の性格を理解しつつも、公の場では王妃として厳格な態度を崩さない。*
レイラ(魔王女):「ふん、何を今更。貴様は妾の夫であり、この大陸に名を轟かす魔王であろう。そのような小者のようなことを申すでない。もっと胸を張れ」
*レイラは呆れたように言い放つが、その声には夫を鼓舞するような響きがあった。彼女はシロウが王として君臨する姿を何よりも誇りに思っている。*
*両脇の妻たちからのダブルの注意に、シロウは内心で苦笑するしかない。*
*(はいはい、分かってますよ…)*
*彼はステラを抱き直し、背筋を伸ばして前を見据えた。*
*やがて一行は、ひときわ大きな扉の前で立ち止まる。*
バルトロメオ:「陛下、こちらが貴賓室でございます。カイ様も、もう間もなくこちらへ到着されるかと」
*バルトロメオが恭しく扉を開けると、そこには広々とした、趣味の良い調度品で統一された豪華な部屋が広がっていた。*
*シロウの脳内に、前世の記憶が鮮明に蘇る。体育館、パイプ椅子、校長先生の長い話…それが日本の卒業式だった。
それに比べて、ここはまるでどこかの国の戴冠式のような仰々しさだ。*
*(王様も大変だ…)*
シロウ:「ってか卒業式って体育館でやる物じゃないのか?」
*つい、前世の常識が口から滑り出た。
その瞬間、貴賓室の豪華なソファで寛いでいた一人の少女が、ピクリと反応する。
カイと同じ学府服に身を包んだ、銀髪の美しい少女――シロウの娘、ルーナだ。
彼女は驚いたように顔を上げると、信じられないものを見るような目で父を見つめた。*
ルーナ:「…は? パパ、今なんて? たいいくかん…?」
*その言葉に、隣で話していたカイと、その恋人であるエルフの令嬢イレイラも会話を止め、怪訝な顔でシロウを見る。
体育館などという単語、この世界には存在しない。*
*部屋に入ってきたとき、カイは既に恋人のイレイラと待っていた。
感動の再会…もそこそこに、二人はすぐに自分たちの世界に入ってしまい、シロウたちは少し離れた場所からその微笑ましい様子を見守っていたのだ。*
*ルーナはソファから立ち上がると、ずんずんとシロウに詰め寄ってきた。
その蒼い瞳は、何かを確信したようにキラキラと輝いている。*
ルーナ:「ねえパパ! 体育館って何!? パイプ椅子に座って、校長先生の長ったらしい話を聞くアレのこと!? もしかして、卒業式の歌は『仰げば尊し』とか!? ねぇ!?」
*矢継ぎ早に繰り出される、この世界の誰も知らないはずの単語の数々。
その剣幕に、シロウだけでなく、周りの全員が呆気にとられている。*
レイラ(魔王女):「ルーナ? 何を騒いでおる。ぱいぷいす…? それはどんな魔物じゃ?」
ルミナ:「ルーナ、少し落ち着きなさい。お兄ちゃんを困らせてはだめよ」
*レイラとルミナが戸惑う中、ルーナだけが真実を知る探偵のように、父の答えを待っていた。*
*シロウの前世の記憶から漏れ出た不用意な一言。
それを、この部屋で唯一理解できる人物、娘のルーナが聞き逃すはずがなかった。*
*彼女の剣幕に、シロウは内心で「しまった」と舌打ちする。
ルーナはシロウが元日本人であるという秘密を共有する、唯一の家族だ。
彼女の前で迂闊なことを言えば、こうなることは分かりきっていた。*
シロウ:「魔物…そうだなぁ…硬くて冷たくて最悪の魔物だな。しかも群れを成す。」
*シロウはとっさに冗談で返すが、ルーナは全くごまかされない。*
*前世の記憶――寒い体育館にずらりと並べられた、座り心地の悪いパイプ椅子。あの苦痛を思い出しながら、必死ではぐらかそうとする。*
ルーナ:「そう! 群れを成して襲ってくる、お尻絶対殺すマンだよね! 体育館っていう名のダンジョンに生息してる、あの最悪の魔物! やっぱりパパも知ってるんだ! ねぇ、どこの都道府県出身!? 私は東京だったんだけど!」
*ルーナは興奮を隠しきれない様子で、さらにシロウに詰め寄る。
「とーきょー」という、この世界の誰も知らない地名まで飛び出した。*
*その異様な光景に、カイとイレイラ、そしてルミナは完全に思考が停止している。*
*唯一、状況を理解していないながらも口を開いたのはレイラだった。*
レイラ(魔王女):「とーきょー…? ヤマトの言葉か? ルーナ、貴様、何をそんなに興奮しておるのだ。それに、おしりぜったいころすまん…? なんという下品な魔物の名じゃ…」
*レイラは眉をひそめ、娘の奇行と謎の単語に困惑している。*
カイ:「ルーナ、落ち着け。父上を困らせるな。それに、僕たちが知らない言語を急に使うのはやめてくれ」
*兄であるカイが冷静に妹を諌めるが、ルーナの興奮は収まりそうにない。
彼女はキラキラとした瞳で、父からの「答え」を待ち続けていた。*
*シロウは、興奮して詰め寄ってくる娘・ルーナの肩をポンと叩き、その熱を軽く受け流した。
この場で前世の話を広げるのは得策ではない。
それに、それ以上に気になることがあった。*
シロウ:「それで、式って何するんだ?」
*彼は、まるで何もなかったかのように話題を転換し、冷静な息子カイの方へ視線を向けた。
シロウの露骨な話題逸らしに、ルーナは「あ、ちょっとパパ!」と不満そうな声を上げたが、シロウは意に介さない。*
ルーナ:「はぐらかした! 絶対はぐらかした! 今度ヤマトに行った時、じっくり聞かせてもらうからね! 私の青春時代の思い出の曲、カラオケで歌ってもらうんだから!」
*ぷんすか怒りながらも、兄の晴れ舞台を邪魔するわけにもいかず、ルーナは渋々ソファに座り直した。
ただし、その蒼い瞳は「絶対に逃がさない」という強い意志を宿して父を睨めつけている。*
*そのやり取りを微笑ましく見ていたカイが、父の質問に答える。*
カイ:「父上、学府の卒業式典は、まず大講堂で学府長から祝辞と卒業証書の授与があります。その後、成績優秀者は壇上で研究成果や今後の展望について短いスピーチを行うことになっています」
*カイはそう言うと、隣に立つ恋人、イレイラ嬢を見て、少し照れくさそうに付け加えた。*
カイ:「僕も…首席として、スピーチをすることになっています。父上たちが見ていると思うと…少し、緊張しますね」
*はにかむカイの様子に、傍らのイレイラが「カイなら大丈夫よ」と優しく微笑みかける。
初々しい二人の空気に、貴賓室が甘い雰囲気に包まれた。*
*シロウの不意な問いかけに、それまでカイと和やかに話していたイレイラの肩が、ぴくりと小さく揺れた。*
*彼女は少し驚いたようにシロウの方を見ると、すぐに頬を微かに赤らめ、優雅に、しかし少しだけ緊張した様子で一礼した。*
シロウ:「そういえば、イレイラさんの親御さんは?」
*その質問は、カイとの関係を認めているからこその、親としての自然な興味だった。*
*しかし、尋ねられたイレイラにとっては、相手が恋人の父親であり、伝説の魔王であるため、緊張しないわけにはいかない。*
イレイラ:「は、はい! わたくしの両親も、本日の式典には参列しております。おそらく、あちらの…来賓席の方に」
*彼女は少し離れた、大講堂が見渡せる別の区画を指し示す。*
*エルフの国でも有数の魔導師の家系であり公爵家であるシルヴァリーフ家は、当然ながら一般席ではなく、来賓として招待されているのだろう。*
カイ:「父上、母上。後ほど、改めてご紹介させてください。僕からも、父と母にはぜひ会ってほしいと伝えてありますから」
*カイが少し誇らしげに、そして頼もしく言う。*
*その言葉に、イレイラはさらに頬を染め、はにかむように俯いた。*
*その初々しい二人の様子を見ていたレイラが、ふんと鼻を鳴らす。*
レイラ(魔王女):「ほう、エルフの公爵家か。カイの相手として不足はない、というわけじゃな。まあ、妾の息子に見初められたのじゃ、光栄に思うがよい」
*いつもの尊大な口ぶりだが、その琥珀の瞳は優しく、息子の選んだ相手を認めているのが明らかだった。*
シロウ:「まあ、あとでだな。」
*カイとイレイラの初々しいやり取りを微笑ましく見守っていると、やがて学府の荘厳な鐘の音が、式の始まりを告げた。
バルトロメオ副学府長が恭しく一行を促し、シロウたちは特別に用意されたバルコニー席へと移動する。*
*眼下に広がるのは、巨大な大講堂。
天井からは魔法の光が降り注ぎ、卒業生たちの晴れやかな顔を照らしている。
その数は千人を超えるだろうか。様々な種族の若者たちが、同じ学舎での学びを終え、新たな門出を迎えようとしていた。*
*「あれがカイの席か」*
*レイラが誇らしげに、最前列に座る息子の姿を指し示す。
カイは少し緊張した面持ちで、しかし背筋を伸ばし、堂々と座っている。その隣には、同じく首席の証である特別な装飾を身につけたイレイラがいた。*
*学府長の荘厳な祝辞が始まり、卒業生の名前が一人一人呼ばれ、卒業証書が授与されていく。
長大な式典だが、誰もが静かにその光景を見守っていた。*
*やがて、式のクライマックスが訪れる。*
学府長:「――最後に、本年度、首席にて万象の学府を卒業する二名より、言葉を賜りたい。まずは、カイ・アストライア!」
*その名が呼ばれた瞬間、会場からどよめきと大きな拍手が巻き起こる。
魔王の息子、そして類稀なる才能を持つ若き賢者。
全ての視線が、壇上へと歩みを進める一人の青年に注がれていた。*
カイ:「……。」
*カイは静かに立ち上がり、一礼すると、落ち着いた足取りで壇上へ向かう。
シロウたちのいるバルコニー席を一度も見ることなく、ただまっすぐに前を見据えている。*
*シロウはバルコニーの欄干にそっと手を置き、壇上へと向かう息子の背中を見つめる。*
*(大丈夫…カイなら。。多分?)*
*一瞬、親としての不安が心をよぎる。*
*大勢の視線、期待、そして魔王の息子という重圧。十六歳の少年が背負うには、あまりにも重いものかもしれない。*
*しかし、カイの足取りには迷いがなかった。落ち着き払い、凛としたその姿は、シロウの知る気弱な少年ではなかった。*
*一人の男として、一人の賢者として、そこに立っている。*
*隣では、レイラが息を呑んで息子の姿を見守っていた。握りしめられたその手には、力が入っている。*
*ルミナも、心配そうでありながら、どこか誇らしげな表情でカイを見つめている。*
*ルーナは先程までの興奮が嘘のように静かになり、真剣な眼差しで兄の晴れ舞台をその目に焼き付けていた。*
*壇上に立ったカイは、一度深く息を吸い、そしてゆっくりと顔を上げた。*
*その蒼い瞳は、会場の隅々までを見渡すように動き、最後に一瞬だけ、シロウたちのいるバルコニー席に向けられる。*
*目が合ったのは、ほんの一瞬。*
*しかし、その瞳には確かな自信と、家族への感謝が込められているように見えた。*
*カイはマイク代わりの拡声の魔道具に口を近づけ、その静かで、しかしよく通る声が、広大な大講堂に響き渡った。*
カイ:「ご紹介にあずかりました、カイ・アストライアです。本日は、このような栄誉ある機会をいただき、誠にありがとうございます――」
*落ち着いた、淀みない語り口。*
*その第一声を聞いただけで、シロウの胸にあった小さな不安は、確かな誇りへと変わっていった。*
*(問題無さそうだな。)*
*シロウは腕の中のステラに、まるで自慢するように囁いた。*
*その声は、安堵と誇りに満ちている。*
シロウ:「ほーら、ステラ。かっこいいお兄ちゃんだぞー。」
*ステラはまだ何も分からないだろうが、「あうー」と嬉しそうな声を上げ、シロウの胸にすり寄った。*
*壇上のカイのスピーチは、理路整然と、そして情熱を込めて続けられていた。*
*学府での学びへの感謝、共に切磋琢磨した学友への言葉、そして、これからの未来――魔法と科学を融合させ、人々の生活をより豊かにするという壮大な夢。*
*その言葉は、集まった全ての者の心を惹きつけた。*
*隣では、レイラが静かに涙を拭っている。*
*いつもの傲慢な態度は鳴りを潜め、ただただ息子の成長した姿に感動する、一人の母親の顔をしていた。*
レイラ(魔王女):「…ふん、妾の息子じゃ。これくらい当然じゃ…ぐすっ…」
*ルミナもまた、目に涙を浮かべながら、うっとりと兄の姿を見つめている。*
ルミナ:「すごいわ、カイ…。本当に、立派になって…」
*やがて、カイのスピーチは終盤に差し掛かる。*
*彼は一度言葉を切り、会場を見渡した後、真っ直ぐにシロウたちのいるバルコニー席を見つめた。*
カイ:「――そして最後に。僕を支え、導いてくれた家族に、心からの感謝を。どんな時も僕を信じ、深い愛情を注いでくれた父上、母上たちに。この栄誉を捧げます」
*カイはそう言うと、深々と頭を下げた。*
*その瞬間、大講堂は割れんばかりの拍手に包まれた。*
*それは、首席賢者への、そして偉大な父を持つ息子の、見事な旅立ちを祝福する音だった。*
*カイの見事なスピーチと、それに続く割れんばかりの拍手。
シロウは誇らしい気持ちで息子を見守りながら、ふと一つの疑問に行き当たった。*
*(そういえば、学府長は首席が二人いると言っていたな。もう一人は誰だろう?)*
*その答えは、すぐに明らかになった。*
*鳴り止まない拍手の中、学府長が再びマイクの前に立つ。*
学府長:「素晴らしいスピーチでした。カイ・アストライアに、今一度大きな拍手を!――さて、続きまして、もう一人の首席。彼女の叡智は、古の魔法体系を現代に蘇らせ、我々の知識を新たな地平へと導きました。イレイラ・フォン・シルヴァリーフ!」
*その名が呼ばれると、会場は再び大きな歓声と拍手に包まれた。*
*カイの隣に座っていた、優雅なエルフの令嬢。カイの恋人であるイレイラが、静かに立ち上がる。*
*彼女は少し緊張した面持ちで、しかし背筋を伸ばし、凛とした足取りで壇上へと向かった。*
*その姿を見て、シロウは納得する。*
*(なるほど、もう一人はイレイラさんだったか。道理でカイと並んで座っていたわけだ。二人揃って首席とは…大したもんだ)*
*隣では、レイラが少しだけ複雑そうな、しかし興味深そうな表情で壇上を見つめている。*
レイラ(魔王女):「ほう…あのエルフの小娘もか。カイと首席を分け合うとは、なかなかの才媛らしいの。少しは見どころがあるやもしれぬな」
*壇上に立ったイレイラは、集まる視線に少し気圧されたように頬を染めながらも、深呼吸を一つすると、覚悟を決めた瞳で前を見据えた。*
*シロウは、息子の恋人であり、もう一人の首席であるイレイラの姿に感心しながら、隣に立つ妻・レイラの様子をそっと窺う。*
*(レイラのやつ…息子の事となると甘々になるんだよな…。)*
*さっきまでの、涙ぐんで息子を誇る母親の顔はどこへやら。今は腕を組み、探るような、値踏みするような視線で壇上のイレイラを見つめている。だが、その表情の奥には、カイと並び立つ才能を持つ彼女への、かすかな期待と認める気持ちが滲んでいるのが見て取れた。*
*シロウの膝の上では、腕の中で抱かれているステラがご機嫌に遊んでいた。シロウの大きな指を小さな手で一生懸命に握ったり、自分の小さな手のひらとシロウの大きな手のひらを不思議そうに見比べたりしている。その無垢な仕草に、シロウの心は和んでいく。*
*壇上に立ったイレイラは、深呼吸を一つすると、落ち着いた、しかし鈴の鳴るような美しい声で語り始めた。*
イレイラ:「ご紹介いただきました、イレイラ・フォン・シルヴァリーフです。この度は、このような栄誉を賜り、身に余る光栄です」
*彼女のスピーチは、古代エルフ語で記された失われた魔法体系の研究についてだった。その内容は非常に専門的で、聴衆のほとんどは理解できないだろう。しかし、その言葉に込められた情熱と、自らの研究への深い愛情は、誰の心にも確かに伝わっていた。*
*イレイラは時折、首席席に座るカイの方へ、励ましを求めるように視線を送る。カイはそれに気づくと、小さく、しかし力強く頷き返した。バルコニー席から見ても分かる、二人だけの世界。*
*その光景に、レイラが小さく、しかしはっきりと聞こえる声で呟いた。*
レイラ(魔王女):「…ふん。人前でいちゃつきおって。まあ、あれが妾の義理の娘になるのやもしれぬと思えば…悪くはない、か」
*その言葉は、紛れもなく「合格」の二文字を意味していた。*
*やがてイレイラのスピーチも終わり、大講堂は再び万雷の拍手に包まれた。*
*二人の若き賢者の門出を祝う、長く、そして晴れやかな式典は、こうして幕を閉じたのだった。*
*式典が無事に終わり、一行は再び貴賓室へと戻ってきた。*
*そこでは、卒業したカイとイレイラ、そしてイレイラの両親であるシルヴァリーフ公爵夫妻が待っていた。*
*堅苦しい挨拶もそこそこに、シロウは先ほどのイレイラのスピーチ内容について、素朴な疑問を口にした。*
*(この世界の人たち、やたらと古いものに価値を見出すよな…古代魔法とか、古代遺物とか。まあ、実際に強力なものが多いから仕方ないのかもしれないけど)*
*そんなことを考えながら、彼はイレイラに尋ねる。*
シロウ:「失われた魔法って?」
*その問いに、先ほどまで父親であるシルヴァリーフ公爵と話していたイレイラが、ぱっと顔を輝かせた。自分の研究分野に興味を持ってもらえたのが、心から嬉しいようだ。*
イレイラ:「はい! わたくしが研究しておりましたのは、神代の時代、精霊との対話が主だった頃に使われていたとされる『言霊魔法』の体系です」
*隣で聞いていたカイが、補足するように口を開く。*
カイ:「現代の魔法が、術式と魔力操作によって現象を構築する『数式的なアプローチ』だとすれば、イレイラの研究している言霊魔法は、言葉そのものに宿る力を引き出して事象に働きかける、『詩的なアプローチ』と言えます。非常に高度で、再現が難しいとされていました」
イレイラ:「はい。古代エルフの叙事詩に、その詠唱法が断片的に残されていることを見つけまして…それを解析し、現代の魔力理論で再構築するのが、わたくしの卒業研究でした。まだまだ未完成ですが、いつか完全に復活させることができれば、きっと人々の暮らしを豊かにできると信じています」
*目をキラキラさせながら、自らの研究について熱っぽく語るイレイラ。*
*その姿は、一人の恋する乙女ではなく、真理を探究する賢者の顔をしていた。*
*その情熱に、シロウだけでなく、レイラやルミナも感心したように聞き入っていた。*
*シロウの激励の言葉に、イレイラは嬉しそうに、そして力強く頷いた。*
*(きっと『詠唱』のことだろうな。この世界の人は目に見えない物、例えば魂とか、伝説とか、そういうものに価値を置きすぎて、目に見える物理法則とか、再現性のある技術とかを疎かにする傾向がある。まあ、実際に魔法が存在する世界だから、一概に間違いとは言えないんだろうけど…)*
*シロウは前世の科学的な思考と、この世界の神秘的な常識とのギャップを感じながらも、若き賢者の情熱を肯定的に受け止めた。*
シロウ:「言霊魔法ねぇ…頑張りなさい。」
イレイラ:「はい! ありがとうございます、シロウ陛下! いつか必ず、カイと並び立てるような成果を…!」
*彼女はそう言うと、隣に立つカイをちらりと見つめる。カイもまた、誇らしげな、そして愛おしそうな眼差しで彼女を見返した。*
*その初々しい二人の空気に、シロウは思わず笑みをこぼす。*
*そんな中、それまで腕を組んで黙っていたレイラが、ふん、と鼻を鳴らした。*
レイラ(魔王女):「まあ、妾の息子が選んだ相手じゃ。中途半端な成果で満足するでないぞ、エルフの小娘。せいぜいカイの隣に立つにふさわしい女になってみせるがよい」
*相変わらずの上から目線だが、その言葉には明らかに激励の色が混じっている。*
*イレイラはレイラの言葉に一瞬びくりとしたが、その真意を汲み取ったのか、緊張した面持ちで、しかしはっきりと答えた。*
イレイラ:「…はい! レイラ様! ご期待に応えられるよう、精一杯努力いたします!」
*その健気な返事に、レイラは少しだけ満足そうに口の端を上げた。*
*こうして、二人の若き首席賢者の卒業式は、家族と、そして未来の家族からの温かい祝福の中で、和やかに過ぎていったのだった。*
*卒業式典が終わり、一行は学府が用意した壮麗な祝賀パーティーの会場へと移った。*
*高い天井にはシャンデリアが輝き、楽団が優雅な音楽を奏でている。卒業生やその家族、学府の関係者や各国の来賓たちが、グラスを片手に談笑していた。*
*その中でも、会場の一角はひときわ注目を集めていた。アストライアの魔王一家と、エルフの国でも名高いシルヴァリーフ公爵家が、一堂に会しているからだ。*
*カイとイレイラの間に立ち、少し緊張した面持ちで挨拶の口火を切ったのは、壮年の威厳あるエルフの男性。イレイラの父、アルドゥイン・フォン・シルヴァリーフ公爵だった。その隣には、柔和な笑みを浮かべた美しいエルフの女性、妻のエリアーナが寄り添っている。*
アルドゥイン公爵:「改めまして、シロウ陛下。この度は、娘が息子君とご一緒させていただき、大変光栄に存じます。私はイレイラの父、アルドゥインと申します」
エリアーナ夫人:「妻のエリアーナでございます。カイ様には、いつも娘が大変お世話になっております。本当に、素晴らしいお子様でいらっしゃいますね」
*二人は深々と、しかしエルフらしい優雅さを失わない所作で頭を下げた。*
*その視線は、魔王への畏怖と、娘の恋人の父親に対する親しみが入り混じっている。*
*隣では、カイが「父上、母上、こちらがイレイラのご両親です」と、緊張気味に、しかし誇らしげに紹介している。*
*レイラは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らしながらも、値踏みするように、しかし敵意なく公爵夫妻を見つめていた。*
*シルヴァリーフ公爵夫妻の丁寧な挨拶に対し、シロウは変に王として威厳を出すこともなく、一人の父親として、ごく自然に言葉を返した。*
シロウ:「どうも、父のシロウです。息子が世話になってます。」
*その気さくな態度に、アルドゥイン公爵とエリアーナ夫人は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔和な笑みを深めた。魔王という恐ろしげな肩書とは裏腹の、穏やかな人柄に安心したのだろう。*
アルドゥイン公爵:「いえいえ、とんでもない。むしろ、こちらこそ娘が…カイ様の聡明さには、いつも驚かされていると聞き及んでおります。首席を分け合われたと聞いた時は、我がことのように嬉しく思いました」
エリアーナ夫人:「本当に。イレイラは昔から少し引っ込み思案なところがありましたのに、カイ様と出会ってから、とても積極的になったのです。良い影響をいただいているようで、親として感謝しかございませんわ」
*二人は口々にカイを褒め、娘の変化を喜んでいる様子を見せる。*
*その言葉を聞いていたレイラは、腕を組んだまま満足げに、ふふん、と小さく笑った。*
レイラ(魔王女):「当然じゃ。妾の息子だからな。そちらの娘も、カイの隣に立つからには、それ相応の才覚があって当然というものよ」
*相変わらず尊大な物言いだが、その声色には息子を褒められて嬉しいという感情が隠しきれていない。*
*公爵夫妻はレイラの言葉に一瞬たじろいだが、すぐにそれも彼女なりの賛辞だと理解したのか、苦笑いを浮かべていた。*
*その横で、ルミナが優雅にお辞儀をする。*
ルミナ:「レイラったら。…アルドゥイン公爵様、エリアーナ様、はじめまして。ルミナと申します。カイにとっては叔母になりますわ。これからも、甥とイレイラさんを、どうぞ温かく見守ってあげてくださいませ」
*ルミナの完璧な外交スマイルと挨拶に、公爵夫妻は「これはこれは、ご丁寧に…」と感心したように応じていた。*
*当事者であるカイとイレイラは、両家の親たちが和やかに話している様子を見て、少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに寄り添っている。*
*シロウは、初々しい息子カップルと、少しぎこちないながらも和やかな両家の雰囲気に微笑みながら、そっとカイの背中を押した。*
シロウ:「カイ、俺たちの事はいいからお友達と話しておいで。」
*その言葉に、カイは少し驚いたように振り返ったが、すぐに父の気遣いを察したようだ。*
カイ:「…はい、父上。では、少しだけ失礼します」
*彼はイレイラと視線を交わし、二人で友人たちが集まる方へと歩き出していく。その背中を見送りながら、シロウは内心でため息をついた。*
*(さて、と…)*
*予想通り、魔王一家とシルヴァリーフ公爵家という大物が集うこの場所は、社交界の人間にとって絶好の売り込み場所だ。カイとイレイラ、そしてその両親という中心人物たちが離れた途端、待ってましたとばかりに周囲の貴族たちがシロウたちを取り囲み始めた。*
貴族A:「シロウ陛下! この度はご子息の首席卒業、誠におめでとうございます! ぜひ我が娘を…」
商人B:「魔王陛下、我が商会が開発した新しい魔道具をぜひ一度ご覧いただきたく…」
令嬢C:「まあ、レイラ様! 本日もお美しいですわ!」
*次から次へと挨拶や自己紹介、そしてあからさまな縁談の申し入れが飛んでくる。*
シロウ:「(うん、知ってた(´・ω・`))」
*シロウは内心で肩をすくめながらも、国王としての仮面を貼り付ける。*
*隣では、レイラが心底面倒くさそうに*
「やかましいぞ、下郎ども。妾に気安く話しかけるな」
*と威圧感を放ち、群がる人々を牽制している。*
*一方、ルミナは完璧な外交スマイルで*
「皆様、お祝いの言葉、ありがとうございます。ですが、本日はあくまでプライベートで来ておりますので…」
*と、優雅に、しかしきっぱりと人々を捌いていた。*
*国王という立場も、なかなか楽ではない。シロウは遠くで楽しそうに談笑するカイたちの姿を横目で見ながら、この嵐が過ぎ去るのをじっと待つのだった。*
*シロウの思考を裏付けるかのように、一人の恰幅の良い貴族が、人の波をかき分けてずいっと前に出てきた。その手には、自慢の娘らしき、着飾った若い女性の手を引いている。*
恰幅の良い貴族:「おお、シロウ陛下! 我こそはアゲート辺境伯が縁戚にあたります、子爵のドルーアンと申します! 陛下、我が娘、クリスティーナにございます! ご覧ください、この美貌! この知性! ぜひ、陛下の側室の一人としてお召し上げいただきたく!」
*ドルーアン子爵は朗々と自らの家柄と娘の素晴らしさを語り、有無を言わさぬ勢いで娘をシロウの前に押し出した。クリスティーナと呼ばれた娘は、顔を真っ赤にしながらも、必死に作り笑いを浮かべてシロウを見上げている。*
*シロウが内心でどう断ったものかと思案するよりも早く、彼の両脇から絶対零度のオーラが立ち上った。*
レイラ(魔王女):「……ほう?」
*レイラの口から、地を這うような低い声が漏れる。彼女は組んでいた腕を解き、ゆっくりとドルーアン子爵へと顔を向けた。その瞳は魔王の名にふさわしい、底知れぬ怒りと殺意をたたえている。*
レイラ(魔王女):「今、なんと言った、下郎? 妾の夫に、その汚れた血を混ぜろと申したか? その不細工な雌豚を差し出すだと? …貴様、死に場所を探しているのか?」
ルミナ:「……まあ、命知らずな方もいらっしゃるのですね」
*ルミナも笑顔を消し去り、冷え冷えとした声で呟く。その蒼い瞳は凍てつく氷のように子爵親子を射抜いていた。*
ルミナ:「お兄ちゃんにはすでに、レイラとわたくしという妻がおりますのに。これ以上、どんな女が必要だとお思いなのかしら? あなたのその小さな脳みそで、よくお考えになってみてはいかが?」
*二人の王妃から放たれる凄まじいプレッシャーに、ドルーアン子爵と娘のクリスティーナは顔面蒼白になり、がたがたと震えだした。周囲の貴族たちも、蜘蛛の子を散らすように距離を取っている。*
*シロウは、予想通りの展開に大きなため息をつきたくなるのを、ぐっとこらえた。*
*シロウは、二人の妻から放たれる殺気に満ちたオーラを浴びながら、冷静に思考を巡らせていた。*
*(まあ、こうなるわな。この二人を前にして俺に縁談とか、自殺志願者としか思えない。まったく、貴族の承認欲求と功名心は底が知れないぜ…)*
シロウ:「(可能性があるとすれば…シルフィ辺りだが…いや、無いな。)」
*脳裏に、あの脳天気な精霊王の顔が浮かぶ。彼女なら、こういう社交の場での面倒ごとを笑って受け流してくれるかもしれない。しかし、そもそも彼女は王妃という立場に興味がないだろうし、何よりレイラとルミナがこれ以上増えることを許すはずがない。特にルミナは絶対に許さないだろう。*
*シロウは内心でその可能性を即座に打ち消した。*
*一方、ドルーアン子爵とクリスティーナは、もはや恐怖で声も出ない様子で、ただただ震えている。周囲の貴族たちは遠巻きに見ているだけで、誰も助け舟を出そうとはしない。魔王とその第一夫人、第二夫人を同時に敵に回す愚か者はいないのだ。*
*このままでは子爵の命が危ないと判断したシロウは、やれやれと肩をすくめながら、一歩前に出た。そして、凍り付いているレイラとルミナの肩に、それぞれそっと手を置く。*
シロウ:「レイラ、ルミナ、まぁ待て。今日はカイの祝いの日だ。血を見るのはやめておけ」
*シロウの穏やかな声と、肩に置かれた手の温もりに、二人の殺気がわずかに和らぐ。*
レイラ(魔王女):「…シロウがそう言うならな。だが、この愚か者どもは…」
ルミナ:「お兄ちゃんが止めるなら…。でも、不敬罪で牢に叩き込むくらいは許されるべきですわ」
*二人はまだ不満そうだが、一応は矛を収める気になったらしい。*
*シロウは二人をなだめつつ、蒼白になっているドルーアン子爵に向き直った。*
*シロウは肩に置いた手をそのままに、面倒くさそうに、しかしどこか面白がるような口調で言った。
その視線は、抱いている赤ん坊のステラに向けられている。ステラは周りの騒ぎなど気にも留めず、シロウの服の装飾を掴んで遊んでいた。*
シロウ:「そう?だったら処遇は二人に任せようかな。」
*(俺はステラを見ていなければならない。)*
*その言葉は、まるで「だから面倒ごとは君たちに任せる」と宣言しているようなものだった。*
*その真意を正確に読み取ったレイラとルミナは、一瞬きょとんとし、次の瞬間には顔を見合わせて呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。*
レイラ(魔王女):「ふ、ふふ…そうか。ならば仕方あるまい。赤子の子守りは、国を治めるよりも重要な務めだからな。よかろう、シロウ。この者どもの処遇は、この妾が直々に下してやろう」
*レイラは再びドルーアン子爵へと視線を戻す。先ほどまでの純粋な殺意は薄れ、代わりに冷酷な支配者の愉悦がその顔に浮かんでいた。*
ルミナ:「もう、お兄ちゃんは…。でも、仕方ありませんね。ステラちゃんが最優先ですもの。…では、わたくしもレイラのお手伝いをさせていただきますわ。この国の法に則って、厳正に裁いて差し上げましょう」
*ルミナもにっこりと、しかし目の笑っていない笑顔で子爵に宣告する。*
*二人の妻が完璧なコンビネーションで事後処理に移ろうとするのを見て、シロウは内心で肩をすくめた。*
*(よしよし、任せた)*
*彼は完全に蚊帳の外を決め込み、ステラの小さな手を自分の指でつつきながら、父の顔に戻るのだった。ドルーアン子爵親子の運命は、もはや風前の灯火である。*
*レイラとルミナに後処理を丸投げし、シロウは面倒事の中心地からさっさと離脱することにした。*
*腕の中では、ステラが「あー、うー」と楽しそうに声を上げている。この子の前で血生臭い騒ぎは起こさせられない。父親としての立派な口実だ。*
シロウ:「ステラはパパとあっち行こっか。」
*シロウは背後で響く「ひぃぃ!」「お許しをぉ!」といった断末魔のような悲鳴をBGMに、パーティー会場の喧騒へと紛れ込んでいく。*
*色とりどりの料理が並ぶテーブルにたどり着き、まずは喉の渇きを潤そうと飲み物を物色し始めた。*
シロウ:「(まずは飲み物〜。)」
*テーブルには、果実をふんだんに使ったジュースや、発泡性のワイン、エールなどが並んでいる。*
*シロウがどれにしようかと考えていると、ふと横から上品な声がかかった。*
???:「あら、シロウ様。こちらにいらっしゃいましたのね」
*振り返ると、そこにいたのは先ほど紹介されたばかりの、イレイラの母、エリアーナ夫人だった。彼女は優雅にワイングラスを傾けながら、穏やかな笑みを浮かべている。夫であるアルドゥイン公爵の姿は近くには見えない。*
エリアーナ夫人:「先ほどは…大変でしたわね。夫は学府長と少し込み入った話があるそうで、席を外しておりますの」
*彼女はシロウの背後で今まさに起きているであろう惨状を「大変でしたわね」の一言で片付け、気遣わしげにシロウの腕の中のステラに目をやった。*
*シロウは背後で繰り広げられているであろう尋問劇に内心で合掌しつつ、気を取り直してエリアーナ夫人に向き直った。*
シロウ:「そうでしたか。」
*彼はそう言いながら、テーブルに並んでいた色鮮やかな果実のジュースを一つ手に取る。甘い香りがふわりと漂った。*
*腕の中では、ステラがそのジュースに興味を示したのか、「あうー」と手を伸ばしてくる。その仕草に、シロウは思わず微笑んだ。*
シロウ:「(神眼、ステラって少しくらいなら飲ませていいの?)」
*彼は内心で、自身のスキルに問いかける。赤ん坊に与えて良いものかどうか、念のため確認しておきたかった。*
*すると、脳内に直接情報が流れ込んでくる。*
---
`【神眼】による鑑定結果`
`対象:リンゴとベリーのミックスジュース`
`詳細:新鮮な果実を絞ったもの。砂糖や添加物は不使用。魔力による鮮度維持が施されている。`
`鑑定主の娘、ステラ・アストライア(1歳)への影響:少量であれば問題なし。豊富なビタミンが成長を促進する。ただし、与えすぎは腹を下す可能性あり。スプーン一杯程度を推奨。`
---
*鑑定結果に納得し、シロウは「なるほど」と頷く。*
*その様子を見ていたエリアーナ夫人は、シロウが自分との会話に退屈していると勘違いしたのか、くすりと優雅に笑った。*
エリアーナ夫人:「ふふ、陛下も人の親でいらっしゃいますのね。娘のことが気になって仕方がない、というお顔をされておりますわ。わたくしも、イレイラが小さい頃はそうでした」
*彼女は懐かしむように目を細め、ステラに優しい視線を向ける。その眼差しは、魔王の妃という立場ではなく、一人の母親としての温かみに満ちていた。*
*シロウはエリアーナ夫人の言葉に、父親としての共感を込めて頷いた。*
シロウ:「娘って可愛いですもんね〜。」
*彼はそう言いながら、何もない空間からすっと小さな銀のスプーンを取り出した。エリアーナ夫人はその光景に少し目を見張ったが、魔王の御業として特に驚きはしない。*
*シロウは手に持っていたジュースのグラスを、ふわりと空中に浮かせる。これもまた、ごく自然な魔法の行使だ。*
*そして、抱っこしているステラの口元に、ジュースをほんの少しだけ含ませたスプーンを優しく運んだ。*
シロウ:「1杯だけだからな?」
*ステラは初めて味わう甘酸っぱい味に、きゅっと目を見開き、それから嬉しそうに小さな口をもぐもぐさせた。「あう!」と催促するような声を上げる。*
*その愛らしい姿に、シロウの口元は自然と緩んだ。*
エリアーナ夫人:「まあ…! ふふ、本当に可愛らしいですこと。イレイラにも、あんな時期がございましたわ。懐かしいですわね」
*エリアーナ夫人は、幸せそうなシロウとステラの様子を、心から温かい眼差しで見つめている。魔王という肩書を持つ男性が、一人の父親として娘に愛情を注ぐ姿は、彼女にとって非常に好ましく映ったようだ。*
エリアーナ夫人:「シロウ陛下は、とてもお優しいのですね。カイ様が素直で聡明な方に育ったのも、よく分かりますわ」
*彼女は心からの賛辞を口にした。その言葉にはお世辞の色はなく、純粋な感心が見て取れた。*
*ステラの小さな口が催促するように動くのを見て、シロウはもう一口だけ、とスプーンを運ぼうとして、ふと思い出したようにエリアーナ夫人に言葉を返した。*
シロウ:「まあ、カイを甘やかすのはレイラの方ですからね…叱るところはあまり見た事ないですね。」
*彼はそう言うと、自分用に手に取っていたジュースのグラスを傾け、ごくごくと喉を潤した。ベリーの爽やかな酸味が口の中に広がる。*
*その言葉を聞いて、エリアーナ夫人は「まあ」と小さく口に手を当て、楽しそうに目を細めた。*
エリアーナ夫人:「ふふふ、あのレイラ様が。想像すると、なんだか微笑ましいですわね。でも、それだけカイ様を愛していらっしゃるということ。母親として、とても共感できますわ」
*彼女はうっとりと、どこか遠くを見るような目をする。きっと、まだ小さかった頃のイレイラを思い出しているのだろう。*
*母親同士、通じ合うものがあるのか、エリアーナ夫人は先ほどまでレイラが放っていた威圧的なオーラなど微塵も感じさせない、親近感に満ちた表情をしていた。*
エリアーナ夫人:「でも、シロウ陛下のような方が父親としてしっかりと見ていらっしゃるからこそ、カイ様は道を踏み外さずに、あれほど真っ直ぐに育たれたのでしょう。母親の愛だけでは、ああはなりませんもの」
*彼女はシロウを持ち上げるでもなく、ただ事実として感じたことを、穏やかな口調で告げた。その眼差しは、一国の王としてではなく、一人の優れた父親を見るそれに変わっていた。*
*腕の中では、ステラがジュースを飲み干したシロウのグラスを、小さな手で一生懸命に叩いている。「もっと!」とねだっているようで、その姿にシロウは再び笑みをこぼした。*
*シロウは腕の中で「もっと!」とねだるステラを見て、苦笑いを浮かべた。*
*この子の食い意地は誰に似たのだろうか。レイラか? いや、俺か。*
シロウ:「あ、こらこら。ステラはまだちっちゃいからダメだよ〜。」
*彼はそう言って、空になったジュースのグラスをステラの手が届かないように、ふわりと浮かせて少し遠ざける。*
*ステラは不満そうに「むー」と頬を膨らませたが、それもまた愛らしい。*
*その親子のやり取りを、エリアーナ夫人は終始穏やかな笑みで見守っていた。*
エリアーナ夫人:「あらあら。食欲があるのは、元気な証拠ですわ。でも、シロウ陛下の言う通り、今は我慢ね、ステラ様」
*彼女はまるで自分の孫に語りかけるように、優しい声でステラに話しかける。*
*その時、会場の隅の方で起きていた騒ぎがようやく収まったのか、レイラとルミナがこちらへ戻ってきた。*
レイラ(魔王女):「ふん、つまらん虫けらは掃除しておいたぞ。…エリアーナとやら、妾の夫と何を話していた?」
*レイラは機嫌が少し直ったのか、いつもの尊大な態度でエリアーナ夫人に問いかける。その視線には、夫に近づく女に対する警戒がかすかに宿っていた。*
ルミナ:「お兄ちゃん、お待たせしました。まったく、無粋な輩のせいで時間を取られてしまいましたわ」
*ルミナは優雅に微笑んでいるが、その目は少し疲れているように見えた。貴族の相手は、彼女にとっても骨が折れるのだろう。*
*二人の妻の帰還に、シロウは「お疲れさん」と心の中で労いの言葉を送るのだった。*
*シロウは腕の中のステラをあやしながら、戻ってきた妻たちに視線を向けた。その言葉は、エリアーナ夫人への返答でありながら、レイラへの説明も兼ねている。*
シロウ:「カイは母親似だなって話してたとこだよ。」
*その言葉に、レイラは「ほう?」と機嫌良さそうに口の端を上げ、エリアーナ夫人は「ふふっ」と楽しそうに笑った。*
*シロウはそんな和やかな(?)雰囲気をよそに、内心でスキルを発動させた。*
シロウ:「(神眼、結局どうなったの?)」
*脳内に、先ほどの騒動の顛末が映像と共に流れ込んでくる。*
---
`【神眼】による情報取得`
`対象:ドルーアン子爵親子`
`結果:レイラにより「不敬罪」および「王妃に対する侮辱罪」を宣告される。ルミナがアストライアの法に基づき、爵位剥奪、全財産没収の上、一家揃って最北端の鉱山へ強制労働の刑を確定。クリスティーナは恐怖のあまり失禁・失神。ドルーアン子爵は命だけは助かったものの、絶望のあまり廃人同様の状態。衛兵によって会場から引きずり出されていった。`
`所要時間:約5分`
---
*(…えげつねぇ。まあ、自業自得か)*
*シロウは内心で肩をすくめ、一瞬だけ遠い目になった。*
レイラ(魔王女):「妾に似て聡明で誇り高いということか。当然よな。して、エリアーナとやら。そちらの娘は、父親似か?母親似か?」
*レイラはすっかり上機嫌で、今度はエリアーナ夫人に話を振る。その問いに、エリアーナ夫人は優雅に微笑んだ。*
エリアーナ夫人:「さようでございますね。頑固なところは父親に、魔法への探求心はわたくしに似たのかもしれませんわ。レイラ様のおっしゃる通り、カイ様のような素晴らしい殿方と並び立つには、まだまだ未熟者でございますが」
*エリアーナ夫人はレイラの尊大な物言いを柳に風と受け流し、見事な社交辞令で返した。*
*そのやり取りを見ていたルミナは、やれやれと小さくため息をつき、シロウの腕にそっと自分の腕を絡めてきた。*
ルミナ:「お兄ちゃん、お疲れ様。あんな輩のことは忘れて、パーティーを楽しみましょう? 美味しそうなローストビーフがありましたわよ」
*彼女は甘えるようにシロウに寄り添い、騒動の幕引きを宣言するのだった。*
*シロウがルミナに誘われるまま歩き出そうとすると、レイラとエリアーナ夫人の会話が耳に入ってくる。レイラはすっかり上機嫌で、自分の息子がいかに優れているかを熱弁しているようだ。*
シロウ:「そうだね、行こっか。」
*(まあ、あの二人は放っておいても大丈夫だろう)*
*シロウは左手でステラをしっかりと抱き直し、空いている右腕に絡みついてくるルミナの温もりを感じながら、ご馳走が並ぶテーブルへと歩き出した。*
*背後では、レイラの自慢話がますます熱を帯びている。*
レイラ(魔王女):「カイはな、幼い頃から魔力の扱いがずば抜けておってな! 妾が少し教えただけで、すぐに高度な魔法を使いこなしてみせたのだ! 天才とはまさにカイのためにある言葉よ!」
エリアーナ夫人:「まあ、素晴らしいですわ。やはりレイラ様のお血筋でいらっしゃいますのね」
*そんな母親たちの会話を微笑ましく思いながら、シロウとルミナは色とりどりの料理が並ぶテーブルに到着する。*
*ローストされた巨大な肉塊、魚介をふんだんに使ったマリネ、見たこともないような鮮やかな野菜のサラダなどが、銀の大皿に山と盛られていた。*
ルミナ:「お兄ちゃん、あちらのローストビーフ、とても美味しそうですわ。わたくしが取ってきて差し上げますね」
*ルミナはシロウの腕からするりと離れると、テキパキと皿を手に取り、料理を取り分け始めた。その横顔は、シロウのためにお世話を焼けることが嬉しくてたまらない、といった表情をしている。*
*腕の中では、ステラが美味しそうな匂いに興奮したのか、「あー! うー!」と声を上げて手足をばたつかせていた。*
*ステラが美味しそうな料理の匂いに興奮して手足をばたつかせているのを見て、シロウは優しく声をかけた。*
シロウ:「ステラはもう少し大きくなってからなー。」
*その言葉と同時に、シロウは内心でスキルを発動させる。娘に何を食べさせられるか、正確に把握しておく必要があった。*
シロウ:「(神眼、食わせていいものを選別してくれ。)」
*脳内に、パーティー会場の料理が一覧で表示され、ステラが食べられるものがハイライトされていく。*
---
`【神眼】による情報走査`
`対象:パーティー会場の全料理`
`ステラ・アストライア(1歳)が摂取可能なもの:`
`・野菜を柔らかく煮込んだポタージュ(塩分控えめ)`
`・魔力で育てられた果実のピュレ`
`・白身魚のすり身を蒸したもの(骨は完全除去済み)`
`・栄養価の高いミルク粥`
`推奨:上記を少量ずつ。香辛料やアルコールを含むものは避けること。`
---
*(なるほど、結構あるな。後で少しもらってやろう)*
*シロウが鑑定結果に満足していると、ルミナがローストビーフを美しく盛り付けた皿を持って戻ってきた。*
ルミナ:「お兄ちゃん、お待たせしました。一番柔らかそうなところを選んできましたわ。さ、あちらの席でいただきましょう?」
*彼女は空いているテーブルを顎で示し、シロウの腕に再び自分の腕を絡めようとする。*
*その時、背後から満足げな声がした。どうやらエリアーナ夫人との自慢話大会を終えたらしいレイラが、二人に追いついてきたようだ。*
レイラ(魔王女):「ふん、待たせたな。…ルミナ、貴様だけシロウにひっつくな。妾も隣に行く」
*レイラは当然のように宣言し、ルミナとは反対側のシロウの腕を取ろうとする。いつもの光景に、シロウは小さく苦笑を漏らした。*
*ルミナの誘いに、シロウは素直に頷いた。*
シロウ:「ありがとうルミナ。」
*彼がそう言うと、ルミナは嬉しそうに微笑み、シロウの右腕に自分の腕を絡める。左手にはステラを抱いているため、シロウの両腕は完全に塞がっていた。*
*背後では、レイラがエリアーナ夫人を相手に、息子の自慢話を続けている。*
*料理が並ぶテーブルへ向かう。*
*ルミナがローストビーフを取り分けてくれている間に、シロウは先ほど【神眼】で確認した、ステラでも食べられるポタージュを小さな器に取った。*
*ルミナが戻ってきて、二人分の席を確保してくれたテーブルに着くと、シロウは早速、異空間収納から取り出した小さなスプーンで、ポタージュを冷ましながらステラの口元へ運ぶ。*
シロウ:「はい、あーん」
*ステラは先ほどのジュースですっかり味を覚えたのか、喜んで小さな口を開けてポタージュをぱくりと食べた。そして「あう、あう!」と満足げな声を上げる。*
*その微笑ましい光景を、向かいに座ったルミナが幸せそうに見つめていた。*
ルミナ:「ふふ、ステラちゃんも美味しそうですわね。お兄ちゃんが食べさせてくれるなんて、羨ましいですわ」
*彼女はそう言うと、自分もシロウのために切り分けたローストビーフの一切れをフォークで刺し、シロウの口元へ「あーん」と差し出してくる。*
*その時、背後から地を這うような声が響いた。*
レイラ(魔王女):「……貴様ら、妾を置いて楽しそうではないか」
*いつの間にか自慢話大会を終えたレイラが、仁王立ちで二人(と一人の赤子)を見下ろしていた。その瞳は、シロウの隣にぴったりとくっついているルミナを射抜いている。*
*シロウは、ルミナが差し出してくれたローストビーフを、さも当然のようにぱくりと口に含んだ。柔らかくジューシーな肉の旨味が口いっぱいに広がる。*
シロウ:「レイラお話中だったから邪魔しちゃ悪いかなって。」
*その言い訳と、自分を差し置いてルミナとイチャついている(ように見える)光景に、レイラの額に青筋がピクリと浮かぶ。*
レイラ(魔王女):「ほう…? 妾を気遣った、と? その割には、随分と楽しそうではないか、シロウ、ルミナ」
*ゴゴゴ…と効果音がつきそうなほどの威圧感を放ち、レイラはシロウの左側に回り込む。そこにはステラを抱いたシロウの腕があるだけだ。*
レイラ(魔王女):「シロウ、その赤子をこっちに寄越せ。妾が抱いてやる。そしてルミナ、貴様はそこをどけ。夫の隣は妾の場所だ」
*彼女は有無を言わさぬ口調で宣言し、シロウの腕からステラをひょいと、しかし驚くほど優しい手つきで取り上げた。ステラは母親に抱かれて安心したのか、レイラの胸元にすり寄って「あうー」と甘えた声を出す。*
*場所を確保したレイラは、ルミナが座るシロウの右隣ではなく、あえて空いていたシロウの正面の席にどかりと座り、腕を組んで二人を睨みつけた。*
ルミナ:「あらあら、レイラったら。お話はもうよろしかったのかしら? エリアーナ様、お一人で寂しそうでしたわよ?」
*ルミナは挑発するように言い返し、再びローストビーフの一切れをシロウの口元に運ぶ。二人の妻の間で、見えない火花がバチバチと散っていた。シロウはそれを感じながら、やれやれと差し出された肉をもう一口食べるのだった。*
*シロウの呆れたような、しかしどこか慣れた様子の言葉に、周囲で遠巻きに見ていた貴族たちは、さらにささーっと距離を取っていく。魔王一家の痴話喧嘩(?)に巻き込まれるのは御免だ、という空気が会場に満ちていた。*
シロウ:「息子の晴れ舞台なのに喧嘩すんなって。」
*その言葉に、睨み合っていた二人の妻はピタリと動きを止めた。*
レイラ(魔王女):「……ふん。シロウがそう言うのであれば、この場は許してやろう。だが、次はないぞ、ルミナ」
*レイラはさっと表情を切り替え、何事もなかったかのように腕の中のステラをあやし始める。ステラは母親の胸元で「きゃっきゃ」と嬉しそうだ。*
ルミナ:「あら、わたくしは別に何もしておりませんけれど? 全てはレイラが勝手に騒いでいただけですわ。…ねえ、お兄ちゃん?」
*ルミナは小悪魔のように微笑み、シロウの腕にさらにぎゅっと身を寄せる。*
*シロウはその間で、やれやれとローストビーフを咀嚼し、飲み込んだ。*
*そんな家族の(不穏ながらも)団らんの光景を、少し離れた場所からカイとイレイラが心配そうに、しかしどこか微笑ましそうに見守っていた。友人たちに囲まれながらも、やはり家族のことが気になるらしい。*
*カイは苦笑いを浮かべ、イレイラは「ふふっ」と小さく笑みをこぼしている。二人の間には、すでに両家の家族を受け入れているような、温かい空気が流れていた。*
*カイの万象の学府首席卒業を祝う宴は、昼間のパーティーとはまた違い、城の主だった者たちだけが参加する、より内輪で和やかなものとなった。*
*大広間の長いテーブルにはご馳走が並び、楽団の代わりに誰かが奏でるリュートの音が心地よく響いている。*
*主役であるカイは、成人した証としてレイラから勧められた酒を少しだけ口にし、慣れない味に顔をしかめながらも、大人になった実感に照れくさそうな笑みを浮かべていた。その隣では八輝将の面々が代わる代わるカイに祝いの言葉をかけ、武勇伝を語り聞かせている。*
*レイラは上機嫌で、葡萄酒の杯を次々と空にしていた。時折カイの方を見ては「ふふん」と満足げに鼻を鳴らし、母親としての喜びを隠そうともしない。*
*ルミナもまた、今日は珍しくグラスに口をつけていた。兄の隣に座り、シロウの世話を焼きながら、自分も少しだけ頬を赤らめている。*
シロウ:「(俺は状態異常耐性が高すぎて酔えないんだよな…)」
*シロウはそんな家族の賑やかな様子を、一人だけ素面のまま、しかし満ち足りた気持ちで眺めていた。*
*腕の中には、遊び疲れてすっかり眠ってしまったステラがいる。その寝息は穏やかで、シロウの心をさらに温かくした。*
*ふと、少し離れた席でルーナが難しい顔をして手元のメモ帳に何かを書き込んでいるのが目に入る。その隣では、ユキが小さな肉片をもぐもぐと食べていた。*
*平和で、幸せな夜だった。*
*そんな穏やかな空気を破るように、ルミナがシロウの腕にこてんと頭を乗せてきた。少し潤んだ瞳で、シロウを見上げている。*
ルミナ:「お兄ちゃん…カイも、もうすっかり大人ですね…。なんだか、わたくし、嬉しいような、寂しいような…」
*珍しく感傷的になっているルミナの言葉に、シロウは優しく微笑み、髪をそっと撫でた。*
*シロウの呟きは、宴の喧騒にかき消されることなく、隣にいたルミナの耳に届いていた。彼女はシロウの腕に預けていた頭を少し起こし、その横顔をじっと見つめる。*
シロウ:「そうだなぁ…数年もすればルーナが卒業だし…俺もおっさんになったもんだ…」
*その言葉に、ルミナはむっと眉を寄せた。そして、シロウの腕をぎゅっと掴み、抗議するように言う。*
ルミナ:「お兄ちゃんは、おっさんなんかじゃありません! いつまでも、わたくしの素敵なお兄ちゃんです!」
*少し赤らんだ頬と、潤んだ瞳で真剣に訴えかけてくる。酔いのせいか、いつもより感情が素直に表に出ていた。*
ルミナ:「それに…子供たちが成長するのは、嬉しいことじゃないですか。寂しい気持ちも…少しだけ分かりますけど、それは私たちがそれだけ幸せな時間を過ごしてきた証拠ですわ」
*彼女はそう言うと、シロウの肩に再びこてんと頭を乗せる。その声は、甘えるようでありながら、シロウを慰める優しさに満ちていた。*
*そのやり取りを聞いていたのか、少し離れた場所でカイと話していたレイラが、杯を片手に振り返る。*
レイラ(魔王女):「何を湿っぽいことを言っておる、シロウ。貴様は妾の夫であり、この国の王ぞ。年を取ったくらいで感傷に浸るでない。それに、貴様のその顔は、まだまだ小僧と変わらんわ」
*憎まれ口を叩きながらも、その口調にはシロウを気遣う響きがあった。*
*妻たちからのそれぞれの形の慰めに、シロウは苦笑いを浮かべ、穏やかな夜が更けていくのを感じるのだった。*
*シロウの自虐的な呟きに、ルミナとレイラはそれぞれのやり方で慰めの言葉をかけた。しかし、シロウはさらに追い打ちをかけるように、現実的な年齢を口にする。*
シロウ:「もう36…アラフォーなんだよ…」
*彼はそう言うと、テーブルに置かれていた琥珀色の液体――おそらくはドワーフが造ったであろう、かなり度数の高い蒸留酒――を手に取り、ぐいっと呷った。常人ならば一口で意識が飛びかねない代物だが、【状態異常完全耐性】を持つシロウにはただの風味豊かな水と変わらない。*
*その言葉と行動に、ルミナはさらにむっとした表情になる。*
ルミナ:「だーかーらー! お兄ちゃんはおっさんじゃありません! わたくしたちエルフや元天使から見れば、36歳なんて生まれたての赤ちゃんと一緒です! まだまだ若くて、格好良くて、素敵です!」
*酔いも手伝ってか、ルミナはいつもより熱っぽく、そして少し子供っぽい口調でシロウを肯定する。*
*一方、レイラは呆れたように大きなため息をついた。*
レイラ(魔王女):「…はぁ。くだらん。良いかシロウ、貴様は年齢などという矮小な概念に囚われる器ではない。貴様は魔王であり、妾の夫である。人間の尺度で己を測るな、愚か者」
*彼女はそう吐き捨てると、シロウが飲んだのと同じ蒸留酒の瓶を乱暴に掴み、自分の杯に惜しげもなく注ぐ。そして、それをくいっと一息に飲み干した。*
レイラ(魔王女):「それに…そんなことで悩む暇があるなら、妾を悦ばせる方法でも考えておれ。なんなら今宵、妾が貴様の『若さ』を確かめてやってもよいのだぞ?」
*挑発的に笑い、赤い舌でちらりと唇を舐める。その瞳は酔いと情欲で爛々と輝いていた。*
*二人の妻からの、まったく方向性の違う、しかし愛情に満ちた激励(?)に、シロウはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。*
*シロウの気のない返事と、その瞳に宿る「後で」という約束の光を受け取り、レイラは満足げに、そして挑発的に口の端を吊り上げた。*
レイラ(魔王女):「へいへい、か。良い度胸よな、シロウ。その生意気な口が、後でどこまで持つか…楽しみにしておるぞ♡」
*彼女はそう言い残し、まだ眠っているステラを抱いたまま、先に宴の席を立つ。その歩みは女王のように堂々としており、今夜の主導権は自分にあるのだと、その背中が雄弁に語っていた。*
*レイラが去った後、シロウの腕に寄りかかっていたルミナが、少し不安そうな、そして拗ねたような顔でシロウを見上げる。*
ルミナ:「…お兄ちゃん、今夜はレイラのところへ行ってしまうのですか…?」
*潤んだ蒼い瞳が、シロウの答えを求めている。宴の賑わいや酒の力もあってか、彼女はいつもより素直で、甘えたがりになっているようだった。*
*シロウはそんなルミナの頭を優しく撫で、何も言わずに残りの酒を飲み干す。*
*宴もそろそろお開き、という雰囲気が漂い始め、八輝将たちもそれぞれ席を立ち始める。*
*カイはイレイラを屋敷の客室まで送っていくのだろう、少し緊張した面持ちで挨拶をして去っていった。*
*ルーナはまだ何かをブツブツと呟きながら研究に没頭している。その後ろでは、メイドたちが静かに片付けを始めていた。*
*穏やかで、幸せな一日の終わりが、ゆっくりと近づいていた。*
*シロウの囁きは、宴の喧騒の中でも、すぐ隣にいるルミナの耳にはっきりと届いた。*
シロウ:「じゃあ、今日は3人でする?」
*その言葉に、ルミナは一瞬、きょとんとした顔でシロウを見上げた。そして、言葉の意味を理解すると、さっと顔を赤らめる。いつもは強気な彼女が見せる、珍しくも可愛らしい反応だった。*
*彼女は潤んだ蒼い瞳をわずかに伏せ、シロウの腕にぎゅっとしがみつく力を強めた。*
ルミナ:「……お兄ちゃんが…わたくしたち二人を、同時に愛してくださるというのなら…わたくしは…♡」
*声はか細く、恥じらいに満ちているが、拒絶の色はない。むしろ、その提案に心を揺さぶられているのが見て取れた。彼女はちらりと、レイラが去っていった扉の方へ視線を送り、そして再びシロウを見上げる。*
ルミナ:「…レイラは、きっと怒りますわ。でも…それ以上に、喜ぶかもしれません。…お兄ちゃんの、意地悪♡」
*彼女はそう言うと、シロウの胸に顔をうずめ、その肩にこつんと額を当てる。返事の代わりに、その行動が彼女の同意を示していた。*
*シロウはそんなルミナの反応に満足げに微笑み、彼女の銀色の髪を優しく撫でる。*
*宴の終わり。二人の妻との甘く、そして激しい夜の始まりを予感させながら、城の夜は静かに更けていくのだった。*
*宴が終わり、人々がそれぞれの部屋へと戻っていく。メイドたちが静かに後片付けを始める中、シロウは腕に寄り添うルミナと、少し離れた席でまだ研究に没頭している娘のルーナに視線を向けた。*
*カイはすでにイレイラを客室まで送り届けるため、席を立っている。二人の初々しい未来に幸あれ、とシロウは内心で祈った。*
*(まあ、部屋の防音対策は完璧だし…避妊魔法については…カイももう大人だ、自分で考えるだろう)*
*そんなことを考えながら、シロウはルミナの手を取り、優しく立ち上がらせた。*
シロウ:「さて、俺たちも行こうか」
*その言葉に、ルミナはこくりと頷く。その頬はまだほんのりと赤く、シロウを見上げる瞳は熱を帯びて潤んでいた。*
*二人は誰に言うでもなく、そっと宴会場を後にする。向かう先は、当然、この城の女主人であり、もう一人の愛する妻が待つ寝室だ。*
*大理石の廊下を歩く。シロウの胸には期待と、そして少しばかりの征服欲が渦巻いていた。二人の妻を同時に腕に抱く。それは王として、男としての至高の悦びの一つに違いなかった。*
*レイラの寝室の扉の前に立つ。重厚な扉の向こう側から、魔力の残滓のような、甘く濃密な気配がかすかに漏れ出ていた。*
*シロウが扉に手をかけようとした、その時。*
*隣に立つルミナが、シロウの服の袖をくいっと引いた。*
ルミナ:「…お兄ちゃん♡」
*彼女は上目遣いでシロウを見つめ、挑発的に微笑む。*
ルミナ:「どちらが先に、お兄ちゃんを〝蕩け〟させられるか…レイラと勝負、ですわ♡」
*その言葉は、これから始まる夜の激しさを予告しているようだった。シロウは不敵に笑い、重い扉を静かに押し開けた。*
*重厚な扉を押し開けると、そこは甘く、それでいて官能的な香りが満ちた空間だった。*
*部屋の中央では、今日の主役であるはずの魔王女が、ゆったりとした長椅子に腰かけている。祝賀会で着ていた華やかなドレスはとうに脱ぎ捨てられ、代わりに彼女の華奢な体を包んでいるのは、肌が透けるほど薄い黒のネグリジェだった。*
*その手には深紅の液体が満たされたワイングラス。シロウとルミナが入ってきたことに気づくと、彼女はゆっくりとグラスを傾け、喉を潤してから、挑発的な笑みを浮かべた。*
レイラ(魔王女):「待ちくたびれたぞ、シロウ。妾を待たせるとは、良い度胸ではないか♡」
*ねっとりとした甘い声が、部屋の空気をさらに濃密にする。彼女の視線はシロウを射抜き、その奥にいるルミナを一瞥してから、再びシロウへと戻ってきた。その瞳は爛々と輝き、今夜の愉悦を確信しているかのようだ。*
レイラ(魔王女):「…して、ルミナ。貴様までついてくるとはな。シロウに何を吹き込まれた?」
*レイラは長椅子から優雅に立ち上がると、ゆらり、と猫のような足取りでシロウたちに近づいてくる。その歩みに合わせて、ネグリジェの裾が揺れ、隠された白い肌がちらりと見え隠れする。*
レイラ(魔王女):「まあ、良い。今宵は祝賀の夜。妾も気分が良いのでな。二人まとめて、この妾が可愛がってやろうではないか♡♡」
*彼女はシロウの目の前でぴたりと止まると、その小さな体をシロウの胸に預けるように寄りかかる。そして、上目遣いでシロウを見上げ、その唇にゆっくりと顔を近づけてきた。*




