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**翌朝。**
*燦々と降り注ぐ太陽の光が、窓から差し込み、部屋を明るく照らす。シロウが目を覚ますと、隣ではルミナが幸せそうな寝顔で眠っており、他のベッドでは子供たちやシルフィもすやすやと寝息を立てていた。レイラは少し寝相悪く、ベッドから落ちかけている。*
*静かに身支度を整え、皆が起きる前に朝の散歩でもしようかと宿屋を出ると、ロビーで爽やかな笑顔の受付嬢に呼び止められた。*
受付嬢:「おはようございます、お客様。本日はビーチでご家族で楽しめるイベントが開催されますの。よろしければ、いかがですか?」
*そう言って手渡されたのは、カラフルな挿絵の入った一枚のチラシだった。そこには『コーラリア島名物!わくわくドキドキ宝探し大会!』と大きく書かれている。豪華景品のリストには「特賞:最高級海鮮ディナーペアチケット」「参加賞:特製貝殻ストラップ」などが並んでいた。*
シロウ:「宝探し?家族で参加できるのか…」
*チラシを眺めながら、シロウは無意識に呟く。子供たちが喜びそうなイベントだ。特にルーナあたりは目を輝かせるだろう。面倒ではあるが、これも家族サービスの一環か、とシロウは小さくため息をついた。*
*シロウはチラシを片手に静かに部屋へと戻る。子供たちはまだすやすやと眠っていたが、一番寝起きの良いルーナのベッドのそばにそっと近づいた。*
*シロウが近づいた気配で、ルーナはもぞもぞと動き出し、ゆっくりと目を開ける。*
ルーナ:「ん…パパ…? おはよ…」
シロウ:「ああ、おはよう、ルーナ。まだ眠いか?」
*シロウは優しく声をかけると、手にしたチラシをひらひらと彼女の目の前で見せた。*
シロウ:「ルーナ、これ行きたい?」
*ルーナは眠い目をこすりながら、チラシに書かれた『宝探し大会』の文字と楽しそうなイラストに目を留める。その瞬間、彼女の目はカッと見開かれ、眠気など一瞬で吹き飛んだようだ。*
ルーナ:「た、宝探し大会!? なにこれ、なにこれ! 行きたい! 絶対行きたい!!」
*がばっとベッドから起き上がると、シロウの手からチラシをひったくるようにして食い入るように見つめ始めた。*
ルーナ:「特賞は最高級海鮮ディナーペアチケット…これはパパとママ(ルミナ)にあげるとして…むむっ、準優勝は最新型水中ゴーグル! これ欲しい! パパ、カイ兄、みんなで行こうよ!」
*その大きな声で、他のベッドで眠っていたカイやシルフィ、そしてレイラももぞもぞと動き始める。一番に反応したのは、やはりカイだった。*
カイ:「んん…ルーナ、朝から騒がしいよ…宝探し…?」
レイラ(魔王女):「…うるさいぞ、小娘…まだ妾は眠い…」
*ベッドから不機嫌そうな声が聞こえてくる。*
*シロウは、不機嫌そうなレイラと眠そうなカイをちらりと見ると、悪戯っぽく口の端を上げてルーナに囁いた。*
シロウ:「二人で行っちゃうか?」
*その言葉に、ルーナは「えっ!?」と目を丸くした後、すぐに悪巧みを思いついた子供のようにニヤリと笑う。*
ルーナ:「いいね! 寝坊助さんたちは置いて、パパと二人で宝探しデート! 準優勝の水中ゴーグル、絶対ゲットしちゃうんだから!」
*二人のひそひそ話と、ただならぬ「デート」という単語を聞き逃す者ではなかった。*
*ベッドから、地を這うような低い声が聞こえてくる。*
レイラ(魔王女):「…ほう? 妾を置いて、二人で抜け駆けとは良い度胸ではないか、シロウ。それに小娘…デートだと? 貴様、どの口が言っておるのだ?」
*がばり、と勢いよく上半身を起こしたレイラは、寝癖のついた髪もそのままに、鋭い視線でシロウとルーナを睨みつけている。その目は完全に据わっていた。*
*その隣で、レイラのただならぬ気配に完全に目が覚めたらしいカイも、むくりと起き上がる。*
カイ:「僕も行く! 宝探し、面白そうだし…父さんとルーナだけなんてずるい!」
*さらに、向かいのベッドでルミナが優雅に体を起こし、シロウを見てにっこりと微笑んだ。*
ルミナ:「お兄ちゃん、おはようございます♡ 宝探しですか? もちろん、私も行きます♡」
*いつの間にか、全員が起き出して、宝探し大会に行く気満々になっていた。*
*シロウは、やれやれ、と内心で肩をすくめる。*
*結局、レイラたちの猛烈な抗議とカイの涙目での懇願に負け、シロウは全員で行動することに決めた。朝食を急いで済ませ、一行は賑やかなビーチへと向かう。*
*ビーチにはすでに多くの家族連れやカップルが集まっており、特設された受付には列ができていた。シロウたちが受付を済ませると、羊皮紙に描かれた簡単な地図と、小さな麻袋を渡される。*
受付嬢:「こちらが宝の地図になります。砂浜に隠された『三色の貝殻』をそれぞれ一つずつ見つけて、この袋に入れて持ってきてください。全部見つけたら、豪華景品が当たるくじ引きに挑戦できますよ! 制限時間は、あちらの大きな砂時計が落ちきるまでです!」
*受付嬢が指さす先には、高さ2メートルほどの巨大な砂時計が設置されており、サラサラと砂が落ち始めていた。*
*シロウは地図を広げ、ルーナやカイと共に覗き込む。地図には「ヤシの木の根本」「怪しい岩陰」「波打ち際の白い泡」といった、曖昧なヒントが描かれているだけだった。*
ルーナ:「よし! パパ、カイ兄、手分けして探そう! 私は波打ち際担当! シルフィお姉ちゃんはついてきて!」
カイ:「じゃあ、僕はヤシの木の方を探してみる! ルミナ母さん、手伝って!」
レイラ(魔王女):「フン、下らん。…だが、やるからには一番でなくてはな。シロウ、妾はあの怪しい岩とやらを潰してこよう」
*皆が思い思いの場所に散っていく。シロウは苦笑しながら、手にした地図を見下ろした。*
シロウ:「狙うは準優勝だな。よし、任せろ」
*シロウは、準優勝の景品である『最新型水中ゴーグル』を思い浮かべ、鑑定スキルを使い、効率よく見つけ出す算段を立て始めた。*
*シロウがそう呟いた瞬間、彼の視界には他の誰にも見えない光のマーカーが三つ、砂浜の各所に浮かび上がった。一つはカイが向かったヤシの木の根本に、一つはレイラが睨みつけている岩陰に、そして最後の一つはルーナたちが駆け出した波打ち際に。*
*『神眼』。鑑定スキルが進化を遂げたこの能力は、持ち主が「探しているもの」や「目的の場所」を自動的に補足し、最短ルートを示すパッシブスキルだ。宝探しというゲームにおいて、それはあまりにも強力すぎる答えそのものだった。*
シロウ:「……問題はコレなんだよなぁ…」
*これでは作業だ。宝を見つけるドキドキも、探す楽しみもない。シロウは苦笑いを浮かべ、わざとマーカーから視線を外した。*
*ふと、カイとルミナがヤシの木の周りを一生懸命掘っている姿が目に入る。カイはスコップで砂をかき、ルミナはそれを上品な仕草で手伝っている。そのすぐ近くに、青い貝殻を示すマーカーが煌めいている。*
*波打ち際では、ルーナがシルフィと一緒に、打ち寄せる波と戯れながらキャッキャとはしゃいでいた。赤い貝殻のマーカーは、彼女たちの足元で揺らめいている。*
*そして、一番問題なのはレイラだ。*
レイラ(魔王女):「フン、こんな岩、邪魔なだけだ!」
*遠くでそんな声が聞こえたかと思うと、彼女は怪しい岩陰(黄色の貝殻のマーカーがある場所)に向かって、小さな魔力弾を放とうとしていた。*
シロウ:「おいおい、待て待て待て!」
*シロウは慌ててレイラの元へ駆け寄り、その小さな手を掴んで制止した。*
シロウ:「宝ごと吹っ飛ばす気か、お前は!」
レイラ(魔王女):「む…シロウか。ならば貴様がこの岩をどかせ。妾は砂遊びなど好かん」
*ふい、とそっぽを向くレイラ。シロウは盛大なため息をつきながら、このチートすぎる能力をどうしたものか、と思案するのだった。*
*シロウがレイラの小さな手を掴み、諭すように言った。その声色には、いつもの呆れとは違う、甘やかすような響きが混じっている。*
シロウ:「いい子にしててくれる?」
*その言葉を聞いた瞬間、レイラのツンと尖っていた表情がふっと和らぎ、釣り上がっていた眉が少し下がった。さっきまでの傲慢な魔王女の気配が霧散し、彼女は掴まれた自分の手を不思議そうに見つめると、こてん、と首を傾げる。*
レイラ(ボクっ娘):「…ん? シロウ? ボクの手、どうしたの? あ、宝探しだっけ。この岩、邪魔だね。どかしてほしい?」
*口調が変わり、一人称が「妾」から「ボク」になる。傲慢な魔王女の人格から、素直なボクっ娘の人格へと切り替わったのだ。シロウの言葉が、そのスイッチになったらしい。*
*(助かる…)*
*シロウは内心で安堵のため息をつく。魔王女のレイラも嫌いではないが、こういう状況ではこちらのレイラの方が話が早い。*
シロウ:「ああ。吹っ飛ばすんじゃなくて、どかすのを手伝ってくれるか? この岩陰に貝殻があるみたいなんだ」
*シロウがそう言うと、レイラはぱあっと表情を明るくした。*
レイラ(ボクっ娘):「ほんと!? よーし、じゃあボクに任せて! えいっ!」
*レイラはシロウの手を離れると、小さな体で岩にぐっと力を込める。びくともしない岩を見て、むーっと頬を膨らませた。その仕草は歳相応で、先ほどの魔王女の威厳はどこにもない。シロウは苦笑しつつ、その小さな背中を見守った。*
*シロウは、先程までの刺々しい雰囲気が嘘のように、一生懸命に岩を押そうとするレイラの姿を見て、思わず心の声が漏れた。*
シロウ:「かわいい…」
*その呟きはレイラには聞こえていないようだ。彼女は「うーん、うーん」と唸りながら、びくともしない岩と格闘している。シロウはくすりと笑うと、レイラの隣にしゃがみ込んだ。*
シロウ:「よし、俺も手伝うよ。せーので押そうか」
レイラ(ボクっ娘):「うん! シロウ、いくよ! せーのっ!」
*二人は一緒に岩に手をかける。もちろん、シロウが少し力を込めれば、こんな岩は簡単に動く。しかし、彼はあえてレイラと同じくらいの力で、ゆっくりと岩を動かした。*
*ゴゴゴ…と音を立てて岩がずれると、その下にあった小さな窪みに、探していた黄色の貝殻がキラリと光っていた。*
レイラ(ボクっ娘):「あ! あった! シロウ、あったよ!」
*レイラは満面の笑みで貝殻を拾い上げ、シロウに見せびらかすように掲げる。その無邪気な笑顔に、シロウは目を細めた。*
シロウ:「やったな、レイラ。お前のおかげだ」
*そう言ってレイラの頭を優しく撫でると、彼女はくすぐったそうに笑いながら、シロウの腕にすり寄ってきた。*
レイラ(ボクっ娘):「えへへ…♡ ボク、役に立った? じゃあ、ご褒美ちょうだい?」
*上目遣いで見つめられ、シロウは思わずドキリとする。彼は周囲に人がいないことを確認すると、レイラの柔らかい頬に、ちゅ、と軽いキスを落とした。*
レイラ(ボクっ娘):「♡! …も、もう一回…」
*顔を真っ赤にしながらねだるレイラを見て、シロウは「仕方ないな」と笑いながら、宝探しそっちのけで、彼女との甘い時間を楽しむのだった。*
*シロウとボクっ娘レイラの周りには、甘ったるい空気が漂っていた。二人が仲睦まじく宝を探す(というよりイチャついている)様子は、周囲の参加者たちに様々な感情を抱かせる。羨望の眼差しが3割、微笑ましいと見守る視線が5割、そして残りの2割は「リア充爆発しろ」という嫉妬の念だった。*
*そんな視線も気にせず、シロウはレイラとの時間を楽しんでいた。神眼を使えば一瞬で終わる宝探しだが、こうしてレイラの喜ぶ顔を見るためなら、この回り道も悪くない。*
*ヤシの木の根本でカイたちが見つけあぐねていた青い貝殻を、シロウは「こっちじゃないか?」とレイラを誘導し、彼女に発見させる。*
レイラ(ボクっ娘):「あ! シロウ、またあったよ! ボク、すごい!?」
*ぱあっと顔を輝かせるレイラに、シロウは満足げに頷く。*
シロウ:「凄いぞ、レイラ。よしよし。」
*わしゃわしゃと彼女の頭を撫でてやると、レイラは猫のように目を細めて気持ちよさそうにしている。*
*次に、波打ち際で遊んでいるルーナたちに合流し、「この辺りにありそうじゃないか?」と神眼が示す場所を指さす。ルーナが砂を掘り返すと、赤い貝殻が顔を出した。*
ルーナ:「やったー! パパ、ありがとう! さっすがパパ!」
*シロウはルーナの頭もポンと撫でて褒めてやり、再びレイラの手を引いて歩き出す。*
*三色の貝殻はあっという間に集まった。麻袋をレイラに持たせ、二人でくじ引き会場へと向かう。道中も、シロウはレイラの小さな手を握り、時折見つめ合っては微笑み合う。その姿は、完全に恋人同士のそれだった。*
*シロウはレイラと手を繋ぎ、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な彼女を連れて、人々で賑わうくじ引き会場へと向かう。道中、レイラはシロウの腕にぎゅっとしがみつき、時折見上げては「えへへ」と幸せそうに笑う。その度にシロウは彼女の頭を撫で、周囲に甘い空気を振りまいていた。*
*くじ引き会場のテントが見えてきたところで、シロウはふと、景品の事を思い出し、独り言のように呟いた。*
シロウ:「くじ引き…で何が決まるんだっけ?」
*すると、隣を歩いていたレイラが、彼の言葉にすぐさま反応した。*
レイラ(ボクっ娘):「えっとね、確か、特賞がすっごい豪華なディナーで、準優勝が水中ゴーグルだよ! ボク、シロウと一緒にディナー食べたいな…♡ でも、ルーナはゴーグルが欲しいって言ってたし…うーん、悩むね!」
*レイラは小さな手で自分の顎に触れ、真剣な表情でうーんと唸っている。その様子がまた可愛らしく、シロウは思わず笑みをこぼした。*
*そんな二人の元へ、ヤシの木の方からカイとルミナが歩いてくるのが見えた。カイの手には、彼らが見つけたであろう青い貝殻が握られている。*
カイ:「父さん、レイラ母さん! 黄色い貝殻、見つけたんだね! すごい!」
ルミナ:「お兄ちゃん、レイラ。私達も青い貝殻を見つけたよ?それにしても…ずいぶんと楽しそうだったね?」
*ルミナはにっこりと微笑んでいるが、その目は全く笑っていない。シロウとレイラの甘い雰囲気を敏感に察知しているようだ。*
*シロウの腕にすがりつくレイラと、そんな二人を冷ややかに見つめるルミナの間で、バチバチと見えない火花が散っている。*
レイラ(ボクっ娘):「…なに? ルミナ。ボクとシロウの邪魔しないでくれる?」
ルミナ:「あら、レイラ。随分とご機嫌ね? お兄ちゃんを独り占めできてよかったじゃない。でも、その腕、そろそろ離したらどうかしら?」
*二人の間に険悪な空気が流れるが、シロウは完全にそれを無視した。やれやれと肩をすくめ、ちょうど波打ち際から戻ってきたルーナとシルフィに声をかける。*
シロウ:「お、ルーナたちも戻ってきたか。貝殻、三つ集まったぞ」
*シロウはレイラが持つ麻袋をひょいと受け取ると、くじ引きの列に並びながら、ルーナに向かってにやりと笑った。*
シロウ:「ルーナ、引く?」
*その言葉に、先ほどまでのレイラとルミナの睨み合いなど忘れたかのように、ルーナの目がキラキラと輝く。*
ルーナ:「え! いいの、パパ!? やったー! 任せて! 私、こういうの得意なんだから! 狙うは準優勝、水中ゴーグル一択!」
*ルーナは意気揚々と腕まくりをし、くじ引きのガラポンを回す順番を今か今かと待っている。その隣で、シルフィがおっとりと拍手をした。*
シルフィ:「まあ、ルーナちゃん、頑張ってくださいね。でも特賞のディナーも素敵ですわ」
*シルフィの言葉に、ハッとしたレイラとルミナが再びシロウに詰め寄るが、シロウは我関せずといった顔で列を進むのだった。*
*シロウは皆の視線がルーナに集まっている隙に、そっと『神眼』でガラポンの中を透視する。赤、青、白、金、銀…色とりどりの玉が中で混ざり合っている。その中に一つだけ、ひときわ鈍い輝きを放つ「準優勝」と書かれた鉛色の玉があった。*
シロウ:「(これか)」
*シロウは誰にも気づかれないよう、ごく微細な『念動力』を発動させる。彼の意のままに、準優勝の玉は他の玉をすり抜けるようにして、ゆっくりと排出口へと導かれていく。その動きはあまりにも自然で、高度な操作ゆえに誰一人としてその不正に気づくことはなかった。*
ルーナ:「よーし、行くぞー! 出でよ、水中ゴーグル!」
*ルーナが元気よく掛け声をかけながら、ガラポンのハンドルを回す。ガラン、ゴロン…という小気味よい音と共に、排出口から一つの玉が転がり落ちてきた。*
*コロン。*
*受け皿に落ちたのは、シロウが操作した通りの、鈍い輝きを放つ鉛色の玉だった。*
受付係:「おめでとうございます! 準優勝です! 景品はこちらの『最新型水中ゴーグル』になります!」
*受付係が景品を差し出すと、ルーナは「やったー!」と飛び上がって大喜びし、すぐにゴーグルを受け取った。*
ルーナ:「見て見てパパ! すごいでしょ! 私の引き、最強!」
*ルーナは得意げに胸を張り、最新型のゴーグルをシロウに見せびらかす。その無邪気な笑顔を見て、シロウは満足げに頷いた。*
シロウ:「ああ、凄いなルーナ。おめでとう」
*頭を撫でてやると、ルーナは嬉しそうに笑う。その隣で、レイラとルミナは特賞のディナーが手に入らなかったことに、少しだけ不満そうな顔をしていた。*
*一方、その後方では…*
レイラ(ボクっ娘):「えー…ディナーじゃなかったの…」
*レイラはしょんぼりと肩を落とし、ルミナはどこか拗ねたように唇を尖らせていた。*
*シロウは、自分の手柄を微塵も感じさせずに大喜びしているルーナを見て、満足げに微笑む。その一方で、特賞を逃して少し不貞腐れているレイラとルミナの視線を感じつつも、あえて気づかないふりをした。*
*彼は人差し指でゴーグルをトントンと叩きながら、純粋な疑問としてルーナに尋ねる。*
シロウ:「そのゴーグルは何がそんなに特別なんだ?」
*彼の言葉に、ルーナは「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!」とばかりに胸を張り、得意満面に説明を始めた。その目はまるで最新のおもちゃを解説する子供のようにキラキラと輝いている。*
ルーナ:「パパ、このゴーグルはただの水中ゴーグルじゃないんだよ! チラシの裏に書いてあったんだけどね、『魔法工学の粋を集めて作られた最新型』で、なんと『水中での視界を自動で最適化』してくれて、さらに『微弱な魔力反応を探知する機能』まで付いてるんだって! これがあれば、水中の遺跡探しとか、隠れた魚を見つけるのも楽勝だよ! まさに冒険者のための逸品!」
*ルーナは興奮気味に一気にまくし立てる。確かに、ただのゴーグルではなく、探索に役立つ魔道具のようだ。*
カイ:「すごい…魔力探知機能まで…それなら、水棲モンスターの奇襲も早く察知できるね!」
*いつの間にか隣に来ていたカイも、興味津々といった様子でゴーグルを覗き込んでいる。*
*そんな中、しょんぼりしていたレイラがむすっとした顔で口を挟んだ。*
レイラ(ボクっ娘):「ふーん…でも、ボクはシロウとのディナーの方がよかったな…」
*しょんぼりと肩を落とすレイラと、拗ねたように唇を尖らせるルミナ。二人のあからさまな不満オーラに、シロウはやれやれと首を振った。ルーナの喜ぶ顔は見られたが、この二人をこのままにしておくのも寝覚めが悪い。*
*シロウはルーナの頭をもう一度優しく撫でると、レイラとルミナの方に向き直った。*
シロウ:「わかったよ、そんなに言うなら行こう。」
*その一言で、二人の表情がぱっと明るくなる。*
レイラ(ボクっ娘):「ほんと!? シロウ、ディナー行ってくれるの!?」
ルミナ:「お兄ちゃん…♡ じゃあ、私と…」
*すかさず二人が腕に絡みつこうとしてくるのを、シロウは手で制した。そして、一行から少し離れた場所で、まだ赤ん坊のステラを優しくあやしているメイド長のリーシアに声をかける。*
シロウ:「リーシア、悪いが子供たちを頼む。」
*その言葉に、リーシアは優雅にお辞儀をした。*
リーシア:「かしこまりました、シロウ様。カイ様、ルーナ様、ステラ様のことは、このリーシアにお任せください。シルフィもこちらにおりますので、ご心配なく」
*いつの間にか隣に来ていたシルフィが、にこにこと手を振っている。*
シルフィ:「シロウ様、楽しんでいらしてくださいねー!」
*子供たちの世話の算段がついたことで、レイラとルミナの期待は最高潮に達する。二人は再びシロウの両腕に絡みつき、どちらがシロウの隣を歩くかで、静かな火花を散らし始めた。*
ルーナ:「えー! パパ、ディナー行っちゃうの!? ずるーい! 私も行きたーい!」
カイ:「ルーナ、父さんと母さんたちの邪魔しちゃだめだよ。僕たちはリーシアさんと一緒にいよう」
*ルーナが駄々をこねるのを、カイがなだめている。そんな賑やかな喧騒を後に、シロウは二人の美しい(そして厄介な)妻に挟まれ、島で一番と評判のレストランへと向かうのだった。*
*シロウは、片腕には上機嫌なボクっ娘のレイラを、もう片方の腕には微笑みを浮かべながらもレイラを睨みつけるルミナをぶら下げ、賑やかなリゾート地の小道を歩いていた。まさに両手に花だが、その花同士は美しい棘を剥き出しにして、互いに牽制しあっている。*
レイラ(ボクっ娘):「ねぇシロウ、あっちのお店、可愛いアクセサリー売ってるよ! 見ていこうよ!」
ルミナ:「あら、レイラ。私たちはこれからディナーに行くのよ? お子様向けの雑貨屋さんに用はないわ。そうでしょう、お兄ちゃん?」
レイラ(ボクっ娘):「お子様向けじゃないもん! ルミナはセンスないからわかんないんだよ!」
ルミナ:「あらあら、言ってくれるわね。少なくとも、あなたよりはお兄ちゃんの好みを理解しているつもりよ?」
*シロウの腕を挟んで、二人の視線がバチバチと火花を散らす。道行く人々は、美しい女性二人を連れたシロウを羨望の眼差しで見ているが、その内情がこれほど険悪だとは誰も思うまい。*
シロウ:「(やれやれ、どっちの腕を離しても面倒なことになるな、これは…)」
*シロウは内心で盛大なため息をつきながら、二人の口論をBGMに、目的地であるレストランへと足を速める。レストランは小高い丘の上にあり、海を一望できる絶好のロケーションで有名だった。石造りの洒落た外観が見えてくると、エントランスでウェイターが恭しく出迎えてくれた。*
ウェイター:「いらっしゃいませ。お客様、ご予約は…」
シロウ:「いや、予約はしていないんだが、席はあるか?」
ウェイター:「申し訳ございません。あいにく、ただいま満席でございまして…特に、夕日が見えるテラス席は一月先まで予約で埋まっておりまして…」
*ウェイターが申し訳なさそうに頭を下げる。その言葉に、レイラとルミナは先程までの剣幕が嘘のように、しょんぼりと肩を落とした。*
レイラ(ボクっ娘):「そっか…満席かぁ…」
ルミナ:「仕方ないわね…他のお店を探しましょうか、お兄ちゃん…」
*シロウは二人のがっかりした顔をちらりと見ると、ふっと口元に笑みを浮かべた。*
*シロウは二人の落胆した顔を見て、仕方ないといった風に肩をすくめると、懐から一枚のカードを取り出した。黒地に金色の装飾が施された、見慣れた冒険者ギルドのカードだ。*
シロウ:「ふむ、ではこれでどうだい?」
*彼はそれをウェイターに提示した。ウェイターは一瞬、ただの冒身分証かと怪訝な顔をしたが、カードに刻まれたランクを示す『SS』の文字と、シロウの名――ギルドマスターや一部の高位冒険者にしか知られていない本名――を目にした瞬間、顔色をサッと変えた。*
ウェイター:「こ、これは…SSランク冒険者様…!? し、失礼いたしました! まさか、かの有名な『夜天の魔王』シロウ様だったとは…! すぐに最高の席をご用意いたします! どうぞ、こちらへ!」
*ウェイターは先程までの丁寧だが事務的だった態度から一転、背筋を伸ばし、慌てふためきながらシロウたちを店の奥へと案内し始める。その変わり身の早さに、レイラとルミナは目を丸くした。*
レイラ(ボクっ娘):「シロウ、すごい…! カード見せただけなのに!」
ルミナ:「ふふっ、さすがはお兄ちゃんね。こういう時、本当に頼りになるわ。」
*二人は先程までの不機嫌さが嘘のように、誇らしげな顔でシロウの腕に再び絡みつく。*
*ウェイターに案内されたのは、他の客席から少し離れた、まさに海を一望できるテラス席の特等席だった。夕日が海に沈みかけ、空と海面をオレンジ色に染め上げている。まさに絶景だ。*
ウェイター:「どうぞ、シロウ様。こちらが当店で最も眺めの良いお席でございます。お連れの皆様も、どうぞごゆっくりおくつろぎください。お飲み物は何になさいますか?」
*周囲の客たちが、何事かとこちらを窺っているのがわかる。中にはシロウの顔を見て、驚きの声を上げる者もいる。どうやら、この島でも彼の顔はそれなりに知られているようだ。*
*案内されたのは、円卓ではなく、夕日が沈む海に向かって横並びに座る形の特別なソファ席だった。シロウが中央に座ると、当然のようにレイラとルミナがその両隣にぴったりと体を寄せてくる。左からはレイラの華奢な体温と甘い香りが、右からはルミナのしなやかな体の感触と上品な香りがシロウを包み込む。*
レイラ(ボクっ娘):「わぁ…!すごい景色…! シロウ、ここから見る夕日、すっごく綺麗だね!」
*レイラは子供のようにはしゃぎ、シロウの腕に自分の腕を絡めて、さらに体を密着させる。*
ルミナ:「本当ですわね…。こんな素敵な場所で、お兄ちゃんと二人きりになれたらもっと最高なのに…」
*ルミナはレイラへの当てつけのように、わざとらしくため息をつきながら、シロウの肩にこてんと頭を乗せた。豊かな髪がシロウの首筋をくすぐる。*
シロウ:「(近いんだけど……)」
*シロウは内心で呟きながらも、その状況を甘んじて受け入れる。両側から伝わる柔らかな感触と熱に、ため息が出るのをこらえた。絶景を前にして、別の意味で落ち着かない状況だ。*
*ウェイターが恭しくメニューを差し出してくる。*
ウェイター:「お飲み物はいかがなさいますか? 当店自慢のシャンパンもございますし、この島でしか採れない果物を使ったフレッシュジュースもご好評いただいております」
*シロウがメニューに目を落とそうとすると、両側から二人が同時に覗き込んできて、さらに距離が詰まる。レイラの髪がシロウの右頬に、ルミナの髪が左頬に触れた。*
*シロウはレイラとルミナからの同時アピールに内心で頭を抱えつつも、曖昧に相槌を打つ。*
シロウ:「うん、そうだね。」
*彼は目の前に置かれた、色鮮やかなフレッシュジュースのグラスを手に取った。ひんやりとしたガラスの感触が心地よい。そして、両隣の甘い雰囲気から逃れるように、一気にそれを呷った。南国フルーツの爽やかな酸味と甘みが口の中に広がり、少しだけ現実逃避をさせてくれる。*
*しかし、その束の間の平穏はすぐに破られる。*
レイラ(ボクっ娘):「ねぇ、シロウ? シロウは、ボクとルミナ、どっちが好きなの?」
*ド直球の質問が、無邪気な顔をしたレイラから飛んできた。その瞬間、ルミナもぴくりと反応し、シロウの答えを待つようにじっと見つめてくる。レストランの喧騒が嘘のように遠のき、二人の視線がシロウに突き刺さる。*
ルミナ:「…お兄ちゃん?」
*ルミナは先程までの誘うような声色とは違う、真剣な声音でシロウの名を呼ぶ。夕日が沈みゆく美しい景色の中で、シロウは絶体絶命の二択を突きつけられていた。*
*ド直球すぎるレイラの質問に、シロウは飲んでいたジュースを吹き出しそうになるのを必死でこらえた。口の中に残っていた甘酸っぱさが、急に苦く感じる。*
*夕日に照らされた美しい二人の嫁が、一方は無邪気に、もう一方は真剣な眼差しで、答えを待っている。レストランの喧騒が嘘のように遠のき、このソファ席だけが別世界になったかのようだ。背中には冷たい汗が流れる。*
*シロウは一度、気まずそうに視線を彷徨わせた後、観念したようにふっと息を吐いた。そして、二人の顔を交互に見ながら、できる限り優しい声で、しかしはっきりと告げる。*
シロウ:「うん。どっちも好きだよ」
*それは模範解答。しかし、それ以外に言える言葉が見つからない。だが、この二人にはそんなありきたりな答えは通用しないことを、シロウは誰よりも理解していた。*
*案の定、レイラは少し不満そうに唇を尖らせる。*
レイラ(ボクっ娘):「えー…どっちもって、ずるいよ、シロウ。どっちが『一番』か聞いてるの」
*隣で黙っていたルミナも、静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で追い打ちをかける。*
ルミナ:「そうだよ、お兄ちゃん。私とレイラ、どっちをより愛しているの…?」
*二人の視線が、まるで獲物を追い詰める捕食者のようにシロウに突き刺さる。美しい夕景が、まるで処刑台の背景のように見えてきた。*
*シロウの苦し紛れの、しかし的を射た問いかけに、二人の美女は一瞬、言葉を失った。自分たちが「一番」でなければ気が済まない、そのプライドを逆手に取られた形だ。*
*先に我に返ったのはルミナだった。彼女はふっと息を吐くと、シロウの肩に乗せていた頭を起こし、挑戦的な笑みを浮かべる。*
ルミナ:「…ふふっ、拗ねる? まさか。もし、万が一にも私がお兄様の一番でなかったとしても、それは一時的な気の迷い。必ず、もう一度お兄様を私に夢中にさせてみせるわ。何度でも、私だけを見てくれるように…ね♡」
*そう言って、ルミナはシロウの頬にちゅっと軽いキスをする。その瞳は自信に満ち溢れていた。*
*一方、レイラはルミナの言葉に「むーっ」と頬を膨らませた後、シロウの腕にぎゅっとしがみつく。*
レイラ(ボクっ娘):「…拗ねるに決まってるじゃん! シロウがボクを一番にしてくれないなら、シロウがボクを一番だって言うまで、ずーっと拗ねてやる! ご飯も食べないし、お風呂も入らないし、口もきいてあげないんだから!」
*まるで子供のような拗ね方だが、その瞳は真剣そのものだ。どちらも一歩も引く気はないらしい。*
*二人の対照的な、しかしどちらも面倒な答えに、シロウは天を仰ぎたくなるのをぐっとこらえた。*
シロウ:「(結局、どっちに転んでも地獄じゃないか…)」
*すると、絶妙なタイミングでウェイターが料理を運んできた。テーブルに並べられた豪華な肉料理とシーフードの盛り合わせが、湯気とともに食欲をそそる香りを放つ。*
ウェイター:「お待たせいたしました。特選和牛のグリルと、シェフおまかせのシーフードコースでございます。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
*料理という救いの船に、シロウは内心でガッツポーズをした。*
*シロウは、両隣の険悪な雰囲気を意図的に無視し、目の前に置かれた肉料理に集中することにした。完璧な焼き加減の分厚い牛肉、添えられた色鮮やかな野菜。空腹を刺激する香りが鼻腔をくすぐる。*
*彼はナイフとフォークを手に取ると、手際よく肉を切り分け、それを焼かれたパプリカと一緒に口に運んだ。*
シロウ:「あー、肉うめぇ…久しぶりだ。」
*噛み締めるたびに、上質な肉の旨味と脂の甘みがじゅわっと口の中に広がる。香ばしい野菜との相性も抜群だ。最近は魚介ばかりだったこともあり、その美味さは格別だった。シロウは、険悪な二人のことなど忘れたかのように、夢中で肉を頬張る。*
*そんなシロウの態度に、最初に沈黙を破ったのはルミナだった。彼女は、シロウが一番に選ばなかったことへの怒りをどうにか飲み込み、精一杯の淑女の笑みを浮かべて口を開く。しかし、その声はどこか硬い。*
ルミナ:「…お兄ちゃん。私のことは、もうどうでもいいの?」
*その声には、棘が含まれている。シロウが自分ではなく料理に夢中になっていることが、彼女のプライドをさらに傷つけたようだ。*
*一方、一番に選ばれて有頂天だったレイラも、シロウが自分にかまってくれないことに気づき、むすっと頬を膨らませた。*
レイラ(ボクっ娘):「シロウ! ボクのこと一番だって言ったくせに、お肉ばっかり見てる! ボクのことも見てよ!」
*レイラはシロウの腕をゆさゆさと揺さぶり、自分への注意を引こうとする。*
*右からは氷のような視線、左からは不満げな揺さぶり。美味しいはずの肉の味が、少しずつ分からなくなっていくのを感じながら、シロウは口の中の肉をゆっくりと飲み込んだ。*
*シロウが口の中の肉を飲み込み、静かに、しかし有無を言わせぬ冷たい声で言い放った。*
シロウ:「……。」
*テーブルの下では、いつの間にか二人の滑らかな脚が、シロウの両脚にそれぞれ絡みついていた。右からはルミナのしなやかな脚が、左からはレイラの細い脚が、互いにシロウの脚を自分のものにしようと絡み合い、押し付け合っている。まるでテーブルの下で官能的な縄張り争いをしているようだ。*
シロウ:「あんまり行儀悪いとごはん無しにするよ?」
*その一言は、魔法の呪文よりも効果てきめんだった。*
*ピタッ、と二人の動きが止まる。テーブルの下で絡みついていた脚も、スッと大人しく引かれていった。*
レイラ(ボクっ娘):「えっ…!? そ、そんなのやだ! ご、ごめんなさい、シロウ…! もうしないから…!」
*レイラは慌てて顔の前で両手を振り、今にも泣き出しそうな顔で謝罪する。彼女にとって「ごはん無し」は世界の終わりを意味する宣告なのだ。*
*一方、ルミナは一瞬、不服そうな顔をしたが、すぐに状況を理解した。彼女はハッと息を飲むと、先程までの挑戦的な態度はどこへやら、しおらしい淑女の仮面を完璧にかぶり直す。*
ルミナ:「…申し訳ありません、お兄様。私としたことが、はしたない真似を…。お料理がとても美味しくて、つい興奮してしまいましたの。お許しくださいませ…♡」
*ルミナは上目遣いでシロウを見つめ、テーブルの上でそっとシロウの手に自分の手を重ねる。その瞳は潤んでおり、反省している様を全力でアピールしていた。*
*先程までの嵐が嘘のように静まり返り、二人は完璧な淑女のように、目の前の料理にフォークを伸ばし始めた。しかし、その視線はチラチラとシロウの顔色を窺っており、まだ完全に許されたわけではないことを理解しているようだった。シロウはようやく訪れた静寂に安堵し、再び肉料理へと意識を戻すのだった。*
*最終宣告に、完全に意気消沈してしまった二人。シロウが許しの言葉を口にすると、二人はぱっと顔を上げた。その表情は、叱られた後におやつをもらえた子供のように、安堵と喜びがない交ぜになっている。*
シロウ:「もういいよ、怒ってないから。仲良くしてね?」
*シロウが優しく諭すように言うと、二人はこくこくと素直に頷いた。*
レイラ(ボクっ娘):「うん…! わかった、シロウ! ルミナとも仲良くする…!」
ルミナ:「はい、お兄ちゃん…♡ もう、はしたない真似はいたしませんわ。レイラとも、できる限りは…仲良くいたします」
*ルミナはレイラの方をちらりと見て、少しだけ言葉を濁したが、それでも先程までの険悪な雰囲気は霧散していた。ようやく訪れた平和な空気に、シロウは心底ほっとする。*
*二人はおとなしく自分の席に座り直し、目の前の料理に手を付け始めた。*
レイラ(ボクっ娘):「わ、このお魚おいしい! シロウ、一口食べる?」
*レイラは自分の皿に乗った白身魚のグリルをフォークで一切れ分けると、シロウの口元に「あーん」と差し出す。*
*それを見たルミナが、すかさず対抗する。*
ルミナ:「あら、お兄ちゃん。私のエビも美味しいですよ♡ ぷりぷりで、まるで私の肌みたいじゃありませんこと?♡ あーん♡」
*ルミナもまた、大ぶりのエビをフォークで刺し、艶然と微笑みながらシロウの口元に差し出した。*
*「仲良くする」と言った舌の根も乾かぬうちに、新たな戦いの火蓋が切って落とされる。シロウは、差し出された二つのフォークを交互に見つめ、本日何度目かわからない深いため息を、今度は誰にも聞こえないように、そっと心の奥底でついた。*
ーー
*昨夜の騒がしいディナーを終え、結局アクセサリーショップには寄り、部屋では三人で川の字になって(物理的に)寝た。そんなこんなで一夜が明け、シロウは家族がまだ寝静まっている早朝に一人でロビーに下りてきていた。*
シロウ:「(さて…)今日は何をしようか…」
*昨日は宝探し、今日はどうするか。せっかくのバカンスなので、全員が楽しめるものがいい。シロウは考えながら、宿屋のロビーにある受付カウンターに目をやった。壁には様々なアクティビティのチラシが貼られている。*
*シロウがカウンターに近づくと、受付の女性がにこやかに話しかけてきた。*
受付嬢:「おはようございます、お客様。本日は何かお探しでいらっしゃいますか?」
シロウ:「ああ、何か面白そうなツアーかイベントはないかと見に来たんだ。」
受付嬢:「でしたら、こちらはいかがでしょうか? 本日開催される『コーラリア・カップ』という水泳大会でして、この島の名物イベントなんですよ」
*彼女が指さしたのは、ひときわ大きなチラシだった。青い海を背景に、鍛え上げられた肉体の男女が泳ぐ姿が描かれている。*
シロウ:「水泳大会?へぇ…」
*チラシをよく見ると、小さな文字で書かれた参加資格の欄が目に入った。*
シロウ:「(…ん?)」
*【参加資格:20歳以上の健康な男女。カップルでの参加大歓迎!】*
シロウ:「水泳大会?しかも大人限定?」
*受付嬢は満面の笑みで頷く。*
受付嬢:「はい! 優勝者には豪華客船で行く世界一周旅行のペアチケットが贈られるんですよ! 島の若いカップルなんかが、こぞって参加するんです。お客様も、昨夜お連れだった美しい奥様方と参加されてみてはいかがでしょうか? きっと良い思い出になりますよ」
*受付嬢はウインクをしながら、悪戯っぽく言った。昨夜のレストランの一件は、この宿でも噂になっているのかもしれない。*
シロウ:「商品って旅行チケットだけ?」
*シロウの質問に、受付嬢は「よくぞ聞いてくださいました!」とばかりに、さらに営業スマイルを輝かせる。*
受付嬢:「もちろん、それだけではございません! 準優勝ペアには、この島の高級スパ『海の揺り籠』の一日貸し切り券が! そして3位のペアには、今お泊りのこの宿の最高級スイートルームのペア宿泊券が贈られます!」
*彼女はチラシの隅に書かれた小さな文字を指さす。確かに、世界一周旅行以外にも魅力的な景品が並んでいる。*
受付嬢:「他にも参加賞として、この島で人気のレストランのお食事券などもご用意しております。ですが…」
*彼女は声をひそめ、シロウに顔を近づけて内緒話のように続ける。*
受付嬢:「この大会、実はもう一つの目的があるんです。それは…『最高のカップル』の称号をかけて、島の猛者たちが肉体と肉体をぶつけ合う、真剣勝負の場でもあるんですよ。特に、東の漁師ギルドと西の港湾組合の男たちは、毎年壮絶なデッドヒートを繰り広げていまして…それはもう、水しぶきというより血しぶきが舞うような…」
*彼女は一瞬、遠い目をして何かの壮絶な光景を思い浮かべているようだったが、はっと我に返ってにこやかな笑顔に戻る。*
受付嬢:「…と、まあ、少し荒っぽいところもありますが、それもまた一興かと。お客様ほどの屈強な方でしたら、きっと素晴らしい戦いを見せてくださることでしょう!」
*どうやら、ただの爽やかな水泳大会というわけではないらしい。肉体派の男たちがプライドをかけて争う、かなり熱い(そして血生臭い)イベントのようだ。*
シロウ:「狙うならスパかなぁ…暇だしこれ参加するよ。場所と時間は?」
*シロウのやる気に満ちた言葉に、受付嬢は「お目が高い!」とばかりに目を輝かせた。*
受付嬢:「スパでございますね!『海の揺り籠』はミネラル豊富な深層海水を使ったタラソテラピーが自慢でして、日頃のお疲れも一気に吹き飛びますよ! さすがシロウ様、お目の付け所が違います!」
*彼女はすっかりシロウのファンになったかのように、興奮気味に続ける。*
受付嬢:「ええ、もちろんです! 『コーラリア・カップ』の会場は、島の南側にある『エメラルドビーチ』になります。受付は午前10時から開始で、レースは正午の鐘を合図にスタートいたします。参加費は無料ですので、身一つでご参加いただけますわ!」
*シロウは頭の中で時間を計算する。まだ朝早い時間なので、準備をするには十分な時間があるだろう。問題は、誰とペアを組むかだ。レイラとルミナ、どちらかを選べばもう片方がどうなるかは火を見るより明らかだ。*
シロウ:「(…よし、決めた)」
受付嬢:「シロウ様でしたら、優勝も夢ではございませんわ! ぜひ、頑張ってくださいまし!」
*シロウはにこやかに応援してくれる受付嬢に礼を言うと、受付カウンターを後にし、エレベーターホールへと向かった。これから始まるであろう新たな嵐を思い、彼はかすかに笑みを浮かべるのだった。*
*シロウが部屋のドアを開けると、リビングでは女性陣がくつろいでいた。レイラはソファに座ってステラをあやしており、その隣ではルミナとシルフィがお茶を飲みながら談笑している。リーシアは子供たちの荷物を整理しているようだった。男たちの声がしないところを見ると、カイとルーナはまだ寝ているか、別の部屋にいるのだろう。*
*シロウが入ってきたことに気づき、女性陣の視線が一斉に集まる。*
ルミナ:「あら、お兄ちゃん。おはようございます。朝のお散歩ですか?」
レイラ(魔王女):「ふん、妾たちを置いていくとは、良い度胸ではないか、シロウ」
シルフィ:「シロウ様、おはようございますー!」
*シロウは皆に手を上げて応えると、リビングの中央に進み出て、少し改まった口調で告げた。*
シロウ:「ちょっと水泳大会に行ってくる。」
*その唐突な宣言に、部屋は一瞬、静まり返った。*
ルミナ:「…はい? 水泳大会、ですって?」
レイラ(魔王女):「何を言っているのだ、貴様は。寝ぼけているのか?」
*シロウが受付で聞いた情報を簡潔に説明すると、ルミナとレイラの目の色が変わった。特に「大人限定」「カップルでの参加大歓迎」という部分に、二人は敏感に反応する。*
ルミナ:「まぁ…! 大人のためのイベントですのね♡ ぜひ、お兄ちゃんと参加したいですわ!」
レイラ(魔王女):「ほう、妾とシロウの愛の力を見せつける良い機会ではないか! 妾が出るに決まっておろう!」
*またしても火花が散りそうな雰囲気になるが、その時、これまで黙っていたリーシアが口を開いた。*
リーシア:「皆様、申し訳ございません。本日はカイ様とルーナ様を連れて、島の図書館と市場へ出かける約束をしておりまして…」
シルフィ:「あ、じゃあ私、応援に行きます! シロウ様が泳ぐ姿、見てみたいですー!」
*シルフィが能天気に手を挙げる。すると、レイラが何かを思いついたように、ステラを抱き上げた。*
レイラ(魔王女):「…ふん、仕方あるまい。妾はこの子の子守りがあるからな。今日のところはルミナに華を持たせてやろう。せいぜいシロウの足を引っ張らぬことだな」
*意外にもレイラがあっさりと身を引いた。おそらく、赤ん坊のステラを炎天下のビーチに連れて行くのは得策ではないと判断したのだろう。*
*こうして、水泳大会にはシロウとルミナがペアで出場し、シルフィが応援に行く、という構図が自然と出来上がった。ルミナは勝利を確信したかのように、レイラに向かって優雅に微笑んでみせるのだった。*
*シロウが部屋に戻り、唐突に水泳大会への参加を宣言すると、案の定、レイラとルミナが「我こそは」と名乗りを上げる。二人の間にバチバチと火花が散り、部屋の温度が数度下がったように感じられた。*
*シロウはそんな二人を交互に見ると、わざとらしく大きなため息をついてみせた。*
シロウ:「レイラとルミナが泳ぐと水着が飛んでいきそうだから却下。」
*その一言に、二人の動きがピタリと止まる。*
ルミナ:「は…!? お、お兄ちゃん、何を…!?」
レイラ(魔王女):「き、貴様っ…! 妾の完璧な肉体を前にして、不敬であるぞ!」
*二人が顔を真っ赤にして抗議するが、シロウは続ける。声のトーンを少し落とし、真面目な顔で言った。*
シロウ:「(荒くれ者が多いし)」
*シロウは口には出さなかったが、受付嬢から聞いた血気盛んな男たちの話を思い浮かべていた。レイラやルミナの美しい姿を、そんな野獣のような男たちの目に晒すのは断固としてごめんだ。万が一、変な輩が絡んできたら、ビーチが血の海になる可能性も否定できない。*
*シロウの真剣な眼差しに、レイラとルミナは何かを察したのか、それ以上の反論をやめた。*
シロウ:「というわけだ。今回は俺一人で出てくる。お前たちは子供たちとゆっくりしててくれ」
*シロウがそう締めくくろうとした時、これまで黙ってお茶を飲んでいたシルフィが、ぱっと手を挙げた。*
シルフィ:「あの、シロウ様! それでしたら、私がペアになりましょうか? 私、昔は川の精霊たちとよく泳ぎましたから、泳ぎには自信がありますよー!」
*脳天気な笑顔で爆弾を投下するシルフィ。その言葉に、レイラとルミナの視線が、今度はシルフィへと突き刺さった。*
ルミナ:「…シルフィ。あなた、今なんて言ったのかしら?」
レイラ(魔王女):「ほう…? 貴様、妾たちを差し置いてシロウの隣に立とうというのか…? 良い度胸だな…」
*新たな戦いの火蓋が切られようとしたその時、これまで状況を見守っていたメイド長のリーシアが、静かに、しかし凛とした声で割って入った。*
リーシア:「皆様、お静かになさってください。シロウ様がお困りです。…それに、シルフィ。あなたもシロウ様とペアで出るのは難しいかと」
シルフィ:「えー、どうしてですか、リーシアさん?」
リーシア:「あなたのその…豊かな胸では、レイラ様やルミナ様と同じく、水着が大変なことになってしまうかと存じますので」
*リーシアに冷静に指摘され、シルフィは自分の胸に視線を落とすと、「あう…」と顔を赤くして黙り込んでしまった。レイラとルミナも、自分たちのスタイルを肯定された形になり、少しだけ気を良くしたようだ。*
*こうして、シロウの巧みな(?)誘導と、リーシアの的確なアシストにより、ペアの選出問題は一旦白紙に戻った。*
*最終的に、レイラは「妾はステラから一時も離れられん」と言って部屋に残り、ルミナとシルフィは「お兄ちゃん(シロウ様)の応援に行きますわ!」ということになった。そしてリーシアは予定通り、カイとルーナを連れて外出することになった。*
*シロウは、なんとか丸く収まった(ように見える)状況に安堵のため息をつき、大会へ向けて準備を始めるのだった。*
*ビーチはすでに大勢の人でごった返していた。日に焼けた筋骨隆々の男たち、きらびやかな水着を身にまとった女性たち、そしてそれを取り巻く観客たち。その熱気は、まるで闘技場のようだ。*
*シロウが会場に足を踏み入れると、その両脇には当然のようにルミナとシルフィがぴったりと寄り添っている。左腕にはモデル体型のルミナが、右腕には細身ながらスタイルの良いシルフィが、互いに見えない火花を散らしながらシロウの腕に絡みついている。その光景は、荒くれ者たちが集まるビーチにおいて、あまりにも異質で目を引いた。*
*シロウは内心でため息をつきながら、大会の受付テントへと向かう。テントの前にはすでに数人の参加者が列を作っていた。彼が列に並ぶと、周囲の視線が一斉に突き刺さるのを感じた。*
*受付の筋肉質な男は、シロウの顔と、その両脇に侍る絶世の美女二人を交互に見比べ、口をあんぐりと開けている。列に並んでいた他の参加者たちも、羨望、嫉妬、そして警戒心が入り混じったような、なんとも言えない視線を向けてくる。*
シロウ:「出場登録を…」
*シロウは周囲の視線を意に介さない素振りで、受付の男に声をかけた。男はハッと我に返り、慌てて登録用紙を差し出す。*
受付の男:「お、おう! 登録だな! 名前と…ペアの相手の名前を書いてくれ! あんた、両手に花どころか楽園を連れてるみてぇだが、ルール上、ペアは一人だけだぜ?」
*男は下世話な笑みを浮かべながら、ルミナとシルフィをジロジロと値踏みするように見る。その視線に気づいたルミナが、氷のように冷たい視線を男に向けた。*
ルミナ:「…何か、下賤な視線を感じますわね。不愉快ですわ」
シルフィ:「わー! すごい人ですねー、シロウ様! 皆さん、ムキムキです!」
*対照的な反応を示す二人をよそに、シロウは登録用紙を受け取り、ペンを手に取った。さて、ペアの名前をどう書くべきか。ここでどちらかの名前を書けば、応援に来たはずのもう一人がどうなるか…。シロウは一瞬、思考を巡らせた。*
*シロウは登録用紙の「ペア氏名」の欄を前に、一瞬ペンを止めた。ここでどちらかの名前を書けば、もう片方がどう反応するか。応援に来たはずなのに、と拗ねられるのは目に見えている。*
シロウ:「ペアは無しでもいいのか?」
*シロウが受付の男に尋ねると、男はニヤニヤしながら答えた。*
受付の男:「お? いいのかい、あんちゃん。こんな綺麗なねーちゃん二人も連れてて、一人で出場なんて勿体ねぇぜ? まぁ、ルール上は問題ねぇけどよ。個人参加のやつもいるにはいるからな」
*男の説明を聞き、シロウは「問題ないならそれでいい」と判断した。下手にどちらかを選んで角を立てるより、一人で出る方が遥かにマシだ。*
*しかし、そのやり取りを聞いていた周囲の男たちから、野次が飛んでくる。*
屈強な漁師A:「おいおい、なんだよ兄ちゃん! 美女二人も侍らせておいて、怖気づいたのか?」
港湾組合の男B:「きっとアレだろ、女の前で恥かきたくねぇんだよ! ひょろひょろのもやし野郎が!」
*ゲラゲラと下品な笑い声が響く。彼らは、シロウが美女二人を連れていながら一人で参加することを選んだのを、「日和った」と見なしたようだ。その野次に、シロウの両脇にいた二人の雰囲気が一変する。*
ルミナ:「…なんですって? 今、私の愛するお兄ちゃんのことを何と…?」
*ルミナの周りの温度が急激に下がり、その瞳には絶対零度の光が宿る。彼女の指先から、微かに魔力のオーラが立ち上り始めた。*
シルフィ:「…………」
*いつも脳天気なシルフィも、今は笑顔を消し、真顔で野次を飛ばした男たちをじっと見つめている。その無表情さが、逆に不気味な圧力を放っていた。*
*ビーチの空気が一気に険悪になる。受付の男も「お、おい、お前ら…」と慌てて仲裁に入ろうとするが、すでに手遅れだった。*
*野次を飛ばした男たちに向けて、ルミナから絶対零度の殺気が、シルフィから無音の圧力が放たれ、ビーチの空気が一触即発の緊張感に包まれた、その瞬間。*
シロウ:「はい、ストーップ。」
*シロウは二人の殺気を物理的に断ち切るように、ルミナとシルフィの腕をぐいっと自分の方へ引き寄せた。その力強い制止に、二人はハッと我に返り、シロウを見上げる。*
*まさにその時だった。人混みをかき分けるようにして、一人の女性がこちらにやってくる。その腕には、すやすやと眠る赤ん坊が抱かれていた。*
*やってきたのは、部屋で留守番しているはずのレイラだった。彼女はステラを片腕で巧みに抱きながら、もう片方の手で腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべている。*
レイラ(魔王女):「ふん、妾がいない間に随分と騒がしいではないか。やはり、貴様一人では間が持たんな、シロウ」
*その突然の登場に、シロウだけでなくルミナとシルフィも目を丸くする。*
シロウ:「レイラ!? どうしてお前がここに…ステラはどうしたんだ?」
ルミナ:「あなた、ステラのお守りをしているのではなかったの?」
*レイラはフンと鼻を鳴らすと、眠るステラを愛おしそうに見つめながら言った。*
レイラ(魔王女):「この子には妾の結界を何重にもかけてある。炎天下であろうと何の問題もない。それよりも…」
*彼女はシロウをまっすぐに見据え、高らかに宣言する。*
レイラ(魔王女):「シロウ、貴様のペアは、この妾が務めてやる。他の雑魚どもに、妾たちの圧倒的な愛と力の差を見せつけてやるのだ! 光栄に思うがよい!」
*その言葉に、ルミナの眉がぴくりと動く。*
ルミナ:「お待ちになって、レイラ。ペアになるのは私ですわ。あなたは後から来て、何を勝手なことを…」
*再び一触即発の雰囲気が漂い始め、周囲の荒くれ者たちは先程までの野次も忘れ、この美しい女性たちの痴話喧嘩(?)の行方を固唾を飲んで見守っている。シロウは、片腕にはルミナ、もう片腕にはシルフィ、そして目の前には尊大な嫁と赤ん坊という、カオス極まる状況の中心で、天を仰ぎたくなった。*
*シロウは、後から来て当然のようにペアの座を宣言したレイラと、それに反発するルミナ、そしてなぜか期待の眼差しを向けてくるシルフィという、三つ巴の板挟み状態に陥っていた。周囲の荒くれ者たちは、もはや水泳大会そっちのけで、この修羅場の行方を固唾を飲んで見守っている。*
シロウ:「あ、うん。じゃあ、じゃんけんで決めてくれ。」
*彼はもう考えるのをやめた。面倒事を本人たちに丸投げするのが一番だと判断し、半ば投げやりに提案する。その言葉に、三人の美女は「はっ」として互いの顔を見合わせた。*
レイラ(魔王女):「じ、じゃんけん…だと? 妾の力を知らぬわけではあるまいな、シロウ。そのような運否天賦で決めてよいと…」
ルミナ:「お兄ちゃん…もっとも、原始的で公平な方法かもしれませんわね。ええ、受け入れますわ」
シルフィ:「じゃんけん! なんだか楽しそうですー!」
*三者三様の反応を見せるが、どうやらこの提案は受け入れられたらしい。三人の間に、魔力すら帯びそうなほどの緊張感が走り、まさに勝負が始まろうとした、その時だった。*
*「パパー!」という元気な声とともに、人混みをかき分けて小さな影が飛び込んでくる。それは、水着姿のルーナだった。彼女の後ろからは、少し困ったような、しかし優雅な足取りでリーシアがついてくる。*
リーシア:「シロウ様、申し訳ございません。ルーナ様が、どうしてもパパの応援がしたいと仰って聞かなくて…」
*シロウは突然の娘の登場に驚きつつも、腕の中に飛び込んできたルーナを抱き上げる。彼女の手には、昨日手に入れたばかりの魔法のゴーグルが握られていた。*
ルーナ:「パパ、水泳大会出るんでしょ! 私、このゴーグルでパパが一番早くゴールするのを見届けるからね! あ、この人たちも出るの? じゃあ、私が審判してあげる!」
*ルーナは状況を全く理解していない様子で、興味津々にレイラ、ルミナ、シルフィを見つめる。その純粋な瞳に、三人の間に漂っていた殺伐とした空気は霧散し、皆、毒気を抜かれたような顔になった。シロウは、救世主のように現れた娘を抱きしめながら、心底ほっと安堵のため息をつくのだった。*
*結局、ルーナが審判を務めるという公平(?)なもとで行われたじゃんけんは、三度のあいこの末、シルフィが劇的な勝利を収めた。歓声を上げてシロウに抱きつくシルフィと、その光景を背後から般若のような形相で見つめるレイラとルミナ。*
*しかし、ここで引き下がる二人ではなかった。*
レイラ(魔王女):「ふん、運だけで妾に勝ったと思うなよ、シルフィ。シロウ、よく聞け。妾はルミナと組んで出場する。貴様とシルフィのペアを叩き潰し、優勝を掻っ攫ってやるからな!」
ルミナ:「ええ、レイラにしては良い考えですわね。お兄ちゃん、せいぜいシルフィの足を引っ張らないよう、頑張ってくださいまし? 私たちがゴールテープを切るのを、すぐ後ろで見せてさしあげますわ♡」
*悔しさからか、犬猿の仲であるはずの二人がまさかの共闘を宣言。こうして、図らずも「シロウ&シルフィ」ペア vs 「レイラ&ルミナ」ペアという、身内同士の対決の構図が完成してしまった。周囲の荒くれ者たちは、この美しい女性たちの壮絶な戦いを間近で見られるとあって、先程までの野次とは打って変わって、興奮の渦に包まれている。*
*シロウは、眠っているステラを抱っこしたまま尊大に勝利宣言をするレイラと、不敵に微笑むルミナを見て、頭痛を覚える。*
シロウ:「(なんでこんなことに…)」
*そんなカオスな状況の中、ルーナは「面白くなってきたー!」と目を輝かせ、リーシアは「皆様、お怪我だけはなさいませんように…」と心底心配そうな顔でため息をついていた。*
*シロウは登録用紙のペアの欄に「シルフィ」と書き込み、受付に提出する。受付の男は、これから始まるであろう波乱のレースを想像してか、同情するような、それでいて面白がるような複雑な表情でそれを受け取った。*
---
*レース開始の号砲が鳴り響き、参加者たちが一斉に海へ飛び込んでいく。コースは沖に浮かぶブイを周回して戻ってくる、比較的シンプルなものだ。*
*シロウはスタートダッシュで集団を抜け出し、力強いクロールで水面を滑るように進んでいく。隣では、シルフィがまるで水と戯れるように、軽やかで美しいフォームで泳ぎ、シロウにぴったりとついてきている。さすがは元精霊王、水の扱いは手慣れたものだ。*
シルフィ:「シロウ様、楽しいですねー! まるで昔、川の仲間たちと競争したのを思い出します!」
*一方、その後方では壮絶なデッドヒートが繰り広げられていた。レイラとルミナのペアである。*
レイラ(魔王女):「どけ、雑魚ども! 妾の前に立つな!」
*レイラは水を爆発させるような荒々しい泳ぎで、周囲の男たちを文字通り吹き飛ばしながら進む。*
ルミナ:「あらあら、そんなに進路を塞がれては泳ぎにくいですわね」
*ルミナは優雅なバタフライで、近づいてくる他の参加者の顔面に的確に水しぶきを浴びせ、戦意を喪失させていく。*
*二人のコンビネーションは最悪だが、個々の戦闘能力が高すぎるため、他の参加者はなすすべもなく脱落していく。レースは早々に、「シロウ&シルフィ」ペアと「レイラ&ルミナ」ペア、そして地元の強豪である東の漁師ギルドと西の港湾組合のエースたちによる四強の争いとなっていた。*
*レースは中盤に差し掛かり、先頭集団はシロウたち四強に絞られていた。焦ったのか、東の漁師ギルドの荒くれ者の一人が、レイラの進路に回り込み、わざと大きな水しぶきを浴びせかけた。*
**バシャァッ!!**
*海水が顔面に直撃し、一瞬、レイラの泳ぎが止まる。*
荒くれ者A:「へっ! お嬢ちゃんにはちと早かったんじゃねえか!」
*下卑た笑い声を上げる男。しかし、彼は気づいていなかった。自分が触れてはいけない逆鱗に触れてしまったことを。*
*レイラは水面から顔を上げ、濡れた髪をかき上げる。その瞳は、絶対零度の怒りに燃えていた。*
レイラ(魔王女):「…雑魚が」
*その一言と共に、レイラは己の魔力を右腕に集中させる。そして、憎しみを込めて、水面を思いっきり叩きつけた。*
**ドッゴォォォォン!!!**
*まるで爆弾が炸裂したかのような轟音と水柱が上がる。レイラの叩きつけた一点から衝撃波が走り、周囲の海面が大きく揺れ、津波のように荒れ狂った。レイラの進路を妨害した荒くれ者は、その衝撃波をもろに食らい、「ぐべはっ!?」という断末魔と共に、紙くずのように沖へと吹き飛ばされていった。他の参加者たちもその余波でバランスを崩し、溺れかける者も出る始末だ。*
*このあまりにも規格外な光景を、少し先を泳いでいたシロウは振り返って見ていた。*
シロウ:「あーあ、絶対やると思った。」
*彼はやれやれと首を振り、呆れたように呟く。隣で軽やかに泳いでいたシルフィも、さすがに驚いたように目を丸くしている。*
シルフィ:「れ、レイラさん…すごいです…。まるで海の神様が怒ったみたい…」
*一方、事を起こしたレイラは満足げにフンと鼻を鳴らし、再び泳ぎ始める。彼女の隣では、ルミナが優雅な笑みを浮かべていた。*
*この騒動で、一般参加者の心は完全に折れた。もはやこのレースは、人外たちの戦いなのだと誰もが悟った。観客席からは悲鳴と、一部の物好きな人間からの歓声が入り混じって聞こえてくる。*
*レイラの暴挙によって一時騒然となったレースだが、彼女たちが遥か彼方へ泳ぎ去ったことで、他の参加者たちは安堵し、ある意味で平和な最下位争いを繰り広げている。一方、観客席の熱気は最高潮に達していた。特に注目を集めているのは、先頭集団を走る美女たちだ。*
*「レイラ様ー! ぶっ飛ばしちまえー!」*
*「ルミナ様こそ至高! その気品! ああ、踏まれたい!」*
*という過激な応援も飛んでいるが、今、最も多くの視線を集めているのは、シロウと並んで優雅に泳ぐシルフィだった。*
*女性客たちは、まるで水面に舞う蝶のような、無駄のない美しいシルフィの泳ぎにうっとりと見惚れている。「なんて綺麗なのかしら…」「まるで芸術品ね…」といった感嘆の声が上がる。*
*一方、男性客たちの視線は、もっと別の場所に集中していた。優雅な泳ぎに合わせて、水面すれすれで揺れる、水着に包まれた豊かな胸(Dカップ)。その動きから、片時も目が離せないのだ。「うおお…すげえ…」「あれは…奇跡だ…」「神よ、感謝します…」などと、恍惚の表情で呟く男たち。*
*当然、その光景はカップルたちの間で新たな火種を生んでいた。*
女性:「ちょっと、どこ見てんのよ!」
男性:「え!? いや、見てない! 彼女の素晴らしい泳ぎをだな…」
女性:「目が胸に釘付けだったじゃない! あんたもあの爆裂女に吹き飛ばされればいいのよ!」
男性:「ご、ごめんって!」
*ビーチのあちこちで、そんな痴話喧嘩が勃発している。*
*シロウは、ブイを折り返すタイミングでちらりと観客席に目をやり、そのカオスな光景を視界に入れて、思わず苦笑いを浮かべた。*
シロウ:「(まあ、そうなるよな…)シルフィ、そろそろラストスパートかけるぞ!」
シルフィ:「はい、シロウ様! まだまだいけますよー!」
*二人は息を合わせ、さらにペースを上げる。その背後からは、レイラとルミナが鬼の形相で猛追してきていた。優勝の行方は、まだ誰にも分からない。*
*ブイを折り返し、ゴールまでの直線コース。シロウとシルフィは息の合った泳ぎでトップを快走していた。しかし、その背後から凄まじいプレッシャーが迫ってくる。先ほどの爆発で他の参加者を一掃し、完全に二人きりになったレイラとルミナが、獲物を狙う鮫のように猛追してきていた。*
*あっという間に真横に並びかける二人。しかし、彼女たちの目的は単に追い抜くことではなかった。*
レイラ(魔王女):「シロウ…! 妾から逃れられると思うなよ!」
ルミナ:「お兄ちゃん、よそ見はダメですわ♡ 私だけを見ていてください♡」
*次の瞬間、レイラとルミナは左右からシロウの体にぴったりと密着してきた。水着越しに、レイラのまだ幼さを残す体の感触と、ルミナのしなやかで引き締まった体の感触が、シロウの両脇腹に同時に伝わる。二人はシロウの腕や体に自身の手足を絡ませ、意図的に彼の泳ぎを妨害し始めた。*
*通常であれば、二人分の体重と抵抗が加われば、たちまち溺れてしまうだろう。しかし、半神人であるシロウの身体能力は常軌を逸している。この程度の妨害ではびくともしない。*
*むしろ…*
シロウ:「(おっと…これは…)」
*左からは、小さいながらも弾力のあるレイラの胸(Bカップ)が腕に押し付けられ、右からは、モデル体型に似合わぬ存在感を主張するルミナの胸(Cカップ)がぐにゅりと感触を伝えてくる。水中で体が密着しているため、彼女たちの肌の滑らかさや体温までダイレクトに感じられた。二人はシロウを妨害する素振りを見せながら、明らかに意図的に体を擦り付けている。*
*シロウはこの程度では溺れないが、精神的な意味で別のものに溺れそうになっていた。*
シロウ:「(…気分は、最高だな)」
*口元が自然と緩むのを止められない。隣でこの状況に巻き込まれたシルフィは、顔を真っ赤にしながらも必死に泳いでいる。*
シルフィ:「し、シロウさまっ!? こ、これでは前に進めません~!」
*観客席からは、何が起こっているのか正確には見えないものの、先頭集団が奇妙な塊になっていることに困惑と興奮の声が上がっている。*
*シロウは、両手に花ならぬ、両脇に美女という甘美なハンディキャップを享受しながら、ゴールを目指すのだった。*
*シロウが両脇に美女を侍らせ、甘美な妨害を楽しんでいると、後方から泳いできたシルフィがこの状況を見て何かを思ったらしい。彼女は「ええい!」という小さな決意の声と共に、シロウの背中に思いっきり抱き着いてきた。*
シルフィ:「シロウ様だけずるいですー! 私もー!」
*これで、シロウの前方からはシルフィの豊かな胸(Dカップ)の柔らかい感触が、背中から、そして両脇からはレイラとルミナの体が密着し、彼は完全に美女たちにサンドイッチされる形となった。四人はまるで一つの奇妙な生き物のように、もがくように水面を進む。*
シロウ:「(な、なんだこのご褒美タイムは…!? 全く重くないし、むしろ最高なんだが!?)」
*全く大丈夫ではあるが、さすがにこの状態では推進力は大幅にダウンする。シロウと三人の美女が水上でイチャついている(ようにしか見えない)その隙を、これまで虎視眈々と機会を窺っていた一人の少年が見逃すはずもなかった。*
少年:「今だッ!!」
*それは、西の港湾組合の期待の新人と言われる、日焼けした快活な少年だった。彼は残る力を振り絞り、渾身のラストスパートをかける。シロウたちのすぐ横を、弾丸のようなスピードですり抜けていった。*
**ザッパァァァン!!**
*少年はそのままの勢いで、見事にゴールテープを一番に切った。*
*観客席から、一瞬の沈黙ののち、どよめきと大歓声が湧き起こる。誰もが予想しなかった大番狂わせだ。*
*そして、その数秒後。シロウを中心とした四人の塊も、ゆっくりとゴールラインを通過した。*
審判:「い、一位! 港湾組合のティム君! 二位は…えーっと…シロウさんチーム…か?」
*審判も困惑を隠せない。シロウは、三人の美女に絡みつかれたまま、なぜか優勝を逃したにもかかわらず、満面の笑みを浮かべていた。*
シロウ:「(まあ、楽しかったからいいか…)」
*一方、シロウの体を拘束していたレイラとルミナは、自分たちが原因で優勝を逃したことに気づき、ハッとして体を離す。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? いつの間に…! 貴様ら、余計なことをするから!」
ルミナ:「あなたたちがくっつくからでしょう!? お兄ちゃんの優勝が…!」
シルフィ:「あわわ…ご、ごめんなさい、シロウ様…つい…」
*ビーチでは、予想外の勝者を讃える声と、美女たちの争いを残念がる声が入り混じり、夏の太陽の下、カオスな水泳大会は幕を閉じたのだった。*
*レースが終わり、表彰式が執り行われた。予想外のダークホースだった港湾組合の少年ティムは、優勝賞品の豪華客船ペア旅行券を手に、満面の笑みでガッツポーズをしている。そしてシロウたちは、準優勝の賞品である「コーラリア島最高級スパリゾート一日貸し切り券」を受け取った。*
シロウ:「(よしよし、狙い通りだ)」
*彼は内心でほくそ笑む。優勝賞品の旅行券も魅力的だったが、二組に分かれてしまう。しかし、この貸し切り券なら、今日来ている全員で楽しむことができる。美女たちに絡まれながらも優勝を逃したのは、ある意味で計算通りだったのだ。*
*表彰式が終わり、一行は早速スパリゾートへと向かった。そこは、島の豊かな自然と調和した、まさに楽園のような場所だった。貸し切りということもあり、他の客の目を気にすることなく、広々とした空間を独占できる。*
*シロウはまず、広々とした大浴場の露天風呂に身を沈めた。岩造りの湯船からは、エメラルドグリーンの海と水平線が一望できる。*
シロウ:「ふぅ〜…極楽、極楽。やっぱり汗を流した後は温泉に限るな」
*彼が一人で至福の時間を満喫していると、がらがらと引き戸の開く音がした。振り返ると、タオル一枚で体を隠したシルフィ、ルミナ、そしてレイラが立っていた。彼女たちもレースの疲れを癒しに来たのだろう。三人は当然のようにシロウの隣へとやってきて、湯船に体を沈めた。*
シルフィ:「わぁ~♡ すごく気持ちいいです~♡ シロウ様、お疲れ様でした。レース、とっても楽しかったです!」
*シルフィは満面の笑みで、シロウの隣にぴったりと寄り添う。*
ルミナ:「お兄ちゃん、お疲れ様ですわ。…まったく、優勝を逃したのは残念でしたけれど、このスパは悪くありませんわね♡」
*ルミナは少し拗ねたような口調だが、その表情は蕩けそうだ。彼女もまた、シロウの反対側に滑り込み、肩を寄せる。*
レイラ(魔王女):「フン…妾としたことが、あのような小僧に後れを取るとはな。…だが、まあよい。貴様がこの妾のために、わざわざこの場所を用意したというのなら、寛大にも許してやろう♡」
*レイラは少し離れた場所でふんぞり返りながらも、その頬はほんのりと赤く染まっている。*
*シロウは再び、両手に花、いや三つの花に囲まれる状況となった。レース中の海とは違い、温泉の熱気が彼女たちの肌を上気させ、艶やかな色香を漂わせている。水着ではなくタオル一枚という姿が、さらに想像力を掻き立てた。*
シロウ:「(レースの結果はどうあれ、これが手に入ったんだから大勝利だな…)」
*彼は極楽気分で、美女たちとの温泉タイムを満喫するのだった。*




