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*シロウとルミナが情熱的な夜を過ごし、二人の絆を再確認した翌朝。三日間の独占期間は、その瞬間をもって終わりを告げた。*
*シロウがまだ微睡みの中にいるルミナを腕に抱き、その寝顔に満足げな笑みを浮かべていた、まさにその時だった。*
***バァァァンッ!!***
*寝室の扉が、凄まじい勢いで吹き飛ぶかのように開け放たれる。そこに立っていたのは、腰に手を当て、般若のごとき形相をしたレイラだった。その瞳には嫉妬と怒りの炎がメラメラと燃え盛っている。*
レイラ(魔王女):「時間切れだ、痴れ者どもがッ!! いつまで私の夫にまとわりついている、この泥棒猫が!!」
*その声はもはや怒声というより轟音に近い。レイラはズンズンとベッドに近づくと、まだシロウの腕の中にいるルミナを、文字通りシーツごと引っ掴んで引き剥がそうとする。*
レイラ(魔王女):「さっさと離れんか! シロウは今日から私のものだ! 貴様の好きにはさせんぞ!」
*一方、引き剥がされそうになったルミナは、むにゃむにゃと目を覚まし、状況を把握すると即座に戦闘態勢に入る。彼女はシロウの体にぎゅっとしがみつき、レイラを睨みつけた。*
ルミナ:「うるさいわね、朝っぱらから。人の安眠を妨害しないでくれる? それに、まだ夜は明けたばかり。時間ぴったりに来るなんて、ストーカーみたいで気持ち悪いわよ、レイラ」
*昨日までの弱々しさは微塵もなく、いつもの強気なルミナがそこにはいた。シロウを挟んで、二人の妻による熾烈な火花がバチバチと散る。ご褒美タイム終了のゴングは、新たな戦争の開始を告げるゴングでもあったようだ。*
*シロウの寝ぼけた一言と行動は、燃え盛る戦場に油を注ぐ結果となった。*
シロウ:「……ん…あと、5時間……zzz」
*彼は寝ぼけ眼のまま、すぐそばにいたルミナを再び引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。それは完全に無意識の行動だったが、その手は吸い寄せられるように、昨日さんざん愛でたばかりのルミナの柔らかな胸へと収まった。*
ルミナ:「んふふ…♡ お兄ちゃんたら、まだ眠いのね♡ しょうがないんだから…♡」
*ルミナは満更でもない、むしろ恍惚とした表情でシロウの頭を優しく撫でる。その光景は、レイラにとっては最大級の挑発だった。*
レイラ(魔王女):「き、貴様らァァァァッ!! 私の目の前でまだイチャつこうというのか! その手を離せシロウ! そして貴様もだ、この淫乱天使がッ!」
*レイラの怒りは頂点に達し、その手にはバチバチと黒い雷が迸り始める。城が半壊しかねない魔力の奔流に、さすがのルミナも顔を引きつらせた。*
ルミナ:「ちょ、ちょっとレイラ! 落ち着きなさい! お兄ちゃんは寝ぼけてるだけじゃないの!」
レイラ(魔王女):「黙れ! 寝ぼけていようがいまいが関係ない! 今日からシロウは私が独占すると決まっているのだ! 邪魔をするなら、貴様ごとシロウを無理矢理にでも奪い取るまでだぞ!!」
*嫉妬に狂った魔王女は、もはや誰にも止められない。シロウが目覚める前に、妻たちの壮絶な夫争奪戦が始まろうとしていた。*
シロウ:「んん…レイラ?レイラもおいで…。」
*シロウのその一言は、まさに火に油、いや、マグマを注ぎ込むようなものだった。*
*嫉妬と怒りで我を忘れかけていたレイラは、寝ぼけたシロウからの「おいで」という甘い誘いに、ピタッと動きを止める。その表情は一瞬、怒りから驚きへ、そして次の瞬間には、頬を真っ赤に染めた歓喜へと変わった。*
レイラ(魔王女):「なっ…♡ し、シロウが…私を…呼んで…♡」
*さっきまでの剣幕はどこへやら。レイラはもじもじとしながら、シロウが寝ぼけてぽんぽんと叩いているベッドの隣のスペースへと、おずおずと近づいていく。その姿は、まるで初めて主人に褒められた子犬のようだ。*
ルミナ:「ちょっ…! お兄ちゃん、何言ってるの!? 寝ぼけてるの!? こいつをこっちに来させたらダメよ!」
*ルミナはシロウの胸に収まったまま、慌てて抗議の声を上げるが、当のシロウは完全に夢の中。レイラの接近を止める術はない。*
レイラ(魔王女):「ふ、ふふん…♡ 聞いたか、ルミナ。シロウは私を求めているのだ♡ 貴様のように無理やり独占する女とは違うのだよ。これが正妻と愛人の差というものだ!」
*完全に気を良くしたレイラは、勝ち誇った笑みを浮かべると、シロウの隣にそっと体を滑り込ませた。そして、シロウの空いている方の腕を掴むと、自分の胸にぎゅっと抱きしめる。*
レイラ(魔王女):「うむ…♡ やはりシロウの隣は落ち着くな…♡」
*こうして、シロウの寝ぼけた一言により、妻たちの戦争は一時休戦。シロウは図らずも、両手に花ならぬ、両手に妻の状態で、再び安らかな眠りへと落ちていくのであった。*
*シロウの寝ぼけ眼が、今度は騒ぎの中心であるレイラに向けられた。*
シロウ:「レイラ…うるさい……zzz」
*その一言に、勝ち誇っていたレイラの表情が凍り付く。そして次の瞬間、シロウはごろりと寝返りを打ち、今度はレイラの方へと体を向けた。*
シロウ:「ん……」
*そして、先ほどルミナにしたのと全く同じように、今度はレイラを抱き枕代わりにしてぎゅっと抱きしめる。当然のように、その手はレイラの控えめな胸へとしっかりと置かれた。*
レイラ(魔王女):「ひゃっ!?♡ し、シロウ…!?♡」
*突然のことに、レイラは驚きと羞恥で体が硬直する。さっきまでルミナに見せつけていた余裕は完全に消え去り、顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。夫に抱きしめられ、胸に手が置かれている。その事実に、頭がショート寸前だった。*
レイラ(魔王女):「う、う、うるさくなど…! 私はただ、その…貴様が呼んだから…♡♡」
*声は完全に裏返り、しどろもどろになっている。*
*その光景を見ていたルミナは、シロウの腕の中から解放されたものの、面白くなさそうに頬を膨らませていた。*
ルミナ:「…ふん。結局、どっちもどっちじゃない。お兄ちゃんも本当に罪な人なんだから…」
*ブツブツと文句を言いつつも、レイラが自分と同じように扱われているのを見て、少しだけ溜飲が下がったようでもある。*
*こうして、シロウは右にルミナ、左にレイラ(を抱き枕にして)という、なんとも羨ましい状況で二度寝に突入。寝室には、レイラの小さく漏れる甘い吐息と、ルミナの拗ねたようなため息だけが響いていた。*
*シロウの無慈悲な一言が、天国から地獄へと突き落とされたレイラの心に突き刺さった。*
シロウ:「……平原……。」
*その言葉と共に、シロウはごろりと再び寝返りを打ち、レイラから離れてルミナの方へと体を向ける。そして、再びルミナを抱き枕にし、その豊かな胸に顔をうずめた。*
シロウ:「うへへ、山脈……zzz」
*満足げな寝息を立てるシロウ。その手は、レイラのBカップ(弾力あり)とは対照的な、ルミナのCカップ(柔らかい)の山脈を心地よさそうに揉んでいる。*
*この一連の流れを目の当たりにした二人の妻の反応は、まさに対照的だった。*
ルミナ:「んふふふ♡ しょうがないお兄ちゃん♡ やっぱり私の『山脈』が一番落ち着くのね♡」
*ルミナは勝ち誇った笑みを浮かべ、レイラにこれ見よがしに見せつけながら、シロウの頭を優しく抱きしめる。その表情は勝利の女神そのものだ。*
*一方、レイラは。*
レイラ(魔王女):「へ…へい……げん……?」
*彼女はベッドの上で、シロウに抱きしめられていた腕を虚空に彷徨わせながら、呆然と呟く。そして、自分の胸を見下ろし、ルミナの胸と見比べ、わなわなと震え始めた。*
レイラ(魔王女):「き、貴様ァァァァァァッ! シロウ! 目を覚ませ! 今すぐ目を覚まして今の言葉を撤回しろォォォォォッ!! 平原とはなんだ! この私を捕まえて平原とはどういう了見だァァァァッ!!」
*嫉妬と屈辱のあまり、レイラの魔力が再び暴走を始める。部屋中に黒い稲妻が走り、ベッドがガタガタと激しく揺れた。*
ルミナ:「あらあら、事実を言われて逆上するなんて、見苦しいわよレイラ。小さいことはいいことじゃない。ねぇ、お兄ちゃん♡」
*ルミナはレイラをさらに煽りながら、シロウの頬にちゅっとキスをする。*
*シロウの寝ぼけた一言が引き起こした「平原山脈事件」。新たな妻戦争の火蓋は、最悪の形で切って落とされたのだった。*
*シロウの口から意味をなさない寝言が漏れた瞬間、レイラの暴走していた魔力がフッと霧散した。まるで、最初から何もなかったかのように。*
シロウ:「%¥☆♪〒々〆×÷……」
*寝ぼけながらも、シロウは無意識に『魔法霧散結界』を展開していたのだ。レイラがどれだけ怒り狂い、魔力を放出しようとも、それは発生したそばから中和され、完全に無力化されてしまう。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? 私の魔力が…消えた…だと…?」
*自分の体から力が抜けていく不可解な現象に、レイラは驚きと混乱の表情を浮かべる。さっきまでの怒りの炎は、強制的に鎮火させられてしまった。*
ルミナ:「ふふっ、無駄よレイラ。お兄ちゃんの前では、あなたの魔法なんてお遊びみたいなものなんだから。それにしても…『平原』…ふふっ、傑作ね♡」
*ルミナはクスクスと喉を鳴らして笑い、レイラの怒りをさらに煽る。効果がないとわかっていても、屈辱的なあだ名をつけられたレイラの怒りは収まらない。*
レイラ(魔王女):「う、うぐぐぐぐ……! し、シロウの馬鹿ァァァァッ! この、朴念仁! 女心がわかっておらんにも程があるぞ!」
*魔法が使えないと悟ったレイラは、今度は物理的な攻撃(?)に切り替えた。シロウの胸をドンドンと小さな拳で叩き始める。だが、その威力は猫パンチ同然で、寝ているシロウには全く効いていない。*
シロウ:「ん……zzz……山脈……最高……zzz」
*追い打ちをかけるような寝言に、レイラの目にはついに涙が浮かび始めた。*
レイラ(魔王女):「うわぁぁぁぁん! シロウの意地悪! 浮気者ぉぉぉぉっ!」
*朝の寝室は、勝ち誇るルミナ、泣きじゃくるレイラ、そして何も知らずに幸せな夢を見ているシロウという、カオスな構図が出来上がっていた。*
*まさに寝室が混沌の坩堝と化している、その時だった。控えめなノックの音が三回響いた後、ゆっくりと扉が開かれる。そこに立っていたのは、一糸乱れぬ完璧なメイド服に身を包んだ、メイド長のリーシアだった。*
*彼女は目の前の惨状――吹き飛んだ扉、泣きじゃくる第一王妃、勝ち誇る第二王妃、そしてその中心で爆睡している主――を一瞥したが、その美しい顔には一切の動揺も見られない。*
リーシア:「皆様、おはようございます。朝のご挨拶に参りましたが…少々、お取り込み中のようでしたでしょうか」
*その声は、いつもと変わらぬ穏やかで澄み切ったものだった。だが、泣きじゃくるレイラ、煽るルミナ、そして爆睡するシロウという異常な光景を前にしても全く動じないその姿は、逆に底知れない威圧感を放っている。*
*レイラは、リーシアの登場に気づくと、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。*
レイラ(魔王女):「り、リーシア…! 聞いてくれ! シロウが、シロウが私のことを『平原』と…! うわぁぁぁん!」
*レイラはリーシアに泣きつくが、リーシアは困ったように微笑むだけだ。*
リーシア:「まあ、陛下も寝ぼけていらっしゃったのでしょう。それよりもレイラ様、お顔が大変なことになっておりますよ。さあ、まずは身支度を整えませんと」
*その言葉は優しく、しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。リーシアはすっと懐から純白のハンカチを取り出し、レイラの涙を拭ってやる。その手際の良さは、まるで駄々をこねる子供をあやす母親のようだった。*
*一方、ルミナはリーシアの登場に少しだけバツが悪そうな顔をしている。*
ルミナ:「…リーシア。見ての通りよ。お兄ちゃんがまだ離してくれないの」
リーシア:「左様でございますか。ですが陛下、そろそろお目覚めの時間でございます」
*リーシアはそう言うと、ベッドに静かに近づき、シロウの耳元にそっと唇を寄せた。*
*リーシアはシロウの耳元に唇を寄せ、決して他の者には聞こえない、囁くような、しかし芯の通った声で告げた。*
リーシア:「陛下。本日は『万象の学府』より、臨時教師就任に関する最終確認の使者が参ります。…そろそろ、お戯れもそこまでに」
*その言葉は、まるで魔法の呪文のようだった。シロウの意識が急速に覚醒していく。*
シロウ:「……ん、おきりゅ…」
*シロウはむくりと身体を起こした。その瞬間、彼の両腕から解放されたルミナとレイラが、ベッドの両サイドにころんと転がる。*
*まだ完全に覚醒しきっていない、寝ぼけ眼のシロウ。そんな彼の前に、リーシアは完璧な所作で跪くと、手際よく着替えの準備を始めた。それはいつもの朝の光景だった。*
リーシア:「陛下、本日の衣装はこちらでよろしいでしょうか」
*シロウがぼーっと頷くのを確認すると、リーシアは流れるような動きでシロウの寝間着を脱がせ、新しいシャツに袖を通させていく。その間、シロウはされるがままだ。*
*その光景を、ベッドの両サイドから二人の妻が全く異なる表情で見つめていた。*
ルミナ:「…もう。せっかくいいところだったのに」
*ルミナは少し不満げに頬を膨らませつつも、着替えさせられているシロウの姿を愛おしそうに見つめている。*
レイラ(魔王女):「……。」
*一方のレイラは、膝を抱えてベッドの隅で体育座りをしていた。目は真っ赤で、口をへの字に曲げ、「平原」という言葉のショックからまだ立ち直れていないようだ。時折、恨みがましい視線をシロウに送っては、ぷいっとそっぽを向いている。*
*寝室には、着替えを手伝うリーシアの立てる衣擦れの音と、レイラの小さな鼻息、そしてルミナの楽しげな含み笑いだけが響いていた。*
*シロウはまだどこか覚醒しきらない頭で、ふらつきながらもおもむろに空間を歪ませる。異空間収納から取り出したのは、黄金色に輝く液体が満たされた小瓶――エリクサーだった。それを一気に呷り、喉を鳴らす。*
シロウ:「ゴクゴク…ぷはー(*>∀<*)気分爽快!」
*エリクサーの持つ生命力が全身を駆け巡り、脳髄を直接揺さぶるような強烈な覚醒感が襲う。先ほどまでの眠気は一瞬で吹き飛び、視界と思考がクリアになっていく。*
*その様子を見て、リーシアは完璧な微笑みを浮かべたまま、しかしその目には僅かな呆れの色を浮かべていた。*
リーシア:「陛下…毎朝エリクサーを眠気覚ましにお使いになるのは、いささか勿体無いかと存じますが…」
*その言葉はもっともだった。一本で瀕死の重傷者を全快させるほどの秘薬を、ただのモーニングコーヒー代わりに呷るなど、他の人間が聞けば卒倒するような贅沢だ。*
*一方、ベッドの隅でいじけていたレイラが、シロウの元気な声にピクリと反応する。*
レイラ(魔王女):「…フン。元気になったのなら、さっさとその『平原』発言について謝罪したらどうなのだ…?」
*まだ根に持っているようで、潤んだ瞳でじっとりとシロウを睨みつけてくる。その隣では、ルミナが楽しそうにクスクスと笑っていた。*
ルミナ:「ふふっ♡ お兄ちゃん、おはよう♡ 今日も絶好調みたいね♡」
*エリクサーで完全に覚醒したシロウの脳は、寝ている間の出来事を綺麗さっぱり忘却の彼方へと葬り去っていた。目の前でぷんすかと怒っているレイラと、楽しそうに笑うルミナという構図が、いまいち理解できない。*
シロウ:「あ、レイラ、いつの間に来てたんだ? 平原って何かあったのか?」
*シロウは首をこてんと傾げ、純粋な疑問の目をレイラに向ける。その悪意のない、あまりにも無垢な問いかけは、しかし、レイラの心の傷に塩を塗り込むには十分すぎた。*
レイラ(魔王女):「………は?」
*レイラの顔から、怒りの表情がスッと消え、代わりに絶対零度の無表情が浮かび上がる。空気が凍りついた。隣で笑っていたルミナでさえ、その変化に「あっ…」と小さな声を漏らし、少しだけ後ずさる。*
レイラ(魔王女):「…貴様…自分が何を言ったか、覚えていない…と? この私に…この魔王女たるレイラ・アストライアに…『平原』などという、万死に値する侮辱を投げつけておいて…忘れた、だと?」
*その声は地を這うように低く、部屋の温度が数度下がったかのように錯覚するほど冷たい。さっきまでの子供のような癇癪とは明らかに質の違う、本物の怒気だ。*
ルミナ:「お、お兄ちゃん…! それは言っちゃダメなやつ…!」
*ルミナが小声で警告するが、時すでに遅し。*
レイラ(魔王女):「…良いだろう。ならば思い出させてやる。その体に、魂に、二度と忘れられぬよう、我が屈辱を刻み込んでくれる…!」
*レイラはベッドからすっくと立ち上がると、その小さな体から絶大な魔力が再び溢れ出す。だが、先程のように暴走したものではない。極限まで練り上げられ、圧縮された、純粋な破壊のエネルギーだ。シロウの魔法霧散結界がなければ、城ごと消し飛びかねないほどの。*
*着替えを手伝っていたリーシアは、静かに一歩下がり、まるで舞台の幕が上がるのを待つ観客のように、静観の構えを見せている。*
*シロウが指を鳴らした、そのコンマ1秒にも満たない刹那。*
*全世界の時間が、完全に停止した。*
シロウ:「(タイムストップ。)」
*溢れ出していたレイラの魔力は空中に凍りつき、怒りに歪んだその表情も、まるで精巧な彫刻のように固定される。リーシアの微動だにしなかった姿も、ルミナの焦った表情も、全てが色を失った静止画となった。*
*シロウは静寂の世界で一人、行動を開始する。*
*まず、怒れる魔王女レイラの体を軽々と抱き上げると、隣の空き部屋へと移動させた。硬直したままの彼女をベッドにそっと横たえる。*
シロウ:「(さて、と。お仕置きの時間だ)」
*シロウはニヤリと口角を上げると、時間停止の影響を受けない自身の指で、レイラの体の至る所にある性感帯――耳、首筋、脇腹、太ももの内側――を、的確かつ執拗に、これでもかと刺激し続ける。時間停止中のため、レイラは反応こそできないが、その刺激の情報だけは、彼女の精神に蓄積されていく。*
シロウ:「(たっぷり可愛がってやるからな…)」
*満足するまで刺激を与え終えると、シロウは部屋全体に完璧な『防音結界』を張る。これで、時間が動き出した後に彼女がどんな嬌声を上げようとも、外には一切漏れることはない。*
*準備を終えたシロウは、何事もなかったかのように元の寝室、時間が停止した瞬間の位置へと戻る。そして、再び指を鳴らした。*
*――時間が、再び動き出す。*
レイラ(魔王女):「…良いだろう。ならば思い出させてやる。その体に、魂に、二度と忘れられぬよう、我が屈辱を刻み込んでくれる…! ……って、あれ?」
*威勢よく啖呵を切ったレイラだったが、自分がいる場所が変わっていることに気づき、言葉が途切れる。さっきまでシロウたちのいた寝室にいたはずが、今は見知らぬ部屋のベッドの上だ。*
*そして、次の瞬間。*
*時間停止中に蓄積された快感の奔流が、一気に彼女の全身を襲った。*
レイラ(魔王女):「ひゃあっ!?♡ な、なな、なんだこれは!?♡ からだ、が…へん…♡ あ、あぅ…♡♡」
*別室から、くぐもった、しかし明らかに尋常ではない甘い声が微かに聞こえてくる。防音結界が完璧に機能しているため、その声は届かない。*
*元の寝室では、シロウが何食わぬ顔で立っている。*
ルミナ:「…え? レイラは…? 今、消えなかった?」
*ルミナがキョロキョロと周囲を見回し、忽然と姿を消したライバルを探している。リーシアだけは、全てを察したかのように、しかし表情は一切変えずに、ただ静かにシロウを見つめていた。*
リーシア:「…陛下。お見事でございます」
*シロウは、先ほどの騒動などまるでなかったかのように、きょとんとした顔でリーシアに問いかける。別室から聞こえるかもしれない(実際には聞こえない)甘い声のことなど、微塵も気にしていない様子だ。*
シロウ:「それで、臨時教師って何の話?」
*その、あまりにも白々しい問いかけに、リーシアは完璧な笑みを崩さずに、しかしどこか圧のある視線をシロウに向けた。*
リーシア:「…陛下がお忘れになるのも無理はございません。ご多忙の身でいらっしゃいますから」
*彼女は一度言葉を切り、手早くシロウの襟を整えながら、記憶を呼び覚ますように丁寧に説明を始めた。*
リーシア:「先日、カイ様とルーナ様が通われている『万象の学府』より、正式な書状が届いております。内容は、陛下のその類稀なる魔法の知識と実技を、ぜひ生徒たちにご教授いただきたい、というもの。学府長自らの署名が入った、臨時教師就任の依頼でございます」
*リーシアはそこで一度、シロウの反応を窺うように目を細める。*
リーシア:「そして、先ほど私が申し上げましたのは、その最終確認とご挨拶のため、本日、学府の使者がこの城に参上する、ということでございます。…陛下、今度こそ、お忘れになりませぬよう」
*最後の言葉には、優雅な釘の刺し方が含まれていた。隣では、ルミナが興味深そうにその話を聞いている。*
ルミナ:「へぇ、お兄ちゃんが先生になるの? 面白そうじゃない。生徒の中に可愛い子がいたら、私がしっかり見張っててあげるから安心していいわよ♡」
*シロウは内心で面倒くさいと思いつつも、子供たちが通う学府からの直々の依頼とあっては、無下にもできない。なにより、可愛い我が子たちがどんな環境で学んでいるのか、自分の目で確かめる良い機会かもしれない。*
シロウ:「最近は確かに暇だが…(正直めんどくさい…) とりあえず、会いに行こう」
*シロウがそう言うと、リーシアは満足げに深く一礼した。*
リーシア:「かしこまりました、陛下。既に応接室にてお待ちいただいております。こちらへどうぞ」
*リーシアに促され、シロウは着替えを終えた足で応接室へと向かう。ルミナも「私も行くわ♡」と楽しそうに後をついてきた。*
*立派な装飾が施された応接室の扉をリーシアが静かに開けると、中には一人の壮年の男性が緊張した面持ちでソファに座っていた。豪華な装飾の施されたローブは、彼が学府の中でも高い地位にあることを示している。シロウの姿を認めると、男性は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。*
学府の使者:「これはこれは、魔王陛下に於かれましては、ご機嫌麗しゅう。私、『万象の学府』にて副学府長を務めております、バルトロメオと申します。本日は貴重なお時間を賜り、誠に恐縮の至りにございます」
*バルトロメオと名乗る男は、額に汗を浮かべながらも、必死に平静を装って口上を述べる。伝説の魔王を前にして、緊張しない方が無理もないだろう。*
シロウ:「ああ、楽にしてくれ。それで、要件は聞いている。臨時教師の件だったな」
*シロウがソファに腰を下ろしながら言うと、バルトロメオは「は、はい!」と答え、懐から一通の巻物を取り出した。*
*シロウは目の前で恭しく巻物を広げようとしている副学府長を前に、隠す気もなく盛大にため息をついた。その態度に、バルトロメオの額から冷や汗がさらに吹き出す。*
シロウ:「正直、全くやる気が出ない」
*その呟きは、静かな応接室によく響いた。バルトロメオの動きがピタリと止まり、顔が青ざめていく。魔王陛下直々の拒絶。それは、彼にとって死刑宣告にも等しい。*
バルトロメオ:「そ、そそ、そ、それは…! も、申し訳ございません! 我々の配慮が至らず、陛下の御意向にそぐわぬ依頼であったとあらば、こ、この話は即刻…!」
*彼はパニックに陥り、巻物を仕舞おうと狼狽する。その必死な様子を見て、隣に座っていたルミナが呆れたように、しかし楽しげに口を挟んだ。*
ルミナ:「あなた、少し落ち着きなさい。お兄ちゃんはただ、面倒くさがりなだけなんだから。ねぇ、お兄ちゃん?」
*ルミナはシロウの腕に自分の腕を絡ませ、上目遣いで覗き込んでくる。*
ルミナ:「でも、カイとルーナがどんな風に勉強してるか、見てみたいとは思わない? それに、お兄ちゃんが先生になったら、きっと楽しいわよ♡ 私が毎日、お弁当を作って持って行ってあげる♡」
リーシア:「それに陛下。臨時教師をお引き受けくだされば、学府のあらゆる施設、書庫、研究室への自由な立ち入りが許可されるとのこと。古代魔法に関する稀覯書も、数多く所蔵されていると聞き及んでおります」
*ルミナのお弁当と古代魔法の書庫。その二つの単語は、面倒くさいというシロウの感情の天秤を大きく傾かせた。俄然、興味が湧いてきたシロウは、前のめりに質問を重ねる。*
シロウ:「臨時教師って事は俺の魔法理論?を教えるんだよな?」
*その言葉に、先ほどまで青い顔で狼狽していたバルトロメオは、待ってましたとばかりに顔を上げた。魔王陛下が興味を示してくれた。その事実に安堵し、饒舌に語り始める。*
バルトロメオ:「は、はい! まさしく! 陛下のその、既存の魔法体系を根底から覆すような独創的な魔法理論、そして圧倒的な実践魔法! 我々が喉から手が出るほど、生徒たちに触れさせたいと願っている知識そのものでございます! も、もちろん、陛下のお好きなように、お好きな内容を、お好きな時間だけご教授いただければ、それだけで我々にとっては望外の喜び…!」
*必死にシロウのご機嫌を損ねないよう、最大限の自由を約束するバルトロメオ。その姿は、伝説の存在に教えを乞う学者のそれだった。*
ルミナ:「ふふっ、お兄ちゃんの魔法理論なんて、そこらの魔導士が聞いたら泡を吹いて倒れちゃうわよ? それでもいいのかしら?」
*ルミナが楽しそうに茶々を入れる。シロウの魔法が常識とかけ離れていることを、彼女は誰よりもよく知っていた。*
リーシア:「陛下でしたら、どのような講義をなされるので?」
*リーシアが静かに問いかける。彼女もまた、主が教鞭を執る姿に興味があるようだった。*
*シロウが何気なく口にした講義内容に、応接室の空気が再び凍りついた。いや、先ほどのレイラの怒りによる冷気とは違う。純粋な驚愕と、信じられないという感情が渦巻いている。*
シロウ:「便利な異空間収納とか、移動魔法とか?」
*その言葉を最も重く受け止めたのは、副学府長のバルトロメオだった。彼は持っていた巻物を落としそうになりながら、カッと目を見開き、わなわなと震え始めた。*
バルトロメオ:「い、い、異空間収納…ですと…? それに…い、移動魔法…!? ば、馬鹿な…! そ、それは神代の御業…! 現代では完全に失われた、伝説の中の魔法では…!?」
*彼の反応は当然だった。この世界において、アイテムボックス系の魔法は非常に希少で、空間そのものを切り取って利用する『異空間収納』に至っては、文献に名が残るのみの幻の魔法。個人の座標を指定して瞬時に移動する『移動魔法』など、神やそれに準ずる存在のみが成し得た奇跡とされている。それを、こともなげに「教える」とシロウは言ったのだ。*
ルミナ:「ふふっ、言ったでしょ? そこらの魔導士が聞いたら泡を吹くって。お兄ちゃんにとっては、その辺の火種魔法と大差ないのよ」
*ルミナが優雅に脚を組みながら、追い打ちをかけるように言う。彼女にとっては見慣れた光景だが、バルトロメオにとっては天地がひっくり返るような衝撃だ。*
バルトロメオ:「し、し、信じられん…! も、もしそれが真実であるならば…! 学府どころか、この世界の魔法史が、いえ、歴史そのものが塗り替わる…! ぜ、ぜひ! ぜひ、陛下! その御業の片鱗だけでも、我々にご教授いただきたい! いえ、どうかご教授くださいませェェェッ!」
*バルトロメオは、もはや体面も何もかなぐり捨て、ソファから転げるようにして床に膝をつき、シロウに頭を下げて懇願した。その目は狂信的な輝きを放っている。一人の学者として、歴史の目撃者になれるかもしれないという興奮が、恐怖を完全に上回っていた。*
*その様子を見ていたリーシアが、静かに口を開く。*
リーシア:「陛下。どうやら、やる気になっていただけたようで何よりでございます」
シロウ:「教えるの下手だけどいいのか?」
*まるで他人事のような問いかけに、床にひれ伏していたバルトロメオはガバッと顔を上げた。その顔はもはや青ざめてはおらず、狂信的なまでの熱意と興奮で赤く上気している。*
バルトロメオ:「へ、下手…!? とんでもない! ご謙遜を! 陛下! その御業の存在を、その御口から語っていただけるだけで! それだけで我々にとっては、数千年に一度の福音なのでございます! 我々が全力で陛下の講義を補佐いたしますので、どうか、どうかお納めください!」
*彼はもはや副学府長としての威厳などかなぐり捨て、ただの熱心な一研究者、一信奉者と化していた。伝説の魔法を目の当たりにできるのなら、教え方がどうなど些細な問題ですらないのだ。*
ルミナ:「ふふっ、ですって、お兄ちゃん。よかったじゃない。これでお兄ちゃん先生の誕生ね♡ 最初の生徒は、もちろん私よ♡」
*ルミナはシロウの腕にさらに体を密着させながら、楽しそうに微笑む。彼女はもうすっかり、シロウが教師として学府に行く未来を思い描いているようだ。*
リーシア:「では、バルトロメオ様。陛下はご承諾された、ということでよろしいですね。細部の打ち合わせは、後ほど私の方で詰めさせていただきます」
*リーシアが冷静に、しかし有無を言わせぬ圧力で話をまとめる。バルトロメオは涙すら浮かべながら、何度も何度も深く頭を下げた。*
バルトロメオ:「は、はい! はい! もちろんでございます! リーシア様! ああ…! なんという栄誉! なんという吉日だ…!」
*こうして、魔王シロウの臨時教師就任は、本人の若干の面倒くささをよそに、トントン拍子で決定事項となった。*
ーー
*数日後、『万象の学府』初出勤日。*
*シロウは服装に少しだけ悩んだ末、清潔感のある真っ白なロングコート、いわゆる白衣のような出で立ちを選んだ。これなら教師っぽくも見えるし、研究者っぽくも見えて一石二鳥だろう、という安直な考えからだった。*
*そして、通勤時間はゼロ。*
シロウ:「(よし、と)」
*自室で軽く気合を入れると、シロウは空間を歪ませ、一瞬で目的地――『万象の学府』の正門前へと転移した。*
*――キィィン…*
*空間がガラスのように微かにきしむ音と共に、シロウの姿が何もない場所から出現する。*
*時刻は始業前の登校ラッシュの真っ只中。エルフ、ドワーフ、獣人、人間…様々な種族の生徒たちが賑やかに談笑しながら、荘厳な校門をくぐっていく。*
*そんな中、何の前触れもなく現れた白衣の男に、周囲の生徒たちの視線が一斉に突き刺さった。*
生徒A(人間):「な、なんだ…? 今、光らなかったか?」
生徒B:「魔法…? 転移魔法…? 馬鹿な、学府の結界内でそんな高位魔法を…」
生徒C(獣人):「誰だあの人…? 見ない顔だけど、新任の先生か…?」
*生徒たちは足を止め、遠巻きにヒソヒソと噂を始める。突然現れた謎の人物に、好奇と警戒の入り混じった視線を向けていた。シロウはそんな生徒たちの視線を一身に浴びながら、巨大な学府の校舎を見上げ、一つため息をついた。*
シロウ:「(さて…副学府長はどこにいるんだっけな…)」
*シロウは周囲の生徒たちの好奇の視線を気にも留めず、まるで近所の知り合いを呼ぶかのような気楽さで、校舎に向かって大声を張り上げた。*
ギメイ(シロウ):「おーい、副学府長ー」
*その声は意外なほどよく通り、校門付近の喧騒を突き抜けて響き渡る。生徒たちは「え?」「副学府長を呼び捨て…?」と、さらにざわめきを大きくした。副学府長といえば、この巨大な学府のナンバーツー。生徒たちにとっては雲の上の存在だ。そんな人物をあんな馴れ馴れしく呼ぶ男は一体何者なのか。*
*すると、荘厳な校舎の中から、一人の壮年の男性が慌てふためいた様子で飛び出してきた。先日会ったばかりの副学府長、バルトロメオだ。彼はシロウの姿を認めると、周囲の生徒たちの目も憚らず、駆け足でこちらへ向かってくる。*
バルトロメオ:「し、ギメイ先生! お待ちしておりました! まさか、もうご到着されていたとは…! いかがでしたか、こちらの座標は正確でございましたでしょうか!?」
*バルトロメオは息を切らしながらも、シロウの機嫌を損ねていないか、転移は上手くいったかと矢継ぎ早に質問する。その必死な様子に、周りの生徒たちは目を丸くした。あの厳格で知られる副学府長が、見たこともない白衣の男にペコペコしているのだ。*
*シロウはそんな彼に軽く手を振って応える。*
ギメイ(シロウ):「ああ、問題なかった。それより、学府長室かどこかに案内してくれ。人が多くて落ち着かない」
*シロウが周囲を鬱陶しそうに見回すと、バルトロメオはハッと我に返り、深々と頷いた。*
バルトロメオ:「も、もちろんでございます! さあ、こちらへ! 職員室にご案内いたします!」
*バルトロメオに先導され、シロウは生徒たちの驚愕と好奇の視線を浴びながら、悠々と校舎の中へと足を踏み入れていった。校門には「ギメイ先生」という謎の人物の噂だけが、あっという間に広がっていくのだった。*
*バルトロメオに先導され、ギメイ(シロウ)は職員室の扉の前に立つ。周囲からは、遠巻きに生徒たちがまだヒソヒソとこちらを窺っているのが感じられた。*
バルトロメオ:「ギメイ先生、こちらが職員室でございます。どうぞ」
*恭しく扉を開けるバルトロメオ。ギメイは「ん」と気のない返事を一つすると、ポケットに手を突っ込んだまま、猫背気味にのっそりと中へ入った。*
ギメイ(シロウ):「(ダルそうな雰囲気を出す。これも計算の内だ)」
*職員室の中には、すでに数名の教師たちがおり、始業前の準備に追われていた。しかし、見慣れない男が、あの副学府長を伴って入ってきたことで、室内の空気が一瞬にして緊張する。全員の視線がギメイに突き刺さった。*
*ギメイはそんな視線を全く意に介さず、室内をだるそうに見渡し、近くにあった空いている椅子にどっかりと腰を下ろした。そして、大きなあくびを一つ。*
ギメイ(シロウ):「ふぁ〜あ…眠ぃ…」
*そのあまりにもやる気のない、不遜ともとれる態度に、他の教師たちは唖然とする。一体何者なんだ、この男は、と。*
*バルトロメオはそんなギメイの態度に内心冷や汗をかきながらも、他の教師たちに向き直り、咳払いをして紹介を始めた。*
バルトロメオ:「諸君、紹介しよう! 本日より臨時教師として我々に力を貸してくださることになった、ギメイ先生だ! 専門は…魔法理論全般! 皆、ギメイ先生には失礼のないように。そして、多くのことを学びたまえ!」
*副学府長の力強い紹介とは裏腹に、当のギメイは机に肘をつき、頬杖をつきながら、まるで興味がなさそうに爪を眺めている。その態度は、他の教師たちの間に歓迎よりもむしろ、困惑と若干の反感を広げていくのだった。*
教師A:「(…なんだコイツは。本当に教師か?)」
教師B(エルフ女性):「(副学府長が直々に…? でも、あのやる気のなさは何かしら…)」
*職員室は、期待と疑念が入り混じった奇妙な静寂に包まれた。*
*ギメイ(シロウ)が職員室で圧倒的なやる気のなさを見せつけていると、一人の教師が立ち上がり、毅然とした態度でこちらに歩み寄ってきた。腰まで届く長い銀髪を揺らし、理知的な眼鏡の奥から鋭い視線をギメイに向けている。若く美しいが、纏う空気は氷のように冷たいエルフの女性教師だった。*
エルフの女性教師:「副学府長、失礼ながら申し上げます。そちらの『ギメイ先生』が、どのような分野をご専門とされ、我々にどのような利益をもたらしてくださるのか、ご説明いただいてもよろしいでしょうか? 我々も多忙です。実績も不明な方に、貴重な時間を割くわけにはいきません」
*彼女の言葉は、職員室にいる多くの教師たちの心の声を代弁していた。その凛とした声に、室内のざわめきがピタリと止み、全ての視線がギメイ、バルトロメオ、そしてエルフの女性教師の三者に集中する。*
*バルトロメオは、彼女からの鋭い追及に「うっ…」と一瞬言葉を詰まらせた。彼はギメイの正体を知っているが故に、その偉大さを語りたくてうずうずしているものの、「魔王陛下である」とは口が裂けても言えない。*
バルトロメオ:「ソフィア先生…! ギメイ先生は、その…我が学府の魔法理論を新たな次元へと引き上げてくださる、偉大なる御方で…!」
*歯切れの悪いバルトロメオの説明に、ソフィアと呼ばれたエルフの教師は、さらに眉間の皺を深くする。彼女は視線をバルトロメオから、相変わらず頬杖をついて退屈そうにしているギメイへと移した。*
ソフィア:「では、ご本人にお伺いします。ギメイ先生、とやら。あなたは何者で、何を教えることができるのですか? あなたのその態度、教育者として以前に、社会人としていかがなものかと見受けられますが」
*冷たく、一切の遠慮がない言葉が、ギメイに直接突き刺さる。職員室の空気は、さらに張り詰めていった。*
*ソフィアの鋭い追及に対し、ギメイ(シロウ)は頬杖をついたまま、けだるそうに目を細めて答えた。*
ギメイ(シロウ):「色々ですね〜。」
*その、あまりにも要領を得ない、人を食ったような返答に、ソフィアの眉がピクリと動く。彼女の背後では、他の教師たちが「なんだその答えは…」と呆れかえっている。*
ギメイ(シロウ):「早速仕事へ…」
*ギメイはそう呟くと、椅子に座ったまま、机の上に突っ伏した。そして数秒も経たないうちに、すー、すー、と穏やかな寝息を立て始めたのだ。*
*「………。」*
*職員室は、水を打ったように静まり返った。*
*目の前で繰り広げられた信じがたい光景に、ソフィアは言葉を失い、美しい顔をわなわなと震わせる。理知的な眼鏡の奥の瞳が、怒りで燃え上がっているのが見て取れた。実績も専門も語らず、いきなり居眠りを始めたのだ。これはもはや侮辱ですらない。存在を無視されているかのようだ。*
ソフィア:「ふ、副学府長ッ!! これは、これは一体どういうことですかッ!? この男は我々を、そしてこの神聖なる学び舎を愚弄しているのですかッ!!」
*ソフィアが金切り声に近い声でバルトロメオに詰め寄る。その剣幕に、バルトロメオは滝のような冷や汗を流しながら、必死に両手を振って彼女をなだめようとした。*
バルトロメオ:「お、お、お落ち着きくださいソフィア先生! き、きっとギメイ先生は、その…! 新しい環境に緊張されて、お疲れが…! そう! そうに違いありません! そっとしておいて差し上げるのが一番でございます!」
*苦しすぎる言い訳に、職員室のあちこちから「無理があるだろ…」「緊張であんな態度になるか…」という呟きが漏れる。*
ソフィア:「緊張ですって!? あの態度が!? 今すぐ叩き起こして、専門分野とやらを証明させてみせます!」
*激昂したソフィアが、眠っているギメイの肩を掴もうと手を伸ばした、その瞬間だった。*
*ソフィアが激昂し、眠っているギメイの肩を掴もうと手を伸ばした、その瞬間。*
*机に突っ伏したままのギメイの口から、眠たげで、しかし有無を言わせぬ響きを持った一言が漏れた。*
ギメイ(シロウ):「うるさい」
*その言葉が発せられた刹那、ソフィアの姿が職員室から忽然と消えた。*
*まるで最初からそこにいなかったかのように、何の予兆も、魔力の残滓もなく、完全に。*
*「「「「えっ…?」」」」*
*職員室にいた全ての教師が、目の前で起こった不可解な現象に固まった。手を伸ばした姿勢のまま消えたソフィア。その先にいるのは、相変わらず穏やかな寝息を立てているギメイだけだ。*
バルトロメオ:「(き、消えた…!? 今、ソフィア先生が…! ま、まさか…これが、ギメイ先生の…!?)」
*副学府長のバルトロメオだけは、これがギメイの仕業であることに思い至り、恐怖と畏敬で全身の血の気が引いていくのを感じた。杖も詠唱も魔法陣もなしに、学府でも屈指の実力者であるエルフの魔導士を、一瞬で、どこかへ転移させたのだ。*
教師A:「おい…ソフィア先生はどこへ行ったんだ…?」
教師B(人間):「わ、わからん…! まるで神隠しだ…!」
*職員室は、先ほどまでの怒声や緊張とは全く質の異なる、静かで底知れない恐怖に支配された。皆、眠っている(ように見える)ギメイに、恐る恐る視線を向けることしかできない。
***
*一方、その頃。*
*万象の学府、その最も高い校舎の屋上。普段は厳重に施錠されているその場所に、一人のエルフの女性が呆然と立ち尽くしていた。*
ソフィア:「……ここは…屋上…? なぜ、私が…?」
*さっきまで職員室にいたはずのソフィアは、状況が全く理解できず、ただ春の心地よい風に銀髪をなびかせるばかりだった。*
*キーンコーンカーンコーン…*
*学府に、始業を告げるチャイムの音が響き渡った。その音に反応するように、机に突っ伏して眠っていたギメイが、大きなあくびをしながらゆっくりと身を起こす。*
ギメイ(シロウ):「ふぁ〜あ、そろそろ行くか…場所は…」
*ギメイは眠そうな目をこすりながら、職員室の壁に掛かっている校内地図と時間割に視線を向けた。自分の担当する授業は『高学年・選択魔法理論』、教室は特別講義棟の第3講義室とある。*
ギメイ(シロウ):「(カイとルーナは低学年だから、まず会うことはないか。変装もしてるしな)」
*彼が席を立とうとした、その時。*
*職員室にいた他の教師たちが、蜘蛛の子を散らすようにギメイから距離を取るのが分かった。先ほどまであった反感や侮蔑の視線は消え失せ、代わりに恐怖と畏怖、そして理解不能なものを見る目に変わっている。*
*誰も、彼に近づこうとしない。先ほどのソフィア消失事件が、彼らにとってどれほどの衝撃だったかを物語っていた。*
*そんな中、副学府長のバルトロメオだけが、顔を引きつらせながらも恐る恐る近づいてきた。*
バルトロメオ:「ギ、ギメイ先生…! そ、そろそろ授業のお時間ですが…ご、ご案内いたしましょうか…?」
*声が上ずり、震えている。彼は目の前の男が、機嫌を損ねれば自分もどこかへ飛ばされかねない、規格外の存在であることを完全に理解していた。*
ギメイ(シロウ):「いや、いい。場所はわかったから」
*ギメイはバルトロメオの申し出をあっさりと断ると、再びポケットに手を突っ込み、けだるそうに職員室を出ていく。教師たちの恐怖の視線を背中に浴びながら、彼は一人、特別講義棟へと向かうのだった。*
*ギメイ(シロウ)は、職員室からけだるそうに歩き、特別講義棟にたどり着いた。迷路のような廊下を地図通りに進み、『第3講義室』と書かれたプレートが掛かる扉の前に立つ。*
ギメイ(シロウ):「(場所に到着、)ふぁー、ねみぃ…」
*また一つ大きめのあくびを漏らしながら、ギメイはガラリと教室の扉を開けた。*
*中は、一般的な教室とは異なり、すり鉢状に座席が配置された講堂のような作りになっている。そして、その座席の半分ほどが、すでに生徒で埋まっていた。*
*高学年の、それも選択授業だというのに、その数はかなり多い。噂の『ギメイ先生』の授業を一目見ようと、好奇心旺盛な生徒たちが集まってきたのだろう。エルフ、獣人、ドワーフ、人間…様々な種族の生徒たちが、教壇に現れたやる気のない白衣の男に一斉に視線を向けた。*
*教室は水を打ったように静まり返っている。生徒たちは、職員室での一件や、ソフィア先生失踪の噂(すでに学府中に広まりつつあった)を聞きつけ、期待と恐怖が入り混じった目でギメイを見つめている。*
*ギメイはそんな視線を全く気にすることなく、教壇の中央まで歩いていくと、近くにあった椅子にどっかりと腰を下ろした。そして、集まった生徒たちを眠そうな目で見回す。*
ギメイ(シロウ):「あー…マイクテス、マイクテス。聞こえてるー? 担当のギメイでーす。しくよろー」
*再びの「しくよろ」。そのあまりにも締まりのない第一声に、生徒たちはどう反応していいかわからず、顔を見合わせるばかりだった。*
*ギメイは椅子から立ち上がると、教壇の背後にある巨大な黒板に向き直った。生徒たちは、いよいよ授業が始まるのかと、固唾を飲んでその一挙手一投足を見守っている。どんな高度な魔法理論が語られるのか、どんな見たこともない魔法陣が描かれるのか。期待と緊張が講義室の空気を満たしていた。*
*しかし、ギメイが黒板にチョークで書いた文字は、彼らの予想を遥か斜め下に裏切るものだった。*
**『 自 習 』**
*たった二文字。それだけを書き終えると、ギメイはチョークをポイと放り投げ、再び教壇の椅子にどっかりと腰を下ろした。そして、まるで自分のベッドに入るかのように、教卓に堂々と突っ伏す。*
ギメイ(シロウ):「こんな感じで…zzz」
*一瞬の静寂の後、講義室は生徒たちのざわめきで満ち溢れた。*
生徒A:「じ、自習…?」
生徒B:「はぁ!? 俺たち、このためにわざわざ来たのかよ!?」
生徒C:「…信じられない。教育をなんだと思っているんだ…」
生徒D(獣人):「でも…あのソフィア先生を消したって噂の先生だぞ…? 何か深い考えがあるんじゃ…」
*生徒たちは、怒り、呆れ、困惑、そして一縷の期待が入り混じった表情で、穏やかな寝息を立て始めたギメイを見つめることしかできなかった。初日から前代未聞の授業(?)が、こうして始まったのである。*
ーー
*そして次の日。*
*ギメイ(シロウ)は昨日と全く同じ時間に、全く同じように転移で校門前に現れた。そして職員室では、恐怖におののく教師たちの視線を浴びながら自分の席に着くと、始業のチャイムが鳴るや否や、のっそりと講義室へ向かった。*
*講義室の扉を開けると、昨日に比べて生徒の数は半分ほどに減っていた。それでもまだ、物好きな生徒たちが席を埋めている。*
*ギメイは昨日と全く同じように教壇に立つと、黒板に向き直った。生徒たちが固唾を飲んで見守る中、ギメイはチョークを手に取る。*
*そして、昨日書かれた『自習』の二文字を指でトンと叩き、そのまま教卓に突っ伏した。*
ギメイ(シロウ):「(今日も自習…と)…zzz」
*今日も今日とて、開始1分で授業を放棄。講義室には、生徒たちの呆れたため息と、ギメイの穏やかな寝息だけが響き渡った。*
*そんな空気が数十分続いた頃だった。*
*一人の生徒が、意を決したように席を立ち、恐る恐る教壇に近づいてきた。腰まである長い金髪をポニーテールにした、快活そうな印象の人間の女の子だ。彼女は眠っているギメイのすぐそばまで来ると、おずおずと声をかけた。*
女子生徒:「あ、あの…ギメイ、先生…?」
*彼女の手には、びっしりと数式や魔法陣が書き込まれた羊皮紙が握られている。どうやら、自習時間中に魔法理論について考えていたようだ。*
*ギメイは心地よい眠りの中にいたが、すぐそばで聞こえた控えめな声に意識を浮上させる。ゆっくりと顔を上げると、目の前には一人の女子生徒が、緊張と期待が入り混じった顔で立っていた。その手には、何やら難解そうな数式がびっしりと書かれた羊皮紙が握られている。*
ギメイ(シロウ):「ん…? なんだー?」
*まだ眠気が完全に覚めていない、気の抜けた声を出す。ギメイは目をしょぼしょぼさせながら、目の前の女子生徒と彼女が持つ羊皮紙をぼんやりと眺めた。*
女子生徒:「あ、あの! 起こしてしまってすみません! 私、高学年で魔導工学を専攻してるリナって言います! この…魔法陣の術式について、どうしても解けない部分があって…先生なら、何か分かるんじゃないかと思って…!」
*リナと名乗った女子生徒は、早口でそう言うと、恐る恐る羊皮紙を教卓の上に広げた。そこには、既存の魔法体系とは少し違う、独創的だが不完全な魔法陣が描かれている。おそらく、彼女が自力で考案しようとしている術式なのだろう。*
ギメイ(シロウ):「へぇ…魔導工学…」
*ギメイは興味なさげに呟きながらも、その魔法陣にちらりと視線を落とした。*
*ギメイは目の前で熱心に語る女子生徒「リナ」と、彼女が広げた羊皮紙に描かれた複雑な魔法陣を、眠そうな目で交互に見た。そして、彼女が口にした『魔導工学』という単語に、首をこてんと傾げる。*
ギメイ(シロウ):「って何だ? 初めて聞いたわそんな単語。辞書で調べてくれ」
*その返答は、あまりにも無慈悲で、あまりにも突き放したものだった。リナは、尊敬する(かもしれない)先生からアドバイスが貰えるという期待に満ちていた顔を、一瞬で固まらせる。*
リナ:「え…? あ、あの…魔導工学は、魔法理論を応用して、生活を豊かにする道具や術式を開発する学問で…」
*健気にも説明を試みるリナだったが、ギメイは彼女の言葉を遮るように、興味なさげに手をひらひらと振った。*
ギメイ(シロウ):「へー、そうなんだー。じゃ、そういうことだから」
*そういうこと、がどういうことなのか全く分からないまま、ギメイはリナの目の前で、再び教卓に突っ伏した。*
ギメイ(シロウ):「って事でおやすみー…zzz」
*再び、穏やかな寝息が講義室に響き始める。*
*教壇の前で、リナは広げた羊皮紙を持ったまま、完全に立ち尽くしていた。彼女の周りでは、他の生徒たちが「うわ…」「ひでぇ…」「リナが可哀想すぎる…」とヒソヒソと囁き合っている。*
*リナの大きな瞳からは、みるみるうちに涙の膜が張っていく。そして、一筋の涙が頬を伝った。*
ーー
*そして3日目の朝。*
*ギメイはいつものように、やる気のない態度で講義室に現れた。もはや彼の授業に出席する生徒は、初日の3分の1以下にまで減っていた。残っているのは、よほどの物好きか、あるいは何かを期待している変わり者たちだけだ。昨日、ギメイに冷たくあしらわれ、泣いてしまったリナの姿も、一番前の席にあった。彼女は俯きがちだが、その瞳にはまだ諦めきれない光が宿っている。*
*ギメイはそんな生徒たちを一瞥すると、おもむろに異空間収納から一枚の羊皮紙を取り出した。そして、それを無言で教壇の前の席に座っていたリナの机に、ひらりと置いた。*
リナ:「…え?」
*突然のことに、リナは驚いて顔を上げる。他の生徒たちも「なんだ?」「また何か始まったぞ」とざわめき、身を乗り出した。*
*羊皮紙には、こう書かれていた。*
---
**【問題】**
**ここに、互いに遠く離れたA地点とB地点がある。**
**この二つの地点を繋ぐ『移動魔法:ゲート』の術式を完成させなさい。**
**※使用する魔法言語、術式構成、魔力流動の概念図を併記すること。**
---
*そして、その紙の右下には、小さな文字でこう添えられていた。*
*『正解したら、教える』*
*ギメイはその紙を置くと、他の生徒たちには何も言わず、いつも通り教卓に突っ伏して寝る体勢に入った。*
*リナは、目の前に置かれた羊皮紙と、寝てしまった(ように見える)ギメイの顔を、信じられないという表情で何度も見返している。*
*それは、あまりにも不親切で、あまりにも唐突な、しかし本質的な『問い』だった。講義室に残った生徒たちは、リナの持つ一枚の紙に、固唾を飲んで注目していた。*
*リナは、目の前に置かれた羊皮紙を食い入るように見つめている。その瞳には、昨日までの絶望の色はなく、代わりに知的な探求心と、課題を前にした研究者のような強い光が宿っていた。彼女の周りに集まってきた数人の生徒たちも、羊皮紙を覗き込み、眉をひそめたり、感嘆の声を漏らしたりしている。*
生徒A:「おいおい…『移動魔法:ゲート』だって? そんなの、伝説級の大魔法じゃないか…」
生徒B:「これを、術式を完成させろって…? 無茶苦茶だろ…」
生徒C:「でも、これって…つまり、このギメイって先生は、ゲートの理論を知ってるってことだよな?」
*生徒たちの囁きが講義室に満ちる中、リナは誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。*
リナ:「…違う。これは、ただの伝説じゃない…。空間座標の指定、魔力経路の固定、そして二つの座標を同期させるための媒介変数…。基本的な概念は、私が研究している『遠隔物質転送理論』と同じ…。でも、これは…規模が、次元が違いすぎる…」
*彼女はぶつぶつと専門用語を呟きながら、自分のカバンから羽ペンとインクを取り出した。その目は完全に『問題』に没頭しており、周りの声も、再び寝息を立て始めたギメイの存在すらも、もはや意識の外にあるようだった。*
*他の生徒たちは、あまりの課題の壮大さに呆気に取られている者、面白がって見守る者、そしてリナの異様な集中力に圧倒されている者など、反応は様々だ。しかし、この瞬間、この不毛だと思われていたギメイの講義室は、一人の生徒の情熱によって、この学府で最も熱い研究の場へと変貌を遂げていた。*
*ギメイは教卓に突っ伏したまま、規則正しい寝息を立てている。その口元が、ほんの僅かに、満足げな弧を描いたことに気づいた者はいなかった。*
*チャイムの音が、熱気に満ちた講義室に響き渡った。リナは、その音にハッと我に返り、自分がどれだけ没頭していたかに気づく。彼女の目の前の羊皮紙には、この数時間でびっしりと数式や魔法陣の設計図が書き込まれていた。まだ完成には程遠いが、確かな手応えを感じさせる進捗だ。*
*そのタイミングを見計らったかのように、教卓で死んだように眠っていたギメイが、むくりと上半身を起こした。*
ギメイ(シロウ):「ふぁ〜あ…。ん、もう終わりか」
*大きなあくびをしながら、ギメイは教卓から降り、一直線にリナの元へと歩み寄る。そして、彼女が書きなぐった羊皮紙をひょいと取り上げた。*
リナ:「あ…! ま、まだ途中です…!」
*慌てて声を上げるリナを意にも介さず、ギメイはその紙を雑に丸めながら言った。*
ギメイ(シロウ):「明日採点するわ〜」
*その言葉だけを残すと、ギメイはくるりと背を向け、講義室の出口へと向かう。生徒たちが呆気に取られて見守る中、彼は教室の壁際で立ち止まり、何もない空間に向かって手をかざした。*
*すると、彼の目の前に黒い円形の亀裂――空間の歪みが出現する。それはまさに、彼が課題として出した『ゲート』そのものだった。*
ギメイ(シロウ):「じゃ、おつかれー」
*ギメイはひらひらと手を振り、その黒いゲートの中へと躊躇なく足を踏み入れる。そして、彼の姿が完全に消えると同時に、ゲートもまた音もなく閉じて消滅した。*
*講義室には、呆然と立ち尽くす生徒たちと、中心で拳を握りしめるリナだけが残された。彼女の瞳には、悔しさと、それ以上に強い闘志の炎が燃え上がっていた。*
リナ:「…! 必ず、解き明かしてみせる…!」




