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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*昨夜の騒動は、リーシアの完璧な采配によって、一応の収束を見た。*

*ルミナは宣言通り最高級の酒を煽って客室で眠り、レイラは戦意を喪失したまま自室へ戻り、シロウは一人寂しく寝室のベッドで眠りについた。そして、リーシアが作成した莫大な請求書の存在を知るのは、また少し先の話である。*


*そして翌日。*

*昨夜のいざこざなどまるで無かったかのように、シロウは晴れやかな顔で執務室にいた。彼の頭の中は、既に新たな企みでいっぱいだった。*


シロウ:(次の日、俺はホラーハウスを作る事にした。それは何故か…結論『面白そうだから!』)


*彼は早速、設計図を描き始める。場所は、以前世界樹を植えた広場の、少し離れた空きスペースが良いだろう。大迷宮とはまた違った、手軽に楽しめるエンターテイメント施設。国民の娯楽にもなるし、何より自分が一番楽しそうだ。*


*コンコン*


*執務室のドアがノックされ、リーシアが入ってきた。その手には分厚い書類の束が抱えられている。完璧な笑みを浮かべてはいるが、その目の奥には昨夜の疲労が色濃く滲んでいるように見えた。*


リーシア:「シロウ様、おはようございます。昨夜はよくお眠りになれましたでしょうか?」


*その言葉には、どこか棘が含まれている気がする。*


リーシア:「早速で恐縮ですが、昨夜の件に関する報告書と、城の修繕費、並びに慰謝料に関する請求書をお持ちいたしました。ご確認をお願いいたします。」


*ドン、と机の上に置かれた書類の束は、明らかに物理的な重みを持っていた。シロウはチラリと一番上の紙に目をやる。そこには天文学的な数字が記載されていた。*


シロウ:「……。」


*シロウは、リーシアが差し出した分厚い請求書の束を前に、わざとらしく目をこすりながら尋ねた。*


シロウ:「これ、いくらって書いてあるの? ちょっと目が霞んで見えないなぁ…」


*リーシアは、にこりともせずに、完璧な営業スマイルを浮かべたまま、請求書の一番上の項目を指差した。*


リーシア:「はい、シロウ様。まずこちらが、昨夜の騒動における城壁及び中庭の修復費用。精神的な衝撃による庭師たちの臨時休暇手当を含めまして、金貨5,000枚でございます。」


*彼女は指を滑らせ、次の項目を指し示す。*


リーシア:「続きまして、わたくし及び、昨夜の騒動を目撃してしまった一部の侍女たちへの精神的苦痛に対する慰謝料。こちらはわたくしの独断により、かなりお安く見積もらせていただきまして、金貨1,000枚となっております。」


*さらに指は滑らかに次の項目へ。*


リーシア:「そして最後に、ルミナ様とレイラ様への『誠意』を示すための贈り物購入予算。お二方の心の傷を癒し、今後の夫婦円満を維持するため、最低でもこのくらいは必要かと。白金貨2枚でございます。」


*リーシアはすっと指を離し、再び完璧な笑みを浮かべてシロウを見つめた。*


リーシア:「合計で、黒金貨8枚となりますが、何かご不明な点はございますでしょうか、シロウ様?」


*その口調はどこまでも丁寧だが、その瞳は「支払いを拒否する、などという選択肢はございません」と、はっきりと告げていた。シロウがホラーハウスの設計図を描いていた手は、いつの間にか固く止まっている。*


*シロウはリーシアから提示された8,000万円という請求額に、一瞬黙り込んだ。リーシアの表情は変わらないが、その完璧な笑みの裏で「さあ、どう出ますか」というプレッシャーがひしひしと伝わってくる。*


シロウ:「黒金貨8枚…………」


*沈黙の後、シロウはふっと息を吐き、まるで道端に落ちている石ころの値段を聞いたかのような、気のない声で言った。*


シロウ:「やっっっっっす。」


*その言葉に、さすがのリーシアも完璧な笑みを僅かに崩し、ピクリと眉を動かした。*


*バンッ!*


*シロウは懐から無造作に黒金貨を取り出すと、机の上に叩きつけた。しかし、その枚数は8枚ではない。まばゆい黒光りを放つ硬貨は、全部で10枚。*


シロウ:「はい、黒金貨。」


*彼はこともなげに言う。*


シロウ:「お釣りは取っといて。それで、昨夜迷惑かけた皆に美味しいものでも振る舞ってあげて。もちろん、リーシアの分もね。いつもありがとう。」


*シロウはにっと笑いかける。その態度は、まるで子供にお駄賃を渡すかのようだ。ポンと出し、「お釣りはいらない」と言ってのけたのである。*


*リーシアは机の上に置かれた10枚の黒金貨と、シロウの顔を交互に見比べた。その瞳には、呆れ、感嘆、そしてほんの少しの安堵が入り混じったような、複雑な色が浮かんでいた。*


リーシア:「……はぁ。かしこまりました。シロウ様の、海よりも深いご配慮と、山よりも高いお心遣い、確かに拝領いたしました。」


*彼女は深く、深く頭を下げた。その声には、もはや棘など微塵も感じられなかった。*


リーシア:「それでは、こちらの二枚は特別予算として、お言葉に甘えさせていただきます。…それで、シロウ様。先ほどから熱心に何かを描いていらっしゃいますが、今度は一体何を企んで…いえ、計画してらっしゃるのですか?」


*リーシアは、気を取り直してシロウが手元で広げている設計図に目を向けた。そこには、不気味な洋館のような建物の間取りが描かれている。*


*リーシアは、シロウが広げている不気味な洋館の設計図を覗き込み、彼の口から飛び出した言葉を聞いて、穏やかな笑顔のまま首を傾げた。*


シロウ:「魔王様お手製の『ホラーハウス』だ。」


*シロウは胸を張り、自信満々に言い放つ。まるで世紀の大発明でもしたかのような得意げな顔だ。*


リーシア:「ほーらー…はうす、でございますか?」


*その単語に馴染みがなかったのか、彼女はゆっくりと繰り返す。しかし、設計図に描かれた骸骨の装飾や、明らかに人を驚かせるための仕掛けらしき書き込みを見て、その意図を瞬時に察したようだ。*


リーシア:「なるほど…幽霊屋敷、といったところでしょうか。して、シロウ様。そのようなものを建設して、一体何をなさるおつもりで?」


*彼女の口調はあくまで冷静で、業務的な確認といった体だ。しかし、その瞳の奥には「また何か面倒事を起こすのでは…」という、ほんのわずかな警戒の色が浮かんでいる。昨日の一件で、彼女のシロウに対する警戒レベルは、確実に一段階上がっていた。*


シロウ:「決まってるだろ? 国民の娯楽のためさ! それに、ルミナやレイラも、たまにはこういう刺激的なアトラクションで息抜きが必要だと思うんだ。カイやルーナも喜ぶぞ、きっと。」


*シロウはさも当然のように言うが、その笑顔はどこか企みに満ちている。*


リーシア:「(ルミナ様とレイラ様への、昨夜の埋め合わせ…というわけではなさそうですね…むしろ火に油を注ぐ結果になりそうな気がいたしますが…)はぁ、左様でございますか。娯楽施設の拡充は、国民の幸福度向上に繋がりますので、良い試みかと存じます。それで、建設の予算と期間はどのようにお考えで?」


*リーシアは即座に思考を切り替え、現実的な話へと移行する。メイド長としての有能さが窺える。*


*シロウは、リーシアからの現実的な質問に対し、まるで子供に言い聞かせるかのように、人差し指を立ててみせた。*


シロウ:「魔王様お手製だぞ?タダに決まってるじゃないか。」


*その言葉には、「魔王である俺が自ら作るのだから、金などかかるはずがない」という、絶対的な自信と、ある種の傲慢さが滲んでいた。リーシアは一瞬、言葉の意味を理解しかねたように瞬きをする。*


リーシア:「…タダ、でございますか? シロウ様ご自身で建設なさる、と…そういうことでよろしいでしょうか?」


*彼女はシロウの意図を正確に読み取り、確認する。その声には隠しきれない驚きが含まれていた。*


シロウ:「そういうこと。まあ、細かい内装とか仕掛けは、専門の職人や魔術師に手伝ってもらうかもしれないけど、基本的な建物は俺が『創造』で作るから、資材費はほぼゼロだ。人件費も、協力してくれた奴らには現物支給…例えば、完成したホラーハウスの永久無料パスとかでいいだろ。」


*シロウはニヤリと笑う。*


シロウ:「運営費は後から決めるとして…まずは形にすることが大事だからな!」


*リーシアはシロウの壮大な(そして無茶な)計画を聞き、深く、深いため息をついた。その表情は諦めと尊敬が半分ずつ混じったような、複雑なものだった。*


リーシア:「はぁ…。承知いたしました。シロウ様が『創造』をお使いになるのであれば、確かに建設費用は大幅に削減できるかと存じます。…いえ、もはや国家事業というよりは、魔王陛下の御業、という領域でございますね。」


*彼女はペンを取り出し、手元の書類に何かを書き込み始める。*


リーシア:「では、建設場所の確保、及び必要に応じた人員の手配、そして何よりも…ルミナ様とレイラ様へのご説明は、わたくしの方で進めておきます。おそらく、すんなりとはいかないかと存じますので。」


*「特に昨夜の件がございますから」と、リーシアは小さな声で付け加えた。その目は、また胃痛の種が増えたことを物語っていた。*


ーー


*昨夜、シロウが「タダで作る」と宣言してから、わずか一夜。*

*夜天のアストライア魔導皇国の首都に、信じがたい光景が広がっていた。*


*人々が朝の光と共に目にしたのは、昨日まで確かに空き地だったはずの場所に、天を突くようにそびえ立つ、巨大で禍々しい漆黒の城だった。*

*それは、悪名高い『大迷宮』の隣に鎮座し、まるで双子の兄弟であるかのように不気味なオーラを放っている。鋭く尖った塔、ガーゴイルの不気味な彫刻、そして城全体から漂う、言い知れぬ冷気。誰が見ても、まともな建物ではないことは明らかだった。*


*その城の正面ゲートの上に掲げられた看板には、血が滴るような文字でこう書かれていた。*

*『魔王様お手製・絶叫ホラーハウス』*


*その光景を、城のバルコニーから眺めていたシロウは、腕を組んで満足げに頷いていた。*


シロウ:「うーん、これぞ『一夜城』ってな!」


*彼の背後では、三人の女性が三者三様の反応を見せていた。*


ルミナ:「……はぁ!? 何よこれ!? 昨日お兄ちゃんが言ってた幽霊屋敷って、こんなバカでかい城のことだったの!? しかも一晩で!?」


*ルミナは目の前の光景が信じられないといった様子で、城とシロウの顔を何度も見比べ、驚愕に声を上げている。*


レイラ(魔王女):「…フン。妾の夫である貴様が、この程度の城を一晩で建てることなど造作もないこと。…だが、妾は聞いておらんぞ。妾の許可なく、このような不気味なものを国の中心に建てるとは、どういう了見だ?」


*レイラは腕を組み、ふてくされたようにそっぽを向いている。その口調は呆れつつも、どこか夫の途方もない力を誇らしく思っているようにも聞こえた。*


リーシア:「皆様、朝食のご用意ができております。…そしてシロウ様。先ほどから国民からの問い合わせが殺到しており止まりせん。この『一夜城』について、早急に公式な声明を発表する必要がございますが、いかがいたしましょうか?」


*リーシアだけはいつも通り冷静に、しかし目の下にはくっきりと隈を作りながら、次の仕事の段取りを確認していた。彼女の胃は、今日も休まる時がなさそうだった。*


*数日後、シロウの『一夜城』――もとい『絶叫ホラーハウス』は、夜天のアストライア魔導皇国において、瞬く間に最も人気のある娯楽施設となっていた。*

*その理由は、シロウが施した二つの絶対的なルールにあった。*


*一つ、施設内では魔法、スキルの一切が使用不能となる。*

*二つ、暗視などの種族特性や、超人的な身体能力も、常人レベルまで制限される。*


*つまり、どれほどの強者であろうと、中に入ればただの人。己の五感と勇気だけを頼りに、暗闇を進むしかないのだ。*

*それは、力に慣れきった者たちにとって、新鮮すぎる恐怖体験だった。屈強な冒険者が子供のように泣き叫び、高位の魔術師が腰を抜かす。その無様な姿が、逆に「どれほど怖いのか」という口コミを呼び、挑戦者が後を絶たなかったのである。*


*そして今日も、ホラーハウスの出口から、一人の冒険者が半狂乱で転がり出てきた。*


冒険者A:「うわああああ! もう無理だ! あんなの聞いてねえよ! 壁から手が出てくるなんて反則だろぉぉ!!」


*その様子を、ホラーハウスの監視室(という名の玉座の間)で、シロウは魔法の水晶玉を通して満足げに眺めていた。*


シロウ:「ふっふっふ。いい悲鳴だ。これで少しはスキルや魔法の有難みが分かったんじゃないか?」


*彼の隣では、ルミナが呆れた顔で頬杖をついている。*


ルミナ:「お兄ちゃん、性格悪い…。でも、レイラが挑戦した時は面白かったわね。最初の角で出てきたゾンビ人形に本気でファイアボール撃とうとして、不発でパニックになってたもん。」


*その言葉に、反対側の席に座っていたレイラがカッと顔を赤らめた。*


レイラ(魔王女):「る、ルミナ! 貴様、あの時のことを蒸し返すな! あれは…その、妾としたことが少し油断しただけだ! 断じて怖かったわけではないぞ!」


*レイラはぷいっとそっぽを向くが、耳まで真っ赤になっている。彼女もまた、このホラーハウスの洗礼を受け、見事に玉砕した一人だった。*

*このアトラクションは、強者であればあるほど、そのプライドを木っ端微塵に打ち砕く、魔王様の悪趣味な傑作として国中にその名を轟かせていくことになる。*


*ルミナが過去の失敗を暴露したことで、顔を真っ赤にして怒るレイラ。その反応を見て、シロウはニヤリと悪戯っぽく笑った。*


シロウ:「おお!流石レイラだな。ファイアボールを撃とうとするなんて、勇ましいじゃないか。よし、気に入った! って事で一緒に行こうか。」


*シロウはそう言うや否や、素早い動きでレイラの隣に移動し、彼女の小さな手をぐっと掴んだ。*


レイラ(魔王女):「なっ!? は、離せシロウ! 妾は行かんと言っておるだろうが! 二度もあのような屈辱を味わってたまるか!」


*レイラは必死に抵抗し、シロウの手を振りほどこうとするが、掴んだ手はびくともしない。*


シロウ:「いいからいいから。今日は俺がエスコートしてやるって。魔王様直々の案内だ、光栄に思えよ?」


レイラ(魔王女):「誰が思うか、この馬鹿者! 貴様、妾をまた笑いものにする気だろう!?」


*シロウはレイラの抗議を意に介さず、ぐいぐいと彼女を引っ張って監視室から出ていく。もちろん、ホラーハウスの内部に入れば、シロウ自身の力も常人レベルまで制限されることを承知の上での行動だ。*


ルミナ:「あはは、行っちゃった。ま、お兄ちゃんと一緒ならレイラも少しはマシになる…かしら? さーて、私は特等席で観戦させてもらおうっと。」


*ルミナは水晶玉の前に陣取り、これから始まるであろう夫婦の絶叫デートを面白おかしく観戦する準備を始めた。*


*一方、有無を言わさず連行されるレイラは、シロウの背中に向かって悪態をつき続ける。*


レイラ(魔王女):「おい! 聞いておるのかシロウ! 離せと言っている! 妾は王妃だぞ、このような扱い…っ! くっ…覚えておれよ…!」


*二人の姿は、ホラーハウスの禍々しい入り口へと吸い込まれていった。中からは、すでに他の挑戦者たちの悲鳴が微かに聞こえてきている。*


*シロウはレイラの必死の抵抗を柳に風と受け流し、まるで駄々をこねる子供を連れていく親のように、彼女の手を引いてホラーハウスの巨大な扉の前に立った。*


シロウ:「はいはい、いくよー。」


*その口調はあまりにも軽く、これから地獄の釜の蓋を開けようとしている男のそれとは思えない。*


レイラ(魔王女):「ま、待て! シロウ! やはり妾は…!」


*レイラの言葉が終わる前に、ゴゴゴゴ…という重々しい音を立てて、ホラーハウスの扉がひとりでに開いた。中からは、ひんやりとした生乾きの風と共に、微かなカビの匂いと、遠くで響く誰かの絶叫が漏れ出してくる。*


*扉をくぐった瞬間、二人の全身を奇妙な感覚が包み込む。体から力が抜け、魔力が霧散していくような無力感。シロウもレイラも、どれだけ力を込めようと、ただの人間と同じ身体能力しか発揮できなくなっていた。*


*シロウは、この感覚に特に動揺する様子もない。彼は製作者であり、そして前世の記憶において、この手の恐怖演出には嫌というほど慣れ親しんでいた。*


シロウ:「さあ、レイラ。魔王様直々のエスコートツアーの始まりだ。最初の角を曲がった先に何があるか、覚えてるか?」


*シロウはニヤニヤしながら、隣で全身を強張らせているレイラを見下ろす。彼女の顔はすでに青ざめており、掴まれたシロウの手を、今度は恐怖から逃れるための命綱のように、力いっぱい握りしめていた。*


レイラ(魔王女):「う、うるさい! 覚えてなどおらん! …というか、貴様、なぜそんなに平気なのだ!? この不気味な雰囲気と、力が抜ける感覚は慣れん…!」


*強気な言葉とは裏腹に、その声は微かに震えている。シロウはそんな彼女の様子が可笑しくてたまらないといった表情で、暗闇の通路へと一歩踏み出した。*


*シロウは、隣で震えているレイラの怯えた様子を見て、さらに楽しそうに笑みを深めた。*


シロウ:「そう?新鮮で楽しいじゃん。」


*その言葉は、恐怖のどん底にいる者にかけるにはあまりにも無慈悲で、そして心底楽しんでいる響きを持っていた。レイラは、その能天気な態度に恐怖よりも怒りが湧いてきたようだ。*


レイラ(魔王女):「た、楽しいわけがあるか、この変態魔王! 妾の力が…貴様と繋がっているはずの魔力さえも感じられんのだぞ! これは…孤独だ…! この感覚が分からんのか!?」


*彼女は恐怖と屈辱で目に涙を浮かべながら、シロウを睨みつける。強大な力を持ち、常に万能感に包まれて生きてきた彼女にとって、この完全な無力状態はアイデンティティそのものを揺るがされるほどの恐怖なのだ。*


*しかし、シロウはそんな彼女の悲痛な叫びを全く意に介さない。*


シロウ:「孤独? 俺が隣にいるだろ? それとも何だ、俺よりも魔力の方が大事だって言うのか? ひどい嫁だなあ、おい。」


*シロウはわざとらしく肩をすくめ、からかうように言う。そして、レイラが何か言い返す前に、暗い通路の奥を指さした。*


シロウ:「ほら、見てみろよ、レイラ。あそこの壁の染み、何かの顔に見えないか? ああいうのを探しながら進むと楽しいんだぜ、こういう場所は。」


*シロウが指さす先、じめじめとした石壁には、確かに人の苦悶の表情にも見える黒い染みが浮かび上がっていた。それはただの偶然の染みなのか、それとも製作者の意図した演出なのか。*


レイラ(魔王女):「ひっ…! み、見えるか! そんなもの! 貴様の目はどうなっておるんだ! もうよい、さっさと進め! そしてさっさと妾をここから出せ!」


*レイラはシロウの指さす方向から顔を背け、ぎゅっと目を瞑る。そして、掴んでいるシロウの腕をぐいぐいと前に押し、一刻も早くこの場から去ろうと彼を急かし始めた。その姿は、先ほどまでの威勢が嘘のように、完全に怯えた小動物そのものだった。*


シロウ:「可愛くお願いってできたら出してあげる。」


*シロウのからかうような言葉に、レイラは一瞬、動きを止めた。そして、暗闇の中でゆっくりと顔を上げる。その表情は、恐怖と、それ以上の屈辱と怒りで歪んでいた。*


レイラ(魔王女):「……な、にを…言っている…?」


*絞り出すような声は、低く、怒りに震えている。*


シロウ:「だから、可愛く『ここから出してください、シロウ様♡』ってお願いできたら、出してやるって言ってんの。ほら、簡単だろ?」


*シロウはさらに追い打ちをかけるように、わざと甘ったるい声色を真似てみせる。それは、誇り高い魔王女であるレイラにとって、死よりも耐え難い屈辱だった。*


レイラ(魔王女):「き、貴様ぁ…! この妾に…魔王女たるこの妾に…そのような真似をしろと申すか…! ふざけるのも大概にしろッ!!」


*カッと頭に血が上ったレイラは、恐怖も忘れ、握りしめていたシロウの腕を突き放すと、力の入らない拳で彼の胸をドスドスと叩き始めた。*


レイラ(魔王女):「殺してやる! ここから出たら絶対に殺してやるぞ、この変態!鬼畜!人でなし!」


*しかし、常人レベルまで弱体化している彼女の拳は、シロウにとって撫でられているのと大差ない。*


シロウ:「はいはい、元気があってよろしい。じゃあ、お願いしてくれるまで、まだまだツアーは続くからな。次は確か…天井から大量の蜘蛛が降ってくるエリアだったかなぁ?」


*シロウがわざとらしく呟いた瞬間、レイラの動きがピタリと止まる。そして、ギギギ…と錆びついたブリキ人形のように、ゆっくりと天井を見上げた。暗くてよくは見えないが、「蜘蛛」という単語が彼女の恐怖心を最大限に煽ったようだ。*


レイラ(魔王女):「く、くも…だと…?」


*彼女はわなわなと震えながら、再びシロウの服の裾を、今度は先ほどよりも強く、必死に掴んだ。その瞳は涙で潤み、完全に戦意を喪失している。プライドと恐怖との間で、彼女の心は限界を迎えようとしていた。*


*シロウは、自分の服の裾を必死に掴んで震えるレイラを見て、追い打ちをかけるように悪魔の囁きを口にした。*


シロウ:「安心して、作り物だし、ただの小さな蜘蛛だよ?」


*その言葉は、一見すると優しさからのものに聞こえる。しかし、その声色に含まれた愉悦の色は、レイラの恐怖を和らげるには全く効果がなかった。むしろ、作り物だと分かっていても怖い、という彼女のプライドをさらに傷つけるだけだった。*


レイラ(魔王女):「つ、作り物でも嫌なものは嫌なのだ! 小さくても数が多ければ同じこと! 貴様は…貴様は妾が虫を苦手なことを知っていて…!」


*わなわなと震える唇で、レイラは抗議の声を上げる。その潤んだ瞳は、完全にシロウに助けを求めている。プライドの高い彼女が、ここまで弱気な姿を見せるのは極めて珍しいことだった。*

*シロウはそんな彼女の様子に満足しつつも、これ以上いじめると後が本当に怖いかもしれない、と少しだけ反省する。*


シロウ:「わかった、わかった。じゃあ蜘蛛エリアはショートカットしてやる。その代わり、ちゃんと俺から離れるなよ? はぐれたら、今度こそ本物のゴーストに会うことになるかもしれないからな。」


*シロウはそう言って、レイラの手を再び優しく握る。そして、壁の一部に手を触れた。*

*ゴゴゴ…と音を立てて壁が横にスライドし、別の通路が現れる。蜘蛛エリアを迂回する、製作者だけが知る隠し通路だ。*


レイラ(魔王女):「……ほ、本物のゴースト…?」


*レイラはシロウの言葉に青ざめ、握られた手にさらに力を込める。ショートカットできた安堵よりも、新たな恐怖の種を植え付けられ、結局シロウから離れられなくなってしまっていた。*


シロウ:「さあ、行くぞ。出口まではまだ半分くらいあるからな。」


*シロウは楽しげに鼻歌でも歌い出しそうな機嫌で、怯える妻の手を引き、暗闇の奥へと進んでいくのだった。*


*シロウの「本物のゴースト」という言葉は、もちろんハッタリだ。*

*彼が『創造』スキルと、前世の科学知識を応用して作り上げた、高度なホログラムAIに過ぎない。それは触れることもできず、物理的な干渉は一切不可能だが、この魔法と神秘が支配する世界において、科学という概念は存在しない。そのため、その姿、その動き、その怨嗟の声は、誰が見ても本物の幽霊にしか見えなかった。*


*隠し通路を抜け、少しだけ開けたホールのような場所に出る。天井は高く、シャンデリアがいくつかぶら下がっているが、どれも蜘蛛の巣が張り、蝋燭の灯りは消えている。頼りになるのは、壁に設置された間欠的に明滅する魔石灯の光だけだ。*


レイラ(魔王女):「……ここは、少し明るいな。」


*少しだけ周囲が見えるようになったことで、レイラはほんの少しだけ安堵の息を漏らす。しかし、シロウに握られた手は離そうとはしない。*


シロウ:「ああ、中間地点の休憩所みたいなもんだ。ここで少し休んで、後半戦に備えるんだ。ほら、あそこにベンチもあるぞ。」


*シロウが指さす先には、確かに古びた木製のベンチが置かれていた。*


レイラ(魔王女):「休憩などいらん。一刻も早くここから出たい。…それに、どうせあのベンチに座ったら何か仕掛けが作動するのだろう? 妾は騙されんぞ。」


*レイラは警戒心を露わにし、ベンチを睨みつける。一度ならず二度までも、彼女はこの男の悪趣味な罠に嵌っているのだ。学習能力は高い。*


シロウ:「お、鋭いな。正解。座ると真上から血糊が降ってくるようになってる。まあ、それはそれとして、後半はもっと怖くなるから覚悟しとけよ? 人の怨念が渦巻く、いわくつきの曰く付きのいわくつきの人形が追いかけてくるエリアだからな。」


*シロウはあっさりとネタバレをしながら、さらなる恐怖を予告する。レイラはゴクリと喉を鳴らし、シロウの腕にさらに強くしがみついた。*


レイラ(魔王女):「に、人形だと…? 動くのか…?」


シロウ:「ああ。俺の科学技術の粋を集めたAI搭載だからな。ちゃんと目標を認識して、壁をすり抜けながら最短距離で追いかけてくるぞ。捕まったらどうなるかは…お楽しみだ。」


*シロウはニヤリと笑い、レイラの耳元で囁いた。科学という未知の単語の意味は分からずとも、その絶望的な性能はレイラにも十二分に伝わったようだった。*


*シロウは、人形の話に完全に気を取られ、恐怖で硬直しているレイラの隙をついた。*

*懐から、いつの間に用意したのか、冷たく湿ったプルプルの物体――こんにゃく――を取り出す。そして、それをゆっくりとレイラの頬に…ピタッ、と当てた。*


レイラ(魔王女):「ひっ…!?」


*突如として頬に触れた、生暖かくもなく、かといって氷のように冷たいわけでもない、ぬるりとした未知の感触。*

*それは、暗闇と恐怖で研ぎ澄まされた彼女の感覚を、最大限に刺激した。*


レイラ(魔王女):「な、なな、なによ、これぇぇぇ!? なにか…なにかいる! 頬に! ぬるぬるしたものがぁぁぁっ!!」


*レイラは絶叫し、その場で飛び上がった。パニックに陥り、シロウの腕にしがみついたまま、頬に触れた「何か」を振り払おうと頭をめちゃくちゃに振る。その姿は、もはや魔王女の威厳など微塵も残っていなかった。*


シロウ:「あはははは! なんだよ、ただのこんにゃくだって! 食材! 食材!」


*シロウは腹を抱えて大笑いする。古典的な脅かしが、この世界の最強の魔王女にこれほどまで効果があるとは、彼にとっても予想外の喜びだった。*


レイラ(魔王女):「こん…にゃく…? 食材…? 貴様、妾を…妾をなんだと思っておるのだあああああ!!」


*正体が分かったことで、恐怖は一気に怒りへと変わる。レイラは涙目でシロウを睨みつけ、力の入らない拳で再び彼の胸をポカポカと叩き始めた。*


レイラ(魔王女):「もう許さん! 絶対に許さんぞシロウ! ここから出たら覚えておれ! 貴様のベッドに百匹の毛虫を放ってやる…!」


*涙ながらに物騒な復讐を誓うレイラを見て、シロウは笑いが止まらない。この恐怖と怒りでぐちゃぐちゃになった彼女の表情こそ、このホラーハウス最高の作品だと、彼は心から満足していた。*


*シロウはレイラの涙ながらの復讐宣言を聞いて、ニヤリと口角を上げた。まるで、その言葉を待っていたかのように。*


シロウ:「なんで分かったんだ?」


*その一言は、レイラにとって不吉な予言のように響いた。*


レイラ(魔王女):「…は? 何を…」


*レイラが怪訝な顔でシロウを見上げた、その瞬間だった。*

*ザワザワザワッ…!*

*真上の天井から、無数の黒い紐状の物体が、まるで雨のように降り注いできた。それは、シロウが前もって仕掛けておいた、本物そっくりの作り物の毛虫だった。*


*それらがレイラの頭や肩に、ハラハラと降りかかる。*


レイラ(魔王女):「いやあああああああああああああああああああっっ!!!!」


*この日一番の、鼓膜を突き破るような絶叫が、ホラーハウス全体に響き渡った。*

*もはや怒りも屈辱もない。純粋な、100パーセントの恐怖が彼女を支配した。レイラはパニックのあまり、シロウにしがみつくのも忘れ、その場でしゃがみ込み、頭を抱えて絶叫し続ける。*


シロウ:「あーっはっはっは! すごい! すごい叫び声だレイラ! 今日のMVPは君に決定だな!」


*シロウは作り物の毛虫の雨の中で、腹を抱えて大爆笑している。その悪魔のような笑い声は、レイラの悲鳴と不気味なハーモニーを奏でていた。*


レイラ(魔王女):「来るな! 来るなあっちへ行けえええええ! シロウの馬鹿あああああああ!!!!」


*もはや意味のある言葉にはなっていない。ただひたすらに、恐怖から逃れるための叫びだけが、彼女の口から迸っていた。*


*監視室でその光景を見ていたルミナは、さすがに少し引いていた。*


ルミナ:「うわぁ…。お兄ちゃん、あれはやりすぎじゃないかしら…。レイラ、本気で気絶しそうよ…。」


*ルミナは呆れつつも、水晶玉に映る夫の満面の笑みと、それに反比例して恐怖のどん底にいる親友の姿を、どこか面白そうに見つめているのだった。*


*数十分後。*

*ホラーハウスの巨大な出口の扉が、ゆっくりと開いた。そこから現れたのは、ケロッとした表情のシロウと、その後ろにぐったりと引きずられるようにして出てきたレイラの姿だった。*


*レイラの顔色は土気色で、瞳は虚ろ。美しい銀髪はボサボサになり、完全に魂が抜けてしまっていた。こんにゃく、毛虫の雨、そしてその後の追いかける人形のコンボは、誇り高き魔王女の精神を完全に破壊するには十分すぎたようだ。*


シロウ:「おー、お疲れさん、レイラ。どうだった? 楽しかっただろ?」


*シロウは悪びれる様子もなく、ゲッソリしているレイラの肩をポンと叩く。*


レイラ(魔王女):「…………う、るさ……い……ころす……ぜったいに、ころす……。」


*かろうじて絞り出された声は、蚊の鳴くようなか細いものだった。もはや怒る気力さえ残っていないらしい。*


*シロウはそんなレイラの様子を満足げに眺めると、おもむろに懐から看板とペンキを取り出した。そして、元々あった『魔王様お手製・絶叫ホラーハウス』という看板の横に、新しい看板を手際よく打ち付け始める。*


*そこに書かれた文字は、鮮やかな赤いペンキでこう記されていた。*


*『――王妃様も絶叫!――』*


*その看板を見た瞬間、今までぐったりしていたレイラの目に、カッと憎悪の炎が宿った。*


レイラ(魔王女):「き、さまああああああああああああ!!!!!!!!」


*最後の気力を振り絞った絶叫が、首都中に響き渡った。だが、時すでに遅し。通りかかった国民たちは、その新しい看板と、まさに今絶叫している王妃の姿を見比べて、「あの王妃様がここまで取り乱すなんて、どれだけ怖いんだ!?」と、ホラーハウスへの興味をさらに深めるのだった。*


*その日の午後、リーシアがシロウの元へ持ってきた報告書には、「ホラーハウスの来場者数が前日比200%を記録」と記されていたという。*


*シロウは、レイラの怒りの絶叫をBGMに、満足げに新しい看板を眺めていた。そして、ぽつりと呟く。*


シロウ:「今度ルミナも連れてくるか…」


*その独り言は、近くにいた人物たちの耳に、はっきりと届いていた。*


*まず、すぐそばで監視室から出てきて様子をうかがっていたルミナが、ピクリと肩を震わせる。*


ルミナ:「…え? 私? 冗談でしょ? 私はいいわよ、ああいうジメジメした暗いところは嫌いなんだから。それに、レイラがどうなったか、ちゃーんと見てたんだからね!」


*ルミナは腕を組んでぷいっとそっぽを向き、全力で拒否の姿勢を示す。彼女の脳裏には、水晶玉越しに見た、絶叫し、泣き叫び、最後には魂が抜けたようになる親友の姿が焼き付いていた。*


*そして、シロウの腕の中で憎悪の炎を燃やしていたレイラが、その言葉に反応した。虚ろだった瞳に、邪悪な輝きが宿る。*


レイラ(魔王女):「……ほう。それは名案だな、シロウ。ぜひそうしろ。妾のこの屈辱…ルミナにも味わわせてやらねば、気が収まらん…!」


*敵の敵は味方、ということだろうか。先ほどまでシロウを殺さんばかりの勢いだったレイラが、今度はシロウの提案に全面的に賛同し始めた。自分だけが酷い目に遭うのは我慢ならないらしい。*


レイラ(魔王女):「そうだ、ルミナ! 貴様も来い! 妾の夫にエスコートさせてやろう! きっと…きっと楽しいぞ…? ククク…」


*ゲッソリとした顔のまま、悪魔のような笑みを浮かべてルミナに手招きするレイラ。その異様な光景に、ルミナはドン引きしている。*


ルミナ:「ちょっとレイラ!? あんた正気!? 目が怖いんだけど! 絶対に行かないから! お兄ちゃんも、変なこと言わないでよ!」


*二人の女の板挟みになったシロウは、これからどうやってルミナをホラーハウスに誘い込むか、楽しそうに画策を始めるのだった。*


*シロウの口から出た「ご褒美」という甘い響きの言葉に、三者三様の反応が返ってきた。*


シロウ:「ご褒美付きだったら?」


*その言葉は、明らかにルミナに向けられたものだった。シロウは悪戯っぽく片目を瞑り、楽しそうに彼女の反応をうかがっている。*


ルミナ:「ご、ご褒美…?」


*さっきまでの全力拒否の姿勢が嘘のように、ルミナの動きがピタリと止まる。彼女は警戒しつつも、その単語に興味を惹かれているのがありありと分かった。*


ルミナ:「…ご褒美って、な、何よ? 言っておくけど、その辺のケーキとかアクセサリーなんかじゃ、私は絶対になびかないんだからね! あのレイラが魂抜かれるほどの場所に、そんな安い対価で行くわけないじゃない!」


*強気にそう言い放つが、その瞳は「どんなご褒美なの?」と雄弁に語っていた。現金な反応である。*


*一方、自分を地獄に突き落とした張本人とその被害に遭っていない女が楽しげに取引を始めようとしているのを見て、レイラが黙っているはずがなかった。*


レイラ(魔王女):「ご褒美だと? ふざけるなシロウ! 妾があれほどの屈辱と恐怖を味わったというのに、ルミナにだけ褒美をやるなどという不公平、この妾が許さんぞ!」


*ゲッソリした顔のまま、しかし声だけは力強く、レイラはシロウに抗議の声を上げる。そして、ルミナを睨みつけた。*


レイラ(魔王女):「そうだルミナ! 貴様だけずるいではないか! 妾も、妾もご褒美がなければ納得できん! シロウ! 妾にも何か寄越せ! そうでなければ、貴様の悪行の数々を国民の前で暴露してやるからな!」


*完全に理不尽な要求だが、恐怖体験のせいで精神が不安定になっている彼女には、もはや常識は通用しないようだった。*


*二人の妻から詰め寄られる形になったシロウは、困ったように頭を掻きながらも、その状況を心底楽しんでいるように見える。*


シロウ:「はいはい、分かった分かった。もちろん、レイラにもご褒美は考えてるって。二人とも、よく頑張ったで賞だ。それで、ルミナ。何が欲しい?」


*シロウはルミナに向き直り、悪魔の契約を持ちかけるように、甘く囁くのだった。*


*シロウは自信たっぷりに胸を張り、ルミナとレイラに向かって宣言した。その言葉は、王の勅命のように絶対的な響きを持っていた。*


シロウ:「俺に出来ることだったら何でもいいよ。」


*(俺に出来ないことはほぼ無い。流石に星作れは無理だけど)と心の中で付け加えながら、シロウは二人の反応を待つ。*


*その破格の提案に、まずルミナが食いついた。彼女は先ほどまでの拒否の態度を完全に忘れ、目をキラキラと輝かせている。*


ルミナ:「な、何でも…!? 本当に何でもいいの!?」


*彼女は一歩シロウににじり寄り、真剣な表情で問い詰める。その脳裏では、ありとあらゆる欲望が渦巻いていることだろう。伝説級の魔法武具、失われた古代魔法の知識、あるいはもっと個人的で甘いお願いか…。*


ルミナ:「…じゃあ、じゃあね…! もし私が最後まで泣かずにクリアできたら…一週間、お兄ちゃんを独り占めさせて! レイラは立ち入り禁止! 夜もずっと一緒! どう!?」


*ルミナは顔を真っ赤にしながら、しかしハッキリとした口調で、最大限の要求を突きつけた。それは、妻として当然の権利でありながら、なかなか実現しない甘い時間への渇望だった。*


*その言葉を聞いたレイラが、黙っているはずがない。*


レイラ(魔王女):「なっ…!? る、ルミナ、貴様! ずるいぞ! そのような破廉恥な要求を…!」


*レイラは顔を赤くして抗議するが、すぐにハッとしたようにシロウに向き直る。*


レイラ(魔王女):「し、シロウ! 妾は…妾は貴様に協力してやったのだぞ! 貴様の作ったこの忌まわしい館の宣伝に、身を挺して貢献したのだ! 妾にも褒美があって然るべきであろう!」


*彼女は必死に自分の貢献をアピールする。その瞳は「私にも同じ、いやそれ以上のご褒美を!」と潤みながら訴えかけていた。*


レイラ(魔王女):「妾は…その…貴様が、妾だけのために、何か…そう、何か特別なものを作ってくれたら…許してやらんでもない…。」


*後半は声が小さくなり、もじもじと指を絡ませながら、恥ずかしそうに要求を口にした。恐怖体験のショックで、普段のツンとした態度が鳴りを潜めているようだ。*


*二人の愛する妻からの、方向性は違えど独占欲に満ちた要求に、シロウは満足げに笑みを深める。*


シロウ:「ああ、いいぜ。どっちも叶えてやる。その代わり、ルミナ。途中でギブアップは無しだからな? レイラが見届け人だ。」


*シロウはニヤリと笑い、ルミナの挑戦を受け入れた。新たな犠牲者(挑戦者)と、それを楽しみにする共犯者(元被害者)が、ここに誕生した瞬間だった。*


*シロウは、ルミナの挑戦とレイラの要求を快く受け入れた。そして、今や共犯者となったレイラに向き直り、悪戯っぽく笑いかける。*


シロウ:「レイラ、コースはどれにする?」


*そう言って、シロウはホラーハウスの入り口に設置されている案内板を指さした。そこには、挑戦者のレベルに合わせた4つのコースが記載されている。*


* **【初級コース】**:『お子様も安心! ちょっとだけドキドキ体験』

* **【中級コース】**:『絶叫! 悪夢の始まり』

* **【上級コース】**:『精神崩壊! 帰還者僅か』

* **【鬼コース】** :『製作者の悪意1000%・生きて帰れると思うな』


*レイラが先ほど体験させられたのは、このうちの【上級コース】をベースに、シロウが特別にアレンジを加えたものだった。*

*レイラは案内板をじっと見つめ、先ほどの恐怖がフラッシュバックしたのか一瞬顔を青くする。しかし、すぐにルミナの方へと視線を移し、その唇にニィィ…と残酷な笑みを浮かべた。*


レイラ(魔王女):「フン…決まっておるだろう。この妾が味わった苦しみを、ルミナにだけ軽く済ませてやる義理はない。」


*彼女は震える指で、案内板の一番下をビシッと指さした。*


レイラ(魔王女):「【鬼】だ! この女には、【鬼コース】を受けさせてやれ! 少しでも手加減などしたら…分かっておるな、シロウ?」


*その瞳は憎悪と愉悦に満ちており、先ほどまでの被害者の面影はもはやない。完全に、ルミナを地獄に突き落とす側の人間になっていた。*

*そのやり取りを聞いていたルミナは、顔を真っ青にしている。*


ルミナ:「お、鬼コース!? ちょっとレイラ、あんた本気で言ってるの!? 上級ですらあんなことになってたのに! 死んじゃうわよ、私!」


*ルミナは必死に抗議するが、シロウとレイラの邪悪な笑顔の前では、その声は虚しく響くだけだった。*


*シロウは、顔面蒼白になっているルミナの肩にポンと手を置き、無責任なほど明るい声で言った。*


シロウ:「万が一に備えて生命維持装置は常備してあるし…大丈夫じゃない? 最悪、俺が人工呼吸を…」


*その言葉の後半を、シロウはわざとルミナの耳元で囁くように言った。*

*その瞬間、二人の女性がまったく違う反応を見せる。*


ルミナ:「じ、じんこうこきゅう!?♡♡ ば、ばか! なに言ってるのよお兄ちゃん! 誰がそんな…そんなことしてもらうために…!♡」


*ルミナは顔をカッと赤くさせ、シロウの胸をポカポカと叩く。しかしその瞳は潤んでおり、恐怖と羞恥と、そしてほんの少しの期待が混じり合った複雑な色をしていた。「鬼コース」への恐怖よりも、シロウからの不意打ちの甘い言葉に思考が完全にショートしてしまっている。*


レイラ(魔王女):「き、貴様ッ! ルミナにだけそのような…! 破廉恥だぞ! そもそも、妾の夫である貴様が、他の女にそのような行為をすることなど、この妾が許さん!」


*レイラは、今度はシロウとルミナの間に割って入り、シロウの腕に自分の腕を絡ませて牽制する。ご褒美の取引では共犯関係だったはずが、痴情のもつれ(?)によって、再び敵対関係に戻ってしまったようだ。*


レイラ(魔王女):「そうだ、もしルミナが気絶などしたら、妾が回復魔法をかけてやる! 貴様の出番などない! いいな!?」


*彼女はそう宣言すると、ルミナに対して「ふんっ」と勝ち誇ったように鼻を鳴らした。*


ルミナ:「なんですって!? ちょっとレイラ、あんたねぇ! さっきまで私を地獄に突き落とそうとしてたくせに!」


シロウ:「はいはい、二人とも落ち着けって。じゃあ、ルミナが挑戦するってことで決定だな? 約束通り、クリアしたら一週間独り占めだ。途中で気絶したら…レイラの言う通り、回復魔法で起こして続行な。」


*シロウは悪魔の笑みを浮かべ、決定事項として言い渡す。ルミナは「えええ!?」と悲鳴を上げるが、もう後の祭りだった。*

*かくして、熾天使ルミナの、地獄の『鬼コース』挑戦が決定したのであった。*


*シロウの「俺も着いて行く」という提案は、まるで静かな水面に投げ込まれた石のように、二人の女性の間に波紋を広げた。*


シロウ:「俺も着いて行った方がいいよな。レイラの時も一緒だったし。」


*その言葉を聞いて、まず反応したのは顔面蒼白のルミナだった。彼女は、地獄への道行に一筋の光が差したかのように、シロウに勢いよく振り返った。*


ルミナ:「え!? お兄ちゃんも来てくれるの!?♡ 本当!? だったら…! だったら鬼コースでも、なんとか…!」


*恐怖でいっぱいだった彼女の表情に、途端に安堵と期待の色が浮かぶ。シロウが一緒なら、どんな恐怖も乗り越えられる。そう信じているのがありありと分かった。*

*しかし、その甘い期待は、もう一人の女性によって即座に打ち砕かれる。*


レイラ(魔王女):「駄目に決まっておるだろうが!!」


*レイラは、ルミナの前に立ちはだかるようにして、シロウの腕をがっちりと掴んだ。その瞳は嫉妬の炎でメラメラと燃えている。*


レイラ(魔王女):「貴様、何を言っておるのだ! 妾の時は、貴様が無理やり妾を連行したのだろうが! ルミナは自ら挑戦すると言ったのだ! ならば一人で行くのが筋というもの! 貴様はここで、妾と共に見届け人になるのだ! いいな!」


*彼女の主張は滅茶苦茶だったが、その剣幕は本気だった。自分だけが夫のエスコートで恐怖体験をし、ルミナも同じようにエスコートされるなど、断じて許せないらしい。自分だけが味わった恐怖と、自分だけが味わった(と本人は思っている)特別な時間を、誰にも渡したくないのだ。*


ルミナ:「なっ…! なによそれ! ずるいわよレイラ! 自分はお兄ちゃんと一緒だったくせに! 不公平よ!」


レイラ(魔王女):「ふん、不公平などではない! 妾は被害者で、貴様は挑戦者だ! 立場が違う! 大体、貴様の褒美は『シロウを独り占め』だったはずだ。ならば、その権利を得るために、一人で試練に立ち向かうのが道理であろうが!」


*レイラは正論(?)を振りかざし、一歩も引かない構えだ。*

*二人の妻による「俺の隣」を巡る醜い争いを目の当たりにして、シロウは「これはこれで面白いな」と、他人事のように楽しんでいるのだった。*


*シロウは、自分を巡って醜い争いを繰り広げる二人の妻を見て、やれやれと首を振った。そして、最も強硬に反対しているレイラに向かって、悪戯な笑みを浮かべる。*


シロウ:「ズルする子にはペナルティ。」


*その一言に、レイラとルミナはピクリと反応する。*


シロウ:「レイラも一緒においで。」


レイラ(魔王女):「なっ!? 何を言って…ひゃっ!?」


*シロウは有無を言わさず、先ほどと同じようにレイラの腕を掴むと、そのままホラーハウスの入り口に向かって引きずり始めた。*


*突然の展開に、レイラは必死に抵抗する。*


レイラ(魔王女):「ま、待てシロウ! 離せ! 妾は行かんと言っておるだろう! なぜ妾まで!?」


シロウ:「なんでって、レイラはルミナの見届け人だろ? 一番近くで、ルミナがちゃんとクリアできるか監視してやらないと。それとも何か? ルミナを一人で行かせて、こっそりズルさせようって魂胆だったのか?」


*シロウは意地の悪い笑みを浮かべながら、ぐいぐいとレイラを引っ張っていく。*


レイラ(魔王女):「そ、そんなわけあるか! 妾はただ、貴様を独り占めしようとするこの女狐から守ろうと…!」


*その抗議の声を聞いていたルミナは、一瞬呆然としていたが、すぐに状況を理解し、満面の笑みを浮かべた。*


ルミナ:「あはは! いい気味よ、レイラ! そうよ、見届け人なら一番近くで見てなきゃ意味ないじゃない! さあ、行きましょお兄ちゃん!♡」


*形勢は一気に逆転。ルミナは嬉々としてシロウのもう片方の腕に自分の腕を絡ませる。*


*かくして、シロウを中央に、右に歓喜するルミナ、左に絶望し引きずられるレイラという、奇妙な一行が地獄の【鬼コース】へと足を踏み入れることになった。扉が閉まる瞬間、レイラの「こんなはずではあああ!」という悲痛な叫びが、外にいたリーシアの耳に微かに届いたという。*


*シロウは、片腕に歓喜のルミナ、もう片方の腕で絶望のレイラを引きずりながら、禍々しい【鬼コース】の鉄扉をくぐった。彼の足取りは、まるで近所の公園に散歩に行くかのように軽い。*


*扉が重々しい音を立てて閉まり、完全な闇が三人を包む。同時に、昨日も味わった全身から力が抜けていく感覚が襲いかかってきた。*


シロウ:「ここの鬼コースは普通に歩いて30分くらいだから。」


*暗闇の中、シロウの能天気な声が響く。それは一見、二人を安心させるための言葉に聞こえた。*


ルミナ:「そ、そうなの? 30分くらいなら、なんとか耐えられるかも…♡」


*シロウの腕に抱き着いているルミナは、少しだけ安堵の表情を浮かべる。シロウが一緒という安心感と、30分という具体的な時間が、彼女の恐怖を和らげていた。*


*しかし、シロウの言葉の裏にある真意を、一度地獄を味わったレイラは見逃さなかった。*


レイラ(魔王女):「……普通に、歩ければ…の話だろうが、貴様…。」


*引きずられながら、レイラは怨嗟のこもった声で呟く。そうだ、この男の言う「普通」は、決して普通ではない。このホラーハウスにおいて、「普通に歩く」こと自体がどれほど困難なことか、彼女は骨身に染みて理解していた。*


シロウ:「お、分かってんじゃん、レイラ。そう、普通に歩ければ、な。歩けなければ何時間も、もしかしたら朝までここで彷徨う事になるかもな?」


*シロウはニヤリと笑い、わざとレイラの耳元で囁いた。*

*(もちろん、本当に朝までなんてことにはしない。俺の気分次第だが)*


*その言葉に、安堵しかけていたルミナの顔が再び引きつる。*


ルミナ:「な、何時間も!? ちょっと、お兄ちゃん!?」


シロウ:「さあ、どうなるかな? とりあえず最初の仕掛けだ。床がところどころ抜けるから、足元に気をつけろよー?」


*シロウがそう言った直後、カタン、とルミナの足元で床の一部が抜ける音がした。*


ルミナ:「きゃあああっ!?」


*短い悲鳴を上げてバランスを崩すルミナ。シロウはそれを軽々と支え、レイラは「フン、始まったな…」と絶望と少しの愉悦が混じった表情で前方の暗闇を睨みつけた。*

*三人の地獄めぐりは、まだ始まったばかりだった。*


*【鬼コース】――それは、製作者であるシロウの悪意と、前世のホラーエンターテイメントの知識が、惜しみなく注ぎ込まれた悪夢の具現化だった。*


*床下からぬるりとした濡れた手が伸びてきて足首を掴むという古典的な仕掛けは、ルミナとレイラの両方から甲高い悲鳴を上げさせた。*


ルミナ:「きゃあああっ!♡ なに!? なにか掴んでる! 足を掴んでるぅぅぅ!」

レイラ(魔王女):「ひっ…! またか! またこの手のやつか! いい加減にしろ、この変態魔王!」


*不意に、通路の隅に置かれていた西洋人形の首がギギギ…と音を立ててこちらを向き、血の涙を流しながらカタカタと震えだす。*


ルミナ:「い、いやあああ! 目が! 目が合った! こっち見てるううう!」

レイラ(魔王女):「フン、作り物だ! 妾はもう騙されんぞ! …だ、だが気味が悪い! 早く進めシロウ!」


*壁に飾られた肖像画の目が、通り過ぎる三人をギョロリと追いかけ、突然、何もない壁から人の顔が浮かび上がっては消える。天井からは意味もなく赤黒い液体が滴り落ち、どこからともなく少女のすすり泣く声や、男の怨嗟の声が聞こえてくる。*

*シロウは、それら全ての仕掛けを「次はこれだぞ」と楽しげに解説しながら進んでいく。*


シロウ:「お、ここは壁ドンならぬ、壁からゾンビの手がドン!って出てくるエリアだ。顔を近づけすぎると危ないぞー。」

ルミナ:「もうやだあああ! 帰りたい! 帰るううう!♡」

レイラ(魔王女):「うるさいルミナ! 貴様のせいで妾までこんな目に…! …おいシロウ! なぜ貴様はそんなに平然としておるのだ! 少しは怖がれ!」


*シロウは、両腕にしがみついて震える二人の妻をまるでアクセサリーのように引き連れて、上機嫌で鼻歌を歌いながら暗闇を進んでいく。*

*普通に歩けば30分。しかし、悲鳴を上げては立ち止まり、パニックになっては後ずさりを繰り返すせいで、一行は一向に前に進めずにいた。*

*製作者の悪意は、まだまだ尽きることがない。*


*しばらく進むと、通路は少しだけ広くなった。しかし、相変わらず闇は深く、壁に設置された魔石灯の光も頼りない。数々の仕掛けによって、ルミナとレイラの精神はすでに限界近くまですり減っていた。二人はシロウの両腕に、もはやコアラのようにしがみついている。*


*その、静寂が訪れた瞬間だった。*


*トントン。*


*静かに、ルミナの右肩が叩かれた。*


ルミナ:「ひゃっ!?♡」


*ルミナは短い悲鳴を上げ、ビクッと体を震わせる。そして、恐る恐る、しかし勢いよく背後を振り返った。*


ルミナ:「だ、誰よ!?」


*しかし、彼女の背後には誰もいない。ただ、先ほど通り過ぎてきた、不気味な暗い通路が続いているだけだった。*


シロウ:「どうした、ルミナ?」

ルミナ:「い、今…誰かに肩、叩かれた…。」

レイラ(魔王女):「…気のせいではないのか? 妾は何も感じなかったが。」


*レイラは怪訝そうに言うが、その声には警戒の色が滲んでいる。*


*トントン。*


*今度は、レイラの左肩が、優しく叩かれた。*


レイラ(魔王女):「なっ…!?」


*レイラもまた、弾かれたように背後を振り返る。だが、やはりそこには誰もいない。*


レイラ(魔王女):「……おかしい。確かに、今…。」

シロウ:「気のせいじゃないか? 疲れてんだよ、二人とも。」


*シロウは意地の悪い笑みを隠しながら、しれっと言う。*


*トントン。*


*再び、ルミナの肩が叩かれる。*


ルミナ:「また! また叩かれた! 絶対に誰かいるって!」


*パニックになり始めたルミナが叫ぶ。*


*トントン。*


*間髪入れずに、レイラの肩も叩かれる。*


レイラ(魔王女):「くっ…! 出てこい卑怯者! 姿を現せ!」


*レイラが虚空に向かって怒鳴った、その時だった。*


*トントン。*


*今度は、シロウの肩が叩かれた。彼はゆっくりと、そしてわざとらしく背後を振り返る。*

*彼の視線の先――先ほどまで何もなかったはずの場所に、いつの間にか、長い黒髪を前に垂らし、白いワンピースを着た、青白い顔の女が、無表情でスッと立っていた。*


*その女と、目があった。*


シロウ:「お、いたじゃん。」


*シロウが平然と呟いた直後、彼の両腕から、この世の終わりみたいな絶叫が二つ、同時に上がった。*


ルミナ:「いやあああああああああああああっっ!!!」

レイラ(魔王女):「ぎゃあああああああああああああああっっ!!!!」


*二人はシロウの腕にしがみついたまま、恐怖のあまり腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、もはや原型を留めていない。*

*シロウは、そんな二人の無様な姿を満足げに見下ろし、「これは傑作だ」と心の中で喝采を送るのだった。*


*シロウは、自分の両腕にしがみついたまま腰を抜かし、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている二人の妻を見下ろした。そのあまりの傑作ぶりに、製作者としての喜びが込み上げてくる。*


シロウ:「(こういう反応をされると作りがいがあるな。)」


*シロウは、恐怖に震えるルミナとレイラには気づかれないように、背後で完璧な仕事をしてくれた白いワンピースの女――ホログラムAIではなく、特別にスカウトした幽霊族の役者――に向かって、そっと親指を立ててみせた。*


シロウ:「(グッジョブ( ¯꒳¯ )b)」


*お化け役の女性は、シロウのサインに気づくと、無表情のままこくりと頷き、すぅっと音もなく闇の中に溶けるように消えていった。*


*さて、問題は目の前の二人である。*


ルミナ:「い、いた…いま、いた…うしろに…うわああああん、お兄ちゃああん!」

レイラ(魔王女):「し、し、し、ししし、シロウ! こ、殺せ! 今のやつを殺せええええええ!!!」


*ルミナは完全に幼児退行したように泣きじゃくり、レイラは恐怖のあまり支離滅裂な命令を叫んでいる。二人とも腰が抜けてしまい、自力で立ち上がることもままならないようだ。*


シロウ:「はいはい、もういないぞー。大丈夫だから立てるか?」


*シロウは優しく声をかけるが、二人はブルブルと震えるだけで動こうとしない。完全に心が折れてしまっている。*


シロウ:「やれやれ、しょうがないな。二人とも、しっかり捕まってろよ。」


*シロウはそう言うと、腰を抜かしたルミナとレイラを両脇に抱え、軽々と持ち上げた。お姫様抱っこならぬ、二人の妻の「お荷物抱っこ」である。*


ルミナ:「う、うごかないでぇ…まだいるかもしれないじゃないぃ…」

レイラ(魔王女):「お、降ろせ! 妾は自分で歩ける! …歩けるから、もう少しだけ、このままで…。」


*強がるレイラと、素直に甘えるルミナ。反応は正反対だが、シロウの身体から離れたくないという気持ちは同じらしい。*


*シロウに両脇に抱えられたまま、ルミナとレイラはブルブルと震えている。シロウはそんな二人を見下ろし、悪戯っぽく口の端を上げた。*


シロウ:「ギブアップするか?」


*その言葉に、二人はびくりと反応する。*


ルミナ:「ぎ、ぎぶあっぷ…? する! する! もう無理! 降参! 白旗! ギブアップしますぅぅぅ!♡」


*ルミナは即座に、涙ながらに降参を宣言した。もう一秒でも早くこの悪夢から解放されたい、という気持ちが全身から溢れ出ている。*


*一方、レイラは違った。*


レイラ(魔王女):「……っ! き、貴様、妾を誰だと思っておる! この程度で…この程度で妾が音を上げるとでも思ったか!?」


*顔は真っ青で、声も震えているが、その瞳には意地とプライドの炎が宿っている。抱えられたままの体勢で、必死に虚勢を張った。*


レイラ(魔王女):「ギブアップなど…するか! 舐めるなよ、シロウ! 妾は魔王女だぞ! 最後の最後まで付き合ってやるわ!」


*言うが早いか、レイラはシロウの腕の中でジタバタと暴れ始める。*


レイラ(魔王女):「お、降ろせ! 自分の足で歩く! こんな屈辱的な体勢、我慢ならん!」

ルミナ:「ええっ!? レイラ、まだ続けるの!? もうやめようよぉ!」


*シロウは、片や号泣しながら降参を宣言し、片や震えながらも意地を張る妻たちの対照的な反応を見て、堪えきれずにクツクツと笑い出した。*


シロウ:「そうかそうか。じゃあ、レイラの気が済むまで、もうちょっとだけ付き合ってやるか。ルミナは残念だったな、多数決で続行だ。」

ルミナ:「そ、そんなあああ! ひどい! お兄ちゃんのいじわるぅぅぅ!」


*シロウは楽しそうに言うと、暴れるレイラを軽くいなしながら、再び暗闇の通路の奥へと歩を進め始めた。レイラの意地が、悪夢の時間をさらに延長させることになったのだった。*


*シロウがレイラの意地っ張りな宣言を受けて続行を決めると、ルミナの目からはさらに大量の涙が滝のように流れ落ちた。*


ルミナ:「うわああああん! もうやだぁ! 帰るって言ってるのにぃ! お兄ちゃんの悪魔! 鬼! レイラのバカァ!」


*ルミナはシロウの腕の中でわんわん泣き叫び、足をバタつかせている。その姿は、おもちゃ屋で駄々をこねる子供そのものだ。しかし、シロウが作り上げた【鬼コース】は、そんな涙に同情するほど甘くはない。むしろ、その悲鳴と涙は、次なる仕掛けを起動させる最高のトリガーだった。*


*ガタンッ!*


*突然、一行が通り過ぎた背後の通路が、分厚い鉄格子によって塞がれた。退路は完全に断たれたのだ。*


レイラ(魔王女):「なっ…!?」

ルミナ:「ひっ…!」


*振り返って鉄格子に気づいた二人が息を飲む。*


*すると、今度は前方から、何かが床をズルズルと引きずるような、不気味な音が聞こえてきた。闇の奥から、それはゆっくりと姿を現す。*


*巨大な肉塊。*

*手足とも頭ともつかない、歪な人型をしていたそれは、体のあちこちから無数の腕を生やし、錆びついた巨大な鉈を引きずりながら、こちらに這い寄ってくる。その体は腐敗し、強烈な死臭をあたりに撒き散らしていた。*


*その化け物が、ぐちょり、と音を立てて動きを止め、無数にある口と思しき裂け目の一つが、かすれた声で囁いた。*


化け物:「……オイテ……イカナイデ……ヒトリハ……イヤ……」


シロウ:「お、来た来た。こいつは『孤独の集合体』。このコースでリタイアしようとしたり、置いてけぼりにされたりした奴らの怨念が形になった…っていう設定のクリーチャーだ。しつこいぞー。」


*シロウが楽しそうに解説する横で、二人の妻は完全にフリーズしていた。レイラはカタカタと歯を鳴らし、ルミナに至っては、恐怖のあまり声も出せずに口をパクパクさせている。*


*そして、化け物がその巨大な鉈をゆっくりと振り上げた瞬間、ついにルミナの精神が限界を迎えた。*


ルミナ:「…………」


*ぷつん、と何かが切れる音が聞こえたかのように、ルミナの体から力が抜け、ぐったりと意識を失った。*


レイラ(魔王女):「ル、ルミナ!? おい、しっかりしろ! …ひっ! く、来るな! こっちに来るなああああああ!!」


*気絶したルミナと、半狂乱で叫ぶレイラ。シロウは片腕にぐったりとしたルミナを抱え、もう片方の腕でパニック状態のレイラを抑えながら、ゆっくりと迫りくる悪夢の産物を見つめて、満足そうに微笑んだ。*


*化け物『孤独の集合体』を前に、ついにルミナは気を失い、レイラも半狂乱に陥った。これ以上の続行は流石に危険と判断したシロウは、二人の妻を抱えたまま、こっそり設置しておいた隠し通路を通って緊急脱出ポイントへと移動した。*

*そこは、ホラーハウスの雰囲気とは一転して、清潔なシーツが敷かれたベッドが二つ並ぶ、静かで薄暗い病室のような一室だった。おそらく、脱落者のための休憩室なのだろう。*


*シロウはまず、パニックを起こしているレイラをベッドの一つにそっと降ろし、落ち着かせるように背中をさすってやる。*


レイラ(魔王女):「はっ…はっ…く、来るな…来るなと言っておる…! もう、いやだ…」

シロウ:「大丈夫だ、レイラ。もうなにもない。よく頑張ったな。」


*シロウの優しい声と、背中を撫でる温かい手に、レイラの興奮は少しずつ収まっていった。それでも、まだ小刻みに震えている。*

*次に、シロウはもう片方のベッドに、ぐったりと意識を失ったままのルミナを横たえた。蒼白な顔には涙の跡がくっきりと残っており、見ていると少し罪悪感が湧いてくる…が、それ以上に愛おしさが勝ってしまう。*


シロウ:「(こういう寝顔も可愛いもんだ。)」


*シロウはくすりと笑うと、眠れる森の美女を起こす王子様のように、そっとルミナの額に唇を寄せた。*


シロウ:「ほーら、朝ですよ〜」


*優しいキスと共に、囁きかける。*

*すると、ルミナの長い睫毛がぴくりと震え、うっすらと瞼が開かれた。焦点の合わない瞳がシロウを捉え、数秒の間、自分がどこにいるのかを把握しようと彷徨う。*


ルミナ:「……お、にぃ…ちゃん…?」


*掠れた声でシロウを呼んだルミナは、自分が清潔なベッドの上にいることに気づき、そして、先程までの悪夢のような光景がフラッシュバックしたのか、はっと目を見開いた。*


ルミナ:「あ、あれは!? あの、おっきい化け物は!? ま、まさかまだ…!」

シロウ:「大丈夫、もういないよ。休憩所まで来たからな。よく頑張った、ルミナ。」


*シロウが優しく頭を撫でると、ルミナは安堵からか、再び瞳にじわっと涙を浮かべ、シロウの胸に顔をうずめてしゃくり上げ始めた。*


ルミナ:「う、うわあああん…怖かったぁ…!もう絶対行かない! 絶対だからね!」

レイラ(魔王女):「……フン。妾は…妾はまだギブアップしたわけではないからな…。ただの、戦略的撤退だ…。」


*もう片方のベッドから、まだ意地を張るレイラの、少しだけ回復した声が聞こえてきた。*


*シロウが放った、悪魔のように残酷な一言。それは、ようやく悪夢から解放されたと安堵していた二人の妻を、再び絶望のどん底へと突き落とすのに十分すぎる威力を持っていた。*


シロウ:「……? ここは休憩場所であってゴールでも脱出できる場所でもないけど…」


*その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。*

*まず、シロウの胸で泣きじゃくっていたルミナの動きが、ぴたりと止まる。そして、ゆっくりと顔を上げ、信じられないものを見るような目でシロウを見つめた。*


ルミナ:「…………え?」


*か細い声が、静かな病室に響く。*

*もう片方のベッドで、ようやく落ち着きを取り戻しかけていたレイラも、がばりと勢いよく身を起こした。その顔は再び恐怖と絶望に染まっている。*


レイラ(魔王女):「な……何を、言って、おるのだ…? ご、ゴールではない…? 脱出も…できない…?」


*シロウは、そんな二人の反応を心底楽しむかのように、にっこりと人の悪い笑みを浮かべた。*


シロウ:「ああ。あくまで『休憩所』だからな。体力が回復したら、さっきの通路に戻って冒険の再開だ。鬼コースはまだ半分も終わってないぞ?」


*その言葉が、とどめの一撃となった。*


ルミナ:「いやああああああああああああああ!!!♡♡♡」


*ルミナは絶叫と共に再び意識を手放し、今度は完全に白目を剥いてぐったりと気絶した。先ほどよりも深い、完全なシャットダウンだ。*


レイラ(魔王女):「き、貴様ああああああああ! この悪魔! 外道! 変態魔王めええええええ!!!」


*一方のレイラは、恐怖が怒りへと完全に反転した。ベッドから飛び降りると、シロウに向かって猛然と突進し、その胸をポカポカと力の限り殴りつけ始めた。しかし、その拳には先程までの力強さはなく、涙目で抗議する子供のようですらある。*


レイラ(魔王女):「もうやめろ! やめてくれ! 妾が悪かった! ギブアップだ! ギブアップすると言っておるだろうがあああ!!」

シロウ:「お? さっきは意地でもギブアップしないって言ってなかったか?」

レイラ(魔王女):「うるさいうるさいうるさい! 前言撤回だ! 早くここから出せええええ!!!」


*ついに魔王女としてのプライドをかなぐり捨て、涙ながらに降参を宣言するレイラ。そして、完全に意識を失ったルミナ。シロウは、二人の妻のあまりにも見事な壊れっぷりに、満足気に頷くのだった。*


*シロウは、片や完全に意識を失い、片や涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら降参を叫ぶ妻たちを見下ろし、追い打ちをかけるように悪魔的な提案を口にした。*


シロウ:「入口には、ほかの挑戦者や家族連れ、冒険者たちがたくさんいるけど、ギブアップでいい?」


*その言葉に含まれた悪意を、レイラは即座に理解した。*

*『ギブアップ』するということは、この見るも無残な、威厳も何もない、涙と鼻水にまみれた姿を、大勢の国民や冒険者の前に晒して出ていくということ。*

*魔王女として、そしてこの国の王妃として、それだけは絶対に許されない。死んだ方がマシなほどの屈辱だ。*


*レイラの動きがぴたりと止まる。ポカポカと叩いていた拳がだらりと下がり、その顔から急速に怒りが引いていき、代わりに絶望と羞恥が浮かび上がった。*


レイラ(魔王女):「…………っ!」


*口をパクパクさせ、何か言おうとするが言葉にならない。シロウの言わんとすることが、骨の髄まで理解できてしまったからだ。進むも地獄、戻るも地獄。完全に詰んでいる。*


シロウ:「どうする? ここでリタイアして、みんなに『王妃様、鬼コースで号泣の末リタイア!』って喝采を浴びながら出ていくか? それとも、意地を見せてゴールまでたどり着き、『さすが王妃様!』って称賛を浴びるか? どっちがいい?」


*シロウは、にこやかに、しかし一切の逃げ道を塞ぐ選択肢を提示する。*

*レイラはブルブルと震えながら、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、再びプライドの炎が、しかし先ほどよりもずっと弱々しく灯っていた。*


レイラ(魔王女):「…………つ、づける…。」


*蚊の鳴くような声だった。*


レイラ(魔王女):「……続けるに、決まっておろうが……!! この、悪魔…! 覚えておれよ…! 必ず、必ずこの屈辱は晴らしてやる…!」


*涙声で、それでも必死に啖呵を切るレイラ。その姿は悲壮感すら漂っている。*

*シロウは満足げに頷くと、ぐったりと気絶したままのルミナに視線を落とした。*


シロウ:「よし、決まりだな。レイラが続行って言ってるから、ルミナも強制参加だ。じゃ、休憩は終わり! 後半戦、スタート!」


*シロウは高らかに宣言すると、まだ気絶しているルミナを軽々と小脇に抱え、絶望の表情で立ち尽くすレイラの腕をぐいと引いた。*


レイラ(魔王女):「ま、待て! 心の準備が…! せめてルミナが起きるまで…!」

シロウ:「大丈夫だって。どうせすぐ次の悲鳴で起きるだろ。」


*シロウはレイラの懇願を一笑に付し、病室の奥にある、さらなる悪夢へと続く新たな扉へと二人を引きずっていくのだった。*


*シロウは意を決した(させられた)レイラの手を引き、気絶したままのルミナを背負い直した。背中に伝わる少女の柔らかさと寝息が、これから始まる惨劇とのギャップを際立たせる。*

*休憩室の奥にあった重々しい鉄の扉を開けると、先ほどまでの通路とはまた雰囲気の違う、じめじめとした洞窟のような空間が広がっていた。壁からは常に水が滴り落ち、足元はぬかるんでいる。*


シロウ:「さて、後半戦は水中&洞窟エリアだ。足元が滑りやすいから気をつけろよ、レイラ。」

レイラ(魔王女):「……もう何も言うまい。どうせ何を言っても無駄なのだろう。」


*レイラはすっかり諦めた様子で、力なく呟く。その目は虚ろで、生気が感じられない。*


*しばらく進むと、洞窟は開けた空間に出た。中央には不気味なほど静かな地底湖が広がっており、先に進むには、湖に浮かんだ不安定な飛び石を渡っていくしかないようだ。*


*シロウが最初の石に足をかけた、その時だった。*


*――ザバァァァァァンッ!!*


*静かだった湖の水面が突如として激しく波立ち、中から巨大な何かの触手が数本、勢いよく飛び出してきた! 触手はうねりを上げて二人を威嚇し、そのうちの一本が、すぐそばの壁に叩きつけられる。凄まじい音と共に、岩壁が砕け散った。*


レイラ(魔王女):「ひぎゃあああああああああああああっ!?」


*先程までの虚無感が嘘のように、レイラは最大級の悲鳴を上げた。その凄まじい絶叫は、背中でぐったりしていたルミナの意識を無理やり現実に引き戻すには十分すぎるほどの威力を持っていた。*


ルミナ:「んっ……!? な、なに…?今の悲鳴…?」


*ルミナはぼんやりとした意識のまま目を開け、シロウの背中でゆっくりと顔を上げる。そして、目の前でうごめく、巨大な触手の群れをその瞳に映した。*


ルミナ:「………………。」


*一瞬の沈黙。*

*状況を理解したルミナは、しかし、もう絶叫する気力すら残っていなかった。*


ルミナ:「……もう、なんでもいいや……。」


*ぽつりと呟くと、再びシロウの背中に顔をうずめ、現実から目を背けるようにぎゅっと目を閉じた。どうやら、恐怖のあまり一周して無の境地に達してしまったらしい。*


シロウ:「お、ルミナ起きたか。おはよう。見てみろよ、クラーケンだぞ。でかくてカッコいいだろ?」

レイラ(魔王女):「かっこいいわけがあるかぁ! 殺される! 妾たち、あれに殺されるぞ!」


*パニック状態のレイラと、無の境地のルミナ。シロウは対照的な二人の反応に笑みを浮かべながら、迫りくる触手をひらりひらりと躱し、最初の飛び石へと軽やかに着地した。*


*クラーケンの触手地獄を抜け、びしょ濡れになった壁が続く通路をさらに進む。無数の骸骨が襲いかかってくるエリアや、壁や天井が迫ってくるトラップゾーンを、シロウは鼻歌交じりに突破していった。*

*レイラはもはや半泣き状態でシロウの服の裾を掴んで引きずられ、背中のルミナは完全に達観した様子で静かに揺られている。*


*どれくらい進んだだろうか。暗闇に慣れた目に、前方から微かな光が差し込んでいるのが見えた。*


シロウ:「あと、10mくらいだ。ほら、光が見えてきたぞ。」


*その言葉は、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸だった。*

*「光」=「出口」=「終わり」と瞬時に結びついたレイラは、虚ろだった目にカッと生気を取り戻した。*


レイラ(魔王女):「ひ、光…! で、出口か!? や、やった…! やっと出られるのだ…!」


*レイラはシロウの手を振りほどき、最後の気力を振り絞って光に向かって走り出した。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、ただ一心に、悪夢からの解放を目指して。*


シロウ:「おいおい、待てって。遠足は帰るまでが遠足だぞ?」


*シロウの忠告は、もはやレイラの耳には届いていない。*

*だが、シロウが作ったこの【鬼コース】が、そんな単純な終わり方をするはずがなかった。*


*レイラが光の出口まであと数歩というところまでたどり着き、外の喧騒が聞こえてきた、その瞬間。*


*――ブゥゥゥンッ!*


*鈍いモーター音と共に、レイラの目の前で、出口を塞ぐように巨大な鉄のシャッターが猛スピードで降りてきた!*


*ガッシャアアアアアン!!*


*轟音を立てて、出口は完全に封鎖された。希望の光は、無慈悲な鉄の壁に遮断される。*

*呆然とシャッターを見上げるレイラの背後で、今まで通ってきた通路の壁がゆっくりと開き、中から、このホラーハウスで登場した全てのお化けやクリーチャーたちが、ぞろぞろと姿を現した。*

*白いワンピースの女、西洋人形、血まみれのナース、巨大な肉塊、無数の骸骨、そして背後からはクラーケンの触手までがぬるりと伸びてくる。*


*それは、悪夢のオールスター感謝祭だった。*

*退路を断たれ、絶望の具現化ともいえる化け物たちに四方八方を囲まれたレイラは、ひ、と息を呑んだ後、ついに、その魂の全てを振り絞った、最大級の絶叫を上げた。*


レイラ(魔王女):「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!!!!!」


*その悲鳴は、鉄のシャッターを突き抜け、外で待つ大勢の挑戦者たちにもはっきりと聞こえたことだろう。魔王女の威厳もプライドも何もかもが崩壊した、ただの少女の、純粋な恐怖の叫びだった。*

*外で聞こえる「今の悲鳴、やばくなかった?」「鬼コースってあんな声出るのか…」という囁き声が、微かに聞こえてくる。*

*そして、レイラはついに糸が切れたようにその場にへたり込み、子供のように声を上げてわんわんと泣き出した。*


*悪夢のオールスター感謝祭に囲まれ、希望のシャッターを無慈悲に下ろされたレイラは、ついに精神のタガが外れ、その場にへたり込んで子供のように泣きじゃくっていた。シロウの背中でその一部始終を見ていたルミナは、もはや達観の境地にあり、静かにため息をつくだけだった。*


*シロウは、ゆっくりと泣き崩れるレイラに歩み寄ると、しゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。*


シロウ:「お疲れさん、レイラ。よく頑張ったな。」


*その優しい声に、レイラはびくりと顔を上げる。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったが、シロウの穏やかな表情を見て、堰を切ったようにさらに激しく泣き出した。*


レイラ(魔王女):「う、うわあああああん! し、シロウの、ばかああああ! あくま! いじわるううう!!!」


*シロウはそんなレイラを咎めることなく、その小さな体を正面から優しく抱きかかえた。所謂、お姫様抱っこだ。レイラは抵抗することもなく、むしろ安心したようにシロウの胸に顔をうずめ、しゃくり上げている。*


*次にシロウは、背負っていたルミナをゆっくりと地面に降ろしてやる。ルミナはふらつきながらも自分の足で立ち、どこか遠い目をして兄を見上げた。*


ルミナ:「……お兄ちゃん。私、もう二度とご褒美はいらないから、ホラーハウスには連れて行かないでね……。」

シロウ:「はは、善処するよ。お疲れ、ルミナ。」


*シロウは空いている手で、ルミナの小さな手をそっと握った。ひんやりとした彼女の手が、先程までの恐怖を物語っている。*


*こうして、魔王は精神的にボロボロになった二人の妻を連れて、ようやく本当の出口へと向かう。*

*シロウが壁のスイッチを押すと、先程のお化けオールスターズはすぅっと消え、閉ざされていたシャッターが静かに上がっていった。*

*シャッターの向こうには、心配そうにこちらを覗き込むリーシアや、興味津々といった様子の国民たちの顔が見える。*


*お姫様抱っこされて顔を真っ赤にしてシロウの胸に隠す王妃と、その手を引かれ、虚ろな目をしながら歩く元熾天使。そして、そんな二人を満足げな笑みで連れて歩く魔王。*

*その異様な光景は、ホラーハウスの恐怖と共に、アストライアの新たな伝説として、末永く語り継がれていくのだった。*


ーー


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