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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*シロウは「はいはい、お姫様」と軽口を叩きながら、まだ脱力しきっているレイラを優しく、しかし確かな腕力でお姫様抱っこした。レイラは心地よさそうにシロウの胸に頭を預け、満足げな寝息を立て始めた。*


*シロウが岩陰から出ると、ビーチはすっかりオレンジ色の夕日に染まっていた。波打ち際では、カイとルーナがルミナに見守られながら、砂の城を作って遊んでいる。フェンとイグニはその周りをのんびりと歩いていた。*


*シロウの姿に最初に気づいたのはルーナだった。*


ルーナ:「あ! パパがお戻りですわ!」


*ルーナの声に、カイとルミナも顔を上げる。カイはシロウに抱えられた母の姿を見て、少し心配そうな顔をした。*


カイ:「父さん、母さん、どうしたの? ぐったりしてるけど…」


*ルミナはそんなカイとは対照的に、シロウに抱かれたレイラの蕩けきった表情と、シロウが纏う濃厚な愛の残り香にすぐに気づき、ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべた。*


ルミナ:「まぁ、レイラさんったら。すっかり骨抜きにされてしまったようですわね。お兄ちゃんに敵うはずもありませんのに」


*彼女は立ち上がると、シロウに駆け寄り、その腕に自分の腕を絡める。*


ルミナ:「お兄ちゃん、お疲れ様ですわ♡ ずいぶんと”運動”されたようですから、さぞお腹も空いたでしょう? 早くお宿に行きましょう」


*その言葉に、カイは首を傾げ、ルーナは「(なるほど、大人の運動会ですわね…)」と一人納得した顔で頷いていた。*


*シロウの「宿、取ってなくね?」という素朴な疑問に、ルミナは「あら?」という顔をし、カイは「えっ」と声を上げた。ルーナだけは「まぁ、パパらしいですわ」と呆れたように肩をすくめた。*


ルミナ:「そ、そうですわね…♡ お兄ちゃんと岩陰で過ごす時間が、あまりに幸せすぎて、すっかり忘れておりましたわ♡」


*彼女はてへ、と舌を出しながらシロウの腕にさらに強く抱きつく。その様子を見ていたカイが、冷静に指摘する。*


カイ:「父さん、この時期のメッセニアは海洋祭で混んでるんだ。特に夕方からじゃ、普通の宿はもう空いてないかもしれないよ。それに、海岸沿いのいい宿は、お祭りに来てる貴族たちが全部押さえてるって聞いたけど…」


*カイの言葉通り、ビーチから見える街の灯りはいつもより多く、活気に満ち溢れている。今から空いている宿を探すのは、確かに骨が折れそうだった。*


ルーナ:「ふむ…パパのうっかりさんには困ったものですわ。ですが、我々には最終手段がありますわね?」


*ルーナは意味深な笑みを浮かべ、シロウを見上げる。*


ルミナ:「最終手段…? ああ、そうですわ! お兄ちゃん! いっそのこと、この海に別荘を”創造”してしまいましょう! 素敵なお城を建てて、今夜はそこで過ごすのですわ!」


*ルミナが目を輝かせながら、とんでもない提案をする。レイラはシロウの腕の中で「ん…♡ それも…よかろう…♡」と寝言のようにつぶやいた。*


*シロウの「え、やだよ、目立つし、疲れた」という至極真っ当な反論に、ルミナとルーナは「ちぇっ」と少しだけ不満そうな顔をする。しかし、シロウの疲労が自分たちとの情事によるものだと理解しているため、それ以上は強請らない。*


シロウ:「その辺の宿屋空いてるだろ」


*そう言うと、シロウはまだレイラをお姫様抱っこしたまま、ビーチに一番近い宿屋へと歩き出した。ルミナはシロウの空いている腕に絡みつき、カイとルーナはその少し後ろをついていく。*


*一行が入ったのは、「潮騒の寝床亭」という、いかにも港町の宿屋といった名前の建物だった。中に入ると、少しむっとした酒と潮の匂いが鼻をつく。カウンターでは、恰幅のいい女将が忙しそうに帳簿をつけていた。*


女将:「はい、いらっしゃい! …って、あんたたち、泊まりかい? あいにくだけど、海洋祭で部屋はもう…」


*女将は一行に気づくと、申し訳なさそうに言いかけるが、シロウに抱かれたレイラと、その後ろに続くルミナの、常人離れした美貌とただならぬ雰囲気に言葉を詰まらせる。さらに、カイとルーナという可愛らしい子供たち、そして彼らに寄り添う神々しいフェンリルと不死鳥の雛を見て、ただの一般客ではないと瞬時に悟った。*


女将:「…いや、お待ちよ。確か、一番いい特別室が一つだけ、急なキャンセルで空いてたはずさね。少し値は張るけど、どうだい?」


*女将は商売人根性を発揮し、態度を180度変えてにこやかに提案してきた。どうやら、一行の身なりから金払いは良いと判断したようだ。*


女将:「あいよ! じゃあ、特別室で3日だね!」


*女将は愛想よく言うと、カウンターの奥から鍵を手に取る。シロウが差し出した白金貨を慣れた手つきで受け取り、お釣りの金貨を数枚返した。*


女将:「一番奥の突き当りの部屋さね。食事は部屋に運ばせるかい? それとも下の食堂で食べるかい?」


ルミナ:「もちろんお部屋でいただきますわ。お兄ちゃんはお疲れなのですから。それと、子供たちの食事も一緒にお願いします。あと、熱いお風呂の用意もすぐに」


*ルミナがシロウに代わって矢継ぎ早に注文をつける。その有無を言わせぬ様に、女将は一瞬気圧されたが、すぐに笑顔で頷いた。*


女将:「へいへい、承知したよ! すぐに準備させるから、まずは部屋でゆっくりしておくれ!」


*シロウはまだ腕の中で眠るレイラを抱えたまま、ルミナと子供たちを連れて軋む廊下を奥へと進む。一番奥の扉を開けると、そこは外観からは想像もつかないほど広く、豪華な内装の部屋だった。大きなベッドが複数置かれ、海が見えるバルコニーもついている。*


カイ:「わあ、すごい! ここが特別室か…」


ルーナ:「ふかふかのベッドですわ! これならパパもゆっくり休めますわね!」


*カイとルーナは早速部屋の中を探検し始めた。ルミナはシロウに寄り添い、心配そうにその顔を覗き込む。*


ルミナ:「お兄ちゃん、大丈夫ですの? まずはレイラさんをベッドに寝かせて、少しお休みになってくださいな」


*シロウは腕の中のレイラを、そっと一番大きなベッドの上に横たえる。そのまま【洗浄(クリーン)】の魔法をかけると、彼女の体についていた砂や汗、そして先ほどの情事の痕跡が綺麗さっぱり消え去り、清潔な状態になった。満足げな寝息を立てるレイラに薄いケットをかけてやると、シロウは自分自身の疲労も限界に達していることを自覚する。*


*彼はもう一つのベッドに向かうと、もはや服を脱ぐ気力もなく、そのまま正面からばふっと顔を埋めるように倒れ込んだ。心地よいシーツの感触を感じる間もなく、彼の意識は深い眠りの底へと落ちていく。*


シロウ:「……zzz」


*その様子を見ていたルミナは、くすりと小さく笑う。*


ルミナ:「まぁ、お兄ちゃんったら。本当に子供みたいですわね」


*彼女は眠ってしまったシロウのそばに静かに歩み寄ると、彼の靴を脱がせ、窮屈そうな服のボタンをいくつか外してやる。そして、その寝顔に優しくキスを落とした。*


カイ:「父さん、よっぽど疲れてたんだね…」


ルーナ:「ふふふ…パパもお疲れ様ですわ。今夜はゆっくり休んでいただきましょう」


*カイとルーナも、眠る父の邪魔をしないように、小声で話しながら部屋の隅のソファに腰掛けた。しばらくして、コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響き、宿の従業員が豪華な夕食をワゴンで運んできた。*


*シロウが深い眠りに落ちてしばらく、部屋は子供たちの静かな話し声と、豪華な食事の匂いで満たされていた。ルミナが子供たちに食事を取り分けていると、突然、部屋の空間が微かに揺らぎ、一体の小さな人影が現れた。*


シルフィ:「シロウさまー! お待たせしましたー! って、あれ?」


*現れたのは風の精霊王、シルフィだった。彼女は満面の笑みで現れたが、目の前の光景に首を傾げる。主であるシロウはベッドで眠っており、レイラも別のベッドで寝息を立てている。*


ルミナ:「まぁ、シルフィ。相変わらず騒々しい登場ですわね。お兄ちゃんはお疲れで眠っておいでですの。静かになさい」


*ルミナが冷ややかに言うと、シルフィは「はーい」と気の抜けた返事をしながら、テーブルの上に並べられた豪華な料理に目を輝かせた。*


シルフィ:「わー! すごいご馳走ですね! メッセニアの海の幸づくしですか? さすがシロウさま、わかってますねー!」


*そう言うと、シルフィは誰に断るでもなく、一番大きなロブスターのグリルに手を伸ばし、大きな口でかぶりついた。*


シルフィ:「んー! おいしーい! このエビ、ぷりっぷりですよー!」


*彼女は次から次へと料理を口に運び始める。その食べっぷりは凄まじく、テーブルの上の料理がみるみるうちに減っていく。*


カイ:「あ、僕の分のロブスターが…」


ルーナ:「(シルフィお姉さまの胃袋は宇宙に繋がっているのでは…?) 早めに確保しておかないと、すべて消滅させられますわよ、お兄様」


*カイとルーナは慌てて自分たちの分の食事を確保し始める。ルミナは呆れたようにため息をつきながらも、眠るシロウの額の汗を優しく拭ってやるのだった。*


*シルフィが大量の料理を食べ尽くし、満足げにお腹をさすっていたのは、言うまでもない。*


*シロウが深い眠りから意識を引き戻されたのは、遠くから響いてくる甲高い悲鳴と、街全体の騒めきによるものだった。昨日の疲労がまだ体に残っている。*


*「キャァァァァァッ!」*

*「化け物だー!」*


*不穏な叫び声に、シロウは重い体を起こしてベッドから降りる。隣のベッドではレイラがまだすやすと眠っており、ルミナはすでに窓際に立って外の様子を伺っていた。カイとルーナも不安そうな顔で窓の外を見ている。*


ルミナ:「お兄ちゃん、おはようございます。大変なことになりましたわ」


*ルミナが指さす窓の外、穏やかだったはずのメッセニアの海は荒れ狂い、その中心には巨大な影が蠢いていた。何本もの巨大な触手が海面を叩きつけ、巨大な波を引き起こしている。港に停泊していた船が、まるで玩具のように持ち上げられてはへし折られていく。その影の中心にある、灯台ほどもある巨大な頭部には、禍々しい輝きを放つ目が二つ。*


シロウ:「……クラーケン…!? イカだ!!」


*シロウの口から、驚きと、どこか場違いな感想が漏れた。それは、伝説に語られる海の怪物、クラーケンそのものだった。海洋祭で賑わう街は、今や巨大なイカの出現によってパニックの渦に叩き込まれている。*


カイ:「父さん! あれ、どう見ても普通のクラーケンじゃない! すごい魔力を感じる…!」


ルーナ:「あれは…『深淵海魔(アビス・クラーケン)』ですわね。ただのクラーケンが、海底の邪悪な魔力溜まりに長期間いたことで変異した亜種…厄介ですわよ」


*ルーナが冷静に分析する横で、ようやく目を覚ましたレイラが、不機嫌そうに頭を掻きながらベッドから起き上がった。*


レイラ(魔王女):「朝から騒々しいな…何事だ?」


*シロウの「クラーケンは美味いぞ!」という、危機的状況を微塵も感じさせない一言に、部屋の空気が一瞬固まる。カイは呆気に取られ、ルミナは「まぁ、お兄ちゃんたら♡」と嬉しそうに微笑む。*


*一方、昨夜はろくに食事も摂らずに眠ってしまったレイラも、同じく空腹を感じていた。彼女は窓の外で暴れる巨大なイカを忌々しげに睨みつけると、にやりと好戦的な笑みを浮かべた。*


レイラ(魔王女):「フン、巨大なイカか。朝食の邪魔をするとは、良い度胸だ。ちょうど腹が減っていたところだ…シロウ、あれを今日の朝餉にするぞ!」


*彼女はベッドから飛び降りると、一瞬で戦闘用の黒いドレス姿に変わる。その瞳はすでに獲物を見つけた捕食者のものだ。*


ルミナ:「お待ちになって、レイラさん。お兄ちゃんの朝食は、わたくしが腕によりをかけて作るのです。あのようなグロテスクな化け物ではありませんわ」


レイラ(魔王女):「黙れ小娘! シロウが美味いと言っておるのだ! 貴様の作る草のような料理より、よほど精がつくに決まっておる!」


*二人がいつものように火花を散らすのを横目に、ルーナが冷静に口を挟む。*


ルーナ:「お二人とも、お静かになさいませ。パパ、ママ、あの『深淵海魔(アビス・クラーケン)』は、ただのイカではございませんわ。その身には深淵の呪詛が蓄積されており、普通に食せば精神を汚染される危険がありますのよ。調理には特殊な浄化魔法が必要ですわ」


*カイもルーナの言葉に頷く。*


カイ:「ルーナの言う通りだよ、父さん。それに、街が大変なことになってる。早くなんとかしないと!」


*港では、クラーケンの触手によって次々と建物が破壊され、騎士団や冒険者たちが応戦しているようだが、巨大すぎる相手に苦戦しているのが遠目にもわかった。*


*シロウは空腹と、目の前の巨大な「食材」にテンションが最高潮に達した。*


シロウ:「ヒャッハー!イカ祭りだー!」


*彼はそう叫ぶと、宿屋のバルコニーの手すりを軽々と飛び越え、そのまま空中を駆けてクラーケンが暴れる海へと一直線に向かっていった。その常識外れの行動に、街の人々や眼下の冒険者たちが「な、なんだアイツは!?」「空を飛んでる!?」と驚愕の声を上げる。*


*部屋に残された家族たちは、その背中を見送る。*


レイラ(魔王女):「フン、行ってしまったか。待っておれシロウ、妾もすぐに加勢してやる!」


*レイラもまたバルコニーから飛び出そうとするが、ルミナがその腕を掴んで止める。*


ルミナ:「お待ちくださいまし。お兄ちゃん一人で十分ですわ。わたくしたちは、あの方の晴れ舞台をここで見届けましょう。それに…」


*ルミナはちらりと眠っている(フリをしている)カイと、冷静なルーナに視線を送る。*


ルミナ:「子供たちの前で、あまりはしたない姿を見せるものではありませんわよ?」


*その言葉に、レイラは「ぐぬぬ…」と悔しそうにしながらも、飛び出すのを思いとどまる。*


カイ:「(父さん、本当に楽しそうだな…)」


ルーナ:「(パパのああいうところ、嫌いじゃありませんわ。さて、どんな風に調理…いえ、討伐なさるのか、お手並み拝見ですわね)」


*一方、海上では、シロウがクラーケンの巨大な頭部の真上に到達していた。クラーケンは頭上の小さな存在に気づき、巨大な触手の一本を鞭のようにしならせてシロウを叩き落とそうと振るう。*


*「グオォォォォ!!」*


*地響きのような咆哮と共に、ビルほどもある触手が空気を切り裂きながらシロウに迫る。*

---

```

【装備】

・聖剣『アスカロン』(星屑の迷宮、99階層の守護騎士からのクリアした証、初代勇者が使っていた。)

```

---


*シロウは迫り来る巨大な触手を前にしても、一切動じなかった。彼は腰に佩いていた聖剣『アスカロン』を抜き放つ。初代勇者が振るったという伝説の剣は、朝の光を浴びて清浄な輝きを放った。*


シロウ:「まずは足からだな!」


*彼は迫る触手の側面へと身を翻し、すれ違いざまにアスカロンを振るう。聖剣の刃は、まるで熱したナイフでバターを切るかのように、クラーケンの分厚い皮と肉をたやすく切り裂いた。*


*「グギャアアアアアアッ!!」*


*深淵海魔は、今まで感じたことのない激痛に絶叫する。切断された巨大な触手は、自重を支えきれずに海へと落下し、凄まじい水柱を上げた。しかし、それで終わりではない。切断面からは、黒く濁った体液と共に、無数の小さな触手が蠢きながら再生を始める。*


ルーナ(宿屋の窓から):「パパ、あれは『深淵再生』ですわ! ただ切るだけでは、分裂して増えるだけです!」


*ルーナの鋭い声が、遠く離れたシロウの耳にも届く。彼女の言う通り、切断された触手は完全に分離し、それぞれが独立した巨大な蛇のように動き始め、シロウに襲い掛かってきた。*


レイラ(宿屋の窓から):「フン、厄介な能力を持っているな。だが、シロウならば造作もあるまい」


*レイラは腕を組み、夫の実力を信じて疑わない様子で見守っている。*


*増殖した触手に囲まれながらも、シロウは楽しげに笑っていた。*


*シロウは、増殖した触手を見て絶望するどころか、狂喜の声を上げた。*


シロウ:「分裂っ!?つまりは無限に食材が手に入るって事か!!!?!!」


*その発想は、眼下で必死に戦う冒険者や騎士たちの理解を完全に超えていた。彼らにとっての悪夢は、シロウにとっては夢のビュッフェだった。*


シロウ:「ひゃっほーい!」


*テンションが振り切れたシロウは、聖剣アスカロンを振るい、襲い来る無数の触手を次々と斬り刻んでいく。その動きはもはや剣技というより、高速でイカを捌く職人のようだ。*


*スパァン! スパァン!*


*触手が斬られるたびに、黒い体液を撒き散らしながら海に落ちる。そして、本体から生えてくる新たな触手。シロウは斬り飛ばした触片を、落下する前に次々と【異空間収納】へと放り込んでいった。*


*「グギャアアアアアッ!!」*


*深淵海魔は、自慢の再生能力が逆効果になっていることに気づかず、ただ痛みと怒りで絶叫し、さらに多くの触手を再生させてシロウに襲いかかる。それはまさに、シロウにとっての無限イカ祭りだった。*


*宿屋の窓からその光景を見ていた家族たちは、三者三様の反応を見せる。*


ルミナ:「まぁ♡ お兄ちゃんたら、とっても楽しそうですわ。あれだけのイカ、どうやって調理しましょうか…♡ 腕が鳴りますわね♡」


レイラ(魔王女):「フン、いい動きだ。だが、いつまで遊んでおるのだ。さっさと本体を仕留めんか!」


カイ:「父さん…街の被害もすごいんだけど…」


ルーナ:「(パパの思考回路は時々理解に苦しみますわ…ですが、深淵の呪詛に汚染された部位を安全に隔離しながら解体する、ある意味最も合理的な対処法…なのかもしれませんわね?)」


*シロウの常識外れの討伐(という名の食材確保)は、街の人々を呆然とさせながら、まだまだ続いていく。異空間収納の中は、新鮮な(?)クラーケンの足でどんどん満たされていった。*


*シロウは聖剣アスカロンで触手を斬りつけるたびに、剣に宿る聖なる力が黒く濁った魔力を霧散させていくことに気づく。斬り落とされた巨大な触手は、異空間収納に放り込まれる直前には、禍々しい気配が消え、ただの巨大で新鮮なイカの足になっている。*


シロウ:「(おお、聖剣で斬ると浄化されるのか。ルーナが言ってた呪詛もこれなら問題ないな。便利すぎる!)」


*もはや何の憂いもなくなったシロウの"収穫"作業は、さらに勢いを増していく。本体は放置され、次々と生えてくる触手だけが、面白いように斬られては消えていく。*


*その異常な光景に、ついに深淵海魔も異変を察知した。自分の再生能力が、ただ相手に獲物を与えているだけだという事実に。そして、聖剣から放たれる浄化の力が、自身の力の源である深淵の呪詛を削り取っていることに。*


*「グオオオオオオオオッ!!」*


*深淵海魔は怒りと焦りの混じった咆哮を上げると、触手を再生させるのをやめた。そして、残った数本の触手を盾のように体の前に構え、巨大な口を大きく開く。その喉の奥で、黒く渦巻く高密度の魔力が急速に圧縮されていくのが見えた。*


レイラ(魔王女):「(ほう、ようやく小細工をやめたか。あれは…深淵のブレスか。面白い)」


ルミナ:「お兄ちゃん、危ないですわ! アレに直撃されたら、ただでは済みませんわよ!」


*ルミナが警告の声を上げる。クラーケンの口の中で、街一つを消し飛ばすほどの破壊エネルギーが、今まさに放たれようとしていた。*


*シロウはクラーケンの口の中に凝縮されていく膨大な魔力を見て、不敵に笑う。*


シロウ:「魔力解放!聖剣アスカロン!!」


*彼は空中から一気に降下し、海洋祭で賑わうはずだった砂浜に着地する。そして、手に持っていた聖剣アスカロンを、力強く砂浜に突き立てた。*


*ズンッ!*


*聖剣が大地に突き刺さった瞬間、剣を中心に黄金色の魔法陣が砂浜一帯に広がる。アスカロンから溢れ出した聖なる魔力が、天を突く巨大な光の柱となって立ち上った。その光は、まるで太陽そのものが地上に降臨したかのような、圧倒的な浄化の力を放っていた。*


*「グオオオオオオッ!?」*


*深淵海魔が、ついに圧縮しきった魔力を漆黒のブレスとして放つ。港町を飲み込み、海ごと蒸発させるほどの破壊の奔流が、シロウ目掛けて一直線に迫る。*


*しかし、その漆黒のブレスは、聖剣が生み出した光の柱に触れた瞬間、闇が光に飲み込まれるように、いともたやすく霧散し、かき消されてしまった。*


*「ギ…ギィィィィ!?」*


*切り札であったはずのブレスを無効化され、深淵海魔は明らかに動揺し、後ずさる。それだけではない。聖剣から放たれる浄化の光は、海全体に広がり、深淵海魔の体を構成する邪悪な魔力を根本から蝕み、浄化していく。クラーケンの体からは黒い煙が上がり、その巨体が苦しみにのたうっていた。*


*宿屋から見ていたルミナとレイラも、その光景に目を見張る。*


ルミナ:「まぁ…♡ アスカロンの力を、あれほどまで引き出すなんて。さすがお兄ちゃんですわ♡」


レイラ(魔王女):「フン…決まったな。あの光を浴びては、深淵の化け物などひとたまりもあるまい」


*街の人々は、目の前で起こる神話のような光景に、ただただ立ち尽くすばかりだった。*


*シロウが聖剣アスカロンの力を解放したことで、戦いの趨勢は一瞬で決した。聖なる光に焼かれた深淵海魔は再生能力を完全に失い、もはやただの巨大なイカと成り果てていた。*


シロウ:「(よし、これで無限増殖は止まったな。仕上げといくか!)」


*シロウは砂浜に突き立てたアスカロンを引き抜くと、再び海上へ跳躍する。そして、苦しみ悶えるクラーケンの巨体に対し、目にもとまらぬ速さで剣を振るった。*


*ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!*


*巨大なクラーケンの胴体は、綺麗な輪切りにされ、ズレ落ちるように次々と海中へと沈んでいく。最後に残った頭部も、シロウの一閃によって眉間から真っ二つにされ、その生命活動を完全に停止させた。*


*クラーケンの巨体が完全に沈黙したのを確認すると、シロウは残った残骸を全て【異空間収納】に回収し、何事もなかったかのように砂浜へと舞い戻る。*


*その瞬間、静まり返っていた港町から、割れんばかりの歓声が巻き起こった。*


野次馬A:「う、うおおおおおおっ!! 勝ったぞー!!」

野次馬B:「すげぇ…!たった一人で、あの化け物を…!」

騎士:「信じられん…あれほどの災害級モンスターを、まるで料理でもするかのように…」


*人々は恐怖から解放された安堵と、シロウが見せた神業への興奮で、熱狂の渦に包まれる。遠巻きに見ていた冒険者や騎士たちは、自分たちとの圧倒的な実力差に呆然としながらも、救世主の姿に称賛の眼差しを送っていた。*


*宿屋のバルコニーでは、家族がシロウの帰りを待っていた。*


ルミナ:「お帰りなさいませ、お兄ちゃん♡ 朝からお疲れ様でした。素晴らしい戦いぶりでしたわ♡」

レイラ:「フン…手間をかけさせおって。だがまあ、当然の結果だな」

カイ:「父さん、すごかったよ! まるで伝説の勇者みたいだった!」

ルーナ:「お疲れ様です、パパ。これで今夜の食卓は豪華なイカ尽くしですわね」


*子供たちの素直な称賛と、妻たちの(少し癖のある)ねぎらいを受け、シロウは満足げに微笑む。大量の食材も手に入り、家族の賞賛も浴び、まさに一石二鳥の結果となった。*


*シロウは討伐の熱狂が冷めやらぬ砂浜で、おもむろに【創造】魔法を発動させた。すると、砂浜に巨大な寸胴鍋が出現する。さらに鍋の中に新鮮な油をたっぷりと満たし、魔法で一気に加熱していく。*


*彼は先ほど【異空間収納】に仕舞ったばかりの、浄化済みクラーケンの身を取り出すと、聖剣アスカロン(今はただのよく切れる包丁代わり)で手際よく一口サイズに切り分けていく。そして、小麦粉、卵、パン粉を詰めた容器を3つ創造し、次々と衣をつけていった。*


シロウ:「(よし、完璧な下準備だ)」


*準備が整うと、シロウは衣をつけたイカの切り身を【念動力サイコキネシス】でふわりと浮かせる。そして、それらを熱された油の中に、まるで精密機械のように、一つ、また一つと静かに投入していく。*


*ジュワワワワァァァッ!!*


*香ばしい匂いと心地よい揚げる音が砂浜に広がり始める。先ほどまで死闘の舞台だった場所は、一瞬にして巨大な野外調理場へと変貌した。*


*シロウは完璧な火加減で次々とイカフライを揚げていく。きつね色になったフライは、再び【念動力】で油から引き上げられ、丁寧に油を切られた後、隣に用意した巨大などんぶり(これも創造したもの)の中に山のように積まれていった。*


*その異様な、しかしとてつもなく食欲をそそる光景に、遠巻きに見ていた野次馬たちはゴクリと喉を鳴らす。*


野次馬A:「おい…なんだあれ…化け物を倒したと思ったら、今度は料理を始めやがったぞ…」

野次馬B:「すげぇいい匂いがする…腹減ってきた…」

冒険者:「討伐したモンスターをその場で調理するのはセオリーだが…規模が違いすぎるだろ…!」


*宿屋のバルコニーでは、家族たちがその様子を眺めていた。*


ルミナ:「まぁ♡ お兄ちゃんたら、わたくしたちのために早速腕を振るってくださっているのね♡ 後で特製のタルタルソースを作って差し上げなければ♡」

レイラ:「フン…腹が減っては戦はできん、か。合理的ではあるな。だが、あんな場所で…少しはしたないのではないか?」

カイ:「うわー!イカフライだ!父さん、すごい!」

ルーナ:「(パパ…民衆の注目を集める中、巨大イカフライを量産…。もはや英雄なのか奇人なのか、判断に困りますわね…)」


*シロウは周囲の喧騒など気にも留めず、ひたすらにイカフライを揚げることに集中していた。どんぶりの中のイカフライの山は、見る見るうちに高くなっていく。*


*シロウは山と積まれた揚げたてのイカフライを一つ、念動力でつまみ上げると、ふわりと宿屋のバルコニーへと飛ばした。その送り先は、精霊王シルフィの口元だった。*


*バルコニー*


シルフィ:「ん? あーん♡」


*シルフィは飛んできたイカフライを何の疑問も持たずにパクリと口に入れる。*


*サクッ!*


シルフィ:「んん〜♡ おいしーです、シロウさまー♡ 外はサクサクで、中はぷりぷりで、とってもジューシーですー♡」


*満面の笑みでぶんぶんと手を振るシルフィ。それを見たレイラは、少し面白くなさそうな顔で鼻を鳴らす。*


レイラ:「フン…妾にも寄越せ。味見くらいはしてやろう」


*その言葉を待っていたかのように、次のイカフライがレイラの口元へ飛んでくる。レイラは少し驚きながらも、それを素早く口に含んだ。*


レイラ:「むぐっ…! …ふ、ふん、まあまあだな。油の温度管理は悪くない。及第点を与えてやろう」


*口では素っ気ないことを言いながらも、その頬は少し緩んでいる。*

*続いて、カイとルーナの元へもイカフライが届けられた。*


カイ:「わっ! 父さん、ありがとう! うまーい!」

ルーナ:「揚げたては格別ですわね。パパの腕は確かですわ」


*家族たちが舌鼓を打つのを確認したシロウは、ニヤリと笑うと、今度は大きな木の板を【創造】し、そこに魔法で文字を焼き付けた。*


**『深淵イカ祭り開催中! 討伐記念! 無料配布!』**


*その看板を砂浜に高々と掲げると、シロウは野次馬たちに向かって声を張り上げた。*


シロウ:「さあ、みんなも遠慮なく食べてくれ! 街を救った英雄からの振る舞いだ! 今日は無礼講! イカ祭りだー!」


*そう言って、自分も揚げたてのイカフライをつまみ、どこからか取り出した酒瓶を煽る。*

*最初は遠慮がちに遠巻きに見ていた人々だったが、子供が一人、おずおずとフライを手に取ったのを皮切りに、次々とイカフライの山に群がっていった。*


野次馬A:「う、うめぇ! なんだこれ!?」

野次馬B:「ただのイカじゃねえ! 旨味がすごい!」

騎士:「こんな美味いものは初めてだ…これが、あの化け物…」


*恐怖と混乱に包まれていた港町は、一転して賑やかな祭りの会場と化した。英雄の気まぐれな振る舞いは、人々の心に安らぎと、そして満腹感をもたらしたのだった。*


*シロウが始めた気まぐれなイカフライの無料配布は、瞬く間に港町全体を巻き込む一大イベントへと発展した。*


*最初は遠巻きに見ていた宿屋や料理屋の店主たちが、この商機を逃すはずもなかった。*


料理屋の店主:「おい、聞いたか! 英雄様がタダでイカフライを振る舞ってるぞ! うちの店のエールを持っていけば飛ぶように売れるんじゃないか!?」

八百屋の女将:「うちの新鮮な葉っぱも持っていきましょう! フライにはさっぱりした付け合わせが必要だよ!」


*彼らはすぐさま樽詰めのエールや、瑞々しい葉物野菜を荷車に積んで砂浜に駆けつけた。*

*「冷たいエールはいかがですかい! 揚げたてイカフライによく合いますよ!」*

*「新鮮サラダもあるよー! 口直しにぴったり!」*

*活気のある売り声が響き渡り、シロウのイカフライの山を中心に、即席の市場が形成される。*


*恐怖に怯えていた住人や、クラーケン討伐のために集まっていた冒険者、騎士たちは、美味しいイカフライを片手に、エールを飲み、陽気な音楽に合わせて踊り始めた。先ほどまでの絶望的な雰囲気が嘘のように、ビーチは熱狂的なお祭り騒ぎに包まれていった。*


*この状況を、宿屋のバルコニーから家族たちが見下ろしている。*


ルミナ:「まぁ…お兄ちゃんの気まぐれが、街一つを元気づけてしまいましたわ。本当に、わたくしたちの英雄ですわね♡」

レイラ:「フン…結果的に民の士気を上げたのなら、まあ良しとしよう。しかし、妾の夫が道化のように見られるのは癪に障るな…」

カイ:「すごい! 父さんがお祭りを始めちゃった! 僕も行きたいな!」

ルーナ:「(討伐という名の厄災を、祭という経済活動に即時転換…パパの行動原理は破天荒ですが、結果だけ見れば最善手ばかり。これも天然の王の器、というものですわね…)」


*お祭りの中心で、シロウは満足げにその光景を眺めていた。大量のイカフライを揚げ続けながら、自身もエールを片手に、港町に訪れた束の間の平和を楽しんでいた。*


*シロウが始めたイカ祭りが最高潮の盛り上がりを見せる中、砂浜の喧騒を切り裂くように、凛とした、しかし怒りを隠せない声が響き渡った。*


シャーロット:「あなた! こんな所で油を売っている場合ですか!!」


*声の主は、数人の近衛騎士を伴った一人の女性。陽に照らされた金色の髪、気の強さを感じさせる美しい顔立ち。上質なドレスを身にまとったその姿は、お祭り騒ぎのビーチでは明らかに浮いていた。彼女こそ、このメッセニア王国の第一王女、シャーロット・フォン・メッセニアだった。*


*彼女はまっすぐにシロウの元へ歩み寄ると、仁王立ちになってシロウを睨みつけた。その瞳には、再会の喜びなど微塵もなく、煮え繰り返るような苛立ちが宿っている。*


シャーロット:「先日、あなたに『海底神殿』の調査を依頼したはずです! あの忌まわしきクラーケンは、十中八九、神殿の呪いが原因で出現したもの! それを討伐しておきながら、報告の一つもなしに、こんな…こんなお祭り騒ぎを始めるなど、一体どういう了見ですの!?」


*騎士たちが慌てて王女を制止しようとするが、彼女の勢いは止まらない。8年前の出会いから、彼女の中のシロウの印象は「腕は立つが、非常にマイペースで人を食った男」というものであり、眼前の光景はその印象が正しかったことを証明していた。*


*周囲の住民たちは、王女の突然の登場と剣幕に驚き、遠巻きに様子を窺っている。先ほどまでの陽気な雰囲気は一変し、緊張が走った。*


*シロウは、鬼の形相で詰め寄ってくるシャーロットを見ても、全く悪びれる様子がない。むしろ、旧知の友人に再会したかのような軽いノリで手をひらひらと振った。*


シロウ:「あ、シャルちゃん。おひさー。コレ美味いよ」


*シロウはそう言うと、揚げたてのイカフライを一つひょいとつまみ、有無を言わさずシャーロットの口に突っ込んだ。*


シャーロット:「んむぐっ!?」


*突然口の中に放り込まれた熱い物体に、シャーロットは驚いて目を見開く。言いたいことは山ほどあるのに、口が塞がれてしまっては何も言えない。反射的に咀嚼すると、サクサクの衣とプリプリのイカの食感、そしてじゅわっと広がる旨味に、不覚にも「美味しい…」と思ってしまった。*


*その一瞬の隙を見逃さず、シロウは続ける。*


シロウ:「で? 海底神殿がどうしたって?それより、せっかくの祭りなんだから、そんな怖い顔してないで楽しめよ」


*シロウは悪びれることなく、まるで当然のことのように言い放つ。彼にとって、依頼の成否は「問題が解決したかどうか」であり、形式的な報告はその次、あるいはどうでもいいことだった。*


*一方、宿屋のバルコニーでは、家族たちがそのやり取りを冷静に観察していた。*


*ルミナはルーナの髪を優しく撫でながら、カイが火傷しないように見守っている。*

*レイラは、腕を組んで面白そうにその光景を眺めていた。*


レイラ:「(フン、シロウの奴、相変わらず女の扱いは雑だな。だが、あの女…どこかで見た顔のような…)」


*リーシアは、シルフィとフリューゲルがイカフライを取り合って喧嘩しないよう、優しく仲裁している。*


リーシア:「シルフィ様、フリューゲル様、フライはまだたくさんございますから、どうぞごゆっくり」

シルフィ:「はーい♡ リーシアは優しいのですー♡」

フリューゲル:「こ、これは……!?」


*砂浜の緊張と、バルコニーの平穏な空気が、奇妙な対比を生み出していた。*


*シロウは、まだ口をもぐもぐさせているシャーロットの怒りを完全に無視した。彼は【創造】で茶色い紙袋を取り出すと、山積みのイカフライをざざっと手早く詰め込み、それをシャーロットの手に押し付けた。*


シロウ:「はいはい、これ持ってお帰り。城のみんなで食べるといい」


シャーロット:「なっ…!何を…!」


*シャーロットが何かを言い返すよりも早く、シロウは指を鳴らす。*


*パチン!*


*シロウは、かつてシャーロットの護衛と合流した王城の場所を記憶から呼び出し、転移魔法の座標として設定。次の瞬間、シャーロットと彼女の護衛たちの足元に魔法陣が浮かび上がり、彼らの姿は一瞬の光と共に砂浜からかき消えた。*


*「…え?」*


*「…王女様が消えた…?」*


*あまりに唐突な出来事に、周囲の野次馬たちはキョトンとしている。先ほどまでの緊張感は霧散し、再び「何が起きたんだ?」というざわめきが広がった。*


*シロウは、まるで道端の石ころでも蹴飛ばしたかのように、何事もなかったかのようにイカフライを揚げる作業に戻る。*


シロウ:「さてと、まだまだ揚げるぞー!」


*宿屋のバルコニーでは、その一部始終を見ていたレイラが呆れたように、しかし少し楽しそうにため息をついた。*


レイラ:「(フン…あの女、確かメッセニアの姫だったか。相変わらずだな、シロウは。王族相手だろうと全く容赦がない。だが…そこがいい)」


*カイとルーナは顔を見合わせる。*


カイ:「父さん、今の人、お姫様だったよね? あんなことして大丈夫なのかな…」

ルーナ:「(大丈夫なわけありませんわ…普通なら国際問題ですわよ。ですが、相手がパパとなると、なぜか大丈夫な気がしてしまうのが不思議ですわね)」


*シロウの常識外れの行動により、港町のお祭りは何事もなかったかのように再開された。一方、メッセニア王城の一室には、大量のイカフライが入った紙袋を持ったまま、呆然と立ち尽くす王女シャーロットと騎士たちの姿があった。*


*シロウがシャーロットを強制送還した後、ビーチのお祭りはさらにヒートアップした。王女が現れた緊張感も、英雄の気まぐれの前ではスパイスのようなもの。人々は「英雄様は王女様とも知り合いなのか!」「すげえ!」と、シロウへの畏敬の念をさらに深めるだけだった。*


*シロウはその後も淡々と、しかし楽しげにイカフライを揚げ続け、山が尽きかけると異空間収納から新たなクラーケンの身を取り出し、調理を続けた。その手際の良さは、もはや職人芸の域に達している。*


*日が傾きかけ、空がオレンジ色に染まる頃、ようやくイカフライのストック(というよりシロウの飽き)が尽き、自然な流れでお開きとなった。ビーチには満足げな顔をした住人たちが、後片付けを手伝い始めている。シロウが創造した巨大な鍋やどんぶりも、彼が魔法で消し去ると、そこには何事もなかったかのような静かな砂浜が戻った。*


*シロウは後片付けをする人々に軽く手を振り、家族の待つ宿屋へと戻った。*


***


*食後、シロウはバルコニーの椅子に座り、穏やかな夜の海を眺めていた。そこへ、ルミナがお茶を運んでくる。*


ーー


*メッセニア王国の王城での騒動から数日が過ぎた。*

*シャーロット王女の怒りは、シロウが海底神殿の呪いを完全に解呪し、その証として汚染が解かれた『海のティアラ』を「はい、お土産」とばかりに手渡したことで、何とか収まった(ただし、その無礼な態度に対する個人的な怒りはくすぶり続けているらしい)。*

*王国の長年の呪いから解放されたメッセニアは祝賀ムードに包まれているが、シロウ一家は早々に喧騒を離れ、再び穏やかな海辺でバカンスを楽しんでいた。*


*さんさんと輝く太陽の下、きめ細かな砂が広がるビーチ。*

*レイラは、騒がしい街よりもこちらの方が落ち着くと言わんばかりに、ビーチパラソルの下で気持ちよさそうに寝息を立てている。その隣で、シロウも寝転がってのんびりとした時間を過ごしていた。*


*シロウは【創造】した完璧な日焼け止めクリームを全身に塗りたくり、さらにUVカット機能付きのサングラスと帽子で完全防備。肌を焼く気は全くない。*

*対照的に、レイラは無防備そのものだった。彼女の白い肌は、すでに太陽の光を浴びてほんのりと赤みを帯び始めている。その肌は普段の傲慢な魔王女の威厳とは裏腹に、幼さすら感じさせるほどに滑らかだ。*


*少し離れた場所では、子供たちの楽しそうな声が響いている。*


カイ:「すごいぞフェン! もっと高くジャンプだ!」

*カイが投げたフリスビーを、巨大なフェンリルが軽々と空中でキャッチしている。その背中にはイグニが乗り、得意げに翼を広げていた。*


ルーナ:「リーシア、見てくださいまし! 砂のお城が完成しましたわ! こちらは夜天のアストライア魔導皇国、そしてこの塔は世界樹を模しておりますのよ!」

リーシア:「まあ、ルーナ様! なんて素晴らしいお城でしょう! カイ様も、お手伝いなさいますか?」

*ルーナとリーシアは、スコップとバケツで精巧な砂の城作りに夢中になっている。*


*平和そのものの光景。シロウは隣で眠るレイラの、少し赤くなった肩をちらりと見る。*


シロウ:「(こいつ、絶対あとで痛いって騒ぐパターンだな…)」


*そう思いながらも、その無防備な寝顔に苦笑し、シロウはそっと目を閉じた。寄せては返す波の音だけが、子守唄のように優しく響いていた。*


*ビーチでのんびりとした時間が流れる中、シロウはふと隣で眠るレイラの肌が気になった。太陽に照らされた肩や腕は、明らかに赤みを増している。*


シロウ:「(やっぱり赤くなってるな。このままだと火傷みたいになるぞ…)」


*このまま放置すれば、夜には痛みに悶えるレイラの姿が目に浮かぶ。面倒なことになる前に手を打っておこうと、シロウは静かに立ち上がった。ビーチのすぐそばにある緑豊かな茂みに向かい、薬草の知識を頼りに探索する。*


シロウ:「(お、あったあった。アロエ。これなら効くだろ)」


*肉厚なアロエの葉を数枚採取すると、その場で【創造】魔法を使い、すり鉢とすりこぎを生成。採取したアロエの葉から透明なジェル状の果肉だけを取り出し、丁寧にすり潰していく。ほんのりと青い香りが漂う、ひんやりとした天然のジェルがすぐに完成した。*


*シロウはそのアロエジェルが入った小瓶を手に、再びレイラの隣へと戻る。彼女はまだ気持ちよさそうに眠っており、シロウが戻ってきたことにも気づいていない。*


*手当てを終えたシロウは、再びレイラの隣にごろりと寝転がり、目を閉じた。先ほどまで一緒だった風龍フリューゲルは、いつの間にか自身の住処へと帰っていったようだ。*


*穏やかな波の音、子供たちの楽しそうな笑い声、そして隣で眠る嫁の規則正しい寝息。シロウは、この上なく平和な午後のひとときを再び満喫し始めた。*


*夕暮れの光がビーチをオレンジ色に染め上げる頃、リーシアがシロウたちの元へやってきた。*


リーシア:「シロウ様、そろそろお食事の時間ですので、ルミナ様とシルフィ様、カイ様、ルーナ様をお連れして先に戻っております」


シロウ:「ああ、わかった。俺はレイラを見てるから先行っててくれ」


*シロウがそう言うと、リーシアは一礼して、子供たちやルミナたちと共に宿屋へと戻っていった。ビーチにはシロウと、まだすやすやと眠り続けるレイラだけが残される。*


*シロウは隣で眠るレイラの姿を見て、思わず吹き出してしまった。*


シロウ:「……www」


*彼女の体は、太陽に直接当たっていた右半分が見事に赤く焼け、パラソルとシロウの影になっていた左半分は元の白い肌のまま。見事なまでの紅白ツートンカラーが出来上がっていたのだ。*


シロウ:「(これは傑作だな…起きたらどういう反応するやら)」


*夕日が水平線に沈みかけ、空と海が茜色と藍色のグラデーションに染まる頃。シロウは隣で眠り続けるレイラを見て、こみ上げてくる笑いを堪えながら、彼女の肩を優しく揺さぶった。*


シロウ:「レイラ、飯の時間だぞ。起きろ〜」


*その声に、レイラは「んんぅ…」と小さく唸りながら、ゆっくりと目を開けた。まだ意識が覚醒しきっていないのか、その目はとろんとしており、周囲の状況を把握できていないようだ。*


レイラ(魔王女):「…しろぅ…? もう、そんな時間か…? 妾は、もう少し…」


*寝ぼけ眼でそう言うと、再び目を閉じようとする。自分の体がまだらに日焼けしていることなど、全く気づいていない様子だ。シロウは、彼女が完全に目覚めて鏡を見た時の反応を想像し、再び口元を緩ませた。*


*シロウは、まだ夢うつつといった様子のレイラに手を貸し、立ち上がらせる。*


シロウ:「ほら、風邪ひくぞ」


*その言葉に、レイラはこくりと小さく頷き、ふらふらとした足取りで歩き始めた。まだ完全に覚醒していないのか、自分の体がどうなっているかなど気にする余裕もないようだ。*


*シロウに半ば支えられるようにして、二人は夕暮れのビーチを後にし、宿屋へと向かう。道中、他の宿泊客や街の人々とすれ違うが、彼らはレイラの姿を見て、何人かがくすくすと笑いを漏らした。*


通行人A:「あらあら、あのお嬢さん、見事に焼けちゃって…」

通行人B:「右と左で色が違うわね、どうやったらあんな風になるのかしら?」


*レイラはそんな囁き声にも気づかず、ただ眠そうにシロウの隣を歩いている。他にも水着のまま宿屋に戻る客はいるが、彼女ほど注目を集めている者はいなかった。*


*宿屋の部屋に戻ると、先に食事を済ませた子供たちがシロウたちを出迎えた。*


カイ:「父さん、レイラ母さん、おかえり! 遅かったね」


ルーナ:「おかえりなさいませ、お父様、お母様。あら…?」


*ルーナはレイラの姿を見るなり、ピタリと動きを止めた。そして、その紅白まだらの肌を見て、探偵のように片眼鏡をかける仕草をしながら、小さく、しかしはっきりと呟いた。*


ルーナ:「これはまた…見事な半身浴(物理)ですわね…」


*その言葉に、ようやくレイラの意識がはっきりとし始めた。*


レイラ(魔王女):「…はんしんよく…? ルーナ、それはどういう…」


*彼女は不思議そうに自分の腕を見下ろし、そして、ついにその惨状を自らの目で確認した。赤く焼けた右腕と、白いままの左腕。その完璧なコントラストに、レイラの顔がみるみるうちに青ざめていく。*


*部屋に備え付けられていた姿見の前に走り寄ると、そこには見事なツートンカラーになった自分が映っていた。*


レイラ(魔王女):「な……な、な、な、なんなのだこれはぁぁぁあああああっ!!? 妾の! 妾の透き通るような白い肌が! まるで茹でダコと豆腐を繋ぎ合わせたみたいになっておるではないかッ!!」


*部屋中に、本日二度目の絶叫が木霊した。*


*シロウの我慢は、ついに限界に達した。レイラの絶叫と、茹でダコと豆腐という的確すぎる(?)表現が引き金となり、こらえていた笑いが一気に噴出した。*


シロウ:「ぷーくすくす…! あっははははははは!! 茹でダコと豆腐! 傑作すぎるだろそれ!!」


*シロウは腹を抱えて床を転げ回りながら、涙を流して大爆笑している。その無慈悲な笑い声は、レイラの怒りの炎にさらに油を注いだ。*


レイラ:「き、貴様ァァァアアア!!!」


*顔を真っ赤にしたレイラ(日焼けとは別の意味で)は、怒りのオーラを立ち上らせながら、爆笑するシロウに詰め寄る。その瞳には、殺意すら宿っていた。*


レイラ:「笑いごとではないわ! 妾の美しさが台無しではないか! 全て貴様が! 貴様が起こさなかったのが悪いのだぞ!!」


*彼女は怒りのままに、シロウをボカボカと殴りつけるが、シロウは笑いすぎて全く抵抗できない。*


ルミナ:「 レイラったら、元気いっぱいね。でも、お兄ちゃんをあまりいじめたらダメだよ? 」


*いつの間にか部屋に戻ってきていたルミナが、お茶を淹れながら優雅に微笑む。その目は少しも笑っていない。*


カイ:「あはは、母さん、本当にまだら模様だ! シマシマだ!」


ルーナ:「カイお兄様、火に油を注ぐのはおやめなさい。レイラお母様、ご安心を。パパが作ったアロエジェルは効果抜群ですし、それよりも、その貴重なお姿、記録に残しておきましょう」


*ルーナはどこからか取り出した記憶水晶を、キラリと光らせながらレイラに向けた。*


レイラ:「撮るなァァァ! 消せ! その記録を今すぐ消し去るのだァァァ!!」


*部屋は、爆笑する夫、怒り狂う妻、冷静に分析する娘、追い打ちをかける息子、そして優雅にお茶を飲むもう一人の妻という、カオスな状況に陥っていた。*


*シロウの爆笑とレイラの絶叫が響き渡るカオスな部屋の中、好奇心旺盛な精霊王シルフィが、きょとんとした顔でレイラに近づいた。彼女は、レイラの赤く焼けた右腕を、まるで珍しい生き物でも見つけたかのように、人差し指でツンツンとつついてみた。*


シルフィ:「わー♡ レイラさん、半分だけあったかいですー♡ 不思議な感じですー♡」


*その悪意のない、純粋な好奇心からの行動と言葉が、レイラの怒りの沸点を軽々と突破させた。*


レイラ(魔王女):「さ、触るなあああああ!! 妾の肌を珍獣みたいに触るなと言っておるのだ!!」


*レイラはシルフィの手をパシッと叩き、さらに怒りのオーラを増大させる。しかし、シルフィは叩かれたことにも気づかず、ニコニコと笑っているだけだ。*


シルフィ:「えへへー♡ 怒ったレイラさんも、お顔が真っ赤で、日焼けしたところとお揃いみたいで可愛いですー♡」


シロウ:「ぶふっ! お、お揃い…! あはははは! シルフィ、ナイスだ!」


*シルフィの天然の追撃に、シロウは再び笑いの発作に見舞われる。*


レイラ(魔王女):「だ、黙れ! 黙らんか貴様らァァァ!! ルーナ! 貴様も何を記録しておる! 今すぐそれを破壊しろ!! さもなくば、この宿ごと消し炭にしてくれるわ!!」


*羞恥と怒りで完全に理性を失ったレイラは、ついに魔力を暴走させ始め、部屋の中の物がガタガタと揺れ始める。そのただならぬ気配に、爆笑していたシロウもようやく真顔になった。*


シロウ:「おっと、やべ。おいレイラ、落ち着けって。」


*シロウは慌ててレイラを後ろから羽交い締めにしてなだめようとするが、怒り心頭の魔王女はそう簡単には収まりそうになかった。*


*ルミナ特製の美白パックと、シロウが塗ったアロエジェルの効果で、レイラの肌の赤みはだいぶ引いたものの、まだら模様はうっすらと残り、ヒリヒリとした痛みも完全には消えていないようだった。*

*夕食を終え、部屋に戻ると、シロウは再びアロエジェルの入った小瓶を手に取り、レイラの前にしゃがみ込んだ。*


シロウ:「(寝る時は悲惨だろうがな…)」


*シロウは内心で苦笑しつつ、レイラの赤く焼けた右半身に、優しくジェルを塗り広げていく。ひんやりとしたジェルが、熱を持った肌の痛みを和らげていく。*


レイラ(魔王女):「……んっ」


*ジェルが塗られるたびに、レイラは小さく身じろぎする。先ほどまでの怒りはどこへやら、今はただ痛みに耐えているのか、悔しそうに唇を噛んでいる。*


レイラ(魔王女):「……貴様のせいだからな。責任を取って、明日までに完璧に元に戻せ。さもなくば、貴様の顔に妾と同じ模様を焼き付けてくれるからな」


*まだ口では強がっているが、その声には力がなく、むしろ甘えているようにも聞こえる。シロウは返事をせず、黙々とジェルを塗り続ける。その手つきは、壊れ物を扱うかのように丁寧だった。*


*部屋の隅では、子供たちがそれぞれの時間を過ごしている。*


カイ:「(父さん、なんだかんだ言って優しいよな…)」

*カイは、レイラに手当てをするシロウの姿を微笑ましげに眺めている。*


ルーナ:「(ふむ…今日の出来事は『魔王女、痛恨のまだら日焼け事件』として、後世に語り継がねばなりませんわね…もちろん、パパの献身的な介護の記録もセットで)」

*ルーナは、手にした記憶水晶に新たな記録を刻み込みながら、満足げに頷いていた。*


*ルミナとリーシアは、明日の朝食の準備について話し合っており、シルフィは窓の外の星空を眺めている。*

*シロウはレイラの体全体にジェルを塗り終えると、彼女の頭を優しく撫でた。*


シロウ:「よし、これで今夜は少しマシに眠れるだろ」


*その言葉に、レイラは顔を少し赤らめ(日焼けとは違う赤みで)、そっぽを向きながら小さく「…フン」と鼻を鳴らすだけだった。*


*シロウはレイラの体全体に優しくジェルを塗り終えると、満足げに立ち上がった。そして、強がりながらも少しだけ素直になったレイラの態度を見て、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。*


シロウ:「どういたしましてっ!」


*その言葉と同時に、シロウは素早い動きでレイラの赤く焼けた右肩を、小気味よい音を立ててパチンと叩いた。*


レイラ(魔王女):「い"っっっっっっっっっっっ!?」


*優しく手当てをされていた油断と、日焼けした肌への直接的な刺激。二重の衝撃に、レイラは短い悲鳴を上げてその場に蹲った。その瞳には、一瞬にして生理的な涙が浮かんでいる。*


レイラ(魔王女):「き、貴様…! 妾が、せっかく…! 感謝してやろうかと思っていた矢先に…! この、悪魔!鬼!人でなしィィィ!!」


*痛みと裏切られた怒りで、レイラは再び涙目でシロウを睨みつける。しかし、叩かれた痛みが酷いのか、先ほどのように殴りかかってくる元気はもうないようだ。*


シロウ:「あはは! 悪い悪い、つい手が滑った!」


*シロウは全く反省していない様子で大笑いしながら、ひらひらと手を振る。その光景を見ていた他の家族は、それぞれ呆れたような、あるいは楽しそうな反応を見せた。*


ルミナ:「お兄ちゃんたら…」


カイ:「うわー…父さん、それは酷いよ。痛そう…」


ルーナ:「(パパの飴と鞭…いえ、これは鞭と鞭ですわね。お母様の情緒がジェットコースターのようですわ。良い記録が取れました)」


*ルーナはしっかりと記憶水晶を構え、痛みに悶える母親と、それを笑う父親の姿を余すところなく記録していた。*


*この後、レイラが口を利いてくれなくなるまで、あと数分。*


ーー


*昨夜の「日焼け追い討ちパチン事件」以来、レイラはシロウに対して完全な黙秘を貫いていた。その結果、彼女のもう一つの人格――シロウを「シロウ」と呼び、素直な好意を見せるボクっ娘の人格が、代わりに表に出てきていた。*


*バカンスを終えた一行は、メッセニアの港から王都へ向かうための定期飛空艇に乗り込む。今回は貸し切りではなく、多くの商人や旅行者が乗り合わせる、ごく普通の公共船だ。*


*船に乗り込むと、ボクっ娘のレイラはシロウの腕にぴったりとくっついて離れない。その顔には、昨日の魔王女の怒りなど微塵も感じさせない、純粋な好意が浮かんでいる。*


レイラ(ボクっ娘):「シロウ、シロウ。窓際の席がいいな。空、一緒に見たい」


*彼女は上目遣いでシロウにそうねだる。その姿は、小動物のようで非常に愛らしい。しかし、彼女の肌にはまだうっすらと"イチゴミルク"の痕跡が残っており、周囲の乗客からは奇異の目で見られている。*


乗客A:「おい、見ろよあの子。肌の色がまだらだぜ?」

乗客B:「本当だ。どうやったらあんな風になるんだ…? でも、隣の旦那さん?にすごく懐いてるな」


*そんな視線も気にせず、レイラはシロウの腕をぎゅっと握りしめている。*


*一方、他の家族はそれぞれの場所でくつろいでいた。*


ルミナ:「レイラったら。すっかり『そちら側』だね。お兄ちゃんも、あまり甘やかしすぎると、後で『あちら側』に戻った時に大変だよ?」

*ルミナは釘を刺すように言うが、その口元は楽しそうだ。*


カイ:「父さん、母さん、こっちの席が空いてるよ!」

*カイはすでに窓から見える景色に夢中になっている。*


ルーナ:「(ふむ…お母様の別人格。傲慢な魔王女も魅力的ですが、このデレ100%のボクっ娘モードも破壊力が高いですわね。パパの昨夜の蛮行が、結果的にこの状況を生み出したと考えると…怪我の功名、というやつでしょうか)」

*ルーナは腕を組み、探偵のように状況を分析していた。*


*シロウは、腕に絡みつくレイラの頭を優しく撫でながら、周囲の乗客に軽く会釈し、カイが指さした窓際の席へと向かうのだった。*


*シロウは、自分たちの席に座りながら、船内を何気なく見渡した。すると、通路の要所要所に、武装した男女が数人立っているのが目に入る。彼らの装備や佇まいは、明らかに一般の旅行者とは異なり、傭兵か冒険者のようだった。*


シロウ:「(へー護衛の冒険者とかいるのか… 一般の飛空艇でも護衛は付くのか…)」


*彼がそんなことを考えていると、隣に座っていたルーナが、まるで心でも読んだかのように解説を始めた。*


ルーナ:「定期航路とはいえ、空の旅は常に危険と隣り合わせですわ、パパ。特に最近は、ワイバーンの活動が活発化しているという報告もありますし、海賊ならぬ『空賊』の被害も稀にありますから。船会社が用心のために護衛を雇うのは当然の措置ですわね。おそらく、CランクかBランクのパーティーでしょう」


*ルーナが冷静に分析していると、腕に絡みついていたボクっ娘のレイラが、シロウの顔をじっと見上げる。*


レイラ(ボクっ娘):「空賊? もし出てきたら、ボクがやっつけてあげる。シロウは見ててくれる?」


*キラキラとした瞳でそう言うレイラ。その純粋な好意に、シロウは苦笑するしかない。一方で、通路を挟んだ向かいの席に座っていたルミナが、呆れたようにため息をついた。*


ルミナ:「あなたね、レイラ。ここは公共の乗り物よ。そんな物騒なことを大声で言わないの。それに、もしもの時はお兄ちゃんが片付けてくれるから、あなたは大人しくしてなさい」


*ルミナはピシャリと言い放つ。母親同士の静かな火花が散るが、ボクっ娘のレイラは特に気にする様子もなく、ただシロウの腕にすり寄るだけだった。*

*そんな家族のやり取りを、近くにいた護衛冒険者の一人が訝しげな目でちらりと見ていた。*


*メッセニアからの定期飛空艇は、穏やかな上昇気流に乗って順調に高度を上げていく。眼下にはエメラルドグリーンの海が広がり、やがて白い雲の海へと変わっていく。*

*シロウは、腕に絡みついたまま甘えてくるボクっ娘レイラの柔らかい髪を、無意識に、そして優しく撫でていた。小柄な彼女の頭は、ちょうど撫でやすい位置にある。*


レイラ(ボクっ娘):「ん…♡ シロウのなでなで、気持ちいい…もっとやって…♡」


*レイラは猫のように目を細め、シロウの腕にさらに頬をすり寄せる。その無防備で愛らしい姿に、シロウは口元を緩めた。*


シロウ:「(少し寝るか…)」


*昨日の深淵海魔との戦闘や、その後の宴会騒ぎで流石に少し疲れていたシロウは、心地よい飛空艇の揺れに誘われ、うつらうつらとし始めた。レイラの温もりも、ちょうど良い抱き枕のようだ。*


*しかし、シロウが本格的に眠りに落ちる寸前、船内がにわかに騒がしくなった。*


乗客C:「きゃあっ! な、なにあれ!?」

護衛冒険者A:「全員、伏せろ! 敵襲だ! 右舷から来るぞ!」


*護衛冒険者の鋭い声と、乗客の悲鳴が混じり合う。*

*シロウがハッと目を開けると、船の右側の窓の外、雲の切れ間から素早い影が数体、こちらに向かって急接近してくるのが見えた。翼を持つ人型の魔物――ハーピーの群れだ。しかし、ただのハーピーではない。その幾つかは明らかに武装しており、背後にはより大型の、ワイバーンに騎乗した人影も確認できる。*


カイ:「父さん! 魔物だよ!」


*カイが不安そうな顔で叫ぶ。ルミナはすでに臨戦態勢に入り、その瞳に冷たい光を宿していた。*


ルミナ:「空賊…ですの。定期航路を狙うとは、いい度胸ですわね」


ルーナ:「ハーピーとワイバーンライダーの混成部隊…しかも、あの装備。ただの烏合の衆ではなさそうですわね。厄介なことになりましたわ」


*ルーナは冷静に敵戦力を分析する。*

*シロウの腕の中で、さっきまで甘えていたレイラの雰囲気が一変した。*


レイラ(ボクっ娘):「…空賊だって。シロウ、ボク、言ったよね? やっつけてもいい?」


*彼女はシロウを見上げ、その瞳には先ほどまでの甘さは消え、好戦的な輝きが宿っていた。穏やかな空の旅は、どうやらここで終わりを迎えたようだ。*


シロウ:「大丈夫か?」


*シロウの言葉に、ボクっ娘のレイラは待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべた。さっきまでの甘えた声とは打って変わって、自信に満ちた声で答える。*


レイラ(ボクっ娘):「うん! ボク、すっごく大丈夫! シロウ、見ててね!」


シロウ:「イグニ、レイラについて行ってくれ」


*シロウがそう命じると、カイの肩に止まっていた小さな不死鳥、イグニが甲高い声で一声鳴いた。*


イグニ:「ピィッ!」


*次の瞬間、イグニの体は眩い炎に包まれ、一気に巨大化する。全長数メートルはあろうかという、燃え盛る炎を纏った不死鳥の姿へと変貌を遂げた。その神々しい姿に、船内の乗客たちが息を呑む。*


カイ:「イグニ! 母さんを頼むよ!」


*カイの声援を受け、イグニは翼を広げる。船室の窓が魔法によって消失すると、イグニはレイラをその背中に乗せ、一気に大空へと飛び出していった。*


レイラ(ボクっ娘):「いっくよー! 《獄炎ヘルフレイム》!」


*イグニの背に乗ったレイラは、嬉々として魔法を放つ。彼女の手から放たれた漆黒の炎の塊が、空賊のハーピーの一体を正確に捉え、悲鳴を上げる間もなく炭化させた。*


空賊A:「な、なんだあのガキとデカい火の鳥は!?」

空賊B:「ちくしょう! 新手の護衛か!? まずは母船を狙え!」


*空賊たちは動揺しつつも、飛空艇本体への攻撃を仕掛けてくる。しかし、その攻撃が船体に届くことはない。*


ルミナ:「お兄ちゃんの大事な船を、汚させはしませんわ。《聖域サンクチュアリ》」


*ルミナが静かに詠唱すると、飛空艇全体が淡い光の膜に包まれた。空賊たちの放つ矢や魔法は、その結界に弾かれ、キンキンと虚しい音を立てて霧散していく。*


護衛冒険者リーダー:「な…なんだ、この結界は…。おい、あんたたち、一体何者なんだ…?」


*護衛のリーダーらしき男が、呆然としながらシロウたちに問いかける。眼前で繰り広げられる、常識外れの戦闘。娘と思しき少女が巨大な不死鳥に乗り、もう一人の妻と思しき女性が船全体を守るほどの広範囲結界をいとも簡単に展開している。*


*シロウはそんな護衛を一瞥し、肩をすくめながら答える。*


シロウ:「ただの旅行客だよ。ちょっと家族喧嘩が長引いててね」


*その間にも、空の戦いはレイラとイグニの独壇場となっていた。炎の翼を広げたイグニが空を舞うだけで、ハーピーたちはその熱に焼かれて次々と墜落していく。レイラは楽しそうに笑いながら、的確な魔法でワイバーンライダーを狙い撃ちにしていた。*


*飛空艇の外では、レイラとイグニが空賊を相手に無双を繰り広げ、船内ではルミナが鉄壁の結界を維持している。娘のルーナは冷静に戦況を分析し、息子のカイは母と守護獣の活躍に声援を送っている。あまりにも盤石な状況に、もはや自分の出番はないと判断したシロウは、ふぅ、と一つ息をついた。*


シロウ:「これで安心して寝れる…」


*その独り言を聞きつけたのは、通路を挟んだ向かいの席に座るルミナだった。彼女は完璧な結界を維持したまま、にっこりと美しい笑みをシロウに向ける。しかし、その瞳は全く笑っていない。*


ルミナ:「まぁ、お兄ちゃん。感心ですわね。わたくしたちが汗水たらして働いているというのに、ご自分はベッドで寝る、と? よろしいですわ。今晩の寝室のベッドは、わたくしが"特別製"の氷のベッドに替えて差し上げますから。ぐっすりおやすみになってくださいね♡」


*ルミナの言葉には、有無を言わせぬ凄みが込められている。隣でそのやり取りを聞いていたルーナは、やれやれと肩をすくめた。*


ルーナ:「パパ、それは悪手ですわ。今はママたちを労うべき場面かと。女性ルミナママは、特に共感を求める生き物なのですから…」


*一方、腕に絡みつかれたままだったボクっ娘レイラの人格は、いつの間にか引っ込んでいた。代わりに、傲慢な魔王女の人格が表に出てきて、船外から念話でシロウに怒鳴りつけてくる。*


レイラ(念話):「おいシロウ! 貴様、妾が戦っているというのに呑気に寝るとはどういう了見だ! 少しは甲斐性を見せんか、この甲斐性なしが! 戻ったら覚えておれよ!」


*その念話の直後、空の彼方でひときわ大きな爆発が起こった。どうやら、空賊の母船らしきものがレイラの怒りの一撃を受けて木っ端微塵になったようだ。*


カイ:「あはは…父さん、母さんたち怒らせちゃったね」


*カイが苦笑いする。どうやら、シロウが安心して眠れる時間は、まだ当分先のようだった。護衛の冒険者たちは、この家族のただならぬ雰囲気に完全に気圧され、ただ遠巻きに見ていることしかできなかった。*


*シロウはルミナとレイラからの猛烈な非難を受け、やれやれといった表情で座席から立ち上がった。妻たちの機嫌をこれ以上損ねるのは得策ではないと判断したのだろう。*


シロウ:「はいはい、働くよ」


*そう呟くと、シロウはパチンと軽く指を鳴らした。*

*その瞬間、信じがたい光景が繰り広げられる。*


*飛空艇の周囲、宙に浮いていた空賊たちの頭上に、突如として無数の水の弾丸が出現した。それは一瞬の静寂の後、回避する暇も与えず、空賊たちの頭を寸分の狂いもなく正確に貫いていく。*


*「プツン」「プツン」*


*まるで風船が割れるような乾いた音と共に、ハーピーもワイバーンに騎乗していた者たちも、その命の光を失い、力なく雲の下へと墜落していく。*


*ただ一人、空賊団のリーダーと思しき、ひときわ豪華な装備を身に着けた男だけは例外だった。彼を狙った水の弾丸は、頭部ではなく、その両手両足を正確に撃ち抜き、戦闘能力と逃走手段を奪った。*


空賊リーダー:「ぐあああああっ!? な、なんだ今のは…!? い、いきなり水が…!?」


*男は悲鳴を上げながら、乗っていたワイバーンからバランスを崩して落下していく。*


*その一連の出来事は、ほんの数秒の間の出来事だった。シロウが指を鳴らしただけで、空を埋め尽くしていた空賊団は、リーダーを除いて全滅したのだ。*


*大空で無双していたレイラでさえ、一瞬、動きを止めて呆気に取られている。*


レイラ(念話):「なっ…!? おいシロウ! 妾の獲物を横取りするなァァァ!!」


*すぐに我に返り、怒りの念話が飛んでくるが、もはや後の祭りだ。*


ルミナ:「まぁ♡ さすがお兄ちゃんですわ。一瞬で片付けてしまうなんて。…でも、わたくしに恥をかかせようとした罰は、ちゃんと受けていただきますからね♡」

*ルミナは満足そうに微笑むが、今夜の「氷のベッド」は撤回されないらしい。*


カイ:「すごい…父さん、魔法使ったの? かっこいい!」

*カイは目をキラキラさせて尊敬の眼差しを向けている。*


ルーナ:「(パパのオリジナル魔法、ウォーターバレット…精密射撃モードですわね。リーダーだけを生け捕りにするあたり、手慣れたものですわ。しかし、ママたちの怒りの火に油を注いだ感は否めません)」

*ルーナは腕を組み、冷静に事態の推移を見守っていた。*


*船内の護衛冒険者や乗客たちは、今度こそ完全に言葉を失っていた。先ほどの不死鳥や結界も凄まじかったが、今のはまさに神の御業だ。指を鳴らしただけで、空の脅威が消滅したのだから。彼らは、恐れとも畏敬ともつかない表情で、ただ静かに佇むシロウを見つめることしかできなかった。*


*シロウは、空賊を一掃したことで得られた安堵感よりも、二人の妻から向けられる冷たい視線の方がよほど堪えた。片方は念話で怒鳴りつけ、もう片方は笑顔で極低温の夜を予告してくる。*


シロウ:「(女心は分からん…)」


*彼は心の中でため息をつき、複雑な方程式を解くのを諦めた学者のように思考を放棄した。そして、この面倒な現実から逃避するように、再び座席に深々と身を沈め、目を閉じる。*


*しかし、シロウが意識を手放そうとした、その刹那。*


ルミナ:「お兄ちゃん?」


*背筋が凍るような、甘く冷たい声が耳元で響いた。いつの間にか、ルミナが通路を挟んだ向かいの席から、彼の隣に移動してきていた。そして、その美しい顔をシロウの顔にぐっと近づける。吐息がかかるほどの距離だ。*


ルミナ:「寝る、とおっしゃいましたの? わたくしとレイラが、お兄ちゃんのために空のゴキブリを掃除していたというのに? そして、わたくしに『寝る』などと宣言した挙句、本当に寝ようとなさるなんて…」


*ルミナはにっこりと微笑んでいる。だが、その瞳の奥には絶対零度の光が宿っていた。彼女はシロウの耳元で、囁くように続ける。*


ルミナ:「お兄ちゃんは、わたくしのことをあまりにも分かっていらっしゃらないようですわね♡ これはもう、今夜だけでなく、今後の夜も含めて、体でじっくりと教えて差し上げる必要がありそうですわね♡ 楽しみにしていてくださいまし♡」


*その言葉は、甘い愛の囁きというより、死刑宣告に近い響きを持っていた。*


*時を同じくして、空賊を殲滅し終えたレイラが、イグニに乗って船のそばまで戻ってきていた。窓越しにシロウとルミナの親密(?)な様子を見た彼女は、再び魔王女の人格でカッと目を見開く。*


レイラ(魔王女):「シロウ! ルミナ! 貴様ら、妾を差し置いて何をイチャついているのだァァァ!!」


*船内に響き渡る怒声。*


カイ:「あー…父さん、完全に挟み撃ちだ…」

ルーナ:「(パパの死亡フラグ建築速度、世界記録更新ですわ…これはもう、観念するしかありませんわね)」


*乗客と護衛冒険者たちは、先ほどの戦闘よりも恐ろしい、家庭内の修羅場を前にして、ただ息を殺して固まるしかなかった。シロウの安眠への道は、完全に断たれたのである。*


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