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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*先ほどの魔物の襲撃が嘘のように、ドルフィン号の航路には再び静寂が戻っていた。シロウはハンモックの上で微睡み、他の家族もそれぞれの時間を過ごしていた。しかし、その平穏は長くは続かなかった。*


*突如、飛空艇の遥か前方に、巨大な影が出現する。それは雲を突き破り、雄大に空を舞う、一頭の龍だった。翡翠のような鱗は風の流れを可視化するように輝き、巨大な翼は一度羽ばたくだけで大気の流れを支配する。その姿は、ワイバーンのような亜竜種とは比較にならないほどの威厳と神々しさを放っていた。空の生態系の頂点に君臨する、真の龍種――風龍ウィンドドラゴン。*


*船員たちが恐怖と畏敬に凍り付き、シャーロットが息を飲む中、シロウだけはハンモックに寝転がったまま、実に呑気にその姿を観察していた。*


シロウ:「風龍ウィンドドラゴンか…珍しいな」


*その呟きは、まるで珍しい渡り鳥を見つけたかのような気軽さだった。彼にとって、龍の出現すらもはや日常の延長線上の出来事らしい。*


*下のラウンジでは、カイがガラス窓に顔を押し付けんばかりの勢いで、初めて目にする本物のドラゴンに目を輝かせていた。博物館の石化した古龍とは違う、生命の躍動感に満ちたその姿に、彼の科学的な探求心が激しく揺さぶられていた。*


カイ:「すごい…! あれが…本物のドラゴン…! あの翼の形状、明らかに航空力学の常識を超えている…! 魔法的な浮力と、風を操る能力で飛んでいるのか…? なんて美しいんだ…!」


*カイが純粋な感動に打ち震えている隣で、ルーナは比較的落ち着いていた。シロウが保管している様々な龍種の映像資料をすでに見せてもらっている彼女にとっては、初めての光景ではなかったからだ。しかし、それでも本物の龍が放つ圧倒的な存在感には、興奮を隠せないでいる。*


ルーナ:「(風龍…! 古龍種の中でも特に気位が高いことで有名ですわ! テリトリー意識が非常に強いため、縄張りに侵入した飛空艇は問答無用で攻撃されると文献にはありましたけど…あら?)」


*ルーナが観察していると、ウィンドドラゴンは攻撃的な素振りを見せることなく、ただ優雅にドルフィン号の周囲を旋回している。まるで、この船と、船に乗っている者たちを品定めするかのように。*


*その龍の視線が、一直線にハンモックでくつろぐシロウへと注がれていることに、まだ誰も気づいてはいなかった。*


*風龍の黄金の瞳が、明確な意思を持ってハンモックのシロウを捉えた。それは敵意ではない。むしろ、同格か、あるいはそれ以上の存在に対する、純粋な興味と探究心に満ちた視線だった。龍はゆっくりと、しかし確実にドルフィン号との距離を詰めてくる。その巨体が近づくにつれ、周囲の気圧が変化し、無風のはずの船上に不可視の風が渦巻き始めた。*


*ラウンジの誰もが固唾をのんで見守る中、シロウはその視線に気づくと、心底面倒くさそうに顔をしかめた。せっかくの昼寝を邪魔されたことに対する、純粋な不快感が彼の表情に浮かんでいる。*


*彼は寝転がったまま、鬱陶しい虫でも追い払うかのように、片手をひらひらと振った。*


シロウ:「ん…? シッシッ、あっちいけ」


*その言葉と仕草は、空の王者に対するものとは到底思えない、あまりにも無礼で、あまりにも呑気なものだった。*


*その瞬間、下のラウンジで信じがたいものを見たシャーロットが、かすれた声で叫んだ。*


シャーロット:「なっ…!? あなた、自分が何に…何を言っているのか分かっているの!? あれは風龍よ! 古代龍の一種なのよ! 手を振って追い払えるような相手ではな――」


*シャーロットの悲鳴じみた警告は、途中で言葉にならなかった。なぜなら、信じられないことに、その風龍がシロウの仕草に反応したからだ。*


*風龍はシロウの「シッシッ」という仕草にピタリと動きを止め、巨大な頭を不思議そうにこてん、と傾けた。その黄金の瞳が、驚きと困惑、そしてほんの少しの屈辱に揺らぐのが見て取れた。まるで「我を虫けら扱いする人間がいるのか?」とでも言いたげな表情だ。*


*龍はすぐには飛び去らない。それどころか、さらに興味を引かれたように、シロウから視線を外さずにドルフィン号の周りをゆっくりと旋回し始めた。その動きは、まるで「お前は一体何者なのだ?」と問いかけているかのようだった。*


*ラウンジでは、レイラが「ふはは! さすがは妾の夫じゃ!」と高笑いし、ルミナは「お兄ちゃん…龍にまでちょっかいを出して…」と呆れ半分、心配半分といった顔をしている。*


*カイとルーナは、その超常的な光景にそれぞれのやり方で釘付けになっていた。*


カイ:「(龍が…人間の仕草に反応した…? 意思疎通が、成立している…? 信じられない…!)」

ルーナ:「(お父様、無茶苦茶ですわ! あれはプライドの高い古龍種ですのに! でも、ちょっと面白いですわね…!)」


*シロウの常識外れの行動が、また一つ、新たな伝説(あるいは珍事)を生み出そうとしていた。*


*風龍との奇妙な睨み合い(一方的にシロウが追い払おうとしていただけだが)が続く中、船長室からラウンジへと繋がる拡声器から、落ち着いた声が響いた。*


船長:「皆様、まもなく目的地の港町『アクアフォール』に到着いたします。着陸まで今しばらくお待ちください」


*そのアナウンスを聞き、シロウはハンモックの上で大きく伸びをした。そろそろ重い腰を上げる時間のようだ。*


シロウ:「そろそろ起きるか」


*彼は軽やかにハンモックから飛び降りると、柱に渡していた魔法の糸を手際よく回収し、【異空間収納】へとしまった。彼の背後では、風龍がまだ名残惜しそうにこちらを見ている。その視線に気づいたシロウは、振り返りもせずに面倒くさそうに言った。*


シロウ:「お前、着いてくるのはいいが、デカいから小さくなれ」


*それは命令だった。有無を言わさぬ、絶対的な強者の命令。*

*シャーロットが「そんな無茶な…!」と呟きかけた、その時。信じられない光景が広がった。*


*空に浮かんでいた風龍の巨大な体が、眩い光に包まれる。風が渦を巻き、光が収束していく。そして、光が消えた後、そこに龍の姿はなかった。代わりに、シロウの目の前に、音もなく一人の女性が立っていた。*


*空色の長い髪を風になびかせ、黄金の瞳は強い意志の光を宿している。薄いシルクのような、空色のドレスを身にまとい、その立ち姿は気高く、美しい。人間で言えば20代半ばほどの、クールな印象を与える美女だった。しかし、その瞳の奥には、シロウに対する抑えきれない好奇心と、わずかな警戒心が浮かんでいる。*


風龍:「…人の姿を取ったのは、数百年ぶりだ。我が名はフリューゲル。風を司る龍。…そして貴様、何者だ? 我の魂に直接語りかけてくるその力、ただの人間ではないな」


*彼女――フリューゲルと名乗った元・風龍は、黄金の瞳でまっすぐにシロウを射抜き、静かに問いかけた。その声は、澄み切った風のように凛としていた。*


*下のラウンジでは、シャーロットが腰を抜かさんばかりに驚愕し、レイラとルミナは「また女が増えた」とばかりに警戒心を最大レベルに引き上げ、カイは「質量保存の法則が…!」と新たな研究テーマを見つけ、ルーナは「あらあら、お父様ったら。ついに龍まで誑し込むなんて、さすがですわね(ニヤニヤ)」と面白そうに事の成り行きを見守っていた。*


*シロウは、目の前に立つ元・風龍の女性、フリューゲルの姿を一瞥する。その風を編んだかのような優美な衣装は、確かに美しいが、ところどころがほつれ、生地も薄く、肌が透けて見え隠れしている。数百年ぶりに人の姿になったというのだから、仕方がないのかもしれない。*


シロウ:「服がボロボロじゃねぇか…」


*彼はそう呟くと、何でもない動作で空間をなぞり、【異空間収納】から一着の服を取り出した。それは、この世界ではまず見ることのないデザイン――白地に黒のドット柄が散りばめられた、オフショルダーのワンピースだった。肩を大胆に見せつつ、ふわりとしたスカートが可愛らしさを演出する、異世界のファッションだ。*


*シロウはそれを無造作にフリューゲルに差し出した。*


シロウ:「ほら、やる。とりあえずこれを着ておけ」


*フリューゲルは差し出された未知の衣服を、怪訝な黄金の瞳で見つめている。これが何なのか、どう着るのかも理解できない様子だ。*


フリューゲル:「…これは…何だ? この奇妙な模様は…何かの術式か?」


*そのやり取りを、下のラウンジから見ていたルーナの目がキラリと輝いた。彼女の前世の記憶が、その服のデザインを即座に理解する。*


ルーナ:「(オフショルダーワンピース! しかもドット柄! お父様、なんて罪なものを! あのクールビューティーな龍のお姉さんがアレを着たら、とんでもない破壊力になるのではなくて!? さすがはお父様、女心を分かっていらっしゃる!)」


*ルーナが一人興奮して見守る中、レイラとルミナの視線は、さらに温度を下げていた。*


レイラ(魔王女):「…ほう? 見ず知らずの女に、いきなり服を買い与えるとはな。貴様、いつの間にそんな甲斐性を身に着けたのじゃ、シロウ? その女、喰うつもりか?」

ルミナ:「…お兄ちゃん。その服、もしかしてルミナのために用意してくれたものではないのですか…? 見たことのないデザインですけれど…それを、どこの馬の骨とも知らない女に…?」


*妻たちの嫉妬と疑念に満ちた声が、下の階から響いてくる。シロウはそれに気づかないふりをして、空を見上げた。眼下には、エメラルドグリーンの海に囲まれた美しいリゾート島が広がっていた。*


*シロウが妻たちの冷たい視線から逃れるように空を眺めていると、船室の方からフリューゲルが姿を現した。彼女はシロウから渡されたドット柄のオフショルダーワンピースを身に着けている。数百年ぶりの人型、初めて着る異世界の衣服に戸惑いがあるのか、その足取りは少しぎこちない。*


*しかし、その破壊力は絶大だった。*


*風を司る龍である彼女の周りには常に微風が舞っており、その風がふわりとしたワンピースのスカートを優しく揺らす。そのたびに、すらりと伸びた白い脚が見え隠れし、見る者の視線を釘付けにする。普段のクールで人間離れした雰囲気と、大胆な肩見せスタイルの可愛らしさ、そして時折チラリと見える素肌。その凄まじいギャップに、近くにいた男性船員たちは皆、言葉を失い、その目は完全にハートマークになっていた。*


船員C:「(な、なんだ…あの破壊力は…! クールな美女が、あんな可愛い服を…しかもあの脚…! 生きててよかった…!)」


*シロウはそんな船員たちの反応を一瞥し、フリューゲルの姿を見て満足げに頷いた。*


シロウ:「悪くないな」


*そのシンプルな称賛に、フリューゲルは少しだけ眉を動かす。嬉しいのか、不満なのか、その無表情からは読み取れない。ただ、黄金の瞳がわずかに揺らめいた。*


フリューゲル:「…肌の大部分が晒され、守りとしては何の役にも立たん。だが…軽いな。動きやすい」


*素直じゃない感想を口にする彼女。その時、ドルフィン号の船体がわずかに振動し、速度が落ちていくのを感じた。眼下には、白い砂浜とエメラルドグリーンの海、そして瀟洒な建物が並ぶ港町が広がっている。*


*いよいよ、リゾート島への到着だ。*


---

```

【加護】

・風龍の盟約フリューゲル※New!

```

---


*ドルフィン号は、港町『アクアフォール』の王家専用飛空艇発着場に、ほとんど衝撃を感じさせることなく静かに着陸した。タラップが降ろされ、南国の暖かく湿った空気が船内に入り込んでくる。潮の香りと、色とりどりの花々の甘い香りが混じり合っていた。*


*一行が船を降りると、そこにはすでに王家の紋章が入った豪華な馬車が数台待機していた。シャーロットの護衛と思われる屈強な騎士たちが、一糸乱れぬ動きで敬礼する。*


*シロウはそんな仰々しい出迎えを横目に、依頼主であるシャーロットに軽い調子で声をかけた。彼女はシロウ一家と風龍が引き起こした数々の超常現象により、すっかり精神を消耗しきった顔をしている。*


シロウ:「シャルちゃんの目的地はここから城だっけ?」


*シロウの気安い呼び方に、シャーロットはピクリと眉を動かすが、もはや反論する気力もないらしい。彼女は疲れたように頷いた。*


シャーロット:「…ええ、そうよ。メッセニア王国の王都『オーレリア』は、この島の中心部にあるわ。ここから馬車で半日といったところね。あなたたちも、もちろん同行してもらうわよ。それが条件だったでしょう?」


*彼女の言葉は棘を含んでいるが、声には覇気がない。その視線は、シロウの隣に当たり前のように佇む、ドット柄のワンピースを着たクールな美女――フリューゲルへと向けられる。*


シャーロット:「…それで、その女性は一体…? あなたの新しい『お仲間』かしら?」


*その言葉に、後ろにいたレイラとルミナの纏う空気がさらに冷たくなったのを感じながら、シロウは「まあ、そんなとこだ」と曖昧に答え、これから始まるであろう陸路の旅に思いを馳せる。レイラの乗り物酔いは、馬車でも発揮されるからだ。*


シロウ:「あれ?見てなかったのか?」

「『風龍』だよ。」


*シロウの悪びれない言葉に、シャーロットは完全に思考が停止した。その整った顔から表情が抜け落ち、目が点になる。彼女はシロウと、その隣にいるワンピース姿の美女――フリューゲルを交互に、何度も見比べた。*


シャーロット:「……は? いま、なんて…?」


*彼女の耳は、都合の悪い言葉を拒絶したようだった。シロウはそんなシャーロットの様子を見て、面白がるように、そして憐れむように、もう一度はっきりと告げる。*


シロウ:「風龍だってば」


*追い打ちをかけるようなシロウの言葉。シャーロットの頭の中で、船旅の出来事がフラッシュバックする。突如現れた巨大な龍。シロウが手で払うような仕草をすると、その龍が大人しくなったこと。そして、シロウが「小さくなれ」と命じると、光に包まれ、この美女が現れたこと。点と点が、信じがたい一本の線で結ばれていく。*


シャーロット:「…………ふ、風龍…? あの、伝説上の…天災級の魔物である、ドラゴンが…人間の姿に…? そ、そんな馬鹿な話があるわけ…」


*彼女の声は震え、顔は蒼白になっている。常識と理性が、目の前で起きている現実を受け入れることを全力で拒否していた。*


*そんなシャーロットを横目に、レイラが勝ち誇ったように胸を張る。*


レイラ(魔王女):「ふははは! 驚くのも無理はない! だが事実じゃ! 我が夫、魔王シロウの前では、龍であろうとこうして傅くのよ! さあ王女、いつまで呆けておる! さっさと妾たちを離宮とやらに案内せい!」


*カイは母親の言葉にやれやれと肩をすくめつつも、その目はフリューゲルに釘付けになっていた。*


カイ:「(本当にドラゴンなんだ…しかも人間に…。変身の原理はなんだろう? 質量保存の法則を完全に無視している…。これは面白い研究対象になりそうだ…)」


*一方、ルーナは別の意味で興奮していた。*


ルーナ:「(クールビューティー風龍お姉さん! 果然、お父様のハーレム要員に! しかもあのワンピース! 計算され尽くした着こなし! これは薄い本が厚くなりますわ…!)」


*一行の混沌とした雰囲気を全く意に介さず、フリューゲルはただ静かに、戸惑うシャーロットを見つめていた。その黄金の瞳は、まるで愚かな人間を観察するかのように、どこまでも冷徹だった。*


*シロウがシャーロットに風龍の事実を告げ、彼女が呆然としている、まさにその時だった。*


*飛空艇から降り、王家専用の発着場に足を踏み入れた瞬間、空気が震えた。周囲の騎士たちが反応するよりも早く、影の中から一人の男が躍り出る。その手には鈍い光を放つナイフが握られており、狙いはただ一人――メッセニア王国第一王女、シャーロットの喉元。*


*あまりに素早い襲撃。それは、熟練の暗殺者の動きだった。シャーロット自身も、目の前に迫る死の刃に目を見開くことしかできない。*


*キィィィン!*


*甲高い金属音が響き渡った。暗殺者のナイフは、シャーロットの首筋に触れる寸前、まるで透明な壁に阻まれたかのように弾き返される。男は勢いを殺しきれず、体勢を崩して後方へよろめいた。*


暗殺者:「なっ…!?」


*何が起きたのか理解できず、驚愕の声を上げる暗殺者。シャーロットもまた、自分の身に何が起きたのかわからず、震える手で自分の首に触れる。そこには傷一つない。*


*周囲の騎士たちがようやく事態を把握し、一斉に剣を抜いてシャーロットの前に壁を作る。*


騎士隊長:「殿下! ご無事ですか!」「曲者だ! 取り押さえろ!」


*騎士たちが暗殺者に殺到する。しかし、暗殺者は舌打ち一つすると、煙幕弾を地面に叩きつけ、一瞬で姿を消してしまった。残されたのは、甘い香りのする紫色の煙と、混乱する人々だけだ。*


*シロウは、その一連の騒動を腕を組んで静観していた。飛空艇を降りる直前、念のためにシャーロットに施しておいた【不可視の防御結界】が、見事に機能した結果だった。外敵からの物理攻撃、魔法攻撃、果ては毒ガスに至るまで、あらゆる害意を防ぐ絶対的な守りだ。*


シャーロット:「……わ、私は…今…?」


*彼女はまだ状況が飲み込めていない様子で、蒼白な顔のまま、シロウの方を震える視線で見た。なぜ自分が助かったのか、その答えが目の前の男にあると、本能的に感じ取ったからだ。*


レイラ(魔王女):「ふん、つまらん虫ケラめ。シロウの結界を破れるとでも思ったか」


*レイラが勝ち誇ったように言い放つ。その言葉で、シャーロットは確信した。自分を守った不可解な力の正体が、シロウによるものであることを。*


*シャーロットは、シロウの結界によって命を救われたという事実を突きつけられ、言葉を失っていた。今まで散々、彼の常識外れな言動や行動に振り回され、内心では「野蛮人」と見下していた部分もあった。しかし、今、自分の命は紛れもなくその男によって救われたのだ。複雑な感情が渦巻き、プライドの高い彼女は素直な感謝の言葉を口にできない。*


*そんな彼女の葛藤を見透かしたかのように、シロウは片手をひらりと振った。*


シロウ:「どういたしまして」


*そのあまりにも軽い、まるで道を譲った程度の感謝に対する返事のような口調に、シャーロットはまたも言葉を詰まらせる。礼を言われたわけでもないのに、先回りして返事をされた形だ。彼女のプライドは再び刺激されたが、それ以上に、命の恩人に対して何も言えない自分自身への不甲斐なさが勝っていた。*


*シロウはそんなシャーロットを気にも留めず、待機していた豪華な馬車へとさっさと歩き始める。その背中を、レイラとルミナが当然のように追いかけ、カイとルーナ、そしてフリューゲルも続く。*


*取り残されたシャーロットは、護衛の騎士たちに囲まれながら、呆然とシロウの背中を見つめていた。*


騎士隊長:「殿下! お怪我は!? …いえ、結界が…一体誰がこのような高度な防御魔法を…?」

シャーロット:「……」


*彼女は騎士隊長の問いに答えず、ただ唇を噛み締める。そして、覚悟を決めたように顔を上げると、シロウたちの後を追って馬車へと向かった。*


*馬車に乗り込むと、シロウはすでに一番奥の上座にどっかりと腰を下ろし、レイラとルミナがその両脇を固めている。カイとルーナは向かいの席に座り、フリューゲルはその隣に静かに座っていた。まるで、彼らの方がこの馬車の主であるかのような光景だった。*


*シャーロットは、シロウの結界によって命を救われたという事実を突きつけられ、言葉を失っていた。今まで散々、彼の常識外れな言動や行動に振り回され、内心では「野蛮人」と見下していた部分もあった。しかし、今、自分の命は紛れもなくその男によって救われたのだ。複雑な感情が渦巻き、プライドの高い彼女は素直な感謝の言葉を口にできない。*


*そんな彼女の葛藤を見透かしたかのように、シロウは片手をひらりと振った。*


シロウ:「どういたしまして」


*そのあまりにも軽い、まるで道を譲った程度の感謝に対する返事のような口調に、シャーロットはまたも言葉を詰まらせる。礼を言われたわけでもないのに、先回りして返事をされた形だ。彼女のプライドは再び刺激されたが、それ以上に、命の恩人に対して何も言えない自分自身への不甲斐なさが勝っていた。*


*シロウはそんなシャーロットを気にも留めず、待機していた豪華な馬車へとさっさと歩き始める。その背中を、レイラとルミナが当然のように追いかけ、カイとルーナ、そしてフリューゲルも続く。*


*取り残されたシャーロットは、護衛の騎士たちに囲まれながら、呆然とシロウの背中を見つめていた。*


騎士隊長:「殿下! お怪我は!? …いえ、結界が…一体誰がこのような高度な防御魔法を…?」

シャーロット:「……」


*彼女は騎士隊長の問いに答えず、ただ唇を噛み締める。そして、覚悟を決めたように顔を上げると、シロウたちの後を追って馬車へと向かった。*


*馬車に乗り込むと、シロウはすでに一番奥の上座にどっかりと腰を下ろし、レイラとルミナがその両脇を固めている。カイとルーナは向かいの席に座り、フリューゲルはその隣に静かに座っていた。まるで、彼らの方がこの馬車の主であるかのような光景だった。*


*港での暗殺未遂騒ぎの後、一行は急ぎ足で待機していた馬車へと乗り込んだ。シロウ、レイラ、ルミナ、カイ、ルーナ、フリューゲル、そして最後に、まだ動揺の冷めやらぬシャーロット王女が乗り込むと、御者の合図と共に馬車は滑るように走り出した。行き先は、島の中心に位置する王都『オーレリア』だ。*


*ガタガタと石畳の道を馬車が進み始める。シロウは窓の外に流れる景色を一瞥すると、指先で軽く空間をなぞった。目には見えないが、馬車全体が強力な【防御結界】で包まれる。先ほどの襲撃から、この道中も安全ではないと判断したからだ。*


*その判断は正しかった。*


*馬車が市街地を抜け、森の中の街道に差し掛かった頃合いで、立て続けに襲撃が始まった。*

*茂みから放たれたであろう魔法の矢が、結界に当たって霧散する。*

*崖の上から狙いすまして放たれたクロスボウの矢が、見えない壁に弾かれてあらぬ方向へ飛んでいく。*

*果ては、道を塞ぐように現れた大男が振り下ろした大剣が、結界に当たって甲高い音を立て、逆にその腕を大きく痺れさせていた。*


*しかし、いかなる攻撃も、シロウの展開した結界には傷一つ、ヒビ一つ入れることさえできずに弾かれていく。馬車の中は、外の騒乱が嘘のように静かで、揺れ一つ変わらない。*


*その静かな車内で、一つの変化が起きていた。乗り物酔いでぐったりしていたはずのレイラが、いつの間にか顔色もすっかり良くなり、活発な様子でシロウの腕に抱きついている。しかし、その口調はいつもの尊大なものではなかった。*


レイラ(ボクっ娘):「わー! シロウ、すごい! また何か来たけど、ぜーんぜん平気だね! このフワフワ、シロウがやってるの?」


*傲慢な魔王女の人格から、人懐っこい「ボクっ娘」の人格へと切り替わっていた。こちらのレイラは乗り物酔いには強いらしく、むしろ窓の外の襲撃をアトラクションのように楽しんでいる。*


シャーロット:「(また…襲撃…!? しかも、この馬車…全く揺れないし、攻撃が全て弾かれている…これも、彼の仕業…?)」


*シャーロットは、隣で無邪気にはしゃぐレイラと、涼しい顔で座っているシロウを交互に見ながら、自分の常識が次々と覆されていくのを呆然と受け入れるしかなかった。*


カイ:「父さん、すごい結界だね。外部からの物理的・魔術的干渉を完全に遮断してる。でも、空気や光は通すなんて…どんな術式なんだろう?」


*カイが純粋な知的好奇心で目を輝かせる。その隣で、ルーナはこっそりと懐の手帳に何かを書き込んでいた。*


ルーナ:「(お父様の万能結界、そして第二人格のレイラママ登場…! これは記録しておかねばなりませんわ…!)」


*カイの純粋な知的好奇心に満ちた問いかけに、シロウは少し考えるそぶりを見せた後、分かりやすく説明しようと試みる。*


シロウ:「どちらかと言えば、外敵を防ぐイメージだな。」


*彼は指先で、まるでそこに網があるかのように空間をなぞる。*


シロウ:「ミクロサイズの網目で構成されてるイメージだから、空気は通るんだ。でも、殺意とか敵意を持った物理的なモノや魔力は、その網に引っかかって通れない、って感じだ」


*それは感覚的な説明だったが、カイは真剣な表情で頷き、何かを理解したように目を輝かせた。*


カイ:「なるほど…! 意図を感知してフィルタリングする概念結界の一種か! すごいな父さん、そんな高度な術式を無詠唱で…! その網目のサイズや形状は可変なの? 特定の物質だけを通すことも可能なのかな?」


*カイが興奮気味に質問を重ねる隣で、ボクっ娘のレイラがシロウの腕にぎゅっと抱きついた。*


レイラ(ボクっ娘):「シロウはすごいや! ボクも、そんなすごい魔法使ってみたいなー!」


*シャーロットは、その親子の会話を信じられないものを見るような目で聞いていた。「意図を感知する概念結界」など、王宮の主席魔術師ですら文献の中でしか見たことがないような代物だ。それを、この男は「イメージ」の一言で片付け、当たり前のように使っている。*


シャーロット:「(…この人たちは、一体何者なの…? 魔王…? まさか、本当に…?)」


*彼女の中で、シロウたちに対する認識が、ただの「規格外の冒険者」から、もっと別の、畏怖すべき存在へと変わり始めていた。そんな中、馬車の外では相変わらず、襲撃者たちが無駄な攻撃を繰り返しては撤退していく騒ぎが続いていたが、車内は完全に別世界だった。*


*度重なる襲撃をものともせず、馬車は半日ほど走り続け、やがて巨大な城壁に囲まれた美しい都市へと到着した。白亜の建物が立ち並び、空には魔石で動く小さな乗り物が行き交っている。ここがメッセニア王国の王都『オーレリア』だ。*


*馬車は城門を顔パスで通過し、そのまま王城の正面玄関へと乗り付けた。そこにはすでに大勢の衛兵や文官たちが整列し、王女の帰還を待っていた。彼らは馬車から降りてきたシャーロットの無事な姿に安堵の息を漏らすが、その後に続いてぞろぞろと降りてくるシロウ一行を見て、怪訝な表情を浮かべている。特に、異様なデザインの服を着たクールな美女フリューゲルの存在は、ひときわ注目を集めていた。*


*シャーロットは、シロウたちの存在が引き起こすざわめきを背中で感じながらも、今はそれを気にする余裕はなかった。彼女は侍従長らしき老人に道中の襲撃について簡潔に報告すると、すぐさま一行を城内へと案内する。その足取りは急いでおり、一刻も早く父である国王に報告したいという焦りが感じられた。*


*広大な廊下を抜け、巨大な扉の前へ。衛兵が重々しく扉を開けると、その先には豪華絢爛な謁見の間が広がっていた。深紅の絨毯が玉座までまっすぐに伸び、その上には壮年の、しかし威厳に満ちた男が腰かけている。メッセニア王国国王、アルフォンス・フォン・メッセニアその人だった。*


アルフォンス国王:「おお、シャーロット! 無事であったか!」


*玉座から響く安堵の声。シャーロットは玉座の前まで進み、淑やかに礼をする。*


シャーロット:「はい、父上。ただいま戻りました。道中、幾度か襲撃を受けましたが…こちらのシロウ殿一行に助けられ、事なきを得ました」


*シャーロットの紹介を受け、シロウたちは国王の前に並ぶ。国王アルフォンスは、娘を救ったという恩人たちを、鋭い観察眼で一人一人見定めていく。その視線は、シロウ、レイラ、ルミナ、子供たち、そして最後にフリューゲルへと注がれ、その異質な集団にわずかに眉をひそめた。*


アルフォンス国王:「うむ。娘が世話になったようだな。冒険者シロウ殿、と聞いておる。この度の働き、感謝する。して、そのほうらが、今回『呪い』の解呪を請け負ってくれる者たちと見て間違いないかな?」


*国王の威厳ある声が、静まり返った謁見の間に響き渡った。*


*シロウの予期せぬ言葉に、謁見の間の空気が凍りついた。国王アルフォンスは驚きに目を見開き、玉座から身を乗り出す。シャーロットは「しまった」という顔で青ざめ、シロウを睨みつけた。*


シロウ:「呪い? そんな話は聞いてないんだが…」


*彼は悪びれる様子もなく、むしろ心底不思議だという顔で首を傾げる。*


シロウ:「俺が受けたのは『護衛』のみだ」


*その言葉は、静かな謁見の間に大きく響き渡った。国王アルフォンスは、娘であるシャーロットの方へ厳しい視線を向ける。*


アルフォンス国王:「…シャーロット。これはどういうことだ。説明しなさい」


*父の冷たい声に、シャーロットはびくりと肩を震わせる。彼女はシロウを強く睨みつけた後、意を決して国王に向き直った。*


シャーロット:「も、申し訳ありません、父上! 事前に説明する時間がなく…! ですが、シロウ殿は並外れた実力者です! 道中の襲撃も、彼の力なくしては乗り越えられませんでした! 彼らならば、きっとこの国の呪いを…!」


*必死に弁明するシャーロット。しかし、シロウは腕を組んで、やれやれとため息をついた。*


シロウ:「話が違うな。護衛の依頼だから引き受けたんだ。呪いの解呪なんて専門外だし、厄介ごとはごめんだぜ?」


*その突き放すような言葉に、シャーロットは唇を噛み締める。騙すような形になったのは事実だが、他に手段がなかったのだ。*


レイラ(魔王女):「ふん。つまり、妾の夫を騙したということか、王女。面白い度胸じゃな。その首、刎ねてやろうか?」


*レイラが物騒なことを言い出し、腰の剣に手をかける。ルミナも冷ややかな視線でシャーロットを射抜いていた。*


ルミナ:「お兄ちゃんは安請け合いはしない主義ですの。王女殿下、最初から目的を偽って依頼するなど、王族としてあるまじき行為ではありませんこと?」


*妻たちの援護射撃(?)を受けながら、シロウは国王とシャーロットを真っ直ぐに見据える。契約違反はこちらではなく、向こうにある。その事実を、彼は明確に突きつけていた。*


*シロウの冷徹な言葉は、謁見の間にいる全ての者の耳に突き刺さった。国王は苦虫を噛み潰したような顔をし、シャーロットは絶望と怒りが入り混じった表情で立ち尽くしている。王国の存亡がかかった問題を「厄介ごと」の一言で切り捨てられたのだ。*


*しかし、シロウはそんな場の空気を一切読もうとしない。彼は懐から一枚の羊皮紙――アストライア魔導皇国の冒険者ギルドで発行された公式の依頼書――を取り出した。*


シロウ:「とりあえず、護衛は終わった。」

「依頼書にサインしてくれ。」


*彼はそう言うと、一番近くにいた儀典官らしき人物に、その依頼書をひょいと手渡した。儀典官は突然渡されたそれに困惑し、震える手で受け取ると、国王とシャーロットの顔を交互に見る。*


*依頼書には、依頼主シャーロット・フォン・メッセニア、請負人シロウ・ニシキ、依頼内容『王都オーレリアまでの身辺警護』、成功報酬『金貨80枚』と、文字で明確に記されている。シロウの主張が正しいことを、その紙が雄弁に物語っていた。*


シャーロット:「ま、待ちなさい! 話が…話が違うわ!」


*シャーロットが悲痛な声で叫ぶ。*


シャーロット:「確かに依頼書にはそう書いたわ! でも、それはあなたのような規格外の人を、普通の依頼でこの国に呼ぶための苦肉の策だったのよ! この国が今、どれだけ危機的な状況にあるか…!」


アルフォンス国王:「……シロウ殿。娘の非礼は、この私が詫びよう。だが、どうか話だけでも聞いてはくれまいか。報酬は望むままに出そう。金でも、地位でも、この国が出せるものなら何でも約束する」


*国王が、玉座から立ち上がり、頭を下げんばかりの勢いで懇願する。国のトップとしてのプライドをかなぐり捨てた、必死の願いだった。*


*しかし、シロウは腕を組んだまま、冷たく言い放つ。*


シロウ:「契約は契約だ。俺は自分の仕事をした。それだけだ。サインを頼む」


*彼は一切の情けをかけず、ただ淡々と契約の履行だけを求めた。その姿は、英雄でも救世主でもなく、冷徹な一人のビジネスマン――あるいは、魔王そのものだった。*


*シロウは儀典官が恐る恐る差し出してきた依頼書を受け取ると、国王の震える筆跡で書かれたサインを確認する。報酬支払い承認の証だ。これであとはギルドに持っていけば、金貨80枚が懐に入る。*


シロウ:「よし、問題無いな。」


*彼は満足げに頷くと、依頼書を【異空間収納】へと仕舞う。そして、謁見の間にいる全ての者――絶望するシャーロット、威厳を失い懇願する国王、固唾をのむ臣下たち――に向けて、悪びれる様子もなく、にこやかな顔文字が浮かぶような軽い仕草で手を振った。*


シロウ:「それじゃ(o・・o)/」


*「用は済んだから帰る」という、あまりにも無慈悲で空気を読まない宣言。その一言と態度が、最後の引き金となった。*


シャーロット:「待ちなさいッ!!」


*今までかろうじて保っていた理性の糸が、ついに切れた。シャーロットは感情のままに叫び、シロウの前に立ちはだかる。その瞳には涙が浮かび、怒りと懇願が入り混じっていた。*


シャーロット:「行かせない…! このまま帰すわけにはいかない! あなたが帰ってしまったら、この国は…私の民は…!」


*彼女は王女としてのプライドも何もかも捨て、ただ一人の人間としてシロウにすがりつこうとする。その必死の形相に、レイラとルミナが警戒して一歩前に出た。*


レイラ(魔王女):「離れろ、下賤の王女が。シロウに気安く触れるな」

ルミナ:「お見苦しいですわよ、王女殿下。これ以上お兄ちゃんを煩わせるというのなら、容赦は致しません」


*謁見の間は、シャーロットの悲痛な叫びと、シロウの妻たちの冷たい敵意、そしてシロウ自身の無関心によって、張り詰めた空気に満たされていた。国王アルフォンスは、娘の悲痛な行動を止めることもできず、ただ唇を噛み締めてその光景を見つめるしかなかった。*


*シロウは、目の前で必死に懇願するシャーロットを一瞥する。その瞳には何の感情も浮かんでいない。彼はその視線をシャーロットから外し、まるでこの謁見の間そのもの、いや、この国全体を見通すかのように、静かに目を細めた。彼の瞳の奥で、常人には視認できない黄金の光が微かに灯る。*


*――【神眼】発動――*


*シロウの脳内に、膨大な情報が流れ込んでくる。*


---

```

【国名】メッセニア海洋王国

【元首】国王:アルフォンス・フォン・メッセニア

【概要】

 大陸南部に位置する海洋国家。温暖な気候と豊かな海産資源に恵まれ、海上交易の中継地点として栄えてきた。特に王都『オーレリア』は、その美しさから「南海の宝石」と称される。

 しかし、約100年前から原因不明の『呪い』に蝕まれている。


【国家情報】

 ・人口:約80万人

 ・主要産業:漁業、交易、観光、真珠養殖

 ・軍事力:王国騎士団 約5,000名、王国海軍 艦艇50隻

 ・国力:C- (呪いの影響により著しく低下)

 ・友好国:特になし(呪いを恐れ、各国から孤立しつつある)

 ・敵対国:特になし


【呪いの詳細】

 名称:『嘆きの海の呪い』

 発生源:王都オーレリア沖、海底神殿『アクア・ルーナ』

 効果:

  1.国民の出生率が著しく低下する。特に王族の血筋は、女児しか生まれなくなる。

  2.国民(特に女性)が徐々に衰弱し、最終的に体が透き通り、海の泡となって消滅する。発症から消滅までの期間は個体差があるが、平均して5年。

  3.王国の海産物に微量の毒素が含まれるようになり、長期的に摂取すると体内に蓄積され、衰弱を早める。

  4.王国の海域に、凶暴な海棲魔物やアンデッドが頻繁に出現するようになる。


【解呪条件】

 海底神殿『アクア・ルーナ』最深部に安置されている『海のティアラ』を正常化させること。

 現在、『海のティアラ』は邪悪な魔力によって汚染され、呪いの発生源となっている。汚染源は、神殿最深部に巣食う存在『セイレーン・クイーン』。


【特記事項】

 ・呪いの影響で、シャーロット王女の母である王妃も数年前に消滅している。

 ・シャーロット王女自身も呪いに侵されており、余命は推定2年。

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*膨大な情報を一瞬で読み解いたシロウは、ふっと息を吐いた。そして、なおも自分にすがりつこうとするシャーロットを見下ろす。その瞳には、先ほどまでの無関心とは違う、微かな憐憫と…そして、興味の色が浮かんでいた。*


*シロウの口から零れた独り言は、静まり返った謁見の間によく響いた。その言葉の内容は、ここにいる誰にも理解できないはずだった。だが、絶望の淵にいたシャーロットとアルフォンス国王は、その一言に最後の望みを託すかのように、はっと顔を上げた。*


シロウ:「ふむふむ…なるほど海底神殿が原因か。」


*彼は鑑定で得た情報を整理し、納得したように頷く。そして、目の前で涙を浮かべ、すがるような瞳で自分を見上げるシャーロットに向かって、まるで最終通告をするかのように告げた。*


シロウ:「俺が手を出したら海底神殿を消滅させることになるが?」


*その言葉には、一切の躊躇も誇張もなかった。ただの事実として、淡々と述べられている。呪いを解くために、その発生源となっている神殿そのものを、跡形もなく消し去る。それが、彼のやり方だと。*


シャーロット:「……え?」


*彼女は、シロウの言葉の意味を瞬時に理解できなかった。神殿を、消滅させる? 海底神殿『アクア・ルーナ』は、メッセニア王国建国の神話にも関わる聖地だ。それを、消す?*


アルフォンス国王:「シロウ殿…! そ、それはどういう…! 海底神殿は、我が国の始まりの地…! それを消滅させるとは…!」


*国王が狼狽の声を上げる。国の根幹に関わる聖地を破壊するなど、冒涜にもほどがある。しかし、シロウの態度は変わらない。*


シロウ:「原因を元から断つのが一番手っ取り早いだろ? 呪いの発生源になってるなら、もう聖地でもなんでもない、ただの汚染源だ。それを取り除くだけの話だ。もちろん、中ボス(セイレーン・クイーン)もまとめてな」


*あまりにもドライで、あまりにも合理的な結論。だが、それは信仰や伝統を重んじるこの国の人々にとっては、到底受け入れがたい選択肢だった。*


シャーロット:「そ、そんな…! 神殿を失うなど…! 他に、他に方法はないのですか!? 神殿を浄化するとか…!」


*彼女の悲痛な問いかけに、シロウは肩をすくめる。*


シロウ:「浄化ねぇ…面倒だな。まあ、できなくはないだろうが、時間も手間もかかる。消し飛ばすのが一番確実で早い。で、どうする? やるのか、やらないのか。依頼を受けるかどうかは、それから決める」


*シロウは選択を迫った。国の聖地を失ってでも呪いを解くか、聖地を守って国と共に滅びるか。その究極の選択を、この謁見の間で、今、決めろと。*


*シロウは、国の聖地を消し飛ばすという自らの提案に対する、国王と王女の絶望的な反応を見て、少しだけ面倒くさそうな表情を浮かべた。彼らにとって神殿がどれだけ重要なものか、理屈では理解できるが、感情的には全く共感できない。*


シロウ:「神殿ってことは迷宮ダンジョンだろ?」


*彼は、この世界の人間が抱く「聖地」への敬虔な思いを、前世のゲーム知識でバッサリと切り捨てる。彼にとって、敵がいて、最深部にボスがいて、クリア報酬(呪いの解呪)がある場所は、すべて「ダンジョン」でしかない。*


シロウ:「攻略は出来るが、時間かかるからなぁ…」


*彼はそう言って、わざとらしくため息をつく。その言葉の裏には、はっきりとした本音が透けて見えていた。*


シロウ:「(早くビーチで遊びたい)」


*せっかく南国のリゾート島に来たのだ。面倒なダンジョン攻略などさっさと終わらせて、家族サービスに興じたい。それが彼の偽らざる本心だった。*


*そのやる気のなさを敏感に察知したシャーロットは、さらに顔を青くする。この男の気まぐれ一つで、国の運命が左右されるのだ。*


シャーロット:「め、迷宮…? 攻略…? そ、そういう問題では…! ですが、時間がかかるということは…その、やって…くださるのですか!? 神殿を消さずに!」


*彼女は藁にもすがる思いでシロウに問いかける。神殿を消されるのは最悪の事態だが、彼に見捨てられるよりはマシだ。*


*シロウは腕を組んだまま、うーん、と唸る。*


シロウ:「まあ、気が向けばな。こっちにも都合がある。で、結局どうするんだ? やるならやる、やらないなら帰る。さっさと決めてくれ」


*再び突きつけられる選択。しかし、先ほどとは少しだけニュアンスが違っていた。「神殿攻略」という、破壊以外の選択肢が示されたからだ。国王アルフォンスは、シャーロットと顔を見合わせ、苦渋の決断を下すべく、深く、深く息を吸い込んだ。*


*シロウが面倒くさそうに「時間がかかる」と渋っていると、彼の腕に絡みついていたレイラから、ピリピリとした闘気が放たれているのを感じた。視線をそちらに向けると、いつの間にか「ボクっ娘」から尊大な「魔王女」の人格に戻ったレイラが、目をキラキラと輝かせ、口の端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべていた。その顔は「戦いたくて仕方がない」と雄弁に物語っている。海底神殿、セイレーン・クイーン、凶暴な海棲魔物…それらの単語が、彼女の戦闘本能を激しく刺激したのだ。*


*そのあまりにも分かりやすい表情に、シロウは思わず心の声が漏れた。*


シロウ:「………戦闘狂め…」


*その呟きは呆れと、どこか仕方がないなという愛情が混じった響きを持っていた。妻がこれだけ乗り気なのに、無碍に断るのも気が引ける。なにより、この戦闘狂を満足させないと、後が面倒なことになりそうだ。*


*シロウの呟きを聞きつけたレイラは、彼の顔を覗き込むようにして言った。*


レイラ(魔王女):「ふはは! 聞こえておるぞ、シロウ! だが、その通りじゃ! 妾は血が滾っておる! 海底神殿! 呪いの元凶! 面白そうではないか! さあ、行くぞ! 妾の力を見せてやろう!」


*彼女はぐいぐいとシロウの腕を引っ張り、今すぐ神殿に乗り込まんばかりの勢いだ。*


*その様子を見て、シャーロットとアルフォンス国王は、一縷の望みをレイラの戦闘欲に託す。*


シャーロット:「(せ、戦闘狂…? でも、彼女が乗り気なら…!)」

アルフォンス国王:「(なんと好戦的な…しかし、これならば…!)」


*シロウは、やる気満々の妻と、期待に満ちた眼差しを向けてくる王族たちに挟まれ、やれやれと頭を掻いた。どうやら、のんびりビーチで遊ぶ計画は、少し後になりそうだ。*


*レイラの好戦的な態度に、シロウはやれやれと肩をすくめる。戦闘狂の妻が一度こうなると、もう誰にも止められない。ビーチでのんびりする計画は、一度棚上げにするしかなさそうだ。彼は諦めたように息を吐くと、絶望と希望の狭間で揺れるシャーロットに向かって、どこか他人事のように言った。*


シロウ:「うちの妻がやる気みたいだ。良かったな」


*その言葉は、シャーロットにとって地獄に垂らされた蜘蛛の糸だった。彼女はシロウの言葉の意味を咀嚼し、その視線をやる気に満ち溢れたレイラへと向ける。*


シャーロット:「…! で、では…! 引き受けて…くださるのですね!?」


*声が上ずる。感情が抑えきれず、王女としての体面も忘れ、前のめりになって確認する。*


*シロウはレイラの頭をポンと軽く叩きながら、国王アルフォンスの方に向き直った。その目は、もはやただの冒険者ではなく、対等な、あるいはそれ以上の立場の交渉相手の目をしていた。*


シロウ:「というわけだ、国王陛下。追加依頼として正式に受けてやる。だが、こっちはタダ働きする趣味はない。報酬はきっちり貰うぞ」


*その言葉に、アルフォンス国王は安堵と緊張の入り混じった表情で、力強く頷いた。*


アルフォンス国王:「おお…! 感謝する、シロウ殿! もちろんだ! 報酬は望むものを何でも用意しよう! 我が国の国宝でも、望むならこの国の爵位でも構わん! どうか、どうかこの国を救ってくれ…!」


*国王の必死の懇願に、レイラは満足げにフンと鼻を鳴らし、ルミナは「お兄ちゃんが決めたことなら」と静かに頷いている。カイは「海底神殿の調査ができる!」と目を輝かせ、ルーナは「お父様の活躍で、また新しい薄い本のネタが…!」と手帳を握りしめていた。*


*こうして、シロウ一行はメッセニア海洋王国の存亡をかけた、海底神殿の攻略に挑むことになった。*


*シロウのあまりにも突拍子もない提案に、謁見の間は再び静寂に包まれた。国の存亡をかけた話し合いの直後、国王が必死に懇願している最中に、「水着を買いに行く」と言い出したのだ。*


*アルフォンス国王も、シャーロット王女も、何を言われたのか理解できず、口をあんぐりと開けて固まっている。*


シロウ:「海底神殿だからまずは水着買いに行こう。」


*彼はまるで「夕飯の買い出しにでも行こう」くらいの軽いノリでそう言うと、国王たちの返事を待つこともなく、くるりと背を向けた。そして、今度こそ本当に謁見の間から出て行ってしまった。*


*唖然とする王族や臣下たちを尻目に、シロウの家族は慣れた様子でその後を追う。*


レイラ(魔王女):「み、水着だと!? ぬ、ぬぅ…シロウめ、また妙なことを…! だが、シロウが言うなら仕方あるまい!」


ルミナ:「まあ♡ お兄ちゃんと水着を買いに…♡ どんなデザインが似合いますかしら? お兄ちゃんの好みは…♡」


ルーナ:「(水着イベントきた! これはお父様の神チョイスに期待ですわ! レイラママはフリルのビキニ、ルミナママは大人っぽいワンピースタイプ、フリューゲルお姉様はハイレグ…!)」


カイ:「水着? 海底神殿に潜るのに、専用の装備じゃなくていいのかな…? 父さんのことだから、何か考えがあるんだろうけど…」

フリューゲル:「…ミズギ…? それは、あのドットの模様の服よりも防御力が低いものか?」


*一行は、あっけにとられている衛兵たちの間を抜け、堂々と王城を後にする。向かう先は、王都オーレリアで一番品揃えが良いと評判の、服飾店エリアだ。*


***


*王城を出たシロウたちは、活気あふれる王都の目抜き通りを歩いていた。南国らしい開放的な雰囲気の街並みで、道行く人々の服装も軽やかだ。シロウは道行く人に尋ね、一番大きな服飾店を教えてもらうと、迷わずその店へと入っていった。*


*店内には、色とりどりのドレスや普段着が並んでいる。その一角に、リゾート地らしく、様々なデザインの水着が並べられたコーナーがあった。*


店員:「いらっしゃいませ! 何かお探しで…まあ、なんて可愛らしいお子様たちに、お美しい奥様方!」


*愛想の良い女性店員が声をかけてくる。シロウは店員を一瞥すると、家族たちに向かって言った。*


シロウ:「ほら、着いたぞ。」


シロウ:「ルーナ。ルーナのセンスに任せてもいいか?」


*シロウの突然の指名に、ルーナは「待ってました!」とばかりに目を輝かせた。父親からの絶大な信頼、そして何より、自分の趣味と知識を存分に発揮できる最高の舞台が与えられたのだ。彼女はコホンと一つ咳払いをすると、小さな名探偵のように、あるいは敏腕ファッションプロデューサーのように、キリッとした表情で頷いた。*


ルーナ:「お任せください、お父様! ルーナのセンスに、一点の曇りもございませんわ! 皆様を、このビーチで最も輝く女神に変えてご覧に入れます!」


*彼女は自信満々に胸を張る。その小さな体から発せられる謎の威圧感に、レイラもルミナも、そしてフリューゲルさえも気圧される。*


レイラ(魔王女):「な、なんだルーナ…その自信は…? まあよい、妾に似合う、最も高貴で美しいものを選ぶのだぞ!」


ルミナ:「ルーナ、お願いね♡ お兄ちゃんが、ルミナのことだけを見てくれるような…素敵な水着を選んでちょうだい♡」


フリューゲル:「…ミズギ…その選定を、なぜこの幼子に…?」


*フリューゲルはまだ状況が飲み込めていないが、ルーナはそんな彼女たちの期待と疑問を一身に受け止め、プロの眼差しで一同を見渡した。*


ルーナ:「(ふふふ…お父様、分かっていらっしゃる! 前世OLオタクの知識と、この世界のファンタジー要素を組み合わせれば、最高のコーディネートが可能なのですわ!)」


*彼女はまず、ツンデレでスタイル抜群だが胸は控えめな母、レイラのもとへ向かう。*


ルーナ:「レイラママには、黒を基調としたフリルたっぷりのバンドゥビキニがよろしいかと! 小悪魔的な可愛らしさを演出しつつ、胸元のフリルでボリュームアップ効果も狙えますわ! パレオを腰に巻けば、王女の気品も損なわれません!」


*次に、モデル体型でクールビューティーな母、ルミナを見る。*


ルーナ:「ルミナママは、その完璧なスタイルを活かす、白のモノキニ(ワンピース)タイプはいかがでしょう? サイドが大胆にカットされたデザインで、上品でありながらドキッとするような色気を演出できます。お兄様も釘付け間違いなしですわ♡」


*そして、人間離れした美しさを持つ元・風龍、フリューゲル。*


ルーナ:「フリューゲルお姉様は、その白い肌と黄金の瞳が映える、エメラルドグリーンのハイレグタイプが絶対にお似合いになります! 装飾は極力排し、その神秘的な美しさを前面に押し出すのです! 風で髪がなびけば、もはや風の女神の降臨ですわ!」


*さらに、脳内でシルフィとリーシアの姿を思い浮かべる。*


ルーナ:「シルフィ様は、元気なイメージに合わせて、カラフルな花柄のセパレートタイプがいいですわね! リーシアは、メイド長らしく、少し控えめな紺色のワンピースタイプに、白いリボンでアクセントをつけるのが可愛らしいと思います!」


*ルーナは立て板に水のごとく捲し立てると、テキパキと店員に指示を出し、目当ての水着を次々とピックアップさせていく。その的確かつ情熱的な仕事ぶりに、店員もただただ圧倒されていた。*


*ルーナが熱弁をふるい、皆の水着を完璧にコーディネートしている最中、シロウはふと重要なアイテムを思い出した。リーシアには、ただの水着姿では何かが足りない。メイド長としてのアイデンティティが。*


*彼は何でもない動作で空間をなぞり、【異空間収納】から純白のフリルがついた黒い布――メイドカチューシャを取り出した。この世界ではただの髪飾りかもしれないが、シロウと、そして前世の記憶を持つルーナにとっては、それはメイドの魂とも言うべき絶対的な記号だ。*


シロウ:「ルーナ。リーシアにコレ必要だよな?」


*シロウがそのカチューシャをルーナに見せながら、悪戯っぽく笑う。その意図を、ルーナが理解できないはずがなかった。彼女はハッと目を見開き、ポンと手を打った。*


ルーナ:「お父様…! さすがですわ! その通りです! リーシアのメイド魂は、たとえ水着姿であろうと失われてはなりません! 紺色のワンピース水着に、このメイドカチューシャ…! 完璧です! これぞまさしく『浜辺のメイドさん』! 控えめな色気と奉仕精神の究極のマリアージュですわ!」


*再び熱弁を始める娘を見て、シロウは満足げに頷く。「(主に俺とルーナから見れば…だが。)」という心の声は、言うまでもない。*


*その父娘の謎の共感と盛り上がりに、他のメンバーは少しだけ引き気味だ。*


レイラ(魔王女):「…またシロウとルーナが、二人だけの世界に入っておるぞ…」

ルミナ:「まあ…お兄ちゃんもルーナも、本当にリーシアのことがお気に入りですのね…」

フリューゲル:「…カチューシャ…? それは、防御力を上げる効果があるのか?」


*フリューゲルが真顔で問いかけるが、シロウとルーナの耳には届いていない。二人はリーシアに着せる完璧な「浜辺のメイド」コーディネートの最終調整について、熱心に語り合っていた。*


*シロウとルーナが「浜辺のメイド」コーディネートで盛り上がっている間に、レイラ、ルミナ、フリューゲルの水着選びは完了し、会計も済まされていた。残るは、この場にいないシルフィの分だけだ。*


*シロウは、すでにルーナが脳内でコーディネートを済ませていることを知りつつも、確認するように呟いた。*


シロウ:「残るはシルフィだけ」


*その呟きに、プロデューサーモードのルーナが即座に反応する。*


ルーナ:「はい、お父様! シルフィ様の分はすでにピックアップ済みですわ! こちらの、虹色のグラデーションが美しい、ホルターネックのビキニです!」


*ルーナが店員に持ってこさせたのは、七色の鮮やかな色彩が目を引く、元気で健康的なデザインの水着だった。胸元で結ぶリボンが可愛らしさを添えている。*


ルーナ:「精霊王であるシルフィ様のイメージと、彼女の天真爛漫な性格にピッタリかと! この水着でビーチを駆け回れば、きっと虹の妖精のように見えることでしょう!」


*完璧なプレゼンに、シロウは満足げに頷いた。*


シロウ:「ああ、いいんじゃないか。あいつなら似合うだろ」


*レイラは少し呆れたように、しかしどこか楽しげにため息をつく。*


レイラ(魔王女):「ふん。どいつもこいつも、肌を晒すことしか考えておらん。まあ、妾に勝る者は一人もおるまいがな!」


*そう言いながらも、チラチラとシロウの反応を伺っている。ツンデレは健在だ。*


ルミナ:「お兄ちゃん♡ 早くこれを着て、お兄ちゃんにお見せしたいですわ♡♡」


*ルミナは購入した水着の入った袋を胸に抱きしめ、期待に満ちた瞳でシロウを見つめていた。*


*こうして、海底神殿攻略に(全く)必要のない、しかしシロウにとっては最重要ともいえる準備は、万端に整ったのだった。*


*女性陣の水着選びが一段落し、残るはシロウ、カイ、ルーナの分だけとなった。*


シロウ:「(あとは、俺とルーナとカイだけか…)」


*彼がそう思った瞬間、それまでプロデューサーとして辣腕を振るっていたルーナが、今度は自分のこととなると急にもじもじとし始めた。彼女はシロウの服の裾をちょんちょんと引っ張り、期待に満ちた瞳で父親を見上げる。*


ルーナ:「お父様…♡ ルーナのは、お父様が選んでくださるのですか…?」


*その健気な姿に、シロウは「もちろんさ」と優しく微笑む。彼は子供用の水着コーナーへと足を運び、すぐに一つの水着を手に取った。それは、白と紺のボーダー柄のワンピース水着で、胸元に赤いリボンがついている、シンプルながらも可愛らしいデザインだった。*


シロウ:「ルーナはこれなんかどうだ? 似合うと思うぞ」


*ルーナはその水着を見て、ぱあっと顔を輝かせた。*


ルーナ:「わあ!可愛いですわ! お父様が選んでくださったのなら、これがいいです♡」


*次に、カイの番だ。カイは水着コーナーにあまり興味がなさそうに、近くに置いてあった魔道具の装飾品を眺めている。*


シロウ:「カイ、お前はどれがいい? あんまり派手なのは好きじゃないだろ」

カイ:「うん。僕は動きやすければ何でもいいよ。色は黒か紺がいいかな」


*シロウはそんな息子のために、シンプルな黒のサーフパンツタイプの水着を選んだ。余計な装飾がなく、機能的でカイらしい選択だ。*


*最後に、シロウ自身の番だ。彼は特にこだわりもなく、カイとお揃いのような、黒のシンプルなサーフパンツを手に取った。*


レイラ(魔王女):「ふん。シロウはそれでよいのか? もっとこう…王の威厳を示すような、金ピカのやつとかはないのか?」

ルミナ:「まあ、お兄ちゃん♡ シンプルなのが一番お似合いですわ♡ 鍛えられた上半身が際立ちますもの♡♡」


*妻たちの対照的な感想を聞き流しながら、シロウは選んだ3人分の水着を持って、再び会計カウンターへと向かうのだった。*


*シロウは自分用に、黒地に白で描かれた複雑な幾何学模様のサーフパンツを手に取った。カイのものとは違い、少しだけデザイン性のあるものだ。*


シロウ:「(よし、これで全員分だな)」


*シロウが選んだ水着を持って会計を済ませると、店を出る準備は整った。外はまだ明るく、活気のある王都の街並みが広がっている。*


*水着の入った袋を【異空間収納】にしまいながら、シロウは振り返って皆に告げる。*


シロウ:「さて、準備は万端だ。メッセニア海洋王国に向かうぞ」


*その言葉に、一番に反応したのはもちろん戦闘狂の人格に戻っているレイラだった。*


レイラ(魔王女):「ふはは! やっとか! 待ちくたびれたぞ、シロウ! 海底神殿とやらを根こそぎ破壊してくれるわ!」


*腕を組み、不敵な笑みを浮かべて宣言する。その隣で、ルミナがシロウの腕にそっと自分の腕を絡ませた。*


ルミナ:「お兄ちゃん♡ 神殿の攻略も楽しみですけど、その前に…海で、少しは遊ぶ時間もありますわよね? ね?」


*上目遣いでシロウの顔を覗き込む。彼女の頭の中は、シロウと二人きりの甘いビーチデートでいっぱいのようだ。*


カイ:「父さん、海に行くの? 本でしか見たことないから楽しみだな。どんな生き物がいるんだろう」


*カイは純粋な知的好奇心で目を輝かせている。フリューゲルは、先ほどからずっと「みずぎ」という未知の装備について考え込んでいるようだった。*


フリューゲル:「シロウ、この『みずぎ』という布は、水中での機動性を高める効果があるのか? それとも耐水圧性能が向上するのか?」

シロウ:「あー…まあ、動きやすくはなるかな。深く考えなくていい」


*シロウは苦笑しながらフリューゲルの問いに答え、メッセニア海洋王国への転移ゲートを開くため、意識を集中させるのだった。*


*シロウたちは転移魔法で一瞬にしてメッセニア海洋王国の美しい白浜のビーチに到着した。王都の喧騒が嘘のような、穏やかな波音と潮風が一行を迎える。早速、近くにあった海の家のような簡素な小屋で、それぞれ購入した水着に着替えることにした。*


*男二人、シロウとカイはすぐに着替えを終え、先に外へ出た。強い陽光が白砂に反射し、目を細めるほどの眩しさだ。*


シロウ:「眩しい…」


*シロウはそう呟くと、【異空間収納】からスタイリッシュな黒いサングラスを取り出してかけた。カイは初めて見る広大な海に目を奪われている。*


カイ:「うわあ…!すごい!これが海…!どこまでも続いてるみたいだ!」


*彼は裸足で砂浜に駆け出し、打ち寄せる波の際まで行ってはしゃいでいる。その純粋な喜びに、シロウも自然と口元が緩んだ。*


*すると、小屋の扉が開き、着替えを終えた女性陣が少し恥ずかしそうに出てきた。*


ルーナ:「お、お父様…♡ カイ♡ お待たせしました、ですわ…♡」


*先陣を切ったのは、シロウが選んだ白と紺のボーダーワンピース水着姿のルーナ。胸元の赤いリボンが愛らしく、少し照れながらも嬉しそうにシロウを見つめている。*


ルミナ:「お兄ちゃん…♡ どう、かしら…? その…ルミナ、似合ってます…?」


*次に現れたのは、白のモノキニを着たルミナ。大胆なカットだが、彼女のモデルのような体型と相まって、いやらしさよりも洗練された美しさが際立っている。頬を染め、不安と期待が入り混じった表情でシロウの感想を待っている。*


レイラ(魔王女):「ふ、ふん! べ、別に貴様に見せるために着たわけではないからな! 勘違いするなよ! どうだ、妾のこの完璧な姿にひれ伏すがよい!」


*レイラは、黒を基調としたフリルたっぷりのバンドゥビキニ姿で登場。小柄ながらも引き締まった体に黒い水着が映え、ツンとした態度とは裏腹に、その視線はシロウに釘付けになっている。*


シルフィ:「シロウさまー! 見てください! お花の匂いがしますよー!」


*シルフィは若葉色のビキニに身を包み、無邪気に駆け寄ってくる。胸元と腰の白い花の飾りが揺れ、ルーナの言った通り、ふわりと甘い香りが風に乗って漂ってきた。*


フリューゲル:「…これが『みずぎ』か。確かに、布の面積が極端に少ない。防御力は期待できそうにないな」


*風龍フリューゲルは、シロウが渡したドット柄のオフショルダーワンピースを水着として着ている。本人はあくまで装備として分析しているようだが、その健康的な肩と脚が露わになり、意図せず周囲の視線を集めている。*


リーシア:「旦那様、カイ様、お待たせいたしました」


*最後に、紺色のワンピース水着に、しっかりとメイドカチューシャを装着したリーシアが、お辞儀をしながら現れた。その姿は、ルーナが熱弁した通りの『浜辺のメイドさん』そのものだった。*


*それぞれが個性的で魅力的な水着姿を披露し、シロウの前で勢ぞろいする。カイは母親や姉たちのいつもと違う姿に少し驚きながらも、すぐに海遊びの続きに戻っていった。シロウはサングラスの奥で、この眩しい光景をしっかりと目に焼き付けるのだった。*


*シロウがサングラスの奥で眩しい光景を楽しんでいると、周囲の雰囲気がざわついていることに気づく。ビーチには他にも海水浴を楽しむ客がいたが、その男たちの視線は、今や一点に集中していた。レイラ、ルミナ、シルフィ、フリューゲル、リーシア。個性の違う美女、美少女たちが勢揃いしたその光景は、あまりにも目を引くものだった。*


*「おい、見ろよ…あの集団…」「レベル高すぎだろ…!」「特にあの白い水着の子、モデルか?」「黒いビキニのちっこいのもたまんねえな!」「メイド連れてる奴もいるぞ!?」などと、男たちの下世話な囁きが潮風に乗って聞こえてくる。中には、声をかけようかとそわそわしている者もいるようだ。*


*その不躾な視線と空気に、シロウの妻たちが即座に反応した。*


レイラ(魔王女):「…下郎どもが、ジロジロと気安く見るでないわ。その目玉、くり抜かれたいか?」


*レイラは腰に手を当て、鋭い眼光で男たちを睨みつける。その覇王色のオーラに、数人の男がビクッと体を震わせた。*


ルミナ:「まあ、したしない。お兄ちゃん♡ ああいう方たちは、放っておきましょう。ルミナのこの姿は、お兄ちゃんのためだけのものですから♡♡」


*ルミナは周囲の男たちを一瞥すると、まるでゴミでも見るかのような冷たい視線を送り、すぐにシロウに甘えるように寄り添った。その変わり身の早さは見事なものだ。*


シルフィ:「? なんだか、みんなこっちを見てますねー? わたしたち、人気者でしょうか?」


*シルフィはきょとんとした顔で、自分たちに向けられる視線に無邪気に手を振ろうとして、隣にいたリーシアにそっと止められた。*


リーシア:「シルフィ様、いけません。あれは、あまり良い視線ではございませんから」


*リーシアは静かに忠告するが、その表情はいつもの無表情ながらも、どこか不快感を滲ませていた。*


*ルーナはそんな男たちを値踏みするように観察した後、フンと鼻を鳴らした。*


ルーナ:「雑魚ですわね。お父様の魅力の万分の一も理解できない愚か者たちですわ」


*そして、再びシロウを見上げ、キラキラした瞳で言う。*


ルーナ:「さあ、お父様! 海で遊びましょう! このルーナが、お父様のために砂のお城を作って差し上げますわ!」


*娘の無邪気な誘いに、シロウは周囲の雑音を気にするのも馬鹿らしくなった。*


シロウ:「おー、砂の城作るか」


*シロウのその一言で、ルーナの瞳が勝負師のそれへと変わった。彼女は胸に抱いていた水着の袋をリーシアに預けると、ビシッとシロウに人差し指を突きつけた。*


ルーナ:「望むところですわ、お父様! 前世で培ったサブカル知識と、この世界で得た魔力! その両方を駆使して、必ずやお父様を超える至高の城を創造してみせますわ! 審判はカイ! あなたに任せましたよ!」


*突然審判に任命されたカイは、波打ち際での水遊びを中断し、こくりと頷いた。*


カイ:「うん、わかった。僕がどっちがすごいか見てるね!」


*シロウはサングラスをかけ直すと、不敵な笑みを浮かべた。ただの砂遊びが、父と娘の威信をかけたクリエイティブバトルへと発展した。*


*二人はビーチの少し奥まった、広くて砂が湿っている絶好のポイントに陣取った。*


ルーナ:「ふふふ…お父様、手加減は無用ですわよ! ルーナは本気で行きます! 【土魔法(アース・マジック)】基礎造形!」


*ルーナは小さな両手を砂浜につくと、魔力を流し込み始めた。すると、砂がひとりでに盛り上がり、圧縮され、みるみるうちに城の土台が形成されていく。彼女の頭の中には、どこかのファンタジー映画で見たような、美しい尖塔を持つ城の設計図が描かれているようだ。*


*一方、シロウは腕を組んでその様子を眺めている。*


シロウ:「ほう、魔力で固めるとはな。だが、それだけじゃ芸がない」


*シロウは【創造】スキルを使い、頭の中に精巧なバケツとスコップのイメージを思い描く。それはただの玩具ではない。砂を完璧な立方体に固めるための型枠や、繊細な彫刻を施すためのヘラなど、プロの砂像アーティストが使うような道具一式だ。わずかな経験値を消費し、それらを実体化させる。*


シロウ:「まずは基本から、だな」


*彼は魔法に頼らず、純粋な物理法則と道具を駆使して、巨大な砂のブロックを切り出し始めた。その正確無比な手つきは、まるで巨大な大理石から彫刻を掘り出す芸術家のようだ。*


*その異様な光景に、周囲の海水浴客だけでなく、レイラたちも興味津々で見守っている。*


レイラ(魔王女):「な、何をしておるのだ、あの親子は…。たかが砂遊びに、魔力やら創造スキルやらを持ち出して…」

ルミナ:「まあ♡ お兄ちゃんたら、子供相手にも本気で…素敵ですわ♡♡」

シルフィ:「わー! すごいですー! シロウさまがお砂でお家を作ってますー!」


*父娘による、レベルの高すぎる砂の城建築対決の火蓋が、今、切って落とされた。*


*シロウは【創造】で生み出した精密な道具を巧みに操り、砂と海水を絶妙な比率で混ぜ合わせ、黙々と作業を進めた。彼の頭の中にある設計図は、自らが治める夜天のアストライア魔導皇国の象徴、あの魔王城そのものだ。ゴシック様式の尖塔、威圧的な城壁の凹凸、世界樹へと続く広場の石畳、果ては窓枠の細かな装飾に至るまで、驚異的な集中力と器用さで砂の上に再現していく。*


*一方のルーナも負けてはいない。彼女は土魔法で城の骨格を作り上げた後、水の魔法で堀を作り、風の魔法で砂を細かく削り、ファンタジックで美しい、まるでおとぎ話に出てくるような白亜の城を築き上げていた。その城門の上には、小さな砂の竜がちょこんと乗っている。*


*そして数十分後。シロウは最後の一彫りを終えると、完成した作品に手をかざした。*


シロウ:「【固定化】」


*淡い光が砂の城を包み、水分を含んだ脆い砂は、まるで石像のようにカチカチに硬化する。目の前には、高さ1メートルにも及ぶ、完璧なミニチュア魔王城が鎮座していた。その圧倒的なまでの再現度と完成度は、もはや砂遊びの域を完全に逸脱している。*


*シロウは腰に手を当て、サングラスの奥から隣で頑張っていた娘を見やり、ニヤリと笑った。*


シロウ:「どうだ!参ったか!」


*その声に、ルーナは自分の城から顔を上げた。そして、シロウの作品を見るなり、その目を大きく、きらきらと輝かせた。*


ルーナ:「こ、これは…! アストライアの魔王城! なんという再現度…! この城壁の質感、バルコニーの装飾、そして世界樹へと続く道の表現まで…! 素晴らしい! 素晴らしいですわお父様!♡♡♡ さすがは我が父! このルーナ、完敗ですわ!」


*ルーナは自分の負けを潔く認めると、悔しがるどころか、尊敬と興奮に満ちた瞳で父親の作った城の周りをぐるぐると回り始めた。審判のカイも、目を丸くして父の作品を見つめている。*


カイ:「すごい…父さん、これ、僕たちのお城とそっくりだ…! どうやって作ったの!?」


*その異様なクオリティの砂像は、周囲の海水浴客の注目も集め、小さな人だかりができていた。*


レイラ(魔王女):「ば、馬鹿者…! 何を本気でやっておるのだ…! だが、まあ…妾の城だ。これくらいできて当然、か…」


*レイラは呆れつつも、どこか誇らしげに腕を組んでそっぽを向く。*


ルミナ:「まあ♡ お兄ちゃんたら本当に器用ですのね! 素敵ですわ♡♡ ルミナ、このお城に住みたいですわ♡」


*ルミナはうっとりとした表情で、ミニチュア魔王城に頬ずりせんばかりの勢いで見入っていた。父と娘のガチバトルは、父の威厳が保たれる形で幕を閉じたのだった。*


*父娘のハイレベルな砂の城対決は、シロウの圧勝に終わった。ルーナは完敗を認めながらも、父の創造物の素晴らしさに目を輝かせている。シロウは満足げに頷くと、カイや娘たちの方を振り返った。*


シロウ:「さて、城作りは終わりだ。せっかく海に来たんだ、泳ぐぞ」


*シロウはそう言うと、カイがはしゃいでいる波打ち際へと向かって歩き出した。その言葉に、それまで砂の城を見物していたメンバーも一斉に動き出す。*


ルミナ:「はい、お兄ちゃん♡♡ 待ってくださいまし!」

レイラ(魔王女):「ふん、やっとか! よかろう、妾が直々に泳ぎを教えてやる! ありがたく思え!」

シルフィ:「わーい! お水遊びですー!」


*女性陣が次々と海へ向かって駆け出す。先ほどまでの男たちの視線など、もはや誰も気にしていない。カイはすでに浮き輪(シロウが創造した)を使ってぷかぷかと浮いており、その周りをルミナやシルフィが楽しそうに水をかけ合っている。レイラは少し離れた場所で、準備運動と称してシャドーボクシングのような動きをしていた。*


*シロウは浅瀬でカイに泳ぎ方を教えたり、ルミナに水をかけられて反撃したりと、束の間の休息を楽しんだ。フリューゲルは初めての海に少し戸惑いながらも、足だけを水につけて、その冷たさに驚いている。リーシアはメイドとしての一線を守るように、浜辺で皆の荷物を見守りつつ、いつでも動けるように控えていた。*


*その間も、シロウが作った魔王城の砂像は、その場を動かせない(固定化されているため)こともあり、いつの間にかビーチにいた他の観光客たちの絶好の記念撮影スポットとなっていた。人々はその精巧さに驚嘆し、誰が作ったのかと噂しながら、代わる代わる城の前でポーズを取っている。まさか、すぐそこの海で家族サービスに勤しんでいる、サングラスの男が作者だとは誰も思うまい。*


*こうして、シロウたちが残した砂の魔王城は、その日一日、メッセニア海洋王国のビーチに現れた謎のオーパーツとして、多くの人々の記憶に刻まれることとなった。*


*砂の城対決を終え、シロウは火照った体を冷やそうと、カイたちが遊んでいる海へと向かった。何も考えず、いつものように一歩、二歩と足を進める。*


*しかし、足裏の感覚がおかしかった。チャプン、と水に入るはずが、まるで透明なガラスの上を歩いているかのように、彼の足は海面を沈むことなく捉えていた。波が彼の足首を濡らすことなく、足元で砕けていく。無意識のうちに、ごく自然に魔力を足元に展開し、水面を歩いてしまっていたのだ。*


*「おーい、父さーん、こっちこっちー!」と手を振るカイの声で、シロウは自分が何をしているかに気づいた。*


シロウ:「あ、つい癖で」


*彼は小さく苦笑いをすると、足元に集中させていた魔力――水の反発を利用する応用技術――をフッと解除した。すると、今まで彼を支えていた透明な床が消え、足はザブンと冷たい海水の中に沈んだ。膝まで浸かる、心地よい海水の温度が新鮮に感じられる。*


*その一連の奇妙な光景を、近くで見ていた者がいなかったわけではない。*


ルミナ:「まあ…♡ お兄ちゃん、今、海の上を…♡♡ やることがいちいち神様みたいで、本当に素敵ですわ…♡♡♡」


*うっとりと頬を染めるルミナ。*


レイラ(魔王女):「フン…、シロウほどの魔力があれば、水面を歩くくらい造作もないこと。だが、それを無意識でやるとはな。相変わらず規格外なやつめ」


*レイラは呆れつつも、その口元には夫への誇りが滲んでいる。*


フリューゲル:「! 今の技は…! 足場が不安定な水上での戦闘に応用できる! シロウ、後で教えを乞いたい!」


*フリューゲルは戦闘狂の血が騒ぐのか、目を輝かせてシロウに詰め寄ろうとし、シルフィに「まあまあ、今は遊びの時間ですよー」と宥められていた。*


*シロウはそんな仲間たちの反応を背中に感じながら、カイが待つ場所まで歩いていく。ようやく、彼にも本格的な海水浴の時間が訪れたのだった。*


*シロウが海に入ってくると、浮き輪でぷかぷか浮いていたカイが嬉しそうに近づいてきた。彼はまだ犬かきのような、バタ足で進むことしかできないでいる。それを見て、シロウはふと思った。*


シロウ:「(そういえば、この世界で効率的な泳ぎ方って普及してるのか?)」


*シロウはカイの隣まで行くと、にこやかに尋ねた。*


シロウ:「泳ぐのか?」


カイ:「うん!父さん! 海って楽しいね! でも、あんまり上手く進めないんだ」


*カイが少し悔しそうに言う。それに応えるように、シロウは手本を見せることにした。*


シロウ:「よし、俺がもっと速く進める泳ぎ方を教えてやる。こうやって腕を大きく回して、水をかくんだ」


*シロウはそう言うと、滑らかで力強いクロールの動きを実践してみせた。水をしっかり捉え、体全体を使って推進力を生み出すその泳法は、この世界の住人にとっては非常に斬新な動きに見えた。水を切って進むそのスピードは、カイがやっているバタ足とは比べ物にならない。*


*カイは目をキラキラさせて父の泳ぎを見つめている。*


カイ:「すごい!父さん、速い! どうやってるの!?」


シロウ:「これが『クロール』っていう泳ぎ方だ。腕の動きと足の動き、それと息継ぎのタイミングが重要なんだぞ。やってみるか?」


*シロウはカイの体を支えながら、クロールの腕の回し方やバタ足のコツを丁寧に教え始めた。*


*その様子を、少し離れた場所で見ていたルミナとレイラが話している。*


ルミナ:「まあ♡ お兄ちゃん、カイに何か新しい泳ぎ方を教えていますわ。まるで水の中を飛んでいるようですわね♡」


レイラ(魔王女):「ふん、またシロウの知る妙な知識か。だが、確かに効率は良さそうだな。よし、妾もマスターしてシロウを驚かせてやるか」


*レイラは負けず嫌いの血が騒ぐのか、シロウとカイの泳ぎを真剣な眼差しで観察し始めた。シルフィは「わたしもそれやりたいですー!」と無邪気に真似しようとしては、盛大に水を飲んでむせている。*


*この日、シロウによって異世界にもたらされた『クロール』という泳法は、まずアストライア家から広まっていくことになるのだった。*


*シロウがカイにクロールを教えていると、その効率的で美しい泳法は、当然のようにビーチにいた他の人々の注目も集めていた。特に、ビーチの安全を守るために設置された監視台に座っていた、日に焼けた若い男――アルバイトの監視員は、その動きに釘付けになっていた。*


*「な、なんだあの泳ぎ方は…!? 今までのどんな泳ぎより速くて、力強い…!」*


*彼は仕事そっちのけで、シロウの動きを食い入るように見つめ、その腕の回し方、足の打ち方、息継ぎのタイミングを必死に頭に叩き込んだ。そして、休憩時間になると、彼は早速海に入ってその動きを真似し始める。最初は何度も水を飲み、上手くいかなかったが、持ち前の運動神経と若さで、その日のうちに形だけはマスターしてしまった。*


*この青年が、後に「近代泳法の父」としてメッセニア海洋王国、ひいては大陸全土に『クロール』を広め、水泳教室を開いて巨万の富を築くことになるのだが、それはまた別の話である。今のシロウたちは、そんな未来のことなど知る由もなく、家族での海水浴を満喫していた。*


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