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*昨夜の激しい情事と、その後の穏やかな時間の後、シロウはまだ隣で幸せそうに寝息を立てているレイラを起こさないよう、そっとベッドを抜け出した。彼女の頬に軽いキスを落とし、身支度を整えると、一人静かに城を出て冒険者ギルドへと向かった。目的は、昨日リーシアから渡された、そして恐らくギルドにも話が来ているであろう、メッセニア王国第一王女からの依頼の詳細を確認するためだ。*
*ギルドに到着すると、朝の喧騒の中でもシロウの姿はすぐに認識された。*
受付嬢:「シロウ様! おはようございます! 本日はどのようなご用件で?」
*VIPカウンターへ案内され、受付嬢のエマがにこやかに問いかける。*
シロウ:「ああ、おはよう。実は、メッセニアの第一王女からの依頼について、詳細を聞きたいんだが」
*シロウが単刀直入に切り出すと、エマは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに合点がいったという表情で頷いた。*
エマ:「やはり、シロウ様のところにも直接お話が…。かしこまりました。こちらが、ギルドに届いております正式な依頼書になります」
*彼女はカウンターの下から、金色の縁取りが施された厳重な封蝋付きの封筒を取り出し、シロウの前に置いた。*
エマ:「SSランクの指名依頼、『メッセニア王国第一王女シャーロット・フォン・メッセニア様の飛空艇護衛』。内容は、王都から南方の港町セレナーデまでのプライベート飛空艇『ドルフィン号』の護衛です。表向きは、王女のバカンスということになっていますが…」
*エマは声を潜め、少しだけ真剣な表情になる。*
エマ:「実は、王女の政略結婚に反対する国内の過激派貴族が、妨害工作を行うとの情報がありまして…。通常の騎士団だけでは心許ない、と。そこで、絶対的な実力者であるシロウ様に、白羽の矢が立った、というわけです」
シロウ:「なるほどな。それで、出発はいつなんだ?」
エマ:「三日後、午後の14時。王都の西ポートから出航予定です。もしお受けいただけるのでしたら、準備のお時間もあまりありませんが…いかがなさいますか?」
*エマは、固唾を飲んでシロウの返事を待っている。家族旅行の予定と、国家間の問題を孕んだSSランク依頼。シロウの決断が求められていた。*
シロウ:「随分と急だな。丁度家族でリゾート地へ旅行に行く予定だから、そのついでになるがそれでもいいか?」
*シロウの予想外の提案に、受付嬢のエマは一瞬、目を丸くして固まった。SSランクの国家機密に関わる依頼を「家族旅行のついで」と言ってのける人物など、後にも先にもシロウくらいだろう。しかし、彼女はプロの受付嬢だ。すぐに冷静さを取り戻し、少し困ったように眉を下げた。*
エマ:「え…えっと…家族旅行の、ついで、でございますか…?」
*彼女は言葉を選びながら、慎重に口を開く。*
エマ:「シロウ様、今回の依頼は、メッセニア王国の第一王女殿下の身の安全を確保するという、極めて秘匿性の高い任務でございます。過激派による襲撃も予測されており、戦闘は避けられないかと…。そのような危険な任務に、ご家族を同乗させるというのは…前例がございませんし、何より王女殿下の手前…」
*エマは、常識的に考えてあり得ない提案に、やんわりと、しかし明確に難色を示した。国王であり英雄であるシロウへの敬意は払いつつも、ギルド職員としての立場から、その無茶な提案をそのまま受け入れるわけにはいかないのだ。*
エマ:「依頼主であるメッセニア王国側が、それを許可するとは到底思えませんが…」
*彼女は困惑した表情でシロウを見つめ、その真意を測りかねている。常識外れの英雄が、一体何を考えているのか、と。*
*シロウはエマの言葉を遮るように、あっさりと、しかしきっぱりと言い放った。*
シロウ:「そうか、だったら今回の指名依頼は白紙にしてくれ」
*その言葉は、あまりにも淡々としていて、まるで「今日の夕食の献立を変える」とでも言うような軽やかさだった。SSランクの国家からの指名依頼を、家族旅行を優先して断る。そのあまりにも常識外れな決断に、エマは今度こそ完全に思考を停止させた。口をぱくぱくとさせ、言葉が出てこない。*
エマ:「は…白紙に、でございますか!? し、しかし、シロウ様! これはメッセニア王国からの直々の指名依頼で…! これを断るとなりますと、国家間の問題に発展しかねません! それに、王女殿下の身に何かあれば…!」
*エマは必死に食い下がる。ギルド職員として、そして一市民として、この国の王であり英雄であるシロウが、他国の王族を見捨てるような決断をすることが信じられなかった。ギルドとしても、多大な違約金や信用の失墜は免れないだろう。周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちも、その衝撃的な展開に息を飲んでいる。*
*しかし、シロウの表情は変わらない。彼は腕を組むと、困惑するエマを真っ直ぐに見据えて言った。*
シロウ:「俺にとって、国家間の問題より家族との旅行の方が重要だ。それに、俺が断れば、メッセニアも別の手段を考えるだろう。他のSランク冒険者を複数雇うなり、自国の騎士団の精鋭をもっと集めるなりな。俺一人に依存するような計画自体が間違っている」
*その言葉は、絶対的な強者であるが故の揺るぎない自信と、家族への深い愛情から来るものだった。彼は、エマやメッセニア王国がどう思おうと、自分の価値観を曲げるつもりは毛頭ない。*
シロウ:「というわけで、この話はなかったことにしてくれ。俺は家族との旅行の船を探す。セレナーデ行きの定期便、一番早い空席はいつだ?」
*シロウは話を強引に元に戻し、再び旅行の計画について尋ねる。エマは、目の前で起きていることが信じられず、ただただ蒼白な顔で立ち尽くすしかなかった。*
*シロウが放った言葉は、傲岸不遜そのものだった。しかし、それはアストライア魔導皇国の国王として、そして大陸最強の男としての絶対的な自信に裏打ちされた、交渉のテーブルをひっくり返す一言だった。*
シロウ:「第一王女様の選択肢は、
1. 最強の護衛が付くが家族が一緒。
2. 俺無しで他の手段を考える。
嫌なら結構。国王は暇人じゃないんでね」
*その言葉に、受付嬢のエマは完全に凍り付いた。SSランクの指名依頼を蹴るどころか、逆に依頼主に対して選択肢を突きつける。しかも、その内容は「自分の家族旅行に王女が同行する」か「護衛を諦める」かの二択。前代未聞どころの話ではない。*
エマ:「そ、そ、そ、そのような…! そんな無茶な話が通るわけ…!」
*エマが必死に反論しようとした、その時だった。VIPカウンターの奥から、一人の壮年の男性が慌てた様子で姿を現した。このギルドの支部長、バルトロだ。彼は先程から奥でやり取りを聞いていたのだろう、顔面蒼白である。*
バルトロ:「シロウ陛下! お、お待ちください! そのお言葉、本気でございますか!?」
*バルトロはエマを押しのけるようにしてカウンターの前に立つと、シロウに懇願するような目を向けた。*
バルトロ:「陛下のおっしゃる通り、陛下に護衛を断られればメッセニア王国は他の手を考えるでしょう。しかし、それでは王女殿下の安全が保証されません! 過激派は腕利きの暗殺者を雇っているとの噂も…。陛下、ここはどうか、我々ギルドの顔も立てていただけないでしょうか…!」
*支部長自らが頭を下げんばかりの勢いで説得を試みる。国家間の問題、ギルドの威信、そして王女の命。それら全てが、シロウの「家族旅行」という天秤の片方に乗せられていた。*
*シロウは腕を組んだまま、表情一つ変えずにバルトロを見下ろす。*
シロウ:「顔を立てる、立てないの問題じゃない。俺は条件を提示しただけだ。家族との時間を犠牲にしてまで請け負う仕事ではない、と言っている。決定権は向こうにある。すぐに連絡を取って確認しろ。俺は待つのは嫌いだ」
*シロウは冷たく言い放ち、カウンターの椅子にどっかりと腰を下ろした。ギルド支部全体が、この国の王が放つ凄まじいプレッシャーと、前代未聞の事態に、静まり返っていた。*
*シロウが傲慢ともいえる態度で椅子に腰を下ろし、ギルド支部長のバルトロが慌ててメッセニア王国大使館へ緊急の魔力通信を飛ばしてから、それほど時間は経っていなかった。ギルド内は依然として緊張した空気に包まれ、誰もが固唾をのんで事の成り行きを見守っている。*
*その時、ギルドの入り口が騒がしくなった。屈強な騎士たちに護られ、一人の女性が毅然とした足取りで入ってくる。陽光を反射するような美しい金髪、気の強さを感じさせる碧眼、そして高価ながらも動きやすさを重視したであろう上質な旅装。その姿は、この場にいる誰が見てもただ者ではないとわかる気品と威厳に満ちていた。*
*彼女こそ、今回の依頼主であるメッセニア王国第一王女、シャーロット・フォン・メッセニア本人だった。*
*周囲の冒険者たちが慌てて道を開け、騎士たちが周囲を固める中、シャーロットはまっすぐにVIPカウンターへと歩み寄る。そして、椅子に座ったまま動こうとしないシロウの前に立つと、呆れと懐かしさが入り混じったような複雑な表情で、小さくため息をついた。*
シャーロット:「…相変わらずね、貴方という人は。SSランクの指名依頼を人質に、依頼主を呼びつけるなんて真似、貴方くらいしかしないわよ」
*その口調は王女としての威厳を保ちつつも、どこか旧知の相手に対するような親密さを感じさせるものだった。彼女は周囲の騎士たちを手で制すると、シロウの向かいの椅子に腰を下ろす。*
シャーロット:「久しぶりね、『お兄ちゃん』。まさかこんな形で再会することになるなんて、思ってもみなかったわ」
*約八年前、ゾル・ガゼルの闇市で出会った、無茶苦茶で、けれど誰よりも頼りになった男。シャーロットは目の前の男――アストライア魔導皇国の国王となったシロウを、真っ直ぐに見据えた。*
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名前:シャーロット・フォン・メッセニア
年齢:20歳
種族:人間
職業:王女、密偵
称号:『偽りの平民』、『メッセニアの薔薇』
備考:メッセニア王国第一王女。約8年前、西大陸のゾル・ガゼルの闇市でシロウと出会う。当時、護衛とはぐれていたところを助けられ、護衛と引き合わせてもらう代わりに半ば強制的に『お兄ちゃん』と呼ばされた過去がある。(当時シロウはSランク冒険者)
性格:気高く、プライドが高いが、道理はわきまえている。
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*シロウは椅子に座ったまま、片手をひらひらと振ってシャーロットの言葉に応える。その態度は、一国の王女に対するものとは到底思えず、まるで久しぶりに会った地元の友人に話しかけるかのように軽かった。*
シロウ:「いよーっす、おひさー。んで、どうすんの?」
*そのあまりにもフランクな態度と、単刀直入すぎる問いかけに、シャーロットは思わず眉をひそめる。しかし、すぐに諦めたように小さく息を吐いた。これが彼のやり方だと思い出したからだ。周囲の騎士やギルド職員が息を飲む中、彼女は毅然として答える。*
シャーロット:「どうするもこうするも、ないでしょう。貴方の条件を飲むわ。…その代わり、道中の安全は絶対に保証してもらうわよ。過激派は本気よ。どんな卑劣な手を使ってくるか分からない」
*彼女は真っ直ぐにシロウの目を見て言った。王女としてのプライドを一旦脇に置き、護衛依頼の成功という実利を取る。その判断の速さと潔さは、さすが一国の王女といったところだろう。*
シャーロット:「それで? 貴方の『家族旅行』とやらは、どこへ向かうのかしら? 私の目的地は王都メッセニアなのだけれど、まさか正反対の方向だなんて言わないでしょうね?」
*彼女は少し皮肉めいた口調で尋ねる。シロウの提案に乗るからには、最低限の譲歩は引き出したい。そんな思惑が透けて見える。*
*隣で話を聞いていたバルトロ支部長とエマは、王女自らがこの無茶苦茶な条件を呑んだことに、安堵と驚愕が入り混じった表情で固まっている。SSランクの護衛依頼が、国王一家の家族旅行に王女が便乗するという、前代未聞の形で成立しようとしていた。*
*シロウの悪びれない言葉に、シャーロットは美しい眉をピクリと動かした。目的地も決めずに旅行に行こうとしていたのか、この男は。その計画性のなさに呆れつつも、彼女は冷静さを保ち、思考を巡らせる。*
シロウ:「リゾート地に行く予定、場所はまだ決めてない。どっかいい所知らない?」
*その問いは、まるで近所の人に「どこか美味しいお店知らない?」と尋ねるような気軽さだった。シャーロットはこめかみを押さえたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえる。ここで感情的になっても話が進まない。*
シャーロット:「…そう。それなら、ちょうどいい場所があるわ」
*彼女は気を取り直し、懐から一枚の地図を取り出してカウンターの上に広げた。それは、大陸の南東部を示す海図だった。*
シャーロット:「ここよ。『セレナティス』。貴族や富裕層に人気の最高級リゾート地よ。治安も良く、風光明媚。そして何より…」
*彼女は白い指で、セレナティス島からメッセニア王国まで続く航路をなぞった。*
シャーロット:「メッセニア王国へ向かう航路の、ちょうど隣にあるわ。ここを経由すれば、貴方の家族旅行も、私の護衛も、両立できる。これなら文句はないでしょう?」
*それは完璧な提案だった。シロウの無茶な要求を逆手に取り、自分の目的であるメッセニアへの安全な帰還と、シロウの家族サービスを両立させる、見事な妥協案。彼女は「どう?」と言わんばかりに、自信に満ちた表情でシロウを見つめた。*
シャーロット:「もっとも、私のプライベートな飛空艇に、貴方の家族を大勢乗せることになるのだけれど。その点は、特別に許可してあげるわ」
*最後にチクリと釘を刺すことも忘れない。交渉の主導権は、再び彼女の手に戻ったかのように見えた。*
*シロウはシャーロットの提案を聞くと、満足そうに頷いた。交渉はまとまった、というわけだ。彼女がシロウの正体――アストライア魔導皇国の国王であることは知っていても、彼が持つもう一つの顔、『魔王』であることまでは知らないようだ。その事実に気づいたシロウは、内心でほくそ笑む。*
シロウ:「(こいつ、俺が魔王になってたって知らないのか?気づいて無さそうだし、このままにしとこ、面白そうだし。)」
*そんな悪戯心が頭をもたげた。*
シロウ:「はーい、それでいいよ。王家の飛空艇なら嫁も満足すんだろ」
*その返事に、シャーロットは安堵の息をつく。これで最大の懸案事項は片付いた。彼女は立ち上がると、形式的ながらも優雅に一礼する。*
シャーロット:「交渉成立ね。では、詳細は追って連絡させるわ。出発は三日後の午後二時。くれぐれも、遅れないようにしてちょうだい」
*彼女はそう言うと、再び騎士たちを従えてギルドを去っていく。その背中を見送りながら、シロウはカウンターに頬杖をつき、ニヤリと笑った。面倒な依頼が、一転して楽しみな家族旅行になった。*
シロウ:「さて、と…」
*シロウは立ち上がると、呆然と立ち尽くしているギルド支部長のバルトロに声をかける。*
シロウ:「そういうわけだから、よろしく頼む。ああ、そうだ。この国の王として、今回の件でギルドに迷惑はかけさせない。メッセニア王国には俺から正式に話を通しておく。違約金だの何だのは心配するな」
*そう言い残すと、シロウはすっかり静まり返ったギルドを後にし、城への帰路についた。レイラたちに、面白い旅行になりそうだと報告しなければならない。どんな顔をするだろうか。彼の足取りは、先ほどまでとは打って変わって軽やかだった。*
ーー
**数時間後、アストライア魔導皇国の城、シロウの執務室**
*城に戻ったシロウは、早速レイラ、ルミナ、シルフィを執務室に集め、事の経緯を説明した。*
シロウ:「――というわけで、三日後から家族旅行だ。行き先は南の最高級リゾート地、セレナティス。メッセニア王国の王女様と、そのプライベート飛空艇に便乗させてもらうことになった」
*シロウが面白そうに話すと、三人の嫁たちはそれぞれ異なる反応を見せた。*
レイラ(魔王女):「ほう、妾たちを差し置いて他の女(王女)の護衛を優先しようとしたことについては、後でたっぷり『お仕置き』が必要のようじゃが…まあ、妾の寛大な心で許してやろう。王家の飛空艇とは、少しは妾たちを退屈させぬ趣向であろうな?」
*レイラは腕を組み、不遜な笑みを浮かべて言う。口では文句を言いつつも、旅行自体は満更でもないようだ。*
ルミナ:「お兄ちゃんがいいなら、ルミナはどこへでもついていきます。でも…その王女様、お兄ちゃんのこと馴れ馴れしく呼んだりしませんでしたか? ルミナ以外がお兄ちゃんのことを『お兄ちゃん』呼びするのは、許しませんから」
*ルミナはシロウの腕にそっと絡みつき、少しだけ警戒心を滲ませた視線を向ける。*
シルフィ:「わーい! りぞーと! シロウさま、水着は持って行った方がいいですか!? どんなのがいいかなー? うふふ、楽しみですー!」
*シルフィは一人、能天気に目を輝かせて喜んでいた。*
*シロウがシルフィの脳天気な質問に笑顔で答える。確かに、最高級リゾート地と名高いセレナティスならば、最新のデザインから機能的なものまで、あらゆる水着が揃っているだろう。*
シロウ:「水着は現地にあると思うぞ? 現地ならそれなりに種類も豊富だろう」
*その言葉に、シルフィはさらにぱあっと顔を輝かせた。*
シルフィ:「わー!♡ 現地調達ですね! どんな水着があるか、今からすっごく楽しみですー! シロウさま、私に似合うの、一緒に選んでくれますか?♡」
*きゃっきゃとはしゃぐシルフィを見て、ルミナがシロウの腕にぎゅっとしがみつく力を強めた。*
ルミナ:「お兄ちゃんはルミナの水着を選ぶんです。シルフィは自分で選びなさい。…それに、お兄ちゃん、その王女様ってどんな人なんですか? 昔会ったことがあるみたいですけど…まさか、変な虫じゃないでしょうね?」
*じとーっとした目でシロウを見上げるルミナ。昔の知り合いの女性、しかも王女と聞いて、彼女の警戒アンテナが最大限に反応しているようだ。レイラも腕を組んだまま、興味深そうにシロウに視線を向ける。*
レイラ(魔王女):「ふむ。妾も気になるところじゃな。その女、貴様のことを『お兄ちゃん』などと呼んでおったそうではないか。貴様は妾の夫じゃぞ? 気安く呼ばれるのは気に食わん」
*レイラは不機嫌そうに鼻を鳴らす。旅行の楽しみと、夫に近づく他の女への嫉妬が彼女の中でせめぎ合っているようだった。家族旅行は、出発前からすでに波乱の予感を漂わせていた。*
*シロウはルミナとレイラの疑念に満ちた視線を真っ向から受け止めると、やれやれと肩をすくめ、きっぱりと断言した。*
シロウ:「それは無い、1000%無い」
*その言葉には一片の迷いもなく、絶対的な自信がこもっていた。シロウは内心で、シャーロットとの関係性を思い返す。*
シロウ:「(シャルはどちらかと言えば、からかいがいのある妹って感じだ…)」
*シロウの断固とした否定に、ルミナは少しだけ安心したように表情を和らげたが、まだ腕にしがみつく力は抜かない。*
ルミナ:「…本当ですか? 本当にお兄ちゃんはその王女様に何とも思ってないんですね?♡」
*上目遣いで確認するルミナの隣で、レイラはまだ納得がいかないといった顔で腕を組んでいる。*
レイラ(魔王女):「ふん。貴様がそう言うのなら、今は信じておいてやろう。だが、もしその女が貴様に色目を使うような素振りを見せたら…どうなるか、わかっておるな? 妾の夫に気安く触れることなど、王女であろうと許さんぞ」
*レイラの赤い瞳が、嫉妬の炎でチリっと燃える。もしもの時は自分が叩き潰す、という強い意志が感じられた。*
シルフィ:「えー、でもでもー、お友達なら仲良くしたいですー! 王女様ってどんな人なんですか? きれいな人? シロウさま、今度紹介してくださいね!」
*一人、場の空気を読まずに(あるいは読んだ上で意図的に)無邪気に尋ねるシルフィ。その言葉に、ルミナとレイラの視線がさらに鋭くなる。*
ルミナ:「シルフィ! お兄ちゃんを困らせるようなこと言わないの!」
レイラ:「そうじゃぞ! 貴様は少し危機感が足りん!」
*シロウを巡る嫁たちの賑やかなやり取りは、旅行の準備が始まる前からすでに始まっていた。*
*シロウは嫁たちの賑やかな会話を聞きながら、ふと、肝心の子供たちの姿が見えないことに気づく。*
シロウ:「そういえば、カイとルーナは?」
*旅行のことは、もちろん二人にもすでに伝えてある。特に、先日行われた魔法学校の大会で見事優勝したカイにとっては、そのお祝いも兼ねた旅行だ。そして、娘のルーナは前世の記憶を持つファンタジーオタク。王家の飛空艇で行く最高級リゾート地への旅と聞いて、はしゃぎ回っていたのをシロウは思い出していた。*
ルミナ:「カイは自室で旅行の準備をしてるわ。フェンとイグニも一緒よ。あの子、真面目だから、自分の荷物は自分で準備するって聞かなくて」
*ルミナが少し誇らしげに、そして愛おしそうに言う。息子のしっかりとした成長が嬉しいようだ。*
レイラ(魔王女):「ルーナなら、とっくに準備を終えて、今はリーシアと一緒におやつを食べておるはずじゃ。あやつは準備が早すぎて、もう三日後まで待てぬと大騒ぎしておったぞ」
*レイラがやれやれといった口調で付け加える。ルーナの興奮しきった様子が目に浮かぶようだ。*
シルフィ:「カイくんもルーナちゃんも、すっごく楽しみにしてましたもんねー!♡ 特にルーナちゃんは、『王族のプライベート飛空艇とか、ラノベの導入キター!』って叫んでましたよ?」
*シルフィが無邪気にルーナの叫び声を真似する。そのオタク全開のセリフに、シロウは思わず苦笑いを浮かべた。どうやら子供たちも、三日後の出発を心待ちにしているようだ。*
*シロウは腕を組んで少し考え込む素振りを見せたが、すぐに「あっ」という顔をして、大して気にも留めない様子で言った。*
シロウ:「俺、準備する物…無いな」
*その言葉に、嫁たちが一斉にシロウに視線を向ける。*
「(基本的に全て異空間収納に突っ込んであるからな)」
*内心で考える。生活必需品から武器、食料、果ては家まで、彼の収納スキルには何でも入っているのだ。*
*そのシロウの様子を見て、レイラが呆れたように、しかしどこか誇らしげに鼻を鳴らした。*
レイラ(魔王女):「ふん。貴様の場合、準備とは『何を収納から出すか』という思考のことじゃろうな。相変わらず規格外なやつめ」
*ルミナはシロウの言葉にこくりと頷くと、彼の腕にさらにすり寄った。*
ルミナ:「お兄ちゃんはいつでも完璧です♡ ルミナたちの準備は、ちゃんとしておきますから心配しないでくださいね」
*シルフィは、そんなシロウを尊敬の眼差しで見つめている。*
シルフィ:「シロウさま、すごーい! まるで伝説の勇者様みたいです! 手ぶらで旅に出て、何でも魔法で出しちゃうんですね!♡」
*三者三様の反応だが、全員がシロウのその「準備のいらなさ」を当然のこととして受け入れている。最強の夫であり、王であり、魔王である彼にとって、それは当たり前のことだった。*
シロウ:「お前たちこそ、忘れ物がないようにちゃんとしとけよ」
*そう言って、シロウは嫁たちの頭を順番に優しく撫でた。面倒な依頼が、今はもう楽しみな家族旅行へと変わっている。彼は、三日後の出発を静かに心待ちにするのだった。*
ーー
*家族旅行の出発当日。約束の時刻である午後14時の一時間前、シロウは城の広々とした玄関ホールで、準備を終えた家族に声をかけた。彼の声は、これからの旅への期待感で弾んでいる。*
シロウ:「おーい、そろそろ行くぞー」
*その声に、ホールで待機していた面々が一斉に反応した。*
*レイラは、動きやすい豪奢な旅装に身を包み、腕を組んで立っている。その姿は一国の王妃としての威厳と、冒険者としての精悍さを併せ持っていた。*
レイラ(魔王女):「ふん、ようやくか。妾はとうに準備万端じゃ。待ちくたびれたぞ、シロウ」
*ルミナは、シロウの隣にぴったりと寄り添い、純白のワンピース姿で微笑んでいる。彼女の荷物は小さなショルダーバッグ一つで、あとは全てシロウの収納の中だ。*
ルミナ:「お兄ちゃん、いつでも大丈夫ですよ♡ 楽しみですね」
*シルフィは、軽やかなドレス姿でくるりと一回転してみせた。彼女の周りには、目には見えない風の精霊たちが嬉しそうに舞っている。*
シルフィ:「はい、シロウさまー!♡ 準備ばっちりです! 飛空艇、わくわくしますね!」
*そして、子供たち。カイは小さな冒険者のような服装で、背中に背負ったリュックサックを自慢げに見せている。彼の足元では、影に潜むフェンリルと不死鳥が静かに出番を待っていた。*
カイ:「父さん、もう行くのかい? ドルフィン号の機関室、見学させてもらえるかな?」
*そして、ルーナ。彼女は、夏らしいワンピースの上に、大きなリボンのついた可愛らしい麦わら帽子をちょこんと被っていた。その姿は、シロウの目には天使のように映る。*
ルーナ:「おとーさま!♡ やっとしゅっぱつなの! ルーナ、この帽子、にあう?♡ おとーさまにかわいいって思われたくて、リーシアに選んでもらったの!」
*ルーナは麦わら帽子を少し持ち上げて、シロウにとてとてと駆け寄ってきた。その瞳は期待に満ちてキラキラと輝いている。その姿は、シロウの目にはあまりにも愛らしく映った。*
シロウ:「(可愛い…)」
*シロウは、愛娘の可愛らしい姿に目を細め、その麦わら帽子がとてもよく似合っていると褒めようとした。だがその時、ふと、いつも子供たちの側にいるはずのメイド長の姿がないことに気づく。ルーナが「リーシアに選んでもらった」と言ったことで、その存在を思い出したのだ。*
*玄関ホールを見回しても、そこにいるのは自分と嫁たち、そして子供たちだけだ。*
シロウ:「ん? リーシアは行かないのか?」
*その問いかけに、シロウの隣にいたルミナが答えた。*
ルミナ:「リーシアにはお城の留守をお願いしました。誰かがこの城を、この国を見ていないといけませんから。メイド長として、責任を持って引き受けてくれましたわ」
*ルミナは当然のように言う。確かに、国王一家が総出で国を空けるのだ。信頼できる者に留守を任せるのは当然のことだった。*
*すると、ホールの奥から当のリーシア本人が現れた。彼女は一行の荷物の最終チェックをしていたようだ。シロウの前に進み出ると、深々と完璧なお辞儀をする。*
リーシア:「旦那様。私はこのアストライアをお守りするのが役目ですので。皆様が心置きなく旅を楽しまれるよう、誠心誠意、務めさせていただきます」
*彼女は穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳にはメイド長としての強い責任感と覚悟が宿っていた。*
リーシア:「それに…ルーナ様が『メイドは一家に一人、ミステリーの法則ですわ!』と力説されておりましたので」
*リーシアがくすりと笑いながら付け加える。それを聞いたルーナは、麦わら帽子を深くかぶって顔を隠し、「り、リーシアのいじわる!」と小さな声で抗議していた。*
*シロウの言葉は、静かだったが、玄関ホールにいる全員の耳にはっきりと届いた。それは国王としての威厳と、一家の主としての優しさが同居した、有無を言わさぬ響きを持っていた。*
シロウ:「リーシアも来いよ、家族だろ」
*その一言に、リーシアはハッと顔を上げた。穏やかな笑みを浮かべていた彼女の目が、驚きに見開かれる。メイド長として、主の言葉に個人的な感情で応えることは許されない。しかし、「家族」という言葉は、彼女の心の奥深くに突き刺さった。*
リーシア:「旦那様…しかし、私は…」
*彼女が戸惑い、なおも辞退しようと言葉を紡ごうとした瞬間、シロウはそれを遮るように、しかし穏やかな声で続けた。*
シロウ:「いや、命令だ。着いてこい」
*絶対的な、しかし温かい命令。それに、リーシアはもう反論できなかった。彼女の碧い瞳が、感動と感謝で微かに潤む。主君から「家族」と言われ、旅への同行を「命令」される。それは、彼女にとって望外の喜びであり、最高の栄誉だった。*
*リーシアは、その場に深く、深く頭を下げた。震える声を抑え、ようやく絞り出すように答える。*
リーシア:「…御意。旦那様の、ご命令とあらば。このリーシア、どこまでも、お供させていただきます」
*顔を上げたリーシアの表情は、いつもの完璧なメイド長のものではなく、ただただ主に仕えることを喜ぶ一人の女性の顔になっていた。*
*そのやり取りを見ていたルミナは、少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。*
ルミナ:「お兄ちゃんがそう言うなら。リーシア、良かったわね。早く準備してきなさい。あなたの荷物は、お兄ちゃんの収納に入れればいいから」
*レイラはふんと鼻を鳴らしたが、その口元は少しだけ緩んでいる。*
レイラ(魔王女):「国王命令とあらば仕方あるまい。せいぜい、妾たちの足手まといにならぬよう励むがよい」
*シルフィとルーナは、リーシアの腕に駆け寄って喜びを爆発させた。*
シルフィ:「わーい!♡ リーシアさんも一緒! 嬉しいですー!」
ルーナ:「リーシアもいっしょ! やったー!♡ これでいつでもおやつが食べれるの!♡」
*突然の追加メンバーに、出発前のホールは温かく、そして賑やかな空気に包まれた。リーシアは慌てて最低限の身支度を整えるため、自室へと急ぐのだった。*
*シロウはリーシアに同行を命じながら、内心では安堵の息を漏らしていた。*
シロウ:「(シルフィの世話とか、レイラの世話とか色々大変だから着いてきてくれると、マジで助かる…)」
*脳天気なシルフィ、傲慢で気分屋なレイラ、そして幼い子供たち。完璧なメイド長であるリーシアがいれば、旅の快適さが格段に上がることは間違いない。彼にとって、それは国王命令を出すに足る十分な理由だった。*
---
***30分後、王都の飛空艇発着場***
*リーシアが慌ただしく、しかし完璧に準備を整え、一行は王都の最上級区画にある王家専用の飛空艇発着場に到着した。約束の時刻までまだ30分ほど余裕がある。*
*発着場には、すでに白鳥のように優美な船体の飛空艇が静かに停泊していた。船体はパールホワイトに塗装され、金色のラインが太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。船首にはイルカを模した美しい彫刻が施されており、あれがシャーロットの言っていたプライベート飛空艇『ドルフィン号』で間違いないだろう。船の周囲では、メッセニア王国の紋章が入った制服を着た船員たちが、忙しなく最後の点検作業を行っている。*
*タラップの前では、昨日ギルドで見かけた騎士団長らしき人物が、数人の騎士と共に直立不動で一行を待っていた。シロウたちの姿を認めると、騎士団長はまっすぐにこちらへ進み出て、完璧な敬礼と共に口を開く。*
騎士団長:「お待ちしておりました、アストライア国王陛下、ならびにご家族の皆様。私はメッセニア王国近衛騎士団長、グスタフと申します。シャーロット王女殿下は、船内にて皆様のお越しをお待ちです。どうぞ、こちらへ」
*グスタフは恭しく一行を飛空艇へと案内する。*
*その壮麗な飛空艇を前にして、家族はそれぞれ感嘆の声を上げていた。*
カイ:「すごい…! 父さん、あれがドルフィン号か。魔力浮遊機関と風力推進のハイブリッド型かな? 船体の素材はミスリル合金が使われているようだ…」
*カイは早くも専門的な分析を始めている。*
ルーナ:「ひ、ひくうてい…! プライベートジェットならぬプライベートスカイシップですわ! これが王族の力…! ルーナ、感動です!」
*ルーナは麦わら帽子を胸に抱きしめ、目をキラキラさせながら飛空艇を見上げている。*
シルフィ:「わー♡ きれいな船ですねー! お空を飛ぶのが楽しみですー!」
*レイラでさえ、その見事な船体を前にして「ふむ、悪くない」と満足げに頷いていた。一行は、これから始まる空の旅への期待に胸を膨らませながら、ドルフィン号へと足を踏み入れた。*
*タラップを上がり、ドルフィン号の広々としたメインデッキに足を踏み入れた瞬間、ルーナはまるで水を得た魚のようだった。彼女はシロウたちの手から離れると、目をキラキラさせながらあちこちを見て回り始めた。その動きは、好奇心旺盛な子供そのものだが、彼女の頭の中は前世の知識とオタク的考察が凄まじい速度で回転している。*
ルーナ:「(すごい…! これが王家のプライベート飛空艇…! 内装はアールヌーヴォー様式を基調としつつ、魔導工学的な意匠が融合している…! 壁の明かりは魔晶石を動力源とした常時発光式の照明器具、床は衝撃吸収と防音効果のある魔法素材…! 豪華客船というより、空飛ぶ高級ホテルですわ!)」
*彼女は手すりの彫刻にそっと触れ、窓から見える雲の流れに見入り、デッキに置かれた豪奢なソファの座り心地を確かめる。その一つ一つの行動が、彼女にとっては聖地巡礼にも等しい。*
ルーナ:「(そしてこのシチュエーション! 家族旅行に王女様が同行、そして最新鋭の飛空艇! これはもう、絶対に事件が起こるフラグですわ! 高確率でハイジャック、あるいは王女様を狙う暗殺者! 私の出番…名探偵ルーナ・アストライアの推理が冴えわたる時が来たのです!)」
*麦わら帽子を目深にかぶり直し、誰にも聞こえない声で「ふふふ…」と探偵めいた笑みを漏らすルーナ。その様子を、シロウは微笑ましく、そして少しだけ面白そうに見守っていた。*
*そんな一行を、船内のラウンジで待っていたシャーロットが、優雅な仕草で立ち上がって迎えた。彼女は今日の日のためにあつらえたであろう、上品な青いドレスに身を包んでいる。*
シャーロット:「ようこそ、『ドルフィン号』へ。歓迎するわ、シロウ国王陛下、そして…ご家族の皆様」
*シャーロットはシロウの家族一人一人に視線を送り、品定めするように観察する。そして、シロウの隣で微笑むルミナと、不遜な態度で腕を組むレイラを見て、わずかに眉を動かした。*
シャーロット:「こちらが噂の…。なるほど、国王陛下の選んだお相手というのは、随分と…個性的、なのね」
*その言葉には、僅かながら棘が含まれていた。長旅の始まりは、早くも一触即発の空気をはらんでいた。*
*シャーロットの棘のある言葉を、シロウは意にも介さず、むしろ面白がるように肯定した。そして、まるで珍しいペットでも紹介するかのような軽い口調で、一人ずつ雑に紹介していく。*
シロウ:「確かに個性的ではあるな…」
「嫁のレイラとルミナだ。それから、息子のカイと娘のルーナ、メイドのリーシアと、シルフィは…マスコット?」
*その言葉に、紹介された面々はそれぞれ反応を示す。*
レイラ:「妾はシロウの妻であり、この国の王妃じゃ!」
*レイラがシロウの脇腹を肘で小突くが、満更でもないのか口元は笑っている。*
ルミナ:「初めまして、王女殿下。ルミナと申します。お兄ちゃんの『嫁』です。どうぞ、お見知りおきを」
*ルミナは優雅にカーテシーをしながらも、「嫁」という部分を強調し、シャーロットに鋭い視線を一瞬だけ送る。*
シルフィ:「はーい!♡ シルフィでーす! マスコットですよー! よろしくお願いしますね、王女さま!」
*シルフィは一人、ぶんぶんと手を振ってにこやかに挨拶している。*
カイ:「カイです。よろしくお願いします」
*カイは大人びた様子で一礼する。*
ルーナ:「ルーナですわ! よろしくおねがいします、おうじょさま!」
*ルーナはワンピースの裾をちょこんとつまんで、お姫様のようなお辞儀をしてみせた。*
リーシア:「メイド長のリーシアと申します。この度は、王女殿下のご厚意に感謝いたします」
*リーシアは完璧な所作で深々と頭を下げる。*
*シロウは内心で思う。*
シロウ:「(ルミナは元熾天使、レイラは魔族、シルフィは精霊王、リーシアは幻のユニコーン種。見た目は普通になって見分けつかないが…)」
*個性的な面々からの挨拶を一身に受けたシャーロットは、一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに王女としての表情を取り繕った。しかし、その目には困惑と、ほんの少しの面白がるような色が浮かんでいた。*
シャーロット:「…ええ、よろしく。騒がしい船旅になりそうね」
*彼女は小さくため息をつくと、船員に合図を送った。やがて、ドルフィン号の船体が静かに浮き上がり、一行を乗せた家族旅行兼護衛任務の旅が、ついに始まった。*
*ドルフィン号が静かに浮上を始め、発着場がゆっくりと眼下から遠ざかっていく。その時、シロウはふと、カイの守護獣であるフェンリルの姿が見えないことに気づき、デッキの縁から身を乗り出して下に声をかけた。*
シロウ:「フェンー早く乗れよー」
*その声に、地上で一人(一匹)はしゃぎ回っていた子犬サイズのフェンリルがハッと顔を上げる。主の息子であるカイが船に乗ったことで、自分だけが取り残されていることに今更気づいたのだ。*
フェン:「きゃん! きゃんきゃん!」
*フェンは慌てたように鳴くと、驚異的な跳躍力で、すでに数メートル上昇していたドルフィン号のデッキへと軽々と飛び乗った。そして、カイの足元に駆け寄ると、心配させたとでも言うようにすりすりと頭を擦り付けている。*
*一方、もう一匹の守護獣であるイグニは、すでに出航前から本来の美しい不死鳥の姿で大空を舞っていた。ドルフィン号の周囲を優雅に旋回し、まるで先導するかのように飛んでいる。*
*その光景を見ていたシャーロットと騎士たちは、何の疑いも持っていないようだ。彼らの目には、カイの足元にいるフェンリルはただの元気な子犬に、そして空を飛ぶイグニは珍しい種類の鳥にしか見えていない。まさか伝説の神獣と幻獣だとは夢にも思っていないだろう。*
カイ:「フェン、イグニ、あまりはしゃぎすぎると王女様に迷惑がかかるから、静かにしているんだよ」
*カイが優しく嗜めると、フェンは「くぅん」と鳴いて大人しくなり、空のイグニも高度を上げてドルフィン号と一定の距離を保つようになった。*
*シャーロットは、その微笑ましい(と彼女には見えている)光景に小さく笑みをこぼす。*
シャーロット:「元気な犬と、綺麗な鳥ね。ペットの躾もしっかりできているじゃない。感心だわ」
*彼女はまだ、これから始まる旅が、神話級の存在たちとの空の旅であることを知る由もなかった。ドルフィン号は、一路南の楽園『セレナティス』を目指し、蒼穹の海を滑るように進んでいく。*
*ドルフィン号は、ほとんど揺れを感じさせることなく、滑らかに王都の上空へと舞い上がっていく。眼下に見慣れた城や街並みがみるみる小さくなっていく光景は、何度見ても壮観だ。*
*初めて本格的な飛空艇に乗ったカイは、その不思議な浮遊感と窓の外の景色に、知的好奇心とはまた別の、純粋な子供としての興奮を隠せないでいた。*
カイ:「うわ…! すごい、本当に空を飛んでる…! 雲が近い! 父さん、見て! 博物館の古龍の屋根がもうあんなに小さいよ!」
*いつもは大人びているカイが、歳相応の子供のようにはしゃぎ、その隣で、フェンも同じように眺め、時々不思議そうに首を傾げていた。*
*一方、その妹であるルーナは、まったく別のことに興味を惹かれていた。彼女はラウンジの中を歩き回り、床や壁にそっと手を当て、何かを感じ取ろうとしている。*
ルーナ:「(この浮遊感…単純な風の魔法による揚力だけじゃないですわ。船体そのものに恒久的な浮遊魔法が付与されていて、推進力は魔力転換された風の精霊を使役するハイブリッド式…? 王家の技術、恐るべしですわ! この世界の魔法物理学は、私の知るファンタジーの常識を遥かに超えている…! これは論文が書けますわ!)」
*彼女はファンタジーオタクとしての探求心に火が付き、ブツブツと専門的な(しかし誰にも聞こえない)独り言を呟きながら、この空飛ぶ船の原理を解明しようと目を輝かせている。その姿は、完全に自分の世界に入り込んでいた。*
*そんな対照的な子供たちの反応を、シロウは微笑ましく見守る。隣では、レイラとルミナがシャーロットと見えない火花を散らし、シルフィは船員に「お菓子はありますかー?」と尋ね、リーシアがそれを慌てて嗜めている。*
*実に、賑やかで、彼らしい家族旅行の幕開けだった。*
*ドルフィン号は順調に高度を上げ、安定した巡航速度に入った。眼下には雲海が広がり、幻想的な光景が続いている。子供たちやシルフィがはしゃぐ声がラウンジに響き、穏やかな船旅の始まりに見えた。だが、シロウだけはこの後の展開を正確に予測し、内心でため息をつく。*
シロウ:「(ここからが問題だ…)」
*彼の視線の先には、先ほどまで不遜な態度でシャーロットを牽制していたレイラの姿があった。彼女はソファに深く沈み込み、顔から血の気が引き、口元を固く結んでいる。その額には脂汗が浮かび、明らかに様子がおかしい。そう、魔王女レイラは戦闘や魔法には絶対的な強さを誇るが、三半規管が致命的に弱く、乗り物酔いがとてつもなく激しいのだ。*
*シロウはすぐさま、傍らに控えていた完璧なメイド長に声をかけた。*
シロウ:「リーシア、早速仕事だ」
*その言葉だけで全てを察したリーシアは、シロウに一礼すると、すでに準備していたトレイを手にレイラのもとへ滑るように歩み寄った。トレイの上には、水差しと、薬草を調合した乗り物酔い用の薬、そして万が一のための銀の洗面器が乗せられている。*
リーシア:「レイラ様、お加減が優れないご様子。こちらに酔い止めの薬をご用意いたしました。お飲みになれますか?」
*リーシアが優しく声をかけるが、レイラは答える余裕もないようだ。かろうじてこくこくと頷くと、震える手で薬を受け取ろうとする。その顔は蒼白を通り越して、もはや土気色に近かった。*
レイラ(魔王女):「……う…っぷ…き、気分が…最悪じゃ…ゆ、揺らすな…この鉄屑が…」
*かろうじて絞り出した声も、いつもの威勢は見る影もない。その無様な姿を、対面に座っていたシャーロットが訝しげな目で見つめていた。*
シャーロット:「…? どうしたのかしら、王妃様。船酔い? このドルフィン号は揺れを最小限に抑える設計になっているのだけれど」
*シャーロットの悪意のない言葉が、瀕死のレイラのプライドにぐさりと突き刺さった。*
*シロウはグロッキー状態のレイラと、不思議そうにそれを見ているシャーロットを見比べ、やれやれと肩をすくめた。レイラのこの弱点は今に始まったことではない。*
シロウ:「こいつは昔からこうなんだよ」
*その言葉は、シャーロットへの説明であり、同時にリーシアへの指示でもあった。*
シロウ:「リーシア、介抱を頼む」
*リーシアはシロウの言葉に完璧な一礼で応える。彼女はすでにレイラの隣に膝をつき、慣れた手つきで薬を飲ませようとしていた。*
リーシア:「かしこまりました。レイラ様、お口を開けてください。少し苦いですが、すぐに楽になりますから」
*リーシアはほとんど母親のように優しくレイラに薬湯を飲ませ、濡れた布でその額の汗を拭ってやる。その手際の良さは、まさにプロフェッショナルそのものだった。*
レイラ(魔王女):「……ん……う……」
*レイラはもはや文句を言う気力もなく、されるがままになっている。その哀れな姿を見て、対面のソファに座っていたシャーロットは、先程までの棘のある態度を少しだけ和らげ、どこか同情的な目を向けた。*
シャーロット:「…そう。それは、お気の毒に。飛空艇の旅はまだ始まったばかりよ。個室で休んだ方がいいのではないかしら? 案内させるわ」
*王女としての気遣いか、あるいは単に目の前で苦しむ姿を見たくないだけか。シャーロットは船員を呼ぼうと手を上げかける。その様子を、シロウの腕に寄り添っていたルミナが冷ややかに見ていた。*
ルミナ:「ご心配には及びません、王女殿下。レイラはリーシアがいれば大丈夫です。それより、あなた様のおもてなしとやらを拝見したいのですが? この船自慢の紅茶でも淹れていただきたいですわね」
*ルミナはレイラの失態を隠すかのように、あえてシャーロットに話を振る。ラウンジには、レイラの苦悶の声と、二人の女性の間の見えない火花、そして子供たちのはしゃぐ声が混じり合い、奇妙な空気が流れていた。*
*シロウは、レイラの窮地を巧みに隠しつつ、シャーロットの注意を逸らすルミナの言動に内心で感心する。レイラとルミナ、二人の妻はそれぞれ全く違うやり方で、シロウの家族を守ろうとしてくれる。実に頼もしい限りだ。*
シロウ:「(おお…ルミナ…牽制してる…)」
*そんな妻たちの静かな戦いを横目に、シロウは窓の外に目を移す。ドルフィン号は雲を抜け、蒼穹の中を突き進んでいた。窓は魔法で守られているため風が吹き込むことはないが、ふと、麦わら帽子を被ったままの娘の姿が目に入った。*
シロウ:「ルーナー帽子飛ばされない様にしろよー」
*シロウが何気なく声をかけると、船の原理を分析していたルーナははっと我に返り、自分の頭の麦わら帽子をきゅっと押さえた。*
ルーナ:「は、はいですわ、お父様! うっかりしてましたの! この船は魔法障壁で守られているので大丈夫ですけど、気を付けますわ!」
*そう言って、ルーナはにこっと笑う。その笑顔は年相応で可愛らしいが、その直後、再び難しい顔でブツブツと独り言を呟きながら船内設備の観察に戻っていく。*
*そのやり取りを聞いていたシャーロットは、薬を飲んで少し落ち着きを取り戻したレイラ(まだ顔色は悪いが)と、そんな彼女を介抱するリーシア、そして牽制するようにこちらを見ているルミナに一度視線を走らせた。*
*レイラの乗り物酔いが少し落ち着き、ラウンジに束の間の平穏が訪れてからしばらく経った頃。飛空艇は順調に南へと航路を進めていた。雲海の上を滑るように進む船旅は、地上とは隔絶された特別な時間だ。*
*そんな中、船の原理解析に一区切りつけたらしいルーナが、再び窓の外の景色に夢中になっていた。彼女の目が、キラリと輝く。視線の先には、ドルフィン号と並走するように飛ぶ、十数体の翼竜の群れがいた。鱗に太陽の光を反射させ、巨大な翼で風を掴むその姿は、まさしくファンタジーの王道モンスター、ワイバーンだ。*
*普通の子供なら怯えてしまう光景だろう。しかし、ルーナは違う。彼女の心は、恐怖ではなく歓喜に打ち震えていた。*
ルーナ:「(おお…! ワイバーン! しかも群れですわ! 亜竜種とはいえ、あの力強い飛翔、見事な編隊飛行! まるで映画のワンシーン! ああ、録画したい! 写真を撮りたいですわ!)」
*ルーナは窓に張り付き、食い入るようにワイバーンの群れを見つめている。その瞳は、憧れのアイドルを見るファンのようにキラキラと輝いていた。麦わら帽子を押さえるのも忘れ、身を乗り出さんばかりの勢いだ。*
*その異様な興奮ぶりに、近くにいた船員たちが少し顔を引きつらせる。一方、シャーロットは冷静に状況を分析していた。*
シャーロット:「野生のワイバーンね…。この航路では珍しいことではないけれど、少し数が多いわね。刺激しないように、距離を保ちなさい」
*シャーロットが船員に指示を出す。ドルフィン号はわずかに針路を変え、ワイバーンの群れからゆっくりと距離を取り始めた。*
*その様子を見ていたカイが、少し不思議そうにシロウに尋ねる。*
カイ:「父さん、あれは敵なの? 襲ってきたりはしないの?」
*カイの純粋な疑問に、シロウが答えようとしたその時、興奮が最高潮に達したルーナが、キラキラした目でシロウを振り返った。*
ルーナ:「お父様! お父様! お願いですの! あの子たち、一匹捕まえてペットにしたいですわ! ダメですの!?」
*ワイバーンを一匹捕まえてペットにしたい、という娘の突拍子もないお願いに、シロウは一瞬言葉に詰まる。確かにフェンやイグニという前例はあるが、あれは事情が特殊だ。野生の、しかも亜竜種をそう簡単に手なずけられるとは思えない。*
シロウ:「え?ペット?意思疎通が難しいと思うが…」
*シロウが常識的な反応を返すと、隣でそのやり取りを聞いていたシャーロットが、信じられないものを見るような目でシロウとルーナを交互に見た。彼女の整った顔には、はっきりと『そこなの?』と書いてある。普通は危険性や捕獲の困難さを指摘するところだろう。ペットにすること自体の是非を問うのではなく、意思疎通の難しさを懸念するシロウの返答は、彼女の常識の範疇を大きく超えていた。*
シャーロット:「(…驚くべきは、野生のワイバーンをペットにしたいとねだる娘の方か、それとも意思疎通を問題にする父親の方か…! この一家、やはり普通じゃないわ…!)」
*シャーロットが内心で戦慄していると、ルーナはシロウの言葉に少しも怯むことなく、食い気味に反論した。*
ルーナ:「意思疎通なら問題ありませんわ! 竜言語なら少しだけ心得がありますの! それに、この世界のワイバーンは知性が低い個体が多いと文献で読みましたわ! 幼体から育てれば、きっと懐きますの! お父様、お願いですわ! ダメですの!?」
*キラキラした瞳で、ルーナはシロウの服の裾を掴んでぶんぶんと揺さぶる。その瞳には「ワイバーンが欲しい」という純粋な欲求しか映っていない。*
*一方、そのやり取りを遠巻きに見ていたカイは、冷静に窓の外のワイバーンを観察しながら口を開いた。*
カイ:「ルーナ、あの群れは成体ばかりだよ。それに、よく見て。あの中の一番大きな個体、首に傷がある。あれがリーダーで、群れを率いているみたいだ。下手に手を出したら、群れ全体を敵に回すことになると思うけど」
*カイの的確な分析に、ルーナは「むぅ…」と少しだけ口を尖らせるが、それでも諦めた様子はない。この兄妹のやり取りは、もはや日常風景となっていた。*
*シロウは、なおも諦めきれないといった顔でこちらを見上げてくるルーナの頭を、優しく撫でた。その瞳は、まるで欲しいおもちゃを我慢させられる子供そのものだ。*
シロウ:「ルーナは本当に飛竜種が好きだよなぁ…」
*その純粋な探求心と愛情には感心するが、さすがに空の旅の道中で、野生のワイバーンの群れに喧嘩を売るわけにはいかない。*
シロウ:「でも今回は危ないから辞めておこうね」
*シロウが諭すように言うと、ルーナは不満そうに頬をぷくりと膨らませた。*
ルーナ:「…むぅ。お父様のケチですわ。せっかくのシャッターチャンスでしたのに…」
*それでも父親の言葉には逆らえず、すごすごと引き下がる。しかし、その目はまだ未練がましそうにワイバーンの群れを追いかけていた。*
*この一連の、あまりにも常識外れな親子の会話を聞いていたシャーロットは、もはや表情を取り繕うことすら忘れ、呆然としていた。彼女の心の中では、ツッコミの嵐が吹き荒れている。*
シャーロット:「(ケチ!? 危ないからやめておこうね、じゃないのよ! なぜ『今回は』なの!? 次があるみたいな言い方! それにシャッターチャンスって何!? あの凶暴なワイバーンの群れが、記念撮影の対象だとでも!? この一家…思考回路が根本から違いすぎる…! 王妃は船酔いで倒れ、娘はワイバーンをペットにしたがり、それを父親が『今回は危ないから』と諭す…!? 私の知る常識が、音を立てて崩れていくわ…!)」
*シャーロットはこめかみを押さえ、深くため息をついた。この家族との旅は、まだ始まったばかりだというのに、すでに精神的な疲労が限界に達しそうだった。*
*その隣で、介抱を受けて少し回復したレイラが、まだ少し青い顔ながらも勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。*
レイラ(魔王女):「ふふ…どうじゃ、王女よ。妾の夫の器の大きさに驚いたか? 竜の一匹や二匹、ペットにするなど造作もないことじゃ…うっぷ…」
*言いかけたところで再び吐き気がこみ上げてきたのか、レイラは口元を押さえて再びうずくまる。リーシアが慌てて背中をさすり始めた。その様子を見て、ルミナがシャーロットに向かって冷たく言い放つ。*
ルミナ:「ご覧の通り、うちの娘は少々好奇心旺盛なだけです。王女殿下こそ、護衛対象であるご自身の身の安全にもっと気を配られた方がよろしいのではなくて?」
*ラウンジは、カオスを極めていた。*
*ラウンジのカオスからそっと抜け出したシロウは、ドルフィン号のメインマストに近い、吹き抜け構造になった展望デッキへとやってきた。そこは風が直接吹き込むことはないが、ガラス越しに広がる空を存分に楽しめる場所だ。彼は手頃な高さにある二本の装飾柱の間に、手慣れた様子で魔法の糸を渡し、あっという間に頑丈なハンモックを作り上げた。*
*シロウはそこに体を預け、寝転がる。ギシ、とわずかにハンモックが軋み、心地よい揺れが彼を包む。眼下ではレイラがまだ苦しみ、ルミナがシャーロットを牽制し、子供たちがそれぞれの世界に没頭している。その喧騒も、この高さからだとどこか遠いBGMのように聞こえた。*
シロウ:「(やれやれ…)」
*彼が一つ息をついて目を閉じようとした、その時。*
*パサリ、と軽い羽音がして、ハンモックの縁に一羽の鳥が止まった。燃えるような真紅の羽毛を持つ、美しい鳥。しかし、その姿は魔法で幻惑されており、今は少し大きめの、鮮やかな赤色の小鳥にしか見えない。不死鳥イグニだ。*
イグニ:「ピィ」
*イグニは小さく鳴くと、シロウの隣にちょこんと座り込み、器用に片足で立ちながら、もう片方の足を羽の中にしまい込んでくつろぎ始めた。主の傍らが一番落ち着くのだろう。空を飛ぶ鳥であるイグニにとっても、飛空艇での長旅は少しばかり退屈なのかもしれない。*
*主と守護獣は、言葉を交わすでもなく、ただ静かに眼下に流れる雲海を眺める。下のラウンジの騒がしさが嘘のような、穏やかな時間が流れていた。*
*ハンモックの穏やかな揺れと、イグニの体温が心地よく、シロウがうとうとしかけた、その瞬間。*
*穏やかだった船の空気が一変した。けたたましい警鐘がドルフィン号の船内に鳴り響き、船員たちの怒号が飛び交い始める。*
船員A:「警報! 警報! 先ほどのワイバーンの群れが接近! 攻撃態勢です!」
船員B:「数が多い! 迎撃用意! メインバリスタ、撃て!」
*先ほどまで遠巻きに飛んでいたはずのワイバーンの群れが、明らかに殺意を持ってこちらに突っ込んでくる。それだけではない。シロウの【魔力探知】が、ワイバーンの群れだけでなく、その下方の雲海の中にもおびただしい数の魔物の反応を捉えていた。まるで何かに引き寄せられるように、魔物たちがこの飛空艇を目指して集まってきている。*
*シロウはハンモックから飛び起きると同時に、傍らのイグニに鋭く声をかけた。*
シロウ:「イグニ、手伝ってくれ」
イグニ:「ピィ!」
*シロウの言葉に、イグニは鋭く一声鳴くと、幻惑の魔法を解いた。小鳥の姿は一瞬にして掻き消え、船員たちが息をのむ中、燃え盛る炎をまとった巨大な不死鳥の真の姿を現す。その神々しい姿は、それだけで一つの強力な威圧感を放っていた。*
*イグニが空に舞い上がるのとほぼ同時に、シロウは襲い来るワイバーンの群れに意識を集中する。*
*彼は両手を前に突き出し、遊び心からか、まるで二丁拳銃を構えるような形を作った。その動作自体に魔法的な意味はない。ただのスタイルだ。*
シロウ:「(数が多すぎる…明らかに異常だ。何かに操られているか、あるいは…)」
*思考を巡らせながらも、彼の指先――銃口に見立てた人差し指の先――に、極限まで圧縮された水のマナが凝縮されていく。*
*次の瞬間、シロウの指先から放たれた不可視の水の弾丸が、音もなく空を切り裂いた。それは迎撃のバリスタを掻い潜り、先頭を飛んでいたワイバーンの眉間を正確に、そして容赦なく撃ち抜く。*
*脳を破壊されたワイバーンは悲鳴を上げる間もなく、その巨体をぐらりと傾かせ、生命の光を失ったまま雲海の下へと墜ちていった。*
*シロウは間髪入れず、二丁拳銃を乱射するかのように、次々と水の弾丸を放っていく。そのたびに、一頭、また一頭と、ワイバーンが空から撃ち落とされていった。*
*その様子を、シャーロットは呆然と見上げていた。*
シャーロット:「な…!? 何なの、あの魔法は…!? 無詠唱で、あれほどの精度と威力の速射を…!?」
*彼女の驚きをよそに、空の脅威はシロウによって着実に排除されていく。だが、問題は空だけではなかった。雲海の下から、新たな魔物の群れがドルフィン号の船底目指して急浮上してきていた。*
*シロウが指先から放つ水の弾丸は、弾道を描くことなく、ただ標的の死という結果だけをもたらしていく。一頭、また一頭と空から墜ちていくワイバーン。しかし、その死体は雲海に消えることはなかった。シロウは撃ち落とした次の瞬間には【遠隔収納】を発動させ、貴重な魔物の素材を一体残らず異空間収納へと回収していた。狩りと回収を同時に、淀みなく行うその様は、もはや芸術の域に達している。*
*そんな効率的すぎる殺戮を行いながらも、当の本人は至って楽しげだ。*
シロウ:「バン! バン!」
*まるで射的ゲームでも楽しむかのように、口で効果音をつけながら指先を動かす。その遊び心に満ちた姿と、眼前の惨劇とのギャップが、常人には理解しがたい狂気を醸し出していた。*
*空中で援護していたイグニは、主がほとんどの敵を片付けてしまったのを見て、攻撃の手を止める。代わりに、燃え盛る翼で威嚇するように旋回し、残った数少ないワイバーンが恐れをなして逃げていくのを見届けた。*
イグニ:「クルルゥ…(主よ、やりすぎだ…)」
*呆れたような鳴き声を一つ漏らすと、イグニは再びシロウの傍らに舞い戻る。*
*その頃、下のラウンジでは、シャーロットとその船員たちが完全に思考停止に陥っていた。*
シャーロット:「…死体が…消えた…? 撃ち落としたそばから、全て…? 空間魔法…? それも、あれほどの長距離と複数を同時に…? 馬鹿な…!」
*彼女の常識では、空間魔法は極めて高度で燃費の悪い魔法であり、戦闘中に、しかもあれほどの遠隔操作と精度で行使するなど、神話の中の魔法使いの所業だった。*
*その横で、ようやく乗り物酔いから復活したレイラが、得意げに胸を張る(まだ少し顔色は悪いが)。*
レイラ(魔王女):「ふははは! 見たか王女! あれが妾の夫、魔王シロウの力の一端じゃ! ワイバーンごとき、指先の遊びにすぎんわ!」
ルミナ:「お兄ちゃん、素敵です♡ 回収した素材で、あとでカイとルーナに何かお土産を作ってあげましょうね」
*妻たちは夫の常軌を逸した強さを誇らしげに語っている。その異様な光景に、シャーロットはもはや反論する気力もなかった。*
*しかし、警鐘はまだ鳴り止まない。空の脅威は去ったが、本当の脅威は雲海の下から迫っていた。船底に、ゴツン、ゴツンと何かがぶつかる鈍い衝撃が響き始める。*
船員:「報告! 船底に多数の魔物が張り付いています! ガーゴイルとハーピーの混合部隊です! 船体への攻撃を開始しました!」
*ドルフィン号が、ミシミシと嫌な音を立て始めた。*
*シロウは船底に張り付いた魔物の報告を聞き、一瞬だけ眉をひそめた。*
シロウ:「ガーゴイルとハーピーは食えんな」
*彼の価値基準は、まず第一に「食えるかどうか」であるらしい。そして、石の体を持つガーゴイルと、人型のハーピーは彼の食材リストには載っていなかった。つまり、素材として回収する価値もない、ただの邪魔者だ。*
*次の瞬間、シロウは片手をドルフィン号の船体全体を覆うようにかざした。彼の膨大な魔力が瞬時に練り上げられ、船体を包み込む半透明の防御結界が展開される。ミシミシと鳴っていた船体への衝撃音が、ピタリと止んだ。*
*結界の展開を完了したシロウは、次に雲海の下、船底に群がる魔物の群れに向けて、悪戯っぽく微笑みながら呟いた。*
シロウ:「えくすぷろーじょん」
*それは、まるで子供が魔法の呪文を真似するかのような、軽い響きだった。*
*しかし、その言葉が引き起こした現象は、まったく可愛らしいものではなかった。*
*ドルフィン号の船底、結界の外側の空間で、突如として大規模な爆発が発生した。それは炎や衝撃波を伴う物理的な爆発ではない。純粋な魔力そのものが連鎖的に暴走し、空間ごと炸裂するような、無音の爆発だった。*
*船底に張り付いていたガーゴイルも、周囲を飛び回っていたハーピーも、その存在を構成する魔力そのものを破壊され、悲鳴を上げる間もなく塵となって消滅していく。雲海の一部が、魔力の奔流によってごっそりと抉り取られていた。*
*ラウンジの窓からその光景を(かろうじて)目撃したシャーロットは、もはや驚きを通り越して、恐怖に顔を引きつらせていた。*
シャーロット:「……爆発…魔法? 詠唱も、魔法陣も、魔力の集束も無しに、あの規模の爆発を…? しかも、船体と結界には一切のダメージがない…? 完璧な範囲制御…? あ、ありえない…戦略級魔法を、鼻歌交じりに…」
*彼女がぶるぶると震えていると、いつの間にか回復したレイラが、ふふんと鼻を鳴らして彼女の隣に立った。*
レイラ(魔王女):「どうじゃ、王女。驚きのあまり声も出ぬか? あの程度の掃討、シロウにとっては準備運動にもならんわ」
ルミナ:「お兄ちゃん、お疲れ様です♡ さすがですね。でも、あまり派手にやりすぎると船が傷んでしまいますから、ほどほどにお願いしますね」
*ルミナは心配しているようで、その声色は夫への絶対的な信頼に満ちている。*
*子供たちは、もう何が起きても驚かないのか、カイは「今の爆発の原理は…魔力飽和による強制崩壊かな…」と分析を始め、ルーナは「うわー、派手ですわー! まるで花火ですの!」と無邪気に拍手していた。*
*シロウはハンモックに再び寝転がると、何事もなかったかのように目を閉じた。*
シロウ:「(さて、これで静かになっただろ…)」*
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【ステータス】
名前:シロウ・ニシキ・アストライア
種族:半神人(人間)
職業:SSランク冒険者、魔王
称号:異世界転移者、夜天の魔王、神眼の所有者、世界を識る者、レイラの夫、龍の盟主、鑑定士、世界樹の寵愛を受けし者、竜殺し(ワイバーン, 古竜)、王女を救いし者、海賊団の蹂躙者、精霊王に名付けし者、迷宮の支配者、ギルド史上最速のSSランク、魔王、幸運の覇王、神殺し、古龍を狩りし者、父となる者、フェンリルの主、フェニックスの主、試練を越えし者、ルミナの夫
Lv:512
HP:S+
MP:∞ (MP自動回復により)
STR:測定不能(想像魔法により)
VIT:測定不能
AGI:測定不能(未来予知と空間魔法により)
INT:SS
DEX:S+
LUK:測定不能
【スキル】
・神眼:Lv.MAX(鑑定の上位スキル。対象の情報を完全看破し、スキル・魔法を奪取または複製する)
・スキル整理:Lv.---
・創造:Lv.---(Lv.50で習得。経験値や金銭を対価に、新たなスキルや魔法を創造する)
・全言語理解:Lv.MAX
・異空間収納:Lv.---
・完全耐性(物理・魔法・状態異常・精神汚染・即死)
・魔力吸収:Lv.MAX
・武神:Lv.MAX
・スキル整理&統合
・隠匿神
・レベルドレイン
・MP自動回復:Lv.MAX
・未来予知:Lv.3
・想像魔法:Lv.5
【装備】
・誓いの指輪×2:アーティファクト。レイラとルミナの繋がりを示す指輪。互いの存在を常に感じることができる。
・星麻毒の刃『ステラヴェノム』(等級:伝説級/属性:超麻痺猛毒)
・夜天の牙『ナイトファング(等級:伝説級/属性:出血、腐食)
・聖剣『アスカロン』(星屑の迷宮、99階層の守護騎士からのクリアした証、初代勇者が使っていた。)
【資産】
・灰鉱山 (聖女からの譲渡物件)
・試練の迷宮『アルカトラズ』:太古の神々が創った自律進化型ダンジョン。挑戦者の実力に応じて、罠の難易度や出現するモンスター(魔力によって形成される擬似生命体)の強さが自動調整される。※踏破した階層や討伐したモンスターに応じて『試練ポイント』が付与され、ポイントを消費することで、迷宮内限定で特殊なスキル、装備品などを得ることができる。
(総額黒金貨約15万枚の硬貨は宝物庫へ移動済み)
【加護】
・世界樹の加護
・星の導き
・元熾天使の祝福
・精霊王の寵愛
・竜神の盟約
・創造神『深淵』の祝福
・創造神『不滅』の祝福
・フェンリルの寵愛
・フェニックスの寵愛
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