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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*試合開始の合図が鳴り響いた、そのコンマ1秒後。*


*先に動いたのは、挑戦者『ギメイ』だった。*


ギメイ(シロウ):「『オール・エレメント・ボール』!」


*一切の詠唱も予備動作もなく、ギメイの周囲に炎、水、風、氷、雷、光、闇、土、全8属性の魔力球が同時に出現。それぞれが凄まじいエネルギーを内包しながら、魔王シロウへと向かって一斉に射出された。それは、準決勝でギメイが見せた槍の魔法ランスとは異なる、速度と爆発力に特化した弾丸の群れだった。*


*しかし、迎え撃つ魔王もまた、常人ではなかった。*


シロウ(分身体):「フン。小手調べか。ならばこちらも同じもので応えよう。『オール・エレメント・ボール』」


*魔王シロウは、ギメイと寸分違わぬタイミングで、全く同じ魔法を発動させる。彼の周囲にも8属性の魔力球が出現し、ギメイの魔力球を迎え撃つように飛翔した。*


*ドゴォォォォォンッ!!*


*闘技場の中央で、16発の魔法が激突。各属性が互いに干渉し、対消滅を起こしながら、空間を揺るがすほどの大爆発を巻き起こした。凄まじい爆風と閃光が闘技場を襲うが、二人のプレイヤーは一歩も動じることなく、爆煙の向こう側にいる互いを静かに見据えている。*


*完璧なカウンター。完全に互角の初手。まるで鏡写しのような攻防に、観客たちは何が起こったのか理解できず、ただ唖然とするばかりだった。*


*VIP席では、家族たちが固唾を飲んで戦いを見守る。*


カイ:「すごい! 二人とも、同じ魔法を同時に使った! どうして!?」

*カイは興奮して身を乗り出す。*


ルミナ:「同じ魔法を、同じタイミングで…? まるで、お互いの動きを完全に読み切っているみたい…。一体、どうなってるの…?」

*ルミナは目の前の光景が信じられず、眉をひそめる。*


レイラ(魔王女):「フン…! あの仮面男、シロウと全く同じ術を、同じ練度で使うというのか…!? 面白い…面白いぞ! それでこそ、シロウの相手に相応しい! やれ、シロウ! その傲慢な仮面を叩き割ってしまえ!」

*レイラは不敵な笑みを浮かべ、拳を握りしめる。*


ルーナ:「(完全にミラーマッチ…!♡ しかもお互いが初手で全属性同時展開ですって!? 魔法のインフレが天元突破してますわ!♡ ああ、お父様とお父様が本気で戦うなんて…眼福すぎて涙が出そうですわ…♡ どっちも頑張れー!♡♡)」

*ルーナはハンカチで目頭を押さえながら、恍惚の表情で試合展開に酔いしれていた。*


*爆煙が晴れ、再び対峙する二人の魔王。試合はまだ、始まったばかりだ。*


*鏡写しの初手を終え、闘技場の空気が張り詰める中、再び先に動いたのは『ギメイ』だった。彼は片手を天に掲げ、莫大な魔力を一気に練り上げる。その魔力量は、先ほどの比ではない。*


ギメイ(シロウ):「『エクスプロージョン』!」


*その詠唱は、おとぎ話に登場する伝説の大魔法使いが使ったとされる、最強の爆裂魔法。ギメイの掲げた手の先に、凝縮された魔力が眩い光点となり出現する。次の瞬間、その光点は世界が白く染まるほどの閃光と、全てを薙ぎ払う熱と衝撃波を伴って魔王シロウへと殺到した。戦略級魔法が、個人戦で、しかも闘技場内で放たれたのだ。*


*観客席が悲鳴と絶叫に包まれる。誰もが闘技場の消滅を覚悟した。しかし、その爆裂は観客席に届く寸前で、透明な壁にぶつかり、凄まじいエネルギーの波紋を広げるだけで霧散していく。シロウが大会前に運営に渡していた、国を覆うものと同レベルの超々高強度結界が、その威力を完全に防いでいた。*


*爆心地の中心で、その絶大な破壊の奔流を前にしても、『魔王シロウ(分身体)』は微動だにしない。彼はただ静かに、その灼熱の波に向かって片手をかざした。*


シロウ(分身体):「フン。伝説の魔法か。だが熱には冷気だ。ならば、魔法師団長が使う奥義を借りるとしよう。『コキュートス』」


*魔王の口から放たれたのは、触れるもの全ての活動を原子レベルで停止させる絶対零度の息吹。灼熱の爆炎と絶対零度の冷気が激突し、互いの存在を打ち消し合うかのように、轟音と共に莫大な水蒸気を発生させた。闘技場は一瞬にして濃密な霧に包まれ、両者の姿を完全に覆い隠してしまう。*


*VIP席では、その異次元の攻防に言葉を失っていた。*


レイラ(魔王女):「なっ…! あの爆裂魔法…! 伝説に聞く『エクスプロージョン』だと!? あの仮面男、何者なのだ!? だがシロウもシロウだ! なぜセレスの技を…! いや、それ以上に威力が段違いではないか…!」

*レイラは驚愕と混乱で眉をひそめる。*


カイ:「うわぁっ! すごい爆発! でも、父さん、今度はセレスさんの魔法を使ったよ! どうして!? すごい、なんでもできちゃうんだ!」

*カイは目をキラキラさせて興奮している。*


ルミナ:「お兄ちゃんが…セレスさんの魔法を…? しかも、あの『エクスプロージョン』と拮抗するなんて…。本人が使うより遥かに強力になってる…。一体、どういう原理なの…?」

*ルミナは冷静に分析しようとするが、目の前の現象が自身の理解をあまりにも超えていて、思考が追いつかない。*


ルーナ:「(で、出ましたわ〜!♡ 伝説級魔法vs最新奥義の模倣という、オタク心をくすぐりまくる展開!♡ しかもお二人とも、他人の技を平然と、しかもオリジナル以上の威力で使いこなしている…!♡ まさに神々の遊び!♡ この濃霧、次の一手を隠すためのブラフ…! 次は何が飛び出すのか、もう予想もつきませんわ!♡♡♡)」

*ルーナは興奮のあまり、小さな拳を握りしめ、身を乗り出していた。*


*濃い霧の中、二人の最強存在は、互いの気配だけを頼りに、次なる一手を静かに構えていた。*


*濃密な水蒸気が闘技場を覆い尽くし、観客も、VIP席の家族も、二人の姿を完全に見失っていた。静寂が支配する霧の中、最初に動いたのは『魔王シロウ(分身体)』だった。彼は天に指を突き上げ、神話の雷帝が如く高らかに宣言する。*


シロウ(分身体):「天に轟く雷よ、我が呼び声に応えよ! 伝説に謳われし雷の化身、その威を示せ! 『ドラゴン・ライトニング』!」


*その詠唱に応え、天から幾筋もの極太の雷が闘技場に降り注ぐ。それはただの落雷ではない。水蒸気の霧を吹き飛ばしながら、雷そのものが意志を持ったかのように集束し、一つの巨大な龍の形を成していく。翼を持たず、長くしなやかな体躯を持つ、東洋の伝承に登場する龍。その全身はバチバチと音を立てる紫電で構成され、その咆哮は雷鳴となって闘技場を震わせた。*


*全長数十メートルにも及ぶ雷の龍が、霧の中からその雄大な姿を現し、『ギメイ』を睨みつける。*


*その神話的な光景に、霧が晴れたことで再び視界が開けた観客たちは度肝を抜かれた。*


*しかし、その雷龍の威圧を前にしても、『ギメイ(シロウ本体)』は揺るがない。彼は静かに両手を広げ、魔王とは対になる神を召喚する。*


ギメイ(シロウ):「古の海を統べ、万物を飲み込む深淵の主よ! 我が前に顕現せよ! 『リヴァイアサン』!」


*ギメイの足元から、闘技場の石畳を溶かすかのように大量の水が溢れ出す。その水は意志を持った奔流となり、天へと駆け上りながら巨大な海蛇の姿を形成していく。それは、創世神話に語られる、海そのものを神格化した存在、水神『リヴァイアサン』。雷龍とほぼ同じ大きさの水の巨体が、ギメイの背後で荒れ狂う波のように渦を巻いた。*


*雷の龍と、水の神。伝説級の召喚獣が、闘技場の中央で互いに牙を剥き、睨み合う。*


*VIP席では、もはや常識を超えた戦いに、家族たちがそれぞれの感情を爆発させていた。*


レイラ(魔王女):「雷の龍だと…!? あのシロウ、また妾の知らぬ技を…! だが、あの仮面男も何なのだ! 海の神を呼び出すなど、ふざけているのか! もはや個人戦の規模ではないぞ、これは戦争だ!」

*レイラは柵に身を乗り出し、興奮と怒りで叫ぶ。*


カイ:「龍だ! 雷でできた龍だよ! すごい、かっこいい! あっ、でも仮面の人も、おっきいヘビみたいなのを出した! 水でできてる! どっちが勝つのかな!?」

*カイは純粋な好奇心で目を輝かせている。*


ルミナ:「龍と、神話のリヴァイアサン…。どちらも、書物の中でしか見たことのない存在…。それを、魔法で完全に具現化させてる…。もう、訳が分からないわ…」

*ルミナは目の前の光景を理解しようとすることを半ば放棄し、呆然と呟く。*


ルーナ:「(召喚獣対決ーーーーっ!♡♡ しかも雷龍 vs 水神という属性的にも絵面的にも完璧な組み合わせ!♡ ありがとうございます! ありがとうございます!♡ これぞ最終決戦! これが見たかったんです!♡ はぁ…お父様、私の性癖を完全に理解していらっしゃる…♡♡♡)」

*ルーナは両手を頬に当て、至福の表情でうっとりとその光景に見入っていた。*


*闘技場では、二体の神話級存在が互いに咆哮を上げ、次の瞬間、凄まじい勢いで激突した。*


*雷の龍と水の神、二体の神話級存在が激突し、互いを打ち消し合うように消滅した。闘技場には、再び静寂と、破壊の爪痕、そして互いを睨み合う二人の最強存在だけが残された。*


*魔王シロウ(分身体)は、今の一撃で相当な魔力を消耗したはずのギメイを見て、勝機と判断した。*


シロウ(分身体):「(今だ。伝説級の召喚術を連続で使用した直後。魔力も集中力も尽きかけているはず!)」


*魔王は、次なる一撃を放つべく魔力を練り始めた。しかし、その一瞬の隙を、『ギメイ』は見逃さなかった。*


*ギメイは、魔王が一度も見たことがない、全く未知の魔法を発動させる。*


ギメイ(シロウ):「これはまだ使ったことがないはずだ。『チェンジウェポン・リヴァイアサン』!」


*その詠唱と共に、先程まで闘技場を水浸しにしていた大量の水が、再び意志を持ったかのようにギメイの元へ集束する。しかし、それは先程のような巨大な召喚獣の姿ではない。全ての水が、超高密度に圧縮され、一本の禍々しくも美しい、三叉の槍へと姿を変えたのだ。それは、伝説の水神リヴァイアサンの力を、そのまま武器へと変形させた『神格武装』だった。*


*魔王シロウ(分身体)は、その未知の魔法に目を見開いた。彼の持つ膨大な戦闘データの中に、この技は存在しない。対処法を演算しようとするが、あまりにも速く、あまりにも鋭い一撃が、思考を上回った。*


*ギメイは、水の三叉槍を構えると、闘技場の床を蹴って魔王へと肉薄。神速の突きを繰り出した。*


*ザシュッ!!*


*水の槍は、魔王が咄嗟に張った防御障壁を紙のように貫き、その勢いのまま、彼の右肩を深く抉った。*


シロウ(分身体):「ぐ…ぁっ!?」


*魔王の口から、初めて苦悶の声が漏れる。鮮血が舞い、豪華な正装を赤黒く染めていく。槍が突き刺さった箇所から、力が抜けていくのが分かった。*


*ギメイは槍を引き抜くと、魔王は膝から崩れ落ち、片膝をついて苦痛に顔を歪めた。*


*闘技場が、信じられないものを見たかのように、水を打ったように静まり返る。無敵と思われた魔王が、血を流し、倒れたのだ。*


*VIP席では、悲鳴が上がった。*


レイラ(魔王女):「シロウッ!!!」

*レイラは席から立ち上がり、今にも飛び出さんばかりの勢いで叫ぶ。その顔は怒りと心配で蒼白になっていた。*


カイ:「父さん! 血が…! 父さんがケガしちゃった!」

*カイは目に涙を浮かべ、フェンの毛皮に顔をうずめる。*


ルミナ:「お兄ちゃん!!!」

*ルミナもまた、血の気が引いた顔で立ち尽くす。*


ルーナ:「(な…!? お父様、分身体とはいえ、血を流して倒れる演出まで…! なんという徹底したリアリティ!♡ これは…これは、ただの勝利では終わらせないという、お父様なりのメッセージ…! 挑戦者が王者を打ち破るという、最高のカタルシスを生み出すための、完璧な脚本ですわ!♡ でも…でも、血が出てるのを見ると、やっぱり心配になってしまいます…!)」

*ルーナは一人、この劇の真相に気づきながらも、そのあまりにリアルな演出に胸を痛めていた。*


*片膝をつき、肩を押さえる魔王。そして、冷徹に槍を構え、とどめを刺そうとするギメイ。誰もが固唾を飲んで、決勝戦の結末を見守っていた。*


*ギメイが突き立てた水の槍によって右肩を負傷し、片膝をついた魔王シロウ(分身体)。しかし、その瞳の光は少しも衰えていなかった。彼は降参する気など毛頭ない。これはただの試合ではない。王の威信をかけた、民に示すための最高のエンターテイメントなのだ。最後まで、最強の王として君臨し続けなければならない。*


*魔王は残った左手で魔力を練り上げ、反撃の機会を伺う。だが、ギメイはそれよりも遥かに速かった。*


ギメイ(シロウ):「(降参しないか…分かっていた。なら、これで終わりだ。派手にな)」


*ギメイは冷徹に、最後の一撃を放つ。彼は右手を天に掲げ、莫大な魔力を解放した。すると、彼の頭上に広がる空間が歪み、無数の光がきらめき始める。それは、高純度の魔力で生成された、何百、何千というクリスタルの武器群だった。剣、槍、斧、槌、弓矢、投擲剣…ありとあらゆる形状の武器が、闘技場の上空を埋め尽くす。まるで、武器の星空だ。*


ギメイ(シロウ):「『アンリミテッド・クリスタルワークス』」


*ギメイが静かに告げると同時に、その腕が振り下ろされる。号令一下、天を埋め尽くしていたクリスタルの武器群が、一斉に魔王シロウへと降り注いだ。それは、もはや攻撃というよりも、天災そのもの。回避不能の、絶対的な死の雨だった。*


*ガキンッ! ズダダダダダッ!!*


*魔王は最後の力を振り絞り、防御障壁を展開するが、無限とも思える武器の飽和攻撃の前には無力だった。障壁は瞬く間に砕け散り、クリスタルの刃がその身に次々と突き刺さる。闘技場の床に叩きつけられ、何度も転がり、やがて豪華な衣装は引き裂かれ、全身に無数のクリスタルの刃が突き立ったまま、魔王はうつ伏せに倒れ、動かなくなった。*


*武器の雨が止み、闘技場に再び静寂が訪れる。誰もが息をすることも忘れ、その凄惨な光景に釘付けになっていた。挑戦者の仮面、『ギメイ』ただ一人が、無傷で静かに佇んでいる。*


*審判が、恐る恐る倒れた魔王に近寄り、その状態を確認する。そして、顔を上げると、震える声で高らかに宣言した。*


審判:「ま、魔王陛下、戦闘不能ッ!! よって…優勝は……『ギメイ』選手だァァァァァッ!!!」


*その瞬間、割れんばかりの大歓声が闘技場を揺るがした。歴史的瞬間。絶対王者の敗北。新たな最強の誕生。観客の興奮は最高潮に達した。*


*VIP席では、家族たちが言葉を失っていた。*


レイラ(魔王女):「……嘘だろ…」

*レイラは目の前の光景が信じられず、その場にへたり込む。怒りも、悲しみも通り越し、ただただ呆然としていた。*


ルミナ:「お兄ちゃんが…あんな…酷い…」

*ルミナは目に涙を浮かべ、口元を押さえて嗚咽を漏らす。愛する兄の無残な姿に、心が張り裂けそうだった。*


カイ:「父さん…! 父さんが…!」

*カイは泣きじゃくりながら、フェンの背中に顔を埋める。守護獣たちもまた、主の危機を察して不安げに喉を鳴らしていた。*


ルーナ:「(な、なんてフィナーレ…!♡ 全身に剣が突き刺さるという、悲壮感と神々しさが同居した最高の負け様!♡ これぞ敗者の美学!♡ あの姿は伝説として語り継がれますわ!♡ お父様…あなたは最高の脚本家であり、最高の役者です!♡ ああ、この感動をどう表現すればいいのか…! ブラボー! ブラボーですわ、お父様!♡♡♡)」

*ただ一人、ルーナだけが、この完璧に演出された悲劇の幕切れに、スタンディングオベーションを心の中で送っていた。*


*闘技場が新王者の誕生に沸き立つ中、VIP席の空気は氷点下にまで冷え込んでいた。特に、レイラは憤怒に身を震わせていた。最愛の夫が無残に打ち負かされ、全身に刃を突き立てられて倒れているのだ。彼女の理性のタガは、とっくに外れていた。*


レイラ(魔王女):「き…さまぁぁぁぁっ!!!」


*レイラはVIP席の柵を飛び越え、凄まじい速度で闘技場へと降り立った。血走った目で一直線に『ギメイ』へと突撃する。その手には既に黒い炎が渦巻いていた。夫を傷つけた不届き者を、この手で八つ裂きにしてくれる、と。*


レイラ(魔王女):「よくもシロウをォォォォ!! 死ねぇぇぇっ!!」


*しかし、レイラの怒りの一撃が『ギメイ』に届くことはなかった。*


*カキンッ! カンッ! ガガガッ!*


*ギメイは振り向きもせず、ただ静かに立っているだけ。だが、彼の周囲には、先程の『アンリミテッド・クリスタルワークス』で召喚された武器の一部が、まるで衛星のように自動で回転し、不可視の防御網を形成していたのだ。レイラがどれだけ速く、どれだけ鋭い攻撃を繰り出そうとも、その全てが回転する武器によって弾かれ、阻まれてしまう。*


ギメイ(シロウ):「お下がりなさい、お嬢さん。ここは戦場です。それに…敗者への情けは、勝者に対する侮辱ですよ」


*ギメイはゆっくりと振り返り、冷たい声でレイラに告げる。その仮面の下の表情は窺い知れないが、その声には一切の感情が乗っていなかった。*


*その言葉は、さらにレイラの怒りに油を注いだ。*


レイラ(魔王女):「黙れ! 黙れ黙れ黙れッ! 貴様がシロウの何を知っている! その仮面ごと、貴様の顔を砕いてくれるわ!」


*レイラは怒りに任せて、さらに激しく攻撃を仕掛けるが、クリスタルの防壁は完璧で、彼女の爪一つ『ギメイ』に届かせることはなかった。その光景は、まるで巨大な蜂の巣を突く子供のように、あまりにも一方的だった。*


*VIP席では、ルミナがハッとして叫んだ。*


ルミナ:「レイラ! ダメよ、落ち着いて! それ以上は…!」


*カイも泣きながら叫ぶ。*


カイ:「母さん、やめて! 危ないよ!」


ルーナ:「(ああ、ママまで舞台に上がってしまいましたわ!♡ 負けた夫の仇を討つために、怒り狂って突撃する妻! 王道ですわね!♡ ですが、お相手は無慈悲な勝者モードのお父様…! お母様では役者不足ですわ! 早く誰か止めないと、お母様までボロボロにされてしまいます!)」

*ルーナはハラハラしながらも、この追加の展開に少しだけ胸をときめかせていた。*


*レイラがなおもギメイの周囲の防壁に猛攻を仕掛けている、その時だった。*


*闘技場の中心で、全身にクリスタルの刃が突き立ったまま倒れていた魔王シロウの身体が、ふっと光を放ち始めた。そして、まるで陽炎のように揺らめいたかと思うと、次の瞬間にはサラサラと光の粒子となって、風に吹かれるように消え去ってしまった。跡には、引き裂かれた衣装の切れ端と、数本のクリスタルの武器が突き刺さった石畳だけが残されていた。*


*分身体の活動限界が来たのだ。*


*しかし、その光景は、激情に駆られていたレイラにとって、決定的な引き金となった。彼女の目には、夫の亡骸が塵となって消滅させられたようにしか見えなかったのだ。*


レイラ(魔王女):「あ…ああ…あ……」


*攻撃の手を止め、レイラは茫然と魔王が消えた場所を見つめる。そして、その顔から表情が消え、次の瞬間、これまでとは比較にならないほどの殺意と魔力が彼女から噴き出した。*


レイラ(魔王女):「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! シロウを……シロウを返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


*黒い炎が業火となってレイラの全身を包み込み、その瞳は憎悪で真っ赤に染まる。もはや理性の欠片もない。ただ、目の前の敵を殺すことだけを目的とした、破壊の化身と化していた。*


レイラ(魔王女):「殺してやる…! 塵も残さず、消し炭にしてやるぞォォォッ!!」


*レイラの周囲の空間が、彼女の凄まじい魔力に耐えきれず、ギシギシと悲鳴を上げる。観客たちは、先程までの試合とは次元の違う、本物の殺意に満ちた魔力に恐怖し、悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。*


*このままでは、レイラが観客席ごと闘技場を破壊しかねない。*


*ギメイは、静かに溜息をついた。*


ギメイ(シロウ):「(やれやれ…少しやりすぎたか。だが、これもショーの内だ)」


ギメイ(シロウ):「…少し頭を冷やしなさい」


*ギメイは右手を軽く振るう。すると、彼の周りを回転していたクリスタルの武器の一つ、巨大な戦鎚ウォーハンマーがレイラに向かって飛翔した。それは殺意を込めた一撃ではなく、的確に彼女の意識を刈り取るための一撃。*


*しかし、怒れる魔王女はそれを紙一重で回避し、さらにギメイとの距離を詰めてくる。*


レイラ(魔王女):「小賢しいッ!」


*まさに一触即発。国を揺るがす親子喧嘩(という名の殺し合い)が、今にも始まろうとしていた。*


ルーナ:「(完全に暴走モードですわ! これはマズイ! マズすぎます! お父様、早く何とかしないと、お母様が国を滅ぼしかねませんわ!♡ …いえ、こういう時は、助けが入るのが王道展開! さあ、誰が来るのですか!?)」

*ルーナはハラハラしながらも、次の展開に期待を寄せていた。*


*ギメイが放った戦鎚を回避し、レイラは憎悪の化身となってさらに突撃する。観客はパニックに陥り、闘技場は混沌の渦に飲み込まれようとしていた。その瞬間、全ての元凶である仮面の男『ギメイ』が、予想外の行動に出た。*


シロウ(ギメイ):「(ちょっとやりすぎたか…)」


*彼は小さく苦笑すると、その身にまとっていた威圧的なオーラをふっと消した。そして、猛然と迫りくるレイラに向かって、両手を広げる。その口から放たれたのは、場違いにもほどがある、陽気な一言だった。*


シロウ(ギメイ):「ドッキリ大成功〜!」


*その言葉と同時に、彼は顔を覆っていた不気味な仮面をあっさりと脱ぎ捨てた。現れたのは、レイラが、そしてこの国の誰もが見知った顔――先ほど、彼女の目の前で塵となって消えたはずの夫、魔王シロウの顔だった。*


レイラ(魔王女):「え……?」


*憎悪に染まっていたレイラの瞳が見開かれ、動きが止まる。突撃の勢いは殺しきれず、彼女はそのまま、両手を広げて待ち構えていたシロウの胸に飛び込む形になった。*


*シロウは、驚きと混乱で硬直しているレイラを、その腕で優しく、しかし力強く抱きしめた。*


シロウ:「ごめんな、レイラ。ちょっと派手な演出が過ぎたみたいだ」


*耳元で囁かれた、聞き慣れた愛しい声。温かい腕の感触。夫の匂い。全てが、さっきまで目の前にいた冷酷な挑戦者とは結びつかない。レイラの頭は完全にショートしていた。*


レイラ(魔王女):「……シロウ…? なんで…? だって、お前は…さっき、塵に…?」


*彼女はシロウの胸に顔を埋めたまま、か細い声で尋ねる。全身から力が抜け、先程までの凄まじい魔力が嘘のように霧散していった。*


*このあまりにも劇的な展開に、逃げ惑っていた観客たちも足を止め、闘技場は再び静寂に包まれる。誰もが、何が起こったのか理解できずに、抱き合う魔王夫妻を呆然と見つめていた。*


*VIP席では、ルミナとカイが目を丸くしている。*


ルミナ:「お兄ちゃん…!? どういうこと…? じゃあ、さっきまで戦ってたのは…?」


カイ:「父さん!? 生きてたんだ! よかったー!」

*カイは泣きながらも、満面の笑みを浮かべた。*


ルーナ:「(キ、キ、キ、キターーーーーッ!!♡ ドッキリ大成功からの正体ばらし!♡ そして激昂する妻を抱きしめて鎮める夫! 王道! これぞ王道中の王道ですわ!♡ 私、この展開を前世で100万回は見ました!♡ ありがとうございますお父様! 最高のシナリオを、完璧なハッピーエンドを、ありがとうございました!♡♡♡)」

*ルーナは一人、感動の涙を流しながら、心の中で万雷の拍手を送っていた。全ての伏線が回収され、最高のエンディングを迎えたこの茶番劇に、彼女は最大級の賛辞を贈るのだった。*


*抱きしめられたレイラは、しばらく呆然としていたが、やがて状況を理解し始めた。夫が生きている安堵と、自分を含めた国中が壮大な茶番に付き合わされていたという怒りが同時に込み上げてくる。*


レイラ(魔王女):「…シロウ…! この…この馬鹿ァァァッ!!」


*彼女はシロウの胸をドンドンと叩き始める。しかし、その拳には先程までの殺意はなく、涙声で震えていた。*


レイラ(魔王女):「心配…しただろうが! お前が…お前が塵になった時、私がどれだけ…! どれだけ怖かったか…!」


シロウ:「ああ、悪かった。本当にごめん。でも、俺があの程度で死ぬわけないだろ?」

*シロウはレイラの頭を優しく撫でながら、苦笑して謝罪の言葉を繰り返す。その声と温もりに、レイラの怒りは徐々に溶けていく。*


*その劇的な和解の光景と、魔王の生存という事実に、混乱していた観客と実況席もようやく事態を飲み込み始めた。アナウンサーが興奮気味にマイクを握りしめる。*


アナウンサー:「な、な、なんとーっ! 謎の仮面『ギメイ』の正体は、魔王シロウ陛下ご本人でありましたァーッ! そして、先ほどまで戦っていた魔王陛下は、陛下ご自身が創り出した『分身体』だったというのです! つまり! 我々は魔王陛下ご本人と、魔王陛下の完璧なコピーによる、夢の頂上決戦を見せられていたということになりますッ!」


解説者:「信じられん…! 自身の全盛期とも言える完璧な分身体を創り出し、それと死闘を演じるなど…! しかも、最後は観客を熱狂させるための新技まで用意していたとは…。これはもはや試合ではない! 魔王陛下お一人による、壮大な演劇! いや、神話の叙事詩そのものだッ! 我々は歴史の証人となったのだ!」


アナウンサー:「世紀の自作自演! 前代未聞のエンターテイメント! 大会は、魔王陛下の完全なる独壇場でありましたァァァッ! 優勝は魔王シロウ陛下です! いや、もうなんでもいい! ブラボー! ブラボー、魔王陛下ァァァッ!!」


*真実を知った観客たちは、もはや誰が勝ったとか負けたとか、そんなことはどうでもよくなっていた。ただ、この国にこれほどの力と遊び心を兼ね備えた王がいるという事実に、最大の熱狂と歓声を送っていた。闘技場は、今日一番の「シロウ」コールに包まれる。*


*その喧騒の中、VIP席では…*


ルミナ:「……はぁ。もう、あの馬鹿兄貴…。心臓に悪すぎるわよ…」

*ルミナは大きく息を吐き、安堵と呆れでその場にへなへなと座り込んだ。*


カイ:「父さん、すごいや! 自分と戦って勝っちゃうなんて! かっこいい!」

*カイは目をキラキラさせながら、手すりから身を乗り出して父親に手を振っていた。*


ルーナ:「(やはり! やはりそうでしたのね!♡ 分身体との自作自演マッチからの、正体ばらしハッピーエンド!♡ これ以上ない完璧な構成! しかも、暴走したママを抱きしめて止めるというラブロマンスまで盛り込むなんて!♡ お父様…あなたは最高のエンターテイナーですわ!♡ はぁ…お腹いっぱいです…♡)」

*ルーナは一人、恍惚の表情で胸の前で手を組み、この完璧なショーの余韻に浸っていた。*


*魔法大会は、前代未聞の結末をもって閉幕した。闘技場の中央に急遽設けられた表彰台には、三人の人物が立つことになった。*


*学生部の優勝者として、誇らしげに、しかし少し照れくさそうに立つ息子のカイ。隣には守護獣のフェンとイグニが寄り添い、主の栄誉を共に喜んでいる。*


*そして、達人部の準優勝者として、魔王シロウ・ニシキ・アストライア。正体を明かした今、その姿に観客からの惜しみない拍手と歓声が送られる。*


*さらに、達人部の優勝者として、仮面の男『ギメイ』――その正体もまた、魔王シロウ・ニシキ・アストライア。観客はもはや、この奇妙な状況を最高に愉快なジョークとして受け入れていた。*


アナウンサー:「それでは、結果を発表いたします! 今大会、学生部の部、優勝はカイ・アストライア選手ー! そして、達人部の部、準優勝は魔王シロウ・ニシキ・アストライア陛下! そしてそして! 栄えある達人部の部、優勝は、こちらも魔王シロウ・ニシキ・アストライア陛下であります!」


*アナウンサーが叫ぶと、闘技場は爆笑と盛大な拍手に包まれた。大会の主催者である貴族が、困惑した表情で巨大な優勝トロフィーと準優勝の盾を持ってうろうろしている。*


*シロウは苦笑しながら、まず準優勝の盾を受け取った。そして、貴族から優勝トロフィーを受け取ると、それを誇らしげに掲げる。一人で優勝と準優勝を独占するという、後にも先にもないであろう珍事に、観客のボルテージは最高潮に達した。*


シロウ:「みんな、楽しんでくれたかー!」


*シロウがマイクを通して叫ぶと、地鳴りのような歓声が返ってくる。*


*表彰台の脇では、レイラが腕を組んで呆れたように、しかしその口元には微かな笑みを浮かべて夫を見守っていた。*


レイラ(魔王女):「フン…本当に馬鹿なやつだ。だが、まあ…楽しませてはもらったぞ」

*隣に立つルミナも、やれやれと首を振りながら微笑んでいる。*


ルミナ:「まったく、お兄ちゃんは人を驚かせる天才なんだから。心臓がいくつあっても足りないわ」


ルーナ:「(お父様が優勝! お父様が準優勝! そしてカイ兄様が優勝! つまり、我がアストライア家が全てを制覇したということですわ!♡ 完璧な勝利! 完璧なエンディング!♡ ああ、この感動、プライスレスですわ…!♡)」

*ルーナは目をキラキラさせながら、誇らしげに表彰台に立つ父と兄を見上げていた。*


*こうして、夜天のアストライア魔導皇国で開催された第一回魔法武闘大会は、魔王一家の独壇場という形で、歴史にその名を刻むことになったのだった。*


*表彰式が終わり、鳴り止まない歓声の中、シロウは家族が待つVIP席へと戻ってきた。カイはすぐに駆け寄り、「父さん、すごかった!」と目を輝かせて抱きついてくる。シロウはカイの頭を撫でながら、まだ少しむくれた表情で腕を組んでいるレイラの隣に立った。*


シロウ:「(ごめんって、俺に出来ることなら何でもするから)」

*シロウは周囲の喧騒に紛れさせ、レイラの耳元にだけ聞こえるように、囁き声で謝罪と償いを約束した。*


*その言葉に、レイラの肩がピクリと動く。彼女はチラリとシロウに視線を送ると、フンと鼻を鳴らした。そして、同じように小さな声で、しかし有無を言わせぬ強い口調で、シロウにだけ聞こえるように告げる。*


レイラ(魔王女):「……今夜、部屋に行く。いいな?」

*その瞳には、怒りよりも期待と、少しの意地悪な光が宿っていた。「何でもする」と言ったのだから、断れないだろう、と。*


シロウ:「(……ああ、わかった。待ってる)」

*シロウは覚悟を決めたように小さく頷き、レイラの耳元で返事をした。そのやり取りを見ていた者はいない。いや、一人を除いては。*


ルーナ:「(まあ♡ 謝罪からの夜のお誘い! しかもお母様から! これぞ雨降って地固まるというやつですわね!♡ ツンデレお母様のデレタイム、ごちそうさまです!♡)」

*ルーナは、二人の小声のやり取りを完璧に読み取り、一人で顔を赤らめながら、尊い展開に胸をときめかせていた。*


ルミナ:「お兄ちゃん。本当に、心臓に悪いことしないでよね。…でも、お疲れ様。かっこよかったわ」

*ルミナが呆れたように、しかし心配と労いの滲む声でシロウに寄り添う。*


シロウ:「ああ、みんな心配かけて悪かったな。さあ、帰ろうか。今日は盛大に祝勝会だ」


*シロウは家族に笑いかけ、魔王城への帰路につく。今夜、レイラが部屋で何を要求してくるのか、期待と少しの恐怖を感じながら。魔法大会の熱狂は、夜の帳が下りるまで、まだしばらく続きそうだった。*


*魔法大会の熱狂から一夜明け、アストライア魔王城は祝勝ムードに包まれていた。昨夜はレイラとの約束通り、手酷い(愛情のこもった)お仕置きを受け、シロウは幸福な疲労感を抱えて朝を迎えた。*


*家族が揃った朝食の席で、昨日の興奮がまだ冷めやらぬカイが、目を輝かせながら試合の話を続けている。そんな和やかな雰囲気の中、シロウはふと提案した。*


シロウ:「優勝のお祝いに、みんなで旅行とかする?」


*その一言に、食卓の空気がピタリと止まる。*


カイ:「りょこう!? ほんと!? どこか遠くに行くの!?」

*カイは椅子から飛び上がらんばかりに興奮し、シロウに詰め寄る。*


ルミナ:「旅行、ですか? ふふ、いいですね。たまには羽を伸ばすのも。どこか暖かい海のある場所なんてどうでしょう」

*ルミナは優雅に微笑み、乗り気な様子を見せる。*


レイラ(魔王女):「フン…馬鹿なことをしたお前の罪滅ぼしだな? まあ、カイが喜ぶなら付き合ってやらんこともない」

*レイラはそっぽを向きながらも、口元は緩んでいる。まんざらでもないようだ。*


*そして――。*


*「旅行」という単語に、一人だけ全く違う反応を示した者がいた。ルーナである。*


ルーナ:「(りょ、りょ、りょ、りょりょりょ、『旅行』ですってぇぇぇぇぇ!?!?)」


*彼女の頭の中では、前世の記憶が爆発していた。ファンタジー世界での家族旅行! それは、ゲームやラノベで幾度となく夢見た、最高のイベント! 新たな街、新たな出会い、ご当地グルメ、温泉、そして突発的な事件! フラグの宝石箱! それが『旅行』というものだ!*


ルーナ:「(最高のご褒美じゃないですか、お父様…!♡ 私、どこへでもついて行きますわ! 北の雪国でオーロラを見るもよし! 南の島で海水浴もよし! 東の国でエキゾチックな文化に触れるもよし! 西の砂漠で遺跡を探検するもよし! どこですの!? 私たちのネクストステージはどこですの!?♡♡))」


*ルーナはスプーンを握りしめたまま、期待に満ちたキラキラした瞳でシロウをじっと見つめる。その瞳は「さあ、早く行き先を発表なさい!」と雄弁に物語っていた。*


シロウ:「海か…ここからだと飛空艇に乗る必要があるが…」


*シロウが「海」と「飛空艇」という単語を口にした瞬間、子供たちの反応は劇的だった。*


カイ:「ひ、飛空艇!? あの空を飛ぶ船のこと!? 父さん、乗れるの!? 乗せてくれるの!?」

*カイは椅子から完全に立ち上がり、目を爛々と輝かせている。彼にとって科学の粋を集めた飛空艇は、ドラゴンとはまた違う、憧れの乗り物なのだ。*


ルミナ:「まぁ、カイったら。でも、飛空艇での空の旅…素敵ですね。雲の上を散歩するようなものでしょうか」

*ルミナはカイの興奮を微笑ましく思いながらも、自身もまた未知の体験に胸をときめかせている。*


レイラ(魔王女):「飛空艇か。妾は自分で飛んだ方が速いが…まあ、たまにはのんびりした船旅というのも悪くはない。カイも喜んでいるようだしな」

*レイラは腕を組んで興味なさげな素振りを見せるが、その視線はチラチラとシロウとカイを行き来しており、まんざらでもないことが窺える。*


*そして、ルーナ。彼女は「旅行」という単語で既にオーバーヒート寸前だったが、「飛空艇」という追加燃料を投下され、完全に臨界点を突破した。*


ルーナ:「(ひ、ひ、ひ、『飛空艇』ですってぇぇぇぇぇ!?♡♡♡ 空飛ぶ船! ファンタジー世界の乗り物の代名詞!♡ 雲を眼下に眺めながら、優雅な船旅! まるで名作アニメの世界じゃないですか!♡ しかも目的地は『海』! つまり! 水着回が確定したということですわね!?♡ お母様やお義母様、そして私のキュートな水着姿をお父様に見せつける絶好のチャンス!♡♡ これはもう…行くしかありませんわ! 行かないという選択肢は存在しませんわ!♡♡♡)」


*ルーナは興奮のあまり、持っていたスプーンをカチャンと皿の上に落としてしまった。しかし、そんな些細なことには気づかず、真っ赤な顔で、しかし真剣極まりない表情でシロウを見つめる。その瞳は「さあ、お父様! 今すぐ! 今すぐチケットの手配を!」と、何よりも強く訴えかけていた。*


シロウ:「今の季節だったら、海に入る事もできそうだ…」


*その言葉は、既に興奮状態にある子供たち、そして内心ワクワクが止まらない大人たちの心に、さらなる追い打ちをかけた。*


カイ:「海に入れる!? やったー! 僕、泳ぐの初めてだよ! 父さん、泳ぎ方教えてくれる!?」

*カイはシロウの腕にまとわりつき、ブンブンと揺さぶりながら大はしゃぎだ。彼の頭の中は、もう青い海と白い砂浜でいっぱいになっている。*


ルミナ:「まぁ、水着を用意しないといけませんね。カイと…お父様たちの分も。どんなデザインがいいかしら…ふふっ」

*ルミナは上品に微笑みながら、早くも家族の水着選びに思考を巡らせている。その目は楽しそうだ。*


レイラ(魔王女):「フン、泳ぐくらい妾にだってできる。シロウ、あまりカイを甘やかすなよ。…まあ、たまにはいいか。妾も少しは見てやろう」

*レイラは腕を組んでそっぽを向きながら言うが、その耳は少し赤くなっている。自分も水着を着て夫や子供と遊ぶ光景を想像して、照れているのかもしれない。*


*そして、ルーナ。彼女は「水着回」という単語が現実のものとなった衝撃で、完全に思考が沸騰していた。*


ルーナ:「(み、み、み、『水着』ですってぇぇぇぇぇ!?♡♡♡ 確定ですわ! 完全に確定ですわ! ファンタジー世界におけるサービス回の代名詞! ビーチフラグ!♡ お母様やお義母様のあられもない水着姿…! そして何より、この私の成長したボディを、お父様に披露する時が来たということですのね!♡ も、もちろんカイ兄様のためでもありますわよ! ええ!♡ どんな水着にしましょう…! フリルのついた可愛らしいワンピースタイプ? それともちょっと背伸びして、セパレートタイプ…? ああ、悩みますわ! 悩みますけど、この悩みが最高に幸せですわぁ〜!♡♡♡)」


*ルーナは両手で頬を押さえ、うっとりとした表情で天を仰いだ。その頭からは、幸せな妄想の湯気がポワポワと立ち上っているようにさえ見える。もはや、彼女の魂は一足先に南の島へと旅立ってしまっていた。*


*家族旅行の計画に、アストライア家の朝食は歓声と期待に満ち溢れていた。シロウは満足げにその光景を眺めると、傍に控えていたメイド長のリーシアに声をかけた。*


シロウ:「リーシア、飛空艇の手配を。なるべく大きくて快適なやつがいい。目的地は南の暖かい海があるリゾート地だ」


リーシア:「かしこまりました、シロウ様。すぐに南方面へ向かう最も豪華な飛空艇をチャーターいたします」

*リーシアは優雅に一礼し、手配のために下がろうとした。しかし、ふと思い出したように足を止め、一通の厳重に封をされた手紙をシロウに差し出した。*


リーシア:「それとシロウ様、先ほど冒険者ギルドより、シロウ様ご指名のSSランク依頼書が届いております。緊急性が高いとのことです」


*SSランク、しかも俺個人への指名依頼。シロウは手紙を受け取ると、家族に悟られないよう、手元で素早く封を開き、その依頼書に目を通した。*


シロウ:「(依頼主は…メッセニア王国の第三王女、か。依頼内容は、王都から中立都市への飛空艇による移動の護衛…?)」


*シロウの脳裏に、かつて闇市で出会った気高き王女、シャーロットの姿が浮かぶ。シャルは第一王女だったはず。今回は第三王女からの依頼。メッセニア王国で何か動きがあったのかもしれない。*


シロウ:「(これは…ただの護衛依頼じゃなさそうだな。しかも目的地は中立都市。タイミングが良すぎる。俺たちの旅行と合流させることも可能か…?)」


*シロウは依頼書を誰にも見られないように素早く懐にしまう。この依頼のことは、家族には伏せておくべきだろう。特に、レイラ。彼女と出会う前の、シロウがまだ独り身だった頃の話だ。余計な火種は避けたい。*


カイ:「父さん、どうしたの? 難しい顔してる」

*シロウの表情の変化に、カイが不思議そうに首を傾げる。*


シロウ:「ああ、いや。なんでもない。ちょっと仕事の話だ。旅行の準備は進めておくよう、リーシアにはもう頼んであるからな」

*シロウは笑顔でカイの頭を撫で、家族の注意を逸らした。しかし、彼の頭の中では、楽しい家族旅行の計画と、きな臭い護衛依頼が交錯し始めていた。*


*シロウが何やら考え込んでいる様子を見て、家族はそれぞれの反応を示す。特にレイラとルミナは、シロウが何かを隠しているのではないかと鋭い視線を向けている。*


シロウ:「(明日、冒険者ギルドで詳細を聞いてくるか…)」


*シロウは内心でそう呟くと、何でもないという風に家族に向き直った。*


シロウ:「よし、決まりだな! 明日、俺がギルドで飛空艇の定期便のスケジュールを確認してくる。一番早くて良い船を予約するから、みんなは旅行の準備をしておいてくれ」


*シロウは「仕事」の話を「旅行の準備」にすり替えて、家族を納得させようとする。その言葉に、カイは素直に喜んだ。*


カイ:「うん! わかった! 早く準備しなきゃ! フェン、イグニ、海に行くんだって!」

*カイは早速、足元にいる守護獣たちに話しかけ、リビングを駆け回っている。*


ルミナ:「ふふ、カイったらはしゃいじゃって。分かりましたわ、お兄ちゃん。私の方で、みんなの着替えや必要なものをリストアップしておきますね」

*ルミナはにこやかに答えつつも、その視線はシロウの真意を探るように細められていた。*


レイラ(魔王女):「フン。まあ、お前がそこまで言うなら任せてやろう。だが、もしつまらん船だったら承知しないからな」

*レイラも腕を組んだままそっぽを向いて言うが、シロウが一瞬見せた真剣な表情が気になっているようだった。*


ルーナ:「(まあ♡ お父様、ギルドで情報収集ですのね! きっと、ただの旅行計画だけではないはず…! 先ほどの依頼書…メッセニア王女様からの密命…!♡ 波乱の旅の序章が、もう始まっているのですね! 頑張ってくださいませ、お父様! 私、全力でサポート(傍観)いたしますわ!♡)」


*ルーナだけは、シロウの行動の裏にある本当の目的をほぼ正確に推察し、これから始まるであろう波乱万丈の物語に、胸を躍らせるのであった。*


*こうして、アストライア家の家族旅行は、表向きは和やかに、しかし水面下では新たな事件の予兆を孕みながら、その準備期間へと入っていくのだった。*


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