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共産党独裁の国の「労働組合」

 ストライキのやり方も日本と中国ではずいぶん異なる。

 日本でストライキを行なう場合、まず労働組合が賃金などについて会社と団体交渉を行い、話し合いがまとまらなければいつからストライキに突入すると企業側へ通告したうえで、つまり、手続きとルールにのっとったうえで組織的にストを行なうのが一般的だが、中国の場合はそうとは限らない。

 中国の一部の企業には「工会」と呼ばれる組織があり、これが日本の労働組合に相当するといわれている。工会がある企業は、日本と似たような手順を踏んでストへ入るのだが、工会のない企業もかなりの数にのぼる。

 工会のない場合、団体交渉などの手順を踏まないために突然ストが発生する。

「こんな安月給でやってられるかよ。明日からストライキするか」

 という「空気」が現場で醸成され、自然発生的にストが起きてしまうのだ。ストになれば企業側と労働者側が話し合いをして解決するよりほかに方法がないのだが、なにぶん自然発生のストなので、労働者側の代表者がいない。経営者側は誰を相手に交渉すればよいのかわからず右往左往する羽目になり、事態の収拾に手間取る。

 ストライキではなんにも仕事をせずにサポタージュするのが一般的だが、なかには過激なストもあり、工場の入口にバリケードを張って誰も入れないようにしたり、管理職や経営陣を事務所で軟禁状態にしたりするケースもあるそうだ。さすがに軟禁などをすればもはやストとは呼べず、犯罪だと思うのだが。

 このように自然発生的でゲリラ的なストを行なわれては困るので、各企業では工会を組織する動きが進んでいる。

 企業は労働者の力が強くなっては困るので労働組合の結成を嫌うものだが、ストライキが起きたとしても工会が交渉の窓口がなってくれたほうが、自然発生的にストをやられて混乱するよりもまだましだと考えているようだ。また、工会の中央組織である中華全国総工会が企業に対して工会を設立するよう強力に要請していることも、この動きが進んでいる大きな要因になっている。ちなみに、中華全国総工会は準政府機関であり、工会以外の労働組合の結成は認められていない。工会以外の労組の設立や組合活動はすべて違法となる。


 ご存知の方もいるだろうが、ここで労使関係の仕組みをざっと説明しておこう。

 資本家と労働者は利害が対立している。

 経営者(資本家・使用者)は、安い給料で従業員(労働者・被使用者)を雇えば、コストを抑えて利益を上げることができる。反対に給料を上げれば、その分利益が薄くなり、場合によっては会社が赤字になることもある。このため、企業としてはできるだけ安い賃金で雇用して人件費を抑えたい。一方、労働者はより高い給与を受け取りたい。賃金が上がれば、その分、生活水準を向上させることができるからだ。

 経営者は賃金を安く抑えようとし、従業員はより高い賃金を求める。これが労使関係の基本だ。

 この関係はどちらかが勝ちすぎてはいけない。資本家(経営者)と労働者(従業員)が綱引きをしながらバランスを保つことが肝要だ。

 資本家が勝ちすぎたためにあまりに賃金が低くなってしまうと、労働者は最低限の生活すら維持することがむずかしくなる。これが、現在日本で起きているワーキングプア、ネットカフェ難民、ホームレスの問題だ。もしこのまま賃金水準が下がり続ければ、いずれ誰も生きていかれなくなる。反対に、労働者が激しい労働組合活動を行ない、たとえばストライキを打ち続けるような状況になれば企業の生産性が低下して赤字に陥ったり、はなはだしい場合は倒産することもあり得る。資本家と労働者の関係は、利害が対立しているものの、持ちつ持たれつの関係でもあるので、どちらかがワンサイドゲームで勝ち続ければ、最終的には社会そのものが崩壊してしまう。

 法律上、資本家と労働者は対等の地位となっているが、実際はそうなってはおらず、資本家のほうが強い。つまり、お金を持っているほうが強いということだ。一対一では労働者が常に負けることになるため、労働者が団結して労働組合を結成し、団体交渉やストライキを行なうことが認められている。労働組合を作ることで、労働者はようやく資本家と対等に渡り合うことができるようになるわけだ。


 さきに工会が労働組合に相当すると書いたが、中国の工会と日本の労働組合では組織の設立方法もその仕組みもかなり異なる。

 労働組合というものは、通常、一般従業員が自主的に作るものだが、中国では企業が主導して工会を組織し、工会の最高指導者である主席やその他の幹部も指名してしまう。

 この話を聞いた時、私はびっくりしてしまった。

 会社が全部決めたのでは労働者の自治組織であるはずの労組の意味がない。このことを説明してくれた中国人に、

「会社がすべてを決めて労働組合を作るのはいかがなものだろう。労働組合は労働者が自分たちの手で組織すべきでは?」

 と疑問を投げかけたのだが、彼は私がなにを言っているのか理解できなかった。中国人の彼にしてみれば、会社が工会を作るのはごく自然で当たり前のことのようだ。ほかの何人かにも問いかけてみたが、同じ反応が返ってきただけだった。日本人と中国人との間では、労働組合に対する考え方にかなりの隔たりがある。もっとも、日本でも御用組合と揶揄やゆされ、企業の言いなりになっている労働組合がいくらでもあるので他国のことを言えた義理ではないかもしれないが、企業主導で労働組合を結成したとして、これで労働者の権利や利益を守るためにきちんと機能するとは考えにくい。

 さらに仰天したのは、総経理(社長)も役員も管理職も労働組合に加入できるということだった。

 社長が労働組合の組合員になるなどという話は聞いたことがない。そもそも、社長は労働者ではなく経営者ではないか。ありえない。

 管理職が組合員になれるのも、理解に苦しむ。管理職は一般従業員を管理するのが仕事だ。つまり、経営サイドの人間なので、一般従業員が管理職へ出世した時点で組合から外れるものだ。

 しかも、工会の主席には管理職が指名されることが多いのだそうだ。これでは経営者側の人間であるはずの管理職が労働組合の指導者を兼ねることになる。利益が相反する立場の役職を同時に引き受けるので、労働組合の長としてほんとうに労働者の立場に立って会社と交渉できるかといえば、おそらく無理だろう。管理職は管理職の目線でしか物事を考えないものだ。工会の会議では、一般従業員たちが社長や管理職といっしょに賃上げや会社の問題点について話し合うことになるが、自分の上司の目の前で待遇改善の要求や会社への不満や文句を述べるのはかなり勇気がいる。うっかりそんなことを言えば彼らに嫌われ、あっけなく首になるのが落ちだと思うのだが。


 あまりにも突飛すぎて私には理解不可能な話なので、工会について解説してくれた中国人に根掘り葉掘り尋ねたところ、大陸中国特有のある事情のために社長も部長も課長も組合員になれるという不思議な労働組合ができることがわかった。

 社会主義路線を放棄して資本主義化した現在でも、大陸中国は建前上、中国共産党が革命を起こして築いた社会主義国家ということになっている。過去の経緯と現在の実態とのずれはともかく、現在も中国共産党が政権を握っているため、国是としてそうなっているのだ。

 実際の中国は日本以上に資本主義的でかなり過酷な弱肉強食の世界だ。日本のほうがまだよほど社会主義的だと感じることがしばしばだが、この建前の縛りは意外に強い。そして、中国共産党が建設した国家は「労働者の、労働者による、労働者のための国」であるため、建前上、資本家はいないことになっており、人民を安月給でこき使って搾取する人間などいないことになっている。つまり、搾取する資本家と搾取される労働者の対立という図式は遠い過去のものであって、現在は消滅したことになっている国なのだ。

 これを空理空論と呼ぶ。

 現在の中国は、日本へブランド品を買い漁りにくるようなごく一部の富裕層がいる一方、海外旅行など夢のまた夢という庶民が大勢いる。前回で紹介したように賃金格差が非常に激しい。資本家と労働者の対立が解消されたわけではなく、ますます尖鋭化せんえいかしているのが現状だ。

 それにもかかわらず、すでに社会主義の国になったなどというファンタジーに基づくため、総経理(社長)も重役も管理職も建前としては「労働者」ということになり、彼らも参加できる奇妙な「労働組合」ができあがってしまう。今まで見てきたような状況を踏まえれば、工会は「労働組合」と呼べるものではなく、まったく別の目的で作られたまったく別の組織だと考えたほうがいいだろう。


 知れば知るほどますますわけのわからなくなる工会だが、視点を変えて中国共産党という独裁政党の立場から見れば、案外わかりやすいかもしれない。

 これまで見てきたように、中国の「労働組合」とされている工会は、決して労働者の権利を守ったり待遇を改善するための組織としては作られていない。逆に、工会はあくまでも従業員たちを管理するための組織だ。そうでなければ、管理職が工会の主席に就任したりするはずがない。管理職の仕事は一般の労働者を管理することだ。従業員を管理するために管理職が工会の主席になるのである。

 各企業の工会の上には、工会の中央組織である中華全国総工会があり、さらにその上には中国共産党がある。つまり、工会は中国共産党の下部組織ということになる。工会は、その設立に当たっては必ず中国共産党の指導を受けることになっており、設立後も引き続きその指導を受ける。

 おそらく、ここがポイントだ。

 ひとたび工会を設立すれば、今まで中国共産党と縁のなかった企業でも彼らの介入を受けることになり、従業員は工会を通じて中国共産党に監督及び指導されることになる。

 社会主義政策を取っていた頃の中国の企業はすべて国営企業であり、この国営企業が社宅を提供するなどして従業員の生活の面倒をすべて見ていた。このため、国営企業の各組織を通じて企業の従業員を監督できたのだが、改革開放後、生産性の低い国営企業は次第に淘汰されて工会のない私企業や外資系企業が増加した。中国共産党は国営企業に替わって企業の主力となった私企業や外資系企業の従業員をコントロールする術がない。中国共産党から見れば彼らは野放し状態になっており、ストなどを起こす厄介な存在だ。そこで、彼らを工会の組合員として組織することで、中国共産党の監視下に置こうとしているのだろう。中国共産党による企業とその従業員の再支配、つまり中国共産党による独裁の強化――これが工会設立の本質だと私は考えている。


 工会は、中国共産党の権力維持にとってかなり有用だ。

 まず第一に、工会は経済発展に役立つ。

 中国共産党は現在の経済成長を続けなければ、人民の支持を失い、権力の座から追い出される。特権の甘い汁を吸う彼らにしてみれば、それだけは絶対に避けなければならない事態だ。工会を通じて従業員をコントロールできれば、多発するストを抑制して企業経営を安定させ、経済発展を保つことができる。また、経済が成長すればするほどそれだけ賄賂も増え、蓄財できるというものだ。

 第二に、工会は税収の確保に役立つ。

 政府にとって企業は財源だ。下品な書き方になるが、企業がショバ代を納めなければ、政府を運営することはできない。

 ストが発生した場合、一般的にいって、企業は政府の労働関連部署の協力を得て解決を図るのだが、その際、政府部門はストが長引いてその企業の納税額が減ったり、はたまた企業が潰れるようなことがあっては困るので、必ず企業サイドに立つのだという。労働者が工場にバリケードを築いたケースでは、政府の労働関連部門がそのバリケードを強行突破して事態を収拾したとか。これのどこが「労働者の、労働者による、労働者のための国」なのだろうと思うが、実態は政府自身が金儲けするために政府がある。工会によってストを抑えて企業の経営が安定すれば、税収もまた安定して政府が潤うので、工会は政府の税収確保にとって都合のいい組織だ。

 第三に、工会は反政府暴動の予防に役立つ。

 低賃金で雇用され、給料も一向にあがらない人民は広がるばかりの格差に苛立ち、腐敗が常態と化した政府に対して不満を鬱積させている。このため、賃上げ闘争のストライキがいつ何時、反政府暴動へ変化してもおかしくない。一つや二つの反政府暴動であれば、叩き潰すことができるが、それが連鎖的に広がってしまえば手の施しようがない。ほとんどの歴代王朝は人民による反政府暴動の広がりによって倒れたため、中国共産党政府はそうなることを非常に恐れている。ストライキが起きるのはしかたないとしても、工会を通じてうまくそれを制御すれば暴動へ発展することを防げる。治安を維持し、中国共産党の権力を保つことが可能だ。

 このようにしてみれば、工会が中国共産党にとって有益な組織であることがわかるだろう。工会は中国共産党の権力を強化するためにあるのであって、働く人々のためにあるのではない。大事なことなので繰り返し強調しておくが、「工会」は中国共産党のための管理組織であって、決して労働者のための労働組合ではない。


 さて、このような工会を中国における日系企業の立場から見るとどうなるだろう。

 日系下請け企業にとって従業員のストライキは企業の死活問題だ。ストライキによって製品を生産できなくなり、親会社や顧客の生産ラインを止めてしまうような事態が続けば、親会社や顧客に切り捨てられてしまい、企業の存続が危うくなる。

 工会を通じて社員の管理を強化すればストライキのリスクを減らして企業経営を安定させることができる。万が一ストライキが発生しても、労働者側の窓口がはっきりしているため交渉しやすい。工会の主席は管理職なので、企業側に有利にことを運びやすいのはもちろんだ。また、工会を指導する中国共産党と良好な関係を保っておけば、つまり買収しておけば、なにか問題が発生した場合、彼らのサポートを受けることも可能だ。日本人スタッフや中国人管理職の手に負えない厄介な問題を彼らに解決してもらうこともできる。上手に活用できれば、工会は日系企業にとってもメリットがあるだろう。

 ただし、難点が二つある。

 一つ目は、工会費の問題だ。

 中国の法律によって全社員の総賃金の二%を中華全国総工会へ納付することが定められている。このため、工会を設立すればコストがかかる。工会へ加入しない外国人社員の分もなぜか納めなければならず、日系企業にとっては負担が大きい。日本からの出向社員に対しては日本の親会社の基準に従って賃金を支払っているので、その分、納付金の額も増えるからだ。逆に、中華全国総工会から見れば、多額の上納金を納めてくれる外資系企業は魅力的な金蔓といったところだろう。

 二つ目は中国共産党が工会へ介入して従業員を指導することになるので、彼らとどう付き合うかだ。

 基本的には、適当に賄賂を贈ったり便宜供与するなどして円滑な関係を築くよりほかに方法がない。良好な関係をうまく築ければ、従業員の管理・監督に力を貸してくれるので企業にとっては好都合だ。だが、彼らとの関係がこじれてしまえば、嫌がらせを受けたりと面倒なことになる。

 たとえ協力関係を築くことができたとしても、度重なる便宜供与の要求に悩まされることになるかもしれない。中国共産党が工会を通じて企業の人事に口を挟んでくる可能性も捨てきれず、もしそのようなことになれば中国共産党のコネによる人事となり、企業は適材適所の人事を行なえなくなる。中国共産党にとって都合のいい一方的な思想を従業員に吹きこまれ、従業員が会社の考えに耳を傾けなくなることもあり得る。中国共産党は基本的に日本を敵視しているので注意が必要だ。

 様々な事態が想定されるが、実際のところ中国共産党がどう動くかは未知数のため、リスクを読みきれない。

 このように、工会は日系企業にとって大きなプラス面と大きなマイナス面があり、諸刃の剣といったところだろう。


 工会の設立によってストライキが減り、ストが発生したとしてもその処理がスムーズになるかもしれないが、これは対処療法にすぎない。

 抜本的に問題を解決しようとすれば、やはり、一般庶民の賃金を上げてすさまじい格差の解消し、今まで経済発展から置き去りにされてその恩恵を受けることができなかった人々にも経済成長の成果を享受できるようにするよりほかない。あれほど高い経済成長率を保っているのだから、給料もそれ相応にきちんと上がっていいはずだ。

 富めるものがますます富み、役人が勝手放題に賄賂を受け取ったり、公金を横領するなどしてあぶく銭を手に入れる一方、一般庶民は一生真面目に働いても住宅ローンさえ組めないのなら、誰だってやけになる。知り合いのある中国人サラリーマンは、中国人としてはそこそこいい給料を貰っているのだが、

「マイホームなんてむりです。どうせ買えないのだから、住宅の値段が上がろうと下がろうと、もう関係ないですよ」

 とこぼしていた。

 現在は全般的に雇用情勢がよく、労働者にとっては売り手市場となっているのでストを打って賃上げ闘争を展開できるが、今後の経済情勢いかんでは、膨大な人口を抱える中国のことなので再び労働力があまって賃金水準が下がる可能性も十分考えられる。そうなれば、人民はさらに不満を募らせることになるだろう。

 本質的な問題を解決できなければ、工会によって一時的にストや暴動を抑えこむことができても、たまった不満のマグマがいずれ暴発するだけのことだ。社長も管理職も組合員になれる工会を組織して、ただでさえ弱い立場に置かれている一般従業員たちへの管理・監督を強化するのではなく、中国政府は宿痾しゅくあとなっている腐敗を一掃し、現在の社会問題を根本的に解決するための政策を実行することが必要不可欠だ。



 了



特殊な題材をまとめたのでむずかしかったかもしれません。最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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