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3

夜の部屋は、静かすぎた。


 何も流れていないテレビ。

 通話も音楽もないスマホ。

 カーテンの隙間から差す街灯の光だけが、部屋の空気を切り裂いていた。


 ひとつ、ため息をつく。


 奈央の香りが、まだ部屋のどこかに残っている気がして、俺は枕を裏返した。


 



 


 別れを告げられてから、三日が経った。


 ろくに飯も食っていない。大学にも顔を出していない。


 家にいても、奈央からの最後の言葉ばかりがリフレインして、気が狂いそうになる。


 スマホの通知はない。

 LINEを開くのが怖い。

 未読のまま、俺を拒絶しているアイコンを見たくなかった。


 ……あんなこと、しなければ。


 後悔と自己嫌悪が波のように押し寄せては、消えていかない。


 それでも、どうしようもなかった。俺は最低な選択をして、最低の結果を選んだ。


 



 


 その夜、突然インターホンが鳴った。


 こんな時間に誰かなんて――と思いながらドアを開けると、そこに立っていたのは美月だった。


 「……どしたの、光希くん。顔色やば」


 「あ、いや……なんで来たんだよ」


 「なんで、はひどくない? 一応、彼女でしょ?」


 にこっと笑う彼女の手には、コンビニの袋。


 中には、飲み物とお菓子。アイスまで入っていた。


 「……付き合ってるって、俺、言ったっけ?」


 「言ってないけど、あの夜からずっと既成事実でしょ」


 当然、みたいな顔で入ってくる。

 拒む力は、今の俺にはなかった。


 



 


 「これ、好きでしょ?」


 美月が買ってきたグレープソーダを渡してくる。


 俺が以前、飲み会で一口だけ飲んだやつだった。


 「……覚えてたんだ」


 「うん。意外と見てるんだよ?」


 そう言って、彼女は俺の隣にぴたっとくっついた。

 脚が触れる。香水の匂いが、近い。


 「なぁ、美月……俺、正直――」


 「わかってるよ、まだ引きずってるんでしょ? 元カノのこと」


 俺が言葉を続ける前に、彼女は遮った。


 「でも、光希くんが“いま”ここにいるのは、あたしとでしょ?」


 指先が、俺の手の甲を撫でる。


 そのまま、肩に寄りかかってきた。


 「だから、もう、忘れてよ。嫌なこと、全部」


 「無理だよ、そんなの……」


 呟いた声は、まるで子どものようだった。


 「じゃあ、あたしが忘れさせてあげる」


 彼女は俺の頬に手を添えて、軽く口づけた。


 「……美月」


 「光希くんが欲しいもの、全部あげる」


 そのまま、唇が重なった。


 何も言わずに、ただ流されるように、ベッドに沈んでいった。


 



 


 それは、優しさでも愛情でもなかった。


 ただ、空虚を埋めるだけのキス。

 声も、肌も、何一つ響かない。


 それでも俺は、彼女の首に腕をまわし、見つめ返していた。


 まるで、求められることが“罪の免除”になるような錯覚。


 ――でも違う。これは、ただの逃げだった。


 



 


 終わった後、美月は俺の胸に頬を寄せた。


 「ねえ……あたし、ちゃんと彼女だよね?」


 その問いに、答えられなかった。


 「セフレじゃ、ないよね?」


 笑っていた。

 でも、その笑顔は、少しだけ歪んで見えた。


 



 


 翌朝、目が覚めても、心は何ひとつ変わっていなかった。


 ベッドの横で寝息を立てる美月。


 俺は、ふとスマホを開いた。


 そこには――


 駅前のホームで、誰かと話している奈央の姿。


 偶然通りすがった友人が、SNSに載せていた“たまたま映った人影”だった。


 立ち止まる足。


 強くなった鼓動。


 思考よりも早く、指が画面をスクロールしていた。


 


 まだ――終わってない気がした。


 もう一度、会いたい。


 もう一度、ちゃんと謝りたい。


 そう、思ってしまった。


 


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