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「……ん。いい子、よしよし」


 帰り道。コンビニ袋を片手に歩いていた俺は、思わず立ち止まった。


 奈央が俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でてくる。


 「な、何すんだよ、いきなり」


 「バイト終わりに即会いに来た光希くんが可愛すぎて、つい」


 笑いながらそう言う彼女は、白いノースリーブにジーンズというラフな格好でも、堂々としていてかっこよかった。


 ――“年上の彼女”って、俺にとって憧れだった。


 でも、奈央に出会ってからは、そんな言葉じゃ物足りないくらいの存在になってた。


 「ていうか、俺もう大学生なんですけど」


 「ほう? 一年坊が何を偉そうに」


 「子ども扱いするのやめろって前も言ったよね?」


 「うん。でも可愛いから却下」


 はぁ、とため息をつきながらも、俺の口元はゆるんでいた。


 奈央には、ほんと敵わない。


 



 


 付き合って半年。


 最初は「サークルの先輩」というだけだった奈央。


 でも、何気なく交わした言葉の端々に、自分をさらけ出してくれるような信頼があって。

 時々見せる無防備な表情が、胸をくすぐった。


 俺は、自然と惹かれていた。


 そして気づけば、今ではほぼ毎日、彼女の部屋に通っている。


 


 「ほら、これ。光希の好きなやつ。甘くしてあるよ」


 渡されたのは、コーヒー牛乳入りのカフェラテ。


 俺がブラックを飲めないのを、いつも笑いながらからかって、でもこうして用意してくれる。


 「甘やかしすぎだろ」


 「光希が彼氏でいてくれるなら、甘やかすくらい安いもんでしょ」


 にこっと笑う。


 年上らしい余裕と、大人の包容力が、さりげなく滲んでいる。

 けれど、時折ふいに甘えてくるときもあって、それがまた、反則級に可愛い。


 「……なあ、奈央」


 「ん?」


 「俺、マジで奈央のこと好きだわ」


 「知ってるよ」


 彼女は、それ以上何も言わずに、俺の肩に寄りかかってきた。


 駅のベンチ。肩と肩が触れ合う距離。


 その沈黙すら、心地よかった。


 



 


 金曜日の昼。サークルのグループLINEに、唐突な通知が飛んできた。


 【急募:合コン男子枠、あと1人】

 【女子の人数足りてるのに男子足りない。光希来れない?】


 俺はすぐに既読スルーを決め込んだ。


 奈央と明日朝から会う予定だったし、そもそも浮気みたいな場に行く気もない。


 ……はずだった。


 その数分後、個人LINEが鳴った。


 《田口先輩》

 【なあ、光希。今夜ヒマだろ】

 【女の子めっちゃ可愛いって。彼女に内緒でちょっと顔出すだけ】

 【一時間でいいから】


 【無理です、彼女います】


 と返す。


 でも先輩は、しつこかった。


 【彼女にバレなきゃノーカン】

 【顔出すだけ、な?】


 スマホの画面をじっと見つめる。


 奈央とのLINEも開いた。


 【夜、うち来る?ご飯多めに炊くけど】

 【ムリなら明日の朝ね。お弁当作ってあげる】


 愛されてる。


 わかってる。ほんとに、わかってた。


 でも……なんだろう。


 「顔出すだけ」

――その言葉に、どこか“許されるような気分”になってしまった。


 きっと、ほんの出来心だった。


 奈央とちゃんと会う前に、顔だけ出して帰ろう。

 そう思って、俺は駅に向かって歩き出していた。


 



 


 合コンの居酒屋は、駅から少し離れたビルの2階にあった。


 中に入った瞬間、空気が違った。


 香水の匂い、低い照明、グラスを交わす軽い音。

 女の子たちはみんな“気合い”が入っていた。


 俺は場違いだった。完全に。


 でも、だからこそ、変に意識してしまったのかもしれない。


 「光希くんだっけ?」


 話しかけてきたのは、美月という名前の、同じ一年の女子だった。


 ショートパンツにピタT、カーディガンを肩に羽織って、涼しげに笑っている。


 「へー、彼女いるんだ。サークルの先輩とか?」


 「……うん。二年の先輩で」


 「年上かぁ。なんか意外。甘えんぼ?」


 「……別に、そういうんじゃ――」


 「ふふ、図星?」


 グラスを手にして、美月が俺に差し出してくる。


 「ね。せっかく来たんだし、飲もうよ。乾杯だけでも」


 手を伸ばしてしまった。


 それが、たった一杯のつもりだったのに。


 気づけば、酔いはまわり、視界が揺れていた。


 奈央からのLINEも、通知音も、気づかないふりをした。


 ただその場の空気に、ほんの少し心を許してしまった。


 


 ――その夜が、俺たちの全てを壊す夜になるとも知らずに。

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