5 身の程知らずはどちらなのか
翌日。
「改めて、今日からよろしく頼むよ」
朝から絶好調の帝国皇太子バルク殿下が、必要以上ににっこりと微笑む。
「よろしくお願いします」
特に動じることもなく、淡々と挨拶を返すサイラス様。
昨日、突然の出来事がどうにも頭の中で処理しきれず、私は帰りの馬車の中でサイラス様に尋ねたのだ。
『あの、サイラス様。さっきのは、どういう……?』
『……バルク殿下の案内役のこと?』
そ、そうだけど。もちろんそれもあるけど。
本当はそっちよりも、なんでいきなり腰に手を回してきたのかのほうを聞きたかったんだけど。
でもさすがに恥ずかしくて、聞けるわけがない。
『何日か前に、打診されたんだよ。俺とイザークとベルンハルト、それからニコラスとエルヴィーラ殿下にお願いしたいって』
それって、いつものキラキラ貴族の面々じゃないの。しかも、がっちりフルメンバー。
イザーク・グレンヴィル侯爵令息は騎士団長の長男だし、ベルンハルト・セルウェイ侯爵令息は宰相家の次男、ニコラス・ブローム子爵令息は資産家の新興貴族の子息である。それに、言わずと知れたエルヴィーラ殿下。
国の次代の中枢を担うであろう若者たちに任せようとしていた大役を、なぜ私なんかが……。とほほ。
『私、やっぱりバルク殿下の案内役は辞退したほうがいいような……』
『無理じゃない? 殿下がどうしてもリリにお願いしたいって言ってるんだし』
『いや、でも、エルヴィーラ殿下たちの代わりなんて務まるわけが……』
『それは大丈夫だと思うけど』
『え?』
なぜか真顔のサイラス様。読めない。まったく読めない。何を考えているのかさっぱりわからない。
『……す、すみません、急に変なことに巻き込んでしまって……』
なんだかよくわからないけど、サイラス様がこの件で巻き添えを食らったことだけは明白である。そこはしっかり謝っておこうと思ったら。
『別に、巻き込まれたわけじゃないから』
『え?』
サイラス様はそれだけ言って、窓の外に目を向けてしまった。なのでそれ以上、突っ込むこともできず。
そんなわけで、かえって謎は深まるばかりのまま、今に至る。
「え、リリエルはキルスの講義を受けてないの?」
ランチの時間、カフェへ向かう廊下の途中でバルク殿下がまたしても大声を出す。
「そうですね。考古学は選択科目ですし、さすがに父親の講義を受けるというのは抵抗がありまして」
「は? 選択? みんなが受けてるわけじゃないのか?」
「はい。むしろ、受けている人のほうが少ないのではと……」
「何それ!? 信じられない! あのキルスの講義を受けないなんて、人生損してるとしか言いようがないんだけど!」
いやいや、なんだこの熱量。お父様に対しての崇拝ぶりが半端ない。だいぶ強火のファン並みである。娘としてはそりゃうれしいけど、なんだか複雑な気分でもある。
「殿下、俺はシリンド先生の講義を選択していますが」
平然と答えるサイラス様の言葉を聞きながら、そういえばどうしてサイラス様は考古学なんか選択しているのだろうと今更ながら疑問に思う。
「そうなんだ? フレイア嬢は?」
私の隣にいたフレイアは、突然話を振られて戸惑いつつも「残念ながら、取っておりません」と如才なく答える。
私とサイラス様がバルク殿下の案内役を引き受けるとなったら、殿下のほうからフレイアも一緒に、と話を通してくれたという。どうやらお父様から、私とフレイアの仲の良さについては聞いていたらしい。
ちなみにフレイアは、一見冷静沈着なクールビューティーだけれど、中身は結構振り切れている。
ある特定の話題になると、一気に加速して饒舌及び早口になり、ちょっと手がつけられない。ただ、私以外の人の前ではそういう素振りを一切見せないから、その実態を知る者はいない。多分、サイラス様も知らないと思う。
フレイアがどこまで猫を被っていられるのか、ちょっと気になるところではあるけど。走り出したら止まらないから、途中で救い出すことは恐らく不可能である。
そうして、カフェに到着したそのときだった。
「バルク殿下!」
やんごとない金切り声が響き渡り、カフェの後方から高貴な笑顔が飛び出してくる。
「初めてお目にかかります。わたくしはこの国の第一王女、エルヴィーラ・フェアラスと申します」
さすがは王族。これ以上ないほど優雅なカーテシーを見せつけ、他を圧倒する。そして、ドヤ顔を決める。
「ああ、君がね。初めまして」
思いのほかあっさりしたバルク殿下の返事に、ちょっとだけ肩透かしを食らったようなエルヴィーラ殿下。でもすぐに体勢を立て直し、こぼれるような笑顔を見せる。
「バルク殿下が今日からこの学園にいらっしゃるとお聞きして、居ても立っても居られなかったのです。あちらに席をお取りしておりますので、ぜひランチをご一緒させていただきたく――」
「いや、断る」
王女の言葉を遮って、きっぱりと言い切る皇太子に居合わせた全員が唖然とする。
いや、だって、相手は王女よ? 確かに帝国の皇太子のほうが格上だけど? でももっとこう、オブラートに包んだような言い方しなくていいの?
ハラハラする空気を尻目に、バルク殿下はなおも続ける。
「せっかくの留学初日なんだ。僕はリリエルたちとランチを取りたいから、邪魔しないでもらえると助かるよ」
結構辛辣な物言いである。サイラス様幼少期の平常運転時より強い。でも皇太子だからこそ許されるその言葉に、さすがのエルヴィーラ殿下もカチンと来たらしい。
「……失礼ですが、リリエルとは、リリエル・シリンド嬢のことでしょうか?」
「そうだけど」
「殿下のような尊いお方が、なぜリリエル嬢などと行動をともにされているのでしょう? 聞けば殿下の案内役に関しても、学園としては私たちに任せようとしていたところリリエル嬢がしゃしゃり出てきたとか。まったく、身の程知らずもいいところ――」
「リリエルにお願いしたいと言ったのは、僕のほうだけど?」
またしてもエルヴィーラ殿下の言葉を遮り、バルク殿下が恐ろしく事務的な声で答える。
やんごとない二人の頂上決戦が前触れもなく始まりそうな雰囲気に、誰も口を挟むことができない。
「僕がなぜ、わざわざこの学園に留学してきたのか、王族である君が知らないわけはないよね?」
「そ、それはもちろん、存じ上げておりますが……」
「なら、僕がリリエルと交流を深めたい気持ちも理解してもらえるよね? 君たちなんかより、僕はリリエルと話がしたいしリリエルからいろんな話を聞きたいんだけど」
「し、しかし、リリエル・シリンド嬢ははたかが伯爵令嬢。それもなんの取り柄もない、地味な弱小貴族家の令嬢です。殿下がお聞きになりたいような有益な話など――」
「は?」
地を這うような、低い声。
そのぞっとするほど凍てつく響きに、この場に居合わせた全員が震えあがる。やばい。怖い。
これぞまさしく、『逆鱗に触れた』瞬間……!
「……なるほど。キルスの言っていたことは、あながち嘘ではなかったわけだな」
嘲るような尖った口調は、そのまま容赦なくエルヴィーラ殿下を貫いた。
「身の程知らずはどちらなのか、説明する必要がありそうだ」




