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4 僕のことは聞いているよね?

「お連れした? お父様がバルク殿下を?」


 思わず聞き返してしまう。



 だって、そもそも、どういうこと? 知り合いなの? そんな話、聞いたことないんだけど。


 学園の教員でしかないただの発掘バカと帝国の皇太子に面識があるだなんて、誰も思わないじゃない。



 お父様は困ったようにこめかみの辺りを掻きながら、ぼそぼそと答える。


「うーん、まあ、もともとバルク殿下とは知り合いなんだよね」

「え、どうやって知り合ったの? 相手は帝国の皇太子よ? 私たちなんかがおいそれと会えるようなお方じゃないでしょう?」

「まあ、そうなんだけど。でもほら、帝国は精霊に対する信仰心の篤い国だし、精霊に関する遺跡も多いだろう?」

「……それは、そうね」

「そういう遺跡の発掘調査を長年続けているうちに、帝国のほうから調査を依頼されるようになってさ」

「え?」

「帝国での発掘調査の際には、毎回皇宮に滞在するようになって」

「はい?」

「バルク殿下は幼い頃から、遺跡の発掘に殊の外興味関心を抱いていらっしゃってね。私の発掘調査にもたびたび同行されるようになっていたんだけど、この国の学園で直接私の講義を受けてみたいとおっしゃって」

「え!?」



 ……ちょ、ちょっと、待って。それって、つまり……。



 バルク殿下はお父様のもとで考古学を学ぶために、わざわざこの国に留学してきたってこと?



「……あの、お父様。ちょっと、確認したいんだけど」


 私は言葉を選びながら、慎重に尋ねる。


「……お父様って、帝国では意外に評価されちゃったりしてるとか?」

「うーん、まあ、どうなんだろう?」

「いや、だって、普通は遺跡の発掘調査に来た他国の研究者のために、わざわざ皇宮に部屋を用意したりしないわよね?」

「まあ、帝国は特別だよ。だって、『精霊王の国』だしさ」



 ――――『精霊王の国』。


 

 精霊王とは、この世界に存在するあらゆる精霊を束ねる精霊の長であり、唯一無二にして森羅万象のすべてを統べる創世主である。


 精霊は目に見えず、いまや存在するかどうかも確かめようがないけれど、かつては精霊と人間とが共存していた時代があったとされている。


 そして、我がフェアラス王国に隣接する友好国・リュダウル帝国は、その精霊王の末裔が興した国として知られているのである。


 そのため精霊に対する信仰心が篤く、精霊にまつわる神殿や祠、遺跡なども数多く存在する。お父様がリュダウル帝国に足繁く通うのも、そうした背景があってのこと。


「私の研究が評価されているとしたら、半分以上はリリのおかげだと思うけどね」


 お父様はそう言って、誇らしげに笑う。


「そんなことは……」

「まあとにかく、バルク殿下が私の帰国に合わせて留学されるとおっしゃるから、その準備を待っていて帰るのが少し遅くなってしまったんだよ。バルク殿下はこれから離宮に滞在して、しばらく学園に通うことになると思うから。よかったら、リリも面倒を見てあげてよ」

「え、帝国の皇太子が留学してくるなら、誰かが『案内役』としてつくんじゃないの?」

「うーん、どうだろうなあ。バルク殿下は、わりと自由なお人だからなあ」


 確かに。他国の研究者の発掘調査について回るだけでなく、その人のもとで勉強したくて帝国から出てきちゃう人だもの。だいぶ自由な人ではあるのだろう。



 なんて、のんきなことを言っている場合ではなかった。





 数日後。


 早速意外な形で、バルク殿下と遭遇することになる。


「君がキルス・シリンドの娘!?」


 学園からの帰り際、いきなり目の前に立ちはだかった、見たこともない令息。


 何が起こったのかわからず、一瞬反応が遅れてしまう。


 令息は自身の両手で私の左手を握り、問答無用でぶんぶんと振り回す。そして「いやー、会いたかった! 会いたかったよ!」などと大音量で叫んでいる。だいぶテンションが高い。



 ……え、ちょっと、だ、誰?



 と思った瞬間、すぐに気づく。しなやかなプラチナブロンドの髪に煌めくアンバーの瞳は、帝国皇族の証。


 となると。


「……失礼ですが、バルク殿下で――」

「あ、そうそう! 僕がバルク・リュダウルだよ! ごめんごめん、つい興奮しちゃって!」


 ますますボリュームアップする声に、まわりの生徒たちも何事かと立ち止まる。


 でもバルク殿下の興奮は止まらない。


「キルスから僕のことは聞いているよね?」

「え、ええ」

「僕はね、これまでキルスの発掘調査に何度となく同行して、たくさんのことを学んできたんだよ。でもより高度な実践や経験を積むためには、やっぱり基礎的な学びが不可欠だと思ってね。留学することに決めたんだ」

「は、はあ……」

「君の名前はなんだっけ? えっと――」

「リリエル・シリンド嬢です、バルク殿下」


 突然降ってきた声に、目を見開く。


 だって、いきなり現れた黒髪の貴公子は、すぐ右側に立ったかと思うとするりと腕を伸ばして私の腰を引き寄せたんだもの……!



 な、なにこれ……!? いったいどういう……?



「あ、そうそう、リリエルだったね。えっと、君は?」

「レイシアン公爵家が長男、サイラス・レイシアンと申します。リリエル嬢の婚約者でもあります」

「あー、そうなんだ」


 平坦な声で返事をしながら、バルク殿下はサイラス様を上から下までじっくりと眺める。


 なお、私の左手は握ったまま、離す気配がない。


「リリエル、君に僕の『案内役』をお願いしたいんだけど」


 あまりにも唐突過ぎるその爆弾発言に、私はつい大声で「はい!?」と返してしまった。


 よく見ると、バルク殿下の後方には学園内を案内していたと思われる先生たちと国の役人らしき人たちが数名、予想外のカオス展開に右往左往している。


「僕は正式には、明日からこの学園に通うことになってるんだよ。学園からはエルヴィーラ殿下やほかにも数名の学園生を『案内役』として紹介してくれるって言われたんだけど、僕としてはぜひ君にお願いしたいんだ」

「え、いや、それは……」

「だって、僕はキルスの講義を受けたくてここまでやって来たんだよ? だったら『案内役』はキルスの娘である君が適任じゃないか」

「いや、でも……」


 しどろもどろになる私を見つめて、やけに上機嫌のバルク殿下。


 帝国の皇太子の『案内役』なんて、私なんかに務まるわけないじゃない。無理です、無理無理、と返したいところだけど、そういうわけにもいかず。


 答えに窮する私を無表情で見下ろして、サイラス様が口を開く。


 なお、サイラス様の腕は私の腰をぎゅっと掴んだままである。なぜ……!?


「殿下、その『案内役』のことでしたら、お話はうかがっております」

「え? あ、そうなの? 君がその一人ってこと?」

「はい。しかし殿下がリリエル嬢にもお願いしたいということであれば、そのように学園側に伝えて――」

「リリエル()()、じゃなくてリリエル()お願いしたいんだよ。そんなに何人もうじゃうじゃいらないし。僕はリリエルと話したいんだから」

「……では、俺とリリエル嬢の二人で、ということでよろしいですか?」


 ――――なんだろう、この妙な圧は。


 サイラス様の有無を言わさない感じ、おわかりいただけるだろうか?


 殿下は私にお願いしたいと駄々をこねているのに、いつのまにか「二人で」って話になってるし。


 そこはかとなくひりつく空気におたおたしていると、殿下は感情の見えない目でサイラス様を見返した。


「……まあ、しょうがないか。いいよ」

「ありがとうございます」


 軽く一礼したサイラス様が、私のほうに目を向けることはない。


 なお、腰に回った腕はそのままである。




 でもほんと、ちょっと待って。




 いったい、何が起こったの……!?

 














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