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完璧すぎる婚約者の不器用な溺愛  作者: 桜 祈理


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16 唯一無二にして森羅万象のすべてを統べる創世主

『リリは覚えてないかもしれないけど、アイレの湖の近くには古い祠があってね。精霊が祀られているから悪戯しちゃダメよって母上によく言われていたんだよ。僕の仮説が正しければあそこに祀られているのは実は精霊王様で、リリが祈ればもしかしたら何かしらの知恵を授けてくれるかもしれないよ』


 お兄様の言葉が、頭の中で何度も何度も自動再生を繰り返しているくらいには、動揺している。


 なぜって、今サイラス様と私は二人でシリンド伯爵領に向かっていて、馬車に乗った瞬間からずっとサイラス様に手を握られているからである。


 今までだって、学園の送り迎えの際には毎日馬車で二人きりだったし、こういうシチュエーションがなかったわけではないんだけど、でもなんかこう、醸し出す雰囲気がもう、甘すぎて。


 サイラス様は手を離す気配がないし、しかも握った手が優しすぎて、なんというか気恥ずかしいことこの上ない。


 私のことが好きで好きでたまらないと言われている気さえして、慣れなくて、そして落ち着かない。


「緊張してる?」

「へ?」


 やばい。声が裏返った。


「何が起こるかわからないって、ディオも言ってたしさ」

「あ、そっちですか……」

「そっち?」


 訝しがるサイラス様に「なんでもないです」と素知らぬふりをして、私は背筋を伸ばす。


「緊張はしてますけど、でも行くしかないですから」


 お兄様の仮説がすべて正しくて、アイレの湖が本当に『精霊王の湖』だったとしても、『精霊の申し子』である私がそこへ行ったとしても、何も起こらない可能性だってある。


 幼い頃は何度も訪れてるんだもの。そのとき何も起こらなかったのに、今になって何か起こるかもなんて、期待するほうが厚かましいというか。精霊王様に失礼とでもいうか。



 でも私は、確かめてみたかった。



 今はもう、これしか方法がないのだもの。



 元婚約者と二人で隠れて領地に行った、なんてことがあとでバルク殿下に知られたら、どんな仕打ちを受けるかわからないけれど。





 シリンド伯爵領に到着したときには、すでに深夜を過ぎていた。


 でも私たちは、そのまま真っすぐにアイレの湖へと向かう。


 とにかく今は、時間がない。


 バルク殿下が帝国に帰国するのは、数日後の予定である。それまでに決着をつけなければ、私たちに未来はない。


 フレイアの「諦めたくない」という言葉を思い出して、私は自分を鼓舞し続ける。


「ここ?」


 先に馬車から降りたサイラス様は、鬱蒼と茂る森の奥に目を向けた。


「私もあまり記憶が定かではないんですけど、恐らくそうです」


 真っ暗な森を前にして、サイラス様が手を差し出す。


「行こう」

「はい」


 右手でランタンを掲げ、左手で私の手を引くサイラス様と一緒に、森の中を歩き出す。


「リリ、足元に気をつけて」


 ゆっくりと、私の歩幅に合わせながら歩いてくれるサイラス様の優しさが、心にしみる。




 離れたくない。


 サイラス様とずっと一緒にいたい。


 サイラス様のそばで、生きていきたい――――。




 そう思えば思うほど、つないだ手に力が入る。


 サイラス様も余計なことは何も言わずにしっかりと手を握り返してくれて、なんだかそれが、とても心強かった。




 しばらく歩くと、突然森が開けた。


 その先に、月の光を浴びて輝く神秘的な湖が、あった。


「リリ、あれ」


 サイラス様がランタンで示す先に、祠のようなものが見える。


「行ってみよう」

「はい」


 近づいて、ランタンを高く掲げる。


 同じ形の石を丁寧に積み上げて作ったであろう塔のような祠は、暗闇の中でひっそりと佇んでいた。


 神聖な湖のほとりで荘厳なオーラを纏う祠に、息を呑む。


 意を決して私は祠の前に立ち、深呼吸をしてから目を閉じた。


 そして静かに、祈りを捧げる。




 ――――精霊王様。どうか教えてください。私たちが、私とサイラス様が、ともに生きていける道を――――。








「……『愛し子』に呼ばれるとは、久しいな」



 どこからか、秀麗な声が響く。


 それは威厳があって温かで、聞き覚えはないのにどこか懐かしい声だった。


 目を開けると、そこに立っていたのは――――。



「あれ?」


 思いのほか間の抜けた声が出たことに、自分でも驚く。


「どうした?」


 サイラス様が心配そうな、それでいて困惑したような顔をして私を見下ろしている。どうやらサイラス様には、声も聞こえず声の主も見えてはいないらしい。


「いや、あの、そこに、多分精霊? らしき人が……」

「え、どこ?」

「祠の脇です」

「見えないんだけど」

「いや、ていうか……」


 何も聞こえず何も見えないサイラス様の動揺もさることながら、私もちょっと、混乱している。


「……あの、失礼ですが、あなたはどなたでしょうか?」


 私は秀麗な声の主に向かって、おずおずと尋ねてみた。


 だって、目の前の人物は、私が古文書を通して見ていた精霊王様とはちょっと違うんだもの。


 古文書で見た精霊王様は、プラチナブランドの髪をした、背の高い眉目秀麗な偉丈夫だった。


 でも目の前に現れた御仁は、背が高く声色は明らかに男性なのだけど、その出で立ちは完璧なまでに優美にして麗しく、男性にも女性にも見える中性的な佇まいで、しかもプラチナブロンドというよりは月光を溶かしたような白銀の長い髪をなびかせている。


「……我は唯一無二にして森羅万象のすべてを統べる創世主、精霊王である」

「……え?」

「『え』とはなんだ。失礼な。お前だって我に会うことを期待してここに来たのであろう?」

「それは、まあ、そうなんですけど。というか、あなたは私がここに来た理由をご存じなのですか?」

「もとより承知しておる。我はこの世界の創造主、精霊王だからな。我の与り知らぬことなどない」

「いや、でも私が思っていた精霊王様とは、だいぶ趣が違うのですが……」


 私が言い淀むと、精霊王を名乗る人物は何か思い出したのか、「ああ、そうであったな」と鷹揚に頷く。


 そして、こう言った。


「結論から言おう。お前が精霊王だと思っている人物は、実は精霊王ではない」

「はい?」


 さっきよりもっと頓狂な声が出て、慌てて口をつぐむ。


「精霊王様が、精霊王様じゃない……?」

「まあ、待て。今のままではサイラスに状況が伝わらぬ。サイラスにも一時的に祝福を授けよう」

「……あ、そうでした」


 予想外に気遣いのできる自称精霊王様が右手をかざした途端、サイラス様が目を見開く。


「……あ、あなたが、精霊王様……!」


 感動と畏敬の念に支配され、一歩下がって頭を下げるサイラス様の反応に、ちょっと気を良くしたらしい自称精霊王様。


 この反応が妥当である、とばかりにふんぞり返っている。


 でも私の疑惑の目に気づいたのか、やれやれといった雰囲気で渋い顔になった。


「先程も言ったが、リリエル。お前が精霊王だと思っている人物は、実は精霊王ではないのだ」


 さっきの問題発言をもう一度繰り返す自称精霊王様は、気まずそうな仏頂面を崩さない。


「……どういうこと?」


 発言の意味も意図もわからないらしいサイラス様が、顔を近づけ小声で尋ねる。


「……あのですね、私が古文書を通して見ていた精霊王様と、今目の前にいるこの方は、明らかに別人なんですよ」

「え、そうなの?」

「はい。しかもこの方は、私が長年精霊王様だと思っていた人物は、実は精霊王ではないとおっしゃって……」

「じゃあ、リリが古文書を通して見ていた精霊王って、いったい誰なんだ?」


 私たちのヒソヒソ話が聞こえていたらしい自称精霊王様は、物憂げなため息をついて、言った。


「あやつは、光の精霊ガラドだ」










 





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