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完璧すぎる婚約者の不器用な溺愛  作者: 桜 祈理


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15 ここからは僕たちのターン

「え? お兄様? どういうこと?」


 どこに連れて行かれるんだろうと思っていたのに、まさか我が家だなんて、なんだか拍子抜けである。


 でもサイラス様とお兄様は、訳知り顔で頷き合っている。


「リリがピンチに陥ってるのに、ディオが黙って見ているわけないからね」

「当然だよ。僕を誰だと思ってるんだ?」

「え……?」


 余裕綽々といった態度で、お兄様が胸を張る。


「それに、リリをあっさり引き渡しちゃったら僕がサイラスに殺されかねないし」

「はい?」

「そんな物騒なことするわけないだろ」


 なんて言いつつ、サイラス様の目が全然笑っていない。ちょっと怖くて突っ込めない。


「とにかく、バルク殿下の横暴を食い止める方法はないか、僕は僕なりにずっと調べていたんだよ」

「え、じゃあ最近お兄様が食事のときにも顔を見せなかったのって……」

「ずっとここにこもっていたからね」


 「ここ」とは、我がシリンド伯爵邸の図書室である。


 地味で冴えない弱小貴族ながら学者気質の者が多いシリンド家には、ほかの貴族家に勝るとも劣らない蔵書を誇る図書室がある。


 お兄様、もしかしてずっと、私のために……?


「こういうときにはディオに頼るのが一番だと思ったんだよ。あらゆる学問に通じていて、なんでも知っているディオなら何か突破口を見つけてくれると思ってさ」

「まあね。でもサイラスが全然何も言ってこないから、今回ばかりはさすがに諦めるのかと思ってヒヤヒヤしたよ」

「そんなわけないだろ」

「……あの、ちょっと確認したいんだけど」


 私が恐るおそる口を挟むと、二人ともきょとんとした顔になる。


「お兄様はその、サイラス様の気持ちには気づいて……」

「当たり前だろ?」

「当たり前」

「だってサイラスは、小さい頃からいつもリリばかり見てたし」

「え」

「四人でいても、男三人で遊んでても、サイラスはいつもリリがどこにいるかを探してて、リリの一挙手一投足を目で追って、事あるごとにリリのそばにいたがったからさ。ルーカスだってとっくに気づいてたし」

「え」

「気づいてなかったのはリリだけだったと思うよ。あ、父上も知ってたな、多分」



 ……なんてことなの……!! 灯台下暗しってこと……!?



 つい非難めいた目になって、サイラス様を見返してしまう。


 サイラス様はそんな私の視線など物ともせず、しれっとした顔をしている。解せない。


「というわけでだ」


 お兄様はさっと椅子から立ち上がり、私たちの顔を交互に見比べる。


「二人でここに来たということは、サイラスにもすべて話したということだよね?」


 黙って頷く私たちを確認して、お兄様は並べてあった古めかしい書類の一つを手に取った。


「では、ここ数日で僕が調べ尽くした『精霊の申し子』についての研究結果を報告しよう。ここからは僕たちのターンだよ」


 にっこりと微笑んだお兄様はそう言って、手にしていた書類を徐に開く。


「これはね、シリンド家に伝わる『精霊の申し子』についての記録なんだ。僕は以前から、『精霊の申し子』についてはある疑問を抱いていてね」

「疑問?」

「そう。バルク殿下は『精霊の申し子』を精霊に祝福された存在、と言っていたそうだけど、その点に関しては僕も異論はないんだ。『精霊の申し子』が持つギフトは、精霊に祝福された証だと思うからね。でもそうなると、どうしても腑に落ちない部分がある」

「それは、どういう……?」

「『精霊の申し子』のギフトは、古代語がわかるという能力だよね? でも精霊に祝福された存在だというのに、持ってる能力はそれだけなの? って思わない?」

「あ……」



 確かに、そうだ。



 私自身、この能力はほかに使い道がなさすぎて、汎用性がないなと思っていたんだもの。



「それでね、『精霊の申し子』に関する古い記録を片っ端から読んでみたんだよ。そしたら『精霊の申し子』のギフトは、古代語がわかるだけじゃないっていう記述を見つけたんだ。だいぶ昔の記録なんだけど」

「古代語がわかるってこと以外にも、特別な能力があったの?」

「そう。というか、むしろ、それだけじゃなくもっといろんな能力があったらしい。例えば精霊が見えたとか精霊と話せたとか、予知能力があった、なんて記録もある。でも時代が進むに従って古代語がわかるという能力だけがなぜか注目されるようになってしまって、いつのまにかそれしかできない、と思われるようになったらしい」

「じゃあ、リリも古代語がわかるだけじゃなくて、ほかにも何か能力があるってことか?」

「多分ね。ただ、もう何代にも渡って『これしかできない』と思い込んだまま年月が経過してるからさ。それ以外にもできることがあるなんて急に言われても、思い当たるものは特にないかもしれない」

「……ないわね」


 ぼそりと答えると、お兄様が「だよねー」なんて軽い調子で返す。


 だって、精霊なんて現実では見たこともないし、会ったことがないから話せるかどうかもわからないし、予知能力に至ってはあるわけがない。断言できる。もしもあったら、今こんなことになってないし。


「とにかく、『精霊の申し子』については古代語がわかるというだけじゃなくて、精霊に祝福された特別な存在だということを覚えておいてほしい」

「え、ええ」

「それともう一つ、気になっていたことがあってね」


 お兄様はそう言うと、テーブルの上に並べてあった書類の中から一冊の古文書を引っ張り出す。


 だいぶ古めかしいその古文書は、見覚えがあった。


「……それって、この前のお父様の発掘調査で見つかった古文書よね?」

「そうだよ。この古文書には、『精霊王の湖』に関して詳しく書かれてあるんだろう?」

「ええ」


 古文書には、こう記されている。



 ――――『真なる精霊王の湖は白き岩に抱かれ、青き水の底に蒼き森が眠る』。



 それは、『精霊王の湖』の美しさを称える文章にほかならない。


「僕は帝国にもダゴールの遺跡にも行ったことはないけど、地理的な状況や環境くらいは調べられるからね。帝国にある湖の中で、『精霊王の湖』じゃないかと目されているいくつかの湖の周辺の地理情報を調べてみたんだよ。でもどの湖にも、近くに『白き岩』はないんだ」

「そもそも『白き岩』ってなんなんだ?」


 不思議そうな顔で尋ねるサイラス様に、私は古文書を解読したときに知った内容を伝える。


「『精霊王の湖』は、山崩れの影響で濁っていたらしいの。『白き岩』っていうのは、その崩れた山肌のことなのかなって……」

「そう。でもね、山崩れが起きたからって、すべての山肌が白いわけじゃない。山崩れによってむき出しになった山肌が白いのは、その山が石灰岩でできているからだよ」


 お兄様の説明に、サイラス様は「なるほどな」と納得したようにつぶやく。


「それに、『青き水の底に蒼き森が眠る』っていうのは、『精霊王の湖』がものすごく透明度の高い湖だってことを示してると思うんだ。山崩れによって湖の底に沈んだ木々が、見えてしまうくらいにね」

「ああ、そういう……」

「リリ、ここまで来たら、何か思い出すことはない?」


 ちょっと悪戯っぽい目で、お兄様が首を傾げる。


「え? 思い出すこと?」

「そう。白い岩肌の断崖と、底のほうまで見える湖といえば――」

「……あ、『アイレの湖』?」


 すんなりと正解を導き出すと、お兄様は満足そうに大きく頷く。


「『アイレの湖』ってなんだ?」

「シリンド伯爵領にある湖のことだよ。母上がまだ生きていた頃は、家族でよくピクニックに訪れた場所でね」

「確かにあそこは森の向こうに白い山肌が見えて、湖も信じられないくらい青いのに底のほうまではっきり見えて、お母様に『見つめすぎて落ちないでね』って言われて……」


 あのときの光景がまざまざと思い出されて、私は思わず身震いをする。


「……じゃあ、『アイレの湖』が『精霊王の湖』ってこと?」

「その可能性は高いと思う。だってそもそも、なぜシリンド家には『精霊の申し子』が生まれるんだ? 理由はわからないにせよ、精霊王がシリンド伯爵家に加護を与えたからとは考えられないか?」

「精霊王の加護……」

「だからさ。『精霊の申し子』であるリリが、『精霊王の湖』と思われる『アイレの湖』に行ってみたら、何かが起こると思わない?」


 またしても不敵な笑みを浮かべるお兄様の提案に、私とサイラス様はただ黙って顔を見合わせた。













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